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480 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2013/01/12(土) 21:03:01.40 ID:kp17xuC8T
改めまして、あけましておめでとうございます
こんばんは。清涼剤です

新年最初の投下は勿論、無じる真です!更新遅いのだから当然ですかねw
というわけで、今回は『無じる真√N:78話』をお送りいたします

(警告)
・アブノーマルな描写が入ることもあります。
・18歳以上向けのシーンも時折あります。
・資料を元に独自な考えで書いています。
・話の流れも同様で資料を元にアレンジを加えています。

※意見などありましたら、スレなりメールやURL欄のメールフォームなり
こちらのレスポンスなりからどうぞ。

今年が皆さんにとって良い年でありますように
それでは、本年もよろしくお願いいたします

url:ttp://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0749



「無じる真√N78」




 賊軍討伐から数日も経たないうちに賊軍討伐のために派遣された公孫賛軍の一隊は村を後にしていた。
 後処理も大方終わり、守備の補強に避ける分の兵力さえ村に残存させれば十分となったため、それ以外はすぐに下邳へと戻ることにしたのだ。
 戦闘による重傷者や重病人など、重患を優先して移送しなくてはならなかったからである。華佗立ち会いのもと、村にある施設では治療しきれない患者を選んだ。
 そして、その中には先日一刀たちが見た、ありえないような大人物も含まれていた。
 予期せぬ大物の予想だにしない登場の仕方に一刀や鳳統、側近や普段は動じることも少ない趙雲までもが面食らい、混乱も未だ抜けきってはいない。ただの賊討伐から何か不穏な雲の中に飛び込んだような状態を一刀は感じ取っていた。
 その一刀はというと、帰還をする隊と別れ何故かまだ村に残っていた。それは下邳への搬送が決まった後のこと。大喬の一言が切っ掛けだった。
「すみません。その……大事なものがあって。あの方と比べたら……些細かもですけど、でも! 大事なんです……だから、わたしは後ではダメでしょうか?」
 孫策の搬送に伴って共に下邳へ迎え入れようという流れのことだった。勿論これには趙雲も怪訝な顔をし、一刀もじっと大喬の顔を見るしかなかった。
「……え、えっと。そうなりますと、護衛も今回ほどしっかりしてないですし、危険かもしれませんよ?」
「か、かまいません。あれは……なくしちゃだめだから……でも見つからなかったら、諦めます」
 鳳統の言葉に大喬は頑なに首を縦に振らない。よほど大事なものなのだろう。
「うーむ……俺からも補足しておくとだな。大喬ちゃんは一度もその大事なものとやらを探しに行ってないんだ」
「え? そうなのか」
 華佗の補足に一刀は眼を丸くする。そんな一刀に華佗は腕組みしながら深々と首を縦に振りながら答える。
「うむ。何しろ、俺の治療を手伝い、更には彼女につきっきりだったからな。あの状態だからそれも無理はないことだが」
「ほう……孫策殿のことですな。なるほど……」
 あごに手を添えながら趙雲がふむと頷く。寝台で横になっている孫策を思い出しているのだろう。
「むふぅ、そのとおり。愛する者を心から案じ全てをもって尽くしている姿は誠に美しかったぞ。あれは儂も見習わなくてはいかんわ。ふははは」
 一刀たちよりも前から村にいた華佗と卑弥呼は事情もよく知っているらしく、話は至って簡単に通った。
 大喬は華佗と卑弥呼……というか、華佗に発見され卑弥呼に救助されたという。そのとき、大事な何かを無くしたらしい。そして、そのことに気づいたのは孫策の容態が少し落ち着き始めた時だった。
「ま、少しは安定に近づいたとはいえ、彼女はまだ予断を許さない状態だからな。大喬ちゃんも迂闊に探しには行けなかったようだ」
「本当に大切だったのだな。孫策殿が」
「……はい」
 趙雲の言葉に身を縮こませながら頷く大喬の姿が一刀の記憶の中と重なる。
「良い子だな。やっぱり……」
「え?」
「それで、まだある可能性を信じて探しに行こうってことなのかな?」
「あ、はい。ここを離れちゃったらもう探しに行けそうにないですし……だから、その……」
「ん。わかったよ……それじゃあ、こうしよう」
 大喬のそばにより微笑みかけると、一刀は全員へと顔を向ける。
「雛里と星は孫策さんの移送を頼む。兵たちも予定通り防衛の分だけ残して下邳に戻してくれていいだろう」
「ほほう。となると主はどうなさるつもりですかな?」
「俺は……この子のさがしもの≠ノつきあうよ」
 大喬の頭に手を置きながら一刀は自分の意志を伝えた。それを聞いた趙雲がため息を口から零して肩をすくめる。
「主よ……相変わらずのバカがつくほどのお人好しは結構。ですが、我々を率いるべき主だけが残るというのはどうかと思いますぞ」
「まあまあ。兵の統率は俺なんかより星と雛里のが上手いだろ? 移送については余計、二人がいればって感じだしさ」
「それは確かにそうですが。しかしですな」
「大丈夫だって。俺の方も……心強い護衛がいるし、な?」
「ぬふぅぅぅぅぅぅぅ!」
「キモッ!」
 華佗がもう少し村に残るということで共に残るであろう卑弥呼に目配せしたのだが、想像以上の不快さに一刀は顔を青ざめる。
「思ってもないことを言いよるわ。あれであるな、ツンデレという強固なジャンル。儂は幅広いから真正面から受け入れるぞ、ご主人様よ!」
「やめいっ! というか、いつから俺がお前のご主人様になった!」
「照れずともよいわぁぁぁっ! がはははは」
「……確かに、大丈夫そうですな。なんというか、こやつからは並々ならぬ闘気……いや、妖気を感じます」
「妖怪髭爺じゃと……それは儂のことかぁぁぁ、ぬふぅぅぅぅぅぅ!」
「落ち着け、卑弥呼よ。少々、お主の雰囲気が親しい者と似ておったので、ついな。だが、信頼にたる程の強者の風格は感じたぞ」
「がはははは。当然である。漢女道は王者の風よ」
 趙雲と卑弥呼は何故か意気投合して談笑を続けている。それを横目に見ながら、一刀は鳳統の方を向く。
「と、とにかく。そういうわけだからさ、雛里。頼むな」
「……は、はい」
 伏し目がちに小さく頷く鳳統。一刀は、大喬から離れ、彼女の元へいくと……抱き上げる。
「ごめんな。でも……時間ができたときはしっかり相手してやるからな」
「あ、あわわわ……こ、子供じゃないんですから……あぅぅ」
 抱きしめた鳳統の背中をぽんぽんと叩いてなだめると、一刀は少女をそっと下ろした。離れ際に一刀に見せる物寂しそうな顔が少し印象的で彼もまた少し別れ惜しくさせる。
 未練を振り切ると一刀は、困惑した顔で彼を見上げている大喬に片目をつむった。
「俺って、意外と失ったものとの巡り合わせがあるんだ」

 †

 早朝に公孫賛軍の一隊が帰路につくのを見送った後、目的の河原へと初めてやってきた。
「ここでいいんだよな?」
 範囲の広さに驚きながらも額に手をかざして辺りに眼を配っている一刀が大喬に尋ねてくる。
「はい。恐らく、この近くに落ちてるはずなんです」
 大喬もあたりをきょろきょろと見渡しながら、頷いてみせる。意識は既になくしてしまった『大切なもの』に向いていた。
 孫策のことが非常に気がかりだった故とはいえ、どうして気づかなかったのだろう。大喬は自分が少し信じられなかった。
 だが、それ以上に信じられないのは目の前にいる人物、話を聞いてみれば天の御遣いと称され、民たちからも信望を得ているそうだが、それにしても人が良すぎる。
 会ったばかりの大喬のために、態々居残って探索を手伝ってくれるなどそうそうありえないことだ。
「うーん、どこだろうなぁ。まあこうして時間を見計らってきたから明るいうちってのはまだマシか」
 腰を折りながら歩き回っていた一刀が屈み込んで這いつくばるような体勢へと変わっていく。
「……なんでこの人は。ここまで親身になってくれるんだろう」
 散漫な気持ちで周囲を見ながらそんなことを考えていると、大喬の頬にしぶきがかかる。驚いて視線を戻すと、少年が腰に手を回して大喬を見据えている。
「気がそぞろだなぁ」
「え……?」
「なにぼうっとしてるんだ? 君の捜し物だろう? ちゃんと手伝ってくれないと困るぞ」
「あ、ごめんなさい」
 自分のためなんだということを理解してたのにうっかりしていたことを、非常に申し訳なくかつ恥ずかしく思いつつ大喬はすぐに集中して辺りに眼を懲らすようにする。
 河原に転がる石ころの大群のせいでどうにもすぐには見つかりそうにはない。それでも、石を払いのけたり水辺を見たりしていくが一向に見つかりそうにない。
「うーん、このあたりも違うか。でも、救出されたあたりを考えるとなぁ」
「ごめんなさい……こんなことにつきあわせちゃって」
「気にしなくていいさ。少し休もうか……意外と時間が経過してるみたいだ」
 言われて空を見上げる。汗だくとなった大喬を見下ろすように天高く太陽が輝いている。どうやら、いつの間にか昼頃のようだ。
 時間に気づくと、急に疲れが出てくるようなこの感覚はなんだろう。一瞬そんなことを思ったが、それ以上にお腹がすいていた。
「そこの丁度大きさの岩にでも腰掛けようか」
 そう言って一刀が前を先導するように歩き出す。大喬はそれに従って、彼の横に腰掛ける。
 ただ横と入っても、けして隣というわけではない。なんとなく気恥ずかしさと、妙なくすぐったさがあったから一刀から人一人分空けた位置に座っている。
「雛里が出発前に用意してくれた弁当があるし……」
「え? わたしの分も……ある」
 二人の間に置かれた堤は確かに二人分ある。ここまで持ってきたのが一刀だったため大喬は全く知らなかった。
「そりゃ二人で探すんだから、そうなるさ。とはいえ、雛里は気がつく娘だからな、よく用意してくれたと思うよ」
 握り飯を男性特有のごつごつした手でつかみ取ると一刀は口へと放り込む。
「大喬ちゃんも遠慮せずどうぞ」
「それじゃあ、いただきます」
 一刀に倣い、大喬も小さな口へと握り飯を運ぶ。彼女にあわせるようにか一刀のものと比べると小さく食べやすい。
 一口ほおばると、白米が上手く炊かれているのか、時間がたっていても一粒一粒からふわりとした感触がする。食べ進めていくと中の具に行き着く。
 具材は菜っ葉らしいが、その歯ごたえもよく、白米と互いを引き立てている。
「あ、おいしい……鳳統さんて頭も良くて、料理もできるんですね……」
「はは、握り飯一つでそこまで評価されるとは……流石、雛里。そうだな、可愛いし、気立ても良いし万能な娘だよ」
「凄いなぁ。冥琳様みたいかも……どっちが上かなぁ」
「周瑜と?」
「あ、いえ。ちょっと思っただけです。どうしてるかなぁ」
「姉のこともだし、流石に気になるよな」
「はい……」
 謎の集団に襲撃されてから、早幾日。音信不通のまま消息を絶ってしまっているわけで、それに対して周瑜や姉、そして本国がどうなっているのか気になる。
 孫策も所在がわからないということなのだから、きっと、大騒ぎになっていることは間違いないはずである。
「ま、見つけるもの見つけたら手紙でも出せばいいんじゃないかな」
「そうですね。えっと、それじゃあ、またすぐにでも再開しますね」
 一刀の提案に頷くと大喬はすっかり食べきってしまった弁当を片付け、再び河原の石たちへと視線を落としていく。
 大喬に続くように立ち上がった一刀が両腕をあげながら背伸びをする。首を左右に折ると骨のなる音がなる。
「よーし……気合い入れて探すとするかな」
 それからはお互い特に言葉を交わすことなく黙々と探し続けた。だが、見つからない。温かく見守っていた太陽も徐々に呆れて地平線の彼方へ消えようとしている。
 これ以上は暗くなるし、難しいそうだ。もしかしたら、やっぱり戻ってくることはないのかもしれないと思うと大喬は悲しくなってくる。
「あった!」
 その声と同時に聞こえるドボン、という大きな音。大喬が音の方を見ると、水面に顔を出した一刀が川の中で笑っている。
 その手には見覚えのある髪飾り。
 いつの間にか、彼は川の中まで捜索範囲を広げていたようだ。
「岩と岩の隙間に上手い具合にひっかかってたよ」
「あ、ありがとうございます」
 手渡される髪飾りを両手でぎゅっと握りしめると、頭をぺこぺこと何度も下げる。
 いつの間にか上着は脱いでいたようだが、下の方はすっかり全体にわたってびしょ濡れで泥も所々についてしまっている。
「お召し物が……」
「ああ、これ? 別に気にしなくて良いよ」
 何でも無いという顔で一刀は服を脱いで上半身裸になって水分を絞り出していく。大喬は驚いて眼をそらし、髪飾りを丁寧に拭く。
 激流に飲み込まれ川底まで運ばれるまでにそれなりに付加を受けたのだろう、汚れや傷が目立つ。それでも、どこかが欠けてしまったということはないようで大喬は一安心する。
 一刀の方を見ると、水分をある程度絞り出した服を着てくしゃみをしている。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ。これくらい平気だよ……いや、よかったね。見つかって」
「はい。ここまでしてくださって、なんと言えばいいのか……」
「気にしなくていいさ」
 一刀はそう言って脱いで岩にかけてあった上着を着ると、帰ろうと言って歩き出す。大喬も隣を歩き始める。
 木々の間を抜けながら村へと進む。隣を歩いている彼の視線は空を向いている、すっかり日は落ちて暗い夜空に星が点灯し始めている。
「やっぱり、不思議です」
「ん?」
「会ったばかりなのに……親切すぎる気がして」
 大喬は、きょとんとした顔の一刀をじっと見つめる。すると、彼はふっと息を吐き出すと微笑みを浮かべた。
「大切なものを失くしたら」
「え?」
「いや、大切なものを失くたらさ……やっぱり自分の一部が欠けたんじゃないかって思うほどに辛く、そして魂が痛むだろ。でも、だからこそ、まだそれを取り戻せるのなら……取り戻したい。そういうもんなんだよな」
「は、はい。そうなんです。だから絶対……絶対に、見つけたかったんです。大事な……大事な髪飾りだから」
「まあ、そういうわけだからなんだ。大喬ちゃんの手伝いをしたかったのはさ」
 そう告げる一刀の顔は相変わらず笑っている。ただ、どこか哀しげな感じがしたのは大喬が髪飾りのことで感傷に浸っていたせいだろうか。
「あの、北郷さまもそういう経験ってあるのですね」
 天の御遣いとは言われているから縁遠い人物に思えていたけど、少し身近に感じられて大喬は口元を綻ばせながら彼を見上げた。
「ん? まあね……たくさんあるよ、たくさん」

 †

 平野を超え、下邳へと帰ってきた北郷隊が入城するのを確認した公孫賛は部下に命じて彼らを迎えに行かせた。
 そして、そのまま帰還報告を受けようと玉座の間で待っていると、やってきたのは趙雲、鳳統の二名。
 場には賈駆、華雄も残っていた。
 公孫賛は視線を泳がせながら、二人に声をかける。
「二人とも、今回は大変ご苦労だったな。それで、どうだったんだ?」
「……はい。賊軍の討伐は無事成功。しばらくは防衛の立て直しなどのため、兵をいくつか置いてきました」
「なるほど。損耗もそれほどなかったようだな」
「白蓮殿。討伐に関しては平常通りだったのですが、一つお伝えせねばならぬことがありましてな」
 趙雲の言葉に、公孫賛は膝の上でとんとんと上下させていた指を止める。
「それは、なんなんだ? それとだな……ええと、その、一刀は?」
「主ですか。ふふ、実はですな。それも含めて少々込み入った話となるのです」
「あーなるほど。あいつ、またなんかややこしい事態を引き寄せたか」
 肘掛けに肘を乗せて頬杖をつくと公孫賛はため息を零す。彼の事情を知っているから平穏な普通の日々を送ることが難しいことはわかっている。
 だが、こうも立て続けに起こるのだろうかとも彼女は思う。
「……え、ええと。そのですね、まず村での重症者や重病人の搬送をしたのですが」
「ああ、その報告は受けているぞ。別段、問題があるようでもなかったが……」
「ただその中に少々、まずい患者が含まれておりましてな」
 いつもの意味深な笑みを浮かべながら趙雲が場を見回す。その様子に賈駆と華雄がいぶかしげな表情を浮かべる。おそらく公孫賛も似た顔をしているだろう。
「一体、何があったっていうのよ?」
「もったいぶるのはやめて、さっさと言わんか」
「いや……これは皆、驚きますぞ」
「だーかーら、言えといっておるだろうがっ!」
 華雄が今にもくってかかりそうな形相を向けると、趙雲は今までのふざけ半分な表情をやめ、真剣な引き締まった顔をする。
 一瞬で空気が締まった中、鳳統が咳払いをする。
「……あの。実は、こちらの方で預かる患者が一名。いらっしゃるんです」
「こちらっていうのは、医療施設でなく、私たちの元でってことか……個人を特別扱いか。ふむ」
 どういうことだろうかと、公孫賛は思案してみる。色々な可能性を思い描いた末、一つの想像に行き着く。
 玉座から立ち上がりながら、公孫賛は眼を見開く。
「まさか、一刀が大きな負傷をしたということじゃないだろうなっ!」
「……あわわ、ち、違います」
「む、そうか」
「そうではなく。ちと厄介な広いものをしてしまったようですぞ」
「厄介な?」
 重々しい口調の趙雲に、自然と公孫賛も前のめりになる。何か、凄く胸騒ぎがする。胸が脈打つ音が聞こえている、つばを飲み込む音がいやに大きい。
「重症者の中に含まれている人物、それは呉の王」
「まさか……嘘だろ。いつもの冗談なのだろう、星?」
 そう訪ねるが、趙雲は視線をそらさず、鳳統も首を横に振るだけ。公孫賛は頭を抱えて玉座に座り直す。
「おいおい。何がどうなってるんだ……」
「孫策の身に何があったのか、謎よね。恐らく、簡単なことではなさそうだし」
 賈駆はなにやら思うところがあるのか、顔に手を添えて考え込んでいる。
「それは本人に聞かなくてはわかりませんな」
「既に運び終えているのだろう? どこだ?」
「……あの。実は、孫策さんは未だ意識が戻らずでして」
「そうなのか。それは困ったな……そういえば、こんな重大事なのに一刀はどこほっつき歩いてるんだ?」
 公孫賛は先ほどから気になっていたことを口に出す。賈駆も同様だったらしく、こめかみに指を当てて険しい顔をしている。
「主は、まあ少女と逢瀬ですぞ」
「あのバカ……」
 三名程、一様に引きつった顔をする。
「あわわわ、星さん、ダメですよ。違います、ご主人様はその……えっと」
 硬直した空気を取り払おうと、慌てて鳳統が付け足しをしてくる。
「……ご主人様は、孫策さんと一緒にいた大喬さんが困っていたので」
 一刀がどうしているのか、そのことについて鳳統が必死に説明しているが余り賈駆や華雄の機嫌は直っているようには見えない。勿論、公孫賛も立腹しっぱなしである。
「……そういうわけで、あの。善意でそうしたわけでして」
 でも、同時に彼女にはわかっている。いや、他の二人も理解していることだろう。
「あいつが、超がつくほどのお人好しなのは今に始まったことじゃないしな。それに、あいつらしいじゃないか」
「……はい」
「しょうがないわね、まったく。緊急事態に問題をボクたちに押しつけておいて、自分は知り合ったばかりの女の子相手にへらへらしてたらしょうちしなかったんだから」
「誰かのため、というのはあやつらしいが。少々、そっちに関しては信用ならんからな。まあ、そのときにはきっちり性根を鍛え直すまでだが」
「ふ。とはいえ、主がそのようなお方だからこそ、惚れ込んでおる。そうだろう?」
 趙雲のその言葉に場は一瞬でしんと静まりかえる。何とも言えない空気が漂い、誰も視線を合わせなかった。

 †

 下邳城へと戻ってきた数日後。朝も早くから、北郷一刀は豪勢さのある館の片隅にある一部屋の扉を開き、中へと入っていった。
 館の中でも奥の方にあるため、普通の将兵が近寄ることはないだろう。そんな部屋に彼は用があった。
 別に部屋自体に用があるわけではない。もちろん、中にいる人物にである。
「あ、おはようございます」
「やあ、おはよう」
 一刀の存在に気づいた大喬が頭を下げる。それに対して手を軽く挙げて堪えると、一刀は彼女の隣に椅子を引っ張り、腰掛ける。
「ちゃんと、睡眠取ってるか?」
「はい。北郷さんや他の方たちも来てくださるので……休むことはできています」
「でもま、心配なのはしょうがないよな」
 そう言って、一刀は目の前の寝台で毛布から顔を出している女性を見やる。
 村で見たときよりは血色は良さそうだが、未だに一度も目覚めない孫策。毒で眠りについてしまった彼女を見ていて一刀はふと童話を思い出す。
 王子様が口づけでもいしたら目覚めるのだろうか。恐らく、目覚めの代償は首なのだろうなぁ、と考え一刀はぶるりと震える。
「早く目覚めるといいな」
「そうですね。また、笑顔が見たいです……元気なお姿をお目にかかりたいです」
 大喬は桶いっぱいに入っている水に手ぬぐいを入れ、よく絞ると、汗だくになっている孫策の額を拭う。
 よく見れば、腕まくりをしたままの大喬の手は少し赤くなっている。やはり、何度も手も気も休めることなく看護し続けているのだろう。
「おっと……俺も何かするか」
 献身的な看病に見とれていた一刀もすぐに腰を上げて大喬の手伝いをする。とはいえ、腕や顔の汗を拭ったり、桶の水を替えてきたり程度しかできないわけだが。
「孫策さんか。どんな人かと思ってたけど」
 前の外史では、孫策という人物については伝聞でしか一刀は知らなかった。
 だが、今回の外史にて幾度かの邂逅、そして、目の前の大喬の様子を見る限り、なんとなくだが見えてくる。
 とにかく、孫策とは自分が思っていたよりもよく好かれていた人物だったのだということを一刀は理解する。
「ホント、元気になってくれるといいな」
「北郷さん……」
「ん? どうかしたかい?」
 気がつけば、大喬が手を止めて一刀の方をじっと見つめている。
「北郷さん、ずっと気になってたんです。村で会ったときから、今までずっと……」
「気になっていたこと?」
 大喬は上目がちに一刀を見据えたまま一言一言を絞り出すように言葉を投げかけてくる。
「北郷さんは、わたしや雪蓮様に対して……その、凄く、よくしてくださってます」
「そう、かな」
「そうです。それも、普通では考えられないくらい。とても……」
 大喬は胸の前で手を握りしめる。気のせいか、その手が震えているように見える。
「どうして、なんですか? どうして……そんなに優しいんですか」
「…………」
「なぜ、そんなにも暖かい眼差しをわたしたちに向けてるんです?」
「き、気のせいじゃないかな。俺は当然のことをしてるつもりだから、さ」
「……そう、ですか」
 良い返事が一刀には思いつかない。自分の内情を話したところで、彼女を困惑させるだけなのは目に見えている。
 ただでさえ、疲労も蓄積しているであろう大喬をこれ以上追い詰めかねないことなど彼にはできなかった。
「おーい、入るぞ」
 そう言って沈黙を破るように部屋へと入ってきたのは公孫賛だった。
 一刀が帰還したとき、彼女は非常に不機嫌であり彼は困惑されられた。だが、それもどうやら今は大分マシになっているようだ。
「白蓮か、どうしたんだ?」
「どうやら、大喬は相も変わらず孫策の看病か……自分が体を壊さないよう気をつけろよ」
「あ、はい。他の皆さんもですが……北郷さんがよく付き添ってくださるので、負担は大分軽くなってます」
「へぇ、そうか。一刀がねぇ……」
 公孫賛に蛙を前にした蛇のようにじろりと睨まれて一刀は苦笑いを浮かべることしかできない。
「それより、白蓮。何か用があってきたんだろう?」
「ああ、そうだった。その、なんと言えばいいか……」
「なんだ、歯切れが悪いな。何をためらってるんだ?」
「ん。いや、なんでもない。少し覚悟を持って聞いてもらいたくてな」
「わかった。気を引き締めて聞こう」
「あの……わたし、外した方がいいですか?」
 孫策の額にぬらした手ぬぐいを起きながら大喬が尋ねる。
「いや、二人にも関係あることだからな。一応、話をしておこうと思う。まあ、それでここを訪ねてきたわけだしな」
「わたしたちもですか。なんなんだろう……」
 席を立とうとした大喬は公孫賛の制止を受けて、小首をかしげながら座り直す。
「実はな。やはり曹操が腰を上げた。徐州を取り返しにくる」
「当然と言えば、当然か。涼州の方も大分落ち着いたようだしな。そうなるよな」
「郯の方には星を既に派遣してある。詠も向かわせてあるし、あっちは大丈夫だろう」
「場合によっては、挟撃も考えておかないとな」
「そうだな。軍議までに色々と案を考えておくかな」
「もっとも、曹操相手じゃ通用する策を私らが考えつくとは思えんけどな」
「…………そうだな。まあ、その辺りは雛里頼りになりそうだな」
「うむ。ま、その代わり、私らは私たちだけに出来ることをするしかないさ」
 ふうと悩ましげにため息を吐くと、公孫賛は組んでいた足を一度ばらし、組みなおす。
「へぇ、何か考えてるのか?」
「ああ、一応な。この子と孫策を巻き込むわけにはいかんから、呉軍に使者を送っておいたんだよ」
「俺はすっかり忘れてたよ。ありがとうな、白蓮」
「べ、別にお前のためにやったわけじゃないんだからな。ただ、そうした方が今後を考えると良いと思って……だな」
「それでも、だよ。ありがとな」
「あ、わたしもお礼を言わせていただきます……。公孫賛様、本当にありがとうございます」
 一刀に倣って礼を言うと、大喬は公孫賛の方を向いて深々と頭を下げた。
 頬を赤く染めながら公孫賛は咳払いをする。咳に紛れて、「ああ」とか、「気にするな」とか言葉がちらほら出ていたが照れ隠しだろう。
「開戦になる前に、恐らく孫呉から迎えも来るだろう。孫策を移送するかどうかは難しいが。どうにかするしかないか」
「曹操なら、改めてやりあるなら正面からくるだろうしな。それまでになんとかできればな」
「それから張三姉妹に関してなんだが、あいつらにはしばらくここに残ってもらうことになったよ」
「え? そうなのか?」
「ああ、最初は貂蝉を通して鄴へ戻すように手を回すつもりだったんだがな。お前が帰ってくるの遅くて会えないままになるから……と、凄まじい文句の嵐でな」
「そ、そうか。仕事に徹する彼女たちにしては……珍しいな」
「ばーか」
 別れの挨拶をしたいとか感傷に浸るなんて余り三人らしくないなぁ、なんて考えている一刀を見て公孫賛は口先をとがらせてそっぽを向いてしまう。
「とにかく。これから、忙しくなるぞ。だが、大喬は今まで通りでいいぞ」
「あ……はい。雪蓮様のお世話をしてます」
「あまりに気にするなよ? 一応、二人は客人のようなものなんだからさ」
 少し申し訳なさそうに肩をすくめる大喬の頭に手を置いて、軽く首をかしげてみせる。
 肩口で切りそろえられた大喬の紅色の髪は手入れもしっかりしており、撫でる一刀の手をさらさらと泳ぐ。
「……暖かい」
「さて、取りあえず。どうするかだよなぁ……俺としては曹操軍の勢力図を見る限りで気になることもあるしなぁ」
「…………ハッ。そ、そうだな。ほほう、どこが気になるんだ……?」
「いや、西涼戦終結以降の曹操軍について考えていくと……俺たちと戦うなら、こういうこともありうるかなと」
 空間に指で地図を描きながら一刀は説明をする。公孫賛も頷きながら地図をなぞる。
「ふむ。まあ、そうだが……その点は大丈夫だろう、既に手は打ってあるからな」
「なるほどな……。それなら、後は徴兵の具合と練度だな。それはここでどうこう言ってもしょうがないか」
「うむ。とにかく、曹操と相まみえるその瞬間までに精一杯準備に励むしかない。あとは孫呉に送った使者次第、か」
 孫策たちのことさえ伝えることができれば、孫呉との間に何か意味はあるはずである。そう信じることが一刀にとっての希望でもあった。
 だが、数日経過しても。更にそれから幾日たとうとも使者が戻ってくることはなかった。

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