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485 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2013/04/07(日) 21:37:05.94 ID:xTh2ctfy0
こんばんは。清涼剤です
もうどんなペースなのやらですが……忘れた頃の更新です

『無じる真√N:79話』をお送りいたします

(警告)
・アブノーマルな描写が入ることもあります。
・18歳以上向けのシーンも時折あります。
・資料を元に独自な考えで書いています。
・話の流れも同様で資料を元にアレンジを加えています。

※意見などありましたら、スレなりメールやURL欄のメールフォームなり
こちらのレスポンスなりからどうぞ。

url:ttp://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0756

ちょっとずつですが進めていきます。目指せ完結……



「無じる真√N79」




 宣戦布告を行ってからの曹操の動きは早かった。いつの間にやら確保していた、徐州侵攻のための道を通り、着実に軍を進めてきたのだ。
 それも、正面から大軍を率いての進軍であり、公孫賛としてもそれに対して正面から相対するしかなかった。
 急な攻撃を仕掛けてきたときと違い、曹操軍の佇まいは威風堂々、まさに覇者の軍といった様相である。
 山間を抜けた先にある平野にて曹操軍、公孫賛軍の両者は顔を合わせた。
 風が運ぶ心地よい草の匂いが不釣り合いな程に張り詰めた空気を肌に感じながら一刀は敵軍を一望してぶるりと震える。
「いやぁ……こういう形の戦は久しぶりな気がするな」
「おいおい。これから命を賭してやりあうんだぞ、気を抜くなよ?」
 公孫賛が、頼りなさげな一刀の様子に口元を引き締める。
「大丈夫だよ。これでも、俺だって少しは修羅場を経験してきたわけだし。それに……気持ちで負けたら、それで終わりだしな」
 真剣な眼差しを浮かべながら答える一刀の肩を抱きながら華雄は何度も首を縦に振る。
「良いことを言うでは無いか。なに、この私に任せるがいい、この華雄。何人たりとも通しはせん」
「無理はするなよな。お前は何かと無茶する人種のようだからな」
「私とて、学習しておるわ。不覚はとらぬ!」
 公孫賛の言葉に眉をひそめながら華雄が息巻く。
「期待してるよ。華雄が誰にも負けないよう、常に上を目指して努力を重ねてきたのを俺は知ってるからな」
「ああ。一刀よ、お前の信頼が私を更に強くするだろう……」
 一刀の想望を受けて、眼を細めながら華雄が金剛爆斧を構える。そのとき、公孫賛が前方の変化を感じ取り、二人の方に目だけを向ける。
「二人とも、おしゃべりはそこまでだ。来たぞ、曹操だ」
「挨拶にきたってところか。どうする?」
 側近の護衛数騎と共にでてきた少女の姿を眺めながら一刀が問いかけると、公孫賛はにやりと口元をゆがませる。
「当然、行くさ。相手が曹操自ら出てるんだ、ここで行かなきゃ、女がすたる」
「そういうものかねぇ。それじゃあ、俺と華雄と数人が一緒にいこう」
「ああ、頼む」
 一刀の申し出に壊れた絡繰りのようにぎこちなく頷くと、公孫賛は長年連れ添っている白馬を前へと進めていく。
(ああ、白蓮もなんだかんだで緊張の糸が張り詰めているんだな)
 そんなことを思いながら、一刀は華雄ら護衛を引き連れて公孫賛の後に続いて馬を歩かせる。
 複数の馬蹄の音が耳を右から左へと何度も通り過ぎていくにつれて段々と曹操の姿が見えてくる。
 そんな折、神妙な面持ちで公孫賛がため息交じりに口を開いた。
「見ろ、あの佇まい。やはり、やつは天才というやつなんだな。恐らくは、覇者の星の下に生まれることをずっと前から決定づけられているに違いない」
「白蓮……気にするな。人の運命は完璧には決まってないさ。現に白蓮は変えたじゃないか」
「お前のおかげ、だけどな……」
 一刀の言葉にほんの少し寂しげにほほえむ公孫賛、よく見れば白馬から伸びる手綱を握りしめる白い手が小刻みに震えている。
 もしかしたら、彼女は曹操という強者の前に立つというのは、袁紹相手とはわけが違うと思っているのかもしれない。
「しかたないよな……」
 一刀は静かにほほえむと、馬の足を少しだけ早め公孫賛の横に並び、彼女の手をそっと握る。
「一刀……」
「大丈夫。白蓮は……俺がずっと守るよ」
「…………っ。だ、大丈夫だっ!」
 顔を真っ赤にした公孫賛がぱっと手を引いたかと思いきや、苦笑を浮かべる一刀を上目で睨む。
「まったく。大した武力があるわけでもないくせに。しかも恥ずかしいことを、その……臆面も無く。だが、少し楽になったよ。ありがとうな」
「別にいいよ。俺と白蓮は一心同体のようなものだし」
 一刀が手綱を握りしめながらそう言うと、公孫賛が頬を紅潮させた顔を一刀から背け、ため息をこぼす。
「もういい。まあ、お前に甘えてばかりというわけにも……いかないからな。踏ん張るとするか」
「俺も共にいるよ」
「だから……」
「いさせてくれ。俺は多分……逃げちゃいけないんだ」
 まだ何となくでしかないが、一刀の中にはある考えが芽生え始めていた。貂蝉から聞いたことや、実際に肌で感じ、目で見て、耳で聞いたことを通して彼は考えていた。
 この世界、外史に何かが起こり始めていること、これからが重要だと言うこと、彼にとって外史で生きることは戦いだということ。
 それに……。
「お暑いところ悪いのだけど、そろそろいいかしら?」
 気がつけば、曹操との距離はほんの二馬身ほどまで迫っていた。
 よく考えれば、戦場でこうした形で曹操と対面するのは初めてだった。金髪碧眼に髑髏の髪飾り、気持ち一刀の知っている戦装束とは違う。
 だが、間違いなく敵≠前にした容姿、表情である。気のせいか、彼女がまたがっている黒馬すらも普通とは一線を画しているように思える。
 静寂なのに、空気がざわめている。一刀は自分の肌がぴりついているのを感じた。
「よく来たわね。公孫賛」
「来たくて来たわけじゃないんだがな」
 公孫賛が、表情を全く変えない曹操の言葉に肩をすくめる。
「言ってくれるわね。これは、謂わば貴女自身が招いた結果なのよ」
「そうだな……だが、微塵も後悔などしてはいないぞ」
 外見では小柄な曹操だが、その貫禄は公孫賛よりは上だった。そんな相手に、公孫賛は気圧された様子ながらも対応している。
 公孫賛の手を見ると、手綱を握る力が強まっている。そんな彼女に視線を向けたままの曹操が口元をゆがめる。
「へえ。その言葉は……これから私によって完膚なきまでに潰されるとわかってのことなのかしら?」
「潰されやしないさ。いや、潰させやしない」
 馬上で視線を交わし合う二人の少女、その間には雷のような閃光が走っているようにも見える。
 そんな様子を公孫賛の隣で眺めていた一刀を不意に曹操が見やる。
「壮健そうね。天の御遣い……いえ、北郷一刀」
「おかげさまでな。まあ、君には申し訳ないことをしたから、非常にばつが悪いんだけどな」
「相変わらず弱気というか……」
「相変わらず?」
 曹操が呟くように零した言葉が引っかかり、一刀は繰り返す。
「反董卓連合の頃から……変わらないのね。貴方は」
「ああ、そういう」
「他にどういうことがあるのかしら?」
 曹操が小首をかしげながら尋ねる。気のせいか、その顔は愉快そうに笑っているようにも見えた。
 そのためか場の空気も僅かに緩んだように思えた。
 だが、それに浸っている場合でもないと一刀はすぐに曹操へ言葉を返す。
「なんでもないよ。だけど、そんなに俺は変わらないかな?」
「ええ、変わらないわ。この弱肉強食、食うか食われるかの流れの中、甘い考えを持ち、なおかつ、それを貫こうとするバカなところ。まったく一緒じゃないの」
「ぐうぅぅ……」
「ふふ。でも、どこぞの誰かよりはマシだと私は見ているのよ?」
 曹操はそう言いながら数秒、空に視線を漂わせた後、再び一刀に視線を戻す。
「考えは甘くとも、それを叶えんとする強靱な意志、全てをかけてあらがう姿勢……十分、我が敵と見做すにふさわしくはなくて?」
「残念だけど、俺にはわからないかな。でも、曹操、君が今は敵であるというのはよく理解したつもりだよ」
 一刀が敵対していることを改めて認識したときには、曹操の表情からは柔らかさが消え、再び空気も張り詰めたものとなっていた。
 曹操が、切れ長の眼で公孫賛を見据える。
「さあ、余談はここまでとしましょう。公孫賛?」
「何だ?」
「この曹孟徳、力の限りを持って貴女をたたき伏せる」
「言ってくれるな。こっちこそ、返り討ちにしてくれるってものだ」
「いい度胸ね。しかし、我が眼前に立ちはだかる敵としては、それくらいの気迫はないとね」
「……余裕だな」
「当然よ。この戦、正当性はこちらにあるのだから。何も臆する必要はないわ」
「そうだな。朝廷に対する反逆者たちを討つために来た、となるのだから至極当然のことか」
 公孫賛は苦い顔でうなる。それを横目で見ながら、一刀は曹操に対して肩をすくめてみせる。
「もっとも他者の正当性なんて、本当はそこまでのことじゃないんだろうけどな。覇道を突き進む、君なら」
「ええ、もちろんよ。この曹操が選び進む道こそが正当なる道となるのですもの」
「揺るぎないな……」
「ええ。迷いを持つ者に覇道を進む資格はないわ」
 そう答える曹操の瞳はどこまでもまっすぐだった。その憂いのなさが、一刀には少し怖かった。
 戦で、明確な敵として相対したとき、曹操という人物がこれほどの気迫、佇まいをしているとは思ってもいなかった。
 否、予想はしていた。だが、実際の彼女は想像以上だった。
 傀儡のときとは違う、強靱な意志と明確な自分を持っている。公孫賛や一刀に、それと張り合えるだけのものがあるか自信がなくなっていく。
「あなたとて、それは同じでしょう? 実際にそうなのだから」
 不意の曹操の言葉に一刀は自分の胸で心臓が跳ねた音が耳に届くのを感じた。射すくめられているような気持ちがわき起こるのを拳を握りぐっとこらえる。
「そうだな。今がそうなんだから、そうなんだろうな。俺も譲れないものはある」
「そう……だから、私には私の、あなたにはあなたの」
「退けない理由がある。押し通すべき意地がある」
 一刀にもまた、意志がある。それを通すためにも、立ち止まってはいられないのだ。
 空気が重々しく、張り詰めていく。そんな中、ぷりぷりと怒っている人物が一人。
「…………おい、曹操! あくまで、軍を統率しているのは私だぞ!」
「あら、そうだったわね。既に我が眼中から消えていたわ」
 曹操が、抗議する公孫賛の方を見ながら言うが、どう見ても悪びれた様子はない。
「なんだ、その言いぐさは! まるで、お前の目には一刀しか映っていないかのようじゃないか!」
「あら? 気づかなかったの……?」
 両手を挙げて抗議する公孫賛に曹操はきょとんとした顔で返す。
 その、さも当然と言わんばかりの態度に今度は華雄が吠える。
「なんだ、貴様! こいつに色目でも使ってるのか! だが、そんなものが効くと思うな」
「ではその男、色欲の程は薄いとでも?」
「そ、そんなことは……」
 顔を赤らめて口ごもる華雄の反応に、一刀は眼を見開く。
「なんで、そこで黙るんだよ!」
「それは胸に手を当てて考えろ……バカ」
「えっ」
 と、一刀が顔を向けると、公孫賛が白い眼を向けていた。
 華雄と公孫賛の態度にカチンときた一刀は、二人を交互に見ながら声を荒らげる※。
「二人とも、どっちの味方なんだよ!」
「しかしだな、こればかりは……」
 そう言って華雄は、まだ火照っている顔に気まずそうな表情を浮かべる。
 何か言い返そうと一刀が思案し始めると、それを遮るように曹操が、
「ふふ。随分とお盛んなようね。北郷一刀?」
 と、どこか刺々しい声を投げかけてきた。
 何故か敵地に立たされた孤軍の用に孤立した一刀は弱々しく曹操を見る。
「なんで曹操まで不機嫌なんだよ……」
「さあ? その理由が知りたければ、勝つことね。勝者こそが全て」
「言ってることはかっこいいが……なんか綽然としない」
 すっきりしない一刀が唸っているのを無視して、公孫賛が曹操を見やる。
「これ以上、長話もなんだ……そろそろ、お互い陣に戻るとしよう」
「あら、いけない。すっかり語ってしまったわね。この曹孟徳としたことが……少々抜けていたか。戦を前にしているというのに」
 公孫賛の言葉に、必要以上に苦み走った顔をする曹操。
 そんな彼女の態度を訝しむ一刀だったが、開戦のために両者はすぐさま引き離されることとなった。
「それでは、健闘を祈っているわ。期待を裏切らないでちょうだい……」
「ふん。デカイ面をしていられるのも今のうちだ」
 曹操と公孫賛はお互いに最後の言葉を交わすと、馬を返し、それぞれの本陣へと戻っていくのだった。
(華琳……)
 一刀は、今一度振り返る。
 髑髏の髪留めで飾られた金髪の巻き髪を揺らす、小さな背中は視認しづらいほどに遠のいていた。
 それから本陣へと戻った一同は、既に集結している将兵たちの前へと進み出た。
「白蓮、号令を……しっかりとな」
 一刀が公孫賛の肩に手を置きながらそう言うと、彼女はとても落ち着いた様子で頷いた。
「ああ、任せてくれ。お前のためにも……私自身のためにも、役目はしっかり果たすさ」
「ふ、はてさて……貴様ごときの号令で気合いが入るかどうか」
「うっさい! 黙って見てろ!」
 華雄の野次に眉をつり上げて言い返すと、公孫賛は踵を返して兵たちの方を見る。
 そして、一歩ずつ前へと進む。
「……これだけの戦は久しぶりか」
 公孫賛がぽつりと呟き、全体を見渡す。それにつられて一刀も眼を向ける。
 陣内に並ぶ、数え切れないほどの宿舎、厩舎の数々。
 食事を終えてはいるものの、未だに微かながら残っている、炊けた白米の匂い。
 全体が見えたことで、一刀は大きな陣を敷いていることを改めて実感させられる。
「俺の行動でここまで……か」
 今、公孫賛軍は徐州へと再度侵攻してきた曹操へ対抗するため、戦力の大半を集めて打って出てきていた。
 本来なら、下邳城にこもり防衛戦でも良かったが、これ以上民も城も巻き込めないと一刀たちが判断したのだ。
 度重なる乱によって、民……いや、下邳自体が疲弊してしまっていたのだ。それになにより、とても戦に巻き込めない客人もいるのだから仕方がない。
「さて……」
 公孫賛が咳払いをする。
 各部隊は既に別れて整列し、いつ火蓋を切られても大丈夫だと言わんばかりの顔つきをしている将兵たちの目が全て彼女に向く。
 公孫賛は、数多の視線を一身に受けながらも堂々と胸を張る。
「我が、公孫の兵たちよ。見るがいい、我らを見据えている、敵の姿を。恐ろしいか? そんなことはないだろう、何せ、私たちは一度、奴らを追い払っている」
「おう!」
 公孫賛の言葉に兵たちが応じる。
 その声に後押しされるように公孫賛の声が勇ましくなる。
「ならば、恐れることはない。刃を交える前から尻尾を巻いて逃げた兵ごときが、貴様ら精兵の相手になどなるはずがない! ならば、我らの北郷一刀……天の御遣いがその身を賭して進めた行動を無為にしないためにも。みんな、力を貸してくれ!」
「おおおおおおおおうっ!」
 雷のごとき、将兵たちの声が辺りを震わせる。
 彼らの発する気合いと轟音によって舞った砂の匂いに戦の始まりを強く感じながら、一刀は士気向上する軍と、その中心である公孫賛を見て感嘆した。
「白蓮は、やっぱり多くの人を引っ張ってきた君主なんだよな……」
「もっとも、曹操には劣るだろうがな」
 台無しなことを言う華雄に一刀は何か言ってやろうと彼女の方へ瞳を向ける。
 だが、そこで一刀は気がついた。金剛爆斧の柄を握りしめている華雄の手が兵たちの気迫に影響されたのか非常に力強さを感じさせていることに。
「なんだ。華雄も気合いが入ったんじゃないか」
「ば、バカを言うな。私はいつでも気力が充実しておるのだ。その笑みをやめんか!」
 必死に弁明する華雄のさまに笑いをかみ殺しながら、一刀は彼女の肩に手を置いた。
「まあ……なんにしても。よろしく頼むよ」
「ふん。初めからそれだけ言っていればよいのだ。馬鹿者が」

 †

 開戦の挨拶からまもなく、曹操軍と公孫賛軍の戦闘の火蓋は切って落とされた。
 そして、当然のこと曹操は宣言通り力を大いに注いで公孫賛軍を叩きのめそうと動いてきた。
 ただ意外なことに、伏兵を用いたり策謀を巡らしてくることなく、正面からの攻防ばかりが続いていた。
 森林や山を利用しての曹操軍による奇襲はない。逆に公孫賛軍から奇襲をしかけたりはしても通じない。
「右翼、陣形を変えるんだ。相手の動きをよく見ろ!」
 舞う砂埃が汗と混じりべたつくのを無視して、一刀は隊の指揮を必死にこなしていた。その一方で彼は非常に後悔していた。
 先の戦の時のことを踏まえて、郯に趙雲と賈駆を回したのだが、曹操がこちらの本軍との衝突に主力を注いでいるのではという予想が頭に浮かんだからである。
 つまり、裏をかかれないようにと警戒して趙雲たちを郯へと向かわせたことが却って裏目に出ていたということ。
「そこの君、ちょっといいか」
 歯ぎしりをしながらも一刀は兵士に声をかける。
「は! なんでしょうか、北郷様」
「郯の方には伝令は向かっているのか、わかるかな?」
「伝令ですか。いえ、まだ送られてはいないと思いますが……?」
 一刀の質問に、兵士は首を傾げながらそう答えた。
「そっか」
 と、呟くと一刀は、兵士に言った。
「じゃあ、一つ伝令を頼めるかな?」
「は、はぁ……あ、いえ。かしこまりました」
 一刀が用件を述べると、兵士は軍令を取り、すぐさま踵を返して駆けていった。
 兵士を見送ると、一刀は振り返り、自分以上に軍の指揮で忙しいであろう少女の姿を探す。
「……歩兵で騎兵を守ってください。相手側は混戦に持ち込もうとしている恐れがあります。騎兵の機動力を削減され、下手に相手の歩兵に距離を詰められてはダメです」
「いたいた……」
 普段の柔らかな印象を与える顔つきからは想像出来ないような凛々しい表情で指示を出している鳳統を見つけると、一刀はそちらへと歩み寄る。
「白蓮も、華雄もそれぞれの役割で忙しいみたいだけど……雛里もみたいだな。大丈夫か?」
「……あ、ご主人様。はい、戦場でご主人様のお役に立つのが軍師の役目ですから」
「ありがとう。雛里がいてくれるだけで、凄く心強いよ」
 一刀は、自分を支えてくれることへの感謝を述べる。本当に鳳統がいなければ危なかったといえるだろう。
 何より、才ある軍師がそばにいてくれるというのは本当に大きな支えなのである。
「……あわわ、勿体ないお言葉です」
「いや、そんなことはないって。俺も頑張ってはいるつもりだけど、抜けてるところもあるし、実力もまだまだだし」
「……そんなことはありません。ご主人様は立派な方です」
 うつむきがちながらも、鳳統は確固たる意志のこもった声で言う。
「……ご主人様は、私たちじゃ出来ないことをしてきたと、思います。そんなご主人様が一緒だから、きっと……頑張れるんです」
「雛里……」
 消して目は合わせてくれないが、鳳統の言葉はどこまで一刀にまっすぐと向かっている。
「その……以前はわからなかったですけど。今はそれが私にもわかるんですよね……えへへ」
 少し気恥ずかしそうに、鳳統がはにかむ。そんな彼女を見て、一刀は顔を赤くさせる。
「なんというか、照れるな。でも、それなら……俺にできるのは、みんなの期待に応えること、だよな」
「……はいっ」
 恥ずかしさを交えた声で告げられた一刀の言葉に、鳳統が頷く。
 そこへ、先ほどとは別の兵士が駆け寄ってくる。随分と慌てた様子の兵士に眉を顰めながら一刀は声をかける。
「……慌てたようだけど。どうしたんだ?」
「は! たった今、各配置に付けた斥候からの情報が届きました!」
「斥候の? そうか、ご苦労さん。それで……内容は?」
 一刀が神妙な面持ちで尋ねる。兵士は、一刀と鳳統に対して軍礼をし、その後に言った。
「軍師の申し出通り、夏侯惇や許緒……その他、曹操軍の名だたる将、その半数近くの姿が確認できませんでした」
「なんだって……雛里、これは?」
 一刀は斥候の情報を聞くと、驚愕の表情を浮かべながら、鳳統の顔を見やる。
「……恐らく、西涼での戦いの後、こちらに戦力を移しながら。その一方で、別の責め手を用意したのかも」
「別の? でも、全力で俺たちを潰しにくると言っていた……まさか!」
 鳳統の言葉に、一刀はごくりとつばを飲み込む。喉に少しひっつくような感覚で喉がカラカラに乾いていることにようやく気がついた。
 一刀が眼を見開いて鳳統の顔へと目をやる。彼女の表情はとても険しい。胸の前で手を組みながら、鳳統が重々しく言葉にしていく。
「はい……。あくまで……あくまで予測ですが、曹操さんの狙いは初めから私たちではなかったのかもしれません」
「俺たちを潰すのには全力を惜しまない。その意味は……ここに全てをつぎ込むってことじゃなく、別の方向からかっ!」
 一刀は拳を強く握りしめると、ぎりっと下唇をかみしめる。様々な感情渦巻く彼に鳳統は言う。
「……ええ、恐らくは。そもそも曹操さんが私たちに勝利する方法は一つではありませんから」

 †

 冀州の広大な大地、そこに耕された田畑の中には日々作物の面倒を見るために今や何万、何十万もの民がいる。
 男は、その中の一人だった。鄴を拠点とする勢力、公孫賛軍に拾われて早数ヶ月……すっかり、彼もその国で暮らす者としてなじんできていた。
 彼は元々は、この大陸を震撼させた一団の中枢にいた。
「……それが、今じゃ畑仕事に精を出す、か」
 男は、両手で振り上げた鍬を勢いよく振り下ろす。さくっという小気味よい音と共に、大地を抉る感触が手に広がる。
 そして、それを後退しながら何度も繰り返していく。
 この辺りの土は耕すのに最適という説明を男は受けていたが、確かに作業はしやすい。あくまで、気がするだけで実際どうかはわからないが。
「アニキー! あっちのやつらの作業、終わったようですぜ」
 農作業にいそしむ男に向けて、申し分程度に用意されている歩道から小柄でかぎ鼻が特徴的な男が声をかけてくる。
「ん? そうかぁ、それじゃあ。えーと、なんだっけな……確か」
 土に刺した鍬に片腕を置いたまま、アニキと呼ばれた男は懐に手をやる。そして、一枚の紙片を取り出すと小柄な男の方に顔を向ける。
「一旦、休憩に入らせろ。それから、今度は東の畑の方に向かわせろ」
「あいよ。それじゃあ、デクの方にも伝えときやす」
「ああ、よろしく頼むぞ。チビ!」
 アニキがそう言うと、チビは自分の腰に手をやって背中を動かすとごきりと音を鳴らす。
「面倒臭いっすね……耕作ってのは」
「ぶつくさ言うな。働かざる者食うべからずってやつだからな。飯抜きになっても知らねぇぞ」
「ひっ、そいつはいけねぇや……すぐ行ってくる!」
「おう、しっかり働けや」
 慌てて駆け出すチビの背中へと、アニキは声をかけた。
 遠くの方では、次の指示を待っているのだろう、いくつかの人影が見える。
「いやぁ……疲れたなぁ。次はなんだろうなぁ」
「本当になぁ。でもぉ、こうやって働く場所を得られてよかったべ」
「おらぁ、オメーら! くっちゃべってないで、ちゃっちゃと動けぇ!」
 チビが遠くの方で待機していた働き手たちへと何やら叫びながら駆け寄っていく。
 その姿から眼をそらすと、アニキは自分が汗だくなことに漸く気がつき、手ぬぐいで顔を拭いた。
 手ぬぐいからは、土の匂いがする。
「数え役萬☆姉妹の応援や暴れ回るのも良かったけど……こういう平穏も悪くはねぇもんだな」
 アニキは小さな小さな平和をかみしめながら、青い空に流れる白い雲を仰ぎ見てる。
 一瞬、視線の端に人影が映った気がしたが、アニキはそのまま空を見つめる。
「……おーい」
「お前は、国境の守りについていた……何があった!」
「て、敵が……敵が……攻めて来たぞ……」
「なんだと、おい! しっかりしろ」
 遠くから聞こえる喧騒にアニキはびっくりして視線を向ける。
 彼が世話になっている公孫賛軍。その兵士たちが城門の方で何やら慌ただしく喚き散らしている。
 よほど、余裕が無いのだろう、兵士たちの顔には焦りの色が浮かんでいる。
「なんだ……ありゃ」
 アニキが眉を顰めながら様子をうかがっていると、一人だけボロボロになっている兵士が中から出てきた兵士に連れられて城内へと消えていった。
 目の前で繰り広げられていた物々しいやりとりに、アニキはきな臭さを感じた。
 暫く兵士が消えていった城門を遠巻きに眺めていたアニキだったが、ふと我に返るといつの間にか落としていた鍬を手に取って、畑へと視線を戻した。
「あれだけ泥と傷に塗れたやつが急いで中に迎えられたってことは……もしかするかもしれねぇなぁ。やべぇな……だが、俺は知らねぇ。俺が知るかよ」
 ようやく得た平穏。憧れの人を応援し、まっとうな仕事をして日々を送る。何気なくても幸せな日々を彼は失いたくなかった。
 アニキは、今以上に貧困が激化していた中、食う者もろくに得ない生活を過ごすうちに気がつけばろくでなしとなっていた。
 無法者と呼ばれ、つまはじき者とされ、そしてそれにふさわしい悪事を働く野党に落ちぶれた。
「そこで、出会ったのがあいつら……なんだよなぁ。ちっ」
 振り上げた鍬を一気に土へと叩きつけながらアニキは思い出す。同じように行く当てもなくなった二人の男のことを。
 小柄な容姿からチビという呼び名となった男、ふくよかな体型とズバ抜けた身長からデクと呼ばれるようになった男。
 どんな辛いときも、彼らは三人で乗り切ってきた。不意に脳裏に蘇ってきた記憶たちにアニキは舌打ちをすると、手元に引いた鍬を頭上へと挙げ、再び土に突き刺した。
「あいつらのためにも、もう路頭に迷うようなことも、死ぬわけにもいかねぇんだ……いや、あの二人だけじゃねぇか」
 騒乱の時代を今まで共に生きてきた、たくさんの家族が彼にはいた。家庭を持つ中も一人や二人でなく何十、何百、いやそれ以上にいる。
 ただでさえ農具というものは重みがあるのに、今のアニキは両腕に得も言われぬ重々しさを感じていた。
「もう、こりごりだぜ……命をかけるのはよ」

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