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109 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2010/02/13(土) 20:54:40 ID:wZsaGGp10
わたしの名はメーテル……投下する女。
21時から39レス分、投下させてもらうわ、鉄郎……
111 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (1/39)[sage増えたの……] 投稿日:2010/02/13(土) 21:01:31 ID:wZsaGGp10
 それは可憐で、豪華で、壮麗で……蜂蜜のように甘く惑わせる……

 ――声。

「一刀ぉ……」
 耳元に声。
「かぁーずとー。むにゃむにゃ……」
 その日、北郷一刀が目を覚ますと、あどけない少女の寝顔が吐息がかかる距離にぴったりと
寄り添っていた。
「うわぁぁぁ!」
 慌てて布団をめくって飛び起きようとするが、一瞬遅かった。
 逃げ出そうとした一刀の足に、美羽が腕を絡みつかせたのである。
 それはまるで手放さぬという意志が宿しているかのように強固であった。
「み、美羽! 朝、朝だ! 目を覚ます時間だぞ!」
「むにゃむにゃ……」
 一刀が必死に呼びかけてみても、変化はない。彼女は猫のように頬をすりすり擦りつけてく
る。
 脳漿の隅々にまで電撃が走るのを感じて、一刀は戦慄した。
 乙女の柔らかな感触によって、朝の生理現象によって既に臨戦態勢にあった一刀自身が、暴
発寸前の緊張状態へと移行したのを知覚する。
 だがそこまでされても、まだ彼は理性の人であった。
 超人的な理性と自制を用いて、いますぐにでも決定的な過ちを犯してしまいそうな若さや情
欲と、なんとか折り合いをつけたのだ。
「だ、大丈夫だ、俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺
は、ロリコン、じゃ、ない、俺、は、ロリコン、じゃ、ない、……俺、は、ロ、リ、コ、ン、
じゃ、な、い」
114 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (2/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:04:14 ID:wZsaGGp10
 ぶつぶつと呪文のようにとなえ続ける。
 邪念よ消え去れと、つぶやきながら念じる面たるや、いっそそれは苦行僧の面持ちに近い。
 歯を食いしばり、血の涙すら流しそうな苦悶の表情で、一刀は己を律する言葉を繰り返しと
なえ続けた。
 平常心。そう、火急な事態にこそ平常心が要求されるのだ。
 決して、ここで流されてはならない。
 一刀は全身全霊を持って、邪な衝動にあがなった。
 流れに身を任せることは、これまでの生涯で北郷一刀を形作ってきたものを砕きかねない。
 消え去れ邪念。

 すると今度は、頭に霞がかかりはじめた。
 同時に、一刀は徐々に己の中から煩悩が消え去っていくのを感じる。
 頭が真っ白になって溶けていく。
 そして万物と一体になるのを感じた。
 ――即ち、至りて足を踏み入れたのは無の境地。
 煩悩と苦悩の先で、一刀は覚者の領域に手を伸ばしかけた。

 だが、そんな彼を更なる誘惑が襲った。

「一刀はぁ、妾のもの、なのじゃ……っ♪」
 嗚呼、なんということ――
 あろうことか彼女は、しがみつくようにして、一刀の足を自分自身の足で挟んで絡めてきた
のである。
 その密着度たるや!
 彼女のすべてを感じる。彼女の体温を、彼女のにおいを、彼女の息づかいを、そのすべすべ
した肌を!
116 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (3/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:06:54 ID:wZsaGGp10
 膝のあたりに少女の両足の付け根が当たっているのまで、はっきりとわかる。
 一刀は先ほどまでのすべてが、児戯に等しかったことを悟った。
 『ロリコンは病気です』
 どこかで目にしたそんな標語が、脳裏に踊る。
 膝を少し動かせば、少女の未成熟な性に触れてしまう。
 危険である。途轍もなく危険な状態である。
 このままでは人として外れてはならぬ道を踏み外してしまう。いますぐこの状態から逃げな
くてはならない!
 理性がオーバーヒート気味に疾走する。一刀は鼻息を荒くしながら、何とか縛めから抜け出
せないかともがいた。
 すると、急に美羽の拘束が緩んだのを感じた。

 いまだとばかりに一刀は両手を使って、なんとか絡みついた手足をほどくと、急ぎベッドを
後ずさって美羽から距離を取る。
 一方、抱き枕を失ったことでベッドの中央で顔を伏せて倒れた美羽は、小さく『うーん』と
いう声を漏らした。
「み、美羽……? もしかして、起きた?」
「うにゅ……」
 するとその声に反応した訳でもなかろうが、美羽はのろのろと顔を上げて、薄く開いたその
目を一刀に向けた。
 そしてずりずりと一刀の方まで這って近づいてくると、次の瞬間、美羽は飛びかかる獣のよ
うな素早さで一刀に抱きついてきた。
「一刀らぁー」
「のわぁぁ!?」
 飛び込んできた美羽の重さが一気にかかる。
 勢いもついていたはずだが、それほど重くない、むしろ軽い。
 『ボスンッ』というより、『ポスッ』という感じだ。
119 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (4/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:09:56 ID:wZsaGGp10
 一刀が目を白黒させていると、美羽はまぶたを半眼に開いたまま、顔をそっと一刀の耳元に
寄せて囁いてきた。
「一刀やぁー、妾はぁー、今日も美しいかぇ?」
 とろけるような、微妙にろれつが回っていない声。どうやら完全に寝ぼけているようだ。
 けれどもそれは、幼さの中に危うい色気をのせて、なんとも扇情的で蠱惑的な声色であった。
「か、か、かか、かかかっ」
「か……?」
「――かわいいよ」
 だらだら流れる脂汗を拭くこともできず、一刀はようやくその一言だけを絞り出した。
 すると、それを聞いた美羽がにふっと笑う。
「うむ、そうかそうか……やはり一刀はういやつじゃのぅ。妾が直々に褒美をとらすぞ」
 ふにゃふにゃした声でそう言うやいなや、美羽は一刀の耳に舌を這わせてきた。
「うわあぁ!?」
 効果はてきめんだった。
 一度は落ち着いたはずの心と体が、再び危険な領域へ突入する。
 いまのは刺激が強すぎた。
 眼前の華奢な身体を思い切り抱きしめて、滅茶苦茶にしてしまいたいっ! そんな衝動が一
刀の身体を駆け巡る。

 だが、一刀の進退が窮まったそのとき、戸口を開いて救いの女神が部屋に顔を見せた。
「おはようございますお嬢さまー……って、あららー」
 どこか間伸びしたような緊張感の欠けたその声。
 姿を見せたのはいつも通りに美羽を起こしに来た七乃であった。
「一刀さん、今日も今日で朝から大変ですねー」
 そう苦笑して、戸口の向こうに立っていた七乃が、笑いながら近づいてくる。
 それを見ながら、一刀は内心で喝采をあげる。
(助かった!)
 一刀は油の切れたロボットのようにギギギと首を動かすと、無防備に近づいてくる七乃を見
た。
121 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (5/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:12:38 ID:wZsaGGp10
 見た、見た、見た見た見た見た見た。
「お嬢さまー。朝ですよー、起きてくださーい」
 ぱたぱたと近づいてくる七乃の一部分を全力で見た。
(ごめんっ!)
 心中で七乃に謝り、一刀はその目をかっと見開く。
 瞬間、その双眸が異様な鋭さを持って火を噴いた。

 近づいてくる彼女のただ一点。その揺れるたわわな乳房を、ガン見する。
(おお……!)
 思った通り、そこには『ぽよん、ぽよよん』と、彼女の女性らしさの証明が確かに揺れてい
た。
 一刀は一点集中で、彼女の胸に全神経を向ける。

 おっぱいが、揺れる、揺れる、揺れている……。

 その様子を、子細、余すことなく観察する。
 するとどうだろう、それまで体の奥底で噴き上がるように燃え上がっていた炎が、急速に衰
えていくではないか。
 美羽に相手に抱いていた良からぬ気持ちも、急速に萎えていく。
 そして同時、ビーストな感じのモードにチェンジしていた身体の一部分も大人しくなってい
く。
 邪な心は消え去り、賢者の賢明さと、聖者の清らかさが一刀に訪れた。
 ――危機は、脱したのだ。

「ありがとう、おかげで助かったよ……」
「? 私がどうかしたんですか、一刀さん」
 何かを成し遂げた顔で礼を述べる一刀に、七乃はきょとんとした顔をした。
123 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (6/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:15:53 ID:wZsaGGp10
◇◇◇

 結局、一刀は美羽たちの元に留まって、彼女たちの世話になることにした。
 他に行くあてがある訳でもなし、なにがなんだかわからないことだらけのこの世界で、死に
そうになっていたところを美羽たちが助けてくれたのは確かなのだ。
 ならば命の恩人が傍にいて欲しい(例え珍獣扱いでも)と願うなら、彼女が満足するまでは
それに付き合おうと思ったのである。

「………」
 そして、そんな清廉な決意も虚しく、今日も一刀は真っ白になったボクサーのような姿で、
自己嫌悪に陥っていた。
「まだ気にしてるんですかー」
「………」
「聞くところによると、男の方が朝そうなってしまうのは自然現象だそうですし、私は気にし
ませんよー」
「………」
 七乃にまで気の毒そうな顔をされて、死にたい気持ちでいっぱいの一刀である。
「七乃さん……」
「もうっ、また七乃さんになってますよ。七乃って呼んでくださいって言ったじゃないですか
ぁ」
「えっと、じゃあ七乃……。やっぱりその、美羽と部屋を分けるってのは、駄目?」
「はい、駄目です。また一刀さんと一緒の部屋がいいって、お嬢さまが駄々こねちゃいますか
らねー」
 ばっさりと斬り捨てた七乃の言葉を聞いて、一刀は頭を抱えた。
「だよなぁ……」
 そもそも、一刀が美羽と同じ部屋で寝起きすること自体がおかしいのであるが、一刀のこと
を妙に気に入ってしまってた美羽が、一刀を片時も離したがらないことが、その原因だった。
 無論、その『片時も』というのには、寝るときも含まれる。主人と犬は同じ部屋で寝るべき
だというのが美羽の主張であるからして、一刀の立場は室内犬と同じようなものらしい。
 幸いというか当然というか、流石に寝るためのベッドは別々のものが用意されているのだが、
朝になると一刀の布団に美羽が勝手に潜り込んで来ていたりするので、あまり意味はないかも
しれない。
126 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (7/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:18:58 ID:wZsaGGp10
 それだけでも頭が痛いのだが、更にもう一つ、一刀の苦悩の原因となっている事柄が別にあ
った。
 むしろそちらの方が深刻だ。
 それはいまいる場所がどうやら一八○○年前の中国っぽい場所だとか、この世界には三国志
の英傑の名を持った女の子たちがいるらしいだとか、元の世界に帰る方法がわからないだとか、
そんなことではない。
 いまの自分が、切実にして危険な問題を抱えているということだった。
 それは目覚めて以降の、自分自身の変化についてである。

 『気が付くと、自然と目が美羽の姿を追っている』
 『美羽を見ていると無性に胸がドキドキする』
 『美羽が近くにいると、体が芯から熱くなってくる』
 『美羽の姿に、美羽の仕草に、美羽の一挙一頭足に目を奪われる』

 無論自覚はある。そんないまの自分は明らかに異常だ。

 こうした変化はこの世界で目を覚ましてからのものである。
 少なくとも、聖フランチェスカに通って平々凡々と暮らしていたころの一刀にはなかった類
のものだ。
 一応、一刀とて健全な男子であるからして、そうした方面に興味がなかったと言えば嘘にな
る。
 が、それも常識の範囲内での話。
 以前なら小さい子を見てかわいいと思うことはあっても、いきなり心躍らせることはなかっ
た。
 むしろ、本来の一刀自身はどちらかというと、女性の豊かなおっぱいとか、むっちりしたお
尻が好きだったはずなのだ。
 その証拠に、寮の部屋に隠してある秘蔵のアイテムは、そういったものが多かったように思
う。
128 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (8/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:22:45 ID:wZsaGGp10
 けれども目覚めて以降、一刀の価値観は一変した。

 大きいよりも小さい方が、好きだ。
 たわわよりもひかえめの方が、好きだ。
 熟れたものより、未熟なものの方が、好きだ。
 総じて、小さい子が、大好きだ。

 恐ろしいことに、どうやら真性のロリコンさんになってしまったようなのだ。

 はっきり言って、いまの一刀が美羽と過ごすのは非常に危険である。
 飢えた獣を兎と同じ檻に入れておくようなものである。
 けれども、幸いにしてロリコン衝動には有効な打開策があり、一刀はこの数日でそのコツを
掴んでいた。
 今朝方危機を乗り越えたのもそのおかげだ。
 その打開策とは、どれだけ身と心がボルテージを上げていようと、成熟した大人の女性の象
徴、つまり大きなおっぱいやらむちむちしたお尻を見ると、たちどころにそれを鎮めることが
できるという、偉大なる発見に基づいた鎮静の妙技である。
 端的に言い換えれば、『ムラムラしてきたら大きなおっぱいを見ればいい』ということだ。
 先頃起きたときのように、相手が美羽一人の場合はどうにもならないが、七乃が一緒にいる
ときならこの方法が使える。
 そうやって一刀は、今日までなんとか決定的な過ちを犯さずに過ごしてきたのである。
 無論、こんなものは対処療法に過ぎないことも、一刀自身重々承知している。が、今のとこ
ろ有効策はこれだけなのだ。
 問題を根本的に解決するには、やはり原因を探って自分自身の身に何が起きたのかを明らか
にして、元の状態に戻すしかないだろう。
132 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (9/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:28:40 ID:oMsgIoK2P
「……やっぱ原因は、この怪我のせいかなぁ」
 一刀はそうつぶやいて、未だ頭に巻かれたままの包帯に触れた。
 こちらに来てからで心当たりがあるといえば、実際そのくらいだった。
 美羽たちが言うには、空から落ちてきたときに石に頭を強く打ってできた怪我とのことらし
い。
 放っておけばおそらく死んでいただろうということなので、かなり危険な状態だったに違い
ない。
 
 頭の怪我、謎の変調、それらを結びつけて導き出される推論は――
(頭を打ったせいでロリコンになったって? 馬鹿馬鹿しい)
 そう一笑に付したいところだったが、これが全然笑えなかった。
 他に思い当たる節がないのだからしょうがない。 馬鹿馬鹿しくとも、現実だ。
 以前テレビか何かで、事故で頭を打ったせいで脳に障害を負ってしまい、二十四時間常に勃
起しっぱなし、射精しっぱなしになっている悲惨な男の話を見たことがある。そうならなかっ
ただけましと思うべきなのかもしれない。
 だが、それにしたってこれは酷い。

 一刀がちらっと横目で見ると、一刀の隣に座っていた美羽が、まだ眠そうにうにゅうにゅ目
元を擦っているところだった。
 その愛らしい姿を見て、不意に心臓がドキンと跳ねる。一刀は平静を装いつつも、赤らめた
顔を慌てて前に向き直した。
 美羽といると、多かれ少なかれいつもこんな状態になってしまう。
 無邪気にじゃれついてくる美羽に、一々ドギマギにてしまうのだ。
 そろそろこちらに来て一週間。慣れてもいいころと思うのだが、その気配はまったくない。
 やはり、何とかしなくてはならない。美羽のためにも、自分のためにも。
 一刀は心からそう思った。
134 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (10/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:32:23 ID:oMsgIoK2P
「難しい顔をしてどうかしましたかー? 何かわからないところでも?」
 思い悩んで唸っていると、向かいに座っていた七乃がそう聞いてきた。
「あ、いや……」
 その声で現実に戻され、一刀は改めて視線を机の上へと動かした。
 手には筆が握られ、机の上には硯と竹と開かれた本が置かれているのが見える。
 いまは本に書かれた文字を、竹に書き写しているところだった。
 要するに、勉強の最中なのである。

 朝の騒動のあと、やってきた七乃が美羽の支度を一通り済ませて、いまは三人仲良く美羽の
部屋で机に向かっているところだった。
 ちなみに、一刀は最初箱に砂を入れて、それで練習しようとしたのだが、貧乏くさいからや
めてくださいと七乃に言われ、それ以降竹簡を用意されていた。

「いえ、そういう訳じゃないんだけど……」
「……一刀、そこの部分、間違っておるぞ」
「え、本当? どこどこ?」
「ここじゃ、この場所じゃ」
 美羽はそう言うと、あふうと大きなあくびを一つしてから、筆を握っている方の手に自分の
手を置いた。
 すると、小さな手が己よりも一回り以上大きい一刀の手を動かして、書き損じの箇所へと誘
導してくれた。
「ここはな、こう書くのじゃ。こーやってー……」
 そしてそのまま導いて、一刀の持つ筆に正しい字を綴らせる。
 正直、正しい字よりも美羽の手の柔らかさと暖かかさでそれどころではない。
「あ、ありがとう。助かったよ……」
 それだけを言って、一刀は慌てて手を引いた。
「うむ。この程度のこと、妾からすればどうということはないのじゃ」
 まだどこか眠そうに目をとろんとさせた美羽が、背をそらしてえへんと胸を張った。
 不意をうたれたように、一刀はその仕草にも心臓がドキッとした。
 意識しないようにと思っていても、なかなかそう上手くいくものでもない。
 美羽はかわいい、これは事実なのだ。
137 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (11/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:35:55 ID:oMsgIoK2P
「はぁ……。うーん、これは参ったなぁ」
 頭をかいて、小さく現状についてつぶやきを漏らした一刀だったが、その言葉を向かいに座
っていた七乃が、耳ざとく聞いていた。
「それはこっちの台詞ですよぅ。まさか天の国からいらした一刀さんが、読み書きもできない
とは思いませんでした」
 言って深くため息を吐く。
「いやぁ、面目ない」
 内心で『役立たずでごめんなさい』、『ロリコンでごめんなさい』と二重に謝って、一刀は
力なく笑った。
 すると、すかさず横からフォローが入る。
「気にするな、妾は一向に構わぬ。一刀に色々教えるのも、主人である妾の役目じゃからな」
 そう言って美羽はふんふふーんと鼻歌を歌う。先ほどまで眠そうにしていたのに、もうご機
嫌である。
 どうやらようやっと頭の回転が平常運転に戻ってきたようだ。
 対しては七乃は「むー」と口をとがらせる、どうやら含むところがある様子である。
「本来ならこの時間は、私とお嬢さま、二人っきりのお勉強時間だったんですけどねー……」

 目覚めたら突然古代中国らしき場所にいた北郷一刀であったが、それでも幸いにしてなぜか
言葉は問題なく通じるようで、基本的に喋るだけなら困るようなことはなかった。
 が、だからといってそれで問題がない訳でもない。
 通じるのは言葉までで、それ以外、特に読み書きに関してはさっぱりであったのだ。
 そもそも、平凡な高校生であった一刀に、中国語の読み書きなどできようはずもない。
 やはり読み書きくらいはできないと困るのではないか。
 そう思った一刀がそのことを美羽に相談したところ、
『ならば妾が教えてやるぞ!』
 と、嬉々として諸手を振り上げて宣言したのが、この勉強会の始まりだ。
 以降、昼に取られる美羽の勉強時間に、一刀は机を並べて一緒に読み書きの勉強をさせても
らっているのだ。
139 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (12/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:41:23 ID:T1b1QB5J0
「良いか、この字のここの部分はこうして、こうして……こうするのじゃ。どうじゃ、わかっ
たか?」
「あー、うん。ありがとう……」
 美羽が再び漢字の間違いを指摘してくれた。
 一応、美羽の勉強を見るついでに、一刀に読み書きを教えるというのが本来の形なのである
が、実際はこうして美羽が口を挟むことで、実質的には美羽と七乃の二人がかりで一刀の勉強
を見ることになってしまっている。
 どうやら七乃としてはその点が不満らしい。

「うーん、まったくできない訳じゃないんだけどなぁ……」
 美羽たちが使っているのは、一八○○年前のものとはいえれっきとした中国語である。要す
るに漢文だ。
 元々漢字文化のある日本で生きてきた一刀にとって、漢字自体に拒否感はない。
 それでもやはり、すんなりとはいかない。
「そうみたいですけどねー。でも、どこで覚えてきたんだか知りませんけど、一刀さんの字は
変な癖がつき過ぎですよぅ」
「どこでもなにも、天の国っていうか、俺のいた国でなんだけど……」
 やはりというかなんというか。一八○○年前の漢字と、現代日本の漢字には色々と隔たりが
ある。
 見たこともない字もたくさんあるし、そもそも現代日本にある漢字でも、良く見ると微妙に
違ったりして一筋縄ではいかない。
 おまけに、字の方は何とかなるとしても、肝心の文法の方がさっぱりなのだ。簡単な文章な
ら、字の並びで何となく意味を察することもできるけれども、そうでないことも多い。
 一刀が一般的な文章の読み書きができるようになるまでは、まだしばらくかかりそうである。
141 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (13/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:44:50 ID:T1b1QB5J0
「そう言ってやるな。一刀はこれでも頑張っておるぞ、うむうむ」
 一方、一刀の横で擁護してくれる美羽はというと、ご満悦の様子だ。
 人にものを教えるというのが楽しくて仕方ないといった様子である。
 ちなみに、一刀が勉強しているのは読み書きの基礎の基礎であるので、当然美羽の勉強内容
に比べて大幅に簡単なものなのだ。
「さあ一刀よ、妾がどんどん教えてやるからのっ」

 そして数時間、三人でなんのだかんだわいわいと言いながらも勉強を続けた。
 その間、一刀は必死に筆を動かし続けていた。
 折角忙しい(らしい)二人が時間を作ってくれたのだから、無駄にする訳にはいかないと、
これでも真面目に頑張っているのである。
 そうして昼が近づき、充実した勉強時間の終わりが見えてきたころ、突然七乃が話を振って
きた。
「そういえば、一刀さんって何か特技があったりするんですか?」
「は?」
 いきなりな質問に、思わず変な声を出してしまう一刀。
「いえ、天の国から来たんですから、何か特別な力があったりしないのかなーって」
「特別な力っていうと……例えば?」
「実は一騎当千の超絶豪傑さんで、剣を持たせたら一人で敵軍壊滅余裕です、とか」
「ぶっ!?」
 あまりに突拍子もないことを言われて、一刀の筆が思い切り滑った。
 そしてその言葉を聞いて、飽きてきたのか横であくびをかみ殺していた美羽が、驚きと期待
に満ちた顔で食いついてきた。
「なんとっ! 一刀はそのようなことができるのか!?」
143 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (14/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:48:57 ID:T1b1QB5J0
 目を輝かせて一刀を見上げる美羽に、内心で『かわいいなぁ』と思いながら、一刀は眼前で
手を左右に振ってみせた。
「いや、無理無理。できないってばそんなこと。一応爺ちゃんから剣は習ってたけど、俺なん
てまだまだ……」
 あの泥棒の少年にも勝てなかったし、と一刀は口の中で続ける。
 そして、そういえばあの少年はどうなったんだろう、とそんなことを思った。
「うーん、肉体労働はそれほど得意じゃないとー……。じゃあ、実はとぼけた顔して神意鬼謀
な軍略の持ち主で、軍隊を指揮させたら天下無双とか!」
「おお! 流石一刀じゃ、主人である妾も鼻が高いぞ!」
 またもや美羽が目をキラキラさせるが、一刀は今度も手を振った。
「ないない。一応、孫子の兵法くらいは昔一通り読んだことがあるけど、それだって目を通し
たくらいだし」
 こんなことになるなら、もうちょっと真面目に読んでおくんだったとは思う。
「えー? じゃあじゃあ、実は政が得意で、俺に任せれば一晩で税収を倍にしてやるぞーっ!
っていうのはどうです?」
「うむ、流石は妾の一刀じゃな」
「どうです? とか聞かれても……。そもそも、そんなことができるくらい頭が良いなら、こ
こでこうしてのんびり読み書きなんて習ってないと思うけど」
「あははは。それもそうですねー」
 まるで最初から答えたわかっていたというように、七乃が笑う。
 そして、一刀の横ではわかっているのかいないのか、美羽が一人、無駄に自信溢れる様子で
うんうんと頷いていた。
144 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (15/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 21:52:35 ID:T1b1QB5J0
「わははははは! 一刀よ、その程度の些細なことなど気にすることはないぞ。何せ一刀は余
人にはないもっと貴重なものを、人を見る『目』を持っておるからな!」
「は? 目って……?」
「うむ。一刀は妾を女神と見間違うた類い希なる審美眼のことじゃ!」
「あー、そういうこと……」
 発見されたときに、目覚めた自分が朦朧としながら美羽を見てそう言ったらしいのだが、残
念ながら一刀本人にそんな記憶はとんとない。
 最初はその旨きちんと伝えようかとも思ったのだが、無邪気に喜んでいる美羽を見ているう
ちに、その気も萎え果てた。
 確かに美羽は女神のように美しくかわいいし、無意識のうちにそう呼んでしまうこともある
かもしれない。そう考えれば別に訂正する必要もないように思われたのだ。

「それにな、そんなものがなくとも一刀には良いところがたくさんあるぞ!」
 美羽は胸を張って断言した。
「んー、例えばどこですかぁ?」
 自信溢れるその言いように興味を引かれたのか、七乃が聞き返す。
「うむ、そうじゃな……例えばこの腕じゃ!」
 すると美羽はそう言って、突然一刀の右腕に抱きついてきた。
「っ!?」
 ぎゅっとされた衝撃に、書き取りをしていた一刀の筆が、盛大に滑る。
「この程良く引き締まった腕。堅すぎず柔らかすぎず、しなやかな良い腕じゃ! これほどの
腕、天下に二本とあるまい」
 言いながら、美羽はぺたぺたと一刀の腕を触る。
「うーん、そうですかねぇ。別に普通だと思いますけどー」
「わはは、それだけではないぞ!」
 すると今度は腕を伸ばして、指で一刀の頬をぷにぷに押してきた。
「この凛々しい面構えを見よ! 気高く、それでいて精悍じゃろう? これぞ高貴さと野性味
が同居した、何かを成し遂げる者の顔じゃ!」
「単なるしまらない顔つきのように思えますけどー……」
146 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (16/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:00:34 ID:oMsgIoK2P
「そして極めつけは全身に漂うただ者ではない気配! 内面からにじみ出る光が外にあふれ出
しておるようではないか!」
「それは、一刀さんが着ているぽーりえすてるの服のせいじゃないですかねぇ……」
「それにな、何より忘れてはならんのがこの、愛らしさじゃ。思わず頬ずりしたくなる愛らし
さ、これは何物にも代えられん!」
「……えぇー?」
 ぶんぶん手を振り回して力説する美羽に、七乃は心底わからないという顔をする。
「はぁ。一刀。一刀ぉー。今日もかわゆいのぅ、かわゆいのぅ。よしよしよし、おー、よしよ
しよしよし。流石は天よりこの妾のために遣わされただけあるのぅ。一刀の愛らしさは天下一
じゃ」
 一刀のあごの下をなでながら、頬を染めてそんなことを言ってくる。

 前述した通り、一刀は美羽に妙に気に入られている。
 そしてこれが、その気に可愛がられっぷりであった。
 そう、一刀は美羽に愛されまくっていた。

「見よ、照れて赤くなっておる。まったく、一刀はういやつじゃ」
「なんか、思いっきり固まってるように見えますけどー……」
「このぽりえすてるの服も素晴らしいが、他の服を着ている姿も見てみたいのぅ。……そうじ
ゃ、七乃よ、確か城下に西よりの珍しい服を扱った行商が来ておると言っておったな。そのも
のに命じて、一刀のための服を用意させるのじゃ。いや、きっと一刀は何を来ても似合うじゃ
ろうからな、一刀が着られそうな服、すべて買い取るのじゃ。おおそうじゃ、一刀や、今日の
夕食は何か食べたいものはないか? 一刀が食べたいものなら、西のものでも東のものでも、
なんでも用意してやるから、好きに申してみるが良い。他にも何か不自由があればすぐに言う
んじゃぞ、すべて妾がなんとかしてみせるからの!」
 美羽が一刀に寄りかかって、抱きついたり、なでまわしたり、頬ずりしたりしながら機関銃
のように喋る中、一刀は微動だにせず硬直していた。
 硬直して、ただただ七乃の胸を真っ向ガン見である。
「ああもう、一刀はかわいいのぅ。かわいいのう!」

 一刀は何となくだが、主人にもみくちゃにされながらかわいがられる、子犬の苦労がわかっ
た気がした。
148 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (17/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:06:58 ID:vz5tkQQS0
 ◇◇◇

 ときは移って、昼食を終えて午後。
 重要な来客があるという美羽たちと分かれた一刀は、やることもなく中庭でぼんやりと時間
を過ごしていた。
 美羽が酒席や茶会を設けたりするのに使っている席に腰掛け、深くため息を吐く。

 唐突だが、北郷一刀はいま現在絶賛居候の身である。
 衣食住の大部分を美羽に頼って生きている、何とも肩身の狭い身分だ。
 未だ半信半疑ではあるが、『異世界』に紛れ込んでしまい、右も左もわからぬ状況を保護し
てもらって、しかもこの時代としてはかなり高水準の生活環境まで提供してもらっている。
 そんな状況で、対価としての勤労を考えぬほどに一刀は恩知らずではない。
 働かざる者、食うべからず
 これぞ骨の髄まで染みこんだ日本人精神である。
 だというのに、昼を少し過ぎたころから座り続け、一刀はこうして二時間はぼーっとしてい
た。

 何か手伝いたい、やれる仕事はないか。
 一刀は数日前から暇な時間を見つけては城の様々な場所でそう聞いて回っているのだが、皆
一刀の服と顔を目にすると口を揃えてこう言うのである。
『いえいえ、御遣い様にこのようなお仕事などさせられません。恐縮ながらお心遣いだけ受け
取らせていただきます。ささ、どうかこのようなむさ苦しい場所からは早々にお立ち去りくだ
さい』
 と言って、何もさせてくれないのだ。
150 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (18/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:09:49 ID:vz5tkQQS0
 そもそもこちらの一般常識も知らない、字も読めない、そんな自分が何かができるとは思え
なかったが、それでも居候の身で手持ちぶさたの時間はつらい。
 まるで自分がただのごくつぶしのように思えてくる。
 とは言っても、無理にやらせてもらって、他の人の仕事を奪うのも心苦しい。
 仕方がない、今日のところは美羽たちと来客の会談が終わる夕方までは素振りでもして過ご
して、そのあとに明日以降、何か仕事をもらえないかと相談してみよう。

 そう思い、木刀を取りに部屋まで戻ろう立ち上がった一刀は、そこでふと自分を見ている目
があることに気付いた。
 一刀が座っていた席から少し離れた場所にある池のほとり、そこからこちらをじっと見てい
る女性がいた。
 遠目にも背が高さや、凹凸のはっきりした見事なプロポーションが見て取れる。
「?」
 一刀が気付いたことがわかると、彼女はにっこりと微笑んで一刀に向かって歩き出した。
 そして池の周りをぐるりと迂回して近寄ってきた女性は、立ち尽くす一刀に開口一番こう言
った。
「ねぇ、ちょっと聞いても良いかしら。もしかしてあなたが噂の天の御遣いくん?」
「……え?」

 近くによって来て女性を改めて見てみると、モデルのような長身の背丈がやはり最初に目を
引いた。
 そして次に目を引いたのは、美羽たちとは違う、濃い色をしたエキゾチックな肌の色。
 続いて腰までの長さの桃色がかった髪。
 そして抜群のプロポーションを、これでもかと強調する露出の大きな服装。
 特に胸元は露出が大きく、腰回りもとても涼しそうだ。
 整った顔は柔和に笑みを形作っている。
 いや、口元は笑っているが、目にはどこか刺さるような鋭い光が宿していた。
152 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (19/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:13:04 ID:vz5tkQQS0
「一応そういうことになってるっぽいですけど……あなたは?」
「おっと、人に名前を聞いておいて自分から名乗らないのは失礼だったわね。私の名は孫策、
字は伯父、真名は雪蓮よ。いまは袁術ちゃんの客将をやってるわ。覚えておいてね」
「孫……策?」
 その名を耳にして、一刀の目の目が数度ぱちぱちとまばたきした。
 『孫策』の名には、覚えがある。
 いや、覚えている程度ではない。
 一刀が知る孫策とは最終的に三国を治めることになる王の一人、呉の王、孫権の兄の名だ。
 三国志の中でも特に有名な彼の別名は――
「……江東の小覇王」
「あら? 天の国にまで私の二つ名は伝わってるのかしら」
 思わず漏れたつぶやきを耳にして、孫策が妖しく微笑んだ。
 対して聞かせるつもりのない独白を聞かれた一刀は、恥ずかしそうに答える。
「あー、うん。有名だよ、すごく有名」
「ふぅん、お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「お世辞じゃないんだけどなぁ……それで、その孫策さんが一体俺に何の用?」
 その言葉に、孫策がふふっと笑う。
「ただの物見遊山。噂の天の御遣いくんっていうのは、どんなもんなのかなと思って見に来た
の」
「……噂って、あの戦乱を治めるとかなんとかっていう?」
「そそ」
「そんな大層な人間じゃないんだけどなぁ」
「あ、やっぱり人間なんだ」
「人間だよ。ほら、手だって足だってついてるだろ?」
「確かにそうみたいだけど……あっさり認めるのね。ちょっと想像と違ったわ」
「想像って?」
「てっきり袁術ちゃんに取り入るのが目的の妖術使いか、あやかしの類だと思ってたから」
「なんだそりゃ」
 一刀が眉間にしわを寄せて困った顔をすると、孫策も「そうよねぇ」と言ってカラカラ笑っ
た。
153 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (20/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:15:18 ID:vz5tkQQS0
「じゃあ、上手いことこうして巡り会った天運に感謝しつつ、御遣い様にいくつか質問したい
んだけど、いいかしら?」
「質問? 俺に? 本当に天の御遣いか試したいってこと?」
 質問に質問で返すと、孫策はあっさり頷いた。
「うん、そう。どうせ見てくるならあたしの器で、あなたを計ってこいってうるさいのがいて
ね。助けると思って聞いてくれない?」
「……うーん、暇だから別に良いけど。……でもこっちに来てから日も浅いし、大したことに
は答えられないと思うよ」
「いいのいいの。答えられなくたって、別に取って食ったりしないから」
「まあ、あんまり期待しないでね」
 了解、とそう言うと孫策はただでさえ綺麗な姿勢を更に正して、佇まいを直した。
「じゃあまず一つ。私はこれから、大陸全土を巻き込んだ戦乱が始まると思うんだけど、あな
たはどう思う?」
「どう思うって……」
 昨日今日来たばかりの身に突然そんなことを聞かれても困る、というのが正味なところだ。
 だが、問われて一刀の中にはその回答になりそうな朧気なものが既にあった。
 袁術や孫策が女の子という差異はあっても、それ以外は概ね三国志そのものの世界が再現さ
れている。
 では、もしも歴史も『三国志』通りに進むとするならば……。
「一波乱あってから、群雄割拠の時代がくる……かな?」
 一呼吸置いてから、そう答えた。
 それに孫策は小さく「そう」とつぶやく。
 少し前に、一刀は美羽と七乃に三国志の英傑たちについて聞いたことがある。すると、彼女
たちは曹操の名は知っていても、劉備や孫権という名前には心当たりがないと言っていた。
 ならば、本当に歴史通りにものごとが運ぶとするなら、彼らが世にあらわれて覇をとなえる
ようになるのはこの先になるに違いない。
155 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (21/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:19:43 ID:vz5tkQQS0
 確信がある訳ではない。けれども半信半疑に答えた一刀の回答に、孫策は何かを感じた風で
もなく、ただ小さく頷いた。
「じゃあ次。この先、最も早く頭角のあらわすのは誰だと思う?」
 再び孫策は問いかけた。
 この質問にも、孫策は表情を変えていない。先ほど同様に、目を細めて笑っている。
 笑ってはいるが……一刀はその笑顔に、足がすくんだ。
 彼女の瞳の奥に、尋常ではない刃物の鋭さを見たのである。
 そして一刀は、遅まきながらようやく、目の前の女性がとても恐ろしい類の人間であること
に気が付いた。
 例えるならば、彼女は虎だ。
 満腹で機嫌が良いときならば、ちょっとばかり大きな猫に見えなくもない。愛嬌もある。
 しかし、その本質は獰猛な肉食獣。必要とあらば、冷徹に獲物を追い詰めるハンターだ。
 もしかしたら、自分はいま途轍もなく危険な状態にあるのかもしれない、そんなことを思う。
 だが、そんな相手を前にして、一刀の中には奇妙な悪戯心が生まれていた。

「………」
 一刀は答えず、沈黙した。
 孫策の二つ目の質問、それに対しても既に回答はある。
 だが、その名を告げることが、もしかしたら孫策や美羽、そして自分の運命を大きく変える
かもしれない、そう考えて言葉に窮したのだ。
 もしも、本当に自分がタイムスリップしたのだとしたら、漫画や小説で良くある、未来を変
えること云々という、良からぬことを引き起こす原因になるかもしれない。
 古い映画で見た、危ない科学者が『歴史が変わってしまう! タイムパラドックスだ!』と
叫ぶシーンが頭を過ぎった。
 わからない振りをしよう、一刀はそう思った。
 けれども、ここきて一刀の心の片隅で出来心という悪い虫が騒ぎはじめたのだ。
 思った名を口にしたとき、先ほどからずっと余裕の笑みを浮かべている彼女が、どんな顔を
するのか見てみたいと思ってしまったのである。
157 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (22/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:23:31 ID:vz5tkQQS0
「……董卓」
 そして気付いたときには、もう遅い。一刀はその名を口にしてしまっていた。
 はっとなって思わず、漏らしてしまった口を手でふさぐ。だが、一度零れてしまった水は杯
には戻らない。
 一刀が恐る恐る孫策を見ると、彼女は一刀の答えがよほど予想外だったのか、驚きに口を開
けていた。
 やってしまった、と思う。
 不用意に余計なことを喋ってしまったのかもしれない、一刀がそう思って孫策を見ていると、
果たして彼女は、一刀の言葉を吟味するようにあごに手を当てて考える仕草をした。
「なるほど。北方の雄、董卓か……参ったわね。そう答えてくるとは思ってみなかったわ」
 言ったことを真剣に受け取っている孫策を見て、一刀はもう言い繕いはできないことを悟っ
た。
 そして、諦めてもう余計なことは考えないことにした。
 切り替えは早く、終わったことにくよくよしない。祖父の教えである。

「……ちなみに、俺がどう答えると思ったんですか?」
「うん、袁術ちゃんって答えるか、私の心象を良くするために私って答えると思ったわ。で、
どちらを答えても話はここで終わりにするつもりだったんだけど……。ちなみに、満点は袁紹
って回答」
「ふーん……採点としてはどうなんです?」
「そうねぇ……。同律で満点か、もしかしたらその上ってところかしら。確かにいまの時代、
中央から離れていることは、それだけで意味があるもの。北の地で力を蓄えているでしょう董
卓なら、この先、早い段階で頭角をあらわす条件を揃えているわ」
 一刀にそう言って、孫策はうーんと唸る。
 それから、小さく『冥琳の意見も聞いてみたいわね』とつぶやくのが聞こえた。
160 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (23/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:26:58 ID:vz5tkQQS0
「質問はそれで終わりですか? だったら、もう言って良いですかね?」
 また余計なことを言ってしまう前に、さっさとこの場を去ろう。
 なにやら考え込んでしまった孫策に思い切ってそう切り出すと、孫策はうん、と言って再び
一刀の方を見た。
「じゃあこれが最後の質問。ねぇ、あなたウチに来る気はない?」
 と、『このあとちょっと買い物行かない?』みたいな軽い調子で言われたその言葉を、一刀
は一瞬理解できなかった。
「ウチっていうと、それってどういう……?」
「そのまんま。袁術ちゃんのところなんてやめて、うちに来ないかって誘ってるの」
「え……えええぇっ!?」
「あなたの答え、どちらも見事なものだったわ。当てずっぽうに言ったのだとしても、かなり
見識が広くなければ出てこない答えだわ。特にあとの方の回答はね。そんなあなたの力は、う
ちに来てこそ発揮できるものよ」
「いや、それは……」
 思わず言い返そうとするが、まさか今更、未来からやって来たのでこのあと何が起こるか知
ってます、とは言いづらかった。と言うかとても言い出せる雰囲気じゃなかった。
「良く考えてちょうだい。きっともうすぐ大陸全土を巻き込んだ戦乱が始まる。これまでにな
いほどの大乱の世がね。そうなれば遠くない将来、袁術ちゃんは死ぬ。あの子の器じゃ、太平
の世ならともかく戦乱の世は生き残れない。つまりここに留まると言うことは、沈みゆく泥船
に残るということよ」
「………」
 その言葉に一刀は息を飲んで黙って聞いていていた。
 目の前にいる孫策の存在感には、確かに王者の貫禄が宿っている。
 何よりすごい自信だ、自分の言う未来が必ず来ると確信している口ぶりだ。
 人を引き寄せるカリスマとは、彼女のような人間のことを言うのかもしれない。
 だが、本来ならその人を惹き付けてやまないだろう孫策の言葉を聞いても、一刀は感服する
より、心に何かがわだかまるのを感じていた。
163 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (24/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:30:50 ID:vz5tkQQS0
「うちに来なさい。未来を約束するとまでは言わないけど、少なくとも袁術ちゃんの傍にいる
よりも、私たちと一緒に来た方があなたのためよ。それにこう言っちゃなんだけど、袁術ちゃ
んは馬鹿だし、人の上に立つ資質もないから、あなたを上手く使うことなんてできないわ。あ
なた自身の将来を考えても、うちに来る方が断然良いと思うんだけど、どうかしら?」
「どう、と言われても……」
 答えるも、既に心中は決まっている。
 そんなことより、いま考えなくてはならないことは別にあった。

 もしも、本当に今後起こることが歴史通りになるとするなら、孫策たちはこの時代を生き抜
いていくだろう。
 そして美羽、というか袁術は、敗者として歴史から退場することになる。
 そこまで考えて、一刀の身体がぶるっと震えた。
(美羽が、死ぬ……?)
 考えたくもない。
 実際、それはこれまで努めて考えないようにしてきたことだ。
 みんな女の子になっているが、いま現在一刀を取り巻いているこの状況は三国志そのもので
ある。
 だったら、このあと起こることは歴史の筋道通りになるのかもしれない。
 皇帝を僭称して袁術は死ぬ。
 そう、美羽は死ぬのだ。
 思い至った途端、焼け付くような強烈な焦燥感が、一刀の心を襲った。
167 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (25/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:33:58 ID:vz5tkQQS0
「――――――それに、もしあなたに人と違うところがあるのなら、あなたが本当に天の御
遣い≠ネら、おいしい目も見られるかもよ? ……って、ちゃんと聞いてる?」
 不意に話を振られ、思考が途切れた。
 どうやら、一刀が考えに没頭している間も孫策の話は続いていたらしい。
「は? え? ああ、うん、大丈夫。それで、おいしい目って、それってどういうこと?」
 一刀は慌てて取り繕うように聞いた。
 孫策はきちんと一刀が話を聞いていることを確認すると、良くない企みを思いついた子供の
ような、含みのある顔をしてみせた。
「うちの子たちを、自由にさせてあげる」
「……はぁ?」
 一刀の口から、気の抜けた声が漏れた。
 自由に、とはエロの方面で自由にと言うことだろうか。
 もしそうなら、普段の一刀なら、いや、以前の一刀ならば色めき立ったかもしれない。
 だが、孫策の胸元を見て、心の底から冷静になっていた一刀には、それはちっとも魅力的な
提案には思えなかった。
「……それって、俺が孫策さんの身内との間に子供を作ったら、『孫家に天の血が入ったぞ〜』
って喧伝することができるから?」
 若き小覇王はニヤリと笑った。
「ご名答。流石に鋭いわね」
 言ってのけるその表情も、余裕に満ちあふれている。
 こちらに引き込める、そう確信している顔だ。
 だが一刀は、そんなものには惑わされなかった。
 そして、その提案に潜むものの本質を見抜いていた。
「つまりそれってさ、俺を種馬として欲しいってことでしょう? 俺の意志と、相手の子の意
志は無視して」
170 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (26/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:37:46 ID:vz5tkQQS0
「無視なんてしないわよ。相手の子が本気で嫌がるならなしにしてあげる。でもきっとそんな
ことないと思うわよ、これは私の勘だけど。あ、そうそう、私の勘って良く当たるのよ」
「つまり、俺は俺の身の安全と女の子を自由にする権利をもらって、孫策たちは天を味方につ
けたっていう風評を得ることができる。つまりはそういうギブアンドテイクね」
「ぎぶ……?」
「ああ、ごめん。利害関係の一致ってこと」
「ふーん、天の言葉ってこと……?。まあ、つまりはそういうことよ、そこまでわかっている
なら言い繕いはなしよ。それで、どうかしら? うちに来ない? 綺麗どころも、おっぱいの
大きな子もいっぱいよ? 私たちの利害は一致している」
 そう言って孫策は一刀に流し目をして、誘うように大きな胸を揺さぶった。

 しかし、その説明を聞いて一刀の心中は、
(うわぁ……。すごくお断りしたい気分だぁ)
 と、そんな思いに満たされていた。

 ゆっさゆっさ揺れるおっぱい。
 いまこの一刀に限ってはそれは逆効果だ。それを見る度、一刀の気持ちが沈んでいく、興奮
するどころかどんどん思考は冷たく冴え渡っていく。
 『おっぱいがいっぱい』その言葉にもとってもがっかりだ。
 そして、そうして冷静な頭で考えると、『彼女たち』の打算が見えすぎるくらいに見えてし
まった。
 孫策が欲しているのは天の御遣い≠ニいう存在であって、北郷一刀に価値はない。そこに
言葉にしにくいもやもやしたものを感じたのだ。
173 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (27/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:41:04 ID:vz5tkQQS0
「やっぱり、この話はお断りさせてもらいます」
 しばしの沈黙を破って放たれた言葉。それを聞いて、孫策はその美しい片眉を跳ね上げた。
 そして、まるでわからないという顔をする。
「……理由を聞かせて貰えるかしら? ちょっと話しただけだけど、あなた、袁術ちゃんに与
するほど頭は悪くないでしょう? 確かに、いま現在の袁術ちゃんの勢力は大きいかもしれな
いけど、それはいまだけよ」
 その言葉を聞いて、一刀は静かに首を振った。
 やはり、彼女はわかっていない、噛み合わないのも道理だった。
「理由は、孫策さんの申し出を、命の恩人を裏切ってまで受けようとは思えなかったから。そ
れに正直、合理的かも知れませんけど、孫策さんの人をモノで釣ってどうこうしようっていう
やり方は、あんまり好きになれそうにありませんし。何より、美羽に世話になってる身で沈み
かかった泥船だって言われたら、俺にはそれを沈まない泥船にしなきゃいけない大仕事がある
ってことじゃないですか」
 きっぱりとそう言った。
 悩むことなど一つもない。
 あんなに良くしてくれている恩人を裏切ってまで孫策につくなど、一刀は考えもしなかった。
「それに……」
 一刀は一瞬言うべきか迷って、それから虎の目を見てはっきり言った。
「美羽は、俺のことを出会ってすぐに家族として迎えてくれたんです。それこそ、打算抜きで
すぐに。だから、俺のことを『天の御遣い』っていう道具としか見てくれない孫策さんにはつ
いていけません」
 犬と種馬、どっちがいいと言われたら微妙だが、いまの一刀は種馬よりも愛される犬の方を
選びたかった。
176 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (28/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:45:15 ID:vz5tkQQS0
 拒絶の言葉を聞いて孫策は、最初一刀の考えていることを読もうとするように、正面から一
刀をじっと凝視し、それから吟味するような思案顔になった。
 しかし少し考えてその説明が満足に足るものだったのか、孫策はふっと笑った。
「……後悔するわよ」
「うーん。確かに苦労はするような気はします」
 苦笑い一つこぼして答えた、そのときだった。

「一刀ぉーーー!!」

 遠くから、既に聞き慣れた声が聞こえてきた。
 そちらを見ると、美羽がちょうど城内から走ってくるところだった。
「あらやだ、もう時間切れみたいね」
 そしてそれを一目見た孫策が、そんなことを言う。
「一刀! 今日の仕事はもう終わりじゃ、早く城下へ行って一緒に服を……」
 駆け寄って息を弾ませながら笑顔で言った美羽だったが、途中で一刀の横に立つ人物のこと
に気付いて表情を曇らせた。
「むむ、何じゃ孫策よ、こんなところで何をしておる。用が済んだのならさっさと帰らぬか」
「こっちもそのつもりよ。『用』も済んだしね」
 唇をとがらせる美羽に余裕の顔でそう言って、孫策は一刀へウインクを一つ投げて送ってよ
こした。
 一刀はそれに何とも思わなかったが、一方目にした美羽が柳眉を跳ね上がる。
「孫策! つまらぬ用件で城に来たかと思えば、まさかお主、一刀に粉をかけに来たのではあ
るまいな!」
「あら、袁術ちゃんにしては鋭いじゃない」
「駄目じゃ駄目じゃ! 一刀は絶対のぜぇーったいに渡さんからなっ!」
「あらどうして? 選ぶのは一刀でしょ?」
「ふんっ。一刀もお前のようなやつは選ばんぞ。何せ一刀と妾は天与の運命で結ばれているか
らな! お前のような乳だけおばけには騙されんのじゃ!」
 美羽がひしっと抱きついてきて、柔らかいけれども肉付きは薄い体が押し付けられた。
 ああ、うん、おっぱいはない方が良い。イエスロリータ、ノーキョニュウ。
 気を抜くとあちら側の世界に魂を持って行かれそうだった。
180 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (29/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:48:01 ID:vz5tkQQS0
「天与の運命?」
「左様じゃ。天が妾の元に遣わしたということは、それは天意。妾と一刀は天の意志によって
巡り会う運命だったのじゃ。そこに孫策、お主が入る隙間はないのじゃ」
 自信満々に言った美羽の言葉を聞いて、孫策が眉をひそめた。
 そしてそれから、一刀の手を引っ張った。
「ちょっと来なさい」
 孫策として一刀だけを引っ張ったつもりだったのだが、一緒に美羽もくっついてきたので、
彼女は小声で話しはじめた。
「……あなた、袁術ちゃんに随分と懐かれてるじゃない」
「いやあ、ははは」
「どんな手を使ったのよ?」
「えと……運命?」
 ある意味で、互いに一目惚れのような状態にあったのには違いない。
 運命∞一目惚れ∞勘違い∞思い込み≠ヌれも意味としては間違っていない。
「はぁ……まさか、あなたが私の申し出を断ったのって……そういうことなの? だったらう
ちにだって……あ、でも、いや、やっぱりそんな特殊な趣味は流石に……」
 ブツブツと孫策がつぶやいていると、美羽が駆けてきた方向から今度は別の声が聞こえてき
た。
 その「お嬢さまー、どこですかー」という声を聞いて、美羽の顔色が変わる。
「はっ、いかんっ、ゆくぞ一刀! 孫策よ、この場は預けておくが、一刀は妾のものじゃから
なっ!」
「はいはい、わかったわかった」
「では行くぞ! わはははは!」
 そう言うと、美羽は一刀の手を引いて走り出した。

182 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (30/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:51:56 ID:vz5tkQQS0
 ◇◇◇


 孫策と会った時刻から数時間、日は地平の彼方に沈み夜。

 結局、あのあとは城を抜け出す前に一刀と美羽はすぐに七乃に見つかり、美羽は政務(?)
に連れ戻されることとなった。
 しかし、一刀が近くいないと美羽がすぐに抜け出そうとするそうで、その後の時間は七乃の
言いつけで一刀は美羽の仕事(?)を横で見ていた。
 まあ、それでも何もすることがない状態で暇を持てあますよりは幾分かましだったかもしれ
ない。

「あー……」
 一刀は気が抜けた声を出し、お湯にその身を沈めながら、一日の疲れを落としていた。
「んーっ、……んっ!」
 程よく熱い湯の中に肩まで浸かり、思いっきり伸びをする。
 浅草の実家や、聖フランチェスカの寮だとこうはいかない。こんな風に手足を伸ばして入れ
る風呂など、一刀にとっては銭湯か温泉くらいなものだった。
 それがどうだろう。こちらに来てからというもの、毎日が温泉気分である。
 一刀がいる風呂場は、ちょっとした温泉並みの大きさのある大浴場で、美羽が入浴するため
に特別に作らせたものらしかった。
 一刀は美羽から特別にそこを自由に使っていいと言われている。
 広い風呂場を一人で使うことで得られる満足感というか贅沢感は、日本人に産まれて良かっ
たと思う瞬間だ。
187 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (31/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:55:39 ID:vz5tkQQS0
 ピチョンという水の滴る音が反響して、いやに大きく聞こえる。
 これで『カポーン』という効果音でもあったなら、まさに湯煙気分というやつだろう。
 一刀は全身を弛緩させて、目を胡乱に開いてあたりを見渡した。
 浴場は広さもさることながら、内装の凝りようもまたただごとではない。
 目につく限り、そこらじゅうが色鮮やかな装飾で飾られているし、床は丁寧に磨かれた切り
出しの一枚岩を使っている、そしてドバドバとお湯を吐き出しているのは龍の彫像。そういう
具合に、そこはいかにも王侯貴族の浴室然としたものを、サイズアップした感じであった。
 何というか、贅を凝らしたという形容にここまで相応しい風呂場を、一刀は他に知らない。
 お風呂にやたらとこだわるのは日本人と古代ローマ人くらいだと、以前人に教えられたこと
があったが、どうやら美羽はわりとこだわる側の人間であるようだ。
 この風呂場も、美羽がいつ湯浴みがしたいと言い出しても良いように、常にお湯を湧かしっ
ぱなしにしているらしい。
 流石にそれは不経済だなぁと思わなくもないのだが、こうして頭に手ぬぐいを置いて、温か
い湯に浸かって『ふぃーっ』などと気の抜けた声を出していると、細かいことはどうでも良く
なってくる。
 風呂は命の洗濯とは良く言ったものだ。

 首までお湯に浸かって、一刀はぼーっとしながら視線を天井に向けた。
 そこも石造りであるが、そんなものは見ていない。
 ただ雑然と、つれづれに思考も巡らせる。
 これまであったこと、これからやらなければならないこと、どうやって帰るか。
 そんなことを考えていると、不意に思い出されたのは昼間会った孫策のことだった。
 彼女の申し出は、一刀にとって論外のものだった。
 どれだけ条件を出されても、ここまでしてもらっている美羽を裏切って、孫策の側につくな
ど有り得ない。
 何より、戦乱の果てに美羽は死ぬだろうと言った孫策の目は、尋常ではないほどの鋭さを帯
びていた。
 そう、あれは殺意を抱いている者の目だ。この世界に飛ばされる直前に、一刀を襲った少年
が向けてきた眼光と同じ類のものだ。
 彼女は、美羽を殺す気でいる。
 そんな彼女に手を貸すことはできない。美羽を殺す手伝いをさせられるなどまっぴらごめん
だ。
191 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (32/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 22:59:13 ID:vz5tkQQS0
 と、そこまで考えたとき、頭の片隅にふと小さな疑問が湧き上がった。
(あれ? どうして俺、ここまで美羽に肩入れするんだろう?)
 泡のように心中から突然浮かび上がった疑問だったが、それはなんとも引っかかりのある問
いであった。

 思い当たる理由の一つは、一刀が孫策に反感を抱いたからだった。
 孫策の言葉を耳にしたとき、彼女に『利』を説かれたとき、一刀は少なからず反発心を抱い
た。
 それは、多分頭を打ったことで発露された性癖とは、まったく別のことのように思えた。
 孫策の身体には興味を持なかったことは事実だが、それと反発心が生まれたことにはまった
く関わりがない。
 その証拠に、一刀は別に七乃や、城に他にいる胸の大きな女性に対して悪感情を抱いている
訳ではない。
 では、なぜ孫策に限って反発心など抱いたのか。
 こうしてゆっくりと考えられるいまなら、なんとなくわかる。
 きっとそれは美羽のことを悪し様に言われたからに他ならない。美羽を悪く言う孫策に対し
て憤りを感じたのだ。

 確かに美羽は命の恩人だ。それを悪く言われては腹も立つ。
 だが、冷静だった一刀は、孫策の言うことがもっともだったことも理解していた。
 それに、彼女には彼女の事情というものがきっとあったんだろうということも薄々察してた。
 けれども、そうした理性の理解とは別のところ、感情の部分で一刀は孫策の提案をはねのけ
たのだ。
196 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (33/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:03:29 ID:vz5tkQQS0
 それは恩義などではない、もっと心の奥底から身体を突き動かす激しい感情だ。
 では、その感情とは何か?

(……もしかして俺、怪我の後遺症とかそういうのを抜きにして、美羽を好きになって来てる
?)
 もしそうなら――あるいは頭の後遺症よりなおタチが悪い。
 あんな小さい子に手を出すのは勿論犯罪だが、そんな子を真剣に好きになるなんて、あるい
はそれ以上に変態だ。
 だが、どう思い返しても、孫策への対応の裏には、美羽への好意以上の何かがあったように
思えて仕方がない。
(でも、それだって本当に好意なのかどうなのか……怪我の後遺症が関係してるかもしれない
し……、やっぱり、本当のところは、この怪我の後遺症を……なおして、……それから……)
 そこまで考えて、一刀は突然鼻腔の奥に耐え難いほどのツンとした激痛を感じ取った。
「――ぷはぁっ!? げほっ、げほげほげほっ!」
 朦朧としていた意識が急速に覚醒する。身体が反射的に跳ね起きる。
 いつの間にか体を沈めすぎて、鼻まで浸かってしまっていたようだ。
 そして、勢い立ち上がった一刀は、身体が不自然に揺れるのを感じた。
「うわ、くらくらする……」
 体感ではほんの数分浸かっていたくらいなのだが、どうやらのぼせ具合から考えると、相当
長く考え込んでしまっていたようだ。
 そろそろ一度上がろう、そう思って一刀は湯船から立ち上がった。
 そして一刀は湯船から出て、近くにあった椅子に腰掛ける。
 シャワーなどないこの風呂場では、体や頭を洗うには湯船に溜めたお湯を木桶ですくってか
けるようになっている。
 頭を洗うために手桶にお湯を汲んだところで、突然ガラリという音がした。
201 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (34/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:07:20 ID:vz5tkQQS0
「!?」
 猛烈に嫌な予感がした。
 驚いて息を飲んだ一刀が確認するより早く、
「一刀ー! 体を洗うのを手伝いにきてやったぞー!」
 脳天気な声が風呂場に反響した。

「み、美羽!?」
 一刀は咄嗟に頭の上にのせていた手ぬぐいを取って腰を隠す。
 湯煙に遮られて姿が見えないが、その声は間違いなく美羽のものであった。
「うむ。妾こそが三世五公を輩した袁家が嫡子、袁公路であるぞ!」
 そう言って姿を見せた美羽は、
「ぶっ!?」
 裸に太ももまでの長さの、丈の短い白の薄布一枚羽織っただけという、なんとも無防備な姿
であった。

「み、みみみみみみみみ……っ!」
 声ならぬ声を発しようとして、ぱくぱくと口を開く一刀に、美羽はえへんと胸を張った。
「一刀を風呂に入れるのも妾の役目じゃからな! ……べ、別に今日まで忘れていた訳ではな
いぞ」
 途中で途端にしおらしくなる美羽。
 だが、一刀の目線はうなじや胸元、裾から露出した太ももに釘付けである。
「うむうむ。だが今日からは妾に任せておけ。一刀の体、ごしごし洗ってやるからのっ」
 ぺたぺた足音を立てながら近づいてきた美羽は、手近にあった椅子を一つ掴むと、一刀の背
後にそれを置いて座った。
 と、そこでようやく正体を無くしていた一刀が正気に立ち返った。
204 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (35/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:10:49 ID:vz5tkQQS0
「ふ〜んふんふふ〜ん♪」
 後ろに腰を下ろした美羽は、鼻歌など歌いつつ石鹸を手に取っていた。
 その纏った薄布の奥、それを嫌が応にも意識させられ、いや、むしろ中途半端に隠された体
が、あるいは全裸以上に妄想をかき立てて一刀は悶絶した。
「お、ちょうど良い。この手ぬぐいをもらうぞ」
「……ああっ!?」
 悶々としているうちに、腰元にかけていた手ぬぐいを背後からむしり取られてしまう。
「こうして、こうして……うむ、できたぞ。ふん、妾の手にかかれば石鹸を泡立てるなど造作
もない」
 背後から邪気なくそんなことを言っているのが聞こえる。
 嗚呼、このまま滅茶滅茶にしてしまいたいっ!
「それではいくぞ一刀。そーれ、ごーしごーしっ♪」
 そんな葛藤など露とも知らぬ美羽の小さな手が、石鹸で泡立った手ぬぐいでもはや身動きの
とれぬ一刀の背中をごしごしとこする。
 本人は精一杯やっているつもりなのだろうが、その力は非力と言わざるをえない。
 だが、故にかき立てられるものがある。
 明らかに自分よりか弱い存在に、非力な少女に、思うがままにされてしまうという背徳。
 それが甘美なる毒となって北郷一刀の体を巡る。
 熱毒が体を犯し、一刀は動けない。逃げようと思えば逃げ出せるはずなのに、そうできない。
「むぐぐぐぐっ」
 認めるしかない。
 一刀はいまのこの状態に、これまで感じたことのないほどの『悦』を感じている。

「さ、後ろは終わったぞ。次は前じゃ」
 その声は一刀のすぐ前から聞こえた。
「っ!?」
209 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (36/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:14:34 ID:vz5tkQQS0
 はっとして顔を上げると、目の前には美羽の顔のアップがあった。
 思わず生唾を飲む。
 一刀が真人間としての矜恃と、駄目な大人としての煩悩の狭間で揺れている間に、美羽はい
つの間にか背中を洗うのを終わらせて、前へと回っていたようだ。
「ささ、すぐに妾が綺麗にしてやるからの」
 楽しそうにそう言って、少女が無垢な笑顔で手ぬぐいを持った手を伸ばしてくる。
 しかし一刀はそれどころではない。
 その目は美羽の着ているものに釘付けられている。
 背を洗う際にはねたのか、その纏った服が濡れている。
 白い薄布が濡れて、ぴったりと肌に張り付いている。
 少女の健康的な肌の色が、透けて見えてしまっている。
 そしてその胸元の桜色に気付いた途端、制御できないほどの血流が、一気に一刀の全身を駆
け巡った。
「ぐおおおおっ!」
 心臓は張り裂けそうなほど脈打ち、息は千里を駆け抜けた馬のように荒い。
 極度の興奮状態によって、頭の奥がキリキリ痛む。
 その耐え難い苦痛に、一刀は思わず天を仰ぎ見る。
 しかも、ここに来て更なる追い打ちが入った。

「お、おおおっ!? か、一刀よ、どうしたのじゃ、そこがすごく腫れておるぞ!?」
 美羽が一刀の体のどこかを指さしてそんなことを言ってくる。
 視点を下げずとも、それがどこを指しての言葉かなどすぐに見当がつく、スタンド・バイ・
ミー。
215 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (37/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:18:30 ID:vz5tkQQS0
「なにやら赤黒く腫れて、とても痛そうなのじゃ! 医者か、医者を呼ぶか!?」
 どうやら美羽は、ソレが一体いかなるものであるのかをまったくわかっていない様子で、屹
立を前にして慌てふためいて騒いでいる。
 だが、もういまの一刀にはどうすることもできない。
 離れてくれとも、鎮めてくれとも言えない。そもそも体の自由が利かない。
 もう、どうしようもない。退けず進めず、木の葉のようにここでただ流されることしかでき
ない。

 そして次の瞬間、一刀の体にこれまで感じたことのない類の衝撃が走った。
「とりあえず、さ、さすってみるぞ……痛かったらすぐに言うのだぞ?」
 言って、美羽は石鹸でぬるぬるになった手で、おずおずと一刀のそれを触ってきたのだ。
「――っ!?」
 再び体の芯を駆け抜けた快感に、一刀の体がビクンと跳ねる。
「い、痛くしたか!?」
 すると美羽が驚いてその手を引っ込めた。
「うう、どうすれば良いのじゃ、どうすれば良いのじゃ。やはり七乃を呼んでくるしか……」
 迷子になった子供のような声を出す美羽。

 そんな彼女に見せつけるように股間をさらけ出し、
「つ、続けて……」
 あごを上げて天を仰ぎ見た姿勢のまま、微かに動いた一刀の口からか細い声が漏れた。
 朦朧としてつぶやいたその言葉は、果たして一刀の本心からのものであったか。
 半分意識を飛ばしながら言った一刀の言葉に美羽は驚いて、しばらくの間、狼狽えるように
手を伸ばしたり引っ込めたりしていたが、やがて意を決したのかその動きを止めた。
「そ、そうか……一刀がそう言うなら、続けるぞ」
 言って、おずおずと再び美羽が手を伸ばす。
220 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (38/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:21:55 ID:vz5tkQQS0
 そして震える手が、ゆっくりと優しく、今度はそれを両手で掴んだ。
「こ、こうかの? う、うむ……痛いの痛いの、飛んでいくのじゃぁ……」
 自信がないのか、気弱な声でそんなことを言いつつ、両手で幹を掴んだ美羽は、それをぎこ
ちない仕草で上下に動かしはじめる。
 だが、おどおどした様子とは裏腹に、その手は誘うようにして確実に一刀を昂めていく。
 むしろ、そのギャップが一刀を際限のない高みへと導いていく。
「もう大丈夫じゃぞ、落ち着くまで妾がこうしてさすさすしてやるからな?」
 天使のような声色で少女が優しくそう言った。そして一方、ぎこちなさが取れてきた手は、
次第に動きがスムーズになり、執拗に一刀をしごきたてる。
 いたわりの声をかけられながら、汚れを知らぬ幼手に、一方的にしごかれている!
 そのことで脳内に押し寄せる、圧倒的な倒錯感。
 もう先ほどまでの悩みなど、どうでも良くなってくる。

「う、うああ」
「一刀、一刀、大丈夫かや? 妾はここじゃ、ここでずっとさすっておるぞ。だから死んでは
ならぬぞ。きっと妾が助けてやるからな」
 少女は半泣きの声でそう言って、更に上下する速度を上げる。
 その動き一つ一つに翻弄されて、頭の中がスパークする。
 やがて昂ぶりきった体が、ガクガクと痙攣しはじめた。
「一刀!?」
 崖っぷちである。
 これ以上進んではならないという内なる声と、むしろ飛び込めと叫ぶ声が、真っ向からぶつ
かり合う。
 だが、精神の均衡が崩壊する直前、一刀を救済するように、脳髄の奥、あるいは二重螺旋構
造をした何かから、突如として湧き上がるものがあった。
 それは躍動する旋律。
 日本人の心に刻まれた、美しくも繊細な、そして放埒なる言の葉たち。
 そうした『生きた』詩が、一刀の口から押し出されるようにしてあふれ出た。
223 名前:袁術公路2美羽のペット*k郷一刀 (39/39)[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:25:41 ID:vz5tkQQS0
 宮城野に まだうら若き 女郎花 移して見ばや おのが垣根に

 恋路ゆかしき大将第二章。主人公恋路が幼いヒロイン女二宮と出会った際に吟じた歌である。
 その日本の鎌倉時代に綴られた歌を言葉にして紡ぎ出した途端、一刀の心中は夜の闇を払っ
て朝光が昇るように、すがすがしい光に満たされた。
 ああ、自分はなんと小さなことに思い悩んでいたのだろうか。
 己自身のなんとちっぽけなことよ。
 理性、規範、道徳、それら身と心を縛るものに比べてなんと大きく、圧倒的な――悦楽!
 抵抗などなんの意味がある、我慢などできようはずもない!
 いまなら飛んでいける、どこまでも!!

 極限まで引き絞られた弦が、その縛めを放たれた。

「わ、わわわ!? 何かがすごい勢いで妾の顔に向かって……むむ、このねばねばしたものは
……はっ!? さてはこれは膿じゃな! 一刀、膿じゃ、白い膿が出たぞ! おお、びゅくん
びゅくんと勢いよく噴き出してきおるわ! ……むぅ、それにしても、これはなんとも喉に絡
んで、苦くて、奥の方ががイガイガする膿じゃのぅ……」

 暗転していく意識の中、一刀は最後にそんな言葉を聞いた。
228 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:30:59 ID:vz5tkQQS0
わたしの名はメーテル……投下終了を告げる女。
今回は前半部で色々とトラブルが起きて投下に時間がかかってごめんなさい……
後半は、皆さんの支援のおかげでスムーズにできたわ、ありがとう。

次回からは一刀の『病気』を治すための戦いが始まるわよ、鉄郎。


追伸
ちなみに、最後の古典文学から引用した歌は
「宮中の かわいいょぅι゙ょ お持ち帰りしたい」
という意味なのよ、鉄郎。

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