- 184 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 22:56:04 ID:XTwDa9dX0
-
わたしの名はメーテル……七夕に一週間遅れた女。
今回は題名と中身が微妙に合っていないけど、JAROに電話はしないでくれると助かるわ……
それでは、23時から投下よ、鉄郎。
- 187 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(1/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:00:59 ID:XTwDa9dX0
-
「納得できません!」
執務室。
そう張り上げた妹の声に、雪蓮は困ったような、冥琳は沈痛な顔を見せた。
「納得、はできないでしょうね」
「しかし他に道がないのです、蓮華さま」
「でもっ!」
なおも食い下がろうとする蓮華に、雪蓮がため息をついた。
「もう決めたことなの。私は袁術ちゃんが出してきた要求を飲むわ」
孫呉の総力を結集させた大侵攻作戦。それが失敗に終わってからしばしのときが過ぎていた。
呉を中心とする孫家勢力は、寿春を中心とした袁家勢力との闘争に敗れ去った。
それはただ一度の戦いを契機とするものであり、だがしかし完膚無きまでに、孫家の天下に
打って出る目を潰すものであった。
その後、『呉』は『仲』との幾たびの小競り合いののち、お互いの勢力を本格的に潰し合う
前に、和睦を切り出していた。
「わたしは隠居する。そして次の王に蓮華、あなたを指名するわ」
「姉さま!」
その呉の申し出た和睦に、袁術はいくつかの条件を出してきた。
うち一つが、雪蓮の隠居である。
「蓮華さま。これも孫家の悲願成就のため……。耐えてください」
姉の横でそう言った冥琳の手はきつく握られていた。どれだけ無茶を言っているのか、彼女
自身もわかっているのだ。
だが、そんな姿を見ても蓮華は納得できない。
「だからといってあんな、あんな条件を飲むというのですか! それではまるで属国ではない
ですか!?」
- 190 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(2/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:03:16 ID:XTwDa9dX0
-
残った和睦の条件は、和平の証として新たな王を寿春へと寄越すことだった。
これはつまり、王自らを人質として差し出せという要求に相違ない。
その上で袁術は、更に戦争の際の兵士及び物資の供出、互いの人材交換といった無理を押し
付けてきていた。
有り体に言えば、それは呉を事実上の属国化するというのに等しい内容であった。
到底認められない。
蓮華がそう思うのも無理からぬことであった。
激昂する蓮華。だがそんな彼女に、雪蓮はこれまでとは違う疲れたような顔で語った。
「……蓮華。我々は負けたのよ。あなたの気持ちもわかるわ。我々はまだ負けていないと言う
のでしょう? 確かに、私も物量や戦力だけの物差しなら、袁術ちゃんと五分でやり合ってみ
せる自信があるわ」
「だったら!」
その反発も見切っていたのであろう。雪蓮は用意された言葉で、蓮華の言をばっさりと切り
捨てた。
「相手には張遼≠ェいる」
「……っ!」
その名に、思わず蓮華が息を飲んだ。
「仲≠ニならいくらでも戦える、でも相手にはあの張遼≠ェいる。アレがいる限り我々に
勝利はない。そう皆が思い込んでしまった。心髄にまで焼き付けられてしまった。そんな状態
でいくら戦いを続けても、絶対に勝てやしないわ」
そう言った姉の言葉を、蓮華は何一つ否定できなかった。
最初の戦いで刻みつけられた恐怖、それは呉の兵たちの間だけでなく、蓮華の心にも深い傷
痕を残していた。
- 194 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(3/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:06:36 ID:XTwDa9dX0
-
一瞬の静寂。会話が途切れたのを見計らって、今度は冥琳が口を開いた。
「それにもし、条件をはねのけて戦いを続けて勝利したとしても、そこで疲弊した戦力では、
あとに控える曹操・劉備という二大勢力に対して勝利することは難しいでしょう。……結局我
々は『仲』の力を過小評価しすぎたのです」
ならば属国のそしりを受けようともここは和議を結び、袁術の覇業を助けつつ力を蓄え、統
一が成った際のために発言力を有しておきたい、そのような腹づもりが冥琳にはあるのだろう。
理解はできる、できるが……
「納得できない……っ」
結局、その翌日に孫策は隠居し、孫権が王となった。
更に翌日、孫権は慌ただしく袁術の膝元である寿春へと向かった。
だが、その道中でも蓮華は姉たちの決断に納得できないでいた。
◇◇◇
そして、そんなやりとりから一月が経った現在。
(暢気なものね)
口に出してこそ言わないが、蓮華はそのように内心で思っていた。
それは敵地にも等しいこの城内を散歩している自分に対してでもあり、それを許しているこ
の城の主人に対しての感想でもある。
寿春に到着してからこちら、蓮華に対する扱いは、彼女が最初思っていたものとは大分趣を
異にしたものだった。
到着するまでの道中ではてっきり城の一室で軟禁でもされるとばかり思っていたのだが、実
際にはそんなこともなく、城内であればどことなりとも出歩くことが許されていた。
不穏を引き出す罠かとも思ったが、監視の目もない。
ただ一人、護衛として呉から連れてきた思春とも自由に会える。
それこそ、その思春を通じて呉にいる姉たちともやりとりができる。
思っていたのとは違う、割と不自由ない生活である。
- 197 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(4/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:09:55 ID:XTwDa9dX0
-
蓮華はあまり袁術という人間を知らない。
姉から色々聞かされてはいたが、直接口をかわしたことなど殆どない。
それはまだ若い蓮華を、政治というものから引き離しておきたかった姉の配慮もあっただろ
うし、孫家自体が勢力を散り散りにされていたために、蓮華が雪蓮と合流できたのが最近だと
いうこともあった。
蓮華が袁術のことを知る前に、袁術と孫家は袂をわかってしまったのだ。
だからこそ余計に、現状は蓮華にとって不可解であり、納得できないまでも属国の王という
恥辱を覚悟してきた彼女に、屈辱と葛藤の日々を送らせるものとなっていた。
見慣れぬものに気が付いたのは、手持ちぶさたにぶらぶらと城内を散策していたときだった。
(あれは……?)
中庭に、昨日までなかった立派な竹が一本植えられている。
その竹の前には、目を伏せて口元を隠し、思索に耽っている風の小柄な少女が一人。
背の高さは、蓮華よりも頭一つ低い。末っ子の小蓮と同じくらいだろう。
着ている服は見たこともない異国風のもの。西方の民の装束と思えなくもない。
他方、顔の方には覚えがある。蓮華はこの城に到着してすぐに、袁術陣営の有力な将や軍師
の顔はすべて記憶していた。
彼女は確か袁術の軍師、賈駆文和。元々は董卓に仕えていたのを、反董卓連合として袁術が
真っ先に洛陽に入城した際に捕らえられ、そのあと軍門に降ったと聞いている。
- 200 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(5/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:13:08 ID:XTwDa9dX0
-
しばらく賈駆を観察していた蓮華は、視線の先にあるものに気が付いた。
それは椅子だ。人が座る、あの椅子だ。
彼女は簡素だがしっかりとした作りの椅子をじっと見下ろし、それから上を見上げて青々と
茂った笹を見た。
幾度かそうやって視線を上下させてから、賈駆は決意したようにその場で小さな体を弓なり
にそらし、つま先立ちで「うぬぬぬぬ」と手を伸ばす。
どうやら垂れ下がった笹に手を伸ばそうとしているようだった。
だが、明らかに竹の方が彼女のサイズに合っていない。
少しの間粘ったあと、諦めたのか賈駆は手を下ろした。そしてまた恨めしそうに笹を見上げ
る。
竹は少女の身長をあざ笑うかのように、笹を揺らしていた。
賈駆が椅子を見下ろす。
流石にその段になると、蓮華にも賈駆の目に苦悩が浮かんでいるのが見て取れた。
(乗るべきか、乗らざるべきか)
そんな彼女の心の葛藤が聞こえてきそうだった。
なんと哀れ。
見ていて不憫になった蓮華は、気配を殺して近づいて、笹の葉をひょいと掴んで引き下ろし
てやった。
「………」
「………」
振り返り、蓮華を見上げた賈駆は、『まずい場面を見られた』という顔で固まってしまう。
一方で蓮華も、賈駆のそんな顔を見て余計なことをしたかと後悔した。
だがやってしまったことは仕方がない。蓮華はもう一度笹の葉を引き下ろした。
「……いつから見てたの?」
「手を伸ばして笹を掴もうとする前からよ」
「……迂闊だったわ」
- 205 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(6/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:16:05 ID:XTwDa9dX0
-
一瞬心底悔しそうな顔を見せる賈駆。蓮華には彼女の葛藤が理解できていた。椅子に乗るこ
とで、なにか自らの負けを認めてしまうように感じてしまったのだろう。だからそれ以外の方
法でなんとかしようとしたのだ。そういう経験は蓮華にもあった。
だが、そこまでわかっているなら、気付かぬふりをしてその場から立ち去れば良かったのだ。
こうやってわざわざ手助けしてやるような真似は、彼女の自尊心を傷つけるだけの行為だと、
今更ながらに気が付いた。
「……頼んでないわよ」
案の定、賈駆はぷいっと顔を背けてしまう。
当然だろう。そう思った。
「すまない」
蓮華は素直に自分の浅慮を詫びて、笹から手を放そうとする。
だが、そうする前に賈駆が口を開いた。
「でも、あなたの好意はありがたく受け取らせてもらうわ」
その手が、ピタリと止まる。
再び見た賈駆の顔は、変わらず余所を向いていたが、その耳が赤かった。
そんな様子を見た蓮華の顔に、小さな笑みがこぼれる。
理知的な雰囲気などはまったく違うのだが、無理にでも意地を張り通すところなどは、やは
り妹に似たものと感じるのであった。
そのことを読み取ったわけでもないだろうが、蓮華の微笑みを見てますます顔を憮然とさせ
た賈駆は、無言で引ったくるようにして笹を掴むと、空いた方の手で懐から素早く紙を一枚取
り出した。
そしてそれを笹にくくり始める。
無言の時間が流れる。
取り出した赤い紙の先には糸が通してあり、それで結ぼうとしているようだ。
当然、蓮華は賈駆の行動の意図するところがわからない。
- 208 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(7/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:19:09 ID:XTwDa9dX0
-
「? なにをしているの?」
「……別に。七夕行事だそうよ。天の国で今頃行う行事で、こうして笹に願い事を書いた短冊
をくくりつけておくと、願いが叶うと信じられているそうよ」
言葉の最後に賈駆は「馬鹿馬鹿しい」と付け加える。
だが蓮華は『天の国』というその言葉に興味を引かれた。
そういえば、袁術のもとには『天の御使い』を名乗る『彼』がいるのだった。
姉や冥琳は、袁術のもとにいる限り脅威にはならないと分析して重要視していなかったが、
以前であった彼のことを蓮華は思い出していた。
「なるほど、天の行事ね。確かに珍しいわね。でもそれをなぜここでやるの?」
「さあ? そういうのは美羽に聞いてちょうだい。どうせ大方珍しいからやってみたかっただ
けなんでしょうけどね」
ふんっと言って、賈駆は笹に紙を飾り付けることに成功する。その途中、小さく「まあ月が
喜んでるから、ボクは別にそれでいいんだけど」と言ったのを蓮華は聞き逃さなかった。
さて、願い事が書かれた短冊が笹に飾られた。
蓮華がそれを覗いてみると、赤く染められた札には、ごんぶとな字で何事かが書いてあった。
力強い、溢れんばかりの気迫が込められた文字だ。
しかし……
「……なんと書いてあるか、読めないわね」
字なのはわかるのだが、肝心の内容の方が蓮華にはさっぱり読み取れなかった。
殴り書きというか、脚色なしに言って汚すぎるのだ。
「しょうがないわね。だったらボクが読んであげるわよ」
「すまない」
「謝られるほどのことじゃないわよ。えーとこれは……」
そして賈駆の口から、その短冊の内容が読み上げられた。
- 212 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(8/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:22:40 ID:XTwDa9dX0
-
『肉まん 呂布』
「……どういうこと?」
「肉まんが食べたい、ってことでしょうね」
はぁ、と蓮華の口から相づちが漏れる。
「……呂布というと、天下の飛将軍呂布のことでしょう? 袁術はそんな大物を飢えさせてい
るの?」
「まさか! そんなことあるわけないじゃない! 恋のこれはね、いつものことなのよいつも
の! あの娘ったら、まず食い気、二に食い気。いくら食べても底なしなんだもの……どれだ
け苦労してわたしたちがやりくりしてるのか、わかってるのかしら……」
そう言うと賈駆はギリギリと歯ぎしりを始めてしまう。
蓮華は改めてその赤い短冊に目を向けた。字にしても内容にしても確かに放埒、なるほど、
奔放にして枠に収まらない、豪傑とはそういうものかもしれない。
賈駆が新しく短冊を取り出したのを見て、蓮華はまた笹に手を伸ばした。
今度は賈駆も、なにも言わなかった。
飾られた短冊は黄色と緑の二枚。内一つは丁寧に書かれたものだった。だが、片方はまたし
ても判読に困る代物。
ミミズのようなものが、短冊の上をのたうった跡のようにしか見えない。
蓮華が眉間にしわを寄せて悩んでいると、察した賈駆が代わりに読み上げてくれた。
『斗詩命! 文醜』
『ねねは呂布殿についていきますぞぉ! 陳宮』
「……願い事?」
「どう考えても、ただの意思表明ね」
- 216 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(9/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:25:51 ID:XTwDa9dX0
-
「短冊の、行事の説明はしたのだろう?」
「当たり前じゃない」
それを聞いて蓮華はむむむと唸る。文醜といえば、もとは袁紹配下の武名に長けた猛将と聞
いている。それならば先ほどの豪傑というものの尺度で考えるなら、この内容もわからなくも
ない。
だが、陳宮は呂布つきの参謀であったはずだ。年若いが、大した智将だと冥琳が評している
のを聞いたことがある。
そういったものから連想していた人物像と、目の前の短冊とには大きく隔たりがあるように
感じられた。
「まあ、現状に満足しているから願いはない、ということかもしれないわね」
「え?」
「ええいっ。聞き流しなさいよ、気が利かないっ。次よ次っ!」
口早に言った賈駆が取り出したのは、四角く折りたたまれた紙だった。
「?」
疑問を浮かべた蓮華の前で、賈駆は丹念に折りたたまれたそれを広げて、広げて、広げて、
広げて、広げて……
広げきったころには、もうそれは短冊とは言えない代物になっていた。
横幅も長さも賈駆の身長ほどもある大短冊。これでは垂れ幕だ。
加えて、土台となる紙の色は金、そして踊る字の色は朱。
けばけばしいことこの上ない。
そして、そこにでかでかと書かれていたのは、
『ほーっほっほっほっほっほっ!! 袁紹』
馬鹿の殴り書きだった。
- 221 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(10/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:29:13 ID:XTwDa9dX0
-
「……むう」
「深く考える方のは止めた方が良いわよ」
「……確かに」
それは殴り書きだとわかるのに、同時に素晴らしく均整のとれた見事な筆だった。これまで
見たことのあるどんな文書よりも整っている。
流石は四世三公を輩した名門袁家。字一つとってもそういう風格が伝わってくる。
だがいかんせん、内容が内容だった。
美麗すぎる字が、内容の馬鹿っぽさをますます際だたせる結果となってしまっている。
「……まあ袁紹に書かせたらこうなるでしょうね。誰が説明しても聞きはしないわよ、きっと」
「……はあ」
以前、蓮華は袁紹について雪蓮に問うたことがある。そのときの姉の回答が『袁術ちゃんの
親戚よ』であった。
そのときはなんのことだかよくわからなかったのだが、確かにこういう人間を評するのは難
しいかもしれない。
と、蓮華はそこで袁紹の短冊の後ろに、隠れるように小さな短冊が後ろにぶら下がっている
のを目ざとく見つけた。
『私の真名は……』
後半部分は袁紹の短冊に隠れてしまって見えなかった。
「これは?」
「ああ、いいのよそれは。華雄の短冊だけど、自分の真名を書いてあるだけだから」
「……そうか」
その短冊からは、なにか悲痛なものを感じたのだが、賈駆がそういうのならそうなのだろう。
蓮華はすぐにその短冊のことを頭から追い出してしまった。
- 226 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(11/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:32:25 ID:XTwDa9dX0
-
「なんというか……随分と皆、好き勝手に書いているわね」
「はっきりと統率がとれないって言ってくれて構わないわよ。事実なんだし」
「ははは……」
確かにそれぞれが皆、てんでばらばらなことを書いている。
人を束ねる思想や理想といったものが、欠如しているものばかりだった。
だが、それだけではない気がした。
「さてと、次はこれね……」
繰り返し作業で慣れてきたのか、今度は淀みない動作で賈駆が短冊を飾り終える。
『袁紹さまがもう少し大人しくなりますように 顔良』
『既成事実が欲しい。
大陸制覇!
文化支配祈願 張三姉妹』
『天下万民の安寧を願う 公孫賛』
「今度はきちんとした願い事ね」
「それだけ切実だったり、目的がはっきりしていたりするということでしょうね」
賈駆はそう言って、飾られた短冊の一枚を手にとった。
色は無地、字色は黒。几帳面そうな文字が書かれている。
公孫賛のものだった。
「うーん、なんていうか、やっぱり普通ね」
「……実に立派な願いだと思うが」
「数少ない話の通じる人間だっていうのは確かね」
公孫賛といえば、袁術勢力下においてそれなりの有力者である。立場的には客将だったころ
の姉と似たような立場と言えなくもない。
彼女は袁術の支援を受けながら袁紹と戦い、結果として敗れて以降、この寿春に留まってい
ると聞く。
- 230 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(12/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:36:28 ID:XTwDa9dX0
-
だが、その公孫賛を打ち負かした袁紹自身もいまはこの城にいる。
更に言えば、本来袁紹と袁術からして、良好な関係ではなかったはずである。
それら反目し合う間柄だった者たちが集まっているのはいかなる理由であろうか?
そう聞いた蓮華に賈駆は
「多分、袁術がなにも考えてないからじゃないかしら」
そう答えた。
「なにも考えていない? 馬鹿な、この乱世に覇をとなえようとしている者がなにも考えてな
いなどあり得ないだろう」
「ああ、そういえば……袁術に殆ど会ったことないのだったわね。だったらまあ、仕方がない
か」
意味深な台詞。仕方がないとはどういうことだろうか。
「実際に、あの子は難しいことはなにも考えていないわよ。あれはなんて言うか……『天下は
元々自分のものだからとりに行く』っていう感じね。まったく、あの根拠のない自信はどこか
ら湧いてくるものやら」
言いながら賈駆は肩を竦める。
それは、蓮華にとっては聞いたこともない王の在りようだった。
だが蓮華には、そのことについて深く考えるための時間は与えられなかった。
賈駆が新しく取り出した短冊、それを見た瞬間、体が落雷に打たれたかのように硬直したの
だ。
一方賈駆の方は蓮華のそんな様子に気が付いていないのか、それまでと変わらない調子で内
容を読み上げた。
『肉食いたい。酒飲みたい。あと関羽、あと一刀、あとやっぱり肉。 張遼』
- 234 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(13/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:40:58 ID:XTwDa9dX0
-
朗々とした声が響く。
動悸が抑えられない。蓮華は自分の背中がじっとりとまみれているのを感じた。
「これは……願い事っていう意味では間違ってないけど、なんていうか欲望だだ漏れって感じ
ね」
「そう、だな……」
なんとか短冊に張り付いた視線を外した。
飲まれていたことを自覚して、なんとも苦々しい気持ちになる。
以前、張遼と相対したときの、足元が崩れていくような絶望感を思い出したのだ。
迫る張遼、迸る稲妻、総崩れになる軍勢、次々と倒れていく仲間たち。
血の絨毯。屍の山。
孤≠ナありながら群≠圧倒する狂ったような戦いぶりは、蓮華の心に鮮明な影となっ
て強烈に焼き付けられていた。
思わず立ちくらみ、手で顔を覆う。
と、そこで蓮華は下からこちらを覗き込むようにしている賈駆に気が付いた。
「? どうかしたの? 顔色が悪いわよ」
「いえ、別に……。ちょっと暑さにやられただけよ。もう大丈夫」
蓮華は咄嗟に嘘をついた。そして先ほど感じたものを振り払うため、無理をして笑った。
「ふうん」
生返事をした賈駆の目線が、蓮華の体を上から下までじろじろと撫で回す。
咄嗟に、見透かされた≠サう思った。
蓮華は自分の弱い部分を覗かれた気がして、何となくその身を抱いて一歩下がっていた。
「ちょ、ちょっとっ! なに変な想像してるのよ!? わたしは別にそんなシュミはないわよ!」
その動作をなにかに勘違いしたのか、賈駆が慌てて両手を振って否定する。
「そ、そうか」
「くっ、まだ誤解されているような……。鍛えてる人間がこの程度で参るなんておかしいって
思っただけよ! 勘違いしないでよね、軍師としてちょっと気になっただけなんだからっ!!」
- 240 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(14/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:44:30 ID:XTwDa9dX0
-
その言葉を聞いて、蓮華は顔をほころばせる。
「……大丈夫よ。気にしないで」
まだ顔は青いままだったが、蓮華はなんとかそう返した。
「あ、月!」
賈駆が蓮華の背後に向けて手を振ったのは、その直後のこと。
蓮華が後ろを振り返ってみると、小柄な少女がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
視界の先にはその少女しかいない。彼女が月なのだろう。
呼びかけられて、こちらに小走りに走ってくる少女。彼女もまた、異国風の装束を纏ってい
た。
賈駆が着ているものと同じもののようだが、賈駆だと無理矢理着せられている感があるそれ
が、少女の場合には実によく似合っていた。
無論、服だけではなく中身の方も実に可愛らしい。
ふわふわとした髪や、人形のような手足、穏やかそうな目など、見ている者に安心感をもた
らすに違いない。
そして何より、ぱたぱたとこちらに向かってくる様子が、どこ子犬を連想させる娘だった。
「えと、あの、孫仲謀さまでしょうか?」
「ええそうよ。……と、自己紹介がまだだったわね」
そういえばそうね、と賈駆も言う。なし崩しで笹に飾り付ける作業を始めてしまったため、
自己紹介など忘れていたのだ。
「気が付いてるでしょうけどボクは賈文和。色々あっていまは袁術の軍師をやってる身よ。そ
して……ええと」
月と呼ばれた少女に手を向けて紹介しようとした賈駆がそこで言いよどむ。
すると、少女の方がぺこりと頭を下げて自己紹介をした。
- 245 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(15/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:47:28 ID:XTwDa9dX0
-
「姓は董、名は卓。字は仲穎。皆さんからは月と呼ばれています。孫権さまも月と呼んでくだ
さい」
「ゆ、月!?」
賈駆が驚いた声をあげる。
だが驚いたのは蓮華も同じだ。
董卓と言えば、先頃まで洛陽の都で悪虐の限りを尽くしたという暴君の名だ。
反董卓連合に参加していた姉の話によると、董卓自身は身の丈八尺はあろうかという、全身
筋肉の大男だったらしい。加えて半裸、加えて女口調と、一度目にしたら忘れられない風体で
あったそうだ。
最終的には呂布の手により誅殺されたらしい董卓と、目の前の可憐な少女との間には、天と
地ほども隔たりがある。
そんな彼女の名もまた董卓。きっとその名によって、これまで苦労が絶えなかったことであ
ろう。
蓮華は目の前の不幸な少女の苦労を思い、自分の胸が熱くなるのを感じた。
「月というのは、真名かしら?」
「……はい」
蓮華の問いかけに、董卓は小さな声で応えた。
それを聞いて、ならばと蓮華は先を続けた。
「どんな事情があれ、真名を預けられた以上、私も真名を預けねばならないわね」
蓮華の言葉を聞いて、賈駆が今度は蓮華に驚きの声をあげた。
「ちょっと、本気!?」
「本気よ賈文和」
真名とはそんなに軽いものではない。本当に気が許せる人間にだけ預けるものだ。つい先ほ
ど出会ったような人間になど預けるものではない。
だが、蓮華にとっては預けられた以上預け返さねばならない、そういうものだった。
- 251 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(16/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:50:32 ID:XTwDa9dX0
-
「月、わたしのことは蓮華と呼んで欲しい。それと、さまはいらないわ」
「孫権さま……。いえ、蓮華さん、ありがとうございます」
そう言うと、月ははにかんだ笑みを返した。
一方、賈駆の方はというと、こちらはむすっとした顔になっていた。
「むー。だったらボクも真名を預けるわ。孫権、私のことは詠と呼んでちょうだい」
「……いいのかそれで」
「いいのよ。月が本気で真名を預けるんだったら、ボクも預けるわ。それに、ここじゃあ平気
で真名を呼ばせる者もいるし、いつのまにかそれが普通になってしまってるのよね」
「……わかったわ。月、詠、今後ともよろしく」
「はい、蓮華さん、よろしくお願いします」
「よろしく頼むわ……。って、ああもうっ! なにこの恥ずかしい空気! 月、短冊よ、短冊
をちょうだい! ぱぱっと終わらせるわ!」
「あはは。はい、これだよ」
詠が月から短冊を二つ受け取った。そしてその受け取った短冊を、そのまま蓮華に押し付け
る。
蓮華はそれを苦笑しながら受け取り、手を伸ばして笹を一房引き下ろすと、自分で結んだ。
新たに飾れたのは黄色く染められた二枚の短冊だった。
『蜂蜜が欲しい! 袁術』
『いよっ、流石はお嬢様! 皆の予想を裏切らない! そこに痺れる憧れるぅ! 張勲』
「………」
「………」
- 256 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(17/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:53:30 ID:XTwDa9dX0
-
なんと口にすれば良いかわからず、沈黙する詠と蓮華。
空気を読み取った月が、慌ててフォローに入った。
「で、でもすごい呼吸が合っていますよね。これ七乃さんの方が先に書かれたんですよ」
「まあ、それだけ何を書くか読みやすかったんでしょうね。実に自分に正直な内容だわ」
「へぅ。でもほら、そこも含めて……」
「もうっ、月はちょっと美羽に甘すぎるのよ!」
月がまあまあと宥めて、詠がやれやれと肩を落とす。
なんでもない、それだけ光景。
蓮華が目にした二人のやりとりは、あまりに自然すぎた。
二人はその短冊の内容を、当たり前のように受け取っている。
だがそこが、蓮華には理解できなかった。
「これは……本心からなのかしら?」
「?」
疑問に、月が可愛らしく小首をかしげた。
「いや、これでは少々……」
言いかけ、思い直して言葉を止める蓮華。
けれど止めた先を、詠が続けた。
「馬鹿っぽ過ぎるって?」
それを聞いても、蓮華は否定・肯定、どちらもしない。
だがその反応こそが、彼女の率直な感想を示唆していた。
「間違いなく本心でしょうね。『うはははー』とか言いながら書いてる姿が目に浮かぶわ」
「……あなたたちはそれでいいの? 周りはそれを認めているの?」
言葉は厳しいが、蓮華の顔に浮かんでいたのは純粋な戸惑いだった。
それに詠と月が顔を見合わせる。
- 261 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(18/19)[sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:57:33 ID:XTwDa9dX0
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そして次に口を開いたのは、意外にも月の方だった。
「ええと……、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんけど、蓮華さんには、大義や大志は
ありますか?」
唐突で、予想外の質問。蓮華は一瞬だけ呆けたような顔を見せた。
だがすぐに頭を切り換えて考える。
理想とはなにか? そう問われて思ったのは、孫家と仲間たちのことだった。
彼らの繁栄こそが蓮華の望みだ。間違いない。確信を持って言える。
「ええ、あるわ」
「……素晴らしいことだと思います。同じように、多分曹操さんや、劉備さんにもあるんだと
思います」
「そうでしょうね」
「そういったものが美羽ちゃんは……袁術ちゃんには希薄なんだと思います」
「………」
「でも多分、美羽ちゃんが望んでる世界は蓮華さんたちが願っている世界とあまり違わないと
思います」
「手段も目的も違うけれど、至る結果は同じと言うこと?」
蓮華の言葉を聞いて、月は自信無さそうに頷く。
そして、そのあとに詠が頃合いを見計らっていたかのようなタイミングで口を挟んだ。
「まあ、決して真っ当な王道とは言えないけどね。人徳で人を導くのでもなく、理想で人を導
くのでもなく。ただ欲望を求める姿勢で人を導いていこうっていうんだから。それも無自覚な
まま」
一気にまくし立てた詠はそこで言葉を句切り、「でも」と、あとを続けた。
「少なくとも、今袁術の周りに集まっている人間は、なにかに燃えてるっていうより、己の大
切なものや場所を守るために戦うっていう連中ばかりだからね。そういう人間からしてみたら、
あれほど担ぎやすい王はいないってわけよ」
- 267 名前:真・恋姫無双 外史 「美羽と七乃と七夕」(19/19)[sage] 投稿日:2009/07/15(水) 00:02:15 ID:nHz5bO9l0
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「……そう」
聞き終えた蓮華は目を閉じた。
二人から語られたのは、先ほど詠が言ったとおりに王道とはほど遠い道、己の欲望に根ざし
た覇の道。
だが同時に、二人が安心してこんなことを語っている覇道。
それはとても優しい覇道なのではないかと、そう思った。
理想を掲げ人々を束ねるという、蓮華が当然のように考えてきた王の在り方とはまったく違
う道。
ただ己の欲望のみを糧に、他人の欲望まで巻き込んで進むという在り方は、蓮華にとっては
考えたこともないものだった。
だからこそそのことについて、一度考えなければならない。
「一度、じっくりと話してみたいものね。袁術と」
顔を上げて目を向けると、そこにはいくつも短冊が飾られた、どこか誇らしそうにしている
竹があった。
◇◇◇
夕刻。
三人が去り、中庭には椅子と竹だけが残されていた。
笹には様々な色の短冊が飾られている。
それは『天の御使い』と称される『彼』の風習にちなんだ光景だ。
『彼』を取り巻く世界そのもののような竹。
己の欲望を晒し、願う風習。
そこに加えられた最後の三枚は以下のようなものであった。
『詠ちゃんといつまでも一緒にいたいです 董卓』
『月とずっと一緒にいられますように 賈駆』
『呉の民に笑顔を 孫権』
朱く染まっていく空は雲一つない。
雨は降らないだろう。
終
- 272 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/07/15(水) 00:10:50 ID:nHz5bO9l0
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わたしの名はメーテル……ありがとうと投下終了を告げる女。
本来なら「久遠花」の後編を先に投下するべきなのでしょうけど……そちらは事情があって現在も工事中なのよ。
それと、このお話で蓮華のトラウマになっている事件の話も後日に投下する予定よ……本当はそちらの方を投下する予定だったのだけれどね。
一刀はそちらで大活躍する予定よ、鉄郎……