- 92 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:15:15 ID:gXZpsa1A0
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紫苑・ダイクンの思想はスペース農奴の独立ですか?
前回から大分間が空いてますが0:30頃を目処に董√の2章を桃香しようと思います
- 95 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:39:10 ID:gXZpsa1A0
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ちょっと遅れたけど今から投下
今回と次回は主要キャラの顔見世メインなんで長い割りに薄いです
あと少しの間オリキャラ混ざりますが、後々必要なのでご容赦
普段は出来る限り空気なんで
- 97 名前:董√ 2章 蒼天巳死 1/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:41:19 ID:gXZpsa1A0
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三国時代にタイムスリップして来たその翌日、一刀は場内を散策していた。
午後には西羌討伐から戻ってくる武将達との顔合わせがあるので軍議に参加しなくては
ならないが、それまでは自由に過ごしていいと言われての暇潰しだった。
「ん?」
と、前方から一刀の方へと歩いて来る女性が居た。
よく見ると一刀とさほど年の変わらない少女に見える。
少女は一刀の目の前まで来て立ち止まると、
「ふぅん……ほぉ……」
ジロジロと遠慮の無い視線を向けられるが、不思議に不快には感じなかった。
理由はおそらく、その少女が非常な美少女であった事と、彼女の猫の様な大きな瞳に邪
気が感じられなかったからだろうか。
しかし好奇心に溢れたその瞳は、同時に隙無く一刀の様子を伺っており、猫そのものと
言うよりは、猫科の猛獣と言った方が適切に思える。
胸にサラシを巻いた上から羽織を羽織っただけの上半身と、下は両脇に深い切れ込みの
入った袴穿きと言うある意味扇情的な姿をしていながら、不思議といやらしさは感じさせ
ないのは彼女の纏う雰囲気の為せる業だった。
「んー、外見はまあまあかな。けどちょっと軟弱そうなんはアカンとこやな」
関西弁のようなイントネーションで話す少女の評に少々ムッとする。
その雰囲気が伝わったのか、少女はケタケタと笑い出した。
「にゃはははっ。そないに怒らんでもええやん。アンタやろ、天の御遣い言うんは?大層
な肩書き持っとるんやから、心も広く持たなアカンで」
無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、一刀は軽く息を吐くと少女に尋ねた。
「それで、俺の事を知ってる君は誰なんだ?」
「人に名前訊くんやったら、まず自分から名乗るモンちゃうん、御遣い殿?」
「確かにその通りだな。けど御遣いは止めてくれ。俺の名前は北郷一刀。一刀って呼んで
くれれば良いよ。今は月に世話になってる身だしね」
「へー。月っちは真名まで許しとるんか。ほな、ウチもしっかり名乗らんとな。我が姓は
張、名は遼、字は文遠」
「張遼!」
三国志については齧った程度の一刀でも知っている、文武両道の名将の名だった。
- 99 名前:董√ 2章 蒼天巳死 2/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:46:38 ID:gXZpsa1A0
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「お、もしかしてウチの名前知ってくれとるんか?そら嬉しいなぁ。にゃはは、気に入っ
たでアンタ。よっしゃ、ウチも我が真名をアンタに預けたる。これからウチの事は霞って
呼んでや、一刀」
「ん。宜しく、霞。──それで、異民族の討伐に行ってたってのは霞なのか?」
「まあ、ウチだけやないけどな。他にも──」
「おい、張遼!こんな所に居たのか」
横から声を掛けられ、二人がそちらを向く。
見ると髪を短く揃えた、精悍な顔の美少女だった。
「何や、華雄やんか」
「何だとはなんだ。もうすぐ軍議が始まるというのに貴様が中々来ないから探しに来たの
ではないか」
「あちゃあ。何や、もうそないな時間かい。せっかく帰って来たとこなんやし、一杯引っ
掛けてから行こ思てたのになぁ」
「まったく貴様は……。昼間から酒など飲んでいては腕が鈍るぞ、張遼。──で、この男
は一体何者だ?」
胡散臭げな視線を投げ掛けながら華雄が尋ねた。
「北郷一刀。噂の御遣い様や。──一刀、コイツは華雄。ウチらの軍で唯一ウチと互角に
やり合える、中々の強者や」
「おい、互角とはなんだ。私とお前の手合わせの戦績は65勝64敗で私が勝ち越してい
るのだぞ?私の方が強いと紹介するべきだろう」
「いや、その戦績じゃ誰が聞いても互角って感じだろ」
「そもそもお前、部隊を率いての模擬戦はメタメタやんか。──一刀、コイツな、調練で
もすぐ頭に血ぃ昇って一人だけ突出するから、いっつも包囲されて負けるんやで」
「う、うるさい!お前が毎回姑息な手を使うから悪いんだ!武人なら正々堂々勝負しろ!」
「アホぅ。兵の錬度を高める模擬線で、指揮官が自分だけ熱ぅなってどないすんねん」
心底呆れた様子の霞の態度に、華雄が益々いきり立つ。
「うぬぬ……!重ね重ねの侮辱、許せん!張遼、この場で叩きのめしてくれるぞ!」
「つかお前は俺たちを軍議に呼びに来たんじゃないのかよ」
「しゃあない。アホは放っといて、ウチらだけで先行こか、一刀?」
「そうだな。遅れたら遅れたで詠辺りが五月蝿いし」
「……目に浮かぶわ」
その様子を思い浮かべたのか、霞がげんなりとした表情を見せた。
- 100 名前:董√ 2章 蒼天巳死 3/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:47:25 ID:gXZpsa1A0
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「ほな、さっさと行こ」
「き、貴様ら私を無視するなーっ!」
「ったく、何時まで待たせるつもり?」
玉座の間へ着いた一刀たちに開口一番詠が文句を垂れた。
辟易した表情で一刀と霞が顔を見合わせる。
その様子にまた青筋を立てる詠だったが、月に宥められて渋々引き下がった。
そこで一刀は二人の他に見知らぬ女性達が立っているのに気づいた。
「まあいいわ。それよりアンタ、張遼や華雄とはもう知り合いみたいだから、その他の将
軍たちを紹介するわね。まずは──」
「その子が天の御遣いってヤツー?」
詠の言葉を遮って金に近い茶髪を短く纏めた小柄な少女が気だるげに口を開いた。
「まあまあイケてるっぽいけどー、なんか弱そー」
言ってキャハハハと甲高く笑う。
「初対面の相手に対して無礼ですよ、李鶴」
艶やかな黒髪を長く伸ばした妙齢の美女が李鶴と呼ばれた少女を嗜めた。
「失礼しました、御遣い殿。私は郭と申します。この子は李鶴。悪気は無いのですが、
少々はしゃいでしまっているのですよ。どうか大目に見てあげてください」
「あ、ああ。別に気にしちゃいないよ」
穏やかな笑顔で言われた一刀が思わず肯く。
「で、アタシが樊稠だ。宜しくな、御遣い殿」
最後に赤髪を逆立てた大柄な女性が名乗った。
「俺は北郷一刀。御遣いなんて呼び名は止めてくれよ。俺はそんな大層なものじゃない」
「ハハハ、なら一刀と呼ばせてもらおうか」
「ああ、そうしてくれ」
「でも一刀が管路の占い通りの人ってのは確かなんでしょー?なんかそれって凄くない?」
李鶴が好奇心に輝く目を一刀に向ける。
「あなたは占いが好きですからね。ですが仮にも一国の将軍職にある者が、そう言った眉
唾物に傾倒するのは感心できませんよ」
「やっぱり物事は自分の目で見る事と、自分自身で考える事が大事だよな」
「樊稠はいっつも考えてないでしょー?」
「何だと?」
- 102 名前:董√ 2章 蒼天巳死 4/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:54:46 ID:gXZpsa1A0
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わいわいがやがやと騒々しい三人を見ながら、一刀は考えていた。
(それにしても李鶴・郭・樊稠か。史実じゃ董卓に付き従って暴虐に加担した悪逆人っ
て事になってるけどな)
しかし目の前の彼女たちからはそう言った印象は受けなかった。
(もっともその董卓自体がアレだもんな)
玉座に座ってニコニコ微笑んでる月を見上げた。
(まさかあの董卓がこんな儚げで優しい美少女だなんて、流石の及川でも想像してなかっ
ただろうな)
三国時代には戦う美少女達が──などと言う妄想を繰り広げていた、元の世界の友人を
思い浮かべる。
と、遂に詠がキレた。
「ア・ン・タ・た・ち・い・い・か・げ・ん・に、黙りなさーい!」
「え、詠ちゃん、落ち着いて?」
ゼェゼェと荒く息を吐く詠を、月が宥める。
「月は甘やかし過ぎ!放っておいたら全然話が進まないわよ。──こら、張遼!アンタそ
のお酒何処から出したのよ!あと華雄も!そんな所で腕立て伏せなんかしない!」
「いやぁ、なんや長引きそうやったから、つい、な」
「武人たるもの、身体が鈍らぬようにいつ何時でも鍛錬は欠かさんものだ」
何時の間にか柱にもたれかかってちびちび始めてる霞と、片腕親指立て伏せで汗を流す
華雄にも詠の怒りが飛ぶが、二人は悪びれもせずに答えた。
「うぬぬぬぬ……!」
「え、詠ちゃん」
「わ、分かったわよ」
どうにか怒りを収める。
「じゃあ今日の議題だけど、最近頻発している野盗の件よ」
詠が言うと、それまで緩んでいた場の空気が一気に張り詰めた。
(流石に名だたる武人達なだけはあるな)
「知ってのとおり、この涼州は異民族の侵攻が多い分、普通の野盗は多くなかったわ。異
民族にとっちゃ野盗の群れだって獲物でしかないし、奴等の侵攻が多い分街や村の防衛機
能も整っている。しかも土地が痩せていて収穫は多くないから実入りも少ないしね」
「つまりリスクに見合うメリットが無いって事か」
「栗鼠喰う?眼狸兎?何それ?」
- 105 名前:董√ 2章 蒼天巳死 5/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 00:56:17 ID:gXZpsa1A0
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「あ、そっか。要するに危険に対して得る物が無いって事だよ」
「ああ、うん。まあ、そう言う事ね」
「それが最近になって急に増えた、か。確かに不自然やな」
「しかも野盗同士で妙に連携が取れていると言う話もあるわ」
霞に肯きながら詠が言葉を繋ぐ。
「いずれにせよ、まだ情報が不足しているわ。まずは近隣の聞き込みから──」
と、そこへ一人の兵士が闖入してきた。
「申し上げます!」
「何だ、貴様!董卓様の御前だぞ!」
「待って、華雄さん。──何かあったのですか?」
「はっ、実は北にある邑から、賊徒の襲来より救援を求める者が来ておりまして──」
「詠ちゃん!」
「分かってる!──先発隊は華雄・張遼!
「応!」
「任しとき!」
すぐに二将が飛び出していく。
「李鶴と郭は守備部隊として城に残り、同時に他の賊徒の動きに眼を光らせて。何か起
こった時の判断は任せるわ」
二人が肯いた。
「本隊は月でボクが付くわ。樊稠の隊も護衛として一緒に来て。それと、北郷一刀!アン
タもボク達と来てもらうわよ」
「お、俺もっ!?」
「アンタ、戦場に出たことはあるの?」
「あ、あるわけ無いだろう!」
「なら、なおさら来てもらうわよ。実際に戦場に出て、ボク達のやってる戦いって言うの
を肌で感じてもらうわ」
(俺が……戦場に……?)
それまで平和な日本で暮らしていた一刀に、当然の如く恐怖が沸き起こる。
殺されるかも知れないという恐怖と、何より確実に目の前で人が死ぬという恐怖。
それでも逡巡は長くなかった。
「分かった。行くよ」
「一刀さん、無理はしなくて良いんですよ?」
- 107 名前:董√ 2章 蒼天巳死 6/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:02:45 ID:gXZpsa1A0
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肯いた一刀に対し、月が心配そうな声を掛ける。
しかし一刀はハッキリと首を横に振った。
「月だって勇気を出して、民の為に起ち上がったんだろ?そんな月を助けるって決めたの
俺の意思。なら全部ひっくるめて責任取らなくちゃ。大事な事から逃げて、良い格好だけ
しようとしても他人に認めてはもらえないよ」
「当然ね。──でも、まあ、しっかり自分で決断したところは褒めてあげてもいいわ」
照れくさいのか、そう言う詠の頬は僅かに朱くなっていた。
それを李鶴に指摘され、ますます赤くなりながらプンスカと怒る詠と、その詠を優しく
微笑みながら見ている月の姿に、一刀は改めて彼女たちの力になる事を誓ったのだった。
「行け、行けーっ!一匹たりとも逃がして帰すな!虫けら共を斬り捨てろーっ!」
馬上の華雄が巨大な斧を振り回しながら檄を飛ばす。
彼女が一振りするたび、十に近い首が飛んだ。
「おうおう、熱ぅなっとるなぁ。けど──気持ちはよう分かるでぇ。ウチも怒りで血が沸
騰しそうや!」
負けじと愛用の偃月刀を振るうと、霞の周りに血煙が舞う。
二人が部隊を引き連れて急行した時、既に村は地獄絵図の様相を呈していた。
老若問わず幼子に至るまで屍が累々と横たわり、裸に剥かれた若い娘が股間から血を流
しながら樹に吊るされている。
田畑は踏み荒らされ、家々からは所々火の手が上がっていた。
まず華雄が激昂し、突撃した。
人数こそは賊徒の方が多かったものの、不意を突かれ浮き足立っており碌な反撃体勢も
取れずに居た。
華雄はそれを稲でも刈り取るかのように頸を落としていった。
長き泰平の間に腑抜けた多くの官軍より、有能な諸侯に率いられた軍の方が優秀である
のは言うまでも無いが、中でも度々異民族の侵攻を退けてきた涼州の兵たちは格が違った。
華雄の隊に攻め込まれて散り散りになる賊徒たちを、霞の隊が取り囲むようにして殲滅
していく。
本隊が到着する頃には、辺りは血流の大河が流れる屍の荒野と化していた。
「華雄さん、霞さん、ご無事ですか!?」
真っ先に月が二人に駆け寄る。
「おおっ、月っち!ま、見ての通りや」
- 109 名前:董√ 2章 蒼天巳死 7/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:04:23 ID:gXZpsa1A0
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「我らに掛かれば野盗の群れなど、どうと言う事もありません」
二人に傷を負った様子は無く、兵たちもほぼ無傷のようだった。
しかし一刀には二人の無事を喜ぶ余裕は無かった。
「あ……あ……う、うぷっ!」
咽る様な血臭と無残な屍体に胃の中が逆流した。
胃の内容物を全て嘔吐しても吐き気は収まらず、胃液だけを吐き出していく。
「何や一刀、大丈夫かいな?」
呆れたような口調とは裏腹に、優しい声で霞が手を差し伸べた。
「あ、ありがとう霞。もう、だいじょう──!」
礼を言いながら手を取りかけた一刀が、表情を凍りつかせ咄嗟に手を引っ込める。
霞の全身は返り血に塗れていた。
キョトンとする霞だったが、すぐに一刀が何を思ったのか悟った。
「あ、そ、そうやな。こんなんで触ったら、一刀の服が汚れてまう。天の御遣いが血塗れ
言うのも聞こえ良くないしなぁ」
そういう霞の表情は、微笑みながらも微かに哀しみの色を帯びていた。
たちまち一刀の胸に罪悪感が沸き起こる。
「ご、ゴメン、霞!お、俺──」
「あー、気にせんでええって。ほな月、一刀頼むわ」
手をひらひらさせ一刀から離れる霞と引き換えに、月が傍に駆け寄ってきた。
「一刀さん、立てますか?」
「ああ、ありがとう。格好悪いとこ見せちゃって。それに霞にも──」
言いかけた一刀の唇を指でそっと塞ぐと、月はふるふると首を横に振った。
「大丈夫です、霞さんなら。私も……初めて戦場に立った時は同じでした」
「そっか。月はもう何度もこういう場面を見てるんだな」
「これでも太守ですから」
「強いんだな」
「……いいえ。強くなんかありません」
不意に月の表情が曇った。
「これまでの私は、西涼の民を護る事だけしかしてきませんでした。それが太守としての
責任だからと。他にも困っている人、苦しんでいる人は沢山いるのを知ってたのに、何も
しようとはしませんでした。それで詠ちゃんにも何度も叱られて……。でも、あの夜一刀
さんに出逢って、私の前に天の御遣い様が現れたのは私に天下を救えという天の意思なn
- 111 名前:董√ 2章 蒼天巳死 8/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:09:25 ID:gXZpsa1A0
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じゃないかって、そう思えたんです。だから……私が強く見えるとしたら、一刀さんのお
蔭なんですよ?」
そう言って今度はニッコリと月が微笑む。
その笑顔に一瞬一刀は見惚れていた。
「や、やっぱり月は強いと思うよ。俺が月の前に現れたのは只の切っ掛けにすぎないけど、
その切っ掛けさえあれば起ち上がれるだけの勇気を、月は元々持ってたんだから。こんな
に優しくて可愛い女の子が、強さも持ってるなんて凄いよな」
「へ、へぅ……か、可愛いだなんて……」
月の顔が真っ赤に染まる。
「ちょっと!二人で良い雰囲気作ってるんじゃないわよ!もう大丈夫なのなら、月から離
れなさいよ、この変態!」
「痛っ!痛いっ!わ、分かったから蹴るな!痛いって!」
「遊んでおらんでさっさと撤収するぞ。──ったく、さっきまでゲェゲェやってたかと思
えば元気なことだ」
華雄が呆れたようにひとりごちる。
「ま、アレくらいでええんちゃう?この先かて嫌でも戦いには出なならんねんから、少し
でも慣れてくれんことにはどうもならんしな」
「それもそうか」
霞が軽く肩を叩いてそう言うと、華雄も表情を緩めて同意した。
二人の視線の先では、まだ一刀が詠の蹴りから逃げ回っていた。
朝廷からの使者が大将軍何進の命を携えて来たのはそれからおよそ一月後だった。
黄巾討伐──現皇帝劉宏の名の下に出された勅令である。。
各地でで群発していた賊徒の反乱は、やがて大陸全土を巻き込んでの巨大な動乱と化し
ていた。
ここに至り、朝廷も遂に重い腰を上げたと言う事だった。
(まさかリアルに黄巾党の乱を体験する事になろうとは、夢にも思わなかったな)
自分が大きな歴史のうねりの中に居ることを、一刀は改めて感じていた。
「それにしてもようやくって感じやな」
「フン、宦官共と肉屋の馬鹿息子がつまらない権力争いに明け暮れてるから、こんなに対
応が遅れるのよ」
詠が悪態をつく。
- 113 名前:董√ 2章 蒼天巳死 9/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:10:48 ID:gXZpsa1A0
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「けどこれでウチらも思い切った行動が取れるちゅうもんや」
「そうね。これまでは西涼の近くの小規模な賊徒討伐しか出来なかったものね」
「下手に大軍を動かしたら、それこそ我らが朝廷への反逆を企てている等と思われる恐れ
があったからな」
「しかもボク達が命じられた黄巾党の拠点は洛陽からも程近い場所にあるわ。上手く行け
ば、一気に朝廷の中枢に食い込めるかもね」
大仕事を前に軍師としての血が騒ぐのか、詠の目が輝きを増していた。
「まあ世直しをする為にはある程度の力は必要だし、朝廷を中から変える事が出来るなら、
流す血も少なくて済むもんな」
幾つかの戦闘を経て、大分実戦の空気には慣れた一刀だったが、やはり人が死ぬ所を見
たくないと言う思いに変わりは無かった。
そしてそれは彼らの主君である月も同じである。
「朝廷に認められる為には負けられない戦いになります。だから、今回は西涼のほぼ全軍
を引き連れての討伐を行う事にします」
「全軍!?け、けど、そしたら西涼の守りはどうするんだ?」
「馬騰さんにお願いしようかと思っています」
一刀の疑問に対する月の答えがそれだった。
馬騰は月と同じく涼州の一地方を治める豪族だが、漢王朝への忠義篤く、当人も清廉で
公明な人物と名高かった。
更に三人の娘は騎兵を率いて幾度も異民族討伐をし、名を挙げている。
特に長女の超は錦馬超の異名を取る大陸屈指の勇将だった。
「馬騰さんならこの街もしっかり護ってくれると思いますから」
「けどそんな人なら、やっぱり黄巾討伐の命令を受けてるんじゃないのか?」
「今回馬騰は中央での討伐令を受けていないわ。涼州は昔から異民族の侵攻が盛んな地方
なのよ。それを防いでいたのがボク達西涼軍と、馬騰を盟主に据えた涼州の小豪族による
連合軍ってわけ」
「なるほど。つまり俺達が涼州を離れる以上、馬騰たちが残っていないと異民族に対する
備えが無くなっちまうって事か」
「ま、そう言う事ね。──さて、後まだ何かある?」
皆が首を横に振った。
「では司州に向けて──皆さん、行きましょう」
『応っ!』
- 115 名前:董√ 2章 蒼天巳死 10/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:12:18 ID:gXZpsa1A0
-
洛陽郊外の丘陵地に西涼軍が到着したのは勅令受命よりおよそ二十日余の事だった。
「ウチらの動きは察知されとったようやな」
現地では夥しい数の黄巾軍が一刀たちを出迎えた。
その数およそ十万。
ざっと西涼軍の二倍の戦力である。
「よくもこれだけ集ったものね」
呆れたように詠が呟く。
「だが奴等は神出鬼没が売りではなかったのか?だからこそ官軍も動きを掴めていなかっ
たのだと思ったのだが」
華雄の疑問は一刀も気になっていたところだった。
「確かにこれまではそうね。けど人が大勢集れば必然的に武器や兵糧などの物資が必要に
なるわ」
「必然的にそれらの集る場所が出来る。拠点が出来ればそこにはより多くの人間が集るっ
ちゅうわけやな」
「ふむ。ならばここを落とせば彼奴らの勢力は大きく後退すると言う訳か。ならばここは
存分に暴れさせてもらうとしようか」
華雄が眼に獰猛な光を帯びさせ、片手の大斧を軽く振り回した。
「あの、皆さん頑張ってください。私には剣を取る事も、詠ちゃんの様に知略を働かせる
事も出来ないけど……。そんな私が皆に命を懸けて働いてもらう価値なんか無いかも知れ
ないけど、この大陸の人たちの為に、力を貸してください!」
「今更何言ってんのよ、月。当たり前でしょ、ボクは何時だってこの頭脳を月の為に使っ
て来たんだからね」
「せやせや。月はただそこに居ったったらええねん。今の世は誰もが生きるんに苦しみ、
光を見出せん闇夜みたいなもんや。せやから月はその名の通り、闇の中で彷徨う人らを照
らす光であってくれたら、それが月の一番の力やと思うで」
「詠ちゃん、霞さん……。ありがとう」
「ま、役に立たないことで言えば俺の方こそそうだしな」
「アンタはホントにその通りよね」
「酷っ!?」
詠の辛辣な言葉に一刀が涙目になっていると、黄巾軍から呼びかける者があった。
「黄巾の義に反する愚か者はお前達か!」
声の方を見上げると、小高い丘の上にかなりの数の賊徒が布陣を敷いていた。
- 117 名前:董√ 2章 蒼天巳死 11/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:15:35 ID:gXZpsa1A0
-
全員が頭に黄色い布を巻いている。
その中心にぼさぼさの髪を長く伸ばした小太りの男が立って叫んでいた。
「僕は張曼成!腐った官を滅ぼし、ちぃちゃん達にこの天下を捧げる者だ!」
「ち、ちぃちゃん……?」
一同が呆気に取られる。
「僕は周りの人間に馴染めず、農業も嫌いだったので日々部屋に篭って鬱々とした毎日を
送っていた!だけど、そんな時にたまたま窓から聴こえてきた彼女達の歌が、僕の心を立
ち直らせてくれたんだ!だから僕は誓った!僕と同じように彼女達の歌に救われた人たち
と一緒に、この大陸を彼女達に捧げようと!そして何時の日か、ちぃちゃんの無垢な身体
をこの腕に抱きしめようと!僕らの大義を邪魔するお前達は、今此処で死んでもらう!」
「いや、立ち直ってないじゃん。つかもしかして黄巾党ってアイドルオタの集りなのか?
それに大義って……欲望駄々漏れじゃねぇかよ。うわ……ツッコミどころ多過ぎて面倒く
せぇ……」
一刀の顔が嫌そうに歪んだ。
「黙れ、そこの男!可愛い女の子に囲まれているからって勝ち組のつもりか!?お前の楊
なヤツは天に代わって成敗してやる!」
「逆恨みかよ……」
「じゃかあしいっ、この豚!」
一刀がげんなりしていると、いきなり霞が怒鳴った。
「天?大義?ふざけた事ほざいとんなやっ!何の罪も無い村を襲って人を殺し、女を犯し、
金品を奪って何が大義や!」
霞の脳裏にはかつて黄巾を巻いた賊に襲われ滅ぼされた村の無残な姿が甦っていた。
「おどれ等のしとる事は只の犯罪や!同じ張姓として恥ずかしいわっ!お前こそそこを動
かん待っとれよ!今からウチがその汚いそっ首、叩き落してやるわ!」
張曼成の顔が怒りで赤く染まる。
「こ、この僕に何と言う侮辱を……!黄巾の同志達よ、あいつ等を叩きのめし、まずはこ
の地を張三姉妹に捧げるぞーっ!ほわぁっ、ほわぁぁぁぁぁっ!!」
『ほわぁぁっ!ほわぁっ、ほわぁぁぁぁぁっ!!』
張曼成の叫びに呼応し、黄巾の兵達が一斉に奇怪な雄叫びを上げ突撃を開始した。
彼我の戦力差はおよそ三万。
兵力においてはかなり不利だったが、そこは精鋭涼州兵だった。
次々に黄巾の兵達を切り伏せていく。
- 119 名前:董√ 2章 蒼天巳死 12/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:17:06 ID:gXZpsa1A0
-
更に全軍を手足のように操る、軍師詠の手腕が光っていた。
「敵は碌な陣形も持たない烏合の衆、恐れるに足らないわよ!華雄、樊稠は左右に別れて
敵両翼を牽制!張遼隊は鋒矢の陣を敷いて敵主力を正面より寸断して!敵陣を駆け抜けた
ら後方より攻撃!本隊と挟撃をしかけるわ!李鶴と郭は本隊両翼に待機し、状況を見て
遊撃を掛けて。この戦い、長引けば数で劣る上に遠征軍であるボク達が不利になるわ。こ
こは一気に片を付けるわよ!」
『応っ!』
まずは張遼・華雄・樊稠の三将が兵を率いて戦場を駆ける。
黄一色の黄巾軍を黒塗りの董卓軍が食い込んでいく様は、巨牛に喰らい付く狼の群れを
思わせた。
中でも敵中央に仕掛けた霞は一度のぶつかりあいで敵主力を寸断し、その懐深くまで斬
りこんでいた。
待ち構えていた張曼成が、篭手に刀を嵌めた様な奇妙な武器で霞を迎え撃つ。
「ウチはお前等みたいに弱い者いたぶって喜んどる外道が大嫌いなんや。その頸斬りおと
したら、畑に埋めて肥料にしてやるさかい、覚悟しときっ!」
霞の偃月刀が唸った。
しかし張曼成も両手の武器を巧みに操り、霞の斬撃を躱していく。
「見た目によらずやるやないかいっ!」
「フン!お前のような胸の大きな女に興味は無いからな。手加減はしないぞ!」
「気色悪いやっちゃな〜。あんまし相手しとうないけど、そうも行かへんもんなぁ。しゃ
あない、ほな、本気でいくでぇ!」
霞の攻撃が鋭さを増した。
二合、三合、四合と打ち合う内、張曼成の動きが徐々に防御の割合を増やしていく。
「どうやっ!この張文遠の太刀捌き、受けれるもんなら受けてみんかい!」
「ク、クソッ!この僕がお前みたいなブヨブヨ胸に……!」
「ブ……!ブヨブヨはおのれの腹やろうがっ!」
怒りの声と共に振り下ろした刃が、張曼成を脳天から股間まで真っ二つに断ち割った。
「敵将張曼成、討ち取ったりやーっ!」
友軍から歓声が沸き起こる。
これで味方の士気は上がり、敵は浮き足立って一気に戦いの趨勢が決する、かに思えた。
- 121 名前:董√ 2章 蒼天巳死 13/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:18:17 ID:gXZpsa1A0
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「お前達の大将は死んだ!大人しく降伏するなら命までは取らんぞ!」
華雄が勧告する。
しかし敵は全く怯む事も無く、前進を続けていた。
やがて兵士の一人が声を上げた。
「我らは張曼成の配下に在らず!我らが天に戴くは張姉妹のみ!」
続いて他の兵も口々に叫ぶ。
「我ら全てが骸となろうとも、この大陸を張姉妹に捧げん!」
「張姉妹の天下こそ、我らが悲願!」
「黄巾よ!大地を席巻せよ!」
「蒼天巳死、黄天當立!」
やがて声が一つに合わさり、大地を揺るがすかのような唸りに変わる。
『中・黄・太・乙!中・黄・太・乙!』
声を上げながらひたすら前進を続ける黄巾兵の姿に、強者揃いで知られる西涼軍の表情
にさえ恐怖の色が滲んでいた。
「気ぃつけぇよ!こいつ等、さっきの連中とは様子がちゃうでっ!」
構えを取る霞の姿にも怯む様子は無い。
たった今自分達の指揮官を討った霞の武技などまるで知らないかの様だった。
「これは……厄介ね」
「確かに気味悪いな」
「それもあるけど、何よりこいつ等の張姉妹とやらに対する思いは忠節と言うより信仰心
に近いって事よ」
「どう言う事だ?」
「人ってのはね、忠義だの道義だのに命は中々懸けられないものなのよ。たとえば華雄や
張遼は部下に慕われているから、彼女達の為に命を懸ける兵はいるだろうけど、彼らがボ
クや月の為に何処まで命を懸けられるかなんてのはあまり期待できないわね。でも、思想
や信仰の為には命を惜しまない。それは自分自身の存在に関わることだから」
「なるほど……な」
詠の言葉に一刀が深く肯いた。
彼の居た世界でも、民族のイデオロギーや信仰に関わる事を火種とした紛争は後を絶た
ない。
時にそれは、自らの身を犠牲にしてまで行われるのだ。
黄巾党の戦いはまさにそれだった。
- 123 名前:董√ 2章 蒼天巳死 14/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:20:29 ID:gXZpsa1A0
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一人の敵兵に複数であたり、相手が強いとみるや一人が身体で刃を受け止め、他の者が
仲間の身体ごと敵を貫く。
いくら精強を誇る西涼兵と言えど相手が死兵では分が悪かった。
元々数の上では勝っている敵が身を捨てて迫り来る。
味方が押されるのは必然だった。
『中・黄・太・乙!中・黄・太・乙!』
張曼成を討ち取った霞には数十人もの兵が押し寄せていた。
十人の頸を一度に刎ねる霞の偃月刀も、二十人が身を投げ出せば動きは止まる。
「うあっ!」
闇雲に振られる黄巾兵の剣が、動きの止まった霞の腿を切り裂いた。
決して深くはないが、このままではいずれ致命傷を貰うことは明白だった。
しかし華雄や樊稠も大勢の敵に取り囲まれており、霞を助ける余裕は無かった。
「く……っ、こないな所で……!」
霞の表情に無念の色が浮かぶ。
「霞っ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!アンタが行ってもどうにもならないでしょうが!」
思わず前に飛び出し掛けた一刀を詠が止める。
「だからってこのまま霞たちを見殺しには出来ないだろ!」
「誰が見殺しにするなんて言ったのよ!今打開策を考えてるんだから落ち着きなさいよ!」
「けどこのままじゃ──」
その時どこからか銅鑼の根が響き渡った。
更に敵軍の遥か後方より砂煙と地響きが迫ってくるのが見える。
「詠、あれって……」
微かな希望を胸に訊く一刀に、しかし詠はあっさり首を横に振った。
「残念ながら違うわ。アレはボク達の軍じゃない」
「とすると敵か?」
「そう考えるのが自然でしょうね」
絶望に身を喰い尽くされそうになる。
そして先頭を駆る少女が大降りの偃月刀を一振りした時、飛んでいたのは黄巾を巻いた
頸の方だった。
「弱き民を踏みにじり、己が欲望のままに生きる無道の輩共よ、我が青龍刀の露となれ!」
黒髪を靡かせ、少女が舞うように戦場を駆ける。
- 125 名前:董√ 2章 蒼天巳死 15/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 01:22:22 ID:gXZpsa1A0
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その度に幾つもの頸が宙を踊った。
「愛紗ー!一人で先に行くのはずるいのだー!」
少し遅れて小柄な少女が駆けて来た。
「鈴々の蛇矛を受けれる奴がいたら、受けてみるのだー!」
少女はそう叫ぶと自分の身の丈の倍はありそうな、巨大な矛を軽々と振り回した。
その一振りごとに黄巾の一団が薙ぎ倒される。
二人が人だと即座に理解できるものがその場に居たのか。
それは死兵にすら恐怖を呼び起こさせるほどの圧倒的な武だった。
「な、何やアイツ等……」
霞さえもが一時状況を忘れて二人の戦いぶりに見入っていた。
しかし敵は無防備な姿を晒す霞に攻撃をする事さえ忘れただ逃げ惑う。
そこへ少女達が率いる数百の兵達が襲い掛かった。
よく見れば何処かの民兵だろうか、武装は貧弱で中には農具を構える者までいるなど、
武装はまちまちだったが、一様に士気だけは高かった。
僅か数百の雑軍が、完全に戦場を支配していた。
間も無く敵の戦線は瓦解し、ほぼ壊滅状態となって退却していった。
「大丈夫でしたか?」
謎の軍を率いる総大将らしき少女が声を掛けてきた。
「ありがとう、助かった──」
少女に向き合い、一刀は言葉を失った。
少女の美しさに見惚れたのではない。
彼女の持つ、計り知れない強さを感じたためだった。
一言で言うなら徳、だろうか。
一見可憐な町娘にしか見えないその少女からは、何者をも包み込むような暖かさと、全
ての苦難をも撥ね退ける様な力強い輝きが放たれていた。
「あの……どうかしましたか?」
呆然と自分を見つめる一刀に、少女が訝しげな表情を向ける。
「あ、いや、ゴメン、何でもないよ。それより本当にありがとう。俺は北郷一刀」
「私は劉備。字は玄徳と言います。気にしないで下さい。困ってる人を助けるのが私達の
目的ですから」
にっこり笑う少女の名は、一刀にとって更なる驚きだった。
劉備玄徳。
- 130 名前:董√ 2章 蒼天巳死 16/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 02:05:28 ID:gXZpsa1A0
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三国志の一翼を担う英雄の名だった。
(なら、おそらくあの子達が関羽と張飛か)
何時の間にやら劉備の両脇に控えている二人の少女に視線を送る。
劉備の義兄弟にして、三国志でも最強の一角に数えられる豪傑たち。
彼女達の戦いぶりは、確かにその名を冠するに相応しいものだった。
「ちょっと、何デレデレしてんのよ!」
「痛っ!」
いきなり太股の裏側を蹴られ、一刀が悲鳴を上げた。
「劉備だったわね。ボクは西涼の太守董卓の軍師、賈駆文和。ボクからもお礼を言わせて
もらうわ。キミ達がいなければ、下手をしたら全滅していたかもしれなかったもの」
「たまたまですから、本当に気にしないで下さい。──それより西涼の太守さんはちゃん
と自分で兵を率いてるんですね。他の軍では部下に任せっきりの人も多かったし、中には
兵を見捨てて自分だけ逃げ出しちゃう人もいたんですよ」
言って劉備が頬を膨らませる。
よほど酷い領主達も見てきたのだろう、関羽と張飛の二人も苦い顔をしていた。
ただそれだけに、民の為に起ち上がった月の事を一刀は誇らしくも感じていた。
劉備たちに月を紹介したいと思った。
「おーい、月もこっちに来てお礼言えよ」
少し離れて様子を見ていた月に声を掛ける。
「…………」
しかし月はプイと顔を背けると、華雄たちの下へ走り去ってしまった。
「……え?」
「ちょ、ちょっと月!?」
あまりに意外な行動に、一刀と詠が面食らう。
「おい!助けられておいて、あまりに無礼な態度ではないのか!?」
関羽と思われる黒髪の少女が柳眉を逆立てた。
「待って、愛紗ちゃん!」
「ですが桃香様!」
「いいの」
主に抑えられ渋々引き下がる。
「ゴメン、俺から謝らせてもらうよ。何時もはあんな風じゃないんだ。多分、本当に危な
いところだったから、まだちょっと混乱してるんだと思う」
- 133 名前:董√ 2章 蒼天巳死 17/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 02:10:34 ID:gXZpsa1A0
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「うん。私達なら大丈夫ですから。北郷さんも董卓さんの所へ行ってあげてください」
「本当にゴメン!それじゃ、また何処かで会おう!関羽も張飛もありがとうな!」
月に下に駆けつける一刀の背中を見送ると、劉備はその場に残る詠に向き直った。
「それでは私達もそろそろ行きますね」
「ねぇ、アンタ達って義勇兵なんでしょ?」
「はい、元々は幽州の啄県で母と二人で暮らしていました。でも、今の世の中で苦しんで
居る人たちの多いのに我慢できなくて、ちょうどその頃に知り合ったこの愛紗ちゃ──関
羽ちゃん・張飛ちゃんと共に起ち上がったんです」
紹介された二人は、志を説く劉備の後ろで誇らしげな表情をしていた。
同じような志を持つ月を主と戴く詠は、二人の気持ちが良く分かった。
「良かったらボク達の所へ来ない?正直、アンタ達程の人材が単なる義勇軍として各地を
放浪してるなんて勿体無いと思うのよ」
「……折角のお誘いですけど、お断りしておきます。今はまだ、広く大陸を渡り歩いて、
人々の暮らしを見て回りたいので」
「そ。仕方ないわね」
きっぱりと断られた詠だったが、口調はさほど残念そうでもなかった。
目の前の少女が他人の下風につく器ではないと、本能的に悟ったのかもしれない。
「それでは桃香様、行きましょうか」
「ちょぉっと待ちぃや!」
「……誰だ?」
呼び止められた関羽が不機嫌そうに眼を向ける。
そこには偃月刀を構える霞の姿があった。
「ちょっと、霞まで何考えてるのよ!?」
「詠は黙っとき!──関羽、やったな。アンタ、強いなぁ。さっきの戦いなんて惚れ惚れ
したわ。このウチが戦の最中に他人の姿で目ぇ奪われるやなんて、思うてもみんかったわ。
天下は広いで、ホンマに」
「井の中の蛙にならなくて済んだな」
「まあ、なぁ。その点に関しては礼を言っとくわ。せやけど──強いヤツを見たら、刃を
交えたくなるいうんも武人の性やと思わへんか?」
「まあ、分からんではないが止めておけ。お前では私に勝てん」
「勝てんかどうかは、やってみな分からんってな!」
言うなり霞が手にした偃月刀を振りかぶり、眼にも止まらぬ速さで振り下ろした。
- 135 名前:董√ 2章 蒼天巳死 18/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 02:16:28 ID:gXZpsa1A0
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「霞っ!」
しかし詠が静止するまでも無く、刃は関羽に届く寸前で止まっていた。
「何で避けんかった?」
「殺気を感じなかった。それに自らの斬撃を止められん程のお粗末な腕では無いようだっ
たからな」
「なるほど、な」
霞が刃を引く。
「確かに今のウチでは勝てへんな。──けどな、関羽。地を這う蛟が龍となるように、ウ
チも必ずお前を超えてみせる。もし次に会う時、敵同士やったとしたら、お前の頸は必ず
ウチが取る」
「フッ、憶えておこう」
そう答える関羽の眼は、何処か楽しそうだった。
「ねー愛紗」
西涼軍と別れて暫くしてから、張飛がおもむろに口を開いた。
「ん?どうした鈴々?」
「鈴々、どうしても一つ分からないことがあるのだ」
「分からない事?何だ、それは?」
「あのお兄ちゃん、お姉ちゃんが話す前に鈴々たちの名前を呼んだのだ。鈴々たち真名で
しか話してなかったのに」
「!」
関羽が驚きに一瞬言葉を失くした。
「あの男、私達の名を知っていたと?何者なのだ、あ奴……?」
「不思議な人だったよね〜」
そういう劉備の声は、何処か楽しげに聞こえた。
「桃香様、あの男を気に入られたのですか?」
「うーん、まだよく分かんないけど、きっとまた逢う事になる気がするんだよねぇ」
「鈴々もあのお兄ちゃんは嫌いじゃないのだ。それに愛紗もあの張遼とかって奴と会うの
楽しみにしてるんでしょ?」
「別に楽しみになどしておらん!──けど、まあ悪い気はしていないがな」
「それじゃあ次に会う日まで、私達も頑張ろー!」
後に大陸を動かす英雄は、今はまだ天に昇る機を伺う蛟の一匹に過ぎなかった。
- 136 名前:董√ 2章 蒼天巳死 19/19[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 02:17:19 ID:gXZpsa1A0
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それから暫くして黄巾党は、首領の張角が陳留太守の曹孟徳により討たれた事で急速に
その勢力を弱めていった。
こうして黄巾の乱と呼ばれた巨大な叛乱は終息した。
しかし、その叛乱もこの後に待ち構える長き戦乱の幕開けでしかなかった。
霊帝崩御。
この報が大陸全土を巡る時、再び時代は動き出す。
世はまだ多くの血を欲していた。
- 139 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 02:21:59 ID:gXZpsa1A0
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以上で終了です
途中で猿ってしまいましたorz
ちなみに主要なキャラは今回と次回でほぼ出揃う予定
逆に言うと次回までで名前の出ないキャラはほぼ出番なしと思ってください(出たからと言って主要キャラとは限らんけど)
特に呉将ファンにはアレな感じかも
ちょっと前に書いたのが祭の話だったんで呉に対する妄想が弱まってるんで
では次回「天下無双」で
支援者感謝でした