- 650 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/10(火) 01:51:47 ID:24lXDYUV0
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今日中ってかもう昨日だけど、桃香間に合わなかった
けど明日の今頃には桃香出来そうなんで予告編っぽいのを
「はい。だから私は幸せなんだと思います。こんな私を助けてくれる、詠ちゃんや霞さん、
華雄さんに李鶴さんたちがいます。それに──あなたがいてくれますから」
「……ボクはアイツの事なんて……」
「こないな子供が……何で死ななアカンねん……!」
「……かず……と」
「何?」
「……また……会う……」
「……セキト、恋の友達。だから……恋、一刀を殺す」
董√3章 『天下無双』
- 705 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:04:40 ID:BUDTSb1o0
-
今から董√3章桃香しようと思います
結構長いので万が一猿ったら続きは明晩に
- 706 名前:董√ 3章 天下無双 1/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:07:04 ID:BUDTSb1o0
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「ここに居たのか」
「……一刀さん……」
楼閣の上で夜空を見上げていた月が振り向いた。
月明かりに照らされたその顔はハッとするほど美しく、一刀は鼓動が跳ねるのを感じた。
「まだ、この間の事を気にしているのか?」
先日の黄巾党との戦いで出会った英雄──劉備玄徳。
彼女との邂逅は月に大きな衝撃を与えていた。
『さっきはどうしたんだよ?』
追い付いた一刀が月の肩を掴んで振り向かせる。
その顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
『ゆ、月!?』
みるみる涙が盛り上がり、溢れ出たそれで頬を濡らす。
何がなんだか分からない内に、一刀はその身体を胸に抱き締めていた。
一瞬身体を強張らせる月だったが、すぐに一刀の胸に身を預けてた。
それから暫くの間、微かな嗚咽だけが一刀の耳に響いた。
やがて嗚咽が止むと、月が一刀から身を離す。
僅かに名残惜しさが胸をよぎった。
だが今は月の様子が大事と自制する。
『落ち着いた?』
まだ俯いたままの月だったが、小さくもハッキリと肯いた。
『じゃあ理由を話してくれる?』
『……(コク)』
もう一度肯くと、月が口を開いた。
『私、あの人を見た途端、急に自分が小さく見えて……』
『あの人って、劉備?』
更に肯く。
『あの人の持つ光は強い……。霞さんは私の事を暗いこの世を照らす月だって言ってくれ
ましたけど、劉備さんならきっとこの世の全てを明るく出来る。夜道を僅かに照らすちっ
ぽけな月明かりじゃなく、光に満ちた朝を訪れさせる太陽だって、そう思ったんです。そ
うしたら胸の辺りが何だかモヤモヤしちゃって、そんな自分が凄く醜いように思えて、思
わず逃げ出しちゃったんです』
- 707 名前:董√ 3章 天下無双 2/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:08:20 ID:BUDTSb1o0
-
それは、おそらく月が初めて感じたであろう嫉妬だった。
これまでも特に取り柄の無い自分に比べて優秀な家臣たちに引け目を感じる事はあった
が、それを妬ましい等と思うことは無く、寧ろ相手を純粋に賞賛する気持ちを持っていた。
自分に無いものを求めても仕方が無い、それより自分に出来ることをやる。
月は、そうしてきた。
だが劉備は月を同じものを、ずっと強い力で持っている。
そう感じた時、月は自分の存在価値が揺らいだように思ったのだと言った。
『……月、確かに劉備の輝きの強さは俺も感じたよ。彼女はいずれこの国を照らす存在に
なるのかも知れない』
『…………』
『でもさ、太陽がどんなに明るくても、朝が来るまでは時間が掛かるんだ。その間、暗い
夜の世界を照らすのは月なんだよ。だから月が今頑張って皆に光を与えようとしている事
は絶対に間違いじゃない』
『一刀さん……』
『それに俺は眩しい日差しよりも、柔らかい月明かりの方が好きだよ』
一刀がにっこりと笑ってそう言う。
『へぅ……』
真っ赤になって俯く月の姿をとてつもなく愛おしく感じ、一刀は再び胸に抱き寄せた。
『公衆の面前で何を破廉恥な真似してんのよ!』
『あ痛っ!待て、詠!これは違うって!痛い、痛いっ!』
詠にゲシゲシと蹴られる一刀を見てくすくすと笑う月の顔は、既に何時もの明るいそれ
に戻っていた。
「あの事なら、もう大丈夫です」
そう言って微笑む月の表情は確かに普段どおりに見えた。
「あの後、詠ちゃんや霞さんも同じ事を言ってくれました。だから私も最初から無理をし
ない事にしたんです。今はまだ、私の大切な人たちの為に頑張ろうって。だって、自分の
大切な人を幸せに出来ないで、それより多くの人を幸せになんて出来ないですから」
「うん、俺もそう思う。人の力なんてそれぞれなんだから、無理なんてしなくていいんだ。
足りない所があれば周りの人間が補っていけば良い。それが仲間ってもんだろ」
「はい。だから私は幸せなんだと思います。こんな私を助けてくれる、詠ちゃんや霞さん、
華雄さんに李鶴さんたちがいます。それに──あなたがいてくれますから」
- 709 名前:董√ 3章 天下無双 3/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:15:18 ID:BUDTSb1o0
-
月が一刀の胸にそっと頬を寄せる。
自然に一刀も月の身体に腕を回していた。
互いの鼓動を感じる。
相手の温もりが冷たい夜風すら忘れさせた。
静寂の中に聴こえる、微かな吐息の音さえも甘い囁きのようだった。
そうして二人の影は長い間一つに重なっていた。
「ええんか?」
「ひっ──」
「しーっ!」
不意に後ろから声を掛けられて飛び上がりそうなほどの驚きを見せた詠の口を、声を掛
けた本人である霞が慌てて塞いだ。
幸い二人きりの世界に入り込んでる一刀たちには気づかれなかったようで、霞がホッと
息を吐く。
「危うく気づかれるところやったやないか」
「アンタが驚かすからでしょうが!」
「せやからしーやて。二人に気づかれてええのん?」
「う……」
慌てて様子を伺うが、相変わらず二人が詠たちに気づいた様子は無い。
「で?何の用なのよ?」
「べっつに用なんかあらへんけどな、ただ二人をあのままにしてええんかなぁと思てな」
「……フン。確かにアイツが月にベタベタしてるのは気に喰わないけど、当の月があんな
に幸せそうな顔してるんだもの。我慢するしかないじゃない」
「いや、ウチは月が、やのうて一刀がって意味で訊いたんやけどなぁ」
「ハァ?どういう意味?」
「要するに一刀が他の女の子とくっ付いて、詠はそれでもええんかって事や」
「なっ!?」
詠が絶句する。
「好きなんやろ?詠も一刀のこと」
「な、な、な……」
一気に顔が紅潮するのが分かった。
色々反論したいのに言葉が出てこない。
- 711 名前:董√ 3章 天下無双 4/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:16:41 ID:BUDTSb1o0
-
金魚のようにただ口をパクパクさせていると、霞がプッと吹き出した。
「なんや、詠も可愛いトコあるやん」
「う、う、う、うっさいわね!な、な、な、何でボクがあんな奴の事を──」
「素直やないねんから。ツンツンなんも悪うないけど、時には素直にならんと相手に大事
な気持ちが伝わらんままになってまうで?」
「…………」
「ま、これ以上は詠次第や。ほな、おやすみ」
真っ赤になったまま黙ってしまった詠を見て、霞はもう一度クスリと笑うとひらひらと
手を振りながらその場を後にした。
「……ボクはアイツの事なんて……」
何でもないわよ、と続けようとした言葉は何故か声になる事は無かった。
その日、都から密書が届いた。
霊帝の名を冠した勅命ではなく、大将軍何進の名が記されていた。
詠が中身を読み上げる。
「近年世が乱るること甚だしく、政道は歪み、腐敗が横行し、賊徒が跋扈し、民は嘆き苦
しみ喘いでいる。我は陛下より大権を預かる大将軍として、今こそ政道を正すために立ち
上がらんとするものである。ついては腐敗の元凶であり天下万民の敵である、十常寺以下
の宦官共を誅滅するため、西涼の雄・董卓殿にも参陣を願いたい。至急軍を率いて洛陽ま
で急行されたし──だって。コイツ脳みそ腐ってんの?」
「自分らが権力争いで散々政を乱しておいて、ホンマよう言うわ」
詠が心底嫌そうに、霞はつくづく呆れ果てた様に悪態をついた。
「だが十常寺が一方の元凶である事は間違いないぞ。このまま放置すれば更に泥沼の状態
が続くだけだと思うが」
「おおっ!華雄っち珍しくまともな意見言うやないか」
「珍しくとは何だ!」
「まあまあ、で、月はどうするつもりなんだ?」
一刀が問うと、全員の視線が月に集った。
「……何進さんの思惑はどうあれ、洛陽の人たちが苦しんでいるのは確かです。だったら
私達は私たちに出来る事をやろうと思います」
「それじゃ──」
「行きましょう、洛陽へ」
- 714 名前:董√ 3章 天下無双 5/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:22:20 ID:BUDTSb1o0
-
だが、この決断が後に悲劇を生むこととなる。
「早く、頑張って走れ!」
幼い子供が、自分より更に年下の子の手を引いて懸命に駆けていた。
上質の絹で誂えた衣服は、枝などに引っ掛かれてボロボロになり、手などにも擦り傷が
出来ているが決して足を止めようとはしない。
だが年少の方の子は既に疲れ果てたのか、泣きべそをかき足も止まりがちになる。
「兄上、僕もう疲れたよ。張譲に言えばきっと何とかしてくれるよ」
「駄目だ、協!あいつ等は叔父上を殺した。母様も多分殺されてる。僕達も捕まったらど
うなるか分からないんだぞ」
「それじゃあ、どうするの?」
「十常寺たちをやっつける為に諸侯の軍が近くまで来てるはずだって叔父上は言ってた。
袁紹か袁術か、董卓でも良い。そこで助けてもらおう」
「でももう走れないよぅ」
遂に劉協は足を止めて泣き出してしまった。
「しょうがない。──ほら、乗って」
「え?」
弁が腰を下ろし、背中を向けていた。
「僕が背負ってあげるから」
「……いいの?」
「いいから、早く」
「……うん」
異母弟を背負うと、弁は再び走り出した。
「重くない?」
「平気だよ。僕は帝だから」
「帝だったら重くないの?」
「協は僕の弟だけど臣下だろ?いざと言う時に臣下の為に命を張るのが帝なんだ。そうす
る事で皆が帝の為に働いてくれるんだよ。だから、平気」
「わかった」
「僕に何かあったら協が帝になるんだ。そうしたら今度はお前が誰かを背負ってあげなく
ちゃならなくなる事を忘れちゃいけないよ」
「うん」
- 715 名前:董√ 3章 天下無双 6/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:26:19 ID:BUDTSb1o0
-
しかし幼い兄弟に対し、天は過酷だった。
「中々ご立派なお言葉ですな、陛下。下賎な血筋とは思えませんでしたぞ」
「張譲!」
細身の老人がいやらしく笑いながら立ちふさがる。
十常寺の筆頭、張譲だった。
踵を返して逃げようとするも、辺りは10人ほどの兵に囲まれていた。
「あの馬鹿な肉屋の倅や暗愚な先帝の血を引いてるとは到底思えないほどの器量。ですが
我らには不要のものです。賢しい知恵など付けられては後々面倒ですからなぁ」
張譲がにじり寄る。
弁は弟を下ろし、無意識に背中へ庇った。
「謀反人・何進の甥などにはこの場で廃位して頂き、これからは協皇子に帝となってもら
いましょう」
張譲が剣を抜く。
「張譲、お前は──」
「さようなら、少帝陛下」
張譲の剣が幼い胸板を貫いた。
董卓軍の先遣隊を率いて霞が到着したのは、まさにこの時であった。
目の前の光景に、霞は頭の中がカッと熱くなるのを感じた。
幼い子供が胸に剣を突き立てられている。
兄弟だろうか、その姿は弟を背中に庇っているように見えた。
老人が朱に染まった剣を抜くと、少年の身体はゆっくりとくずおれた。
何かが弾ける。
「うおらああぁぁぁぁっ!!」
雄叫びを上げて馬を駆った。
振り返った老人の顔が驚愕に染まる。
張譲が事態を理解する暇も与えず、その身を袈裟懸けに斬り捨てた。
張譲の部下に対しても、一兵たりとも逃げることを許さない。
たちまち10名余りが骸と成り果てた。
「おい、しっかりしぃっ!」
急いで駆け寄り、少年を抱き起こす。
だがその顔を見た瞬間、霞は彼がもう助からない事を悟った。
- 718 名前:董√ 3章 天下無双 7/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:30:30 ID:BUDTSb1o0
-
「…………ゴフッ、ゴボ」
何か言おうとして咳き込む。
口から血の塊が溢れた。
「安心しぃ。お前の弟はウチが守ったる」
「…………(コク)」
少年が肯き、同時にその身体から力が抜けた。
弟が冷たくなった兄に泣きすがる。
「こないな子供が……何で死ななアカンねん……!」
霞は行き場の無い激しい憤りを感じていた。
少年の亡骸を葬った霞は、弟を連れて本隊に戻った。
そこで詳しい話を聞き、初めて死んだ少年が少帝・劉弁であること、そしてこの子供が
その弟で新帝となるべき協皇子である事を知ったのだった。
協は気持ちが昂ぶっており、その話は要領を得なかったが、必死に都の状況を語った。
そこで一刀たちは大将軍何進と何大后が十常寺始めとする宦官に殺された事実を知った。
「それで少帝が弟を連れて逃げ出してたってわけか。それにしても──」
「ん?どうしたのだ、北郷?」
「あ、いや、何でもない」
(少帝と言えば凡庸のあまり董卓に廃位され、聡明な弟が献帝として即位するってのが俺
の知る三国志の流れなんだけど、話を聞く限りじゃとてもそんな風に思えないな。まあ、
そもそも董卓が悪人じゃなく可愛い女の子って時点で全然違うんだけど。やっぱり俺の知
る歴史とは内容が違ってるって事か)
「それで、どうするの、月?協皇子の話によると、袁紹も洛陽に向かったみたいよ。袁紹
の宦官嫌いは有名だし、何進暗殺の報復という大義名分を得た今、下手をしたら宮殿内は
地獄絵図になってる可能性もあるわよ」
「確かに十常寺さんたちは悪い人だけど、宦官さん皆が悪い人じゃないよね、詠ちゃん?」
「んー、そりゃまあね。中には曹騰様のような立派な人だっているし」
詠は清廉な人柄で知られた大宦官の名を挙げた。
ちなみにその孫娘が陳留の街とその近辺を治めているらしいが、評判は上々との事だ。
(ま、何と言っても三国志の主役の一人だしね。しかしやっぱり曹操も女の子なのか)
曹孟徳。
長い中国の歴史に名を残す、稀代の天才の名だった。
- 720 名前:董√ 3章 天下無双 8/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:37:18 ID:BUDTSb1o0
-
「そういう人たちまで死なせちゃいけないと思う。だから急いで洛陽へ向かいましょう」
『応』
全員が肯いた。
「んー」
「どうしました、李鶴?」
「何かさー、占いの卦が良くないんだよねー」
「お前の占い宛にならんだろ」
「うっさい。……でもホントに何にも無ければ良いけどー「
「ぬぅあんですってぇぇぇぇぇっ!?」
董卓が新帝を擁して入洛したと言う報を受け、袁紹は叫喚した。
十常寺の手から董卓軍により救出された新帝は、董卓を相国に任じ、その他の諸将たち
にも官位を授けて重職に就けたと言う。
「董卓さんと言うのは西涼のド田舎から出てきたお猿さんではありませんの?そんな方が
どうして、4代に渡って三公を出してきた名門中の名門であるこのわたくしを、こ・の・
袁本初を差し置いて相国なんかになれるんですの!?」
「いや、だから帝を助け出したからっしょ?」
「それはそれ、これはこれですわ!ようやく下賎なお肉屋さんが居なくなったと思ったの
に、また田舎のお猿さんが天下に号令を掛けるなんて、わたくしは決して認めませんわ!」
「……相変わらず麗羽の声はキンキン煩くて頭に響くのじゃ」
「おバカさんって何故か声が大きいんですよねー」
「麗羽はおバカじゃからのぅ」
「美羽さん、何か仰いまして?」
「い、いいえ、麗羽お姉様」
張勲とひそひそぼやいていた袁術だったが、袁紹にギロリと睨まれ慌てて首を振る。
「ですがお姉様、董卓なんて放って置いてもその内馬脚を現して自滅するんじゃないかな
と、妾は思うのですが」
「甘い!大甘ですわ、美羽さん!そのような甘い事を言っていては、董卓さんに都中の蜂
蜜を奪われてしまいますわよ?」
「何と!?──それは本当なのかの、七乃!?」
「んー、まあ董卓さんがお嬢様くらい蜂蜜お好きな方でしたら、あり得るかも知れません
ねー」
- 722 名前:董√ 3章 天下無双 9/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 02:38:33 ID:BUDTSb1o0
-
(そんな事は無いと思いますけど、驚くお嬢様が可愛いし、ま、いっかー)
「ぬぬぬ……妾を差し置いて都中の蜂蜜を独り占めなどと、そんな事はこの妾が許さぬの
じゃー!」
身悶えする張勲をよそに、袁術が怒りに燃えていた。
「けど現実問題としてどうするんですかぁ?仮にも帝を擁している以上、いきなり攻撃と
か仕掛けたりしたらこちらが逆賊になっちゃいますよぅ?」
唯一の常識人でもある顔良が疑問を投げ掛ける。
「う……」
「うむむぅ……」
思わず言葉に詰まる二人。
そこに張勲が口を挟んだ。
「いきなり兵を動かすのは下策ですねー。こちらは宦官討伐の際に損耗を受けてますけど、
入れ違いに入洛した向こうはほぼ無傷。更に禁軍の兵権も手にしていてかなりの兵力を擁
しているでしょうし。だから、ここは他の人に動いてもらいましょう」
「どういう事ですの?」
「董卓さんの大抜擢に不満を持ってるのは私達だけじゃないと思うんですよー。ですから
そういう人たちを焚き付けて攻撃させるんです。一方で私たちの名で仲裁を持ちかけ、そ
の代わりに要求を通させる、って言うのはどうですかー?」
「おおっ!流石は七乃なのじゃ」
「悪くはありませんけれど、向こうが乗ってこなかったらどうするんですの?」
「その時は──」
「おおっ!」
「まあ!」
「悪だなー」
「良いのかなぁ」
今、洛陽の陰で大きな陰謀が動き始めていた。
霞が塞ぎこんでいる様子なのが、一刀は気になっていた。
少帝を助けられなかった事を気に病んでいるらしい。
(何とか元気付けられないかなぁ)
新たに即位した協皇子──献帝の下に出仕した帰り道、一刀は霞の横顔を見ながらそう
考えていた。
- 769 名前:董√ 3章 天下無双 10/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:07:16 ID:BUDTSb1o0
-
献帝は、自分を助けてくれた霞は勿論だが、一刀にも懐いていた。
死んだ兄を重ねているように見え、一刀も時間が許す時は献帝の相手をしていた。
「霞」
「んー?」
「お前のせいじゃないぞ」
「ん、分かってる。けどな、あの時ウチの腕の中から失われていく温もりが、あの感覚が
消えていってくれないねん。どんどん冷たくなっていくあの子の身体の──」
「霞!」
一刀は思わず霞の身体を抱き締めていた。
「俺の温もりを感じろ。俺が傍にいるから。消えていく温もりが忘れられないなら、代わ
りに俺が温もりを与えてやる」
「一刀……。ありがとな。けど道の真ん中でコレはちょっと恥ずかしいなぁ」
「あ、ご、ゴメン」
慌てて離れる。
「アハハ、でも嬉しかったんはホンマやで。んー!お前ええやっちゃなぁ!
一度献帝から一刀と霞が結婚すれば良いのにと言われた事がある。
その時は二人とも慌てたものだが、頬をほんのり赤くしながらも明るく笑う霞の姿を見
ていると、それも悪くない気がしていた。
「なんか気が楽になったら、ウチお腹減ってまったなぁ」
「ハハハ、ならその辺の屋台で何か買おうか。今日は俺が奢るよ」
「ホンマ!?ほなウチ、肉まんと串焼きと胡麻団子と……」
「ちょ、おま、どれだけ食う気だよ!?」
「アハハ、冗談やって」
「ったく、脅かすなよ」
ブツブツ言いながら屋台へ向かう一刀。
「…………(じー)」
店主に言って肉まんを幾つか包んでもらう。
「…………(じー)」
代金を払い肉まんを受け取ると、食欲を誘う香りがむわっと広がった。
「…………(じー)」
と、何処かから視線を感じて辺りを見渡す。
「…………(じー)」
- 771 名前:董√ 3章 天下無双 11/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:13:05 ID:BUDTSb1o0
-
一人の少女が一刀の事をじっと見つめていた。
(誰だろ、あの子?結構可愛いけど)
褐色の肌には刺青のような文様が走っていたが、それが全く下品には感じられない。
均整の取れた体型は、一個の美術品を思わせた。
「ねぇ、君──」
『ぐぅぅぅぅ』
「うわ!?」
少女に話しかけた一刀の言葉は、突然響き渡った音に遮られた。
『ぐぎゅるるるるぅぅぅぅ』
前よりも大きな音が鳴る。
見ると少女が僅かに顔を赤くしていた。
「えっと……もしかして今のって、その、君の……お腹?」
「……………………(コク)」
ますます顔を赤くした少女が、たっぷりと逡巡した後、小さく肯いた。
「ご飯、食べてないの?」
「……………………ちょっと」
「ちょっとしか食べてないって事?」
「…………(コク)」
会話の間、少女の視線は常に一刀の持つ包みに注がれていた。
先ほどから感じていた視線は、一刀本人ではなく、この中身に対する物だったらしい。
「あー……1個食べる?」
「(コクコクコクコク)」
今度は躊躇うことなく何度も肯いた。
「じゃあコレ、はい」
一刀が肉まんを手渡すと、少女は凄い勢いで齧り付いた。
あっという間にその手から肉まんが消える。
「よっぽどお腹空いてたんだなぁ。はい、もう一個食べて良いよ」
一刀が再び肉まんを手渡す。
受け取った少女は、今度は少し速度を落として食べ始めた。
どうやらしっかり味わおうとしているらしい。
はむはむと肉まんを頬張るその姿を見ていると、何とも心が和むのを一刀は感じていた。
あまりに愛らしいその姿に、一刀はついつい手にした肉まんを渡してしまう。
- 772 名前:董√ 3章 天下無双 12/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:18:40 ID:BUDTSb1o0
-
少女はその悉くを胃袋に収めていった。
気づくと肉まんは残り1個になってしまっていた。
「ヤバ、霞の分が無くなっちゃうな」
しかし目の前の少女はまだ物足りなさそうな表情をしている。
「う……で、でもコレは……」
一刀が葛藤していると、
「その子にやってもうてええよ」
後ろから声を掛けられた。
「し、霞。見てたのか?」
「一刀があんまり遅いからつい、な。それにしてもええ食べっぷりやなぁ。見てるだけで
ウチまで腹いっぱいになってまうわ」
「ハハハ、実は俺もなんだ。──ほら、これも食べて良いってさ。ええと──そう言えば
名前訊いてなかったっけ。俺は北郷一刀。北郷が姓で一刀が名前ね。それで、君は?」
最後の肉まんを渡しながら訊ねると、少女がぼそりと口を開いた。
「…………恋」
「え?」
思わず聞き返す。
「恋」
今度ははっきりと聴こえた。
「あのさ、それって君の真名じゃないの?」
「…………(コク)」
「俺が呼んで良いの?」
「(コク)」
「初めて会ったのに?」
「…………肉まん、くれたから」
「そ、それだけで?」
「いっぱい食べたの、久しぶり」
「普段あまり食べさせてもらえてないって事?」
「……(コク)恋もセキトも、お腹空かせてる」
「セキト?」
「恋の、友達」
「その友達もお腹空かせてるの?」
- 774 名前:董√ 3章 天下無双 13/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:26:04 ID:BUDTSb1o0
-
「…………(コク)」
「そっか……。ちょっと待ってて」
一刀が再び屋台に走る。
戻ってきた時は新たな包みを手にしていた。
「はい、これ」
「…………?」
「その友達と一緒に食べると良いよ」
「…………いいの?」
「ああ」
「……あり、がと……」
ボソッと礼を言う恋の顔は、微かに赤くなっていた。
「それじゃあ、俺たちはもう行くね。……恋」
初対面の少女の真名を呼ぶのは多少躊躇われたが、相手がそう呼ばれる事を望んでいる
のだからと口に出してみた。
「……かず……と」
「何?」
「……また……会う……」
「また?」
「……セキト、連れて来る」
「そっか。楽しみにしてるよ。じゃあね、恋」
恋に見送られながら、一刀たちはその場を後にした。
「アイツ、かなり強いで」
暫く歩いたところで、不意に霞が口を開いた。
「アイツって、恋?」
「ああ。まともにやったらウチでも勝てるかわからへん」
「そんなに!?」
「前に会うた関羽な、アイツが名匠の鍛えた刃のような鋭い強さやとしたら、さっきのは
餓えた野獣の牙や。戦場で出会うとったらと思うと震えがくるわ」
そう言いながらも霞の眼は愉しそうに輝いていた。
「呂布将軍ー!」
一人の兵士が肉まんを抱えて一刀たちを見送っていた恋に駆け寄る。
- 777 名前:董√ 3章 天下無双 14/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:33:24 ID:BUDTSb1o0
-
「呂布将軍、このような所においででしたか」
「…………何?」
恋の眼が何処か剣呑な光を帯びた。
「丁原様がお呼びです。直ちにお向かい下さい」
「……………………(コク)」
肯く恋の表情は、先ほどと打って変わって明らかに不機嫌そうだった。
「……ちんきゅは?」
「陳宮殿なら既に赴いておられます」
「…………分かった」
そう答えた恋の顔は、一人の武人のそれだった。
洛陽の城内では、董卓軍の首脳陣が顔を合わせていた。
一様に険しい表情を見せている。
何進に呼び寄せられた諸侯が、帝に対し月の重用について強い不満を訴えたのだ。
中には洛陽市街で一戦交えても決着つけるべし等と暴論を吐く者までいると言う。
「なんちゅうド阿呆どもや!洛陽市街で戦なんて起こしたら、どれだけの民が迷惑すると
思うてんねん!」
「張遼の言うとおりだ。これまで散々何進と十常寺の争いで苦しんできた洛陽の民を、そ
の苦しみから助けんと馳せ参じた諸侯が更に苦しめるなど言語道断ではないか」
真っ先に霞が怒りの声を上げ、華雄がそれに同調する。
「まあ確かにそいつ等も厄介なんだけど、もっと頭が痛いのはコレね」
言いながら詠が一巻の書簡を広げた。
一同が覗き込む。
『おーほっほっほっほ!田舎者の董卓さんとやら、ごきげんよう。
どうやらご自分の出自も弁えずに相国なんかになったお陰で色々と大変なようですわね。
まあ自業自得と言う気もするのですけど、慈悲深いこのわたくしがと・く・べ・つ・に
諸侯との間を取り持って差し上げても宜しいですわよ。
条件としては、分不相応な相国の位などさっさとお辞めになって、名門の出であるこの
わたくしにお譲りになるのですわ。そうすればきっと全部丸く収まる筈ですわ。
じっくりお考えになってお決めにおなりなさい。でも必ずやわたくしの案が正しいと判
断して頂けると、そう信じておりますわ。
おーっほっほっほっほ!おーほっほっほっほ!
- 781 名前:董√ 3章 天下無双 15/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:43:13 ID:BUDTSb1o0
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大陸で最も華麗で高貴で美しくて優れている袁本初より』
「……何で文章に笑い声が書かれてるんだよ。しかも高笑い」
一刀が頭を抱えた。
他の面々も同様の気持ちなのは、表情を見れば伝わってきた。
「けど袁家が名門なのは確かよ。袁紹自身は馬鹿みたいだけど、袁紹と従姉の袁術が一声
掛ければその名声に釣られて大勢の人間が集るでしょうね。現にどうやって抱き込んだん
だかは知らないけど、司徒・王允に司空の張温、執金吾・丁原と錚々たる顔ぶれが連名し
ているわ」
「もし断ったら……」
「当然仕掛けてくるでしょうね。だからと言ってこんな要求呑める筈ないわよ!」
「そうだよな。こんな事を言ってくるような奴らじゃ、自分達が権力の座に着くのが目的
で、洛陽の人たちのことなんて二の次だろうし」
「ウチらが来てから都の治安もようなったし、重すぎた税も緩うなって民衆かて喜んどる
ちゅうのになぁ」
「もっともそのお陰で本来都の警備を担当している丁原辺りは我らを苦々しく思っている
と言う事だがな」
「自分の無能を棚に上げてウチらを恨むなんて、筋違いもええとこやで」
「とにかくこの要求は突っ撥ねるわ。仕掛けるにしても余程の馬鹿でなければ、本当に街
の中に兵を繰り出してくるとは思えない。今は禁軍の兵権も月が預かっていて、兵力的に
もこちらが有利なのだしね。但し備えは万全にしておくわよ。霞と華雄は要所の警備をさ
せる兵達を選別しておいて。華雄の下には胡軫を、それから霞の下には一刀、アンタがつ
いて」
「お、俺が!?」
「何か文句あるの?」
「いや、文句は無いけど、俺が行って何か役に立てるのか?」
「霞には主に帝の宮殿に近い場所を任せるつもりなのよ。その辺りなら他の人間よりも、
アンタの方が馴染み深いでしょ?万が一の時には民を避難させる指揮を執るのよ」
「なるほど、そう言う事なら」
「それじゃあ皆、まさか本当に向こうが攻めてくるとは思えないけど、頼んだわよ」
「応っ!」
「まかせとき」
この時、詠の唯一の誤算は、袁紹が本物の馬鹿だという事だった。
- 786 名前:董√ 3章 天下無双 16/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:50:04 ID:BUDTSb1o0
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「まさか本当に街中で仕掛けてくるなんて!」
「ホンマモンのド阿呆やったっちゅう事やな!」
一刀と霞が走りながら悪態を吐く。
袁紹が一部の兵を繰り出し宣戦を布告してきたのは、要求を拒否した二日後の事だった。
袁紹軍・袁術軍が併せて1万5千、その他の諸侯の兵がおよそ3万5千、全部でざっと
5万の大軍だった。
中でも執金吾・丁原の軍は約2万と突出している。
逆に袁紹・袁術は実際の保持戦力を考えればかなり少ない。
この辺りに諸侯を利用しながら自分達は最小限の損害で利を得ようとする狡猾さが見え
隠れしていた。
「流石に王允や張温は街中での戦には反対したみたいやな」
今のところその二人の兵が参戦しているとの報告は入っていなかった。
「けど丁原ってのは都の警備も任されてたんだろ?そんな人間がなんで市街地での戦闘に
加わったりしてるんだ?」
「よっぽど自分の無能をウチらに晒されたのが悔しかったんとちゃうか?どっちにしても
こないな真似する時点で、そんな資格は無かったっちゅう事や」
「禁軍が使えれば良かったんだけどな」
都を守る直属の軍である禁軍だったが、長年の朝廷の腐敗が蔓延していたのか驚くほど
質が悪かった。
いざとなれば帝を見捨てて逃げ出すか、最悪帝を捕らえて敵に差し出し自らの保身を図
りかねない者までいる。
ましてや街中で二十万の大軍などまともに動かしようも無かった。
已むを得ず詠は、比較的マシな者だけを直近として献帝と月を護らせ、その他は李鶴達
を指揮官として宮殿の外に待機させるに留めた。
その際、月は自分が袁紹と直接話し合いをすると提案したが、詠は決して許さなかった。
「そう言えば月って殆ど表の場に出てないよな。諸侯との話し合いの場でも殆どは名代を
立ててるし、月の顔を見た事あるのって献帝とそれにごく近い側近の数人くらいだろ?」
「まあ、今や天下に名を轟かす董相国が、あないな可愛い女の子やって知られたら、諸侯
に舐められる恐れがあるっちゅう事やないか?」
「……確かにそれはあるかも。将来の夢はお嫁さん、とか言ってる方が似合う気がするし。
きっと平和な時代だったら普通に恋とかしてたんだろうな」
「まあ、恋は今でもしとるかも知れへんけどな」
- 788 名前:董√ 3章 天下無双 17/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 22:57:27 ID:BUDTSb1o0
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「へ?」
「何でもあらへん。それよりそろそろ敵が来るで。住民の方は大丈夫やな?」
「ああ、念のため昨日の内に戸締りを厳重にするよう通達しておいて良かったよ。今日は
外に出ないようにって俺の名前で街の人にも伝えてもらったし」
確かに普段なら大勢の人で賑わう、街の中心を走る大通りさえ、今は人っ子一人見あた
らなかった。
やがて敵の姿が一刀の眼にも入ってきた。
「良かった。どうやら無闇に民家へ乱暴するような兵は居ないみたいだ」
「まあそないな暇もないんやろうけど、曲がりなりにも街の治安を維持してきたっちゅう
矜持もあるんやろな」
言われてみれば眼前の敵は『丁』の字が書かれた旗を掲げている。
「ほな、行くでぇぇぇ────っ!」
霞が雄叫びと共に吶喊した。
中央で安穏としていた兵士と、これまで幾度も実戦を重ねてきた董軍の精兵とでは練度
が違う。
霞のただ一度の突撃で、丁原の兵達は浮き足立った。
そこへ董軍の兵が食いつき、次々打ち倒していく。
だが楽勝かと思われた矢先の事だった。
「ええい、何と言う強さだ!ここは呂布将軍に任せる他あるまい!誰か、呂布将軍をお呼
しろ!」
敵指揮官の声に、一刀の表情が凍り付いた。
「呂布だって!?クソッ、丁原って名前に何処かで聞き覚えがあると思ったら……」
三国志最強と謳われる、呂布。
後に董卓軍を代表する武将として知られるその人が、かつて仕えていたのが丁原だった。
「霞!呂布が来る前に一度退いて態勢を立て直そう!」
「アホ抜かすなや!既に敵中深くまで喰らい付いてるんやで!今そないな命令出したら、
逆に包囲してくれっちゅうてるもんや!」
「け、けど……!」
「呂布だか誰だか知らんけど、ウチが叩っ斬ったるさかい安心しとき!」
「駄目だ、霞!呂布とは戦っちゃ駄目だ!俺の世界に伝わる呂布奉先は、劉備・関羽・張
飛の三人を同時に相手して一歩も退かなかったって言う最強の武将なんだ!」
「なっ!?」
- 793 名前:董√ 3章 天下無双 18/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:04:34 ID:BUDTSb1o0
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先日関羽と張飛の強さを目の当たりにしているだけに、流石の霞も絶句した。
「そないバケモンが存在するんか……?」
強い相手と戦うことに無上の喜びを感じる霞だけに、普段なら嬉々として戦いを挑むと
ころなのだろうが、絶対に負けられない今の局面でそのような博打を打てない事は彼女自
身がよく分かっていた。
今自分が死ねばおそらく部隊は壊滅する。
一刀も討たれるだろう。
それだけは出来ない、そう思った。
「チィッ、しゃあない、総員一旦退──」
しかし霞が下知を下すより早く、敵軍の一部から歓声が沸いた。
そして深紅の旗を掲げた一団が突撃を掛けてきた。
旗に書かれているは『呂』の一文字。
数にすると僅か3百余の小勢だが、その動きは今までの相手と一線を画していた。
乱戦の中に飛び込むと、まるで無人の野を往くが如く駆け抜け、その跡には累々と骸が
積み重ねられているのだった。
その凄まじさに今度は味方が浮き足立つ番だった。
「はははは!流石は奉先だよ!その調子で小生意気な董卓の軍を蹴散らしてしまいな!」
大声で喚く中年女の姿が見えた。
おそらくそれが丁原なのだろう。
「まったく良い拾いもんをしたもんだ!ほれ、今度はそこの小僧をやっておしまい!」
不意に一刀は呂の旗が自分を向いた気がした。
同時に殺気が一刀を包む。
圧倒的な武威をぶつけられ、一刀の身体が硬直する。
そして紅の一団が一刀の前に姿を現した。
その先頭に立つ人物の姿が、一刀に更なる驚きを与えた。
「恋!!」
「……かず……と……?」
(恋があの呂布だったなんて……)
だがそう考えると、恋と別れた後の霞の言葉も納得が出来た。
一方恋は一刀の姿を認めてキョトンとしていた。
やがてその表情に戸惑いの色が浮かんでいく。
「…………かずと、恋の……敵?」
- 797 名前:董√ 3章 天下無双 19/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:10:38 ID:BUDTSb1o0
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恐る恐る恋が訊ねる。
それは否定して欲しいと言う願いが込められている様に聞こえた。
「違う!」
一刀はそう叫んでいた。
「何を言ってんだい、この小僧は!」
丁原が喚くが一刀は無視して恋に呼び掛ける。
「恋!俺達の所へ来い!お前はその方が良い!」
史実では自分の欲望の為に丁原を裏切り、董卓の下へ走った呂布。
しかし目の前の少女がそんな人間とは、一刀にはどうしても思えなかった。
美味しそうに肉まんを頬張る幸せそうな表情が脳裏に甦る。
「恋が丁原の所に居て幸せだとは思えない!俺達と一緒に行こう!」
「ふざけるんじゃないよ、小僧!奉先は私が拾ったんだ!私の物なんだよ!──奉先!よ
もやアンタ、お腹空かせて行き倒れになりかけてた所を拾ってあげた恩、忘れたわけじゃ
ないだろうね!?もし裏切ったりしたら、あの犬っころを鍋にして食っちまうからね!」
丁原の脅しに恋がハッと顔を上げる。
「そうだ。お前は私には逆らえないんだよ!しっかし天下無双の武技を持ちながら、あん
な犬っころ一匹の為に何でもするんだから、馬鹿な娘さ。ハハハハハ!」
「手前ぇ、ババァ!お前それでも恋の主君かよ!」
一刀が声を荒げた。
「吼えてな、小僧!主だから飼い犬をどう扱おうと勝手なのさ。ほら奉先、さっさとやっ
ちまいな!」
「……セキト、恋の友達。だから……恋、一刀を殺す」
恋が何かを振り切るようにして方天画戟を構える。
しかしその顔は今にも泣き出しそうに見えた。
「恋……!」
目前の死に対する恐怖は感じなかった。
それよりも、恋にそのような顔をさせる丁原が許せなかった。
「ハハハハ!お前はたかが犬一匹の命の為に殺されるんだよ!」
丁原が嘲笑する。
(たかが、だって?)
言葉が出せなくなるほどの怒りを感じた。
仮にも自ら真名を預けた相手を秤に掛けて尚、殺す事を選択せざるを得ないぐらいに大
- 801 名前:董√ 3章 天下無双 20/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:17:45 ID:BUDTSb1o0
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切な存在が、たかがなどである筈が無い。
恋にとってはまさに家族なのだろう。
家族を助ける為に、自分を殺そうとする恋が哀しかった。
(クソッ、どうにかなんないのかよ!誰でも良いから、恋を助けてやってくれ!)
絶体絶命の状況で、一刀は恋の為に祈った。
と、御遣いの祈りに天が応えたか──
「呂布殿──っ!!」
恋を呼ぶ声が響いた。
「……ちんきゅ?」
恋が反応する。
「呂布殿、もうそんなオバさんの言う事なんて聞かなくて良いのですぞー!セキトはこの
通り、無事なのですー!」
見ると小柄な少女が大きな犬に跨り駆けて来ている。
その横には子犬が一匹走り回っていた。
「セキト!」
恋が子犬に駆け寄り抱き上げる。
子犬は嬉しそうに恋の顔をペロペロと舐めた。
「通りすがりの変態さんがセキトを助けてくれたのですー!だから呂布殿はもう自由なの
ですぞー!」
「ち、陳宮!お前、裏切ったのかい!?」
「フン!ねねは元々お前なんかに仕えた憶えはないのです!ねねが主と仰ぐのは、この世
で呂布殿唯一人なのですぞー!」
陳宮と呼ばれた少女は、恋に向かってにこやかに告げた。
「さ、呂布殿。今こそ呂布殿の往きたい道を往くのです!ねねは何処までもその後ろに付
いて往くのですぞー!」
「…………ちんきゅ。ありがと」
「りょ、呂布殿がねねにお礼を……!感激なのですー!」
恋が再び方天画戟を構えた。
今度は丁原の軍に向かって。
「ヒッ!?ま、まさか私を殺るつもりかい!?こ、この恩知らず!」
虚勢を張る丁原だったが、恋の持つ威圧感に、明らかに怯えていた。
恋が疾る。
- 803 名前:董√ 3章 天下無双 21/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:23:54 ID:BUDTSb1o0
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丁原軍の兵達の首が舞った。
呂旗を掲げる3百騎も恋に従う。
彼らも陳宮と同じく、恋を唯一無二の主と考えているようだった。
こうなると只でさえ能力の低い丁原軍に勝ち目などある筈も無かった。
君主である筈の丁原等は真っ先にその場から逃げ出している。
「追わんでええ!」
追撃しようとした恋の背中を霞が呼び止めた。
「殺す価値も無い奴や」
「……ちょーりょ」
「霞でええよ。あー……」
「……恋」
「ああ、恋」
霞が二カッと笑う。
それを見た恋の表情も何処と無く嬉しそうに見えた。
「恋!」
「……かずと」
しかし一刀が駆け寄ると、恋は突然俯いてしまった。
「どうしたんだよ、恋?」
「…………恋、かずと殺そうとした。かずと、恋、嫌いになる」
その両肩が小刻みに震えている。
「恋……。そんなワケ無いだろ!」
天下無双の異名を冠するとはとても思えない、その華奢な両肩を腕に抱く。
「俺は絶対に恋を嫌いになんてならないよ。だって俺達はもう仲間じゃないか」
「……仲間?」
「ああ、仲間だよ。俺は恋の事、大好きだから」
「…………恋も、かずと……好き……」
恋は相変わらず俯いたままだったが、その声には喜びの色が混じり、頬には赤みが差し
ているように見えた。
「……アイツ、天然で女たらしやな」
霞が呆れたように呟いた。
と、一刀の後ろで殺気が膨れ上がった。
「ち・ん・きゅ・ー……き────っく!!」
- 806 名前:董√ 3章 天下無双 22/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:31:53 ID:BUDTSb1o0
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「ぶふぉあぁっ!」
陳宮がその小柄な体躯からは想像も付かないような高い跳躍を見せると、矢の様な勢い
で一刀の後頭部に飛び蹴りを炸裂させた。
まともに喰らった一刀が二間ほども吹き飛んだ。
「お前が呂布殿を誑かした一刀とか言う奴なのですねー!?この陳公台が居るからには、
お前のような悪漢などは呂布殿に指一本触れさせないのです!」
斃れた一刀の背中に仁王立ちしながら、陳宮が高らかに言い放った。
「……ちんきゅ。かずと苛める、ダメ」
「うう、でも呂布殿ぉ……はいなのですぅ」
恋に窘められ、陳宮がシュンと肩を落とす。
「それから……恋、でいい」
「……え?……………………れ、恋殿──っ!」
「ぐぇっ!ひ、人の上で跳ねるなーっ!」
一刀は恋たちを城に連れて行き、月に引き合わせた。
月が二人を歓迎したのは言うまでも無いが、恋も何処と無く嬉しそうに見えた。
(きっと元々は凄く人懐っこいんだろうな)
そんな恋がつい先ほどまでは音々音にさえ真名を許していなかった事を思うと、彼女に
とって余程丁原の所は居心地が悪かったのだろう。
「それにしても武勇で名高い飛将軍呂布と若き俊英陳宮が配下に加わってくれるなんてね。
これで我が軍も一層戦力が増したわ」
しかし詠の言葉に、恋は首をふるふると横に振った。
「恋、どうかしたの?」
「……恋のご主人様、かずと」
「へ?」
「ちょ、ちょっと呂布!アンタ何言ってんの!?コイツは月の家臣なのよ!?アンタがコ
イツの部下になるのは良いとしても、ご主人様は月でしょ!?」
「…………(ふるふる)かずと」
「あの……恋?」
恐る恐る一刀が声を掛けるが、恋の眼は絶対に譲らないと主張していた。
「良いと思います、それで」
「月!?」
- 810 名前:董√ 3章 天下無双 23/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:39:18 ID:BUDTSb1o0
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「詠ちゃん、呂布さんはきっと一刀さんの事が大好きなんだよ。私、そういうのって凄く
大切な事だと思う。だから呂布さんは、恋さんの思うとおりにして欲しい」
それは自らも恋をする少女である、月ならではの言葉だった。
そして詠も、また。
「……しょ、しょうがないわね。月がそれで良いんなら、ボクは何も言わない。──った
く、少しは人の気持ちも察しろってのよ、馬鹿男」
「およよ。詠、それってどう言う意味なんやろなぁ?」
「ゆ、月の気持ちを考えろって言ってんのよ!」
「はいはい、そう言う事にしといたろ」
「ムキーッ!」
詠と霞のやり取りを見て、月がクスクスと笑う。
「それからね、呂布さん」
「…………?」
「私ともお友達になってくれると嬉しいな」
「…………(コク)董卓も、友達。だから真名で、呼ぶ」
「月も恋を真名で呼んで良いってこと?」
「(コク)」
「ありがとう、恋さん。なら、私の事も月、って呼んでくださいね」
「……(コク)月」
「うん。これからも宜しくね、恋さん」
「ちなみにねねも仕えるのは恋殿だけなのです。でも恋殿が真名を許した相手なら、ねね
の事も真名で呼ぶ事を許してやるのです」
「ほな、ねね。気になっとったんやけど、セキトを助けたっちゅう変態って何者や?」
恋の横でふんぞり返っている音々音に霞が訊ねた。
「知らないのです。ただ際どい腰巻姿でやたらムキムキの禿げたオッサンだったのです。
しかもオッサンのクセに女言葉なのが気持ち悪かったのですな。けど中々強かったので、
一緒に来ないか誘ってみたのですが、誰かを探している途中とかで行ってしまったのです」
「ようそない怪しい奴、誘ってみたなぁ」
呆れた様子の霞の言葉に、一刀も全面的に同意したのだった。
こうして一刀が新しく加わった仲間と共に束の間の平穏を享受している頃、大陸全土を
とある謀略の波が駆け巡っていた。
- 814 名前:董√ 3章 天下無双 24/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:47:05 ID:BUDTSb1o0
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──エン州陳留郡──
「軍靴を以って都を踏圧し、その暴虐は先帝を弑逆するなど留まる所を知らず、民は嘆き
苦しみ、怨嗟と慟哭が街を満たす。略奪・陵辱が横行し、屍が十里の道を為す。
今、諸卿に心在らば、万民を苦しめる大逆を除き、その正義を天下に示せ。
大逆の名は、董仲穎なり──か。麗羽にしては随分と仰々しい檄文を考えたものね」
「おそらくは陳琳の文かと」
曹操から手渡された檄文に眼を通して、夏侯淵が答えた。
「なあ秋蘭、要するにどう言う事なのだ?」
「アンタ、こんな事も理解できないの?少しは頭を使わないと、そのとろける脳みそが耳
から流れ出て空っぽになるわよ?」
「なんだとぅ!?」
「今華琳様から説明があるから、姉者は大人しくしていろ」
「お、おぅ……」
「つまり董卓と言う輩が都で好き勝手して民が苦しんでいるからやっつけるのに手を貸し
なさい、と言う事よ」
「なるほど!流石は華琳様。私にもよく分かるように説明してくださる」
「分かってなかったのはアンタだけだけどね」
「なにおぅ!季衣だって分かっていなかったぞ。──なぁ、季衣」
「え?あ、あの……」
「季衣、別に姉者に気を使うことは無いんだぞ」
「は、はい。あの、ごめんなさい春蘭様。ボクも今の内容は理解できてました」
「な……季衣まで……」
流石に少し夏侯惇が落ち込んだ。
「まあ春蘭は後で秋蘭からゆっくり説明してもらいなさい。──それよりこの檄文の内容
だけど、皆どう思うかしら?」
「我らの力を天下に示す良い機会かと」
すかさず荀ケが答えた。
「袁紹の言葉を信用するかと言えば否ですが、それはこの際関係ありません。むしろ大義
名分を以って我々の力を示し、尚且つ諸侯の力を図るにこれほどの好機はまたと無いかと
思われます」
「秋蘭、あなたは?」
「私も桂花の意見に賛同します。ここで曹魏の持つ力を誇示しておけば、後々我らが天下
- 816 名前:董√ 3章 天下無双 25/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:54:56 ID:BUDTSb1o0
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に勇躍する大きな足掛かりになるでしょう」
夏侯淵の言葉に、曹操は満足そうに肯いた。
「そうね。私も桂花や秋蘭の意見に賛成だわ。──ほら春蘭、何時までいじけてるの?全
軍に号令を掛けなさい。我らはこれより洛陽へ向かう!今こそ我が覇道への道のりの第一
歩と心得よ!」
──揚州予章郡──
「どう思う、コレ?」
「袁紹と袁術が中心となっての行動だ。真っ当な物のわけは無いな」
「じゃが行かぬわけにもいかんじゃろうなぁ」
黄蓋の言葉に孫策も周瑜も頭を押さえる。
「袁術に踊らされるのは面白くないが、これも孫呉の力を示す天の声と思うしかないわね、
雪蓮?」
「そうなんだけどさぁ、袁術の言葉が天の声だなんて、天まで嫌いになりそうよ、私」
「フフッ、その苛立ちは董卓軍にぶつけるのね。向こうには気の毒だけど」
「それしかないか。──では今から全軍洛陽へ向かって進発する!我が孫呉の武威、存分
に天下へ見せつけよ!」
──涼州隴西郡──
「翠、お前は私の名代として涼州軍を率い、洛陽へ向かいなさい」
馬騰が静かに告げた。
「アタシらも反董卓連合に参加するんだな?ようし、見てろ董卓!涼州人の恥さらし、こ
のアタシがきっちり落とし前つけてやるぜ!」
「早まるのではありません。董卓殿がそのような無道を行うとは、私には信じられません。
だからお前はしっかりと自分の目で、状況を確かめてくるのです。──ゴホッ、ゴホッ!」
「か、母様!?」
不意に咳き込んだ母を馬超が気遣う。
最近馬騰は体調のすぐれない時が多かった。
「大丈夫。それよりすぐに行きなさい。蒲公英を連れて行くと良いでしょう。そして真実
を見極め、この檄文が嘘なら董卓殿の力となり、万が一本当だったなら──」
「ああ、その時は必ずアタシが董卓の首を取る!」
- 820 名前:董√ 3章 天下無双 26/26[sage] 投稿日:2009/03/11(水) 23:59:38 ID:BUDTSb1o0
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──幽州遼西郡──
北平太守公孫賛の城は、出陣に向けて慌しく動いていた。
「桃香様、白蓮殿はやはりこの連合に参加するのでしょうね」
関羽の手には反董卓連合への参加を呼びかける檄文が広げられていた。
「本当にあの時の少女が、このような暴虐な行為を行っているのでしょうか?」
「鈴々信じられないのだ。あの時のお兄ちゃんも、張遼とかってお姉ちゃんも、とても悪
い人には見えなかったのだ」
張飛の言葉に劉備が肯く。
「私もあの人たちが悪い人だなんて思えない。だから、私たちも行こう」
「桃香様!?」
「本当に都の人たちが困っているなら助けてあげなきゃって思うし、何より私はもう一度
あの人たちに会いたい。そして確かめたいの。本当の事を」
「……分かりました。桃香様がそう決めたのなら、私は何処までもお供いたします」
「勿論、鈴々もなのだー!」
「ありがとう、二人とも。──朱里ちゃんも雛里ちゃんも私たちに力を貸してくれる?」
「も、勿論です!」
「私たちは桃香様を支える為にいるんですから……」
劉備軍の誇る二人の軍師も同意する。
「それじゃ、行こう!洛陽へ──」
- 823 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/03/12(木) 00:02:36 ID:BUDTSb1o0
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以上です
今回オリキャラうろちょろして嫌いな人はスイマメン
あとやっぱり一刀はいるだけだったり
猿って一日空いたり色々ダメダメでしたが支援の方感謝です
では次回 4章 洛陽炎上 で