[戻る] [次頁→] []

286 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:10:21 ID:FfKe+L030
この時間に安玖深音しても大丈夫かな?
ちなみに董√連続物の1話

予め言っておくと後々人死にが出るのは嫌と言う人は回避推奨でヨロ
あと一部オリキャラが出る場面もあるのでそう言うのが嫌いな人も
287 名前:董√ 1章 月宮詠歌[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:16:23 ID:FfKe+L030
 高祖劉邦による建国から早400余年。
 長く続いた泰平の世は、安寧と引き換えるかのようにゆっくりと腐っていった。
 朝廷には奸臣・侫臣の類が蔓延り、政道を歪めて私利私欲を貪る。
 中枢がそうであるから当然末端はより酷く、役人は賄賂を求め、民草を守るべき衛視が
権威を傘に略奪・陵辱と狼藉の限りを尽くす始末だった。
 重税が民の生活を圧迫し、残った僅かな糧を野盗が奪う。
 人心は乱れ、田畑は荒廃し、大陸全土が滅びに向かっているかのようだった。
 無論全ての人間が絶望と諦観の中でただ喘いでいるわけではない。
 この退廃した時代にも、大望を胸に雄飛の時を伺う英傑たちが生まれていた。
 覇道を以って天下を統一し、その上に民の安寧を築かんとする者。
 奪われた誇りを取り戻すため、爪を研ぎながら忍従する者。
 民の苦しみを取り除く為、己が志のみを天に掲げて起ち上がる者。
 そして、虐げられる弱者の姿に胸を痛めながらも、足を踏み出す勇気を持てない自身の
弱さに愁嘆する者──

 少女は星を見るのが好きだった。
 天空を彩る星々の煌きを見ていると、己に課せられた重圧から一時逃れる事が出来る様
に思えた。
 貧困と暴力に苛まれ、日々の暮らしすら満足に送れない民草の嘆きの声からも。
「月」
 真名を呼ばれ振り返る。
「やっぱりここに居たのね」
「詠ちゃん……」
 詠の言葉に微かな苛立ちを感じ取り、月が口ごもった。
「空を見上げるのが悪いとは言わないけど、今は地に生きる人たちに眼を配るほうが大切
なんじゃないの?」
「……うん、分かってる」
「月が民衆の為に起ち上がると言うのなら、ボクはどんな事をしたって月を支えて行く
つもり。だけど、肝心の月に前へ進む気が無ければ、ボクにはどうしようもないの」
「……うん」
 詠の口調はきついが、それを腹立たしく思うことは無かった。
 その言葉の裏には常に自分への愛情が篭っている事を知っているからだ。
288 名前:董√ 1章 月宮詠歌 2/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:22:34 ID:FfKe+L030
 だからこそ辛くもある。
「月の気持ちは分かってるのよ。この涼州は特に豪族同士の結びつきが強い土地柄だから
誰かが行動を起こせば他の者も無関係ではいられない。でも中には中央へ賄賂を贈る事で
今の地位に就いてる者も居る。そういう奴らは大義を掲げて朝廷の腐敗を糾弾するような
人間がさぞかし気に入らない事だろうから、全力で潰しに掛かってくるでしょうね」
「……」
「でも、それでもボクは月に歩き出して欲しいの!月の持つ優しさは、決して弱さなんか
じゃないって証明して欲しいのよ」
「……ごめんなさい」
 ひたすら申し訳ない気持ちが沸き起こる。
 この幼馴染の少女は常に自分を支えてきてくれた。
 たまたま西涼を治める董家の娘として生まれてきた為に太守の座に就く自分とは、比べ
物にならない相手だと思っている。
 幼少より兵法を学び、六韜・三略・孫子・呉子と様々な軍学書を諳んじる程の知識と、
それらを生かすことの出来る機知を備えた才媛と言うのが詠の周囲からの評価である。
 事実、過去に西方から異民族が侵攻してきた時などは、今は亡き月の両親がまだ十にも
満たない年齢だった詠の献策を用いてこれを撃退した程だった。
 中央へ行けば仕官の道など幾らでも見つかるであろう詠が、こんな辺境の太守に過ぎな
い自分に仕えてくれる事が嬉しく、それだけに不甲斐無い自分が嫌だった。
 と、不意に詠が表情を和らげる。
「ま、今夜は空も澄んでいて星が良く見えるし、たまには良いけどね。でも明日には華雄
たちが西羌討伐から戻ってくるんだから、今後の方針もちゃんと考えておいてよ。特に最
近は野盗とかも妙に組織立ってきてるようだし」
「うん、分かってる」
「なら今夜はもう少し星を見て行きましょ。でも少しだけよ。月が風邪でも引いたら困る
んだから」
「うん」
 詠の心遣いに感謝し、再び空を見上げる。
 その時一筋の光が夜空を切り裂いた。
「あ。流れ星」
「え!?どこどこ?──あ、ホントだ!願い事しなくちゃ!ええと、ええと……うぅ〜、
こんな時に限って何も思い浮かばない〜」
291 名前:董√ 1章 月宮詠歌 3/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:29:49 ID:FfKe+L030
 涙目で間抜けな声を上げる詠の姿に、微かに口元を綻ばせながらも月は真摯に祈った。
(勇気を下さい。傷つき苦しむ人たちが再び笑顔を取り戻せるように、私に出来ることを
する為に前へと進む勇気が欲しい……!)
 月の祈りに応えるかのように、流星が棚引き続ける。
「それにしても長い流れ星ね。何処まで落ちるのよ?──あ!」
 詠が疑問を口にした直後、流星が地平線の彼方に沈み、その辺りを一瞬眩い光が包んだ。
「な、何あれ──って月!?ちょっと、何処に行くのよ!?待ってってばぁ!」
 突然走り出した月の背中を詠の声が追う。
 しかしそれすら耳に入らないかのように、月は城壁を駆け下りると城の外へ飛び出した。

「……なの?……丈夫……」
「……息……たい……」
 耳元でボソボソ話し合う声が一刀の意識を呼び起こした。
「……うーん……う……ん……?」
 薄っすらと目を開ける。
「あ、詠ちゃん!目を覚ましたみたい!」
「ちょ、ちょっと月!そんな得体の知れない男、気をつけないとダメよ!」
「大丈夫、悪い人には見えない」
「見た目だけじゃ分かんないでしょ」
 最初に目に入ったのは、自分の顔を覗き込む二人の少女の顔だった。
 一人は緩いウェーブの掛かった髪を肩の辺りで切り揃えた少女、もう一人は眼鏡を掛け
た長髪の少女だった。
 どちらも特徴的な中華風の服を着ている。
(……誰だろ……?二人とも……結構可愛い……)
 と、そこで意識がはっきりと覚醒した。
「おわぁぁっ!?」
「きゃあっ!?」
「うひゃあぁっ!?」
 一刀の声に驚いたのか、二人の少女も悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと何なのよ、アンタ!いきなり大声出さないでよ!月がビックリするじゃ
ない!」
「へぅ……息が止まるかと思っちゃった……」
294 名前:董√ 1章 月宮詠歌 4/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:37:54 ID:FfKe+L030
「ああっ、月、大丈夫!?」
 何やらバタバタと騒いでる二人の様子に構わず、一刀は大人しそうな雰囲気をした少女
の肩を掴んだ。
「な、何だよ、君達は!?何でいきなり俺の部屋にいるんだよ!?」
「へ、へぅ〜?」
「何が目的なんだ!?金か!?でもこんな男子寮にお金なんか──げぶぉわぁっ!」
 目を白黒させる少女を更に詰問する一刀の頸が一瞬ありえない方向へ曲がった。
「ゆ、月を放しなさいよ、この変態!」
 たった今一刀の側頭部に鋭い蹴りを放った少女が、眼鏡を直しながら怒鳴る。
「な、何するんだよっ!?」
「何をするかってのはボクの台詞よ!汚い手で勝手に月に触れるんじゃないわよ!」
「きたな……って、いきなり人の部屋に上がりこんできて言う言葉かよ!」
「ハァ?ここがアンタの部屋ぁ?何ワケの分からないこと言ってるのよ。それともアンタ、
住む家が無いって言ってるの?」
「そっちこそ何を言ってるんだよ。ここが俺の部屋じゃなくて何処……が……」
 言いながら辺りを見回して絶句した。
 月明かりだけが頼りの暗闇でも、辺りが一面の荒野なのは見て取れた。
 どんな大掛かりな仕掛けを弄しても、一刀の部屋をこんな風に変えるのは無理だ。
「………………な」
「な?」
「なんじゃこりゃああぁぁ────っ!!」
「きゃあっ!?」
「うひゃあぁっ!?」
 一刀の叫び声の大きさにまた驚く二人。
「だからいきなり大声出すなって言ってるでしょ!?」
「へぅ……心の臓が止まるかと思っちゃった……」
「ああっ、月、大丈夫!?」
「こ、ここ何処なんだよ!?どうして俺はこんな場所にいる──」
「ゆ・え・に・さ・わ・る・な・って・言ってんのよ──っ!!」
「げぶぉわぁっ!」」
 再び月の肩を掴んでガクガク揺すりながら問い詰める一刀のこめかみを、先ほど以上の
激しい衝撃が貫いた。
296 名前:董√ 1章 月宮詠歌 5/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:42:14 ID:FfKe+L030
 小柄な身体からは想像もつかない重みのある蹴りを受け、一刀は地面に突っ伏してピク
ピクと痙攣したまま一言も発さない。
 一刀が動かないことを確認して、詠が月に駆け寄った。
「へぅ……くらくらするよ、詠ちゃん……」
「月、もう大丈夫よ。変態はボクが始末したからね」
 月の頭をよしよしと撫でながら、詠がキッと一刀を睨みつける。
 と、丁度復活した一刀も身体を起こし睨み返した。
「人の頭をサッカーボールみたいにポンポン蹴るな!」
「殺禍暴屡?何よ、それ?」
「サッカーボールだよ、サッカーボール!何だその殺伐とした響きは!」
「そんな言葉知らないわよ!大体アンタ何者なのよ?」
「知らないって……まあ、良いや。俺は北郷一刀。フランチェスカ学園の2年生だ」
「腐乱……何?」
「フランチェスカ学園だってば!それより俺の質問にも答えてくれよ。ここは一体何処な
んだ?それに君達は一体誰なんだ?」
「フン、アンタなんかに教えてやる義理は──」
「ここは西涼。涼州西部の街です。──実際には街の外、ですけど」
「月〜」
 詠の言葉を遮って月が答えた。
「私の名前は董卓。一応この西涼の太守をしています。それでこの子が──」
「賈駆よ」
「へ?董卓に賈駆?」
(さっき呼び合ってた月とか詠ってのは名前じゃないのかな?それに董卓や賈駆ってまる
で三国志に登場する武将と同じじゃないか)
 しかし一刀が知っている董卓や賈駆は当然男である。
(コスプレ?なりきり?でもここも涼州って言ってたよな。確かそんな地名も三国志の中
で聞き覚えが……。だとしたらここは中国なのか?でも言葉、通じてるよなぁ)
「ちょっと、何黙ってるのよ?」
 いきなり考え込んだ一刀を胡散臭げに詠が睨む。
「え?ああ、ゴメン。ちょっと色々混乱してて……」
「で?アンタは何処から来たの?この街の人間じゃないわよね?」
「ああ、勿論。俺は東京の浅草出身だよ」
299 名前:董√ 1章 月宮詠歌 6/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:48:27 ID:FfKe+L030
「……それ、何処?月、知ってる?」
 月に水を向けると、ただふるふると首を横に振った。
「日本の東京だよ。ここが中国だとしても日本は知ってるだろ?」
「知らないわよ。大体中国って何?ここは涼州の西涼だって言ったでしょ」
「知らないって……それこそ本物の三国時代じゃあるまいし──」
 そこまで言って閃くものがあった。
(まさか……本当にそうなのか?)
 あり得ない事ではあるが、そう考えると辻褄が合うのも事実だった。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど……」
「何よ?」
「いや、そんな怖い顔で睨まなくても……。今ってもしかして漢王朝だったりする?」
「ハァ!?」
 あからさまにバカにした様な表情を向けられ、一刀は却ってホッとした。
「そ、そうだよな!そんなバカな事あるわけ──」
「何を当たり前のこと言ってるのよ、アンタ?」
「ない……って、へ?」
「だから、今が漢王朝だなんて当然でしょって言ってるの!」
「ええ────っ!?」
「きゃあっ!?」
「うひゃあぁっ!?──ってそれはもういいから!」
「あ、うん。いや、でも本当に?」
「嘘吐いてどうするのよ。高祖劉邦による漢王朝創立から数えて26代、光武帝による漢
朝再興からなら14代霊帝陛下の治世よ」
「……」
 詠の言葉に一刀が言葉を失くす。
「何を呆けてるのか知らないけど、こっちの質問にも答えてよね。アンタはその何とかっ
て邑からどうやって来たの?」
「ああ……いや、それがさっぱり。普通に自分の部屋で寝てたらいきなりこんな所に居て
目を開けたら君達がいた」
「何よ、それ。そんなんじゃさっぱり意味が──」
「あなたは流れ星に乗ってきたんです」
 不意に月が口を開いた。
303 名前:董√ 1章 月宮詠歌 7/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 19:55:14 ID:FfKe+L030
「月……?」
「詠ちゃんもさっき見たでしょ?地平線の先に流れ星が落ちて、そこが眩しく光ったの。
それで走ってきて見たら、あなたが居たんです」
 後半は一刀に向けての言葉だったが、にわかには信じがたい内容に、『本当か?』と詠
に目で訴える。
「何よ。月が嘘吐いてるとでも言いたい訳?本当よ。流れ星が落ちたのも、光の先にアン
タが寝てたのも」
「そっか……」
「あの、それであなたにお願いがあるんです」
「お願い?」
「あの、あの、私に力を貸して頂けませんか!?」
「……は?」
「ちょ、ちょっと、月!何を言い出すの!?」
「詠ちゃん、この間、街に出た時に占い師の人が言ってたって噂、憶えてる?」
「占い師の噂って言うと、管路が言ってた『流星が黒天を切り裂く時、天より御遣いが舞
い降りる。御遣いは天の智を以って世に太平をもたらすであろう』とか、そんな様な内容
だったっけ?それがどうした──って、まさかコイツが!?」
「状況は合ってると思う」
「いや、だって、天の御遣いがこんな──」
 詠が言葉を切り、一刀をジロジロ眺める。
「こんな変態の筈ある?」
「変態ってなんだよ!?」
「るっさいわね!さっきから月にベタベタ触るような奴、変態で充分よ!」
「詠ちゃん!」
「だ、だって、月〜」
「詠ちゃん、言ってたよね?この国の人たちを助けるために私に歩き出せって。私、今迄
はその勇気を出せなかったんだけど、さっき流れ星に祈ったの。勇気が欲しいって。そう
したらこの人が居た。だから私、この人が力を貸してくれるなら、勇気を出せるんじゃな
いかって思う。皆を救う事が出来るんじゃないかって、そう思うの」
「月……」
 月の真摯な眼差しに、詠はそれ以上何も言えなくなる。
「ですから御遣い様、どうか私に、私達にお力を貸して下さい!」
306 名前:董√ 1章 月宮詠歌 8/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 20:01:44 ID:FfKe+L030
「…………」
「…………」
「…………」
 暫しの沈黙が流れ、やがて──
「まず一つハッキリさせておきたい事がある」
 一刀がおもむろに口を開いた。
「俺は天の御遣いなんて大層なモンじゃない。ただの学生だしね」
「ほ、ほら月、やっぱりコイツは天の御遣いなんかじゃ──」
「でもこことは別の世界から来たってのは間違いないと思う」
「別の……世界……?」
「正確に言うと未来から、かな?それもおそらく1800年程のね」
「どう言う事?」
「そのままの意味さ。だから俺はこの世界の、これからの歴史もある程度知ってる。更に
言うなら俺は君達の名前も聞いたことがあるんだ。董卓仲穎に賈駆文和。三国志の有名な
武将達だからね」
 但し董卓が歴史に名を残す大逆人である事は伏せておいた。
 少なくとも目の前に居る少女が、そんな暴虐非道な人物には見えなかったからだ。
(ま、本当にこの子が董卓だとしたら、だけどな)
 そんな一刀の思惑も知らず、二人の少女は驚愕の表情を浮かべていた。
「ど、どうしてボク達の字を知ってるの!?」
「や、やっぱりあなたは……」
「や、だから天の御遣いなんかじゃないって。言ったろ?未来から来たって。だから俺は、
歴史の流れとしてその中に名を残している君達を知ってるってだけさ」
「け、けどそんな事言われても……そ、それを証明する事は出来る!?」
「証明って言われてもな……。あ、そうだ」
 言いながらゴソゴソとポケットを探る。
「あ、あった」
 取り出したのは携帯電話だった。
 画面を開くと案の定圏外の文字が表示されている。
「ま、ここが三国志の世界だってんなら当然だよな。けど写メなら──ほら、コレ見て」
「ひっ!な、何よそれ!?」
 携帯を向けると、明らかに怯えた表情を浮かべながらも、詠が月を背中に庇う。
308 名前:董√ 1章 月宮詠歌 9/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 20:05:56 ID:FfKe+L030
「別に君達に何かしようってワケじゃないって。ただこうすると、ね」
 ピローンと甲高い機械音が響いた。
「ちょちょちょちょっと!ななな何したのよ!?」
「だから何もしてないって。ほら、ここ見てよ、ここ」
 促されて二人が恐る恐る画面を覗き込む。
「あーっ!?ぼ、ボク達が居る!」
「す、凄い……。こんな小さな箱に……」
 驚きのあまり、二人の目が画面に釘付けとなる。
「どう?俺が未来から来たって事、信じてくれた?まあ、本来はこれって遠くの人間と話
をする為の機械なんだけど、この世界じゃ無理だからね」
「……五胡の妖術でもこんなの聞いたこと無いわ。未来とかはともかく、アンタが別の世
界から来たってのは認めてあげる」
「ちなみに今のは俺の世界じゃ誰でも出来る事で俺自身は全然特別な人間じゃないから。
それを踏まえてさっきの話だけど」
 その言葉に月がハッと顔を上げる。
「俺としてはこっちの世界でこの先どうするべきか。正直言ってさっぱり思い浮かばない。
元の世界に帰りたいとは思うけど、どうしたら良いのか見当もつかないしね。だから、君
たちさえ良ければ、少しの間だけでも世話になりたい。その代わりその間俺に出来る事が
あれば何でもする。尤もさっきも言ったように俺は只の学生で、特別な能力は何も無いか
ら、どれほど役に立てるかは分からないけどね。それでも学校の授業で習った事もあるし、
多少の知識は供出できると思う。お互いにギブアンドテイク……じゃ分からないか。つま
り互いの利益を対価交換しようって事」
 暫し見つめ合っていた月と詠だったが、やがてどちらとも無く肯いた。
「分かりました。私達はそれで構いません、御遣い様」
「その御遣い様ってのは止めてくれないかな?背筋がむず痒くなる。俺の事は一刀で良い
よ、董卓ちゃん」
 月が肯く。
「ではそう呼ばせて頂きます、一刀さん。私も改めて自己紹介しますね。姓は董、名は卓、
字は仲穎。そして真名は月と申します」
「ちょ、ちょっと、月!?コイツに真名まで預けるなんて本気!?」
「本気だよ、詠ちゃん。私達はこれから弱い人たちを助ける為に、一刀さんの力を借りて
起ち上がるんだよ。真名を預けるぐらい信頼しなくちゃ失礼だよ」
309 名前:董√ 1章 月宮詠歌 10/10[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 20:09:10 ID:FfKe+L030
「そ、それはそうかも知れないけど……うぅ〜」
「そう言えばさっきからそっちの子が月って呼んでたけど、それは一体……?あと真名っ
て何?」
「!」
 一刀が月の名を口にした途端、詠が呪い殺しそうな勢いで一刀を睨んだが、月に目で嗜
められて渋々引き下がる。
「真名というのは私達にとって命にも等しい大切な名です。自分の信頼する人や認めた人
にのみ呼ぶ事を許す名で、他人はたとえ知っていたとしても許しが無ければ呼んではいけ
ない、そういう名です」
「その大切な名を呼ぶ事を俺に許すと?」
 コクンと月が肯いた。
「分かった。なら謹んでその名を呼ばせてもらうよ、月」
「はい」
 その時の月の頬が微かに染まって見えたのは月明かりの所為だろうか。
 そして詠が諦めたように続けた。
「ハァ……。もう仕方ないなぁ。ボクは賈駆、字は文和。真名は詠よ」
「良いのか?」
「しょうがないでしょ。月が認めたんだから、臣下のボクが認めないわけにいかないわよ。
あーあ、まったくなんでこんな変態ちんこ男に……」
「ち……」
「もう、詠ちゃんったら……。あと私にとって詠ちゃんは臣下じゃなく、大切なお友達だ
と思ってるよ?」
「あーもう可愛いなぁ、月は!」
 月に抱きつく詠とちょっと恥ずかしそうに微笑む月の姿に、一刀は自然と顔が綻ぶのを
感じた。
「それじゃ──改めて宜しくな。月、詠」
 こうして新たな外史の突端は開かれたのだった。
313 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/02/16(月) 20:11:46 ID:FfKe+L030
今回は以上です
次回は2章蒼天巳死で
支援ありがとうございます

>>289
まとめサイトの恋姫辞書入れたら「とうか」で最初に変換されたのが安玖深音だった

 [戻る] [次頁→] [上へ]