[戻る] [←前頁] [次頁→] []

105 名前:蓮華[sage] 投稿日:2007/02/25(日) 21:39:27 ID:WDh+f3k20
「…口の悪い家臣だな」
二人で歩きながら、そうつぶやく。私たちは次第に市の喧騒に巻き込まれていく。
「そう?俺は気にならないけど」
家臣にあのように言われても、北郷は全く気を悪くしていない。
これがこの男の器の大きさの片鱗か。

……それにしても…。
ずいぶん、ずいぶんモテるのね…!
趙子龍の言った言葉がいくつも私の胸に突き刺さっていた。
愛人…寵愛…毎晩でも何度でも…あ、明日の晩…
いくつもの小さな傷が私の胸を苦しめる。苦しい、息が…。

「蓮華」
「!!」ビクッ!
「な、なに?」
「さっき、言ってたよな。今、こうして俺といるのは俺が無理矢理やらせてることだっ
て」
「ち、違う!あれは…!」
「やっぱりそうなのか?」「ち、ちが…」
「違うの?」
北郷が、私の顔を覗き込んでくる。
まるで子供が親の顔色を伺っているような少し脅えたような表情で…。
胸が…ドキドキする。
ああ、もう!すこし大人しくしろ!私の心臓!
「あれは違う…あの者にまるで見透かされているかの様に言われたから、思わず…」
は、恥ずかしい。本心を言わされるというのは、こんなに恥ずかしいことだっただろう
か。どうしてこの男は、私にこんな思いをさせるんだ…!
106 名前:蓮華[sage] 投稿日:2007/02/25(日) 21:40:28 ID:WDh+f3k20
「…いぢめてるのか」
「えっ?」
「北郷は、私のことをいぢめてるんだ!そうやって、わかりきった質問をして、私が答え
に窮するのを見て楽しんでるんだ!」
一気に言葉が奔流になって口から溢れ出した。
余勢を駆ってか、目からは熱い雫までこぼれそうになる。
「そ、そんなことないよ。悪かった、俺が悪かったよ。」
私の剣幕に驚いたか、北郷はオロオロと私の周りを行ったり来たりする。
…怖いのだ。本当は、私は北郷にからかわれてるんじゃないだろうかと思うと、怖いのだ…。
「…すまない…悪かったのは私だ…。先程、趙子龍にあれこれ言われて思わずカッとなったのがいけ
なかったんだ…」
「…蓮華…」
「本心を覗かれたような気がして、思わず思ってもない事を口走ってしまった。嘘で身を
守ろうとしてしまったのだ…。傷付けたのならすまない、北郷」
「蓮華…。」
しばし、私達の間に沈黙が流れた。
市の喧騒も耳に入らないほどに。
「…そっかぁ。じゃ、蓮華は俺と市に来るのは嫌じゃなかったって思ってもいいんだね」

…コクン。
ああもう、限界だ。
胸はドキドキするし手は震える。口の中が乾いて言葉も出ない。
「良かった!じゃあ、せっかく来たんだし、楽しもうよ!」
北郷の顔がパアッと明るくなる。
108 名前:蓮華[sage] 投稿日:2007/02/25(日) 22:51:15 ID:WDh+f3k20
そんな北郷の様子を見て、私の心臓はまた大きく高鳴る。
いったい、今日一日で何度こんな思いをしただろうか…。
たった一日で何年分の寿命を費やしたかわからない。
「あのお菓子屋に行こう!」
いきなり北郷が私の手を握ってグイグイ引っ張りだす。
「ま、待って!もう、子供じゃないんだから!」
「いいからいいから!あの店のお菓子、うまいんだぜ!」
私はまるで引きずられるようにして、北郷と一緒にお菓子屋さんに入っていった。
「姐さん、頼んでたやつ出来てる?」
いいながら、北郷は私の手を放す。
放さなくていいのに…。
「ああ、太守様。ええ、出来てますよ」
そう言ってお菓子の女性が店の奥からうやうやしく持ってきたのは…
「木箱?」
ひとかかえもある、しっかりとした作りの木箱だった
110 名前:蓮華[sage] 投稿日:2007/02/25(日) 22:51:46 ID:WDh+f3k20
「太守様ったら来るのが遅いんだもん、もうすぐ氷がなくなるところだよ」
「??」
「悪い悪い、政務に手間取っちゃってね。開けていい?」
「もちろん。太守様のご注文の品なんだからさ」
「ありがと」
何が出てくるのだろう。木箱に氷とくれば何かを冷やしているんだろうが、冷やす菓子な
ぞそうあるものでは…。
「おぉー。見事だよ、姐さん!」
大きな木箱の中身は、ほとんどが空洞。真ん中あたりに申し訳程度に残った氷とどもにお
皿に乗った…
「なに?これ…」
肌色、だろうか。薄い褐色をした、握り拳くらいの大きさのゴツゴツしたものが、5個…
「シュークリームって言うんだ」
「しゅうくりぃむ??」
「俺がもといた世界のお菓子さ。この世界には冷蔵庫がないからね、こうやって冷やすし
かなかったんだ」
「れいぞうこ??」
「ああ、いやこっちの話。」
「??」
「うまいんだぜ。俺の記憶を頼りに、ここの姐さんに作ってもらったんだ。今日第一号が
出来上がるって聞いてたから、蓮華に食べてもらいたくて…」
「そ、そうなんだ…」
どれだけの手間をかけたというのだろう!
この氷、恐らく北の山から切り出してきたものだろう。
溶けることを考慮に入れれば、もともとの大きさはどれほどのものだろうか…。
そうやって作らせたものを、最初に私に…?

 [戻る] [←前頁] [次頁→] [上へ]