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849 名前:アンニュイ。或は北郷一刀の同様。その4[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 02:34:16 ID:lYQkPdpX0
 一刀は憂いを含んだ表情で夜道を闊歩する。今の彼には、夜は希望を吸い取る悪夢の闇にしか感じない。
 ――何かある。そう断定に近い形で彼はそう考えていた。あの凛々しい少女が、あの鉄の将軍が、全然軟らかい部分を隠せてはいなかったのだ。
 思えばこの世界に来て、いや学校に入学した辺りから違和感がよく見れば付き纏っていた。例えばクラスで他の女子と話している時。例えば街中を歩いている時。例えば授業中もだ。
愛紗はしばらくは戸惑いの様な表情を浮かべるだけだったが、暫らく経つと呆れている様な、怒っている様な、そんな表情も浮かべる様になった。あれはこの世界に馴れて来て、秘めていた色々な愛紗が表れただけかと彼は考えていた。
だが、今となってはそれは見逃してはいけなかった兆候であったのかと思い始めている。
 楽観的に考えていた。突如として異世界に引っ張り込まてから二ヶ月程。この世界の価値観が身に付き始め、イレギュラーがレギュラーとして認識され出す時期に、そんな目に見える程の変化をポジティブに考えるなんて、何と言う愚考だろうか……!
 ギリギリギリと不快な、何かを噛み合せる様な音が何処から鳴っているのか。探すと直ぐに見つかった。音はすぐ近くで、自身の歯軋りの音に他ならなかった。
「お、一刀。この様な時間にどうされたのだ」
 暗澹とし始めていた思考に停止を命じ、声のした方に顔を向ける。
 最早この浮世には星は少なく、あの世界と変わらないのは月だけで――いや、滅んだかに見えた遥かな星は、あの時の様な月と共に残っていた。月を背に、月と共に輝いてる少女、趙雲。真名、星。その人であった。
 一瞬の幻想、世界と星対話する。世界は星を崇めるかの様にイントネーションを荒げている様に感じた。その美しさに一刀は全ての思考が吹き飛んだが、直ぐに立ち直った。
「……いや、ちょっとな。星こそ一体こんな時間にどうしたんだよ」
「少しばかりネットカフェに行っておりまして」
 一刀は彼女が何を言ったのかが解らなかった。如何にも少し前まで、機械とは無縁の生活を送って槍を振るっていた少女とインターネットカフェは、余りに不思議な組み合わせだと思ったのだ。
「この辺りは良質なメンマが置いてないものですからな。なら宅配で良いメンマを頼もうかと思いついた次第でしてな」
850 名前:アンニュイ。或は北郷一刀の動揺。その5[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 02:38:29 ID:lYQkPdpX0
 彼女は呆けた一刀を気にする事もなく続ける。
 しかし、そこまで聞くとシナチクが潤滑油になり、彼の中で漸く全てが繋がった。彼女は好物の為ならば、如何なる事すらやってのけるに違いない。
「で、一刀。――何が、あったのですかな」
 断定する様な口調だった。言葉こそ疑問系だが、その語尾は決して上がっていない。完全に見透かされていると一刀は感じた。しかし、それ以上追求はしてこない。
 唯、明晰な瞳でジッと見つめるだけだ。奇しくも彼が愛紗に行なった事とまったく同じ事である。彼自身思っていなかった。
 良い事であれ、悪い事であれ、隠すべきがある時に、沈黙で自発を促されると言う事がこれ程焦る事だなんて思いもよらなかったのだ。それが、愛しい人の視線ならば尚更に。
 二人はそのまま一分程たっぷり見詰め合った後、星が折れたかの様にため息を吐いた。それとは別のニュアンスを含んだ息も、一刀から漏れる。どうやらこれ以上の追求は無さそうだ。
「愛紗の事ですか。私も気に掛けてはいたのですが」
 一刀は顔を強張らせた。その安堵はほんの一瞬だけの事だった。どうやら彼女の問い掛けの意味は単なる確認に過ぎなかった様である。
「……何だ気付いてたのか」
 ならば別段隠す必要もないだろう。寧ろある意味では救われた。如何にも自分一人では解決の糸口が見つからない予感がしたのだ。
 憂いた顔を少しだけ和らげて、一刀は星の返答を待つ。
「ええ。愛紗の様子が浅からず妙なのは気付いておりました。馴れない環境で神経質になっているのかと思っておったのですが、如何にも最近の様子を見ていると違っている様に感じてきてましてな。
 近々話しに行こうと思っておりましたが――一刀の様子を見た所、悪い結果の様で」
 最悪だったと言っていい。凛々しき少女があの様子なのだ。生半可なことではあるまい。
「ああ、本人は何も無いって言ってたけど、嘘だと思う。あの愛紗がさ、女の子の部分を全然隠せてなかったんだ。愛紗は普段、無理矢理女の子を隠して、人間として只管に強く有ろうとしてる様な人間だと思う。
 そして、その生き方に誇りを持ってた。でも、あれは違う。隠そうとしてるけど、隠してない。強くあろうとしているけれど、萎えてる。あれじゃまるで――」
 軽い鬱状態みたいだ――その言葉は間違っていると信じて……飲み込んだ。
851 名前:アンニュイ。或は北郷一刀の動揺。その6[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 02:42:37 ID:lYQkPdpX0
「ふむ、もしかすると……。愛紗が最近笑っている所を見た事がありますかな。何時もの笑いではありませぬ。目までキッチリと綻ばせた笑いを」
 一刀には星の問い掛けが酷く頓珍漢な物に思えた。そんなの何時も見ているじゃないかと笑い飛ばそうと思った。
「そんなの何時も――」
 ……ない、最近まったく見ていない。
 その事実に気付き一刀は愕然となった。そういえばそうだ。怒った顔や呆けた顔は見る回数が増えたが、この半月程はまったく彼女の笑顔を見てないことに漸く、しかも星に言われて初めて気付いた。
一刀の記憶の中にある愛紗の笑顔。それは未だに制服を着てる物が殆どと言っていい程に無い。
 そんな事さえ、と自らの愚鈍さに、一刀はいよいよ自傷行為の一つでもしてやりたくなってきた。
「これは私なりの推測なのですが、少し長くなりますがよろしいですかな?」
 一刀は小さく頷く。それを見て星は一つ咳払いをし、月を眺める様に空を仰いだ。
「愛紗には自らを熱くする物が無いのかもしれませぬ。愛紗は自らを強く律してきた。だから遊び心と言う物を知らない。何か打ち込む物がないと人は容易く軟弱に成ってしまう物です。
しかし、あの時代には全てを生き抜く事に注ぎ込まなければ生きていけませんでしたし、愛紗には平和を成す大義が有りました故、その様な事もなかったのでしょう。
ですが、この時代、この国は違います。朱里や賈駆の様な奸智を巡らす人間は兎も角、正直言って鈴々や翠と言った実働する人間は、それも実直であればあるほどに重要性は下がる。
卑劣をにこやかに許容し、八方美人で居れる人間。そんな人間が重要視されている様に見えまする。愛紗も薄々そんな世の中に気付いていたのかもしれませぬ。
いや、そこの部分だけしか見えず、良いものを見ぬままに絶望してしまった。そうなってしまえばどんな良いものも無駄です。
そうですな、ラーメンで例えるなら、今の愛紗は冷めたラーメンと言った所でしょうな。所詮、推測ですが」
「――」
854 名前:アンニュイ。或は北郷一刀の動揺。その7[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 10:00:13 ID:lYQkPdpX0
 今の星の比喩表現は言い得て妙だろう。ラーメンとは熱々が身上の物だ。温くては美味しくないし、いっそ冷やした所で不味くなるだけである。何故不味くなるのか?
それは冷めるとスープの味がガタ落ちになってしまうからである。そして不味いスープが絡んだ他の食材も、著しく味が落ちるのは当然だ。
 ラーメンをこの世界に例えるなら、器は地球、具は物。そして、スープは愛紗である。器は事が大きすぎるのでどうでもよいが、問題はスープと具である。スープが冷めてしまうと、どんな物を入れても不味くなってしまうというのは前述の通りだ。
今の冷めた状態の愛紗が情報や、物を自身に取り入れるとどうなるかは、もうお分かりだろう。どんな流行も、どんな物も、あっさりと愛紗の中では冷やされ、不快な物になってしまう。まるで、曇った硝子から景色を見ているような物だ。
曇っているから良く見えないし、良く見えないから本質とてわからない。本質がわからないから面白くないのだ。むしろ他の人間が楽しんでいる分、不愉快といってもいいかも知れない。
 そうなるとどうにもやる気が沸かなくなるのは当然だろう。塞ぎこみがちになって当然だろう。理不尽に憤るのは当然だろう。
「俺は――何故!」
 一刀は顔を手で覆い、掻き毟る様に爪を肌にめり込ませた。その白くなった爪こそが、彼の自分に対する憤慨の度合いを表していた。
 星の表情は何時もの飄々とした顔ではなく、流石に心配そうである。
「一刀、自分を責めなさるな。彼方には気付き様がなかった事。彼方はこの世界でも、元の世界でも楽しんでおられたのだろう? なら、一度でもそうなった経験を持つものが先に気付くのは通り」
「星、お前も」
「それは勿論。今まで忠を尽くしてきた国が、大昔に滅んだ国等と書かれた書物を見てしまえば、誰だってそうなりましょう? それより――」
 星は一刀の背中を強く叩いた。その衝撃で一刀の体は3メートル程飛び跳ねる事になった。きっと服を脱げば背中に綺麗な紅葉があるに違いない。その余りの衝撃に一刀は咳き込みながらも、星に向き直った。
その顔はさっきまでの険しい表情ではなく、普通を通り越して、力の入った漢の表情している。
856 名前:アンニュイ。或は北郷一刀の動揺。その8[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 10:03:52 ID:lYQkPdpX0
 星の言った通りだと彼は思った。ここで自身が絶望し嘆くよりやるべき事がある。こんなきつい気合を貰ったのだ。ここまでアドバイスを貰ったのだ。男として立ち直らない訳にはいくまい。
 その顔を見てか、星は笑う。
「それより、愛紗の所に行かないとな」
 そう言うと一刀は女子寮の方向へ身を翻す。
「そうだ。私の仕えた主は、危急の時にはそんな顔をしていた。それより主。私の言う事を鵜呑みにしすぎではありませぬか? 私は推測だと――」
「俺は星を信じるよ」
 言葉を遮って、一刀はそう言った。星は驚いた様に目を大きくし、そして顔を紅潮させそっぽ向く。
 それ見た一刀は笑いながら、女子寮へと歩き始めた。
「主、彼方は愛紗に、いやさ我々にとっての焼け石だ。彼方は遠くから熱の恩恵を受けるだけでも十分暖かい。だが、愛紗には思いっきり近づきなされ。
暖める程度じょ許されるな。この程度で諦める軟弱等、ぐつぐつに煮たたせ火傷させてしまえばいい。――愛紗の事、頼みましたぞ」
 彼女の言ってる意味はよく理解できなかったが、何か大切なヒントを貰ったと言う事だけは解る。ここまでしてもらったのだ。最早情けなさは満点だろう。
しかし、なけなしの勇気と、莫大なやる気の証として、最高の笑顔だけでも置いていくつもりだった。
「ああ、任された。ありがとうな。あ、俺の事を主って呼ぶのはやめてくれな」
 そう言うと、彼は彼女に向けて最高の、心を奮い立たせる様な笑いを星に向けた。しかし、その会心の笑みの成果を確かめる事無い。その渾身すらも、彼にとっては夜道を走り出す為に合図にしか過ぎないのだ。
 疾走する夜道は暗い。まるで全ての希望を吸い取るかの様に邪悪だ。しかし、夜空を仰げば神々しく輝く月がある。その月明かりの前には、その邪悪すら美しく感じるべき物と成るのだ。
 世界は、こんなにも美しい。
「それを、意地でも教えてやるからな、愛紗!」
 少年は疾走する。息を切らせ、心臓が限界を告げても。
 少年は疾走する。自分には如何にも出来ないという絶望が過ぎろうとも。
 少年は疾走する。世界を諦め、塞ぎこむ少女に笑顔の花を咲かせる為、愛すべき少女の下へ――!
857 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/02/19(月) 10:10:04 ID:lYQkPdpX0
最初にタイトル間違えた上に、外に出る前にと
急いで連投して規制食らう俺バカス。
もっと考えて書き込まないと痛い目に遭うなorz

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