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229 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2007/02/27(火) 16:10:25 ID:dW0PvCIr0
うpしてみた。
とりあえず、装飾で滑ってるって所は出来るだけ直したつもり。代わりにちょっと変かもしれんが。
テキストだから改行はそのままゴリゴリ。
IEで開いたら偉い観難い事になったから、ダウンロードして折り返し昨日にチェック入れたメモ帳なら見やすいと思う。


「アンニュイ。或は――」


 一刀は心臓が破裂しそうだった。それは先程の疾走により体が酸素を必要としている所為だけではないだろう。寮内を一歩歩く度に、胸骨を圧し折って心臓が飛び出して来てしまいそうだ。彼が今苛まれている病は緊張と恐怖である。
 だが、そんな圧倒的な緊張の前に、彼は怯んでいる訳にはなかった。星の名を持つ少女に彼女を任されてしまったし、彼女を救えないと言う圧倒的な恐怖の方が、彼には重いのだ。
 星は言った。彼方が気付かなくてもしょうがない、と。
 しかし彼はそれは違うと考えている。何故なら、一番最初にそれらに対処できる状況にあったのは彼であったからだ。星や他の人達も行き成りにこの世界に引き込まれて、かなり参っていた筈だ。確かに彼も他の外史に飛ばされた時はかなり混乱していたが、最初から厚遇であったし、一刀の知識は未来の物でかなりの互換性を持っていた。
 しかし彼女等はどうだろう? この世界は危なくはないが優しくない。いや、パズルのずれを許さないと言った方が正しいか。戸籍が無ければ働けないし学べない。今の文明は、戸籍が無いと言う事は、存在していない事と同義である。それに外国人ともなれば、日本人より厚遇なのはありえない。日本はかなり人道的には上位の国ではあるが、それでも必要最低限の区別は無くなりはしない。
 その色々な外的から身を守るのは熾烈を極めた。しかし、本来なら決して助かる事等有り得ない事も多々あった。それでも今こんな状態になったのは彼自身が望んだ世界だからか――。
 しかし、幾ら彼の影響力があっても、聞いた限りでは全ては解決していない。星、そして今は愛紗が苦しんでる――苦しんでいてほしい。それすら最早感じていないなんて思いたくは無かった――のだ。
 前述の通り、彼女らの生活はかなり大儀な物だった。だから本来、一番最初に悟るべきは彼でなければいけなかったのだ。確かに、彼はこの世界唯一のレギュラーの資格を持つ者としてかなりの気苦労を背負った。しかし、存在自体を否定されているに等しい彼女等に比べれば、それは微々たる物であった事だろう。
 だが、それでも彼女等――一刀は星と言う一例しか知らないが――は強かった。自らを脅かされながらも、常に周囲に気を配り、遂には愛紗の異状にまで彼より早く気付いたのだ。
 無様すぎる。あの全員の中で誰よりも余裕がありながらも、誰よりも愚鈍であったのだ。元の世界に似た所に戻り、安心したのか。それとも浮かれていたのか。どうだろうと碌でもない。
 だが、これ以上は出来ない。これ以上の無様を晒すとは冗談ではなかった。失敗での醜態なら仕方ない、次がある。力不足での挫折なら仕方ない。自らを練り上げ、そこに届くまで高みを目指し続ければよい。だが、この油断は余りに酷くて、どうにも見る事すら躊躇われる程だ。この事を考え直すだけで、自分と言う存在が、一刀は恥ずかしく思えてくる。
 愛紗の進退は愛紗自身の物である。他の誰でも、ましてや自らのドジでそれを歪ませる訳にはいかない。
 そこでふと彼は気付く。そしてやはり自分は賢くないらしい、と。
 誰に見せる訳でもないのに苦笑いした。星が先程言った言葉に同意したばかりだった。
 ――それより、である。
 後悔と言う言葉は、つくづくその通りだと一刀は思う。先に立たないと言う事もそうだ。そして、後で悔やむと言うことは、いつ悔やんでも同じでも良いと言う事でもある。
 クッと口を歪める。それは強気な笑いなんて大層ならしい物ではなく、唯の自嘲にも似た強がりでしかない。
 だが、それでも彼は誇るべきだ。ここまでその笑い無しで、そしてここから不器用な笑いだけで不安や後悔を押さえ付けられる人間など、そう多くはないのだから。
 それからの彼は只管に彼女の部屋へと進行する。最前に立つ突撃兵の様に、崇める何かを救う為に進軍する尖兵のように。既に就寝時間を過ぎた薄暗い寮の廊下で、彼は完全に独歩していた。
 ……そして遂に扉は目の前に、そして救うべき少女はこの壁の向こうで蜘蛛の糸を待っている――そう、信じたい。はぁ、と彼は一つ深呼吸をした。元より心は愚図ってなどいない。そんな領域では最早ない。これはただの、幾多の人が大事をする前にしているから、と言う験を担いだに過ぎない。これは成功を祈っての事ではない。ただ、執り行うと言う覚悟の表れなのだ。験に何ぞに、安否まで任せてたまるものか。
 ノックを三度、出来るだけ小さく叩く。僅かな力でも、鳴った音は確かに鋼鉄を響かせ、そしてそれは壁の向こうにいる少女へ届いている筈だ。
 数秒の経った頃にカキリ、と鍵が外される様な音が鳴った。大分磨耗している様だった。あのしっかりした少女が、この夜更けに訪ねてくる人間が何者であるか尋ねる事を忘れてしまっていた。
 扉は開かれた。その先に居た愛紗は寝巻き姿であった。既に髪留めも解かれており、目も少し腫れぼったい。少し遅ければ寝てしまっていたかもしれない。一刀は内心では冷や冷やしていた。
 「は、ふぇ? ご、ごしゅ――」
 と、愛紗が不意に、しかも誰もいないよく響く廊下に出た状態で禁句を言いかけたので、咄嗟に口を手で塞ぐ。既に月は天高く、外出を禁止されている様な時間帯だ。教師の見回りとて当たり前だがある。それに他に彼の様な真似をしている生徒が居ないとも限らないのだ。その生徒は興味から間違いなく此方を確認しに来るだろう。教師に見つかろうと、生徒に見つかろうと、その後は非常によろしくない事になるのは明白であった。
 彼女は、一刀の突然の行動に目を見開き慌てたが、一刀は口にもう一方の手で、指を立て、口の前に持ってくる。黙れ、と言う合図に他ならなかった。それに愛紗は不思議そうに瞳を揺らしたが、今の時と場所と場合に気付いたのか、こくりと頷いた。
 一刀は愛紗の口を抑えたままに、強引に彼女と共に部屋の中に入る。彼女は相当堅い人間だ。一刀相手にはそれはかなり緩和されるものの、それでも元が元なので、やはり堅い。訪ねた時間が時間だ。部屋に入る前に追い払われる危険性もあったが、強引な手でそれは回避できた。
 入るやいなや、一刀は扉を急いで閉め、ご丁寧に鍵までかっちりと掛ける。その行動に不吉なものを感じた愛紗は、怪訝そうな表情で一刀を睨み付けた。いや、怪訝そうな表情と言うのは、見る限りの事であり、彼女には解っているのだろう。――とりあえず、では済まさない為に来たのだと。
 愛紗の睨みにも物怖じ一つせずに、一刀は無言のままにカーペットの上にドスンと座る。そして愛紗の方をじっと見つめた。それは普通でありながら、何よりの睥睨であり、そして無言ではあるが雄弁さがあった。愛紗はその言葉をきっちりと受け取り、静々と対面する位置に座る。一刀は普通その物であるが、愛紗は既に苛立ちの様な表情と共に、気の弱い人なら卒倒しかねない緊張感を放っている。どれ程の衝撃で爆発するのか。だが、それ程の衝撃を必要としないのは、小学生でもわかるだろう。
「愛紗。少し前の質問変えるよ。“どうしたんだ?”」
「……」
 その一刀の短い言葉で愛紗は言葉に詰まった様に口を開閉する。
 前と似たような言葉ではあるが、その中に詰まった意味は、彼女の心に、矢を射る力を持っている筈の言葉の筈だ。星の推測が正しければの話ではあるが。
 ……愛紗は何も喋らない。否、喋れないのか。相対していながら、彼女はこちらを見てない。見ているようで、僅かに目と目を交す事を避けている。まるで自らの膿を隠している様だ。
 一刀は思考する。彼女が黙した、と言うことは、星の推測は十中八九当たっていると考えて良いだろう。これが、多少なりとも嘘を付ける人間ならば、これが本命だと思わせる為の沈黙、と言う事もあるやもしれない。しかし、彼女は嘘が苦手なのだ。猪突猛進、なのではない。柔軟性はある。知力もある。行動力は、並みの人間と比較する事すら失礼だ。ただ、その全てのベクトルは、基本的に正の向かうのだ。
 だから、後ろめたい事や隠し事があると、直ぐに顔、そして態度に出てしまう。嘘に慣れていないから。
 一刀はそっと愛紗の手を握る。ビクリ、と彼女の手が、そして目が震えた。いや、それどころではない。体全身を震わして、一刀の言葉――そして彼女にとっての傷の切開――を待っている。その瞳に宿っている感情は、戦場に立っていた自分に多々宿っていたであろうモノ。……即ち、恐怖である。
 どんな物でも、いつかは変わり行く。永遠など無い。それは彼にも当然、そしてこの世の誰もが、生まれたその日から、肌身で直感し、日々感じている。
 しかし、これは彼の招いた事態だ。変わるなら、もっと違う変わり方もあった筈だ。
 人を恐れる心はどんな人間にだってある。しかし、普通、それはおくびにも出さない。
 彼は言い聞かせる。肝に銘じる。彼女が今、人の力を恐れているのは、今彼女が言葉に震える結果は、自らが招いた愚鈍の所為と知れ――と。
「わからない。私が、わからない……!」
 一刀は口を開こうとしたが、刹那の差で彼女が先に口を開いた。
 他の人に切られるより、自分でやってしまった方が、えてして楽なものだ。
「わからないのですよ、ご主人様。自身が、今何処の歯車にいるのか。何かに備えている訳でもなく、何かを目指している訳でもなく、かと言って、只管自らを高めている訳でもない。何も、何もしてない。私は、私は――一体何の為に存在しているのですか……!」
「――」
「ここに居る人達もわからない! 何故、何故こんな空虚で、欺瞞で、そんな中で過ごしていても、それを異常とも思っていなくて……。あの人たちも大半は何を成そうともしていない。それなのに、自分が何者かもわからないのに、どうしてそんなに笑って生きていけるのか!」
 愛紗の言葉は、滅裂気味で、無様で、ヒステリックで……。だからこそ一刀の心を射抜く。
 不意に自分だけが握っていた筈の手が、ギュッと強い力で握り返したきた。それは彼女の持て余している感情そのものの様で、救いを求める迷子の様で……。
 握り合う手は、まるで万力の様で、一刀の手は既に握り潰されんばかりだ。だが、苦痛な筈のそれが、一刀にとっては今は救いだった。
 ――痛みが自分を責めてくれている。
 ――その苦痛を少しでも分けて欲しい。
 そんな意味のない自傷行為である。その償いは、言わなければ伝わらないし、そんな行為は相手にとって何の救いにもならないだろう。
 黄巾党との戦いの時は彼はそうだった。前線に立ち、人々の死を目に収め、心中で嘆いた。だが、それらは何の意味を持たない。無論、周りにとっては、である。
 優れた将なら決して前には立つまい。将兵の死は組織の崩壊を意味する。窮地に追い込まれ、どうしても前に立たねばならぬ時もあるだろうが、それはもう終わり。最後のけじめの様なものだ。
 しかし、それを説かれたとしても尚、彼は前線に立つだろう。そんな非情を耐えれる人間ではないのだ。
 数々の武将が彼の元に集ったのは、その清き心が引き寄せたのだろう。だが、その正しき心は、視点を変えればとてつもない弱さで、現代の人間としては、酷く……青臭い。
 確かに彼は人の上に立つ者だ。いや、立たなければ有象無象に中に居る人の良い凡俗でしか在りえないのだ。一度上に立てば、正しき評価で、組織ではなく、人々を運営する事だろう。
 しかし、今必要なのは個人としての能力だった。彼は決して察しは悪くない。だが、頭の回転はそこまで速くなかった。
 掛ける言葉が、見つからなかった。
 星の説明が的中していたとしても、一刀にとってはそれは未体験の領域である。書物で読んだとて、自身が味わっていなければ、その心中を察するには苦しすぎる。
 何を言うとしてももう少し言葉を貰わないといけないのだが、愛紗の状態は、既に一刀の出現によってかなり悪い。後に回せば大変な事になっていただろうが、今何かをやらなければ、結果が良い方向には向かわないだろう。一刀は只管に歯痒ゆかった。
「わからない……。誰か、教えて……。誰か、誰かこの世界の理を、誰か私に手を――!」
 愛紗の心の吐露が吐き出される度に、握る力は未だに上がってく。
 ぽろぽろと出てくる断裂した言葉の羅列に、意味を見出した一刀は小さく笑った。
 星が、思いっきり近づけと言った事、そして自分がこの世界の美しさを教えてやるといった事。
 その通りだった。愛紗に対する答えは、ここに来る前に、星と自分がとっくの昔に出していたと言うのに。
 握り合う手を、ぐっと引く。それであっさり愛紗は態勢を崩した。軽い音を立てて一刀に寄り掛かる。握り合った手が邪魔で、酷く不出来な抱擁、いや接触であった。一刀はもう片一方の手で愛紗を自らに押し付け様とするが、それが拙さを更に助長させている。
 愛紗は、一刀の不意の行動に、呆けた様な表情で嘆きを止める。しかし、言葉の代わりか、一刀の同じ様に腰に回された手は、刻み付けるかの様に学生服に皺を付けている。
 ……暫しの間。その沈黙は一刀にとっては何ら苦しい事ではなくて、寧ろ、奇妙な――錯覚だろうが――一体感が、幸福を与えていた。そして、愛紗もそうであって欲しいと願う。
「愛紗、手を、差し伸べて欲しいって言ったよな」
「え?」
「俺はね、愛紗。自分を呪ってた。聡い人と、自分の鈍さを比べてさ。でも、愛紗も大概だな。救ってくれる仲間達は、差し伸べてくれる手は、何時も近くにあった。そして、今はそれを握ってすらいる。なのになんで言わないんだ? ――助けて。そう言うだけでよかった。それだけで、仲間を救う為に、仁の心を働かせない奴なんて、俺達の中には一人だっていないだろ?」
「……あ」
 今更な事に気付いたかの様に愛紗は声を上げた。それが一刀の出した答え。そして、あの外史の中でもっとも彼が活用した事であった。、能力が足りなければ誰かに割り振ればいい。自らで不可能ならば、助けを呼べばいい。そんな、当たり前の事を余りに効率良くこなした非常に彼らしい言葉であった。
「確かに愛紗は歴戦の武将だった。でも、今は違う。見栄は必要ない。意地も面子も無意味なんだ。ここは、自分一人でのし上がれる世界じゃない。一騎当千なんて言葉はここには既にないんだ。だから」
 一刀は繋いだ手を、渾身の力で握り締める。
「――俺の手を、頼ってみないか?」
「たよ、る。たよる――」
 愛紗は、初めて覚えた単語を喋るかの様に、カタコト気味に何度も、何度もその一言を繰り返す。
 それが十を数えた頃だろうか。彼女は一刀から手を離し、片方だけであった不出来な抱擁を、完全とした。自然と、手が邪魔で肩に顔を乗せる形に成っていたのが、愛紗が一刀の胸に顔を押し付ける様になっている。愛紗の両腕は、一刀に彼女の震えを伝えてきていた。
 徐に彼女は顔を上げる。……その瞳に涙を一杯に溜めて。
 表面張力によって守られている水は、少し揺らせば強かに零れる雫に成り変るに違いない。
 ――綺麗だ。
 彼に許されたのは、そんな陳腐な言葉だけだった。
「一刀、さん」
 完全に愛紗の泣き顔に飲み込まれていた一刀は、その一言でずれていたピントが再び戻る。
「頼ります。だから、助けてくれますか?」
「うん、なんだ」
「どうか、このまま、抱きしめて……!」
 その言葉で限界だったのだろう。後半は既に掠れていて、言葉が終わるや否や、小さく嗚咽を漏らし始めた。一刀は、何時もより小さく見える彼女の頭を、片方の手で撫ぜる。その泣き声も、震える肩も、怒る姿、呆れる姿、全てをいとおしいと思う。
 ちらり、と時計を見る。既に明日の秒読みが始まる所であった。今日は、彼女を愛しみながら眠るのも悪くない、とそう思った。
 数分後、一刀は泣き止んだ彼女の耳元にそっと口を寄せ、小さく呟く。
 彼女はそれに驚きながらも、直ぐに赤面し、俯く様にこくりと頷いた。それを嬉しそうに一刀は見ると、彼女をお姫様抱っこの要領で持ち上げ、ベッドに向かった。


      ◆


「オマケ。或は事後談」


 時刻は朝の七時。ベタに鶏がコケコッコーと、一度近くで聞けば絶対に言わない擬音が鳴り響く訳でもなく、別にどうと言う事はない、朝の日差しが降り注ぐ普通の朝である。
 だが、彼女等にとっては決して普通通りの朝と言う事ではないらしい。今この広くない寮の廊下に、蜀軍武将メンバー+筋肉――星はいない――揃っていた。現代の武装した小隊程度なら、正面から壊滅させかねない――長物で、と言う所が異常である――戦力を、その身に宿している彼女等は、それを徒に振るう事はなく、唯普通に廊下を歩いているだけだ。何時もより聊か表情が沈んでいる気がしないでもないが。
 その暗い表情の一端を担っている少女、翠が、この無言を嫌う様に口を開いた。
「なんだ、みんなも気付いてたのか」
 それにつられる様に皆も口を開き始める。
「うん、愛紗……何だか元気なかったのだ」
「そうね、何か迷ってると言うか、快活さがなかったわ」
「はい、愛紗さん、普通に何時も通りに振舞おうとはしていらしたのですが……」
「私は余り会える立場じゃないからよくわからないけどねぇ」
 何だ、と翠は思う。皆分かっている部分は同じ所までなのだ。もしかすると、誰かが愛紗の悩みの訳を知っているのかと彼女は期待していたのだ。例え他人の悩みでも、悩んでいる訳を知ると多少は安心できるものだ。
 皆、感づき方こそ違うものの、至ったものは同じであったと言う事だ。
 翠と鈴々は、超人的な皮膚感覚とも呼べる物から。
 朱里は頭の回転で見抜き、紫苑、そして星は、卓越した観察眼からである。
 「とりあえず、皆で愛紗の――」
 鈴々が訳も分からぬままに、愛紗の部屋に向かおうと、言葉を言い切ろうとした時であった。
 「おや、お主達、こんな朝早くにどうしたのだ?」
 「星!」
 鈴々の言葉は、一人の落ち着いた声の持ち主によって遮られた。
 翠は、先程まで幾ら探しても見つからなかった人物がふらりと目の前に現れたことに驚いた。
 星は、翠の声と、その表情に怪訝そうな表情をする。
 その横で、皆が、おはよう、等と口々に挨拶をしているが、それはまぁ置いておこう。
「……いや、な。この所愛紗の奴が元気なかっただろ? だから様子を見に行こうって事になってな」
 星はその言葉に考え込む様に翠から目を逸らした。
「おかしいな……。昨日、一刀が愛紗の元へ行った筈なのだが――そういえば、一刀が居ないな。どうした?」
 皆は、一斉に星を見る。その目は、明らかに正気な物ではなくて、星は気圧される様にあとじさる。いや、と言うよりは他人の振りをしたいだけなのかもしれないが。
 朱里が、その妙な目のままに、小さな口を開いた。
「ご主人様は、恐らく昨日愛紗さんの部屋に行ったまま――帰ってません」
「行こうか、皆」
 翠がそう一言だけ言うと、星と紫苑を除く全員が頷いた。頷かなかった二人は、平等愛してさえくれれば、まぁ、いいじゃないか。そう思っているし、今回に関しては事が事だ。
「近づけとは言いましたが、一刀よ。中に入れとまではいっておりませんぞ」
 星の呟きは誰にも聞こえる事はなかった。
 ――その後の事は凄惨の一言に尽きるだろう。一例を言えば、皆が取り決めを忘れ、ご主人様と廊下で、起床の遅い生徒の目覚まし代わりに大声で連呼した事だろう。
 無論、その中には貂蝉もしっかり含まれていたため――面白半分だろう――一刀はその評価を大きく落とす事になる。
 
 
      ◆
 
 
 「後日談。或はたれ愛紗プレリュード」
 
 
 俺は愛紗の部屋の戸をノックした。愛紗に世の中の、新しい楽しさを教える一環をとして、抱えているダンボールの中にゲーム機を入れてきているのだ。因みに中身はプレステ2から果てはMSX1・2までキッチリ取り揃えている。3DOはいつの間にかコードが古くなって腐食し、使えなくなってた。残念。
 ソフトは戦闘物にかなり偏っているが、パズルやらちまちましたものは愛紗の趣味には合わない画廊から持ってこなかった。大量のゲーム機だけでも結構幅を食うのだ。ソフトを入れる余裕は余り無かった。あ、MSXは一応パソコンだったか。
 まぁ、何とはともあれ、現代人を堕落させる程の兵器だ。きっと愛紗も気に入るに違いない。
 と、戸が開いた。愛紗は大きなダンボール箱に、不思議そうな表情を見せたが、重たい事を見て取ったのか、焦る様に部屋へと入れてくれた。
 部屋に入ると、ダンボール箱をテレビの近くに置く。ドスン、と部屋一瞬撓んだ気がした。
「ご主人様、それは?」
「ああ、ゲーム機だよ」
「ああ、それが……」
 今この世の中だ。ゲームの話を聞かないなんて事は無いだろう。愛紗は箱の中に入ってるゲーム機を、じろじろと見ている。掴みはおっけー、後はコジプロの力が昔の人間にも通じると信じるだけだ。
「じゃあ、愛紗。ゲームのセットは俺がやっておくから、後でやってみるといいよ」
「ええ! 私がですか!」
「そ、大丈夫。説明書もあるしね。そうだな……ヒットマンシリーズやトム・クランシーシリーズは難しいから、先ずはこれからやってみると良いよ」
 ずい、とソフトを愛紗に見せる」
「メタルギアシリーズ」


      ◆


「オマケ2。或はたれ愛紗3」


「――私に付け、愛紗。お前の使命は私が与える」
「貂蝉、自分の使命は自分で決める。お前のまやかしの理想に付き合うつもりはない」
「……やはりお前は兵士。相容れぬか」
 ……何だこれは。
 これが星少女が思った感想である。
 朱里に助けを求められて来て見れば、部屋の中は既にカオスに満ちていた。何でも、助けを求めた相手が、どんどんミイラの仲間入りを果たしたのらしいのだが――。
「馬、ウマウマウマ! 馬に乗ってる敵武将がいねぇ! ちくしょう。なんで男のあたしは馬に乗ってないと弱いんだ!」
「……ふ」
「あ! 恋、今勝ち誇りやがったな! その四角三回から三角で出る槍回し、強すぎだって!」
 確かにミイラ取りがミイラに成っていた。ふと、星は地面の方に、大きなゴミを見止めた。が、よくよく見ると、どうやら一刀少年だと気付く。何故全裸なのだろうか。星は考えるのを止めた。
「帰ってもかまわんか、朱里」
「――駄目です!」
 はぁ、と星はため息をついた。確かに、人生を楽しまないのは損だ。この世界はその事をわかっているのか、その手の事はかなり豊富に用意されている。
 しかし、と星は辺りを見回して思った。
 これは余りにも楽しみ過ぎだろう、と。

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