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132 名前:灰色服の男[] 投稿日:2012/05/26(土) 20:49:50 ID:xljUa3No0
どうも、灰色服の男です
相変わらず私生活が修羅場ってます

今回はちょっと箸休めというかインターバルというか……
次を考えて、ちょっと微妙な所で切ってます
まぁ、あまり期待せずに見てやって下さい

http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=728



水関、いわずと知れた洛陽を護る前線要塞の一つだ
学者達の間ではかの有名な虎牢関と同一視する説もあるが、『この世界』では歴とした別物である
戦術・戦略的理由から交通の隘路を抑える形で佇むその姿は、確かにこの時代にマッチしていた
だが、一応は未来からやってきた一刀から見ると、それは同時にある種の古臭さも持っている

この時代、関所と要塞の間に明確な区別は無い
というよりも、特に重要な関所が軍事的拠点とされ、要塞となったといっても良いだろう
それはつまりこの時代の軍事力は、機動力の大部分を街道に頼っていたという証拠でもある
これは現代においても大きく変わってはいない、ただ現代では依存する割合が(この頃に比べたら)低いだけだ
しかし、現代には航空機があり鉄道があり、また沿岸部ならば船もある
この時代ほど街道に依存した軍事力という訳ではない
(それでも街道の輸送力とは、常に陸上軍事力において最も重要な部分である)
一刀が古臭いと思ったのは、その辺りの感覚の違いだろう
簡単に言えば『迂回して進めば良いのに』といった所か

とは言え、一刀の考え通りに要塞戦術が廃れるのは、この時代から約1750年後の事
所謂『機動力によるRMA(軍事における革命)』の確立によって大戦力による機動戦術が可能になってからだ
よって少なくとも、この時点では水関という要塞の持つ戦術・戦略的価値は計り知れない

「だからこそ董卓軍は、ここに二将を配置したって訳」
「良く分かりました、兄様」

傍らに控える流琉の方に笑顔を向けた後、一刀は手にしていた筒を目に当てて水関の方を見やる
複数のレンズによって対象を拡大する光学道具、つまりは『望遠鏡』の中の風景ははっきりとしている
水関に翻る牙門旗は『華』と『張』の二種類だ
つまり董卓軍隷下の武将である華雄と張文遠(張遼)、その二名が司令官として水関防衛に当たっているという事である
その両名とも中々の勇将である事も、一刀は知っている

「篭る戦力は二万前後ってか」

望遠鏡をおろして流琉に手渡すと、流琉は興味津々といった様子で望遠鏡を覗き込む
まだ一刀の分しか出来上がっていないこの未知の道具に、好奇心を隠せないのだろう
先程一刀が口にした敵の戦力予測だが、別に工作員を潜入させている訳ではない
今は洛陽にいる音々音からの書簡に記されていた数字だ
何せ、董卓軍から直接聞いた数字だから信憑性も何もない、確実な情報である
因みに、この董卓軍の戦力については連合軍には伏せられている
何故ですか、と問うた流琉に一刀は商人としての笑みを浮かべて答えたのは数日前の事だ

『これは大事な商業情報だからね、商人は口が堅いものだよ』

それが詭弁である事は十分理解しているが、構う事はない
第一、一刀は此処に輸送と補給の責任者として参加しているだけだ、情報まで無償で提供する義理はない
それに、まだ董卓軍――月は大事な顧客だ、その情報を簡単にくれてやるつもりもない
そう言った時には、流石に流琉も驚いていた
しかし、それも仕方がないだろう
これが、商人・北郷一刀なのだから



異説恋姫・07
商社のプライド



連合軍が水関を見通せる平原に陣を敷いて早十数日が過ぎた
当初の予測通り、華雄・張遼の二人は執拗な挑発にも関わらず打って出る事はしなかった
華雄辺りは痺れを切らせて出て来るかとも思われたが、張遼が良く抑えているようだ

「この場合、時間はどちらの味方かな、と」

輸送品目の記された竹簡を眺めながら、一刀は天幕の中で呟いた
周囲には『漢中総督府』から派遣された人員が、補給と輸送の為に忙しく立ち回っている
多くは商いの関係者だが、一刀護衛の為の黒母衣衆の姿もちらほらと見える
因みに、一刀の護衛官を務める流琉は護衛総隊とはまた別の立場である

「長引けば、ゆ……董卓さんの方が不利なんじゃないですか?」
「それはこちらにも言えるよ。何時までも士気が維持出来る訳じゃないからね」
「それは……そうですね」
「特に、『今回』みたいな場合は、ね」

意味ありげに唇の端だけで笑う一刀に、流琉は複雑な笑みを浮かべる

「まぁ実の所、攻撃側より防御側の方が有利ってのは間違いないケドね」
「……それは補給路の事ですか?」
「それだけが全てではないけどね」

兵力や士気、兵士の質或いは兵器の性能が同じ場合、完全に防御の態勢をとった軍勢を打破するのは非常に困難と言える
例えば日本の戦国時代、城攻めをする場合には攻撃側は籠城側の三倍の戦力が必要であると言われていた
いわゆる『攻者三倍の法則』と言われるものである
勿論これは戦術的な例に過ぎず、絶対条件であるとは言えないが、それだけ防御側は有利であると言える
(ただし現代においては兵器の機動力が飛躍的に上昇した結果として防御側の絶対有利は崩壊している)

その上、先日一刀が蒔いた疑惑の種が連合軍内部で静かに、しかし確実に芽を出していた
果たして何処の勢力が火縄銃を大量に購入しようとしているのか、それが連合の諸侯に疑心暗鬼を生じさせている
今は、対董卓軍という目標があるので(少なくとも表面上は)一致団結しているように見えるが、実際には軋みをあげている状況だ
これで戦闘が長期化すれば、疑心暗鬼に耐えられなくなった者から順に連合軍から脱落していく事になるだろう
こうなれば時間は董卓軍に味方をするが、ただし懸念もある

「問題は、董卓軍と連合軍との戦力差が大き過ぎる事かなぁ」
「董卓軍が総数で約三万、連合軍が約二十七万ですからね」
「流石に九倍差もあるとなぁ」

先ほどの『攻者三倍の法則』に当てはめたとしても、董卓軍の圧倒的不利は間違いない
もしも連合軍が短期決戦を仕掛けた場合は、この圧倒的な戦力差でいとも簡単に踏みつぶされてしまうだろう
そうなれば一刀が蒔いた疑惑の種も意味をなさないものになってしまう

しかし、音々音の考えた策としては『結果として』董卓軍は敗北せねばならない
その、『敗北までの時間』を最適なものに出来るかが、最大の問題である
だからこそ、一刀は連合軍側で、音々音は董卓軍側で裏方として色々と走り回っている訳だ

「倒される為の時間を稼ぐ、か……」
「何だか、不思議な感じですね」

何ともいえない顔付きで望遠鏡を一刀に返す流琉
それを受け取った一刀は、今度は連合軍本陣の方を望遠鏡で見やった
一刀率いる漢中総督府の陣は、やや離れた所にある為こうした話をしていても聞きとがめられる心配が少ないのが幸いだ

「焦れてきてるよな、袁紹さん」
「当初の予定よりも大きく遅れてるって話ですけど」
「それって、曹操さん所の……」
「季衣です。でも、季衣も人から聞いただけって言ってましたけど」

苦笑する流琉が口にした季衣とは、曹操に仕える親衛隊の許仲康(許緒)の真名である
大の親友であり、そもそもは流琉が季衣を訪ねる為、路銀を稼ごうとしたのが一刀との出会いであった
今はこうして一刀の元で働いているが、もしかしたら流琉にも曹操の元で働くという選択肢もあったのかもしれない
というか、『一刀の世界』ではそうだったので、一刀としては微妙な心境にならざるを得ない

「流琉が望むんだったら、曹操さんの所に行っても良かったんだぞ?」
「いいんです。私は、兄さまの所で働いている、今が幸せですから」

屈託のない笑顔でそう言いきられてしまうと、何とも答えられない
嬉しいような恥ずかしいような心境で、小さく頷くのが精一杯だ

実際に、連合で再開した季衣は流琉を曹操陣営に誘ったらしい
だが、流琉はそれをはっきりと断った
今の生活がとても幸せだから、と言った流琉の笑顔は、季衣をして説得を断念せざるを得ないものだったらしい
因みにその後、一刀と季衣は流琉の紹介で面会し、真名を預かっている

「さて、焦れた袁紹さんが事を起こすか、或いは向こうが引くか」
「どうなるんでしょうか……」

やや思案顔の一刀に、流琉がほんの少しだけ不安そうな表情を見せる
それに、曖昧に笑って答えながら、一刀は再び水関を眺めた



「一体、どういう事ですの!」

その夜、連合軍の諸侯が集める陣屋にて、袁紹の声が響いた
当然ながら参加していた一刀の目にも、袁紹はかなり苛ついている様に見える
だが、それも仕方がないといえば言えるような状況だ

「これだけの人数が揃っていながら、まだ水関を抜けないなんて、あり得ませんわ!」

その台詞に、多くの諸侯は「またか」といった表情を浮かべる
ここ数日、連合諸侯を集めてはその話題ばかりを話す袁紹に、嫌気がさしているのは明白だ
確かに水関と対陣して既に十数日が経過したが、その間に目立った戦闘は行われていない
ただ無為に日々を過ごしているに等しい現状に、どうやら袁紹は御冠のようだった

「落ち着きなさいよ、麗羽」
「よくもそんなに落ち着いていられますわね、華琳さん」
「大体、最初の予定が早過ぎだったのよ。現状で考えれば妥当な日数だと思うわ」

曹操が、若干の呆れを含んだ声音で袁紹を諭す
実際に袁紹が組んだ作戦計画は、多分に楽観的観測を含んでいる
早い話が自分に都合の良いだけの予定でしかない
勿論、実際の戦場では自分だけに都合の良い事など有り得ず、錯誤の連続と言っても過言ではない
勝者と言うのは、その錯誤をどれだけ最低限に抑えられたかで決まる
その点から見れば、今の所連合軍は錯誤ばかりだろう

「それに一番前にいるのは、劉備軍に公孫賛軍、それに孫策軍だけじゃない」
「そ、それは事前に取り決めてあった筈ではなくて!?」
「……私はね、正面戦力が少ないって言いたいの」

更に呆れの色を濃くする曹操に、袁紹は歯噛みするばかりだ
例えどれ程多くの戦力を有していようと、実際に戦う戦力が少なければ話にならない
実際、水関で最前線に立っているのは前述の三軍だけだ
だったらもっと多くの戦力で攻めればいいのだが、そこには政治的な思惑が見え隠れする

(要は、自前の戦力を消耗させたくないんだよなぁ)

冷ややかな瞳で眺めていた一刀は心の中で小さく呟いた
これは別に天才でなくとも思い至る、袁紹の思惑だ
出来る限り自分の戦力を温存しつつ、他者の戦力で戦闘をする
それは別に悪い事ではない、少なくとも連合軍の司令のような立場に立てば、誰でも考える事だ
なんのかんの言った所で、自分の被害は少ない方がいいに決まっている
だが、その為に戦争で負ければ正に本末転倒もいいところだろう

戦力の逐次投入は下策の下、とも呼ばれる
必要であれば一気に大戦力を投入して終わらせれば、結果として被害は最小限で済む
現状として、袁紹が行っているのは、その下策の下に近かった
幸いなのは董卓軍が打って出て来ない為、被害がほとんど出ていない位だ

「ここは一気に兵力を投入して押し切るべきだと思うわ」
「向こうにどれ程の兵力があるのか、わかっていないんですのよ?」

苦虫を噛み潰したような袁紹の顔を一瞥して、曹操は陣屋の中を見回す
諸侯の顔を眺めるように視線を動かしていた曹操の顔が、一刀の所で止まる
嫌な汗が背中に湧き出すのを自覚しながら、一刀は次の言葉を待った

「そういえば、流星屋は董卓軍とも商いをしていたわね」
「……えぇ、御贔屓にさせてもらってます」
「だったら、董卓軍の兵力に関する情報も持っているんじゃない?」

その言葉に周囲の視線も一刀に集中する
傍らに控える流琉が心配そうに見上げてくる一方、一刀は心の中で小さく舌打ちをしていた

(多分、補給物資の量から兵力を割り出せないかと思ってるんだろうな……流石は英雄)

それを抜きにしても、実際に一刀は董卓軍の戦力数は把握している
情報を持っているのは事実だが、流琉に言った通り、簡単に話すつもりもない
一瞬の内に様々な案が頭の中を駆け巡るが、やがて意を決する
結局はこの答えしかないだろう、と口を開く

「えぇ、知ってますよ、董卓軍の兵力」



同時刻、洛陽

月の滞在する邸宅では、音々音と詠が一枚の絵地図を前に難しい顔をしていた
今、二人が頭を悩ませているのは、水関の『次』に関してである

「水関から撤退するのは織り込み済みだからいいとして……」
「虎牢関での防衛をどうするか、という事ですね」

言わずと知れた天然の要害、虎牢関
水関を突破されれば、洛陽まではこの要塞を除いて目立った防御地形は存在しない
造り出す事は可能だろうが、それには膨大な時間と資材と人手が必要で、急場に間に合うような物ではない
で、あれば、洛陽へと向かう連合軍を、虎牢関で可能な限り迎撃せねばならないだろう
二人が頭を悩ませているのは、その迎撃方法に関してだ

「被害が出る事を恐れはしないけど、最小限に抑えたいわね……」
「一刀殿も、それを気にしておいでだったのです」

これは一刀が生来もっている優しさ『だけ』の話ではない
死ぬ人間が減れば、それだけ流星屋の商品を買うかもしれない人間が増えるという事だ
いつかお客様になるかもしれない相手を、出来る限り減らしたくはないという商人らしい考えも含まれている
もっとも、音々音にしろ詠にしろ、そこまでは知らないので、単純に一刀の優しさだろうと解釈していた
仮に、一刀がこれを知ったら苦笑するだろうが、訂正はしないだろう
嘘だろうと誤解だろうと、誰も傷付かないならそれでいいのだ

「霞と華雄だけじゃ無理ね……やっぱり恋も出さないと」
「しかし、詠殿。こんな事を言うのは何ですが、恋殿は……」
「分かってる」

詠の顔に苦渋が満ちる
天下無双の飛将軍たる呂布――恋だが、音々音の目にはどうにも危うい様に見えた
確かに武を振るわせれば天下随一、並ぶ者のいない一騎当千の武将である事には間違いがない
しかし、兵を率いる将としてはやや頼りないように見えて仕方がない
結局の所、恋の持つ武力と言うのはあくまで彼女個人の戦闘力に他ならない
他の将のように、配下の兵を自在に操っての武力とは少々異なる物なのだ
とは言え、彼女が部下達から嫌われていると言う訳でもなく、何とも微妙な立ち位置にいる事は違いない

「それに、『呂布』の名前だけでも軍の士気が上がるのは間違いないし」
「それは確かにそうです……」
「やっぱり恋も出さないといけない」
「そうなりますと、恋殿をどのように使うか、となるのです……」

そこが二人が頭を悩ませている原因だ
下手に恋に兵の指揮まで任せれば、無用な被害を出してしまわないとも限らない
兵の扱いという点で見れば、恐らく張遼の方が恋よりも上だろう
だったら、呂布軍を一時解体して張遼の指揮下に――という案も出たが、これも上手くない
この時代のように通信技術が未発達の軍では、軍勢を遅延なく動かす為に、日夜訓練が必要である
そうする事で、軍全体の動きなどを身体に叩き込む為だが、そこに不慣れな者が入ってきたらどうなるのか
同じ団体行動を行うと言えども、サッカーと野球では要求される技術も動きも違う
プロ野球選手がプロサッカーに移籍して一試合目から大活躍できると思う人間は、そう多くない筈だ
勿論、基本的なスペックは高いから、少し時間をかければ慣れていくだろう
だが、董卓軍にはそんな時間はない

「詠殿、やはり恋殿の力を存分に発揮するには……」
「ねねが言ってた方法しか無い、か……」
「ねねとしても余り良い気分はしませんが……仕方ないのです」

歯切れも悪く、二人が黙り込む
音々音が『提案』した方法以外に、恋の戦闘力と、『戦力』の維持を両立させるのは無理だろう
詠や月としては可能な限り回避したい策ではあるが、他に手段は無い
詠は大きく溜息を吐き出して、音々音の策を採用する決意を決めた


「そういえば、一刀は今頃連合軍の陣中かしら」
「と、思うのです」
「思えば、アイツも大変よね。連合軍の補給を一手に担いながら、私達にも融通するって」

小休止の時間、茶を飲みながら呟いた詠の瞳には案ずるような光が見えた
それは単純に一刀の身を案じての光と、もう一つの別の意味を持つ光だった事を、音々音は見逃さなかった

「一刀殿から、戦力情報が漏れるとお思いですか?」
「……信じてない訳じゃないわよ。でも、やっぱり不安は……ね?」
「大丈夫です、一刀殿は決して董卓軍の内情を話したりはしないのです」

嫌に自信満々に答える音々音に、詠は困惑の目を向ける
詠の知っている商人とは、金の為ならば平気で顧客の情報を売り渡すような連中だ
一刀がそうであるとは言わないが、ここまで明確に言い切られるとは思ってもいなかった
そんな詠の心情を察したのだろうか、音々音が口を開く

「一刀殿は言っていたのです。絶対的な信頼こそが商売には必要なのだと」
「信頼……」
「例え存亡の危機にある者の情報であろうとも、決して売らない。それが一刀殿のお考えなのです」

ここで、想像して見て欲しい
片方は、誰にでも簡単に顧客の情報を売りさばいて富を得る商人
一方は、誰が相手でもどんな状況でも決して顧客情報を口にはしない商人
どちらかと取引をするのであれば、どちらを選ぶかという状況になった場合、どちらを選ぶだろうか
常識的な判断力があれば、後者を選ぶだろう
これが一刀の言う『商売における絶対的信頼』だ

これは有名なスイスの銀行を想像してもらえれば更に分かりやすい
スイスの銀行が世界的に有名なのは、その絶対的秘匿性にある
例え超大国が相手でも口座の情報は渡さない、それがスイス銀行の誇りだ
それが信頼を呼び、更に顧客が増える
もしも武力に応じれば、それはスイス銀行を利用している全ての顧客を敵に回す事を意味している
流石にそんな事を出来る者はいない
一刀は、これをモデルにして流星屋の銀行業も行っている
その為には絶対的な信頼が必要不可欠なのだ

「それに連合軍の諸侯の多くは、流星屋と商いをしたり、金を借りたりしているのです」
「強気には出られない、って事?」
「そうなのです。それにそもそも、敵軍の情報収集は商人の仕事では無いのです」
「そりゃそうね」

小さな胸を張るように答える音々音と、それを見て苦笑を浮かべる詠
音々音の、一刀に対する絶対的な信頼を見て、詠は何故だか少しだけ羨ましくなった



「冷や汗が出ましたよ、兄様」
「うん、実は俺も」

星空の下で、流琉の責める様な口調に、一刀は苦笑した
音々音の予想通り、一刀は連合軍への董卓軍の情報提供をはっきりと拒否した
周囲が軽い混乱に包まれる中、曹操だけが冷静に口を開いた

『それは何故かしら』
『曹操さんは簡単に顧客の情報を売る商人と商いがしたいと思いますか?』
『……成る程ね』

気勢を削がれたかのように苦笑する曹操は、どうやら一刀の真意を察してくれたようだった
その他にも何人かが納得したような顔付きで頷いている
残ったその他大勢の諸侯はと言えば、困惑した顔で視線を彷徨わせている
その多くは流星屋との商いがあり、連合軍編成の『裏』を知っている連中だ
どっちつかずの連中だけに、どうするべきか迷っているのだろう

『いいじゃない、麗羽。商人の情報が無かったら勝てませんでした、何てのは嫌でしょ?』
『か、華琳さん……』
『認めるべきは私達の怠惰よ、武と文を率いる私達が情報収集を怠っていた』

何時の間にか周囲のざわめきは収まり、曹操の凛とした声が響く
それは自分達の不手際を認めた上で、次に打つべき手を口にしていた

『何だったら明日からは私の軍も出るわ。その上で、董卓軍の情報を可能な限り集める算段もつける』
『そういう事なら、ウチも協力してもいいわよ』

どこか好戦的な笑みを浮かべて曹操の意見に賛同したのは、孫伯符だった
その傍らには軍師である周公謹が、あまり感情を露にせずに佇んでいる
聞いた話によれば、孫策軍には優秀な潜入工作員がいるらしい
それを使おうと言うのだろうか

『麗羽、どう?これでもまだ不満かしら?』
『……不満という事はありませんわ。でも、華琳さん。責任は負ってもらいますわよ?』
『勝てばいいんでしょ』

何時の間にか(名目上とは言え)総大将の袁紹を説き伏せた曹操がその場をまとめた
それを冷めた目で見ながら、一刀は内心複雑な思いを抱いていた

(とりあえずは助かったか……しかし、流石は英雄、かな)

情報提供を拒否した事で、立場が悪くなる事を覚悟した一刀だったが、曹操に救われた形だ
だからと言って曹操に万全の信頼をおいていいか、となれば話は別だ
何せ乱世の奸雄とも呼ばれた曹操の事、まだまだ油断は出来ない
個人的な信頼と、商売における信頼はまた別物なのだ

「このまま連合の主導権を曹操さんに握られると面倒だなぁ……」
「面倒、ですか」

もしも連合軍の主導権を曹操に握られれば、連合軍は今よりも遥かに手強くなるだろう
それは董卓軍や、彼女達を助け出そうとしている一刀達にとっては喜ばしい事ではない
一刀にとっては今のまま袁紹が総大将である方が、何かと都合がいいのだ

「ま、袁紹さん目立ちたがりだし、曹操さんに妙な対抗意識もってそうだし、大丈夫かな」

恐らく袁紹の性格上、このまま曹操に主導権を握られる事を好ましくは思わないだろう
だったら、今度は自分こそが総大将だと主張してくるに違いない
この董卓軍対連合軍が、ある意味で出来レースである以上、曹操も袁紹を無碍にはしない筈だ
恐らく袁紹の顔を立てて、おいしい所だけを持って行くのではないだろうか

「後は……」
「兄様」

何か言いかけた一刀に、流琉が緊迫した声をかけた
普段の流琉からは想像が出来ない声音に、一刀が反射的に振り向く
真剣な表情の流琉の視線の先を見れば、長身の人影が二つ
周囲を黒母衣衆が警護している中で、ここまでやってくるのは、連合軍の将以外にはいない
問題は、それが誰なのか、という事だ

「お邪魔するわ、流星屋さん」

その声音を聞いた一刀の顔に困惑の色が浮かぶ
雲間から見えた月の光に照らし出されたのは、孫策と周瑜の二人だった

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