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490 名前:清涼剤[sage] 投稿日:2009/04/09(木) 01:09:17 ID:aU3CK2SQ0



 「無じる真√N」拠点04



 次々と兵が報告をあげていき、最後の兵が報告内容を告げるのを一刀は黙って待っていた。この日は、警邏の担当だったため、数人の兵と共に見回りを行っていたのだ。そして、今は集合場所である城門前に集まって報告会を開いていた。
 そして、今最後の一人の報告が終わろうとしていた。
「こちらも以上ありませんでした」
「了解、お疲れさま。それじゃあ、これで解散!」
 どこも異常なしという報告を聞いて問題なしと判断した一刀が解散の号令をかける。
「はっ! それでは我々は戻ります」
 代表して一人の兵が一刀に返答をする。それに頷くと掌をひらひらとさせた。それは一刀なりの合図である。"そんじゃお疲れ"という意味がこもっている。
 そんな動きを交えながら一刀は口を開いた。
「わかった。俺はちょっと街を見てから戻るから」
 そう返して、一刀は再び街の雑踏へと溶け込んでいった。
 しばらく見て回り、そろそろ城に戻ろうと一刀が角を曲がると、ふと、どこからか老婆と少女の会話らしき声が聞こえてくる。一体どうしたのだろうかと、一刀はそちらへ視線を向けてみる。
 そこには、とある露店があった。そこの主と思われる老婆が目の前の少女に何かを言っているようだった。一刀がその少女の方へ視線を移すと、それは一刀の見知った顔だった。
 なら、余計に放っておけないと思い、一刀は声をかけることにする。
「どうしたんだ? 桃香」
「―――だからね、別にいいの、それはね……あっ!? 一刀さん」
 何かを断っているかのような言葉を述べていたのは桃色の髪の少女で姓名を劉備、字を玄徳といい真名を桃香という一刀の知り合いだった。
 劉備は、一刀の姿を認めるとすぐに困った表情を一刀へ向け始める。
 それと、同時に一刀の存在に気づいた店主が一刀へと語りかけてくる。
「これは、御使い様。そうだ、御使い様からもおっしゃってくだされ」
 店主の老婆が、眉尻を下げいかにも困っているといった表情で一刀に話しかける。そこで一刀は改めて老婆を見てみる……その店主は一刀が街に来たときに時折、声をかけてくれる野菜や果物を売るのを生業としている気さくな老婆であった。
「やぁ、どうかしたの?」
 二人の元へ歩み寄りながら一刀はひとまず、一体どういった事情があるのか聞いていくことにした。なにしろ一刀はいま来たばかりで老婆と劉備がどういった状況に置かれているのかがわからないたから仕方がない。
 そんな理由から一刀の口を出た疑問に老婆が答えていく。
「えぇ、実は―――」
 老婆の話を要約するとこうだ。今朝、収穫した果物を店まで運ぶため、籠に入れて街へと戻ってきたらしいのだが、そこで腰を痛めてしまい困り果てていると、たまたま劉備が通りかかり代わりに運んでもらったのだそうだ。
 店についた老婆が、運んでもらったお返しをしようとするが、その時にはすでに劉備の姿は消えていて残念に思いながらやむを得ず商売を開始したらしい。
 そんな老婆が営む店の前を先程、たまたま劉備が通り過ぎたので老婆はすぐに声をかけ、渡せなかった御礼をと、小さな籠に入れた果物を渡そうとしたらしい。だが、劉備はそれを受け取ってくれず話が平行線となってしまい互いに引かず膠着状態になったところで一刀が現れたのだということらしい。
 そこまでの説明を受けてようやく一刀にも今どういった状況なのかがわかった。
「なるほど、そういうことか」
 劉備が人助けをしてその礼を拒むというある意味、安易に想像の出来る話だったため、必要以上に一刀は納得してしまった。それをどう受け取ったのか老婆は一刀に自分の援護を頼み始める。
「ですから、御使い様も受け取って頂くようおっしゃってくだされ」
「ふむ……そうだな。桃香」
 老婆の言うことももっともだと思い、一刀は劉備へと声をかける。
「なに?」
「ここは、受け取っておくべきだよ」
「え!? で、でも……」
 驚いた表情で見てくる劉備に一刀は言い聞かせるようにそう諭しながら、未だ狼狽えている劉備の手に老婆が渡そうとしていた果物の籠から桃を一つ取って、手渡す。
「いいから、ほら、一個なら受け取れるだろ?」
「う、うん……それなら、喜んで受け取らせてもらおうかな」
 胸の前でその桃を両手で抱えるように持つ劉備に一刀はにこりと微笑む。そんな一刀たちのやり取りを見ていた老婆が口を開く。
「一つで、よろしいのですか?」
「はは、大丈夫。この娘には、それだけで十分気持ちは伝わるからさ、これで納得してもらえないかな?」
「そうですよ。桃を貰えて、おばあさんが感謝してくれてるっていうのはよくわかったから……ね?」
 一刀に続くように劉備が優しく老婆へと語りかける。そう告げる劉備の顔はとても優しげにはにかんでいる。一刀には、その表情から劉備が本当にそう思っているのが伺える気がした。
 それは、老婆も一緒だったようで最初は申し訳なさそうだった表情が、劉備と同じように柔らかな笑みへと変化していった、その様子から老婆が満足してくれたことがよくわかる。
 これで一件落着だろうか、そう思う一刀に老婆が声をかける。
「御使い様、お一つ差し上げます」
 そう言って、老婆は一刀のへと桃を差し出した。それに今度は一刀が戸惑ってしまう。
「え? いや、俺は貰うわけには……」
 すっかり狼狽える一刀。そんな様を見た老婆が可笑しそうに笑いながら説明を付け加えた。
「いえ、この場を治めてくださって御礼ですよ。ふふ」
「え? いや、俺は―――」
 受け取るわけにはいかない。一刀がそう続けようとしたのを劉備が遮る。
「だめだよ、御礼なんだから受けとらなきゃ」
 その声に一刀が視線を向けると、劉備はまるで悪戯を成功させた子供のような表情を浮かべて、一刀ににっこりと微笑んだ。
「まいったな。それじゃあ、俺も一つ貰おうかな」
 これはしてやられた、そう思い頬を掻きながら一刀は手を差し出す。
 そんな一刀を、やはり可笑しそうに見ながら老婆が桃を手渡してくれる。
「ふふ、どうぞ」
「ありがとう。悪いね」
 そう言いながら、一刀は先程の劉備のように感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔を浮かべた。それを見た老婆は、一刀の感謝の意を確認できたことで納得したように頷いた。
 ふと、一刀は何気なく横にいる劉備に視線を移した。劉備はただじっと一刀を見つめていた。
「…………」
「ん? どうした、桃香」
「え? ううん、なんでもないよ」
 そう言ながら、劉備はなんでもないと表すように、首を横に振る。その様子を一刀が訝っていると、老婆がくすくすと笑い始める。
「きっと、御使い様が先程おっしゃった言葉と、今御自分が行った行為、その矛盾がおかしかったのではないですか?」
 くっくっと笑いを堪えながら、老婆がそう告げる。そんな老婆の言葉を聞いた上で、改めて劉備の方へと視線を移すと、老婆と同じようにくすくすと劉備が笑っていた。
 その様子から、老婆の言葉が的を射ているのだろうというのが伺えた。
「おいおい……そんな、笑わなくてもいいだろ」
 思わず、情けない声が出てしまう一刀。そんな様に、老婆と劉備は一層笑い出してしまう。そんな二人につられたのか、自分の間抜けな様子がおかしく思えたからなのか自分でもわからないまま一刀も笑い始めた。

 それからしばらく笑い合った後、一刀たちは老婆に別れを告げて城への帰り道を並んで歩いていた。
 横を歩く劉備に視線だけを向けながら一刀はふぅっと息を吐いた。
「しっかし、さっきのには驚いたよ……」
「え?」
 感慨深げに語る一刀を劉備が不思議そうに見る。
「いや、ほら……なんというか桃香にあそこまで頑固な面があるとは思わなかったからさ」
 苦笑しながら一刀がそう告げると劉備は頬を膨らませてしまった。
「えーそんなことないもん!」
「ぷっ……くくく」
 まるでフグのような頬とあひるのような口元をした顔をぷいっと背けてしまう劉備。その子供のような劉備に行動に、一刀は思わず吹き出してしまう。
 それが不満だったのかますますむくれる劉備。
「むぅ〜」
「くくく……そんな、機嫌を悪くしないでくれ」
「べっつに〜機嫌悪くなんてなってないもん!」
 そう言う劉備はやはりむくれている。本人はその顔が見せられる側に驚異をもたらすよりは、かわいらしいなという感想を抱かせることに気づいていないのだろう。そう思うと一刀は余計に笑いが込み上げてきてしまう。
 そんな一刀を見て、劉備は「むぅ〜」だの「ぶーぶー」だのと不満を表していた。
 なかなか機嫌を直さない劉備に苦笑しつつ一刀は宥めようと名案とばかりに意見を述べる。
「まぁまぁ、取りあえず貰った桃でも食べて気を落ち着かせようぜ」
「ふんっ!」
 態度ではまだ拗ねているようだが、手はしっかりと桃を口へと運んでいる。それを見て笑いを漏らしつつ、一刀は劉備に合わせるように桃を一口食べる。
 桃を口へと含んだ瞬間、一刀は声を出さずにはいられなかった。
「おぉっ、美味い! 適度な甘さ、ほどよい水分、なかなかの一品じゃないか、この桃!」
「……うわぁ、甘くて、美味しい!」
 隣の劉備も一刀同様思わず感想を口にして笑顔になっている。どうやら、機嫌も直ったようだ。
 まったくもって桃様々だな。などと一刀が思っていると、劉備がようやく一刀の方へと顔を向け、話しかけてきた。
「ねぇ、一刀さん」
「ん?」
「あのね……さっきのことなんだけど」
「うん」
「お礼を受け取るべきだって言ったでしょ?」
「あぁ、言ったな」
 急にどうしたのだろうと思いながらも一刀は、横目で劉備を見ながら肯定する。
「それもすぐだったでしょ? それが気になっちゃって……どうしてなの?」
 思わぬ質問に、一瞬たじろぐが一刀はすぐに答える。
「そうだな……桃香は御礼を貰うために助けたんじゃないって思ったから、受け取るのを渋っていたんだろ?」
「うん、そうだよ」
「だけどな、あのおばあさんも、桃香と同じくらい、お礼をしないで済ませることはしたくないって思ってたんだよ」
「あぁっ!?」
 一刀が説明していくと、劉備がハットした表情を浮かべた。一刀の伝えたいことを察してくれたのだろう。それを、よかったと思うのと同時に一刀はなんだか気恥ずかしさが込み上げてくる思いだった。
 そんな心を誤魔化すように一刀は桃を一かじりして、言葉を付け足す。
「まぁ、あくまで俺の予想にすぎないんだけどな」
 苦笑しながら一刀がそう告げると、すぐに劉備が返事を口にした。
「その予想は、きっと会ってるんじゃないかな。一刀さんに言われて考えてみるとね、あぁ、確かにそうだなぁって、思うの」
 そう語る劉備の声はどこか弾んでいた。一体何故なのだろうと一刀が考えていると、劉備が再び言葉を紡ぎだす。
「それでね、すごいなぁって思っったの。おばあさんの考えをちゃんと把握できてるんだもん、一刀さん」
 劉備の言葉を聞いている内に一刀は一層照れくさくなり、そっぽを向きながら言葉を返す。
「別に俺は、そこまですごいわけじゃないよ。ただ、ほんの少しあのおばあさんの立場で考えてみただけだからな」
 そういって桃を再び一口かじる。それを見る劉備が笑みを零したような気がした。
「ううん、それでもすごいと思うよ。他人の立場で考えるっていうのは、簡単には出来ないことだもん」
 そんな劉備の言葉を聞いていた一刀はあることが頭の中を過ぎるのを感じた。それが、いつか劉備のためになればと思い、一刀は口に出してみる。
「そうだな……相手が何を考えているのか、思っているのかを予測することは、様々な物事において大事だよな。『彼を知り己を知る』っていうのもすごく重要なことだからな」
 それは一刀がまだ、前の"外史"にいたころ、軍事に関してならう中で覚えた知識の一つだった。そう、確か兵法に関することだったはずだ、と一刀は思う。
「そっか……確かに兵法の"抛磚引玉"においても敵を誘う囮を考える際におけるとても大事な要素でもあるもんね」
 一刀が、昔のことを思い起こしながら述べた言葉に劉備が予想外の返答を口にした。
 同じようなことを、一刀はつい最近、文官の元で兵法についてならったときに聞いたことを思い出した。そして、それを知っている劉備に一刀は感心する。
「へぇ、桃香は孫子を知ってるんだ?」
「まぁね、わたしだっていろいろ学んできたんだよ。ただの女の子だと思ってたの? 一刀さん」
 そう言って、一刀の顔を覗く劉備。その表情は先程までとはいかないが頬が膨らみ劉備が不満気であることを物語っている。
「そうだな……いや、そうでもないな」
 劉備の言葉に一刀は頷く、いや、頷きかけて首を横に振る。
 そんな一刀に、どこか興味津々と言った様子で劉備は訊く。
「じゃあ、どう思ってたの?」
「優しくて、かわいい女の子だな」
 一刀は、正直に思ったとおりのことを照れ笑い混じりに告げる。
「え!? えぇ、そ、そうかな〜?」
 一刀の素直な思いに、劉備は覗かせていた顔を離してそっぽを向いてしまう。わずかに見える劉備の口は、端が吊り上がっていて、まるでにやけ顔のようになっているように一刀には見えた。
 そのことに内心で首を傾げつつ、一刀はさらに素直な言葉を告げる。
「少なくとも、俺はそう思ってるけど」
「そっか……そうなんだ」
 そう呟いてさらにそっぽを向く劉備。一体どうしたのだろうかと、一刀はますます首を傾げたくなった。
 それ以降も、劉備が黙り込んでしまったため、何がどうなってこうなったのかと一刀は考え続けてみたが、結局わからないまま城へと辿り着いてしまった。
 城に到着した後も、劉備はどこか上の空な様子だった。そのため、一刀は心配になり部屋まで送り届けることにした。 そして、劉備の部屋へと向かう途中……さらには部屋の前についた後も、劉備は未だに意識がどこか遠くへ飛んでいるような状態だった。
 仕方なく、一刀は声をかけてみる。
「おーい、桃香! 桃香?」
「うふふふ」
 まったく一刀の声に気づいた様子のない劉備。一刀は仕方なく、今度は声量を大きめにして声をかけてみることにする。
「……と、う、か!」
「んふふ―――はっ! な、なにかな?」
 さすがに今度の呼びかけには気づいたようで、一刀に対して驚いた顔を向けている。
「いや、部屋についたから俺はこれで失礼しようかと思って」
 あまりにも過剰な劉備の反応に、むしろ一刀のほうが驚いてしまった。それでも、唖然としながらも一刀は一応説明だけはした。すると、劉備が慌てふためきながら返事をする。
「あ、そ、そっか、うん、ありがとう」
「いやいや、それじゃあ」
 そう言って立ち去ろうとする一刀を劉備が呼び止める。
「うん―――あっ、ちょっと待って」
「ん? どうした―――」
 劉備に呼び止められて一刀は振り返るが、すでに劉備はすぐ側に来ていた。そして、何を思ったのか一刀が手を握って持ち上げる。そして、一刀の手が握っている桃の残りを劉備は口元へと運ぶ。
「あ〜むっ!」
 しゃくっという音がした。見てみれば、劉備が一刀の桃にかじりついていた。劉備の突飛な行動に一刀は混乱しそうになるが、なんとか心を落ち着かせて劉備に理由を訊ねる。
「ど、どうしたんだ急に?」
「ごくっ、えっとね、そっちの桃はこっちと比べるとどれくらい違う味かなって思って一口貰っちゃったの。ごめんね」
 そう言って劉備は舌をちろと出して悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それじゃあ、今度こそ部屋に戻るね」
「あ、あぁ」
 言うだけ言って部屋へ入る劉備の姿を見送ると、その場に残された一刀はただ呆然とした表情のまま手元に残った桃を見つめていた。
(たとえ、相手の立場になって考えたとしても、わからないことというものはあるもんだな)
 そんなことを思いながら見つめる桃は、桃香にかじられた部分が適度な水分や甘い果汁によって、てらてらと光り輝いていた。





 「無じる真√N」拠点05



 劉備と桃を囓りながらちょっとした談義を交わした翌日、一刀は中庭の外周を走っていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
 この世界に来てから一刀は時間を見つけては体力作りをかかさないようにしてきていた。こうすることで、少なくとも戦場で自分の身を守れる程度にはなれるよう願っての行動だった。
 そんな努力も徐々に身を結んできたのか、一刀の体力は増えてきていると言えた。その証拠に最初の頃と比べると走れる距離が大分伸びてきていた。
「はっ、はっ、はっ……あと少し……」
 あともう少し走ると、一刀は今日の目標を達成することができる。もう一頑張りだと自分に言い聞かせ一刀は走り続ける。
 そして、無事目標達成したところで息を整えていく。
「……ふぅ、今日はこれで終わりだな」
 さすがに疲れたため、一刀は一息つこうと中庭の木陰に腰掛ける。枝や葉が日射しも遮ってくれるため、とても涼しいのだ。
 取りあえず息を整えようと、深呼吸をしながらしばらく休むように木へと寄りかかりながら一刀は瞼を閉じた。
 すると、視界を閉じたことで一層敏感になっている聴覚が静かな周囲から何かが聞こえてくるのをとらえた。
「せいっ! はぁ!」
「ん?」
 なにやら、女の子の声のようだと一刀は思った。その声が気になり一刀は声の方へと視線を向けてみる。するとそこにいたのは
「ふんっ、はぁ! せぇい! はぁ〜、はっ!」
「あれは、愛紗か……」
 関羽だった。どうやら鍛錬を行っているらしい。一刀はそんな関羽の動きをしばらく眺めてみることにした。
 的確な歩法、華麗な腕の動き。そこからは一切隙が見つからない。
 そんな動きに合わせ、矛が空を斬る。それと同時に、関羽の美しい黒髪が揺れる。美しいとしか言い表せないような関羽の鍛錬姿。
 一刀は思わずその姿に見惚れてしまった。そして同時にわずかに胸の痛みを感じた。
(あんな姿久しぶりに見たけど……なんだろうな、このもやもやとした感じは……)
 一刀はぎゅっと自分の胸の辺りを掴みながら関羽の鍛錬風景を眺め続けた。
 その後しばらく、まるで舞を踊っているかのような、関羽の鍛錬が終盤を迎えた。
「……ふぅ」
 どうやら鍛錬も終了となったらしく関羽が一息つく。
「私も、隣で休ませて頂いてよろしいですか?」
 そう告げる関羽の視線は、迷うことなく一直線に一刀を射貫いていた。
「ありゃ、もしかして気づいてた?」
 頬を掻きながら一刀が訊いてみると、関羽は苦笑混じりに頷く。
「えぇ、武人たるもの気配の察知くらいは出来ますよ」
「やっぱり、すごいな愛紗は」
 気配だけで存在を感じる関羽に感心しながら一刀は頷く。やはり関羽はすごい、その想いは事実だが、その言葉を発した一刀の内心は微妙なものだった。やはりどうしても前の"外史"のことを思い出してしまうのだ。
「いえ、これくらいはたいしたことではありませんよ」
 関羽は、謙遜するように手を振りながら一刀が休んでいる木陰へと歩み寄る。この黒髪が美しい少女、関羽を見ると特に一刀はかつてのことを思い出してしまう。しかし、それを表に出すことなく一刀は普段通り接することを徹底する。
「いや〜すごいって。おっと、まぁ、取りあえず座りなよ」
 そう言って、一刀は少し横にずれる。
「では失礼しますね」
 空いた隙間に腰を下ろすと、関羽は一刀の方へと顔を向ける。
「ところで、一刀殿は、なにをしていたのですか?」
「俺? 俺は、走り込みだよ」
「走り込み? それはまた如何なる理由で?」
 意外そうな顔でこちらを見ながら訊いてくる関羽に、それもそうかと思いつつ一刀は口を開く。
「ん、そうだな、みんなの迷惑にならないようにするためかな」
「迷惑?」
 思い立った理由を語る一刀に首を傾げて聞き返す関羽を見ながら、一刀は昔を思い出していた。
 前の"外史"でも関羽を始め多くの者たちに一刀は支えられ、そして――護られてきた。その時から自分の立場について考えたことはあった。その時は、一刀にはやれること、そして一刀だからこそ出来ると言われることもあった。
 だが、結果として大切な者たちを一刀は失った。そして、一刀自身の立場も無に近しいものへとなった……そうなると以前言われたことの半分は意味をなさなくなり、一刀は再び自分をどうすべきだろうかということを考えなければならなくなった。
 そして、戦場を駆け巡る少女たちを見て一つの考えを持った。
「あぁ、戦場において俺は愛紗や鈴々、星たちのような敵を打ち倒せる程の強さを持っていないからな。それどころか、少し前までは護られるだけの存在だったんだ……だから、せめて自分の身を守ることでみんなの足を引っ張らずに済むようになりたいと思ってさ、鍛えることにしたんだ。それで、取りあえず最初は基礎体力からということで、走り込みをしてるんだ」
 そう、そして決めたのが一刀自身の能力向上だったのだ。幸いなことに、一刀は前の"外史"において知に長けた者、武に長けた者らによって基本部分は造られていた。
「なるほど、その思いは素晴らしいものだと思いますよ」
 どこか感心したように笑みを浮かべながら関羽が告げる。
「そ、そうか?」
 意外と良い反応を返してくる関羽に呆気にとられながら一刀は聞き返す。そんな一刀に関羽は頷いてみせる。
「えぇ。もし、私にも手伝えることがお有りでしたらお手伝いしますよ」
「本当か!? それなら、時間があるときに稽古をつけてもらえるとありがたいかな」
 妙に、やる気を見せる関羽に一刀は願ってもないとばかりに、稽古の依頼をした。すると、関羽はさも、良いことを思いついたという表情で一刀を見つめてくる。
「えぇ、構いませんよ。そうだ、どうせなら今から行うとしましょう」
「えぇ!?」
 さすがに言い出しっぺの一刀も関羽の提案に驚いてしまうのだが、関羽はそんなこと気にもせず笑みを浮かべて一刀を捲し立てる。
「さぁさぁ、気が向いている内に行ったほうがよいのですよ」
 満面の笑みを浮かべたまま関羽が一刀の手を取る。その様子に苦笑しながら一刀も手を握り替えした。
「……じゃあ、せっかくだから頼むよ」
 ところが、一刀は自分が使用する獲物がないことに気づいた。
「あのさ、ちょっと、模擬刀をとってくるからもう少しそこで休んで待っていてくれないかな?」
「わかりました。ここでお待ちしております」
 関羽に詫びながら立ち上がると、一刀は関羽の返答を聞きながら振り返って訓練場へと駆けだした。
 一刀は、先程の木陰へと向かってひたすら駆ける。訓練場から模擬刀を拝借するだけで時間がかかってしまい愛紗を長らく待たせてしまっているからだ。
 全力で駆ける一刀が木陰の近くまで来たとき関羽の様子に違和感を覚えた。
「あれ?」
「………」
 一刀は謝ろうと関羽を見るのだが、やはり彼女の様子はどこかおかしいと感じた。
「愛紗?」
 一刀は思いきって声をかけてみる。だが、関羽は木に寄りかかったまま顔を俯かせ黙ったままだ。
「もしかして怒ってるのか? 愛紗……さん?」
 念のため怒っているのか一刀は訊ねてみるが、やはり関羽は反応を示さない。
「………」
「おかしいな……おーい、愛紗さ〜ん?」
 首を傾げつつ、もう一度声をかけてみる。
「………すーすー」 
「あれ?」
 改めて関羽の顔をよく見ると、瞼は閉じられており、また微かな吐息が聞こえてきていた。その吐息に合わせ、関羽の豊かな胸が上下している。その様子にようやく一刀は事情を察した。
「なんだ………寝てるのか」
 関羽が寝てしまっているのを確認して一刀は隣へと座る。
(そういえば、愛紗は最近、盗賊討伐に出てばっかりだったな……)
 そのことを思いだした一刀は、疲れている関羽を無理に起こすのも悪いと思い隣で同じように座って寝顔を眺めるだけにする。
「すーすー」
 関羽はとても健やかな顔で眠っている。一刀は思わず微笑ましげな笑みを浮かべてしまう。
「……気持ちよさそうに寝てるな」
 そんな関羽の寝顔から、最近はいかに忙しかったのかが伺える。一刀が関羽の寝顔を堪能しながらそんなことを考えていると、体勢を変えようとしているのだろう関羽が体をもぞもぞと動かし始める。
「ん〜」
「へ?」
 軽く動いたことで、関羽の体は木に背を預けていた状態からずれていく。その結果、関羽の頭が一刀の膝に乗る形となる。いわゆる膝枕だった。
「ん……んん」
「おっと。……ふふ」
 体勢が変わった際の衝撃のためか、関羽がわずかに動く。そこで起こしてしまうのも、もったいないと思いながら一刀は関羽の頭を撫でて落ち着かせる。
「ん……すーすー」
「ふふ、今はただ、ゆっくり休んでくれ」
 関羽の髪はさらさらとしていて一刀の指によく馴染み、撫でている側からしても気持ちがいい。
 その後も、一刀は関羽の髪を指に絡めたり、くるくると指に巻き付けたりなど少し遊びを入れながら頭を撫で続ける。
 そのまま、ただじっと日が沈みつつある時間まで過ごしていた。
「ん……んん〜」
 関羽の口から声が漏れてくる。
「お? 起きたか?」
 どうやら目を覚ましたらしく関羽が動き始める。
「ふぁ、……ん?」
「ふふ」
 瞳が開いて一刀を見つめる関羽に、一刀は微笑む。
「っ!?」
「おはよう、愛紗」
「え? ど、どうして?」
「ん?」
「ど、どうして、私は一刀殿にこんな、ひ、ひ」
 なにやら関羽の呂律が回っていない、そこで一刀が代わりに続きを言ってみる。
「膝枕?」
 すると、関羽の顔が一瞬で赤一色となった。
「〜っ!? そ、そうです。何故こんな状態になってるんですか!?」
 捲し立てるように早口で訊いてくる関羽に、一刀はのんびりとした口調で答える。
「ん〜成り行き……だな」
「へ?」
 よくわかっていないといった感じで口をぽかんと開ける関羽。その反応に一刀は思わず苦笑を漏らす。
「ふふ、いやな、だから――」
 未だに、状況を理解できていない関羽に一刀が経緯を伝えていく。
 すると、話を聞いていく内に赤く染まっている関羽の顔に変化が現れる。頬はさらに赤みを増し、目は見開かれ口はぱくぱくと魚のように開閉している。
 そして一刀の説明が終わった瞬間、もの凄い勢いで一刀の膝から飛び跳ねるように離れる関羽。ようやく未だに一刀の膝に頭を乗せていたことに気づいたらしい。
「も、申し訳ありません。待っている間に眠ってしまったうえ、ご迷惑をお掛けしたとは」
 そう言って関羽は何度も頭を下げる。そんな生真面目な行動に苦笑しつつ一刀は答える。
「いいって、そんなに気にしないでくれ。それに、迷惑だと思ってたら起こしてたよ」
「そ、そうですか?」
 そう言いながら、関羽は上目がちに一刀の顔を伺うようにのぞき込んだ。
「あぁ、それに、かわいい寝顔も見せてもらったし」
 一刀が悪戯な笑みを浮かべながらそう告げると、関羽は再び目を見開き驚きを露わにする。
「え!?」
「ふふ」
 一々面白い反応を返す関羽に一刀の口から笑いが漏れる。
「…………あぅ」
 すっかり縮こまってしまった関羽は顔を真っ赤にして恥ずかしげに俯いてしまった。
「それより、もう日も沈みそうだしそろそろ戻るべきかな?」
 時間も大分経ってしまっていたため一刀は関羽に訊ねる。当の関羽はわかっていなかったらしく、一瞬何のことかわかっていないといった表情を浮かべたが、一刀の言葉を理解して辺りを見渡しすでに日が沈みつつあることに気づき、関羽は顔を強張らせる。
「えっ? えぇぇー! ももも、もう、こんなに時間が経っていたのですか?」
「あぁ、ぐっすり眠っていたからな」
「これでは、稽古をつけれませんね……」
 少し残念そうな声色で関羽がそう告げるのに対して一刀は微笑を浮かべたまま言葉を重ねる。
「まぁ、しょうがないだろ。また今度頼むよ」
「はい、ではまた今度ということで」
 そう答えた関羽の顔は笑顔になっていた。
 部屋へ戻るため一刀は関羽と来し方行く末を始めとした、互いに関することを語り合いながら部屋の方へと歩いき始める。
 そのまま二人で歩いていると、遠くから声が聞こえてくる。
「おーい、愛紗ー! どこなのだ!」
「愛紗ちゃーん!」
 なかなか戻らない関羽を探しに来たのだろう。張飛と劉備が関羽の名前を呼んでいる。あぁ、まさに家族なのだなと思いつつ一刀は頬を綻ばせながら関羽の方を見る。
「どうやら、お迎えが来たようだな」
「えぇ、そのようです。では……これで失礼します」
 とても穏やかな顔で一礼すると、関羽は劉備たちの方へと向かい歩を進めた。その後ろ姿に一刀は別れの挨拶を投げかけた。
「あぁ、また今度な」
「えぇ、今度はちゃんと稽古しますので!」
 一旦振り返ると、関羽はそうはっきりと述べてすぐに踵を返し、劉備たちの元へと駆けていった。そんな関羽を見送ると、一刀も部屋へ戻ろうと再び脚を動かし始めた。
 そして、歩きながら一刀は思った。関羽の寝顔を見ていてほんの僅かにだが昔に返ったような気分になっていたと……。だが、それは勘違いなのだ、関羽にはもう、大切な者たちがいて彼女だけの居場所がある、一刀にはそう思えてならなかった。
(もう、決まってしまったんだろうな……)
 かつての世界では共に歩んだ"彼女"もこの世界ではすでに別の道を進んでいるのだ……そう、一刀自身がすでに新たな道を歩き始めているように……。





 「無じる真√N」拠点06



 関羽との語り合いとはまた別の日のこと……。
 その日、一刀は部屋に籠もっていた。
「けほっ、けほ……やっぱり、風邪でも引いたかな」
 籠もりきりになっている理由である仕事を部屋で行っている一刀の口からせきが出る。
 せきは一刀が朝起きたときから、度々出続けていた。それに加え一刀は若干の気怠さを感じていた。
「やっぱ、昨日ちゃんと体を拭かなかったからかな」
 そう呟きつつ一刀は、昨日水汲みの手伝いをしたときに誤って水浸しになったときのことを思い出す。その時一刀は、両手一杯程はある多くのやらなければならないことがあったためとくに体を拭いたりしなかった。
 正直、濡れた体もそのうち自然にかわくだろうと特に気にもせずに放っておいたのだが、まさか翌日になって影響が出てきてしまうとは一刀も思っていなかった。
「くそぉ……健康管理も出来ないのか俺は」
 この城にいる者たちの多くは一刀以上に忙しいながらも病気で床に伏せることもない。それに比べ、ほんの少しとはいえ体調を崩してしまった自分に一刀は呆れ半分情けなさ半分といったようすでがっくりと項垂れる。
「まぁ、今日は仕事も少なめだしな。一区切りついたら、安静にしておこうかな……」
 自分の行いに腹を立てていてもしょうがないと思い、一刀は仕事を再開した。
 調子が悪いながらも一刀は黙々と作業を続け、なんとか仕事を一段落つかせることができた。
 ちょうど、昼だったため一刀は昼食をとろうかと思い立ち上がる。それと同時に、部屋の扉が吹き飛ばされそうな勢いで開かれた。
「うわっ!? な、なんだ!?」
「お兄ちゃん、おはようなのだ!」
「あぁ、鈴々か。おはよう」
 突然の侵入者の正体が張飛であることに気づいた一刀はそのまま挨拶を交わす。
「おじゃまさせてもらうのだ!」
 そう言って張飛が元気よく一刀の元へと跳ねるように近づいてくる。
「それで、どうしたんだ?」
「鈴々、お休みをもらったから、一緒にお出かけしようと思って」
 そう言いながら、張飛は上目がちに一刀の顔色を窺っている。そんな姿を見せられたら断れるわけもなく一刀は笑みを湛えながら張飛に応じる。
「ふふ……ちょうど仕事も一段落ついたし、俺でよければいいよ」
「やったー!」
 張飛が満面の笑顔を浮かべて両手を挙げる。ぴょんぴょんと跳ねている辺りが彼女の喜び具合を示している。
 そんな反応を微笑ましく思いながら一刀は、この娘の笑顔が見れるなら多少の無理もいいだろう。そんなことを思った。そして、同時に自らの体が一日もつことを願った。
「それで、鈴々は昼ご飯を食べた後なのか?」
「んにゃ〜まだなのだぁ〜街で食べようと思っていたのだ〜」
 張飛がそう告げるのと同時にかわいらしい音が彼女の腹から聞こえてくる。その様子に苦笑しつつ一刀は口を開く。
「はは……どうやらそうみたいだな。それじゃあ、すぐに用意を済ませるから少し待っててくれ」
「にゃはは、わかったのだ」
 そう言うと張飛は照れくさそうに笑いながら部屋の外へと出て行った。特にそれを見送ることもなく一刀は淡々と準備を済ませていく。
 そして、準備を済ませた一刀は部屋の外で待っていた鈴々に声をかけ、街へと出かけていった。
 城門を出て少し歩いたところで一刀は張飛への質問を口にする。
「さて、どうしようか……鈴々はなにか希望はある?」
「実は、もう決めていたのだ!」
 張飛は「えっへん」と自信満々にむんとその控えめな胸を張る。
「そっか。それじゃあ、案内してもらえるか?」
「うん!」
 笑顔を浮かべる張飛に一刀は肯き返した。
「それじゃあ、行こう」
「おう! なのだー!」
 そう言うやいなや、張飛が走り出した。一刀は、一瞬呆気にとられるがすぐに慌てて追いかけ始めた。
 一刀は、あまりにも速すぎる張飛の姿を何度か見失いそうになりつつも、人混みの中をなんとか進んでいく。
「ちょ、り、鈴々……速いって。ま、待ってくれ。けほっ」
 気がつくと、一刀の体調が優れないのもあってか張飛との距離が離れる一方となっていた。それでも置いていかれないように体に鞭を打って一刀は走り続ける。
 ようやく、張飛に追いついた頃には表通りからははずれ、脇道へと入り込んでいた。
 足を止めた一刀の目に映ったのは、裏通りにある屋台だった。咳き込んでいたため、少し息を整えてから一刀は張飛の元へ歩み寄った。
「へぇ……こんなところにもあるんだな」
 意外なことに、本来なら人通りもなく人影もまばらであるはずの裏路地に、それなりの数の屋台が鎮座している。その光景は、この辺り一帯がそこそこ栄えていることを如実に表している。
「そうなのだ、ここはとっておきの穴場なのだ!」
 張飛が、小さな胸を精一杯突き出しながら、どうだと言わんばかりに一刀に教える。彼女の瞳は爛々と輝いている。それを見ながらどうやら相当なおすすめのようだと思い一刀は微笑を浮かべた。
 そのまま張飛に連れられるように、一件の屋台へと寄る。人があまり寄りつかなさそうな裏路地には珍しい割と清潔感のある屋台だった。
 張飛の姿をその目に認めた屋台の店主が声をかけてくる。
「あ、こりゃどうも! いつも来てくださってありがとうございやす」
 無精髭に、ぼさぼさな髪と巻かれた捻りはちまきが目立つその頭から繋がっているいかつい体、そんな強面な風貌からは想想像もつかないような笑顔を浮かべている。正直、一刀には不気味だとしか思えない。
「うん、おっちゃんの料理は美味しいから何度も来ちゃうのだ!」
「ははっ、そう言ってもらえりゃありがてぇこってす」
 二人の会話の様子を見ていた一刀は、おそらくは随分と馴染みであるのだろうと、張飛と店主の関係を見極めつつ席につきながら張飛に声をかけた。
「それじゃあ、さっそく注文しようか」
「うん、それじゃあ―――」
 張飛がそのかわいらしい口を大きく開いて、料理を頼もうとするのを店主が遮る。
「いつものアレですね」
「――そうなのだ!」
 店主の言葉を理解しているのか、張飛は笑顔で肯いた。
「アレってなんだ?」
 興味を持った一刀は何気なく店主に訊ねる。
「へい、実は常連となったあの方のみ特別にご用意しているラーメンがありやして」
「ほぅ……そんなのがあるのか……」
 張飛専用の品があることに一刀が驚きの声を上げていると、店主が苦笑を浮かべつつ補足を付け加える。
「ただ、一般の方にはおすすめできませんがね」
「ん? それはまたどうして?」
「いや、さすがにあの方に張り合えるだけの食欲をお持ちだというなら、いいんですがね……」
 張飛をちらりと見ながらの告げられた店主の言葉に、一刀はおおよその予測がついた。
 張飛の食欲は常人のそれとは比べものにならない、前の"外史"で共に生きた一刀は店主の言葉にそれを思い出した。
 つまりは、店主の言う張飛用に用意された一品は常人には食べきれない程の量を誇るということだ。
 その結論に辿り着いた一刀は、特別な品への興味を失い、無難な注文をすることにした。
「なるほどな、それじゃあ、俺は普通のラーメンで」
「へい! かしこまりやした」
 注文を確認した店主がすぐに調理に取りかかる、その後ろ姿を見守るということもなく、一刀は横へと顔を向ける。
 その視線の先にいる張飛は、余程の空腹状態なのだろう、調理をしている店主、その後ろ姿をキラキラと瞳を煌めかせながらじっと見つめている。口の端からは、涎が垂れている。
(いかに待ち遠しいって感じだな……しかし、すごいな)
 そう思う一刀の視線は店主へと向けられている。店主は、元々なのか慣れているからなのかはわからないし、一刀自身知りたいとも思わないが、張飛のある意味で熱い視線を気にもとめずに黙々と調理を続けている。そんな店主の姿に一刀は、料理人としての誇りを感じた。
 その後、調理姿を見つめ続ける張飛と、それを気にせず黙々と作り続ける店主というある種不思議な光景を一刀が微笑混じりに眺め続けること数分、店主が一刀たちへとどんぶりを差し出してきた。
「ラーメン一丁あがり!」
 それを受け取りつつ、一刀はラーメンへと目を見張る。スープもほどよい色をしており、濃すぎでもなければ、薄すぎることもないであろうことが想像できる。
 手元のラーメンを見ながら一刀がそんな感想を抱いていると、張飛のほうもできあがったらしく、店主が声を上げる。
「へい、特大盛り一丁!」
 そう言って、店主が張飛へと差し出したのは、一刀が頼んだ普通のラーメンの十倍以上はあると思われるどんぶりに入れられたラーメンだった。
 前の"外史"以来、久しぶりに見る光景に一刀は呆気に取れた。そんな一刀を見つめながら張飛が訴えを起こす。
「もう、お腹がぺこぺこなのだ〜」
「あ、あぁ、それじゃあ食べようか」
「うん! いっただきまーすなのだ!」
「それじゃ、俺もいただきますっと」
 元気よく食事の挨拶をする張飛にならうように、一刀も食べ始める。スープは、実際にすくって飲んでみると想像以上に味の均衡が取れていて、驚かされる。
 麺ものどごしがよく非常に食べやすい。さらに、一緒に入れられている野菜もスープの味を邪魔せずむしろ、互いに魅力を引き立て合っている。
 まさに、絶妙な味わい。一刀には、この一杯で店主の腕前が窺い知ることができた。
(互いの味を侵略しない、絶妙な均衡……まさに、ラーメン内の天下三分だ!)
 一刀は、ラーメンを絶賛するあまり全身に力が籠もってしまう。
「にゃ?」
 気がつけば、突然妙に顔を強張らせた一刀を張飛が不思議そうに見つめていた。
「あ、ごめんごめん。なんでもないから気にせず食べてくれ」
 一刀が頭を掻きながら告げる言葉が終わるかどうかのあたりで、張飛は、すでにラーメンに意識を向けて食べることに集中し始めていた。その様子に苦笑しつつ、一刀もラーメンを食べ始める。
 温かくて、美味しいラーメンを口にしたことで一刀は、体の芯までぽかぽかと暖かくなり、体調も少し和らいだ気がした。
 その後、食事を終えた一刀たちは街の散策を再会していた。
「それで、こらからどうするんだ?」
「うーん……街をぶらぶらするのだ!」
「そっか、それじゃあ適当に店でも見て回ろうか?」
「応! なのだ」
 元気いっぱいな様子で応える張飛を微笑ましく眺めながら一刀は、張飛と共に手近な店から覗き始めた。それから、二人は目にとまった店を片っ端から見て回っていった。
「さて、次はどの店にするかな?」
「う〜ん、どうしようか迷うのだ」
 二人して首を捻りながら歩いていると、急に周囲が騒然としはじめた。
「ん? どうしたんだろ?」
「あ、あそこが元のようなのだ!」
 そう言って、張飛が指射す先を一刀は見る。そこには、なにやら黒い影が集まって人だかりができている。よく見れば、そこから急いで離れていく人たちもちらほらと出ている。
「行ってみるのだ!」
 一体どうしたのだろうかと一刀は駆けだした張飛の後に続いていこうとう足を踏み出す。
「あっ、待ってくれよ――けほっ」
 張飛の後を追いながら人混みを掻き分けていく一刀。再び出てくる風邪の症状と闘いながらもなんとか中へ中へと入っていく。
「ごめん、ちょっと通して」
 そうして辿り着いた中心。人の波を抜けた先にあったのは一軒の酒屋だった。そして、騒ぎの原因についても一刀はすぐに知ることとなった。
「おらぁ、親父! 早く酒もってこいや!!」
 酒屋の数席に陣取る集団、その中でも奥に座っている頭目と思われる男が店主に向かって怒鳴り散らしている。その上、男たちはすごを利かせて周りの人間を近づけさせていない……もはや完全に営業妨害の領域だった。
「けへへへへ、アニキは気が短けぇんだ、速く用意すんのが身のためだぞ」
 男たちの頭目の傍に控える小柄で鼻のでかい男が、脅しをかけるように店主にそう告げて口元を厭らしく歪める。
「そ、そうなんだな。もたもたしてると首をはねられちゃうんだな」
 太めの男がだめ押しをする。
 何重にも重なる男たちの下卑た野次にさらされ、店主が青い顔をしている。気のせいか、いや実際に店主の体は震えてしまっている。
 そんな光景に一刀はふつふつと怒りが込み上げるのを感じた。そして、腹に据えかねた一刀は一歩一歩男たちの方へと歩を進めていく。すると傍で様子を伺っていた一人の女性から声をかけられる。
「み、御使い様どちらへ?」
「ん? あぁ、これからあいつらに一言言ってやりにね」
 そう言って一刀は口角をわずかに上げて不敵な笑みを作る。それを見た女性は顔色を真っ青に染め上げてしまう。
「き、危険です、おやめください」
「そうもいかないよ。でもまぁ、確かに俺だけじゃ、まずいだろうな……よし、悪いんだけど、警邏中の兵を呼んできてくれない?」
 自分一人の力では、止められないだろうことは一刀にも予想はできている。そこで、彼女に援護を呼ぶように頼むと、女性は、ぎこちないながらも肯いた。
「か、かしこまりました」
 そう言うと、女性は踵を返して一目散に駆けていく。その姿を見送ると、一刀は再び男たちの頭目と思われる人物の方へと歩き始める。
「ん? なんだぁ、俺たちになんかようかぁ? にいちゃんよぉ〜」
 何も言わず目の前に立った一刀を訝るように睨みつけながら頭目が尋ねる。
「…………」
 怒りのあまり、一刀は感情をそのままぶつけそうになる。だが、なんとか押しとどめて口を閉ざす。
 そうやって一刀が頭を冷やしているのを、しゃしゃり出てきたのはいいが、尻込みしてしまっていると勘違いしたらしい男たちが下卑た笑い声を上げる。
「ぎゃははは、どうしたぁ? なんか喋ってみろよ!!」
 そんな男たちの反応にやれやれと首を竦めたくなりながら、いざ言葉を吐き出そうと一刀が口を開いた瞬間、一刀の真横を卓が飛んでいく。
 そのまま卓は壁へと思いきりぶつかり、砕け散った。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
 その光景に呆然とする一刀と頭目及びその側近たちの耳に、今度は複数の男たちの悲鳴が届く。
「な、なんだぁ!?」
 頭目が異常な様子に慌てる。そこへ、同じく慌てている小柄な男が一方を指さしながら話しかける。
「ア、アニキ! な、なんかちっこいガキが、突然襲いかかってきやがって!」
「な、なぁにぃ! ガキだぁ!? ガキがどうして!?」
 そう言いながら頭目は店の入り口の方を見た。それに合わせて一刀も視線を動かす。
 すると、そこにいたのは、
「お前らぁ!! いい加減にするのだ!!」
 眉尻を吊り上げ、怒りを露わにする張飛の姿だった。張飛はその小さな体には不釣り合いなほど凄まじい気迫をみなぎらせている。
 数多くいる武人と比べて常人よりの一刀でもわかるほどぴりぴりとした空気を張飛は発している。おそらく、殺気のようなものなのだろう。そして、それがわかるからこそ、一刀は張飛から圧を直にぶつけられている男たちが竦み上がっているのにもなんだか頷けた。
「ちっ! 野郎共!」
 頭目がかけ声を上げると、それに従って男たちが張飛を取り囲んでいく。おそらく、このままここで戦えば店に甚大な被害を受けさせることになるだろう。そう考えた一刀は、さすがにそれは避けなければと思い張飛へと声をかける。
「鈴々! ここで戦っちゃだめだ!」
「わかったのだ……お前ら、外に出るのだ!」
 一刀の言葉に頷き、張飛が男たちを外に誘い出そうとする。
「へっ、そんなの俺たちには関係ないぜ」
 小柄の男はそう吐き捨てるように告げると、じりじりと張飛へと近づく。それに合わせ周りの男たちも距離を詰めていく。
「なら、ちょーっとばかり無茶させてもらうのだ」
 そう言うと、張飛は不敵な笑みを浮かべて男たちを見渡す。その行動に男たちが首を捻った瞬間、もの凄い強い風が店内に吹き荒れた。気がつけば、円になっていた男たちのうち、店の奥側にいた者たちによってできた半円が、消し跳んでいた。どこに行ったのかと視線を巡らせると、全員綺麗に外へと転がされていた。
 一瞬何が起こったのかわからなかったが、一刀には予想がついた。おそらく、張飛が振り抜いた力強く、そして避ける間さえ与えない一撃によって、男たちは外へと吹き飛ばされたのだ。
 半円状だけ吹き飛ばしたのは、店の奥にいてすぐに出て行かなそうな奴らの除外のためだろう。
「さぁ、さっさと外へ出るのだ!」
 そう言って八丈蛇矛をつきつける張飛。さすがに、まずいと思ったのだろう男たちがじりじりと後退していく。
 ようやく張飛は、男たちを外へ出すことに成功した。
「こぉのガキ! おい、やっちまうぞ!」
 外に出るやいなや、一人の男がそう叫ぶ。それを合図とするように男たちが一斉に張飛へと襲いかかる。
 それを張飛は受け流していく。そうやって、張飛が時間を稼ぐ内に周りにいた人たちを離れさせるのが自分の仕事であると信じ、一刀はひたすら動き回る。
 そんな一刀へちらりと視線を向けたりしながら張飛が敵を薙ぎ倒していく。一刀は思わず、その様子に目を奪われてしまう。それがいけなかった。
「おい! ガキ!! 動くんじゃねぇ!」
「うぇっ、ふぇぇ〜ぐすっ」
 頭目の荒々しい濁声と、子供の叫び声に一刀と張飛が視線を向ける。その先には頭目の腕に抱えられた子供と、その喉元に添えられた鈍い光を放つ小刀の刃が映る。
「なっ! 卑怯なのだ!!」
 それによって、張飛の動きがぴたりと止まる。それを見て頭目が笑いを漏らす。
「くっくくく、いくらてめぇが強ぇっていっても無抵抗じゃどうしようもねぇよなぁ〜」
 頭目は舌なめずりしながら、下卑た笑いをはばかることなく大声で上げた。
 そのまま一人きり笑うと、頭目はじろりと張飛を睨みつける。
「さぁ〜て、どうするかなぁ〜? 一発で死なせてはやらねぇ……」
 頭目の目は血走っていて、視線はじっとりとした端から見ている一刀にも不快に感じる。張飛を囲む男たちも血走った瞳で頭目と同じ視線を張飛へと向けている。
(くそっ、どうにかしないと……)
 そう思い、歯をぎりと噛みしめながら先程、張飛が大立ち回りをこなしていた間に手にした竹箒を握りしめる。だが、竹箒一本ではとても役に立つとも思えない。
「へへへ、どう、いたぶってやるかな」
「取りあえず、殴り飛ばしてやるか」
「うぁっ!」
 そう言って男の一人が、張飛の頬を殴りつける。小柄な張飛の体が勢い負けてよろける。
「いひひひ、俺もぶっとばしてやるぜ!」
 張飛がよろけた側にいる男が殴られたのとは逆の頬を殴り飛ばす。
「あぅっ!」
「じゃあ、俺は蹴り飛ばすぜぇ!」
 さらに弾き飛ばされた張飛を、その先で待っている男が蹴りつけた。
 その後も鈴々は痛め続けられる。それも一切無抵抗の状態で……。
「く、くそ……ちくしょう……」
 あまりにも理不尽な暴力、それを止められない自分。そんな状況に一刀は一層力強く歯を食いしばる……それこそ歯が欠けそうなほどに。
 そうして、噛みしめている歯の隙間に入り込んでいる唇から生暖かい液体が染み出している。だが、一刀はそれも気にならないほどに頭にきていた。
 あまりの情けなさと不甲斐なさに一刀が歯がゆく思っているところへ、新たに人影が現れる。
 その人影に頭目の注意が逸れた。それを見た瞬間、一刀は今しかないと判断して一気に頭目の元へと詰め寄った。
「うぉおお!」
 頭目が気づく前に一刀は、竹箒の柄で小刀を握る手を突いた。もちろん手加減などはしない、体重をかけた重みのある一撃を食らわせた。
「な、てってぇめ―――――ぐっ!」 
 一刀の自身でも最高と思える程の一撃を受けた頭目は思わず、小刀を落とした。そして頭目が動揺しているのを察知した一刀はその隙に乗じて、子供を引きはがし引き寄せた。
「この子は返してもらう!」
 そう告げながら、一刀は子供を地面へと降ろした。そして、未だ目を白黒とさせている子供へ一刀は優しく語りかける。
「いいかい、俺があの男に飛び掛かったら、あそこにいる兵隊さんのところに行くんだ。いいね?」
 そう、新たに出現した人影は警邏に出ていた兵だった。一刀は、先程呼んでくるように頼んだことを思い出した。どうやらそれが、ようやく来たようだ。それも機としてはぎりぎりなところで。
 はっきり言って、本当に危なかった、と一刀は思いひとまず安堵する。
 そんな内心は表出さず、じっと子供を見つめる一刀に子供が肯き返す。
「う、うん」
 その返事を確認して、一刀は子供を背にするように男と向かい合う。
「てってめぇぇぇぇ」
 逆上した頭目が一刀に向かって勢いよく襲いかかってくる。
「よし! 今だ!」
 向かってくる頭目に一刀も応戦しようと構える。それに会わせて、背後にいた子供が兵の方へ向かって駆けていく。
 それを視界の隅にとらえつつ、頭目の攻撃をいなす。
「ほ、北郷様、何事ですか?」
 未だ状況把握が上手くいっていない兵が一刀へと疑問を投げかけてくる。そちらに視線を向けることなく一刀は口を開く。
「説明は後だ、その子を連れて逃げろ!」
「し、しかし!」
「いいから、速くしろ!」
 戸惑う兵に一刀は一喝浴びせる。問答などしている余裕は一刀には正直言って、無い。頭目の相手をするのに集中しなければならないから……。
 再び、戦闘に集中し始めた一刀を余所に、一刀の言葉を受けた兵がこの場から離れるように走り始めた。
「この子を安全なところに預けたら戻ってまいります!」
 去り際にそんなことを言い残していく兵の律儀さに一刀思わず笑みを零す。
「余所見してんじゃねぇ!」
 一刀が、子供と兵に気を取られていると思ったらしい頭目が、小刀を握り直して一刀へ飛び掛かる。
「くっ!」
 頭目が上段から振り下ろしてくる小刀を一刀は、竹箒でぎりぎり受け止める。頭目は、意外にもやる……そう思う反面、一刀は、自分だって普段から鍛錬をしているのだ、だからこそ、目の前の男に引けを取らない、と決意する。
「せいっ! せいっ!」
 一刀は、中段の構えから相手の手元を中心に狙い竹箒を振り下ろしていく。
「くっこのっ」
 頭目も、ここで小刀を叩き落とされたら不利になることを分かっているらしく、斬りかかってきながらも小刀特有の小回りの利く動きで器用によける。
「ちっ、しつこい野郎だ」
 苛立ってきた頭目が、一発で仕留めようと一刀へ向かって飛び掛かり、その勢い、そして速度に乗せた突きを放つ。
「それは、こっちの台詞だよっ!」
 それを紙一重でよけると、一刀は頭目の横へ位置取りするように滑り込みながら移動し、一撃を加えようと竹箒を振り上げる。
「あ、あれ? う、うそ―――」
 あとは、振り下ろすだけというところで一刀の意識は完全に途絶えた。

「う、うぅん〜はっ!?」
 失っていた意識が戻った一刀は、自分が生きていることにひとまず安堵しつつ辺りを見回す。
「あれ? ここは……俺の部屋?」
 部屋の様子は間違いなくもうすっかり見慣れた一刀に宛がわれた部屋だった。
「そのとおりですよ、一刀殿」
 一刀の独り言に闇の中から返事が返ってくる。驚きのあまり、一刀は思わず体を勢いよく起こした。
「え!?―――ごほっごほっ」
「おやおや、無理はいけませんぞ。一刀殿」
 そう言いながら一刀を窘めたのは趙雲だった。
「星、ごほごほ、どうして? いや、それより鈴々は……ごほっごほっ!」
「取りあえずは、落ち着いてくだされ……話はそれからしますゆえ、ひとまず落ち着いてくだされ」
 そう言いながら趙雲は、一刀の体を再び横にする。
「あ、あぁ、大丈夫。落ち着いたよ。それで――あの後どうなったんだ?」
「えぇ、実は―――」
 そして、趙雲が語った事の顛末はこうだ。
 一刀が気を失った後、頭目はここぞとばかりに一刀に向かって小刀を突き刺そうとしてきたという、しかし、自分を囲んでいた男たちを倒した張飛が、それを間一髪のところで制して逆に頭目を叩きのめしたということだった。
 そして、倒れた一刀は約束通り戻ってきた兵に背負われて他の駆け付けてきた兵たちに後処理をまかせた張飛と共に一刀を城へと送り届けたそうだ。
「そっか、それで鈴々は?」
 一刀はずっと気になっていた張飛の行方を趙雲に訊ねてみると。趙雲はどこか、微笑ましげにそれに答えた。
「今、桶に水を汲みに行っておりますよ」
 趙雲のその様子が気になり、一刀はさらに問いを重ねる。
「水を汲みにって……どうして?」
「はぁ、わかりませぬか?」
 趙雲から、ため息混じりの半眼で睨まれ思わず「うっ」と一刀は呻く。
「……もしかして、俺の看病か?」
「それ以外になにがありますかな」
「ない……な」
「えぇ、そうでしょうな。おや、そろそろ鈴々が戻ってきそうですな。それでは、これで失礼させていただくとしましょう」
 そう言うと、趙雲は窓から出て行った。それを見て、一刀はまさか、入るときも窓からだったのだろうか、という疑問が湧いたが、趙雲ならやりかねないとだけ考えて思考を中断した。
 ちょうど、その時に部屋の扉が開かれる。
「…………」
 入ってきたのは、張飛だった。いつもの元気な姿の面影など一切無く桶を持つ両腕にも力が入っているようには見えない、また、肩をがっくりと落としており顔も俯かせていて、とても弱々しい姿をしているように一刀には見えた。
「……あっ!? お、お」
「お?」
 自分の姿を一刀が眺めていることに気がついた張飛は、何故か体を硬直させて小刻みに震えだした。そして、上手く動かない口から張飛が何かを発しようとしているのを感じた一刀は、何事かと訊ねようと体を起こす。
 その瞬間、弾けるように張飛が跳んだ。
「おにぃ〜ちゃ〜ん!!」
 そのまま一刀の元へと飛び込んでくる。一刀はその勢いを殺しつつ張飛の体を抱きとめる。
「おっと、と……どうしたんだ?」
 急な行動の理由を張飛に訊ねてみるも返事はない。どうしたものかと困り顔になりながら一刀が再度、耳を澄ませると、
「……うっ、ぐすっ」
 張飛の嗚咽が聞こえてきた。張飛は泣いていた。一刀の胸に顔を埋めているため確認はできないが、きっと張飛の顔はくしゃくしゃになっていることだろう。
 そんな張飛を気遣うように一刀は、ただ黙って頭を撫でながらあやす。そのまま空いた手で張飛の背中をぽんぽんと軽めに叩く。
 しばらくして、落ち着いたらしい張飛が顔を上げたのに合わせて、先程から込み上げてきているせきを堪えつつ、一刀は再度張飛へと質問を投げかける。
「どうしたんだ? 急に泣いたりして」
「ぐすっ、だって、だってお兄ちゃんが」
「俺?」
「急に倒れて、ぐすっ……それで、近づいてみたら、すごく苦しそうな顔をしてて……」
 その時のことを思い出したのか、再び張飛の瞳の端に雫がたまっていく。
「ここで寝かしてからもなかなか、目を覚まさないし……すんっ、そ、そのまま……」
 そうか、張飛は怖かったのだろう。一刀が倒れ意識が戻らなかったことが。一刀が、彼女の届かない遠くへ行ってしまうのではないかという考えが……。
 その事に気がついた一刀は抱きとめていた張飛の体に腕を回してそっと抱きしめる。
「そっか……ごめんな心配させちゃって」
 そう言って一刀は抱きしめる腕に力を込める。そうすることで張飛に一刀が無事であり、ちゃんとここにいるということを実感させるように。
「うぅん……鈴々が連れ回したのがいけなかったのだ……」
 抑揚の無い声でそう呟くと、張飛は顔を俯かせてしまう。そんな彼女の姿に一刀の胸に罪悪感が過ぎる。
「ま、待ってくれ! べ、別に鈴々が悪いわけじゃないんだよ」
 その言葉に張飛の体がぴくりと動いたのを、一刀は彼女を抱きとめる腕に伝わってくる感覚で気づく。その反応から張飛が一刀の話を聞いていることを示していると判断し、言葉を重ねていく。
「俺が健康のことをあまり考えなかったからいけないんだ……体調が優れないこと自体だって俺自身の健康管理の至らなさから来たことだし……それに、そういう状態になってるって自分でもわかっていたけど、その上で、鈴々と出かけたわけだしさ」
 一刀の言葉に対して張飛が顔を上げる。そしてその口から「でも……」という反論の言葉を発したところで一刀は彼女の言葉を遮るようにして詰めとなる一言を告げる。
「だから、自分の体調のこともろくに管理出来なかった俺が悪かったんだ。だから、鈴々は気にしないでくれよ。な?」
 張飛に言い聞かせるように語りかける一刀。張飛はその言葉に一応頷きはするものの、その表情は未だ優れない。その様子に苦い笑みを浮かべつつ一刀は再び言葉を紡いでいく。
「なぁ、そんなに落ち込んだ顔を俺に見せないでくれよ。俺としては、鈴々の笑顔を見せてほしいんだけどな」
 少しおどけるように告げる。すると、張飛が俯き気味だった視線を一刀の顔へと移す。
「え?」
「俺はさ、鈴々の笑顔が大好きなんだ。だから、鈴々の笑顔を見せてもらえればきっと速く元気になれると思うわけなんだよなぁ……だからさ、見せてほしいんだ、鈴々のいつもの笑顔を」
 頭を撫でながら、一刀はその一言一言に心を込めるようにして語っていく。これは一刀の正直な気持ちなのだから、それも当たり前なのだ。
 前の"外史"において、一刀は何度も"少女"の笑顔を見てきた。それはとても明るく、そして周りの心すら気づかぬうちに救ってくるものだった。
 だからこそ、一刀は見たいのだ……今ある曇りがちな表情ではなく、太陽のような少女の笑顔を。
「……本当?」
 小首を傾げながら張飛が訊ねる。それに対して一刀は笑顔で頷くことで肯定の意を示す。
「あぁ、本当だよ」
「それなら、い〜っぱい見せてあげるのだ!!」
 そう言うと張飛は満開の笑顔を浮かべた。その表情を見ながら一刀はほっと安堵のため息を吐いた。心に余裕ができたからか、一刀は張飛の顔に施された手当の痕に気がついた。
「鈴々……これって」
 張飛の顔に残された痛々しい痕にそっと触れながら一刀は事情を訊く。
「にゃはは〜たいしたことないのだ!」
 そう言って笑う張飛を改めて観察してみれば、腕や脚の所々にも包帯が巻かれている。それに気づいた瞬間、一刀は心がぎゅっと閉まる感覚がした。
「なに言ってるんだ!! こんなに、怪我しているじゃないか!」
 張飛は気にしていないようだったが、とてもそんなに軽い怪我だとは一刀には思えない。
「少し痣になった程度だから、大丈夫なのだ」
 一刀を安心させるように喋る張飛、その様子をぼぉっと見つめる一刀の脳裏に先程の男たちの姿が過ぎる……そうすると、ふつふつと再び怒りが湧いてくる。
 そうだった……張飛は一刀の失敗により男たちに無抵抗な状態で数々の暴行を受けたのだ。そのことを思い出し、一刀は男たちへのものと同等の怒りを自分に対しても覚え思わず舌打ちする。
「くそっ、あいつら……なぁ、鈴々」
「なんなのだ?」
 自分の中に渦巻く複雑な怒りを抑えながら一刀は気になったことを張飛訊ねる。
「あの男たちはどうなったんだ?」
「えっと……確か今は牢の中なのだ!」
「そっか……ちゃんと捕まったんだな」
「そうなのだ。それと、どうもあいつらは鈴々たちがやっつけた賊の残党だったらしいのだ。だから、きっとただでは済まないと思うのだ!」
「なるほどな……」
 その言葉を聞いて一刀の男たちに対する怒りが治まっていく。それでも自分の不甲斐なさに対する憤りだけは凝りとなって残る。
 そんな自分の心を誤魔化すように……そして、心を落ち着けるように一刀は張飛の頭を撫で始める。
「にゃ〜」
「だけどな、鈴々」
「にゃ?」
「いい機会だから言わせてもらうけどな。いいか……鈴々だって女の子なんだ。だから、傷のことをもう少し気にするべきだと俺は思うぞ」
「う〜ん、でも戦えば傷はできちゃうのだ」
 張飛が不思議そうに一刀を見つめる。そんな彼女の様子にまったくと肩を竦めながら微笑混じりに一刀は口を開く。
「まぁ、そうなんだけどな。だ、け、ど、少しは気にしたほうがいいぞ。せっかくかわいいんだからさ」
「鈴々ってかわいいのか?」
 飼い主に遊んでほしがる子犬のような顔で張飛が一刀に訊く。その姿がかわいらしかったため、一刀はわしゃわしゃと張飛の頭を撫でながら応える。
「あぁ、とってもかわいいぞ」
「にゃはは、褒められたのだ!」
 とても嬉しそうに笑顔を浮かべる張飛。彼女を見ていると本当に心が洗われる、一刀はそう思う。それだけでなく、一刀は心なしか体調も起きた当初より良くなっている気がしていた。
 その後も、張飛の看病を受け続け、数日後にはその御陰なのか一刀はすっかり完治して仕事に励むことができた。
 一刀は、その数日間を振り返る。公孫賛を筆頭に、身近な娘が何人か来てくれたのだが、その度に説教をされ精神的にまいったりした……もっともそれは一刀だけの秘密である。
(しっかし、誰かが看病に来る度に、部屋の前で騒がしくなってたのはなんだったんだ?)
 一刀は、ずっと抱えていたその疑問を仕事で共に行動することになった趙雲にそれとなく訊ねてみた。

 首を傾げる一刀から疑問を投げかけられた趙雲は、彼の関知しないところでなかなか面白いことが起こっていたことを思い出す。
 数日前、少なくとも趙雲がその出来事に関わったのはそれが初めてだった。その時、趙雲は一刀の見舞いのために彼の部屋へと訪れるため廊下を歩いていた。そして、一刀の部屋の前へと辿り着いたところで複数の人影がなにやら蠢いているのを見かけた。
「こ、ここは私がだな……」
「白蓮ちゃんは忙しいんだからわたしにまかせてよ」
「いえ、ここはお二人でなく私がですねぇ……」
 公孫賛と劉備、さらに関羽までもがなにやら牽制し合うようににらみ合っている。
「おや、三竦みな状態で……どうなさったのですかな?」
「お、おぉ……星か」
「こんにちは、星ちゃん」
「…………」
 公孫賛、劉備は歩み寄る趙雲に返事をするが、何故か関羽だけ顔を引き攣らせたまま趙雲を見つめている。
 一体、どうしたのだろうかと趙雲が首を傾げるのと関羽が口を開くのはほぼ同時だった。
「ま、まさかとは思うが……星、お主も……この部屋に用がある……のではあるまいな?」
「ほぉ……よくわかったではないか」
「っ!?」瞬間、劉備と公孫賛の息を呑む声が趙雲の耳に届く。
「…………はぁ、よもやこんなことになろうとは」
 趙雲の答えを聞いた三人ががっくりと肩を落とした。
「ふむ、ということは一刀殿の元へ行くことについて三人で揉めていたわけなのだな……」
 あぁ、そういうことかと趙雲が納得したように肯くと、関羽が慌てて弁明を始める。
「なっ、べ、別に私は関係ないぞ! ただ、桃香様と白蓮殿がだな……」
「お、おいっ!」
「あ〜なにそれぇ! 愛紗ちゃんだって『私が行きますのでおまかせを』とか言ってたじゃない!」
「な、なにを……私はただ一刀殿を心配してですね……」
 三人は再びあれこれと口論を始める。その隙に趙雲は扉へと歩み寄る。
「まったく……では、私が行くとしよう」
「却下!」何故か三人が息ぴったりに趙雲を制止する。
「おやおや……これはまた何故却下なさるおつもりか?」
「なにを言う、お主……ただ抜け駆けをしようとしただけではないか!」
「まったく……油断も隙もあったもんじゃないな」
「…………」劉備は抗議の言葉は発しないが視線を趙雲に突き刺している。
 凄む三人に首を竦めると趙雲は歩を戻し、公孫賛たちと再び顔をつきあわせる。
「それで、どうしようというのですかな?」
「だから、そのことで話をしていたんだ!」
 趙雲の投げやりな言葉に公孫賛が拳を握りしめながら答える。他の二人も肯いている。
「して……結論は?」
「うむ、まったくもって平行線だ」
「…………」
 何故か胸を反らし、自信に満ちあふれた声で返答をする公孫賛に趙雲は思わずため息を零す。
「やれやれ……まったくそろいも揃ってなにをしておられるのやら」
「そう言う星も同じ穴の狢だろうが」
「そうだそうだー」
「激しく同意だな」
「ふむ、言ってくれますなぁ三人とも……」
 趙雲はあえて挑発するように三人に対してすごを利かせる。
「ふん! 星よ、お主は一々せこいのだ!」
「なんだと……?」
 関羽の言葉に趙雲の眉がぴくりと動く。さすがに聞き捨てならなかったということだ。趙雲はその不満の意を込めた視線を関羽に向けるが、当の本人はまったくもって意に介した様子もなく趙雲を半眼で睨みながら趙雲へ更なる言葉をぶつけてくる。
「そうであろう? 実際、お主は我らの隙を突いて出し抜こうとしたではないか?」
「言いがかりも甚だしいぞ、愛紗!」
「事実ではないか!」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
 険悪な雰囲気を放ちながら口論を始める趙雲と関羽に劉備の制止の声が届く。が、それに対して関羽は柳眉を吊り上げ、その切れ長の鋭い目つきをした瞳を向ける。
「そもそも、桃香様も桃香様です。一軍の長である桃香様が直接見に行くよりもこの関雲長が代表として行くだけで十分と言っておりますのに、まぁっったく耳をお貸しにならない!」
「ちょ、ちょっと、愛紗ちゃん!?」
「まったくだな……そして、その道理でいけば白蓮殿もお戻りになられるとよいでしょうな」
「な、なんだと!?」
「ここは、客将である私にまかせ、白蓮殿は自らの仕事に戻られるべきだと申しておるのですよ」
「いや、私は時間が空いたから来たのであってだな……」
 口元を歪めながら告げた趙雲の言葉に公孫賛の声が震える……それは怒りなのかはたまた動揺のためかはわからない。だが、少なくとも強めに言い返してこないその様子に趙雲は自分が優勢となっていることを確信する。
 臣下組と当主組の間に沈黙が流れる。風すらも吹かず、周りの雑音すらも聞こえない……それほどまでに神経を集中させ、互いに次の動きを探っている。
 そして、いち早く動いたのは劉備だった。
「……でもさぁ」
 ゆっくりと、劉備はそのかわいらしい唇を開いていく。
「見舞いに代表が行くって言うなら……立場が上である人物の方が相応しいんじゃないのかな?」
「っ!?」
 劉備の言葉に、趙雲は内心「しまった」と思った。そして、趙雲が不覚を取ったことに舌打ちしたい気分になるのを押さえていると今度は公孫賛が言葉を投げてくる。
「そうだな……うむ、桃香の言うとおりだな。というわけだ、愛紗、星、さっさと戻れ」
「そうはいきません。なぁ、星」
「うむ、そのとおりだ。ここで引き下がるわけにはいかぬ」
 この時点になって趙雲は気づいた。何故か自分が熱くなっていることに……それだけではない、あまりこういったことに思うところなどなさそうな関羽までもが趙雲と同じなのだ。
 それほどまでに北郷一刀という人物には何かがあるのだろうか、そんな疑問がふと趙雲の頭を過ぎる。
(ふ、愚問だな……)
 頭を過ぎった疑問を心が何故か即答していた。趙雲はそんな自分に内心驚きつつ、目の前に立ちふさがる"敵"を見据える。
「桃香が述べたことに間違いはないんだ。だから、私たちが一刀の元を訪ねる以上、星たちがいる必要はないんじゃないか?」
「いえいえ、ですから申したではありませんか桃香殿も、白蓮殿も何かと忙しい身であるはず」
「それなら、さっき言ったろ。今日は休みだと」
「だからこそです、たまの休みくらいのんびり過ごされては如何かと言っておるのですよ」
「……ぐっ」
「今、星が良いことを言った! そうですよ、桃香様もお休みになられては――」
「そもそも、わたしは忙しくないし」
「なっ!?」
 趙雲の言葉にそれだと言わんばかりに表情を輝かせた関羽が劉備へと話を持ちかけるがばっさりと切り捨てられ悲鳴を上げる。
 関羽のその様に思わず吹き出しそうになるのを堪えながら趙雲は口を開く。
「……なんにせよ、白蓮殿は休まれるということで」
「う、うむ、それがいいな」
「うんうん、さ、戻りなよ」
「なっ! お、お前ら〜!」
 同盟を組んでいた相手に裏切られた公孫賛が全身を震わせながら呻く。
 それからは酷かった、互いになんとか貶めようと計るなど当たり前、同盟したり裏切ったりの繰り返し、結局結論が出ないまま四人は長々とその場に居続けた。
「いい加減にせんか!」
「それはこちらが言いたいですよ!」
「もうー! 三人とも諦めてよ!」
「……そうもいかぬでしょう!」
 趙雲はそう言って残りの三人をじっと見つめる。劉備、関羽、公孫賛、その誰もが同じ表情をしている。つまり、趙雲と同じで引き下がる気などさらさら無いということだ。
 そして、そんな想いを乗せるように互いに声を荒げ始める。その時、耳を劈くような声が四人へとぶつけられる。
「なにやってるのだ!」
「あ」
「り、鈴々……」
 声の発信源を見ると、なにやら包みを持った張飛が佇んでいた。その眉は吊り上がり、頬もぷっくりと膨らんでいる。
「まったく……お兄ちゃんのお見舞いに来てみれば部屋の前で騒いで……いい迷惑なのだ!」
「んなっ!?」あまりに正論過ぎる張飛の言葉に四人は口をつぐんでしまう。
「はぁ……もういいのだ。お兄ちゃんのところに行くからどくのだ」
 そう言って、張飛は四人を押しのけて部屋へと入っていった。その姿を呆然と見送った趙雲はふと我に返ると口元を綻ばした。
「くく……してやれましたな」
「はぁ……まったくだな」
「結局、鈴々ちゃんの勝ちか……」
「いや、桃香様……あやつに勝ちとか負けとかは無かったのでは……」
 劉備の呟きに対する関羽の言葉に趙雲は思う。無欲の勝利とはこういうことを言うのだ、と……。
 結局、その日の見舞い及び看護は張飛が行い、趙雲を含めた四人は肩を落として各自部屋へと戻ったのだった。
 そして、その日以降は張飛も含めて誰が行うかという言い争いをすることになったのだが、誰一人としてそのことを一刀には話していない。
(しかし、今思い返せばなかなか面白いことだが当時の私はあまりに必死すぎたな……)
 過去を振り返り、趙雲はわずかながらも笑みを零した。
 そんな趙雲を見た一刀が何度も首を傾げていたが、趙雲はただ笑うだけだった。

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