無じる真√N ――――――――――――――――――――――――――――――――― 拠点04  次々と兵が報告をあげていき、最後の兵が報告内容を告げる。 「こちらも以上ありませんでした」 「了解、お疲れさま。それじゃあ、これで解散!」  今日は、警邏の担当だったため、数人の兵と共に見回りを行い。集合場 所である城門前にて報告会を行い、どこも異常なしという報告があがった のを確認した俺は、解散の号令を掛ける。 「はっ!それでは我々は戻ります」  代表して一人の兵が俺に告げる。 「わかった。俺はちょっと街を見てから戻るから」  そう返して、街の方へと歩き出す。  しばらく見て回り、そろそろ城に戻ろうと角を曲がると、ふと、どこか らか、おばあさんの声と女の子の会話が聞こえる。そちらへ目を向ける。  そこには、露店があり、そこの主と思われるおばあさんがいた。そのお ばあさんに、何か言われている女の子へ視線を移すと、見知った顔だった ため声を掛ける事にする。 「どうしたんだ?桃香」 「―――だからね、別にいいの、それは、ね……あっ!?一刀さん」  何かを断っているかのような言葉をはしていた桃香は、俺の姿を認める と、こちらへ困った表情を向けてくる。  それと、同時に俺に気づいた店主が語りかけてくる。 「これは、御使い様。そうだ、御使い様からも仰って下され」  店主のおばあさんが、俺に話しかけてくる。そこで改めておばあさんを 見てみると、俺が街に来たときに時折、声を掛けてくれる野菜や果物を売 っている気さくなおばあさんだった。 「やぁ、どうかしたの?」  おばあさんと桃香がどういった状況に置かれているのかがわからないた め尋ねてみる。 「えぇ、実は―――」  おばあさんの話を要約するとこうだ。  今朝、収穫した果物を店まで運ぶために、籠に入れて街に戻ってきたの だが、そこで腰を痛めてしま、困っていたところへ桃香が通りかかり、代 わりに運んであげたのだそうだ。  店についたおばあさんが、運んでもらったお返しをしようとすると、姿 が消えていて残念に思いながらも商売を開始したらしい。  そして、先程たまたま店の前を桃香が通り過ぎたので声を掛け、渡せな かった御礼をと、小さな籠に入れた果物を渡そうとしたのだが、桃香がそ れを受け取ってくれず話が平行線となっていたところに俺が現れたという ことだ。 「なるほど、そういうことか」  桃香が人助けという、安易に想像の出来る話に必要以上に、納得してし まう。 「ですから、御使い様も受け取って頂くよう仰って下され」 「ふむ……そうだな。桃香」  まぁ、おばあさんの頼みを聞き、桃香へと声を掛ける。 「何?」 「ここは、受け取っておくべきだよ」 「え!?で、でも……」  俺がそう言うとは思っていなかったのか、うろたえる。桃香のそんな様 子にかまわずおばあさんが渡そうとしていた果物から桃を一つ取り、手渡 し、諭す。 「いいから、ほら一個なら受け取れるだろ?」 「う、うん……それなら、喜んで受け取らせて貰おうかな」  その桃を胸の前で両手で抱えるように持つ。俺たちのやり取りをみてお ばあさんが、口を開く。 「一つで、よろしいのですか?」 「はは、大丈夫。この娘には、それだけで十分気持ちは伝わるからさ、こ れで納得してもらえないかな?」 「そうですよ。桃を貰えて、おばあさんが感謝してくれてるっていうのは よく分かったから……ね?」  俺のに続いて桃香が優しく語りかけるように、おばあさんに告げる。そ の顔は、とても優しげにはにかんでいる。その表情から、本当にそう思っ ているのが伺える。  それは、おばあさんも一緒なようで最初は、申し訳なさそうだった表情 が、桃香と同じように優しい笑みへと変化していった、その様子から満足 してくれたのが伺える。 「御使い様、お一つ差し上げます」  そう言って、おばあさんが桃を差し出してくる。 「え?いや、俺は貰うわけには……」  いきなりのことに戸惑う。そんな様子を見て、おばあさんが説明をして くれる。 「いえ、この場を治めてくださって御礼です」 「え?いや、俺は―――」  受け取るわけにはいかない。そう続けようとした瞬間。 「だめだよ、御礼なんだから受けとらなきゃ」  桃香が、まるで悪戯を成功させた時の子供のような表情を浮かべて、俺 に言う。 「まいったな。それじゃあ、俺も一つ貰おうかな」  頬を掻きながら、手を差し出す。 「ふふ、どうぞ」  そんな俺を、おかしそうに見ながらおばあさんが桃を手渡してくれる。 「ありがとう。悪いね」  そう言いながら、感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔を浮かべる。それ を確認して、おばあさんも納得してくれた。ふと、横にいる桃香に、視線 を移すと、こちらを見つめていた。 「……」 「ん?どうした、桃香」 「え?ううん、なんでもないよ」  そう言ながら、桃香は何でもないと表すように、首を振る。その様子を 訝っていると、おばあさんがくすくと笑い始める。 「きっと、御使い様が先程仰った言葉と、今ご自分が行った行為、その矛 盾がおかしかったのではないですかな?」  相変わらず、くすくすと笑いながら言う。そんな、おばあさんの言葉を 聞いた上で桃香の方へ視線を移すと、くすくすと笑っていた。  その様子から、おばあさんの言葉が、おそらく当たっているのだろうと いうのが伺える。 「おいおい……そんな、笑わなくてもいいだろ」  思わず、情けない声が出てしまう。そんな俺を見て、二人は、一層、笑 い出す。そんな二人につられたのか、自分の間抜けな様子がおかしく思え たからなのか、俺も笑い始める。  数分後、しばらく笑いあった後、おばあさんに別れを告げ、城への帰り 道を桃香と二人で歩いていた。 「しっかし、さっきのには驚いたよ」 「え?」  感慨深げに語る俺を不思議そうに見る桃香。 「いや、ほら……なんていうか桃香にあそこまで頑固な面があるとは思わ なかったからさ」  俺が苦笑しながらそう告げると 「えーそんなことないもん!」 「ぷっ!……くくく」  頬をふくらませた桃香は、ぷいっと顔を背けてしまう。その子供のよう な振る舞いに思わず吹き出してしまう 「むぅ〜」 「くくく……そんな、機嫌を悪くしないでくれ」 「べっつに〜機嫌悪くなんてなってないもん」  そう言う、桃香はやはりむくれている。本人はその顔が可愛らしいこと には気づいていないのだろう。そう思うと余計に笑いがこみあげてきてし まう。そんな俺を見て、「むぅ〜」だの「ぶーぶー」だのと不満を表して いた。 「まぁまぁ、取り敢えずもらった桃でも食べて気を落ち着かせよう」 「ふんっ」  態度ではまだ拗ねているようだが、手はしっかりと桃を口へ運ぶ。それ にあわせて俺も一口食べる。 「おぉっ、美味い!適度な甘さ、ほどよい水分、なかなかの一品じゃない かよ、この桃!」  あまりの桃のうまさに声を上げてしまう。 「……うわぁ、甘くて、美味しい!」  ようやく、桃香が笑顔になる。どうやら、機嫌も直ったようだ。まった くもって桃様々だな。などと思っていると、桃香がようやく、こちらに向 け、話しかけてくれる。 「ねぇ、一刀さん」 「ん?」 「あのね……さっきのことなんだけど」 「うん」 「御礼を受け取るべきだって言ったでしょ?」 「あぁ、言ったな」  急にどうしたのだろうと思い、彼女を横目で見ながら肯定する。 「それもすぐだったでしょ?それが気になっちゃって。どうしてなの?」  思わぬ質問に、一瞬たじろぐが、すぐに答える。 「そうだな……桃香は御礼をもらうために助けたんじゃないって思ったか ら受け取るのを渋っていたんだろ?」 「うん、そうだよ」 「だけどな、あのおばあさんも、桃香と同じくらい、御礼をしないですま せることはしたくないって思ってたんだよ」 「!?」  説明していくと、桃香がはっとしたのが伺える。俺の伝えたいことを察 してくれたのだろう。それは、良かったと思うのと同時に、気恥ずかしさ がこみ上げてきたため、桃を一かじりした後、言葉を付け足す。 「まぁ、あくまで俺の予想にすぎないんだけどな」  苦笑しながらそう告げると、すぐに返事が返ってくる。 「その予想は、きっと会ってるんじゃないかな。一刀さんに言われて考え てみるとね、あぁ、確かにそうだなぁって、思うの」  そう語る桃香の声はどこか弾んでいた。一体何故なのだろうと考えてい ると、再び言葉を紡ぎ出す。 「それでね、すごいなぁって思っったの。おばあさんの考えを把握できる んだもん、一刀さん」  彼女の言葉を聞いている内に照れくさくなり、そっぽを向きながら言葉 を返す。 「別に俺は、そこまですごいわけじゃないよ。ただ、ほんの少しあのおば あさんの立場で考えてみただけだからな」  そういって桃を一口かじる。 「ううん、それでもすごいと思うよ。他人の立場で考えるっていうのは、 簡単には出来ないよ」  そんな桃香の言葉を聞いてあることが頭の中をよぎる。きっと、いつか 彼女の為になればと思い、そのことを話す。 「そうだな……相手が何を考えているのか、思っているのかを予測するこ とは、様々な物事において大事だよな。『敵になりて、思うべし』ってい う言葉も俺のいた世界にはあったし」  確か、この三国志のような世界に来る前に、読んでいた、いくつかの兵 法関連の書物の一冊に書いてあった言葉だ。確か武蔵の五輪書の―――何 だったかな?……忘れてしまったが、確かその時に知った言葉だ。 「そっか……確かに兵法の『抛磚引玉』において敵を誘う囮を考えるとき にも大事な要素だもんね」  俺が、昔のことを思い起こしていると、桃香からそんな言葉が返ってき た。同じようなことを、こないだ文官の元で兵法について習ったときに聞 いたのを思い出す。 「へぇ、桃香は孫子を知ってるんだ?」  桃香の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったため感心しな がら尋ねてしまう。 「まぁね、私だっていろいろ学んできたんだよ。ただの女の子だと思って たの?一刀さん」  そう言って、俺の顔を覗いてくる桃香。その表情はどこか不満気だった。 「そうだな……いや、そうでもないな」  桃香の言葉に頷きそうになるが、否定する。 「じゃあ、どう思ってたの?」  どこか興味津々と言った様子で訊いてくる桃香。 「優しくて、可愛い女の子」  正直に思ったとおりに告げる。 「えぇ、そ、そうかな〜?」  俺が、素直な思いで話すと、桃香が覗かせていた顔を離し、そっぽを向 く。僅かに見える口は、端がつり上がっていて、にやけ顔になっているの が伺える。 「少なくとも、俺はそう思ってるけど」 「そっか……そうなんだ」  そう呟いてさらにそっぽを向く桃香。一体どうしたのだろうか?それか ら考えてみてもわからず、城に着くまで話もろくにせずついてしまった。  その後も、桃香がどこか上の空な様子だったため、部屋まで送り届ける ことにした。その後、向かう途中も、部屋の前についても、桃香は未だに 意識がどこかに飛んでいる状態だった。  しかたなく、声を掛けてみる。 「おーい、桃香、桃香?」 「うふふふ」  声を掛けてみるが気付く素振りもない。そこで、今度は大きめに声を掛 けてみることにする。 「……と、う、か!!」 「んふふふ―――はっ!な、何かな?」  さすがに気付いたようでこちらに驚いた顔を向けてくる。 「いや、部屋についたから俺はこれで失礼しようかと思って」  あまりに凄い反応に少し驚きながらも説明をする。すると、桃香が慌て たように返事をする。 「あ、そ、そっか、うん、ありがとう」 「いやいや、それじゃあ」  そう言って、立ち去ることにする。 「うん―――あっ、ちょっと待って」 「ん?どうした―――」  桃香に呼び止められ、振り返ると、彼女はすぐ側にいた。そして、何を 思ったのか俺が持っていた桃の残りを手にして 「あ〜むっ」  食べた。彼女の唐突な行動に混乱しそうになりながらも桃香に理由を尋 ねてみる。 「ど、どうしたんだ急に?」 「ごくっ、えっとね、そっちの桃はこっちと比べるとどれくらい違う味か なって思って一口貰っちゃったの。ごめんね」  そう言って舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「それじゃあ、今度こそ部屋に戻るね」 「あ、あぁ」  言うだけ言って部屋へ入る彼女の姿を見送る。そして、その場に残された のは唖然とした表情のままの俺だけだった。  ―――たとえ、相手の立場になって考えたとしても、分からない事という ものはあるもんだな―――  そんなことを思いながら視線を手に移す、手にした桃は先程、桃香にか じられた部分が適度な水分や甘い果汁によって、てらてらと光っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 拠点05  桃香たちが、尋ねてきたあとの、とある日 「はっ、はっ、はっ、はっ……」  俺は、中庭の外周を走っていた。こちらに来てから、時間を取れるとき にはかかさず行ってきた体力作りだ。少なくとも戦場で自分の身を守れる ようになりたい、そんな思いもあってやることに決めたのだ。  そんな努力も徐々に身を結んできたのか、最初の頃と比べると走れる距 離が大分伸びてきていた。 「はっ、はっ、はっ……あと少し……」  あともう少し走れば、今日の目標を達成することができる。 「……ふぅ、今日はこれで終わりだな」  一息つくため、中庭の木陰に腰掛ける。日射しも遮ってくれるため、と ても涼しい。  取り敢えず、息を整えながらしばらく休もうと木に寄りかかりつつ目を 閉じることにする。そして、静かな周囲から何かが聞こえてくる。 「せいっ!はぁ!」 「ん?」  何やら、女の子の声のようだ。その声が気になり、声の方へと視線を向 けてみる。するとそこにいたのは 「ふんっ、はぁ!、せぇい!はぁ〜、はっ!」 「あれは、愛紗か……」  愛紗だった。どうやら、鍛錬を行っているようだ。しばらく眺めてみる ことにする。  的確な歩法、華麗な腕の動き。そこからは一切隙が見つからない。  そんな動きに合わせ、矛が空を斬る。それと同時に、彼女の美しい黒髪 が揺れる。美しいとしか言い表せないような彼女の鍛錬姿。  思わず、その姿に見惚れてしまう。  その後しばらく、まるで舞を踊っているかのような、彼女の鍛錬風景を 眺めていた。 「……ふぅ」  どうやら鍛錬も終わりなのか、彼女が一息つく。 「私も、隣で休ませて頂いてよろしいですか?」  そう告げる彼女の視線は、迷うことなく俺を射貫いていた。 「ありゃ、もしかして気づいてた?」  頬を掻きながら訊いてみる。 「えぇ、武人たるもの気配の察知くらいは出来ますよ」  愛紗が、苦笑しながらそう答えてくれる。 「やっぱり、すごいな愛紗は」  気配だけで存在を感じる彼女に感心して頷く。 「いえ、これくらいは大したことではありませんよ」  謙遜するように手を振りながらこちらへ歩いてくる。 「いや〜すごいよ。おっと、まぁ、とりあえず座りなよ」  そう言って、少し横にずれる。 「では失礼しますね」  そういって、彼女は俺の隣に腰掛ける。 「ところで、一刀殿は、何をしていたのですか?」  俺がここにいる理由を尋ねてくる。 「俺?俺は、走り込みだよ」 「走り込み?それはまた如何なる理由で?」  意外そうな顔でこちらを見ながら訊いてくる愛紗。 「ん、そうだな、みんなの迷惑にならないようにするためかな」  俺が思い立った理由を語る。 「迷惑?」  いまいち伝わらなかったのか首を傾げなたら訊いてくる。 「あぁ、戦場において俺は愛紗や鈴々、星たちのような敵を打ち倒せる強 さを持っていない。それどころか少し前まで、守られるだけの存在だった ……だから、せめて自分の身を守ることでみんなの足をひっぱらずにすむ ようになりたいと思ってさ、鍛えることにしたんだ。それで、取り敢えず 最初は基礎体力からということで、走り込みをしてるんだ」  少し、詳細にわたって説明する。 「なるほど、その思いは素晴らしいものだと思いますよ」  どこか感心したように告げてくれる。その顔には笑みが浮かんでいた。 「そ、そうか?」  意外に良い反応だったためあっけにとられてしまう。 「えぇ。もし、私にも手伝えることがお有りでしたらお手伝いしますよ」  俺を見つめながら、そう言ってくる。 「本当か!?それなら、時間があるときに稽古をつけて貰えるとありがた いかな」  妙に、やる気を見せる彼女に願ってもないとばかりに、稽古をたのむこ とにする。 「えぇ、構いませんよ。そうだ、どうせなら今から行うとしましょう」  さも、良いことを思いついたという様子で彼女が提案してくる。その 提案に驚いてしまう。 「えぇ!?」 「さぁさぁ、気が向いている内に行った方がよいのですよ」  満面の笑みを浮かべながら俺の手をとる。 「……じゃあ、せっかくだから頼むよ」  そう言ったところで獲物がないことに気づく。 「あのさ、ちょっと、模擬刀をとってくるからもう少しそこで休んで待っ ていてくれないかな?」  彼女に詫びながら立ち上がる。 「わかりました。ここでお待ちしております」  彼女の返答を聞いてすぐ、訓練場へと取りに向かう。  先程の場所へ向かい駆ける。訓練場から模擬刀を拝借するだけで時間が かかってしまった。愛紗を長らく待たせてしまっているため全力で駆けて いく。そして、近くまで来たとき俺から出た一言目は、 「あれ?」  だった。理由は謝る相手である彼女にある。 「………」  しかし、彼女の様子はどこかおかしかった。 「愛紗?」  声を掛けてはみたのだが、彼女は、木陰で木に寄りかかったまま顔を俯 かせ黙っている。 「怒ってるのか?愛紗さん?」  念のため怒っているのか尋ねてみる。 「………」  それでも返事はない。 「おーい愛紗さ〜ん?」  もう一度声を掛けてみる。すると 「………すーすー」  「あれ?」  よく彼女の顔を見ると瞼は閉じられ、微かな吐息が聞こえる。また、吐 息に合わせ、豊かな胸が上下している。 「何だ………寝てるのか」  彼女が寝てしまっていたのを確認して隣に座る。 (そういえば、愛紗は最近、盗賊討伐に出てばっかりだったな……)  疲れている彼女を無理に起こすのも悪いと思い、隣で同じように座るだ けにする。 「すーすー」  愛紗はとても健やかな顔で眠っている。 「……気持ちよさそうに寝てるな」  そんな彼女の寝顔からいかに最近忙しかったかが伺える。そんな風に彼 女の寝顔を堪能していると 「ん〜」 「へ?」 ポスッ  彼女が軽く体を動かす。すると、木に預けていた体がずれていく。その 結果、俺の膝に頭が乗る形となる。いわゆる膝枕だ。 「ん……んん」 「おっと。……ふふ」  体勢が変わったためか、彼女が僅かに動く。  そこで起こしてしまうのも、もったいないと思い、彼女の頭を撫でて落 ち着かせる。 「ん……すーすー」 「ふふ、今はただ、ゆっくり休んでくれ」  彼女の髪はさらさらとして指によく馴染み撫でる側も気持ちいい。  その後も、彼女の髪を指に絡めたりと、少し遊びを入れながら、なで続 ける。  それから、気づけば日が沈みつつある時間まで過ごしていた。 「ん……んん〜」  愛紗の口から声が漏れてくる。 「お?起きたか?」  どうやら目を覚ましたらしく、彼女が動き始める。 「ふぁ、……ん?」 「ふふ」  彼女の瞳が開きこちらを見てくるのに対して微笑みで返す。 「!?」 「おはよう、愛紗」 「え?ど、どうして?」 「ん?」 「ど、どうして、私は一刀殿にこんな、ひ、ひ」  なにやら呂律が回っていないため代わりに続きを言ってみる。 「膝枕?」  すると、愛紗の顔が一層真っ赤になる。 「!?、そ、そうです。何故こんな状態になってるんですか!?」  まくし立てるように訊いていくル彼女にのんびりと答える。 「ん〜成り行き……だな」 「へ?」  よく分かっていないといった感じの顔をする。 「いや、だから……」  未だに、状況を理解できていない愛紗に経緯を伝えていく。  すると、見る見るうちに顔が赤くなっていき、ものすごい勢いで俺の膝 から飛び跳ねるように離れる。 「も、申し訳ありません。待っている間に眠ってしまったうえ、ご迷惑を お掛けしたとは」  そう言って愛紗が頭を下げてくる。そんな生真面目な行動に苦笑しつつ 答える。 「いいって、そんなに気にしないでくれ。それに、迷惑だと思ってたら起 こしてたよ」 「そ、そうですか?」  そう言いながら、すこし上目がちにこちらの様子をうかがってくる。 「あぁ、それに、かわいい寝顔も見せてもらったし」  そんなことを言ってみると愛紗は 「え!?」  目を真開き、驚いていた。 「ふふ」  そんな様子に思わず笑いが漏れる。すると 「…………あぅ」  愛紗は、真っ赤になって俯いてしまった。 「それより、もう日も沈みそうだし、そろそろ戻るべきかな?」  時間も大分たっているようなので彼女に尋ねる。 「え? えぇぇ!!もう、こんなに時間が経っていたのですか?」  愛紗も気付いていなかったのか驚く。 「あぁ、ぐっすり眠っていたからな」 「これでは、稽古をつけれませんね」  少し残念をそうに告げる。そんな彼女に声を掛ける。 「まぁ、しょうがないだろ。また今度頼むよ」 「はい、ではまた今度ということで」  すると、彼女は再び笑顔を見せてくれた。 「それでさ……」 「えぇ……」  その後も愛紗と今後のことなど互いについて語りながら部屋の方へと歩 いていると 「おーい、愛紗ー!どこなのだ!」 「愛紗ちゃーん!」  中々戻らない愛紗を探しに来たのだろう。鈴々と桃香の声が聞こえる。 「どうやら、お迎えが来たようだな」  そう言って愛紗の方を見ると 「えぇ、そのようです。では、これで失礼します」  とても穏やかな顔をしていた。 「あぁ、また今度な」 「えぇ、今度はちゃんと稽古しますので」  そう言って、二人の元へ駆けていく彼女を見送りながら俺も戻るため再 び歩き出す。 (もう、彼女の居場所は決まってしまったのかもな……) かつての世界では共に歩んだ彼女もこの世界では、別の道を進んでいる。 彼女の後ろ姿からそんなことを感じていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 拠点06 「けほっ、けほ……やっぱり、風邪でもひいたかな」  部屋で仕事を行っていると、せきが出る。朝起きた時から、度々出続け ていた。それに加え若干の気怠さを感じていた。 「やっぱ、昨日ちゃんと体を拭かなかったからかな」  そう呟きつつ、昨日、水くみの手伝いをしたときに誤って水浸しになっ た時のことを思い出す。その時は、やることが多くあったため濡れた体も 自然に乾くだろうと気にしなかったのだが、今になって影響が出てきてし まったようだ。 「くそぉ……健康管理も出来ないのか俺は」  みんな、俺以上に忙しいながらも病気で床に伏せることもない。それに 比べ、ほんの少しとはいえ体調を崩す自分にあきれてしまう。 「まぁ、今日は仕事も少なめだし、一区切り付いたら、安静にしておこう かな……」  自分の行いに腹を立てていてもしょうがないと思い、仕事を再開する。  仕事が一段落つき、昼食をとろうかと思い始めたと同時に、扉が吹き飛 ばされそうな勢いで開かれる。 「うぉっ!な、何だ!?」 「おにいちゃん!」 「あぁ、鈴々か」  突然の侵入者の正体に気づき挨拶をする。 「うん、おじゃまさせてもらうのだ!」  鈴々が元気よく返事をしてくれる。 「それで、どうしたんだ?」 「鈴々、お休みを貰ったから、一緒にお出かけしようと思って」  そう言いながら上目がちに、こちらの様子をうかがってくる。そんな姿 を見せられたら断れるはずない。 「ふふ……ちょうど仕事も一段落ついたし、俺で良ければいいよ」 「やったー!」  この娘の笑顔が見れるなら、多少の無理もいいだろう。そんなことを思 いつつ、自らの体が一日もつことを願った。 「それで、鈴々はお昼は食べたのか?」 「んlん、街で食べようと思っていたからまだなのだ」  鈴々がそう告げると同時に、かわらしいお腹の音が鳴る。 「はは、どうやらそうみたいだな。それじゃあ、すぐに用意をすませるか ら、少し待っててくれ」 「にゃはは、わかったのだ」  そう言って、鈴々は部屋から出て行く。  その後、すぐに準備を済ませ、部屋の外で待っていた鈴々に声を掛け、 街へと出かけた。  城門を出て少し歩いたところで、鈴々に尋ねる。 「さて、どうしようか?鈴々は何か希望はある?」 「実は、もう決めていたのだ!」 「そっか、それじゃあ。案内して貰えるかな?」 「うん!!」 「それじゃあ、行こう」 「おう!なのだ!」  そう言うやいなや、鈴々が走り出す。それを、慌てて追いかけるが、あ まりにも、鈴々が速いため見失いそうになりつつ、人混みの中をなんとか 追いかける。 「ちょ、り、鈴々。速いって、ま、待ってくれ。けほっ」  気がつくと、体調が優れないのもあってか、鈴々との距離は離れる一方 だった。それでもなんとか置いていかれないように走り続ける。  ようやく、追いつきついたところは表通りから脇道にはいった裏通りの 屋台だった。咳き込んでいたため、少し息を落ち着けてから鈴々のもとへ 歩み寄った。 「へーこんなところにも、あるんだな」  意外なことに、裏路地にもかかわらず、屋台がそれなりに並んでいて、 ここが割と栄えていることが伺える。 「そうなのだ、ここはとっておきの穴場なのだ!」  鈴々が、小さな胸を張って自信満々に語ってくれる。その目は爛々と輝 いている。どうやら相当なおすすめのようだ。  そんな鈴々に連れられるように、一件の屋台へと寄る。人があまり寄り つかなさそうな裏路地には珍しい割と清潔感のある屋台だった。  鈴々の姿を認めて屋台の店主が声を掛けてくる。 「あ、こりゃどうも!いつも来て下さってありがとうございやす」  無精ひげに、ぼさぼさな髪、さらにいかつい体、そんな強面な風貌から は想想像も付かないような笑顔を浮かべる。正直、不気味だ。 「うん、おっちゃんの料理は美味しいから何度も来ちゃうのだ!」 「ははっ、そういってもらえりゃありがてぇですよ」  二人の会話の様子を見る限り、馴染みであるのが伺える。 「それじゃあ、さっそく注文しようか」 「うん、それじゃあ―――」  鈴々が頼もうとすると店主が答える。 「いつものアレですね」 「そうなのだ!」  店主の言葉を理解しているのか、鈴々が笑顔で答える。 「アレって何だ?」 「へい、張将軍用として特別にご用意しているラーメンです。」 「へぇ、そんなのあるんだ」  個人用の品があることに驚いていると、店主が補足してくる 「あ、ただ、一般の方にはおすすめできませんがね」 「ん?どうして」 「いや、張将軍に張り合えるだけの食欲をお持ちだというなら、いいんで すがね……」  その店主の言葉でおおよその予測はついた。鈴々の食欲は常人のそれと は比べものにならない、つまり特別な一品は常人には食べきれない程のモ ノなのだろう  そう、結論づけたところで店主に注文する。 「なるほどな、それじゃあ、俺は普通のラーメンで」 「へい!かしこまりやした」  俺たちの注文を確認した店主がすぐに調理に取りかかったのを見届けた ところで、鈴々の方を見る。  彼女は、よっぽど空腹なのか店主の調理している様子を目を煌めかせな がら見つめている。口の端からは、よだれがたれていて、いかに待ち遠し く思っているかが伺える。  店主の方は、元々なのか、慣れているからなのか、そんなある意味熱い 視線を気にせず、黙々と調理を行っている。そんな店主の姿に少し、料理 人としての誇りを感じてしまった。  その後、調理姿を見つめ続ける鈴々と、それを気にせず黙々と作り続け る店主という光景を眺め続けること数分、店主がこちらへ、どんぶりを差 し出す。 「ラーメン一丁あがり!」  それを受け取りつつ、見てみるとスープもほどよい色をしており、濃す ぎでもなければ、薄すぎることもないであろうことが想像できる。  そんなことを思っていると、鈴々のほうもできあがったようだ。 「へい、特大盛り一丁!」  そういって、店主が出したのは、俺が頼んだラーメンの十倍以上はある であろうどんぶりに入れられたラーメンだった。  久しぶりに見る光景に、あっけに取られていると鈴々がこちらに顔を向 け訴えかけてくる。 「もう、お腹がぺこぺこなのだ」 「あ、あぁ、それじゃあ食べようか」 「うん!いっただきますなのだ!」 「それじゃ、俺もいただきますっと」  鈴々に習うように、俺も食べ始めることにする。スープは、実際にすく って飲んでみると、想像以上に味の均衡が取れていて、驚かされる。  麺ものどごしがよく非常に食べやすい。さらに、一緒に入れられている 野菜もスープの味を邪魔せずむしろ、互いに引き立て合っている。  まさに、絶妙な味わい。この一杯で店主の腕前がうかがい知ることが出 来る。 「互いの味を侵略しない、絶妙な均衡……まさに、ラーメン内の天下三分 の計や〜!」  思わずラーメンを絶賛してしまう。 「にゃ?」  突然、妙なことを口走った俺に驚いたのか、鈴々がこちらに顔を向けて いる。 「あ、ごめんごめん、何でもないから気にせず食べてくれ」  俺が、言い終わるかどうかのあたりで、鈴々は、すでにラーメンに意識 を向け食べ始めていた。それに続いて俺もラーメンを食べ始める。  温かくて、美味しいラーメンを口にしたことで体調が少し和らいだ気が した。  その後、食事を終えた俺たちは再び街を歩き始めていた。 「それで、こらからどうするんだ?」 「うーん……街をぶらぶらするのだ!」 「そっか、それじゃあ適当にお店でも見てまわろうか?」 「応!なのだ」  元気いっぱいに応える鈴々と並んで手近な店から見始める。その後も、 目にとまった店を数店を見てまわっていく。 「さて、次はどの店にしようか?」 「う〜ん、どうしようか迷うのだ」  二人で考えながら歩いていると、急に周りが騒然としはじめた。 「ん?どうしたんだ」 「あ、あそこが元のようなのだ」  そう言って、鈴々が指を射す。それにならい、俺もそちらへと視線を向け る。すると、そこには、人だかりが出来ている。さらに、そこから急いで離 れる人たちもいる。一体どうしたのだろうか? 「いってみるのだ!」  言うやいなや鈴々は駆け出す。 「あっ、待ってくれよ、けほっ」  その後を俺も追い、人混みの中へと入っていく。 「ごめん、ちょっと通して」  人混みをかき分けながら、中心へと向かう。人の波を抜けた先にあった のは1軒の酒屋だった。そして、この騒ぎの原因はすぐにわかった。 「おらぁ、親父!はやく酒もってこいや!!」  酒屋の数席に陣取る集団、その中でも奥に座っている頭と思われる男が 怒鳴り散らす。 「へへへへ、兄貴は気が短けぇんだ、速く用意すんのが身のためだぞ」  さらに、小柄の鼻のでかい男が、脅しを掛ける。 「そ、そうなんだな。もたもたしてると頸をはねられちゃうんだな」  太めの男がだめ押しをする。男たちの下卑た野次にさらされ店の店主は 青い顔をしている。  そんな光景にふつふつと怒りがこみ上げる。そして、一歩一歩奴らの方 へと歩を進めていく。すると一人の女性から声を掛けられる。 「み、御使い様どちらへ?」 「ん?あぁ、これからあいつらに一言いいにね」  俺が、そう告げると青い顔になる。 「き、危険です、おやめください」 「そうもいかないよ、まぁ、俺だけじゃ、まずいだろうから警邏中の兵を 呼んできてくれない?」  自分一人の力では、止められないだろうことは予想できる。そのため彼 女に援護を呼んできて貰う。 「か、かしこまりました」  そういって、彼女は掛けていく。それを確認した俺は、再び男たちの頭 と思われる人物の方へと歩き始める。 「ん?なんだぁ、俺たちになんかようか?にいちゃんよぉ」  目の前に立つ俺に頭と思われる男が話しかけてくる。 「……」  怒りのあまり感情をそのままぶつけそうになり、押しとどめる。 「ぎゃははは、どうしたぁ?何か喋って見ろよ!!」  頭を冷やしているのを、しゃしゃり出てきたはいいものの尻込みしてし まっていると勘違いした男が下卑た笑い声をあげる。  そして、いざ、言葉をはき出そうとした瞬間。俺の真横を食事机が飛ん でいき、壁にぶつかり砕ける。 「「「ぐわぁぁぁぁぁ」」」  それと同時に、複数の男たちの悲鳴があがる。 「な、何だぁ!?」  頭の男が異常な様子に慌てる。そこへ、小柄の男が同じく慌てて話しか ける。 「ア、アニキ!な、なんかちっこい餓鬼が、突然襲いかかってきや がって!」  小柄の男が慌てた様子のまま、頭の男へ伝える。 「な、なぁにぃ!餓鬼だぁ!?餓鬼がどうして!?」  そう言って、店の入り口の方を見る。それに合わせ俺も視線を向ける。 すると、そこにいたのは 「お前らぁ!!いい加減にするのだ!!」  眉をつり上げ、怒りを露わにする鈴々の姿だった。彼女は体の大きさに は不釣り合いな気迫をみなぎらせている。 「ちっ!野郎共!」  その頭の男の言葉に従って男たちが鈴々を取り囲んでいく。恐らく、こ のままここで戦えば店に甚大な被害が掛かるだろう。さすがにそれは避け たい。 「鈴々!!ここで戦っちゃだめだ!」 「わかったのだ……お前ら、外に出るのだ!」  俺の言葉に頷き、男たちを外に誘い出そうとする。 「へっ、そんなの俺たちには関係ないぜ」  小柄の男が吐き捨てるように告げる。 「なら、ちょーっとばかり無茶させて貰うのだ」  そう言って、不敵な笑みを浮かべた瞬間、ものすごい強い風が店内に吹 き荒れた。気がつけば、円になっていた男たちのうち、こちらから入り口 側にかけての半円状にいた奴らが、すでに外に吹き飛ばされていた。  一瞬何が起こったのか分からなかったが、予想はついた。おそらく、彼 女が振り抜いた一撃によって、外に吹き飛ばされたのだろう。半円状だけ 吹き飛ばしたのは、店の奥から外に向けて振り抜いた為だろう。 「さぁ、こっちに来るのだ!」  そう言って外へ出る鈴々。それを追って男たちが外へとでる。 「こぉの餓鬼!おい、やっちまうぞ!」  一人の男が言うやいなや一気に襲いかかる。それを鈴々は受け流す。そ うやって、彼女が時間を稼ぐ内に、周りにいた人たちを離れさせる。それ を視界の隅に治めた鈴々が敵を薙ぎ倒していく。そんな様子に目を奪わて しまう。 「おい!餓鬼!!動くんじゃねぇ!」 「うぇっうぅぅぅっぐすっ」  頭の男が叫ぶ。そちらに視線を向けると、男はその腕に子供を抱えてい た。小刀の刃を子供の喉に当てている。 「なっ!卑怯なのだ!!」  それによって、鈴々の動きが止まる。それを見て男が笑いを漏らす。 「くっくくく、いくらてめぇが強ぇっていっても無抵抗じゃどうしようも ねぇよなぁ」  そう言って、男は舌なめずりしながら、下卑た笑い声を上げる。 「さぁ〜て、どうするかなぁ〜?一発で死なせてはやらねぇ……」  そう言う男の目は血走っている。鈴々を囲む男たちの目も同じように血 走っている。くそっ、どうにかしないと……。先程の鈴々の大立ち回りの 間に、とった竹箒なんかじゃ役にも立たないだろう。 「へへへ、どう、いたぶってやるかな」 「取り敢えず、殴り飛ばしてやるか」  そう言って男が、鈴々を殴りつける。 「うぁっ!」 「いひひひ、俺もぶっ飛ばしてやるぜ!」  反対側の男が殴り飛ばす。 「あぅっ!」 「じゃあ、俺は蹴り飛ばすぜ」  さらに、鈴々が弾き飛ばされた方にいる男が蹴りつける。その後も鈴々 は痛め続けられる。 「く、くそ……ちくしょう……」  あまりにも理不尽な暴力、それを止められない自分。そんな状況に歯を 欠けそうなほど、食いしばる。噛みしめている唇から何か生暖かい液体が 流れているが、それも気にならないほどに、頭にきているのが自分でも分 かる。  そんな風に、自分の情けなさに歯がゆくなっている時、新たに誰かが現 れた。  その新たに場に加わった者に頭の男が気を取られる。それを見て今しか ないと判断して一気に男の元に詰め寄る。 「うぉおお!」  男がこちらに気付く前に竹箒の柄で小刀を握る手をつく。手加減などは せず、体重を掛けた一撃を食らわせる。 「な、てってぇめ―――――ぐっ!」   俺の最高の一撃を受けた男は小刀を落とす。そして動揺している男から 子供を引きはがし地面におろす。 「この子は返してもらう!」  そして、動揺している子供に優しく語りかける。 「いいかい、俺があの男に飛びかかったら、あそこにいる兵隊さんのとこ ろに行くんだ。いいね?」  そう、新たにこの場に来たのは、警邏に出ていた兵だ。さっき呼んでき てもらっていたのを思い出す。どうやらそれが、ようやく来たようだ。タ イミングとしてはぎりぎりだった。はっきり言って、本当に危なかった。 「う、うん」  返事を確認して、子供を背にするように男と向かい合う。 「てってめぇぇぇぇ」  逆上した男が襲いかかってくる。 「よし!今だ!」  向かってくる男にこちらも応戦する。それに会わせ背後にいた子供が兵 の方へ向かっていくのを視界の隅をとらえる。 「ほ、北郷様、何事ですか?」  今だ状況を把握していない兵がこちらに疑問を投げかけてくる。 「説明は後だ、その子を連れて逃げろ!」 「し、しかし!」 「いいから、速くしろ!!」  戸惑う兵に一喝浴びせる。それによって兵はこの場から離れるよ う走り始める。 「この子を安全なところに預けたら戻ってまいります!」  去り際にそんなことを言っていく兵の律儀さに思わず笑みがこぼれる。 「余所見してんじゃねぇ!」  子供と兵に気を取られていると小刀を拾い直した男がこちらへ向かって くる。 「くっ!」  男が振り下ろしてくる小刀を竹箒でぎりぎり受け止める。男は、以外に やるが、俺だって普段鍛錬している以上。ひけを取るつもりはない。 「せいっ!せいっ!」  中段の構えから、相手の手元を中心に狙い竹箒を振り下ろしていく。 「くっこのっ」  男も、ここで小刀を叩き落とされたら不利になることを分かっている ようで、斬りかかってきながらも器用によける。 「ちっ、しつこい野郎だ」  苛立ってきた男がこちらに突き刺すように突っ込んでくる。 「それは、こっちの台詞だよっ!」  それを紙一重でよけ、位置が気を加えようと竹箒を振り上げる。 「あ、あれ―――」  あとは、振り下ろすだけだったのに俺の意識はそこで途絶えた。 「はっ!!」  失っていた意識が戻り、自分が生きていることに安堵しつつ、あたりを 見回す。 「ここは、俺の部屋?」  部屋の様子は間違いなく俺に宛がわれた部屋だった。 「そうですぞ」  俺の独り言に返事が返ってきたのに驚き体を思い切り起こす。 「え?!―――ごほっごほっ」 「おやおや、無理は行けませんぞ。一刀殿」  そう言って俺を窘めたのは、星だった。 「星、ごほごほ、どうして?いや、それより鈴々は……ごほっごほっ!」 「取り敢えずは、落ち着いてくだされ」  そう言いながら再び俺を横にする。 「あ、あぁ、大丈夫。落ち着いた。それであの後どうなったんだ?」 「えぇ、実は―――」  そして、星から聞いた顛末はこうだ。俺が気を失った後、頭の男は、こ こぞとばかりに、俺に向かって小刀を突き刺そうとしてきたらしい、しか し、自分を囲んでいた男たちを倒した鈴々が、それをぎりぎりのところで 止め、逆に頭の男を倒したそうだ。  そして、約束通り戻ってきた兵に俺を背負わせ、他の駆け付けてきた兵 たちに後処理をまかせ、鈴々も俺と一緒に城に戻ったそうだ。 「そっか、それで鈴々は?」  ずっと気になっていた彼女の行方を聞く。 「今、桶に水をくみに行っておりますよ」  どこか、微笑まし下に語る星の様子が気になりさらに聞いてみる。 「水をくみにってどうして?」 「はぁ、わかりませぬか?」 「……もしかして、俺の看病か?」 「それ以外に何がありますかな」 「ない……な」 「えぇ、そうでしょうな。おや、そろそろ鈴々が戻ってきそうですな。そ れでは、これで失礼致させていただく」  そう言って、星は窓から出て行く。……まさか、入るときも窓だったの か?そんなことを考えていると扉が開く。 「……」  入ってきたのは、いつもの元気な姿の面影など一切無く顔も俯かせてい る鈴々だった。 「……あっ!!お、お」 「お?」  何故か、こちらを見て固まる鈴々。よく見れば小刻みに震えている。彼 女が何を言おうとしているのわからず尋ねようと体を起こすと。 「おにぃ〜ちゃ〜ん!!」  勢いよく飛び込んでくる。その勢いを殺しつつ抱きとめる。 「おっとと、どうしたんだ?」  急な行動に理由を尋ねてみるが返事がない。よく耳を澄ませると 「……うっ、ぐすっ」  彼女の嗚咽が聞こえてきた。彼女は泣いているのだ。俺の胸に顔を埋め ているため分からないがきっと顔はくしゃくしゃになっているのだろう。  そんな彼女を気遣うように頭を撫でながらあやす。そのまま、何も言わ ずなでながら背中を叩いて宥め続ける。しばらくして、落ち着いたようで 彼女が顔を上げるのを確認して、せきこみそうになりながらも尋ねる。 「どうしたんだ?急に泣いたりして」 「ぐすっ、だって、だっておにぃちゃんが」 「俺?」 「急に倒れて、ぐすっ……それで、近づいてみたら、すっごく苦しそうな 顔をしてて……」  その時のことを思い出したのか、再び瞳の橋に雫がたまっていく。 「ここで寝かしてからも中々、目を覚まさないし……すんっ、そ、そのま ま……」  そうか、彼女は怖かったのだろう。俺が倒れ意識が戻らなかったことが 俺が、彼女の届かない遠くへ行ってしまうのではないかという考えが。 「そっか……ごめんな心配させちゃって」  そう言って彼女を抱きしめる力を強めて、彼女に俺が無事であることを 実感させる。 「うんん……鈴々が連れ回したのがいけなかったのだ……」  そう言いながら再び俯いてしまう。そんな彼女の姿に罪悪感がよぎる。 「ま、待ってくれ!べ、別に鈴々が悪い訳じゃないんだよ」  その言葉に、鈴々の体がぴくりと動いたのが彼女を抱きとめる腕に伝わ ってくる。 「俺が健康のことをあまり考えなかったからいけないんだよ。体調が優れ ないことは、自分でわかっていた訳だし」  俺の言葉委に対し、顔をあげ「でも……」と反論を言おうとする鈴々を 遮り、詰めの一言を言う。 「だから、体調管理もろくに出来ない俺が悪かったんだ。だから、鈴々は 気にしないでくれよ。な?」  彼女に伺うように語りかける。一応頷いてはくれた。しかし、彼女の表 情は未だ優れない。そこで、再び語りかける。 「なぁ、そんなに落ち込んだ顔を俺に見せないでくれよ。俺としては鈴々 の笑顔を見せて欲しいんだけどな」  少しおどけるように告げる。すると鈴々がうつむき気味だった視線をこ ちらへ移す。 「え?」 「俺はさ、鈴々の笑顔が大好きなんだ。だから、鈴々の笑顔を見せて貰え ば速く元気になれると思うんだ。だからさ、見せて欲しいんだ」  頭を撫でながら、言い聞かすように彼女に語りかける。 「……本当?」  小首を傾げながら尋ねてくる。それに対して笑顔で頷く。 「あぁ、本当だよ」 「それなら、い〜っぱい見せてあげるのだ!!」  そう言って彼女は満開の笑顔を見せてくれた。その表所にほっとしたと ころで、彼女の顔に施された手当の痕に気がつく。 「鈴々……これって」  彼女の顔に残された痛々しい痕にそっと触れながら尋ねる。 「にゃはは、大したことないのだ!」  そう言って笑う彼女をよく見れば腕や足にも包帯が巻かれていた。 「何言ってるんだ!!こんなに、怪我しているじゃないか!」  彼女は気にしていないように見えるがそんな軽い怪我には見えない。 「すこし痣になったていどだから、大丈夫なのだ」  俺を安心させるように喋る彼女を見ていて、先程の男たちのことを思い だし、再び怒りがわいてくる。 「くそっ、あいつら……なぁ、鈴々」 「何なのだ?」 「あの男たちはどうなったんだ?」 「え〜と、確か今は牢の中なのだ」 「そっか……ちゃんと捕まったんだな」 「そうなのだ。それと、どうもあいつらは鈴々たちがやっつけた賊の残党 だったらしいから只ではすまないと思うのだ」  その言葉を聞いて俺も怒りを治める。より心を落ち着けるため彼女の頭 をなで始める。 「なるほどな……」 「にゃ〜」 「だけど、鈴々」 「にゃ?」 「良い機会だから言わせて貰うぞ。いいか、鈴々だって女の子なんだ。だ から、傷のことを少し気にするべきだと思うぞ」 「う〜ん、でも戦えば傷は出来ちゃうのだ」  不思議そうに俺を見ながらそう告げる鈴々。 「まぁ、そうだな。だけど、少しは気にしたほうがいいぞ。せっかく可愛 いんだからさ」 「鈴々って可愛いのか?」  飼い主に遊んでほしがる子犬のような顔で訊いてくる。その姿が可愛ら しかったので頭を撫でながら応える。 「あぁ、とっても可愛いぞ」 「にゃはは、褒められたのだ!」  とても嬉しそうに笑顔を浮かべる鈴々。彼女を見ていると本当に心が洗 われる思いだ。それに、心なしか体調も起きた当初より良くなっている気 がした。  その後も、鈴々の看病を受け、数日後にはその御陰ですっかり完治して 仕事に励むことができた。  ちなみに、この数日間は白蓮をはじめ、身近な娘が何人か来てくれたの だが、その度に説教をされ精神的に参ったのは秘密である。 (しっかし、誰かが看病に来るたびに、部屋の前で騒がしくなってたのは 何だったのだろう?) ―――――――――――――――――――――――――――――――――