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540 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/08/27(木) 02:03:22 ID:HyFxnkgj0
董√の最新話書きながら次回作の構想練ってたらプロローグっぽいのが出来たので桃香します
尤も本編桃香は董√終了後になりますが
ちなみにifと言っても大まかな歴史の流れは原作と同じです
ただ一刀の立ち位置とかヒロイン達との関係がちょっと違うかなと
あと原作で雪蓮に拾われるより少し前をイメージしてるのでその辺のエピソードも入れるつもりです

http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0398

一応次回は一幕『英雄トノ出会ヒ』となってます
それでは



 長江。
 揚子江とも呼ばれる大陸最大の大河である。
 時が止まったかの様な雄大な流れは見る者を圧倒する。
 古より人々に多大な恵みを与え、その一方で氾濫する流れが幾多の命を呑み込んできた。
 その荒ぶる力を人は巨大な一匹の龍にも喩えたと言う。
 今その龍の背を数隻の船が走っていた。
 漁師の乗るような小船ではない。
 だが形や大きさが区々なその姿は軍船とも違って見える。
 しいて言えば商船に近いが、船員達から漂う剣呑な雰囲気はそれも否定していた。
 江賊、それが彼等の正体だった。
 長江を行き来する船を襲い、人や積荷を奪う野盗の類である。
 しかし大河の全てを知り尽くす彼等は、時に一国の水軍にすら匹敵する力を持つ。
 だから河岸の土地を治める領主の中には、彼等を取り込み他国からの攻撃に備えようと
する者すら存在していた。
 その中で頑なに独立を保っている勢力があった。
 それが彼等、長江を根城とする江賊の中でも最強の一角との呼び声高い錦帆賊である。
「はははっ、今日も大漁だったな!」
「おう。しかし今度の奴等は無様だったな。あれで一郡の太守が率いる水軍だってんだか
ら驚きだぜ」
「ま、この長江で俺達錦帆賊に敵う奴なんざ居ねぇってこった」
「全くだな。わはははっ!」
 荒くれ者達が豪快な笑い声を上げる。
「何時までも浮かれているな。慢心していると何時か足元を掬われる事になるぞ」
 凛とした声が響いた。
 声を発したのはまだ若い女だった。
 切れ長の瞳が南方の民独特のよく焼けた肌と相俟って、不思議な魅力を醸し出している。
 少女とも呼べる年恰好ではあるが、その身に纏う気が只者でない事を匂わせていた。
「す、すいやせん、お頭」
 大の男が自分の娘ほどの少女にペコペコと頭を下げる。
 少女は無言で舳先に立つと、空を見上げた。
「明日は天気が荒れそうだ。今日は帰ったら錨を下ろしてしっかりと船を固定しておけ」
『へいっ!』
 男達が一斉に返事をした。
 そのまま空を見ていると、一筋の流れ星が目に入った。
「まだ明るい内だと言うのに……」
 小さく呟く。
 と、水平の彼方が光った様に見えた。
「何だ?」
「お頭、どうかしやしたか?」
 目を細め身を乗り出す彼女の姿に、一人の水夫が怪訝そうな声を掛けた。
「ああ、今……いや、何でもない」
 彼女は一瞬何かを言い掛けたが、結局首を横に振ってそう言った。
 水夫もそれ以上は何も言わず、首を傾げながらも自分の仕事に戻る。
 船は暫しそのまま流れに身を任せて進んでいた。
 やがて幾つかの中洲が点在する場所に差し掛かった。
「ん?」
 再び少女が目を凝らした。
「お頭?」
 しかし今度はそのまま前を睨み、指を差して答えた。
「あそこだ」
「へ?」
「あの中州に寄せろ」
「あそこに何かあるんですかい?」
「良いから言われたとおりにしろ!」
「へ、へいっ!──おい、面舵一つだ!前方の中洲に船を寄せろ!」
 そして船がその中州に寄せられた。
「あれを見ろ」
「へぇ……。んー、んあ?誰か倒れてますね」
「行くぞ」
「へっ!?行くって……あそこにですかい?」
「他に何処がある」
「いえ、まあ。ですがあんな土佐エ門に何かあるんですかね?」
「生きているかも知れん」
「生きてって……」
 男は辺りを見回した。
 それは大河の真ん中に出来た小さな洲である。
 陸からここまで流されてきたとするなら相当な距離である。
 乗っていた船が難破したかにしても近くにそれらしき残骸が残っていない以上、かなり
遠い場所での事である。
 とても生きて流れ着く様な場所ではなかった。
 しかし少女は上陸用の小舟を用意すると、さっさとそれに乗り込んでしまった。
「ま、待って下さいって、お頭!──おら、お前等もついて来い!」
 男は近くに居た数人の仲間に声を掛けると、慌てて少女の後を追って舟に乗る。
 彼等が中州に着くと、倒れていたのは若い男だった。
「何だ、こいつ?珍妙な格好しやがって」
「けどピカピカ白く光って高そうな服じゃねぇか」
「おう。どうせ死んでんだろうし、身包み剥いで売り捌きゃ良い金になるかも知れねぇな」
 手下が口々に言うのも気に留めず、少女は男に近付いた。
「……生きてるな」
「へ!?ま、まさか……」
「それに見ろ。服が殆ど濡れておらん」
 言われて見れば水に浸っていた裾の辺りこそ濡れているものの、身に纏う服は殆どの部
分が乾いていた。
「けどこの陽気だ。単に打ち上げられた後で乾いただけなんじゃないですかい?」
「それなら日に当たっている所だけの筈だ。しかし地に付いてる部分のみならず、この男
が横たわっている地面にすら濡れた様子が無い。まるで始めからこの場所に居たかの様だ」
「そんな莫迦な。この辺は昨日も通っているんですぜ?こんな小さな洲に人が居たら気付
かないわけありませんや」
「そうですよ。それこそ空でも飛んで来なけりゃ……。え?お頭、まさか?」
「管路の占いは知ってるか?」
「管路?あのインチキ占い師のですか?んー、確か『世が乱れる時、天より御遣いが現れ、
人々を救う』とか、そんな内容でしたっけ?けどそんなもの、それこそ眉唾物で──」
「さっき流れ星が墜ちるのを見た。そしてその先が白く光るのもな」
「ならお頭は、こいつがその御遣いとやらだって言うんですかい?」
「分からん。少なくともこの男が着ている服は、この国の何処でも見た事は無い物だがな」
 そう言うと少女は、男の身体をヒョイと担ぎ上げた。
 特に大柄と言う訳ではないが、大の男を肩に担いで少女は重さを感じている様子も無い。
 小柄とも言える彼女の体躯の何処にそれほどの力が、と思わせる姿だった。
「お、お頭!?」
「取り敢えず船室にでも放り込んでおけ。気がついたら話を聞いて何者か確かめる。もし
こいつが御遣い等ではないと分かったら、適当な街の近くで下ろしてやれば良いさ。その
時には船賃代わりにこの服でも頂いておこう」
『へ、へいっ!』
 少女の言葉に男達が頷いた。
 
「う……ん……?」
 一刀は見慣れない部屋で目を覚ました。
 壁も天井も板張りのその部屋は、薄暗く辺りには木箱や樽等が無造作に積まれていた。
「……ここ、何処だ?」
 確かに自分の部屋で寝ていた筈、そう思って部屋の中を見回すが、どう見てもそれは彼
の住む聖フランチェスカ学園の男子寮とは似ても似つかぬものだった。
「ま、まさか寝ている内に誘拐されたのか!?」
 しかしその割には縛られてもいない事が納得いかない
 そもそも彼を攫ったとして、犯人には何の得も無い筈だった。
「なら何でこんな所に……?」
「目が覚めたのか?」
「うわっ!?」
 いきなり声を掛けられ、一刀が跳び上がる。
 何時の間に来たのか、部屋の入り口に一人の少女が立っていた。
 褐色の肌を持つ美少女だった。
 何処か時代掛かった服装に身を包んでいる。
 眼光が鋭くきつい印象を受けるが、それも彼女の美しさを際立たせる要素でしかない。
 裾の短い服から伸びるスラリとした美脚が目に眩しくて一刀は思わず目を逸らした。
「え、えーと、き、君は誰?」
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るものだ」
 少女が一刀の前に腰を下ろしながら言った。
 胡坐をかいた彼女の脚の付け根に白い物が見えるのは極力気にしないようにして答える。
「わ、悪い。俺は北郷一刀。聖フランチェスカ学園の二年生だよ」
「聖腐乱……?まあいい、我が名は甘寧だ」
「甘寧?」
 それは一刀にとって聞き覚えのある名前だった。
(甘寧って確か、三国志に同じ名前の武将が居たような……?)
「で、お前の名は姓が北、名は郷、字が一刀と言う事で良いのか?変わった名ではあるが」
「いや、姓が北郷で名前が一刀。ってか字?字なんて無いよ。中国じゃないんだから」
「何?お前は何を言っているのだ?」
「何って……」
 そこで一刀は何やら会話が噛みあっていない事に気付いた。
「ねぇ、甘寧……さん?」
「何だ」
「俺は何でここに居るんだろう?確か自分の部屋で寝ていた筈なのに。それにここは何処
なんだ?」
「最初の質問については中州に倒れていたお前を見つけて運んで来たのだ。そしてここは
私の率いる船の一室であると言うのが二つ目の質問についての答えだ」
「ふ、船ぇ!?ここって船の中だったのか!?」
「ああ。我等が誇る楼船『饕餮』だ。この一隻で五百人は乗せる事が出来る。そこらの軍
船にも引けは取らん」
 そう語る甘寧は、相変わらず無表情ではあるものの何処となく誇らしげに見えた。
「少なくともこの長江でこいつに勝てる船はまず居ないな」
「ふーん……って、ちょ、長江!?長江って中国の!?」
「だからその中国と言うのは何だ?」
 甘寧がイラついた様な声を出す。
「いや、だから中国は中国……いや、ちょっと待った。なあ、ここってどの辺なんだ?」
「地理的な意味で言っているのなら、そろそろ江夏郡の近くまで来た頃だな。荊州刺史の
劉表が家臣、黄祖が治める地だ」
「荊州に劉表、黄祖……」
(それにこの子が甘寧か。まんま三国志だな。もっとも呉きっての猛将甘寧がこんな綺麗
な子だってのは別としてだけど)
 一刀が黙り込んだのを見て甘寧が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「もう訊く事が無いのなら、今度は私の番だな」
「え?あ、ああ。うん、分かった」
「お前は何者だ?何故あんな所に居た?」
「何者と言われてもなぁ……。名前はさっき言ったとおり北郷一刀。聖フランチェスカ学
園に通う普通の学生だよ」
「お前の言っている事はさっぱり分からん。その聖腐乱何とかと言うのがお前の出生国な
のか?」
「いや、出身地は日本だよ。聖フランチェスカってのは学校の名前で──」
 その後は甘寧の質問に答える形で色々と話した結果、一刀はここが自分の住んでいた所
とは場所も時代も違う事を確信した。
 その事を甘寧に話すと、彼女は半信半疑ながら一刀の言葉に頷いた。
 殆ど着の身着のままだった一刀だったが、辛うじてポケットに入れていた携帯の機能が
彼がこの世界に住む人間では無いとの証左となったのだ。
「つまりお前が噂に聞く『天の御遣い』と言う奴か」
「ええっ!?な、何その仰々しい名前は?」
 その問いに対し、甘寧は折りしも著名な占い師がそう言った予言を口にしていたのだと
教えてくれた。
「うーん、確かに俺の状況と一致してる様には思えるけど……。やっぱり俺はそんな大層
なものじゃないよ」
「だろうな。私も天がお前の様な男を遣わしたなどとはとても思えん。まあ別の世界から
来たと言うのは間違いないのだろうが、少なくとも私が気に留めるような相手ではないな」
 そう言うと、甘寧は既に一刀に興味を無くしたかのように腰を上げた。
「さて。もうじき江夏の街が近い。その辺まで着いたら下ろしてやるから、後は何処へな
りと好きに行くが良い」
「え?ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何だ?」
「いや、俺はこの世界の事何も知らないんだよ。だからいきなり放り出されてもどうして
良いのか……」
「そんな事、私の知った事では無いだろう」
 甘寧が冷たく言い捨てるも、ここで彼女に見放されては一巻の終わりと、一刀が必死に
食い下がる。
「頼む!暫くの間この船に置いてくれ!」
「何?」
「俺がこの世界で生きていけるだけの知識を覚えるまででも良い!だからそれまではここ
に置いてくれないか?漕ぎ手でも甲板掃除でも何でもするから!」
「貴様、この船がどう言う船か分かっているのか?」
「分からない!」
「なっ……」
 甘寧が呆れたように口をポカンと空ける。
「それも覚えるよ!幸い言葉は通じるみたいだし、絶対邪魔にはならない様にするから!」
 暫く一刀の顔をじっと見ていた甘寧だったが、やがて諦めた様に息を吐いた。
「三日だ」
「え?」
「三日で仕事を覚えろと言ったんだ。良いか、その間に使い物にならないとなったら容赦
なく船から叩き落す。今度は本当に土佐エ門になると思え」
「あ、ああ!ありがとう!」
 一刀が思わず甘寧の両手を取ってブンブンと振る。
「は、離せ!」
 珍しく狼狽したような表情を浮かべて、甘寧がその手を振り解いた。
「気安く触るな莫迦者!」
「げぶぉっ!」
 殴り飛ばされた一刀はそのまま壁に頭をぶつけて失神してしまった。
「ふん。──まあ、明日から精々頑張るのだな」
 気絶したままの一刀にそう言うと、甘寧は部屋を出て行った。
 こうして一刀の新たな生活が幕を開けたのだった。

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