- 505 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:33:31 ID:KxxLTByN0
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一昨日投下した祭SSの残りが上がったんだが、今書き込んで大丈夫かな?
16レス程度あるんで途中でサルったらまた日を改めてみたいな感じになっちゃうかもだけど
- 506 名前:紅旗の下に 1/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:36:38 ID:KxxLTByN0
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「策殿……?」
孫伯符襲撃の報が入ったのは僅か数刻前の事だった。
しかしそれを伝えた蓮華の言によると、刺客の矢は肩口深くに突き刺さっていたものの、急所から離れており、
雪蓮自身も大した傷ではないと言っていたのではなかったか。
敵陣に向けて一人歩みを進める雪蓮の後姿は、確かに背筋は伸び足取りもしっかりしていて堂々とした振る
舞いに見える。
だが祭の目には、その一歩一歩が命を引き換えとしての前進と映った。
(策殿、まさか──!?)
自らの予感を否定したくて思わず辺りに視線を巡らす。
一刀と目が合った。
その目を見た瞬間、予感は確信と変わってしまった。
「なんと……言う事か……」
思わず漏れた呟きを掻き消すかのように、朗々とした雪蓮の声が響き渡った。
「呉の将兵よ!我が朋友たちよ!
我らは父祖の代より受け継いできたこの土地を、袁術の手より取り返した!
だが!
今、愚かにもこの地を欲し、無法にも大軍をもって押し寄せてきた敵が居る!
敵は卑劣にも、我が身を消し去らんと刺客を放ち、この身を毒に侵させたのだ!
卑劣な毒に侵され、我が身はもはや滅ぶしか無いだろう!
しかし、この孫伯符、ただでは死なん!
我が身、魂魄となりて永久に皆と共に在らん!
我が魂魄は盾となりて皆を守ろう!
我が魂魄は矛となり、呉を侵す全ての敵を討ちこらそう!
勇敢なる呉の将兵よ!その猛き心を!その誇り高き振る舞いを!その勇敢なる姿を我に示せ!
我はその姿を脳裏に焼き付け、我が母、文台の下に召されるであろう!」
「姉様、そんな……!」
雪蓮の言葉に、蓮華が絶句する。
他の将兵たちもみな呆然としていた。
しかし動揺は徐々に怒りへと変化していく。
「毒じゃと……?それが、曹魏のやり方だと言うのか……!」
「奴等には武人としての誇りもないのか!」
「雪蓮様〜、さぞご無念でしょうね〜」
- 507 名前:紅旗の下に 2/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:37:28 ID:KxxLTByN0
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呉軍の中で怒りが燃え上がるように広がっていく中、雪蓮の口上は続いていた。
「呉の将兵よ!我が友よ!
愛すべき仲間よ!愛しき民よ!
孫伯符、命の炎を燃やし、ここに最後の大号令を発す!
天に向かって叫べ!心の奥底より叫べ!己の誇りを胸に叫べ!
その雄叫びと共に、我が屍を越えてゆけ!」
全軍が吼えた。
「我が老躯よりも先に逝かれるのか……。天は何と残酷なことよ……」
主君を見送るという、二度と見たくなかった光景を前に祭は天を仰いだ。
「黄蓋様!早く!奴らを皆殺しにし、その血の全てを孫策様に捧げましょう!」
「我らの英雄を……孫策様の命を奪った卑劣な輩に、死を!」
周りの兵達が口々に叫んだ。
「応っ!」
彼らの言葉に祭も一時感傷を心の底に押し込め、内より湧き出る怒りに身を任せることにした。
「黄蓋隊に告げる!一兵たりとも敵を逃すな!みなみな殺し尽くせ!
良いか!敵兵の耳を削げ!鼻をもげ!目玉をくりぬき、喉を貫け!
敵の骸を踏みにじり、呉の怒りを天に示せ!
我らが英雄を奪った天に、怒りを!哀しみを!憎しみを!見せつけるのだ!」
祭の下知に従い、呉最強を謳われた黄蓋隊が真一文字に飛び出した。
その先頭を駆けながら、祭は隣接する友軍にちらりと視線を送る。
「進め!進め!進め!進め!」
蓮華が兵達に激しい檄を飛ばしていた。
普段は生真面目でやや大人しい印象のある蓮華だが、今の彼女には孫家の女が持つ激しさが宿っていた。
(策殿、ご安心召されい。英雄の血は脈々と受け継がれておりまするぞ。次代は権殿が立派に担ってくれましょ
うぞ。なれば、儂らは策殿の下で戦う最後の戦、見事勝利を掲げて見せましょうや)
「往くぞ、黄蓋隊!一人一殺!死兵と化せ!足が折れ、腕を落とされようと立ち止まることまかりならん!この
怒りを牙と変え、敵の喉笛を食い破れ!総員、儂に続くのじゃ────っ!!」
鬨の声を上げ、精兵たちが後に続く。
空を裂く一本の矢のように真っ直ぐに戦場を駆け抜けると、たちまち魏軍の最後尾へ追い迫った。
斬り込まれて魏軍が真っ二つに割れる。
浮き足立つ魏兵を手当たり次第に薙ぎ倒しながら、祭が怒鳴った。
- 509 名前:紅旗の下に 3/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:44:50 ID:KxxLTByN0
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「出て来い、曹操──っ!!その頸貰い受けて、我が主の死出の旅路の手土産としてくれよう!」
「させるかぁっ!」
祭の行く手を、大剣を構えた武将が遮った。
「その大剣と隻眼、夏侯惇か!相手にとって不足なし、と言いたい所じゃが、今はお主に構うておる暇は無い!
儂が所望するは貴様らの主が頸一つ!退けぃ、小童!」
言うなり手綱を放すと、矢を三本同時につがえて一気に放つ。
「ちぃっ!」
「ぐあっ!」
「うぎゃっ!」
夏侯惇は辛うじて矢を弾き返すも、両脇に居た二人の兵士がそれぞれ眉間と喉元を貫かれて倒れ伏した。
「チッ、やるではないか、盲夏侯!」
「私をその名で呼ぶなーっ!」
夏侯惇の顔が怒りで真っ赤に染まった。
そのまま勢いに任せて自慢の大剣を振り下ろすが、祭はあっさりとその一撃を躱すと更に矢をつがえ続けざまに射ち放っていく。
「こんなへなちょこ矢でこの夏侯元譲を斃せると思うな!」
言葉通りに見事な剣捌きで矢を弾き落とす夏侯惇だったが、次々放たれる矢の数に徐々に押され始める。
やがて左目の死角が決定的な隙を生んだ。
「もらったぞ、夏侯惇!」
「しまった!」
「やらせんよ!」
しかし必殺の矢は、夏侯惇を貫く寸前で射ち落とされた。
「秋蘭!」
「無事か、姉者!」
「す、済まん、助かったぞ」
「邪魔をするか、夏侯淵!」
「我が最愛の姉を、みすみす討たせるわけにはいかんのでな」
「ならばお主ら二人掛かりで、この儂を止めて見せよ!じゃが、主を弑されたこの怒り、ちょっとやそっとで止められ
ると思うでないぞ!」
- 510 名前:紅旗の下に 4/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:50:25 ID:KxxLTByN0
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「言われずともこれ以上貴様を先には行かさん!」
夏侯淵が弓を構える。
「貴様らの怒り、理解できんではないが、我らとて主に対する想いは誰にも負けん!」
夏侯惇が大剣を振りかぶった。
『我ら姉妹、この命に代えても華琳様をお護りするのみ!』
夏侯惇の斬撃が大地を割り、夏侯淵の放つ矢は閃光となって祭に迫る。
姉妹ならではの息の合った攻撃に、流石の祭も押され始めた。
(流石は曹魏でも最強との呼び声高い夏侯姉妹よ)
久しく出会うこと無かった強敵との対峙に、血が沸き立つのを感じる。
幾度かのぶつかり合いの後、不意に夏侯惇が叫んだ。
「ここは大人しく退け、黄蓋!今は我らもこれ以上呉を侵すつもりは無い!」
「孫呉の土地に土足で踏み込んでおきながら勝手な戯言を!」
「退かぬとあれば、魏武の誇りに懸けて貴様を斃さねばならん!」
祭の表情が怒りに歪んだ。
「ほざくな夏侯惇!毒などを使い我らが王を穢した輩共が、武の誇りを口にするでないわ!」
「チッ、それはこちらとて本意ではないというのに!」
「言うな、姉者!今は何を言おうと弁解にしか過ぎぬ。それより今は友軍を守り抜くことに専念しろ!」
「……うむ、そうだな。ならば本気で行くぞ、黄蓋!」
夏侯惇の気が膨れ上がる。
裂帛の気合と共に剣を振ると、その剣圧だけで祭の髪が数本切られ宙に舞った。
「この期に及んで力を出し惜しみしておったとは、この黄蓋も舐められたものよな」
「老いぼれだからと気遣ったのだが、その必要は無いようなのでな。──秋蘭、手を出すなよ!」
「うむ。ならばここは姉者に任せ、私は隊の指揮を取ることにする」
「行かせるものか!……とは言え、この状況では厳しいのぅ」
夏侯淵が部隊の指揮に戻れば、兵達の混乱も収束していくであろう。
そうすれば曹操の本隊に迫ることはかなり難しくなる。
とは言え今の夏侯惇を無視して夏侯淵を追う事は不可能だった。
歯噛みする祭。
- 513 名前:紅旗の下に 5/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 16:58:30 ID:KxxLTByN0
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そこへ思春が駆けつけた。
「公覆殿!」
「おおぅ、思春か!良いところに来た!お主は夏侯淵を追ってくれ!儂は夏侯惇を討つ!曹操の前にこやつ等
の頸を策殿に捧げるぞ!」
「ハッ!」
思春が夏侯淵を追う。
「これで貴様の相手に力を注げるのぅ」
「ならばその皺頸切り落として、私が隊の指揮を執ればいい事だ」
「やれると言うならやって見せぃ!」
「頸だけになって後悔するなよ、黄蓋!」
再び激しく切り結ぶ。
互いの身体に無数の小さな切り傷が刻まれていく。
「しぶとい老いぼれめ!」
今度は夏侯惇に目に焦りが浮かび始めた。
妹が不覚を取るとは思っていないが、部隊の混乱収拾が遅れればそれだけ被害は大きくなり、主君の覇業に
支障をきたす。
元々気短な彼女の苛立ちが頂点に達しようとしていた時だった。
「夏侯惇将軍!」
一人の兵士が数百騎を従えて二人の戦いに割り込んできた。
「将軍、ここは我々が抑えます故、将軍は全体の指揮をお執りください!」
「下がれ!貴様らに抑えられる相手ではない!」
「ですがこのままでは部隊の損害が大き過ぎます!我々の事なら心配ご無用です。死兵に対するは死兵。決
死隊を募って参りましたので、必ずや将軍が部隊の指揮に戻られるまでの時間は稼いで御覧に見せます!」
「だが……」
「既に夏侯淵将軍の下にも一隊が向かっております。将軍も、ここは早く!」
逡巡は一瞬だった。
「すまぬ、任せた」
走り出しかけ、振り返る。
「名は?」
「第三小隊麾下の馬延と申します!」
「その名、忘れん」
それだけ言うと今度こそ夏侯惇は走り去った。
- 516 名前:紅旗の下に 6/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:05:18 ID:KxxLTByN0
-
「友軍の為に命を投げ出すか。敵ながら天晴れじゃ。ならばお主らの命、残らず刈り取る事でその意気に報いて
やろう!」
祭が決死隊に向かって斬り込んだ。
やがて──500人程の兵が全て骸と化した頃、夏侯の旗が戦場を退いていくのが見えた。
蓮華が追撃の指示を出すが、それを一刀が止めている。
乾いた音が響いた。
激昂した蓮華が一刀の頬を打ったようだ。
しかし一刀は退かない。
結局冥琳にまで諭された蓮華が折れた。
それで良い、と祭は思った。
今は雪蓮の死に対する怒りで纏まっている将兵も、時が経てば王を失った不安に囚われる。
それを避けるためにも、一刻も早く新たな呉を纏め上げなくてはならなかった。
何より──
「策殿!」
祭が駆け寄ったとき、既に雪蓮の身体は死の影に覆われていた。
蓮華や小蓮の双眸からは涙が溢れ、冷静を装う冥琳もその両肩が小刻みに震えている。
その他の将兵の間でも所々から嗚咽が漏れていた。
一刀は必死で涙を堪え、かみ締めるように雪蓮の遺言に耳を傾けている。
そして祭は唯一人泣けずにいた。
- 518 名前:紅旗の下に 7/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:10:19 ID:KxxLTByN0
-
「策殿、蓮華様は立派に王として起たれましたぞ」
蝋燭の微かな明かりに照らされた部屋で、祭は一人盃を傾けていた。
あの後、蓮華は髪を切り、呉の王として雪蓮の意志を継ぐ決意を示した。
そして雪蓮の葬儀を執り行い、母孫堅の眠る同じ場所に埋葬した頃を見計らうように雨が降り出した。
皆が城に戻る頃には雨は豪雨となり、雷鳴まで轟く嵐となっていた。
「天まで慟哭しておると言うのに」
無論、哀しみも憤りも感じている。
しかし涙は流れなかった。
「この枯れた身体には、もはや涙すら残ってはおらなんだか」
呟くと思い切り盃を呷った。
いくら飲んでも酔える気はしなかったが、それでも祭は飲み続けた。
「もう無くなってしまったわい」
徳利が空になったのを見て、今夜はもう眠ろうかと考えた。
だがこのまま眠れるとも思えなかった。
「もう一本だけ持ってくるか」
空徳利を手に立ち上がった。
「ん?」
新しい酒を手にして部屋に戻る途中、玉座の間から人の気配を感じた。
「お主、そこで何をしておる」
声を掛けると、部屋の真ん中に座り込み、玉座を見上げていた人影が振り返った。
「祭さん?」
「何じゃ、北郷か。こんな所で──」
何をしているのか、と言い掛けて口を閉ざした。
分かりきった事だった。
「何を話しておった?」
代わりに問う。
「色々。とり止めも無い事だよ」
「そうか」
「俺さ、こっちに来て雪蓮とは沢山話したつもりだったけど、まだまだ話し足りなかったことに気づいたんだ」
「そうか」
「もっと、もっと、沢山語り尽くしたかったよ」
「北郷」
- 520 名前:紅旗の下に 8/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:20:19 ID:KxxLTByN0
-
「何?」
「泣いても構わんぞ」
一刀が小さく身動ぎした。
「ハハッ、何を──」
「ずっと堪えておったのだ。今なら泣いても儂しか見ておらん」
「だ、だけど今は泣いてなんかいる場合じゃ」
顔を背ける一刀に近寄ると、祭は優しくその頭を胸に抱いた。
「惚れておったのじゃろう?」
「!」
「愛した女子が死んだ。それを泣いて誰が責める」
「それを言うなら冥琳だって、誰より雪蓮を大切に想ってたのに我慢してる。祭さんだって雪蓮の事、娘の様だっ
て言ってたのに泣いてないじゃないか!」
「冥琳めは見栄っ張りじゃからな。他人に涙を見せたくないだけよ。今頃部屋で一人泣き疲れている頃じゃろう。
そして儂はな、我慢しておるのではなく、泣けんのじゃよ」
「え?」
「策殿の母御である堅殿が身罷られた時に、涙と言うものを流し尽くしてしまったのやも知れんな」
「でも哀しいんだよね」
「当たり前じゃ。哀しいし悔しいわい。魏の連中は八つ裂きにしても物足りないくらいじゃ。それでも、涙は出ぬ。
じゃからな、北郷。お主が代わりに泣いてくれ。この涙すら枯れ果てた老躯の分まで、お主が流す涙で雪蓮様を
送ってやってくれぃ」
言い含めるように言葉を搾り出しながら、一刀を抱く腕に少しだけ力を篭める。
一刀にはそれが祭の哀しみに感じられた。
「……う……うぅ……グスッ、うっ……ひくっ……」
やがて腕の中から嗚咽が漏れてきた。
嗚咽はすぐに慟哭に変わり、雪蓮の名を呼ぶ叫びとなった。
祭はもう何も言わず、ただ静かに一刀の身体を抱きしめ続けていた。
- 522 名前:紅旗の下に 9/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:27:34 ID:KxxLTByN0
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「ふむ……奇襲にはもってこいの闇夜じゃな」
夜陰に乗じて船を走らせながら祭はひとりごちた。
「黄蓋様。我が船の後方より、各部隊が追撃してきております」
そう報告をもたらした兵に目を向ける。
「ふむ。先頭の旗は誰のものじゃ?」
「周と陸。あと十文字もありますね」
「ほっ。北郷も気づいておるか。さすがじゃな」
口調に嬉しさが滲む。
昼間の軍儀の席、咄嗟の呼吸で冥琳と計った苦肉の計は、 主君である蓮華すら謀るつもりでやりあった。
それを見破るほどに一刀が軍師として成長したと言う事と、自分を信じてくれていた事実が純粋に嬉しかった。
「はっ。最近、兵たちの間でもいたく人気があるようでして」
そんな彼女の様子に気づいてか否か、兵士は一刀への賞賛を続ける。
「ほぉ。それは気付かなんだ。あやつにそれほどの人徳があったとはな」
「なかなか気さくな方ですからな。天の御遣いという評判も、影響を与えているのでしょうが……」
「うむ。あやつは呉を背負って立つ男じゃ。人気があるのは良いことじゃよ」
そう笑いながら、祭はもう一度一刀に会いたいと思っている自分に気付いた。
あの夜、祭の胸で一頻り泣いた後で立ち上がった一刀の眼に、弱さはもう無かった。
愛した雪蓮の想いを継ぎ、蓮華を支えて呉と共に生きる覚悟があった。
(この儂ともあろう者が、よもや自分の半分も生きておらぬ若僧にのぅ)
あの時から一刀に惹かれていたのだろう。
抱かれたことはある。
しかしその時は『一刀の子なら産んでもいい』程度の気持ちだった。
今は一刀の子を産みたいと思っている。
天の血を入れるとか、呉の将としてではなく、黄公覆という一人の女として願う。
「その為にも生きて還らねばな」
呟いた祭に、曹魏が動き出したとの報せが届いた。
魏の船は祭たちを包み込むように移動しているという。
「どうやら敵は我らの投降を信じたようですな」
兵の言葉に肯く。
「よし、皆の者!これより我ら一世一代の大舞台の幕開けじゃ!孫呉の未来のため、亡き二君の想いを叶えるため、努々しくじるではないぞ!」
喚声が沸き起こった。
- 525 名前:紅旗の下に 10/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:33:47 ID:KxxLTByN0
-
「もう少しで呉の陣じゃ!ここまで来て死ぬことは許さんぞ!何としても呉に生きて還るのじゃ!」
見事曹操の下に潜り込み、魏の船団を炎に包み込んだ祭だったが、連環から離れていた一部の隊が執拗に
彼女たちに追いすがって来ていた。
一部とは言え元が数十万とも言われる曹魏の軍団である。
数では祭の部隊を圧倒していた。
操船に関しては呉に一日の長がある。
それでも後ろから降り注ぐ矢の雨は、確実に黄蓋隊の人数を減らしていた。
「ぐぅっ!」
肩に灼けるような痛みが走った。
見ると矢が一本突き立っている。
「黄蓋さま!」
「案ずるな!こんなものかすり傷よ。策殿の時の様な毒も塗られておらんみたいじゃしの」
言いながら矢を抜かずに折った。
抜けば血が吹き出る場所に刺さっているのが分かっていた。
(こんな所で斃れるわけにはいかん)
しかし今の斉射を受け、船の漕ぎ手が数人死んだ。
速度の落ちた祭の船に、魏の旗を掲げた一団が迫る。
(北郷──っ!)
一刀の姿を想い、天に祈った。
果たして──
「うぎゃああっ!」
「ひぃぃっ!」
悲鳴や怒号は押し寄せる魏の船から上がった。
「何っ!?」
「黄蓋さま、友軍です!前方より呂の旗!続いて甘・周の旗も!」
「おお!亞莎に思春、明命まで来てくれたか!」
逆撃を受けた魏軍の船が慌てて引き返すのが見えた。
「追う必要はありません!今は黄蓋さまを救出する事に全力を向けてください!」
亞莎の命令に従い、味方の船が祭を始めとする生き残りの兵達を回収する。
そしてそのまま蓮華や一刀の待つ本陣へと帰還した。
- 528 名前:紅旗の下に 11/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:39:54 ID:KxxLTByN0
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「良く……良くぞしてのけてくれた。ありがとう、祭」
駆け寄った蓮華が祭の手をとり無事を喜ぶ。
「ふふっ、この老躯の賭けどころ、間違いでは無かったようですな」
「ああ……!祭のお陰でこの戦いに勝機が見えた。……あとは曹魏を叩くのみ!」
「敵は大混乱に陥っています。今こそ我らの力を見せつけるとき。……蓮華様!お下知をっ!」
「ああっ!」
亞莎の進言に従い、蓮華が全軍に下知を下す。
その姿を見つめる祭の横に一刀が駆け寄ってきた。
「祭さん、本当に無事でよかった」
「北郷か。ふふっ、良くぞ我が苦肉の計を見破ったものよ」
「これでも天の御遣いだからね」
身体を持たれかけてきた祭を支えるように抱き一刀が答えた。
「それよりこんなに傷だらけになって……。頑張ってくれたんだな」
「なに、これらは殆ど冥琳めに鞭打たれた時の物よ。見た目には派手だがさほど響くものでもない」
「そっか。良かった」
一刀が安堵の息を吐く。
そして揺れの少ない場所を選ぶと、祭の身体をそっと横たえた。
「とにかく祭さんは休んでいてよ。本当なら俺も祭さんに付いていたいところだけど……。ゴメン、今は冥琳の姿を
見届けなくちゃならないから」
一刀の言葉に、祭の目が見開かれた。
「そうか、冥琳までがのぅ……」
祭の瞳に哀しみが浮かぶ。
「そう言う事なら儂ものんびり休んではおれんな」
言って立ち上がる祭。
「いや、祭さんは──」
「冥琳は儂が育てたヒヨッコも同然よ。そのヒヨッコが鳳となって天へ飛び立とうとする最後の戦いじゃ。ならばこの儂が力を貸さんでどうすると言うのじゃ」
一刀の言葉を遮りそう言うと、祭は不意に穏やかな微笑を浮かべた。
「北郷」
「な、何?」
- 530 名前:紅旗の下に 12/15[sage 数間違えた] 投稿日:2009/02/09(月) 17:45:36 ID:KxxLTByN0
-
「儂はお主が好きじゃ」
「え!?」
「無論、女としてじゃぞ?今、儂は真剣にお主の子を授かりたいと思うておる」
「さ、祭さん……?」
突然の告白に戸惑う一刀の様子を、優しい眼差しが見つめる。
「儂は必ず生きて戻ってくる。お主の下に還ってくる。じゃからの、北郷よ。今は冥琳を見ていてやってくれ。儂の
分まで、その眼に焼き付けておいてくれ」
「……うん、分かった」
肯く一刀にもう一度優しい笑みを投げ掛けると、祭は再び戦場へと向かって行った。
全てを終えて還ってきた時、冥琳の命は今まさに燃え尽きようとしているところだった。
穏に抱きかかえられた冥琳に、蓮華と一刀が寄り添い、その手を握り締めている。
蓮華は大粒の涙を流し、近付く冥琳との別れを哀しんでいた。
それを支える一刀の目も潤んでいたが、彼は涙を堪え、歯を食い縛って冥琳の言葉に耳を傾け、瞳にはしっか
りと冥琳の姿を写し取っていた。
それは一刻でも長く冥琳の生き様を眼に焼き付けようとしているかのようで、祭は胸に熱い物を感じていた。
「ふふ……これで心残りなく、雪蓮に会いに逝けます……。
私は立派に務めを果たした……と、胸を張って雪蓮に報告しましょう……」
いよいよ冥琳の命が尽きる時を迎えたようだった。
「北郷……」
冥琳が掠れる様な声で一刀の名を呼ぶ。
「ここに居るよ」
「蓮華様を頼むぞ……」
「……ああ。任せてくれ。俺がきっと、ずっと支えてみせる……。
だから……だから、安心して逝ってくれ」
それが、一刀が唯一つ冥琳に贈る事の出来る、手向けの言葉だった。
- 532 名前:紅旗の下に 13/15[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:48:28 ID:KxxLTByN0
-
「ああ……その言葉が聞きたかった……」
冥琳の顔に心からの笑みが浮かぶ。
その笑顔はとても穏やかで優しく、そして為すべき事をやり遂げた誇りと満足感に満ち溢れていた。
「これで安心して逝ける……」
呟いた言葉は誰に向けたものか。
もう一度、皆の顔を胸に焼き付けるかのように見渡すと、雪蓮から引き継いだ志を達成した喜び、歴史に名を
残す喜び、自分の想いを受け継ぐ者たちがいる喜び、そして別れの言葉を紡ぎ、孫呉を支えた天才軍師はその
目を閉じた。
「儂より先に逝くなど、この馬鹿者め……。もう偉そうに説教できんでは無いか……。本当に馬鹿者じゃ、きさま
は……!」
深い悲しみと憤りが祭の口から思わず悪態を飛び出させる。
一方、冥琳の亡骸に寄り添って慟哭する蓮華を慰める一刀の双眸からもついに涙が溢れ出していた。
しかし一刀はその哀しみに打ち砕かれること無く、しっかりと蓮華を立ち上がらせていた。
「策殿、冥琳、見ておられるか、あの二人を。彼らなら必ずや呉の未来を光で照らしてくれましょう。儂もいずれ
はそちらへ参るが、それまではあの二人と共にこの国の将来を見届けようと思う。じゃから策殿たちも、どうか若い
二人を見守ってやっていてくだされぃ」
天に向かって祭が呟いた後、蓮華による勝ち鬨が響き渡り、やがて全軍から喚声が沸きあがった。
勝利の喜びを謳う声は、朝焼けの空に何時までも轟き続けていた。
「祭、しっかりしろ!」
祭の手を握り、蓮華が声を掛ける。
「権……殿……」
苦しい息の下、祭が声を絞り出すようにして蓮華の名を呼んだ。
「もうすぐ医者が来る!そうすればきっと楽になる!だから……、だから……!」
祈るように手を取る蓮華に、祭が微笑みを向ける。
「権殿……、儂なら……大丈夫、じゃ……。どうか……そのように……案じられ、ますな……」
「でも……祭……!」
- 534 名前:紅旗の下に 14/16[sage アッテタorz] 投稿日:2009/02/09(月) 17:54:26 ID:KxxLTByN0
-
「何……これしきの痛み……権殿とて……昨年、乗り越え……られたでは……ありませぬか……」
「けれど祭の歳で子供を産むのは危険だって穏が……!」
「まったく……余計な事を……」
祭は蓮華の後ろで幼子を抱く穏を睨んだ。
穏の腕の中で眠る赤ん坊は蓮華によく似ている。
そして穏自身も、更には隣に立つ思春までが、祭同様にぽっこりと膨らんだ大きなお腹をしていた。
全て父親は一刀である。
「でもでも、高齢出産が母体に負担を掛けるって言うのは本当のことなんですよ?」
「北郷めも見境の無い……」
「思春……、今のは……どういう……意味じゃ……?」
「は!?あ、いや、今のはもっと公覆殿のお身体を労われという意味で、け、決して公覆殿のお歳がどうとかいう
事では……」
祭に睨まれ、思春が慌てて弁解する。
「……今の言葉って墓穴……」
「……ですよね……」
その様子を亞莎と明命が興味半分あきれ半分と言った態で見ていた。
二人も一刀の子を身篭っているが、まだそれほどお腹は目立っていない。
国の重臣が一度に臨月を迎えるような破目にならず、他の臣下達はホッとしていることだろう。
「祭さん、医者を連れてきたよ!」
そこへ一人の老婆を伴って一刀が現れた。
「おい、一刀。そのような年寄りで本当に大丈夫なのか?」
祭の身を案じる蓮華が、やや不審そうな目を向けた。
「大丈夫だって。子供を産む時の医者に必要なのは経験が一番だって蜀の黄忠さんが言ってた。このお婆さんはこれまでに1000人近く取り上げたって言うし、心配いらないと思うよ」
「ふーん、まあ一刀がそう言うなら……」
不承不承といった感じで蓮華が肯く。
そして一刀だけが部屋を出された。
暫しの時──一刀にとってはとてつもなく長いと思われた時間だったが──が流れ、
『おぎゃああぁぁぁ!』
元気な産声が響き渡った。
- 535 名前:紅旗の下に 15/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 17:59:33 ID:KxxLTByN0
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「祭さん!」
いてもたってもいられず部屋に飛び込む。
赤ん坊を腕に抱いた祭が、一刀の姿を眼に止めて微笑んだ。
多少疲れた感はあるが、母子共に健康そうで一刀はホッと一息吐く。
「また女の子よ」
自らも娘を産んだ蓮華が、そっと一刀の背中を押す。
フラフラと近寄った一刀に、祭が娘の顔を近寄せる。
「柄、親父殿が現れたぞ」
「柄?」
「この子の名じゃ。良い名じゃろう?」
「柄。黄柄か。うん、良い名前だと思うよ。──黄柄、こんにちは。俺が君のパパだよ」
「ぱぱ?」
「ああ、俺の国では小さな子供に父親を呼ばせる時、パパって呼ばせる事が多いんだ。これなら子供でも覚えや
すいから早くに呼んでもらえるしね。ちなみに母親はママって教えるんだ」
「ほっ。ならば儂はママか。──どれ、黄柄。ママじゃぞ。呼んでみぃ」
「もう、祭ったら。幾らなんでも生まれたばかりで呼べるわけはないでしょう?」
呆れ顔の蓮華の言葉に、笑いが沸き起こった。
「とにかくお疲れ様、祭さん。それに、ありがとう」
「礼を言うなら儂の方じゃよ。よもやこの歳になって愛しい男の子を授かるなど、望外の喜びを得ようとはな」
そう言って幸せそうに笑う祭。
「あーっ!祭が泣いてる!」
「え?」
小蓮の指摘どおり、祭の目尻には涙が浮かんでいた。
それはみるみる内に盛り上がり、一雫頬を伝って、腕の中で眠る黄柄の頬を濡らした。
「儂が……涙を……?」
暫し呆然としていた祭だったが、やがて──
「フッ……フフフ……フフ、ハハハハ!」
突然笑い出した祭に、皆が呆気に取られる。
「祭さん?」
「フフフ、見よ一刀。哀しみの涙が枯れ果てたこの身にも、どうやら喜びの涙は残っておったようじゃ」
- 536 名前:紅旗の下に 16/16[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 18:01:09 ID:KxxLTByN0
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「……うん。なら、これからもっと祭さんが涙を流せるように、幸せにしないとね」
祭の肩を抱き一刀が囁いた。
(策殿、冥琳。すまぬがもう暫く待ってくれ。今の喜びをもう少しだけ味わったら、お主たちの下に赴き、たっぷりと
惚気話を聴かせてやろう。それまでは一刀と共にあるこの幸せをかみ締めること、どうか許してくれ)
──もう、本当ズルイんだから、祭は──
──まあもう少しくらい待ってあげましょう、雪蓮。こちらにはたっぷり時間があるのだから──
──仕方ないわね。その代わり、私達の分まできっちり幸せを享受してくるのよ?──
──土産話、楽しみにしておりますよ、公覆殿──
遠くで二人が笑いあう声が聞こえたような気がした。
そして紅に染まる孫呉の旗の下で、幸せな笑い声が途切れる事は無かった。
終
- 538 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 18:02:24 ID:KxxLTByN0
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以上です
支援者感謝でした
あと一部タイトルや眼蘭で見苦しい点があったことをお詫びしますorz