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217 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:10:10 ID:Tn/WWJ5+0
>>26 すみません、チラっと今回出てきます。

『栄えるは曹操の一門のみにある。
朕は反対する術も知らず、先祖の偉業を思うに、夜ごとただただ悔し涙に暮れ、天下の正に危うい事を憂う。
董承は国の重臣にて、朕の忠義なる士。
ここに忠義の志士を糾合し、奸賊曹操を討ち、朝廷の権勢を再興させるべし』
これが、帝から授かった帯に隠されていた密書の内容である。
曹操暗殺の同士は、次々と集結し始めた。
工部侍郎・王子服、長水校尉・仲輯、帝の配下の将・呉磧、同じく呉子蘭、馬超の父親にして西涼の太守・馬騰と言った漢帝国に忠誠を誓う重臣が集まった。
彼らは血判状に署名し、死すとも背かぬ事を誓い合った。

夜中…。
一刀は自分の城に戻り、一通りの政務を終え、疲れ果てていた。
「んん〜〜〜〜、やっと終わった」
一刀が大きく背伸びする。
さっさと寝ようと床に入ろうとすると…。
コンコン…
ドアをノックする音が聞こえた。
「主殿…もうお休みですか?」
「…華雄?」
一刀がドアを開ける。
「どうしたの?」
「来客がありまして、主殿に大事な話があるとか…」
「俺にお客さん…?誰が来てるの?」
「車騎将軍の董承殿です」
董承って、確か帝の重臣で一番信頼されているっていう人じゃないか。
そんな人が、俺に何の用だろう…?
しかもこんな夜更けに…。
「大事な話って何だろう…?とりあえず、客室にお通しして。俺もすぐに行くから」
「かしこまりました」
218 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:13:32 ID:Tn/WWJ5+0
「ん…?」
愛紗が部屋に戻る途中、鈴々と朱里が客室の扉越しに、耳を寄せているのを見た。
「お前達、何をしている?」
「わぁっ!」
突然の愛紗の声にビックリして、鈴々が声を上げる。
「鈴々ちゃん、しー!聞こえちゃいます!」
朱里が小声で鈴々を宥める。
「二人とも、何をしているのだ?」
「今、ご主人様に何かのお話があるとかで、董承様がお見えになってるんです」
「何?董承殿が?」
愛紗も気になり、扉越しに耳を寄せた。
219 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:15:04 ID:Tn/WWJ5+0
「北郷殿、是非お尋ねしたいのじゃが…。先日の巻狩の時、関羽殿が刀の柄に手を掛けられましたな?」
「ギクッ!?」
突然の図星な董承の言葉に、一刀が返答に困る。
「曹操殿をお斬りになるつもりであったのかな?返答、しかとお聞き致したい」
「あー…いや、その…」
一刀はしどろもどろとするが、渋々と答えた。
「あれは…ですね。ほら、曹操が帝の弓矢を引っ手繰っちゃったでしょう?なんか愛紗は、それが許せなかったみたいで…」
「おぉ、やはりそうでしたか」
董承が声を上げる。
「寵臣が全て、関羽殿の様な忠誠心があったなら、天下も乱れぬものを。では、これを…」
そう言うと、董承知は懐から一枚の紙を取り出した。
沢山の人の名前と、その下には、指紋の印が押されている。
「何ですか、これ?」
「血判状にございます。帝より密書を頂き、曹操暗殺の同士を募りました。北郷殿、帝にお力をお貸し下さいませ!同士一同の願いでございます!」
董承が席を立ち、土下座する。
「…分かりました。それが帝の力に慣れるなら、俺も署名します」
「北郷殿!ありがとうございます!」
そう言うと、一刀は筆を取り、自らの名前を血判状にしたためた。
そして、木を削るためのナイフで自分の指に線を入れる。
「…いて」
指に己の血を塗り、それを紙に強く押した。
「でも、あまり軽々しく動かないほうが良いですよ。くれぐれも焦らないで下さい」
「分かり申した…。同士の者にも、身を慎む様に、言い聞かせます」
220 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:18:26 ID:Tn/WWJ5+0
翌日、一刀は曹操に呼ばれていた。
場所は宮殿の庭で、そこに豪華な料理と酒が並べられている。
「久しぶりね、北郷一刀」
「やぁ、久しぶり」
一刀も曹操に挨拶を軽く返す。
「聞くところによると、畑仕事に精を出してるそうね?」
「まぁね。一度そういうのやって見たかったんだ。その方がお金も掛からないし、健康にも良いかなと思ってさ」
「無欲だと思ったけど、意外と細かい所があるのね…。実はね、あなたと一献酌み交わしたいと思っていたの」
「それで呼んでくれたの?何だか悪いなぁ」
「遠慮はいらないわ。どうぞ席に座って頂戴」
そんなこんなで酒を酌み交わして数分。
空が曇り始めた。
曹操が空を見上げる。
「一雨着そうね…。雨の中で飲むのもまた風流かしら…」
221 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:24:34 ID:Tn/WWJ5+0
曹操が呟き、一刀に尋ねた。
「所で…あなたは龍という生き物の存在を信じる?」
「龍?龍って、あの空を飛ぶ?」
「えぇ。龍が変化するというのは知っているかしら?」
「いや、全然」
一刀が首を振る。
「龍は小さくもなれば大きくもなるわ。小さくなれば沼に隠れもするけれど、一度大きくなれば、雲を呼び、霧を吐き、天空を駆け巡る…。龍は天下の英雄にも例えられるわ」
「なるほどねぇ…」
「あなたは今のこの時世で、英雄といえる人間は誰がいると思うの?」
一刀がこれまで出会った人物を思い浮かべる。
「そうだなぁ…袁紹はどうかな?名門の出らしいし」
「あんな女、墓の中の白骨よ。いずれ私が叩き潰してやるわ」
「じゃあ公孫賛は?」
「彼女も論外ね。小利口な部下に頼ってばかりですもの」
「う〜ん…それじゃ孫権はどう?」
「そうね…機略はあるけど、まだまだ小さいわ」
「それじゃあ曹操の言う英雄ってどんな?」
「真の英雄と言うのは、大志を抱き、謀を持ち、天下を持つ器量を持たなくてはいけないわ」
「そんな人間いるかなぁ…」
「いるわ」
曹操の目が細くなる。
まるで何かを見通しているかの様に…。
「今の天下に、英雄は二人いるわ…。それはあなたと、この曹孟徳よ!」
「なっ!?」
曹操が一刀をビシッと指を差す。
その時…。
222 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:26:47 ID:Tn/WWJ5+0
ピシャッ!!ゴロゴロゴロゴロ…
「どわあっ!?」
一刀が突然机の中に隠れてしまう。
雷が鳴る度に、一刀が震える。
しばらくして雷は止み、一刀も隠れている机から出て来た。
「フフフ…天地の声である雷が怖いの?」
「はは…カッコ悪い所見られちゃったな。俺、どうしても小さい頃から雷だけは苦手でさ」
「天の御使いともあろう方が雷をねぇ…。クスクス」

愛紗と鈴々、そして朱里は一刀のいる場へと急いでいた。
一刀が曹操の使者と共に出かけたと聞き、いやな予感がしたので、駆けつけたのだ。
辺りを見回すと、庭のほうで一刀と曹操が酒を酌み交わしていたのを発見した。
「ご主人様!」
愛紗の声に一刀が気付く。
「三人とも…。どうしたんだよ」
「あ…ありゃ?」
鈴々が間の抜けた声を上げる。
昨日の血判状の事が曹操にばれたのではないかと思ったが、違う様だ。
「関羽に張飛…それに孔明まで…。あなた達を呼んだ覚えはないけれど?」
曹操が愛紗達に言う。
「あ…いえ、その…。ご酒宴と承り、余興に剣の舞でもいかがかと思いまして…」
「そ、そうなのだ。鈴々の得意な踊りを見せたかったのだ。…にゃはははははは」
「は…はい、そうなんです」
三人がその場で思いついた言い訳で誤魔化す。
とりあえず一刀は、曹操に謝罪した。
「ごめんな、曹操。きっと俺がいなくて心細かったんじゃないかと思うんだ。俺に免じて、許してあげてくれないかな?」
「ふふ…まぁ良いわ。今日は楽しく飲めた事でもあるし、許してあげる」
225 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 21:59:58 ID:Tn/WWJ5+0
一刀達は城へと戻る帰路を歩いていた。
「にゃははは。雷様を怖がるお兄ちゃんのお芝居、鈴々見たかったのだ」
鈴々が笑いながら言う。
「恐れ入りました…。畑仕事も曹操を欺くための作戦だったのですね」
「まぁ…今は大事な時だからね。疑いを掛けられる様な事は避けたいと思ったんだ」

 しばらくして、一刀の元に悲報が訪れた。
北平の太守・公孫賛が、河北の袁紹に討たれたという報せだった。
共に戦場を駆け抜けた同志の滅亡の報せは一刀を驚かせ、悲しませた。
栄えるも滅ぶも武将の常とは言え、乱世は無情であった。
そして、北郷軍は曹操に「袁紹と、その弟である南陽の袁術の同盟を阻止する為」と称し、袁術の討伐を願い出たのであった。
曹操の承諾を得た一刀は五万の軍を与えられ、帝にも別れを告げ、軍と共に許劭を去った。
226 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 22:00:41 ID:Tn/WWJ5+0
 一方、夏候惇が血相を変えて曹操に抗議していた。
「華琳様、何故北郷に五万の兵を与えたのです!?これは虎を野に放ったも同然です!」
「虎を野に放った…?春蘭、どういう事?」
「もはやあの男を従える事は出来ません。華琳様は奴に一杯喰わされたのです」
「…ふふふ…あっはははははは!」
夏候惇のその言葉に、曹操が高らかに笑った。
「畑仕事をやったり、雷を怖がったりする様な男よ?あいつに何が出来ると言うの?」
「それは謀です。北郷の本心ではありません。華琳様…それほど甘く見ておられたのですか?」
「え…?」
夏候惇の言葉に違和感を覚える曹操。
「私は、北郷ほど油断できない男はおらぬと見ておりました…」
「それじゃあ、袁紹や袁術を倒すと言うのは嘘だと言うの?」
「いえ、それはやるでしょう。しかし、それは華琳様の為ではありません。北郷自身の為です」
「…!」
その言葉でようやく曹操は全てを理解できた。
あの男にしてやられた!
その上、兵まで与えてしまうとは…。
「北郷…!このままにはしておかないわよ」

 かくして虎は、乱世の野に放たれた。
平和を望む虎は、大きな企みを胸に秘め、明日に向かって牙を向く事となった…
227 名前:放たれた虎[sage] 投稿日:2007/05/18(金) 23:27:43 ID:Tn/WWJ5+0
これにて「放たれた虎」は終了です。

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