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無じる真√N-40話

(この物語について及び注意点)
・展開などのため、原作と呼称が異なるキャラが存在します。
・恋姫†無双(真ではありません)のED前からの派生となっています。
・後々、特殊な仕様が出てくる予定です。(恐らくはこの章か次の章になります)
・時折18歳未満にはよくない場面が出てくることがあります。
・特殊なカラミや不快に思う可能性のある場面が出てくることもあります。
・複数の資料を参考としつつ書いています。(資料に関してはQ&Aにて)
※あくまで参考なので読む方があまり気にはならないよう気をつけてはいます
ですが、どこかで出ていることがあるかもしれません

上記が苦手な方にはおすすめできません。

(その他)
・話の都合上、未プレイの方は原作のプレイをお勧めします。
・過度な期待などはせずに見てやって下さい。
・未熟故、多少変なところがあるかもしれません。
・URL欄はメールフォームです。(必須項目は設けていません)
※意見、感想などはそちらでも構いません。
また、メールフォームから以前頂いた質問と解答へのリンクがあります。

書いては消してといった推敲の繰り返しを行っているうちに
自信が無くなるのはなんなのでしょうね……。
まぁ元々自信などたいしてないのですがね。



 「無じる真√N40」




 無駄に広い間取り、柱から始まり壁や屋根など各所が絢爛豪華な装飾に彩られており、それらが今いる場所が如何に高貴で一般人では踏み入ることの出来ない領域であるかをヒシヒシと感じさせる。そんな部屋に劉備はいた。
 そもそも、ここへと赴いたのは劉備を含め二人であり、他の者たちは敷地へと入る前、門の前にて待機せざるを得なかったのだ。
 それに加え、武装も持ち込むことは許可されなかった。それほどまでに厳重な警備態勢が取られていること自体が、いま彼女がいるところが普通ではないと物語っている。
 その普段見ることのない光景に劉備は多少身体を強張らせている。そんな彼女の前には正装に身を包んだ者たちが並んでいる。皆、朝廷の高官、官僚たちである。
 そんな彼らよりも奥には高くそびえる長き階段……まるで少しでも天に近づけんと言わんばかりだ。その先には幕がおりているために姿が、影さえもが見えなくなってはいるものの帝が存在しているはずだ。
「…………」
 劉備が居心地悪くそわそわと肩を揺らしているのは、このような場に訪れるということは今までには一切なかたったがために慣れていないからだった。その証拠とでも言わんばかりに彼女の額をはじめて経験する空気によって妙な汗が伝っている。
 充満するなんとも形容しがたい重苦しい空気……それも、今までの生活で一度も訪れる機会の無かった貴重なものに劉備は背中を必要以上に伸ばし姿勢を保つ。
 それだけではない。場を覆う淀んだ空気に負けないくらいに濃くて鈍い視線がいくつも一転へと向けられている。
 もっとも、その対象は劉備ではない。先頭に、劉備の前にいる曹操だ。
 対する曹操はそんな視線たちをものともせずに堂々と……控えめな大きさゆえにわかりにくいが胸を張っている。
 そんな曹操の前へと一人の官僚が進み出る。そして、うやうやしく一礼しながらも訝しむように曹操を見やる。
「それで、曹操殿……一体何故この地へと来なさったのですかな?」
「随分と長い間、こちらへは足を運んでいなかったので、たまには帝のお姿を拝見させてもらいに来た。是非とも合わせてもらいたい」
 返答する曹操は目の前にいる相手ではなく、先にある帝の座を刺すように見つめている。
 対する官僚は何故か硬い笑みを浮かべて曹操の相手をしている。緊張しているのだろうかと思うが一体に何に対してだろうかと劉備は首を小さく傾げる。
「それはなりません。まともな手続きも碌に済ませず唐突にやってきて何を無茶なことを」
「……そう。まぁ、それも仕方がないことかしらね」
「えぇ、今回は諦めになってお帰りくだされ。さぁ――」
 肩を竦める曹操に振り子もかくやとばかりに首を前後する官僚。だが、彼女は官僚の言葉を遮り、ふっと息を吐いて、口端を吊り上げながら相手の姿を瞳に納めんとしている。
「なにせ、この曹操が帝の身柄を保護しているのだから」
「え?」
 曹操の発言に今まで沈黙を貫いていた劉備も思わず言葉を漏らしてしまった。
(そ、そんなこと知らなかった。帝が曹操さんの元に……)
 この場にいる官僚たちも劉備同様に開口したまま曹操を驚愕の眼差しの的にしている。
 そして、その代表でもある官僚が曹操につかみかからんとばかりの勢いでしゃべり立てる。
「な、なにを仰るのですか! 帝の身を預かっているなど戯けたことを抜かさないでくだされ」
「別に信じる信じないはそちらの勝手。この曹操が述べたことに覚えがないのならば、ありえないという一言の元に切り伏せればいい」
「う、うぅ……そ、それは」
 そう呻く官僚の顔に大量の汗が浮かんでいる肌を濡らし、テカテカギトギトと光を放つそれは脂汗であり、何か非常に都合が悪いのであろう事を物語っている。
(一体、どういうことなの?)
 曹操と官僚のやり取りを第三者という立場で見続けている劉備にも互いに何かしらの確信、もしくは根拠があってそれぞれの態度を見せているのがわかる。
「どうなの?」
「く……み、帝はいまどこにおわすのですか?」
「…………ふふ」
 詰め寄る官僚を一瞥すると曹操は愉快そうに笑みを浮かべる。それはまるで相手の愚かさをあざ笑うかのようだと劉備は思った。
 曹操がすっと腕を持ち上げ壇上の幕を指し示す。
「やはり、あそこに帝はいないというわけか」
「っ!?」
 場にいる誰かが……いや、きっとここにいる多くの者たちが息を呑んだ。劉備も声が出ないほどに驚いていた。曹操が何を考えているのかが彼女にはわからない。一方、官僚たちは表情を強張らせ、あからさまな動揺を見せている。
 曹操の前で、愕然としている官僚が一瞬ぴくりと身体を撥ねさせると、わなわなと両肩を震わせる。そして、かっと目を開き曹操を睨み付ける。
「は、謀ったな、曹操!」
「人聞きの悪い事を言うな。私は、信じるかどうかはそちらに任せると行ったはず。そして、覚えが無ければ適当にあしらえばいいとも言ったはずだが?」
「くっ!」
 曹操の対応にたいそう悔しそうに舌を打って官僚はがっくりと肩を落として項垂れた。元々それなりの年月重ねた風貌なのに、僅か一瞬で更に歳を重ねたように見える。
「な、なんという失態をしてしまったのだ。私は……」
「それで、朝廷の現状はどうなっている?」
 曹操は魂が半分抜けたような状態の官僚を気遣うこともなく、淡々と話を続けている。正直なところ、劉備も官僚が心配でありながらも帝のこと、朝廷のことが気になっていた。
 官僚は、大きなため息をすると「知られてしまってはしょうがありませんな」と呟いて語り始めた。
「かの董卓連合によって董卓及びその身辺の者たちや董卓勢力の兵やらが消えた後、炎上し、見る影もなくなった洛陽を一度放棄して我々は朝廷の本拠の移動……つまり長安への遷都を行いました」
 都が長安へ移ったことは既に劉備も曹操も……この大陸の諸侯ならばみな知っている。ただ、あくまでそれだけだが。
「その時にはもう帝の姿は……」
「どこにもなかったと?」
 曹操の質問に官僚はゆっくりと首を縦に振った。そして、力なき瞳に曹操の姿を映した。
「しかし、何故帝が不在であることがわかったのですかな?」
「朝廷から勅が全く出されない。それもあの連合の一件以前と比べてもだ。そのことだけでも思い半ばに過ぎるというもの。気付かぬはずがない」
 それだけで朝廷の実情を把握していたという曹操の言葉。それは彼女が優れた能力を持っているという事実を劉備の胸に深く突き刺した。
(……今回の遠征の目的は、これだったんだ。だけど、曹操さんは――)
「つまり、曹操殿は確たる証拠も無しにここへやってきたと」
 まるで劉備の脳裏を掠めたことを代弁するように告げられた官僚の言葉に曹操は特にこれといった反応も見せず変わらぬ声色で応える。
「だが、実際に確かめてみれば私の考えは間違ってなかった」
「…………」
 逆に官僚が黙ることになってしまった。劉備は曹操と言う人物の把握が全く出来なかった。存在が大きすぎるのだ。劉備では計りきれないほどのモノをもっているのだけが確実にわかることだった。
「それで話の続きは? まさか、帝の姿が無い、で終わりではないのでしょう?」
「えぇ、帝がいないとはいえ朝廷の活動と威信だけは保たねばなりません。それ故に司徒であらせられた王允殿に取り仕切ってもらうこととなったのです」
「やはり、今の統括者は王允か」
 劉備は、曹操と官僚のやり取りを完璧とはいかないがそれなりに理解した。
 何にも代え難い事実があった。そう、帝の不在。しかもそのことは大陸にいるほとんどのものが知らない……つまり、朝廷がひたかくしにしてきたのだ。
 それはあまりにも愚かすぎる行為ではないだろうか、と内心もやもやと気が沈む劉備の前で会話が繰り広げられていく。
「それで? 朝廷の威信を護るためだけに何故民を欺き続けていたと?」
「いえ、それも理由の一つですが……最も大きな理由は帝自身にあります。そもそも帝という存在はその開祖である始皇帝からおおよそ四百年も続いてきました。それが何を意味するかおわかりでしょう?」
「そうね」
「代を重ねられたことで、帝の身体に流れる血は貴重なものとなっております。そして、そんな帝の存在はいわばこの国にとって、また民にとっては象徴といえるものです」
「だから、その象徴を失ったことを民に知られるわけにはならなかったと」
「その通り。帝がいなくなったとわかれば民衆は動揺することでしょう。そして、それが一体どれ程のものとなるかは予想も出来ない」
「もっとも、帝の価値がそれほどまでに高いからこそ利用もされる」
 それは十常侍と何進の諍いのことを言っているのだろう。確かに帝を傀儡として利用しようという欲望が彼らを動かし朝廷を崩壊寸前まで追い込んだ。
 その原因の一端には今の代の帝に力が無いこともある。
「確かに、そうなのですが……」
「まぁ、そんなことに興味はないのだけれども」
「え? それは一体」
「この曹孟徳には目指すべき未来がある。それと帝に直接的な繋がりなど無い」
 曹操の物言いは非常にはっきりとしていて、誰も口を挟めない。一本の太い芯が通っているのがよくわかるからだ。
「そ、そうですか。まぁ、それはいいのですが。話を続けても?」
「構わない」
「では……現在、朝廷を切り盛りしているのは王允。帝が存在し、その指示を受けて動いているように振る舞っております」
「まぁ、そうなるでしょうね。とはいえ、勅を出すのは非常に難しいことだとは思う」
「ですから勅命が無かったのです。そして、いまや朝廷だけではなく司隷、雍州もまた王允の支配下となっているといっても過言ではありません」
 王允という高官がいるならば何故この場にいないのかと劉備が思うのと同時に曹操が口を射hらいた。
「それで実質的に朝廷の頂点に立つ王允は、本拠としては長安よりも洛陽であるべきと判断して復興へと向かったと」
「仰るとおりです。そこまでわかるとは……」
「そんなこと、本人がここにいないだけで十分にわかる」
「はは、これはこれは参りましたな」
「それで? こんなことがいつまでも続くと思っているのかしら?」
「……それは、何とも。そ、それよりも! 曹操殿、くれぐれもこのことはご内密に」
「別に誰かに言おうとも公表しようとも思わぬ」
 顔色を窺うように訊ねる官僚に曹操は言葉通り興味なさげに返答をした。
「それならば、もう一つお頼みしたいことが」
「頼み?」
「えぇ、董卓亡き後、帝を見失ったがためにやむを得ず司徒を務めるおられた王允に頼む他なかった、と説明しましたな」
「そうね」
「しかも、あちこちへと手を伸ばし我がもの顔で朝廷を仕切っています」
「……それで、何が言いたい?」
 僅かに不快な色を瞳に称えながら曹操が訊ねる。
 ずっと話をしている官僚が朝廷の高官たちの中でも上位に属する司徒という官位に座する王允を呼び捨てにしている。それが劉備には不思議でもあった。
 だが、同時に一つの確信を得ていた。
(きっと、ここからが本題なんだ)
「ですから、独裁へと走りつつある王允を是非とも曹操殿の軍を使って――」
「断る」
 曹操は静かにたった一言を口にするだけで官僚の話を一刀両断した。官僚はぎょっとした顔で曹操を凝視している。
 いま中心にある彼女の表情に劉備は目を注いだ。
「先程も申した通り、この曹孟徳には目指すモノがある。そのために我が道を覇と定めてる。それは天下へ向けてただ真っ直ぐに伸びている。故にそのような小賢しいことに乗るのは我が覇道にそぐわない」
「そ、そんな! そ、そうです。もし、王允を打倒してくださるなら、新たに朝廷の頂点に立っていただくということも! いえ、いっそのこと新たな帝になるというのは?」
 官僚の言葉に他の者たちも「そうだ、そうだ」と声を上げる。
 あまりにも程度の低い官僚たちの態度に劉備は気分が悪くなってくる。
「いい加減にしろ!」
 曹操の雷鳴のごとき怒声が空気を切り裂く。広大な室内の隅までも響き割っているようだ。官僚たちはすっかり縮み上がっている。
「この曹操が帝になる? 悪いが……そのような結末、我が覇道の先には微塵も無い。故にその提案に乗ることは、我が臣下をはじめとした、今まで曹操と共に民の未来を切り開く矛とならんとしている者たちへの裏切となるに相違ない」
 そう告げる曹操の瞳はまっすぐでとても力強く、まるで凶器のようだった。劉備はその視線が自分に向けられたものでないことに密かに安堵する。
「で、ですが……」
「そもそも、先程言っていたことと矛盾が生じているではないか」
「…………」
 すっかり反論する気も失せたのか官僚は頭を垂れて沈黙してしまった。その拳もぶるぶると震えている。
 そんな様子の官僚から目をそらすと、劉備は曹操を凝視する。
(やっぱり、曹操さんは強い人だ)
 相手が誰であろうと物怖じせず真正面から堂々と自分の意見を言い放つ。そんな曹操の姿は劉備にはとても羨ましく、また恐怖だった。
 もし、この人と敵として相まみえることとなったとき、勝ちうることが出来るのか。劉備にはその自信がなかった。
「では、失礼させていただく。行きましょう、劉備」
「あ、はい」
 先に退室しようと歩き始める曹操の後に慌てて続く。その時、愕然とした表情を浮かべていた官僚が口を動かした。
「そ、曹操殿!」
 緊張が解けたのかざわめきだつ官僚たちの方を一度たりとも振り返ることなく歩き続けていた曹操が足を止めた。
「……もしも」
「え?」
 自分に対してだろうかと劉備は耳を懲らす。
「――もしも、この曹操に文句があるというのならば、その言を刃として我が元へ来るといい」
「な、何を――」
 背後で官僚が息を呑むのが劉備にもわかる。
「ふ、なんなら武力に物を言わせてもいい。いや、どんな方法に頼ろうと構わぬ。向かってくる者に対しては、この曹孟徳……いつでも相手をしよう。この世の覇道を極めんとしている者として……いずれ、大陸を掌中に治める覇王として!」
 そう響くような声で言い放った曹操が見せるその後ろ姿に劉備は圧倒されてしまった。自分にはない何かを確かに彼女はもっていると思わずにはいられなかった。それは言葉にすればすぐにわかるようなこと、だが、言葉にならないようなもの。
 官僚との話を終えた二人は、待っている者たちがいる門へと向かって特に慌てて逃げるでもなく堂々と歩いていた。
 その途中、曹操が隣を歩く劉備に声をかけてくる。
「劉備、今この大陸に存在している現実がよくわかったのではないかしら?」
「…………はい」
 劉備の心はすっかり重くなっていた。朝廷が碌な状態じゃないとは聞いていたがあれほどまでに腐っていたとは思わなかったのだ。
 これが現実というのはあまりにも酷すぎる……民の事を考えて都合の悪いことを隠していたというが、果たしてそれは本当に正しい判断だったのか、疑問に思えてしょうがない。
 国の大元であるはずの朝廷がこれでは大陸に済む人々が笑顔という花を咲かせ花畑を作り上げるような世界などほど遠い。
 劉備は、自らが目指す"多くの笑顔に満ちあふれる日々"を叶えることが出来るのか僅かながらも不安を抱かずにはいられない。
 そうして悩む劉備に目もくれず、ただ前方へと目を据えたままの曹操が更なる疑問を口にした。
「私はどうするか決めた……貴女はどうするつもりなのかしらね」
「…………」
 答えは出ない。国の根幹がこれでは劉備の夢など儚すぎる。だが、諦めるべきかと問えば断固違うと答えられる自信が劉備にはある。
 ふと、劉備は横を歩く曹操の横顔へと目を留める。
 強い眼差しをしている。曹操は覇道を歩むと宣言した。相手が朝廷であろうと障害となるものを排除する気があるとも態度で示した。
 彼女はきっと、自らの目指す世界……彼女自身が信じている民の未来を切り開くための矛となると決めており、何があっても曲げないのだろう。
 なら自分はどうだろうかと劉備は考える。自分は確かに信頼できる仲間を持ち、もう少し時が経てば力を得る事だって出来るだろう。
(でも、その先にあるのは何だろう?)
 誰もが笑顔となるための世界を造るために民の矛となる……いや、それでは結局は曹操と何ら変わらない。
「劉備?」
「え?」
 ずるずると思考の渦へと飲み込まれていくところだったが曹操の言葉で劉備は現実に引き戻された。
「どうやら、まだ答えは出ていないようね」
「……はい」
 視線を交わすことなく言葉だけで交わすやり取り。今朝、都を訪れたときとは一転、空は真っ赤な夕焼けで二人の影も長く伸びている。
 視界に差し込む夕日を眩しく思い、手で光を遮りながら劉備は近づいてくる門を見据える。
「でも、わたしは絶対に答えを見つけます……見つけてみせます」
「そう」
 曹操が僅かに笑ったように思えたが陽射しが邪魔でよく見えない。
「その答えが私と真逆だろうと関係はないでしょうね」
「どうしてですか?」
「だって、私には私の目指すものと道がある。そして、貴女にも貴女なりの夢と道があるのでしょう?」
「…………」
 劉備は言葉に詰まってしまう。まるで、劉備がいずれは自分の元を去ることをわかっていると言われているように思えたから。
「ふ、答えにくかったかしらね」
「……そ、それは」
「まぁ、いいわ。今すぐには何とも言えないのよね?」
「そうかもしれません」
「道が違うのならば、いつかは争うことになるのかしらね?」
「わかりません。できればそうはなって欲しくないですね」
 視線は交えていないが曹操がどんな表情をしてるかはなんとなくわかる。
「甘いわね……でも、それが貴女なのかも知れないわね」
「そうですね、ふふ」
「何にしても、貴女自身の答え、期待させて貰うわよ」
「精一杯の答えを出してみます」
 そう返答しながら劉備は力強く頷いた。そして、目に留まった門の辺りでウロウロと歩き回っている関羽の姿に表情を緩めるのだった。
(今はわからなくても、きっとわたしは自分の道を歩いてみせる……みんなと一緒に!)
 劉備は、ほんの少しだけ自分が目指すべき方向を見つけた気がした。

 †

 多くの男たちが兵士たちによって連れ歩かされている。
 そんな中に鳳統はいた。兵士たちに引かれて歩いている男たち……賊の者たちを捕縛したのだ。
「……みなさん、そろそろ休憩しましょうか」
 まだまだ城までは距離があり近くに村もなく木々に覆われた森の中であるため鳳統は一度進行を停止し、陣を張ることにした。
 陣を敷き終わる頃にはすっかり日も暮れ始め、その日はそこで夜明けを待つこととした。
 その夜、鳳統が天幕で休んでいると慌ただしい足音が聞こえてきた。それで眼を覚ました鳳統がぼんやりとした目を懲らすのと同時に入り口が開かれる。鳳統は飛び上がって入ってきた人物を見る。
「連絡!」
「あ、あわわ……ど、どうしました?」
 驚きで高鳴る鼓動を抑えつつ鳳統はやってきた兵士に何事かと尋ねる。よく見ると、その兵士は鳳統の隊に所属しているのとは別のものであることがわかる。
 つまりは他の誰かの元から送られて来たということだ。
「鳳統殿にいち早くお知らせして欲しいということで……」
「……え? それって、もしかして美羽ちゃんから?」
「は!」
 特に表情も崩さない兵士。だが、その顔に玉のような汗が浮かんでいるように見える。具合が悪いのだろうかと思いつつも鳳統は質問を投げかける。
「……それで、何かあったのですか?」
「はい。ついに帝となることを決意したのです」
「…………」
「…………」
 兵士の言葉を切欠として場に沈黙が走る。しばらく鳳統の頭が動きを止めていた。そして、ようやく再度動き始めると鳳統は口を開いた。
「え、ええぇぇええ!」
「や、やはり驚きですか?」
 浮かび上がる汗が滴るのも拭わずに兵士が鳳統をじっと見つめる。
 対する鳳統はあまりの衝撃に動揺して言葉が出なくなってしまう。
「……あ、あわわわわ」
「あ、あの……」
 兵士が僅かに困惑の表情を浮かべる。それを何とか視界に捕らえた鳳統は深呼吸をしながら自分を落ち着けて対応する。
「……あ、その。す、すみませんが、もうすこし詳細を」
「は。実は、玉璽をついに使うことにした、とのことです」
「そ、そんな……」
 視界が歪み全身から力が抜け、頭の重みを支えきれず倒れそうになる。それでも鳳統はなんとか堪える。が、嘆きの呟きは口から漏れる。
「聞いてないよ、美羽ちゃん」
 そう、伝国の玉璽が袁術の手にあることなど鳳統は知らなかったのだ。
 玉璽……通称伝国璽は秦の始皇帝が李斯に命じて「受命于天 既寿永昌」と刻ませた印のことだ。そして、帝の証とも言われているほど重大な価値を持つもの。
 それが分かっているからこそ玉璽の存在を知って驚いている鳳統に兵士が声をかけてくる。
「え、えぇと……以上ですが?」
「……あ、ありがとうございました。もういいですよ」
「は!」
 一礼して兵士が立ち去る。その後ろ姿から目をそらすと鳳統は盛大に息を吐く。
「孫策さんが見つけたって噂は聞いてたけど……それが美羽ちゃんのところへと移ってたなんて……」
 立っていられず腰を下ろしながら鳳統は天井を見上げる。袁術が玉璽を持って帝を名乗るということが衝撃すぎる……自分がいない間になにがあったのだろうかと鳳統は思う。
 だが、同時に袁術と張勲の組み合わせならあり得るようにも思えてしまう。
「……美羽ちゃんが自らを帝であるなんて言い出したら……諸侯たちから……」
 安易にどうなるかが想像出来る。鳳統の予測ではそう長くも間が空かないうちに一波乱起きるだろう。鳳統は緊張の余り口腔内に溜まった唾液を飲み込むことが出来なかった。
「駄目だよ……美羽ちゃん……このままじゃきっと――」
 飲み込めた唾と同じ速度で鳳統の瞳から雫が流れ落ちた。

 †

「どぅふふ、今日もとっても良い天気だわぁん。ねぇ、ご主人様?」
「そうだな」
 日中の街中を一刀は歩いていた。隣にいるのはピンクの紐パンをはいた貂蝉。かつての約束であるデートの最中だった。
「まさかご主人様がデートに誘ってくれるなんて思わなかったわん」
「ま、約束だからな」
 苦笑混じりにそう答えると一刀は肩を竦める。
「てっきり、誤魔化されちゃったりするんじゃないかと思ってたわ」
「あぁ、最初は少し考えたんだけどな。お前にはいろいろと借りがあるからな。たまには、な?」
「いやぁん、嬉しいことを行ってくれるわねぇん、惚れ直しちゃいそうよぉん」
「気持ち悪い、黙れ」
「んもぉう、照れちゃってぇ……あ、そうだ! せっかくなんだから腕を組んじゃったりなんかしたりしなかったりであぁん、もう」
 すす、と距離を詰めて顔を覗いてくる貂蝉から目をそらして一歩離れる。貂蝉はそれに気付かずに腰をくねくねと回している。仕方なく、一刀は数歩前へと進んでから声をかける。
「おーい、置いてくぞ」
「あぁん、もう! ご主人様ったら意地悪なんだからして……お待ちになってぇん」
「…………」
 頬を染めつつ、拗ねるような眼で舐めるように見つめてくる貂蝉に一刀の背筋が凍り付く。
「そ、そんなことより、なにか行きたいところはあるか? 俺が決めた所ばかりもなんだろ」
「そうねぇ……」
 貂蝉が顎に手を置き、考え込む。その大きな図体を邪魔そうにしながら人々がすれ違っていく。そうして何十人目かが通り過ぎたところで貂蝉が漸く口を開いた。
「それじゃあ、次はランジェリーショップ……じゃなくて、下着専門店に行きましょう。愛しのご主人様に見られながら下着を買うなんて、あぁん、わたしってば大胆すぎるわぁん。きゃあ」
「な、何か必要なのか?」
 一刀は、真っ赤な顔でいやんいやんと首を振る貂蝉を敢えて視界から外しながら訊ねる。
「うふ、実はお気に入りのピンクの紐パンがそろそろ限界で……その、下手すると一日はいてないままで過ごさなきゃならなくなるのよん」
「そ、それは一大事だ。よし買おう! 是非買おう! 絶対買おう!」
「ふふふ、ありがと、ご主人様」
「感謝の気持ちがあるなら距離を取れ」
 一刀は自分が気付かないうちに間を詰めていた貂蝉から再び離れるのだった。
 それから貂蝉と距離を詰めたり離したりと一進一退の攻防繰り広げながら下着専門店へと足を運んだ。
 貂蝉が下着を見て回るのを一歩引いた位置から特に追いかけるでもなく一応後に続くといった感じで歩いていた。
 貂蝉の方は一切見ずに店内のあちこちへと視線を泳がせていると、にこにこと人の良い笑みを浮かべて一刀の方を見ている店主と眼があったので、苦笑を浮かべて応える。
 その間に貂蝉の姿が消えていた。仕方なく視線だけで探す。
「あれ? どこいった――」
「どぅふふ、ご主人様、ご主人様ってば」
「ん? どうし――」
 何気なく振り返ったところで一刀は言葉を失った。
「ちょっとだけ、勇気を振り絞ってみたんだけど、どぉう?」
 殆ど布が無く、申し訳程度に布きれの一部を被せているだけにしか見えない。ギリギリで肝心な部分を隠している……とも言い切れないほどにきわどく、形状敵には色気があるように見える下着……それが貂蝉を唯一覆っている衣服となっていた。
「おげ……却下だ、却下!」
「ちぇ、仕方がないわねぇ」
 口先を尖らせると貂蝉は店の奥へと姿を消した。後ろから見ると、生地があるのか判断しづらかった。というか、尻が九分九厘丸出しだった。
「お、おぞましいものを見た」
 腹の中に入れたものが時を戻そうとするのを押さえつけていると、再び貂蝉がやってくる。
「じゃーん、これなんかど、う、か、し、ら?」
「ふぅ、よし! 決まったのか?」
 気合いを入れて振り返った一刀の瞳に映ったのは……
「…………」
 両横にあるべき部分には紐も何も無く、股間だけを生地が隠しているという下着を着けた貂蝉という衝撃的な光景だった。
 一刀は目の前がぐにゃりと歪んでいくような感覚に襲われる。
(こ、この世の終わりだ……)
 頭を抱えつつ、すぐに別のものにするよう言って貂蝉を追い返した。
 それからすぐに別の下着をはいてきたらしい。今度は視線を向けていないのでどんなものをはいているかはわからない。
「これなんか、どうかしら?」
「どうかな、店主?」
 いい加減、辛くなってきていたため、一刀は傍で控えている店主へと意見を求める……もとい評価役を擦り付ける。
 対する店主は来店してから見せていた以上に柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。
「よろしいのではありませんか? 特に緩すぎるわけでもなく、かといってキツくもないようですから。きっとぴったりでしょう。下着の桃色もよく映えており、お客様の美しさを一層際立たせておりますよ」
「や、やるな……店主」
「いえいえ、当店では多種多様なお客様を丁寧にもてなすことをもっとーとしておりますから。意見を求められましたら、率直に述べる。それだけでございます」
 店主の対応に賞賛の眼差しを送るが、店主は涼しい顔でにっこりと微笑んだ。
 それから、貂蝉は最後に店主に見て貰った下着を呼びも含めて十数枚買い、下着専門店を後にした。
 その後は露店を見て回り、食事をして一日を終えようとしていた。
 街を回りきった頃には日も沈み、街も静かになりつつあった。
 そんな中、貂蝉が急に寄りたいところがあると言い出して一刀はとある場所へと連れていかれることとなった。
「ここって、確か……あの時の」
 一刀は歩きながら周囲を囲む木々と空に浮かぶ月を見渡す。
 そして、ここで貂蝉と自らの存在に関する話をしたときの事を思い返した。
 しん、と静まりかえり虫の鳴き声と僅かに拭いている風によってざわめく木の葉の音だけがかすかに聞こえるだけの中で二人は話をしたのだ。
 そんなことを思い出してる間に、気がつけば二人は当時と同じ立ち位置にいた。
「ここに来るのも、久しぶりよね」
「そうだけど、一体何のためにこんなとこに?」
 徐々に速まりつつある鼓動を感じながら一刀は心臓の辺りを見る。静寂が一層一刀の心をざわつかせる。貂蝉の方をしっかりと見ることが出来ない。それでも少しずつ貂蝉の顔を見上げようと顔を動かしていく。
「その、ね。ご主人様に言っておかなければならないことがあるのよ」
「なんだよ、急に」
 そこまで口にして一刀は気がついた。貂蝉の浮かべる表情、瞳に込められれている色、感情が"あの時"とそっくりなのだ。
 そう、悲しい事実を伝えることの苦しさと、一刀にとって厳しく、そして辛いことが起こることに対する哀れみが混じった非常に複雑な想いが、である。
 そんな貂蝉を見ながら、一刀は自分の喉が鳴るのを聞いた気がした。
「いい、良く聞いて……ご主人様。実はね――」
 そこから先の事を一刀は決して忘れることは出来なくなる。そして、このことが彼にとある決意を固めさせることとなった……。

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