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http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?Res=0522
おそらく半年ぐらいは投稿していなかったでしょうか。
今更かもしれませんが、

「あなたの記憶を取り戻す旅へ」
第5話です。

・旧作→真
・一刀さんが2人います。1人はオリジナルな名前です
・微妙に厨っぽい、かも
・誤字脱字があったらごめんなさい
・一刀さんが真面目に戦うとかありえないという方にはおすすめできないです

書くと投稿したくなってしまいまして、すみません。



第5話 再会

俺と星が公孫賛の城に客将として迎えられて2週間ほど経っていた。
その間に世の中はがらりと変わり、乱世の兆しが見え隠れし始めていた。

張角・張宝・張梁という謎の3人を頭に、盗賊や流民が集まってできた組織「黄巾党」。
「蒼天の世は死んだ」という言葉と共に各地の街を襲い、食料や金品を奪っていくこの集団のせいで世の中が揺れに揺れていた。
それぞれの地方都市を預かる城主達は、民を護り、その上で自分の名声を高めるため、この黄巾党への対策に追われることになる。

そしてそれは、ここ公孫賛の城でも同じことだった。



「黄巾党、か」

「はい、やはりこの世界でも現れましたな。なんとも嘆かわしい……あの乱世が再び始まろうとしております」

割り当てられた自室にて、俺と星は現在のこの世の中について話し合っていた。
この城の文官から聞いた、黄巾党の出現。そして世の乱れよう。
俺と星は言いようのない苛立ちを感じていた。

特に星は以前の世界での黄巾党について思い出しているのか、珍しく感情をあらわにして握りこぶしを作っている。
確かに罪もない人達が巻き込まれていくのは嘆かわしい。なんとかしたい所だ。
しかし、今は一客将という立場でしかなく、動こうにも動けない。
せいぜい公孫賛の仕事を手伝うぐらいしかできないだろう、というのが俺たちの結論だった。

「伯珪さんはどうするって言ってるんだ?」

「『付近に現れた盗賊には対処するが、黄巾党本体を叩くつもりはない』とのことです。この城の兵力では致し方なしですな」

「だな……今の時点の黄巾党の規模は計り知れないはず。多分曹操や袁紹辺りが対処していくことになると思うけど」

「無力な者を助けることこそ、我が本懐なのですが……」

「仕方ないさ。今はこうやってできることからやっていかないと」

そう言って俺は、公孫賛から渡された街の警備計画についての書簡を星に示す。

俺は2週間前の星の作戦によって、武将としてこの城に招かれた。
だがもちろん、本当に俺に武があるはずもなく、俺の立場は非常に危ういと言えた。なにせ、力がないとばれたら即放り出されてもおかしくないのだから。
今までは幸運にも戦がなかったためになんとかなったし、このままではいけないと思った俺は対策を立てることにした。
それに、城に置いてもらうのだから何か仕事がしたい。そう考えた俺は、公孫賛に文官としての仕事をくれと要求したのだ。

もちろん公孫賛は首を傾げた。「そんな仕事する必要ないだろう?」と。
だが俺は「戦に出るよりも机に向かってる方が性に合う」だとかなんとか言い訳をして、どうにか仕事を貰えたのだった。

それが城の警備計画案だ。
盗賊や黄巾党といった世の乱れに対応するためにも、城下町の警備を見直すのは急務だと俺は公孫賛に直訴し、それが認められ、案を出すようにと命じられた。

俺には武はない。それはもう当たり前のことというか、もう素直に受け入れている。
しかしだからと言って城を守れないわけではない。力がないなら知恵で勝負だ。
戦ではなく城の警備程度なら、俺でもなんとかなる。それに愛紗や鈴々に鍛えられたおかげで、一般兵士程度の力はあるので、例えば街にならず者が現れても俺一人で対処できる。

目立った武を示すことはできずとも、地道に確実に仕事をしていれば、少なくとも『役立たず』と思われて城を放り出されることもない。
戦が始まれば、まあ、お手上げなのだが……その時は星に頼ろう。ほんと、星がいてくれるのがありがたい。

その星は、俺が読み書きしている書簡を少し読むと目を丸くした。

「主、これは……以前の私達の城での警備計画に似ていますな」

「ああ。さすがに今から新しく考え出すってのはちょっと無理だから、朱里や紫苑と一緒に考えたのを少しアレンジしてみた」

「アレンジ?」

「あー、ごめん。ここの城に合うように応用したってこと」

星を俺が書いた警備計画を見て感心したように頷いた。

「なるほど……さすがは主。剣を握るよりもこういう仕事の方が得意なのですな」

「あれだけ愛紗や朱里に鍛えられたら、ね」

つい最近まで君主として色々な仕事に携わってきたおかげで、こうした雑務でもなんとかこなすことができる。
武将としての力がないのが公孫賛を騙しているようで後ろめたいが、せめてこうやって文官としての仕事で補えればいい、と俺は思っていた。

「星も義勇兵の調練とかやってるんだろ?」

「ええ。私もあの世界での経験が役に立ってますな。兵士の鍛え方の要点も理解しておりますので」

俺も星も、お互い強くてニューゲームをやっているような気分だ。以前と少々ストーリーが異なるゲームだが。
こんなことを言っても星は理解してくれないんだろうな、と俺は思いながら、警備計画に関する書簡をまとめあげる。
これで今日の仕事は終わりだ。君主をやってた頃に比べれば仕事量は遥かに少なかった。

「ふぅ……」

「お疲れですな」

「いや、これぐらいならまだ平気だ。それに、肝心なことをまだ話してないだろ?」

「……愛紗達についてですか」

「ああ。結局幽州で関羽や張飛っていう名前が表に出てくることはなかった。
前みたいに、いきなりどこかの街の県令にはならなかったってことだと思う」

俺と愛紗達は、偶然県令が逃げ出した街を救ったことで城を持つことになり、そこを基盤にして勢力を広げていった。
公孫賛と出会ったのもその街の太守としてだった。黄巾党退治が佳境に入った頃には、俺の名前もある程度広まっていた。

だが、この世界ではいまだ彼女らの名前は聞かない。
まだ2人で各地を旅しているのか、もしくはそもそもこの世界にはいないのか……
色々と考えられるが、俺の知っている歴史に照らし合わせれば、この流れはまだ予想の範囲内だ。

「黄巾党が台頭してきたんだから、そろそろここに来てもいい時期のはず。これからは一層城の中の動きに注意しないと」

「左様ですか……もしや、警備計画をご自分で練っているのもそのためですかな?」

「ん……まあ立案者として街を警邏するっていう建前ができないかなあ、とは思ってるけどね」

考えていますな、と星は笑う。
これも愛紗達ともう一度会うためだ。公孫賛の手助けはするが、こちらも色々と利用させてもらう。
いや、これでは少し言い方が悪いか。相互扶助というか持ちつ持たれつというか……

「おーい、刃。少しいいかー?」

扉の外から聞き知った声。この少し間の抜けている明るい声は公孫賛のものだった。

星に目配せする。「ここからは友人同士で」という設定の再確認だ。彼女は軽く頷き、俺から少し距離を取った。
俺も口にいつもの布を巻き、顔を隠しておく。

「どうぞー」

俺が返答すると、公孫賛はゆっくりと扉を開けて部屋の中を覗き見る。
以前の星と俺の痴態を目撃してしまったことで、どうやら俺の部屋に入る時だけこうして気を遣っているらしい。
俺達が離れているのを確認した公孫賛はほっとした様子で中に入ってきた。

「すまないな、夜遅くに。それで趙雲、お前また刃の部屋にいるのか」

「おやおや、伯珪殿こそこんな時間に、夜這いですかな?」

「違うわ!」

星と公孫賛は相変わらず仲が良い。星がからかい、公孫賛がそれに生真面目に突っ込んでいる。まるで漫才コンビだ。

「伯珪さん、どうしたんですか?」

俺は公孫賛のことを字で呼んでいた。さすがに客将になったばかりでは真名を許してもらえるはずもないし、『公孫賛さん』はどうにも噛みそうだったからだ。
あっちでもこっちでも真名は教えてもらっていないので、いったい彼女の真名は何なのか……けっこうな謎だ。

公孫賛は星に赤くされた顔を自分の手で仰ぎながら、「あ、あー」と何か言いにくそうに口ごもっている。

「いや、な。うん、仕事はしてるかなーと思って、ちょっと様子を見に来ただけなんだ、うん」

様子を見に来ただけにしては、先ほどからちらちらと星の方を見て落ち着かない公孫賛に、俺はピンと来た。

「もしかして星が居たら話しにくいことですか? なんだったら星には席を外してもらってもいいですけど」

「おやおや」

何がそんなにおかしいのか、星は俺の言葉を聞いてさらに笑みを深くしている。
それに反応するかのように公孫賛は顔を赤くしていた。

「う、うー……い、いいんだ。様子を見に来ただけだからな」

公孫賛がため息をつき、星を恨めしそうに睨む。ただしそれ以上何か言うわけでもない。
俺は何かいけないことを言ってしまったのかと思ったが、公孫賛が「それは?」と話を変えるように尋ねてきたのでそれに答えることにした。

「ちょうど良かった。これ、警備計画の草案なんで、また見といてください」

「あ、ああ。仕事が速いな。後で見させてもらうよ」

「ありがとうございます。あ、それと、その計画を実行する場合は俺と星が最初に警邏に出たいんですけど、いいですか?」

「ん……そうか、趙雲とか。うん、検討しとく」

書簡を握りながら俺と星を交互に見やる公孫賛。やはりどうにも様子がおかしい。
彼女はしばらく俯いていたがすぐに顔をあげ、「そういえばさ」と気を取り直したかのように言った。

「刃は趙雲のことを真名で呼んでるんだな」

ちらちらと俺と星を見る公孫賛。

「刃殿は私の真名を呼ぶに値する男性ですからな」

星がいかにも誇らしそうに言う。
公孫賛も「うんうん」と深く頷いた。

「刃ができる奴だってのはよく分かるよ。剣の使い手でなおかつ事務仕事もできるっていうのは、私としては大助かりだ」

「ははは……それはどうも」

本当は剣なんてからっきし。
いつかは本当のことを言って公孫賛に謝ろう、と俺は思った。

公孫賛は笑みを深くし、星にも視線をやる。

「趙雲の兵士の調練も、厳しいけど有意義だって評判だ
刃と趙雲がこのままずっとここにいてくれたら、この城はきっと栄えるんだけど、な」

ん、と俺は公孫賛の言葉の真意を悟り、口を噤んだ。
考えなくても分かる。このままこの城に居て欲しいと言っているのだ。

公孫賛にはもちろん感謝しているし、できることなら手助けしたいとも思うが……


ざわりと俺の胸が沸き立つ。この世界に来て何度目になるか分からないざわめきだ。
俺の行く道に次々と立ちはだかり、固くしたはずの意志に揺らぎをもたらす。
振り払ってしまいたいとは思うが、どうしてもできない。

「それはまだ分かりませぬよ。私も刃殿も、世を広く目にしてから決めるつもりですので」

俺の代わりに星が答えてくれた。
その先延ばしとも言える返答に公孫賛は納得のいかなさそうな顔をするが、それ以上問いただすこともしなかった。

「そっか……ふぅ、まあいいか。私としてはこうやって働いてくれるなら、どれだけいてくれても構わないからな」

「ありがとうございます、伯珪さん」

「あ、いや、いいんだ。ははは。どういたしまして」

お礼を言うと、途端にあわただしく手を乱暴に振る公孫賛。星がその様子を見てまた笑う。
俺も公孫賛の純情ぶりというか、生真面目さをほほえましく思うのだった。



それから2日が経ち、俺がたてた警備計画は実行されることになった。
この計画は城下町を広さや人口密度によって区分けし、それぞれに分署を置くのが肝だ。

以前の世界で俺が住んでいた城下町は、警備だけではなく職業や市の種類によっても街を区分けし、それぞれに特色を持たせていた。
必然、警備もその特色に合わせた分署を置かざるを得なくなり、朱里や紫苑とはその人数の振り分けや費用対効果について一緒に頭を悩ませていたものだ。

それを少しアレンジし、今回は警備の分署だけを置くことにした。


まずは試しに俺と星、そして俺達が事前にこの計画についてみっちり教え込んだ兵士達がリーダーとなって警邏に出かけることになった。
リーダーが実際に警備兵達を従えて街を見回り、どんなルートで警邏をするのか、もしトラブルが起きた場合の別の分署との連携方法などを一般の警備兵達に教え込むわけだ。
その後、明日の夜までにこの警備計画の効果について公孫賛へ報告書を出し、最終的な判断を仰ぐ、という形になっている。

朱里と紫苑が苦心して考えてくれた計画なので、俺がミスりさえしなければ採用されると思うが……

「ただ単に見回るだけじゃダメなんだ。街の人と話をして、不審者がいなかったかとか、問題が起きてないかとか、どんどんと尋ねないといけない。
 何気ない噂話でも重大犯罪の手がかりがつかめるかもしれないからね」

「おー」

今、街を歩く俺の後ろには6人ほどの警備兵がついてきている。
この城の正規兵の人達で、武官の方になるべく真面目な勤務態度をする人を厳選してもらった。
最初はこうした人に教えることで、自然とこの警備計画が引き締まったものになる。
後はこの人達にどれだけ教え込めるか。俺の技量が問われているわけだ。

(……自信がない、なんて言ってられないか)

これは愛紗達が苦心して作ってくれた計画でもある。失敗しては彼女達に顔向けできない。
愛紗にはよく「警邏と称して散歩ばかりしています」と叱られていたが、これでも一応真面目に警邏していた――こともあったのだ。
俺は気を引き締めて、顔に巻いた布を強く結び、腰にかけた日本刀の柄を撫でる。

「見回りをしている間も、きちんと裏道や抜け道に目を通しておくこと。
街全体の道を把握しておけば、例えば盗人を追いかける時に先回りすることもできる」

「おー」

俺が何かを話す度に驚かれているような気がする。
それほどこの計画が珍しいのだろうか……いや、しきりに口をもごもごとしているのを見るとそれだけでもないようだ。
彼らには何か聞きたいことでもあるらしい。

案の定、警備兵の内の1人が「すいません、将軍殿」と手を挙げた。

「ん、何かな?」

客将とは言え、彼らよりも立場は上なので俺は「将軍殿」と呼ばれている。彼らにとっては客将も正規の武将も同じことなのだろう。
俺は一応威厳のある声で返事してみた。星がいたら「どこにそんなものがあるのですか?」という突っ込みがされそうだけど。
警備兵は気後れすることもなく、「ぶしつけな質問になりますが、趙子龍さんとはどのような関係なのでしょうか?」と興味津々の様子で尋ねてきた。

俺はまたか、と少しうんざりした気分になる。

俺はあまり気にしていなかったが、星の真名を呼んでいるのはこの城では俺ぐらいしかいないためか、こうやってよく尋ねられるのだ。
どうも星は「強くてかっこよくて近寄りがたい」と兵士達には思われているらしい。まあ、彼女は一匹狼な所もあるのでその気持ちはよく分かる。
一皮剥けば、メンマ好き・酒好き・からかうことが大好きの三拍子が揃った変な人、なのだが……

「ただの友人だよ。それ以上でも以下でもない」

「はあ……そうですか」

このお決まりの答えを口にするのも何度目だろうか。
警備兵は納得しがたいという表情を浮かべているが、俺から言えることはもうない。

(公孫賛も納得していないんだろうな、あんな場面を見たんだから……)

せめて公孫賛も以前の世界の記憶を持っていてくれたら気が楽なのに、と思ったが、そこで俺は(はて?)と首を傾げた。

そう言えば、公孫賛も以前の世界の記憶を取り戻す、なんてことがありえるのだろうか。
俺があの時、戻ると直接約束を交わしたのは、愛紗、鈴々、朱里、星、翠、紫苑の6人だ。
だからこの世界ではその6人を探し回り、記憶を取り戻してもらおうと思っていたが、では他の女性達はどうなのか。

例えば月や詠、恋といった俺達の協力者だった人達、華琳や蓮華などの争いながらも分かり合えた人達。
他にも公孫賛、周瑜、華雄、袁紹……深い関係があったわけではなくとも一度は出会った人達も、以前の記憶を受け継いでいたりするのか。

貂蝉はこの事について何も言っていなかった。
確か「思いが強ければ記憶は引き継がれる」と言っていたが、それはとてもあやふやな基準だ。
一度この事についてよく考えてみなければならないだろう。貂蝉ともう一度会えたら話は早いのだろうが……

(あいつ、いったいどこで何してんだ。また会えるとか言ってたくせに)

会いたくない時は隣にいるのに、こういう時にはいない。
携帯電話でもあったらなあ、と元の世界の便利機器のこと思い出す。思い出しても仕方のないことだけど。

「じゃあ、ここからはそれぞれ分かれて警邏に出てくれ。事前に決めた道を回ってくれよ」

「了解しました!」

警備兵達は2人1組になって警邏に出かけ始める。あれだけやる気があればきっと大丈夫だろう。

俺はようやく教習が終わり、背筋をぐっと伸ばした。

「ふぅ、分署に戻るか。途中で肉まんでも……」

独り言を呟きながら分署へ帰る道を歩き始める。

「おらぁ!」

「うん?」

ふと、野太い声が響き、少し遠くにある食堂の方を見やる。
そこでは、何やら柄の悪い男3人ととても綺麗な少女が1人、言い争っていた。
いや、男達が一方的に何か怒鳴っているように見える。

「水かけてくれちゃってよー。どうしてくれんの? あん?」

「ご、ごめんなさい。私の不注意で……」

「謝るだけで済むわけねえだろうが。ちょっとこい」

これは少々まずいかもしれない。
俺は周りをキョロキョロと見渡し、さっき送り出した警備兵さん達がいないか探してみるが、見当たらない。
その間に柄の悪い男3人は、ピンク色に近い赤髪をした少女の手を無理やり引っ張り、路地裏に向かおうとしている。

俺は落ち着いて対応を頭の中で練る。

まずは近くを歩く人に声をかけた。

「すみません。ちょっとこの先にある警備所から人を呼んできてもらえませんか?」

「え?」

「ちょっと事件が起こりそうなんです。刃っていう人が呼んでると言えば来てくれるはずですから。
 ここをまっすぐ行った所に、真新しい木小屋があります。そこが警備所です。看板もあるから分かると思いますから」

「あ、は、はい。分かりました!」

その素直な青年は、急いで分署へと向かって走って行った。
後は自分があの男達を見失わないようにするだけだ。
俺は彼らに気付かれないようにその後をつけた。

「裏道のさらに奥に行くのか……まいったな」

追いかけていくこと5分ほど。すでに表通りから遠く離れた場所までやってきた。
これでは分署からの応援が合流するのに時間がかかってしまう。
かと言って彼らから離れてしまうのもダメだ。少女に何かあった時に助けられない。
相手は大の男が3人。太ったデブと小柄な男、そしてリーダーらしき髭の男……なんだかどこかで見たことあるような気がする。

3人ともなかなかに屈強そうな体つきをしており、1人はボロボロの剣を一振り、腰にさげている。
対してこちらは、刀を持っていても大して強くもない男が1人……少々分が悪い。

「きゃっ!」

そうこうしている内に、少女が地面に倒されてしまった。

「綺麗な服着てるし、顔も身体もなかなか……服は貰うとして、まずはその身体に詫び入れてもらおうか」

「アニキー。まずはおいらから」

「や、やらして欲しいんだな」

「や、やめてください!」

迷っている暇はない、か。

俺は刀に手をかけながら、物陰から姿を現した。

「待て!」

「ああん? なんだてめえは」

4人の視線が一気に俺に集まる。3人の男は敵意丸出しで、少女は恐怖に怯えながらも驚いた目をしていた。
俺は男達に負けないような敵意を視線に込めながら、脅しにかかった。

「俺はこの街の警備の者だ! そこの3人、それ以上その子に手を出すならお前達をひっ捕らえるぞ!」

俺が警備兵だと分かって、男3人は一瞬たじろいだものの、数の有利があるからかすぐに余裕の笑みを浮かべ始めた。
リーダー格の男が前に出る。

「これはこれは警備兵様。私どもはこの子に服を濡らしたお詫びがしたいと言われただけですが」

「嘘つけ。ちゃんと食堂の前にいた時から見てたんだ。このまま去るなら見逃してやる。もしそれ以上続けるようなら……」

腰の日本刀を少し前に出してやると、男達はうっと後ろに下がった。
さすがに警備兵と一戦交えるのはまずい、と思ったのだろうか。みるみる内に彼らの気迫が萎えていく。

「分かりやしたよ……それじゃあ、俺達はこれで」

そうして3人は背を向けて、その場から離れていった。
俺は彼らの横を抜け、少女の前に立ち、声をかけた。

「大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

少女の目はとても綺麗な緑色の目をしていた。
男達が言っていたように服もとても綺麗で、赤い髪を結んでいる羽のような髪飾りも豪奢だ。
それに……こう言っては変態的だが、胸が……あれだ。ちょっと目を引くぐらいの大きさで。
ただの町娘にしては綺麗すぎるような気がする。それに、腰には直刃の剣が下がっていて――

「あ、危ない!」

「え? おわ!」

いきなり少女に身体を押されて後ろにすっ転んでしまった。
だが、今まで立っていた場所に剣の刃が通っていくのを見て、俺はヒヤリと肝を冷やした。

なんと、去っていったはずの3人の男達が戻ってきていたのだ。

「お前ら!」

「たかが1人の兵隊にびびるような俺達じゃないんだよ! 何せ俺達は!」

3人が懐から黄色い布を取り出し、頭に巻いた。

「泣く子も黙る黄巾党だからな!」
「な!」
「だな!」

「なっ! そうか、お前達が……!」

街にいる間は目印となる黄色い布を隠していたのだろう。
まさかこんな所に黄巾党がいるとは思わなかったが、そうだとする穏便に事を済ませることはできなさそうだ。

俺は立ち上がり、すかさず刀を抜いて彼らに向かって構えた。

「一度剣を振り下ろしてきたんだ。斬られてももう文句は言えないぞ」

「だからなんだ? こっちは3人だ。いくら兵隊さんでも勝てねえだろ」
「けけけ。降参するなら今の内だぜー」
「あ、アニキがやれって言うから、ごめんなんだな」

脅しも通じず。相手はやる気まんまんだ。
俺は少女に背を向けて立ち、男達と対峙する。
3対1では分が悪すぎる。がここで彼らにボコボコにされるつもりもない。

味方の応援は呼んでるし、時間をかければ逃げる隙も見つけられるはず。

まずは少女を守ることを第一に考えなければ。
俺は男達から視線を外すことなく、少女に向かって声をかける。

「横に抜け道があるから、早くここから逃げてくれ」

「け、けど」

「大丈夫。君には怪我はさせないから」

「……っ!」

少女が突然立ち上がった。
そして何を考えているのか、腰の剣を抜き、俺の横に立ったのだ。

「ちょ、ちょっと!」

「わ、私も一緒に戦います!」

決意を込めた声でそう言う少女の目は本気だった。
だが、剣を持つ手が少し震えている。腰も引けているし、明らかに戦うことに慣れていない。
無理をしているのが見え見えで、なおさらこの子を守ってあげなければと思った。

「おーおー、勇気があるねえ。それにその剣もなかなかに高価なもんじゃねえのか?」

下卑た笑い声をあげる男達の視線は、少女の持つ剣に向けられている。
確かにその剣は男達の持つものと比べても、いや正規兵の持つものよりもさらに立派なものだった。
澱み1つない刃に、意匠に凝った形状。日本刀の美しさが機能美だとすれば、この剣の美しさは持つ者の高貴さを示している。

何者なんだ、この子は?

「へへへ……嬢ちゃんの剣と良い、兵隊さんの刀と言い、どっちも高く売れそうじゃねえか」
「けけけ」
「ぐふふ」

まったく、どうしてこの世界の盗賊ってのはこうも下品なのだろうか。
前にもいきなり身ぐるみ剥ごうとしてきた盗賊が……と、余計なことは考えていられない。

少女を守りながら戦う以上、半端な覚悟をしていては駄目だ。
相手を斬る。そして場合によってその命を奪うと心に決めなければ、こちらが殺される。
ちりちり、と頭に緊張感と恐怖がもたげる。1つ、大きく深呼吸して、クールダウンした。

「おら、デク。やっちまいな」

「じ、じゃあ、やってやるんだな」

来る。
そう思った俺は刀を思いっきり突き刺してやろうと足を踏み込んだが、

「待てぃ!」

威厳さえ感じさせるその凛とした声に、場は停止した。

全員がその声がした方へと目を向ける。
俺はその声の主の姿を認め、目を全開に見開いた。

まさか。


まさか。

「下がれ! 下郎めが!」

どうして、いや、ようやくここに来てくれたのか。
俺が探していた人――やっぱりこの世界にもいてくれた。
俺は驚愕と感激のあまり、刀を落としてしまいそうにさえなった。

「ああん? なんだてめえは?」

「下がれと言ったはずだ。聞こえなかったか?」

『彼女』はならずもの達に射抜くような視線を浴びせ、俺達を守るように立つ。
威圧感たっぷりの声。きらびやかな黒髪。手に携える青龍偃月刀。
何も、何も変わらないその姿がそこにはあった。

「貴様らごとき下郎が、この方に手を出すことはまかりならん。匪賊風情がその身を弁えろ!」

『愛紗』の、周囲を威圧する一喝が飛んだ。

「な、なんだとぉ! おい、2人共、まずはこっちからやっちまうぞ!」
「へ、へい!」
「わ、分かったんだな」

「ほう、来るか。ならば、我が青龍偃月刀の錆にしてくれる!」

男達は愛紗に向かって飛びかっていく。
だが、チビ助とでっかいデブが愛紗の腕を掴もうとした瞬間、彼女の槍が一閃。

「ぐ、ぐふ」
「げっ」

鳩尾に一撃を食らった2人は、短い嗚咽と共に地面に沈んだ。
なんという打ち込みの速さ。俺ごときとは比べ物にならない強烈さ。
黒髪が翻る姿は美しく、舞っているかのような流水の動き。

「さあ、後はお前1人だが?」

愛紗はよどみのない動作でその槍をリーダー格の男に向ける。
髭男はひっと小さな悲鳴をあげ、ボロボロの剣を落とした。

「去れ!」

「ひっ! く、くそっ! 見逃してやるよ!」

愛紗の一喝に怯えた髭男は、慌ててチビ助とデブを起こし、ありきたりな捨て台詞と共に足早にその場を立ち去っていってしまった。

相変わらずの強さと威圧感。これでは男達の方が気の毒になってくる。
どんっ、と最後に地面を槍で突き、火照った身体を冷ましている愛紗。

そして次に俺の方を向き、柔らかな笑顔を浮かべた。

まさか、記憶がある?

喜び勇み、俺は彼女の真名を呼びそうになったが、しかし次に彼女が手を差し伸べたのは俺ではなかった。

「大丈夫ですか、桃香様」

「あ、うん、ありがとう、愛紗ちゃん」

「だから1人で出歩いてはいけませんと申したのです。あのような者達に大切な御身が傷つけられでもしたら」

「ご、ごめんね、愛紗ちゃん。次からは気をつけて歩くから」

「そういうことではなく、1人で出歩くのが駄目だと」

呆然と俺は愛紗と少女の会話に耳を傾ける。

少女――桃香と呼ばれたその子は、愛紗にとってよほど大事な人なのだろうか、怪我がないかを確かめるために身体中をまさぐられている。
俺はそれを見て目を細め、いきりたった感情を冷ませつつ、抜き身の日本刀を鞘に収めた。

「むっ!」

ちんっ、という小さな金属音がなるが、それに対して愛紗が過剰に反応した。
瞬時に偃月刀をこちらに向け、鋭い視線を俺に向ける。

「何者だ! さっきの盗賊どもの仲間か!」

俺はぐっと下腹に力を込めた。
これほどまでに敵意のこもった目をするのか、愛紗は。
一騎当千というのも伊達ではない。その目に射抜かれただけで腰を抜かしてしまいそうな迫力だった。
だが俺は不思議と恐怖は感じなかった。

相手はかつて愛し愛された女性だ。どうして彼女を怖がることができようか。
それ以上に悲しさや虚しさの方が先に立ち、胸をぎゅっとしめつけていた。

「あ、愛紗ちゃん! その人は警備の人だよ!」

赤髪の女の子が必死に止めると、愛紗は慌てて槍をひいた。

「そうでしたか……これは失礼」

俺も「いえ」と短く返事をし、改めて愛紗と桃香と呼ばれた少女を観察しようとするが、

「では桃香さま、行きましょう。鈴々も待っていますよ」

「ま、待って愛紗ちゃん。私、この人にお礼を……って、聞いて、あーうー」

何かに急いでいる様子の愛紗が少女の手を引っ張り、そのまま砂煙を立てて走り去ってしまった。
俺は慌てて彼女らを追いかけたが、愛紗の走る速さは半端ではなく、表通りに出た所で見失ってしまった。

「……はぁ、まあ、いいか」

この街に来ている以上、愛紗達は公孫賛の所にやってきたと見て間違いないだろう。
少し探せば見つかるはず。慌てる必要はない。とりあえず会えただけでもよし、だ。


俺は目を瞑り、彼女と再会できた喜びに身を震わせた。
『鈴々』という名前も聞いた。あの可愛い女の子もここに来ていると思えば喜びもひとしおだ。
そして、俺のことを思い出して欲しい……あの約束を果たさせて欲しかった。

「主、主よ」

「ん? って、あれ、星」

近くから声をかけられて目を開くと、星の顔が間近にあった。
汗をかき、少し息を切らしている。走ってきたのだろうか。
いつもの槍まで持っており、穏やかでない様子だ。

「どうしたんだ、星。こんな所で」

「いえ、どうしたとお聞きしたいのはこちらです。主が暴漢に襲われていると聞いて、急いでかけつけたのですが」

「あ、ああ。そういえば助っ人を呼びに頼んだっけ……うん、それはもう大丈夫。ちょっと色々あって、暴漢は逃げていったよ」

「色々?」

「それはおいおい説明する。それよりも、また俺のことを主って呼んでるぞ」

「2人っきりの時は良いのでしょう? ま、何事もなく、何よりです」

星がふぅと息をつき、優しく笑った。よほど心配してくれていたのだろう。なんだかそれが嬉しくもある。

だが、この笑顔、どこかで見た気がする。
そうだ、ついさっき愛紗が黄巾党どもをやっつけた後に赤毛の少女に向かって浮かべた笑顔によく似ているのだ。

つまりこれは、忠臣が主の無事を確かめて浮かべる安堵の笑顔である。
それを愛紗に向けられたあの赤毛の少女は、要するに。

俺の推測が当たっているかは分からない。だがもし当たっているとするのならば、俺は……

進むべき道に霧がかかっていた。



警備隊の分署に戻った俺と星は、すでに戻ってきていた警備兵に対して最後の訓示を行い、今日の仕事を終えた。
警邏初日としてはなかなか上手くいったようで、俺達に教えを受けた警備兵は一様にこの仕事にやりがいを感じてくれたようだった。
後はこれがシステムとして恒常的に機能してくれることを祈ろう。

ちなみに愛紗達と出会ったことは、星に報告しておいた。
たいそう驚いた様子だったが、「良かったですな」とふわりとした笑顔を浮かべてくれたのが、俺にはとても嬉しかった。
そして時間が空いたら一緒に彼女らを探しに街に出ようと約束しておいた。

その星は何か用事があるとかで(あの浮ついた調子はおそらくメンマか酒関係だろう)一足先に城に戻ってしまった。
「本当は主を護衛したいのですが、急用なもので……お気をつけてお帰りください」と心配していたが、今日はもう大丈夫だろう。
新しい警備体制が敷かれたことで、あの黄巾党のような余所者ならともかく、街の乱暴者は暴れにくい雰囲気のはずだ。
気をつけていれば、そうそう変なことに巻き込まれることもない。公孫賛の城は思った以上に治安が良いのだから。


俺は城下町の空気を楽しむかのように練り歩くことにした。城に帰るのが少し遅れるぐらいはなんてことはない。
それよりも以前の世界ではあまり見る機会がなかった、他の街というものを見てみたかった。

「公孫賛の城なだけあって、土産物に白馬をあしらったものが多いなあ……おっ、これは公孫賛の人形か? 似てないなあ」

街とは不思議なものだ。それぞれによって異なった様相を見せてくれる。
一度曹操や孫権の街も見て回ったことがあったか……北郷の城とはどちらも違った。
曹操の城は厳しい規律とそれにみあった平和があった。孫権の城は強い家族意識に結ばれた穏やかな城だった。
そしてこの公孫賛の城も、また他とは違う。普通の規律と普通の賑わい、普通の結びつき……
普通普通と言っているが、この乱世の中、普通を保てるのはすごいことなのだと、俺は分かっている。

公孫賛も苦労しているのだ、この街を守るために。なんだか彼女を尊敬もしたくなる。
そうして彼女の苦労の結果として繁盛している土産物屋の商品を物色し、白馬の人形でも買おうかと思案していると、

「あ、あの、すみません!」

「うん?」

後ろから、女性の声で呼びかけられた。
振り返ると、まず綺麗な黒髪が視界に入り、俺はどきりと胸を高鳴らせる。

「あい――じゃなくて、君達は……」

目の前には、先ほど黄巾党に襲われた少女と愛紗、そして少し目線を下にした所に彼女がいた。
あの身の丈以上の矛を持ち、虎?の髪飾りと長いマフラーが特徴的な少女。そして底抜けに明るい笑顔。そう、鈴々だ。

いきなりの再会に驚いた俺は言葉をなくした。

「あの、さっきはありがとうございました!」

赤毛の少女が頭を思いっきり下げた。愛紗と鈴々も習って頭を下げるが、これはおざなりなものだった。
どう対応していいものか分からず、俺はとりあえず「あ、えーと、さっきはどうも」とそつなく答えるに留めた。

赤髪の少女はとても魅力的な笑顔を浮かべ、再度頭を下げる。

「本当はあの時にお礼を言いたかったのに、ごめんなさい」

「い、いや、そんな、構わないですよ。助けることも俺の仕事だったわけですし」

「私が助けられたことには変わりありませんから。本当に、ありがとうございます」

なんとも正直というか丁寧というか、この子はとても良い子だった。
柔らかな物腰と人を安心させる笑顔は、常人ではとても出せない空気を感じさせる。
たとえ敵対する人であろうとも、その人に助けられれば必ずお礼を言う。そんな人のように見えた。

と、その少女の笑顔が急に曇った。

「あの、それで、いきなりこんなことを言うのも変かもしれませんが、あなたにお願いがあるんです!」

「は、はあ」

「良ければ、そこの茶屋でお話を聞いていただけませんか? いえ、ご迷惑でしたらここでも。お願いします!」

再び頭を下げそうになった少女だったが、今度は愛紗がそれを止めた。

「桃香様、警備の者にそこまで頭を下げる必要などありません!」

「駄目だよ、愛紗ちゃん。お願い事をするんだから、ちゃんと誠意を見せないといけないの」

「しかし……」

愛紗がじろりと俺の方を見た。相変わらず怖い。慣れている俺でなければそのまま逃げ出すのではないだろうか。

とりあえず落ち着こう。赤毛の少女の真意を聞いてみないことには始まらない。

「えーと、話ぐらいなら聞きますけど」

「本当ですか! ありがとうございます! じゃあ、あの茶屋で!」

「あ、はい」

少女が喜々として歩き出し、その後ろを愛紗が憮然とした顔でついていく。
そういえば鈴々が静かだったことに気付き、彼女の方を見ると、なんと肉まんを頬張っていた。
それを見つけた愛紗が怒っている。

「鈴々、またお前は買い食いしているのか。私達にはお金がないと、いつも言っているだろう」

「腹が減っては戦ができぬなのだー」

相変わらずすぎる鈴々の言葉に、俺は密かに笑ってしまっていた。



「私は劉玄徳といいます。姓が劉で名は備。劉備と呼んでください」

「私は関羽だ」

「鈴々は張飛って言うのだ!」

次々と自己紹介していく彼女らに対し、俺はやっぱりと一人納得していた。

赤髪の少女は劉備――後に蜀の王となり、この戦乱の時代で一際輝く星となる人物だった。
愛紗や鈴々が付き従っていることから推測しておそらくそうだろうとは思っていたが、改めて劉備のことを見ると、曹操や孫権と同じようなオーラが出ていないようでもない。
いや、オーラというより空気か。この柔らかな空気は、乱世の世の人間には出せない類のものだった。

劉備はニコリと微笑みながら俺の方を見た。

「あなたのお名前はなんというんですか?」

「あっと、失礼しました。俺は……」

ちらりと愛紗と鈴々のことを見る。
愛紗はため息をつき、鈴々は注文したラーメンを待っている。2人共、俺のことにはさほど興味がなさそうだった。

俺は一つ息をつき、はっきりと答えた。

「俺は、刃って言います」

「刃さん、ですか。すいません刃さん、急に呼び止めてしまって」

「いえ、いいですよ。それより、頼みごとというのは何ですか?」

「はい! それなんですが!」

急に劉備が机から身を乗り出した。ガチャリと水の入った湯のみ茶碗が揺れた。
ちなみに俺の目の前には飲み物も食べ物もない。口を布で隠している以上、飲み食いはできなかった。
ちなみに、劉備からはしきりに水を勧められたが、俺がにべもなく断るので愛紗が俺を一睨みした、なんてこともあったりした。

さて、劉備は早口に今の自分達の状況を説明し始める。

なんでも劉備達は、ここの城主である公孫賛の下で黄巾党退治を手伝いたいと思っているらしい。
だが、3人だけでいきなり公孫賛の所を訪れても門前払いされるだけ、自分達が役に立つことを示す何かが必要だと考えた。
思案の結果、彼女らはこの街で義勇兵を募り、「自分達は兵士を率いることができる」と証明しようとした。
だが、この街の男にどれだけ声をかけても、自分達に賛同してくれる人がまったく出てこなかったのだ、という。

「それでですね、刃さんは警備のために、毎日街を歩いていると思うんです。
 なので、義勇兵になってくれそうな人とか、もしくはそういう人が集まりそうな場所とか知らないかなあ、と!」

「ああ、なるほど……」

確かに本職の警備の人間なら、街のことをよく知っているのでこういう質問もすぐ答えられるだろう。
彼女は思ったよりも抜け目のない性格をしているのかもしれない。少々人が良すぎるような面もあるが……しかし、それもまた好意的だ。

俺はじっと劉備の目を見た。いきなり見つめられてびっくりしたのか、彼女は一瞬目を見開くものの、すぐに真剣な顔で見返してくる。
おお、と俺は心の中で感嘆の声をあげた。

話の途中、彼女は「民のために」という言葉にことさら自分の感情を込め、強調していた。
それが彼女にとって至上の命題なのだろう。力なき人を守りたい、皆を幸せにしたい。そのために今、こうして立ち上がろうとしている。
劉玄徳はまさしく仁の人だった。

一方、その劉備の横でお茶を飲んでいる2人は、

「そんなに人っていらないと思うのだ」

「こら、鈴々。今は桃香様がお話されている途中だ。少し黙っておけ」

「けど、鈴々と愛紗が100人分戦えば、それで十分なのだ」

「そういう問題ではなくてだな……」

懐かしくも思えるやり取りをしている2人。話に入ってこようとしないのは、ここは劉備に任せれば大丈夫だと思っているからだろうか。
彼女ら3人は、互いに強い絆で結びついているのが傍目から見ても分かった。

俺の世界の史実で行われた義兄弟の契り。彼女らが行っているとすれば、さしずめ「義姉妹の契り」か。

俺は腕を組み、考え込んだ。
別段、劉備の頼みごとを受けるかどうかで悩んでいるわけではなかった。

そもそも彼女らはこの街で義勇兵を集めようとしているらしいが、はっきり言ってそれは無駄なことだ。
何せここではすでに、公孫賛が独自に義勇兵を集めてしまっている。俺と星が客将になるきっかけになったあの集まりだ。
よって今更劉備らがどれだけ努力しても、兵士になろうとする者などほとんどいないだろう。

俺が考えているのはもっと別の事。
愛紗と鈴々。ようやく出会えた彼女らと、劉備との絆。
そして俺という存在。これからの世の中の流れ。外史の安定という使命。

俺は考えた。考えに考え、全てを鑑みて、俺は1つの決断を下した。
この決断が、後々の俺の行く末に重大な影響を与えるだろうということを分かった上で。

「うん、史実でも劉備は公孫賛の所に来てるんだから、これぐらいなら……」

俺の小さな呟きに、劉備は疑問符を浮かべる。
と、俺の表情が浮かないのを見て取ったのか、彼女は途端に慌て始めた。

「あの、もしかして駄目ですか? 教えてくれたお礼に、少ないですけどお金か食事ぐらいなら……ねえ、愛紗ちゃん、私達って今どれぐらいお金ある?」

「それほどはありませんよ。それに、お金を払ってまで教えてもらうようなことでも……」

「ラーメンがまだこないのだー」

「よし、決めた」

俺がそう言って立ち上がると、ヒソヒソと話をしていた劉備と愛紗は驚き、鈴々は厨房に向けていた視線をようやく俺にくれた。

俺は3人に向かって微笑んだ。口を隠す布のせいで目だけが笑っているようにしか見えないだろうけど。

「伯珪さんに会うためだけだったら、普通の人にお金を払って兵士のフリをしてもらう、っていう方法もある」

「む、なるほど」

愛紗が目から鱗が落ちたという面持ちで頷いた。だがすぐに自分達の懐具合を思い出し、目を沈めた。

「しかし、私達にはお金がない。それは無理だ」

「うん、そんなことをする必要はないよ」

「では、どうしろと?」

矢継早に繰り出される俺と愛紗の会話。劉備は「え? え?」とついていけておらず、あたふたしている。
俺はその様子にくすりと笑いながら、3人に向かって言った。

「俺が君達の事を伯珪さんに紹介することにしよう。とりあえず直接話してみればいい。それからどうなるかは君達次第、だけどね」

この言葉に3人とも唖然としている。当たり前か。これはただの警備兵の言葉ではない。
彼女らの驚き顔を面白く感じながら、俺は続けた。

「劉備さんは伯珪さんとは友達だったはず。なら、誠意を持ってあたれば、きっと伯珪さんなら迎え入れてくれるさ」

「え? え? 私、白蓮ちゃんと友達だって言ったっけ……?」

劉備が口にした聞きなれない名前に、俺はほぉ、と驚いた。公孫賛の真名は『白蓮』というのか……覚えておこう。

3人の驚きを代表するかのように、愛紗が俺に疑念の目を向ける。

「その、刃殿、だったか。あなたはいったい何者だ?」

「俺は……まあ、一応伯珪さん所で客将をやらせてもらってるんだ。
取り次ぐだけならなんとかなる。よし、それじゃあ善は急げだ。案内するからついてきてくれ」

「え? え?」
「……なんと」
「えー、ラーメンがまだこないのだー」

「じゃあ、ラーメンが来てからだな」

「おお! お兄ちゃんは分かってるのだ!」

「ああ、分かってるさ」

俺は再び席につき、劉備と愛紗が呆然としている横で、鈴々がおいしそうにラーメンをすするのを楽しく観察していたのだった。



「白蓮ちゃん!」
「おー! 桃香! 久しぶりだなあ!」

玉座の間にて、親友2人が再会を果たす。
この混乱する世の中で昔なじみと顔を合わせることなど、そうあることではないのだろう。
互いに抱きしめあう光景は、横から見ていてとても微笑ましいものだった。

公孫賛の隣で立つ俺だけでなく、劉備の後ろにいる愛紗と鈴々も優しい目をしていた。
そう、劉備達は俺の仲介によって、公孫賛との面会の許可を得たのだった。

これは特に難しくなかった。ようは公孫賛本人に「劉備が来た」と伝えればそれで済むのだから。
公孫賛は俺の言葉を聞くととても驚き、次に「どこにいるんだ!?」と凄い剣幕で尋ねてきた。
彼女も昔なじみとの再会を心待ちにしていたのだろうか。

劉備と公孫賛は互いに抱きしめあい、久しく見ていない顔をじっくりと突き合わせていた。

「すごいよねー、白蓮ちゃん。こんなおっきいお城を持ってるんだもん!」

「私なんかまだまださ。こんな所で満足するつもりはないさ。それより、桃香はどうしてここに?」

公孫賛が俺のことをちらりと見る。俺はそれに対して何も答えない。
俺は公孫賛には、劉備がやってきたということしか報告していない。
これから劉備達がどうなるかは、あくまで彼女達次第なのだ。

劉備が指をもじもじとしながら、意を決して話し始める。

「えっとね。私は、色んな邑とか街を回って、人助けとかしてたんだけどね」

「え? それじゃあ、官職を貰ってたりしないのか!? おいおい、お前は私なんかよりずっと将来を嘱望されてたじゃないか!?」

「なんだか、そういうことには興味がなくって。都尉になっても周囲の人達しか助けられないし。あはは」

「桃香……お前なー」

あまりにも劉備らしい物言いに、俺も笑ってしまいそうになった。
しかし、だからこそ彼女はこれから大きく広い道を歩いていくのだとも思った。

「それでね、最近黄巾党がひどいことをしてるって話でしょ?
色んな街の人達が困ってて、だったら私なんかでも何か力になれないかなあ、ってそれで白蓮ちゃんの所に来たの!
 私と愛紗ちゃんと鈴々ちゃんの3人だけなんだけど、何か役に立てるはずだから、お願い! 手伝わせて!」

「桃香……」

公孫賛はじんと来たようで、感動に表情を綻ばせた。
しかし次の瞬間にはすっと太守の顔になり、じろりと愛紗と鈴々のことを見て、再度劉備に向かう。

「桃香、いきなり3人で押しかけてきて、『使ってくれ!』って言っても、普通なら相手にもされないぞ?
 せめて自分達がどれだけ有能なのかを示すものが必要なんだ。冷たく聞こえるだろうけど、今の時代、そんなものだ」

「うん……」

劉備がしゅんと気を落とす。あらら、公孫賛もなかなか厳しいことを言う。内心は嬉しいくせに。

その証拠に、劉備の肩をぽんっと叩いた公孫賛は満面の笑みを浮かべていた。

「けど、そうやって正直に、ありのままの姿で私の所に来てくれたのは、本当に嬉しいよ。
 それだけ友としての私のことを信じてくれてるってことなんだしな」

「白蓮ちゃん……!」

「私達の城は兵の数は足りてても、それを率いる将が少ないんだ。だからお前が来てくれて本当に助かる。それで、後ろの2人は……」

公孫賛が尋ねると、劉備が後ろの2人に前に出るよう促す。
愛紗と鈴々はいつも以上にきりっとした顔で深く礼をした。

「我が名は関羽。桃香様の第一の矛にして幽州の青龍刀。以後、お見知りおきを」

「鈴々は張飛っていうのだ!」

「2人とも、私なんかよりすっごく強いんだよ!」

「桃香がそこまで言うほどなのか? うーん……けどなあ」

さすがに劉備にそう言われただけで、簡単に信じるわけにもいかないだろう。
公孫賛は腕を組んで考え込み始めた。愛紗と鈴々も一緒に軍に入ってもらうか悩んでいると見た。

ここらへんで手助けが必要かな、と俺は前に出ようとするが、それより先に公孫賛の後ろに立つ者が現れた。

「おやおや、伯珪殿、その2人の実力も見極めることができないとは、太守失格ですぞ?」

毒々しい言葉と共に現れた白い衣装。
星がにやにやとした顔つきで公孫賛の後ろに立っていた。
侍女からは食料の貯蔵庫で何かしていると聞いていたが、愛紗達がやってきたと聞いてここにやってきたのだろう。
一瞬だけ俺の方を見てウインクしたのは、任せてくれ、ということだろうか。

公孫賛は拗ねたように唇を尖らせる。

「むぅ、なら、趙雲はこの2人の実力が分かるのか?」

「もちろん。武を志す者として、ただ立っている姿を見ただけでもその者の実力は分かるというもの。
 そなたもそうでござろう? 刃殿?」

いきなり話を振ってきた。任せてくれ、ではなく、協力してくれというウインクだったか。

「ん、そうだな。伯珪さん、2人共、物凄く強いよ。きっと一角の人物になる」

慌てず、落ち着いてそう答えると、公孫賛は「そうか、2人がそこまで言うのなら……」とさらに考え込み始める。
手ごたえとしては十分。それに実際に愛紗と鈴々が戦っている姿を見れば、嫌でも納得するというもの。

「失礼、公孫賛殿、そちらの方は……」

いきなり会話に入ってきた俺と星を不審に思ったのだろう、愛紗が公孫賛に尋ねた。

「ああ、私の所で客将をしてもらってる趙雲と刃だ。この2人も物凄く強いんだぞ」

愛紗が、『まさか本当だったとは』とでも言いたげな驚いた顔をしている。
いや、というよりも俺を特に疑っているというか……

「趙雲殿は、一目見ただけでもそのように見受けられますが……」

「お兄ちゃんはそうは見えないのだー」

うっ、さすがに愛紗と鈴々の目は誤魔化せないのか。
愛紗にはさっき黄巾党に戦っていた所を見られているし、そう思われても仕方がない。

「そんなことはござらんよ、関雲長殿。刃殿は我が盟友。やる時はやる男だ」

俺を庇うようにして立つ星。一方で愛紗は眉をひそめ、星を睨みつける。

「……私の字をいつ知ったのだ? 趙雲殿」

「ははは、関雲長に張翼徳。貴公らは色々と有名なのだよ。色々とな」

「ほへー、おねーさんは鈴々の字まで知ってるのだ! そんなに鈴々達は有名になったのかな?」

「そんなことはないはずだが……」

訝しげに俺と星を交互に見る愛紗。力がないくせに客将になっている俺と、人の字を言い当てる星。彼女にとって不審極まりないのだろう。

こちらとしては、愛紗が星と話せばいくらか以前の世界の残り香が現れるかと思ったが、そうでもないらしい。
愛紗に鈴々。2人にはちゃんと記憶が引き継がれているのだろうか……

俺が目を瞑って以前の愛紗と鈴々に想いを馳せていると、パチン、と手を叩く音がした。
今までうんうんと唸って考え込んでいた公孫賛によるものだった。

「よし、決めたぞ。桃香、ぜひ後ろの2人と共に私の所に来てくれ!」

「白蓮ちゃーん! ありがとう!」

「ととと、おいおい、そんなに抱きつくなって」

ふぅ、と俺は安堵のため息をついた。どうやら上手くいったようだ。

「主、良かったですな」

布越しでも俺が微笑んでいることが分かったのか、星がぼそりと俺を労わるように言った。

「ああ」

俺は改めて、公孫賛と今後のことを話し合っている劉備達の姿を見る。
これで当分は劉備達と行動を共にすることができる。
愛紗と鈴々。2人と話ができる……記憶が戻るまでは、迂闊に以前の世界のことは話せないだろうが、それでも大きな一歩を踏み出したと思う。

ただし、これから向かう先は……

俺は劉備を見て沸き立つ思いに、大きく身を震わせるのだった。


第5話 終わり

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