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お久しぶりです、異常に筆が遅い臆病風です。
前回投下時に、1月で投下できるように頑張る、と言っておきながらこの体たらくなんと侘びをいれれば良いやら。
少しでも早く投下できるようにしていきますので、よろしくお願いします。

今回、桔梗が祭を真名で呼んでいますが、あの2人なら馬が合うと思ったので早い段階で真名を許している設定です。



一刀の世界に来てから5日目
これまでの4日間はほとんど一刀からの話で消化された。
この世界の話は女の子達にとって興味深いものだったが、寮から出るということは全くなかったので少々退屈そうだった。
そんな中、数人の武将の子達が寮の周囲の更地を利用して手合わせが行っていた。
今日はそれに愛紗も加わることになっているので、これは良い余興だとみんなで観戦することになった。
しかし、注目を集めているのは愛紗ではなくその対戦相手の華雄の方だった。

一刀が機械や生活に必要な知識ではなく、こちらの世界の状況について話始めるとすぐに席を立つ子達がいた。
席を立ったのは、機械類に興味を持っていても政治・治世関係に疎かったり、暮らすのに必要な事がわかれば十分という子達だった。
それを見ていた一刀は、腹が減れば戻ってくるだろうと放っておいた。
その子達は、外で1人鍛錬していた華雄に合流すると相手を指名して手合わせを始めた。
しかし、始めてからそれほど時間も経たないうちにその子達の視線が一箇所に集められることになった。
「噂に聞く錦馬超の実力もこの程度か。」
蜀でも屈指の実力を誇る翠が華雄に敗れたのだ。
「い、今のは油断しただけだ!次は今みたいにはいかないぞ!」
華雄にがっかりだ、というような言われ方をされた翠はそれに反発する。
しかし、華雄は反菫卓連合に敗れた後、血を吐くような鍛錬の末に貂蝉、卑弥呼にも引けを取らないほどの武を手にしている。
そんな華雄からすれば、相手が翠であっても物足りなく感じるのは仕方が無かった。
「潔く負けを認めたらどうだ。翠。」
「堅殿や策殿にやられてからいくらか腕を上げたようじゃの。」
中断しているとはいえ、手合わせしている相手を放って桔梗と祭がやってきた。
まだ自分達の手合わせが終わっていないにもかかわらず、桔梗と祭は“次は儂とやろう”という視線を華雄に送っていた。
「待てよ桔梗。華雄は私ともう1度やるんだ。」
「翠よ、油断したと言うておったが、油断したことも含めたそれが今のお主の実力だ。それに、ここが戦場ならばお主はもう死んでおるのだぞ。死んだ者にもう1度などありはしない。」
武将として、桔梗の言っていることがわかるだけに翠は何も言えなかった。
「そっちは話がついたようじゃの。では華雄、どれほど腕を上げたか見てやろう。」
「待て祭。抜け駆けはよくないぞ。」
「そうだぞ2人とも。次は私がやる。」
「鈴々もやるのだ!」
春蘭、鈴々も名乗りを上げる。
「おーし、あたいもやるぞ!」
「やめなよ文ちゃん。前だって全然敵わなかったじゃない。」
「心配するなよ斗詩。今日はなんだか勝てそうな気がする!」
猪々子の根拠のない自信に斗詩は“なんでいつもそうなのよー”といつもの言葉を叫んだ。
「今までの鍛錬の成果を見るには良い機会だ。誰が相手でも私は構わないぞ。」
強い相手と闘えることに心が躍るのだろう、華雄はその申し出に喜々としてそう答えた。
その日、翠、祭、鈴々、桔梗、春蘭、猪々子&斗詩さらに途中から来た星、雪蓮も挑んだが、華雄は1度も負けることはなかった。

前日にそのようなことがあり、みんな、華雄の力の真偽を確かめようと注目していた。
今は最初の相手となる愛紗が華雄と対峙してる。
「愛紗、鈴々達の仇を討つのだ!」
「そうだ!華雄なんか蹴散らしちまえ!」
昨日、華雄に敗れた鈴々、翠が声援を送る。
愛紗は、その声を聞きながら華雄に話しかけた。
「昨日は義妹達が世話になったようだな。」
「ああ、張飛達のことか。風評と違っていて、少々拍子抜けではあったな。」
「…今日はその礼をさせてもらおうか。」
「ふふ。義妹達の尻拭いとは、ずいぶん義妹思いだな。関羽。」
「だまれ、華雄。昨日は1度も負けなかったらしいが、今日はそうはいかん。私がその伸びた鼻をへし折ってやる!」
愛紗は青龍偃月刀を構える。
「今の私に慢心などない!この場で水関での借りを返してくれる!」
華雄も金剛爆斧を構えると2人は同時に地を蹴った。

華雄と愛紗の勝負が始まろうとしていたとき、一刀は雪蓮、祭、桔梗と話をするために食堂にいた。
ただ、その様子は呼び出された生徒と先生のようであった。
「一刀、私達も華雄と関羽の勝負見たいんだけど。」
「話が終わったらね。…それよりも、どうしてここに呼ばれたか、わかるよね?」
「さぁ、私なにか悪いことしたかしら。ねぇ、祭。」
「はて、なにかあったかのう?」
「お館様から呼ばれるようなことをした覚えありませんな。」
なんで呼び出されたのか、わかってるはずなのに3人ともとぼけるので代わりに一刀が言う。
「今朝、無断で寮から出て行ったでしょ。」
「別に良いじゃない少し外に出るくらい。」
少しと言うが、雪蓮達は校門の近くまで行っていた。
「俺に断りくらい入れようとは思わなかったの。」
「入れてもどうせダメって言うでしょ。」
確かに断りがあったとしても、一刀は外出を許す気はなかった。
いきなり街中に猛獣を放すなんて危ないことはできない。
「それより一刀。何なの?あの貂蝉って。」
雪蓮達は、豹蝉に寮を抜け出したところを目撃・追跡され連れ戻されたのだ。
その際、少々抵抗されたそうで3人とも気絶させられて運ばれたのだ。
なんですぐに連れ戻さなかったのかを訊いたら、”ただの散歩だったら邪魔しちゃ悪いじゃない”ということだった。
「本人は踊り子って言ってるからそれでいいんじゃない。で、なんで抜け出そうとしたのかな?」
あまり話しを長引かせたくない一刀は、雪蓮に素っ気無く答えると雪蓮達に尋ねた。
「北郷…。貴様わかってて訊いておるじゃろ。」
「まぁね。面子が雪蓮達だってわかった時点で検討はついてるけど、本人達の口から聞いておかないと。」
抜け出そうとしたのがこの3人となれば、理由は1つしかないのだがそれでも確認は必要だ。
「なら聞かせてやるわい!酒じゃ!酒!ここに来てから1滴も酒を呑んどらん。儂にとって酒は伴侶も同然。その愛しい伴侶を奪われてどれほど悲しい思いをしたかわかるか!」
「その通りだ。儂等がこの4日間どのような思いでいたか、お館様は全く理解しておらん!よく我慢できたと褒めるならまだしも、尋問するとはなんと狭量なことか!」
この2人は自分に都合が悪いとすぐにこういう態度をとる。
しかも2人は参加国の中で年長者であり口も達者なので、こうなると注意できる子は限られているので質が悪い。
「昨日、憂さ晴らしに華雄に勝負を挑んだら見事に負けて、晴らすどころかむしろ溜まって、それで自棄酒しようにも酒がないからここを抜けようとしたものだと思ったんだけど。違ったのかな。」
酒と闘うことが生きがいみたいな2人だから大きくはずれてはいないだろう、と思って言ったつもりが、態度を見るとどうやら図星を突いてしまったようだ。
「2人ともいい大人なんだから、我慢してよ。」
一刀がそう言うと、桔梗も祭も何も言わなかったがすごく嫌そうな顔をした。
これは、当分注意しておかないといけないな。
「雪蓮も。いい?」
「う〜…。」
一刀に釘を差され唸っていた雪蓮だったが、急に明るい表情になると
「ねえ一刀、良いこと思いついたんだけど。」
「……良いこと?」
こういう時の雪蓮は大抵ろくでもないことを言い出すんだよな、と一刀は多少の不安を感じた。
「お酒が呑みたいって思うから余計に呑みたくなるでしょ。だったら、お酒のことを忘れればいいのよ。」
「そんなことできるの?」
暇を見つければ酒を呑んでいるような3人から酒のことを忘れさせるなんて容易なことではない。
「できるのって、一刀がやるのよ。」
「俺が?」
「そ。私達が、一刀のことしか考えられないってくらい夢中にさせてくれればいいのよ。そんなに難しいことじゃないでしょ。」
雪蓮はさも名案であるかのように言うが、一刀は、やっぱりろくでもなかったとため息をついた。
その時、雪蓮が何を言いたいのか理解した祭と桔梗が目を輝かせていたことに一刀は気づかなかった。
「それは良い考えだ。」
「うむ。そうとなれば話は別じゃな。」
……ん?
「しかし、策殿。順番はどうするんじゃ?」
「やっぱり早い者勝ちでしょ。」
「それでは策殿に有利ではありませんか。」
「これくらいいいじゃない。私の方が一刀と一緒にいた時間は短かかったんだから。」
本人を無視してそんな話を進めてほしくないなぁ。
この流れだと絶対にまずいことになる、と思った一刀は雪蓮達に気づかれないように逃げる態勢を整える。
「2人とも、そういうことならば心配いらんぞ。」
雪蓮と祭の様子を黙って見ていた桔梗が2人の会話に入ってきた。
「あら、どうして?」「どういうことじゃ。」
「以前、儂と紫苑の2人で伽の相手をさせてもらったことがあったんだが、その時は、お館様にいいように責め立てられてな、2人共足腰立たんようにされてしまったわ。」
これ以上はまずい早くここから離れないと。
「紫苑って黄忠のことよね?」
「ああ、そうじゃ。そんなお館様にかかれば……」
桔梗の話の途中に一刀は走り出そうとしたが
「一刀、どこに行くつもり?」
突然、雪蓮から声を掛けられてしまい不自然にビクついてしまった。
「いや、俺は別に…」
「北郷。儂等が気づいてないとでも思っておるのか?」
「考えていることが顔に出ておりましたぞ。」
一刀は、気づかれないようにと気を使ったつもりが全くの無駄だった。
3人から視線を向けられて一刀の全身からはイヤな汗がふきだしてくる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
このままだと雪蓮達の餌食になることは確実。
なんとかして逃げられないかと考えるが、一刀ごときがこの3人から逃げられるわけがない。
しかし、男として何の抵抗もしないままで受け入れることもできない。
逃げられない、そうわかっていても一刀は覚悟を決め雪蓮達からの逃走を試みた。
一刀は、雪蓮達にぶつけるつもりで机を3人の方へ押した。
動きを封じるためであったが、こんなものは単なる気休めでしかない。
一刀は立ち上がると、食堂にある2つの出入口のうち遠い調理場近くの方を目指して走った。
なぜ遠い方を選んだかというと、もう1つは雪蓮達の真後ろにあったからだった。
いくら近いといって桔梗の真横を通過するのは危険だと一刀は判断した。
追う側である雪蓮は、僅かの間、必死に逃げる一刀の背中を見ていたがすぐに追跡を開始する。
「祭!」
「承知!」
雪蓮の声を掛けられると同時に祭は動いていた。
椅子を倒しながら立ち上がると、後ろにあった机と椅子を強引にどかすとその横に並んでいる机を調理場の方に向けて思いっきり蹴った。
一刀は並べられている机の端を曲がると、正面に扉が見え“あと少し”そう思った瞬間、祭の蹴りに押された机に行く手を塞がれた。
突然、前を塞がれて驚いた一刀は、つい机が動いてきた方を見てしまった。
そこには、こちらに向けて足を突き出している祭と、すごい勢いで迫ってくる雪蓮が見えた。
一刀は慌てて机を乗り越えようとするが、
「つかまえたー!」
雪蓮に抱きつかれて、あっさりと捕まってしまった。
覚悟を決めた一刀の逃走は、10秒にも満たない時間で終わった。
捕まった後も雪蓮の腕の中でもがき続ける一刀であったが、それも
「一刀。私、あなたのこと好きよ。だから、そんな風にされると拒絶されてるみたいで傷ついちゃうな。」
この一言から雪蓮の声から寂しい響きを感じとった一刀はもがくのをやめた。
この場から脱出することが目的であり、誰かを傷つけるのは本意ではない。
「お館様もお好きなのでしょうに、なぜそうも拒むのですか。もう儂のような年増には飽きてしもうたということですか。」
「それだけは絶対に無いから。」
桔梗の言葉に対してこんなことを口にするが、それは自分の首を絞めるようなものだった。
「では一体何がいけないのですか?こちらに来てからお館様は誰も閨に呼んでおらず溜まっておるのでしょう。」
実は、こちらに来てから女の子達同士がお互いを牽制していて、夜間、不用意に一刀の部屋へ行く事ができない状態にあった。
そのおかげで、一刀は平穏な夜を過ごすことができた。
「ただそれを儂等に吐き出して下されれば良いのです。さすればお館様はすっきりでき、我々は酒のことを忘れられ不満が緩和できる。誰も損はせんではありませんか。」
「そうかもしれないけど…。その…、ほらっ雰囲気とか…」
「儂にも同じようなこと言うとったくせに、その時になったらがっついてきたじゃろ。」
「ぐぅ…。でも、近くに他の子達がいるわけだし…」
「それなら華雄と関羽がやりあってるから、大丈夫でしょ。だ・か・ら。ねっ、一刀、楽しみましょ。」
その言葉が合図となり桔梗、祭が一刀の服を脱がしに掛かった。
一刀は、祭から往生際が悪いと言われながらも抵抗を再開するが“放して”とか“やめて”とまるで暴漢に襲われた女の子のようなに叫ぶ程度だった。
もうこの場から脱出は不可能に思われる状況であったが
「隊長、よろしいでしょうか?」
突然、凪が食堂に現れた。

「凪!!助けて!」
一刀はすぐさま助けを求めたが、思ってもみなかった光景を目の当たりにした凪は硬直してしまった。
「策殿、大丈夫なのではなかったのですか?」
「別に誰も来ないとは言ってないわよ。」
祭は少し責めるように言うが、雪蓮は特に気にした素振りはしなかった。
「一体何をしてるんですか!」
硬直状態から立ち直った凪が声を荒げて訊いてくる。
「あら?好き合ってる男と女がすることなんて決まってるじゃない。」
雪蓮の言葉と一刀の状況で想像したのだろう、凪が顔を真っ赤にした。
「隊長は嫌がってます!離れてください!」
「一刀、嫌なの?」
「えっ…あー、その……」
今の状況からだ脱出したいから助けを求めたのであって、別に抱きつかれたりされるのが嫌というわけではない。
それに、背中に当たっている雪蓮の胸の感触が気持ち良かったこともあり、すぐに嫌とは言えなかった。
「嫌じゃないって。」
答えを出せないでいることを雪蓮は肯定と受け取った。
「隊長はまだ何も答えてません!」
「でも、すぐに出ないなら少なくとも嫌いじゃないわよ。」
むしろ、大好きだった。
「それよりあなた、一刀に用があるなら後にしてくれないかしら?」
「なぜ私が後に回されなければいけないんですか!」
「あら、そんなに急ぎの用なの?」
「それは……」
その問いに凪は口ごもってしまった。
「違うみたいね。なら私達の後でも問題ないでしょ。」
雪蓮は凪が語気が弱まったことに付け入りそう言うと、一刀にもたれ掛かり
「これから一刀は、私達の相手で忙しいから出てってくれるかしら。」
とニコニコと笑いながら言うが、その言動からは敵意がありありと感じられた。
険悪な雰囲気の2人に挟まれている一刀は冷や汗がかいていたが、打ち震えていた凪の手に気が集中していくのを見て顔が引きつった。
「ちょっ!凪!ストッ…」
「ハァァァー!!」
一刀の静止の声は僅かに遅く、凪は雪蓮めがけて気弾を放った。
祭、桔梗はすぐに射線上から退くが、その場に取り残された一刀に避ける術はなく走馬灯が頭をよぎる。
しかし、凪が放った気弾は誰も捉えることなく壁を穿った。
「ちょっと、危ないじゃない。一刀もいるのに攻撃してくるなんて。」
一刀は雪蓮に抱きかかえられて、なんとか逃れることができた。
「黙れ!貴様等が隊長から離れようとしないからだろ!」
「それは嫌よ。だって、一刀は今日1日私達に付き合ってくれるんだもの。」
一刀は雪蓮の言葉を否定しようとするが、それより早く凪が反応した。
「離れろぉー!!」
凪は再び気弾を放った。
雪蓮は一刀を抱きかかえたまま気弾を避け、逃げる。
「待てー!!」
凪は祭、桔梗には目もくれず雪蓮を追った。

「一刀、あの娘怖くない?」
逃げながら雪蓮が訊いてきた。
「雪蓮がからかったりするからだろ。」
「あれくらい挨拶みたいなもんじゃない。」
「凪は真面目って!危なっ!」
一刀の横を気弾が通過していった。
「雪蓮、俺を放す気はないの?」
「それは無いわ。一刀との関係で一番遅れてるんだもの、早く巻きかえたいの。」
どうやら雪蓮は、寮内の女の子達との差を感じていたようだった。
また気弾が飛んで来た。
今度は雪蓮を狙ったものではなく、進路を潰すように打ち込まれた。
「おっと。」
すんでのところで回避するが、出入口からは遠ざかってしまった。
その間に凪は出入口に回り込むと、それを背にし雪蓮に向けて気弾を放ちつつ徐々に間合いを詰めてくる。
食堂内を逃げ回る雪蓮だったが、ついに部屋の角に追い詰められてしまった。
「やあん。一刀、怖いわ。」
そんな楽しそうな顔して言われても全然説得力ないなんだけどね。
「さぁ、隊長を返してもらおうか!」
切れ長の目をさらにつり上げた凪が雪蓮に言い放つ。
「返せなんて、人聞きが悪いわね。まるで私が一刀を奪ったみたいじゃない。」
「似たようなものだろうが!」
「違うわよ。一刀はここにいる全員のものなんだから。私は、ただ一時的に借りようとしてるだけ。」
俺って寮付きの備品とあんまりかわらないんだな。
一刀は、自分の扱いがどんなものなのかわかり、少し悲しくなった。
「貴様が隊長を独占しようとしていることに変わりはないだろう!」
「終わったら返してあげるんだからいいじゃない。」
「良くない!」
「………。」
凪は頭に血が上っているようで、雪蓮の話を聞こうとしなかった。
雪蓮はため息をつくと
「一刀どうやってあんな忠実な子を仕立てたの?」
「俺はただ愛情を注いだだけだよ。」
「一体どんな愛情なのか私にも注いでもらいたいわ。」
「さっさと隊長を返せ!」
ほんの少し話をしただけなのに凪がせっついてきた。
「わかったわよ。返せばいいんでしょ。返せば。…あなただって一刀が欲しいだけのくせに。」
「なっ!私はそんなことは…」
「ほら、返すからちゃんと受け取りなさい。」
そう言って雪蓮は、一刀を凪に向かって放り投げた。
突然の行動に凪も、投げられた一刀も驚いた。
「わぁぁぁー!!」
投げられた一刀の軌道では、凪までは少々距離が足りそうにない。
「隊長!」
凪は落下地点に入って腕を広げ受け止めようとするが
「敵が目の前にいるのによそ見はいけないわよ。」
背後からそう言われた瞬間に突き飛ばされて倒れてしまった。
一刀が放り投げられた時から、凪の意識は一刀に集中してしまい雪蓮に後ろをとられたことに気づかなかったのだ。
雪蓮は一刀を受け止めると
「それと、さっき返すって言ったけど、あれ嘘よ。」
わざわざ凪の神経を逆なでするような事を言って出入口に向かって走り出した。
「貴様ーー!!」
激昂した凪は起き上がると雪蓮の背中に向けて全力で気弾を放った。
しかし、それを予測していたのか雪蓮は振り返ることなくそれを避けた。
目標を失った気弾は出入口の扉を粉砕した。

凪に全く相手にされなかった祭と桔梗はすぐに食堂から出れる場所に陣取って雪蓮と凪の追いかけっこを眺めていた。
あのまま食堂から出ることできたが、それでは面白くなかったのだ。
「あの娘、あの程度で熱くなるとは、まだまだ未熟じゃの。」
「ああ。しかし、よほどお館様のことが大事のようだな。儂等には見向きもせんかった。」
「魏でもずいぶんと手腕を振るっとったわけか。誠に、雄として優秀じゃの。」
「そのようだな。蜀でもみな骨抜きにされていたしな。」
話している間に雪蓮が部屋の角に追いつめられていた。
「孫策殿が追いつめられたようだが、加勢しなくて良いのか?」
「堅殿と儂が育てたのだ、あのくらいならばどうとでもできる。」
「そうか。」
2人は雪蓮達の様子を見ていると、雪蓮が一刀を放り投げ、それを受け止めようとする凪の隙をついて後ろから突き飛ばした。
「なんとかなったようだが、少々荒くないか?」
「結果的にあの娘を抜いたのだからよいではないか。それより、儂等も策殿に続くぞ。」
凪を抜いた雪蓮が出入口に向かうのを見て、祭と桔梗が先に食堂を出ると
「そんなに急いでどこへ行こうというのですか?黄蓋殿。」
「なんだか楽しそうね。桔梗。」
「冥琳!」「なんだ紫苑、来ていたのか。」
冥琳、紫苑に呼び止められた。
「なぜここに。」
「あんなに大きな物音をたてていて、気づくなと言う方が難しいのですが。」
「なにがあったのか話してくれるわよね、桔梗?」

雪蓮は、凪の気弾で扉のなくなった出入口から食堂を出ると、その先にはいくつかの人影があった。
「姉さま!一刀を連れて何をしているのですか!?」
「蓮華!」
蓮華と鉢合わせになり走る速度を緩めるが、後ろから凪が追ってきているので止まるわけにはいかない。
「今話してる時間ないから後でね。」
と言うと、さっさと走って行ってしまった。
雪蓮の態度はいつものことだが、一刀と一緒となれば放ってなどおけない。
一刀によからぬことをするのでは、そう思った蓮華はすぐに命令を下した。
「思春、明命!多少手荒くても構わないわ、姉様を連れてきなさい。」
「御意!」「はい!」
命令を受けた思春、明命は雪蓮の後を追った。
凪もその後に続き雪蓮を追いかける。
「凪ちゃーん。」
「なにしとんねん、凪。」
そんな凪に、蓮華達と同様、様子を見に来ていた真桜・紗和が声を掛けたが
「て、ちょい待ちぃ!」
一瞥もすることなく走り去ってしまった。
「あーあ、行ってもうたわ。」
「凪ちゃん、紗和たちに全然気づかなかったみたい。」
沙和は凪の背中を見送りながら言うが真桜は
「……沙和、ありゃ気づかんかったんやなくて周りが見えてへんだけや。」
「?」
沙和はどういうこと?という顔をすると、真桜は呆れた様子で顎をしゃくるってみせる。
「あー…。凪ちゃんやりすぎー。」
食堂の中には残骸と化した机と椅子が転がり、内壁には無数のひびが走っていた。

「なんで思春と明命まで追いかけてくるのよ。」
「蓮華様が捕まえろとのご命令ですので。」
「すみません雪蓮様。あまり手荒なことはしたくないので早く捕まってください。」
寮の外に逃げた雪蓮は、凪、思春、明命に執拗に追い回された。
開けたところを走れば凪の気弾が飛んでくるので、森に逃げ込むと今度は思春、明命が連携して死角から襲ってきた。
一刀を抱えている状態では、雪蓮でも攻撃を避けるだけで精一杯、振り切るなど到底できなかった。
このまま追い続けていても雪蓮は捕まっただろうが、華雄と闘っているはずの愛紗まで追いかけてきたことで早々に終わりを迎えた。
愛紗は、先を行く3人を押しのけると雪蓮に切りかかった。
雪蓮の肩越しに後ろを見ていた一刀は、愛紗の表情に怖がり雪蓮にしがみついた。
しかし、それは雪蓮の動きの妨げとなった。
愛紗の青龍偃月刀を1太刀、2太刀と避けた雪蓮だったが、首を狙った3太刀目を避けたところで体勢を崩して転倒してしまった。

蓮華の前まで連行されるた雪蓮は、先に冥琳に捕まった祭同様、説教されている。
桔梗は紫苑から怒られはしたものの、
「もう桔梗ったら、ご主人様のお相手をするのならどうして私も呼んでくれないの。」
なんて言っていたので、窮地が広がったとしか思えないものだった。
被害者であるはずの一刀はなぜか愛紗の前で正座をさせられていた。
「あの愛紗さん。大変ご立腹のようですが一体どうされたんですか?」
尋ねただけなのに、凄く怖い顔で睨まれ語尾が弱くなってしまう。
「ご自分の胸にでも訊いてみたらいかがですか。」
「えっ…と、心当たりはないんだけどな。」
「ではお尋ねしますが。私が外にいる間、一体なにをなさってたのですか?」
「雪蓮達に話を…」
「その話というのは、服がはだけて抱き合っていないとできないものなのですか?」
寮に戻ってからすぐこの状態に入ったので、何が起きていたのかしっかりと把握していない。
しかし、愛紗は一刀と雪蓮が抱き合っていた(実際は、お姫様抱っこされていた一刀が雪蓮にしがみついていた)のを見ていた。
そんなものを見せられた愛紗からすれば、有罪は確定している。
一刀は愛紗の目が完全に据わっているのを見て、これは誤解を解こうとしたところで聞いてはくれないだろうと思い
「………。」
「まったくご主人様ときたら、あっちこっちに女を作ってだらしないとは思わないのですか。しかも、今回は私の目が届かぬように、戦っている最中に密会など…、そんなに女と遊ぶのがお好きなのですか?ご主人様がそんなだから私の気の休まる時がないのです。そもそも、ご主人様ときたら……。」
沈黙を続けただ嵐が通り過ぎるのを待つことにした。
被害者である一刀でも怒られるなか、凪だけは誰からも怒られなかった。
というのも、華琳が
「被害を被ったのはあなたであって私じゃないわ。それに、凪はあなたの部下なのだから、部下のしつけくらい自分でしなさい。」
と言ったので、凪の処遇は一刀に委ねられたのだが、委ねられた方はその判断に困ってしまった。
というのも、落ち着いた凪は反省していたし、怒られると思って可哀相なくらいに怯えていた。
今にも泣き出しそうになっている凪を前にしてとても怒る気にはなれなかった一刀は、これからは寮内で気弾を使わないと固く約束させると今回に限り許すことにした。

なお、今日行われていた愛紗と華雄の勝負だが途中で水がさされたこともあり無効となった。
愛紗は最後の一撃で勝負が決まった主張したが、華雄はその一撃を受けてもまだ余力があったとの証言もあり、また華雄自身も白黒はっきりつけたいということなので、明日、再戦とになった。
翌日の再戦では寮にいる全員が観戦するなか行われた。
結果は華雄の圧勝。
勝負に勝った華雄は今までの鍛錬が実を結んだことに喜んでいたが、愛紗は一刀の前で無様な闘いをしたと落ち込んだ。
そんな愛紗を慰めていた一刀は、一昨日、華雄に負けた女の子達は“贔屓だ”“愛紗だけずるい”と散々非難された。

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