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「あなたの記憶を取り戻す旅へ」
第2話です

注意

・旧作→真
・一刀さんが2人います。1人はオリジナルな名前です
・微妙に厨っぽい、かも
・誤字脱字があったらごめんなさい

ではどうぞ


第2話 城下町にて


ガヤガヤと騒がしい食堂。小さな街の小さな店だったが、食堂はこの一つしかないため結構賑わっていた。

なんだかこういう賑わいが懐かしい。鈴々と一緒に城下の食堂巡りをしたことを思い出す。


星と程立、戯志才とはそれぞれ自分の料理を食べながら、色々と話をすることになった。
先ほど知り合ったばかりで、しかも素性の知らない者だというのに3人は仲良く話をしてくれる。
特に星には色々と質問をされっぱなしだ。程立と戯志才は彼女の興味津々な様子に感化されたと言っていい。

「刃殿はどこかに行く途中だったのかな?」

「いや、特にどこに向かうかは決めてなかった。いわゆる『旅人』って奴かな」

「ほう。どうしてまた? 見聞を広めるためかな?」

「そんな感じ。趙雲さん達も」

と言いかけた所で星は「呼び捨てで構わんよ」と言ってくれる。
それを嬉しく思いながら、改めて俺は「趙雲も旅をしてるのか?」と尋ねてみた。

「そうだな。私達も同じようなものだ。世の中を渡り歩き、仕えるべき主を探している。
 これがなかなか見つからないものでな。私の槍も行くべき場所を見つけられず、悲しみに涙を枯らしているほどだ」


「なんだか星ちゃん、いつもよりも饒舌だと思いませんか?」
「そうね、雰囲気もゆったりしているし」

星の隣に座る程立と戯志才がこそこそと話をしているのが聞こえる。
どうやら星と俺が和気あいあいと話しているのを不思議に思っているらしい。

星が饒舌なのは、多分彼女の目の前にあるメンマの山盛りのせいだと思う。
星は最初普通のラーメンを頼んでいたのだが、俺が「奢るよ」とメンマ山盛りをさりげなく差し出しと、一気に機嫌がよくなったのだ。

やはりこの世界でも星はメンマ好きだった。

「名家と謡われている袁一族も、その実はただの馬鹿で阿呆だという噂がもっぱらだ。
 戦う場所を見つけられないとは口惜しい。天はこの私を見捨てたのやもしれぬ」

どうも星は酒に酔わない代わりにメンマに酔う体質を持っているように思う。
悔しいといいながらメンマをパクパクと食べている姿を見ていると、酒を飲んで上司の悪口を言う新入社員にそっくりだ。

「あ、天と言えばですね、先ほどから少し気になっていたのですがー」

愚痴が長くなる気配を感じ取ったのか、程立が手を挙げて話を遮った。
星は気にせずメンマを食べている。よほど腹が減っていたのだろうか。
いや、旅をしているとメンマがあまり食べられないのかもしれない。お金も無限ではないだろうし。

メンマの皿が空になっていくのを眺めつつ、俺は程立の話に耳を傾けた。

「さっきの無礼な男性のことなのですが、どうも彼は臭いと思うのですよ」

「臭い? そんなに体臭きつかったのか?」

「例えば真名をいきなり呼んだことですが」

場を和ませるつもりで言った俺のボケは見事に無視された。誰か突っ込んでください。
というか、もう1人の俺はいきなり真名を呼んだのか。そりゃあ怒られても仕方ない。

程立の話は続く。

「おそらく、彼は真名のことを何も知らなかったのでしょう。だからこそあんな暴挙に走ったのです。
 そして彼の服装、きらびやかに光る白い着物はこの世界のものとは思えませんでした」

「確かに……言動も少々おかしかったし」

戯志才も同意する。北郷一刀は天の国の言葉でも使ったのだろう。
俺も無意識に使ったカタカナ言葉を「どういう意味?」とよく聞き返されたものだ。

「そのことからですね、風が立てた結論ですが……彼は天の御使いであったのかもしれません」

「天の御使い? 最近巷を騒がしている管輅の占いか?」

星の口から出てきた「管輅」と「占い」という単語。やはりこの世界でも「天の御使い」の話は広まっているらしい。
貂蝉の言っていた通りだ。あの『北郷一刀』はやはり天の御使いにされる運命。そういう設定だ。

と、星が空になった皿を店員に渡しながら、「しかしな」と呆れたように言った。

「あのような占い、眉唾ものだと私は思うぞ。あの男、てんで腕が立つようには思えなかったが」

「混乱した世を鎮めると言っても、武力でというわけではないのですよ。もしかしたら神算鬼謀の軍師なのかもしれませんよー」

と程立は自分のことのように誇り、

「いえ、天の知識をもって、我々には想像もつかない術を使うのかも。巨大化したりとか」

戯志才は天の御使いというものをどこか誤解しているようでもある。

すまない、3人とも。俺、いや『北郷一刀』には何の力もないのですよ。

俺の心の中での謝罪もいざ知らず、3人は好き好きに自分の想像する「天の御使い」像を述べていく。
いやだから、剣の一振りで何十人もの敵を吹き飛ばしたりできないし、未来を予知することもできませんってば。


待てよ、歴史を知っている分、未来を予知できるというのもあながち間違いではないのかもしれない。
だが、そもそも俺の知っている三国志の歴史と外史の流れとは、微妙に違っていることが多い。
以前の世界でもそうだった。後々出てくる人が早い時期に出てきたし、起こるべき戦も起きてない。

あまり自分の知識を信じない方がいいだろう。参考程度に留めておくべきだ。


「あの男性が天の御使いだとすると、これからは曹操さんに注目するべきかもしれませんねー」

「そうね。天の加護を受けたと自負できる。実際はどうあれ、世間がそう噂するだけで十分だわ」

程立の言葉に戯志才が賛同し、俺も心の中で同意しておく。
天の御使いを得たことで曹操達の運命は変わるかもしれない。それも物凄い勢いで。
何故なら、この外史の発端は『北郷一刀』なのだから。

「そろそろ私達も己の主を見定めるべき時期なのかもしれないわね。今の世はゆっくりと確実に荒廃へと向かっている」

「そうですねー。大きな戦や動乱が起こってもおかしくはないのです。それどころか国を揺るがす大きなうねりが起きるかもしれません」

戯志才と程立が話している内容を聞き、俺は感嘆の声をあげそうになった。

確かに動乱は起きる。
話を聞く限り、現在は黄巾の乱が起きる以前だと推測される。
これから突入する三国時代。黄巾の乱から始まり、反董卓連合、三国鼎立・争覇という時代の流れ。

2人はそれを見事に見抜いている。その目は常人のそれとは思えない。
まるで朱里や詠といった軍師達と話しているかのようだった。

もしかしてこの2人はこれから一角の人物になるのだろうか。
相変わらず2人の名前からは、三国志の中でどんな人だったかは思い出せないが。

「そうか……私はもう少し世の中を見て回ろうかと思っていたのだがな」

星の寂しそうな呟き。
時代に乗り遅れたくはないけど、自分が納得する生き方がしたい。
そんな思いが直に感じられる。

彼女を慰めるかのように程立が肩を叩いた。

「いえいえ、まだまだ旅は続けますよー。私達も仕えるべき人を見つけたわけではないのですから」

「そうね。見てない土地はたくさんある。動乱が起きると言っても、その兆候はまだ現れてないわ」

戯志才の言葉に星が「そうか」と答えるのを最後に、場がしんみりとしてしまった。
だが居心地が悪いわけではない。彼女らの友情というか絆というか、そういうものが目に見えて、安らぎすら感じる。

旅とはそれほど絆を深めるのかもしれない。

「っと、そろそろ良い時間だな。店を出ようか」

星がそう言って立ち上がるのを合図に、他の2人も皿を重ねて席を立つ。

俺もお金の入った小袋を取り出し、店員にお代を渡した。
だが、その間に3人はすたこらさっさと店を出て行ってしまった。俺は慌てて彼女達を追いかける。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

呼びかけると、3人が振り向く。本当にこのまま立ち去るつもりだったのか。

「なんだ? ああ、昼食のお礼はまだだったな。馳走になった。礼を言うぞ」

「いや、そうじゃなくて、頼みがあるんだ。いいかな?」

「なんでしょうー?」
「お話はお早めに」

わりかしフレンドリーな星に比べ、程立と戯志才は少し警戒気味だ。
だが、ここで別れるつもりはない。なんとしてでも彼女らと一緒に行かなければ。

「あのさ、俺、旅をしてるって言ったけど、情けない話、全然強くないんだ」

「ほう? その腰に下げているものは飾りか? 見た所棒状の武具のようだが」

星が俺の腰に刺さる刀袋を指差して言う。

「確かにこれは武器だけど、俺はそういう武術がてんでダメで……
 最近盗賊がよく出るって話だし、けっこう不安でさ。その点、趙雲なんてとても槍の腕が立つ。
 それで、本当に、君達が良ければでいいんだけど、俺も一緒に行ってもいいだろうか?」

「一緒にって……それはさすがに」

戯志才の訝しげな表情。だが、へこたれはしない。

「なんでもするから! 荷物持ちでも見張りでもなんでも! お金を共有してしまったっていい!」

「ふーむ、これはあい困った」

星はそう言いながらも、なんだか楽しそうな表情をしている。面倒ごとが楽しくてしょうがない性分の彼女らしい。
ここは星の言葉を待つべきだろう。あまりしつこくてもまずい。後は彼女らの判断に任せよう。

「私は面白いと思うが……風、お前はどう思う?」

「……くー」

「寝るな」

星にポンと頭をはたかれる程立。

「おぉ! 満腹の心地よさでついつい眠ってしまいましたー」

ようやく目覚めたらしい。いや、なんだか嘘寝のような気がしてならないのだが。

程立は少し考えた後、つらつらと言葉を並べ始めた。

「そうですねー。私達はまだ刃さんのことをよく知りません。ついさっき知り合ったばかりですし。
 ご飯を一緒にするだけならまだしも、共に旅をするほど信頼できるかというと、否定せざるを得ません。
 刃さんが悪い人に見えるわけではないのですが、もう少しお話ししないと判断できませんねー」

「なら、今日はこの街で同じ宿を取ることにしよう。明日、詳しく話を聞くということで、どうか?」

星の意見に、程立と戯志才が頷く。それで決定のようだ。
俺はほっと息をつきながらも、喜びに身体が沸いた。

これで星と離れなくて済む。
大事な人と離れるのは、もう嫌なんだ。

「ありがとう。信頼されるように頑張るとするよ」

「ちなみに宿の部屋は私達とは別ですぞ、刃殿?」

星の冗談めいた言葉に吹きそうになった。

「おうおう、可憐な少女を手篭めにしようという心意気は理解できるが、先走っちゃいけねえぜ、あんちゃん」

「あ、ああ、分かってるって」

今のは程立の頭の上の人形が喋ったのだろうか。腹話術?

「うっ……出会って間もない男性にいきなり襲われる私達……優男に見えて実はあっちの方は武神並で、我々はついに………ぷはぁー!!」

戯志才の様子がおかしいと思ったら、何事かを呟きながらいきなり鼻血を噴いてしまった。
襲い来る血を慌てて避ける。戯志才はそのまま倒れてしまった。

「あらあらー、稟ちゃん、またやっちゃいましたかー」

「またって、よくあることなのか?」

「稟ちゃんは少々妄想癖が激しいものですからー」

「ふがふが……」

鼻血を流したまま何かを言おうとする戯志才の顔がとても滑稽で、俺は思わず笑ってしまった。
星と程立もそれに続いて静かに笑う。戯志才だけが何か文句を言いたそうだったが、それでも楽しそうだった。


さて、これからどうなるか。

全ては俺次第。貂蝉はそう言っていた。
ならば、できる限りのことはしよう。また、彼女達と一緒にいられる日が来るように。







宿に向かうまでの間に、この辺りの地理について聞くことができた。

俺が立っていた場所は陳留という都市のそばの荒野だったらしい。
陳留と言えば洛陽の東の都市だったか。曹操はまだ国を建国しておらず、その辺りの地方知事のような地位にあったはずだ。

以前自分が飛ばされた時に比べてかなり時代を遡っている。
この時代だとまだ愛紗達も表舞台に出てきていない。探すのは困難だろうか。


「けど、見つけないと……」

そう呟きつつ、あまり気分が重くなってもいけないと思い、移り変わる街並みに目を向けてみた。

この城下町は名前も聞いたことがない所で、洛陽や長安などと比べると規模はずっと小さい。
だが星達のような旅人がねぐらにするにはちょうど良いらしく、ここなら役人の目も行き届いていないのだとか。

街を眺めてまず頭に浮かんだのは、さびれてるな、という感想だった。
小さな食堂や市場がちらほらとあるだけで、人通りがほとんどない。
活気も感じられず、夕闇が近いことを差し引いても街全体に元気がないように見えた。

だが、俺が「さびれてるんだな」と星に向かって言うと、彼女はいささか驚いた様子で、

「どんな大都市を巡ってきたのかは知らんが、これでもまだマシな方だぞ」

と寂しそうな目で答えた。

そうか、今の時代は漢王朝の体制が崩れかかっているため、一部の都市を除けばどこもこんな所ばかりなのだ。
役人も街人も、自分の生活を守るので精一杯。街に活気をもたらすなんて余裕はない。
混沌とした時代。これからますますこんな街が溢れていくに違いない。

俺は自分が治めていた都市のことを思い出す。戦争後期には活気に溢れていた市場、散歩をすれば笑顔を向けてくれる人々。
比べてみればよく分かる。朱里による内政事業の成果は、こんなにも大きかったのだ。


懐かしくも複雑な思いを抱いたまま街中を歩いていると、一行はある建物の前で止まった。
古びれてはいるが小ぎれいな、他に比べて少し大きめの宿屋だった。

「ここが我々の宿だ。刃殿も宿賃を払って部屋を取るといい。そろそろ日も暮れるしな」

「分かった」

星に案内されて店主に会い、金を払って部屋を取る。
少し軽くなった小袋を服のポケットにしまう。
思ったより路銀がなくなるのが早くなりそうだ。金策も考えていかなければならないだろう。


それからまた近くの食堂で夕飯を食べた後、宿屋に戻る。
自分の部屋の前まで行くと、そこで星達とは一時のお別れだ。

「それでは刃殿。また明日、詳しくお話を聞くとしよう」

「ああ、また明日」

星は挨拶を済ませるとさっさと部屋に入っていってしまった。どうせならもう少し話がしたかったが、仕方ない。

「寝込みを襲ってきちゃダメですよー」

「いやいや、そんなことしないって」

程立は冗談混じりに言うが、戯志才の視線が痛いので止めて欲しい。
戯志才はどうも俺のことがまだ信じられない様子だ。当たり前か、今日会ったばかりの人間をすぐに信用できるはずもない。
星と程立も、友好的に見えてこちらのことを探っているに違いない。

2人が部屋に入ると、俺も自分の部屋に入り、すぐさまベッドの上に横になった。

今日はかなり歩いた。つい最近までは馬での移動がほとんどだったため、長い距離を歩くのは久しぶりだ。
慣れない馬術は疲れるから苦手だったが、こうなると馬のありがたみがよく分かる。
早めに寝て、明日に疲れを残さないようにしなければ。

「うーん」

だが、眠れない。

この世界にやってきてからずっと麻痺していた、不安や恐怖と言った感情が、寝台の上に寝転んで初めて襲い掛かってきたからだった。

また愛紗達に会えるのか?
鏡を見つけて、この世界を維持できるのか?
俺は無事に生きていけるのか?

様々な不安が津波のように押し寄せてきては、俺の精神を削り取っていく。
初日ながら運良く星と会うことはできた。だが、だからと言って彼女の記憶が戻ったわけではない。

記憶が戻るにはどうすればいいのか? そもそも彼女は俺のことを覚えていてくれているのか?

本当なら杞憂にすぎないことであっても、今の俺には強大な壁のように立ちふさがっていた。

天の御使いですらない、ただの1人の人間である自分に、いったい何ができるのだろう。

貂蝉が言っていた「茨の道」とはこのことなのだ。
1人の人間として、1人でいることの怖さ。目標とする頂は遥か高みにあるというのに、あるのは自分の足だけ。
前の世界では最初から愛紗と鈴々がいてくれたが、今はいない。
星達もまだ正式に仲間になってくれたわけではない。

このままあの荒野にまた1人で放り出されてもおかしくないのだ。

寝転びながらも部屋を見回した。とても静かで真っ暗なこの部屋が、とても怖いと思った。
今にも身体が震えてきそうだった。

「刃殿、まだ起きているか?」

突然外から聞こえた声にビクリと震えるが、それが聞き知ったものだと気付き、俺は「起きてるよ」とすぐに返事をした。

部屋の扉が開くと、星明かりに照らされて星の姿が現れた。

彼女の顔を見た瞬間、安堵感が胸の中に湧き出る。

「少し眠れなくてな。良ければ、一杯付き合わぬか?」

不適な笑みを浮かべて取り出したのは酒の入った小さな壺だった。
らしいな、と俺は笑みを浮かべながら、星を部屋に招きいれた。

窓際に座ると星明りがやけに明るい。

俺は星についでもらった酒を一気にあおった。

「ほう、なかなか飲める口なのかな?」

「いや、俺もなんだか眠れないから、お酒の力を借りようかなと」

「そうか」

星は一口酒を含み、ゆっくりと味わうように飲み込む。
その飲み方は俺の知っている星と瓜二つで、まるで以前の世界で一緒に飲んでいるのかと錯覚してしまう。

「何か、不安なことでも?」

「え?」

「目がそう言っているのだよ。『私は不安事を抱えています』とな」

ニヤリと笑い、また一口酒を飲む。
この人には敵わないな、本当に。いつでも俺の心を的確に読んでくるのだから。

杯を机に置き、俺はおずおずと語るとした。

「……俺さ、大切なものを探すためにここにいるんだ」

「大切なもの、か。それは物か? 人か?」

「どちらも。けれど、俺の力なんてちっぽけだから、本当に探し出せるのかが分からなくて……
 昼間は決意を固めて行動できるんだけど、夜になると急に不安になるんだ」

「よくあることだ。宵闇は人の心を揺さぶるもの」

「そう。だから今は、酒で気を紛らわせつつ、明日の活力を養おうってね。
 無闇に怖がってなんかいられない。ちゃんと自分の決めたことを守りたいから」

また一口あおる。味わうも糞もない。ただ酔うためだけの飲み方。
酒を愚弄するなと星に怒られそうだったが、彼女はしかし、穏やかな目をしていた。

「お主は強いな」

「強い? いやいや、全然強くないよ。言ったろ? 剣の腕なんてからっきしだし、頭の方も空っぽだ」

「そういう強さではないよ。不安に襲われながらもただ怯えているのではなく、抗いもがこうとしている。
 現状に満足せず、前を向いて進もうとするその心。それが強いのだ」

「……ありがと。趙雲に言われるとなんか嬉しいよ」

「星だ」

軽い口調で言った彼女の言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
それは気安く許してはいけない、神聖な名前。
彼女を真に表す1つの文字。

彼女はまっすぐな眼差しを俺に向けている。

「え?」

「星で構わんよ。刃殿にはそう呼ぶだけの価値がある。これで私の言葉が嘘ではないと分かるだろう?」

泣きそうだった。今にも彼女を抱きしめたいと思ってしまった。
星、どうして君はそんなにも、俺の心をかき乱し、そして安心させてくれるのだろうか。
意地の悪い笑みに、こんなにも救われてしまう。

「ありがとう」

「ああ、で?」

「分かってる。星」

俺が真名を呼ぶと、星は華のような笑顔を浮かべた。

「ふぅ……やはり不思議だ。お主に真名を呼ばれてもまったく不快でない。
 それどころか心のどこかが嬉しいと感じている。ふふふ、運命の相手という奴かな?」

その戯言が真実であれば、どれだけいいだろうか。
前世界での絆が今も続いていれば、どれほど嬉しいか。

記憶が戻るきっかけ、トリガー。
星の場合はいったい何なのだろうか。

「そろそろ酒も尽きた。私はおいとまするとしよう」

「ああ、そうだね。あ、お酒のお代は……」

「無粋なことを言うな。これは私の奢りだ」

「そうか。だったら明日の朝にでも、俺がメンマを奢ろうかな」

「いや、また同じような夜にお主が酒を用意してくれればいい」

「え、それって……」

これからも一緒に、と言い掛けた所で、それは唐突に聞こえた。

「きゃああああああ!」

人の悲鳴。それも絹の裂くような。

俺はとっさに窓から下を見た。2階の部屋からは大通りがよく見える。
すると、そこには女性が数人の男に囲まれている光景があった。

「いや、それだけじゃない……!」

よく目を凝らすと、闇に紛れて数多の影がそこかしこに見える。
それぞれ人を、家屋を、物を囲い、蹂躙しようとしている。

盗賊。
俺の頭にその単語が浮かんだ頃には、星の姿は部屋にはなかった。

「くそっ!」

寝台の近くに置いてあった刀袋を手に持ち、急いで部屋を出て階下に向かう。

入り口の前にはこの宿の店主と程立、戯志才がいた。

「何があったんだ!?」

俺がそう尋ねると、店主が早口にまくし立てる。

「盗賊の集団です! 夜の内に街に入り込んで、そこら中で……!」

やはり盗賊か。しかもかなりの人数が侵入したらしい。

「街の警備兵は?」

程立が俺の方を向いた。

「まだ来てませんねー。ですが、おそらくそろそろ……ああ、来ました来ました」

その言葉通り、大通りの向こう側から剣と簡素な鎧を来た警備兵が現れた。
だが人数が明らかに少ない。そこかしこで見える盗賊の影の数に比べれば微々たるものだ。

警備兵はさっそく近くで女を襲っていた男に剣を振りかざすが、しかし多勢に無勢、後ろから殴りかかられ、逆にやられてしまった。
これでは事態を収拾できない。

「くそっ!」

俺は腰の刀に手をかけたが、抜こうか抜くまいか、決断を躊躇する。
このまま見ているだけなんてできない。目の前で襲われている人がいるのだ。
だが、自分があそこに飛び込んだ所で、警備兵と同じようにやられるのが関の山。

なんと無力なことか。


せめて星がここにいてくれれば……一緒に戦えば、自分でも援護ぐらいはできるのに。

「そういえば、星は?」

部屋を飛び出したまま、どこに行った?

「呼んだかな、刃殿」

その声は後ろから聞こえた。星はちょうど2階から下りてきた所だ。手に愛用の槍を持っている。あれを取りに行っていたのか。

「星、あれが」

「分かっている。不届き者め……恥を知れ!」

星は風のように俺達の横を駆け抜け、一瞬にして盗賊達を肉塊へと変えていった。
1人だけ槍の柄で殴り、戦闘不能に留めている。

「風、稟! お前達はここの城に向かい、警備兵をもっと出してくれるよう、頼んで来い!」

「分かりましたのですー」
「ここは任せましたよ」

程立と戯志才が夜の道を駆け抜けていく。
護衛もつけずに大丈夫なのかと思ったが、よく考えたら彼女らの向かう先は警備兵が出てくる場所でもあるのだから、まだ安全だ。
ひどいのは城門付近。そこかしこで悲鳴が聞こえる。

「刃殿、私は城門付近に行って警備兵の手助けをしてくる。おぬしはこの娘の手当てと、この男から情報を聞きだしてくれ」

「分かった。気をつけて!」

「ふ、その心遣い、感謝する!」

星は服を翻して行ってしまった。彼女なら盗賊に後れを取ることはないだろうが、どうしても心配だ。

しかし、自分にもやることはある。俺はさっそく倒れている女性の傍にしゃがみこみ、手当てした。

「特に目立った傷はなし……膝が少しすりむけてるくらいか」

布をぐるぐるに巻いた代用枕を頭にあてがい、今はここに寝かせておく。膝の擦り傷には濡れた布を当て、汚れを取る。
応急処置はこれぐらいでいいだろう。

「で、次にと。おい、起きろ!」

近くで倒れている盗賊の男の頬を引っぱたく。
遠慮はいらない。相手は盗賊だ。2,3発叩いた所で、男は目覚めた。

俺は男の首元をひねりあげながら、できるかぎりドスを効かした声を浴びせる。

「仲間はどれだけいる! どこから入ってきたんだ!」

「く、クククク……俺達を倒しても、まだまだ後ろには……」

なんて典型的な負け台詞を吐くやつだ。
だが、気になるのは「後ろには」という言葉。

「まだ援軍が来るってのか!? どれぐらいだ!」

「この街を飲み込むほどだよ……俺達は名の通った盗賊団だからな。覚悟した方いいぜえ」

「いつ来るんだ! 言え!」

「それはな……くくく……ぐふぅ」

「おい、おい! くそ、また気を失ったのか」

だがペラペラ喋る奴で助かった。これで重大な情報を引き出すことができた。
いつ頃かは分からないが、この街を飲み込むほどの数の盗賊団がやってくる。
今でさえ街がこれほど混乱しているというのに、援軍まで来るとは最悪だ。

どうすればいいか? まずは城主なりが兵をきちんと揃えてくれなければ、話にならないし……

しばらく考え込んでいると、先ほど城主か警備の駐屯所に向かった程立達が戻ってきた。

「おかえり」

「刃さんですかー。どうもです」

「警備兵はどうだった? 城主は?」

「警備兵は全部出してもらえることになったのですが、城主には会えませんでした。どうも様子がおかしいのですよー」

「おかしい? 兵士は出してくれないのか?」

「城の方がやけに静かで……これはもしかするかもしれないわね」

戯志才の言う「もし」とはいったいどういうことなのか。

それを俺は、直後に聞こえた町の住民の言葉から理解することになる。
「城主が逃げた」
そんな内容の、叫びにも近いやり取りを、若者達が繰り返しているのが聞こえたのだ。

「程立さん、戯志才さん、城主が逃げたって」

「どうでしょうー。ただの噂かもしれませんがー」

考え込む程立。

「逃げたとすると、どうして? たかが盗賊団がまぎれこんだだけだというのに」

戯志才の言葉がきっかけで、俺はピンときた。

「そうだ! さっきこの盗賊から聞いたんだけど、今街にいる奴ら以外に後からもっとたくさんの盗賊が来るらしいんだ!」

「それですねー。多分城主さんはそれを聞いて、もうここは守れないと思って兵隊さんごと逃げてしまったのではないでしょうかー」

程立の推測が、俺には信じられなかった。

「街を捨ててか? そんな馬鹿な」

太守がそんなことをしていいとでも言うのか。

だが、俺の言葉をすぐに戯志才が否定する。

「残念だけど、よくあることよ。特にここのような地方の都市では、守備兵も満足に揃えられないから、少し多数で攻められるだけで城が落ちてしまう。
 太守はそれをよく分かっていたから、逃げてしまったのね」

「そんな……そんなの、おかしいじゃないか!」

太守とは、街の皆を守り、笑顔にすることが仕事なはずだ。だからこそ民から貴重な税を貰っている。尊称で呼ばれもする。

俺の知っている太守はこんなことしなかった。
皆が皆、利用はせども自分を慕ってくれる民のことを思い、幸せにしたいと望み、一緒に乱世を生き抜いていこうとしていた。

全てを放棄して城から逃げ出すなんて……!

「くそっ!」

今からでも城主を連れ戻して、戦に備えるように進言できないか?
いや、今の自分は天の御使いでもなんでもない、ただの男。そんな者から意見を聞くなんてことはありえない。

せめて俺が、愛紗達のように強ければ、皆の先頭に立って戦えるのに!

「ただいま戻った。あらかたは掃除し終えたが……ん? どうかしたのか?」

星が意外に早く戻ってきた。
耳をすませば、断続的に聞こえていた悲鳴がなくなっている。
さすがは星、と感心しながらも、俺は彼女の質問には答えることができず、ギリリと拳を硬く握った。

「星ちゃん、実はですね……」

程立が星にも全ての事情を話す。
聞き終えた星は、渋い顔をして城のある方を見つめた。

「暗愚なだけならまだしも、臆病者でもあったか……愚かな」

「それよりも、どうしましょうかー? このままここにいるのは危険かもしれませんよ」

「しかし、この街を見捨てるというのは……」

戯志才の言葉の続きを聞かずとも、皆が理解している。
逃げ出すことは容易だ。だがそれは、この街に住む人々の生活はおろか、命すらも無視することと同義。

そんなことができるか?


いや、少なくとも俺にはできない。
そもそもそれをしてしまったら、俺は俺でなくなる。次に愛紗に会った時に胸を張って話せなくなる。

「あのー、少しよろしいか」

全員が押し黙っていると、横から声をかけられた。
それは老人のものだった。杖をつき、足を震わせながらも懸命に自分達の目を見つめ、話しかけてくる。

星が代表してずいっと前に出た。

「何か?」

「ワシはこの街の長老でございます。旅のお方よ、先ほどの槍さばきを見るかぎり、あなた方は相当腕が立つと思われるのだが、どうでしょうか?」

「まあ、そこいらの人間よりは強いつもりだ」

星が槍を掲げる。長老さんとやらは安心したように息をつくが、すぐに顔を引き締めた。

「ああ、やはりそうでございますか。これは街の者達全てからの願いでございます。武将殿、どうかこの街を守ってくださらないか?」

「守ると言っても、私達4人だけでは……」

戯志才の言葉も最も。4人で盗賊団が倒せるわけもない。そもそも戦えるのは星だけなのだ。

しかし長老は興奮したように荒い呼吸を繰り返す。

「もちろん、ワシども街人も協力いたします。しかしワシら素人集団では到底、数に勝る盗賊団には勝てません。
ワシらを指導し、戦いへの道を造ってくださる武将殿の力が必要なのです。
 なにとぞ、なにとぞお願いいたします」

長老はそう言って、地面に頭がつかんばかりの土下座をした。

と、気付かぬ内に自分達を囲んでいた街の人々も、頭を下げていた。

「お願いします!」
「この街を守るためならなんだってしますから!」
「強い人がいてくれれば、何よりも頼りになるんです!」

街の人々は、彼らは彼らでこの場所を守ろうと必死なのだ。
太守と違って、ここから逃げても行く場所なんてない。だからいち早く一致団結して戦おうとしている。自分達の家、生活を守るために。

彼らの思いに答えなくて、どうする?

そう考えていたのは俺だけではなかったようだ。

星が長老の手を取り、力強く言った。

「あい分かった。微力ながら、この街を守るために手を貸そう」

「そうですねー。世の中を良くしようとしているのに、ここを見捨てるなんてことはできないですし」

「ああ。戦う力はないが、風と私の軍師としての知識、存分に披露しよう」

程立、戯志才も後に続く。やはりこの2人は軍師なのだ。
星の武と2人の知識。合わされば烏合の衆である盗賊団に太刀打ちできる力となる。

そして俺も、彼女らの傍に立った。

「俺も……俺も、できることがしたいと思う」

「刃殿、しかしそなたは戦うことができないと聞いたが……」

星の心配そうな声がありがたいが、しかしそんなことを言っていられる時ではないのだ。

「もちろん、俺は戦えないし軍師でもないけど……兵糧の確保とか、負傷者の治療とか、できることはあるはずなんだ。
 黙って見ていることなんてできない。俺も戦うよ」

「そうか……ふ、さすがは我が真名を預けただけのことはある」

「え、星ちゃん、刃さんに真名を預けたんですか?」

これまで余裕しゃくしゃくだった程立が初めて見せた驚き顔。
戯志才も「そんな馬鹿な」とでも言いたげな表情を見せている。

一方で星は涼しげにそれらの驚きを受け流していた。
いたずらっ子風の自信満々のその顔は、戦場に向かう前によく見せるものだった。


第2話 終

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