[戻る] [次頁→] []

http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?Res=0432
まとめサイトの作品を読んでいたらビビッと頭に妄想がやってきたので初めての投稿です。

できる限りほそぼそと続けていこうと思いますので、よろしくお願いします。

はじめに
・無印→真 オリキャラはいませんが名前や呼称が変わるキャラあり
・作者は三国志や当時の中国の知識はあまり持ってません。調べながら書いていきます。
・投下間隔は不定期。書けたらすぐに投下。

今回はプロローグと最初の話を投稿します。見直しはしてますが誤字脱字があったらごめんなさい。



「あなたの記憶を取り戻す旅へ」

プロローグ


泰山の頂、左慈達によって儀式が行われている寺院にて、1つの物語が終端を迎えようとしていた。

「ご主人様!」

美しい黒髪を持つ女性の、叫びにも近い声。
それを受けた少年――北郷一刀の身体はすでに白い光に包まれている。

「こ、これ、は……! な、なん――」

一刀の声は徐々に小さくなっていった。
身体は透けていき、色も薄くなる。そして光の中に取り込まれ、その空間だけが捻じ曲がっていく。


存在が消える。見る者にそう直観させる光景だった。

それを見つめる、白装束の青年と全裸で筋肉質の漢女。

「これでようやくこの外史も終端を迎える。左慈、あなたの望みは達せられますよ」

青年の視線の先には、未だ女性3人と戦っている少年の姿。

「そして、どのような終端となるのかが重要。ご主人様、愛紗ちゃん達……あなた達の思いは必ず繋がる」

漢女の見つめる先には白く光る服を着た少年と、彼の傍に寄ろうとする3人の女性。

それぞれが自らの思いを込めて、終端を見つめる。

「ご主人様!」
「お兄ちゃん!」
「ご主人さまー!」

消えていく一刀。

彼に向かって必死に手を伸ばす3人の女性――愛紗、鈴々、朱里。

「あい、しゃ……りん、りん……しゅ、り」

一刀も薄れ行く意識と必死に戦っていた。
愛しい女性から離れまいと、必ずつながるはずと信じて、力の抜けていく腕を伸ばす。

彼らの手がつながれば。
それこそ望まれる終端への道に繋がったことだろう。

しかし、

「と、届かない……! そんな!」

愛紗の伸ばした手は届かず、

「お兄ちゃん!」

鈴々の声は遠くなり、

「ご主人様! いなくならないでー!!」」

朱里の泣き顔も見えなくなっていく。


もう少しという所だったのに、一刀の身体は捻じ曲がった空間の中でさらに遠くへといってしまった。
その距離はもはや彼方の距離。絶望的だった。

「ご主人様!」

愛紗の叫び。

届かないと悟った悲しみ。
別離の時が訪れたという悲しみ。

消えかけた一刀の意識にはそれすらも届かない――はずだった。


「み、んな――!」

一刀は欠片としか残されていない意識を奮い立たせ、大きく口を開いた。

「お、おれは……俺は必ず、戻ってくる! 君の傍を離れないから! だから!」

さらに意識が持っていかれそうになる。
しかし、声は消えない。

「だから、待っててくれ! 愛紗! みんな!」

その言葉を最後に一刀の意識は途絶えた。

愛する者の傍にいる。その思いを強く抱いて。




「ごしゅじん……さま……」

「お兄ちゃん……」

「そんな……」


一刀の消えた空間。それは彼女達にとってあまりにも空虚なものだった。
寺院の外ではまだ戦いは続き、左慈や干吉といった敵もまだ健在。
だが、彼女ら――愛紗、鈴々、朱里、星、翠、紫苑達6人はもはや武器を構えず、愛しい者が消えた空間をただ見つめていた。

「は、はははは! これで全てが終わったな! この外史は消え、新たな外史も生まれない! 理想的な終わり方だ!」

左慈の狂ったような笑い声。しかし、それすらも彼女らの耳には入らなかった。

筋肉質の漢女も呟く。

「これがこの外史の終端だというの……だとしたら、これはあまりにも……」

その言葉の続きは聞こえず、彼女らは一刀の消えた場所に立ち尽くす。

「私は!」

突然、愛紗が大きく声をあげた。

彼女の瞳が濡れている。

「私は、ご主人様を忘れない! そして戻ってくるのをずっと待っている!」

自らの武器を真正面に掲げ、そう目の前の空虚に叫んだ愛紗。
それが誓いの言葉だということに気付いた他の者も、愛紗の横に並び、同じように武器を掲げた。

「鈴々も待っているのだ!」
「わ、私もなのでしゅ!」
「消えた主に恋焦がれるのもまた一興か」
「あいつは絶対に戻ってくる。一応嘘はつかないはずだからな!」
「待つことには慣れていますわ、ご主人様。だから安心なさって」

口々に誓いを立てる彼女らの目は、程度こそ違えど等しく濡れている。
鏡と共に消えた主を、彼女らはどこまでも待つだろう。
その決意に揺らぎは見えない。

だが、

「外史が消えるわ……!」

漢女の言葉と共に、一刀のいた場所から白い光が再び噴出してきた。
今度は周囲へと広がり、建物の外へと飛び出し、猛スピードで空をも覆っていく。

これがこの世界の終わり。
白い光は人々を、空を、大地を消し去っていく。

その広がりの中心にいた彼女らは、決して退くことはしなかった。
ただ前を見据え、彼女らは待ち続けた。
自らの主が再び現れる時を。

「ご主人様、私はずっと待っています。ずっと……あなたのお傍にいられるのを、望んでいますから」

愛紗の呟きが最後となり、寺院は完全に光に包まれた。


この瞬間、1つの外史が終端を迎えた。




そうして真の物語は0から始まる。
http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?Res=0433
第0話


目の前が真っ暗だ。
いや、そもそも目を開けているのか閉じているのかも分からない。

目も耳も鼻も何も感じ取ってくれず、身体はぴくりとも動かせない。

俺は死んだのか?

そう考えること自体が死んでない証拠か。
しかし、何もできない今の状況は死んだも当然でもある。

どれくらいこの暗闇の中にいるのだろうか。随分長くここにいるような気がする。
まさか永遠にここにいるのかと思うと怖くなり、なるべく考えないようにしておいた。
別のことを考えよう。

愛紗達は無事だろうか。
物語が終端を迎えてもあの世界が消えるかどうかは分からない、と貂蝉は言っていた。
生きていてくれさえすれば、後は自分がそこに戻るだけでいい。
あの世界が消えてなければ、まだ希望はあるのだ。

「残念ながら、そううまくはいかないのよん」

突然真横辺りから聞こえてきた野太い声。
背筋が凍りそうになるほどの生理的嫌悪感を呼び起こすこの声、まさか貂蝉か?

「そうよ、ご主人様。ひどいわよねん、背筋が凍ってカチカチになった背骨を折ってしまいそうな声だなんて」

そこまで言っていない。
というか、声も出してないのに、どうして考えていることが分かるんだ?

「それは簡単よ。ご主人様の頭の中を読んでるから」

なんだその超人技は……

「まあ、わたしの技についてはさておき、まずは今の状況、知りたくはない?」

ああ、教えてくれ。まずここはどこだ? どうして身体は動かせないし、目は何も見えないんだ? あの外史はどうなったんだ?

「もう、そんないっぺんに聞かないで欲しいわ。そうね、1つ1つ説明していきましょう。
 ひとつ目、ご主人様と愛紗ちゃん達が一緒にいたあの外史は、消えたわ」

消えた?

ぞわりと背筋に怖気が走った。
愛紗達が……消えた?

「説明を続けるわね。ふたつ目、ここがどこか。ここはね、外史と外史の狭間よん」

狭間?

「世界と世界の狭間。何もない空間、正史の人達が無意識に作り出したけれども、感知はされない場所。
そうね、言うなれば夢の世界と言ってもいいかしら。夢は確かにあったけれどもすぐに思い出せなくなるでしょう?
ここはそんな場所。忘れているわけじゃないけど思い出せない世界」

そんな御託はいい。俺はどうしてここにいるんだ?

「ご主人様は『あの子達と一緒にいたい』っていう強靭な意志で他の外史に飛ばされることを防いだの。
 もしあの愛紗ちゃん達がいた外史がまだ残っていれば、ご主人様はそこに戻れたんだけどね……」

消えたから戻れなくなった。で、行き場のなくなった俺はここを漂っているわけか。

「そういうことよ。理解が早くて助かるわ。みっつ目、身体が動かないのはここが物語のない場所だからよ。
 プロットすらあやふやなこの世界では、普通は喋ることも考えることもできないはずなんだけどね。
 さすがはご主人様。きっちりと自我を保っているのね」

よく分からんが、まあいい。
もうひとつ、聞きたいことがある。

「何かしら?」

俺は愛紗達にもう一度会えないのか?


あの外史は消えた。そのことから答えは推測できる。
だが一縷の望みをかけて尋ねて見ると、貂蝉はしばらくの間黙り込んでしまった。
奴がどんな顔をしているのかも分からず、まさか傍からいなくなったのかと思い、再度声をかけてみる。

すると「ご主人様、よく聞いてちょうだい」という声が間近から聞こえた。

ああ、いたのか。なんだ?

「愛紗ちゃん達に会うのは無理……でもないわ。無数に漂う外史のどれか、愛紗ちゃん達がいたあの世界と似たような外史に入り込めば、もう一度会える」

……なあ、貂蝉。

「なに?」

それは「あの」愛紗達じゃないんじゃないのか?

「……さすがに鋭いわねん」

貂蝉は軽くため息をついたようだった。
やはりか、と俺もできないため息をつく。

別の外史――別の世界に行って愛紗達に会ったとしても、それは俺と一緒に乱世を駆け抜け、大事な仲間以上の大切な人達となったあの彼女らではないのだ。
おそらく別の外史の愛紗達も、俺が知っている彼女らと外見、性格共に瓜二つだろう。

だが、それでは意味がない。
俺が会うべきなのは「戻る」と約束をした彼女達なのだから。


しかし、どうすればいいのだろう。
あの世界はすでに消えてしまったという。だったら愛紗達もいなくなったに違いない。
もう会えないのか。何か方法はないのか。

あの時愛紗達の手を掴んでいれば、と今更になって悔やんでしまう。

「ご主人様」

なんだ?

「そんなに悲しまないで。『あの』愛紗ちゃん達に会う方法も、あることにはあるわ」

なに、それは本当か!?
どうすればいいんだ! 教えてくれ!

「けど、これは茨の道よ。1つ間違えればご主人様自身にも危険が及ぶ。それでもいいの?」

今更だな。ありきたりな忠告どうも。
だったら俺もありきたりな答えを返してやるよ。

俺は彼女達に会うためならなんでもする、ってな。

「さすがはご主人様、それで安心したわ」

じゃあ、説明するわね、と貂蝉は話を続ける。

「まず、外史というは永久に増減を繰り返すものなの。今この瞬間でも新たな外史が新生しているし、終端も迎える。
 そして私はそんな始まりと終わりを繰り返す外史をいくつも見てきた。だからこそ断言できる。
 消滅した外史というのは、ただ消滅するだけじゃない。他の外史に影響を与えることがあるの。
 言ったでしょう? たとえ世界が終わったとしても、どこかで新たなる創造の種子として残る。
 正史の人間による種子もあるけど、その外史に生きるものにも種子をばらまくことはできる。
特に人の強い意志は、時に他の外史の流れを変えてしまうほどの力を持つことだってあるの」

貂蝉の声が何か追憶に浸る調子になっているように感じた。

しかし、言っていることがよく分からない。
他の外史に影響を与える? 人の意志? それはつまりどういうことなんだ?

「つまり、あの愛紗ちゃん達が他の外史に転生している、もしくは意識が他の世界の自分に乗り移ってるかもしれないということよ」

なるほど。

「そして私はもう分かっている。どの外史に彼女達の意志が影響を及ぼしたか」

ということは、その影響を受けた外史に行けば、愛紗達に会えるのか?

「理論的にはね」

だったら、すぐに俺をそこに飛ばしてくれ! 頼む!

「ご主人様、慌てないで。話はまだよ。確かにどの外史に行けばいいかは分かっている。
 けれどね、そこはご主人様が発端となって創造された外史ではないの。それどころか、別の誰かが起点となって生まれた世界よ。
いえ、正確に言えばその外史の発端は『北郷一刀』という人間ではある。けれど、それはご主人様自身ではない。分かる?」

『北郷一刀』が起点でありながら、俺ではない……

だったらもしかして、そこにはもう1人の俺がいるということか?

「理解が早いわね。そういうこと。そして1つの外史に同じ人間は存在できない。
だからご主人様は『北郷一刀』ではなく別の誰かにならなくてはいけないの
 それでもいいの? ご主人様は『北郷一刀』ではなくなるのよ?」

……それでもこのまま愛紗達に会えないよりマシだ。

俺がそう即答すると、貂蝉はまたため息をついた。
ただし今度は安堵の色が濃かったように感じた。

「そうよね、ご主人様はそういう人。だからこそ愛紗ちゃんの涙も止められると、私は信じられる……ふふ、惚れ直したわ」

貂蝉、冗談はいいからすぐに。

「あら、冗談ではないのだけれどね……いいわ、もう少し待って。まだ説明することはあるから。
 ご主人様はこれから別の外史に飛ぶ。外見も記憶も今と何も変わらないわ。けれど『北郷一刀』ではない」

『一刀』ではなくなり、天の御使いでもなくなるってことなんだろ?
だったら俺はどうなるんだ? お前みたいに別の誰かの名前を名乗るのか?

「いえ、あくまでご主人様は本質的に『別の世界から来た人間』であることに変わりないわ。
 そうでしょう? その世界にいきなり乱入してきた人間、ってことなんだから。
 ただ『天の御使い』っていう設定だけがなくなった。それは別の『北郷一刀』が担っている役割だから」

ややこしいな……

「どんな人間になるかはご主人様次第ってこと。設定なんて自由にしちゃえばいい。
 『漢女道を極めんとして異世界からやってきた漢女』とかでもいいのよ」

そういうのはお断りだが、まあなんとなく分かった。無難に旅人とでもしておこう。

「そ、漢女もいいものなのだけれど。で、続きだけど、これから行く外史には『天の御使い』としての『北郷一刀』が存在してるわ。
 おそらくご主人様とは姿形がほとんど同じでしょうね。並んで立てば違いが分かるぐらいじゃないかしら。
 ほら、創作物でも第一話と最終話で主人公の顔が変わってたりするでしょう? その程度の違いよ」

なるほどね。しかしなかなか気味の悪いもんだな、自分と同じ顔をした奴がいるってのは。

「私としては2人いるんだから1人ぐらいっていう気持ちが……」

やめてくれ。

「あらん、いけずねん」

たとえ俺じゃなくても、俺と同じ顔をした奴がおぞましい道に引き込まれるのは防ぎたい。

「おぞましいって、ひどいわねん。こんなにも純粋な漢女だというのに。
 まあいいわ。次の話に行きましょう。これが一番大事なんだけど、ご主人様は『あの』外史での記憶を引き継げるけど、愛紗ちゃん達は別よ。
 多分以前の世界でのことをほとんど覚えていないはずだわ」

何? 忘れたっていうのか? だったら会っても意味ないじゃないか。

「いえ、忘れてるわけじゃないの。ただ頭の中の奥深くにしまいこまれているだけ。
 何かきっかけがあれば思い出すわ。もちろん、その人の心がその外史に影響を与えていればの話なんだけど……」

愛紗達はきっと覚えてるさ。大丈夫だ。

「そうね、愛紗ちゃん達もご主人様と同じくらいに心が強い、きっと思い出せるわ」

話はそれだけか? だったらそろそろ……

「いえ、名前を決めておきましょう。ご主人様はもう『北郷一刀』ではないんだから」

ああ、そうだったな。しかし、名前を変えるのか。親から貰った名前だし、けっこう愛着はあったんだが……

「仮の名前よ、仮。そんなに深刻に捉えることもないわ。偽名を使っている人なんてたくさんいるんだから」

むー……そうか、少し待ってくれ、今考えてみるから。


そうして俺は頭の中でいくつか候補をあげてみる。
新しい名前と言っても、元の名前からあまりにもかけ離れていると不便だし、慣れないだろう。
だったら今の名前にちなんで、ちょちょいと変えればいい。

カズ、郷、ペイ……

お、そうだ。

「決まった?」

ああ。刃(じん)ってのはどうだ? 今の名前を1つにしたんだけど。ちょっとかっこつけすぎてるかな。

「いいんじゃないかしら?」

なんだ、気乗りしない返事だな。

「名前なんて適当でいいのよ。もし愛紗ちゃん達の記憶が戻れば、また元の名前で呼んでもらえばいい。
 あ、けどご主人様はいつも『ご主人様』とばかり呼ばれてたわよねえ」

うっ、微妙に気にしてることを……

「うふふ、再会すればいいのよ。会えば呼び方なんていくらでも変えられる」

そう、だな……

「じゃあ、別の外史に飛んだら、以前と同じように荒野か森のどこかに放り出されてると思うわ。
 そこからどうなるかはご主人様次第。少ないけど路銀と新しい服……そして、そうね、武器を1つ、進呈するわ」

おー、太っ腹だな。

「身を守るものも必要よん。飛ばされていきなり盗賊に殺されるなんて、ないようにしてほしいわ」

了解。頑張ってみる。これでも愛紗達に鍛えられたからな。
まあ、さすがに人を殺すことには躊躇するというか、できそうにないんだけど……

「ご主人様はそれでいいのよ。身を守るためだけの武器、そう考えてちょうだい。ちょっとしたおまけもつけてあげるから」

うん? 分かった。

「それと最後に愛紗ちゃん達の記憶が戻るきっかけ――トリガーは、彼女達それぞれで違うわ。
 あっちの世界の彼女達はご主人様のことなんて1つも知らない。しかも『北郷一刀』として接することもできないから、とても辛いと思う。
 けど、覚えていて。愛紗さん達は言っていたわ。『私達はご主人様のことを忘れない。ずっと待っている』と」

……ああ

「行ってあげて。彼女達はずっとご主人様のことを待っているから」

もちろんだ。絶対に、絶対に会ってみせるさ。「あの」愛紗達に。


そうだ、今度こそ彼女達と共に生きてみせる。あんな別れ方はもうしない。
指先が届かなかった時の絶望感。きっと自分だけではなく彼女らにも襲っていたはずだ。
あんな思いは2度とさせない。

「あ、別れると言えば、そうそう忘れてたわ」

おい、あんまり俺の考えを読まないで欲しいんだが。

「あら、ごめんなさい。それよりもご主人様、あっちの外史に行ったら『鏡』を探してちょうだい」

鏡? 左慈達が持ってたやつか?

「そう。あれは外史を創造し、破壊もする。そして外史の維持にも必要になるの。
 もうあんな別れ方はしたくないでしょう? 使い方とかはまたおいおい連絡するから、まずは手に入れてちょうだい」

連絡って、どうやってだよ。お前も一緒に来るのか?

「いいえ。私はまだ少しやることがあるから、後々の合流ねん。また会ったらよろしく頼むわ」

……できれば会いたくないな。

「会えない時間が愛情を深くするのよん」

いつも一緒だったらいつか幻滅するのか?

「私がご主人様に幻滅することなんてないわよ」

野太い声でそんな落とし文句を吐くな、寒気がする。

「ひどいわあ。とにかく、鏡を探してね」

了解。なんとか探してみる。

そう返事をすると、貂蝉の声がかしこまった声に変わる。

「では今度こそ……ご主人様、気持ちを楽にして。今から少し意識がなくなるわ。目が覚めたら、そこはもう別の外史だから」

分かった。ああ、貂蝉。

「なあに?」

ありがとう。お前がいてくれて助かった。

「ふふん。だったらお礼は体で」

すまん、それは断固として断る。

「あらん、恥ずかしがらなくてもいいのに……」

恥ずかしいとかの問題じゃないんだよ……!

そんな悪態を頭の中で吐いていると、段々と意識が薄れていく。
これから外史に飛ぶということだろう。ただ恐怖は感じない。むしろこれから愛紗達に会えるかもしれないという希望で胸が一杯だ。

掴んだ手は2度と離さない。


消えていく意識の最後に貂蝉の声が聞こえた。


「ご主人様……あなたと愛紗ちゃん達に幸あらんことを……」





彼は愛する者を求め、新たな世界へ飛び立った。
http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?Res=0434
「あなたの記憶を取り戻す旅へ」

第1話 荒野にて


漢王朝の力が失われ始めていたその土地。
金や職を持たない者は困窮から盗賊になり、私腹を肥やすことだけを考えている役人はまともに働こうともしない。
善良なる民達は限りのない苦境に陥り、世はまさに混乱の相を見せていた。

そんな時代に、占い師管輅による一つの予言が広まった。

『天よりの白き流星が落ちてくる。それは天の御遣い。大地へ降り立ち、動乱の世を太平へと導く者』


その予言の噂を信じる者もいれば疑う者もいる。聞いた事がある者もいれば、ない者もいる。


しかしどんな者であれ、空に巨大な流れ星が流れているのを見れば、それに目を奪われずにはいられない。
巨大な白い流星は空から地上へと落ちていく。その光はさながら世界に光をもたらすかのよう。
目撃した者の目を釘付けにする。

だからこそ、

その白き流星が落ちた同時刻、もう1つの小さな流星が流れ落ちたことには、誰も気がつかなかった。





「おおお!」

気付いた時、そこは見知らぬ荒野で、俺は驚きの声を空に響かせていた。

ちょうど自分が立っているのは、四方八方見渡せば見事に何もない場所だった。
いや、少し離れた所に小さな岩場があるが、それを除けば完全な平野。
遠くに山の陰らしきものが見えるが、おそらく馬で駆って1日経てばたどり着くほどの距離だろう。

荒野のど真ん中、という表現がぴったりな場所だ。

「……本当に来たのか」

俺は貂蝉の言葉を思い出し、ここが他の外史なのか、と感慨深い思いを抱いた。

明らかにここは三国志の土地だった。すでにこの乾いた空気には慣れ親しみさえ覚えてしまっているので、間違えようがない。
しかしここは俺が愛紗達と駆け抜けたあの世界ではない。それがどうにも妙な感じだ。ここまで同じだというのに違う世界とは。

「えーと、まずは状況確認、だな」

初めて異世界に放り込まれた時のように慌てることはなかった。
ここには明確な目的を持ってやってきたのだ。まずは現状確認と、行き先の決定。目的さえ決まっていれば、歩くことはたやすい。


最初に目についたのは自分の服装だった。以前から着ていた白い学生服ではなくなっている。
身体の線をすっぽりと隠せる黒い外套――現代世界でいうローブのようなものを羽織り、上下の服はこの世界の庶民が来ているような、ボロ布のシャツとズボンだった。
さすがにあのままの服では目立ちすぎるということで、貂蝉がこの服に替えてくれたのだろう。
少々根暗っぽい印象を与えるが、贅沢は言えない。

次に腰紐にささっているものに注目する。

長細く、布の袋に入れられているそれは、どこかで見たことがあるような気がした。
手で触れて、円筒形の硬いモノの感触がした時、ピンと来た。

「日本刀かよ……」

おいおい、と貂蝉に突っ込みたくなる。
確かに剣道を嗜んでいた自分にとっては、日本刀の形と重さが一番しっくり来るが、しかし面倒な武器を送ってくれたものだ。

日本刀は取り扱いが非常に難しい。特に刃部分は普段からきちんと手入れしてやらないと、すぐに切れなくなってしまう。
それにもし折れてしまったら、この世界の鍛冶屋では直してくれないのではないだろうか?

刀袋の紐を緩めて、中身を確認する。やはり日本刀。2尺1寸程度の標準的な長さの刀だった。
柄の部分に何やら白い布が巻かれているが、これは滑り止めだろうか。

とりあえず鞘に入れたまま少し両手で持ってみる。重さも標準的。この世界の剣よりは扱いやすい。

「まあ、なんとかなるか」

そう思うしかない。頼りになる武器は今のところこれだけなのだから。
刀を腰に戻す。次にポケットの中を検分すると、小さな袋に入ったお金と2つ折りにされた紙があった。

紙は、どうやら貂蝉からの手紙のようだ。

『ガンバ! とりあえずは安全な場所に行きましょうねん! その刀の手入れだけはちゃんとしてあげてね』

「いやいや、これだけかよ」

せめて愛紗達がどこにいるかとか、この場所がどこかとか書いてほしかった。
歩き出そうにも目的地がなければどうしようもない。というか街がある方向すら分からない。

これからどうしろというのだろうか。


そうやって途方にくれていると、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。かなり数が多い。
ただしこちらに近づいてくるものではなかった。方角的にここの目の前を通り過ぎるのではないだろうか。

ここで誰かに会うのが良いのか悪いのか分からず、そもそもやってくるのが盗賊でないとも限らないので、俺は近くの岩場に向かって走り、そこに身を隠した。

まずは馬に乗っているのがどこの誰なのかの確認。安全そうならこの場所について尋ねるぐらいすればいいだろう。

「……なんか異世界に放り込まれたってのに、俺、かなり冷静?」

自分のことをそう振り返り、あそこで経験したことは無駄ではなかったのだなあ、と思いつつ、岩場から馬の走る音がする方を観察。

かなり遠いが、先頭を走っていた馬がちょうど止まったのがかろうじて見えた。

(ん? あの馬の前にいる人……なんか光ってるような……)

距離があるというのに、その荒野に立つ人間の姿ははっきりと分かった。
身体全体が白く光っている。馬やそれに乗る人間のぼんやりとした姿形に比べて、なんともきらびやかだった。

そしてそんな服を、自分は知っていた。

(おいおい、まさかあれがもう1人の俺って奴か……)

白く光る、ポリエステルの学生服。よく見れば背格好も似ている。

まさかこんなにも早く巡り会うとは思わなかった。
『北郷一刀』。この世界の発端となっている人間。

彼は今、馬の集団の先頭を走っていた人物と何やら話している。
馬上にいる人間の顔はさすがに見えない。しかし、どこかで見たような特徴的な髪型をしているような……

「もし、そこの者」

「は、はい!?」

いきなり後ろから声をかけられて、俺は驚いて振り返った。

「こんな所で何をしているの? 見た所盗賊ではなさそうね……」

「覗き見とは趣味が悪いですねー。見えてるのはただの刺史のはずですがー」

するとそこには、黒髪眼鏡の少女と、長く淡いクリーム色をした髪を持つ小さい少女と、

そして、

「別に無視してもよいのではないか? 私は先ほどの運動で腹が減ったぞ」

この世界に来た目的の内の1人が、いた。


「せ、星……」

俺は無意識に彼女の名前を呼んでいた。

あの儀式の寺院を最後に今まで見られなかったその姿。
空のように澄み渡る水色の髪と、長い槍を持つとは思えぬほど細い腕。そして勝気で不遜な目。

あの時と何も変わらない姿をした彼女――趙子龍がそこにいた。

こんなにも早く会えるとは。
あまりにも突然で嬉しい出会いだった。

だが、俺がそんな感動に浸っている間に、見知らぬ少女2人の表情が険しいものに変わっていく。

「むっ! またしても人の真名を勝手に呼ぶ不届きものか!」

「早く訂正した方が良いですよー。星ちゃんは怒ると怖いのですからー」

2人の様子に、しまったと俺は歯噛みをする。ここの世界の星は、もう俺のことを覚えていないのだ。
真名はその人を真に表す大切な名前。許されてもいないのに勝手に呼べば、首を切られても仕方ない。

俺はすかさず謝ろうとするが、しかし頭を下げる相手である星が、少々おかしな表情をしていた。

「……」

目を見開き、呆然と立ち尽くしている星。
こんな顔をしている彼女を見るのは初めてだった。

「星ちゃーん? 星ちゃーん? どうしたのですかー?」

クリーム色の髪の少女に呼びかけられて、ようやく星はハッと意識を回復させた。

「っと、すまん。風、何か言ったか?」

「いえ、星ちゃん、この人に勝手に真名を呼ばれたのにどうして怒らないのかなーっと」

「あ、ああ。そうだったな」

妙に歯切れの悪い星。彼女にしては珍しい。

友達らしき傍の2人もそう思ったのだろう。黒髪の少女の方が「もしかして、知っている人なのですか?」と俺を指差しながら尋ねた。

しかし星は首を横に振る。

「いや、まったく知りもしないし、真名を預けた覚えもない男だ。
 しかしだな、どういうわけか真名を呼ばれてもまったく不快感がないのだ」

星は不思議そうに首を傾げた。傍らの少女2人も同じような仕草を取る。


しかし俺にとってその言葉は電撃的なものだった。

星には記憶があるかもしれないのだ。
確かに俺のことは忘れている。しかし今の言葉からして、どこかで俺のことを覚えていてくれている……

『意志が強ければ、その記憶は引き継がれているかもしれない』

貂蝉はそう言っていた。だったらこの星の言葉はその証拠か。


希望が見えてきた。外史の狭間で漂っていた時から続いていた絶望感がようやく晴れてきた。
俺は星、と呼びたくなるのをこらえながらも、彼女に「気付いてくれ」という視線を送り続けた。

だが星はその視線にはまったく反応を示さず、顎に手をやって何かを考え込むだけだった。
そして顔を上げて、気のない表情をする。

「まあ、不快な感情が湧かないというのも気持ちの悪い話だ。とりあえず私の真名を呼ぶのはやめてもらおうか」

「あ、うん、ごめん……趙雲さん」

「それでよし。それにしても不思議だ。どうしておぬしは私の名前を知っているのだ?
いや、名前どころか真名まで知っているというのがどうにも不可解」

まさかいきなり「別の世界であなたと会いました」なんて言えるはずもない。
頭のおかしい人と思われるのが関の山だ。

「え、えーと、趙雲さんは結構有名な人だから。『常山の昇り龍』と言えば巷で噂になってるぐらいだ」

少し苦しい言い訳か?

しかし趙雲はまんざらでもない顔をしている。

「ほほう、私の名前もそこまで広がっているのか……」

「いやいや星ちゃん。旅を始めたのは最近の事なのに有名になっているというのも変な話ですよ。というかそこまで活躍してませんよー」

う、クリーム色の少女はかなり鋭い。

ここは別の話に無理やり持っていった方がよさそうだ。

「そういえば、趙雲さんはともかく、そちらの2人のお名前は?」

「む、人に名前を尋ねる時は自分から名乗ってみるのが礼儀だろう」

よし、黒髪めがねの少女の方が見事に釣られてくれた。
これで話は俺のことにシフトしてくれる。

俺はなるべく人の良い笑顔を浮かべてみた。

「俺はほん……じゃなかった、刃って言います。よろしく」

「それは姓か? 名か? まさか真名ではないだろうな」

星も興味を示してくれたようだ。

しかし姓名や字のことは考えていなかった。仮の名前なのでそこまで気にしてなかった。

適当に言いつくろっておこう。

「えーと、まあ名前はこれしかないので真名みたいなものかな?」

「どうして名乗る本人が分からんのだ。もしや、偽名か?」

「そんな感じ」

星の突っ込みには頷きを返しておく。すると星は、ふむ、とまた考え込み始めた。

一方でクリーム色の少女が俺の前に立つ。

「それでは刃さんとお呼びしても良いのでしょうかー?」

「どうぞ、好きに呼んで」

少女に笑顔で返事をすると、彼女もふふふーと楽しそうな笑顔を返してくれた。
なんだか不思議な雰囲気をかもし出している子だ。

「では、私の名前は程立と言います。よろしくー」

「私は……戯志才と名乗っています」

黒髪の少女の名前は偽名なのだろうか。どうにもその名前を名乗ることに慣れていないように感じた。
少し堅物っぽい。今も疑念の目を俺に向けてきている。

それにしても、程立という名前はどこかで聞いたことがあるような気がする。
三国志の小説を全て暗記しているわけではないが、どこかで出てきたようなないような。

「それで、刃殿はここで何をしておられたのかな?」

星の質問に思考を中断させられ、俺は今まで自分が見ていた方角を指差した。

そこにはまだ先ほどの馬の集団と、白く光る少年の姿が見える。
なんだか不穏な空気が流れているのは気のせいだろうか。馬に乗っている者の1人が殺気立っているような。

「ああ、あれか」

星が納得したように頷いた。

「刺史さんですねー。どうやら先ほどの無礼な男性と話し込んでいるようですがー」

程立の言う「無礼な男性」とはもしかして、あっちの『北郷一刀』のことだろうか。
ということは、この3人はどうやらついさっき『北郷一刀』と会っていたらしい。

無礼な、という言葉が前についている辺り、何かしでかしてしまったようだ。
この世界にいきなり放り出されたのだから仕方ない。同じ俺だが、ご愁傷様とだけ言っておこう。

「そういえば、刃殿はあの男性と似ているような……」

戯志才の一言で3人がじっと俺の顔を見つめる。
俺はその視線になんだか恥ずかしくなり、慌てて顔を背けた。

「そうか? 私は微妙に違うと思うのだが」

星が俺の顔を凝視している。なんだかその視線が鋭すぎて逆に怖い。

「ですねー。鼻と顎の辺りが少し違いますよ」

程立もそれに同意する。まだ顔を見られている。恥ずかしい。

と、そこで馬の集団が移動し始めるのが見えた。
俺は再び岩場の影からその光景を観察した。どうやら白い服の少年――北郷一刀はあの集団に連れて行かれたようだ。

「ふむ、あの少年は刺史殿に連れて行かれたか」

いつの間にか星が隣にいた。気配を感じなかった。びっくりだ。
他の2人も同じように岩場の傍に寄ってきていた。

「見るからに怪しいですからねー。この所頻発している盗賊事件の手がかりになるとでも思われたのでは」

「その、程立さん」

「なんでしょー?」

「あの馬に乗っているのって誰かな? もしかして関羽って名前?」

「違いますねー。あれは陳留の刺史ですよ。確か名前は……」

「曹操ではなかったかな?」

星が口にしたその名前に、俺はあのくるくる髪の少女を思い浮かべる。
ドクン、と心臓が高鳴るのが感じられた。

これはつまり、華琳が『北郷一刀』を拾ったということだ。
そのことに数多くの疑問が生まれた。

以前の世界では、天の御使いとして降り立った俺を最初に見つけたのは愛紗と鈴々だった。
それがきっかけで彼女らの主となり、混乱した世を救うために戦うことになったのだ。

なのに、この世界の『北郷一刀』は華琳と最初に出会い、彼女に連れて行かれてしまった。
これでは愛紗達と出会うことはない。

これはどういうことか? 

『北郷一刀』が華琳の下にいるとなると、愛紗達はどうなるのか? 指導者を見つけられなくなるのではないか?

多くの疑問が浮かぶ。どうもこの世界は俺のいた所とかなり流れが違うようだ。

「刃殿? どうなされた?」

星に声をかけられて、俺は彼女に気取られぬよう「いや」と視線を前に戻した。

「なんでもないよ。そうか、あれは曹操か……」

すでに曹操達の馬は見えなくなっている。『北郷一刀』はこれからどうなるのか。想像もできない。
というか、あの集団に放り込まれて俺は大丈夫なのか……?

「さて、それでは私達も街へ向かいましょうかー。星ちゃんのお腹が空いたらしいですしー」

「おお、そうだった。面白い事が続いて空腹を忘れる所であったな。ではな、刃殿」

程立の声が合図となって、星と戯志才も岩場から離れる。


まずい。ここで星達と別れるわけにはいかない。
ここがどこなのかもまだ分かってないし、腹が減ったのは自分も同じ。
そしてそれ以上にせっかく星を見つけたのだ。彼女と離れるなんてこと、もうしたくはない。

「あのー、ちょっといいかな?」

「ん? 何かな?」

星が答える。俺は意識的に良い印象を与える笑顔を浮かべた。

「えーと、良ければ君たちに同行させて欲しいんだ。ちょっと道に迷ってしまって……」

「街への行き方ぐらいなら教えますが?」

戯志才の鋭い視線が痛いが、気にしない。ここが踏ん張り所だ。

「お近づきになった印というか、さっき趙雲さんの真名を勝手に呼んだことにお詫びというか、ご飯を奢らせて欲しいと思って」

「ほう。路銀が浮くのは良いことだ。喜んでお受けしよう」

星のこの言葉が援護になってくれたのか、他の2人もいいだろうと答えてくれた。
俺はほっと安堵する。これでいい。まずは彼女らと話をしよう。そうしてこれからどうするか決めていけばいい。

希望は見えたのだ。後は先に進むだけ。

黒い外套をきちんと羽織り直し、俺は星達の後をついていくのだった。

 [戻る] [次頁→] [上へ]