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魏ルート帰還SS、プロローグの三つ目です
プロローグは後二つ程で終わる予定になっています
文章の書き方も試行錯誤しているのでちまちま変化するかもしれませんが、ご容赦くださいませ

プロローグ2に感想を下さったNEXT様、ありがとうございます
なるだけ自分のペースを崩さないように頑張っていきたいと思います



流れてくる声は低いものだ、男のものだろう。声の大きさから、そうそう近くではないと判る。
ガチャガチャと鎧の擦れる音も聞こえはじめて、俺は咄嗟に木の陰に隠れて話の内容を伺った。

「――――平和になったのは良いんだけどなぁ。俺たちの肩身も微妙に狭いぜ」
「まあ良い事なんだろうけどな。ま、俺たちはこうやって警備の仕事も貰えてるわけだしよしとしようぜ?」
「確かにそうだけどな。呉と蜀からも警備兵は来てるみたいだがあっちもこんなふうなのかね」
「そういう話は聞かないな。国境付近の奴らならわかるかもしれないけど」

眼だけ出して見れば、纏っている鎧は魏の物で間違い無さそうだ。
顔に見覚えが無い辺り、末端の兵卒か俺がいなくなってから入隊した兵卒かのどちらかだろう。
魏の兵卒が普通に歩いてるって事はここは魏の領地のどっかか?
……そもそもこっちの世界で何年過ぎた事になっているかもわからないんだよな、よく考えれば。
浦島太郎は勘弁してほしい、彼女達がいないとなれば俺は本当の意味での家なき子になってしまう。俺は、嫌な緊張から来るため息をついた。

「怪しい奴なんかいないしな。しかし本当に戦はもう起きないのかね?」
「五胡の連中が近い土地なんかは時々襲撃があるらしいけど、それだけだよな。それも魏の事だけで呉と蜀はよくわからん」


(――――ん?)

珍しい名前が出てきた。五胡、確か匈奴を初めとしたモンゴルとかの方の人達の事だったはずだ。始皇帝が長城を作ってまで進入を防ごうとしたんだったな。
中学高校での勉強というものはやはりどこかしら耳に残っているものらしい。それが、例え馬のえさにもなりそうにない知識だとしても。
少なくとも、この世界でアパルトヘイトやデモクラシーに直面することはないだろう。

「まあ流石に三国の王に重臣が一まとめに国境じゃまずいってんで留守番組もいるみたいだけど」
「うちの国だと文則隊長代理補佐とかだろ? 新兵の訓練とかもあるって言ってもな、かわいそうだぜ」

中々興味をそそられる話題だけど距離が遠いのに加えて身を潜めてるのが災いしていまいち聞き取りづらいな。
どれ、もう少し身を乗り出してみても――――――


ガサリ


全身が硬直したのがわかる。周囲を伺うまでもなく物音を立てたのは俺の足元だ。
心臓が踊るのを必死に抑えて気配を殺そうとするが、無常にも兵卒達の足音は止まってしまっていた。
悲しいかな、この木の周りには背の低い植木が数本あるだけで逃げ出すなんて到底できそうにない。

「おい、いま変な物音しなかったか?」
「ん、ああ。したけど、妙才様の猫かなんかじゃないか」


にゃー、と鳴き声でもあげておく所だろうか。……いやそんな馬鹿な、落語でもあるまいし。
自分は木だ、木だ、と必死に言い聞かせながら木に背から張り付く今の姿、ビデオで録画しておけばさぞかし笑えるものになるだろう。
そもそもよく考えれば、反射的に隠れたけど何故こそこそするような真似をしなきゃならんのだ。
知らぬ顔に会ったなら不審者としてとっ捕まりかねないけれど、別に疚しいことがあるわけでもなし。堂々としていれば逆に何も言われなかったんじゃなかろうか。

「あの方もそうだが仲徳様の猫好きも中々のもんだ」
「俺、前一回猫に話しかけてる所を見たことあるぞ」
「なんだよ、いいなぁ。俺も一回生で拝んでみたいなぁ」
「それより早く行かなきゃ元譲様にどやされるぞ、曹操様に恥をかかせる気かー、ってな。もうすぐ集合の時間だ」
「うし、じゃあさっさと行くとするか」

彼らの口から出たもののいくつかは聞きなれた、だが久し振りに聞く名前だった。元譲、妙才、仲徳、孟徳。彼女たちはやはりこの場にいるらしい。
どう考えても出来すぎだけど……、そもそも帰ってこれてること自体が奇跡的なんだ。ちょっとくらい奇跡のバーゲンセールでもばちは当たらないだろ。

声と一緒に足音が遠ざかっていく。やがて足音が聞こえなくなった。
それでもしばらく、俺はその場で息を潜めたままだった。ただなんとなくだが、まだ木の向こうに誰かがいるような気がしたからだ。
もしこちらが顔を出した所を向こうも見ていたら、漏れなくお縄だ。拘束されてしまうかもしれない。華琳との感動の再会が牢屋なんて御免だからな。

(…………よ、よし)

更に待つこと数分、流石にもう誰もいないだろうと目処をつけて動くことを決意する。
そーっと、だが気を張ったまま木から僅かだけ顔を覗かせて――――――

「わうっ!」
「――――んおうっ!」

瞬間、俺は心臓が爆発する音を確かに聞いた、ような気がした。
全身をアンテナのようにして気配を察知しようとしていたのにも関わらず後ろを取られただと……!
まあ、俺は気配なんて読めないんだからあたりまえだ、なんて頭のどこか冷静な部分が囁くが、体はちっとも言うことを聞いてはくれない。
抜けた腰で尻餅をついたまま機械仕掛けの人形みたいにガクガクと後ろに首を回すと、そこには犬がちょこんと一匹行儀よく座っていた。

「な、なんだよ驚かせるなよ」
「――――?」

茶色と白い毛の犬だった。首を傾げる仕草が少し可愛い。
暫く眼を合わせたままじっとしていたが全く逃げ出すような気配がないぞこいつ。
これは人に飼われてる飼い犬かな、野生なんて多分残ってないだろう。眼を逸らしても襲われる事はない筈だ。多分。
首に赤い布が巻かれてるのが首輪がわりなんだろうな。

「……舌なんか出しちゃって暢気な顔してるな、お前」
「くぅーん」

鼻先を上下に振ってやがる。僕は暢気です、と犬が言っているような気もしたが、まあ気のせいで間違いないんだろう。

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