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501 名前:岡山D ◆V9q/gp8p5. [sage] 投稿日:2013/06/05(水) 21:35:44 ID:rK8HnoTM0
 お久しぶりです。
 六月です。入梅もして暑さよりも湿気に参っている岡山Dです。
 暑かったり涼しかったりと体調管理が大変なこの時期いかがお過ごしでしょうか。

 懲りずに又投下させてもらいます。
 『還って来た種馬』 その17[長安行幸:帰郷]です。
 
 ※以前も書きましたが、本当に山も谷も無いです。

注意事項
 ・この作品は、魏ルート・アフターであり、萌将伝は含まれておりません。
  ですので、萌将伝と食い違う場面が多々ありますがご勘弁ください。
 ・キャラ同士の呼称や一刀に対しての呼び方が本編と違う場合が有ります。
 ・魏ルート・アフターと言う都合上、ストーリー上にオリジナル設定(脳内妄想)が有ります。
 ・関西弁や登場人物の口調など、出来るだけ再現している心算ですが、
  変なトコとかが有ったらゴメンナサイ。
 ・18禁なシーンに付いては期待しないで下さい。

 以上につきましてはご容赦のほどを。

 SS初心者なので、至らぬ事も多いかもしれませんが、よろしくお願いします。
 もし、感想・批評などございましたら、避難所の方へお願いします。
 
 本編はtxtで専用UP板にアップしましたのでご覧ください。
URL→http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0764

 他の方々のまねをしてメールアドレス公開しました。
 何か御座いましたらそちらにもどうぞ。



 『還って来た種馬』 その17
 
 
 長安行幸:帰郷
    もしくは
      祭りの後も色々と……



「ふあぁぁぁ〜……」
  馬上で大きな欠伸をしているのは、天の御遣いこと北郷一刀。欠伸に続いて首を左右に傾けながらコキコキと音が鳴るのを確認
 すると、少し間を置いてから大きな溜息を吐いていた。
「兄様、寝不足ですか?」
  そう声を掛けてきたのは典韋こと流琉。心配そうな顔でそう尋ねてきた流琉に一刀はワザとおどけた様な表情で言葉を返す。
「ん? まあ、少しね……」
「もう直ぐ今夜の宿営地です。そこまで持ちそうですか?」
「ああ、それは大丈夫。ありがとう流琉」
「いえ……。でも、なんで寝不足に?」
「まぁ、色々とね」
  そう答えた一刀は口をへの字に曲げながら渋い表情で空を見上げていた。


  長安滞在のある朝、気が付くと一刀の横に何故か一糸纏わぬ呂奉先こと恋が眠っていた。それを朝一刀を起こしに来た董仲穎こ
 と月に見付かる。
  またある朝、確かに璃々と二人で眠りに付いたはずが、朝には何故か黄漢升こと紫苑も共に三人で川の字で眠っていた。もちろ
 ん月に見付かる。
  ある深夜、何かに寝台に押し付けられる様な感覚に襲われた。「金縛りか!?」と恐る恐る目を開けてみれば、仰向けの一刀に
 馬乗りに跨り両の腕を押さえつけながらその豊満な乳房を露にしている厳顔こと桔梗と目が合う。
「先日の謝辞にまかり……」
  桔梗の言葉が終わる間もなく、入り口で中を覗いていた華雄共々月に摘み出される。そしてその朝、月に替わって起こしに来て
 くれた賈文和こと詠を一刀は寝惚けて抱き締め、そのまま二度寝しているところをもちろん月に見付かる。
  そして最終日の夜、一刀がこの日寝不足の原因となる……いや、止めを刺す出来事が起こったのであった。



  三日目に昼食を長安の市街へ無理矢理にも食べに出れた様に、四日目にもなると一刀は会談で忙しい中でも自由に動ける時間を
 何とか捻出出来る様になっていた。ひとえに曹孟徳こと華琳や郭奉孝こと稟達が一刀の会談相手を精査し、必要最小限に吟味した
 賜物ではあるのだが、一刀がそれに早い段階で対応出来た事も要因の一つでもある。
  その捻出した時間を用いて一刀は蜀の面々との友誼を深めた。
  諸葛孔明こと朱里や鳳士元こと雛里そして陳公台こと音々音からは蜀の今の現状や風土等の話を。関雲長こと愛紗や桔梗からは
 蜀周辺の異民族の現状を。馬孟起こと翠や馬岱こと蒲公英そして月や詠からは西涼についての話等を聞く。どうしても一刀は魏の
 側から見た蜀やその周辺地域の現状となってしまう為に、蜀の側から見た違う方向からの意見は重要なものと言えたからである。
  一方の話す側の蜀の面々も、一刀を通してではあるものの魏の方針や考え方そして蜀魏間の思考の細かい差異等を再確認できる
 為に、短時間とは言えそれを歓迎していた。
  一刀が劉玄徳こと桃香に話した通り、魏と蜀では目的地が同じでもそこに至る道程が違う事がある。どちらが正解でどちらが間
 違っているとは一概に言える事ではない。「魏」「蜀」「呉」の三国にもそれぞれの事情、そして長所と短所がある。その為にそ
 の過程ではしばしば意見が対立する事もあるが、三方ともこの大陸の為という共通認識が底辺にはあるのでそれが禍根として残る
 事はない。かえって相手の言い分に利を見付ける事もある。蜀と呉を魏の属国化せず、三国鼎立とした事の意味が如実に現れる良
 い事例であると言えた。

  一刀の大きく興味を引かれる事の一つに『西涼』があった。西方との交易の拠点でもあり、魏国内でも重要な地方であると言え
 る。『西涼』については張文遠こと霞や荀文若こと桂花達から概要や近況は聞いていたが、ここにはそこ出身の翠や蒲公英そして
 月や詠がいる。せっかくのこの機会にその面々達に話を聞かない訳がなった。
  そして四人を『西涼』の話を聞く為に市街に誘った一刀は、「先ずは食文化から」とのお題目で西涼出身者の商う酒家に居た。
「う〜ん、西涼についてかぁ……。一言で言っちゃえば田舎だよねぇ姉さま」
「蒲公英……、身も蓋もない言い方するなよ。まぁ、間違っちゃいないけど」
「まぁ、そうよねぇ。人が居る所と居ない所とがはっきりしてると言えるわねぇ。東西に長いから全部が全部そうとは言い切れない
 けど」
「確かに長安や中原と比べればそうですけど、良い所ですよ」
「ふむ、何処までも続く草原や所々に散見出来る異文化等、中原とは一味違った趣のある場所ではありますな」
「…………」
  最期に話をした人物にその場に居る面々の視線が集まる。そこには西涼にちなんだ料理を食している面々とは別に、大量のメン
 マと酒を嗜んでいる趙子龍こと星の姿があった。
「何で星がそこに居るんだよ」
「何でと申されても。西涼と言えばこの趙子龍であろう」
「意味わかんねぇよ!」
  星の少々無理やりな応対に翠が声を上げる。ちなみに、別にこの場に星が居る事自体に翠が指摘している訳ではない。星が今座っ
 ている場所が翠には気に入らないのである。今星はさも当たり前の様に一刀の左隣に座っていた。ちなみに、右隣には月が陣取っ
 ている。
「全く……、何処から沸いてきたんだよ……」
「失敬な。人をボウフラや油虫の様に言うもんではないぞ錦馬超殿」
  一見、涼しい顔で翠をいなしている様に見える星であったが、内心はかなり動揺していた。隣に座る一刀が翠と星のやり取りを
 面白そうな顔付きで眺めていたからである。正直、思った以上に一刀の顔が近くにあり、二人の会話に反応して笑うたびに一刀の
 息を星の頬で感じていた。
「わたしが仕えるべき主を探して放浪していた折に西涼を尋ねた事もあるからな。かえって翠や月達よりも市井の事には詳しいかも
 知れぬ」
「それは……」
  星の言葉に翠は言葉を濁す。確かに星の言葉には一理あるとも言える。翠にしろ月にしろ、太守に近しい親族ともなれば市井の
 者達は一線を引いてしまう事は現実問題として致し方ない。蒲公英や詠についても同様だろう。正に箱入り娘と言える月や詠に比
 べれば翠や蒲公英はまだ市井の者達との距離は近かったかも知れないが、一武芸者であった星とは雲泥の差である。
「まぁ、政治的な状況等はわたしでは誰でもが知るであろう上辺の事しか判らぬところもありますから、痛み分けというところです
 な」
  そう口にした星が一刀の方へと視線を向ける。とりあえずこの場を治め本題に入るよう促したのか、恐らくこの後一刀が必ず触
 れるであろう政治的な側面の話題に対し星があらかじめ予防線を張ったのかは一刀にとって計り知れないところではあるが、一刀
 に向けた星の視線が一瞬泳いだところを見逃す一刀ではなかった。
  だが、今は一刀はそこに触れる事はない。何事も無かったの様に西涼の事について話を始めるのであった。

  星の予想通り、一刀の話しは西涼の市井の者達の日々の暮らしだけでなく、西涼の政治体系、異民族との対応、果ては翠の母で
 ある馬寿成にまで及んでいく。途中一刀の口から出る天の言葉に詠が興味を見せたり等して多少の脱線はあったものの、限られた
 時間ではあったがかなり内容の濃い会話となっていた。
  そして時間となり、話も一段落ついたところで皆が城に戻ろうと歩き出した時、不意に思い出した如く一刀が切り出した。
「そう言えば、『華蝶仮面』ついにここでは現れなかったなぁ……。楽しみにしてたんだけどなぁ」
  少々棒読み気味の一刀の言葉に、それぞれが反応を示す。
「そう言えばそうだな」
「そうだねぇ……」
「そっ、そうですね……」
「現れなくていいわよ、あんなの……」
「いやいや、あの御仁も色々と忙しいのではないか? たった一人で正義をなすと言うあの御仁の心意気にはこの趙子龍も頭の下が
 る想いです」
「ふぅ〜ん……」
  それぞれの反応を見て確認の取れた一刀。一部の者達の視線がある一点に注がれているが、本人はそれに気付いているのかいな
 いのか我関せずとばかりに滔滔と『華蝶仮面』の活躍を語り続けていた。
「そう言えば愛紗から聞いたんだけどさ、あの『変態仮面』江夏にも現れたらしいな」
「ああ、江夏で蓮華や思春相手に街中で……ってやつか」
  翠の言葉を聞いた一刀が答える。そして翠の一言に星が一瞬眉間に皺を寄せるが、一度咳払いをした後に口を開いた。
「翠よ、『変態仮面』とはあの御仁に対してちと失礼ではないかな」
「そうかぁ? あんな悪趣味な仮面被ってしかも人前に出るなんて十分変態じゃないか」
「なっ、あの素晴らしさが判らぬとは……。ですが、詳しいですな一刀殿」
「んっ? ああ……、オレもウチの軍師達から聞いただけだけどね……」
「ふむ……」
  一刀の返答に得心の出来ていない風な星。だが今はそれ以上深くは話を進める事はせず、ただ一刀の顔を訝しげに眺めるに留め
 る星であった。星は一刀がそれについて如何思っているか図りかねている様である。
  そして翠と星の再び始まった華蝶仮面談義を眺めている一刀に詠が小声で話しかけてきた。
「アンタの口ぶりを聞く限りでは、アンタは正体に気付いてるのよね?」
「うん、オレは襄陽で実物を見たからね。でも何で気が付かないかな?」
「らしいって言えばらしいんだけどね。桃香にしろ、愛紗にしろ……」
「そう言うもんかね……。で、詠も否定派?」
  一刀の言葉に詠は一度口を尖らし間を置くが、表情を変える事無く口を開いた。
「まぁ、使い様よね……、便利と言えば便利だし。かと言って、愛紗達の言い分も理解できるし。でも……」
「でも?」
「江夏に現れたのは偽者ね。コレは断言出来る。だってアレが現れた時期には星……成都に居たもの」
「ああ、あれの正体はオレ」
「はぁっ……?!」
  一刀の話を聞いた詠が思わず声を上げた。横で二人の会話を聞いていた月も驚きの表情を見せている。
「アンタ何やってるの?」
「まぁ、事情を説明すると長い割りに面白くないから割愛するけど、あの時は正体をおおっぴらに出来なかったんで使わせてもらっ
 た。ああ、これ一応秘密だから他言無用って事で」
  そう言って一刀は笑顔を月と詠それぞれに向け、今の発言で納得してくれるよう促す。驚いた顔を見せたまま月は一応頷き、一
 方の詠は納得がいかないのか口を開いた。
「ちょっと、他人を変な事に巻き込まないでよ」
「他人だなんて……。オレと詠の仲じゃないか」
「ばっ、バカな事言わないでよ! こんな所で何を……! なっ、何がアンタとボクの仲なのよ……」
  一刀の軽口に顔を真っ赤にしながらむきになって反論する詠。そんな詠を微笑ましく思いながら見ていた一刀であるが、とある
 人物からの醸し出される雰囲気を背中に感じて話を戻した。
「まぁ、蓮華との手打ちは済んでるから問題は無いと思うけどね」
  口元を小さく震わせながら一刀を見る詠と、そんな詠に取って付けた様な笑顔を返す一刀。
「でもご主人さま、他国の領内で名前が出せないって……。普段はどんな事をなさっているのですか?」
  不思議そうな表情でそう尋ねた月。一方の詠は怪訝な顔で一刀を見ていたが、表情を一変させて口を開いた。
「月! だめだよ……。ははぁ〜ん、魂胆が読めたわ。月、これ以上深入りしちゃぁ駄目。コイツ、ボク達を秘密の共有をさせる事
 で取り込もうって腹積もりよ。それでボク達が逆らえない状態にした挙句に何かいやらしい事をさせようとしてるんでしょう!
 近寄らないで! この悪党! 変態!」
「ふえぇ……、詠ちゃん?」
  そう口にして詠は一刀と月の間に入り、月を庇う様な仕草を見せる。流石の一刀も詠の少々飛躍した論理に呆れた様な顔を見せ
 ていた。
  もちろん詠の口にしたような事は微塵も考えていなかった一刀である。二人がこの事を吹聴などしないと信用もしている。そし
 て自分のほんの一言からよくもそんな論理に発展したものだと呆れながらも感心していた。しかし、何故か結論が一々いやらしい
 事に結び付く理不尽さには一刀も納得のいかないところでもあった。
「あのなぁ詠……」
「詠ちゃん、考え過ぎだよぅ……。それにわたしは別に……」
「ちょっと月! 何て事言ってるの!」
  そう頬を赤らめながら月が口にした言葉を聞いて詠は月の方へと振り返る。そして、今は往来である事も忘れ余り他人には聞か
 せられない様な事を口にしている詠。二人の見慣れぬ衣装も相まって、辺りの者達も物珍しげな表情でそれを眺めている。彼等の
 視線を感じとった一刀は出来るだけ他人の振りをしてはいるものの、詠が月と話している所々で一刀を指差す為にそれは報われな
 い努力となっていた。
  「どうせ日頃の行いの所為ですよ」と自虐的な事を心に思う一刀であった。

  補足すると、詠があの様な結論に至った原因の一つに程仲徳こと風の一言があった。城内を歩いていた詠を知ってか知らずか、
 まるで独り言の様に「お兄さんは人との付き合いが上手いですねぇ。いや、絡め取ると言った方が的確ですか……。その辺りは風
 も見習わなければいけません」と、少々芝居がかった口調で呟いたのである。そんな風の言葉を聞かされた詠もその時点では大し
 て気に留めること等はなかった。だが、その一言が心に残っていたのは確かで、それが先程の一刀の言葉と結び付いてあの結論へ
 と至ったのである。
  もちろん、風は間違いなく詠を意識してそれを口にしていた。そう、風は小さな事からコツコツと一刀への意趣返しをしていた
 のである。

  華蝶仮面について言い合っていた翠と星は、話が一段落したのか、もしくは翠が星に言い負かされたのか、一刀の側で何事か言
 い合っている月と詠に気が付き一刀達の方へと近付いて来た。
「なぁ一刀殿、あの二人は道の真ん中で何をやってるんだ?」
「ふむ、余り年頃の娘が往来で話す事とは思えませんな」
  そう一刀に話し掛ける翠と星。そんな二人に一度顔を向けるが、一刀は直ぐに呆れた様な顔付きで月と詠の方へと視線を戻した。
 話の内容こそお互いに違うが、往来でする話かと言えばどっちもどっちだろうと一刀は内心思うが口には出さない。
「あぁ〜、ほっといていいんじゃないかな。と言うか、余り関わりたくない。まぁ、軍師によくある考え過ぎってやつさ」
「ふ〜ん……。一刀殿達は明日で長安から引き上げるんだろ? 何だかあっという間だったなぁ」
  一刀から話を聞いた翠は月達の話に興味を感じなかったのかあっさりと話を変えた。そんな翠に一刀はこれ幸いにと話を合わせ
 る。そして無理だとは判っていたが、長安に行くと聞いた時に思い付いた事を口にした。
「だね。時間さえあれば、翠や蒲公英に案内してもらって西涼をゆっくり見て回りたかったんだけどな」
「本当に?」
「ああ」
「うん、いいな。わたしも長く帰ってないし、前に帰った時もゆっくりも出来なかったからな」
  一刀の言葉を聞いて翠は表情を変える。一刀が魏以外の地域にかなりの興味を持っている事は翠も一刀の話を聞いて感じてはい
 たが、自分の故郷をそしてそこの案内に自分の名前が出た事が純粋に嬉しかった。
「一刀殿、某でも案内なら出来ますぞ」
  そして喜色を浮かべている翠を横目に星が口を開いた。
「なぁ星。こう言う時は譲るもんだろう」
「ぬぅ……」
  翠の抗議に明らかな不満顔を見せる星。だが、星の見せた不満は翠の抗議にではなく、どうやら一刀の話を聞いてから一刀と翠
 の二人が醸し出す雰囲気の方である様だった。
  顔では平静を装っている星であったが、握った拳には力が篭っている。だが、今は誰もそれに気付く者はいなかった。



  長安行幸最後の夜とあって、豪華な宴が催されていた。しかも宴の冒頭には帝も顔を出し御言葉を賜ると言う演出もあり、そこ
 に地方の公演先から掛け付けた役満☆姉妹も加わって、益々華やかさが加わる。もちろん帝と一部の者は中座したが、宴自体はか
 なり遅くにまで続いていた。
  かく言う一刀も帝と共に中座し、その後は帝の側で帝が眠りに付くまで話し相手となっていた。日頃、朝廷の行事等に疲れた顔
 を見せる事もある帝であったが、行幸中は一刀が身近に居り顔を合わせる頻度が多い為にかなり機嫌が良い様に近従達も感じてい
 る。
  この夜も一刀の話す天の国の事や翠達から聞いた西涼の事、そして蜀の面々の事等を眠りに付くまで上機嫌で聞く帝であった。

  帝から解放された一刀は今一度宴の会場に足を伸ばす。会場では明日帰路に着く魏の面々の一部や料理を堪能した蜀の面々の一
 部の姿は既に見えなかったものの、地元の有力者の多くはまだその場に残っており、その面々と一刀は挨拶を交わしていく。一刀
 のその丁寧な対応に地元の有力者達の顔も綻ぶ。それを見る限りでは一刀の初外交は上々の滑り出しと言えた。

  その後は、公演先にとんぼ返りするという張角こと天和達に声を掛ける為に向かう一刀。天和達の控え室に顔を出した瞬間から
 三人に纏わり付かれていた。
  一刀の労いの言葉と近況の質問に対し、活動が順調である事が誇らしいのか一刀に注目されたいのか天和と地和は我先にと話し
 始める。そして二人の少々誇張された大げさな話に人和が少ないながらも的確に訂正(突っ込み)を入れると言う何時もどおりの
 展開であった。そんな変わらぬ三人を見て感じて安心する一刀である。
「もう! お姉ちゃん、何時まで一刀に抱きついてるのよ!」
「だって〜……、ずっと公演続きでちっとも一刀とゆっくり出来なかったんだもん」
「しょうがないじゃない! 銭ゲバれんほーがぎっちり予定入れちゃったんだから! それに大陸制覇だぁってお姉ちゃんも言って
 たじゃない!」
「…………」
「なによ! 何か言いたい事があるなら言いなさいよれんほー」
「一刀分の補給……。ちぃねえさん五月蝿い……」
「きぃぃぃぃ! だから二人とも一刀から離れなさいよ! ちぃの場所が無いじゃない!!」
  顔を真っ赤にしながら張宝こと地和が二人を引き剥がそうとするも、二人は断固として放れようとしない。一刀がこちらに還っ
 て来て以降、三人は公演の関係で殆ど洛陽に留まる事が出来なかった。そんな事もあってか、少しの時間でも一刀の側に居たいと
 言う乙女心でもある。
  そんな気持ちを一刀も察したのか、正面から抱きついていた天和を少しずらすと空いた左手で地和を引き寄せた。急に抱き締め
 られた地和は一瞬驚いた表情を見せるものの、一刀に抱き締められている今の状況に満足したのか和らいだ表情へと変わっていく。

  少々話は逸れるが、以前の様に数え役満☆姉妹は一刀の管理下には今はいない。だが過去の経歴が経歴なので他の旅芸人等とは
 違い現在も魏の管理下には置かれているものの、現在は新しく創設された情報部の管轄下である。対外的には魏の管轄下から独立
 した事になってはいるが(そうでないと魏国外での活動に支障が出る)、彼女達の市井の者達への影響力は未だ看過出来ないもの
 があり、一刀が消えてしまった以降は彼女達の暴走も懸念されたからであった。
  一刀が消えた直後は三人が精神的に不安定になってしまい、ステージの上でも一刀を思い出しては泣き出してしまう事もしばし
 ばで、それを見た事情の判らぬ数え役満☆姉妹の[ふあん]達が公演後に騒動を起こす事もあった。そんな一見些細な事と思われ
 た一件がまかり間違って再び黄巾の再現となってはならぬとの事で、曹孟徳こと華琳の指示で三人を監督する部門が新設されたの
 である。
  いくら以前に比べ情勢が落ち着いたと言えども、民の不満が解消された訳ではない。特に地方では中央に比べて依然として格差
 が残っている。そんな不満の解消に送り込んだ数え役満☆姉妹が元で、その不満が大きくなっては意味がない。[ふあん]同士の
 小競り合いならまだしも、それが大きなうねりとなり中央に向かう等は言語道断である。
  そんな彼女達を監督していた部署が情報部へと後日昇格するのであった。その理由としては、彼女達の付き人であれば容易にそ
 れなりの人数がほぼ無審査で他国へと入る事が出来たからである。それに目をつけた程仲徳こと風の発案でもあった。
  だが、当初こそ自由に動けてはいたが、今は少々やり辛くなっている。他国の軍師達もただのお人好しでも間抜けでもない。三
 人の付き人の面々が全てただの市井の者達ではない事等は大した時を置く事も無く見透かしていた。ただし、おおっぴらに重要拠
 点や施設の諜報活動等をおこなわない為に『お目こぼし』をしているだけである。もちろん魏の軍師達と顔を合わせる度にやんわ
 りと釘を刺す事は言わずもがなであった。
  そして、三人の精神的な安定には于文則こと沙和やなじみの北郷隊の面々等の尽力があった事も付け加えておく。

  三人が抱付いたまま話をしているうちに、段々と今までとは違った色の雰囲気を醸し出し始める天和達。天和はこれ見よがしに
 胸を一刀に押し付け始めるし、背中の人和も一刀に抱きついている腕に力が入っている。一刀の首に手を回した地和の瞳は潤み、
 彼女の吐息は熱を帯びていた。
  そんな彼女達の発するモノに気が付かない一刀ではない。一刀は確認するかの様に天和達の感じやすい部分に指を這わせる。も
 ちろん三人はそんな一刀の仕草を躊躇する事無く受け入れた。そしてそれを合図と受け取った三人は着ているものを煩わしそうに
 肌蹴始める。
「一刀さん!!」
  そう口にした人和が強引に口づけを始める。出遅れた形となった天和と地和であったが、二人共より敏感な部分を一刀に指で愛
 撫されている為に、身体を硬くしながら小さく声を発するのみでそれ以上の行動には移れなかった。
  口付けを続けている人和も少々暴走気味であった為か、一刀との口付けから与えられている以上の快感を感じている様である。
 一刀の頭部を支える様に触れていた手は細かく震えているし、当初は閉じていた瞳も今は六割ほど開かれているが、その瞳は焦点
 が定まっているとは言えない状態であった。
  三人の共通している点といえば、時折小さいながらもハッキリと何度もまるで痙攣でも起こした様に身体を震わせている事であ
 る。どうやら小さいながらも何度も軽く達している様が見て取れた。
  そんな快感の連続に耐えられなくなった人和が一刀から離れ、一刀の体を滑る様に力なく膝を付いた。それを見た天和と地和が
 一刀を押し倒す。そしてお互いの顔を近づけながら口を開いた。
「今度は私達が……」
「一刀を気持ち良くさせてあげる……」
  そう口にして一刀の肌蹴られた胸元に唇を這わせ始める天和と地和。二人の唇は一刀の服を脱がしながら腹部へと、そして下半
 身へと近付いていく。
「あはっ、一刀くん元気、元気」
「当たり前じゃない。ちぃ達がこんな事してあげるのは一刀だけなんだからね」
  そう口にした二人は一刀のそれに顔を近づける。先ずはチロチロと舌を這わせる二人。そんな二人の行為にもどかしさを感じて
 いた一刀であったが、どうやら一刀より先に二人の方が我慢出来なくなったのか次第に舌の這わせ方が深く大胆に変わっていく。
 そこに人和も加わり、三人は奪い合う様に交互に一刀のモノを口に咥え始めた。淫猥な音を部屋に響かせながら三人は上目使いで
 一刀にそれを求める。そんな三人を見た一刀は気持ちの赴くまま上り詰めていき、三人もそれを敏感に感じ取る。そしてその頂点
 に合わせる様にその時それを口にした地和の口の中へ一刀は放つ。その前兆を感じていた地和は、一刀のそれを一滴足りと漏らさ
 ぬ為に無理矢理一刀のソレを一刀が放ち終わるまで根元まで深く咥え込んでいた。
「んんっ」
  その瞬間地和は小さくぐぐもった様な声をあげるものの、決して漏らす事無く全てを受け止めようとしていた。そして放たれる
 のが終わった事を確認すると、ゆっくりとソレから口を離す。そのまま膝立ちになった地和は、顔に手を当て上気した恍惚の表情
 のまま口にある一刀の放ったモノをゆっくりと嚥下していく。ソレが終った時、地和は小さく声を出しながら息を吐いた。未だそ
 の恍惚とした表情は変わる事無く、地和の痛いほどに隆起した乳首が今の彼女の気持ちを物語っていた。
「今度は……、お姉ちゃんの……番……らか……ら……ね……」
  二人に当てられたのか、既にかなり極まっている天和が一刀に跨ってくる。呂律も回っていないし、身体は小さく震えている。
 一刀のモノを自らの中へ導こうとするものの、気ばかり焦るのか上手くいかない。
「姉さん……、ここ」
「れんほーちゃん、ダメ……今……いきなりは! あっ! んああぁぁぁ……!!」
  人和の補助でいきなり一刀のモノを自分の奥深くまで受け入れた天和は、身体を仰け反れせながら大きく嬌声を上げる。眼は大
 きく見開き、口も開かれ動かしてはいるが言葉にならない。反らした身体は硬直したまま痙攣した様に細かく震えていた。その硬
 直が解けると天和は荒い息のまま口を開く。
「ご、ごめん一刀。入れただけで……いっちゃった……」
「天和……。無理は……」
「ううん、大丈夫。もっと、もぉぉっと、一刀を気持ち良くさせてあげるから。……んっ? ……あれ?」
「どうしたの天和?」
「ごめん。何だか……腰が……抜けちゃったみたい」
  そう口にして照れた様な表情を見せる天和。そんな天和に地和が抱きついてきた。
「だめねぇ〜、おねぇちゃん。ほら……、地和も手伝ってあげるから」
「だめよ、ちーちゃん。ああんっっ……! まっ、未ださっきの波が収まって……」
「ねぇさんが終われば、次はわたし……」
「れっ、れんほーちゃんも……くっ……あっあぁぁぁ。だっ……そんな……とこ……うっ、くっあぁぁぁ……!」

  しばらくの間、その部屋から嬌声が途切れる事はなかった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  数え役満☆姉妹達との逢瀬を終えた一刀は自分に割り当てられた部屋へと向かっていた。本当なら中々ゆっくりと過ごせない天
 和達とは出来る限り一緒に、出来れば朝まで側に居てやりたいと思う一刀であったが、お互いに次の日の事もあったのでそうも言っ
 てはいられない。特に天和達は一刀達よりもかなり早い時間に長安を立つ予定であった。そんな事情もあり、一刀は短時間ではあっ
 たが濃厚な時間を三人と過ごした心積もりである。実際一刀が部屋を後にする時、三人は満足気な寝顔でスウスウと寝息を立てて
 いた事も事実であったが、一刀が三人の部屋を後にする時後ろ髪を引かれた事も事実であった。
  部屋へと帰る道すがら、所々でバタバタとしている者達も見受けられたが、概ね平穏な夜と言えた。

  人気の無い自分の部屋へと到着した一刀。部屋に戻るのが遅くなるであろうと予想した一刀は、あらかじめ月達に先に休むよう
 に伝えていた。そう言っておかなければ、月は一刀が部屋に戻ってくるまでずっと待っているからである。今回それを伝えた時、
 月がその柳眉を下げ「お帰りになるまでお待ちします」と上目遣いで懇願された時は、その健気さに思わず抱き締めそうになった。
  だが、何時戻ってきても良いように部屋に明かりを灯し、着替えの夜着や水差しを用意してくれている月の配慮を見て、出迎え
 てくれる月の姿が無い事を寂しくも思う一刀でもある。
  そして月の用意してくれた夜着に袖を通しながら、この数日間自分の身の回りの世話をしてくれた月の事を思う。新たに屋敷を
 与えられた事で以前とは違い側仕えの女官等に着付けを世話される事にも大分慣れた心算であったが、やはり小市民の性から抜け
 出せ切れていない照れや遠慮があった。しかし、そんな一刀の言葉を押し切って甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼く健気な月の姿
 に癒されていたのも紛れもない事実である。
「自分で断っておいて、いざ居ないともの寂しいなんてなぁ……」
  そんな事をポソリと呟く一刀。「ふう〜」と大きな息を吐くと灯している明かりを消して回る。そして寝台に潜り込んだ時、明
 かりの消えた部屋の入り口の所に人の気配を感じた。
「だっ、誰かな?」
  思わず少々間抜けな声をあげる一刀。未だ暗闇に目が慣れていない為にその姿がハッキリとは見る事が出来ないでいた。
  「侵入者か?」とも思ったが、帝もおわし普段以上に警戒厳重な長安の城内に易々と侵入できる者など考えられない。周幼平こ
 と明命を一瞬思い浮かべた一刀であるが、今の一刀と明命との関係ならば明命は一刀に警戒させない様に一言声を掛けてくるだろ
 う。それに帝の長安行幸に間者を送り込んだ等と知られる事など呉にとってリスクにしかならない(後で判るが、実際は明命を送
 り込んでいた)。それに楽文謙こと凪や夏侯妙才こと秋蘭ならいざ知らず、一刀相手に易々と気配を感じさせる等は侵入者として
 は落第点である。
  そんな事を次第に近付いてくる気配を感じながら考えていた一刀であるが、その気配の主から殺気らしき威圧感は感じなかった
 為に困惑していたと言うのが正直なところである。だが、こちらに意識が集中している事だけはハッキリと感じていた。
  そして、目を細め賢明にそれを確認しようとしていた一刀の目に入って来たモノは、暗闇に浮かび上がる白い衣装を纏った女性
 であった。

「星?」
  一刀の発した言葉にを聞いたその主の発していたモノがスッと和らいだ様な気がした。そして暗闇の中でも十分に顔が認識でき
 る所にまで近付いた趙子龍こと星が口を開いた。
「待ちかねましたぞ一刀殿」
  そう口にしながら笑顔を見せる星。だが、一刀は星の笑顔がひどくぎこちなく見えた。少なくとも普段のあの飄々とした余裕の
 笑顔ではない。
「どうしたの? こんな時間……に……」
  そう口にした一刀の言葉が途切れる様な出来事が目の前で起こる。微かな衣擦れの音をさせながら星は一糸纏わぬ姿になった。
  均整の整った身体を、見事な形としか言い様の無い乳房を、そのくびれた腰つきを。
  武を極めんとする者とは思えぬ、柔らかで、そして傷どころかシミ一つ無い身体を惜しげもなく曝していた。
  そんな暗闇の中で一際白く浮かび上がる星の裸体を一刀はただ黙って見詰めていた。いや、見蕩れていた。
「中々お呼びが掛からぬ故、こちらから推参いたしました」
  そう口にしながら星は一刀の居る寝台の方へと近付いて行く。そして寝台に片膝を付き、一刀に追い被さる様な体勢をとりなが
 ら再び口を開いた。
「流石は[魏の種馬]と呼ばれるだけはありますな。女子のこの様な姿を見ても何ら動じる事が無いとは」
  一刀はやはりそう口にした星が酷く余裕が無いように感じられた。よく見れば星の唇や指先は細かに振るえ、肌には薄っすらと
 汗も掻いている。顔から胸元にかけて赤く染まっているのは、興奮しているのではなく羞恥からの様に感じた。そして、その落ち
 着かず必死に一刀を見詰め続け様としている瞳は、何かに怯えている様にも見える。
  実際、一刀も星が言った様に余裕があるわけでは決してない。内心では十分に動揺している。だが、そんな一刀にでも先に述べ
 た様な事は容易に見て取れた。
「星。何を無理してるの?」
  一刀の一言で星の表情が一変する。そして、再びぎこちない笑顔を作る。
「なっ、何を藪から棒に……。決して無理など……」
「星」
  一刀の再びの声に星は俯く。一刀はかなり無理をしているだろう星を諭すように落ち着いた声を出した心算であったが、もしか
 すると星は違う風に受け取ったのかもしれない。寝台についていた掌には力が篭っていた。
「何故なのです……」
「星?」
「何故私ではないのですか?! わたしでは……」
「…………」
  そう声をあげながら上げた星の瞳には大粒の涙が光っていた。そんな涙ながらに訴える星の一途な視線に一刀は何も答えられな
 かった。
「華琳殿や本初殿……白蓮殿や愛紗や翠にあって、私に足りないモノは何なのですか? 教えて下さい……一刀殿……」
  そう叫ぶ様に、吐き出す様に声にした星は再び俯いてしまう。星は一刀の夜着の胸元の握り締めながら肩を震わせて泣いている。
  そんな星の姿を見て、一刀は様々な思いが過ぎった。
  普段の飄々とした星を。
  この世界で初めて出会った時の凛とした戦人の顔の星を。
  蝶の仮面を付け颯爽たる風姿の星を。
  そして、襄陽での月を見上げていた憂いの横顔の星を。
  そして自分自身再確認する。再会する度に、新たな面を発見する度に、星に惹かれていく自分を。
「星……、星に足りないものなんか無いよ」
  一刀はそう口にしながら、震わせている星の肩に手を当てる。星を脅かせぬ様に、慎重に、優しく。
「では……、何故……」
「普段の星を見ていたら、確固たる何かを心に持っている……信念を持っている女性だなって。これは誠心誠意をもって向かい合わ
 なきゃって思ったんだよ」
「わたしは、そんな出来た人間ではありませぬ。弱い人間です。……それに、愛紗や白蓮殿は御自信から抱き締めたではありません
 か」
「御自身からって……。あの時は二人とも……こう何て言うか、弱々しいではないな……そうっ、儚げに見えたんだよ。
 って言うか、愛紗はともかく、白蓮との事見てたの?」
「……わたしはそんなに可愛げがありませんか?」
「そう言う意味じゃないって」
  一刀は未だ一刀の胸の上で俯いたままの星の頭を撫ぜながらそう言葉を返した。自分に身体を寄せている星からの発するものが、
 先程と比べて随分と和らいでいる事に安堵もしている。
  そして少し顔を挙げ、上目遣いのまま星は口を開いた。
「では一刀殿。わたしを女子として見て下さるか?」
「いや、ずっと見てたって」
「…………」
  一刀の言葉を聞いた星は口をつぐんでしまう。
  星が、今回の様な行動を起こした理由の一つがこの事であったと言えるかもしれない。もちろん、翠や愛紗達に先を越されたと
 言う気持ちや、程仲徳こと風の無駄な煽りも理由の一つではあるが、自分は女として一刀に見られていないのではないかと言う漠
 然とした不安があった。
  それに、「三国でいの一番に北郷一刀と出会ったのは誰あろうこの趙子龍である」と言う自負を持ってはいるものの、蜀陣営の
 中での「女の争い」では後塵を拝しているとも感じていた。
  そして、陣営の違いや一刀の現在の赴任地が遠方であると言う事もあり、決して付き合いが多いと言う事は無いが、この長安で
 顔を合わせた時の一刀の接し方には少々納得のいかない事がある。それは良く言えばさっぱりと、悪く言えば淡白だと星は思って
 いた。
  周りから見ればよく一緒に居る事に羨ましがる声もあったが、当事者の星にしてみれば心地よい関係と言うだけでは承服できな
 い。確かに一刀が言っていた様に、一刀にしてみれば自分の事を真剣に考えていてくれたのかもしれないが、星にとって見れば自
 分を女性と、いや魅力ある異性として一刀が見ていないのではないかとも思えた。
  自分との付き合い方は男友達のそれに近いのではないかとも。このままでは、「一刀の親友」と言う立ち位置は手に入れても、
 「一刀の女」にはなれないのではないかとも。
「で、では一刀殿。言葉ではなく、態度で示してくだされ」
  照れながらも真っ直ぐに一刀の眼を見ながらそう口にした星に一刀も気持ちを切り替えた。今の星を見ていれば、かなり無理を
 している事は明白である。すると、普段の星の態度がどう言う意味を持っていたのかと言う事が一刀の中で氷解していく。
  星の性格を多少なりとも理解した心算で自分がとっていた行動が彼女を追い詰めていたのならば、全ての責任は自分にあるであ
 ろうと考えた一刀は行動に移る。
「星……」
  一刀はそう穏やかに語りかけながら、ゆっくりと星に己の体重をかける事無く自分と星の今の位置を入れ替える。
「……我が、主よ……」
  今迄とは逆に、一刀を見上げる形となった星。そして、その先に在る一刀の瞳を見て己の望みが叶う事を悟り、身体の内から湧
 き上がる歓喜と共に満面の笑みとその言葉を返した。

  全てを一刀に委ね、星は瞳を閉じる。
  それを理解して、一刀は優しく星に唇を重ねた。

  何時までも続くと感じていた口づけ。息が続かなくなったものの、頭の芯から痺れた様な心持ちの中「このままこの男の腕の中
 で死ねるならそれも本望だ」と思っていた星であったが、その行為は突然終わりを告げた。僅かに離れた一刀の顔を朦朧とした意
 識のまま、そして口付けの終わりを心の隅で心残りに思いながら目で追う。だが、目を合わせた一刀が微笑みの後に自分の首筋へ
 と再び口付けた時、星の身体に衝撃が走った。
  肩を、胸を、腰を、太ももを……。
  一刀の手が自分の身体に触れる度に連続してそれが起こる。その度に星は身体を震わせ、歓喜の声を上げていた。
  既に己の身体を開ききり、全てを一刀に委ねている星であったが、快楽に耐え切れなくなり無意識に一刀に背を向けうつ伏せに
 なる。たが、そんな事で星への手を休める一刀ではない。そのまま星の背中へと口づけを続けていく。背中を丸めたり反らしなが
 ら一刀からの口づけを受け続ける星。そんな星を一刀は優しく抱え上げると星を自分の方へと向き直させ、星を自分の膝の上に座
 らせる。
  そして、上気して呆けている顔を見せている星の耳元に顔を近づけささやいた。
「愛しているよ……、星」
  その言葉を聞いた星は反射的に一刀にしがみ付くように抱き付いた。その言葉を聞いた瞬間から星の頭の中は歓喜に溢れ、真っ
 白な光が何度も連続して爆発している様な感覚に支配されている。星も同じ様に一刀の耳元で何かを口にしようとするが、ただ口
 を開け閉めするだけで言葉にならない。ただ一刀を抱き締める腕に力を込め続けていた。

  そして再び一刀の愛撫が始まる。抱き合ったまま寝台へと倒れこみ、一刀は星の胸元へと口づけていく。乳房を、そして痛いほ
 どに隆起した乳首を一刀の口に含まれた時、星は益々大きな嬌声を上げる。
  それに呼応する様に一刀の指が星の下腹部へ、彼女の敏感な場所へと伸びる。星もそれを拒絶する事無く受け入れるが、身体を
 硬くしていくのを一刀も感じていた。そして一刀の唇が星の乳房の付け根の辺りに触れた時、星がこの夜で一番大きな嬌声を上げ
 た。
「あっ、あああぁぁぁ……!!」
  身体を仰け反らせ、大きく瞳を開きながら声を上げた星であったが、次の瞬間急に糸の切れた操り人形の様に力が抜け寝台に横
 たわってしまった。
「星?」
  そんな星に驚いた一刀が声を掛けるが反応は無い。僅かに身体を震わせては居るものの、星は気を失っていた。
「……あ〜、どうしたもんかなこれは……」
  星の乱れた前髪を指で整えながらそう呟く一刀。すうすうと寝息を立て始めた星を一刀は困った様に、愛おしむ様に見詰めてい
 た。

  そして一刀は悶々とした気持ちを抑えながら、眠れぬ夜を過ごすのである。一刀が何とか眠りに付いたのは夜明け間近であった
 と言う。
  この夜の事は、一刀の中で『長安の生殺しの夜』として深く心に刻み込まれたとも言われている。



  一刀がやっと眠りに付いた頃、星が目を覚ました。
  いきなり上半身を起こすと、首を振りながら今の自分の置かれた立場を確認する。そして自分の横で眠っている一刀を目にして
 口を開いた。
「……一刀……殿?」
  星がそう呟いた瞬間、今夜の事を思い出す。
「(そっ、そうだ……、今宵一刀殿にわたしは……)」
  曖昧な記憶もあるものの、大筋を思い出した星は思わず自分の頬に手を当てる。恐らく今の自分は耳の先から首筋まで真っ赤に
 染まっているであろう事は容易に想像出来た。そして暫くの間、何やら思い出しては眉間に皺を寄せたり、呆けた様な顔をしたり、
 一刀の眠っている横で一人百面相を続けている。
  だが、ふと外の景色が目に入った時に我に戻る。
「(いっいかん! もうこんな刻限ではないか)」
  そう思った星は一刀を起こさぬ様寝台から抜け出すと、床に脱ぎ捨てていた自分の衣装をかき集める。かき集めた衣装を身に付
 け、振り返ると再び一刀の寝顔が目に入った。
  慎重に一刀の側へと近付き、床に跪くとまじまじと一刀の寝顔を眺める。
「わたしを受け入れてくれて嬉しかったですぞ我が主よ」
  そう小さく呟くと星は一刀の頬に唇を重ねた。そしてもう一度一刀の顔を眺めた星は音も立てずに一刀の部屋を後にするのであっ
 た。


  一刀の部屋を後にした星は、未だ人も姿もまばらな早朝の城の廊下を上機嫌で闊歩していた。普段と何ら変わらぬ朝の景色であっ
 たが、今朝ばかりは何故か全てが輝いて見える。
「(いや、月殿が目覚める前に動けたのは僥倖であった。あの御仁、本人も気付いておらぬが、少々嫉妬深いところが見受けられる
 ……。
 だが、今宵にて某も魏の面々と同列とはいかぬが、同じ舞台に立ったと言える)」
  そんな事を廊下の窓辺に佇み、外の景色を眺めながら星は思う。そしてその場を立ち去ろうとした時、再び外の景色に目をやり
 ながら星は呟いた。
「話では初めての時は痛みを伴うと聞き及んでいたのだが……、その様な事は皆無であったな。
 うん、流石は[魏の種馬]と言われる事だけはある、相手に苦痛を与えぬ術を心得ておられるとは……、趙子龍は果報者ですな」
  そう口にすると誰に見せるでもなく満面の笑顔になる星。そして、再び意気揚々と歩み始める星であった。

  ちなみに、星が事の真実を知るのは暫く後の事である。



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  長安行幸も終わり、普段通りの日常に戻った魏の面々。一つ違う事があるとすれば、一刀の襄陽への帰還が年明けになった事で
 あろうか。事の発端は魏北部の異民族の使節団の訪問が揚げられ、その使節が北郷一刀との面会を希望した事もある。だが、最大
 の理由は帝の一声であった。
  洛陽へと戻った時、帝に拝謁した華琳と一刀。その折に帝からしばらく洛陽にて落ち着いてはどうかと言われれば、その言葉を
 無碍にするわけにもいかない。襄陽の開発も順調で、大きな不具合も遅延もない事から帝の言葉に従う事となった。
  無論これについて表立って異議を唱える者は居ない。一刀が洛陽に居る事は皆にとっても喜ばしい事であると言える。

  その一刀は今騎兵隊の牧場に居た。以前烏丸との取引で手に入れた馬を蜀に引き渡す為、公孫伯珪こと白蓮と魏文長こと焔耶、
 そして袁公路こと美羽と張勲こと七乃が訪れていたからである。

  この人選については蜀内部で一悶着あった。洛陽の袁本初こと麗羽を訪ねる美羽と七乃は別として、幽州馬の引渡しと言う事で
 白蓮は順当であると思われたが、長安での一件の事もあり皆素直に送り出すと言う訳にはいかず渋々というのが本音である。
  一方の焔耶は、長安での一刀との一件もあり関係改善の為と、桔梗の「蜀の外も目にして参れ」との一言が決まり手であった。
 もちろん自分がと言う声も多かったが、前回洛陽を訪れた者達は早々に除外され、国主の劉玄徳こと桃香や江陵の太守の任がある
 関雲長こと愛紗達も外れた。そして、年明けに長安の一件で別に帝への返礼に訪れる事になっている月達も除外されると、残るは
 馬岱こと蒲公英と焔耶である。馬の扱いに慣れている蒲公英が最右翼であると思われていたが、前述の通り桔梗の一言で焔耶となっ
 た。
  この決定に強く不満を見せていた桃香と蒲公英であったが、皆の意識は焔耶に向けられていた。桔梗の一言があったとしても、
 焔耶がこの決定を異論も反発も見せる事無く、淡々と受けたことである。
  てっきりこの決定に焔耶が反発し、自分にお鉢が回ってくると楽観していた蒲公英にとって肩透かし以外の何物でもなかった。

  広大でよく手入れも行き届き、充実した施設を持つ牧場を目にしながら一刀や白蓮達が目的の場所へと向かっている。途中合流
 した張文遠こと霞に今の馬の状態について聞いていると、白蓮は以前に見知った者達が目に入った。
  それは過去白蓮の元に居た家臣や部下達。麗羽との戦の後、麗羽の陣営に吸収されていた者達やそれを善しとしなかった者達が
 巡り巡って今は魏の配下として騎兵隊の運営に携わっていた。彼らの今の元気な姿を目に出来た事で安堵していた白蓮であったが、
 流石に声を掛けることは躊躇われた。戦に破れ落ち延びて蜀に拾われた白蓮にしてみれば、彼らに対し自責の念と負い目しかない。
 だが、白蓮の姿を見た彼らは戸惑う事無く白蓮の元へと集まって来た。そして口々に白蓮を気遣う言葉を口にする。
  そんな彼らの言葉にただ頭の下がり涙の出る思いの白蓮。お互いに声を掛け合い、泣き笑いの表情で再会を祝い合う。
  その光景を笑顔で見届ける一刀達であった。



  馬の確認が一段落した白蓮達は一刀の屋敷へと招待されていた。本来なら白蓮達は洛陽の城に逗留するのが定石であるが、それ
 を半ば強引に美羽達と一緒に一刀の屋敷へと連れ帰ったのは麗羽であった。招待と言えば聞こえが良いが、実際は殆ど拉致であっ
 た。
  突然の事に目を白黒させながら連れて来られた白蓮と焔耶。応接の間に通され一刀の屋敷にある見慣れぬ調度品等に歓声を上げ
 る美羽と七乃を尻目に、白蓮と焔耶は以前ここを訪れた諸葛孔明こと朱里達と同様に言葉を失っていた。
「朱里達に聞いてはいたけど、凄いな」
「ああ……、これは何だ?」
「おっ、おい。勝手にいじって壊したりするなよ」
「おっ、おう……」
  そんな会話を交わしている白蓮と焔耶。一刀に言わせれば、「大したモノは置いていない」と言うであろうが、現代日本では観
 光地のお土産レベルの物でもこちらの人間にしてみれば超が付くほどの珍品である。朱里達ですら目を奪われたのだから二人がそ
 の様な反応を見せるのも致し方ない。
  そして少々気後れした白蓮が見慣れぬ造型の庭へと目を向けているとそこに一刀が現れた。
「二人とも今日はご苦労様。食事の用意が出来たから行こう。今夜は流琉が腕によりをかけたから期待して……あれ? 美羽は?」
  一刀の言葉に二人は部屋の中をキョロキョロと見渡していた。一刀の屋敷に気を取られていた二人は美羽と七乃が部屋から出て
 いった事に気が付いていなかった。
「あれっ? さっきまでそこに……」
  白蓮がそう口にした時、庭の方から美羽の声がした。
「おおっ、一刀兄さま! この庭は面白いのじゃ。何と言う庭かの?」
「美羽。ご飯だから戻っておいで」
「おう、そうなのかや? 七乃戻るぞ!」
「は〜い、お嬢さま」
  庭を走っている美羽を笑顔で見ている一刀に白蓮が話し掛ける。
「すっかり懐いたみたいだな」
「うん、オレも新しい妹が出来たみたいで嬉しいよ」
「ふ〜ん……」
「何だよ?」
「んんっ。何時まで妹なんだろうなぁって思って」
「どう言う意味だよ?」
「どうなんだろうなぁ……」
  白蓮の意味ありげな表情にあからさまに不満を訴える一刀。そしてそんな二人の会話にジトっとした視線を向ける焔耶。そんな
 二人に目を向けながら一刀は溜息を吐く。そして、どうせ取り合ってはもらえないだろうと思いながらも口を開いた。
「蜀でどんなオレの評判が立っているかは知らないけど……」
「知らないけど?」
  白蓮と焔耶が声を揃えて言葉を返した。
「知らないけど! オレにだって分別はある!」
「へ〜」
「ほ〜」
  限りなく棒読みな返事をした二人。案の定、予想通りな答えに一刀はこれ以上何を言っても墓穴を掘るだけであろうと悟ってい
 た。
「兄様、どうしたのです? 食事の準備は……何ですこの雰囲気?」
「一刀兄さま、早くご飯に……。なんじゃ、お主等……?」
  一刀達の居る部屋に入って来た典韋こと流琉や美羽も今の重苦しい雰囲気を察する。そんな雰囲気の元凶である三人を二人は順
 に目で追っていた。そして、この雰囲気を打破しようと一刀が口を開いた。
「さっさあ皆、食事に……」
「ほら美羽、御呼ばれになろうぜ」
「そうだな、流琉のお手製なら絶品なのは確実だ」
  そう口にしながら白蓮と焔耶は流琉と美羽をつれて食事の準備されていく部屋へと向かう。流琉と美羽はチラチラと一刀の方に
 目を向けるものの、二人に押し切られ部屋を後にする。その後をクスクスと笑いながら七乃が続いて行った。
「どうせ碌な噂は立ってませんよ……。ど〜せ身から出た錆ですよ……」
  そう一人取り残された部屋で呟く一刀であった。



  食事を終え、その後に皆で歓談し、風呂も済ませ、今白蓮は自分に用意された部屋に戻っていた。部屋に置かれた品の良い調度
 品を眺めながら用意していた夜着に着替える。
「ちょっと早いけど、明日からの事を考えると今日は寝ておくか……」
  そんな事を呟きながら白蓮は寝台の方へと向かう。そして寝台の想像以上のやわらかさに驚いていた時、何の前触れも無く部屋
 の扉が開かれた。
「何だ!!」
  不意を突かれた白蓮が扉の方へと顔を向けると、そこに立っていたのは麗羽であった。
「何ですの? その様は?」
  白蓮と目の合った麗羽はそう口にする。
「それはコッチの台詞だ! 何なんだよ藪から棒に」
  そう言葉を返した白蓮を麗羽はなめる様に頭からつま先まで全身をゆっくりと眺めている。そしておもむろに溜息を吐くと口を
 開いた。
「あなた、まさかその様な格好でお側に上がる心算でしたの?」
「何だよお側にって」
「はぁ? 白蓮さん、寝言は寝てからにして下さいませ。一刀様が御寵愛くださいますのに、その様な無様な格好でお側に参る心積
 もりなのですか? と聞いているのです」
「ごっ……御寵愛って……」
  麗羽の言葉を聞いた白蓮は一瞬で顔を真っ赤に染める。白蓮とてただの初心なネンネではない。麗羽の言葉は理解できたし、麗
 羽の言った事を全く期待していなかったといえば嘘になる。
「わたしの気持ちも……。やっぱりこう言う事は手順とか……心構えとか……。それに一刀の気持ちも……、きっとアイツは受け入
 れてくれるかもしれないけど……。でも、押し付けとか同情とかでそうなるのは嫌なんだ……」
  そう白蓮は顔を赤く染めたままもじもじとしながら話す。きっとそれは白蓮の本心からの言葉だろう。そんな可愛らしい臆病さ
 を見せる白蓮を見ながら麗羽は大きく息を吐くと口を開いた。
「白蓮さん、そんな事は……」
「いいんだ、麗羽。気を使ってくれてありがたいと……」
「却下に決まっているでしょう。
 さぁ、猪々子さん斗詩さん。やっておしまいなさい!」
「了解です麗羽さま!」
「こめんなさい! 白蓮さま」
  文醜こと猪々子と顔良こと斗詩がそれぞれ何やら手に持ちながら白蓮に迫っていく。その状況を眼にしながら麗羽は大きく腕を
 広げると、芝居がかった調子で語り始めた。
「白蓮さんを当家に滞在させながら未通女のまま帰らせたとなっては袁家の、いえこの袁本初の名折れ。猪々子さん斗詩さん、徹底
 的にお願いいたしますわよ」
「れっ麗羽! 訳判んないって!! こらっ猪々子やめろ! 斗詩、何脱がせてんだよ!」
  白蓮は抵抗するものの、猪々子と斗詩の二人相手では分が悪い。二人の阿吽の呼吸も相まって、大した時もかからず着ていたも
 のを剥ぎ取られていた。
  そこに騒ぎを聞きつけた焔耶が現れる。
「おっおい、お前等何やってるんだ?」
  声だけを聞きつけた時は切迫した感もあったが、顔を覗かせた限りではそんなものは感じられない。以前に一応白蓮と麗羽は昔
 なじみだと聞いてはいた焔耶であるが、お互い国同士争った事もあるとも聞いていた。今更禍根を蒸し返したのかとも思ったが、
 目に入ってきたのは、じゃれ合っている風にも見える白蓮達三人と、それを腕を組みながら悠然と見詰めている麗羽。今の光景を
 目にした焔耶にとって不穏な雰囲気など微塵も感じられず、正直訳が判らないと言うのが本音であろう。
「たっ助けてくれ焔耶……!」
  焔耶の存在に気が付いた白蓮が声をあげる。その声を聞いて訳の判らぬまま近付こうとした焔耶を麗羽が手で制した。
「魏文長さん、今宵は伯珪さんに譲っては頂けませんこと?」
「譲る? 何を?」
  麗羽の言葉を聞いた焔耶であったが、その意味が判らない。怪訝な表情で疑問の言葉を返した。
「ええ、今宵伯珪さんは……」
「ばっばっ、馬鹿! 何言い出すんだ麗羽……!」
「違いますの?」
「えっ……」
  麗羽の言葉を聞いた白蓮が身体の動きを止めてしまう。心底驚いた風な顔で麗羽を見詰め返していた。
「そんなにお嫌なのでしたら止めにしても……」
「嫌じゃない!」
  白蓮の言葉を聞いた麗羽は納得の笑顔で口を開く。
「では猪々子さんと斗詩さん、続けてくださいな。ああ魏文長さん、そう言う訳ですので今宵はやはり伯珪さんという事で。明日は
 私達と伯珪さんでご一緒すると思いますので、魏文長さんは明後日で如何でしょうか?」
「明後日……って、だから何が?」
「ですから、一刀様の……」
「わー、わー。やめろって麗羽! 焔耶、わたしは大丈夫だから部屋に戻っていいぞ。気にしてくれて、ありがとうな。
 てっ言うか、巻き込まれる前に早くここから離れろ!」
「あっああ。よく判らないけど……」
  そう言い残してそそくさと焔耶は部屋を後にする。その時自分を見る焔耶の表情は今でも忘れられないと後日白蓮が漏らしたと
 言う。


「ふ〜、いかがですか麗羽さま」
「斗詩さん、良い仕事です」
「お〜、色々凄いですよ白蓮さま」
「色々って、どういう意味だよ」
  寝台の上にへたり込んでいる白蓮を麗羽たち三人が囲んでいる。麗羽は満足そうに、斗詩はやり遂げた風に、そして猪々子はま
 じまじと白蓮を見詰めていた。
「これで少しはマシになったと言うものですわ。初めに目にした時は何処の町娘が屋敷に忍び込んだのかと思いましたもの」
  そう思い出す様にしみじみと話す麗羽。そんな麗羽に白蓮は言葉を返した。
「悪かったな地味で……。だけどこれは、いくら一刀でもこれは引くんじゃ……」
  そう口にしながら白蓮は今の自分の格好を見直す。先程まで白蓮が身に着けていた夜着や下着は全て剥ぎ取られ、麗羽の用意し
 たものに着替えさせられていた。
  朱里から話を聞いていた白蓮はもしかすると一刀の屋敷に逗留するかもしれないと淡い期待を持って、新品の自分では十分上等
 で色っぽい夜着を用意していた心算であった。しかし、麗羽の用意したものはそれを易々と上回るものであった。上等な絹で仕立
 てられたそれは見事な光沢と今まで味わった事のない肌触りを兼ね備えていた。
  そして斗詩によって施された化粧は濃過ぎる事もも薄過ぎる事もなく、清楚な色香を漂わせている。それは白蓮を十二分に引き
 立ており、斗詩がそれを白蓮に施したと言う事は、それが一刀の好みなのだろう。
  だが、問題もあった。上等な絹と言う点は間違い無いが、麗羽の用意したそれは薄すぎて夜着の下の白蓮の身体は丸見えである。
 下着も全て剥ぎ取られている為、ほぼ全裸であった。正直、服としての体裁はなしていない。
「ここでは当たり前の事です」
  麗羽の言葉に白蓮は目を丸くしながら言葉を返した。
「……何時もこうなのか? 麗羽も?」
「当然ですわ」
  言葉通りに鷹揚に頷く麗羽。
「斗詩も……、猪々子もか?」
  白蓮と目を合わせた二人は言葉を返す事無く頬を赤く染め横を向いてしまう。その態度は肯定以外の何物でもなかった。
  そして唖然としている白蓮の腕を取った麗羽が口を開く。
「さぁ、参りますわよ」
「まっ待てって。まだ心の準備が……気持ちが」
「そんなもの、そこいらの犬にでもくれてやりなさい」
「だから、訳判らないって!」
  引きずられる様に部屋を後にする白蓮であった。


  自室で書き物に目を通していると、何やら客間の方が騒がしいと気付く一刀。大方麗羽達がじゃれているのだろうと高を括りそ
 れ以上は気にも留める事は無かった。再び書き物へと目を戻していると、しばらくしてそれも静かになる。
「さて、今夜は大人しく寝るかな」
  そう口にしながら一刀が立ち上がる。こうして外部からの来客が逗留する時は、一刀が良くも悪くも一人寝をする夜であった。
  一刀が眠る準備を終えかけた頃、部屋の扉の外から声を掛ける者が居た。
「一刀様、よろしいでしょうか?」
「麗羽? いいよ」
  一刀の了解を得て、麗羽達が部屋の中へと入ってくる。三人揃って何事だろうかと思った一刀であるが、麗羽の後ろに隠れてい
 る人影に気が付いた。
「どうしたの? それと、麗羽の後ろに居るの誰?」
  少々怪訝な顔でそう口にした一刀に麗羽は笑顔を返しながら口を開いた。
「一刀様、不束者では御座いますが幾久しくこの者をよろしくお願いいたします」
  そう口にして一礼すると麗羽は身体を横にずらす。するとそこには、必死に自分の身体を隠そうとしている白蓮の姿があった。
「白蓮!」
「あっ、あの……」
「では一刀様」
  そう言って再び深々と頭を下げ部屋を後にする麗羽達。二人残った一刀と白蓮はただ顔を見合わせながら立ちすくんでいた。
「白蓮……、これは……ええっと」
「れっ、麗羽達が急に部屋に来て……それで……」
  身体の前を手で押さえながらそれだけを何とか口にした白蓮。その顔は真っ赤に染まり恥ずかしさを前面に出しているものの、
 どこか不安げにも見える。
  そんな白蓮を唖然としたまま見詰める一刀。しばらくの沈黙の後、白蓮は一刀に背を向けると口を開いた。
「すまない……、何だか自分だけ舞い上がって……。きっ気にしないで……」
  そこまで白蓮が口にした時、一刀が後ろから抱き締めた。
「その衣装はオレのために?」
「これは麗羽が……気を使ってくれたのかな……? わたしも少しは……」
「そう……、綺麗だよ」
「本当か?」
「うん、白蓮は脱ぐと凄いんだな」
「なっ、何を! あっ……!」
  一刀は白蓮を抱え上げ、寝台の方へと向かって行く。抱え上げられた白蓮は抵抗もせず、一刀に身を委ねていた。そのまま寝台
 の脇に歩み寄ると、一刀は白蓮を抱えたままそこに腰を下ろす。そして白蓮を膝の上に座らせたまま口づけた。
  一刀は唇を離して白蓮を見詰める。見詰める先の白蓮は頬を赤く染めながら見詰め返すも、その表情には少し戸惑いの様なもの
 も見える。長安で交わした口づけに比べると一刀があっさりと離れた事を不安に感じている様だ。そんな白蓮の気持ちを察した一
 刀は、彼女を自分に正対するように身体の向きを変え自分の膝に跨らせた。そして両の手を白蓮の頬に当てると再び口づけを始め
 る。

  再びの口づけを受け入れた白蓮であったが、今回のそれは先程のものとは違う事に気付く。先程までのただ唇を重ねるだけのも
 のとは違い、今回は情熱的に激しいものであった。一刀の唇だけでなく舌が自分に触れるたびに今まで感じた事のない感覚を覚え
 る。
  だが、それを決して不快だとは感じない。一刀が自分を激しく求めているのだと思うと、喜びがそして興奮が高まっていくのを
 身体中で感じていた。
  一刀に促される様に舌を絡め合い、それが口内に触れる度に白蓮に衝撃が走る。その衝撃で徐々に頭の中は真っ白になっていき、
 今まで感じていた羞恥心や不安が頭の中から消え去っていく。そしてただ純粋に一刀を求める事に没頭していった。
  そして抱き合ったまま横たわる二人。がむしゃらに求め合い、息が続かなくなったところで二人は再び見つめ合う。白蓮は時間
 の感覚が判らなくなっているのか、かなりの間口づけをしていた様な気もするし、ほんの一瞬だった様にも感じていた。だがそん
 な事を不安に感じないほどの充実感に満ちている。
  その時、白蓮の頬に一筋涙がこぼれた。それに気が付いた白蓮は慌てて口を開いた。
「こっこれは……」
「白蓮?」
「これは、嬉しいんだ……。一刀とこうなれて、一刀のものになれて……、本当に嬉しいんだ。だから……」
「ああ、オレも嬉しいよ」
  そう口にした一刀は涙の後に口付ける。そしてその唇は頬から首筋へと愛撫していく。
「うぁっ……あっ……」
  一刀から与えられる快感に思わず声を上げる白蓮。白蓮は無意識に一刀の頭を抱き締めるが、一刀は構う事無く優しく丹念に愛
 撫を続ける。
  愛撫の度の白蓮の反応を確かめながら一刀の愛撫は胸へと続いていく。
「あっ……ああぁっ! ……ああぁぁぁっ!!」
  そして胸から下腹部へそして敏感なところへと届いた時、白蓮は一層大きな声を上げる。行き場を無くした白蓮の両の手は敷布
 を強く握り締めていた。
  白蓮の身体が十分に開いた事を確認した一刀は優しく声を掛ける。
「白蓮……」
「うん、一刀……」
  そう小さく笑顔で答えた白蓮はそっと瞳を閉じるのであった。



  白蓮を送り出した後、麗羽は美羽と七乃の部屋に顔を出していた。そして美羽を膝に乗せ、髪を梳いている。そんな麗羽に美羽
 が話しかけた。
「麗羽姉さま、何やら上機嫌のようじゃの」
「あら、判ってしまいますか」
  今迄麗羽に背を向けていた美羽はくるりと向きを変えると、腰に手を当て見上げながら言葉を返す。
「当たり前なのじゃ。急に部屋に現れて鼻歌交じりに妾の髪を梳いていれば誰だってそう思うのじゃ」
  そう口にした美羽を元の体勢に戻すと麗羽は再び美羽の髪を梳きだす。そして手を休める事無く麗羽は口を開いた。
「今宵は私の大切なお友達の、記念すべき夜なのです」
「んっ? 何の事かや?」
「そうですわね……。美羽さんにはもう少し先の事ですわ」
「そうですよ〜。お嬢さまにはちょ〜っと早いですね〜」
  麗羽の言葉に察しの付いた七乃は麗羽に同調してワザとおどけた様な言葉を美羽に掛けた。
「もうっ! 皆して妾を子ども扱いするのじゃ。妾は子供ではないのじゃ!!」
  両手を振り上げながら体全体を使って抗議する美羽。そんな美羽を二人は微笑ましそうに見ていた。
「ほら美羽さん、お行儀が悪いですわよ」
「むぅ……」
「美羽さん、そんなに急いで大人にならないで下さいましな……。もう暫くはこうして美羽さんを甘やかさせて下さいな」
  そう言うと麗羽は髪を梳いていた手を止め美羽を抱き締める。
「麗羽姉さま……」
「そうですよお嬢さま。ゆっくり時間をかけて女を磨いておけば自然と順番が回ってきますから」
「何の事なのじゃ七乃?」
「目指せ腰のタマ……じゃなくて、玉の輿ですよお嬢さま。璃々ちゃんに負けない様に頑張りましょう」
「七乃さん……」
  右手を上げながらそう口にした七乃を、麗羽は呆れながら、美羽は訳が判らずキョトンとした顔で眺めていた。

  こうしてそれぞれの洛陽の夜が更けていくのであった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  翌日、白蓮と焔耶は一刀や霞を伴って再び牧場を訪れていた。幽州馬の選別を本格的に始める為に郭奉孝こと稟も同行している。
 そして、昨日とは明らかに違う白蓮の雰囲気や一刀に見せる態度に、霞はニヤニヤと、焔耶はジトっとした眼差しを送っていた。
「白蓮〜、無理せんでも今日やのうて明日からでも良かったんやで。どうせあんまり寝とらへんのやろ、お疲れなんやろ」
「うっ五月蝿い! 別に疲れてなんかないし、寝不足でもない! それに一刀は優しくしてくれたし……」
  霞の言葉にむきになって言葉を返す白蓮。だが、最後の方は蚊の鳴くような声で答えていた。
「一刀殿に初めての夜から……朝までその身体を……激しく……優しく……じっくりねっぷりと……隅から隅まで……ぷはぁっっ」
「うわぁぁっ! 稟!!」
  盛大に鼻時を吹きながらその場に倒れ込む稟。その騒ぎに側に居た馬達も驚いている。
「大丈夫や。この陽気なら表で寝とっても死んだりせえへんやろ」
「あのなあ……」
「ほなさっさと牧場行って馬選んでしまお。一刀、後は頼んだで」
  そう言うと、霞は一刀に顔を向ける事もなく手をひらひらと振りながら、白蓮を引きずる様に連れて馬の方へと向かっていった。
 そんな霞達を見送った後、一刀は稟を抱え上げると側の大木の方へと向かって行き、その根元に稟を下ろす。そして近くに居た馬
 の世話係の者達に事情を伝えた。二言三言彼等と言葉を交わすと、頷く彼等に一刀は礼の言葉を口にしその場を離れる。今一度稟
 の様子を見てから焔耶の方へと戻って行った。

  そんな一連の一刀を少し離れた所から見ている焔耶。
  昨夜までは決して砕けた風ではないが、ある程度普通に一刀と接していた。世間話もしたし、仕事の話もしたし、天の国の事を
 聞いたりもした。
  しかし昨夜の事を知り、今朝の白蓮を見た時から、何やら心の中でモヤモヤとしたものを感じている。それが自分自身何か判ら
 ず、益々焦れるという悪循環に陥っていた。
  長安での一件以来、焔耶は一刀の行動を影に日向に可能な限り注視していた。
  朝廷の者達と接している時、魏の面々と接している時、魏の家臣達と接している時、蜀の面々と接している時、蜀の家臣達と接
 している時、そして長安の市井の者達と接している時。
  正直、それ等と接している時に多少の当たり障りに差のあるものの、特に目立って不快に感じる事はなかった(時々、今、何故、
 その事を口にすると思う事はあったが)。基本的に誰にでも愛想が良く対応も丁寧であり、一刀に対する者達も別れ際は多少の差
 はあれども皆機嫌良く別れて行く。往々にしてそう言う人間には一抹の胡散臭さを感じる事が多々あるが、そんなモノはついに感
 じる事はなかった。
  かと言って、完璧な聖人君子という訳ではない。相手によっては馬鹿な冗談も話すし、下ネタを話して相手を呆れさせている時
 もある。時には明らかに一刀より下の城の女官に説教されている事もあった。常に一刀に対し喧嘩腰なのは荀文若こと桂花ぐらい
 であったが、彼女の言葉や表情の端々を見ればそれが本心からのもではない事は理解出来る。
  結論としては、よく判らないと言うのが焔耶の本音であった。奇しくも、呉の甘興覇こと思春とよく似た感想を焔耶が感じた事
 は興味深い。一刀の多面性を思春はつかみどころがないと感じたが、焔耶はそれが上手く理解出来ないと感じた様だ。
  だが、焔耶はある結果に結び付く。焔耶自信それを決して認めたくなかったが、一度心に浮かんだそれを遂に消し去る事は出来
 なかった。
  それは「敬愛する桃香と北郷一刀は良く似ている」と言う事である。
  具体的に何処が似ているのかと言われれば焔耶もはっきりとは判らない。目に見える表面的なところは似ても似つかない二人で
 あるが、何処かもっと奥の方の根源的な何かなのだろうと焔耶は結論付けた。
  そして一つ言える事は、そんな一刀を注視しているうちに知らず知らずの間に焔耶の心に変化が起こった。一つ一つは些細な切
 欠でも、それが積み重なれば大きな変化を起こす事もある。
  だが、今の焔耶はそれに未だ気が付いてはいなかった。

  話を戻そう。
  一刀と焔耶は並んで目的の場所へと向かっている。その道中一刀から話し掛けられるものの、焔耶は生返事を返す事が多かった。
 どうしても一刀と目を合わせると、昨夜の一刀と白蓮の事が頭に浮かんできたからである。
  焔耶とて男性経験は未だであるが、初心な子供ではない。当然あの後二人がおこなった事は察しがついている。どの様な事か内
 容も判っているし、その様な場面に出くわした事もある。だが、身近な者がそういう事に至ったとなれば、勝手が違う。一刀と目
 が合う度にその事が、その場面が生々しく頭に思い浮かんでくる。日頃星の武勇伝を聞かされ耳年間になっていたのも原因の一つ
 かもしれない
  焔耶は目的の場所に着いて馬の選別をしている一刀達を遠目に見ながらも、自然と一刀を目で追っている自分に気付く。そんな
 自分に気が付き頭でも冷やそうと向きを変えるが、注意散漫なまま動き始めたために何かとぶつかった。
「無礼な! 何処を見ておる!」
  ぶつかったモノとは中年の男性、着ている物から察するに朝廷の役人の様だ。焔耶とぶつかった拍子にその男は尻餅をついてい
 た。
「すまない、辺りをよく見ていなかった」
  焔耶はそう口にしながらその男を起こそうと手を差し伸べる。だがその男はその手を払い退けると御付の者の手を借り立ち上が
 るといきなり口を荒らした。
「何処に目をつけておられる。そちらはは何処の者か? 官姓名を名乗られよ!」
  口調からその男は朝廷の役人でもそれなりの高位の者と思われた。いきなりのその言動に焔耶は驚いた顔を見せながら口を開く。
「ああ、私は蜀の……」
「ああ、蜀の田舎者ならば判らぬのも仕方があるまい……」
  焔耶の話が終わらぬ間に[蜀]という言葉を聞いたその男はあからさまに表情を変えた。だが自分の目の前の人物の正体には気
 が付いていない様だ。その事を見てもこの男の程度が計り知れる。
  悲しいかな、この様に蜀や呉の人間を一段下に見る朝廷の人間が未だ残っているのは事実であった。漢の首都である洛陽は、先
 の大戦の戦勝国である魏の首都でもある。本来ならお互いの首都が洛陽であるというだけでそれぞれは別であるのだが、何を勘違
 いしたのか魏の勢威を自分達のものと取り違えている輩が存在していた。後年曹孟徳こと華琳が魏の首都を業に移す一因でもある。
  その男の言葉を聞き態度を見た焔耶は、思わずカッとなるのを感じた。自分の敬愛する劉玄徳を蔑まれた様に感じた。だが同時
 に桔梗の「己の行動が原因で桃香さまに累が及ぶことを忘れるな」と言う言葉も思い出す。
  そんな焔耶はただその男の罵詈雑言を甘受していた。

  その声は離れた場所に居た一刀達にも届いている。
「何だ?」
「あれ焔耶ちゃう?」
  声の方に目を向けた先に焔耶とその男の姿が見える。何が原因でそうなっているのかは皆目見当が付かなかったが、漏れ聞こえ
 る言葉に霞の表情が変わった。
「何やあの木っ端役人、何様の心算やねん。よっしゃ、ウチがキャン言わせ……」
  霞の言葉が終わる前にいち早く動き出したのは一刀であった。
「一刀……?」
「おっ、おい!」
  声は掛けるものの、めったに見せない一刀の表情に思わず二人が怯み一歩出送れる。そのまま早足で動き出す一刀を唖然とした
 表情で見送った二人であったが、はたと我に返り慌てて一刀を追いかけた。
  そう、一刀は怒っていたのだ。

  焔耶とその男に後数歩に近づいた時、一刀が声を張り上げた。
「貴殿は誰に向かってその様な言葉を吐き続けておるのかお解かりか!!」
  突然の声に二人は声の主へと顔を向ける。その先には大股でこちらに近付いて来る『天の御遣い』の姿があった。
  その顔を姿を見たその男の表情が明らかに変わる。もちろんそれは慄然の方向に。
「ほっ北郷様! この者が……」
「だまらっしゃい! こちらは蜀の将、魏文長殿ですぞ。帝の伯母上たる劉玄徳様の臣である魏将軍に何たる振る舞い。恥を知りな
 さい!!」
「ひいっっ……!」
  一刀の言葉を聞いたその男は短く声を発するとただ恐れ入る。普段の柔らかい物腰の一刀しか知らぬその男は、今の打って変わっ
 た表情と雰囲気の一刀に驚愕していた。そして慌てて礼を取り焔耶の方へと向き直し口を開いた。
「魏将軍とは露知らず無礼の数々、平に……平に御容赦下さいませ」
  そう口にしたその男を見て、焔耶は先程まであった気持ちが欠片も無くなっている事に気付く。その男の呆れるほどの変遷ぶり
 も一因であるが、一番の要因は自分に対してとってくれた一刀の態度だろう。
「いっいや、こちらこそ禄に前も見ず犯した粗相、お許しを……」
「いえいえ、分を弁える事もせず……。では魏将軍これにて失礼をば……」
  その男は今一度深く礼をとると御付の者達共々あたふたとその場を後にした。振り向く事もせず、一目散に走り去る。
  それを眉を顰めながら目で追う一刀。そしてそんな一刀を見詰める焔耶。

  長安であんな出会い方をしたにも拘らず、一刀は焔耶にその非礼を詫びそれ以降も事あるごとに気を使ってくれる。
  そして、若輩者である自分を一人の将として見て扱ってくれている。
  その様に一刀が自分に相対してくれる事が嬉しかった。
  だが同時に、自分に一刀が思ってくれる程の価値があるのだろうか、その様な立ち位置に自分は到達出来ているのだろうか一抹
 の不安もあった。
  馬の検分が終わった帰りの道中の間、ずっとそんな事を焔耶は考えていた。



  気が付けば、一行は一刀の屋敷に到着していた。正直、焔耶は何処を如何巡って屋敷に到着したのか思い出せない。だが、一つ
 だけ思い出したことがあった。
  未だ牧場での礼を一刀に伝えていない。
  最も重要な事を失念していた事を思い出し、焔耶は蒼白になる。
「お帰りなさいませ御館様」
  そう屋敷の家人達に声を掛けられ笑顔でそれに答えている一刀を見て、今度は顔を上気させる。そして次の瞬間、思わず俯いて
 しまう。
  その時、焔耶は何かに気が付いた。
「(そうだ、先ずは牧場での礼を言おう。それから話をしよう。……もっと話をしよう。そして……伝えよう)」
  顔を上げた焔耶は、気合を入れたのかはたまた他の理由か、両の手で自分の太ももを叩いた。
「お館!!」
  そう声を上げ、焔耶は一刀の元へと向かって行く。その顔は実に晴れ晴れとしていた。

  そして焔耶は、自分の今見ている景色が少し……ほんの少しだけ、だが確実に明るくなった様な気がしていた。



    長安行幸:帰郷 了




おまけ

「行ちゃったね……」
「うん……」
  長安の門前で帝の行列を見送る月と詠。
「何だかあっという間だったね……」
「うん……」
  二人は列が見えなくなるまでそこを動こうとはしなかった。
「ねぇ月。もしも、もしもだよ。月が行きたいって言うのなら……、アイツの側に居たいって言うのなら……ボクは」
「詠ちゃん。私の居場所は洛陽じゃないよ」
「本当に……、本当にそう思う?」
「うん。でもあの人の側に居たいのも本当。心では今からでも追いかけたいって思ってる……」
「月……」
「でも、今あの人の側に行ったらもう離れられなくなる。あの人をずっと頼って、あの人にもたれかかって、あの人に縋ったまま一
 人で立っていられなくなる。そんな自分は嫌だし、あの人の側に居る為にはそれじゃダメだと思ったの」
「…………」
「わたしは居場所を見付けたから。詠ちゃんと一緒にこれからずっと生きていく場所を……」
  そう詠に告げると、月は詠の手を取った。
「これからもヨロシクね、詠ちゃん」
「うん、月」
  そして二人は手を繋いだまま、行列の見えなくなった城門を後にした。

  その夜。
「詠ちゃんまだ起きてる?」
「うわっ、月!」
「ご主人さまに[ていしゃつ]ってものをもらった……」
「なっ何かな月?」
「何隠したの? 詠ちゃん。今後ろに隠したのは……」
「こっ……これは……」
「何で詠ちゃんも[ていしゃつ]持ってるの? それにこれはご主人様が着てたやつだよね? しかも……、洗っていない?」
「あのね月。これは……そうっ、アイツが忘れて行った……んだよ」
「そんなはずはないよ……、わたし確認したもの。……詠ちゃん?」
「ゆっ月ぇ〜」

  淋しくなった長安の夜の出来事であった。

「これは二人の共有財産って事でいいよね。……いいよね、詠ちゃん」
「はい……」




  予告

「遂に来たわよ洛陽……いや、『天の御遣い』北郷一刀!」
  呉の王、孫伯符が洛陽へと到着する。

「どうした、どうした! 小覇王様は政に精を出しすぎて剣の腕が訛ったのではないか?」
  煽る春蘭。
「五月蝿いわねぇ、この戦馬鹿! ……全く、どいつもこいつも!!」
  吼える雪蓮。
「もうやめて! 雪蓮!! これ以上は……」
  叫ぶ冥琳。

「間違いない……北郷一刀」
「ええ……はい、間違い御座いません」
「やっと、……やっと会えたわ……」
  一刀と雪蓮、二人の邂逅が意味するモノは……。

「お前が私を狂わせた!!」

  次回、『還って来た種馬』 その18[呉王到来]

  嗚呼、感動のラスト前。

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