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2 名前:岡山D ◆V9q/gp8p5. [sage] 投稿日:2012/09/05(水) 21:21:59 ID:lPMZgTEQ0
 お久しぶりです。岡山Dです。

 懲りずに又投下させてもらいます。
 『還って来た種馬』 その13[懐かしい場所へ]です。
 
 終わりも見えてきたので、もう一踏ん張りです。
 
 ※以前も書きましたが、本当に山も谷も無いです。

注意事項
 ・この作品は、魏ルート・アフターであり、萌将伝は含まれておりません。
  ですので、萌将伝と食い違う場面が多々ありますがご勘弁ください。
 ・キャラ同士の呼称や一刀に対しての呼び方が本編と違う場合が有ります。
 ・魏ルート・アフターと言う都合上、ストーリー上にオリジナル設定(脳内妄想)が有ります。
 ・関西弁や登場人物の口調など、出来るだけ再現している心算ですが、
  変なトコとかが有ったらゴメンナサイ。
 ・18禁なシーンに付いては期待しないで下さい。

 以上についてはご容赦のほどを。

 SS初心者なので、至らぬ事も多いかもしれませんが、よろしくお願いします。
 もし、感想・批評などございましたら、避難所の方へお願いします。
 
 本編はtxtで専用UP板にアップしましたのでご覧ください。
URL→http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0734



 『還って来た種馬』 その13
 
 
 懐かしい場所へ
    もしくは
      愛しさと切なさと抜け駆けと……



  姓は張、名は遼、字は文遠、真名は霞。呉や蜀の面々が彼女の名を聞いて一番に思い浮かべるのは『騎馬』と言う言葉かもしれ
 ない。董卓配下の時代から『神速の張遼』と言う二名は既に世に知れ渡っていた。その後、曹操配下となった後も夏侯惇と張遼と
 言えば魏における武の象徴でもある。
  高度な訓練が施され、様々な局面にも破綻する事無く柔軟に対処が可能な霞の騎馬隊とまともに正面からやりあえるとすれば、
 蜀の馬孟起こと翠の率いる西涼騎馬隊か公孫伯珪こと白蓮の率いる白馬義従であろう。だが河北四州や西涼を魏が勢力下に収める
 と魏の騎馬軍団はより強固にそしてより強大になっていったのは誰の目にも明らかであった。
  そんな魏の騎馬隊も三国の鼎立後は異民族対策も有り、魏の北部に厚く展開していた。だが魏の行った対異民族の融和政策が軌
 道に乗り五胡との衝突が目に見えて減少し始めた頃、魏が南部にも騎馬隊を本格的に展開させる為に霞が襄陽に赴任すると言う話
 が浮上する。
  これには呉と蜀の二国が敏感に反応した。いくら「騎馬隊の機動力を国内の治安維持に利用する」と言われても、魏の騎馬隊の
 圧倒的な攻撃力と突破力は両国共身に沁みて知っている。この時代騎馬隊の機動力に並ぶものは無く、それが自国の国境近くに配
 備されるとなると両国が必要以上に神経質になるのも致し方ない。完全武装した万を超える訓練された馬の巨体が迫って来る等、
 関雲長こと愛紗や張翼徳こと鈴々ならいざ知らず一兵士にしてみれば悪夢以外の何者でもないだろう。しかも現在では一刀のもた
 らした天の知識や真桜の技術により改良された鐙や新型の弩、そしてその他の装備が追加され益々精強な一団へと変貌を遂げてい
 るのである。
  曹孟徳こと華琳も戦後の混乱や荊洲の帰属の問題が一段落するまでは、呉や蜀に余計な圧力を感じさせない為にも魏南部の開発
 や軍事面の強化は必要最小限に留めていた。だが、それらが一応の収束を見せ始めた今となっては、魏国内の安定の為に手を打つ
 のは必然である。この大陸の安寧の為にも先ずは己の足元を磐石にすると言う見解をもって至極当然の事であった。
  だが、呉や蜀と魏は立ち位置が違う。立ち位置が違えばモノの見方も違ってくるのは当然である。基本的には華琳を信用してい
 る呉と蜀の二国ではあるが、魏の動きに対して何も心配していないと言えば嘘になる。
  しかし、両国の憂慮はある人物の出現により大きく見直される事になった。
  それは天の御遣いこと北郷一刀の帰還である。
  華琳とは旧知の仲である夏侯姉妹や曹孟徳一の能臣と誰憚る事無く自称する荀文若こと桂花ですら言い淀む事柄でも華琳に対し
 て明け透けに言い放つこの男の存在は、両国の魏に対する見方や警戒感を一変させるにたるに十分なものであった。特に一刀との
 接触を持った者達からは今迄の様な魏に対する過剰とも思える警戒感が薄らいでいる事は確かである。その結果からか、両国は南
 部に展開する魏の騎馬隊に対してこれと言った対策を施す事は無く、逆に両国は国境付近の治安維持の為にこれをしたたかに利用
 した節も見受けられた。
  それに、魏の言うところの「騎馬隊の機動力を国内の治安維持に利用する」との文言の一部に付随する「騎馬隊の二次利用によ
 る連絡網の構築」についてはその意義や構築に呉と蜀の両国も大いに着目している。こうした以前に比べただ恐れたりまず懐疑的
 に見るのだけではなく、柔軟性のある見方が出来る様になった要因の一つに一刀の存在が大きく影響している事は明白であった。
  それらは後年三国による大陸全土に張り巡らされる広域連絡網の成立に発展する事になる。
  これを期に良い意味で三国が持ちつ持たれつの関係を深めていく事となっていった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  東へと向かう街道をゆったりと並んで進む二組の騎馬があった。二人ともよく似た感じの旅装束を身に纏い、傍から見れば夫婦
 連れにも見えるだろう。だが、二人の乗る馬は市井の者が所有するには過ぎたものであり、かなり違和感が有るのも事実であった。
  正直、かなり目立っている。
「ここまで来たらもう安心やな」
  そう口にしたのは霞。彼女は上機嫌の笑顔を隣を行くもう一人の方に向けた。
「安心って……。なぁ霞、本当に大丈夫なんだろうな」
  そう返したのは一刀。口ではそうは言うものの、本人の顔は思った以上に晴々としている。
「大丈夫や、仕込みはちゃ〜んと済ませたから任せとき」
  そんな霞の返事に一刀は視線だけを隣を行く霞に向けるが肩をすくめるだけで言葉を返す事はしなかった。そんな一刀を横目で
 見ながら霞は再び口を開いた。
「ちゃ〜んと書置きもしてきたし、副官のやつにも今日の昼までは何やかんや理由付けて凪や真桜には絶対会わん様にって言い含め
 といたし」
「おいおい……」
「大丈夫やて。襄陽だけやのうて、洛陽の孟ちゃんにもちゃんと話は通してるから」
「…………」
  霞の言葉を聞いた一刀は思わず表情を変えると溜息と共に天を仰ぎ言葉を漏らす。それを聞いた霞が少し怒った様な表情で一刀
 の方に顔を向けた。
「何や……、一刀はウチと一緒は嫌なんか?」
「別にそんな事は言ってないだろ」
「惇ちゃんとは江夏でイチャイチャしてたくせに……」
  そう拗ねた様に言うと霞は口を尖らせ横を向いてしまう。
「だから、そんな意味で言ったんじゃぁないし、別にイチャイチャなんか……」
「…………」
  横を向いたままの霞を見ながら一刀は一つ息を吐くと再び口を開いた。
「本当に嫌だなんて事は欠片も思って無いから。俺だってここしばらくはまとまった休みなんか取ってなかったし……。
 それに……」
「それに何やの?」
「それに、霞とは約束してたろ?戦が終わったら一緒に旅をしようって」
  未だ拗ねた様な表情でぶっきらぼうに答えていた霞であったが、一刀の言葉を聞くと一度眼を大きく見開き話し始めた。
「一刀……、覚えててくれたん?」
  霞の顔を見た一刀は、霞が自分の言葉に予想以上の反応を見せた事に驚き少々それが可笑しかったが、それを口に出す事はなく
 話を続けた。
「ああ、向こうに戻ってる間もずっと考えていたしな。まぁ、羅馬は未だちょっと無理かなぁ……、流石に時間が……って、
 おいっ!」
  話をしている最中の一刀にいきなり霞が飛び付いて来た。そんな霞を一刀は馬上でバランスを崩しながらも何とか受け止める。
 別な意味で鐙のありがたさを痛感した一刀であった。
「霞、危ないって!馬の上だから……!落ちるって!!」
「ああん!もう!やっぱり一刀大好きや!!」
  馬上でいちゃいちゃと始める二人を他所に、馬達は呆れているのか空気を読んだのか、そ知らぬ顔で淡々と歩を進めていた。



  話は少し遡る。
  この日、襄陽や他の都市に新たに配備される騎馬隊を引き連れ、霞と楽文謙こと凪が到着した。二千人程の配下と彼らが乗る馬、
 予備の馬や耕作用の馬に繁殖用の牝馬、そしてそれらを世話する者達や追加される文官達も含まれている為にかなりの大所帯であっ
 た。
  その光景を目の当たりにしながら李曼成こと真桜が口を開いた。
「何かこないな大人数の騎馬隊やら行軍見たのは久しぶりやなぁ」
「あ〜、沙和は訓練で見てるけど、確かに最近では珍しいかもなの〜」
  于文則こと沙和の言う通り最近でも騎馬隊の出動自体はあるものの、千を超える部隊運用は珍しくなっている。ましてや万を超
 える事等は大戦以降は数える程しかない。それだけ世の中が平穏になっている証拠ではあるが、大戦中の数万対数万の激突を経験
 している者からすれば少々物足りなく感じるのかもしれない。
  加えるならば、歩兵隊と騎馬隊では少々事情が違う。定期的な訓練を施し軍隊としての精度を維持する事はどちらも同じだが、
 歩兵は屯田等で自分達の食い扶持をある程度稼げるが騎馬隊は軍馬達を養わなければならない。要するに金がかかる。国力の大き
 い魏であるからこそ異民族対策と言う名の下に大規模な騎馬隊を維持しえるのである。蜀等では騎馬隊の維持やその強化は諸葛孔
 明こと朱里や鳳士元こと雛里達の悩みの種であった。
  そうこうしている内に霞率いる騎馬隊が城門前に整然と整列する。その一糸乱れぬ行動を見た一刀達は感心していた。仕方の無
 い事ではあるが、同じ様に行軍してきた文官の者達が顔に色濃く疲れを見せ足取りも重くしているのとは大違いである。
  するとその隊列から離れ一刀たちの下へ霞と凪が近づいて来た。
「張文遠以下、襄陽配備の騎馬隊只今到着したで」
  そう疲れを見せる事無く笑顔で話す霞に続いて凪が口を開いた。
「楽文謙ただ今到着しました。道中に異常も皆無でしたし、脱落者もありません、隊長」
  少々頬を上気させながら凪がそう報告する。もし彼女に尻尾があったなら、久しぶりに一刀に会った嬉しさから千切れんばかり
 に振られているであろう事が容易に想像出来た。
「霞、凪、ご苦労様。後で打ち合わせが有るけど、まぁ今は休んでくれ」
  一刀は柔らかな表情で二人にそう告げると、後方で整列している騎馬隊や文官達の方へと近づいて行く。一刀が近づいて来る事
 に気が付いた者達が一様に畏まった。
「皆、長旅御苦労だった。この後担当の者から皆の配置場所や宿舎について説明を聞いてくれ。直に食事の用意が整う手筈になって
 いる。今日は明日からの仕事の為に英気を養って欲しい。そしてここ襄陽のこれからの発展は皆の手腕にかかっていると言っても
 過言ではない。皆の手で襄陽を洛陽や許昌にも劣らぬ都市に育て上げよう。以上だ」
  一刀の言葉を聞いた面々が一刀に礼を取った。一刀の言葉を聞いて長旅の疲れからか少々だれていた者達のそんな雰囲気も影を
 潜め、担当の者達の指示の元で皆多少きびきびと動き始める。
  そしてそんな彼等の動きを確認してから霞たちの元に返ってきた一刀が口を開いた。
「じゃぁ俺達も城に向かおう。食事時にはもう少しずれているから霞達も街じゃなくて城の食事でいいか?」
「かまへんよ」
「はい」
  霞と凪がそう答えると、一刀達は城に向かい襄陽の門をくぐるのであった。

  城へと向かう道すがら、「ほ〜」とか「へ〜」と声を上げながら街並みを眺めている霞の姿があった。
「どうかしたのか?霞」
「えっ?ああ、前に比べたら随分賑やかになったんやなぁ思てん」
「そうなのか? 霞は以前にここに?」
  霞の言葉を聞いた一刀がそう口にする。
「えっ?あっ、うっ、うん……。少し前に来た事があるんよ」
  一転して何か煮え切らない霞の言葉を不思議そうに聞いている一刀に凪が口を開いた。
「戦の後、華琳様は魏の北部の異民族対策と開発に重点を置かれてましたから、南部は後回しと言う事ではないですが呉や蜀に要ら
 ぬ緊張を招かぬようにとの事もありまして必要最低限の政策に留めていたのです」
「ああ、それは俺も華琳から聞いたな」
「せやから前に姐さんやウチや凪とここに来た時は一番ここが割を食ってた時やったんよ。あん時は人だけはぎょうさん居ったけど
 何や辛気臭い感じやったからな……」
「へぇ、凪や真桜も一緒に?」
「せや……、せやからあの頃に比べたらごっつええ感じになった思たんよ。さっ、何かウチお腹すいてきたわ、早ようにご飯にしよ」
  そう言って先を急ぐ霞を見ながら一刀は何かはぐらかされた様な心持で納得出来きず、何やら居心地の悪さだけが残っていた。

  城に到着し、襄陽太守との挨拶を済ませた一刀や霞達は早速食事の為に食堂へと向かって行った。一刀達は日頃から特に事情が
 無い時はこうして城の者達と同じ様に同じ物を食堂で食している。着任当初は一刀達が城の者達と同じ食堂に顔を見せる事に城の
 者達も驚いていたが、今では当たり前の事になっており襄陽の城の者達と交流の為の良い場となっていた。それに今この厨房を仕
 切っているのは典韋こと流琉推薦の料理人である為に下手な街の酒家よりも味がいいのも理由の一つである。
  そんな料理に舌鼓を打ちながら、霞達は襄陽までの道中に見聞きした事や最近の洛陽の様子そして洛陽の面々の近況等を口々に
 話していた。現代の日本の様に気軽に携帯電話で連絡を取る等はここでは夢物語であるので、こうした来訪者による情報の伝達は
 例え数ヶ月遅れであったとしても有り難い事である。特に業務連絡以外の個人的な内容は伝わり難いものもあるので一刀達にとっ
 てはそちらの方が興味があった。
  そんな噂話や内輪話を久方話した後は、霞は真桜と騎馬隊の駐屯地についての説明を凪と沙和は襄陽の駐屯軍や警備隊の訓練具
 合や街の警備について等の仕事の話へ、そして現在の襄陽の現状や周辺の邑や都市(これには魏だけではなく呉や蜀の都市も含ま
 れている)の実情へと移っていく。霞や凪は旅の疲れなどを見せる事も無く一刀達と食堂でかなりの時間話し込む事となる。襄陽
 発展の為の使命感か、はたまた久しぶりの一刀に良い所を見せ様としているのか、真意は定かではないが二人の見せるやる気が少々
 高めである事は確かであった。
  付け加えるならば、以前とは武将に求められる要求に変化が生じている事も事実である。大戦の最中であれば一芸に秀でていれ
 ば良しという面も見受けられたが、現在では上に立つ者はより多角的な能力を要求されていた。ただの戦争屋と言うだけでは最早
 通用しないのである。そう考えれば戦の最中でも若年の許仲康こと季衣や流琉に武芸以外の事柄まで教育を施していた華琳は今の
 状態を見据えていたのかもしれない。
  そんな彼女達を見ながら、一刀は自分の居なかった三年間と言うものをしみじみと感じていた。



  この夜、何度目かの極みを向かえ凪は満足そうな表情で一刀の胸に顔をうずめている。そして一刀の傍らに横たわっていた霞が
 一刀の腕を枕にしようとゴソゴソと動き始めた時、一刀が口を開いた。
「で、霞。何があったんだ?」
  霞と目を合わせた一刀がおもむろにそう切り出した。
「へっ……?べっ、別に何にもあらへんよ……」
  そう言って一刀から目を逸らす霞。昼間の話題についての事だと察しがついた様だ。明らかに挙動不審な霞の態度に一刀は畳み
 掛ける様に再び口を開いた。
「で?」
「ああん!女の過去を詮索するんは男のする事や無いで一刀」
「惚れた女の事を知りたいって思うのは悪い事か?」
「ずるいわ……、そんな言い方」
  一刀の言葉を聞いて霞は頬を赤く染めながらも拗ねた様な表情で一刀に背を向けてしまう。
「霞さま……、正直に話してしまった方が懸命だと思います。これからは呉との付き合いも増えますから、遅かれ早かれ隊長の耳に
 ……」
  凪にそう諭され、霞は起き上がると凪の神妙な顔付きを見てから観念した様に口を開いた。
「あっ、あのな……」
  霞の話はこうであった。


  戦が終わり三国が鼎立して暫くした頃、魏南部の治安強化と各地の慰撫の為に霞と真桜そして凪が派遣されていた。丁度一刀が
 消えた事により霞は少々荒れた生活を送り、凪は何とか立ち直りの兆しを見せ始めた頃合である。
  華琳にしてみれば、一刀との思い出の多い洛陽や許昌から遠ざける事で三人に気分転換をさせようと配慮したのかもしれない。
 実際、この時期は各武将達は何かと理由を付けて各地に派遣される事が多かった。そんな華琳の配慮に気付いていた者もいない者
 もまるでそれから気を紛らす様にその命に従い、傍から見ればかなり度を越した働き振りを心配する声が上がったのも事実である。
  昼は余計な事を考える暇も無く仕事に邁進し、そして夜は疲れ果て夢を見る事も無く泥の様に眠る。彼女達には体力的にはきつ
 くとも、精神的にはその方が楽だったのかもしれない。
  良くも悪くもそんな彼女達の働きもあり、他の二国に比べて魏の戦後の復興は目を見張るものがあった。
  話を戻せば、その時三人は襄陽にも立ち寄っていた。元々大きな都市であった襄陽であるが、その時の魏の方針もあり魏北部に
 比べて復興の速度は穏やかで、魏北部や中部から追われた賊達の流入による治安の悪化もあった。その為真桜が口にした「人は多
 いが辛気臭い街」と言う表現はその頃の襄陽を表すに的を得ていた。
  だが、治安強化の為にかなり大きな部隊運営を行った反動からか魏の賊に対する本気度は示したものの、目端の利く賊達は皆姿
 を晦ませてしまい小物相手に終始した霞達三人は少々鬱憤が溜まっていた。それが頂点に達しかけた頃それは起こった。
  呉国内に越境し捕縛された魏からの賊達を孫仲謀こと蓮華を筆頭に、甘興覇こと思春と呂子明こと亞莎がそれらを魏に引き渡す
 為に魏を訪れていた。本来なら呉国内で処理しても構わない案件であったが、魏と呉の良好な協力関係と賊に対して逃げる場所は
 何処にも無いと言う事を示す為に、呉から魏に賊を引き渡すと言うある意味儀礼的な式典が執り行われた。そこに霞達三人も同席
 していたのである。
  洛陽から送り込まれた文官の働きにより式典自体は何ら滞る事なく終わるに至った。
  そしてその後に執り行なわれた呉の兵士達への慰労を兼ねたの酒宴の席での事、呉の兵士の「天の御遣いが居なくても魏は何ら
 変わらない」との一言に今まで大人しく呑んでいた霞と凪が過敏に反応してしまう。
  呉の兵士にしてみれば特に悪気が有った訳でも無くましてや嫌味で言ったのでも無い。ただ組織的に呉以上の速さで復興を遂げ
 ていく魏に対して「天の御遣いが居なくとも魏は揺ぎ無い」との良い意味での感想を口にしただけなのだが、霞と凪は違う意味で
 捉えてしまった。それは魏の内部事情等知る由もない呉の一般兵にとっては致し方ない事でもある。
  だが、二人は「天の御遣いは居ても居なくても同じ」と捉えてしまったのだ。
  お互いに不運だったのはどちらも酒が回っていた事であろう。そして、普段なら押さえ役である霞の副官や真桜が二人の傍に居
 なかった事だろう。剣呑ならざる気を纏いながら凪が立ち上がった時には既に霞がその兵士の胸倉を掴み鼻と鼻が引っ付きそうな
 距離で睨み付けていた。
「誰が居っても居らんでも一緒やて……?」
  そう霞が低く唸る様な声で兵士にそう告げる。そんな霞に兵士が何か言い返そうとした時には既に霞に投げられ彼は宙を舞って
 いた。そしてその兵士は仲間の座る方へと投げ飛ばされている。それを見ていた呉の他の兵士達が一斉に霞の方へと視線を向けた。
「何や……、何か文句が有るんか……」
「…………」
  何故こうなったのか理由も判らず、のびている仲間の姿を見て殺気立っている兵達に煽る様な口ぶりで霞が再び口を開いた。
「何や、舟の上やないと何も出来へんのかいな……この河童共」
  明らかに侮蔑と判る霞の言葉を聞いた呉の兵士達が、一人又一人と立ち上がっている。かなりの人数の兵達が立ち上がったとこ
 ろでその中の一人が口を開いた。既にこちらもかなり酒が回っているのが見て取れる。
「何をぉぉぉ……、黙ってやられるっ……がっぁ!!」
  兵士が全て話し終える前に彼は凪の氣弾によって弾き飛ばされていた。
「ううっ……隊長は……、隊長はなぁ……」
  何やら変なそして余り良くないスイッチが入ったのか、凪は氣で拳を光らせたまま泣きじゃくりながら立っている。
「ちぃぃ……、よくも……」
「文句があんならかかってこんかい……」
「構わん!やっちまえ!!」
「応!!」
  兵士の声に応じた周りの者達が一斉に霞と凪に飛び掛っていく。いくら魏の将軍相手とはいえ、理由も判らず仲間がやられたの
 をただ黙って見ている呉の兵士達ではない。しかも酒が入っているので尚更である。
  だが流石にその騒ぎに気付いた真桜が止めに入った。
「ちょっと姐さん何してますの! 凪も!! 皆楽しゅう呑みま……誰や! 今ウチの頭どついたんわ!!」
  止めに入ったはずの真桜までもがその輪の中へと入って行く。そして三人対数百人の大乱闘が始まる。
  これが後々呉の兵士達に語り継がれる『合肥の大喧嘩』であった。
  霞達にのされた呉の兵士達が三桁に達した頃、この馬鹿騒ぎは思春と洛陽から派遣された文官の一括によって終わりを告げたの
 である。

  霞の話を聞いた一刀は奇しくも当事者全員が揃っている事に何やら因縁めいたものを感じながら二人の顔を一瞥した後に口を開
 いた。
「でも、蓮華や思春は何も言わなかったよなぁ……」
「まぁ、一応手打ちは済んどるから……」
  そうこめかみを指で掻きながら視線をあらぬ方向に向けながらまるで他人事の様に話す霞を見ながら一刀は息を一つ吐いた。
  確かにこの件については魏呉両国で問題になってはいない。華琳から一応詫び状は孫伯符こと雪蓮に対して送られたが、呉の方
 からは結局何も言ってくる事は無かった。一説には「宴席での戯れ」と雪蓮が一笑したとも、「大戦後に加入した新兵達に将とは
 何たるかを身に沁みて判らせた良い機会であった」と思春が進言したとも言われている。事実、多少の怪我人は出たものの不具に
 なった者やましてや人死に等は一切出ておらず、その後の行動にもたいした支障が無かった為に不問となったのではないかと推測
 されていた。それにこの事が大事になればその場に居た蓮華の監督不行届きで責任問題にもなりかねない。
  一刀は小言でも言われないかと警戒し、目を合わせない様にしているそんな二人を抱きしめた。そして二人の耳元で優しい口調
 で話し始めた。
「俺の事で二人は怒ってくれたんだな……。ありがとう」
  その言葉を聞いた二人は一刀の顔を見上げていた。何か言いたげに、だがそれを躊躇う様な表情で見詰めている二人に一刀は言
 葉を続ける。
「もう二人にそんな淋しい想いはさせないから……。ずっと居るから……」
  一刀の言葉を聞いた霞と凪はそのまま一刀に抱きついた。
「絶対やで……」
「ああ、絶対だ」
「一生お傍に居ります……」
「ああ、ずっと居てくれ」
  そのまま抱き合いその夜は眠りにつく三人であった。



  この秋口に行われる帝の長安行幸は、一部の例外を除いて魏の武将格全員が随員として帯同する事になっている。当初はここま
 で大げさなものではなかったのだが、帝が一刀の帯同を強く望んだり長安に蜀の劉玄徳こと桃香を招く事が決まってからは、次第
 に大掛かりなものになっていった。結果、日本で言う馬揃え的な要素も加わり、武将や兵馬の武具や馬具も新調される事となり煌
 びやかな一大イベントへと変貌していく。
  武将格全員が行幸の間洛陽を留守にする事に不安を覚える者も居たが、華琳の「後進の育成」の一言で誰一人それ以上口にする
 者は居なかった。
  一部の例外である真桜の長安行幸中の呉への派遣であるが、本人自身は「お祭り騒ぎは好きやけど、堅苦しいのは好かんから」
 と不参加については案外とサバサバしていた。が、本音としては今回の建業への派遣は新造された新型船の試験航海を兼ねている
 為そちらの方が興味が強い様である。それに今回の行幸に呉は関わっていないという事もあり、にそれに対しての配慮と言う側面
 もあった。



  一刀達が留守の間も襄陽の開発は多少の減速はあったとしても、開発自体は進捗を止める訳ではない。その為、留守の間の監督
 を行う代理の者達(ゆくゆくは彼等が襄陽の開発や運営を引き継ぐ事になる)への引継ぎや指導等、そして新設された騎馬隊の事
 も加わり普段以上の忙しさである。それに、凪の襄陽赴任により沙和が洛陽に帰還する為にそれに関連した引継ぎや沙和が洛陽に
 持ち帰る事になる資料や書類等の作成や整理もあり忙しさに拍車をかけていた。
「隊長、ウチ等が居らん間の工程表持て来たで」
「ああ、そこに置いておいて。こちらで確認した後でそれを各部署の責任者にも回しといてくれ」
「了解」
「隊長、街割りの変更に伴う警邏の変更ですが……、書類は三部でしたよね」
「ああ、こちらでの保存用と隊への通達用、それと洛陽に送る用の三つな」
「では保存用と洛陽に送るものは置いていきます。通達用は自分が届けておきますので」
「頼む」
「一刀。騎馬隊の訓練やけど、新しゅうに切り開いた所使うてもかまへんやろ?」
「ん? ああ、かまわんよ。ついでにその近くで開墾してるのを手伝ってくれるとありがたい」
「うん、手伝える事なら手伝うわ」
「ああ、姐さん。騎馬隊の宿舎の事やけど……。もう少しで全部出来上がりますよってに」
「それでかまへんよ。どうせ暫くはあいつ等宿舎に帰っても食って寝る以外出来へんやろし、今の雑魚寝で十分や」
  そんな入れ替わり立ち代り慌しい執務室で、沙和は一人渦高く積み上げられた書類や竹簡の山を口をへの字に歪め唸りながら見
 詰めていた。
「何やっとんねん沙和」
  真桜にそう声を掛けられた沙和が首から上だけを真桜の方に向け口を開いた。
「これ全部沙和が持って行くの……?」
「全部持ってくって……、別に全部沙和が運ぶわけやないで」
「じゃなくて! これ全部沙和が華琳さまや桂花さま達に説明しなきゃいけないんでしょ?」
「まぁそうやな。洛陽に帰るんは沙和一人なわけやし」
  そんな真桜の言葉を聞いた沙和が涙目ですがりついた。
「絶対無理なの〜! 洛陽の玉座の間で……あんな断頭台みたいな所で沙和一人でなんて……」
「断頭台って……。せやから沙和の為にお品書もちゃんと作ってるやん。これさえあったら沙和一人だけでも何とかなるって……」
「真桜ちゃん……」
  その時一刀が二人に顔を向ける事無くぼそりと呟いた。
「変更のあった法令に新設された法令、継続された開発に新興した事業、それに伴う新技術の開発の説明と使用報告、新設された部
 隊やその運用、そして現在の襄陽の開発の進捗や今後の概要……。後、周辺地域の概略」
「ああ、騎馬隊の事も頼むで……」
「竹簡にすれば五から六冊、ああ、後二〜三冊は増えるかも……。半日もあれば何とか……」
  一刀達の言葉を聞いた沙和は、眼を点にしながらただ口をパクパクとさせている。どうやらもう言葉にならない様だ。
  以前から華琳を目の前にしての報告が余り得意でなかった沙和達であったが、現在は幾分マシになっている。しかし、未だにあ
 の場の雰囲気に緊張して馴染めていないのは今も確かで、しかも今回は沙和の管轄外の報告も多々ありそれを一人でせねばならな
 いのだから不安になるのも頷けた。
「真桜ちゃん、一緒に来てなの……」
  縋る様な面持ちで話す沙和の肩に真桜はポンと手を乗せるとおもむろに口を開いた。
「沙和、あんたはやれば出来る子や。ウチはよう知っとる。長い付き合いやないの」
「うう……、真桜ちゃん……」
「せやから安心し。骨はウチがちゃんと拾うたるさかいに……」
「真桜ちゃんなんか馬用の隊長くんでほられて死んじまえなの〜」
  そう言い放った沙和は執務室に居る他の四人をやさぐれた目付きで一人一人一瞥すると、渦高く積み重なっている竹簡や書類の
 山の中へと消えていった。誰も手を差し伸べてくれる人間が居ないのを悟ったらしい。
  その後、沙和が襄陽を離れる日まで一刀達に対しての呪詛にも似た恨み言が続いた。勿論、沙和を元気付ける為に一刀達はあの
 手この手で沙和の機嫌を取ったが、それが一向に好転する兆しを見せる事は終に無かったのである。
  数日後、大量の竹簡や書類そしてそれに劣らぬ大量のお土産と共に、暗い表情のまま洛陽へと旅立った沙和であった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  襄陽の開発は順調にかつ粛々と進んでいる。それは襄陽の市街だけではなく、周辺の農村部や近隣の都市にまで及んでいた。襄
 陽の開発や新たな産業の起ち上げもあり、人手が余ると言う事は今はない。農村部では新規に開墾された農地の拡大や人口の増加
 による需要増、そして一刀の勧める優遇策も相まって難民等の受け入れが特に順調に進んでいる。それを当てにした新たに流入し
 てきた者等が続々と襄陽に集まりそれを逐次受け入れもしていた。それ等による治安の悪化も一時期懸念されはしたものの警備隊
 の活躍や元から居た住民達の協力もあり、それは一時的なもので今はほぼ収束し落ち着きを見せている。魏に攻め込まれ負けた側
 の領民達も当初は不安や警戒の念を露にしていたが、戦が終わって三年という月日は彼等に気持ちの整理と転換を促すに十分なも
 のであったと言えるかも知れない。
  そして「衣食足りて礼節を知る」とはよく言ったもので、その二つが満たされてくるとこの街に流れ着いた者達の顔から影や怯
 えがとれ、人間らしく生きると言う当たり前の事を思い出した様だ。人々の生活と心に余裕が出来た事により、新たな人々の流入
 にも寛大になることが出来る。そして新たにここを訪れた者達もここを終の住家として精進した。
  そんな相乗効果もあり、襄陽は秩序を維持したままでの都市の拡大が益々図られ、その速度を上げていた。
  これには天の御遣いこと北郷一刀の名と、魏の武将の直接指導の下での開発と言う二点も大きく影響している。特に一刀が施し
 た新しい政策は短期間である程度の良い効果を襄陽の民やその周辺の者達にもたらした。それはほんの僅かの効果であり、良い事
 だけではなく痛みも伴うものも有ったのだが、民にとってはこの先自分達の暮らしが良い方向へと進むのではないかと思わせるに
 十分な切欠となった。そうなれば益々意欲が増すというものである。
  そして魏の武将が襄陽に直接赴いたことも大きい。以前の旧領主の様にただ中央から命令だけが届くのではなく、赴いた武将が
 襄陽の実情に合わせて開発の内容を柔軟に変更する事(ただ無秩序に何でも要望を聞き取り入れるわけではない)に安心や期待を
 感じていた。
  そしてもう一つあえて付け加えるなら、一刀の人柄もあった。良くも悪くも伝説的(?)な存在である天の御遣いの襄陽への赴
 任については当初様々な思いを襄陽の皆々は持っていた。旧態依然とした支配者的な印象から、神がかった天の御遣いと言う名の
 武将的な印象、そしてろくでもない醜聞まで様々なものである。街の者達も洛陽や許昌から来た商人等から多少の話は聞いていた
 が、それを全て鵜呑みにする訳にはいかなかった。文武百官を従え襄陽入りした一刀を街の者達は色々と複雑に入り混じった視線
 で見詰めていた。
  だが、それはいともあっさりと打ち破られる。鳴り物入りで到着した翌日から一人ぶらりと一刀が街の酒家に現れ食事をしてい
 る現実に皆は肩透かしを食らった。そしていざ話してみれば一刀の人たらしの能力も加わり、何の躊躇いもなく話をすることが出
 来る。気が付けばその夕刻には一刀の襄陽赴任の歓迎の宴会が酒家で執り行われていた。一刀にとっても襄陽の町の皆にとっても、
 それはお互いに幸せな遭遇であったと言える。
  その後は一刀の施した政策や虎退治、そして覗き騒動なども相まって一刀の評価は上々であると言えるものであった。
  
  
  今回の凪の赴任は少々変則的であると言える。全体で見れば沙和の赴任期間に比べれば長くなるのだが、間に帝の長安行幸が挟
 まる為に一月弱で一度洛陽に帰還する事になっていた。
「せやけど何かせわしないなぁ」
  襄陽の城の廊下を真桜と凪が並んで歩いている。そんな二人に気が付いた城の者の挨拶に真桜は返礼代わりに手を挙げながら凪
 にそう話し掛けていた。
「何がだ?」
「ん? いやな、凪こっち来てじきにあっちに帰らなあかんやろ」
「ああ、その事か。華琳さまも長安行幸の後にするかともおしゃって下さったのだが、少しでも早くこちらに慣れておこうと思って
 な。それに沙和は洛陽での新しい訓練を急がねばならなかったし」
「ああ、聞いたわ。なんや結構大きな配置転換があるんやろ? せやけど、それだけちゃうやろ」
  凪の当たり障りの無いある意味模範的な返答を聞いた真桜は下から凪の顔を覗き込む様に見上げながらそう口を開いた。その顔
 は何か含みがある様なワルい表情である。そんな真桜の顔を見た凪は顔を顰めながら口を開く。
「何だ? そんな顔をして……」
「正直におなり楽文謙殿……。たいちょの傍に早うに来たかったんやろ」
「そっ、それわ……」
「んなもん隠さんでもバレバレやで……。乙女やなぁ」
「…………」
  真桜の軽口に横を向いてしまう凪。それをニヤニヤとしながら見ていた真桜だったが、それに何も言い返さない凪との変な間に
 不安を感じた真桜が口を開いた。
「凪……、怒ってしもた?」
「ああ……いや、なぁ真桜」
「何?」
「最近、霞さまおかしくないか?」
「姐さん?」
「うん……、こうなんて説明していいのか……。上手く言えないんだが」
「ウチは別に……。まぁ、確かに最近はやけに陽気ちゅうか明るいわな。何や隊長に言われて連絡網? とか何とかの整備をせなあ
 かんとは言ってはったけど。それに別の場所に配備する騎馬隊の訓練もしてるはずやから、量の割りに何や上手い事進んでるみた
 いやからそれでちゃう?」
「そうか……、そうなのかな」
  真桜の話を聞いて納得した様な気になった凪。だが未だ何か引っかかるものがあり、心がざわつく様なモヤモヤする様なスッキ
 リとしない風の凪であった。
  暫くした後、その凪の予感は的中する事になる。



  一刀達が洛陽へと一時帰還するまで、既に十日を切っていた。各部署への一刀達が不在の間の工程の指示やそれにまつわる仕事
 の引継ぎはほぼ終わり、今は各所への仕事やそれ以外の細かい指示を残すのみとなっている。その為、仕事量に反して普段以上に
 バタバタと過ごしていた。
「凪ぃ〜!姐さん見いへんかった?」
「いや、今日は未だ見て無いがどうかしたのか?」
  城の廊下で真桜から声を掛けられた凪がそう答えた。やけに機嫌が良く見える。
「いやな、姐さん洛陽に帰る前に休暇取るって言うてたやろ、せやからどないすんかなぁって思てん。凪はたいちょのとこ?」
「ああ。引継ぎは一段落したから洛陽に戻るまでの打ち合わせをしておこうと思って。……霞さまは部屋には居なかったのか?」
「せやねん。せやからたいちょのとこかな思たんやけど……。あっ、そうや……、そう言うたら昨夜は凪さんとお励みやったんやな」
「なっ、何をこんな所で!」
「まあまあ、何を今更照れる程のネンネちゃうやろ。何時にも増して肌艶が上々やん」
「うっ五月蠅い!!」
  顔を赤く染めながら言い返す凪に真桜が茶々を入れている内に二人は何時もの執務室に近づいている。依然頬を朱に染めたまま
 未だブツブツと文句を口にしている凪の横顔を見ながら真桜は安堵していた。そして以前の凪に戻っているのではないかとと感じ
 ていた。
  だが、真桜は一つ思い出した事があった。それは以前華琳に言われた事である。
  華琳曰く「凪の壊れた心は元には戻らないかもしれない」と。
 「良くも悪くも凪は一刀に依存し過ぎている」と。
 「もし同じ事がもう一度起こったならば、凪は二度と立ち直る事は無いだろう」とも。
  それを聞いた時は言葉にならない不安と焦燥感を感じた真桜であった。が、今は不思議とそんな事には絶対ならないだろうと何
 故か確信している。これから先に寿命や病そして戦等でどちらかが先に死に別れる事はあっても、あの時の様に何も言わず一刀が
 この世から消える事等無いと当たり前に確信出来る。一刀は自分の居た天の国を捨てこちらの世界に戻って来てくれたのだ。そん
 な一刀なら尚更そう思えた。
「(ウチも十分隊長に依存してるやん……)」
  そう心で呟く真桜。
  それに今考えれば、あの言葉は華琳が自分の事を言っている様にも思えたし、魏の面々には皆当てはまる様な気もする真桜であっ
 た。

  そして何時も通り[のっく]もせず勢い良く部屋の扉を開けながら真桜が口を開いた。
「たいちょ、姐さん居る……って、何や隊長も居らへんやん」
  そう口にした真桜と共に誰も居ないやけに片付けられた執務室を見渡していた。普段ならもう少し乱雑に物が置かれているのだ
 が(勿論何処に何が有るかはほぼ把握している)、洛陽への一時帰還の為か整理が行われていた。だがそれは少々整い過ぎている。
 そんな風景に違和感を感じていた凪が一刀の机の上に置かれた二通の書簡を見付けた。
「何だ?」
  書簡に気が付いた凪がそれを手に取る。
「どないしたん?」
  そんな凪を眼にした真桜が近づいて来た。そして二通の書簡を見詰めている凪の脇から顔を覗かせる。
「いやこれが隊長の机の上に……」
  そう言って手に取った書簡を凪が真桜の方に向ける。一通は[休暇願]と書かれた霞の名が記されたもの。そしてもう一通は表
 にも裏にも何も書かれておらず、名も記されていない。
「なんやそれ?」
  そう言った真桜と顔を見合わせた凪が中を確認する為に書簡を開いた。
  そこには……
  「探さないで下さい
                北郷一刀」
  と書かれた紙が一枚。
  だが、どう見てもそれは霞の字で書かれたものであった。
「何やこれ……」
  書かれている文言ではなく、その文言の意図している事が理解できず呆気にとられたまま黙ってその書簡を眺めている凪と真桜。
「ああっ! たいちょと姐さんが居らんて事は……」
  真桜の声に凪がすばやく反応した。
「凪! どこ行くねん!!」
「騎馬隊の詰め所だ! 真桜は隊長と霞さまの部屋を頼む!!」
  そう凪は言い残すと、階段を下りるのも億劫に感じたのか窓から表へと飛び出して行った。

「どうやった? 凪」
「ああ、副長は訓練で朝から出ているそうだ。勿論、隊長と霞さまの馬も居ない。留守を預かっている隊員は何も知らされていない
 そうだ。そっちは?」
「隊長の[白いぽりえすてる]は残ってたけど、物がいくつか無くなってる。これは姐さんも同じや。無くなっとる物からどう考え
 ても旅支度やな」
「どうする? 副長を……」
  そう言って手に力を込める凪。そんな凪を宥める様に真桜が口を開いた。
「どうせ副長もグルや、いくら姐さんでも副長には話しとるやろ。せやからウチ等に顔合わしたないんでトンズラきめこんどんのや
 ろ……。今更追いかけるにしても遅すぎるし、どっち向いて行ったかも判らへんし……」
  真桜の言葉を聞いた凪は眉間に皺を寄せ顎に手を添えながら思案顔で口を開く。
「恐らく魏国内だとは思うが……、隊長と霞さまの馬では行動範囲が広過ぎて当たりも付けにくい……。一応休暇願いが出されてい
 るし、それは受理されているから大規模に捜索するなんて事は……」
  再び思案顔のまま口を開く事の無い二人。暫くの沈黙の後、天を仰ぎながら真桜が口を開いた。
「やっぱりこれは……」
「ああ……、霞さまにしてやられたな」
  今度は二人で俯きながら大きく息を吐いた。そして暫くの間脱力していた二人が奇しくも同時に天を仰ぎながら同じ事を叫んだ。
「姐さんズルイ!!」
「霞さまズルイ!!」



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  人里離れた川のほとりに焚き火の明かりが見える。その傍らには一糸纏わぬ一組の男女の姿が。上気した二人の身体を焚き火の
 炎が照らしている。それが肌を覆う汗を照らし出している様は神々しさではなく淫靡な様を一際浮き上がらせていた。女は誰憚る
 事無く嬌声を上げ何度も達している様だが、男はそんな事を気にも留めず女を求める事を止め様としない。女はそんな男の求めに
 至福とも淫猥ともとれる笑顔で答えていた。既に達し過ぎて力の入りずらくなっている四肢を必死に男に絡める様にしながら、そ
 の女は離れまいとしがみ付いている様にも、女からも貪欲に男を求めている様にも見える。男と女は上に下にと自分達の身体の位
 置を変えながらも決して離れる事は無く抱き合い何度もお互いを求め続けていた。
  そして、終わり無く続くかと思われた二人の行為は、突然終わりを告げる。その瞬間、女が身体をのけぞらしながら一際大きく
 身体中から振り絞ったが如く、まるで獣の様な長い嬌声を上げた後力無く男の胸へと倒れ込む。四肢を弛緩させ僅かに下半身を震
 わせながら身体を男に預けている女に男は今迄以上に強く抱き締め女の中へともう一度放つと、男の方も動くことを止めてしまう。
  静寂の戻った川のほとりで、二人の息遣いだけが小さく響いていた。

  二人は重なる様に寄り添い、焚き火の炎を眺めていた。
「んふふ……」
「ん?」
「にゃはは……」
「どうしたんだ?霞」
  先程から霞が漏らす奇声を初めのうちはただ聞いていた一刀であったが、放っておくと何時までも続きそうなので流石に声を掛
 ける。声を掛けられた霞は一刀の顔を見ながら笑顔で答えた。
「ん?何や幸せやなぁって」
「そうか」
「せや。やっぱ、出て行かんで正解やったなぁって」
「霞……?」
  霞の思いもよらぬ急な告白に一刀の声色が変わる。そんな一刀に霞はもう一度笑顔を見せると、焚き火の方へと顔を向けた。
「ウチな、一刀が居らんようになって少しした頃にな、魏から出て行こ思た事あんねん」
「…………」
  一刀は霞の話に口を挟む事無く、ただ霞の話に耳を傾けていた。それを察したのか霞もただ話を続ける。
「あの頃は何やっても面白ないし、酒も不味いし、皆無理してるの判るし……。何やウチの行くトコ行くトコ碌な事が起きん様な気
 がしてな……。ウチは疫病神ちゃうんやろか思てん」
「霞、誰もそんな事は……」
  霞の話を聞いて声色を変えた一刀の話を遮る様に霞は話をかぶせた。その顔は酷く焦っている様にも見える。
「あっ、それは判ってんねんで。孟ちゃんや皆にそんな事言われた事も、勿論皆そんな事おくびにも出した事無いし……、きっと誰
 もそんな風に思ってもないんやろうとは判ってんねん。正直、前居った月んトコよりも居心地ええ位やったし。これはホンマやで」
「なら……」
「せやけどな、そん時はそんな気がしてん。せやから西涼に行くたんびに、このまま一人で羅馬行ったろかてずっと思てたんよ」
「良かったよ……、霞が思い留まってくれて」
  そう言って一刀は霞を抱きしめ自分の方に引き寄せた。霞も身体を一刀に預け、そして抱きしめられてる一刀の胸に頭を持たれ
 掛ける。
「うん。今思たら何でか踏ん切りつかんかったのは、心のどっかで一刀は絶対帰って来るて思とったんかもしれへん。虫の知らせっ
 てやつ?」
「ああ」
「あん時やけのやんぱちになってのうて、ホンマ良かったわ。せやから、こうしてまた一刀に会えたんやし……」
「うん……」

「俺もな、向こうの世界にいる時世話になった貂蝉に言われたんだよ」
「貂……蝉……?」
「ん? 霞、知ってるのか?」
「えっ? いや、知らんで……」
  そう答えた霞であったが、少々、いや明らかに様子がおかしい様に一刀には見えた。一刀は「そう言えば、春蘭も貂蝉と会った
 時様子がおかしかったな」等とふと考えたが、アレと相見えて初見から普通にしていらる方がおかしいとも思える。そんな芸当が
 出来るのは大陸広しと言えども、華佗位であろう。だが、一刀は今はこれ以上追及する事無く話を続けた。
「そう? まぁ、こいつは見た目が化物みたいなんだけど、中身は……中身も化物なんだけどな」
「それって、ただの化物やん」
「うん。でもな、話してみると案外良い奴なんだよ。……基本は変態の化物だけどな」
  一刀の話を聞いた霞は、眉間に皺を寄せ暫く考えた後に一刀の顔を見ながら口を開いた。
「いや一刀、自分それでええんか? 何や自分考え方おかしなってないか? ウチ等と離れとる間に変なもんに目覚めたんちゃうや
 ろな? そう言うたら何やこっち帰って来てから華佗とえらい仲良うなってたし」
「…………」
「いや、一刀黙り込まんといて……、怖いやろ。で、なんて言われたん?」
「ん? ああ……、向こうに戻された時にアイツに言われたんだよ。
 魏の皆が俺を強く想ってくれてるって、そして俺を必要としているって。
 だから今度は前の様にこの世界にとって異物ではなく、この世界を構成する一つになれるかも知れないって」
  一刀の言葉を聞いた霞の顔が穏やかな笑顔へと変わる。そして、照れた様なはにかんだ表情で口を開いた。
「せや……、口にこそ出さんかったけど皆そう想ってたよ。ずっと待ってたんよ……」
「うん、だから俺も頑張れた」
「ウチ等にとっては三年、一刀は六年やったよな。ウチ等の倍も頑張ったんやな」
  霞の言葉を聞いた一刀は夜空に顔を向けた。そして何か思い出した事を口にしようとしたがそれを直ぐに口にする事は無く、一
 呼吸置いてから口を開いた。
「ああ……、でも案外あっという間だったな。それに、俺はこちらに帰れるって聞いてたから……、何も知らされず待っててくれた
 霞達に比べたらずっと気が楽だったよ」
  そう言って一刀は霞を抱きしめている腕に力を込めた。
「そっか……、そう考えたら何やズッコイな」
「ごめん」
  すると、今まで一刀に背を向け抱きしめられていた霞が向きを変え、今度は向かい合わせの形になり一刀を抱きしめ返す。
「ええんや、こうして一刀が帰って来てくれて、ほんでまた逢えたんやから。ニャはっ、やっぱ幸せやなぁ」
「ああ、そうだな」
  二人はそのまま口付けを交わす。霞が一刀を押し倒す様な形で二人は横になるが、離れる事はなかった。そして暫くすると何度
 目かの霞の濡れた嬌声が二人以外誰も居ない川のほとりで奏でられていた。


  幾だび目かの口付けの後、それに堪能した霞が唇を離すと一刀を見詰めながら口を開いた。
「せや、この旅の間のウチの名前考えてや」
「名前?」
「そうや、一刀は史忠やったっけ? 惇ちゃんだけになんてズルイやん」
「いや、あの時は仕方なくと言うか、差し迫った事情があったと言うか……」
「何や惇ちゃんの二番煎じみたいなんはしゃくやけど、……まぁ羨ましいっちゃぁ羨ましいし」
「そうか……?」
「うん。何か一刀とウチだけの第二の真名って感じがするし」
  そう言うと霞は一刀の胸に顔を当て目を瞑ってしまう。程なくしてすうすうと霞の寝息が聞こえてきた。
「ふむ……」
  一刀は一度大きく息を吐くと霞の頭を撫ぜながら星空を見上げ「さて如何しようか……」と思案を巡らせるのであった。

  ちなみにこの後、「撲陽の史忠は旅毎に連れ合いを変える」と言う噂が極一部で流れ、それを聞いた江夏の飯屋の女将が憤慨し
 ていたとも言われたが、それは又別の話である。



  今回は以前の様な他国の在りのままの云々等と言うお題目は無い。ただ普通に洛陽へと向かうのではなく、少々遠回りをして向
 かうだけである。なので江夏では昼は観光を装った視察が主で、夜の営みはあくまでもオマケ(勿論、これは一刀の主観であり周
 囲の者達の認識とは大きな齟齬がある)だったのだが、二人とも仕事続きであった事もありそれから開放された反動と、偽名を名
 乗りかつ二人きりと言う環境の変化も加味され少々歯止めが利かなくなっていたのは事実であった。
  日程の事もあり一つの街に長逗留する事等は無かったが、昼の市街の観光もそこそこに宿に篭っている事が多かった。そして翌
 日には艶っぽい話題を残しその街を発って行くのである。
  移動中に山小屋や景色の良い場所等を見付けるとそこに野宿してしまう事等もあり、しかも二人の一日の移動距離は一般のそれ
 とは比べ物にならない。その様な事も鑑み、神出鬼没な様相に拍車がかかり妙な噂を残す事になっていた。
  そして、次の日には許昌に到着出来るであろう街にその日の宿を見付け、二人は夕食がてら街の散策と洒落込んでいた。

「見る限り余り大きな街ではないって感じがしたけど、思った以上に賑わってるな」
「まぁ、ここいらは許昌にも近いし、治安や発展具合も上々やから。それに、洛陽や許昌の商売人達は海千山千の連中も多いから、
 いきなりそんな連中とやりあうのが不安な連中はここいら辺りが丁度ええんとちゃうやろか」
「ああ、なるほどな……」
  そんな会話をしながら腕を組み寄り添って歩く一刀と霞。傍から見ればただの仲の良い夫婦連れに見える。商人達も二人に話し
 かけたり商品を勧めたりしているが、二人は愛想良く断りながら通りを歩いていた。
  その時、通りの露店や商店を眺めていた一刀が思い出した様に口を開いた。
「そう言えばさぁ霞」
「何や?」
「霞も細作って雇ってるのか?」
  一刀の突然な言葉に霞は怪訝そうな顔で答えた。
「細作って桂花や稟達が雇てる様なやつ?」
「うん」
  会話の内容が先程までとは一変し仕事絡みの内容になった事に霞は渋い顔になったが、今はそれを口にする事は無く再び口を開
 いた。
「ウチは特別には雇ってへんよ。まぁ、騎馬隊の連中の中でそんなんが得意そうなのに真似事みたいな事はさせてるけど。それにそ
 の手の情報は軍師組の連中にもろてるからなぁ。ウチはあの手の連中は何や好かへんし、それにたまにやけどコッチの情報流す性
 質の悪いのも居るからなぁ。ああ、でも明命みたいなしっかりしたんが元締めに居る言うんなら話は別なんやろけど」
「ふ〜ん……」
「何? 一刀もそんなん必要なん?」
「んっ? 別に他国の機密情報を探って来い! なぁんて事じゃなくて、もっと庶民の暮らしとか身近な事なんだけど……」
「ん〜……、そう言うのは商人とかの方が詳しんやないの? 何や麗羽が最近手広うやってるみたいやし」
「ああ、桂花が書いて寄越してたなぁ……」
「ふ〜ん、ちゃぁんと連絡取り合っとるんやな」
  一刀の言葉を聞いた霞がニヤニヤとした顔でそう尋ねるが、一刀の答えはあっさりとしたものであった。
「まぁ、殆どが仕事の関係だけどな」
「で、残りは何なん?」
「オレへの愚痴と悪口と恨み言」
「自分等相変わらずやなぁ……」
  一刀の答えを聞いてケラケラと笑っている霞。そんな笑顔の霞を見ながら一刀は今する話ではなかったかと思う。どうも特に最
 近、仕事とそれ以外との切り替えが曖昧になっているように感じる。郭奉孝こと稟等に言わせれば「政を行う者としては当たり前
 だ」と言われるかもしれないが、自分自身どこか納得のいかない一刀であった。
  そんなモヤモヤとした気持ちを振り払うかの様に一刀が口を開く。
「よし。じゃぁ、今夜の食事は何にする?」
「ああ、それはウチにまかせて。ちゃあんと宿の主人にこの街のお勧めの酒家の場所聞いてんねん。こっちや」
  そう言って霞は一刀と組んでいる腕に力を入れる。そして二人は活気溢れる雑踏の中へと消えて行った。
  
  
  
  許昌に到着した二人を待っていたのは一刀の予想通りの展開であった。それは一刀と霞の二人の休暇の終わりを告げるものであ
 る。流石に許昌では少々変装した位では誤魔化す事は出来ない。門を警備している兵に一目でばれてしまった。
  いくら公の訪問ではないと話しても、兵達は態度を軟化させることは無く城へと案内しようとする。その両者の問答を眺めてい
 た他の者達も何事かと注目し始め、中には「あれは御遣い様ではないか」と口にする者まで現れ始めた。流石にこれ以上この場所
 で騒ぎを大きくしても意味がないと考えた一刀と霞はこの場を収めようと兵の指示に従う事にする。
  兵士に馬の轡を引かれながら城へと向かう一刀と霞。その周りを警護の為と兵士達が囲んでいた。流石にこの大仰な行列に苦笑
 いの一刀と霞であったが、その行列を遠目に眺めていた許昌の街の者達も馬上の人物に気が付き始めた。一刀や許昌の者達にして
 も久しぶりの再会であったために、市街に入った所で直ぐに人だかりとなっている。
  「御遣い様」「北郷様」と口々に集まってくる許昌の者達。大国の重鎮とは思えぬ気さくな対応に中には花や売り物の商品まで
 一刀と霞に渡す者まで現れ、直に一刀達は両手に溢れるほどの品物を手にしている。一刀がこちらの世界へと戻って来てから初め
 ての許昌訪問となる事もあり、熱烈な歓迎となっていた。
「まぁ、ここに来たらこうなる事は判ってたから……、しゃあないか」
  そう複雑な笑顔で一刀に話す霞に一刀も諦めた様な笑顔を返すしかなかった。



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  一刀達が許昌に現れた数日後、それを告げる知らせが洛陽にもたらされる。それを聞いた華琳は「そう。予定通りね」と短い返
 事を返しただけであった。
  いくら霞から話が通していたとは言え、華琳の反応に魏の面々は少なからず違和感を感じている。それは一刀と霞の二人揃って
 の急な休暇願いを華琳が聞いた時、大した反応を見せなかった事が一因であった。その後も華琳は普段通りの仕事ぶりを見せてお
 り、見方によっては普段より機嫌が良くも見える。江夏の一件を耳にした時とは全く逆の態度であった。
  「この忙しい時期にあの二人は何を考えているの! 乳繰り合ってる暇があるのならコッチを手伝いなさいよ!!」と眼を三角
 にして声を荒げていた荀文若こと桂花の反応の方が魏の面々には余程正常に思えた。

  そんな華琳に決裁を仰ぎに彼女の執務室に訪れた稟と程仲徳こと風は訝しげな視線を送っている。
「華琳さま、何か企んでるわね」
  そう風の耳元で囁く稟。
「ですね〜。ですが、こんな判りやすいのはどうかと〜」
「ぜってい何か裏があるぜ」
「おお、宝ャ。お前もそう思うですか。でもこうも露骨だと風も読みきれないですね〜。間違いなくお兄さん絡みだとは思うのです
 が……」
  風の言葉に黙ってうなずく稟。そして何かを思い出したのか口を開いた。
「そう言えば風。華琳さまが業に何やら私的に指示を出していると耳にしたのですが、何かつかんでますか?」
「さぁ……、何でもお百姓さんが何か掘り出したとか聞いた様な、聞かなかった様な……」
「何なのです?」
「まぁ、華琳さまの個人的な事には流石の風も首を突っ込めないのですよ〜。公の予算や人員を使っている訳ではないですし〜。稟
 ちゃんの寝台に付いてる隠し扉の中のモノについて風が何も口出ししないのと同じなのです」
  風の言葉を聞いた稟が顔色を瞬時に変化させた。
「なっ、何を……。いや、では無くて。華琳さまとわたしでは立場も意味も違うでしょう。聞いているのですか!」
「ぐぅぅぅ……」
「ええぃっ! 言うだけ言って寝るな!!」
「おおっ、余りにも判り易い反応と取って付けた様な言い訳に思わず寝てしまいました……。しかし稟ちゃん、色事が絡むと判り安
 過ぎです。乙女としては可愛らしいのですが、軍師としてはいただけないかと……」
  稟は既に赤い顔を益々赤く染め上げながら口を開く。恥ずかしさと多少の怒りから声が大きくなっている稟を、周りの文官や果
 ては華琳までが呆れた風な顔付きで眺めているのにも彼女は気が付いていない。
「私の事はどうでも良いのです! ……て言うか、何時見たのです? 私の部屋に勝手に入ったのですか?」
「ほら稟ちゃん、後ろが閊えているのですから進んだ進んだ……」
「風!」
  風と稟の掛け合いを呆れ顔で眺めていた華琳であったが、流石に終わりそうに無い様に思えて声を掛ける。軍師同士で仕事や政
 についての議論を白熱させているならまだしも、今の話の内容では流石に他の家臣達にも体裁が良くない。
「風、それに稟も。あなた達の掛け合いを見ているのも一興ではあるけれど、今は控えなさい」
  そう声を掛けられた稟がその声で我に返ったのか身体を小さくしながら「はい」と小さな声で答える。そして稟は風を睨み付け
 るが、風はそんな視線は何処吹く風とばかりに意に介す事も無く口を開いた。
「ああ、華琳さま。青州の事ですが……、それと行幸の隊列についての変更要請が……」
  何事もなかったかの様に仕事の話を始める風。
  間近に迫った帝の長安行幸に向け淡々と仕事をこなす魏の面々であった。
  
  
    懐かしい場所へ 了
  
  
おまけ

  それは一刀と霞が許昌に向かっている道中でのある夜の事。
「なぁ、一刀」
「何?」
「一つ聞きたい事があるんやけどええ?」
「うん」
  霞の真面目な表情での質問に一刀は何事であろうかと思う。
「これは魏の皆も多かれ少なかれ思てる事やと思うんやけど」
「うん……」
「一刀が向こうに居った時、どうやったん?」
「向こうでの事?」
「そう」
「ああ、大学に行ってたり……ああ、大学ってのはこっちで言う私塾みたいなものな、後は乗馬の練習したりボランティア……ボラ
 ンティアってのは奉仕活動の事で、それから……」
「いやいや、ウチが聞きたいのはそんな事ちゃうねん。……コッチの事や」
  霞はそう言うと一刀の顔の前に右手を突き出しおもむろに小指を突き立てた。
「ああ……」
  霞の仕草を見た一刀の顔が一瞬渋い物になった。それを見逃す霞ではない。
「やっぱり……。一刀が六年間も清いままなんて考えられへんもんなぁ。一刀……、今やったら絶対、絶っ対っに怒らへんから正直
 に話してみ」
「霞……、相手の過去の詮索なんて佳い女のする事じゃないぞ」
「え〜、好きな相手の全てが知りたいって可愛い乙女の女心やん♪」
  いつぞやの夜と間逆の台詞の二人。
「大丈夫や、孟ちゃんや皆には黙っとくから」
「あのな霞……」
「ええからサッサと話さんかい!」
  まるで戦場で見せるかの様な気迫に負けて結局洗いざらい思い出せる全てを話す羽目となった一刀であった。

  当然、その夜話した事は漏れなく華琳達にも全て伝わるのであったとさ。

  昔こっぽり大山やまの鳶の糞ヒンロロヒンロロ

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