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813 名前:岡山D ◆V9q/gp8p5. [sage] 投稿日:2012/01/11(水) 23:22:54 ID:mPpENutM0
 
 皆様、明けましておめでとうございます。岡山Dです。
 何とか松の内には間に合いました。

 懲りずに又投下させてもらいます。
 [その後の後始末と、新たなる邂逅]です。
 以前も書きましたが、本当に山も谷も無いです。


注意事項
 ・この作品は、魏ルート・アフターであり、萌将伝は含まれておりません。
  ですので、萌将伝と食い違う場面が多々ありますがご勘弁ください。
 ・キャラ同士の呼称や一刀に対しての呼び方が本編と違う場合が有ります。
 ・魏ルート・アフターと言う都合上、ストーリー上にオリジナル設定(脳内妄想)が有ります。
 ・関西弁や登場人物の口調など、出来るだけ再現している心算ですが、
  変なトコとかが有ったらゴメンナサイ。
 ・18禁なシーンに付いては期待しないで下さい。

 以上についてはご容赦のほどを。
 
 
 SS初心者なので、至らぬ事も多いかもしれませんが、よろしくお願いします。
 もし、感想・批評などございましたら、避難所の方へお願いします。
 
 本編はtxtで専用UP板にアップしましたのでご覧ください。
URL→http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0709



その後の後始末と、新たなる邂逅
    もしくは
      結局は春蘭の一人勝ち


「華琳さま!夏侯元譲、只今帰還いたしました!」
「お帰りなさい、春蘭」
  そう笑顔で答える華琳の元に、まるで大好きな主人の下にじゃれ付く子犬の如く、全身で喜びを表現しながら春蘭が近付いて行
 く。もし彼女に尻尾が有ったならば、千切れんばかりに左右に降られているであろう事は容易に想像出来た。
  襄陽を風達に連れられ出立した頃はこの後の事を考えると鬱々とした表情を見せていた春蘭であったが、洛陽の城壁が見える頃
 には久しぶりに華琳に会える嬉しさが勝ったのか居ても立っても居られない風の何時もの春蘭に戻っていた。
「襄陽での任ご苦労さま」
  そう華琳に労われた後、春蘭は玉座の間にて襄陽での報告を始める。それを華琳は笑顔のまま聞いていたが、報告の中に『貂蝉』
 と『卑弥呼』の名が現れた折は露骨に表情を変えていた。だが今はそれ以上に華琳は春蘭に聞きたい事が存在する。
  そして春蘭の報告が一段落した時、華琳がおもむろに口を開いた。
「春蘭、良く判ったわ。でも報告の中に一部はしょった曖昧なところが有るわね……」
  そう言った華琳が笑顔のまま右手を挙げる。すると春蘭は左右の腕を秋蘭と凪に抱えられた。
「ココでは何だから、わたしの私室に行きましょう」
  そう言った笑顔のままの華琳の眼が今は笑っていないのに、流石の春蘭も気が付く。
「……かっ華琳さま?」
「うふふ……」
  春蘭の問いに華琳はある意味怖い笑顔だけを返し、向きを変え自分の私室へと向かって行く。
「では姉者行こうか……」
「すいません、春蘭さま……」
  そう秋蘭と凪に抑揚の無い声を掛けられ、春蘭は華琳の私室へと連行されていった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  話は少々遡る。
  一刀・春蘭・沙和の三人を襄陽に送り出し、少々寂しくなった洛陽。そして烏垣の件で霞と稟まで幽州に赴いた為、一層それに
 拍車が掛っていた。特に陽の部分でのムードメーカー的存在の春蘭と霞そして一刀が不在の為、良く言えば落ち着いた悪く言えば
 静か過ぎる洛陽になっている。しかし、一刀が消えた時とは違い、悲壮感の様なものは無い。
  そんな洛陽の一刀の屋敷に華琳が訪れていた。
「庭の誂えは終った様ね」
  そう華琳は自らお茶を運んできた麗羽に声を掛ける。
「ええ、後は植木の仕上げの剪定に明日から園丁達が来るそうですわ」
  そう麗羽は華琳の前にお茶を置きながら笑顔で答える。ただそれだけの単純な動作であるが、麗羽のその卒の無さや作法の整っ
 たそれはとても優雅で気品が感じられた。この様なところは朝廷の礼儀・作法にも精通しており、それを無理なく自然に振舞える
 名族の袁家の名は伊達ではない。
  その置かれたお茶を手に取り、その香りを楽しみながら華琳は再び口を開いた。
「この庭を初めて見た時は、やはり一刀は向こうの世界に未練が有るのかと気を揉んだものよ」
  そんな華琳の言葉に一瞬驚いた様な顔をした麗羽であったが、直ぐに元の笑顔に表情を戻し答えた。
「まぁ、私達がそう思うのも仕方ありませんわ。実のところ、一刀さんは只向こうの庭を私達に見せたかっただけの様ですけど」
  そう言った麗羽と華琳は顔を見合わせ笑い合う。そして二人は完成間近の庭に目を移した。
  この様に華琳は休日の折、度々一刀の屋敷の麗羽の元を訪れている。それを麗羽も待っていたかの様に必ず迎え入れ、こうして
 他愛も無いおしゃべりを楽しんでいた。
  華琳はこんな麗羽との付き合い方を楽しんでいた。そして麗羽相手には先程の様な普段の華琳らしからぬ弱気な言葉を口に出来
 るこの関係が嫌いではなかった。
  桂花等の部下や春蘭や秋蘭の様に長い付き合いの者相手にも言いにくい事も、不思議と麗羽の前では素直に口に出来た。いくら
 付き合いの長い夏侯姉妹とはいえ、今は幼馴染ではなく上司と部下である以上二人の前で弱音を吐く訳にはいかない。例えその様
 な事を二人が望んだとしても、華琳の立場と矜持がそれを許さなかった。
  無論今の華琳にとって似た様な立場に居る桃香や雪蓮にも見せる訳にはいかない。そんな彼女を見る事が出来るのは、北郷一刀
 ただ一人であると言えた。
  しかし、華琳と一刀の間には異性であると言う壁が存在する。
  そして、唯一の同性で華琳の側に居り、桃香や雪蓮そして華琳と似た立場に居るのが麗羽である。正確には似た立場に居たと言
 う過去形ではあるが、当時この大陸に比類なき袁家を率いていた経験の有る麗羽には多少なりとも今の華琳の立場を理解する事が
 出来た。そして、今の華琳と麗羽はお互い争ったり張り合わねばならない立場(一刀に関しては除く)や、上司と部下の様な上下
 関係の立場には無い。その為、麗羽は華琳が弱気な面を見せたり、愚痴の言える良き友人足り得た。
  勿論、今の麗羽はそんな華琳の様子を他所で吹聴する様な事は有り得ない。麗羽にとっても華琳との今の関係は斗詩や猪々子と
 の間では築き上げる事の出来ない有意義で心地の良いものであったからだ。
「そう言えば華琳さん」
「何?」
「一刀様は何時洛陽にお戻りに?」
「全く……、貴女といい、陛下といい……」
  華琳は大きな溜息の後、目の前のお茶に口を付けてから話し始めた。
「一刀が襄陽に向かって未だ一月程じゃない。あの付近の開発をしているのだから、直ぐに戻って来る訳が無いでしょう。そおねぇ、
 開発の目鼻を付けて後任の者に託すまで……一年位は見ておいた方がいいわね」
「そんなに……」
  華琳の答えを聞いた麗羽はお茶を手にしたまま俯いてしまう。そんな麗羽を見た華琳は可笑しかった。つい最近、宮中に参内し
 た折に同じ質問を帝から聞かれ、その答えを聞いた帝と麗羽が同じ様な反応を示したからだ。
「何て顔をしているの……。陛下の長安行幸に付き添うから秋口には一度戻ってくるわよ」
  それを聞いた麗羽の顔がパッと明るくなる。しかしそんな麗羽を見る華琳の意地悪く笑った顔を見て麗羽は頬を朱に染めながら
 口を開いた。
「そう言う事は先に言って下さいまし」
  そう拗ねたような表情で話す麗羽を見た華琳はそれがまた可笑しくて自然と笑みがこぼれる。
「でも、そんなに長く一刀様と離れ離れで心配ではありませんの?」
「一刀がこの世界から居なくなっていた三年に比べればどうと言う事はないわね」
「それは……」
「まぁ、私の眼が届か無い事をいい事に羽を伸ばし過ぎるのは心配ね。あそこは呉にも蜀にも近いから」
「そういう事ではありませんわ」
「冗談よ。一刀は先ずは実績を作らないと……」
  そう言うと華琳は足を組みなおし、椅子の手すりに肘を乗せ頬杖を付いて横を向いていた。そんな華琳を麗羽は「お行儀が悪い」
 と言いたげな視線で見詰めている。
  麗羽との付き合いを肯定的に思っている華琳ではあるが、最近良く見せる様になったこんな麗羽の年上ぶった態度は癪に障る事
 の一つであった。それを感じるにつけ、華琳は腹が立つ様なそれでいて気恥ずかしい様な思いになる。
  そんな視線を感じ姿勢を正した華琳を見て、麗羽は表情を崩し口を開いた。
「実績?天の御遣いの名では足りませんの?」
「抽象的と言うのか、漠然としていると言うのか……、春蘭や桂花の様な判り易さが無いのよ。以前は一刀は余り表立った場所に居
 させなかったから。洛陽や許昌の者達はまだしも、そこから離れている地方の者達は一刀の名を聞いた事はあってもアレを見た事
 の無い者達が殆どだしね。中にはその名を胡散臭く思っている者や存在を疑っている者も居るわ。貴女も初めはそうだったでしょ
 う?」
「確かにそうですけど……」
「そんな連中を納得させる為にも実績が必要なの。その為に襄陽を一刀に任せたんだけど、今思えば……」
「思えば?」
「襄陽の様なある程度出来上がっている所よりは、何も無い所に一から造らせた方が一刀の未来の知識をもっと前面に出し易かった
 のかも知れないって思うわ。でもそれでは時間が掛り過ぎるし……」
「余り長いと寂しいですものね」
「だからそうじゃないって言ってるでしょう」
  そんな二人の元に一刀の屋敷の家人が声を掛けた。
「曹丞相、袁本初様、ご歓談中に御無礼いたします」
「何事ですか」
  麗羽の声を聞いて、一層畏まった家人が二人の元に近付いて礼を取りながら再び口を開いた。
「はい、城から曹丞相のお迎えの者が御出でになっております」
  それを聞いた華琳の顔が怪訝なものに変わった。
「城の者が私を……、約束の刻限には未だ早いのだけれど」
「何事かあったのでしょうか?」
  そんな華琳と麗羽の疑問に答える様に家人が口を開いた。
「襄陽から報告が届いた由に御座います」
「襄陽から……、他には何か言っていたか?」
「どうやら御館様についての事の様で御座います。それ以上は何もお伺いしておりません」
  話を聞いた華琳は思案顔になる。もし緊急を要するならば秋蘭なり桂花なり武将格の者が来るだろうし、一刀の屋敷の家人に取
 次ぎ等させないだろう。只の報告であれば華琳の帰城を待てば済む事であるが、自分に迎えをよこし尚且つ一刀の屋敷の家人に取
 次ぎを行ったとすれば、その報告の重要度は推し量れる。
「判りました。城に戻ります。麗羽、慌しくてごめんなさ……」
「いえ、一刀さんの事についてのものであるなら当然私も参りますわ。よろしくて?」
  麗羽は華琳の言葉を遮り、そう言いながら立ち上がる。勢い良く立ち上がった為、麗羽の豊かな胸がこれ見よがしに存在を主張
 した。今の華琳の位置からは麗羽の胸越しに彼女の顔を見ている事になる。思わず「イラッ」っとした華琳であったが、今は一刀
 の報告の事もあり気分を入れ替える。が、無意識の内に顔に出ていた様だ。
「どうかしまして?」
「いいえ……、さっさと行きましょう」
  座ったままこちらをじっと見ている華琳を不思議に思った麗羽が声を掛けるが、華琳は少々棘の有る声で答えると立ち上がり迎
 えの者が待つ場所へと向かって行った。

  城に到着した華琳達を彼女の執務室で待っていたのは、秋蘭・桂花・風・流琉・季衣の報告が届いた折城に居た面々であった。
 華琳と一緒に麗羽も現れた事に一同が少々驚いてはいたが、それについては黙したまま華琳が執務用の席に付くのを見ていた。
「これが沙和の名で華琳さま宛てに届けられた報告書です」
  それを桂花から受け取った華琳がおもむろにそれを開き目を通し始める。
  秋蘭達もそれの内容が一刀に関しての物であることは届けて来た者から聞いてはいたが、華琳宛てであった為内容等は確認して
 いない。
  暫く黙したまま報告書を読んでいた華琳であったが、それに焦れたのか麗羽が口を開いた。
「華琳さん、報告書には何と?」
  そう言われた華琳は一度麗羽の顔を見て再び報告書に目を落としてから話し始めた。
「これによると……」
  そして華琳の口から一刀と春蘭が江夏に向かう事に成った顛末が説明された。
「良かった……。一刀さんのお命に関わる様な事ではなかったのですね」
  そう言って麗羽は安心した面持ちで側に有った椅子に座り込んだ。その場に居た者達も一様に安堵の表情を見せている。
「しかし、兄様達大丈夫でしょうか?」
  流琉の疑問に秋蘭が続いた。
「うむ、幾ら不可抗力とはいえ無許可で江夏に潜入は危ういな」
「ですよね〜。お兄さんの場合は噂は届いていても顔は知られていないのでどうとにもなるかもしれませんが、春蘭ちゃんは良くも
 悪くも有名人ですしね〜」
「あの二人が細作の真似事なんかできるの?絶対無理でしょうに」
  風と桂花に続いて季衣が口を開こうとしていたが、その表情から何かを察した流琉に止められていた。
「華琳さま、こちらからも応援に人を向かわせますか?同道している姉者の部下も少数の様ですし」
「それは止めておいた方がいいわよ。事を大きくしても意味が無いし、時間的にも無理があるでしょう」
「ですね〜。流石のお兄さんでも長居はしないでしょうし……」
  そして今迄黙って皆の話を聞いていた華琳が口を開いた。
「そうね……、秋蘭の気持ちも判るけれど、桂花の言う通り大事にしては意味が無いし、風の言う事も尤もでしょうから、今のとこ
 ろは静観としましょう」
  華琳の言葉に皆が頷くのを確認した華琳が再び口を開いた。
「桂花、何事かあった時の為に言い訳は考えておきなさい」
「今江夏を治めているのは孫仲謀と甘興覇の二人です。あの堅物達に言い訳が通じるでしょうか?」
「それでも考えなさい。いざとなれば私の名前を出しても構わないわ」
  そんな華琳と桂花の話を聞いていた風が口を挟んだ。
「最後の手段として、陛下に一筆書いてもらうのはどうでしょう。お兄さんは陛下のお気に入りですし、お兄さんが襄陽に行ってか
 らはまるで遠く離れた恋人を想う乙女の様にお兄さんの洛陽への帰還を待ちわびていると聞き及びますし〜」
  風の言葉を聞いた秋蘭と桂花は「何を言っているんだ」と言う様な顔で風を見ていたが、華琳は表情を変える事無く風の顔をじっ
 と見た後口を開いた。
「……それこそ大事でしょうに。先ずはあの二人が馬鹿をしない事を祈りましょう」
  そう言って華琳は再び報告書に目線を戻していた。



  その後続々と沙和から送られて来る報告書の内容をを見た洛陽の面々は当初の慣れぬ土地で慣れぬ事をしている二人を心配して
 いた雰囲気は霧散し、其々が様々な表情を見せていた。
  回を重ねるにつれ段々と沙和の筆が荒れてくるのも然もながら、それを読んで赤面する者、何故か不機嫌になる者、呆れる者、
 悶える者等々、多種多様な反応を示している。
  一刀からは「呉の重要施設には近づく気は無く、街やそこの民の様子を見るだけ」との一文が早々に送られてきた為、皆は多少
 なりとも安心していたのだが、春蘭の部下が綴った一刀と春蘭の江夏での行いを微に入り細に渡り記して送られて来る報告を見た
 洛陽の面々は、少なからず心が悶々としているのを感じていた。沙和も感じていた通り、江夏から続々と送られてくるそれを見る
 限りでは「仲良し夫婦のお熱い江夏観光道中記」にしか皆は思えなかった。
  そして一刀達全員が無事江夏を脱出し、襄陽へと戻った由の報告を読んだ洛陽の面々は皆不気味な笑顔を浮かべていた。
「うふふ……、色々とやってくれるわね一刀」
「あのバカ……、今回の事が後々に呉との禍根になりかねなかったって事判ってるのかしら」
「うむ、それについては一言言っておかねばならぬが、今回は素の江夏の営みが見聞き出来たという事で……。どうでしょう?華琳
 さま」
「ええ、その点については意味が有ったわね。一度細作達の目を通したモノではなく、他国の武将格の者がその様な事に直接触れら
 れる事は稀だし……」
  華琳と秋蘭の会話に少々不満顔の桂花が渋々と言葉を漏らす。
「確かにそれはそうですが……」
「今回に限り計画の遅延等も無い様だから厳重注意と言う事にしましょう。でも、一刀なり春蘭なりから直接聞かなければならない
 事が多々有るわね」
「はい、北郷には襄陽の開発責任者としての責務が有りますので、ここは姉者を呼び戻すのが順当かと」
「ですね〜。直に霞ちゃんがあっちに向かいますから、その入れ替わりで〜」
「そうね、今はあの辺りは落ち着いている様だし、陛下の長安行幸の下準備とでも託けて春蘭を戻しましょう。風は前から予定して
 いた襄陽再開発の初期段階での途中経過の確認も兼ねてあの子を連れて帰って来なさい」
「了解です〜」
「では解散」
  何時も通りの揺るぎない華琳の即断即決にその場に居た面々は決定事項に誰一人として口を挟むものは居なかった。そして華琳
 の解散との言葉を聞き、皆自分の持ち場へと戻り始める。そしてその中の幾人かは「どう理由をつけて襄陽に行くか」を考えなが
 ら歩を進めていた。

  勿論、洛陽に送られた報告書と同じ物が襄陽の沙和から現在幽州に赴いている霞と稟の元にも送られており、これを読んだ霞は
 「惇ちゃんだけ……何でやぁぁぁ!!」との絶叫を幽州の山々にこだまさせ、稟は今後の幽州の安定を占う取引でもありじっくり
 と時間を掛けて行う心算であったが、相手も驚く程の譲歩を自ら持ち出し(無論、これによって魏が一方的に不利に為る事等にな
 りはしない。稟にとっては十分許容範囲内での譲歩)早々に話を纏め、そして馬を受け取った二人は呆気に取られている烏垣の交
 渉役を尻目にそれを部下に預け、春蘭の査問会に間に合うべく凄まじい勢いで南下を始めていた。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  そして今は春蘭は華琳の私室で華琳以下の武将・軍師達面々に車座に囲まれた中央の椅子に座らされていた。勿論、その面々の
 中には正に矢の様な勢いで幽州から舞戻った霞と稟や、今日の集まりを聞きつけた麗羽の姿もあった。
  ちなみに、霞直属の騎馬隊の猛者達ですら三分の一が落伍したと言われるこの度の幽州からの行軍は、『幽州大返し』とも『乙
 女の意地の行軍』とも言われ、魏の騎馬隊の中では後々まで語り草となっている。
  そして、魏武の大剣と称され正に魏の武力の頂点たる夏侯元譲とは到底思えぬ、まるで生まれたばかりの小鹿の如く震えている
 春蘭を飢えた猛禽の如く鋭い視線で見詰めている魏の面々。そんな春蘭の対面の位置に陣取った華琳が口を開いた。
「では春蘭、さっきの報告では・あ・え・て・省いた部分を報告してもらいましょうか」
  そう言った華琳の顔を春蘭は恐る恐る上目遣いに見詰めて口を開いた。
「あっあの……華琳さま、どうしても話さなきゃいけませんか?ここで」
  そんな春蘭に返した華琳の答えはにべもないものであった。
「ええ」
  そんな華琳の答えを聞いた春蘭は縋る様に秋蘭に視線を移すが、秋蘭は眼を閉じ無言で只首を横に振るだけである。
「さあ、早く……」
  そう一段低い声で促す華琳の言を聞いた春蘭は大きく肩を落とし、そしてゆっくりと顔を上げた春蘭は意を決したのか、はたま
 た諦めたのかぼそぼそと話し始めた。

  春蘭の話は、江夏に着いた当日の夜こそ笑い話で済む程度の内容であったが、それが二日目・三日目と日を重ねる程内容は濃く
 そして淫靡にへと変化していった。幾ら春蘭でも流石に多少ぼかした話をするであろうと高を括っていた面々も、その内容に段々
 と春蘭の話に釘付けになっていく。
  皆は春蘭を甘く見ていた。それは決して皆が春蘭を馬鹿にしていたのではない。春蘭の良い意味でのバカが付くほどの素直さを、
 そして実直さを甘く見ていたのだった。
  春蘭は江夏での、毎夜一刀が耳元で囁いた言葉を一字一句漏らさず、そして一刀が春蘭におこなった全ての所作を余す事無く話
 し続ける。
  そして皆はその話に魅了されている。誰一人として口を挟む者など居らず、異状に緊張した静寂の中、皆恐ろしい程の集中力で
 春蘭の話に聞き入っていた。
  始めこそ顔を顰めていた桂花も今は前のめりになっているし、何時もは眠たげな眼の風ですら今は眼を見開き聞いている。若輩
 の季衣や流琉、そして魏に身を寄せて未だ日の浅い袁家の三人は話の途中からその真っ赤になった顔を伏せてはいたが、耳だけは
 その話の全てをを聞き漏らすまいと集中していた。特に今回の議事進行を記載していた斗詩は、その内容に文字は乱れ箇所によっ
 ては判別不能な状態のところも多々あり、そこを軍師達と補完しその後清書したものを華琳に提出するのに数日を要した。華琳と
 秋蘭と凪そして霞は紅く染まった顔を隠す事無く、春蘭を見詰めたままその話に聞き入っている。稟にいたっては話が始まって直
 ぐに何時もの如く鼻血を吹いたが、今回に限ってはその後も意識を失う事無く辺りを血に染めたまま最後まで話を聞いていた。
  そして話は遂に江夏最後の夜の話に至り、その昼間に食堂で焚きつけられた春蘭があの台詞を言い、一刀ですらよく覚えていな
 いあの夜の事を克明に何一つ漏らさず話したところで聞いていた者達は感情の頂点を迎えていた。

  春蘭の永遠に続くかとも思えた話が終わり、面々は皆一様に疲れ切った様相を呈していた。それに比べ春蘭は話している内に気
 分が高揚したのか、良い笑顔で話し切ったと言う様な皆とは間逆の表情を見せている。
「春蘭、良く話してくれました。大儀でした……(少しは手加減しなさいよ……全く)」
  春蘭が話し始める前の勢いとは打って変わって良く判らない言葉を掛ける華琳。そのまま今日は解散と相成ったが、誰一人直ぐ
 に立ち上がれない。
  暫くして、一人又一人と華琳の私室を後にするのを、春蘭が不思議そうな眼差しで眺めていた。

  勿論、今回の話の内容は襄陽の真桜と沙和にも一言一句漏らす事無く書き写され彼女達の元へと送られている。それに眼を通し
 た二人も洛陽の面々と同じ様な反応を見せていた。
  しかし、洛陽と襄陽では大きな違いが一つある。そう、ここ襄陽には北郷一刀が居る事である。
  無論その夜、二人が異様な雰囲気で一刀の寝室に押しかけたのは言うまでも無い事であった。

  ここからは余談ではあるが、この報告書が何故か世間に漏れ『ある夫人の告白』との題名で出版されるに至った。登場人物の名
 前や地名は手が加えられ多少の脚色も加えられていたものの、基本的な内容は春蘭が語ったその物であった為に内部犯行説が有力
 であったが、著作者は『戯志才』『宝ャ』『吉利』と時期によって換えれていたり、著作者毎に文章表現が多少変化しており、複
 数犯説も取り沙汰されたりもしたが、最後まで犯人は特定される事は無かった。
  それは瞬く間に評判を呼び海賊版が出版される騒ぎにまで発展すると、夫婦の夜の指南書としてこの大陸での一大ベストセラー
 となる。後年、それは嫁入り道具の一つに数えられる様にまでなるのであった。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  話は現在の襄陽へと戻る。
  愛紗達は真桜に先ずはと通された部屋に居た。そこは客人用にあつらえられた部屋で、襄陽の城内に幾つか在るものの一部屋で
 ある。その部屋は余り物が置かれておらず、一見質素に見えるが置かれている調度品の一つ一つは派手さは無いが気品のある趣味
 の良い物であった。そんな落ち着きのあるこの部屋に愛紗は好感を持っていた。
「(この部屋の意匠は華琳殿の趣味とは少し違うな……)」
  そんな事を思いながら愛紗は窓辺に近付き、そこに置かれた椅子に腰を掛けそこから襄陽の城内を眺める。真桜の言う通り襄陽
 の市街や城内は開発中である為、確かにゴタゴタしていた。しかし、愛紗はそれを活気が有ると感じた。市井の者達のそんな雰囲
 気が愛紗は嫌いではなかった。
  そして屋内に視線を戻せば、部屋の机に用意されていた菓子の山に恋達が群がっている。それを城の侍女がニコニコと微笑みな
 がら眺めていた。恋の方天画戟は無造作に壁に立て掛けられており、警戒心の欠片も無い様だ。部屋に通された時、山積みになっ
 ていた筈のお菓子の山は既に八割程が恋や美以達の胃袋に納まっていたが、愛紗の視線に気が付いた恋が近付いて来た。
「……ん、愛紗も食べる。初めての味、美味しい……」
  恋が差し出したお菓子を愛紗は受け取り、そのまま口に運ぶ。
「本当だ……、美味しい。何を使っているのだろうか?材料を聞いて江陵で作ってみるか」
  それを聞いた恋は大きく表情を変える事は無かったが、頭の触手は力なく垂れ下がっていた。
「どうかしたか?恋」
「………………ううん」
  恋の返答にいまいち納得のいかない愛紗であったが、同様に机の周りで食べていた美以達も食べる手を止め愛紗を見ていた。
「何だ、お前達まで!……最近はマシになったではないか、桃香さまも褒めて下さったぞ!」
  そして苦笑いの音々音が口を開いた。
「いや……、愛紗殿。それは大人の対応と言うか……」
「とーか毎回ふらふらニャ」
「ふらふらにゃ」
「そーにゃ、ふらふらにゃ」
  美以達の追い討ちに愛紗が声を上げ様とした正にその時、勢い良く部屋に入って来る者が居た。
「大王しゃま〜!!」
  入って来た時の勢いのままシャムが美以に抱きついた。初めはいきなりのシャムの登場に面食らっていた美以達南蛮の面々も、
 丸くなって皆抱き合っている。
「シャム、元気だったニャ?ケガはないニャ?寂しくなかったニャ?」
  立て続けに質問してくる美以にシャムは笑顔で答える。
「うん。元気だしケガもないにゃ。にい様やまおーやさわやふうやるるやみんめーが居たから大丈夫だったにゃ」
「そうかぁ……、よかったニャ」
「よかったにゃ」
「そーにゃ、よかったにゃ」
「うん……」
  そう言って四人は再び抱き合う。四人の目尻には涙が溜まっていた。
  そしてそんな四人の元へ愛紗や恋そして音々音も近付いて行く。恋は何も言わず只黙って笑顔でシャムの頭を撫ぜていた。勿論、
 愛紗と音々音も笑顔である。
「れんれん様、ねね、あいしゃ様も来てくれたにゃ……」
  三人に気が付いたシャムが一人づつ順番に抱きついて行く。シャムなりの感謝を表した行動なのだろう。
  そしてシャムを抱き締めながら愛紗がシャムの耳元で囁いた。
「もう一人だけ居なくなったりするんじゃないぞ」
  そう言われたシャムは一度愛紗から離れ、愛紗の顔を真っ直ぐ見詰めながら答えた。
「うん」
  そしてシャムは再び愛紗に抱きつく。そんなシャムを愛紗もしっかりと抱き締めていた。

  蜀の面々の感動の再会が一段落付くのを見計らったかの様に一刀が真桜を従えて部屋に入って来た。
  それに気が付いた愛紗達が一刀に近付き礼を取った。もう一方の美以達はつい今迄再会を喜び合っていたのだが、今は「シャム
 だけこんな美味しい物を毎日食べていたのか。ズルイ」とシャムに文句を言っている。
「我が名は関羽、字は雲長と申します。北郷殿で間違いありませんか?」
「はい、私が北郷一刀です。関羽殿、そんなに改まらなくてもいいですよ」
「いえ、今回はそちらに多大なご迷惑をお掛けした事お詫びいたます。そして何よりシャムを無事保護して下さった事に御礼申
 し上げます」
  そう言って頭を下げる愛紗に合わせる様に後ろの恋と音々音も頭を下げた。
  彼女達に頭を下げられた一刀はかなり慌てていた。何しろ三国志の中でも重要な登場人物である関雲長・呂奉先・陳公台にいき
 なり頭を下げられたのだ。正直居心地が悪いどころではない。
  愛紗の人となりについては魏の軍師達や星から幾らかは聞いていた一刀ではあるが、ここまでとは思いも依らなかった。「筋を
 通す事はきちんと通す」そんな生真面目な愛紗の性格に一刀は改めて感心し、好感を持っていた。
  しかし、同時に「もっと大らかにしてもいいのに」とも思う。何しろ美髪公こと関雲長と言えばこの大陸に勇名轟く呂奉先と並
 ぶ蜀の武の象徴でもある。「自分の様な下っ端相手に幾らシャムを保護したとは言え、ここまで畏まって頭を下げる事はしなくて
 も……」等とも一刀は考えていた。
  この二人の意識の齟齬はお互いに原因が在ると言える。
  愛紗は三国が鼎立したとはいえ蜀は事実上の敗戦国、と言う意識がどうしても抜けきらない。そして大戦の戦勝国である魏の古
 参であり重鎮でもある北郷一刀に対して自分を一段下に考えている。その辺りは愛紗の性格が良く現れているとも言える。
  一方の一刀は、自分は他国の者から魏の重鎮と見られていると言う認識が、そして自分が華琳の部下であると言う意識は有って
 も自分が魏の重鎮であると言う意識が一切無い。本人も三羽烏達の上司と言う自覚は辛うじて有るものの、魏以外の人間が認識し
 ている程の立場に有るとは露程にも思っていないのである。これについては日頃から華琳や稟に口酸っぱく言われている事ではあ
 るが、今のところ全く改善の兆しが無かった。
  己の地位に奢り高ぶりの無い一刀の性格はそれ自体美徳であるとも言えるが、過ぎれば卑屈にも見える。現代日本で小市民とし
 ての生活の長かった一刀がそれに慣れるのは、未だ数年を必要としていた。

  そんな居心地の悪い雰囲気を打破しようと一刀は無意識の人垂らしの能力を発揮し始める。それは直ぐに効果を発揮し、程なく
 愛紗や恋から変な緊張感が薄れていくのが判った。するとシャムが一刀の傍らに近付き、それにつられる様に美以達が一刀に纏わ
 り付いていく。それも功を奏したのか、愛紗達三人と一刀の距離感が近くなっている。
  それらにより、程なく場の雰囲気が見る見る内に変わっていくのが側に居る真桜には見て取れた。
  それを真桜は複雑な面持ちと心境で見詰めていた。
「(あーあ、愛紗はん達見事に隊長に丸め込まれてるやん……。ホンマ隊長のアレは性質悪いよなぁ。まぁ、隊長真面目にしてる分
 は男前やし……、人当たりはごっつええからなぁ……。こうやって相手をほあっとした気持ちにさせといて、次は気さくな部分を
 出しながら居心地のええ関係に持っていって、ほんでいざっって時はちゃぁんと決めてくる。で、気が付いたら隊長大好き!抱い
 て!ってなってるからなぁ……。チョロいよなぁ……、まっウチも他人の事は言われへんけどな)」
  そんな事を真桜が思っていると、呉の面々の出迎えに赴いていた沙和が現れた。
「隊長、呉の方々三名がお部屋に入られたの〜」
  そう一刀に伝えた後、沙和は恋達に手を振っていた。
「ああ……って、えっ?使節は二人じゃなかったっけ?」
「うんん、蓮華様と穏さんと思春さんの三人なの〜」
  一刀は美以とじゃれ合っていた手を握ったまま、驚いた顔で沙和を見詰めている。そんな二人の会話を聞いていた愛紗が口を開
 いた。
「呉の使節が来ているとは真桜殿に聞いていたが、蓮華殿も来ているのか?北郷殿、よろしいのか我々に構っていて?」
  そう心配そうに話しかける愛紗に一刀は立ち上がりながら答えた。
「ええ、大丈夫です。あちらは船で来られたので一段落するまでには時間が掛りますから」
「なら良いのですが」
「ええ、でも何で孫権殿まで……」
  そんな思案顔の一刀の袖を引っ張る者が居た。シャムである。
「何だシャム?……そうなのか?」
  一刀の言葉に黙って頷くシャム。
「なら何時も通りで」
  一刀にそう言われ、シャムは笑顔を返し皆の居る部屋を後にした。
  そんな一連の一刀とシャムの会話と行動が全く理解出来ない蜀と南蛮の面々は黙ってシャムを見送っている。
  このシャムが一刀の袖を引っ張るのは、「近くに不審者が居る」と言う二人で取り決めた合図であった。不審者と言っても主に
 明命を指しており、本当に一刀の命を狙った刺客等は一度も現れた事は無い。
「ほっ北郷殿……?」
「ああ、関羽さん説明するから一寸こっちに。他の皆もいいかな」
  一刀に促され蜀や南蛮の面々が集まってくる。そして一刀の指示により頭を引っ付け合わす様にしゃがんで小さく円陣を組んだ。
「何で……、何でわざわざこんな事をさせるですか」
  思った以上に一刀の顔が近くに有る事に動揺している音々音の言葉に一刀は笑いながらそして小さな声で答えた。
「うん、こうやってひそひそ話していれば周泰ちゃんも気になるだろう。それに口元が見えないから読唇術も使えないし。それに少
 しでも周泰ちゃんの気を引き付ければシャムが有利になる」
「明命殿が?」
「うん、この城内の何処かに居る」
  一刀の言葉を聞いた恋が一度顔を上げるが、直ぐに元の体勢に戻る。
「まぁ、理には適ってはいますですが」
「だろう。では話を続けよう。実わね……」
  そして一刀はシャムの行動の経緯を話し始めた。その話には多少面白おかしく一刀による脚色が成されてはいたが、基本は在り
 のままをを話した。
  一刀が話し終えると、蜀や南蛮の面々は口々に感想を漏らした。
「シャムにそんな特技が有るとは……」
「……うん、シャム凄い」
「確かに凄いのです。あの明命殿と渡り合うとは……。しかし明命殿も何も馬鹿正直に付き合うことは……」
「ふふん、そんなの当たり前ニャ。シャムはみいの家来ニャ、凄いのニャ」
「凄いのにゃ」
「そーにゃ、すごいにゃ」
  愛紗達三人はただ驚き感心し、美以達三人はそれが然も当たり前の様にそして自分達が褒められているが如く胸を張っていた。
「では今シャムは……」
「うん、今呉の使節の人達が来てるからね。それに合わせて周泰ちゃんも来てるんだと思う。何もこそこそ来なくても普通に来れば
 いいんだけどね。いまさら一人や二人増えても変わらないし、孫権殿自体ここに居るのはおかしいんだから……。ああっ孟獲ちゃ
 ん、だからシャムを一寸借りるけどイイかな?」
  一刀の言葉に美以は笑顔で答えた。
「んっ、構わないのニャ。南蛮の凄さを呉に見せ付けてやるのニャ」
  そんな美以の答えに「いや、既に十分見せ付けてると思う」等と思っている一刀であるが、今は口にしない。
  そして円陣を解いて立ち上がった一刀が口を開いた。
「ではこの後細やかながら宴席を設けますのでそこで」
  そう言って部屋を後にしようとした一刀に音々音が声を掛けた。
「御遣い……いや北郷殿!」
「何か?」
「もし宜しければ襄陽の視察を許可願えませんですか?」
「視察?」
「はい」
「明日から呉の人達を案内するけど一緒でもいいかな?」
「勿論なのです!」
「なら向こうにも話を通しておくよ。では関羽さん、また後ほど」
  そう言って一刀は部屋を後にし、呉の面々が待つ部屋へと向かって行った。

「ねね、出立前に頑張った甲斐があったな」
「はいなのです。魏のそして天の知識と技術、今ここにある全てをこの眼で見てやるのですよ」
  愛紗の言葉に興奮気味に答える音々音。音々音の身体の前で握り締められた拳からもその度合いが見て取れる。
「……宴、……宴会、……ごはんがいっぱい。……楽しみ」
  恋の興味の方向は違う方へと向かっていた。



         〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜 〜〜〜☆〜〜★〜〜☆〜〜〜



  呉の面々は船で襄陽に着いた為、愛紗達より早くに到着していたにも関わらず時間が掛っていた。しかも正式な使節団である為、
 人も物資も格段に多い。大所帯を気にしていた愛紗であったが、こちらとは雲泥の差である。
  船を接岸させて早々に、荷揚げの指示を出している思春とは別に、蓮華と穏が新設中の港と建設中の側の建物が見える方へと向
 かっていると沙和が声を掛けた。
「ああっ、蓮華さま。そっちは未だ危ないの〜」
  その声に振り向いた蓮華が「やはり」との顔付きで沙和を見た。
「やはり他国の者には見せられぬ……」
  だが、蓮華の言葉を遮るように発せられた沙和の言葉は彼女の想像していたものとは違っていた。
「そこから向こうは未だ石積みが固定されていないから危ないの〜。見たいのなら……高い所は蓮華さま大丈夫?」
「えっ?そうなのか。……高い所?」
  沙和の言葉に少々間の抜けた答えを返す蓮華。そんな蓮華の言葉に頷いた沙和は近くの櫓を指差していた。すると今度は穏が口
 を開いた。
「船からも見えたんですけど、あれは何なのですかぁ?」
「あれは隊長に言われて真桜ちゃんが造った[くれーん]なの〜。投石器を改造したもので物を上げ下げする絡繰なの〜。詳しい事
 は沙和じゃなくて真桜ちゃんに聞いて欲しいの〜」
「ほう」
「これからは船の荷物の揚げ降ろしにも使うんだって」
  そして実際に稼動している[くれーん]に目をやる蓮華達。それはかなりの量の石を持ち上げていた。
「あれならかなり効率が良いですねぇ。ああ、横にも回転するんですね、これは便利ですねぇ」
  そして目指す櫓に向かい始めた時、そこに荷揚げの指示を出し終えた思春が合流した。
「蓮華さま、どちらへ」
「ああ、思春。あそこにね……」
  蓮華は[くれーん]を指差す。
「何ですか、あれは」
「[くれーん]だそうよ」
「あれも天の知恵ですか」
「でしょうね」
  そして四人は[くれーん]の最上部に造られている物見台へと登って行く。港が一望出来るそこからの眺めは正に壮観と言える。
 そして、現在建設中の造船所も眺める事が出来た。すると、穏の質問が沙和へと矢継ぎ早に浴びせられる。沙和も自分が判る事は
 答えられるが、技術的なものは真桜や一刀ではないと無理である。なのでこれ以上は後日視察の時に詳しくと言う事で不満顔の穏
 を何とか宥めていた。

  [くれーん]から降りた面々は沙和の先導で襄陽の城内へと向かい始める。沙和は蓮華達の為に馬車を用意していたのだが、
 「船旅で身体が鈍っているし市街も見たい」との蓮華の意見で徒歩で襄陽の城へと向かっていた。
  その道すがら蓮華が口を開いた。
「どうやら天の御遣い殿は我々に隠し事をする気は無いらしい」
「その様ですな」
  蓮華の言葉に思春が答える。それに続いて穏が口を開いた。
「まぁ、北の方では何やらごそごそしているみたいですけどぉ、ここ襄陽では隠し事をする気はないんでしょう。余程自分達の技術
 に自信が有るのか、それとも見せても穏達では真似出来ないと高を括っているのか、それともぉ……」
  そんな穏のもったいぶった話し方に焦れた思春が口を開く。
「それとも何なのです?」
「それとも、余程のお人好しさんなのかも知れませんねぇ」
  そんな穏の物言いに、思わず笑いを溢す蓮華と呆れ顔の思春。
「どうなのかしらね」
「蓮華さま、穏は様々な報告を鑑みて三番目の意見を具申するのですよぉ」
  そう笑顔で語る穏であった。

  部屋に通された蓮華達は、呉や蜀ともそして洛陽とも少々趣の違う内装や装飾品を蜀の面々と同様に珍しそうに眺めている。
  そして部屋の中央に置かれた[そふぁ]に蓮華は腰を掛け、座り心地を確かめながら口を開いた。
「ふむ、これは悪くないな。姉様が喜びそうだ。しかし、流石は御遣いの居る所と言うべきか、見た事の無いものが多いな」
  部屋に置かれている向こうの世界の意匠の家具や置物を見て蓮華が溢す。数や種類で言えば、洛陽の一刀の屋敷に比べれば微々
 たる量であり、いきなりそれを見せ付けられた朱里達とは比べ物にならない程の驚きではあるが、珍しい物は珍しいのでそれなり
 の驚きを蓮華達に与えていた。
「確かにそうですが」
  思春はそれらを胡散臭そうな表情で見ている。しかし、その仕草からは全く興味が無いという訳ではなさそうである。
「見る限りでは派手な装飾を削ぎ落とした実用性重視な意匠ですねぇ。流石に材質は良い物を使っているみたいですけどぉ。あの棚
 なんかは……ふおぉぉぉぉぉ!!」
  蓮華に習って[そふぁ]に腰掛け様としていた穏が奇声と共に立ち上がった。そんな穏に面食らいながらも蓮華が声を掛ける。
「どうしたの!穏!」
  何時ものおっとりとした穏とは思えぬ速さで先程見た棚へと穏は近付いて行く。そしてその棚の前で立ち止まり、手を震わせな
 がらある物に手を伸ばしている。
「こっ、これは……」
  それを手に取った穏は震えながらそれを見詰めている。穏のいきなりな行動に驚いた蓮華と思春が側に寄るが、穏は見向きもし
 ない。
「これは孫氏……、あちらは呉氏それに六韜に三略まで……。それに何なのです、この本の薄さ軽さ。しかも文字がこんなに小さい
 のにはっきりと読める……。それにこんな質の紙等見た事もありません」
  そう、それは穏の書物好きを軍師達から聞いた一刀が置いておいた向こうの世界の本であった。それによる顛末については聞い
 ていない一刀は、余り深くは考えずただ喜んでもらえればいいと思いそれを置いておいたのであった。
  ちなみに一刀は『魏武注孫子』も所持していたが、華琳の反応が怖くて隠している。

  本を手にした穏の息遣いが妖しくなってきた時、それを正気に戻そうと蓮華と思春が奮闘しているところに幸か不幸かもしくは
 狙い澄ましたかの様に一刀が部屋に訪れた。
「お待たせをいたしました。私が北郷一刀です。本日は良くお出で下さりました」
  部屋に入って来た一刀を見た蓮華とその声を聞いた思春は、其々別々の表情を見せていた。
  蓮華は噂に聞く白い[ぽりえすてる]を着て目の前に立って居る一刀をまじまじと見ていた。
  一方の思春は、目の前に居る一刀の声が江夏での猿芝居の折に春蘭の側に居た覆面の男と同じである事に気付き、それはもう一
 刀を呪い殺さんが如く睨みつけている。
  そんな思春の醸し出すある種異様な雰囲気に、とろんとした眼で上気した表情を浮かべその豊かな胸に乗せる様に本を抱えてい
 た穏も、否も応もなく平常心を取り戻していた。
「どうしたんですぅ?思春ちゃん」
  一刀を物凄い形相で睨み付けている思春と、そんな二人の間で一刀への返礼もせずただ慌てた表情でおろおろしている蓮華。そ
 れを不思議に思った穏が尋ねていた。
  そこへ別の訪問者達が現れる。
「にい様、捕まえたにゃ!これで三勝二敗にゃ!」
  それはシャムと、シャムに手を引かれバツの悪そうな表情の明命であった。
「明命!」
  思わず蓮華と思春が同時に声を上げていた。

  今は其々が席に付き、出されたお茶に口を付けていた。席次を決める際に上座を勧められた蓮華と一悶着有ったがご愛嬌である。
 先程まででもないが、今も微妙な雰囲気は続いていた。シャムは蜀や南蛮の皆の元に戻ったが、明命は相変わらず床の上に正座し
 ている。勿論その前には何時も通りお茶と茶請けのお菓子が置かれていた。
  そして一つ咳払いをして蓮華が話し始めた。
「北郷殿、この度は我々の申し出を快く受け入れてくれた事感謝いたします」
  そう言って頭を下げる呉の面々につられる様に、一刀と同席している沙和も頭を下げた。そして蓮華の話が終わったところで、
 すかさず思春が口を開いた。
「いきなりで不躾ながら、北郷殿にはお聞きしたい事が有ります。よろしいか」
「はい」
  思春の丁寧な言葉遣いながら凄みの効いた問いに、一刀は今までの思春の態度から江夏での一件が思春には見透かされている事
 を悟り、観念したのか言葉少なに返答した。
  一刀達は江夏に自分達の身元が判る様な決定的な証拠を残していない確信はある。あの商人殿も漏らしたり等はしないだろう。
 現代の日本であれば一刀達が使用した煙幕弾の成分等を調査・比較すればあれが真桜の作った物と言う結論に達し確たる証拠とな
 るだろうが、今この時代にそんな技術は無い。恐らく、春蘭の独特な雰囲気と一刀の声から思春はあの一件の主犯が春蘭と自分だ
 と言う結論に達したのだと一刀は思う。なので、いざと為れば「知らぬ存ぜぬ」で押し切る事も出来る一刀であるが、あの件では
 思春達の面子を潰している事もあり、今後の付き合いを考えればこれ以上諍いの元になる疑念は無くしておいた方が良いと一刀は
 考えた。
  ぶっちゃけ、「全部ゲロって謝ってしまえ」と言う方針である。
  側に居る沙和は我関せずを決め込み、思春達と視線を合わせぬ様に違う方向を見ている。
「では……。夏侯元譲と夏口で行ったあの猿芝居の相方は貴殿だな」
「……はい」
  そして方針通り、素直に認める一刀。そんな思春と一刀の会話が理解できない蓮華が口を開いた。穏と明命は黙って成り行きを
 見守っている。
「思春、猿芝居とは何の事だ?」
「先日江夏に現れた華蝶仮面の事です」
「なっ!!」
  それを聞いた蓮華が驚いた面持ちで一刀の方に顔を向ける。
「華蝶仮面の正体……、お前だったのか」
  一刀は苦笑いを浮かべながら蓮華に答えた。
「それについては説明させてもらいます」
「納得出来る説明を所望する」
  すかさず発せられた思春の突っ込みに、苦笑いの一刀の頬は引き攣っていた。

  一刀は事の経緯を説明し始める。帝の前で話す時の様な講談じみた面白おかしく話すのではなく、ありのままに実直に経緯を話
 した。
  自分が見たかったのは素の江夏の人々の暮らしや街の有り様であり、決して呉の内情等を探る気は無かったと言うのをはっきり
 と蓮華達に一刀は伝えた。
  自分の思いを真摯に語る一刀の表情を見ていた蓮華達もその言葉に嘘や誤魔化しを感じる事は無かった。特に思春は華蝶仮面の
 一件以前の数日間に不審な女連れや男が呉の重要施設の周りで見られていないのを確認していた為、一刀の言い分に嘘偽りは無か
 ろうと思っている。もしこの男に思春や明命の様な隠密行動がとれれば話は別であるが、一刀を見る限りそんな雰囲気は感じられ
 ない。
  そして話が最終日のあの一件に差し掛かった所で、話の途中に時々確認を入れていた穏や思春とは対照的に、じっと黙って聞い
 ていた蓮華がいきなり立ち上がり一刀を指差しながら口を開いた。
「お前……、『史忠』だったのか?」
  そんな突然の蓮華の発言に呉の面々は驚いた顔を見せている。
「だって……、着ている物も違うし、第一雰囲気が……」
  そんな指した指を小刻みに震わせながら思っている事が全て声にならないのかパクパクと口を開け閉めしている蓮華を呆れ顔で
 見ている穏が口を開いた。
「蓮華さま、流石に幾らなんでもこの格好で潜入は無理ですよぅ。『天の御遣い』と『白い[ぽりえすてる]』は定番過ぎですしぃ」
  穏にそう言われた蓮華は、思春や明命にも顔を向ける。顔を見られた二人も黙って頷いていた。
「そっ……そうか。気にせず続けてくれ……」
  蓮華はそう言うと、顔を真っ赤に染めポスンと[そふぁ]に座ると俯いてしまう。
  そして、もっと驚いていたのが一刀であった。一刀は蓮華は既に『北郷一刀』と『史忠』の関係に気付いているが、あえて口に
 出さ無い様にしているのだと思っていた。しかし、蓮華の驚き様は本当に今迄気付いていなかったのを雄弁に物語っている。
 「本当に彼女は天然なんだ……」等と失礼な事を思っている一刀であったが、それを口に出すほど馬鹿ではない。そしてあの時の
 蓮華は江夏の経営でかなりテンパッており、あの『史忠』の姿が強く焼き付いていたので『史忠』と自分が結び付かなかったのだ
 ろうと好意的に解釈した。
  一方の思春はそんな蓮華を見てある事が彼女の頭の中で繋がっていた。蓮華の言っていた『ある人』とは『史忠』であり、その
 正体が目の前の『北郷一刀』である事に。そうすればあの一件の日以来、蓮華に起こった変化に納得が出来る。恐らくあの日思春
 と別れた後に二人が何処かで出会い、二人で何事かを話したのだろうと思春は推測した。
  思春は思う。この男が蓮華に短時間で良い変化を齎したのも事実であり、その後の出来事を引き起こしたのもこの男であるのも
 事実であると。そして思春は一方の事ではこの男に感心しそして感謝の念も有るが、もう一方の事は何やら割り切れないものがあ
 る。例え、あの場を治めるのにはあれが有効な手段の一つであったとしてもである。
  そして誰よりも蓮華に長く接している自分が出来なかった事をこの男がほんの短時間でおこなった事に、何やらもやもやしたも
 のを感じていた。

  江夏の一件については渋々ではあるものの、一応の納得を示した呉の面々。「この件については不問とする」と蓮華が宣言しそ
 れを他の呉の面々も認めた為、この件は今はこれまでとなった。
  そして話は次の段へ、明命とシャムの方へと移った。一刀は自分の知る限りの経緯を話し、それに明命が補足を入れるという形
 で進んでいく。
  前の話とは打って変わって、穏と思春の真剣さが増している。事と次第に依れば、呉の持つ「大陸最高の精度を持つ情報収集能
 力及びそれに伴う行動力」と言う優位性が崩れる可能性がある。
  しかし、一刀に言わせれば今回の事に関しては呉と言うより明命にとってかなり分の悪い状態と思えた。もし今が三国が争って
 いる状態なら、例え相手がシャムであろうと明命は容赦無かったろう。だが今はそう言う状態ではない。しかも明命に相対するシャ
 ムは「明命を捕まえればにい様に褒めてもらえる」と言う単純明快な行動原理で動いていた。その筋の本職の者が醸し出す気配や
 殺気とは違うシャムの無邪気過ぎる気配は然も明命でも読み辛くまた対処し辛かっただろうと推測された。だがそれは思春に言わ
 せれば甘さだと一蹴されるであろうが……。

  一通りの話が終わった一刀はこの後に催される宴席の事を告げ、そして明日からの襄陽の視察に蜀の面々が同行する事の許可を
 蓮華から快諾された後、部屋を後にした。
  それを見送った蓮華が口を開いた。
「素の江夏の者達の暮らしぶりが見たかったか……、変わった男だな」
「まぁ判る気もしますねぇ。大人数で視察なんて事になれば、街の人達もどうしても構えちゃいますしねぇ。細作さん達の目を通し
 てではなく、自分の目で他国のありのままを見るなんて機会は貴重ですしねぇ」
「だが迷惑な話でもある。……それよりも明命!」
「はっ、はい」
「二勝三敗で負け越しとは何事だ!」
「えっ?そこですか?」
「戻ったら一から鍛え直しだ。その事よく肝に銘じておけ」
  思春に言われ項垂れる明命を横目に見ながら苦笑いの蓮華が口を開いた。
「しかし穏よ、南蛮の件侮れんな」
「どーでしょう、その能力がシャムちゃん固有の物なのか、南蛮ではそれが当たり前なのかは調べてみないと何とも言えませんねぇ」
「そうだな……。穏、任せても良いか?」
「承りましたぁ」
「頼む」
  そう言った後、蓮華は放って置くと何時までも続きそうな思春の明命への説教の仲裁に入っていった。



  その後の宴席は和気藹々としたものであった。何時も通りの本当に短い一刀の挨拶と乾杯で始まり、今は魏・呉・蜀の面々が交
 じり合い歓談を始める者、只々食事に集中する者等様々であった。
  一刀は穏や音々音に向こうの話を強請られたりはしているが、二人共場所柄を弁えているのか余り突っ込んだ内容は聞いてこな
 い。そんな雰囲気を感じ取った一刀もそれに気さくに答えていた。
  初日という事もあり、宴席は結構早い時間にお開きとなり皆其々あてがわれた自分の部屋へと引き上げて行った。

  酔い覚ましも兼ねて城の中庭に出ていた一刀。芝生に寝転がり、満天の星空を眺めている。
「やっぱり星空はこっちの方が綺麗だな」
  そんな思わず口に出た言葉に答える者が居た。
「何だ、天の世界では星は見えんのか」
  蓮華であった。
「えっ?孫権殿……。そちらも酔い覚ましですか?」
  身体を起こしながら話す一刀に蓮華が答えた。
「ん?いや、庭を歩いている北郷殿を見かけたのでな。言っておきたい事もあったし」
「言っておきたい事?」
「ああ」
  そう言いながら蓮華は一刀の隣に座った。
「でも良いのですかこんな所に、しかもお一人で?」
  一刀の問いに蓮華は笑って答える。
「どうせその辺りに思春か明命が居る。もしかすると二人共居るかもしれん」
「ああ、なるほど」
  そう言って二人笑い合う一刀と蓮華。すると蓮華が一刀に向き直って口を開いた。
「江夏での事で礼を言おうと思ってな」
「江夏での事?」
「ああ、あの茶屋でお前の話を聞き、私の話をお前に聞いてもらって随分気が楽になったのだ。同じ様な事は身内の者達にも言われ
 ていたのだが、中々な……私の性分らしい」
  少々気恥ずかしそうに話す蓮華を一刀は笑顔で見ていた。そして口を開いた。
「蜀の朱里や雛里と話した時にも感じたのですが、頑張り過ぎちゃう人が居るんですよ」
「頑張り過ぎるか……」
  一刀が諸葛孔明や鳳士元の事を真名で呼んだ時、蓮華は心の隅で引っ掛かりを感じる。
「ええ、頑張る事自体は良いんですけど、過ぎるとね……。それに頭の良い子は何故か不思議と悪い方へ悪い方へと物事を考えちゃ
 うんですよ」
  そして暫くの間一刀と蓮華は他愛も無い雑談を続ける。その話の最中、蓮華はある事に気付く。
「あはは、それは明命も災難だったわね。でもわたしも見たかったわそんな明命を」
「それで捕まった時は何時も正座してるんだ、でも勝利宣言をシャムの顔に書くだけじゃなくて寝てる間に俺のおでこに書くのは止
 めて欲しいかな、中々取れないんだよなぁあの墨」
「明命らしいわね」
  何時の間にか普段通りの、まるで身内同士かの様な話し方をしている自分に気付く蓮華。それもまるで十年来の友人と話してい
 るかの如く、それでいて何だか心休まる様な、されど心が高揚する様な不思議な心持である。
  そして蓮華はある決心をする。
「ごめんなさい、長く引き止めちゃったわね。そろそろ部屋に戻るわ」
「いや、気にしないで。流石の俺でも突き刺すような視線を感じるし……」
「思春ね……」
「そうなのかな。でも俺もゆっくり話が出来て嬉しかったよ」
「本当に?」
「勿論」
  一刀の答えに満足したのか蓮華は笑顔で立ち上がった。そして一刀に背中を向けたまま口を開いた。
「蓮華よ」
「えっ?」
「わたしの真名。……預かってくれる?」
  そう言った蓮華の星明りに照らされた首筋が真っ赤になっているのが一刀にも見て取れた。
「うん、大切にさせてもらうよ。知ってると思うけど、俺は……」
「ええ、聞いてるわ。なら……かっ一刀って呼んでいい?」
「ああ、勿論」
  一刀の答えを聞いた蓮華が振り返る。そこには優しく微笑む蓮華の笑顔があった。
「これからも末永くよろしく」
「こちらこそ」
  お互い握手をしながら一刀の言葉に蓮華も言葉を返す。
  その時、蓮華が何やら思い出したと言う様な顔付きになった。
「そうだ、江夏であなたに言った事、諦めた訳ではないからね」
「言った事?」
「そう。江東の虎の娘は簡単には諦めないから」
  そう笑顔で言い残して蓮華は握手していた手を離し、一人城内へと戻って行く。その後姿は、機嫌の良さを物語っていた。
  そしてその場に一人取り残された一刀は思案顔で蓮華の言葉の意味を考えていた。既に呪詛にも似た視線と、鈴の音に包まれな
 がら……。


    その後の後始末と、新たなる邂逅 了


おまけ

  ここは洛陽の華琳の私室。
  華琳は春蘭から渡された江夏の土産を身に着けていた。
「(こんな服、何時何処で着ろって言うのよ!!)」
  姿見に写った今の自分の姿を見て、華琳は心の中で絶叫していた。
  呉の意匠の服装は露出度が高いと言うのは雪蓮達を見ていて知ってはいたが、これはその程度を超えていた。大胆なドレープホ
 ルターは辛うじて乳房の一部を隠しているだけであり、スカートも肝心な所は隠しているものの今の普段履いている下着ではそれ
 が丸見えであった。
「確かにこんな下着では興醒めね」
  華琳はこれ用の下着があると言った春蘭の言葉を思い出し探してみる。しかし、この服と同じ包みの中に有った下着はどう見て
 も下着とは呼べそうも無い紐であった。一部に布があるものの、言い訳程度でしかない。思わず華琳はそれを手に握ったまま膝の
 力が抜けていた。
  が、華琳は気を取り直し、今の下着を脱ぎ土産の物に履き替える。そして再び姿見の前に立った。
「確かに前よりはマシになったけれど、流石にこれは……」
  少し身体を動かしてみる華琳。だが、下手な動きをすれば今は何とか隠れている乳首も秘所も曝け出す事になった。
「あの子はわたしに何を期待しているの……。幾ら何でもこれじゃぁ……、まさかこれは春蘭が一刀に唆されて……ありえるわね。
 一刀……、こんな物をわたしに着させてどうしたいのかしら……」
  姿見に映る自分の姿を見ながら、稟に勝るとも劣らぬ妄想を花咲かせる華琳であった。

  そして此方は夏侯姉妹の部屋。
  秋蘭が春蘭から土産に渡された衣装を身に着けていた。
「これは衣装と言うより、裸に布を纏っているだけだな……」
  姿見に映る自分の姿を見ながら秋蘭はそう呟いていた。
「おお秋蘭、やはり似合うではないか」
  そこに春蘭が現れた。春蘭も秋蘭とほぼ同じ意匠の物を身に付けている。
「なぁ姉者、下着が見当たらないのだが……」
「これを着る時は下着を着けるのは野暮だそうだ。そう店の者が言っていた」
「そっ、そうか……(どんな店でこれを買ったのだ姉者は……)」
  今二人が身に着けている衣装は現代風に言えば華琳と同じイブニングドレスと言える。大胆に開いた胸元は辛うじて乳首を隠す
 程度で、両脇のスリットは腰を通り過ぎわき腹にまで達している。背中も大胆に開いており、お尻の上半分は露出していた。
  華琳と同じ様に下手な動きをすれば、メリハリのある身体付きの夏侯姉妹の方が華琳以上にあちらこちらが零れ落ちたり覗いた
 りする。
「しかし、これは着る機会がかなり限定されるな……」
「ん?一刀は喜んでいたぞ」
  春蘭の言葉に秋蘭が振り返る。その顔は普段の秋蘭が見せる事など考えられない位、大きく両の眼が見開かれていた。
「姉者……、もう見せたのか……」
「ああ、それがどうかしたのか?」
  そう言うと春蘭は秋蘭の横に並び、姿見に映る二人の姿を見比べながら満足そうな顔をしていた。

「姉者……、頑張れとは言ったが、少しはっちゃけ過ぎだ……」
  そう心の中で思う秋蘭である。

  今日も洛陽は平和であった。

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