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836 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:28:33 ID:+N8OBjZ60
>>832-833
ありがとうございます。

コテ・酉を付けるのは少し見送ろうと思います。
おっしゃるとおり創作が続けられるかは不透明ですし……。
とりあえず、作品通してのタイトルを「北郷軍春秋」とします。
前回の続きを桃香させていただきます。
837 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:35:27 ID:+N8OBjZ60
2.起床



 ――少女が目を覚ましたのは、温かな揺りかごのようなものに揺られながらだった。
心地良い微睡みの中で、彼女は元気だった父に背負われた遠い記憶を思い出す。罹患と中途半端な快復を繰り返し、あんなに広かった背中は今は病床で縮まり、大好きだった笑顔はどう見ても無理して取り繕うものに変わってしまった。
 まるで過去に戻ったかのような広い背中にしがみつくと、涙が溢れそうになった。必死にこらえているうちに、目を覚ます前の記憶が蘇る。
 管輅という占い師に『流れ星に乗って天の御遣いが降臨し、荒んだ世の中をあるべき姿にしてくれる』という話を聞いたこと。
半信半疑で、けれどなぜかときめくような気持ちで桶を持ち帰る途中、街の外れの荒野に落ちる流れ星を見て、桶を投げ捨てて流れ星の落ちた場所に走ったこと。
流れ星の落ちた場所には男の人が立っていて、その人に見惚れていたら転んでしまったこと。
男の人が自分のことを見ていたので恥ずかしくて、逃げ出そうとしてしまったこと。
思うように動かない脚を見たら血が流れていて、腰が抜けて倒れそうになったら――抱き締められたこと。
 思い出すごとに顔が火照り、耳まで赤くなっていくのを感じる。いつものように顔を隠そうとするが袖が使えず、ギュッと背中に顔を押し付けた。
「ん……?」
 そして父のものとは違う匂いで、我に返った。
838 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:39:25 ID:+N8OBjZ60
 気を失った少女を放っておくこともできず、背負ったまま歩くこと数分。一時はこの幼女……少女とこの荒野で野垂れ死にするかもしれないという危機感を感じたりもしたものの、意外と歩いていけそうな距離に街のようなものが見えたので、とりあえずそれは無いと一安心した。
「そうは言ってもなぁ……」
 依然として後ろで目を回したままの少女の素性は知れないし、ここがどこなのかということさえ分からない。
漠然とした大きな不安に押し潰されそうになりながら、今はただ少女の膝に負担が掛からないよう、体を支えることに集中することにした。
「………………」
 柔らかい。
「………………」
 否、やわらかい。手で支えている可愛らしいお尻だとか、さすがにまだ膨らんではいないが年相応にぷにぷにした胸だとかが、極上の感触を持続的かつ断続的に俺の体に与えてくる。
 首筋にかかる息はくすぐったいが暖かく、時々漏れる『んぅ』とか『あふ』という声が耳に心地良い。
「ん……?」
 おっと、少し手つきがいやらしかったかな? もぞもぞ体を動かす少女に合わせて手の位置を修正する。
「ちょっと、あの、手っ……」
 動きが激しくなり、自分でも驚くほど俊敏に動く手は、まるで少女の尻をまさぐっているように見える。まぁ、こんな小さい子相手に欲情するはずもないのだが。そんなことを考えた矢先――
「降ろして、くださいっ!」
少女が出したとはとても思えないような大声と共に飛んできた頭突きにより、俺の意識はそこで断たれた。
839 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:41:26 ID:+N8OBjZ60
 ――後頭部がじんじんと痛む。どうやら怪我をしているらしい。
 荒野にいたはずなのだが、俺の体は温かいものに包まれていた。
「……あぁ、夢だったのか」
 感触とか、リアルな夢だったなぁと独りごちる。匂いや感触がまだ残っている気がして、じっと手を見つめた。
 視界がはっきりしていくにしたがって、増加していく違和感。手に対してではなく、寝かされている状況に対してである。
明らかに俺の部屋ではない。ため息をつくと、声がした。
「お、おはようございましゅ!」
「おひゃ、おはようございます……」
声の主は、二人の小さな女の子。呆然としている俺に、少女らは二人でこそこそと顔を寄せ合っている。
「……ど、どうしよう雛里ちゃん。私噛んじゃったから、御遣い様が呆れてるよ」
「ご、ごめんね、朱里ちゃん。私も噛んじゃった。どうしよう、このまま見放されたら……」
 いや、名前も知らないのに見放さないから……
というか、目の前で普通に聞こえる音量で内緒話されるというのもなかなかできない経験ではないだろうか。
「とにかく、私たちの名前を言わなきゃだめじゃないかな」
「そうだね、自己紹介しないと……」
 結論(すべて筒抜けではあるが)が出たのかこちらに向き直す二人。
朱里とか雛里とか聞こえているのだが。――そう構えていた俺に、伝えられたのは衝撃的な事実。
「しょ、しょかちゅ孔明と申しましゅ!」
「ひ、雛里でしゅ……じゃなくて、鳳統といいまぅ!」
朱里でも雛里でもなかった。
840 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:44:02 ID:+N8OBjZ60
 上がりきってカミカミな二人の少女を前にして、おそらく怪我のせいだけではない頭痛に、俺は頭を抱えた。
冗談にしても質が悪すぎる。
「……俺は北郷一刀っていうんだ。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「は、はい! なんでしょうか!」
 目をぱちくりさせ、気の毒なほど驚いて飛び上がる。
「そんなに緊張しないで……ここはどこ? 日本じゃないよね」
「にほん……? ではないです。今は漢王朝ですね。ここは予州潁川郡の」
「ちょ、ちょっと待って」
 頭痛が強くなる。漢って、確か相当前だよな。それこそ西暦がまだ三桁くらいの。
「すると、ここは……」
かなり昔の、中国。
「いや、まさか」
 そう考えてみると部屋の家具などは古風な感じだし、とても二十一世紀だとは思えない。
 しかし――
「えっと、君が諸葛亮孔明で、君が鳳統士元……って言われてもなぁ……」
「はわわ、雛里ちゃん、私『亮』って名乗ってないよね?」
「朱里ちゃん、私も字は言ってないよ……やっぱり」
この二人があの臥竜鳳雛だとは、とても思えない。
小さいからとかではなく、まず二人とも男だったはずだ。小さいからとかではなく。
841 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:46:31 ID:+N8OBjZ60
「……北郷様」
 けど、俺の目を見て話す少女たちはひたすら必死で。
「最近、予州に……いえ、この大陸全土に渡って広まっている噂があります」
ふざけているとか、嘘をついているようではなかった。
「曰わく――流星と共に降臨せし天の御遣いが、荒んだ世に平穏をもたらすであろう、と」
 『臥竜』は、先程までとは打って変わった真剣な目で。
「私たちはその天の御遣いに仕えんと、水鏡先生の元を離れ、あなた様を探していたのです」
 今度は『鳳雛』が、不安気な上目遣いで。
「どうか私たちを、臣下の末席にお加えください」
 それぞれが俺を見つめている。知恵熱が出そうな勢いで状況把握に努める俺の頭は、怪我の痛みなんて既に忘れていた。
 まず、俺は……にわかには信じがたい話ではあるが、タイムスリップして漢の時代に来た。
そして今目の前に幼女の諸葛亮と鳳統がいて、二人は俺に仕えたいらしい。
どうして? この荒んだ世に平穏をもたらすため。
平穏をもたらすのは? 『天の御遣い』という怪しさの塊のような人間。
その怪しい人間は――
「俺が……天の御遣い?」
「はい」
 頷く孔明の目は確信を訴える。
「私は『諸葛孔明』と名乗りました。亮という名前は明かしていません。しかし、北郷様は名乗る前に知ってらっしゃいました。そればかりか、雛里ちゃんの字まで」
「それは、もう知ってたからで……」
雛里は知らないけれど。
「『知っている』ということが、むしろ証明しているのですよ。北郷様が天の御遣いであるということを」
 二人がそれぞれに微笑む。そこには、少し前までの緊張した面影は見当たらず、混乱した俺を安心させようとしてくれているのが伝わってきて――
「近くに街があります。少し、歩いてみませんか?」
俺にその誘いを断る術は、最早なかったのだった。
842 名前:詠曰く、[sage] 投稿日:2010/11/07(日) 20:48:10 ID:+N8OBjZ60
以上になります。
桃香し終えて尚どこか抜けてないか心臓がバクバク……。

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