[戻る] [←前頁] [次頁→] []

465 名前:玉葱 ◆3qlAoMb44E [sage] 投稿日:2010/01/27(水) 01:35:45 ID:+yXtExw+0
毎度おなじみ(それほどでもない)ょぅι゛ょ担当の玉葱です。
呉アフター短編を投稿いたしました。
オリ娘として黄柄を動かしますので、イラネな方にはご容赦願いたく。

URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0473

次はもっと穏やかな話を書きたい…



それはまだ、黄柄が父親のことを「カズト」と呼んでいた頃のお話。



「ははじゃ、へーもははじゃのようにさけをのみたいのじゃ」
何をするにも母の真似をしたがる、祭との間に産まれた黄柄。
仕草を真似、口調を真似、一刀を父と呼ばずに「カズト」と呼ぶ。
姉たちから「父さま(父上)と呼びなさい!」と言われてもどこ吹く風か。
祭でなくては言うことを聞かない柄が昼食時にそう言いだしたとき、皆は祭の言葉を待ち緊張した。

祭の目が一瞬、誰かに向けられて、戻る。そして…
「駄目じゃ」
皆の安堵の声と、黄柄の不満げな声が同時にあがった。

その時は誰も気づいていなかった。
口を尖らせていた黄柄が、顔を隠して笑みを浮かべていたことに。


夜。


母の寝息が聞こえる。
明るいうちにこっそりと昼寝をしたので、暗くなっても眠くない。
衣擦れの音をたてないように、そっと、そっと寝床を抜け出し、
足音をたてないように、そろり、そろりと扉へと歩き、
扉が軋む音が出ないように、ゆっくり、ゆっくりと開けて、部屋を抜け出した。

部屋から遠ざかっていく足音に、祭は寝返りをうった。


「やれやれ、やっと終わった」
筆を置き、両手を「うんっ」と頭上へ伸ばし、下ろす。
首を左右に傾けてコキコキと鳴らすと席を立ち、灯りを燭台に移し、執務室を出て鍵をかけると、
軽い空腹を感じ、何かないかと厨房へと足を向けた。

厨房の扉を開けようとした一刀の、その手が止まった。
わずかに開いた扉の隙間から物音が聞こえる。
(先客?にしても灯りも点けずに…まさか、賊?)
腰を探り、護身用の短剣が下がっていることを確認する。
燭台の灯りはそのままにして、扉に手をかけると一気に中へ踏み込んだ。
「誰かいるのか!」
灯りをかざし厨房の中を照らすと、その片隅でびっくりしたまま固まっている黄柄の姿がそこにあった。

「…なんじゃカズトか、おどろかせるな」
相手が一刀と分かった途端、安堵の表情を浮かべる柄。
一刀もまた相手が賊ではなかったことに安堵したが、柄の手にあるものを見て、顔を強張らせる。

「柄…それは何だ?」
「さけじゃ!」
ようやく念願のものを手にした柄は有頂天だ。
「それを、どうするんだ?」
「きまっておる、のむのじゃ!」
柄の目は、手に入れた宝物に注がれている。
「…祭が、お母さんが許したのか?」
「も、もちろんじゃ!」
もちろん嘘だが、こう言えばカズトなら何も言わなくなるだろう。
日頃から祭や他の母たちの尻に敷かれている一刀の姿を見てきた黄柄は、そう高をくくっていた。

『母が許した』
そんな柄の免罪符は、一言であっけなく砕かれることになる。
「…それを渡しなさい」
柄は驚いた。一刀が自分の言葉に…母の言葉に反抗した。
「い、いやじゃ!へーもははじゃのようにさけをのむのじゃ!」
「柄…」
いつの間に近づいていたのか、酒瓶に一刀の手がかかる。
「い、いやじゃ!いやじゃ!いやじゃ!」
取られまいと必死に酒瓶を抱える幼い娘に

「黄柄ッ!!!!!」

怒鳴り声が浴びせられた。

初めて耳にする父の怒声、それは母のそれよりも耳をつんざき、腹に響き、胸を穿った。
(カズトが…おこった?)
信じられない。
カズトはいつもにこにこしている。
姉妹で悪戯をしてみても困った顔をするだけで、怒るのはいつも母たちだ。
酒瓶から目を離し、声のした方に目を向け、顔を向けると…足元に穴が開いたような気持ちになった。

(コワイ…)
目の前にいるのはカズトで間違いない。
(コワイヨ…)
なのにどうして知らない人のように見えるのだろう。
(イヤダ…)
何故、いつも優しくて温かい父親が、恐ろしく冷たく見えるのだろう。
(イヤ…)
誰が父をこんな風にしたのか。
(モドッテ…)
誰が父をこんなに怒らせてしまったのか。
(オトウサン、モドッテ…)
…自分が怒らせた。

ひっ、と、しゃくりをあげるような音がして、一瞬。
黄柄が盛大に泣きだした。
幼い心が思考を整理し切れず、感情だけが爆発してしまったのだろう。
「っっごっ!ごめ…っく、ごめ!…なっ、ぅぁっ…」
黄柄の胸にあるのは、カズトが怒っているということ、自分がカズトを怒らせてしまったのだということ、
そして何よりも、いつもの『おとうさん』に戻って欲しいということだった。
すがりつくように泣きながらも必死に謝る。
もはや母の口調を真似ることもできず、自分の言葉で切に願う。
「おどっ…ざん!ごめっ…なっ、おっ…っく」
泣いて泣いて、咳き込むくらいに泣いて、それでも謝ろうと声を振り絞る娘の身体が、温かいもので包まれた。

「すまぬ、迂闊じゃった…」
背中に感じるのは黄柄の大好きな母の胸の温もり。

「いや、俺こそすまない…祭にばかり」
頭に感じるのは黄柄の大好きな父の掌の温もり。

「おどうざんっ!!ごめんなあぃいっ!!!」
父に撫でられ母に抱きしめられ、はっきりと謝罪の言葉を言うことができた柄は、ようやく安堵して、また泣いた。


その後、泣き疲れて眠ってしまった柄を挟んで、親子で川の字になる一刀と祭。
翌朝、娘が目を覚ますと、待ち構えていた父に「そこに座りなさい」と正座をさせられ説教を受けることになった。
そして口を開くまさにその時、娘の腹の虫が鳴き出すと、苦笑した母に「後じゃ後じゃ」と止められた。

手早く食事を済ませて逃げ出す娘を取り逃し溜息をつく一刀に「儂が行こう」と祭が席を立つ。
何事かと声をかけてくる妻たちを夫に任せて、黄柄を追った。


実際のところ、探すまでも無く娘は見つかった。
逃げたわけではなく、説教の続きを受けるために寝室に戻って正座をしていたのだ。
顔を緊張させる柄に、祭は普段よりも優しい声で語りかけた。
「一刀は恐かったか?柄よ」
娘は身体を強張らせ、吐き出すように答えた。
「こわ、かった…」
「何故、一刀が怒ったのか、分かるか?」
一言一言、娘が理解できるように続ける。
「だめって、いわれたの、したから?」
「そうじゃな、だが、それだけではない」
考える。
「…うそ、ついた、から?」
「嘘もついたのか?それも理由のひとつじゃろうが…わからぬか?」
考えて、考えても分からず、首を振る。

「それはな…」
一息。
「おぬしがあやうく死ぬところだったからじゃ」

ポカンとして言葉の意味を考え、理解した時、柄は祭に抱きついていた。
その身がカタカタと震えている。
背中を撫でながら、ゆっくりと言葉を続ける。
酒を飲む意味、酒の効能、酒のもたらす害。子供に及ぼす影響。
かつて自身がただの酒飲みだった頃には気にもしなかったことを、母となってから知るように努めたこと。
そうするように苦言を呈してくれたのが他でもない一刀であったこと。

「おぬしを腹に宿していた間はな、酒を断っておったのじゃ」
なかなか辛かったぞ、と苦笑交じりに話す母は嬉しそうで、

「おぬしが五体満足で産まれてきた時は、誰よりも一刀が喜んでおったわ」
この儂を差し置いてな、と今まで知らなかった父の誇らしげな姿を語られて、

「一刀はな、柄よ」
父の愛情の深さを知って、

「誰よりもおぬしを愛しておるよ」
もはや『カズト』などとは呼べなくなった。



その後、しばらくの間は(照れるあまり)父の姿を見ては母の背に隠れる日々が続き、
一刀を大いに憂鬱にさせていたが、母に耳打ちされた娘が
『お、おやじどの、だいすきじゃ』
と顔を真っ赤にさせながら言うと、文字通り飛び上がるほど喜ぶものだから、
他の母娘に呆れた顔で笑われることになった。

 [戻る] [←前頁] [次頁→] [上へ]