[戻る] []

517 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 01:39:20.42 ID:Gmi7pCOv0
なんか妄想書いていたら読んでもらいたくなったので投稿
人いなさそう…
ttp://koihime.x0.com/bbs/imgf/0775-1442939766.txt



荀ツの華琳へのお目通りが無事に終わり、気づけば魏を出る日があと数日に迫っていた。
俺は魏を離れる前に荀ツへ何かできることはないか真剣に考えていた。

一度、桂花に「子育てを手伝いたい」という正直な気持ちを伝えたが、
あんたに何ができるんだとでもいう風に鼻で笑われてしまった。
実際に桂花は子育てを完璧にこなしており、俺なんか必要ないのだろう。
でも、俺にとって荀ツはこの世界で初めてできた血の繋がりなのだ。
桂花にとってはとても不本意なのだろうけど………

桂花「……なんであんたがいるのよ」
だから、桂花にとっては俺の必死なこの行動もおそらく不本意なのだ。
抱えた荀ツを少しでも俺から遠ざけようとしているのか桂花は俺に背を向ける。

一刀「お、桂花偶然だな」
嫌そうな気を放つ桂花の背中に喋りかける。
桂花「いや、どう考えても偶然じゃないし……なんであんたが私の家の前にいるのよ」
そう、今いるのは桂花の大きな屋敷の前だ。
季衣から事前に桂花の散歩の時間を聞いて待っていたのだ。

一刀「散歩をしていたんだよ。桂花もこれから散歩?」
桂花「だからなに?てかあんた、分かっていて待ち伏せしていたでしょ」
図星だ、だけどここまでは予想通り。今日の俺はここでいつものように引き下がるわけにはいかない。
もう、魏を出るまで時間がないのだ。
桂花「どうせ季衣から聞いたんでしょ?昨日、来ていたのよ」
そういうと背を向けていた桂花は俺をいちべつもしないでどんどん歩いていってしまう。

………

最近の桂花の考えはよくわからない。
この前、寝顔を見に行っていたことがばれた時もそうだ。
頭の中でこう来るだろうと身構えていても、全く考えてもいなかった反応が返ってくるのだ。

前を歩いていた桂花の横に並ぶと、その腕の中には目を大きく見開いて辺りを見回す荀ツの姿があった。
既に何回も散歩はしているはずだ。しかし産まれて間もない荀ツにはこの短い冒険の間に毎回新しい発見がたくさんあるのだろう。

辺りを見ていた荀ツと目が会うと、桂花はそれが気に入らなかったのか少し歩く速度を上げてきた。
桂花「……あっ!」
一刀「おっと」
荀ツを抱えていて足元が見えなかったからだろう、躓いた桂花を支えると分かってはいたが俺に非があるかのように睨みつけてくる。

一刀「俺が嫌なのはわかるけど荀ツを抱っこしてるんだから気をつけないと」
桂花「……嫌なのが分かってるならついてこないでよ」
そんな言葉を聞き流しながら歩いて行くと一軒の本屋にたどり着いた。
ここは桂花がいるのを何度か見た本屋だ、馴染みのある店なのだろう。

桂花「あんたはここで待ってて」
本屋に入っていこうとする俺を制止すると桂花は俺の目の前まで歩いてくる。
そうすると桂花は無言で俺に向かって荀ツを少し前に出してきた。

俺がその行動の意図を汲み取れなくて困惑していると
桂花「……荀ツを抱えたままでは本は買えないでしょ」
そんな耳を疑うような言葉が飛んできた。
『荀ツを抱えたままでは本は買えない』……その通りなのだが、つまり『抱っこしろ』そういっているのだろう。
俺の知っている桂花はこんなことは普通は言わなくて……
桂花「……あんた、もうそろそろで魏を出るでしょ。そのせいで凪達は頼めるような状況じゃないし」
一刀「だから役立たずだけど暇な俺を代わりに連れてきたと……」
確かに、俺から仕事を引き継いだせいで凪達3人組はいつもより忙しい。

桂花「わかっているんだったら早くしなさいよ」
一刀「あ、ああ……」
そう急かされるが赤ちゃんの抱っこの仕方がわからない……
右往左往していると、それを見て察したのか呆れた顔で桂花が赤ちゃんの抱き方を教えてくれた。

赤ちゃんは首が安定しないから首の下に片方の手を入れ、もう片方の手はお尻から背中にまわす。
その後に先に首の下に入れていた方の手をずらして赤ちゃんの首と頭が自分の肘の辺りに来るようにずらす。これでいいらしい。
あと、赤ちゃんの頭が自分の左胸に来るようにすると抱っこしている人の心臓の音で赤ちゃんは安心するとの事だった。

桂花の為になる説明が終わると
桂花「あちこちに種を撒いてる癖になにも赤ちゃんのことを知らないのね……無責任甚だしい……」
俺に向けてではなくひとりごとのように呟いた桂花の言葉は、これまで言われてきた罵倒よりも深く心の奥に突き刺さった。
(明日からはもっと育児のことを勉強しよう…)

桂花の呟いた言葉に傷つきながら、おっかなびっくりで荀ツを抱っこすると
桂花「荀ツに変なことしたら、あんた殺すからね」
荀ツには聞かせたくないような言葉を俺に残し、桂花は本屋に入っていった。

(……産まれてから初めての抱っこか)
桂花の心変わりに戸惑いながらも俺の腕の中にいる我が子の顔を見てみる。
こんなに近くで荀ツの顔を見るのは初めてだ。荀ツも物珍しそうに俺の顔を見ている。
産まれてすぐの赤ちゃんはあまり目がよくないらしい。
荀ツは産まれてそこそこの時間が経っているが、恐らくこれくらい近づかないとちゃんとは見えていないだろう。

一刀「……荀ツ、お父さんだよ」
間近で聞いた声に驚いたのか荀ツは桂花と同じ鮮やかな翡翠色の目をまん丸くさせる。
そんな様子にどんどん喋りかけてしまう。

一刀「荀ツは可愛いなぁ……」
一刀「荀ツはお母さんみたいな言葉遣いにならないでくれよ」
一刀「お母さんは今、本屋に行ってるからちょっと待とうね」
意味は分かってないはずなのに真剣そうな顔で俺のことを見ている荀ツについつい笑ってしまった。
すると……荀ツも太陽のような満面の笑みで答えてくれた。

桂花「何笑ってるのよ……気持ち悪い」
どうやら桂花の買い物が終わったようだ。
一刀「そりゃあ……荀ツが笑ってたら笑顔になっちゃうに決まってるだろ?」
桂花「えっ!?」

本屋から出てきた桂花が慌てて走ってくると荀ツの顔を見たいのか俺の横に来て背伸びをしてくる。
そんな可愛い桂花の為に少し屈んで荀ツの顔を見せると……
桂花「本当だ……」
桂花は驚いたような顔になる。
荀ツは帰ってきたお母さんの顔が見えて嬉しいのか更に嬉しそうな笑顔になっていた。

桂花は荀ツの笑顔に見とれているのか、すぐ真横にある俺の顔を気に留めていない。
愛しいものを見る桂花の横顔はとてもとても美しくて……
俺は桂花の横顔に見とれてしまった。

そんな桂花にドキドキしながら
一刀「別に桂花は初めて見るわけじゃないだろ?」
つい嫌味のようなことを言ってしまう。
すると
桂花「……赤ちゃんはね、産まれてきてすぐ笑うわけじゃないのよ?」
と悔しそうに呟いた。

桂花の言葉から察するにこれが荀ツの初めての笑顔らしい。
ささやかではあるが我が子の成長を間近で、しかも桂花と一緒に見れたのだ。こんなに嬉しいことはない。

……桂花は未だに荀ツの笑顔に見とれているようだった。
荀ツに見とれている桂花の横顔を見ているとついつい悪戯をしたくなってしまい、その横顔にキスをしてしまう。

桂花「ちょっと何やってるのよ!!」
本気で怒る桂花が面白かったのか荀ツは今度はキャッキャと喜んでいる。
そんな笑顔に負けたのか、桂花は
桂花「……荀ツを返しなさいよ」
そう言ってくるだけで、後に続いてくるはずの罵倒が飛んで来ることはなかった。

荀ツを桂花に返し、歩いてきた道を戻る。
その間、桂花と言葉を交わすことはなかったがそんなことは何も気にならなかった。

横にいる桂花は荀ツを愛しそうに見ている。

最近桂花の気持ちがわからなくなっていた理由がわかった気がする。
『わからなくなっていた』のではなく、荀ツが産まれたのを期に桂花が『変わっていってる』のだと思う。
きっと荀ツといると『俺がいる』なんていう些細なことはどうでも良くなってしまうのだ。

長年変わらなかった桂花との関係を荀ツが変えていく。
まるで桂花の周りにあった埋まらなかった溝に荀ツが一本の橋をかけてくれたみたいだ。

そんな幸せに満たされながら歩いていると、気づいたら桂花の屋敷の門まで来ていた。
桂花「あんたはここまでよ、入ってこないでね」
一刀「本があるけどどうする?」
桂花「そんなの侍女にやらせるわよ。……誰か!」
呼ばれてきた侍女に本を渡し俺は帰路につく。

一刀「荀ツに何かするつもりだったけど、荀ツに色々してもらっちゃったな……」
変わることがない、そう思っていた桂花との関係が少しずつではあるが変わっていっているきがする。

(産まれてきてくれてありがとう……)

俺は産まれてきてくれた我が子に、心の中で何回も感謝の言葉を呟くのであった。

 [戻る] [上へ]