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498 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2013/05/20(月) 22:38:15.62 ID:Im9AFnC5T
どうも清涼剤です。こんばんは
無じる真√N:84話をお送りいたします

戦闘というか戦は難しいですね
今精一杯書けるだけのものを書いてるので気にはしませんがw
でも、少しずつでいいからちゃんと描けるようにはなりたいものですね

(警告)
・アブノーマルな描写が入ることもあります。
・18歳以上向けのシーンも時折あります。
・資料を元に独自な考えで書いています。
・話の流れも同様で資料を元にアレンジを加えています。

以上の点に思うところがある方は読む際にはよくご注意ください

メールアドレス、URL欄にてメールフォームなどご用意してあります
ご意見、ご感想のある方は、お好きな媒体から、お気軽にどうぞ

url:ttp://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0762



 「無じる真√N84」




 冀州にいる夏侯惇率いる曹操軍と張遼率いる公孫賛軍の激突は滞りなく始まった。
 両軍の兵卒が挙げる怒声が折り重なり、その振動は何倍にも跳ね上がり戦場の空気を大きく震わせている。
 闘争剣劇の中、夏侯惇は部下の歩兵を率いて張遼の騎馬隊へ正面から突撃していく。
 混戦となれば馬術に長けているとはいえ、張遼隊もその機動力を生かしきれない。そう程cから言われていた夏侯惇は近距離の白兵戦をしかけようと狙っているのだ。
「いけ! 敵の命は機動力だ! 我らと違いやつらの本陣は遠い。つまり、足さえ封じてしまえば崩れるのもそう遠くはなかろう!」
「確かに目の付け所はええ。しかし、あかんで。そのくらいじゃ……ウチの手勢は押さえきれへんよ。暴れ馬のように手のつけられん連中やからなぁ!」
 張遼は飄々とした様子でそう言いつつ、夏侯惇隊の突撃をするりとよけるように自分の部下を見事に操る。
 しかし、夏侯惇と麾下の歩兵たちはその動きに必死に食らいついていく。決して離されないよう、まるで猛犬のように相手を咥えてはなさない。
「敵の動きに惑わされるな! 捉えることができればこちらのものだぞ、いいか、相手の馬を囲うようにいくのだ!」
 意気軒昂に何度も部下を励ます夏侯惇ではあるのたが、なかなか上手くいかないことに対して少々焦りを覚え始めてもいる。
 彼女が気がついたときには、日の位置は変わっており、どうやら朝から昼へと時間が経過していたようだ。夏侯惇は激しい動きと焦燥に浮かぶ汗をぬぐうと、張遼を睨みつける。
「おのれ……何故こうも上手くいかんのだ!」
「さーて、なんでやろな。はっはっはー」
「おちょくっているのか、貴様ー!」
 夏侯惇は、汗で艶を帯びて光り輝く広い面積を誇る額を赤くさせ、かんかんに怒り心頭とばかりに地団駄を踏む。
 苛立ちの連鎖が彼女を泥沼に引きずり込んでいるのだが、夏侯惇はまだ気がついていない。
 そこへ、張り詰めている場の空気を壊すような間延びした声が響く。
「おー、ありがとうございます春蘭さまー。おかげで上手くいきそうなのですよ」
 いつの間にやら程cが近くまで来ていた。張遼も夏侯惇も急な登場に驚きは隠せない。
 そんな二人をさておいて、程cはのんびりとした普段通りの調子で夏侯惇を仰ぎ見る。
「さすがは春蘭さまですねー。見事にこちらの思惑を汲んでくださったようで」
「お、おう……?」
 彼女の悠々とした態度と表情に、夏侯惇は片眉を上げ、ぎこちない返事をした。
 正直なところ、彼女は程cが何のことを言っているのかさっぱり理解していなかったりする。
 そんな夏侯惇の心の内を見透かしているのか程cは穏やかな笑みを浮かべると、兵士へと命令を下した。
「いまこそ、絶好の機会です。鶴翼の陣から衡軛の陣へと移行するようにして公孫賛軍を包み込むように、そして押さえ込むよう全軍へ合図を」
「はっ!」
 戦場へと鐘の音が響き渡り、中心に入り込んでしまっていた公孫賛軍に気づかれぬよう挟み込む位置取りをしていた于禁、許緒の両翼を始めとした曹操軍各隊が一気に相手を覆うようにして陣形を変えていく。
 急激な変化に張遼が動揺を露わにして周囲を見渡す。
「な、なんや! こらどういう……」
「春蘭さまに張遼さんを惹きつけていただいている間にですねー。こちらの陣形を固めさせていただきました」
 そう言って、程cが左右を見やる。
 左翼の于禁隊が敵右翼の馬岱を、右翼の許緒が敵左翼の文醜を、とじりじりと押していっているのが見受けられる。
「まさか!」
 張遼が唖然とした表情を浮かべる。
 よくわからないが、とりあえずしたり顔を続ける夏侯惇をよそに程cが頷く。
「そう、風がそちらの軍をがっちりと掌中に包み込ませていただきました」
 程cはそう言うと、柔らかそうな小さい手でぐっと握り拳を作る。
 彼女の言うことが正しいとばかりに、両翼での戦闘にも変化が起こっているようだと夏侯惇は気がつく。
 右翼を担当している許緒と接触したと思われる文醜が苦渋に満ちた声を上げている。きっと許緒が平原のように真っ平らな胸を張っていることだろう。
 反対側でも于禁が馬岱相手に似たようなやりとりを交わしている。曹操軍の策は着実に実を結ぼうとしている。
「なるほどなぁ、まんまとウチらは嵌められてもうたんか……糧食の件といい、どうもあかんな」
 張遼が頭を掻きながら呻く。
 その様子を見て、夏侯惇は高らかに笑い出す。
「はっはっは! 今の貴様らには風のような軍師はおらんだろうからな! 華琳さまのように有能なる人材を少しでも多く抱え入れようとしたかどうかの違いが今こそ如実に表れたのだ!」
「なんで、あんたがそない偉そうやねん……」
 張遼が、半ば呆れの入った表情を夏侯惇に向ける。
 対して、夏侯惇はふん、と鼻息を吐き出して口元を歪める。
「華琳さまの栄誉は我が栄誉。華琳さまの悲しみは我が悲しみ。故に、これもまた我が誇りなり!」
「あ、そう。ホンマなんちゅうか……」
 張遼の口から乾いた笑いが漏れる。
 はたと夏侯惇は気がつく、張遼は先ほどから特に事態の悪化を受けて表情を強張らせたりすることもなく、弱気なところを見せることもない。
 そんな様子の彼女を前にして、夏侯惇は相手にとって不足なし、と判断する。
「なんにせよ……私も貴様を押し込んでしまえばどうやら策はなるようだ。故に、参る!」
「へへへ、ええで惇ちゃん。ウチとしても、あんたの隊を抜けられれば、全軍の窮地を脱せられるかもしれへんからな。思っきし、いったるわ!」
 張遼が馬を操り、夏侯惇の方へと突出してくる。夏侯惇もまた、先頭に躍り出て、身構える。
「来い、張遼!」
「おう、覚悟しい!」
 両者の距離は一呼吸の間にぐんぐんと近づき、十回目ほどで飛龍偃月刀と七星餓狼の刃が激突し、火花を散らした。
 どちらも初撃は相手の得物に遮られる形となった。
 夏侯惇はすぐに体勢を整えて、自分の横を通り過ぎた張遼の方を振り返る。彼女も馬を返してすでに臨戦態勢に入っている。
「ふっ、やはり今のでは決しないか」
「しかし……思っていたより力あるんやな。ちょっと腕が痺れてもうたわ」
「ふん。それはそうだろう。この夏侯元譲の太刀を片手で受けようなど、言語道断。舐めるのも大概にするのだな!」
「しゃーない。ウチも……大地に足をつけてやったろうやないか」
 張遼は肩をすくめてため息を吐くと、馬からさっと飛び降りた。そして、地面を何度か踏みしめ、感触を確かめると飛龍偃月刀を構える。
 夏侯惇も、より注意を払うようにして七星餓狼を持つ両手に力を込め、大地を踏み込む。
 お互いの隊がぶつかりあう中、夏侯惇は空気を読む。張遼を見れば、同じく戦場に散在する流れを見ている。
「……今や!」
「同時かっ」
 張遼が飛び込んでくるようにして前進してきたのは、夏侯惇が流れから攻撃の機を見極めたのとほぼ同時だった。
 再度、二人の得物がぶつかり合う。どちらともに相手を打開しようと力を注いでいくが、力は拮抗しておりそこからは動かない。
 二人で一つの岩となっているかのように、がっしりと。

 †

 夏侯惇たちが敵を左右と正面から挟みこみ動きを封じている間、程cの設けたもう一つの策が実行されようとしていた。
 唯一戦場から離れ、公孫賛軍拠点の東門へと向けて進軍している隊が一つ存在していたのだ。
 それこそ、李典の工作隊だった。
 先の攻城戦と違い、今回は彼女が作り上げた兵器と共に城壁へと向かっているため進軍速度自体は遅いが、たどり着けば間違いなく雌雄を決するだろう。
「ええか、ここが正念場や。相手は総力でウチらの本陣を潰しに向かってるさかい、拠点の守りは手薄のはず、つまり今ならこの真桜ちゃん特製兵器を用いればなんのことはないで! まあ、風の言うてた通りならやけど」
 全軍へと言い渡しながら李典は堂々と公孫賛軍の拠点へと近づいていく。交戦中の公孫賛軍が仮に彼女の隊に気づいても動きを封じられている今、何もすることはできないだろう。
「しっかし、兵器を各部位に分けて運んだせいで大分遅くなってしもたけど。まあ、ここから挽回やな」
 李典は肩をぐるぐると回して、その意欲の程を露わにする。連動するように、少ない布地が申し訳程度に隠しているだけの胸が揺れる。
「華琳さまのように有能なもんの仕官を推奨しとるからこそ、やな」
 李典はなんの障害もなく進むことができている現状は当然のことと大いに思う。
 そして、拠点付近へと彼女は到達する。位置としては、城壁より距離にして馬十頭分ほどは離れたところだ。そこに投石機を設置する。大人の男で四、五人分は優にある高さだった。
 それこそ李典が作成した、新型投石機だった。
「よっしゃ。このくらいからならええやろう。投石隊、準備はええか!」
 準備が整ったのを見計らい、兵たちに大声で問いかける。
「おう!」
「ほなら、いくでぇ! 兵器開発部の粋を結集した兵器の力を見せたるんや! 投擲開始ぃ!」
 李典の号令にしたがって、公孫賛軍の拠点へと投擲が開始される。
 投石は見事に城門及び、城壁上へと勢いよく命中し、敵兵の悲鳴が聞こえてくる。
「ひいいっ、なんでこっちにまで敵が来てるんですかぁ。張遼さんたちはどうなってるです!?」
「報告によれば、交戦中で身動きが取れないようです」
 城壁上に上ってきた張勲と近くの兵士がなにやら話しているようだ。
「ということは……守備はこの限られた戦力でってことですか。ああもう、弓弩兵と投石ですぐに応戦を!」
 張勲がそう大呼するのに併せて、敵の投石や矢が降り注いでくる。しかし、それらの抵抗は新型兵器を用いている李典隊には蚊に刺されたようなものでしかない。
「なんや、そのへぼい攻撃は……あかんで、その程度じゃつまらんわ。兵器調達、作成はもっと精進せいや!」
 同じ投石機でも李典の作成したのは新型、既存のものよりも投擲距離、威力を弾き出すため、公孫賛軍の用意したものなど脅威でも何でもないのである。
 そして、更に別の兵器の組み立ても完了したらしく李典の命令待ちとなっている。
「新型の投擲にも、ついでに用意した新型衝車にもウチの絡繰り技術を応用しとるからな。ほれほれ、投石に続いて衝車も動かしい!」
「はっ!」
 部下がすぐに衝車を動かし、城門へと突撃させようと前進させる。
 妨害もなんのそので進む衝車が城門へと激突し、轟音があたりに響き渡る。
 しかし、まだ城門は開かない。衝車は後退し、再び突撃体制へと入る。
「さすがに一発でとはいかへんようやなぁ」
 幾度も城門へ体当たりをしかける衝車を見ながら李典は考えていた、改良の余地はないだろうかと。
 そんなこんなで、拠点攻略に心血を注ぐ李典隊の努力の甲斐もあって、真上より西に落ち気味だった日が更に傾き始めた頃、もう少しで城門を突破できそうな様子が窺えてきた。
「あと、もう一頑張りやで! もうちょいで、この戦勝利も同然や」
 腕を掲げて李典が高らかに言うが、それを遮るように突如銅鑼と鉦のけたたましい音が彼女の背後から聞こえてくる。
「な、なんや!? 何事や!」
「なはははは! それ、突撃してあの兵器を使えなくしてやるのじゃー!」
 戦場に似つかわしくない少女の声がする。しかし、その声は誰かに似ている。
 そう思い李典が振り返ると、どこからともなく現れた軍勢の姿があり、その中心では変な御輿に乗っている袁術がいた。
「え、袁術! 報告じゃあ、あんたはこっちにはおらへんはずやろ!」
「あ、お嬢さまー!」
 驚愕する李典とは裏腹に、城壁でひいひい虫の息だった張勲がいつのまにやら、のんきに手を振っている。
 袁術は同じように腕を振って張勲に応える。
「おお、七乃ー! 大丈夫だったかえ」
「はいー。それもこれも美羽さまのおかげですよぉ」
 張勲が胸の前で両手を組んでにこにこと笑っている。本当に切り替えの早い少女だと李典は思う。
「しかし、なんでや……なんで袁術がおんねん」
 そう言って袁術の方を見ると、袁術は御輿の上でふんぞり返っている。
「そんなの決まっておろう? 七乃たちが心配になったから来たのじゃ! 主様の配下には優秀な者はまだまだおるし、鄴の守りは妾がおらんでもよいからのう」
「あんた、アホかー! 普通はそんなことせんやら……」
 結構な兵力を率いてやってきた袁術に李典は敵ながらも頭痛を覚えた。本拠地を手薄になる危険を冒してまでやってくるとは李典も思わなかった。
 袁家の人間は曹操からも聞いてたとおりなのだなと李典はこめかみを指で押しながら再認識した。
「うふふ。美羽さまのおバカ加減を見誤りましたね!」
「はぁ?」
 城壁の上で腕組みをして見下ろしてくる張勲に李典は眉を顰める。
 張勲はふふん、と鼻で笑うと顔に浮かぶ汗を手でぬぐい取る。
「残念でしたね……曹操さんのところには天才、秀才が集まっているんでしょうけど。美羽さまのような、ただおバカなだけの人物はそういないでしょう?」
「まあ、バカはおるけど。馬鹿なだけなんはおらんかな……」
 武なり知なり、もしくは他の才において突出したものを曹操は好む。故に、彼女の周囲にはそういった傑物が集まっていた。
 今回の戦の指揮を執っていた程cもまた軍師として才ある人間だった。
「さすがの風も、こないなアホは読めんかったっちゅうことか……」
「つまり、美羽さまは天才すらも凌駕するバカ!」
「おい!」
 仲間、というか張勲にとっては今でも主君であろう袁術を指して、とんでもないことを言う彼女に李典はびしっとツッコミの動作をとる。
 だが、張勲はどこ吹く風でお気楽極楽である。
「なにかー?」
「いや、何かやのうて」
「こりゃ、お主ら妾を無視しするでない!」
 李典が戸惑っていると、蚊帳の外に追いやられた袁術が腰に手を当ててぷんすかと頬を膨らませる。
 そこで、はたと気がつけば、彼女の部隊によって李典隊の兵が攻撃され、兵器の運用が滞ってしまっていた。
「ああっ!? な、なんちゅうことをしてくれてんねん!」
「はっはっは。これでもう投石機を使うことは難しくなったであろー!」
 何もしていないくせに袁術がどやぁ、とばかりにどや顔を披露する。
 李典は震える拳を握りしめると、ひくつく口元を隠すようにして全体の立て直しを図る。
「急襲されたとはいえ、もう落ち着いたやろ! あんたらも曹操軍の一員なら、しっかりきばりや! 相手の増援も圧倒的というわけやないんやからな!」
「お、おう!」
 若干の迷いは見えたが、兵たちも李典の言葉に従って気を確かにしていく。
 相手の意外な攻撃に動揺はしたものの、相手と自軍では日頃の調練や鍛え方の違いが大きいはずだと李典は自負している。
 そして、そんな思いに応えるように兵たちがよく応戦してくれている。むろん、彼女も負けないように武勇を振るう。
「おらおらおら、ウチの螺旋槍の餌食になりたいやつはかかってこいや!」
 今来た兵たちは、李典の持つ螺旋槍の破壊力を知らないからか、勇猛果敢に挑んでくる。
 もっとも、あっという間に李典の手で蹴散らしてしまうが。
 やはり奇襲された当初こそ李典隊も冷や汗をかかされたが、率いているのが袁術であることもあってか今はそれほど圧倒的な劣勢とは感じられない。
「な、何をしておるのじゃ。それ、いかぬか!」
 最初の勢いがなくなっている自軍を見回して袁術が両手を振り回して鼓舞している。が、あまり効果はなさそうだ。
 李典はにやりと口角をつり上げて彼女を見やる。
「一番の頭がそれしか言わへんのやから、しゃーないってもんやで、嬢ちゃん」
 そう言うと李典は螺旋槍で一閃。兵卒たちを一気に振り払う。
 城壁の張勲もさすがに焦燥を露わにしているようだ。
「あわわわ、美羽さま。もっと援護射撃に力を入れてください! このままじゃ美羽さまが、美羽さまが!」
「ちいっとばかし面食らったけど、もう大丈夫やし。このまま逆に打倒したるわ! 張勲はそこで指咥えて見とき」
 李典はそう言って張勲を一瞥する。彼女は城門からようやく出てきた救援に指示を出したようだ。だが、もう遅いと李典は不敵に笑い、袁術へと向かっていく。
「ひぃぃぃ、誰か助けてたもーっ!」

 †

 公孫賛軍と曹操軍のもう一つの戦の方はやはり拮抗していた。
 夏侯淵の率いる騎兵の攻撃を歩兵が盾でしのぎつつ接近戦を挑もうとにじり寄る。が、後方の弓兵が放つ矢の雨によって阻まれる。
 華雄隊の歩兵が敵騎兵の足を奪おうと、青竜刀で切りつけようとする。しかし、それを騎兵は槍でなぎ払う。
 一方で典韋の部隊は、趙雲にいいように攪乱されているようで、そこが突破口につながるかもしれないと他の部隊も後に続かせている。
「冀州からの連絡も来ないし、こっちもややこしくなってきてるし、なんだかなぁ」
 公孫賛が眼前に広がる激戦の海を眺めながらぼやく。
 そんな彼女を、先ほどからずっと各隊への指示を出しては状況を確認、確認しては指示を出すと慌ただしく動いている賈駆がきっと睨み付ける。
「何ぼさっとしてんのよ。あいつがいないと気も抜けるっていうわけ?」
「んなっ!? 違うからな! そうじゃない、この先どうなるのかって少し考えてたんだよ……」
 眼を丸くして公孫賛は首を横に振る。実際、小城に残してきた一刀たちのことが気になる面も少なからずあるのも確かに間違いではない。
 賈駆は疑わしげに公孫賛を睨みながらもすぐに戦線へと視線を戻す。
「どうなるかなんて、誰もわかりはしないわよ。まあ、ここまでの争乱になるなんてことも思わなかったでしょうけどね」
「それはまあ、そうなんだがな。何というか、曹操だけならまだしも、孫権まで動いているというし……」
「よほど、運がないのね。あいつは」
 賈駆の言葉に公孫賛は乾いた笑い交じりに頬を掻く。確かに、天の御遣いと称されている割に運の悪いものである。
 何かよからぬものでも取り付いているのだろうかと、公孫賛は思う。
「今度、お祓いでもしてもらうべきかもな」
「そうね。ついでに煩悩も払ってもらってもいいかもしれないわね」
 賈駆は口端をくっと吊り上げて笑い、公孫賛を横目で見る。
 公孫賛は苦笑を浮かべるが、とくに反論することはできなかった。
「それにしても妙ね……」
「妙?」
 賈駆の呟きに反応して公孫賛が聞き返す。
 だが、それに対して手を振ると、
「何でもないわ」
 とだけ言って賈駆はそのままはぐらかしてしまう。
 公孫賛は首を捻りながらも軍の指揮に勤しむことにして、すぐに頭の片隅に追いやるのだった。
 それからしばらく経ち、どちらも少しばかり将兵に疲労が見えてきた頃だった。急な変化が訪れたのは。
 公孫賛の元へと、一人の伝令が届いたのだ。
「伝令! 敵軍が南から襲来! 旗は孫。孫権の軍と思われます!」
「来たか!」
 薄々思ってはいたことだが、いざ来たことを把握すると緊張が走り、公孫賛は汗ばむ手をぎゅっと握りしめてしまう。
 顎に手を当てて賈駆が険しい顔をする。
「やはり来たわね。手はず通りで大丈夫だとは思うけど……」
「ああ、わかってる。趙雲隊へ孫権軍に当たるよう伝えろ。おそらくは城に残ってる将兵も出ている頃だろうから、そちらと合流してな」
「はっ。ただちに!」
 公孫賛の指示を聞くと、伝令兵は軍礼を取り、すぐに駆け去っていった。
 彼女はそれを見送ると隣にいる賈駆と顔を見合わせる。
「ここが正念場だな……」
「そうね。本当に厳しい戦いになるでしょうね」
 趙雲を孫権軍の対処に向かわせることで兵力が変わってくることについて公孫賛は軫憂を胸に抱えていた。



 小城から軍を率いて孫呉の迎撃へと出た一刀と鳳統は相手が到来するのを待つ形で陣取っていた。
 周囲は高低差の少ない荒野のため、茂みに伏兵を配置していた。
 趙雲が間に合うのが先か、それとも孫権軍の到着が先か。それによって、色々と状況も変わってくるだろう。そう考えると、一刀の胸は一際激しく脈打つ。
 障害物もないため自由気ままに流れている風に煽られて乱れる髪を一刀は指で梳く。
「それにしても……一応、義勇兵として名乗り出てくれた人たちのおかげで形は保ってるけど。大丈夫かな」
「……今は非常に厳しい状況ですからね。せめて被害が少なくなるよう策を考えましゅ」
 鳳統は可愛らしい両方の拳をきゅっと握りしめる。
 一刀が、そんな鳳統に頼り切りにならないよう自分も何かを考えようと腕組みしたとき、偵察に向かっていた兵士が駆け戻ってきた。
「報告! 孫呉の軍が接近。既に三里先にて軍を展開しているようです」
「そうか……孫呉の陣容はわかる?」
 一刀が訊ねると、伝令兵は頷いてみせる。
「ええ。孫権、周瑜が中衛におり、左右を黄蓋、凌統。前衛を周泰といった並びとなっているそうです」
「ありがとう……。なるほど、そうなると彼女と話をするのは難しい、か」
 伝令兵の話に一刀は表情を曇らせる。この期に及んでなお、話し合いでどうにかなればと思う自分のめでたさに彼は自嘲気味に口元を歪める。
「……真っ直ぐこちらを狙ってきているようですね」
 鳳統が顎に手を当て、地面に眼を釘付けにしながらつぶやく。
 一刀は、遠く前方に気持ちを馳せながら息を吐き出す。
「やりあうしか道はない、か」
「ご主人様……」
 彼の顔に眼を向けた鳳統。その瞳は少し潤んでいるようにも感じる。
 もしかしたら心の内が顔に出るなりして彼女に気づかれているのだろうか、と一刀は思った。
「うーん、まず戦況について整理を……曹操さん、それに孫権さん。徐州に冀州……そして、あの人たちの動き。そうだ、もしかすると……」
 なにやら一人でぶつぶつと呟いていたかと思うと、鳳統ははっと眼を丸くする。
 どうしたのかと一刀が問うよりも、彼女が口を開く方が早かった。
「ご主人様。あの……一つだけ策があります」
「策?」
「はい。予測の上に成り立つ空論ともいえますので、あまりお勧めはしたくありませんが」
「大丈夫だよ。俺は雛里を信じるから、だから……言ってみてくれないか?」
 強張った表情を浮かべる鳳統に一刀はゆっくりと、しかし力強く問いかける。
 鳳統は、おずおずと躊躇する素振りを見せるが意を決して一刀の瞳に自らの瞳を合わせる。
「被害を極力おさえることはできるでしょう。ただ、相手の意図を逆手に取り、なおかつ先日申し上げたことに頼ることになりますが」
「ふむ。ちなみに、そのあてが外れたらどうなるんだ?」
「……おそらくは通常の戦闘になるだけかと。ただ、少々こちらが劣勢になるとは思いますが」
 鳳統はそう言うと、小さな拳を震わせる。
 一刀は刹那の逡巡の末、彼女の手をそっと握る。
「頼む。雛里だけが頼りなんだ……教えてくれ、どうすればいい?」
「あわわっ、あのその……わかりまみたっ。あう……わかりました」
 鳳統は、僅かながら噛んだりしながらも一刀にこそっと考えを説明する。
 一刀はその言葉を一言一句漏らさぬよう耳を傾ける。
「ほ、本当なのかそれ……?」
「はい。状況を整理し、冷静に考えてみるとそうなるかと」
 鳳統が小さく、でも力強く頷く。
 一刀は「ふむ」と一言漏らすと、待機していた伝令兵へと向き直る。
「それじゃあ、また伝令を頼めるかな?」

 †

 趙雲が抜けた後の曹操軍との交戦状況はやはり公孫賛の憂いた通り、芳しくない。
 圧倒的に押されているわけでもないが、賈駆の策も華雄の武勇も大軍で押し寄せる曹操軍相手では消耗の一途となっている。
 戦は数なのだと本質の一つを公孫賛はひしひしと感じていた。剣を持つ手も汗がひどく、手袋はもうびちょびちょだ。
 彼女のいる隊も既に曹操軍との衝突に加わっており、白馬を駆り、幾度も敵兵を討ち取ってきている。そのため公孫賛の息は弾んでいる。
「きりがないな……くそっ。急に勢いも増してきたし、完全にこちらの動きを把握してるみたいだな」
「恐らく、予想通り孫権と繋がってるんでしょうね。どちらも相手の方が兵数揃えてきているうえ、こちらは両方に兵を割かなきゃならない……苦境だわ、ほんと」
 額に浮かぶ汗を拭いながら賈駆が吐き捨てるように言う。
 趙雲隊の分の負担も彼女にかかっているため余裕がなさそうだ。
「華雄の方は?」
 そう公孫賛が訊ねると、賈駆は呆れているのか感心しているのかわからない顔をする。
「なんだか、元気有り余ってる感じね。典韋と夏侯淵を相手にして、よく持ってるものね」
 前線へと出てから華雄の活躍についての報告は上がっていたが、本当によく働いていると公孫賛は思う。
 かつての華雄とは違う。以前の彼女なら間違いなく夏侯淵に適うかどうかも怪しかっただろう。しかし、何があったのかはわからないが彼女は変わった。
 元々武の探求を行い自分を鍛えていたようだが、華雄に決定的な変化があったように公孫賛には思えてならない。
 だからこそ、華雄はあの天下無双に近づきつつあるかのような獅子奮迅の活躍をしているのだろう。
「しかし……それもいつまで続くか」
 公孫賛は渋い顔をする。彼女の中にある心配は今もなお消えていなかった。
「そうね。一応、別同隊も動かしてはいるけど。最悪、撤退も考慮しといた方がいいかもしれないわね」
「ああ。まあそれも、一刀の方がどうなるか次第だな……」
 賈駆の進言に頷きながら、公孫賛は一刀がいる方角の空を仰ぎ見る。
 二つの地点での同時期による戦。
 それは片方がもう片方を縛り付けるという非常に面倒な事態だった。それでも突破できると全員が信じるのはきっと、彼と一緒ならと思わされるからなのかもしれない。
 公孫賛がそんなことを考えていると、賈駆が大声で怒鳴りつける。
「ちょっと、ぼうっとしてる暇はないわよ!」
「え? あ、ああ、わかってる。それで……どうする? 今度は私直々に華雄の援護に向かおうか?」
「そうねぇ……あんまり白蓮に動かれるのは好ましくはないけど、一つ頼まれてくれるかしら」
 賈駆はあまり乗り気でないというような声。
 だが、公孫賛は自分の胸をとん、と叩いてみせる。
「なに構わんさ。言ってみてくれ、私は全力を尽くすつもりだからな」
「なら、言うけど……白馬隊が今のボクたちにとって一番機動力があるわ。だから、それを活用してちょうだい」
「ふむ。わかった、直ぐに騎兵の出撃準備に入ろう。それで、どうすればいいんだ?」
「具体的に言うとね……奇襲を仕掛けてきて欲しいのよ」
 賈駆が道順、目的とするべき位置を述べていく。
 そして、彼女が話し終えると、公孫賛は深呼吸をし、すぐに白馬に跨がると騎兵隊の方へと向かった。 
 それからすぐに公孫賛は数百騎の騎兵を率いて賈駆に言われた通りに奇襲攻撃を狙えるという位置へと移動を開始した。
 浅い河を渡河したり、悪地を通ったりと敢えて険しい道筋を進む。一応、こうすることで曹操軍の警戒網外を伝っているらしい。
 本当に警戒されていないあたりだったらしく、公孫賛は無事に戦場の喧噪が遠くに窺えるあたりまで到達することができた。
「やれやれ。こんな無駄に体力を削る行軍で本当に良かったのか……」
 賈駆に言われていたことだったが、公孫賛にはこれで良かったのか少々ひっかかる。
 確かに曹操軍に遭遇して攻撃を受けたりすることもなく良い位置を取れたとは思うのだが、その代償についてきた将兵の息は荒くなっている。
 少しの間だけ、息を整える時間をとった後、公孫賛は騎兵隊と共に移動する。敵の陣に近い位置と思われるため慎重になり、整ったばかりの息を今度は押し殺す。
「くれぐれも気をつけろ。そして、合図と共に奇襲をかける、いいな」
「はっ!」
 兵たちの返事に頷くと、公孫賛は再び前進する。
 木々が生い茂っており、どうやら辺りは林が点在しているらしい。その中を姿を隠すように進む公孫賛の目に意外なものが映る。
「くくく、華雄は秋蘭の攻撃に気を取られ、なおかつ流琉の動きにも眼を光らせているようね。それなら三つ目の見えない動きへの対応までは無理よね」
 猫の耳のようなものが頭に生えた少女の姿だった。
 いや、よく見ると、頭にかぶった頭巾が猫耳型のようだ。そして、更に眼を懲らすと周囲には弓弩兵がぞろぞろと居並んでいる。
 公孫賛はすぐに直感する。
「あれは荀ケか? なるほど、伏兵を配置していたか。確かにこの周辺は林もあるし身を隠すのにちょうどいいからな。ということは、華雄へ矢の雨を……いかん!」
 はっと息をのむと公孫賛は兵たちに号令を出して一気に伏兵部隊へ向けて突出する。
「曹操軍の浅知恵など取るに足らん。公孫伯珪参る! 全員続け!」
「応っ!」
 白馬隊は一気に駆け出し、疾風のごとき勢いで伏兵を蹴散らしていく。
 猫耳の少女、荀ケが急襲に驚き口をあんぐりと開いている。
「な、ななな、何よ! あんた達っ! どこから!?」
「ははは! 残念だったな、荀ケ。奇襲はこちらがさせていただいた!」
 そう言って公孫賛は普通の剣を手に突進するように白馬を走らせる。
 急な白兵戦に帯刀を抜く暇もない弓弩兵たちを彼女は次々となぎ倒していく。
「これだ。これこそ、この公孫伯珪にふさわしい活躍! くーっ、きたきたー!」
 拳をぐっと握りしめて感無量の公孫賛。
 荀ケは逆に苛立ちを隠せない様子で大声を上げる。
「全員、撤退! 一時撤退しなさい! きぃぃ、覚えてなさいよー!」
 その声に従い、曹操軍の伏兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ははは! どうだ、これが私の本当の実力だ。おっと、深追いはするな。敵を一端引かせただけで十分だ」
 追撃に出ようとする兵達を抑え、公孫賛は華雄と交戦中の夏侯淵たちの後方をつこうと動き始める。
「このまま夏侯淵の後ろを突く! 続け……うわああああぁぁぁぁっ!?」
 いざ、前進というところで急に公孫賛の視界が下がる。
 いつ用意されていたのか、落とし穴にはまってしまったらしい。もっとも、浅めの穴なのですぐに出られそうである。
「くっそう……これも荀ケの罠か?」
 首を振りながら穴から馬を出そうとしているところへ、喚声と砂煙が近づいてくる。
 曹操軍の別の隊が公孫賛の存在に気づいて接近しているらしい。
「誰だ……曹仁あたりか。くそ、まずい! 早く、出なくては。全員急げ!」
 そうは言うものの、慌てているためか公孫賛たちは上手く穴から出ることができない。
 もたつく間に近づいてくる歩兵の軍団。
 公孫賛は息を荒くし、手汗を手綱に滲ませながらもなんとか白馬を穴から出すことに成功する。
 しかし、他の将兵は手間取っている。
「近づかれてる、このままだと……」
 その先を公孫賛が言うより早く、曹操軍の歩兵部隊に横から飛びかかるように黒い一匹の獣が現れた。
 黒い獣はあっという間に歩兵部隊を飲み込むように包み、撤退させてしまった。
 そこで公孫賛はようやく気づく、あれは獣ではない。一匹の獣に見えるだけの騎兵部隊だった。
 そう、公孫賛の白と対照的なの黒い騎兵隊。

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