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487 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2013/04/14(日) 00:35:47.17 ID:jLtHF7ELT
どうもこんばんは。清涼剤です
流れは出来てるのですが文章化でもたついております
ゆっくりやっていきます

というわけで
無じる真√N:80話をお送りいたします

(警告)
・アブノーマルな描写が入ることもあります。
・18歳以上向けのシーンも時折あります。
・資料を元に独自な考えで書いています。
・話の流れも同様で資料を元にアレンジを加えています。

※意見などありましたら、スレなりメールやURL欄のメールフォームなり
こちらのレスポンスなりからどうぞ。

url:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0757



「無じる真√N80」




 鄴城では突然の外敵襲来を察知して対策を講じるため、軍議を開いていた。
 僅か一、二月前まで西涼で大戦に勤しんでいたはずの曹操軍による冀州侵攻。
 その予想外の行動、そして予期せぬ大軍に、公孫賛軍の防衛拠点は次々と陥落、既にかの軍が冀州に入り込むことを許してしまっていた。
 なんとか、それを伝えに来た兵士から状況を把握し、動いたのは袁家の者たちだった。
「なんてことですの。一刀さんが不在のうちに……やられましたわね」
 柳眉を逆立てながら袁紹が言う。
 その言葉を受けて、重々しい面持ちになりながら顔良が頷く。
「そうですね。恋さんは近頃姿を見せている異民族の調査、対策として出ちゃってますし」
「なーに、あたいがいれば曹操軍なんて目じゃないって!」
 文醜が、力こぶをつくるように腕に力を込める。その脳天気さに肩をすくめつつ、顔良は首を横に振る。
「無理だよぉ。いくら文ちゃんでも、あの数相手じゃもたないし、何より……夏侯惇さんがいるって話なんだよ?」
「へっ、おもしーれじゃんか。夏侯惇が相手なら腕がなるってもんだぜ!」
「猪々子、今は貴女の武力自慢を聞いてる余裕はありませんの。ですから、少し落ち着いてもらえるかしら?」
「あ、はい。そうっすか」
 袁紹に窘められて、文醜は頭をかきながら口を閉ざす。
 普段とは違う袁紹の様子に顔良は眼を見張る。
「麗羽さま、今日はいやに真剣ですね……」
「あら、そうかしら? わたくし、いつでも真剣そのものですわよ」
 不思議そうな顔をする袁紹に、顔良は口元をひくつかせていびつな笑みを浮かべる。
「そ、そうですか。いえ、別に悪いことじゃないですし、いいんですけどね」
「うふふ、ちょっと、調子が狂ってしまいますよねぇ」
 張勲が、口元に手を添えてニヤニヤと笑う。白い上着の割に腹の中は真っ黒そうな笑みである。
「そうじゃのう……なんというか、麗羽……姉さまらしくないのじゃ」
 袁紹の従妹である袁術が張勲の隣で縮こまっていた。腕の位置が丁度良いのか彼女は張勲に抱きついている。
 張勲は、そんな彼女の頭を愛おしげに撫でる。
「ですよねぇ。美羽さまも人の事言えないですけど」
「だよなぁ。いつもの麗羽さまなら、『おほほほほ! このわたくしにかかれば圧倒的勝利間違いなしですわ!』とか真っ先に言うのに」
 張勲の毒のこもった言葉に文醜まで乗ってくる。
 そんな彼女たちに対して、青筋を立てながら、
「ちょっと、貴女たち……今がどういう状況なのかわかっているんですの?」
 と、袁紹が低い声で呼びかける。びくっと震えた袁術が「ひっ」と言って一瞬で張勲の背に隠れた。
 ため息を零しながら袁紹が言う。
「まったく……遊んでる場合ではありませんわよ?」
「うふふ、美羽さまったら……よしよし。えーと、それで、これからどうするか、でしたよねぇ?」
「その通りですわ。曹操さんの……あの小生意気なチビガキの軍がこちらへ向かっているんですの」
 袁術の頭を撫でながらの張勲の質問に袁紹は忌々しげな表情で頷く。
 張勲は何故か面白そうに感じているかのような顔をする。
「あらぁ……麗羽さまって、本当に曹操さんと相性悪いんですねぇ」
「そーなんだよなぁ。なんか知らないけど、昔っから仲悪いんだよなぁ」
 文醜が後頭部に両手を回しながらのん気に言う、もう慣れたことのようである。
 もう一人の忠臣、顔良も優しい顔つきをひきつらせて苦笑を浮かべている
「あはは、まあ麗羽さまが一方的に張り合ってるような気もするんですけどね」
 そんな話題の中心である、当人は今もなおぷりぷりと怒っているようだ。
「あの小娘自身の所在は向かって来る軍には確認できず不明……このわたくしをこけにしているとしか思えませんわ。きーっ、あの小娘! あの金髪ぐるぐるを弄って、あーしてこーして……弄くり回してやりたいですわ!」
「あうあうあぅ……な、七乃ぉ……なんとかしてたもれ。妾、なんだか嫌な予感がするのじゃ」
 勝手に一人で怒気を高める袁紹に怯えた袁術が、半泣きの顔で張勲を見上げる。
「あらあら。美羽さまが麗羽さまの手によって弄ばれるのも大変興味はありますけど、時間はなさそうですからねぇ……麗羽さまー」
「けちょんけちょんにして、いっそのこと、お人形のように膝の上で……。はっ!? なんですの?」
 張勲の呼びかけで漸く袁紹がこちら側へ戻ってきた。先ほどまでの大人びた彼女が嘘のように今の袁紹は普段通りだった。
 可笑しさをかみ殺しながら張勲は軍議を進めるため、話を本題へ戻していく。
「えっとですねぇ。不本意ではあるんですけど、私も少しだけ頑張ることにします」
「は?」
 袁紹がぽかんと口を開ける。滑稽だなと思いながら張勲は続ける。
「とにかくですねぇ。ちゃんとこの軍議に参加するってことです」
「それは今まで不真面目だったことを認める、もとい、わたくしに喧嘩を売っていると考えてよろしいのかしら?」
 口元をひくつかせながら袁紹が尋ねるが、張勲は無視する。
「とにかくですねぇ、曹操さんの軍への対応ですけど。今はまだ拠点の軍が抑えていますがそれも時間の問題のはずです」
「そうですね。そう考えると、むしろ兵を引かせてこちらで兵力を集中させるべき、なのかな」
 張勲の告げる現状予測に顔良も頷く。
「防備を固めるべき、ということですのね……そうもいきませんわね」
「え? どうしてですか」
 頬に手を添えて考え込む袁紹の言葉に顔良が尋ねる。
 袁紹は深々とため息を吐く。
「この広大な冀州の土地が……よくないですわね」
「ああ……拠点を多く落とされて、奥深くまで入り込まれた少々厳しくなりそうですね」
 袁紹の言わんとすることを理解し、張勲は手のひらをあわせる。
 三人の会話から外れていた文醜が眉を顰める。
「でもよー。敵の軍列が長くなればその分、補給を立つだけで追い込めるし、いいんじゃないのか?」
「確かに、猪々子の言うとおりですわ。でも、相手の軍力が多いこと、そして何よりあの曹孟徳の軍ですのよ。一筋縄でいくわけがありませんわ」
 袁紹は疑問に答えると、更に言う。
「悔しいですけれど、あの小娘……いえ、華琳さんは本当にずる賢いんですの。わたくしたちの思いも寄らない方法で冀州に根を張るに違いありませんわ」
「うーん……曹操さんの軍が居座っちゃうとぉ、その時間経過が長くなればなるほどあちらの根元は堅固なものになっていっちゃいますよね」
 張勲も、その考えには至っていた。冀州は農業に関しては有能な土地といえる。もし、地盤を固められたら糧食攻めなども難しくなってしまう。
「そうなると、やはりここは、わたくしたち直々に赴いて相手をして差し上げるべきではなくて?」
 決意じみた眼をしながら袁紹は一同に尋ねる。
「そうですね。留守を預かってる身ですし、頑張って侵攻を食い止めましょう」
「へへっ、最初っからそれでよかったんすよ。あたいは暴れられればそれでいいし」
 顔良と文醜が共にやる気を見せる。着眼点については、やはり対極的な二人らしいと言える。
「頑張ってたも。二人とも!」
 袁術が、腰に手を当てて満足そうに頷く。その姿に首を傾げながら張勲が訊く。
「あれー? 美羽さまは、何もしないんですかぁ? まあ、役に立ちそうはないですけど」
「なぜじゃ? 妾は主様の帰りをちゃんと待ってるという大任があるであろう?」
 袁術はさも当然とばかりに言い切る。
「美羽さん。その一刀さんが帰ってくる場所を守るためにみんなで頑張ろうという話をしていたんですのよ」
 袁紹が肩をすくめ、やれやれと行った様子で袁術に説明をする。
 袁術は眉尻を下げて気後れした表情をしながらも答える。
「わ、妾とて……そのくらいはわかっております、麗羽姉さま」
「ならわかるのではなくて? 美羽さん、貴女もやれることがあるならやらなくてはならないということが」
「うぅ……そ、そうかもしれませんが。妾に何が……」
 袁紹の間違っていない問いかけに、袁術は肩を落とし考え込む。
 そんな主を見て張勲は肩を震わせる。
「美羽さま……おいたわしや。もう少し勉強を教えてさしあげれば……」
「よくわかんねぇけどさぁ、普通、そこは慰めるところじゃないのか?」
 張勲の反応が理解出来ず、文醜が首をひねる。
「ふふふ……いいんです。美羽さまはおバカなままで」
 悲しんでいるのかと思えば、張勲は愉快そうに笑みを浮かべていた。
 文醜はただただ呆れるだけだった。
「……ホント良い度胸してるよな、お前」

 †

 公孫賛軍の防衛拠点を数多く陥落、そして滞りなく冀州侵攻を果たしている曹操軍は官渡を声、黄河を渡河し、黎陽をも落とし終わったところだった。
 西涼での戦、制圧を仕上げたその足で長安、洛陽と少しずつ戦力補充をしながらここまで来た将軍の顔ぶれもそこにはある。
「ふはははは! 公孫賛軍など、恐るるに足らず!」
 相次ぐ連勝に豪快な笑い声を上げる隻眼の将、彼女こそ曹操軍にその人ありと言われる夏侯惇だった。
 その隣では、曹操軍でも相当な怪力を誇る小柄な少女……許緒がにこにこと満面の笑みを浮かべている。
「へへへ。ボクたちの力は伊達じゃないもんね。いっぱい食べて、たーくさん鍛えてるんだし、負けるはずないですよね。春蘭さま」
「おう。その通りだぞ季衣。わたしたちはそんじょそこらの牛の骨とはひと味もふた味も違うのだからな!」
 夏侯惇は大仰に頷くと、再び笑い声を高らかにあげる。
「おいおい、牛の骨じゃなくて……馬の骨だぜ。春蘭よぉ」
 女性の手のひら程度の大きさの人形がぶっきらぼうな口調で夏侯惇に言う。
 夏侯惇と許緒は、その人形を一瞥し、すぐにその下へと視線を移す。
「細かいことをつっこむものではないのですよー。まーそれはそれとしてですね、春蘭さま」
 人形を頭の上にのせている少女、程cが、その眠そうな表情にあったのっそりとした口調で夏侯惇へ語りかける。
「ぬ? なんだ、風よ」
「今は奇襲に次ぐ奇襲ですから、相手の人たちも抵抗らしい抵抗ができないだけなのですよ」
「ふむむ……そうかもしれんなぁ」
 程cの言葉に夏侯惇は腕組みして唸り始める。
「ですからー、恐らく、大事なのはここからじゃないかと風は思うのですよ」
「えっと、つまり強い敵とバシバシやりあるのはこれからってことですかー?」
 間延びした声で説明を続ける程cに、純粋な瞳を向けて許緒が尋ねる。
 程cは、棒のついた飴を持って舐めつつ「ふむ」と頷くと、
「そうですねー。公孫賛軍の人たち……今いるのは袁紹さんですかねー。ということは、顔良さんあたりが軍を統率してくるんじゃないでしょうか」
「なんや。いっつも華琳さまにバカにされとる、あの袁紹かいな。てっきり、ウチは呂布でも出てくるもんやと思ってびくびくしとったのに」
 程cの告げる憶測に、李典がため息を零す。相当緊張していたのか、どっと力が抜けたような様子である。
 あまりにもふぬけてしまった李典に同僚の楽進が切れ長の瞳を一層鋭くする。
「おい真桜、仮にも今は戦の真っ最中なんだ。あんまり気を抜くんじゃない」
「せやかて、あの天下無双の呂布ならまだしもアホの袁紹やろ? なーんも心配いらんのとちゃう?」
 李典はそう言いながらうししと笑う。
 そんな李典と楽進の間にいる少女、于禁もまた緊張の抜けたような顔をしながら楽進へと声をかける。
「凪ちゃん。あんまりガチガチになるのもどうかと思うのー」
「沙和、お前まで……っ」
 楽進は拳を握りしめて、怒りのあまりぷるぷると小刻みに震える。
「まあまあ、凪ちゃんも落ち着くのですよー」
「し、しかし……」
 納得がいかない楽進は言いよどむ。
「緊張しすぎもよくないのは確かですからねー。もっとも、気を抜きすぎたら大変なことになるとは思いますけどねー」
「えっ」
 程cの発言に、楽進だけでなく李典、于禁も眼を見開いて軍師である少女の顔を見る。
 程cは「ふふふ」と口元に手を添えて笑うと、通称、三羽烏と呼ばれる楽進たち三人の顔へと眼を向ける。
「あんまりのんびりしてるとですねー。今は鄴から離れているという呂布さんが戻ってきて、出てくるかもしれないのですよー」
「げっ、そらアカンわ……呂布っていうたら、バケモンやろ……あかん、そらあかんわ」
 程cの話に李典は顔を青ざめる。それは于禁もどうようらしく悲鳴をあげている。
「ひぃぃぃ……それはやなのー」
「そ、そうなるのは避けたいものですね」
 動じていないような風体の楽進だが、若干動揺が見える。
 そんな少女たちとは違い、一人ご機嫌なのは夏侯惇だった。
「はっはっは! いいではないか、呂布の参戦、結構結構!」
「しゅ、春蘭さま……?」
 夏侯惇の愉快そうな反応に、流石に許緒も呆然としている。
 周囲の空気などおかまいなしに、夏侯惇は片方だけしかない瞳をギラリと輝かせる。
「呂布と相まみえることができるなど、貴重ではないか。むしろ、喜ぶべきことだ」
「……そ、そうなのですか?」
 硬直した表情で楽進が尋ねる。
「ああ。そういえば、あやつと最後に出会ったのは確か……そう、関羽との一騎打ちを邪魔されたときか。ふ、ならば、そのときの礼も兼ねて存分にやりあおうではないかー!」
「アカンのは、この人やったわ……」
 李典は夏侯惇の様子に辟易とした顔をする。
「春蘭さまは戦闘狂すぎるのー」
 于禁も悲鳴とも取れそうな声を上げるが、当の夏侯惇は
「ふはははは、褒めるな褒めるな」
 と、非常にご機嫌気分で脳天気に笑うのだった。

 †

 鄴から出発した公孫賛軍留守組は安陽を抜け、さらに先にある砦を拠点として曹操軍を待ち受けることにしていた。
 既に黎陽が落ちたという事実に多少の動揺は隠せないものの、不意を突かれた不利が働いている以上、それもしかたないという思いも彼女たちにはあった。
 だからこそ、砦についてから間を開けずにすぐに態勢を整えて動く必要性も理解している。
 現に、宵闇に覆われた砦の城門から多くの兵卒を率いて、文醜が出撃を始めようとしていた。
「そんじゃまあ、行ってくる。あとは任せたぜ、斗詩!」
「うん。気をつけてね……」
 短い言葉で別れを交わした二人。文醜は騎兵を中心の隊を連れて、彼方へと姿を消した。
 そして、それを見送った顔良も自分が統率する兵たちの元へと向かった。
「なんとしても死守しなくちゃ!」
 自分のいる場所が今は防衛線となっていることを顔良は改めて自覚し、奮起する。
 そこへ、張勲が城壁から階段を降りてやってくる。
「猪々子ちゃんは行ったようです。ちゃんと、役目を果たしてくれるといいんですけどねぇ」
「あはは……あんまり抑えが効きませんからね」
 血気盛んな相棒のことを考えると、顔良には苦笑を浮かべることしかできなかった。
「そ、それより、七乃さん……よく、前線に来ましたね?」
「ええまぁ、ちょっと気が変わったというか……なんでしょうねぇ」
 張勲が人差し指を頬に当てて何かを考えるような顔をする。
「美羽さまを置いてきちゃって、良かったんですか?」
 彼女の仕草に首を傾げつつ顔良は不思議そうに尋ねる。
 張勲は、いつも一緒といっても過言ではないほど共に行動をしていた袁術を鄴に残し、顔良たちと共にここまで来ていた。
「いいんです。今回はこれで」
 張勲はそう答えると、どこか達観した表情を浮かべる。
「とにかく、今は目の前の敵さんい集中した方がいいんじゃないですかねぇ?」
「その通りですわ。美羽さんはあれでも袁家の者、本拠を任せても大丈夫なはずですわ」
 二人の方へと歩み寄りながら袁紹が言う。その顔は言葉に偽りがないことを物語っている。
 そんな袁紹を一瞥した後、張勲はぼそりと呟く。
「信用ならないですけどねぇ」
「何かいいまして?」
「いーえー、なんでもないですよぉ」
 袁紹の問いに張勲がにこにこと微笑みながら首を振る。
「あ、あはは……それより、これからどうするか、ですよね?」
 顔良は乾いた笑いを零しながら、二人にそう告げる。
 袁紹は金色の巻き髪を髪ですくいながら、笑みを浮かべる。
「当然ですわ。改めて放った間者の話から、状況もはっきりしたんですから」
「猪々子ちゃんにはまあ、当初の予定通り遊撃をしてもらえばいいとして」
 張勲は「んー」と思案し始める。
 顔良も先の事を考えつつ、話す。
「ちょっと心配はあるけど、それより問題はこちらですよね。ここで守りを固めるのはいいですけど……」
「そうですわね。ここに来た将兵で考えると、やはり猪々子が一番武術的な面では特化していますし」
 袁紹も同意の意を表すように頷く。
「でも、だからこその遊撃部隊ですからねぇ。あともう一手あればいいんですけどね。相手が相手ですし」
 張勲も何かないかと考えているようだ。そんな彼女の様子を見て、本当に珍しくまじめだなぁ、と顔良はなんとなく思った。
 とはいっても、良い案が出てくるわけではないのがなんともではある。
「うーん……やはり、持久戦でしょうかね。せめて、恋さんが合流するまでとか?」
 張勲がやっとのことで言ったのは、不在の呂布が帰還し、やってくることへの期待だった。
「どうしても、そうなっちゃいますね。私たちにできることとなると」
「斗詩さん。確かに、そうかもしれませんけれど、わたくしたちだって伊達に袁家の人間ではないんですのよ。ただ後ろ向きでいるのもどうかと思いますわ」
 他には案は出てこないと思う顔良に袁術が待ったをかける。正直、我が儘なだけな気もする。
「そう言われても……特にこれといった策もないですし」
「そうですよぉ。相手は、あの夏侯惇さん。それに軍師も折り紙付きのようですから、私たちで上回れる気がしませんって」
 張勲も考えあぐねた様子でため息を零す。
「雛里ちゃんたちならまだしも、私や斗詩ちゃん、それに麗羽さまじゃあ……」
 張勲のやれやれといった言いぐさに袁紹が語調を強めて言い返す。
「そ、そんなことはありませんわよ。わたくしたちだって、バカではありませんのよ!」
「えっ」
「なんで、二人して驚いた顔をしているのかしら?」
 何を言ってるんだといわんばかりの顔良と張勲に、袁紹は青筋の立った顔に引きつった笑みを浮かべた。
 冷や汗をかきながら顔良が言いつくろう。
「な、なんでもありません。それより麗羽さま、そろそろ夏侯惇さんの方も動きがあるでしょうし。落ち着いて対処しましょう」
「あら、確かにそうですわね。あの猪武将なら策を仕掛けるのに絶好ですし、それですませたら最良ですのに」
 袁紹が残念とばかりに言う。
 顔良や張勲には、彼女の中の夏侯惇に対する評価が垣間見えた気がした。

 †

 袁紹たちと夏侯惇の開戦がもういつ起こってもおかしくない頃、鄴では警戒も兼ねて民衆を城外へとなるべく出さないようにしていた。
 おかげで、外で働く者たちはバラバラになっていた。
 ある者は別の働き口のほうで、普段以上に働き。
 ある者はやることがなくなってしまったと呆けていた。
 そして、またある者は……大事な場所の掃除に勤しんでいた。
「耕作に行ける人数も絞られちまうとはな……手入れは大事なんだがな」
 アニキは、桶にたっぷりと注がれた水から雑巾を取り出す。腕に力をこめて強くねじるほど、雑巾からは水分が絞り出されていく。
 彼は今、大いに支持している少女たちの事務所に来ていた。
 少女たちが鄴を離れてからは使われることのなく、定期的に掃除をしてはいるが人がいたという雰囲気が薄れたことによる寂しさだけはぬぐえていない。
 そんな中で黙々と掃除をするアニキ。彼と一緒に拭き作業をしているチビがため息を零す。
「折角、この俺たちがまっとうな労働に慣れてきたっていうのに。こまったもんすね」
「仕方あるめぇよ……このご時世だからな」
 アニキはそう言って肩をすくめつつ思う。職を与えられたことだけでも、ありがたいことなのだと。
 もっとも、今はそれすらまともにできないのだが。
「しゃ、しゃべってないで掃除するんだな」
 立て付けの悪い扉の修理をしているデクが、手を止めている二人に抗議する。
「わーってるよ……」
 アニキとチビは頷くと、掃除を再開した。
 そんなこんなで、三人は数え役萬☆姉妹の事務所の大掃除を進めるのだった。
 そして、その掃除が滞りなく一段落ついた頃、事務所に来訪者があった。
「ここにおったのか。探したのじゃー」
 金色の長い髪を中に漂わせながら入ってきた少女が、アニキたちを指さしてそう言った。
「ん? 確か大アニキのとこの袁術ちゃんじゃねぇか。どうしたよ?」
 意外な人物の登場にアニキは驚きつつ歩み寄っていく。
 人形のようなくりっとした瞳をアニキに向けながら袁術が高らかに言う。
「今、とても大事な戦が始まっておるのじゃ。だから、元青州黄巾党の者たちにも参加して欲しいのじゃ」
「いや、無理だ」
「なんじゃとー!」
 あっさりとしたアニキの返答に袁術が愕然とする。
 チビとデクはただ静かに二人のやりとりを見守っているが、なんとも言えない顔をしている。
 袁術は頬を膨らませて、アニキに詰め寄る。
「何故なのじゃ! 妾が頼みに来たというのに、どうして断るのじゃ」
「いや。俺たち元青州黄巾党はよ、今やっとのことでまっとうな人間になろうとしてるところなんだ」
「ふむ……真人間にかえ」
 膨らました頬の空気と一緒に覇気が抜け落ちる袁術。
 そんな彼女にアニキは続ける。
「それこそ、家庭を築き上げた奴もいれば、自分の未来を漸くつかめた奴もいる。そんなあいつらに命を捨てる覚悟をしろなんて、もう言えねぇよ。これまで何度も言ってきたんだからな」
「うー……、そうは言ってもじゃなぁ」
 アニキの頑なな意志に袁術が困った顔をする。
 彼女が言葉に詰まると、アニキは清掃道具を手に取る。
「そういうわけだから、頼まれても無理だ。そもそも、あいつらは別の国でも生きていけるしな」
「うぐぐぐ……それでも、何とかして欲しいのじゃ!」
「わがままを言うなよ。大体、あいつらだってもう俺の命令なんか聞かないと思うぜ?」
 納得がいかないといった様子の袁術に、アニキは肩をすくめて首を左右に振る。
 確かにかつては彼らの頭であったし、今も統率役はしている。それでも時と共に環境も心境も変わっていくのが人だ。
 きっと、もう自分がどう命じても渋い顔をされるだけだとアニキにはわかっていた。
 流石にもう諦めるだろうと袁術に眼を向けるアニキだったが、彼女はまだくらいつくようだ。
「この通りじゃ。だから、なんとか……なんとか力を貸して貰えるように頼んでもらえないかや!」
 袁術は床に膝をつき、そして額を床へとつける。美しい髪や服が汚れるのもおかまいなしである。
「お、おいおい……あんた、仮にも良いとこの嬢ちゃんなんだろ……なにやってんだ」
「お願いなのじゃ。協力してたも!」
 うろたえるアニキの言葉に耳も貸さず、袁術は必死に頼み込む。普段の彼女を知っていれば、ありえないと断言できる光景だった。
 アニキは、いつのまにか自分が二歩、三歩と後退していることに気がついた。
「本当に、どこまでもバカだな。嬢ちゃんは」
「バカとはなんじゃ。妾は妾にできることをしておるだけなのじゃ」
 態勢はそのままに顔だけ上げて袁術が反論する。
 見上げられているアニキは、何故かただただ苦笑いをすることしかできない。
「…………ちっ。嫌なこと思い出しちまった。胸くそ悪ぃ……」
 そう言うと、アニキは清掃道具を手にしたまま踵を返して歩き出す。
「おら、チビ、デク。まだまだ掃除は終わってねぇんだ、さっさと準備しな」
「え……あっ、へい! それじゃ、悪いけど、俺たちも行くわ」
 チビが袁術を一瞥して、そう言い残すとアニキの方へと向かう。
 デクもまた、袁術を見下ろすと、
「大掃除再開なんだな」
 とだけ言って、アニキの後をついてきた。
「お願いなのじゃ……」
 袁術の震え声を背に受けながらアニキは部屋を後にした。
 ゆっくりと扉がしまると、彼女の声は全く聞こえなくなった。

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