- 450 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:27:14.28 ID:dIV8nxnc0
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久しぶりに直投下してみます
ちょっと、いつもと違う感じを考えながら書いたので
ひっかかるとこは数点あるかもです
では
- 452 名前:夏の華 1/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:29:44.68 ID:dIV8nxnc0
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夏の華
熱い日差し……どこからともなく、聞こえてくる蝉の声。
冷房器具なんてものが無いこの時代。そよそよという扇から来る風くらいが清涼なものだった。
いや、よく考えてみれば、かつて真桜が開発した……扇風君なるものがあった。
しかし、それも本人以外には調節できないため、今は蔵の中。
ああ……本当に惜しいものだとほんの少しだけ肩を落とす。
くだらないことを嘆いていると、汗水垂らして国のため民のためにと駆け回る足音が熱い空気を切り裂くのが聞こえてくる。
廊下や庭園、外などを慌ただしく走る足の音。何かを話し合う声。街の雑踏。
そうした様々な音に耳を傾け、手でしたたる汗を拭いながら思い出すのは……今日のような暑い夏の日。
†
その日も、とてもとても暑かった。茹だるような暑さに皆、顔を赤らめている程だった。
「たまらんな……この暑さ」
「そうだな、姉者。流石にこうも暑いと調練に参加している兵達の士気も下がるというもの」
「本来なら軟弱な弱卒なぞいらん! と言いたいが、今日の暑さばかりはなぁ」
そう言いながら春蘭は青空にて爛々と身を輝かせる太陽を見上げる。
この日の日差しは普段以上に強く、気のせいか照り返しの方も厳しく多少なりとも苦しめられる。
「こら、北郷。なんだそのだらしない顔は。しまりのない顔が一層情けないぞ」
「う、うるへぇ……春蘭だって、いつもの覇気が感じられないぞ」
「ば、バカを言うな。この夏侯元譲が暑さごときに音をあげるわけがなかろう!」
「そうだぞ、北郷。姉者の取り柄である壮健さがそう簡単に減るわけがないさ」
「うーん……それも、そうか」
元気はつらつでない春蘭というのは些か彼女らしくないのは正論と言えなくもない。
多少頭があれなところがあろうとも、元気で明るいのが彼女の魅力でもあるのだから。
「三人とも。そんなとこで談笑とは、随分と余裕じゃない。調練とはその程度なのかしら?」
- 453 名前:夏の華 2/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:32:26.16 ID:dIV8nxnc0
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「か、華琳っ!? いつからそこに」
「華琳様! いらっしゃったのですか」
「さっきからここにいるわ。確かに今日は不快な程に暑いわね……でも、だからといってそれはないんじゃないかしら?」
含みを込めた笑みを浮かべながら視線にそれぞれの反応が返る。
「か、かかか、華琳様! 私はしっかりと励んでいたんです。ですが、北郷の馬鹿者がだらけていたので叱咤していたところでして……」
「あら? そうだったかしら?」
「春蘭ーっ! ちょ、ちょっと待ってくれ、ご、誤解だ。俺は別にだらけてなんて。な、なあ、秋蘭?」
「…………ふ、どうだったかな。兵達を見ていて気づかなかったよ」
「んなーっ!?」
僅かに口端をひくつかせながら堪える秋蘭。どう見てもわかっていて、敢えてなのだろう。
「ということは、一刀……これは決まりよね?」
「ちょっと待ってくれ」
「春蘭に存分にしごいてもらいなさい。そうすればへたれてなんていられないでしょうからね」
「そ、そんなーーーーーっ」
†
長い春蘭によるしごきが終了した後、全員揃って城内へは戻らず、別の方角へと向かっていた。
そこには、先ほど調練を行っていたのとは別の一団が場を占拠しており、なにやら騒々しく駆け回ったり叫んだりしている。
「おーおー、やってるなぁ」
ぐったりしながらの声だったが、集団の中にいた一人の少女には届いたらしく、ひょこっと姿を見せる。
「あ、華琳さまに隊長たちも、こんの暑い中、よう来たなぁ」
「なに。調練ついでさ……少々のびてる者がいるがな」
「しゅ、春蘭がやりすぎなんだよ……」
「何を言うか、貴様がここのところたるんでいるせいだろう」
そんな言い合いに呆れた表情を浮かべながら真桜が口を開く。
「隊長も春蘭さまも、こんな暑苦しい日までようやるわ……」
「それで真桜、例の兵器、調子はどうなのかしら?」
「あんじょう進んどるで」
「そう。どうやら、成果は上々の様ね」
- 454 名前:夏の華 3/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:36:02.64 ID:dIV8nxnc0
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「それにしても、まさか俺の朧気な知識からこれほどの大砲を作り上げるとはな。流石真桜と言うべきか」
「にししし、まあ、ウチは天才やしなぁ……あ、でも……華琳さまの助言あってこそやけどな」
「………………」
ご機嫌な真桜とは正反対にやけに不機嫌そうな者が一人だけいた。気づいたのだろう、秋蘭が声をかける。
「どうしたのだ、姉者。そんな嶮しい顔をして」
「いやな、あのようなものが果たして本当に必要なのかと思ってな」
「どない意味やねん?」
自身の作品の必要性を問われて真桜がむっとした表情を浮かべる。
「あのような大層な絡繰りなど無くとも、この夏侯元譲一人いれば十分だ、と言っておるのだ。無駄な金をつぎ込む必要があるのか甚だ疑問でならんわ」
「姉者……」
「いいのよ、秋蘭。大方、あれに活躍の場を奪われるのではないかと焦っているのでしょう」
「う……うう、そのようなことはありません。ですが華琳様、このわたしがいれば、やはり必要ないではありませんか」
「そのようなことはないわ。この兵器を実戦投入できるようになれば、兵卒の負担や損害も大いに減るもの」
「……そ、そうかもしれませんが」
「大体、貴方ほどの人材は他にはいないのですからね。大事にしないといけないでしょ?」
絡繰りと春蘭なら、どちらをとるか。それはこの場にいる誰にしても即答だろう。
「でも、それよりなにより……貴女への負担が減り、美しい肌が少しでも保てるならそれに超したことはないですもの」
そう言いながら春蘭の頬にそっと触れる。春蘭の顔がみるみる真っ赤になる。
「か、華琳さまぁ」
一応の納得はしたのだろうか。それよりは満足そうな感じがしないでもない。
どちらにしても、取りあえずの収束はなったとみて間違いないだろう。
「さてさて、こんなところで立ち話ってのもなんやし……一発見ていかへん?」
「あら、いいの? 幾ら試験中とは言っても、そう容易くはないのではなくて?」
「大丈夫やて。そんな手間取るもんやないしな。ちゅうか、ある程度準備を手早くできひんなら、そら兵器として微妙になるやん」
「なるほど。確かにそれはそうだな」
「そうね。では、是非とも見せてもらいましょうか」
「ほいきたー。ど派手に一発かましたるでー」
- 455 名前:夏の華 4/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:39:43.42 ID:dIV8nxnc0
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そう言うと、真桜は集団の中に戻り指揮を執り始める。それに従い全員が連携をするように動いていく。
そして、少しだけ日の傾いた空に……一発の爆発音が響き渡った。
「おお……これが、あの大砲の威力なのか」
「報告で聞いてはいたが、これは想像以上ですね、華琳さま」
「ええ。確かに上出来ね、よくやってくれたわね、真桜」
「へへん、まあ、ウチにかかれば大したことあらへんよ」
照れくさそうに、かつ誇らしげにはにかむ真桜。
相当な自信作だったのだろう。そして、相応の反応が来たのだから満足するのもうなずける。
「そうそう、それとやな。作成方法と手順は伝えてあるし、あとはウチでなくても作っていけるで」
「そう。ならば、あなたは総指揮に移りなさい。具体的な作業は他のものに任せてもよいでしょう」
「う、ウチが総指揮ですか。いやまあ、華琳さまがそうしろっちゅうんなら吝かやないけども」
「なんだ、何か不満でもあるのか?」
「滅相もあらへん、ただちいと驚いただけですて。てことで、その任、謹んで受けさせてもらいます」
「よろしい。ところで、一刀。あなたは先ほどから何を考え込んでいるのかしら?」
「…………ん? あ、いや。ちょっとな、うーん。折角夏だし……」
「あら、何か思いついたの?」
「ん? へへ、秘密」
「あら? この私に対して隠し事をするというの?」
「北郷ー!」
「ま、まあまあ……後の楽しみってことで、な」
その言葉と共にふっと笑いが零れた。
†
尋常ならざる暑さに参っていた日から、幾日も経過したある日のこと。
城の一角から、とんでもない爆音が響き渡った。それは、本当に予想だにしない事故だった。
蔵に籠もって作業を行っていた真桜が何らかの失敗をして、爆発させたらしいとのこと。
当然、ことの発端に対して詰問がなされたのは言うまでもないこと。
「実は……俺のいた世界でさ、夏……特に祭りの時なんかに見ることが多い花火っていうのがあってさ」
- 456 名前:夏の華 5/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:42:52.26 ID:dIV8nxnc0
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「花火? なんだそれは」
「えっと……その火薬とかの調合をして、それを発射することで夜空に綺麗な火花をあげるんだ」
「つまりは兵器と言うことか」
「違う違う……夏を満喫するためのものなんだ……本当に綺麗なんだよ見ほれるくらいに」
「なるほどな。なんとなくは想像が付いた、姉者へはこちらで補足を入れるから。続けてくれ、北郷」
「ああ。まあ、それでさ……街の人たちや華琳達にも見せてあげたいなって思ってさ」
そこまで言うと、深々とため息を零す。
「なるほど、それで……一刀。貴方は真桜に依頼したのね。その花火の作成とやらを」
「あ、ああ……そうだよ。そしたら、今回の事故が起こって……」
秋蘭の補足を受けた春蘭が眉間にしわを寄せて怒声をあげる。
「貴様は勝手に……そんなことを真桜に頼んだというのか。この馬鹿者が!」
「……ごめん」
「まあ待て、姉者。北郷も華琳様や我らのこと、それに民を思ってしてくれたことだ」
「秋蘭」
何ともすまなさそうに秋蘭の顔を見る。秋蘭は腕組みしたまま、ため息を零すと強い口調で続ける。
「だが。姉者の言うことももっともだ。あれだけ危険なことだったのならば、先に話を通すのが筋というものだろう」
「そうだな。本当に申し訳ないことをした……」
「今回は怪我人が幸いにも皆無だったから、いいけれど。もし、一番近くにいた真桜に何か会ったときはどう責任を取るというの」
落ち着きの中に重みを含んだ語調での言葉。それを受けて、一層身を縮こまらせる。
「面目次第もない……本当にごめん」
「もういいわよ、秋蘭の言う通り思っての事なのと被害が施設の損壊のみで済んだことに免じて不問に処すわ」
「ありがとう。華琳」
「ただし、次にまたこのようなことがあったときは、その首……躰と別れを告げるものと知りなさい」
「…………ああ。気をつけるよ」
とんでもないことをしたのだと肩をがっくりと落とす。それを見ながら僅かに表情を緩める。
「まったく……それで? 人員としては、如何ほど必要なのかしら?」
「え? もしかして……続けても、いいのか?」
「当たり前よ。それを成し遂げれば民に憩いを与えられるのでしょう? それに、成功すれば翌年からも風物詩とできるわ」
- 458 名前:夏の華 6/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:47:22.41 ID:dIV8nxnc0
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「うむ。他国との一層の交流が図れ、なおかつ人が一時期としても少しでも多く寄りつくようになるやもしれません」
秋蘭が同意するようにこくこくと頷く。
「二人とも……」
「なにより。あの真桜が、たった一度の大失敗で諦めるとも思えないもの」
そう言ってくすりと笑う。続くように場に朗らかな空気が流れる。
「違いない。真桜なら、この程度でやめるなんて納得できひんてー、とか言い出しそうだ」
「とにかく、まずは真桜へ対し改めて依頼するということで、よろしいでしょうか。華琳さま?」
「ええ、結構よ。人員に関する点もよく纏めて置いてちょうだい。それから……そうね、その花火とやらを打ち上げる場所の確保もしておきなさい」
「はっ」
「これでいいかしら? 一刀」
「ああ、ありがとうな。華琳!」
こうして花火という、一大行事は大きな規模となってり進んでいくことになった。
†
本格的に花火の開発作業に着工してから、早一ヶ月ほど経っただろうか。
屋台も普段とは風貌を変えて、ほんの少しだけ華やかさを帯びている。
街のあちこちに掲げられた灯火はいつもより多く、宵闇を照らす月を手伝っている。
そう……今日は祭りの日。
「いやぁ、大盛況だな」
「そうだね、兄ちゃん。なんだかボクまで気分が盛り上がってきちゃうよ」
「はは、わからなくもない……だが、季衣」
「にゃ?」
季衣が不思議そうに首を傾げる。
「既に大量に屋台の出し物を平らげてるわけだが……大丈夫なのか?」
「えー? 何言ってるのさ、これくらいまだまだだよ。本番はこれから」
「……そ、そうか。俺は改めて季衣の凄さを知った気がする」
「これくらいで驚いているようじゃ、あなたもまだまだね。一刀」
「華琳は驚かないのか……」
「ご褒美として料理を振る舞ったことが幾度もある私が驚くと思って?」
「……慣れてるんだな。なるほど」
そんな話をしているのをキョトンとしていた季衣が何かを見つけて声を上げる。
- 459 名前:夏の華 7/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:52:32.82 ID:dIV8nxnc0
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「あーっ」
「どうした、季衣?」
「春蘭さまですよー、ほら」
そう言って示した指の先には、確かに春蘭の姿。何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
「おーい、春蘭!」
「……っ、ほ、北郷。そこにいたのか」
「ん? 俺に何か用でもあるのか?」
「いや、実はだな。はて……何を言うんだったかな」
「おい! 忘れたのかよ……」
「ええい。貴様がさっさと姿を現さんからいかんのだーっ」
「俺のせいかよっ!」
春蘭がむーっとした表情でがなり立てていると、その横に彼女の妹がゆっくりと現れる。
「姉者……。それは流石に理不尽というものだぞ」
「む、秋蘭……」
「すみません。華琳様……姉者がこのような感じで」
「構わないわ。これはこれで……ね」
「そうですか。ならば良いのですが……それと、真桜からの言伝です」
「真桜から?」
「はい。北郷と華琳様に花火の準備が整ったことを伝えて欲しいと」
「お、そうなのか。とうとうなんだな……」
「まあ、そういわけでだ。北郷……華琳さまを連れて行く案内役を頼めるか」
「もちろん、よろこんで」
「あのー、それボクも行っていいんですか?」
「ええ、構わないわよ。一緒に行きましょう、季衣」
「やったーっ」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる季衣。微笑ましくてその頭をそっと撫でる。
「んじゃ、季衣と俺と華琳と……二人ってことか」
「いや、私は警邏の仕事があるから後ほどということになる」
「え、そうなのか? じゃあ、春蘭は……?」
「わたしもだ。非常に残念でならんがなぁ……」
本当に残念そうな表情を浮かべながら、苦虫を噛むようにそう吐き捨てる。
- 460 名前:夏の華 8/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 22:58:16.38 ID:dIV8nxnc0
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「姉者……警邏の方は、私が帳尻をあわせておく。だから、華琳様たちと存分に楽しんでこい」
「な、いいのか。秋蘭!」
春蘭は、キラキラと眼を輝かせて秋蘭の顔を見つめる。
「構わんよ。今日という日くらいはな……良いですよね、華琳さま」
「……まあ、いいでしょう。秋蘭が大丈夫というなら、大丈夫でしょうし」
「華琳の言う通りだな。まあ、どっちにしても、何かあれば春蘭も季衣も飛んでいくだろうしな」
「というわけだ。良かったな、姉者」
「あ、ああ……感謝するぞ、秋蘭。では、参りましょう華琳様」
許可を得たことで抑えきれないのか、さあ行こう、やれ行こうとばかりにそわそわする春蘭。
全員が顔を見合わせて微笑を浮かべると、秋蘭とだけ別れて四人で花火会場へと向かうことにした。
星々が今日という日を祝すようにきらりと天上から人々を見下ろしている……いつまで、この平穏が続けばいいのにと思わず考える。
色々な話をしながらワイワイと会場までやってくると、遠くの方に真桜の姿が見えた。
彼女は打ち上げの指揮を執っているらしく、こちらに手を振るだけで徳に近寄ってくることはなかった。
「ほう、あれが花火というものか……本当に空に花を咲かせるのか……」
「大丈夫だよ。真桜の腕なら心配ないって」
「そうですよ、春蘭さま〜」
「む……そうか」
頷きはするものの、どこか綽然としない様子の春蘭。
「春蘭。あの子のことを信じなさい……それと、ことここに及んで騒ぎ立てるのは無粋よ」
「うう……わかりました」
「良いこね。ふふ、聞き分けの良い子は嫌いじゃないわ」
「はいっ」
沈みかけていた春蘭だったが、たちまち普段の明るい表情へと戻った。
「さて、いいかな? えっと、これからやることが上手くいったときは。俺がたまやーって叫ぶから。続いてかぎやーと叫んでくれないか」
「はあ?」
「そういう作法なんだよ。少なくとも俺のいた世界では。だから、折角だし、な?」
そのように促されると春蘭は怪訝そうにしながらも頷く。
「む、むむ……よくわからんが、かぎやーと叫べばよいのだな」
「ああ。たまやーに対してかぎやーだ」
「かぎやかぁ。よくわからないけど、わかったよー」
- 461 名前:夏の華 9/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 23:01:47.76 ID:dIV8nxnc0
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「はは、まあ俺も詳しくはわからないし。まあ、その場のノリ……いや、さっき言った通り作法ってことだな」
「随分といい加減な習わしもあったものね。あなたの世界ではそれが当然なのかしら?」
そう言って半ば呆れと驚きを表すような表情を浮かべる。
「こっちほど……昔の風習とか、そういうのを大事にしてないからなぁ」
苦笑いを浮かべつつ、頭を掻きながら答える。
確かに風流さなどがあるのとは別にその根源というものはある。
でも、もしかしたら、そういったものは余り気にし過ぎるのは野暮なのかもしれない。
「まあ。あなたの世界ではそうであるのなら、それはそれでよいのではなくて」
「う、うーむ。まあ、そうかなぁ」
「それよりも……今は、この世界で……共に楽しみましょう。この一瞬をね」
そう言って目配せをする。
月の明かりに照らされた表情が少し煌然としているように見える。そんなことを思って言えると、ひゅるるるという昇天音がする。
そして夜空に舞い上がる一瞬の火柱。それは大きな花を咲かせた。
黒い下地に映える華麗な大輪の花を見つめながら思う。きっと仲間達も皆どこかでこの美しい花を見上げているに違いない。
「たまやー!」
「か、かぎやー!」
その日は……本当に、本当に皆大いに盛り上がった。まさに祭というに相応しかった。
そう、天井知らずの楽しさを感じたものだったのだ。
†
あれから、時は過ぎて……今がある。
現在は、夜風を浴びながら筆をさらさらと動かしていた。
しかし、そうしているうちに時間はあっという間に流れてしまっていたらしい。
すっかり辺りは暮れていた。薄暗くなった空には星々が輝きを競い合うように点在している。
「…………ああ、もう夜」
ぽつりと呟くと、丁度その役目を終えた筆をそっと置いて立ち上がり中庭へと出る。
次の季節の虫たちが変わり目だと言うように泣き声を彼方此方であげている。
虫たちの合唱に耳を傾けながら、ゆっくりとした足取りで庵へと赴くと、そっと腰を下ろす。
そよそよと流れる風がうっすらと浮かんだ汗を拭ってくれる。
手に持った扇でパタパタと扇ぎながら、町の方を見る。今日はどこか騒がしかった。
- 462 名前:夏の華 10/10[sage] 投稿日:2012/08/23(木) 23:06:08.88 ID:dIV8nxnc0
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遠くの人々の喧騒までもがここまで聞こえてきそうな……そんな様子だった。
「そういえば、今日は祭……」
あの日と同じように、人々が祝いと感謝を込め、盛大に祭りを催しているのだ。
「すっかり歳を取ってしまったということ……か」
若い若いと思いながらも、気がつけば大層な歳になっている。
戦で勝利を得るため、国の……大陸の平和のためにと使われた手もすっかりしわくちゃにもなるはずである。
あの戦乱を同じ側で駆け抜けた輩も、皆既に離別を迎えている。そう、残ったのは自分一なのだ。それを思い出す。
「…………あれからもう何十年……」
皆、あちらでは元気にやっているのだろうか。そんなことを考える。
だが、待望の瞬間が訪れてすぐに消える。
夜空に一輪の花が咲いている。大輪の花。
それに続く美しき花々が星の煌めきに負けず劣らず夜空を彩っていく。
ああ、美しいと思う。
まるで……あの日のように風雅で美麗な夏の華。
花火に奪われた眼を細めると、緩慢な動きで口角をつり上げる。自然と緩やかな笑顔が浮かぶ。
「ふ……今年も綺麗……」
そっと瞼を下ろす。
そろそろだという自覚はあった……だからこそ、後処理を終えて、最後の一筆を入れたうえで花火を見上げているのだ。
もういいのだ。思い残すことはなくなった……満足いく時間を過ごした。
何年も何十年も同じように人々の喧騒と花火の音に耳を傾け続けた、この日も、もうお終い。
(だって、ほら……目の前には……)
かつての仲間であり家族であった大切な者たちが勢揃いしている。
花火の様に眩しい笑顔を浮かべる仲間達。そこへ向かって駆けていく。
とっても躰が軽い。まるで、あの頃に戻ったかのように足が進んでいく……。
(……また、皆一緒に……)
再会を祝すかのような、盛大な音が、夏の華が花開く音が……そのとき聞こえたような……そんな気がした。
- 463 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2012/08/23(木) 23:08:00.46 ID:dIV8nxnc0
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以上。これにて、投下終わりです
どうも、お粗末様でした