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266 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2011/05/28(土) 21:37:09.58 ID:wU8yuega0
前回からの続き的な話です。
性的描写がありますのでご注意ください。

無じる真√N 拠点イベント41

※警告
・アブノーマルな描写が入ることもあります。
・18歳以上向けのシーンも時折あります。
・資料を元にアレンジを加えた話となる場合もあります。
・ちょっとしたオリジナル設定が出ることもあります。
・各勢力の情勢がゲームなどと異なる部分があります。
・各ヒロインと一刀さんを一度は絡ませる予定なので完結まで長いです。

※当方へのご意見、ご指摘など
・URL欄のリンク先(メールフォーム)
・メール欄からメール
・専用UP板のレス
・投下先のスレなど
ご意見、ご感想などはこれらのどこからでも可能です。

お暇なときにでもどうぞ〜

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 無じる真√N:拠点イベント41




 数十騎の騎兵と百人近くの歩兵を連れて男女四人が荒野を進軍していた。
 兵たちを率いている彼らも皆戦装束に身を包んでいる。
 その中でも白い服に身を包んだ青年は先ほどから妙な視線を感じていた。
「…………ん?」
 我慢出来ずに青年が振り返るが、視線を送ってきていたであろう人物はさっと顔をそらす。動きにつられて肩口で切りそろえられた彼女の紺色の髪が揺れる。
 ここのところ彼女の様子はおかしかった。友人である文醜や自分に対して時折なんともいえない瞳で見つめてくることがあった。
 それだけではなく、文醜と青年が共にいるとどこからともなく現れるなんてことも多々あった。
「相変わらずか……」
「どうかなさいまして?」
「いや、なんでもないよ」
 怪訝そうに見てくる袁紹にそう答えると、一刀は頭の中にあった考えを息ごと吐き出した。
 今は彼女、顔良のことを気にかけている場合ではないのだ。
「お、見えてきたな。なあ、アニキ、あれじゃないか? あのぼろい砦」
 文醜が指さした先には古びた砦が立っている。ところどころに風化が見られる壁、相当長い間放置されていたのだろう。
「多分そうだろう。話では周辺の賊が集まってあそこを占拠して勝手に使っているらしいけど」
 そう呟きながら一刀は全軍に停止の合図を出す。
「戦力の消費は避けたいし、まずは中の様子を探った方がいいかな」
「そうですね。ただ徒に攻め立てるよりは内部から仕掛ける方が得策だと思います」
 顔良が顎に手を添えて静かに頷く。先ほどまでの複雑そうな表情は浮かべていない。
 流石にここでは私情は挟まないのだろうと納得して一刀は斥候を放ちしばらく待つことにした。
「それにしても、今回はやけに慎重じゃんか」
「まあ、何が起こるかわからないんだからそうならざるを得ないだろ」
「……どうしてそこでわたくしを見るんですの」
 袁紹が半目でにらんでくる。
 一刀は眼をそらしながら「さあ?」と肩をすくめてみせる。
 文醜はそんなやりとりに興味がないといった様子で頭の後ろで手を組みながら空を見上げる。
「あたいとしては思いっきり力を出せる方がいいんだけどな」
「猪々子の場合、制御が効かないからなぁ……」
「ひっでぇ、アニキはあたいがすぐに暴走するとでも言うつもりかよ」
 口先をとがらせた文醜が上目がちに不満げに睨んでくる。
「いや、そうは言わないけど。手がつけられないというか」
「それ同じ意味じゃん!」
「うるさいですわね。折角の休息なんですから少しは落ち着いてはどうですの?」
「麗羽さまは何もしないんだからずっと休息でしょ……てか、なんのために来たんです?」
「ふふん、このわたくしにどうしても同行してほしいという願いを聞き入れたまでですわ」
「はい?」
 優雅に髪をかき上げる袁紹を見て文醜が呆れた表情を浮かべる。
(まさか、妙につっけんどんな斗詩との緩衝材として読んだなんて言えないよなぁ……)
 会話を交わす二人と、一向に一刀と目を合わせようとしない顔良を交互に見て苦笑気味の一刀の下へ先ほど放っていた斥候が戻ってきた。
「お、戻ってきたみたいだな」
「報告します。賊はどうやらあの砦を用いて何か催物を開こうとしているようです。構成員もそれに参加しているためか警備は薄くなっている模様」
「よし、それじゃあちょっと潜入してみるか」
 そんなことを文醜が言う。一刀はすぐには答えずに腕組みして考える。
「確かにそれもありだと思う。さっき斗詩も言ってたけど内と外から攻める方がいいだろうしな」
「はいはい! それなら、あたい行きたい」
「それじゃあ、私も行きます……文ちゃん一人じゃ心配ですから」
「でしたら、わたくしも行かざるを得ませんわね」
「え?」ふふんと大仰に笑う袁紹へと一斉に視線が集まる。
「な、なんですのっ! わたくしが行くことに何か異論があるとでも!」
 憤慨する袁紹に文醜と顔良が顔を見合わせる。
「だってなぁ……」
「うん。危ないよね」
「このわたくしが賊ごときに後れをとるとでもお思いですの?」袁紹が眉をひそめる。「別に心配には及びませんわよ」
「でも、姫に何かあったらどうするんですか?」
 食い下がる顔良を安心させるように笑うと袁紹は口を斜めにする。
「深慮なのはよいですけれど、用心深すぎるのも考え物ですわね。大丈夫ですわよ、狼藉者など返り討ちにしてさしあげますわ」
「仕方ない。斗詩一人じゃ大変だろうし俺も行くか……」
「そんな、ご主人様の身に何かあったら白蓮さんたちに合わせる顔がありませんよ」
 言葉通りの表情を浮かべる顔良だが、その口元は必要以上に締まっている。まるで、何か来て欲しくない理由が別にあるかのように。
 一刀は顔良から有無を言わせぬとばかりの気迫を感じながらも首をふる。
「いや、やっぱり行くよ。なに、俺だって賊に囲まれたくらいで死ぬほど惰弱でもないさ」
「それもそうだな。ま、本当に何かあってもあたいが助けてやるって」
 控えめな胸を覆う防具を打ちながら文醜が笑う。
 それを顔良が複雑な表情で見ていたが一刀は気づくことはなかった。

 †

 斥候から受けた情報通り砦の警備は薄かった。
 実際、一刀たち四人による潜入組はあっさりと中へと忍び込むことが出来た。
 中へと踏み込んだ彼らが見たのは静まりかえった通路。
 まるでもぬけの殻であるかのように物音一つしない。閑散とした中を流れる風がこれは賊が仕掛けた罠なのではないかと一刀の疑心を煽る。
 うっすらと明かりが差し込んでいるため松明なども必要なく一本調子で先へと進むことができた。
「本当に賊の集まりがここであるのか?」
 壁伝いに歩きながら一刀がそう零すと前を歩く文醜が手で彼を制す。
「おいアニキ、あまり前に出るなよ。あたいの背中に隠れてろ」
「そうですよ。私たちが警護しますからなるべく動かないでください」
 そう言ってちらりと一刀を一瞥すると顔良は文醜へと寄り添うようにして身構える。
 一刀はこくりと頷くと袁紹を壁側にして横と後方を警戒しながら歩いて行く。
 足音を忍ばせながら進んでいくと、獣の遠吠えのような雄叫びらしきものが聞こえ始め、それは前進するにつれて大きくなっていく。
「ん、あれは何をやってるんだ?」
 広間の一歩手前で四人は壁に身を隠してそっと中をのぞく。
 そこでは体つきの良い男たちが半円状の席にぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「お、いたな。結構な数だなあ」
「バレないかな……」
「なぁに、大丈夫大丈夫。あいつら、他のことに集中してるみたいだし、あたいらなんて目に入らないって」
 不安そうな声を零す顔良に文醜が青磁色の頭を掻きながら答える。
 一刀は会場にいる男たちの服装がいかにも荒くれ者の盗賊であるため、件の近隣を荒らす賊だという確信を持った。
 なんとか首を伸ばしたりして男たちの中心へと眼を向けると、袁紹の胸回りほどはありそうな台座があり、その横に一人の男が立っている。
「お前らぁ! 腕に覚えはあるか!」
「おおおおおおおおおおっ!」
「豪傑の戦いを目にしたいか!」
「おーうっ!」
 場に集まっている男たちが反応している様子からすると、台座のところにいる顎髭を蓄えた男は場を取り仕切る頭目のようだ。
 そして、中心部には武舞台があるということから、この広間が闘技場のようなものであることもよくわかる。
 頭目は男たちの返答に口角をつり上げる。
「よーしっ! いい返事だぁ。いいか、今回の優勝者にはこれをやる!」
 そう叫ぶ頭目は側らの台座にのっている兜を指し示す。
 多少のくすみはあるものの煌びやかな兜からはどこか風格のようなものが感じられる。
「こいつは宝具でなぁ……装着者へ絶大な力を与えてくれるって話だ。どうだ、欲しいだろう?」
「おぉぉぉぉぉーっ!」
 頭目の言葉に荒くれ者たちがわっと盛り上がる。
 一刀は多少呆れつつあったが、自分の仲間にも瞳を輝かせている人物がいることに気がつき頭を抱える。
「欲しいヤツは、己の力で奪い取れぇっ! さあ、宝具をかけた武闘会を開催するぜぇっ!」
 頭目の言葉に会場が一層強く震える。
「参加を望むヤツはこれから設ける受付時間内に申し込め。以上!」
 盛り上がる荒くれ者たちの中から、複数人が頭目の方へと歩み出て行く。
「武闘会か、これで疲弊したところを一網打尽といくか」
「……面白そうですわね」
「面白そうだな」
 一刀は二つの声にぴくりと耳を動かしてそろりと顔を向ける。
 文醜が腕をぶんぶんと振って眼を爛々と輝かせている。袁紹も腕を組んだままなにやら考えているようだ。
 二人の様子にいやな予感を覚えつつ、一刀は袁紹へと声をかける。
「おいおい、猪々子はまだしも、麗羽は俺と一緒に観客にでも混じって身を隠した方がいいだろ」
「ふん、このわたくし、剣術ならば多少の心得がありましてよ」
「とりあえず、あたいは出てもいいよな?」
「素性は隠せよ」
 不安はあったが、文醜が優勝して宝具を頭目から受け取るとなれば、そこで組織の頭を捕縛できるという算段を一刀はつける。
 そして、頭目を捕まえる旨を説明すると、一刀は文醜の参加を許可した。
「どうせだし、斗詩も出ようぜ」
「え? 私……うーん、わかった。私も出るよ」
 ほんの数秒考えると、顔良はにこりと微笑んで頷いた。
「じゃ、そろそろ登録も締切りっぽいから行ってくる」
「ああ、頼んだぞ二人とも」
 一刀がそう言うと二人は人混みの中へと突っ込んでいった。
「さて、俺は変事あったときの合図の準備と応援でもするかな」
 襟元をただすと、一刀は振り返る。
「あれぇっ!?」
 本来いるはずの女性が姿を消していた。
 見る者に尊大な印象を与える金色の巻き髪が目立つため視界に入ったのに気づかいわけはない。
「麗羽のやつ……どこに行ったんだ?」
 気づかぬうちに姿をくらませた袁紹にため息を零すと一刀は頭を掻く。
「まいったな」
 一刀は肉の壁のようになっている観客席の中を見回すが目印の金髪は見当たらない。
 結局、袁紹を見つけることはできず武闘会が開かれてしまった。
 仕方なく一刀は観客席の中で賊に紛れながら文醜たちのいる武舞台へと意識を向けることにした。
 大小様々な選手たちが居並ぶ中心、小柄な男が会場中を見回して大口を開く。
「よっしゃ、準備はいいかお前らーっ!」
「おおおおおおおおおっ!」
「ここに腕に覚えありな連中が揃った! さあ、見てやってくれ!」
 小柄な男が両手を振って会場内を煽りながら選手紹介をしていく。
 体躯の良い偉丈夫から、すばっしこそうな小男が次々と自分をアピールし、それに応じて歓声が起こる。
 そうして数名の選手の名前を叫び終えたチビ男が目元だけを隠す仮面をつけた少女へと近寄る。
「さて、お次は匿名希望として出場。本人たっての希望に基づいて呼ぶぜ! 大槌を振り回す、巨乳の顔!」
「……が、頑張ります」
「こっちも同じく、異名での出場だ。大剣使い、貧乳の文!」
「やってやるぜぇ!」
「えー、そんで最後の一人がば――」
「おーっほっほっほ! わたくしが爆乳の袁ですわ!」
(なんでそこにいるんだよっ!)
 いつもと変わらぬ無遠慮な高笑いをしている爆乳の袁こと仮面をつけた袁紹が何故か選手たちに混じっていた。
 袁紹のとんでもない行動に一刀は卒倒しそうになる。
「何事も無ければ良いんだけどな……」

 †

 大会は滞りなく進み、次はとうとう準決勝というところまできた。
 顔良、文醜の二人は当然、勝利し駒を進めた。更に意外なことに袁紹も勝ち残っていた。
 四人中三人が女性であることに観客は非常に驚き、かつ興奮して盛り上がっている。
 熱気が最高潮を迎えたのを見計らった運営側によって一旦休憩が挟まれることになった。
 選手との接触を禁じられているため、袁紹たちと言葉を交わすこともできず、一刀はやきもきしながらただじっと時間が経つのを待っていた。
 会場の熱気が大分収まってきた頃、司会者が現れて準決勝の開始を宣言した。
「やっとか……えっと、組合せは……斗詩対猪々子、麗羽とあの男か」
 一刀が確認するようにつぶやいた言葉は急に巻き起こった歓声によってかき消される。
 武舞台の中央へと進み出た袁紹と、全身毛ダルマな、どう見ても荒くれ者としか判断されないであろう大男が対峙している。
「へへ、後は女が三人か。こりゃ、俺様の優勝は揺るぎないな」
 既に自分が勝ったつもりでいる大男を見ながら一刀は静かに首を振る。
「わかってないんだな……麗羽の恐ろしさを」
 顔に影が差した一刀が眼を向けるが、袁紹は予想とは違いどこか愁いを帯びた表情を浮かべてため息を吐いている。
「ん? なんだ、俺を前にして怖じ気づいちまったか?」
 大男が下卑た笑みを浮かべて袁紹の顔を覗くが、彼女は一層深々とため息をついてそっぽを向く。
「こんな毛むくじゃらのムサ男ごときが、このわたくしの相手だなんて……いやですわね」
「け、毛むくじゃらのムサ男ってのは俺のことか?」
「そうですわ! 貴方、棄権なさいな」
 睨みをきかせる大男を無視して袁紹はぽんと手を打って名案とばかりに告げた。
 大男はぽかんと口を開けっぴろげにして停止していたがすぐに再起動して怒りをあらわにする。
「ふざけんな! どうして、俺が棄権なぞせにゃならんのだぁ!」
「だって、わたくし……いい加減、むさ苦しいブ男を倒すのに飽きてしまったんですの」
 前髪を指でいじりながら袁紹がそう答えると、大男がわなわなと震えだす。司会者はその様子から何かを悟ったように武舞台から降りた。
「じゅ、準決勝第一試合……開始!」
 司会者の声と共に銅鑼の音がけたたましく会場内へと響き渡る。
 開始の合図と同時に大男がクマの手のように巨大な斧を振りかざして袁紹へと襲いかかる。
「あらあら。もう……棄権していただく交渉中でしたのに。せっかく、ここに金子を」
「死ねやぁぁぁっ!」
「あら、あらあらあら……お待ちなさいな、この小銭ーっ!」
「俺は小銭以下か!」
 迫り来る大男を無視して袁紹は裾から零れ出た小銭を拾おうとかがむ。
 すると、その真上を斧が通り過ぎていき、袁紹の綺麗に整えられた金髪がふわりと舞う。
「こ、この野郎ぉ……」
「失礼ですわね。わたくし、野郎ではなく女でしてよ」
 怒髪天を衝く勢いで睨みつける男に袁紹は心外とばかりににらみ返している。
「どうでもいいんじゃあっ! ボケがぁぁぁぁぁっ!」
 男は完全に何かが切れていた。野獣と化したように袁紹へと執拗に襲いかかっていく。
 それからの二人のやり取りは見るも無惨なものだった。
「もはや攻防と呼べるものじゃないな……」
 唸る一刀の視線の先、武舞台上では汗だくになって肩で息をする男と汗一つかいていない袁紹の姿があった。
「おーっほっほっほ、この程度ですの!」
 その場から動かずに笑い続ける袁紹。偉そうにしているが、実際にはどう見ても真っ当な戦いはなされなかった。何故か大男がよろけたり足を滑らせたりを繰り返して一人で弱っていっただけである。
 何度も繰り出された斬撃はすべて袁紹を避け、大男は一人で疲弊していったのだ。
 そして、とうとう袁紹が動いた。
 袁紹は疲れが大いに見えている男に向かって上段の構えから襲いかかろうとする。
「さぁ、覚悟なさい! って、あら? あらあらあらあら」 
 袁紹は自分の右足で左足をすくい、勝手によろける。
 結果から言えば、躓いた袁紹の剣は大男を斬ることはなかった。
 だが、代わりに袁紹の体重が乗った袁家の宝刀の柄頭が大男の股間へと炸裂した。袁家の宝刀は過剰なまでに装飾がなされており結構な重量がある。
 その威力のほどは推して知るべしである。
「…………あがが」
 大男はガクガクと痙攣した後、衝撃に悲鳴を上げる間もなく白目を剥いて倒れた。
 袁紹は優雅に立ち上がると片手を天高く突き上げて観客を見渡して高らかと笑って見せる。
「しょ、勝者、爆乳の袁!」
 割れんばかりの歓声が袁紹を包み込む。
 一刀は複雑な心境で、盛り上がる観客と高笑いをしている袁紹を見ていた。
 しばらく歓声は収まりどころを見失ったかのように会場を包み続けていたが、銅鑼が鳴らされると皆一様にしんと静まりかえる。
「よーし、てめぇら、よく黙った。次は、準決勝第二試合だっ!」
 司会者がそう叫ぶと仮面を装着した文醜と顔良が互いに顔を見合わせる。
「へへっ、斗詩となんて、わくわくするぜ!」
「うーん、これで良かったのかなぁ?」
「おいおい、言っておくけど遠慮はなしだからな!」
「うんっ! もちろんだよ。ねえ、文ちゃん……あのさ、もし私が勝ったら」
「ん? なんか賭けるのか」
「ううん、やっぱりなんでもない」
 二人はゆっくりと武舞台上で向き合うと、互いの武器を構える。
「そんじゃ、準決勝。第二試合、始めっ!」
 銅鑼が鳴り響き、文醜と顔良が一層きつく身構える。
 文醜はニタニタと笑みを浮かべている。その様相はさながら獲物を前にした獣のようで、今にも舌なめずりをしそうである。
 対する顔良は、気合いの入った表情をうかべている。
(ん?)
 一刀は、試合に臨むべく気迫を放つ顔良に違和感を覚える。
 顔良の瞳が何か迷いとも焦りともいえる色をしているように一刀には見えるのだ。
 とはいえ、一刀にできることと言ったら、緊迫した空気が流れる中、固唾を呑んで成り行きを見守ることだけ。
「行くぞっ! 斗詩!」
 先に前へ出たのは文醜だった。
 顔良は突っ込んでくる文醜の攻撃を受け流す。
 両者ともに一撃必殺に近い武器であるため仕方がないだろう。
 また、その特性もあってか、二人の力量にはさほどの差は感じられない。
 それでもほんの少しだけではあるが、文醜が押しているように一刀には見える。
 勢いに乗っているときの攻めは強く、それでいて守備に回ると徹底して冷静に対処している。
「へぇ、やるなぁ猪々子」
 だが、少しくらいの劣勢などは顔良の武器、金光鉄槌で打ち崩されてしまう。
 なかなか勝敗は決しない。
 二人による激しい攻防が繰り返されていくうちに会場へと衝撃が走り、振動となって観客たちまでも包み込む。
「どっちも大ぶりな武器だからな……結構な衝撃がくるな。まあ、ここが古いってのもあるんだろうけど」
 ぐらつきながらも一刀は武舞台へ向けた眼をそらすことはしない。
「でりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」
 文醜が気合いのこもった叫びと共に斬山刀を横払いに振る。顔良がよけることでその一撃は壁を抉り、柱を崩壊させる。
「ぶ、文ちゃん、ちょっとっ!」
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあっ!」
 顔良の警告に一切耳を傾けず文醜は攻撃という名の破壊活動を続けていく。
「や、やばっ、それ以上むちゃくちゃに暴れるなっ!」
 一刀が叫ぶが、その言葉は周囲の声援や野次でかき消され得物を振り回す文醜まで届かない。
「おりゃーっ!」
 文醜は斬山刀で地面を抉り、武舞台の壁や柱を砕き会場を破壊していく。
 その強烈な攻撃を避けつつ応戦している顔良の一撃一撃も何気に会場への負担を強めている。
 観客の野太い声援も次第に水面に起きた波紋が広がるように徐々にざわめきへと変わっていく。
「お、おい、あんたら、やめてくれ、崩れる、これ以上やるとぶっ壊れちまう!」
 懇願するような司会者の声すら届かないのか二人は試合をやめる素振りを見せない。
 司会者は舌打ちすると、剣戟の響きなどに邪魔されながらも会場全体へと何かを伝えようとする。
「このままだと会場が崩れる。か、各自砦から逃げろ−!」
 司会者の言葉に悠然とした姿勢で試合を観戦していた頭目が逃げ出す。よほど狼狽していたのか、宝具は残したままとなっている。
 一刀は未だ暴れている二人を気掛かりに思いつつも、待機している兵たちへと合図を送るために会場を後にした。

 †

 しばらくして会場へと戻った一刀が見たのは宝具を挟むようにして睨みあっている二人の女性の姿だった。
 どちらも険しい表情を浮かべて相手を牽制している。
「これはあたいが被りますから、麗羽さまは放してさっさと逃げてくださいよ」
 そう言うと左側の文醜が兜を引っ張る。
「何をおっしゃいますの。このような風格ある防具、わたくしがつけずして誰がつけると!」
 反駁しながら右側の袁紹が引っ張り返す。
「どうせ、力を手にしても麗羽さまじゃ役立てないじゃないっすか!」
「なんですってぇ! ははーん、さては周りの連中に力が及ばないと悟りこんな手で追いつこうとなさっているんですのね。なんと情けない……」
「あーっ、いくらなんでもそれは聞き捨てならないですよ!」
 二人は宝具をつかんだまま微動だにしない。
 袁紹が柳眉を逆立て、文醜は鋭い目つきで睨んでいる。
「いいから、はなしなさいな!」
「いやですってばーっ!」
「むきーっ!」
「だぁーっ!」
「何やってるんだ! さっさと逃げろって!」
 威嚇し合う猫の様に全身を逆毛立て睨み合う二人に一刀は声を掛けるが、二人から離れた場所にいるため駆け寄ることもままならずもどかしさだけが募っていく。
 そうしてやきもきする一刀の代理となるように顔良が止めに入る。
「もう、二人とも早くしないと砦が崩れるってばーっ!」
 兜を引っ張り合う文醜と袁紹の間に割って入った顔良が兜を取り上げる。
 だが、勢いつけすぎたためか、兜は上空へと舞い上がる。
「あーっ!」
「何をなさいますの、斗詩さん!」
「それより、拾わないと!」
 回転しながら落下してくる兜を受け取ろうと文醜が両腕を開く。
「させまさせんわ!」
 袁紹もそれに倣って慌てて同じ体勢を取ると、文醜と肩をぶつけ合いながら散りばめられた宝石が煌めく兜を手にしようとする。
 ひゅるると空を切る音をさせながら落下してきた兜。
 それは我欲にまみれた二人に溜め息を零す顔良の頭にすっぽりとはまった。
「え?」
「と、斗詩さん! こちらへよこしなさい!」
「んなこと言ってる場合か、崩れた天井が落下するぞ!」
 一刀の忠告通り、三人の中心にある台座、そのちょうど真上の天井がひび割れ、瓦礫が崩れ落ちる。
「逃げろーっ!」
 一刀は必至に叫ぶが、その声をかき消すように轟音が辺りに響き視界は砂埃に包まれてしまった。
「おいおい嘘だろ……。って、やべ、逃げないと」
 一刀はやむを得ず、三人のことを気にしつつも砦から脱出した。そこで待っていたのは統制が取れない状態で逃げ出した賊を一斉に捕らえた兵たちだった。
 巣を壊された蟻のようにわらわらと砦から出てきたところを捕縛したのだという。
「そっか、それは良かった……でも、三人がまだ中にいたんだ」
 報告してきた兵に頷きながらも一刀は心ここにあらずだった。
 ただただ不安に満ちた瞳で未だ砂煙の耐えぬ砦の倒壊現場を見つめていた一刀だったが、煙が少しずつ晴れたのを見計らい一目散に駆けだした。
 一刀はもつれる足で瓦礫の山へと駆け寄り声を張る。
「麗羽! 猪々子っ! 斗詩ー! みんなどこだーっ!」
 辺りに虚しく悲鳴にも似た一刀の声が響き渡る。
 悲観に暮れながら一刀が瓦礫に手を伸ばすと、妙な光が起こる。
「な、なんだ? うあっ、そ、総員待避っ!」
 そう叫び自らも逃げようとした一刀の背後で爆発音が発生した。
 一刀は驚いてその場に伏せる。そのまま襲い来る衝撃をやり過ごすと、ゆっくりと立ち上がる。
「一体、何が……」
 眼をぱちくりと瞬かせながら振り返り音の発生源を見る。
 そこには、三つの人影があった。
 見覚えのある螺旋槍のごとき金髪、濃藍のバンダナが映える青磁色の髪。そして、濃藍の前髪が僅かに覗く兜を被った少女。
「三人とも無事だったのか!」
「あ、ああ……なんかよくわかんないけど、斗詩のおかげで」
「そうか、よくやってくれた斗詩……斗詩?」
 俯いたまま一言も発しない少女を訝しむように一刀は顔をのぞき込む。
「……よ」
「え?」
「いつも、いつも迷惑かけないで。正直、面倒ごとばかりでうんざりなのよ!」
 いつ何時であろうと物腰柔らかで思慮深い顔良からは想像も付かない言葉が飛び出す。
 一同は時が止まったかのように硬直し、少女の見るものを斬り捨てそうな剛健な顔を見つめる。
(えっと、この子は誰だ? 斗詩っぽいけどしゃべり方も表情も違うぞ……)
 一刀たちが呆然としていると、顔良らしき少女が手にしていた金光鉄槌を軽々と持ち上げて肩に担ぐ。彼女の顔以上に大きい槌を何食わぬ顔で担ぐ姿に一刀はぎょっとする。
「ん? あんた、何ジロジロ見てるのよ!」
「ガラ悪っ!」
「なんか文句でもあんの? お?」
 山賊もかくやというガンの飛ばしように一刀は言葉を失う。
「…………」
「だ、誰だよこいつ……こんなのあたいの知ってる斗詩じゃない」
「私は斗詩だよ、文ちゃん。って、言えば満足?」
 顔を真っ青にしている文醜の前で嘲るような笑みを浮かべた顔良が顔を左右に振る。
「いい加減になさいな。冗談にしても笑えませんわよ」
「黙ってくれませんか? くるくるバカ姫……というか、バカ」
「なっ、なにをおっしゃているのかわかりませんわ……お、おほほほほ」
「落ち着け麗羽っ! くそ、あまりにも普段と違いすぎて脳の処理が追いつかず混乱しているのか。こ、こんなときは手のひらに人と書いて……」
 狂ったように笑う袁紹、耳を塞いでわーわーと喚く文醜、その一方で一刀もまた混乱していた。
「あのねえ、少しは落ち着いたら?」
 その言葉と同時に顔良が轟然とドスンという音をさせて金光鉄槌で地面を叩きつける。
 三人はびくっと肩を竦めると口を閉ざし顔良を見つめる。
「ちょ、ちょっと一刀さん、なんとかなさいな」
「お、俺に振るなよ……。一番斗詩と付き合い長い猪々子が」
「無茶言うなよアニキ。斗詩じゃないって、こいつ」
 一刀が自分の背に隠れる袁紹たちに小声で答えていると顔良が腰に手を当てながら顔を近づけてくる。
「ねえ、一刀」
「は、はい、何でしょうか? 斗詩、いえ、斗詩さん、いやいや斗詩さま……いやいやいや顔良さま」
「……あんたは私のものよ!」
「え?」
 突然の宣言に一刀は眼を丸くする。
 そんな青年の顔を見て顔良がますます表情を険しくさせる。
「いつもいつも、他の女にうつつを抜かして……鈍感なのかなんなのか知らないけど」
「いや、何を言ってるのか……」
「いいの! あんたは私のものなの!」
「は、はぁ……そうですか」
「いや、アニキ。それでいいのか?」
 なんと答えれば良いかわからず、とりあえず頷いた一刀に文醜が指摘を入れる。
「こらぁ! 猪々子! 私の一刀にべたべたするなーっ!」
「うう、ホント誰だよコイツ……」
「一刀も私の猪々子にべたべたしない! というか、私をのけ者にしないこと!」
 両手を腰にあてがいながらそう言うと、顔良は強引に一刀と文醜の間に割り込んだ。
「へへ、そうそう。これでいいのよ」
 どこか満足した様子の顔良に疲れと安堵の混じったため息を零す。
(これで少しは落ち着くかな)
 張り詰めていた空気が少しずつ弛緩していく。一先ず不穏な空気を霧散させてから対処を考えようと一刀が思っていると、
「ちょっと、お待ちなさいな!」袁紹がずいと顔を突き出しながら顔良にもの申す。
「……ん? なによ」
「なによ、ではありませんわ! どうして、わたくしを無視するんですの!」
「別にいつも通り、暴走バカっぷりを発揮してればいいじゃない」
「誰が暴走バカですの!」
 袁紹の顔がみるみる赤くなっていく。今にも頭から蒸気を出しそうである。
(まあ、ある種、暴走機関車だよな……)
 どうでもいいことを考えながら一刀は先ほどからグロッキー気味の文醜の肩へこっそりと手を回して支える。
「猪々子、大丈夫か?」
「なんか頭痛くなってきた……」
「そうか、猪々子の頭じゃ処理が追いつかないんだな」
「さりげに馬鹿にするなよな」
 そう指摘するものの文醜にはいつもの勢いがない。
 そんな彼女とは真逆にいつもはない剛直さを見せる顔良が袁紹を嘲る。
「麗羽、あんたは馬鹿なコトして楽しませてくれればいいのよ……別に、それだって嫌いじゃないし」
「どうして、斗詩がこんなにもクソ生意気な小娘にっ!」
 よほど頭に来ているのか袁紹は口調が荒れ始め、顔良の言葉をちゃんと聞いていない。
「説明なさいな、あなた!」
「お、俺? 知るわけないだろ、突然過ぎるんだよ……」
「だぁかぁらぁ、私をのけ者にしない!」
 一刀の首に腕を回して男勝りに抱き寄せる顔良。
「ん……柔らかい」
 ふにょんと頬に触れる肉玉の感触と布越しに感じるほのかな温もりに一刀は頬を緩める。
「んまぁ、破顔させちゃって……スケベ」
「な、何を言うんだ」
 袁紹の冷ややかな視線に一刀は取り繕うように手を振る。
「鼻の下伸ばしてた癖に」
 文醜の言葉に一刀はうっと言葉を詰まらせる。
「だーかーら−、私を無視するな!」
 不満を感じた顔良が腕に力を込めると、一層一刀の顔が彼女の乳房にめり込んでいく。
 それに伴って一刀の顔は自然と綻びを増していく。
「……ああ、そういうこと。ふふ、一刀ってばいやらしい」
「ち、ちがっ!」
「でも、いいのよ。そうね、まずは一刀から……ふふ、たっぷり可愛がってあげるわ」
 顔良が艶っぽい笑みを浮かべながら一刀の顎下を人差し指でそっと撫でる。
 妖艶さを秘めた瞳に吸い込まれるように一刀は何も考えられなくなっていく。
「いい加減にしろよ、斗詩!」
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない。そろそろ目を覚ませ」
「ふうん。邪魔するんだ?」
 目つきを険しくする文醜に対して顔良は冷めた表情を浮かべる。
「邪魔するって言うのなら、こっちだって容赦しないよ?」
「上等だぜっ! 中途半端に終わった試合の決着もつけてやるぜっ!」
 そう叫ぶと文醜は斬山刀を手に取って顔良との距離を開けて、脇構えを取る。
 対する顔良も金光鉄槌を両手でしっかりと握ると胸の前で構える。
 互いに踏み込むと、二人は得物同士で火花を散らす。
 先ほどの試合とは異なり、文醜が押され気味なのがはっきりと見て取れる。
 攻撃を繰り出すも全く通じず、顔良の攻めは上手く防ぎ切れていない。
「ぐ……やっぱり、力が増してるみたいだな。あたい一人じゃ歯が立たない」
 荒い息の文醜が顔をしかめて顔良を見る。
 一刀は、必至に心を落ち着け考える。何故、顔良は変わってしまったのかを。
(あの砦崩落がそもそもの原因だったんだ……とすれば)
 顔良の頭部を守っている兜へと目が向く。
「猪々子! 兜だ! 斗詩から兜を外させれば統べたが収まるはずだ!」
「無茶言うなっての。あたいじゃ近づくのが精一杯、とてもじゃないけど取り上げるなんて」
「そ、そうだ、麗羽なら……」
「どうせ、わたくしなんて」
 奇跡の女、袁紹に期待を抱くが膝を抱えてしゃがみ込みなにやらぶつぶつと独り言を呟いている。
 一刀は頭を掻くと、暗い表情の彼女へと声を掛ける。
「麗羽、試合で発揮した幸運をここでも見せてくれ」
「……ぶつぶつ」
「ダメだ……全然聞いてない。麗羽、頼むから話を――」
「あ、アニキーっ! 限界、もうこっち限界だぁっ! このままだと斗詩にやられるぅ」
 半分泣きそうな顔で叫ぶ文醜に一刀は大声で返す。
「なら、もういっそのこと壊せ!」
「…………手加減できるか自信がないんだけどさ、いいのか?」
「猪々子ならできる! というか、やらなきゃ死ぬぞ」
「く、くそーっ! こうなりゃやけだ、人生これ博打だぁっ!」
 があっと叫ぶと、文醜は斬山刀を真上から一直線に振り下ろして大地へと叩きつける。
 その勢いは相当のもので粉砕された地面から大小の石つぶてが飛び交う。
(マジで手加減できてないじゃないか……)
 冷たいものが一刀の頬を伝う。それと同時に文醜の前で顔良の動きが止まった。
「や、やったか?」
「……危ないなぁ」
「と、斗詩?」
 顔良は金光鉄槌をゆっくりと振り上げていく。
「まずい、失敗したんだ。逃げろ、猪々子!」
「お、おうっ! って、斗詩、あたいの剣から足をどかせってば」
 いつの間にか顔良は大地に突き刺さった斬山刀の刃に足を乗っけて押さえつけている。
 文醜はそのことに気を取られて逃げ遅れる。
「えーいっ……」
 金光鉄槌が振り下ろされる寸前、顔良の動きが再度ぴたりと止まる。
 そして、ぴしっという音がしたと思うやいなや兜にひびが入り真っ二つに割れた。
「…………うっ」
 顔良はふっと白目を剥いてその場に崩れ去る。
 両手から金光鉄槌がすり抜けて文醜の顔面すれすれを通過する。
「うおっ、危なっ! ……と、斗詩!」
「大丈夫か、二人とも」
 一刀は慌てて二人の方へと走り寄る。
「あ、あたいはなんとか……でも、斗詩が」
 文醜は金光鉄槌から身体を離すと俯せに倒れたままの顔良へと駆け寄った。

 †

 顔良がふと眼を覚ますと、見覚えのある天井が視界に飛び込んできた。
 それは毎朝必ず目にしていた光景で、だけど予想していなかったもの。
 顔良は困惑しつつ顔をゆっくり横へと向ける。
 そこには自分を心配そうに見つめる文醜の顔があった。それどころか、袁紹や一刀まで一緒にいる。
「みんな……どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……はあ、とにかくいつもの斗詩だ」
 胸をなで下ろしながら安堵の息を吐く文醜に顔良は首をかしげる。
 そこで、不意に忘れかけていた記憶がよみがえる。
「確か、私、宝具を身につけて……そうだ、文ちゃん、大丈夫だった?」
「覚えてるんだな」
「う、うん。私とんでもないことを……」
「顔良さんが落ち込むことはありませんわ。すべてはあの宝具がいけなかったんですもの」
「そうそう、姫の言う通りだぞ。なんでもあの宝具、装着した人間の負の感情を引き出すことで力を与えるって言うとんでもないもんだったらしくてな。たくっ、とんだお宝だったぜ」
 袁紹と文醜が慰めるように声をかけてくれるが顔良の心は晴れない。
「ううん。私の心に邪な欲があったからいけなかったんだよ……」
「……斗詩」
 文醜と袁紹が眉尻を下げて言葉に詰まる。
 一刀だけは、腕組みしたまま険しい表情を浮かべている。
「そうだな。斗詩が悪い」
「え?」
「あ、アニキっ!」
 一刀の言葉に一同は眼を見開いて注目する。
「普段からあれこれ溜め込んでるからこういうときに爆発するんだ。もっと、自分をよく見て大事にしろ。もっと俺たちに対して我が儘になってくれよ」
「……ご主人様」
「少なくとも俺は斗詩の我が儘くらいなら余裕で聞けるぞ。それとも斗詩はそう思わないのかな?」
 そう言って一刀がにこりと微笑む。言葉は少し意地悪だが、優しい笑顔に顔良の顔をも自然と綻ぶ。
「ふふ、そうだと思います。いえ、そう信じたいです」
「うぅん……あたいとしては斗詩に我が儘言って甘えたいんだけどなぁ」
「まぁ、猪々子ったら。でも、斗詩さん。わたくしも少しは自分を出した方が良いと思いますわよ」
「あ、あ、ずるいっすよ。あ、あたいも斗詩を広い心で受け止めるぞ!」
「ふふ、ありがとう、二人とも!」
 何だかんだで自分を大切に思ってくれる二人に顔良は感無量となり上体を起こして寝台を降りようとする。
「うんしょ……どうかしました?」
 ふと眼をやると一刀たちは何故か笑顔のまま硬直している。
 意味がよくわからず顔良が首をひねっていると、一刀が咳払いをする。
「その……なんだ、斗詩。さっきも言ったけどもう少し自分を見ろ」
「え?」
 赤く染まった頬を掻きながらの一刀の言葉に顔良は自分の身体を見下ろす。
 身体にかけられていた布は寝台の上へと落ち、くびれた腰、豊満な胸元が覗いており、そのどちらも白い肌が剥き出しとなっている。
「きゃーっ! な、なんではだ、はだはだ、裸なの!」
 慌てて布で自分の身体を隠しながら悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「いやあ、あたいは兜だけ斬ったつもりだったんだけど服と下着も一緒にやっちゃったみたいで」
 なははと笑いながら文醜が顔良の身体を舐め回すように見る。
「先に言ってよ! なんで、みんな黙ってたの!」
 涙目になりながら顔良は一同を睨み付ける。
「うっかり、言うのを忘れてましたわ」
「悪いな、斗詩」
「うう……そんなぁ」
「ま、まあなんだ。誇れるものをもってるんだから、落ち込むなって」
「なぐさめになってませんよ、ご主人様……」
 布で隠した身体を遠ざけるようにして捻りながら一刀を横目でにらむ。
「でも、幸いあたいらだけだし、別にいいだろ?」
「よくないよ……はぁ」
 口から零れるため息はどこか熱を帯びている。
 身体中に香辛料でも塗りたくったかのように顔良の全身はかっかと火照っている。
 どきどきという高鳴りが収まらない胸元で布をきゅっと握る顔良を見て一刀が申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべる。
「まあ、やっぱり好きでもない男に見られるのは余り良い気分じゃないよな」
「……え?」
「その、俺はこれで行くから」
 そう言うと一刀は部屋を出て行った。
 顔良は追いかけようかと足を床へとつかせるが、自分が全裸であることを思い出し諦めた。
 とば口にたった一刀はもう一度「じゃあ」とだけ言うと去ってしまった。
「さて、文醜さん、わたくしたちも外に出ますわよ」
「いやぁ、あたいは斗詩をこの手で着替えさせたいんですけど」
「猪々子、いいから行きますわよ」
「あだだだだ、み、耳を引っ張らないでくださいよ、ちょっと麗羽さまってばぁっ!」
 袁紹に引きずられるようにして文醜が外へと連れ出されていく。
「あ、あの! 麗羽さま」
「どうかなさいました?」
「その、ちょっとお願いが……」

 †

 外へ出ていく袁紹に対して顔良は頼みごとをした。
 すると、早速の顔良の我が儘が来たと喜んで、袁紹と文醜は我先にと駆けていった。
 静かな部屋の中にぽつんと一人残された顔良は寝台で上体だけ起こした姿勢のまま物思いにふけった。
 それからしばらくの時間が過ぎた頃、顔良は深呼吸をする。
「……うん。よしっ!」
 両脇に布を挟み込むと、顔良は両拳をぐっと握りしめて気合いを入れる。
 それと同時に扉が開かれ、顔良の待ち人が姿を見せる。
「俺に用があるって言われたんだけど……」
「わざわざご足労ありがとうございます」
 頭を掻きながら歩いてくる一刀に顔良は軽く会釈する。
「いや、別にいいって。ちょうど、今回の報告を済ましたところだったから」
「あ、私のことがあったから遅れちゃったんですね」
「まあ、気にするなって。事故みたいなものだったんだしさ」
 そう言って明るく笑う一刀。
 顔良は彼の顔を見たら事故つながりで先ほどのことを思い出してしまい恥ずかしくなってくる。
 一刀はそんな彼女の様子に気づくこともなく寝台横までくると中腰になる。
「それで、俺を呼び出した用件は何?」
「あ、いえ……その」
 何と言えばよいのか迷い口ごもった顔良だが、決意を固めると一刀の顔を見つめる。
「あの……先程、おっしゃったことなんですけど」
「さっき言ったこと?」
「はい。その、少しはわがままになってもいいって……」
「ああ、それか。あ、もしかして早速何か思いついたのか?」
 嬉しそうに笑う一刀に顔良は熱を帯び始めた顔を俯かせながら頷く。
「何だ? 大抵のことなら聞いちゃうぞ。まあ、金銭面は余裕があるときにしてもらいたいけど」
 一刀が笑いながら冗談めかしにそう言うが、顔良は微笑を浮かべるにとどめ小さな声で望みを言う。
「……少し、顔を見せてください」
「ん……こうでいいのか?」
 顔良と視線の高さを合わせた一刀が顔を突き出すようにして顔良へと近づける。
「そして、眼を閉じて……」
「了解」
「…………」
 静かに瞼を下ろした一刀の顔をじっと顔良は見つめる。
 本人は自覚していないが均整の取れた顔は絶世の美男子とは言い難いが普通よりは上といえるだろう。
 輪郭は締まっていて清廉な印象をもたらすが、顎の曲線辺りからは男らしさが感じられる。
 稟とした眉、閉じられた瞳は少年のようにあどけない。
 鼻筋もきゅっと締まっていて一層小顔に見せている。
 一刀に向けられた視線はそうして顔の表面を辿り、鼻の下で一文字に閉じられた口もとでぴたりと停止する。
(ご主人様の口って意外と大きくはないんだ……)
 顔良はごくりと唾を飲み込むとゆっくりと顔を近づけていく。
 胸がとくとくと高鳴り、布を持つ手が小さく震える。
 未だ頭の中で燻る迷いを振り切ると、顔良はそのふっくらとした唇をそっと触れさせた。
「……んっ!?」
 驚いた一刀が眼を開くのと同時に顔良は顔を離す。
 ほんの刹那的な触れあいだったが顔良の身体は火照っていた。
「と、斗詩?」
「えへへ、ごめんなさい。初めてのわがままはコレがいいなって思って」
 はにかみながらそう答えると、一刀はため息を吐く。
 やっぱり迷惑だったのだろうか、そんな不安が高鳴る胸を締め付ける。
「ま、仕方ないか。むしろ、俺としては役得というか僥倖って感じだし」
「もう、僥倖だったなんて表現はないんじゃないですか? もっと普通に喜んでくれてもいいじゃないですか」
 顔良は頬を膨らませて抗議する。
 一刀は苦笑を浮かべると、何も言わずに口づけをする。
 唐突なことに顔良は眼を丸くして固まってしまったが、すぐにまどろむように瞳を閉じて受け入れていく。
(もう少しだけ……わがままでもいいよね?)
 誰にともなくそう内心で呟くと、顔良は一刀の体温を感じながら彼に全てを委ねる。

 †

 ほんのりと口元に感じる温もりと、湿り気はそこにしっかりとした顔良という実像があることを認識させる。
 一刀は、シーツが落ちて露わとなっている乳房へと手を添える。
 女性の象徴とも言えるふくよかな膨らみ、その先端が上着の留め具に擦れるたびに顔良の口元から吐息が漏れる。
 一刀は下から持ち上げるように乳房へと触れる。心地よい感触でありながら結構な重量感を持っている乳房。下部を手のひらに乗せてたぷたぷと揺らして豊かだからこそ楽しめる触り心地を一刀は堪能する。
 乳房をいじくり続けるだけでも顔良が昂ぶっている。それを見て一刀の本能はむらむらと燃え上がる。
 乳袋をまさぐっていた一刀の手が動き、さくらんぼのような蕾に指が触れると、顔良が身体を小さくよじる。
「……照れてるの? それとも嫌? 俺はただ斗詩の我が儘にあわせてるだし、嫌ならやめるけど?」
「………………」
 きゅっと目をつむった顔良が真っ赤な顔でふるふると首を振る。
 正直なところ、一刀には違うことなどわかっていた。彼女は恥ずかしい以上に、敏感な部分に触れられることに慣れていないのだ。
「…………ふむ」
 急に一刀はそっと手を放す。
「……? ご主人様?」
 顔良が疑問と不安が入り交じった表情を浮かべる。
 一刀は、ぺろりと自らの指を舐めると、不意にその濡れた指先を顔良の乳首へと触れさせた。
「ひゃぅ……んっ」
 一瞬、驚きからか小さな悲鳴をあげた顔良の乳房を丁寧に包み込むように手のひら全体で覆う。
 顔良は細く美しい首を反らすだけで、あとはされるままとなり、一刀の動きに合わせて微妙に肩を動かしていた。
 一刀も自分の本能に従うようにシーツの中へと手を滑り込ませて、未だ僅かながらも隠されている下半身へと手を這わせていく。
 顔良は手が忍び寄ってきたことに「んっ」と声とも吐息ともつかない声を口から漏らし、びくりと大きく反応した。その際、顔良が一瞬だけ一刀の顔を見たが、慌てて反らした。
 上半身は露わとなりながらもその脚はシーツで隠れていて、だけれども腰元は三分の一ほどしか覆われていない。
 一刀は顔良の姿を俯瞰的に想像して、ひどく扇情的であると感じ、同時に自らの性欲の高まりを覚えた。
 生物としての本能に突き動かされるように一刀は顔良の胸元へと顔を埋めると、僅かに顔良の身体がのけぞる。
「……ん、斗詩のにおいだ」
「やぁん、そんなに強くかがないでくだ……さい
 乳房の間に埋まった鼻に汗のつんとした匂いと顔良の甘い体臭の混じり合った匂いが届く。
 一刀はつきたての餅のような顔良の乳房を吸った。
「……っ……はぅ……」
 快感をこらえるように歯を食いしばった顔良の口から声にもならないせつない響きが漏れ出る。一刀は、その声がもっと聞きたくて下半身に添えてあった手を再起動させる。
 一刀の手は既に隠すためのシーツの中にあり、防壁とも言える下着はないためすんなりと秘部へと触れることが可能だった。
 反射的な動きで顔良の腿が一刀の手を挟み込んで侵攻を抑止する。
「……あ」
 思わずしてしまったからか口元に手を添えた顔良が目を向けてくる。一刀は何も言わずに彼女をじっと見つめる。
 手を動かすこともせず、ただただ顔良の瞳をのぞき込む。
「……ご、ごめんなさい。つ……続けてください」
 躊躇しながらの一言を引き出せたことに軽い満足感を得ると、一刀は言葉に従うように緩められた脚の施錠を超えて顔良の股間へと手を当てた。
 何となく湿っぽさと熱気を感じていたが、実際に触れると密壺はとても熱く燃えたぎっていた。
 ゆっくりと秘部をまさぐる手に合わせるように震える腰や脚。その振動でシーツは徐々にずり下がり、一刀の手が顔良の大事なところに触れているのが肉眼でとらえられるようになった。
「斗詩……もう濡れてるじゃないか」
「……あう、あの……」
 恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠す顔良。
 一刀はそんな反応を可愛らしく思いながら手を動かしていく。
 ゆっくりとした愛撫から始め、一刀は丁寧にほぐすように指を秘唇へと絡めていく。
 声をかみ殺して耐える顔良の胸元に浮かんだ玉の汗を舌で拭う。すると、一刀の指と戯れていた秘部がきゅっとなる。
 一本、また一本と指を膣内へと挿入れていく。
「んぅ……っ……」
 ふうふうという息に混じって顔良の口からは少しずつ声が漏れ始めている。
 内壁をくすぐるように指を動かしたりノックしたりと刺激を与える。すると、それに応じて絡繰りの仕掛けのように顔良の身体が跳ねる。
 胸元の汗を拭っていた口をそっと上昇させて鎖骨付近を入念に舐める。
 顔良は顔を覆っていた手を一刀の後頭部へと添えて何かをこらえるようにぎゅっと抱きしめる。
「ふあっ……あ……んぅ……うぅ」
 瞬間、顔良の身体が弓なりになり、股をまさぐっていた一刀の手へ熱くとろりとした粘液を吐き出した。

 †

 荒い息を整えた顔良が潤む瞳を一刀へと向ける。
「ご主人様……今度は私が」
 口元に残っていた混ざり合った二人の唾液を舌で拭いながら訪ねてくる顔良に一刀は笑みで返す。
 顔良は一刀のズボンを脱がしていき、鞘から剣を解き放つように黒光りする肉棒を慎重に取り出した。
 しげしげと見つめながら熱い吐息を零す顔良。
「……あ、あんまりじっくりと見ないでくれないか」
「あ、すみません。ご主人様のなんだって思ったらすごくドキドキしちゃって」
 舌を出して笑うと顔良はこくんと唾を飲み込む。そして、一刀の分身へと手を伸ばす。
「ああ……なんだか、緊張しちゃいます」
 顔良はまるで自分の心拍数を計るかのように引っ込めた手を自分の胸元へと当てている。
 一呼吸した彼女は何を思ったのか、自分の乳房を下側から持ち上げて一刀の肉棒へとあてがう。そのまま一刀の肉棒を熟れた木の実のように大きくて紅い乳房で挟み込もうとする。
「ん……熱っ……それに暴れて……挟みにくい」
 四苦八苦しながらも顔良自身の手で、乳房で、柔肉同士に挟まれていく自分の分身をみているだけで一刀の欲情は増し、肉棒は更に暴れる。
「んもう……おとなひく、ひてくらはい」
「きゅっ、急すぎ……っ!」
 じれったくなったのか、顔良は亀頭をぱくりと咥えて一刀の息子を静止させる。急な顔良の行動と唾液の生暖かさを感じたことの重ね合わせで一刀の声は上擦る。
 顔良は一刀の反応を上目遣いで確認すると、ゆっくりともう一方の一刀を乳房で挟み込む。
 適度な圧縮を受けただけで一刀は欲望を解き放ちそうになる。
「斗詩のおっぱい……気持ちいい」
「ほはっはぁ……ん、……ちゅっ……れろ」
 顔良の乳房でぐにぐにと竿を刺激されつつ、彼女が口の中に含んだ先端が丁寧になめられる。
 頭の動きが大きくなるにつれて彼女の唇からは唾液が零れ、乳房と竿の隙間にたまった粘液は泉のように月を映し出す。
「うんと……ほうひて、くちひるで……こすっへ」
 顔良がもごもごと言いながら口を上下させるたびに一刀の脳天へ何とも言いしれぬ衝撃が走る。
 熱心な奉仕は一刀の肉竿を硬直させていく。
「じゅ……っ、うんぅ……ぺろ、ちゅっ」
 口腔内で舌で転がされ、つつかれ、竿は柔らかい肉まんで押しつぶされる。
 だんだんと熱いものが上方へとこみ上げてくのを一刀は感じた。
「……で、出る」
 そう告げると、顔良の動きはますます強まる。このまま一刀の精を全て搾取してしまおういわんばかりに快感を伴って攻め寄せてくる。
 甘い靄に包まれた一刀の頭の中で何かがはじける音がした。
 そして、顔良の顔と乳房は白濁液まみれとなった。

 †

 一刀は蕩けた笑みを浮かべている顔良に「いいな」と目で問いかける。
 顔良は、かまわない、と答えるかわりに目を閉じて息を吐き出す。
 寝台の上で熱く滾っている顔良の身体を一刀は改めて正面から抱きかかえる。露わなままの顔良の乳房が一刀の胸板にぶつかって形を無造作に変えている。
 一刀はほんの少しだけ顔良との間に余裕を持たせると、男を欲している秘部へと自分のものをあてがった。
「……んっ」
 門をくぐり少し進んだところで顔良は眉をしかめる。唇をかみしめる彼女の顔を見る限り濡れているとはいえ痛むのだろう。一刀もぎゅうぎゅうという圧迫が少し痛いと感じていた。
「つらかったら俺の身体を思い切りつかんで」
 できるだけ優しく促し、顔良の手を自分の背中へと回させる。顔良がちゃんと従ったのを確認すると、一刀は労るようにゆっくりと男刀を秘裂へと沈めていく。
 顔良がぎゅっと一刀の上着を掴む。
「深呼吸をして、ゆっくりと力を抜いて……」
「ふ、ふぁい……」
 緊張の面持ちで頷く顔良がたどたどしく呼吸を繰り返す。
 その効果なのか、膣内が緩んだのに併せて一刀は肉棒を動かしていく。熱く湿った顔良の中は心地よく、動かすたびに結合部が淫靡な水音を立てる。
 顔良の腰が動いているのは、痛みと快感の狭間でよがっているからだろうか。そんな疑問もすぐに頭から吹き飛ぶほどに興奮した一刀は止まらない。
 顔良を抱いたまま身体を揺する。豊満な乳房が上下にゆれて堅くなった先端が一刀の肌に擦れる。
「んっ……あっ、はぅん……んあぁ……」
「と、斗詩」
 名前を呼ぶが返答はなく、代わりに顔良は切ない表情で熱い吐息を零す。
 聞こえていないのだろうか。もしかしたら、耳に届いていても脳がそれを処理しきれないほどに快楽で染まっているのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに一刀は上り詰めていく。
 ふと頭をよぎる単語。
 ――――わがまま。
 これは誰のわがままなのだろう。
 顔良?
 はたまた自分?
 もしかしたら両者なのかもしれない。
 そんな思いが一刀の中の制御を外し、顔良の身体へとむしゃぶりつかせる。
 乳房をもみし抱き、口づけを交わし、秘部を突き上げる。
 互いに求め合いむさぼるその様子はまさに二人の我が儘が一つになった姿だった。

 †

 行為が済んだとき、顔良は顔を赤くしてうつむいた。ようやく我に返ったということだろう。
 一刀は彼女に口づけをすると、肩を抱く。
 互いに綺麗にしあった身体を並ばせて、二人は寄り添う。
 一刀は自分の肩に頭を乗せてまどろみ始める顔良を見て微笑みを浮かべる。
「それにしても……斗詩も大胆なわがままを望んだもんだな」
「猪々子には負けられませんから」
「……?」
 顔良の言っている意味がわからず一刀は首をかしげる。
「え? だって、二人の仲が良くなってのって既にこういうことを済ましてたからじゃ……」
「いや、そんなことはないよ。でも、まあ口でしてもらったことはあるけど」
 頬を掻きながら一刀が答えると、顔良は愕然とした様子で言葉を失ったように黙り込んでしまった。
「わ、私の早とちりだったんですね」
「後悔してる?」
「……そ、そういうわけじゃないんですよ」慌てて訂正すると、顔良は何とも言えない笑みを浮かべる。
「先を行かれたと思って猪々子を追いかけたのに追い越しちゃうなんて思わなくて……」
「そういうこともあるさ」
「もう、なんです、それ?」
 からからと一刀が笑うと顔良はくすりと息を零す。
「なんだか、真剣に悩むのが馬鹿らしくなっちゃうじゃないですか。でも……ま、いいですよね。我が儘になった結果ってだけですから」
 そう言うと顔良は一刀の胸に顔を埋めてくすくすと笑い出す。一刀は彼女の細い髪を梳きながら微笑んだ。

 †

 翌朝、すがすがしい小鳥のさえずりを聞きながら一刀は仕事のため政務室へと向かっていた。
 その途中、いつぞやのように腰へと文醜がまとわりついてきた。
「へへ、おっはよう!」
「ああ、おはよう」
 じゃれつく文醜の髪をくしゃくしゃと撫でながら挨拶を交わしていると文醜が眉をひそめる。
 彼女はくんくんと鼻をひくつかせていたかと思うとじろりと一刀を睨みつける。
「なあ、アニキ。アニキの身体から斗詩の匂いがするんだけど」
「え? き、気のせい気のせい……」
 疑わしいと言わんばかりにじっと見つめてくる文醜。その細い腕が巻き付いているため逃げるに逃げられず一刀は冷や汗を浮かべることしかできない。
 そんな彼の身体に先ほどのものと酷似した衝撃が襲った。
「二人ともおはようーっ!」
「おお、斗詩。おはよう」
 一刀はこれ幸いとばかりに背後から抱きついてきた顔良へと顔を向けた。
 顔良は文醜同様に一刀に抱きついてはいるが、その腕がしっかりと文醜の背後を通っている。
 一刀には顔良の抱きつき方は二人とも捨て難いというのが彼女なりの我が儘だと物語っているように見えた。
「なあ、斗詩。もしかしてアニキ――」
「さ、行こう、文ちゃん!」
「え? で、でも、あたいはアニキに聞きたいことがぁーっ!」
 文醜は声だけを残し、先日同様に顔良に引っ張られていった。
 逃げおおせたことへの安堵と、顔良が吹っ切れたことを喜びから一刀は表情を綻ばせる。
「また、一人でにやけていますの? 一度、医者にでも診ていただいた方が良いのではないかしら……」
「………………」
 すがすがしいはずの小鳥のさえずりがこの日はいやにむなしく聞こえた一刀だった。

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