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67 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2011/04/29(金) 21:50:31.38 ID:BSw04si+0
やっぱり帰宅=時間ぎりぎりでしたw
さて、22時から『無じる真√N66』の投下を開始します。35分割になる予定です。
68 名前:無じる真√N66(1/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:01:38.86 ID:BSw04si+0
 少女の悲鳴と少年の嘲笑が入り交じっていた室内が急に沈黙に包まれる。
 彼女の主、北郷一刀が矢を受けて仰向けに倒れていた。
 それをどこか爽快感すらあるかのような表情で見下ろしている少年、左慈。
 少年の笑い声は賈駆の中の憤怒の炎を焚きつけていた。
「あんた、よくも……月だけじゃなく……」
「ふん。英傑と同様の死に方ができるのだ、こいつも文句を言うこともあるまい」
「ふざけるんじゃないわよ! ボクの大切な人たちを傷つけて、あんたなんか絶対に」
 賈駆の叫びを遮るように左慈が彼女の腕を掴む。
 左慈は賈駆を引き寄せながら侮蔑の感情を表に出し、じろりと彼女を睨み付ける。
「倒せるとでも思っているのか?」
「離しなさいよ!」
「なんだと?」
 怪訝そうな表情で顔をのぞき込んでくる左慈に思いっきり嫌悪の感情を込めた言葉を投げつける。
「あんたごときに触れられたくないのよ! 離せ!」
「ごときだと? 木偶が舐めた口を――」
 左慈は怒気を含めた言葉を言い切る前に硬直した。何故なら、その脇腹に刀が深々と突き刺さっていたからだ。
 賈駆は驚愕に満ちた表情を浮かべる左慈に蔑むような視線を向ける。
「馬鹿ねえ……このボクが何も考えずに挑発するとでも?」
「なんだと? いや! それよりも貴様、先程の矢で確実に心の臓腑を……」
 左慈の脇には小刀を両手で握った北郷一刀がいた。
 彼は左慈に対して不適な笑みを見せる。
「どうも俺は誓いってやつをきちっと守らなきゃいけないみたいでな」
 賈駆に目配せをした一刀は刀を引き抜くと、左慈から飛び退いて彼女の方へと転がるように逃げてくる。
 一刀はその際に拾い上げた張遼の羽織の下にある何かの欠片を乱雑に回収していた。
「態々拾ったようだけど、なんなの?」
「ちょっとした願掛けで持ち歩くことにしてたものさ」
「ふうん、深い意味がありそうね」
「ああ、そうだ。そして、俺を守ってくれたってわけなんだよなぁ、これが」
 そう言った一刀の表情はこの緊迫した中にありながらどこか穏和なものとなっていた。
(きっと大切な約束をした記念の品ってことなのね……)
 自分の知らない一面を見て内心、約束を交わした誰かが羨ましくもあった賈駆だったが、それを表に出すのは悔しいので黙っていることにした。
69 名前:無じる真√N66(2/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:05:36.93 ID:BSw04si+0
「さ、行きましょ。予定外の事があったせいで、計画は変更よ」
「どうするんだよ? 下?(ヒ)を放置してどこに行くつもりなんだ」
「もちろん。?(タン)よ」
 廊下に配備された白装束の群れの中を二人は駆け抜けていく。
 捕まりそうになる度に一刀が庇い、刀で応戦して守ってくれていた。
「本気か? 華雄と行き違いになったりしたらそれこそやばいだろ」
 一刀が苦みの増した表情でそう言うが、賈駆は取り合わない。
「大丈夫じゃないかしら? なんだかんだでやってくれるわよ、華雄なら」
「いや、そういうことじゃなくて、華雄は引くことを余り選ばないぞ」
「それはあながち否定できないわね」
 安易に想像が可能な光景に賈駆は口元を引き攣らせる。
 角を曲がると、そこを狙って挟み込むようにして白装束が襲い来る。一刀が敵に体当たりして強引に突破し、賈駆もそれに続いていく。
 それでも逃亡劇は長く続かず、前も後ろも道をふさがれてしまう。
「やばいかもな……」
 一刀の頬を汗が伝う。彼の身体が緊張のあまり強張っているのが伝わってくる。
 賈駆はそんな彼を安心させるように首を振る。
「いえ、まだよ。ここで終わりになんてならないわ」
 その言葉を裏付けるかのように白一色にそまりつつある前方に異変が生じた。
 中流にある岩が川を分断するように白装束の群れが真ん中から強引に裂かれていく。
「賈駆殿! 北郷さま!」
「みんな!」
 それは街中へ配備しておいた兵たちだった。
 一定の時間が経過しても戻らぬ場合、邸宅の中を窺うよう指示してあったのだ。
「お二人に変事ありきとお見受けしたため手配通り馳せ参じました!」
「すまん、助かった!」
 駆けつけた兵たちに囲まれた一刀が賈駆の手を握りしめて再び走り出す。
 賈駆は力強く引かれているために腕が少し痛かったがそれ以上に一刀に頼りがいを感じていた。
(こいつの背中ってこんなに大きかったかしら?)
 場に似合わぬことを思い浮かべる脳漿に賈駆は恥ずかしさを覚える。
「詠、もっと走れ! ここで無駄に戦力を失うわけにはいかないんだぞ」
「……わ、わかってるわよ、あんたこそ足手まといになるんじゃないわよ!」
 二人は一層固く手を結び走り出す。
70 名前:無じる真√N66(3/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:09:53.93 ID:BSw04si+0
 邸宅を後にして街中へと出るが、そこには異様な光景が広がっていた。
「人が……いない?」
「それがですね。実は、ある時を境に急に何かに促されるようにして皆、室内へとこもってしまったのです」
 先導する兵士が首を捻りながら答える。
「これも左慈のやったことなのか……それとも、もう一人のあいつの仕業か?」
 兵士の言葉に一刀が何やら考えを巡らせ始める。
 賈駆はその背中をばしっと叩くと彼の思考を中断させた。
「考えるのは後。今はさっさと逃げるべきでしょ」
「それもそうだな。とにかく城門まで行くぞ」
 背後に迫りつつある白装束の集団。皆、顔を布で半分以上隠しおり、その表情からは全く感情が感じられない。
 それが既に人としての尊厳のない存在であることを仄めかしているようで賈駆は寒気すら覚え、思わず一刀の手を強く握りしめる。
 手のひらを通して伝わる温もりが賈駆の心を覆っていく。
 不思議な安心感に身を委ねうつつあったが、それも束の間のことだった。
「城門だ! よし、もうすぐ脱出――」
 一刀の言葉を遮るように城門が開かれる。そこには白装束が群れを成してずらりと立ち塞がっていた。
「ここまできて……まさか向こうからも来るなんてな」
 開かれた門からぞろぞろと行進してくる白装束たちに一刀が唇を噛みしめている。
 賈駆はその間にも兵たちに指示を出す。
「あと少しなのよ……仕方ないわ、あんたは中心にいなさい。他の連中は方円陣を組んで互いに支え合いながら切り抜けるわよ。頭の中は突破のことだけを考えなさい!」
 兵たちは一切の無駄を省いた動きで陣形を整えていく。
「こうなったら一か八かだ」
「残念だが、もう貴様らは詰みだ」
 その声に二人は振り返る。
 左慈が憎悪と敵意に満ちた表情で一刀を睨み付けていた。
 いや、左慈だけではない。邸宅から追ってきた白装束も追いついている。
「完全に囲まれたって事か……」
「どうやらそのようね」
 辺りを埋め尽くす、白、白、白。
 先ほど一刀から受けた一太刀など実際には無かったかのように綽然としている左慈だが、その怒声が事実であることを物語っている。
「北郷一刀! 貴様だけはこの俺自身の手で屠ってくれる!」
「詠、離れてろ!」
「嫌よ、今度はボクがあんたを守らないと」
71 名前:無じる真√N66(4/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:15:15.59 ID:BSw04si+0
 一刀の前に出て盾になろうとする賈駆。
 放たれた矢のように素早く突っ込んできた左慈が蹴りを放ってくる。
 賈駆は衝撃に備えて思わず眼を瞑ってしまう。
 次の瞬間、鈍い金属音が辺りに響き渡った。
「ぐ……この衝撃、北郷一刀。貴様、英傑を引き連れてきたな!」
 忌々しげな左慈の声に瞼を上げると、そこには左慈の蹴りを受け止めている女性の姿があった。
 胸回りのみを隠している服、切れ込みの入った腰布に短めの藤紫色の髪。
 それは大望の味方だった。
「一撃の重みがこれほどとは……貴様、呂布か!」
「この戯け! 誰が、呂布だ」
 金剛爆斧によって強引に押し込まれた左慈が後方へと飛ぶ。
 女性はそこへの追撃はせず、己が得物である身の丈ほどはある戦斧を構える。
「我が名は華雄。北郷が一の家臣!」
「華雄? どこかで聞いた気もするが所詮は価値のない木偶。その木偶ごときがどこまでも俺の邪魔をしやがって」
「私が来た以上、北郷には指一本触れられると思うな!」
 ゆらゆらとただならぬ瘴気を立ちこめさせる左慈に華雄が身構える。
 その姿は勇ましく、そして同姓の賈駆ですら感じる不思議な美しさがあった。
「華雄。間に合ったのか……?(タン)城は?」
「あの程度の城、容易く落とせるに決まっているではないか」
「……え? 下?(下ヒ)からの増援はどうしたんだよ」
「は? そんなものは知らんぞ」
「いやいや、だってなあ?」
 華雄の返答に困惑気味の一刀を余所に賈駆の脳裏にはようやく事態の形が出来上がりつつあった。
 本来の領主に成り代わった左慈。
 膨大な数の白装束。
 想像以上に早く駆けつけた華雄。
 それらが、賈駆の頭の中で道筋を作り上げていく。
「ふふっ、……そういうことね」
「詠、何かわかったのなら、俺にも教えてくれると嬉しいんだが」
「下?(下ヒ)に増援なんていかなかったのよ」
「……ああ、そういうことか!」
72 名前:無じる真√N66(5/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:19:18.18 ID:BSw04si+0
「おい、私にもわかるように教えろ」
 手を打って納得の表情を浮かべる一刀を余所に眉を顰めた華雄が詰め寄ってくる。
「いいのよ。あんたはわからなくて」
 賈駆は手を振りながらそう答える。
「いや、しかしだな。事態の把握くらいはしておかねば」
「ちぃっ! 俺を無視しやがって、かかれ木偶ども!」
「ほら、敵来たわよ」
「絶対、後で教えろ。絶対だぞ!」
 その言葉を残して、華雄が白装束の群衆へと相対する。

 †

 徐州でギリギリの戦いをしている一刀たち。
 その一方で、冀州では置いてきぼりを受け、物語の中心から逸れつつあった少女がいた。
 その少女はギョウ城にて忙しなく仕事に追われる日々を送っていた。
 北郷一刀が無言で去ってからの日々は彼女にとって過酷なものだった。
 これまで彼と分担していた政務が山のように押し寄せ、一刀の抜けた穴に代役を立てることもしなければならなかった。
 ただ、これまで支援してくれていた者たちが変わらずといった様子だったことだけが救いだった。
「にしても、あいつがいなくなっただけでこれか……」
 度々、一刀がこの地から離れることもあったがそれは飽くまで仕事上のこと。
 この軍のこと、公孫賛のことを置いて姿をくらましたのは初めてのことだった。
 公孫賛は廊下を歩きながら懐に入れておいた物を取り出した。
「星がいってたのってこれだよな……」
 すっかり忘れていたことを気まずく思いつつ、杯を見つめる。
 これといって特徴があるわけでもないどこにでもあるような杯。でも、公孫賛には価値ある杯。
 大切な思い出と共にあるのだ。
「確かに一刀の部屋にはなかったな……」
 かつて、公孫賛がまだ幽州にいた頃、彼女の下で働いていた劉備が独立のために出立する前日に交わした誓い。
 そのときに用いた杯がこれだった。
 直ぐに杯に気がついたあたり、趙雲も大事にとっておいてあるのだろう。
「くしゅん!」
 鼻をすすりながら公孫賛は辺りを見回す、廊下には人一人おらず目撃者はいないようだ。
73 名前:無じる真√N66(6/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:23:22.05 ID:BSw04si+0
「……あいつが不機嫌になるのも当然だよな」
「何が当然なのですかな?」
「うわっ! 出たぁ!」
「人を妖の類のように言わないでいただけますかな」
「……すまん。というか、さっきまで誰もいなかったと思うんだが」
 いつの間にか背後に寄り添っていた趙雲に謝りつつ公孫賛は杯を見せる。
「これのことだったんだな。随分昔のような気がするよ、あの頃のことが」
「ええ。あれから随分と遠くまで来たものですな」
「ホントだよな。あの時は私の傍に居たのは一刀と星だけだったのに、今じゃ大所帯だ」
「皆、頼もしい限りで良いことです」
 昔に浸っていると、廊下に風が吹き込み公孫賛は再びくしゃみをする。
「ん……なんか変だな」
「体調でも崩されたか?」
「かもしれんな……ま、いつまでもここにいるのもなんだし、そろそろ行くとするさ」
「そうですか。くれぐれも身体を大事になされよ」
 趙雲と別れると、公孫賛はなおも昔を思い出していた。その中でも印象深い袁紹軍との戦の頃に至ると感慨深げに嘆息した。
「あのときも、あいつのせいで体調不良になったんだっけな……」
 一刀が消えるという話を耳にして悩み続けたときは本当に生きた心地がしなかった。
「結局、一刀から詳しい事情まで聞き出せずにずるずると来てしまったんだな」
 自分の行動力の無さにうんざりする公孫賛は忘れかけていたことを思い出した。
(そういえばあの時、一刀の事情を知っていそうなやつがいたな)
 思い立ったら吉日とばかりに公孫賛は行動を起こす。
 普段の彼女にはない動きだった。
(やはり、少し熱でもあるのか?)
 余りしたことのない勢い任せな自分に苦笑しつつ、公孫賛は街中でも割と豪勢な邸宅の前へとやってきた。
 中へ入ろうと扉に手を伸ばしたところで公孫賛は深呼吸をする。
 吸って吸って吸って吸って……。
「は、吐き出すのを忘れてた」
 気を取り直し、公孫賛はその敷地へと足を踏み入れる。
 扉を開くと、すぐ近くに少女の姿を確認することができた。公孫賛は平常心を装って声を掛ける。
「あっと、その……ちょっといいか?」
76 名前:無じる真√N66(7/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:26:54.55 ID:BSw04si+0
「あら、貴方がここへ足を運ぶなんて珍しいわね。どうかしたの?」
 出迎えてくれたのは三姉妹の末女、張梁だった。
「ちょっと、用があってきたんだ。お前たちがいるってことはあいつもいるはずなんだが……」
「あ、白蓮さん。いらっしゃーい」
「ねえ、何かお土産はないの?」
 中へ入っていくと、張角と張宝も公孫賛に気がついて声を掛けてくる。
 もっとも、内容が内容だけに公孫賛からは乾いた笑みしか出てこない。
「わ、悪いな。急に思い立ってそのまま来たもんだから手ぶらでな……」
「なによ、気が利かないわね」
「うーん、残念。白蓮さんならお金もあるし、何か持ってきてくれると思ったんだけどなぁ」
「仕方ないわよ。一刀さんとは違うんだから」
「何も持たずに来ただけでこの言われようか……」
 一体、彼女たちの世話役を務めていた少年がどれだけの苦労をしていたのかと思ったが、想像も及ばない程だろうということに気がついて考えるのを止めた。
 張角が若干不機嫌そうにむくれて頬杖をつく。
「だって、わたしたちだって結構頑張ってるんだし偶にはご褒美が欲しいの」
「その気持ちはまあ、わからなくはないが」
 公孫賛も人知れず自分へのご褒美なんてことをやってたりするので彼女たちの気持ちはわかる。
「だから、一刀の代わりに……白蓮さんが、ね?」
「いや、その……そういうのは私は……」
「…………」
「はぁ……わかったよ。後で飯でもおごってやるから、それで手を打ってくれ」
 じっと口を閉ざしたままの二人に公孫賛はがくりと肩を落とす。
「やったー! 一刀がいなくなってからご褒美も減ってたし久しぶりー!」
「じゃんじゃん、食べちゃおっと」
「お店はやっぱり、あの角に出来たばかりのとこよね」
「うんうん、ああ今から楽しみだなー」
 二人が言っている店に公孫賛は覚えがあった。
(確か一品一品が結構な額だったような……富裕層ですら時折訪れる程度だったはずだぞ)
 公孫賛は目的のためにとんでもない代償を支払うことを予感して冷や汗を掻く。
「……もう少し、あいつに渡す給金も見直した方がいいかな」
 そのあいつのことを考えると、これも等価交換として妥当なのかもしれないと公孫賛は思った。
77 名前:無じる真√N66(8/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:30:50.98 ID:BSw04si+0
「で、要件なんだが貂蝉はどこにいるか知らないか?」
「多分、知り合いの務めてる酒家にでも行ってるんじゃないかしら」
「それじゃ、その店を覗いてみるか。場所はわかるか?」
「ええ。確か場所は――」
 公孫賛は三姉妹から酒家の場所を訊くと、すぐに向かおうととば口に立つ。
「あのさ、一刀はいつ戻ってくるのかな?」
 公孫賛は張角の質問を聞こえなかったことにして数え役萬☆姉妹の事務所から立ち去った。
 胸に僅かな罪悪感を抱いたまま公孫賛は酒家へと向かったが、そこに貂蝉の姿はなかった。
「で、代わりにお前らか……」
「なにを一人でぶつぶつと仰ってるんですの?」
「さあ? それより斗詩ぃ! 注文した料理まだー?」
「お、お客様。もう少しお待ち頂けますか?」
 前掛けをした顔良が引き攣った笑み浮かべて応える。
「あんまり待たせるようなら……その身体でこの餓えを癒して貰おうか!」
「いやーっ!」
「何してんだこいつら……」
「ただじゃれあってるだけですわ。それより、何か用があったのではありませんの?」
「貂蝉を知らないか?」
「ああ、そういえばつい先程まではおりましたわね」
「どこに行ったかわかるか?」
 袁紹は少しだけ考え込む素振りを見せると公孫賛の質問に答えた。
「確か屋台街へ行くとかおっしゃってましたわね」
「屋台街か……」
 公孫賛は早速向かってみようと足を外へと向ける。
 しかし、一歩を踏み出すよりも先に袁紹に引き留められてしまう。
「それよりも、ちょっとよろしいかしら白蓮さん?」
 机に肘を突き、組んだ手に顎を乗せながら袁紹が公孫賛の方へと眼を向ける。
「な、なんだ、そんな怖い顔して」
「一刀さんは、まだ帰ってきませんの?」
 半ば凄むような感じで迫る袁紹に公孫賛は言葉を詰まらせる。
「い、いや……それは」
78 名前:無じる真√N66(9/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 22:34:11.41 ID:BSw04si+0
「すみません、白蓮さま。実は麗羽さま、ご主人様と行きたいところがあったそうなんです。だけど、誘う前に長期の遠征に出てしまったじゃないですか。それで、ちょっと機嫌の方が良くないんですよ」
 申し訳なさそうに謝る顔良に公孫賛の胸がちくりと痛む。
 彼女たちを騙し続けていることへのすまなさ、一刀が彼女たちの中で大きい存在であることを改めて実感したこと。その二つの針が彼女の胸をちくちくと刺し続けている。
「ま、そのせいであたいらはこうして姫のやけ酒に付き合わされることになってるんだよなぁ」
「猪々子! 斗詩さんも余計な事を言わないでくださります?」
「す、すみません」
「てかさ、斗詩だって時折頬杖突きながら溜め息零してんじゃん」
「み、見てたの文ちゃん!」
「あたいはいつでも斗詩を見守ってるぞ」
「なんですの? それでは、斗詩さんも人の事言えないではありませんの……」
「もう、麗羽さままでー!」
 わいわいと盛り上がる三人を尻目に公孫賛はこっそりと店を後にする。
 逃げ出したその足で公孫賛は屋台街へと向かった。
 夕刻となり辺りも赤みを帯び始めており、屋台からは良い匂いが鼻腔をくすぐり空腹感を誘う。
「貂蝉はどこにいるんだよ?」
 若干、空腹も相まって苛立つ公孫賛はきょろきょろと顔を動かしながら歩いていく。
 暫く道を進んでいくと、前方に人だかりを見つける。
 公孫賛は何事かと人を掻き分けて顔を覗かせる。
「……もぐもぐ。おいしい」
「さ、さ、これもどうぞ食べてくだされ、恋殿」
「……ん、ほくほくしてる」
「おお、これは面白いのじゃ! よし、次は妾のを食してたもれ」
「それじゃ、お嬢さまには私が……はい、あーん」
 人の輪の中心には仲良く食事を取っている呂布と陳宮、張勲に袁術の四人がいた。
 よく観察してみると、彼女たちを見ている野次馬は皆、ほっこりとした顔をしている。
「なるほど。だけど、これは全然関係ないな」
「……白蓮」
 背を向ける公孫賛だったがまたしても足止めを喰らうことになってしまった。
 再度呂布の方へと振り返ると、彼女は公孫賛に向けて手招きをしている。
「…………折角だから一緒に食べる」
80 名前:無じる真√N66(10/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:01:13.65 ID:BSw04si+0
「おお、それは名案じゃな! ほれ、ここへ座るのじゃ」
「私はちょっと人捜しをしていてだな」
 断ろうとする公孫賛だったが、周囲の雰囲気がそれを許してくれない気がして渋々同席することにした。
 既に卓には多くの料理が並べられ四人は舌鼓を打っている。
「でも、良かったのか? 私まで一緒にさせてもらって」
「…………少しでも多くの人とたべるとおいしい」
「そうですなぁ」
 呂布の言葉にもっともとばかりに陳宮が頷く。
「でも……ご主人様と一緒ならもっとおいしい」
「それはどうでしょうなぁ」
「…………」
「れ、恋殿?」
「…………ご主人様がいると、おいしいよ?」
「その通りかもしれんのう……主様」
「美羽さま……寂しいんですか?」
 手にした肉まんを見下ろしてしんみりする袁術の肩を張勲がそっと抱く。
 気がつけばこの一席だけが異様に暗くなっていた。
「……あのさ、さっきも言ったが今人を捜して急いでるんだが」
「誰を捜してるんです?」
 箸の泊まった袁術の頭をよしよしと撫でながら張勲が訊ねてくる。
「貂蝉だ。一足違いで見つけられなくてな」
「ああ、それならあっちの方へ……あら? あれはなんですかね」
 張勲が額に手を添えながら少し離れた位置にある屋台を見てそう呟く。
 公孫賛もそれに釣られるようにしてそちらへ視線を向けると、何やら赤々とした灯りが見える。
「あれって、火事じゃないのか!」
 急いで席を立つと公孫賛は駆け出そうとする。
「いってらしゃーい」
「お前らも来いよ!」
 尚も席に居残ろうとする少女たちを連れて公孫賛は現場へと向かう。
 野次馬やがっくりと項垂れた店の店主と思しき人物、逃げ惑う客と人でごった返している。
「おい! ぼけっとしてないで井戸から水を汲んでこい! それから、警邏への連絡も忘れずにするんだ! あとそれから……くっ」
81 名前:無じる真√N66(11/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:05:46.61 ID:BSw04si+0
「どうかなさいました?」
 ふらついた公孫賛を案じる張勲たちに彼女は顔の前で手を振って応じる。
「すまんが、七乃、ねね。後の指示はお前らに任せる……」
 燃え盛る炎へと近づいてから公孫賛は気分が悪くなっていた。
 尋常じゃないほどの脂汗が額に浮かび、頭は巨大な金槌で殴られたかのように痛む。
 火元の近くにいるからか全身が火あぶりにされたかのように全身が熱く燃え盛っている。
「……な、なんだ……この感じ」
 ゆらゆらと揺れながら公孫賛は裏通りへと転がるようにしてなだれ込む。
 視界は徐々に白い靄のようなものに覆われていく。
 代わりに、見覚えのない光景が頭を過ぎる。そう、丁度袁紹との戦を終えた夜に見た夢のように。
(また……城が燃えて……私は……死ぬ)
 皮膚が焼けただれ、肉が焦げていく感覚が身体中を走り公孫賛は悶絶する。
「ぐあっ……つ、うぅ……」
 痛みを身体が勝手に受け入れていく。まるで、新しい記憶を体験した感覚込みで付け加えられるようだった。
 地面に膝を突き四つん這いになるが、記憶の追加は着々と行われていく。
「なんだ……これは……黄巾に星? それに……北郷軍……ほん、ごう?」
 あらゆる事項に関する記憶が脳に刻まれたところで、公孫賛の視界は開けてきた。
 気付かぬうちに滝のようにかいた汗が地面に溢れ土を湿らせている。
「そうか、そういうことだったんだな……うっ」
 身体に残る拒絶反応にも近い嫌悪感によって胃液が逆流し、胃の内容物を吐き出してしまう。
「う……ぐ……っ、んっ……はぁ、あっ」
 公孫賛は先程食べたばかりの料理をげえげえと口から流れ出させる。
 吐瀉物が詰まりそうになり咳き込んだり、涙と鼻水がだらだらと流れ出たりと公孫賛は盛大に苦しむ。
 ついには胃の中が空っぽになり胃液のみしか出てこなくなった。
「……はぁ、はぁ。な、なんなんだこれは」
 口元を拭うと、公孫賛は壁に手を突きながら立ち上がる。
 そして、顔を上げ本日の探し人が目の前にいることに気がついた。
「……貂蝉」
「どうやら、白蓮ちゃんもついに知ってしまったのね」
「お前、このことを……存知していたのか? まさか、一刀も!」
 公孫賛は膝が震えている脚を動かし貂蝉へと詰め寄る。
82 名前:無じる真√N66(12/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:10:53.27 ID:BSw04si+0
「ええ、その通りよ」
 貂蝉は眼を伏せて静かに頷いた。
「そうか。あいつは私の時のように誰かのために動こうと……」
「恐らく、そうでしょうね」
 よろめく公孫賛の肩を支えながら貂蝉が頷く。
「あいつ……どうして、私には何も話してくれなかったんだ」
「ご主人様は記憶≠フない娘には一切教えていないわ」
「なんでだよ。自分が知っていても相手は分からない。だから、何も言わず一人でって……辛くないのか?」
「苦悩していたわよ、ご主人様も。でもね、それ以上に貴女たちが大切なのよ」
 貂蝉のどこか悲しげな瞳が一刀の真意を物語っているように公孫賛には感じられた。
「数人だけを誘って動いたのも……」
「そうよ。白蓮ちゃんに迷惑を掛けたくないという感情から」
「あいつはどこまで馬鹿なんだ……馬鹿で、お人好しで……」
 先程以上に瞳を潤ませながら公孫賛は鼻を啜る。
「でも……そんなあいつだから、好きで……共にいたくて……」
「……白蓮ちゃん」
「一刀に会いたい……あいつの隣にいたい……」
 熱い雫は留まることをしらず何時までも流れ続け公孫賛の頬を濡らし尽くす。
 胸に宿る一刀への想いが強くなる。
「……ダメだな私は。曹操や孫策のように私情を公のことに持ち込まないなんてできそうにない」
 目元をごしごしと擦ると、公孫賛は微笑を浮かべる。彼女はいつの間にか力の戻っている足でしっかりと立つと、拳を強く握りしめて自分の中にある気持ちを奮い起こす。
「そもそもあいつが悪い。そうだ、そうなんだよな。うん」
 自分に言い聞かせながら公孫賛が屋台街へ戻ると、炎はすっかり沈下された後で野次馬も徐々に減り始めていた。
 燃え跡を横目に見ながら火事現場を通り過ぎる公孫賛。その胸にある火焔は未だ消えておらず、尚も激しく燃え盛っている。
 そして、公孫賛は勢いを削ぐことなく城へと戻るやいなや諸将を集め一つの命を下すのだった。

 †

 華雄は方円陣の外縁の一部を務め、敵の指導者と思しき導士と向かい合うように仁王立ちしていた。
 先ほど、金剛爆斧から伝わってきた手応えに反して導士が損傷を受けているようには見えない。
 ただならぬ相手と悟った華雄は柄を握る両手を前腕に血管が浮かび上がるほどに力ませる。
83 名前:無じる真√N66(13/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:15:59.13 ID:BSw04si+0
 正面の敵が先陣を切って襲いかかってくる。
 それぞれが手にする刀と槍、そのどちらも届かぬうちに華雄は上段からの一撃で斬り捨てた。
 敵の血糊を受け、大地に突き刺さった金剛爆斧をそのままにして敵の落とした槍を拾い上げる。
 即座に、左方から飛び掛からんとしている白装束の腹部へ石突をたたき込む。
 怯んだところに円を描くような斬撃を喰らわせる。
 倒れゆく屍の影から飛び出てきた白装束が小太刀を両手に襲いかかってくる。
 それを冷めた瞳で見据えると、華雄は直線上に入った瞬間を狙い槍で貫く。
 白装束の手から溢れ落ちる小太刀を華雄は掴みとる。
「でやあああああああっ!」
 気合いのこもった叫びと共に白装束をぶらさげたまま後に続く他の白装束たちも刺し貫いていく。
 串焼きのようになった槍を華雄は天高く突き上げる。
 相当な重量を腕に感じながらも華雄はその槍を横凪に振り払い、そのまま投げ捨てる。
 軌道上、そして放り投げた先の敵を次々と巻き込みながら槍が飛んでいく。
「何をしている。くそ、こちらの方が多勢だというのに……つかえん木偶どもめ」
 苛立たしげにそう吐き捨てた左慈が白装束の頭を踏み台にして、一刀の元へと直接向かう。
 華雄は荒くなる呼吸を一瞬だけとめ、上空へ向けて小太刀を投げる。
 左慈が眼を向けることなく小太刀を払いのけたが、その一瞬で十分だった。
 華雄は金剛爆斧を拾い直し、左慈の着地を狙う。
「言ったはずだ! この私がいる以上、その男には手を出させぬとな!」
「ちぃっ、邪魔立てを!」
 左慈が華雄の殺気を察知して咄嗟に避ける。
 華雄もそれを追い、距離を詰める。
「ちょっと、華雄! 陣形が!」
「敵の頭を取れば全てが終わる! それまではお前の頭脳でどうにかしておけ!」
 咎めの言葉も今は意味をなさない。
 左慈を逃せば、一刀が危うい。それを感じ取った本能が何としても倒せと訴えかけている。
 心臓は緊張と興奮で高鳴り続ける。
「いい加減にうんざりだ。まずは貴様から葬ってくれるわ!」
「来い、インチキ導士が!」
 逃げをやめ反撃に出てくる左慈が一瞬で懐へ飛び込んでくる。
 華雄は放たれた拳を責金部分で受ける。
 柄を通して両手に衝撃が走り、軽い痺れを感じる。
85 名前:無じる真√N66(14/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:20:29.96 ID:BSw04si+0
「ふ、これはまた重い一撃ではないか。やるな、貴様」
「ちぃっ! 仕留め損なったか……まあいい。すぐにこの外史からも抹消してくれる!」
 疾風のごとき蹴りが放たれる。
 金剛爆斧で対処していくが徐々に蹴りの速さは増し、逆に華雄の動きは鈍くなる。
 呼吸が乱れ、衝撃を幾度も受けたことで金剛爆斧を持つ手が震え始めている。
『速さが足りひん』
 その一言が脳裏を掠める。
「わかっている!」
 誰にともなく叫ぶと華雄は金剛爆斧を白装束の群れへと投げる。
 回転しながら飛び交う金剛爆斧によって倒れていく白い塊。
 それを視界の隅に捉えながら華雄は目の前の導士へと駆け寄る。
 重しとなっていた得物を手放したことで華雄の動きは速力を増していく。
「素手だと? 愚かな! あの化け物でもないかぎり俺に素手で挑むなど」
「細かいことはどうでもよいわ!」
 ごちゃごちゃと口やかましいことを宣っている顔に拳を抉り込ませる。
 左慈の整った顔が歪み、振り抜いた華雄の一撃によって後方へと吹き飛ぶ。
「問答無用でぶっ飛ばしたな……華雄」
「私は意味の分からん話は嫌いなんだ! あれこれ言われると頭痛がしてくるからな。やはり、話は率直が一番だ」
 華雄は手にじんわりと浮かび上がる汗を拭い去りながら一刀の声に答える。
「いや、だからって拳で語るなよ……」
「こ、こいつ、ただの馬鹿か!」
 驚愕の表情を浮かべた左慈が大地を蹴り飛ばして慣性を無視するように勢いよく突っ込んでくる。
 張遼や趙雲が得物で行うよりも素早い突き。
 一撃一撃の衝撃が呂布のそれをも超えている蹴り。
 華雄はその全てを紙一重のところで防御していたが、攻撃を受けた箇所はじんじんと痛み、徐々に該当箇所も増えていっている。
「死ねぃっ!」
 踏み込んだ回し蹴りを狙ってくる左慈。
 その足を半ば強引に捉え、華雄は握力の限りをつくし逃がすまいとする。
「は、離しやがれ!」
「でりゃああああああああっ!」
 叫ぶことで全身の力を滞りなく発揮させる。
86 名前:無じる真√N66(15/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:25:37.78 ID:BSw04si+0
 腕の筋肉を膨張させ、肩にありったけの力を注ぐ。
 そうして左慈を大地に叩きつけるように真っ直ぐ振り下ろす。
 しかし、衝撃が華雄の腕に伝わる事はなく拳の中の感触も消え去った。
「よもや、これ程までに力を付けているとはな……たかが端役の木偶風情が……」
 息を切らせた左慈が、いつの間にか華雄から離れるように距離を取っていた。
「なんのことか知らんが、妙な術を使いおって……導士か貴様は!」
「本当に愚劣なのだな、貴様は」
「ふん! そのような誹謗など日常的に詠から罵詈雑言を浴びせられている我らからすればどうということはないわ!」
「人を悪人みたいに言わないでくれるかしら!」
「てか、我らってもしかして俺も含まれてるんじゃないだろうな!」
 それぞれ兵を上手く操っている賈駆と一刀が華雄の言葉に反応して声を上げる。
 華雄はそれらを無視して、左慈だけをじっと見つめながら趙雲のように不敵に笑う。
「さあ、どうした……まだまだ、これからだろう?」
「く……っ、木偶が調子づきやがって……」
 互いに肩で息をしている華雄と左慈は敵愾心を露わにして視線を交わらせる。
 そこへ、喚声と共に多くの兵が城外から突入してきた。
「華雄将軍! お待たせいたしました!」
「遅いぞ、貴様ら!」
「ちいっ、増援だと……ここに来て面倒な!」
 人数での差は縮まり、北郷軍の士気は勢いよく高まっていく。
「今よ! 戦力を前方に集中、城門の敵を挟撃! 華雄は殿を頼むわよ!」
「ああ、わかった。さあ、来るがいい! そこの導士のようになりたければ幾らでも相手をしてやるぞ!」
 刹那の間に敵を吹き飛ばしつつ華雄は拾い上げた金剛爆斧を構える。
 白装束たちは恐怖やその他一切の感情を全てなくしているのか、何の躊躇いもなく襲いかかってくる。
 華雄はそれを一太刀の元に平伏させる。
 そうして、前後共に白装束の撃退を続けていくうちに敵の囲いが薄くなる。
「これ以上は無理か……あの豪傑さえいなければいけたのだが、仕方ない」
 その言葉を残して左慈の姿が一瞬でどこかへと消えていった。
 同時に、白装束たちの攻勢も弱まり圧倒的な戦力差で北郷軍は旧知を脱することに成功した。
87 名前:無じる真√N66(16/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:30:33.28 ID:BSw04si+0
 好機に乗じて下?(下ヒ)を制圧するのとほとんど同時に民衆もわらわらと姿を見せ始めていた。
「急に雰囲気も変わった感じだな……」
「まあ、いいじゃないの。とにかく下?(下ヒ)もようやく落ちたって事よ」
「そういうことだな」
 痛みと披露でボロボロの身体を引きずりながら華雄は二人も元へと歩み寄る。
「そういえば、お前たち。先ほどしていた、下?(下ヒ)の援軍がどうのという話について今度こそ訊かせてもらおうか」
「別に知ったって面白くないわよ? ねえ」
「だよな、華雄も興味沸かないだろ?」
 顔を見合わせる二人の言葉に華雄は咳払いを何度もしながら応える。
「…………わ、私だけ仲間外れはないだろ」
「え? なんだって?」
「だから、私だけ仲間はずれにするなと言っている!」
「なんだ。それなら仕方ないなぁ」
「にやけながら言うな……」
 すっかり破顔している一刀の視線に華雄は顔が熱くなる。
「華雄もすっかりこいつに毒されたわね……」
「うるさい! ほれ、さっさと話さんか」
「はは、そうだな。さっきの白装束が多分、ここの兵士だったんだよ」
「まさか、あのような得体の知れない導士に従っていたというのか?」
「俺は実際に術で操られてる兵士ってのを見たことがあるからな。それで、左慈の奴はそっくり下?(下ヒ)の戦力を奪ったんだろう。元々は何か理由があったようだけど、その兵を俺たちに差し向けてきたってことだ」
「なるほど。それで、下?(下ヒ)から?(タン)への増援がなかったというわけだな」
 わかってみると非常に単純な話だった。
「増援が無ければ、あんたがこっちに来るのも自然と短時間で可能になる」
「つまり、左慈がここを利用しようとした時点で俺たちは結構有になってたんだな」
 腕組みした一刀が嬉しそうに笑っている。華雄もその顔を見ているだけで不思議と気分が良くなる。
「でも、あんたは死にかけたけどね」
「あ、あはは……あれは本気で焦ったよ。今でもちょっと冷や汗が出る」
「……危なかったな」
「ああ、本当にな。……実は城門まで来たときもやばかったんだよ。あそこで華雄が現れてよかった。ありがとな」
88 名前:無じる真√N66(17/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:35:41.75 ID:BSw04si+0
「む。気にするな、私は自分の役目を全うしただけだからな」
 大切な主人を守るという何よりも優先されるべき役目。
 華雄はそれを破らずにすんだことに対する幸福感を胸の内に治めるのだった。

 †

 西涼連合との正面からの衝突を乗り切った曹操軍は更に軍を進めていた。
 涼州の中頃まで既に軍は食い込み陣を敷いていた。
 全軍の士気を衰えさせないよう、各将に命じたところへ、夏侯淵らが合流を果たした。
 そのまま追撃に出ると武官たちが思うのに反し、曹操は全軍を停止させ、文官たちはそれに異論を挟まなかった。
 暫くの間、韓遂軍に対するようにしかれた陣の中では食事は普通に振る舞われ、乗馬や射撃の訓練に明け暮れる日々が続いた。
 武官たちも初めは理由もわからぬまま従っていたが、兵たちの戦意が高揚するにつれて落ち着きを無くしつつあった。
 中でも夏侯惇は部下の思いもわかるが故に一層身体を持て余していた。
「一体、華琳さまは何をお考えなのだろうか……なあ、秋蘭はわかるか?」
「私か? まあ、今はもう予測も付いているが姉者に伝えられていないということはまだ知る必要がないのだろう」
「教えてくれてもよいではないか」
「もうすぐわかるさ」
 弓箭の訓練を終えたばかりなのに夏侯淵は汗を全然かいておらず涼しげな顔すら浮かべている。
 そのまま夏侯惇がうんうん唸りながら歩いていると、許緒がやってきた。
「春蘭さま、軍議があるから来るようにって」
「わかった。すぐに行くぞ。秋蘭」
「どうやら、疑問の答えもでるようだぞ、姉者」
「そうか。ま、まあ、別に気になどしていなかったからな。あれくらいわからなくとも別段問題ないわけだからな」
 そう答えながらも自然と歩幅が大きくなり、歩調も速まっていることに夏侯惇は気付いていなかった。
 幕舎へと足を運んだ夏侯惇にようやく事情が伝えられることとなった。
「恐らく、もう予測できてる者もいるでしょうけど、頃合いを見て兵を動かすわ」
「とうとうですか。待ちくたびれましたよ」
「ふふっ、それなら春蘭には思い切り暴れて貰いましょうかね」
「お任せください」
 曹操の期待に満ちた言葉を受けて夏侯惇は胸がいっぱいになる。
「それで、今後の流れですが……」
90 名前:無じる真√N66(18/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:40:44.29 ID:BSw04si+0
「あのう……」
 咳払いをして発言を始める郭嘉におずおずと許緒が手を上げる。
 郭嘉は説明を中断すると、許緒の方を見る。
「どうかしましたか?」
「これからもいいんですけど、これまでは一体なんだったのかなって」
「ああ、そうでしたね。こちらだけで話を進めていましたので説明が足りませんでしたね。すみません」
「季衣にもわかりやすく説明してあげなさい。風」
「え? 風がするのですか? 別に構いませんが……ええと、皆さんよろしいですか?」
「おう!」
「おやおや、春蘭さまのお返事が一番元気がよいですねー」
「む? そうだったか」
「ああ、姉者らしい良い返事だぞ」
「なんだか照れるな」
 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべながら夏侯惇は程cの説明に耳を傾ける。
「風と秋蘭さまで奇襲を掛けて西涼連合の戦力を削ぎ、同時に糧食も絶しました。これにより、涼州兵の多くは韓遂さんの軍へ逃げ込みました」
「それは確実なのか?」
「はいー、追いかけて確認したので間違いありません」
「うむ、それは私も保証しよう」
 夏侯淵が捕捉するようにそう言った。
 程cはそれに対して軽くお辞儀をすると、説明を続けていく。
「普通の軍でしたら、逃げ帰ってきた部隊を回収して撤退なら撤退ですたこらさっさと逃げられますよね?」
「うん、そうだよね」
「ですが、西涼連合は連合と銘打つだけあって少々統制するには難しい人たちなんですね」
「気難しい奴というのは真に迷惑だな……む? どうして私を見ておるのだ」
「いや、別になんでもないですよ。ねえ、秋蘭さま」
「そうだな。気難しいところがあった方が姉者はよい」
 許緒と夏侯淵の会話内容の意味が把握できないことを気にしつつも夏侯惇は程cの説明へと意識を戻す。
「そこで、こちらも人馬に休憩を取らすという名目で足を止めることにしたんですね」
「そっか、追い込みすぎると必死になるから逃げられちゃうけど、余裕があれば少し休むんだ!」
「おおっ! 季衣ちゃん、正解ですよー。ぱちぱち」
「えへへ……」
92 名前:無じる真√N66(19/35)[sage] 投稿日:2011/04/29(金) 23:46:46.29 ID:BSw04si+0
「き、季衣」
 拍手する程cに照れている許緒の服を夏侯惇はこっそりと引っ張る。
「なんですか、春蘭さま?」
「ど、どういう意味なのか説明してくれんか?」
「姉者……後で補足説明くらいなら私の方でやるから風の話を聞いてはどうだ?」
「む、それもそうだな。すまんな、季衣」
 許緒から離れると、丁度程cの説明の続きを始めるところだった。
「兵の統制を取るために制止した韓遂さんたちですが今はこちらの動きを見ているはずです。そこで陣内にこもり続け、情報統制も行い進軍の意思がないように装いました」
「なんでまた、そのような面倒なことを?」
「そうすることで、少しでも長く留まらせ、なおかつ油断を誘うという魂胆なのです」
 ぬっふっふと笑いながら答えた程cの笑みは夏侯惇には若干悪人ぽく見えた。
「丁度、今頃統制が取れていることでしょうねー」
「それでよいのか? 逆に討ちにくい状態になってしまっているのではないか?」
「そうでもないのですよ。ここからは稟ちゃんの説明に繋がるのでそちらでどうぞー」
 そう言うと程cはふう、と息を吐いて眼を細めてまったりとし始めた。
 郭嘉がそんな程cを見てこめかみに手を添えつつ説明を引き継ぐ。
「つまり、韓遂軍には多くの兵が残っており、彼らの士気を乱れさせないために食糧も均等に配らざるを得ない状況が継続中ということになります。糧食も尽きつつあるでしょう」
「だが、それでも本国から輸送されてくるのではないか?」
「ええ、それは至極当然のことでしょう。ですから、その輸送が届く前に仕掛けるのです」
「輸送隊が韓遂の陣へと向かっているという報告も既に入っていたからな」
 夏侯淵が郭嘉の説明に頷く。
「まず、周辺の民族を雇い農夫として牧畜を行わせていたのでその者たちに放牧をさせます」
「放牧ってどういうこと? 向こうにみすみす食糧を渡しちゃうんじゃないですか?」
「季衣。流れを見ていなさい。さすれば、何を考え動くのかがわかるはずよ」
 許緒の質問に答えたのは曹操だった。
 実のところ、夏侯惇も許緒と同じ疑問を抱いていたのだがこれでは言うに言えなくなってしまった。
95 名前:無じる真√N66(20/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:00:15.30 ID:BSw04si+0
「さて、涼州軍はどのような顔をするかしらね」
 曹操は不敵な笑みを浮かべる。それは夏侯惇が好きな曹操らしい表情。
「いや、まあどのような表情でも華琳さまは素晴らしいのだが……」

 †

 大陸の西方、涼州。
 砂丘や荒野が多い土地だが、愛馬紫燕の背に乗っているときはとても心地よい風を感じられる。
 乗馬など訓練をしてきた馬超が城へ戻ろうとしていると、前方から砂塵を巻き上げて駆けてくる者がいた。
「お姉様ー!」
「蒲公英」
 従妹の馬岱だった。
 彼女が来たと言うことは馬超に対して報告すべきことがあるということ。
 馬超は隣に馬岱が並ぶのを待ってから馬を歩かせる。
「奇襲はどうだった?」
「うん、ばっちりだったよ」
「そうか、あんま好きじゃないやりかただけど成功したってのは良いことだ」
「ただね……」
 少々暗くなる馬岱に馬超は首を傾げる。
 何かよからぬ報せがあるのだろうか、そう思い馬超は自然と唾を飲み込んだ。
「韓遂さんの軍が散々な状態になって戻ってきたの」
「なんだって?」
 韓遂といえば、母、馬騰と共に西涼連合の中心となっていた勇将だった。
 その韓遂を曹操軍が敗走せしめたというのは馬超にとってにわかには信じ難い。
「一体、何があったっていうんだよ」
「それが兵たちが喧嘩始めたらしくて……」
「おいおい、いくらなんでもそれはないだろ? あの軍は結構統率がとれてたはずだぞ」
 ますます胡散臭いものへとなる報告に馬超は自然と険しい顔つきになっていく。
「それが、急襲されて糧食の殆どを焼かれたり陣を奪われた軍の人たちが原因らしいんだよね。そうして、荒れたところで曹操軍が家畜を解き放って」
「飯にありつくために勝手に;……ってことだよな」
「うん。そのせいで、完全に韓遂軍はバラバラ……そこを突かれながらもなんとか逃げ延びてきたんだって」
96 名前:無じる真√N66(21/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:05:20.70 ID:cCbCmEo90
 馬超は仲間が完全に敵の策にはまったことを痛感し、頭を抱える。
 通りで馬岱も普段ほどの元気がなかったのだと今更のように思った。
「元々、母さんの元に集まった羌兵も多かったからな」
「みんな、凄く強いけど統率がね……」
 元々自由気ままな気風のある羌族がぶらさげられた餌を前にして静止しきれるわけはなかったのだ。
 そして、曹操はその特性を容赦なく利用してきた。
「確か、曹操と面識があるって話だったんだけどな……」
 韓遂はかつて都にいたころ、曹操と顔を合わせたことがあるという話だった。
 可能ならば交馬語にて話を付けられるかもなどとも韓遂は言っていた。
「曹操ってやつは噂以上にめちゃくちゃやりやがるな」
 知己である者であろうとなかろうと容赦なく策謀にかける。
 ますます自分には合わない相手だと馬超は思った。
 城へと戻った馬超たちは、直ぐに韓遂らと合流し防衛戦をしかけることを決断した。
 城内の民を巻き込まずに相手をするということだが、勝敗はどうなるかなどわかりはしない。
 ただ一つ、負けたくないという思いだけが馬超の中でじわじわと大きくなっていた。
「……曹操軍は今どれだけの戦力なんだ」
「お姉様、少し落ち着いたら?」
「うーん、いや、わかってはいるんだけどな。あたしが名代となるんだって思ってたらなんだか落ち着かなくてな」
 母、馬騰は現在病床に伏していた。もう、そう長くはないという話でありこうして馬超が代理を務めるに至っていた。
 大役を思い緊張する一方で、馬超の中には言いしれぬ不安が大きくなりつつあった。
 曹操が近づいてきていると思うだけで不思議なことに喪失感を思い出すのだ。
「曹操に勝たせちゃダメだ……絶対に」
「ホント、どうしちゃったの? ちょっと、お姉様らしくないよ。もっと、こう……腕ずくでも平伏させてやるー! くらい言ってよ」
「お前の中のあたしの印象ってそういう感じなのか」
 指で両目を吊り上げている馬岱を馬超は半眼で睨む。
 何か一言をと思っている折、曹操軍が到着したという連絡が入った。
98 名前:無じる真√N66(22/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:09:39.22 ID:cCbCmEo90
 馬超と馬岱は共に得物を手にし、愛馬を駆って城を飛び出し、決戦の地へと赴いた。
 そこには、大勢の歩騎が居並ぶ軍勢の姿があった。僅かに強めに吹く風に煽られてはためく旗には曹の文字。
 その先頭から、一人出てくる人影がある。
「お姉様、曹操だよ」
「わかってる。それじゃ、ちょっと行ってくる」
 曹操と馬超を交互に見ている馬岱へそう告げると素早く駆けていく。
 向こう側も騎乗した曹操一人だけが前進してくる。
「お前が曹操か」
「ええ、目は四つ無いし、口も二つ無いけれどね。それで貴方は? てっきり、馬騰が出てくるものだとばかり思っていたのだけれど」
「あたしは馬超! 馬騰の名代として、この軍の指揮を取る者だ!」
「ああ、そう。馬超ね。そういえば連合の時にも見た顔ね……」
 本気で興味のなさそうな顔をする曹操に馬超は頭から湯気が出そうなほど熱くなる。
「な……なんだその反応はっ! もっとこう、あるだろうが! この侵略者め!」
「名将と名高い馬騰と相見えるのを楽しみにしてきたのだもの。その代わりが貴方では……ねぇ」
「あたしらを舐めるなよ! この地を再びお前らに侵略させてたまるもんか!」
「…………」
「あれ? 今、あたし何て……」
 馬超は自分の発言に眼を丸くして驚くが、直ぐにぼっと顔が吹き始めた風を浴びても冷めない程に熱くなる。
(や、やば! あたし、完全に変な奴じゃん!)
 嫌味な曹操のこと、きっと自分の痴態を見て嘲っているに違いない。そう思いながら恐る恐る見る。
「……そう。ならば、この曹孟徳を止めるため全力を尽くしなさい」
「え? ……いやいや! お、おうとも! 後で吠え面かくなよ!」
 まったく茶化すことなく静かに去った曹操の様子に首を捻っていた馬超だったが、馬岱の呼ぶ声に慌てて自軍へと戻るのだった。
「おかえりなさーい。姉様、なんか様子が変だよ?」
「なあ、蒲公英……あたし、おかしくなったかもしれない。なのに、あいつ……」
「姉様? どうしたの? これから大事な一戦なんだよ! しっかりしてよ」
「わかってるって!」
 揺さぶってくる馬岱の手を振り払うと馬超は両頬を張って気合いを入れる。
「うっしゃ! 連中を一気に叩き潰す!  総員、突撃ーっ!」
99 名前:無じる真√N66(23/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:14:05.94 ID:cCbCmEo90
 ほとんど同時に両軍は動き始めた。
 これが涼州を駆けた最終決戦となると信じて互いの力の限りを尽くしぶつかり合う。
 だが、その両者を遮るように風が強まり、砂が舞い上がり視界を遮る。
「くっ、こんなときに砂嵐かよ」
「姉様、どうするの! 敵が見えないよ、これじゃあ」
 手で目元を守りながら訊ねる馬岱の声を遮るような大声が前方から聞こえてくる。
「全軍、退却! この土地に適した涼州兵相手にこれは不味い!」
「退け! 退くんだ!」
「さっさとするの! わかったのか、ウジ虫ども!」
「さー! いえっさー!」
 一部聞き慣れないやり取りが混じっていたものの、曹操軍が退却しようとしているというのは察する事ができた。
「敵は怯んでいる! 今こそ、あたしらの力を見せつけてやるんだ! 追撃ー!」
「お姉様! 深追いしすぎはよくないよ!」
「大丈夫だ、それに逃すわけにはいかない……あいつだけは」
 曹操は全力で来いとのたまったのだ。ならば、力を尽くすしかない。
 幸い、涼州で生きる者ならばまだなんとか前を見て進める程度には砂嵐が弱まっている。
 羌族と涼州に住む漢族らが混じり合った騎馬が何千と掛ける姿は壮観だった。
 しかし、その雄大な光景も長くは続かない。
 先頭の数百騎が姿を消したのを始めに続々と騎馬が姿をくらましていく。
 三分の一ほどの騎兵を失ったところで、ようやく全軍が止まり、砂嵐が去っていく。
「なんだ、こりゃ……」
「やられたってことだよね」
 そこには巨大な穴が広がっていた。
「ふふん、ウチら工作部隊の手にかかればこんなもん朝飯前ってもんや! とはいえ、ウチの螺旋、こないな使い方しとうなかったんやけどな」
「お前! いつの間に」
 螺旋状の穂先の得物を手にした曹操軍の将、李典を前にして馬超はぎょっとする。
「油断大敵ではないか?」
「か、夏侯淵!」
「ほう、存じて貰えていたとは光栄だな」
 李典、夏侯淵だけではなかった。
 改めて見れば、曹操軍は退却などせず、穴のすぐ傍に大勢の歩兵が伏せていた。
100 名前:無じる真√N66(24/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:19:36.72 ID:cCbCmEo90
「実際に退いていたのは騎馬だけよ。馬超」
「曹操……」
「お姉様! 囲まれる前にさがって!」
「あ、ああ。わかってる。全軍、退いて体勢を立て直せ!」
「悪いが、貴方を逃がすわけにはいかない」
「そういうことだ。それに、ここで逃げては錦馬超の名が廃るぞ?」
 籠手を装備した銀髪の少女と隻眼の猛将が馬超の退路を遮る。
 馬超は兵たちを見渡し、息を思いっきり吸う。
「全軍、応戦しろっ! ここを死地と考え、脱することに全力を尽くせ!」
「させへんで! てえええええいっ!」
「歩兵は全て騎兵の馬を狙え! 機動力を削ぐのだ!」
 夏侯淵の指示通りに動く歩兵が西涼軍の騎馬へと群がり皆身動きが取れなくなる。
「ちっくしょう! こうなりゃ、お前らぶっ飛ばして……」
「お姉様! 曹操のいる本隊が別に動いてるよ!」
「こっちは無視して落とそうって腹づもりか! くそっ!」
「よそ見をしている暇があるのか! 錦馬超」
 疾風のごとき矢が飛んでくる。
 馬超はそれを銀閃で薙ぎ払うが、その下からもう一本の矢が現れ頬を掠める。
 ぱらりと馬超の茶色の髪が舞う数本風に乗り飛んでいく。
「夏侯淵、あたしの邪魔をするんじゃねぇ!」
「冷静さを欠いているとはな……少々期待はずれか」
「お姉様……きゃっ!」
「貴方の相手は我らが務めましょう」
「そういうこっちゃ、よろしゅうな」
 馬岱の方も楽進、李典を相手に苦戦を強いられている。
 こうしてモタモタしている間にも曹操との距離が離れていく。
「くそっ、どけっての!」
「動きに精彩を欠いている。それではこの夏侯妙才を破ることはできんぞ」
 夏侯淵が落ち着き払った様子で素早く矢を連射してくる。
「うっしゃおらあああああああっ!」
 馬超は銀閃を回転させて払いのける。
「姉者、華琳さまの元へ行け! ここは私たちで十分だ!」
102 名前:無じる真√N66(25/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:24:50.77 ID:cCbCmEo90
「わかった。後は任せたぞ、真桜、凪! 秋蘭を頼んだぞ!」
「お任せ下さい!」
「任しとき!」
 二人の返答を受けた夏侯惇が本体へ向けて駆けていく。
 追いかけようと焦心する馬超だが、夏侯淵は道を譲ってくれない。
 汗入りは募る一方だったのだが、曹操軍の本隊の方から声が聞こえてくる。
「なんだ?」
 馬超は夏侯淵に注意を払いつつ顔を向けると、城から出てきたと思しき軍勢とぶつかりあっている。
「城に残した守備か?」
「でも、それにしては勢いがあるよねぇ」
 馬岱も怪訝な顔で謎の軍勢の様子を窺っている。
「馬旗……馬騰が伏兵を残していたか……いや、それだけじゃないな」
「あれは紺碧の張旗! 張遼だと……?」
「張遼っていや、今は公孫賛のとこにおるんやなかったんか!」
 未だ敵味方の兵が入り交じり交戦し続けながらも馬超たちは唐突に出現した張遼に気を取られつつあった。
「……今だ! 敵の集中が切れてるぞ、一気に本隊へ向けて突撃するぞ!」
 そう告げて馬超は夏侯淵から離れ、停止中の曹操軍本隊へと向かう。
「あ、待ってよーっ! 姉様!」
 馬岱を初めとして兵たちが一斉に突破を計る。
 予期していなかった人物の登場によって戦局が乱れ、立て直す機会を得た馬超はそれを逃さず利用する。
「だけど、どうして張遼さんが来てるんだろ?」
「さあな。公孫賛のところから力添えが得られるとは思えないし……それに」
 近づくにつれてはっきりとしてくる旗のほうへ顔を向けて馬超は眼を懲らす。
「公孫旗でなく十文字旗を掲げてる。多分、公孫賛の元を離れたってことだろ」
「そう言われるとそうだよねぇ……あーん、もう! 蒲公英、ますますわかんないよー」
「あたしだって頭ん中、ぐちゃぐちゃだっての。誰が張遼を……いや、それよりも今は曹操だ!」
 そう叫ぶと馬超は背後から曹操軍本隊を襲撃する。
「曹操はどこだ!」
「あそこ!」
 馬岱の指さした先には周囲より小柄な少女が悠然と構えている姿があった。
 その傍で夏侯惇が守るようにして立ち回っている。
103 名前:無じる真√N66(26/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:30:00.98 ID:cCbCmEo90
「ちぃっ! まだ兵を残していたということか」
「……それにしてもこの統率は勇将があってこそ。そうよね、張遼!」
「ご名答! この隊はウチが馬騰より全権預かっとるんや!」
 混濁した状態の戦場を割って張遼が一騎で颯爽と飛び出してくる。
「うわっ!」
「季衣! おのれぇ、貴様のような関係のない者が何故ここにおるのだ!」
 突っ込んできた張遼に跳ね返される許緒を庇うように夏侯惇の刀が張遼に迫る。
 飛龍偃月刀と七星餓狼が火花を散らす。
「ちいっとばかし事情があってな。悪いけど、馬超に与させてもらっとるわ!」
 何合も打ち合う夏侯惇と張遼。
 周囲の兵たちが間に入ろうとする度にはじき飛ばされるほどに二人の戦いは集中している。
「春蘭さま! ボクも」
「へ、おもろいやないか。二人一遍にかかってこいや!」
 にやりと笑い張遼が構えを取る。
「その口、直ぐにでも閉ざしてくれるわ!」
「くっそー! 馬鹿にするなぁっ!」
 岩打武反魔と七星餓狼という二種の攻撃を張遼は次々といなしている。
「よくわかんねーけど、これって好機だよな」
「そうだね。曹操を討つなら今かな」
 馬超は馬岱と頷き会うと、敵を斬り捨て払いのけつつ曹操の元へと突撃を行う。
「張文遠。その武勇、胆力……素晴らしいわ。この曹孟徳の手中にて愛でられないのが惜しいほどに」
「曹操! 覚悟しろ!」
「させんぞ、馬超!」
 その声と共に馬超の前方へ矢が突き刺さり、馬が仰け反り倒れそうになる。
 何とか体勢を保ち振り返ると、夏侯淵が弓を構えたまま近づいていた。
「そうや、ウチんとこの大将はやらせへん!」
「姉様、ここは蒲公英が引き受けるから、曹操をお願い!」
「でもっ!」
「いいから! 曹操を討たないと終わらないんだよ!」
 僅かに残る躊躇いを振り切って馬超は再度曹操を討ち取ろうと前進する。
 馬超を追尾する騎馬隊も彼女の馬術には及ばず、距離は縮まらない。
104 名前:無じる真√N66(27/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:35:13.62 ID:cCbCmEo90
「すぐ終わらせてやるからな……」
 そう意気込んだものの、流れはもう一度変わる。
 曹操が駆け寄ってきた兵士に何かを囁かれると、瞬時に撤退の指示を出したのだ。
「全軍、陣へ退くわ!」
「華琳さま?」
「少々、予想にないことが起きたわ」
 そう言って駆け出す曹操を追いかけんとする馬超だったが、夏侯淵らに邪魔されて追撃は叶わなかった。
 仕方なく、馬超は傷ついた将兵を連れ城へと戻ることにした。
 馬騰の様態が気になった馬超は、馬騰の居室へと向かう。
 そこには床に伏した馬騰に付き添っている一人の少女がいた。
「えっと……」
「ああ、どうも初めまして。董仲穎と申します」
 貴人のような品格を感じさせる少女が頭を垂れる。
 馬超は少女の名前を聞いて眼を丸くして開口したまま指をさす。
「董卓? でも、確か連合が洛陽へ攻め上がったときに討たれたって」
「それは虚報です。実際にはある方に保護して頂いていたのです」
「そうか。その保護したってやつが張遼やお前をここへ送り込んできたってわけか」
「ま、そういうこっちゃ」
 頭の後ろで手を組んだ張遼が頷いている。
 馬超は事の経緯を彼女たちから大まかに訊かせるように頼み、曹操軍が退却した主な要因が別の地で戦っている者たちにあるということを知った。
 それが事実である事を物語るように数日間曹操軍は動かず、ちょっとした穏やかな時間が訪れていた。
 そんな中、とうとう馬騰が息を引き取った。
 元々、先が長くなかったが曹操の侵攻で更に残り時間が縮んでしまったのかもしれない。
 馬超は、母親の葬儀を執り行いながらも頭の中は既に考え事で一杯になっていた。
 彼女は葬儀から少し離れたところで馬岱と共に風を浴びていた。
「お姉様。叔母さま……最後は安らかな顔してたね」
「ああ。母さんが逝くまでの時間が稼げたのはよかったよ」
 後で知ったことだが、馬騰は当初曹操に降るくらいならと毒を呷ろうとしていたという。
 確かに居室からは毒の入った瓶が出てきた。
 しかし、董卓に宥められ企てを実行することはなかったらしい。
 実際、張遼が現れたことを始め戦局に変動があったおかげで馬騰は自分で命を経つことなく最後を迎えることができた。
106 名前:無じる真√N66(28/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:39:57.40 ID:cCbCmEo90
「ここにおったんんか」
「張遼か……その、ありがとな」
「礼には及ばんよ。ウチは命じられて来ただけやもん。それよりや、今後どうするんや? 曹操も戦力は減っているはずやけど」
「そうだな。ずっと考えてはいたんだ……こうして落ち着いた時間があっても、またすぐに戦は再開されるって」
 馬超は自分でも余り造りの良くない方だと自覚している脳漿を動かし必死に考えたことを話す。
「そうなると、また大切な家族たちを傷つけ死に至らしめることもあるかもしれない。悔しいけどさ、これ以上の被害を出す方がそれこそ親不孝になっちまう気がするんだよ」
 もしも一族の多くが失われればそれこそ取り返しもつかなくなる。
 そこまで考えが及んだ馬超は溜め息を零す。
「まあ、それも一つの答えなんやろな」
「どうなんだろうな。なあ、蒲公英、あたしは間違ってるのか?」
「わからないよ……蒲公英だってこの涼州は大切だけど、みんなだって大事だもん」
「だよなぁ……どうすっかなぁ」
 多くの仲間の期待と意思を受けて立ち上がった以上、簡単に言葉をひっくり返すのも躊躇われる。
 悩む馬超の元へ大地を踏みしめる音がする。
「素直に相談するしかないでしょうね」
 正装に身を包んだ董卓がそう言って微笑を浮かべる。
 どこか馬超たちを労るような笑みに自然とそうしてみようという気が起きる。
「とにかく、話してみるしかないよな」
 自分の言葉に頷くと馬超はもう一人の代表者とも言える韓遂の元へと向かうのだった。

 この後、まもなくして西涼連合は曹操軍への降伏、帰順を決定し、会談を開いた。
 その際、曹操軍からは夏侯惇と程cが出席、一方の西涼連合からは韓遂が出席という重要な人物の抜けたものとなった。
 既に涼州に名代を務めた馬超の姿は無かったのだ。
 また、曹操軍が入城したときには涼州兵の何割かも既にどこかへと去った後だったという。

 †

 涼州にて動きがあった頃、北郷軍は曹操軍を相手取って籠城の構えを見せていた。
 左慈の行動によって混乱していた民を抑えつつであったために困難であったが今は大分落ち着いていた。
 華雄の武力を頼りにした策とも呼べない作戦が功を奏し、曹操軍の士気は低下している。
107 名前:無じる真√N66(29/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 00:44:33.22 ID:cCbCmEo90
 非常に強引なものだった。華雄が単騎で城門より出ては白装束を相手取ったときのように曹操軍を圧倒し、悠々と戻ってくる。ただ、その繰り返し。それなのに上手くいっていた。
 一刀は、何十回目になる華雄の帰還を城壁から眺めつつ感嘆の息を吐いた。
「よくまあ、こんなのが上手くいったもんだな……」
「相手が曹操軍だからね」
「言わんとするところがよくわからないんだけど?」
「曹操軍には華雄と系統の似た猪突猛進武将がいるでしょ?」
 賈駆があくどい笑みを浮かべながら前髪を書き上げ、人差し指を左目の前でくるくると回す。
「ああ、なるほど」
「わかった?」
 ご機嫌な様子で笑っている賈駆に一刀はこくこくと首を縦に振る。
「夏侯惇のことをよく知ってるからこそ、軍を率いてる荀ケは華雄を出すことでボクが罠を張っていると深読みするわ」
「そうして、警戒している中、暴れさせて適度なところで戻すわけだ」
 一刀も呆れと賞賛が半々の折り合いをなした感情を抱きつつ、賈駆の言葉に頷く。
「そういうこと。一手出遅れた以上、荀ケは疑心暗鬼になっていってるでしょうね。後は華雄に無作為に城門から出させて暴れさせれば徐々に向こうの兵に恐怖心を植え付けることが出来るってわけ」
「どこから出るかわからないから、迂闊に兵を動かせないだろうしな」
 一刀が城壁から眺めた限りではそれほどの数では攻め込んできていないように見える。
 そうして、外を見ていると華雄が再び城門から出て行く。
 今度は、若緑色の前髪を結わえている少女が華雄を相手になろうとしているようだ。
「なんか、あの子を思い出すな」
 華雄相手に必死に奮闘している少女を見て、曹操軍にいる許緒の姿を思い描く。
「典韋ね。許緒と並び称される武闘派の曹操親衛隊よ」
「へえ、典韋ねぇ……」
 勇んで出てきた典韋だったが、華雄にいいようにあしらわれて撤退していく。
 それに従うように曹操軍の前衛がじりじりと後退している。
「また距離が出来たな……」
「あ、あの馬鹿追撃しようとしてる……ほら、あんたの出番よ!」
「わかったよ。華雄! 戻ってこい」
 口元に手を添えて叫ぶと、一刀の方を一瞬だけ見上げた華雄が城へと戻ってくる。
 一刀はすっかり華雄の手綱を握れるようになっていた。
109 名前:無じる真√N66(30/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:00:09.08 ID:cCbCmEo90
(しかし、何か俺、詠の拡声器みたいになってるな……)
 そんなことを考えていると、遠くにある曹操軍本陣の方に動きが見える。
「ん? あれって、もしかして増援か?」
「みたいね」
「報告! 敵の増援の旗印は『曹』!」
 二人はその物見から伝えられた報告に顔を見合わせる。
「てことは……本人だよな?」
「曹操自らとは、随分と大それた事をしたわね」
「だけど、これってつまり徐州の戦力を少しは削げたと考えていいんだよな?」
 一刀は確認するように賈駆を見る。
「そう思って間違いないでしょうね。でも、曹操が相手だと今までみたいに華雄だけでってのも無理があるわ」
「判断力や思考の幅広さでいえば、荀ケより上だしな」
 一刀は知っている。曹孟徳が如何に恐ろしい相手であるか。
 その考えが全く読めないということも。
「嫌な予感がするわね……」
 賈駆が表情を険しくして曹操軍本陣を睨み付ける。
 そして、数日後その懸念が間違っていなかったことが証明された。
 夏侯淵の部隊によって?(タン)が攻撃されたという報告が入ったのだ。
「ここに来るまでに戦力を分散させてたのか……」
「?(タン)はそう長く持たないでしょうね」
「豪族任せにしたからな」
 下?(下ヒ)での籠城に備えて北郷軍は戦力の多くをこの城へと集めてしまっていた。
「豪族たちも反旗を翻した以上、曹操に降るわけにもいかないから私兵を投じて抵抗しているのでしょうけど」
「あまり期待は出来ないよな」
 一刀はぼやきながら頭をかく。
「とにかく、籠城するしかないわね」
「涼州の方で変化があることを祈るしかないか」
 二人は緊張感の割に、どこか達観したような顔をしていた。
 目的は達した。後はなるようになれとしか言い様がなかった。
 それからまた幾日も籠城を続けていく。
 何度か出撃しようとする華雄を一刀が留めるということが繰り返されたりしていた。
111 名前:無じる真√N66(31/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:04:16.35 ID:cCbCmEo90
「まだ涼州からの報せはないのか……」
「思ったよりまずいわね」
「だから、私が以前のように威嚇してくればよいのだろう?」
「何があるかわからないからダメよ」
 賈駆が荀ケにしかけた疑心暗鬼、その渦に自分たちが飲み込まれていたことに一刀たちは気付いていなかった。
 暗雲が立ちこめる中、兵士が泡を食って駆けてくる。
「申し上げます、曹操軍本陣へ夏侯淵が入るのを目撃したという報が!」
「?(タン)が落ちたということなのか?」
「攻城から陥落までの期間としては妥当ね」
 賈駆が落城されたことが口惜しいと言わんばかりに唇を噛みしめる。
 一刀もこれからどうなるのか不安を抱きつつあったがそれが全軍に伝わればそれこそ終わりだと後ろ向きな考えを振り払う。
「とにかく様子を見てみよう」
 そう言うと、一刀は城壁へと登る。
 眼を懲らして外を見ると、そこには意外な光景があった。
「……曹操軍が後退してる?」
「一体、何があったのかしら……」
「おい、北方を見ろ! なんだ、あれは!」
 華雄に促されて眼を向けた先には粉塵をまき散らして迫ってくる軍勢の姿があった。
 曹操軍はその軍に追われるようにして撤退を開始しているようだった。
「待て、あの旗印……」
「嘘でしょ」
 華雄と賈駆が驚愕に満ちた表情で一刀の方を見る。
「公孫旗……白蓮」
 眼を擦ったりして何度見返しても、やってくる軍は公孫の旗をはためかせている。
 一刀は驚きつつも、すぐに城壁から転がり落ちるように降りていき、城門へと向かう。
 開かれた城門から入ってきたのは紛う事なき公孫賛軍。
 その先頭にいるのは後頭部で紅色の髪を纏めた見覚えのある少女の顔。
 聖フランチェスカの学生服の上着を肩に掛けた少女が一刀を見つけるやいなや、白馬を走らせて駆け寄ってくる。
 一刀は何がどうなっているのかわからぬまま、その場に立ち尽くしていた。
「一刀っ、かずとーっ!」
 名前を連呼しながら公孫賛が白馬の背から飛びついてきた。
112 名前:無じる真√N66(32/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:07:45.62 ID:cCbCmEo90
 一刀は驚愕しながらも彼女の一般的な体型の身体を抱きとめる。
「お、おい……どうして白蓮がここに?」
「うるさい! 黙れ、馬鹿!」
 公孫賛は怒鳴りつけるやいなや一刀の首筋に顔を埋める。
「えっと、ボクたちお邪魔かしらね」
「ふ、無粋なことはすべきじゃないだろう」
 そう言って賈駆と華雄は他に駆けつけた将を見つけてそちらへ行ってしまった。
「お、おい! 俺を一人にするなよーっ!」
 二人は一刀の声を無視してそそくさと離れていってしまった。
「……とにかく、話は中へ入ってからにしないか?」
 無言で頷く公孫賛を連れ、一刀は自室として利用している部屋へと戻った。
 道中、公孫賛に学生服を突き返されるなんてことはあったが会話は一切なかった。
 困り果てた一刀がとにかく席に着く。
 すると、公孫賛がドンという音をさせて酒瓶を卓上へと置いた。
「呑むぞ」
「え?」
「こうして再会したんだ。取りあえず、記念として呑む」
 微妙に目の据わっている公孫賛に気後れしながらも一刀は酒杯を傾ける。
 公孫賛は次々と酒を喉に通している。
 そうして、暫く互いに何も言うことなく飲み交わしていくうちに公孫賛の目が完全に据わってしまった。
「おい、一刀。お前、どういうことら!」
 杯を手にしたままの公孫賛が漸く酒の匂いが混じる言葉を発した。
「…………し、しまったぁ」
 悪酔いした公孫賛に絡まれたことを思い出し、一刀は嫌な汗を掻く。
「こらぁ! 私の話をきいてるのら? お前がいらくなってたと知って私がどう思ったかわかるか? 去った訳を察したとき、どれ程辛かったか考えられるら!」
「……白蓮、そのだな、俺は」
 呂律の回らぬ公孫賛を宥めつつ言葉を濁す一刀に席を立った公孫賛が抱きついてくる。
「わかってるのら。何も言わなくていいぞぉ……記憶が関係してるんらろ?」
「……どうしてそれを」
「さーて、どうひてれしょう? うふふ」
 べったりと絡みつきながら公孫賛が笑う。酒臭さの混じった吐息が一刀の顔にかかる。
114 名前:無じる真√N66(33/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:12:20.96 ID:cCbCmEo90
「さ、さあ? どうして……」
「秘密ら。お前だってわらひに秘密にしたんらからな」
 公孫賛はぷくっと頬を膨らませて充血した瞳で上目がちに一刀を睨む。
 一刀は頬を掻きつつ、ころころと表情を変える公孫賛に戸惑っていた。
「未だに何が何だかわから、ん――っ」
 唇への柔らかい感触と、鼻腔をくすぐる良い匂いがふわりと訪れる。
 しばしの間、一刀の口は柔らかい唇によって塞がれ続けた。
「へへ。もう、お前に拒まれようと関係ないぞ。私はもっと自分を押していくって決めたからな」
 ぱっと離れた公孫賛が後ろで手を組みながらはにかむ。
「本当にどうしたんだ?」
「……一刀、ありがとうな。私の運命と戦ってくれて」
 そう告げた公孫賛は、酒に飲まれたとしか思えない様子でなく普段の彼女に近いものになっている。 酔ったふりでもしていたのだろうか。そんなものよりも大きな疑問が一刀の頭を占める。
「それって、まさか……」
「やっぱり、初めてあったときにお前に抱いた信頼は間違ってなかったんだな」
 その言葉で一刀は察した。
 公孫賛の記憶が戻っている――と。
「思い出す切欠は余り関係のないことだったんだけどな……」
「じゃあ、白蓮がその……」
「麗羽に敗北、そして命を絶ったということも思い出したさ」
「そっか……」
 どこか吹っ切れた様子の公孫賛を見て、一刀は何も追求しないことにした。
 今はただ再開したことをじっくりと噛みしめつつ別のことを訊く。
「だけど、よく俺のいる場所がわかったな」
「雛里がいたからな。西方へ霞と月を派遣するのなら、お前自身はその逆を攻めるだろうってな。元々、戦力も大して持たないつもりだったのだから、横やりを入れるようなやり方はできなかったのだろうからな」
「その通りだよ。しっかりと考えが読まれてたってことか」
「最近、曹操軍が落とした洛陽も今は統治の関係もあって兵の補充も十分だった。無論、本拠地や本隊のいる長安はもってのほか。となると、落ち着きを見せ始め多少気の緩みのある徐州が狙い目……ということも全て雛里が見抜いていたなぁ」
「だけど、どの郡にいるかまではわからないと思ったんだけどな」
「候補は?(タン)と下?(下ヒ)の二つ。だから、軍を二分して?(タン)を経由するのと直接ここへくるのに分けたんだ」
115 名前:無じる真√N66(34/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:16:11.49 ID:cCbCmEo90
 要するに一刀たちと同じ流れを辿ったということになるようだ。
 一刀は説明に納得するのと同時に、夏侯淵が?(タン)を落としたわけでなく公孫賛軍に追われてやむなく退いたことを察した。
「はぁ、参った参った……降参だよ」
 したり顔で見てくる公孫賛に微苦笑をしつつ一刀は両手を挙げる。
 時間を掛けてつけた算段を看破されたことに内心驚いている一刀を公孫賛が恨めしげに睨む。
「だけど、相談くらいはしてくれよ」
「いや、俺としては曹操軍と白蓮が衝突するのは避けたかったわけで」
 そこまで口にして、それすらおじゃんになったことを思いだし一刀は溜め息を吐く。
「無茶してくれたな。俺の気遣いがぱーだよ……」
「自業自得だ。初めから、言っていれば……いや、どちらにしても結果は同じだっただろうな」
 左慈が手を出したことで徐州陥落が半ば決まったように一刀が行動した時点でこの結末もある程度決まっていたのかもしれない。
「あと、杯……持ってたんだな。星に言われてようやく気がついたんだけどさ」
「あ−、そのことなんだけどさ」
 苦笑いして頬を掻きつつ杯を見せつけてくる公孫賛に気まずさを覚えつつ一刀は割れた杯を見せる。
「ぼろぼろだな……」
「俺の身代わりになってくれたんだよ。もしかしたら、白蓮の思いが守ってくれたのかもな」
「……何、恥ずかしいこと言ってるんだよ」
 公孫賛は頬を紅潮させながら呆れた様子で一刀を見ながらも、一刀の杯を手に取る。
「でも、これはこれで取っておくとしよう」
「そうだな」
「そして、これからは私とお前で一つの杯を証としよう」
「ああ、それもいいかもな」
 そう言って杯に触れようとするが、公孫賛はさっと手を引っ込める。
「ただし、この杯の保管は私がする」
「え?」
「だって、そうすれば一刀は私一人を置いていくなんてことはできないだろ?」
 不安と期待の入り交じった瞳で上目がちに見つめてくる公孫賛がすっと杯を出す。
 一刀はその杯に指を触れさせながら頷く。
116 名前:無じる真√N66(35/35)[sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:21:20.89 ID:cCbCmEo90
「わかってるさ。もう、愛する白蓮に寂しい思いはさせない」
「……ば、馬鹿、何余計なことまで」
 慌てふためく公孫賛の杯を持った手を引き寄せ、今度は一刀から口付けをする。
 別れていた二つの影が一つとなる。
 それはまるで一つの杯に互いの思いを注いだ二人のようでもある。
 一刀の杯は割れてしまった。しかし、公孫賛の杯に更なる二人の誓いと想いが積み重ねられた。
 一刀と公孫賛の間にあった壁は割れ、二人は一つの杯の中へと収まった。

「そうそう」
「?」
「今はこうして酒の力を借りないと無理だが……いつか必ず積極的な私になってやるからな、覚悟しろよ、一刀ぉ」
「俺は別に今のままの白蓮が好きなんだけどな」
「なっ!」

 もう二人の間に大きな距離が開かれることはないだろう。
 一つの杯に互いの手を添えて寄り添う公孫賛と一刀の姿がそれを物語っていた。
117 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2011/04/30(土) 01:26:09.25 ID:cCbCmEo90
以上で投下完了となります。

今回の話を持って、涼州騒乱の章は終わりです。
ラストということで若干話が巻きになってしまいまして申し訳ありません。
また、ちょびちょびさるさんにしてやれてしまいましたすみませんでした。

支援も>>91さんのタイトル間違えのご指摘もありがとうございました。
まとめ掲載時には修正願います。
正直なところ誰も来てくださらないのではとずっと不安でしたので
支援をして頂けて本当にホッとしました。

この時間までお付き合い下さり誠にありがとうございました。
それでは、お疲れ様でしたー!

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