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871 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:24:06 ID:6qwjYBCa0
わたしの名はメーテル……9時30分から投下する女……
分割数は32を予定を、鉄郎。
873 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(1/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:32:50 ID:6qwjYBCa0
 空に蒼天。
 地に砂埃。
 響き渡る怒号、狂声、絶叫。
 ここは狂気と暴力が支配する世界。
 古今東西、そのあり方が変わらない場所。
 ――戦場。

 けれどもそこは、何かが違っていた。


 凶刃を手にした一人の男が、敵将に肉薄せんと地を駆ける。
 その姿形、身に着けたみすぼらしい服や鈍く輝く貧相な剣が、彼がどのような役割を担って
いるのかを物語っている。
 所謂、雑兵である。
 一人で戦況を左右する英傑とは違う、ただ数においてのみ語られる存在。
 歴史に名を残すこともなく、ただ群として記される者。
 それが彼だ。
 ただ一点、特異な特徴を挙げるとするならばその表情であろう。
 すべての感情が抜け落ちたような無表情。その中で口元だけが小さく動いている。
「中黄太一」
 聖句をつぶやき、足元に転がる敵味方の骸には目もくれず、男は標的だけを見つめて一目散
に突き進む。
 その速さ、まさに獣。
 だが次の瞬間、駆ける男の身体が、がくんと速度を落とした。
 その右肩が、たちまち朱に染まる。
 正面から飛んできた矢に肩を射貫かれたのだ。
875 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(2/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:35:37 ID:6qwjYBCa0
「蒼天已死」
 再び聖句を唱え、衝撃で体勢を崩しそうになりながらも、なおもその身体は前へ、前へ。
「黄天當立」
 続きざま飛来した三本の矢に、今度は胸、脇腹、足を貫かれる。
「歳在甲子」
 だがそれでも、彼の足は止まらない。
「天下大吉」
 つぶやきも、歩みも、止まらない――

「くそっ、まったくなんなのじゃ。このしぶとさ、尋常ではないぞ」
 眉間を射貫かれた敵兵士が今度こそ倒れたのを見届けてから、呉の宿将黄蓋は弓から手を放
して額を拭った。
 戦場を見回す。
 どこもかかしくも、死体だらけであった。
 黄色い布を巻いた敵兵士たち。虚ろな表情をして迫ってくる彼らは、経験豊富な将軍黄蓋を
して、見たことも聞いたこともない兵士の有りようを示していた。
 彼らが口にするのは意味不明の言葉のみ。
 熱狂の叫声も、苦悶の呻きも発しない。
 ただただ、一様に同じ文言をくり返しながら苛烈に戦い、そして悲鳴もなく果てる。
 先ほどから上がっていた怒号も、悲鳴も、すべて彼女旗下の兵士たちだけのものであり、黄
巾党の兵士たちは最後まで不気味な静けさを貫いて死んでいった。

 黄蓋が他に脅威が残っていないことを確認すると、背後から蹄の音が近づいてくるのが聞こ
えた。
「祭殿!」
 振り返り見ればと褐色の肌をした、ともすれば冷たい印象を人に与えそうな鋭利な光を目に
宿した女性が馬に跨って近づいてくるところであった。
877 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(3/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:38:54 ID:6qwjYBCa0
「おお公謹!」
 孫策が配下の軍師、周公謹、真名は冥琳である。
「ご無事で何よりです」
「うむ。それで、こちらは見ての通りだが、そちらはどうだ?」
「既に撃破済みです。……我らの勝利です」
「当然じゃな」

 告げられた吉報に、祭がにやりと笑う。
 紛れもなく、戦いは彼女たちの勝利であった。
「これで荊州内の黄巾党勢力は、あらかた排除したことになるな」
 そう口にした祭の言葉は、無事に主命を果たすことができたという満足心から、どことなく
柔らかいものとなった。
「………」
 けれども、そんな祭とは対照的に、吉報をもたらしたはずの冥琳の表情は苦虫を噛み潰した
ように芳しくない。
「ん? どうした公謹。折角の勝利じゃ、もっと喜ばんか」
 冥琳はちらりと彼怪訝そうな顔をしている祭を一瞥して、それから視線を落とした。
「……被害が、大きすぎます」
 その言葉に、どこか浮かれていた祭の表情が引き締まる。
「どれほどじゃ?」
「当初見込んでいた被害の数からすると三倍から四倍……あるいはもっとかもしれません」
 それを聞いて祭の顔が歪む。
「なんと……」
「右翼を突破されたのが痛手でした。ただの山賊あがりと侮っていたと言わざるをえません。
死を恐れず、最後の一兵卒になっても死力を尽くして戦う兵士。その脅威を私が見誤りました」
 正直なところ、当初冥琳自身、戦いがこのように激しいものになるとは予想していなかった
のだ。
880 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(4/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:43:05 ID:6qwjYBCa0
 初撃に合わせて矢を射かけて敵の出鼻をくじき、混乱したその間隙を突いて速攻の一撃を加
えることで、敵の戦闘力の大部分を削る、それが当初の作戦であった。
 所詮敵は烏合の衆。無辜の民から略奪することしか脳のない山賊の寄せ集め。統率などない
に等しく、攻撃することは慣れていても、されることには慣れていない。
 開戦するまで冥琳はそう読んでいた。
 だがしかし、実際にまみえてみると、現実は彼女の予想の上をいった。
 最初の弓で怯むはずだった黄巾党は、矢を射掛られても大きく混乱することなく、むしろ隊
伍を崩さずに近寄ってきた冥琳たちの軍列に猛烈な反撃を仕掛けてきたのである。
 想定外の反応と、想像を遙かに超える初動。
 その結果の混乱、そして乱戦。
 これが泥沼の戦いの顛末であった。

「まあ、戦いは頭の中だけで行うものではない。ときとして不測の事態も起こり得るというこ
とじゃ。おまえさんにとって良い経験になったじゃろう」
「……はい。返す言葉もありません」
「のう公謹。それよりわしには気になることがある」
「なんです?」
「気付かなんだか? 連中の動き、明らかに統率された動きだった。あれほどの動き、指揮官
なしでとれるものか?」
「……わかりません。少なくとも今回、敵の中に名のある指揮官がいたというような話は聞い
ておりません」
「ふむ……。それともう一つ、あやつら、一体何をつぶやいておったのじゃ?」
「ああ、それならば調べがついています。あれは黄巾党の教え、彼らの精神的支柱となる聖句
だそうです」
「ほう、そうだったのか。わしはてっきり……」
 そこまで言って、祭が口ごもった。
 それはいつもはっきりと物事を口にする祭には珍しいことであった。
「てっきり、なんです?」
 怪訝そうに聞いた周瑜の言葉に、黄蓋はどこかはにかむように応えた。
「いや、歌でも歌っておるのかと思ったのだ」
883 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(5/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:46:17 ID:6qwjYBCa0
 ◆◆◆

 遮るものがなく、時折強い風が吹き付ける平地。
 そこに、鎧を着込んだ兵士たちの姿があった。
 その数二千。
 綺麗に隊列を整えており、私語を交わすものなどいない。
 そんな良く訓練されているらしい兵たちの中に、彼女たちはいた。
「うぅ〜、白蓮ちゃ〜ん」
「おい桃香、そんな情けない声を出すな。目的地に到着したんだからさっさと降りろ」
 周囲の兵士たちに埋没することなく、良くも悪くも浮いている二人。
 馬の背にぐだっと倒れ込むようにして脱力しているのが劉備。その横で「しゃっきりしろ」
と言いながら彼女を降ろそうといるのが公孫賛である。
 ことごとく女性に置き換わっている他の英傑たちの例に漏れず、彼女たちもまた見目美しい
娘たちであった。

「疲れたよぉ〜」
「まあ、確かにここのところ連中と連戦続きだし、弱音を吐きたくなる気持ちもわかるけどさ。
ほら、しゃっきりしろよ」
 劉備をなんとか馬から引きずり下ろして立たせた公孫賛。
 実際にそれを言った彼女や、周囲の兵士たちの顔にも、どことなく疲れが見て取れる。
 無論、彼女たちが消耗しているのにはわけがあった。
 ここに辿り着くまで、既に彼女たちは小規模の黄巾党別働隊と、散発的に四回ほど矛を交え
てきているのだ。
 しかし、彼らとて仮にも厳しい訓練を日常的に受けている正規の兵である。
 普通ならその程度で、これほどまでに疲れを見せるはずはないのだが、やはりそこには黄蓋
と周瑜が感じ取った黄巾党の異常性が関わっていた。
886 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(6/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:49:52 ID:6qwjYBCa0
 蜂起した黄巾党の総数は二十万とも三十万とも言われている。
 そんな彼らが有する最大の戦力は、その圧倒的な数だと思い込みがちだが、そう考えて交戦
した指揮官は、ことごとく手痛い被害とともにその認識を改めることになるのだ。
 黄巾党の戦闘集団としての本質は、一糸乱れぬ死を恐れぬ兵士たちの群だ。
 無表情、無反応、それでいて苛烈。
 死を恐れずに突っ込んでくる様は、むしろ畑を襲うイナゴに近い。
 それでいて彼らは人間並みの知性を持ち合わせ、ときには兵法の類まで用いてくるのだ。
 劉備や公孫賛でなくとも、そんな敵を何度も相手にしていれば、疲労も蓄積するというもの
である。
 当然、それが真っ当な反応であり、
「二人ともだらしないのだ!」
 と、そう元気いっぱいに声をかけてくる方が異常なのである。
「確かにちょっぴり強いかもしれないけど、あんなの鈴々たちの敵じゃないのだ!」
 そう言って、普通じゃない方の少女は、手にした蛇矛を軽々と頭の上で回転させて健在ぶり
をアピールする。
 そんなまだまだ元気いっぱいの妹を見て、桃香が弱々しく嘆息した。
「それは鈴々ちゃんたちだからだよぅ」
「にゃ?」
 わかっているのかいないのか、鈴々と呼ばれた少女は物騒な得物をブンブン振り回しながら
小首を傾げた。
 その仕草からは、この少女が武名轟く豪傑だということを読み取るのは難しいだろう。
 けれども、彼女こそが正真正銘、間違いなくこの世界における燕人£」飛その人なのだっ
た。
 流石の張飛。底なしの体力である。
890 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(7/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:52:10 ID:6qwjYBCa0
「あー。ま、それはともかくとしてだ」
 付き合いきれないとばかりに、白蓮が話題を振ると、
「他の人たち、遅いねぇ」
 フラフラしながら桃香が合いの手を入れた。
「でもそろそろ偵察に出てる愛紗ちゃんと趙雲さんも戻ってくるころだし、そうしたらきっと
何かわかるよ」
 緑広がる大平原。遠く泰山まで見えてしまいそうな見通しの良いその場所で、彼女たちは軍
を止めていた。
 それはこの場所が、彼女たちの目的地であったからである。
 ここで官軍や他の軍と合流して陣容を整え、黄巾党本隊を叩く予定なのだ。
 そして、どの軍より先にこの合流地点に到着してしまった彼女たちは、こうして他の軍が到
着するのを待っているのだ。
「それにしても連合軍かぁ。どんな人が参加するのかな。白蓮ちゃんは何か聞いてる?」
「いや、別段何も聞いてないな。私が聞かされたのは合流地点の指定くらいだな」
「ふ〜ん、そうなんだぁ……、他の人たちとも仲良くできるといいね」
「仲良く、ねぇ……」
 脳天気にぽわぽわ言ってくれる桃香を見ながら、白蓮は参加してきそうな諸侯の顔ぶれを思
い起こしてげんなりとした。
 なんというか、その面子は非常に個性的で、とても話がまとまるようには思えなかったのだ。
895 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(8/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:55:58 ID:6qwjYBCa0
 そうして白蓮と桃香がしばらく話し込んでいると、急に鈴々が北東の方角に首を向けた。
 そしてじっとそちらの方を見て言う。
「何か来たのだ!」
 とつぜん何を言い出すのか。
 野生児鈴々の突然の言葉に白蓮と桃香は顔を見合わせ、それからそちらの方に目をやった。
 すると確かに、先ほどまではなかった小さな点のようなものが遠く彼方にあるのが見て取れ
た。
「んー……確かに、それに砂煙? が上がってるな。おい張飛、どんな旗を掲げてるかわかる
か?」
「えっと……旗の色は紫、字は……こんな字なのだ!」
 鈴々が宙に字を書く仕草をする。すると、それを見て桃香が笑った。
「鈴々ちゃん、あれは多分『曹』だよ」
「なんだ、桃香も見えるのか」
「うーん、なんとなくだけどね」
「ふーん……。それにしても、紫に曹の字ってことは、あれは曹操の軍か」
「曹操、さん?」
「なんだ桃香、曹操のこともしらんのか」
「ち、違うよ。なんだか怖い人だって噂だけは聞い……」
「あ、先頭に愛紗と趙雲がいるのだ! お〜いっ!」
 そう言って鈴々が手をぶんぶん振り始めたが、やはり白蓮にはさっぱりわからない。
「んー、やっぱりわからん。良くこんな距離で誰かまでわかるな」
「武人は目が命だから、このくらいできて当然なのだ!」
「……そういうものか?」
「あ、あはははー……」
898 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(9/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 21:58:49 ID:6qwjYBCa0
 ◆◆◆

 さて、場面は更に変わり、時間は少しだけ巻き戻る。
 劉備と曹操という中国史の二大英傑が邂逅を果たす少し前のこと。
 北郷一刀は大の男が六人は座れるであろう馬車の中、聖フランチェスカの制服を脱いで、ま
だ痛む肩をさすっていた。
「あいててて」
 指が触れた先は、跡を残さずにしばらく痛みだけが残るように、絶妙な力加減で打ちすえら
れていた。
「おお一刀。痛いのか、痛むのか、すぐにこの薬を貼ってやるからな、まっておれ」
 一刀の横では、膝の上に救急箱を置いた美羽が、布に黒い粘土のようなものが塗られた湿布
を手におろおろとしている。
 どうやら使い方を良くわかっていないらしい。
「ええと、あー……いいよ、いままで通り自分でやるからさ」
「何を言う! これは本来一刀の飼い主である妾の役目であるぞ。なあにこの程度、名門袁家
の正当なる嫡子たる妾の手ににかかれば……」
「え、いや、だから、そんなに体をぴったりと押しつけられると……」
「わ、わわわ! 手に、手に何か黒いものがついた! 七乃! 早く取って、取ってたもっ!」
「はいはい、今すぐに〜」
 湿布の薬剤がついた手を美羽がぶんぶんと振り回す。
 すると一刀の正面に膝をつき合わせて座っていた七乃が、いつの間に取り出したのか、手に
した手巾でそれを優しく拭ってやった。
「はいお嬢さま。これで綺麗になりましたよー」
「おおっ、流石七乃じゃ、褒めてつかわす!」
「えへへー」
901 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(10/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:01:41 ID:6qwjYBCa0
 お世話をされて胸を張る主人に、お世話をしてはにかむ従者。ここまでなら最近の一刀のま
わりで良く見かける光景だ。
 ただいつもと違うのは、一緒にいる一刀の体が、見えない範囲でボロボロということ。
 見えない範囲で、というのは打ちすえた本人が、狙って服の下だけを打ってきているからで
ある。

「のぅ七乃。もう良いのではないか? 一刀も十分頑張ったではないか、これ以上は可哀想な
のじゃ」
「駄目ですよ、美羽さま。こんなもやしっ子さんじゃ、万が一にも戦場ではぐれちゃったら、
絶対に生き残れませんよ」
「うーむ、じゃが……」
「それに元々申し出たのは一刀さんですし」
 ねぇ? と言って突然一刀に話題が振られた。
 しかし、別にことに意識を取られていた一刀にとっては、それどころではない。
「……ああ、うん……えーと、何が?」
「男の子としては、こんなところで音を上げたりしませんよね、一刀さん?」
「あー、……あ、ああっ! だ、大丈夫、このくらい全然大丈夫っ! 七乃さんが痛くしてる
のはそうしないと覚えないからだし!」
 慌てて七乃の胸から視線を外して、早口に捲し立てるように一刀が言った。
 美羽が身体をぴったりとくっつけて、なぜか肩にふーふーと息を吹きかけてくれているこの
状況では、七乃の胸をガン見せざるを得ない一刀である。
 そんな姿を見て、七乃が眼を細めて笑う。
「ほら、一刀さんだってこう言ってます。お辛いでしょうが、お嬢さまも聞き分けてください
ねー」
904 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(11/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:04:34 ID:6qwjYBCa0
「むむむ、そうか……一刀と七乃がそういうのなら仕方がないのぅ……」
 まだ納得できていない様子の美羽が、渋々という感じで引き下がった。
「一刀さんだって男の子ですもん。今更泣き言なんて言いませんよねー」
 と、一刀の真向かいに座っている七乃がにっこり笑う。
 もっとも、一刀の目から見て、それはちっとも笑っている気がしなかった。
 いま彼の身体のそこかしこに湿布が貼られているのは、黄巾党討伐連合軍に合流するための
行軍の合間を縫って、七乃から鬼軍曹のしごきにも似た稽古をつけてもらっているからなので
ある。
 この行軍、元はと言えば一刀の発言が元で決まったようなものである。そして当然、戦いに
なれば人が死ぬ。
 自分が原因で人が死ぬという現実に対し、何も知らぬふりができるほど、北郷一刀は悪辣な
精神をしていない。責任を感じた一刀が行軍に同行することを美羽に求めたのは当然の帰結で
あった。
 その件に関して美羽はあっさり承諾してくれたが、そうなると新たな不安が出てくる。
 城の中でぬくぬく愛玩動物として美羽に過ごしていた最近の一刀は、部活動で毎日汗を流し
ていたころに比べて、明らかに身体がなまっている。そんな状態でいきなり『実戦』に出るの
は流石に無謀と感じ、付け焼き刃とわかってはいたが、誰かに稽古をつけてもらえないかと訊
ねたのだ。
 そして、そんな要望を笑顔で快諾してくれたのが、目の前でにこにこ笑っている七乃であった。
 以来、暇を見つけては城の中、行軍が始まってからは休憩の度に一刀は七乃から訓練を受け
ることになったのだ。
905 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(12/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:08:02 ID:6qwjYBCa0
「うう、そういうことなら妾には見守ることしかできんのじゃ……。だが一刀よ、痛くなった
らすぐ言うのじゃぞ? すぐに七乃に言ってやめさせてやるからな」
「いやー、うん、大丈夫だよ大丈夫。だからさ、その、あの、そんなにくっつかなくても良い
んじゃない、かな?」
 心配そうな顔を近づけてくる美少女に対して、息子が反応を示してしまわないうちに、さり
げなく身を離そうとする一刀。
 しかしこの広くない馬車の中、やはり逃げようとするのは無理があった。
 すり寄せてくる幼い体の感触に掴まり、たちまちたくましくなりかける一部分。
 だが、
「……っ―――!?」
 突然足元から駆け上がった痛みに、やましい気持ちが吹っ飛んだ。
 涙目になりながら顔を上げると、正面では先ほどと変わらず、七乃が静かに笑っていた。
「一刀さん、おイタは駄目ですよー?」
 下を見ると、白いブリーツスカートからすらりと伸びた足の先、ブーツの踵が一刀の足を思
い切り踏んでいた。
「ぐ、ぐぐっ……っ」
「? 一刀、七乃? どうしたのじゃ?」
「いえ、一刀さんの足の上に蚊がいましたので、やっつけてさしあげました」
「ほう、蚊か。確かに蚊はいやじゃな、かゆくなるからの」
 得意げな顔でそう言うと、美羽は一刀から体を離してうむうむと頷いた。
 七乃の真意などには、まったく気付いていない様子である。
 一刀の脳裏にあの日、森の中で七乃に言われた言葉が思い出される。
908 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(13/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:11:21 ID:6qwjYBCa0
『一刀さんは美羽さまのお気に入りですからねー。死なれちゃ困りますけど、だからって中途
半端な気持ちで美羽さまに狼藉を働いて、あとで泣かせようものなら……不慮の事故とか起こ
っちゃうかもですよー? その辺よーく肝に銘じておいてくださいね』

 良からぬことをしたら命の保証はない、そんな言外の圧力を思い出して、一刀はぶるりと身
震いをした。

 七乃は本気である。
 事実あれ以来、七乃抜きで美羽と二人きりになる機会は激減した。
 暇な時間を鍛錬にまわしたり、別の仕事をあてがったりして、とにかく七乃は一刀を手元に
置いて監視する方針にしたようなのだ。
 だからこうして一緒にいるときも、大体は七乃の目が光っている。
 まあ、一刀の側の事情としても、監視してくれていた方がありがたいのは確かなのだが。
 何せ、いまの一刀の中には制御できない野獣が住んでいるのだ。しかもロリ限定。
 そんな人間失格を解き放つのは、常識人として絶対に避けたいところである。

 しかしそんな一刀の考えをあざ笑うかのように、美羽は無邪気に一刀の腕をぴったり抱き寄
せてくるのだ。
 暖かな少女の体温が、北郷一刀を刺激する。
 また足を踏まれてはたまらない。一刀は気を紛らわせるようにして七乃の乳に目をやった。
 おっぱいが一つ、おっぱいが二つ、おっぱいが三つ、おっぱいが……
「それで七乃よ、一刀の腕前はどうなっておるのじゃ?」
「んー、そうですねぇ……」
 必死におっぱいを数えて気を紛らせている一刀の視線に気付いているのかいないのか、七乃
は腕を組んで口元に手をやって考えるような仕草をした。
 結果胸を抱くような形になり、その拍子に七乃のおっぱいが揺れる。
 先日目にした孫策のような、爆発的な乳ではないが、七乃のそれもなかなかに立派だ。
 手で掴めば、隙間からむっちりとはみ出すに違いない。
 ああ、残念至極。
909 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(14/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:15:02 ID:6qwjYBCa0
「うーん、私が見る限り、武芸に関しては全然駄目ですね」
「うぐっ」
 おっぱい観察で平静に戻った一刀に七乃の言葉が刺さった。
 確かに学校では剣道部に所属し、その前は祖父から指導を受けていた一刀だが、七乃との腕
前の差はあまりに歴然としすぎていて、反論の余地が微塵もないのも事実なのである。
 明らかに細腕で強そうに見えないのだが、やはりこれでも武将、ただの現代人である一刀と
は根本的に体のつくりが違っているとしか思えなかった。
「基礎はできてるみたいなんですけどねー。どうも綺麗すぎるっていうか……いえ、上品なの
は良いことなんですけどね。なんというか実践ではあんまり役に立たない感じで。見ていてど
うも安心できません」
「むむ、そうなのか。じゃが筋はいいのじゃろう?」
「はい。それはお嬢さまに比べたら、月とスッポンですよ」
「うむうむ。闇夜に輝く月の美しさも、妾の前では霞んでしまうということじゃな。わははは
はー!」
「わーい、流石お嬢さま。物事を自分の都合の良いように解釈させたら天下一。いよっ、憎い
よ憎いねぇ、このお天気頭っ!」 
「わはははは! それほどでもないのじゃっ! 七乃、妾をもっと褒めてたもっ!」
「あはははー」
「わははー」
 とまあ、いつも通りのオチがついたところでガタンッ! という衝撃と共に馬車が急停車し
た。
910 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(15/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:18:07 ID:6qwjYBCa0
「なっ、なんじゃなんじゃ!?」
 あわや座席から投げ出されそうになったところを、一刀の腕にに掴まってことなきを得た美
羽が目を丸くしていると、すぐに馬車の戸が引き開かれた。
「申し訳ございません! 張勲さまに報告がございます!」
 その先にいたのは、この馬車を守る近衛兵の一人だった。
「どうしたんです? もしかして敵襲だったりします?」
「はっ、いえ、それが……前方、我が軍の進路に軍を発見したと、先行して偵察に当たってい
た部隊から報告が入りまして」
「あらら、やっぱり遅刻しちゃったみたいですねぇ」
「七乃、どういうことじゃ?」
「どうやら合流地点に、気の早い諸侯のどなたかが先に到着してらっしゃるみたいですねぇ」
「遅刻ってことは、予定より遅れてたんだ」
「ええ、お嬢さまのハチミツを買い足すために、途中で大きく迂回しましたからねー。もう先
に着いてる方がいたとしても別に変じゃありませんよ」
「ああ、なるほど……」
 その言葉に一刀は納得して頷いた。
 途中二度ほどハチミツ補給のために進路を変更したのだ。
 それを考えれば遅れは当然と言えよう。

 一刀が納得する一方、説明を聞いた美羽は目をキラキラさせて、期待に満ちた目を七乃に向
けていた。
「ということは七乃よ、ようやく妾は馬車から降りられるのじゃな!」
「ええ、はい……って、えぇ!? お嬢さまっ!?」
 馬車から身を乗り出して颯爽と降りようとしている美羽を、七乃が慌てて掴んで止めた。
912 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(16/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:22:00 ID:6qwjYBCa0
「なんじゃ。もうついたのじゃろう?」
「違います。目的地が近づいただけです。まだ到着してませんから、もうしばらく馬車の中で
過ごしてください」
「うぅ? だが馬車は止まっておるではないか」
「でもすぐにまた動き出しますからもう、ちょっと我慢してくださいね」
 それを聞いた美羽の顔がみるみる曇っていく。
 そして、それは突然爆発した。
「うぅー……いやじゃいやじゃ! もう馬車は飽きたのじゃ! 妾は一刀と外へ行くのじゃ!」
 なんの脈絡もなく、唐突に駄々っ子モードに入ってしまった美羽を見て、一刀は口を開けて
ぽかんとした顔になる。
 確かに美羽がやると実に絵になるかわいい聞き分けのなさなのだが、一刀の前で美羽がここま
で本格的にワガママを言ったのは、これが初めてのことであった。
 もっとも、ここまで何日も馬車に詰め込まれたままの生活である。彼女くらいの年頃なら、
内心でかなりストレスを溜めていたとしても不思議ではないのだが……。
「あらら、一刀さんの手前堪えてたものが、とうとう溢れちゃいましたかねー。うーん……こ
うなっては仕方がありません。お嬢さま、ちょっと首の後ろを拝借」
「……?」
「とうっ!」
「ぴぎゃっ!?」
 その七乃がとったその行動に、一刀は今度こそ仰天した。
「ちょっ、七乃さん!?」
 美羽の首の後ろに手を回した七乃は、その首筋にストーンと芸術的な手刀を打ち下ろしたの
である。
 綺麗なものをもらって、美羽の首がガクリと落ちた。
913 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(17/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:25:21 ID:6qwjYBCa0
「ここ最近というか、一刀さんが来てから随分と大人しくされてるなーって思ってたんですけ
ど、やっぱりこっちの方が美羽さまらしいですね。はいはーい、お嬢さまー、朝ですよー起き
てくださいねー」
 あくまで冷静な声でそう言って七乃がぺちぺち頬を叩くと、気を失っていた美羽は存外あっ
さりと目を覚ました。
「む、むぅ……なんじゃ? 妾は……寝ておったのかえ?」
「はい、おはようございます」
「ううむ。しかし何やら首の後ろがすとーんと手刀を入れられたような感じなのじゃが……」
「もぅ、お嬢さまったら。一体何を言っているんです? そんなことあるわけないじゃないで
すかー。さあさあ、もうちょっとで目的地に到着しますから、それまで大人しく一刀さんで遊
んでてくださいねー。ということで一刀さん、健全な範囲でお嬢さまの相手をお願いします」
「って、やっぱりそうなるの!?」
「う、うぅむ? わかったのじゃ。ならば一刀よ、妾が抱っこしてやるぞ」
「わ、ちょっとっ!?」
 言うが早いか、美羽が一刀にぴょんと跳ねて抱きついた。
 膝の上に乗るようなその体勢は、まるっきり一刀に抱っこしてもらっている構図なのだが、
本人にとってはどうでもいいらしい。
 一方、一刀に世話を任せた七乃は、テキパキと兵士に指示を出し始めた。
 順番にわかりやすく出されるその命令に従って、兵士たちも迅速に動き出す。
 あたふたとしながらそんな光景を横目に見る一刀だったが、こういう場面を見るにつけ、普
段の七乃は美羽に合わせてトンチンカンなことを言っているだけで、本当はものすごく優秀な
人なんじゃないかと思いを強めるのだ。
915 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(18/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:28:14 ID:6qwjYBCa0
 と、そこで耳元に甘いささやき。
「一刀〜、一刀ぉ〜。一刀の手は本当に大きいのぅ♪ どうしてこんなに大きいのじゃ?」
 ノリで『おまえを食べるためさ!』と返してしまいそうになるが、そこは堪えて我慢の子。
 わざわざそんな見えてる地雷を踏んだりはしない。
 忙しそうにして聞こえていない風を装っていても、絶対に七乃が聞いている確信が一刀には
あるのだ。
「あ、あははは。好き嫌いしないで、なんでも食べたからかなー」
「おお、そうか! 一刀は好き嫌いがないのか。それは偉いのじゃ、妾が褒めてやろう♪」
 美羽にぎゅっとされる。
 柔らかい……。
「ぅぁぅぁぅぁ……」
 一刀の受難はまだまだ続く。

 ◆◆◆

「待ってたぞ袁術!」
 そう言って合流地点に到着した一行を出迎えてくれたのは、軽装ながら鎧を身に着けたどこ
か地味な印象を漂わせる美少女だった。
 一方で、声をかけられた当の本人はきょとんとしている。
「……七乃や。知らぬ者が妾に声をかけてきたのじゃ。知っておるか?」
「さぁ? お嬢さまの熱狂的な支持者なんじゃないですかー?」
「うぉい! 私だよ、私! 公孫賛だよ!」
「こうそ……んさん?」
「お嬢さま。違いますよ、公孫さんですよ」
「違う! 公孫賛だ! っていうか張勲! おまえわかっててやってるだろ!」
「えへへー。バレましたぁ?」
「むー。それで七乃、こやつは一体誰なのじゃ?」
917 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(19/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:33:10 ID:6qwjYBCa0
「ほら、あれですよ。お嬢さまがお金を貸して、袁紹さんを後ろからちくちく嫌がらせをして
もらってる、北の田舎者さんですよ」
「むぅ……。妾はそんな奴知らんのじゃ」
「うーん、だったら知らないままでもいいんじゃないでしょうかー。別に知らなくたって困り
ませんよ」
「おおーい! なんか酷いこと言われてないか私!?」
「そんなことないですよー。ただの気のせいですよ公孫さんさんさん。ちょっと自意識過剰な
んじゃないですか?」
「だ・か・ら! 私は公孫賛だー!!」
 ……完全に手玉に取られている。
 公孫賛と名乗った娘に同情を禁じ得ない視線を向けていた一刀だったが、不意にその彼女と
目があった。
 どきりとする。美羽や七乃と日常的に接しているせいで感覚が狂ってしまいそうになるが、
目の前の娘も十分に美少女なのである。
 なにより、ない方がよりいいとは思うが、あのくらい普通というか、主張がないのもありか
なと思う。
 主に、胸のことだが。

「それで、さっきから気になってるんだけど、そいつはなんなんだ?」
「えっと……、それってやっぱ俺のこと?」
「ああ。確か前に挨拶したときにはいなかったよな。張勲、新しく仲間に引き入れた将軍か?」
「そんなー。こんなしょぼくれた人を仲間に引き入れたりなんてしませんよ」
「しょぼ……」
 そんな風に見られていたのかとちょっぴり一刀の心が傷ついた。
「わはははっ! 一刀はな、妾のぺっとなのじゃ!」
「ぺっ……、何?」
918 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(20/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:35:46 ID:6qwjYBCa0
「じゃから、ぺっとじゃ、ぺっと!」
 聞き慣れない言葉を耳にして当惑の表情を浮かべる公孫賛に、七乃が助け船を出した。
「あー、天の国の言葉で、愛玩用の動物のことらしいですよ」
「天の国?」
「ほら、管輅さんが予言した戦乱を納めるために遣わされたっていう例のあれの」
 すると、その説明を聞いた彼女が今度は驚きに目を白黒とさせた。
「って、ええ!? あれって本当のことだったのか!?」
「ホントにホントですよー。で、この方が実際に天から落ちてきた『天の御使い』、北郷一刀
さんというわけです」
「へー……」
 感心したような声を漏らしながら、公孫賛は一刀に遠慮がちに好奇の目線を向けてきた。
 その反応にもなんらおかしなところはなく、どうやら彼女が美羽や七乃のようなエキセント
リックではなく、普通の性格らしい。
「えっと、本当に『天の御使い』かはわからないけど、北郷一刀です。よろしく」
「あ、ああ。公孫賛だ、こっちこそよろしく」
 差し出した手に公孫賛は最初戸惑った様子だったが、それでも彼女はぎこちなく手を握り返
してくれた。
 そういえばこっちにも握手ってあるのかな? と一刀が思い至ったのは実際に握手を終えた
あとであった。
「それにしても……天の御使いで袁術の愛玩動物やってるっていう割には、そのキラキラした
服以外はまともっぽいんだな」
「なんじゃと!? 一刀はのぅ、こう見えても実はすごいのじゃぞ!」
「はいはいお嬢さま、それはもう良いですってば」
 またいつぞやのように一刀の長所自慢を始めようとする美羽を七乃が止めた。
 流石にこの場で飛びつかれて体がどうにかなってしまうのは避けたい一刀には、七乃の制止
は正直ありがたかった。
920 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(21/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:40:20 ID:6qwjYBCa0
「でも『天の御使い』が本当に降り立ってて、しかも袁術のところにいるなんて私はまったく
知らなかったぞ。折角なんだからもっと喧伝すれば良いじゃないか」
「あはは。公孫賛さんらしい、普通の浅知恵ですね」
「張勲、おまえって何気に酷いこと言うよな」
「それほどでも」
 ジト目の非難も華麗にスルー。ここまでくると、図太いというよりむしろ天然の域である。
「大体ですね、そんなことしたら折角のお嬢さまのご威光が、一刀さんの陰に隠れちゃうかも
しれないじゃないですか。そんなのは駄目駄目です。それに、世の人は公孫賛さんみたいに、
人が良くて騙されやすい人ばかりじゃありませんからね。よりにもよってお嬢さまの元に『天
の御使い』が落ちてきましたよー、なんていう嘘くさい話を喧伝して回っても、袁家に取り入
ろうとしているペテン師がいる程度にしか思われませんよ」
「あー、なるほど……ちゃんと考えてるんだな」
「ええ、お嬢さまのためですから」
「むむー。妾はもっと一刀の存在を天下に知らしめして、皆に自慢してやりたいのじゃがのぅ」
「もー、何度も言ってるじゃないですか。そんなことしたら、良からぬことを考えてるどこか
の誰かが、一刀さんを浚っちゃうかもしれませんよ。ほら、例えば孫策さんとか」
「む、むむむむ。それは困るのじゃ……」
 そう言って、美羽がうーんと唸った。
 と、それで一区切りついたと見たのだろう、
「さてと、じゃ先に着いてる他の連中に紹介するよ。ついてきてくれ」
 公孫賛はそう言って、三人を先導するようにして歩き始めた。
「ちょっと癖のある奴らばかりだけど、おまえたちも負けないくらい濃いし、大丈夫じゃない
かと思うよ。多分」
923 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(22/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:43:24 ID:6qwjYBCa0
 ◆◆◆

 案内された先では、綺麗に色分けされた二つの軍が向かい合っており、睨み合うようにして
対峙するその中間地点。
 その開けた場所に彼女たちは陣取っていた。
(一体、どこが大丈夫だっていうんだ……?)
 美少女ばかりが七人。彼女たちがやりとりする光景を前に、一刀はそんなことを思った。

「だ、駄目です駄目です曹操さんっ! これは我が家に伝わる大切な宝剣で、中山靖王劉勝の
末裔であることを示す……」
「勘違いしないでちょうだい。この私がそんなもの欲しがるわけないでしょう」
「そ、そんなぁ、酷いですぅ。うちの宝剣をそんなものって……」
「私が欲しいのはね。……そう、あなたが一番大事にしているものよ」
「一番大事に……って、ええぇっ!? それこそ駄目です曹操さんっ! 私、は、初めては好
きになった人にあげるって決めてるんですっ!」
「だから勘違いしないでって言ってるでしょう。……まあ、あなたのソレにも興味がないわけ
じゃないけど。私が本当に欲しいのは関羽よ」
「ええぇぇぇ!? 愛紗ちゃんですか!? や、やっぱり曹操さんって噂通り、女の子同士で
きゃっきゃうふふするのが好きな変態さんなんですねっ!?」
「なっ!? ちょっとあなたっ! 黙って聞いていたらさっきから好き勝手失礼なことを! 
華琳さまは変態なんかじゃないわ! 女の子同士で肌を重ねるのはね、とっても素敵で至極自
然なことなんだから! 訂正しなさい!」
「そうだそうだ! 華琳さまは閨の中ではすごいんだぞ! 訂正しろ!」
「……ちょっとあなたたち、ややこしくなるから黙っててくれるかしら」
「あぁん! 華琳さま、その冷たい目も素敵ですぅ! もっとこの桂花をお叱りください!」
「お、おしおきなら私もっ!」
「や、やっぱり曹操さんは変態さんなんですね! そんな人に愛紗ちゃんは渡せませんっ!」
925 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(23/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:47:03 ID:6qwjYBCa0
「桃香さま、そこまでこの私のことを……」
「愛紗愛紗ー」
「む、なんだ鈴々」
「そんなことより鈴々はお腹が減ったのだ」
「そんなこととはなんだ、そんなこととは。桃香さまが私を身をはって守ってくださっている
というのに。それに鈴々、おまえは少し前におやつを食べたばかりではないか」
「でもお腹が減ったのだ」
「はっはっは。良く食べよく寝る子は育つと言うぞ。さては関羽殿、ばいんばいんっぷりで張
飛殿に負けるのが怖いと見える」
「と、突然何を言い出すのだ趙雲殿!」
「ふふ、気にしなくてもこの柔肉ならば殿方の気持ちも……むむ、本当に大きいな。それにこ
の弾力、揉み心地……なるほど、曹操が欲しがるのも頷ける」
「や、やめろ! あ、んんっ!」
「愛紗ー、そんなことより鈴々はお腹が減ったのだー」

「……何このカオス」
 一刀の口から、そんなつぶやきが漏れた。
 女が三つで『姦しい』と書くが、まったく昔の人は正しいと思い知らされる光景である。
 どうやって収拾をつけるのかさっぱりわからない、そんな最中、誰かのパンパンと手を打つ
音が響いた。
「おーい、みんなー! 紹介するからちょっと聞いてくれー!」
 割って入ったのは公孫賛である。
「いま到着したこの二人は荊州太守の袁術と、その配下の張勲だ。あー、それともう一人、こ
っちは……えーと」
 と、一刀を説明する段になって公孫賛の声が淀んだ。
 どう切り出すかを困っている様子だったので、一刀は仕方なく自分から名乗り出ることにし
た。
926 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(24/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:50:45 ID:6qwjYBCa0
「えっと、なんでもない人の、北郷一刀です。よろしく……」
 なんとも情けない名乗りであるが、まさか自分で『天の御使い』などと大仰な名前を名乗る
よりマシである。
 それでもその珍妙な名乗りに、全員の視線が一斉に一刀の方に向いた。
 その意味するところはなぜ?≠フ問いかけである。
 そしてその疑問を代表して聞いてきたのは、髪を左右でくるくるに巻いた小柄な少女だった。
 整った顔立ちに、油断なくきりりと引き締まった目つき、一々絵になる仕草は彼女がただ者
ではないことを雄弁に物語っている。
「ここは黄巾党本隊討伐を目的とする連合軍に参加する諸侯が集まる場よ。どうしてなんでも
ない人がいるのかしら?」
 もっともなことを言う声は固いが、その口元がつり上がってニヤリとした笑みを形作ってい
る。
 それを見て直感する。
(あー、きっとこれは七乃さんと同じで、わかってて楽しんでる人っぽいなぁ)
 こういう相手に下手にジタバタしても仕方がない、それが最近の学習したものの一つだ。
 仕方がないと、一刀は渋々ながら口を開きかけ、そこで動きがはたと止まる。
(えーと、なんて答えればいいんだ……?)
 初対面の相手に自分自身を説明する良い言葉がないことに、遅まきながら気が付いた。
 事前に自分がどういう人間という設定にするか、など話し合ってもいない。
「あー……」
 かといって素直に白状しようとすると、どうしても突拍子もない答えにならざる得ない。
 まさか空から振ってきましたと説明するわけにもいかないだろう。ラピ●タじゃあるまいし。
 こういうときに頼りになるのは……そう思い、公孫賛のときと同じようなフォローを期待し
て七乃の方を見たが、彼女は笑っているだけで何かしてくれる様子はない。
 助けてくれる気はないなと判断して、自分でなんとかしようと言葉を選んでいると、一刀を
庇うようにして美羽が前に出た。
927 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(25/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:54:06 ID:6qwjYBCa0
 そして、
「それはなっ、一刀が『天の御使い』だからじゃっ!」
 ついさっきまで喧伝しないといっていたことを、胸を張った美羽があっさり言い放った。
「ちょっ、美羽!」
 止めようにも、もう遅い。
 その言葉を聞いて、一刀に向けられていた視線の質が一気に変わった。
 疑念から一気に好奇、警戒、侮蔑へ……。
 侮蔑の視線だけは、最初から侮蔑だった気もするが、この際それは気にしないことにする。
「ちょっと、七乃さん! 良いんですか!?」
「んー、別にいいんじゃないですかねー」
 止めてくれるとばかり思っていた七乃は、先ほどの言をあっさり翻し、にこにこと笑ってい
た。
 それは『楽しそうだから止めませんでした!』という意志が読み取れる楽しそうな顔である。

「あー、なんかややこしくなりそうだから、先に紹介だけすませちゃうぞ」
 周囲がざわつく中、先頃一刀が向けていたのと同じような同情の目を向けて、公孫賛は咳払
い一つしてから片方の勢力から紹介を始めた。
「まず、うちで客将をやってる連中から。そこにいる腰に大きな剣を下げているぽわぽわした
のが劉備で、その後ろにいるのが関羽、その横にいるのが張飛、関羽を後ろから羽交い締めに
しているのが趙雲だ」
「い、いい加減に手を放してくれ趙雲殿!」
「ふふ。女同士なのだ、このくらい良いではないか良いではないか」
「お腹減ったのだ……」
 公孫賛の紹介もお構いなしにマイペースを貫く三人の中、劉備が一歩前に進み出た。
「えーと、袁術ちゃんに張勲さん、それに……一刀さんでいいのかな。私は劉備だよ。改めて
よろしくね」
928 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(26/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 22:57:12 ID:6qwjYBCa0
 そう言って、胸の前で手を合わせてにっこり笑う。
 その動作で、むっちりとした胸がぷるんと揺れた。
 どうにもしまらない緊張感の抜けた劉備の挨拶であったが、これに関しては美羽も負けては
いない。
「うむ! 劉備とやら、仲良くしてやる義理はないが、どうしてもというなら妾が仲良くして
やるぞ。わははは!」
「うん、一緒に頑張ろうね。わぁ〜、嬉しいな。こんなにすぐ袁術ちゃんと仲良くなれるなん
て」
「そうかそうか、そんなに仲良くしたいと申すか。ふむふむ、なかなか見所のある奴じゃ。こ
れも妾の人徳の成せるわざじゃな! わははは!」
「うふふふ。袁術ちゃん、かーわいぃ♪」
 劉備と袁術。
 仮にもこの二人、天下に覇を唱える群雄英傑のはずなのだが、彼女たち話しているさまはお
花畑に蝶々が飛んでる情景を連想させる。
 微笑ましいほどに平和的なやりとりであった。
「うむうむ。七乃、一刀、二人とも仲良くしてやるのじゃ」
「はいはい。劉備さん、よろしくお願いしますねー」
「あ、よろしく……」

 七乃が劉備に『えへへー』と笑いながら挨拶をしている横で、一刀はまったく別のことを考
えていた。
 劉備。劉玄徳。あえて日本人的な呼び方をするなら劉備玄徳。
 民衆からの絶大な支持を集め、蜀漢を打ち立て漢中王を名乗った中国史上指折りの大英雄。
そして言わずと知れた『三国志演義』の主人公。
 それが……こんなにかわいい女の子だったなんて!
 思わず心がざわめいてしまう。
931 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(27/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:00:29 ID:6qwjYBCa0
 いや、一刀とて、まったく予想していなかったわけではないのだ。
 なんとなくこの世界のことはわかりかけていた。
 三国志っぽい世界に、美少女袁術。
 もしかしたら、いやきっと、他の三国志の登場人物も女の子に違いない。そんなことを希望
二割、願望三割、推測五割で考えてはいた。
 だがどうだろう、彼女たちを目にしてそう紹介されると、納得よりも驚きが勝った。
 彼女たちは皆かわいい女の子で、とても猛将や豪傑だとは容易に信じられなかった。

「劉備に、関羽に、張飛……って、やっぱりあの桃園の誓いの、だよね」
 恐る恐る口にした言葉に、案の定劉備の表情が驚きに変わった。
「ええぇぇ!? どうしてそのことを知ってるんですかっ!?」
 その驚きよう、どう見ても嘘をついているようには見えない。
 もしこれで本当に演技だったなら、明日から人間不信になること請け合いである。
「どうしてって言われると……有名だからかなぁ?」
 嘆息混じりに答える。
 『劉備』『関羽』『張飛』。
 どれも三国志を知らない人間でも、名前だけは知っているであろう超有名人だ。
 日本人なら知らない人を探す方が難しい。
「ほえー。流石天の国の人だね、ねぇねぇ、愛紗ちゃんもそう思うよね」
「いやいやいや、何をすんなり納得なされているのですか! おのれ面妖な、我ら三人しか知
らぬ誓いのことを、なぜ知っているのだ!」
「いや、だから俺のいた国では有名なんだって……」
 そうは言ってみるものの、信じられないのは無理もないとも思う。一刀自身、半信半疑なの
だから。
「ははっ。そんなに目をつり上げてみせても、乳を揉まれている格好のままでは形無しだな関
羽殿」
「あっ、はぁんっ! ちょ、だからやめいと言っておるだろうが!」
935 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(28/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:05:27 ID:6qwjYBCa0
(あー、っていうことは、やっぱり本当にこの子たちが三国志の……)
 そう思って、一刀は改めて劉備以外の三人を見た。
 関羽。きりりとした目の、長い黒髪をポニーテールにした娘。
 横浜の中華街に行けば神様として奉られてるのを目にすることもできる、義兄弟の次兄。立
派な髭をたくわえていたことから、美髭公っていう呼び名もあったはずだけれども、それはあ
の綺麗なポニーテールが相当しているのだろうか。
 そして趙雲は未だに関羽の乳を背後から揉みまくっている。
 三国志の趙雲のことはあまり良く知らないのだが、確か槍の名手で劉備の家族を救った人だ
った気がする。
 そして張飛……は、放埒豪快なイメージに反して、どうみてもちびっ子にしか見えなかった。
 幼い風貌に幼い言動、そしてどことなく匂い立つ犯罪の香り。

 ……だがそれがそそる!

(ってなんだそれ!? そそるって!!)
 見境なしか俺! この変態!
 観察していたはずがいつの間にか息を荒くしていた一刀は、自分で自分の心にツッコミ
を入れて頭を振った。
 その様子を見ていたのだろう、劉備が心配そうな声をかけてきた。
「あのあのっ、どうかしましたか? なんか汗とか出て、すごく深刻そうな顔してますすけど」
 声に釣られてズキンズキンと痛む頭を上げると、そこには大ボリュームのバストがあった。
 やや垂れ気味の、柔らかそうなおっぱい。
 凄い、ド級のおっぱい。
「……………………あー、大丈夫。ちょっと目眩がしただけだから。それも治ったみたい」
 大層な代物をたっぷり三秒は凝視してから、一刀はそう谷間に向かってやや棒読みに言葉を
返した。
 一気にクールダウン。立派なお胸のおかげで動悸、息切れ、目眩に痙攣、すべて収まってく
れた。
 七乃のそれを余裕で上回る、素晴らしい鎮静効果のあるおっぱいであった。
939 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(29/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:09:33 ID:6qwjYBCa0
「さ、次にいくぞ次。髪の毛をくるくるにしているのが陳留の州牧曹操。その後ろにいる背の
高い方が夏侯惇で、低くて耳がついてる方が荀ケだ」
「曹孟徳よ」
「夏侯元譲だ」
「……荀文若よ」
 三人が前に出て名を名乗る。
 やはりというかなんというか、案の定この三人も他に負けない美少女たちであった。
 そして、彼女たちに一刀の中での美少女筆頭が元気良く名乗りを返した。
「うむ。妾が四世三公を輩した名門袁家の……ん?」
 そこで急に言葉が止まった。
「曹操? はて、どこかで聞いたような……どこじゃったかのぅ、七乃」
「ほらお嬢さま、あれですよ。袁紹さんが良く言ってた……」
「ひぅ! 七乃! あ、あやつのことなど言わんでいい!」
「袁紹さんのご学友の方ですよ」
「だから言わんでいいと言っておるのにっ! しかもあやつの知り合いじゃとっ!? ひうっ」
 その『袁紹』という名前にいやな思い出でもあるのか、それだけ言うと美羽は小刻みに震え
ながら七乃を盾にするようにその背後に隠れてしまった。
(そういえば、城でも何度か名前を耳にしたけど、その袁紹って一体どんな人なんだろうなぁ
……ああ、それにしてもふるふる震えてる美羽もかわいいなぁ!)

「で、私たちのことはもういいのかしら? 正直こんな形式的なことで時間を無駄にしたくな
いのだけれど」
「あー、はいはい。お嬢さまはこうなってしまったらしばらく元に戻らないので、私の方から
よろしくお願いしますーっ、て言っておきますねぇ」
 と、変なスイッチが入ってしまったらしい美羽をおいて、曹操と七乃は勝手にまとめに入っ
てしまった。
 一方、一刀も何も言わないのもどうかと思い、
「曹操、夏侯惇、荀ケ、ね。よろしく」
 と、無難に言っておいた。
941 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(30/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:12:33 ID:6qwjYBCa0
 無論、ここまできたら流石に三人がそれぞれ、魏の覇王曹操とその配下であろうということ
くらい察しがついている。
 魏の曹操といえば乱世の奸雄と呼ばれ、『三国志演義』では敵役として描かれる劉備に対を
なす英雄だ。
 夏侯惇と荀ケはその部下で、それぞれ片目の隻眼の猛将と、蜀の孔明・呉の美周朗に並び称
される天才軍師だったはずである。
 もっとも、目の前の夏侯惇は両目があることを考えると、やはりこの世界と現実世界の三国
志は完全には一致しないのかもしれない。
 と、頭では自分を取り巻く状況を考えながらも、その目は自然、曹操の体に吸い寄せられて
いた。
 白い肌に人形のように細い手足、ほっそりとした華奢な腰つき。何より目を引くのはそのな
だらかな胸。
 まさにむしゃぶりつきたくなるナイスバディというやつだが、彼女の場合はそれで終わらな
い。
 女性的な肉感さでは劉備に比べるまでもないが、加えてその目の鋭さや真っ直ぐに伸びた背
筋が、男性的な強さを思い起こさせる。
 けれども、その一方で慎ましい体から漂う色香や艶やかな唇、白魚のような指先が嫌が応に
も彼女が女性であることを意識させる。
 そのような男性的な厳しさと女性的なしなやかさが、芸術品じみた美しいバランスで融合し
ているのだ。
 美羽は勿論掛け値なしの美少女だが、この曹操という少女もまた魅力的な美少女であった。
 美しい……見惚れるように曹操を観察していた一刀であったが、そこでこれまで感じたこと
がないほどの悪寒に襲われた。
 同時、刺すような視線を感じてそちらを見る。
 すると射殺さんばかりの視線でこちらを見ている、ネコ耳フードをした娘、荀ケがそこにい
た。
 真っ直ぐに見据える強烈な意志が宿った瞳、その語るところは、
945 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(31/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:15:35 ID:6qwjYBCa0
『ねぇちょっとあなた、さっきから何勝手に華琳さまをじろじろ見てるのよ。いくら華琳さま
が美しいからってね、少しは加減ってものを知りなさいよ! 何、何よその目は? なんか文
句あるっていうの!? 汚らわしい。やめてよね、こっちに視線向けないでよ。男に見られて
るかと思うとそれだけで妊娠しそうだわ。責任取って自分でもいで自害なさい!』

「ぅ、ぅあぁ……」
 目線一つだというのに、でそこまで鮮明に伝わってくる。
 遠慮なくビシバシと叩き付けられる侮蔑のまなざし。
 曹操に負けず劣らずふくよかさの欠けた彼女から投げかけられる、容赦ないそれが、

 ――実にイイ。

「お、おい桂花。北郷とかいう奴、突然びくんびくん震え出したぞ。大丈夫なのか」
「ふふん。あれはね、私の目力にやられたのよ」
「何? 目力?」
「ええそうよ。所謂目で殺すというやつね」
「ほう、眼力だけで人が殺せるものなのか。今度わたしも試してみよう」

 そうして美羽がぷるぷると、そして一刀がガクガク震えていると、不意に関羽の横にいた張
飛が、勢い良く背後を振り返って声を上げた。
「んにゃ! またなんか来たのだ!」
 その声を聞いて、数人が同じようにそちらを見る。
 方角は、西。
949 名前:袁術公路4 激突 黄巾党!(前編)(32/32)[sage] 投稿日:2010/08/21(土) 23:18:46 ID:6qwjYBCa0
「ん? どれどれ……ふむ、確かに砂煙が上がっているようにも見えるな。趙雲殿はどうだ?」
「ああ、わたしにもそう見える」
 関羽と趙雲がそれぞれ意見を述べると、それに夏侯惇が追従した。
「一直線にこちらに向かって来ているようだな」
「ふぅん。どうせ大方、どこかで道草を食ってた官軍の連中でしょう? 良将だか勇将だか知
らないけど、華琳さまをお待たせするなんていい度胸じゃない」
 夏侯惇の言葉に、荀ケが応える。
 それを聞いた公孫賛が呆れた声を出した。
「なんだおまえたちみんな見えるのか。私にはなんにも見えないぞ」
 その言葉に劉備がはにかみ笑いで、桂花が憮然とした顔で応えた。
「うーん、今回は私もわからないかな」
「脳筋連中と一緒にしないでよ。見えるわけないじゃない」
 それは一刀も同じである。
 英傑たちが揃って向いている方向に、何かがあるようには見えなかった。

 と、突然そちら見ていた数人の顔色が同時に変わった。

「あらあらお嬢さま。これはもしかしたらすぐに戻った方 がいいかもしれませんねぇ」
 そして七乃がそう言うのと、良く通る曹操の美声が響いたのはほぼ同時であった。

「総員! 今すぐ戦闘準備をなさい! 敵襲よ!」

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