[戻る] [←前頁] [次頁→] []

570 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2010/07/23(金) 01:45:05 ID:HwRNQKKd0
無じる真√N-46話

とうとう萌将伝発売日!
ということで記念更新ですw

(この物語について及び注意点)
・展開などのため、原作と呼称が異なる場合あり。
・恋姫†無双(真ではありません)のED前からの派生の話。
・時折18禁表現が混じる話あり。
・複数の資料を参考としてます。ただし薄味程度。
上記が苦手な方にはおすすめできません。

(その他)
・話の都合上、原作プレイ経験あったほうが楽しめます。
・URL欄はメールフォームです。(必須項目は設けていません)
※ 意見、感想などはそちらでも構いません。
また、メールフォームから以前頂いた質問と解答へのリンクがあります。

URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0550

よろしければお読みください。


さて、投下もしたので中断していたスーパー萌将伝タイムを!
……と思ったのですが、時間も遅いので明日の夜までお預け。

そうそう、萌将伝ですが。
どうやら賛否両論な部分があるようですね。キャラの掛け合い好きとしては個人的には面白いと思います。
ちなみに、意外な人たちにもスポットが当たっていたのが一番の驚きですね。
おかげで彼らに対するイメージががらりと変わってしまいましたw


 「無じる真√N45」




 もうすっかり日も暮れて、窓からは暗闇しか見えなくなっている。
「どう? あれから時間はそれなりに経ったけれど、考えをまとめることはできたのかしら?」
 静まりかえった自室の中でぼおっとしていた一刀の耳へその問いかけが届いたのは数秒後のことだった。
 一刀は目の前にいる人物とのやり取りを思い出していたのだ。
 そう、あれは、袁術の騒動に巻き込まれることになるよりも前、先ほどから眉尻を下げて困惑を露わにしている自称漢女――貂蝉と一日デートをした日のことを……。

 †

 それは、そう、かの青州黄巾党の件で惜しみなく尽力してくれた貂蝉への謝礼として一刀が城郭のあちこちへと付き合うこととなった日の夜のことだった。
 その夜、とある森の一角のほんのささやか程度に開けた場所に二つの影があった。
 それは、どこからともなく聞こえてくる虫の声以外は、ほとんどの音が消え、無音と化していた不思議な夜。まるで二人が話すのを邪魔しないようにと世界中の多くのものが口を閉じたのかと思うほどにしんとしていた。
 そんな中で、一刀は貂蝉と向かい合っていた。
「この機会を待っていたわ……。ご主人様、ようやくお話しすることができるわね」
「…………そうか、そのためだったんだな」
 一刀はその言葉がかねてより貂蝉が話そうとしていたことなのだろうと心の底で納得していた。
 貂蝉との話、それは何度も話す機を逸し続けてきたことだった。だが、ついに話せるそのときが来たのだ。
 かつて袁紹との戦いへと赴くことになるよりも前、貂蝉から聞かされたことがあった。そう、ちょうど、今と同じような状況でだ。
『――ご主人様は消えるわ』
 貂蝉の語った内容にはそんな言葉が含まれていた。北郷一刀という存在の存亡がかかるという非常に深刻な話だったのだ。
 そして、今の貂蝉はその時と同じほどに真剣な眼差しでじっと一刀を見つめている。木々の隙間から降り注ぐ星の瞬きのためかその頭頂部が輝いている。
「既に何度か言ったと思うけれど、もう一度言っておくわね。いい? ご主人様。これからお話しすることはきっとご主人様にとっては複雑なことよ」
「ああ、わかった」
 念を押すように語りかけてくる貂蝉に対して、なるべく沈黙を保ったまま一刀は頷く。
「この外史において、彼女たち≠フ記憶が表出し始めているわ」
「なっ!? それって、まさか……?」
 信じられず、一刀は自分の聞き間違いではと心の内でまるで祈るように思いつつ貂蝉の顔を窺う。
 だが、貂蝉からは戸惑いは微塵も感じ取ることができない。それどころか自分の話す言葉に対する責任を持とうとしているような真面目な顔つきをして頷いた。
「そう、あの外史の頃の記憶よ」
「そんな……、馬鹿な!」
 数多の中で何発もの爆発が起こるような感覚。冷静になろうとすればするほど落ち着くことができない。
 鼓動が腕立てする華雄のごとく早く動き血液をどくどくと流し込んでいく。そのためか身体中が熱く燃えたぎるように昂ぶっていく。
「ご主人様?」
「そ、そんな……、おいおい、俺に……どうしろってんだ」
 おぼつかない視界がなんとか地面を捉えている。一刀は思わず片手で額を押さえる。
 深々と呼吸をして少しずつ少しずつ気持ちを落ち着かせていく。冷静でなければ事態を受け入れるだけの余裕は得られない。
 そうして頭を冷やした一刀が最後に長々と息を吐き出して額から手を離すのまっていたように貂蝉が口を開く。
「今日はこれまでしておくべきかしらね? ご主人様も実感がないでしょうし」
「あぁ、そうだな。そうしてくれると助かる」
 心の内で何度も落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせても効果が出ることもなかったため、一刀は肩を落としてため息を吐いた。
 そして、その日は解散となり、二人はそれぞれの部屋へと戻ったのだった――。

 †

「もう、ご主人様ってばぁん」
 貂蝉の顔が唐突に顔面すれすれに現れる。驚いて身を躱しながら一刀は瞳を瞬かせて首を傾げる。
 窓の外から差し込む光と、部屋を照らすように灯された明かりを見て、ようやく現在の状態を思い出す。
 貂蝉との話をするために、時間をとったのだ。もっとも、仕事もあったため、夜も深い頃となってしまったが。
「わるい、もう一回頼む」
「んもう、仕方ないわねえ。ご主人様は、この間話したことについて考えたのかしらって訊いたのよん」
 両腕で自分を抱きしめるようにしている姿勢で貂蝉は左手で肘を支えつつ右手を頬に添えながらため息をつく。顔には苦笑が浮かんでいる。
 普通なら現在取っている姿勢によって身体が小さく見えてもおかしくはないのだが、当の人物は逞しくて大きいままだ。それどころかむき出しの胸が強調されて気持ち悪い。なにしろ、貂蝉はいつも通りピンクの紐パン一丁なのだ。
 その圧倒的な存在感のせいで普段ならば一人で過ごすには十分過ぎると感じる自室も狭く感じながらも白を基調とした学生服を着込んだ一刀は顎をさすりながら深々と頷く。「そ、そうか。そうだよな……、いろいろとわかったな」
 そこで一度言葉を句切ると顔を真剣なものへと変えて貂蝉を見やる。
「そうだな、いろいろ見たからか俺なりに思うところはあったよ」
「わたしが離れてる間に何だか忙しかったようですものね」
 そういえば、目の前の人物とこうしてじっくりと語り合うのは一日付き合わされた日以来かもしれない。彼自身は袁術の起こした騒動によって多忙となり、貂蝉もまた張三姉妹の付き人として息つく暇もないような生活を送っていた。
 一刀はなんとなく貂蝉と最後に語り合ったときのことを思い出す、それだけで彼の表情は太陽を小さな雲の欠片が覆うていどの僅かながらだが、曇りを見せる。
「ああ、貂蝉の言う通りだよ。実はさ、……愛紗たちに会ったんだ」
 椅子の背もたれによりかかりながら一刀は両手を組んで腹の上へと置く。視線はいつの間にか床へと向いている。
「あら……それはまた。それで?」
「様子が明らかにおかしかった。おそらくは、お前が言ったとおりであの頃の記憶が表出しつつあるんだと思う」
「なるほどねえ。でも、その割には嬉しそうじゃないわね」
「当たり前だろ!」
 貂蝉の言葉にムッとなり、一刀は思わず立ち上がる。その衝撃で今まで腰掛けていた椅子が倒れたが彼は気にも留めず貂蝉を睨み付ける。
 しばらくじっと見つめていると、貂蝉が「どぅふ」と笑いを漏らしながら頬を染めた。そのおかげで一刀は冷静さを取り戻し、倒した椅子を直して再び腰掛ける。
「そのせいで、苦しんでる……、少なくとも愛紗からはそれが感じられた」
 その声は自分で思っていたよりも低く一刀は内心で驚いた。
「女心は複雑だもの、仕方がないわよ」
「お前が女心を説くか?」
 口元をひくつかせながら貂蝉へと目を向ける。その視線を受けてなお、貂蝉は首を傾げる。
「あらん? 何かおかしいかしら?」
「あぁ、おかしいな。白蓮が天才的な閃きで戦局を一変させるなんて事ぐらい異常だ」
「ひどぉいわぁん! いくらご主人様でも言っていいことと悪いことがあるわ!」
「それは、どっちのことだ?」
 一体ひどいとは比較対象である公孫賛を擁護してか、はたまた自分の尊厳を傷つけられたと言いたいのか、それを一刀はあえて訊ねる。
 貂蝉はハンカチがあれば口にくわえているのではと言うほどにヒステリックな表情を浮かべる。
「あのねえ! 何と言っても、わたしは漢女道を生きる漢女よ! よりによって、白蓮ちゃんが美人コンテストで優勝するほどにおかしいなんてあんまりだわ!」
「……そこまでか」
 心外といわんばかりに首を左右にぶんぶんとふる貂蝉、一緒にしっかりと編み込まれたおさげが揺れているのが見た感じ鬱陶しいなという感想が一刀の脳裏をよぎる。
「あぁん! ひどぉいわあ! ひどいわぁぁん!」
「……さて、このくらいやれば十分だろう」
 さすがに川底で水の流れに身を任せている水草のごとくうねうねと動く貂蝉の姿が暑苦しくなってきたので一刀は目配せしつつ話を切り上げる。
 そうするやいなや、貂蝉は一刀が思っていた以上に瞬く間にけろりと普段の温和な(といっていいのかは疑問が残る)表情へと戻った。
「そうね、どうやらあの娘もいないようだし、大丈夫のようね」
「ああ、また白蓮まで悩ませることになるのもいやだからな」
 以前、貂蝉から深刻な話を受けた際のこと、二人の気付かない形で公孫賛は居合わせ、一刀のみが知るはずだった情報を耳にしてしまったのだ。そして、彼女は苦しんだ。そう公孫賛本人から一刀は聞いたことがある。
 だから二人はあえてぼろくそに言ったのだ。仮に公孫賛が聞き耳を立てていたら動揺して何らかの動きを見せてその存在を主張する結果を招くはずだと考えて。
「ふぅ。とはいえ、さすがにああいうことを言うのは気が咎めるな」
「あらん? そのわりには嘘っぽさが全くなかった気がするわねえ」
「そりゃあ……、いや、なんでもない」
「どぅふふ。その発言、本人が聞いたらどう思うかしらね」
「言うなよ、絶対」
 半眼でじとと貂蝉を睨む。もっともその瞳に含む色合いは懇願の方が大きかったりする。
 どうやら、公孫賛もいないようだと判断し、一刀は話を再開する。今度は机に両肘を立ててその中間に顔を置いて険しい表情を浮かべる。
「それでだ。記憶の表出については、それらしきものによる影響を受けているように見える愛紗たちを目の当たりにして納得したよ。それに、時間もあったから大分落ち着いて真実を受け入れることができそうだ」
「そう。自分の目で確認したうえに、準備もいいのね……なら、本当に時は来たということになるわね」
 一刀の言葉に貂蝉は何度も首を縦に振る。そして、何度目かの頷きで貂蝉は一刀を見据える。
「いいわ。今こそ、お話しするわよ……、何故、あの娘たちの中に記憶が残っていたのか。そして、その原因でもあるこの外史の誕生の秘密を」
 貂蝉が真剣な表情で見つめてくる。正直、気持ち悪いと思ったがそれ以上に貂蝉の言葉が胸に引っかかり一刀は眉間に皺を寄せる。
「この外史の誕生って、なんのことだよ?」
 気がつけば、開けておいた窓から拭き注ぐ風がそよそよと部屋の灯りを揺らしている。瞳の中にその光景を移し込んでいた貂蝉はその視線を一刀に向けるとため息を吐いた。
「ふう。どこから話すべきかしら」
 しばらく思案を巡らすような仕草をした後、貂蝉はうんと一人頷く。
「そうねえ、仮に、以前ご主人様が太守となるところから始まりその終焉までを過ごした外史をご主人様が移ってきた元の外史と言うことで無印≠ニ名付けましょうか。そして、さらに多くの英傑がご主人様の前に姿を現すことになったこの外史、その本来の姿をより正史に近づいたということで真≠ニ定義しましょう」
「ああ」
 貂蝉の語る内容をなんとか置いていかれないようしっかりと聞いて一刀は咀嚼するようにして自らの中へと流し込んでいく。
 無印と真、この二つの外史が今回の話の重要点なのだろう。一刀がそう察するのとほぼ同時に貂蝉から言葉が紡がれる。
「そして、無印≠ゥら真≠ヨと外史間の移動を果たしたようにご主人様は思っているんじゃないかしら?」
「そうだな。あの……、無印でいいのか? あの外史の終焉からいきなりこの外史に飛ばされていたんだからそう思ったんだが、違うのか?」
 今までの自分の認識では所謂無印という外史より移動して今いる真という外史へとやってきた……そう捉えていた。
「確かに、ご主人様は移動しているわ。でも、それは完全なる真実を示しているわけではないの。実際には、無印という外史が終わり、新たに真という外史が産まれることになる……、その考えに間違いはないわ」
「だろ。なら、何が違うって言うんだ?」
「この外史の誕生の行程に秘密があるのよ」
「誕生の行程?」
 貂蝉の話がどこへ向かっているのかがわからず一刀は眉をひそめたまま首を捻る。
「そう。普通、外史は無の状態から産まれるのよ。というよりも、正確には大元の基軸を根幹として産まれてくる、もとい造られるの」
「基軸、それっていわゆる元になる正史のようなもののことだよな」
 一刀がゆっくりと脳内で考えたうえで質問を投げかけると、貂蝉は硬い表情を崩すことなく頷いてみせる。
「その通りよ。ただ、その基軸となった部分と新たに産まれた外史の間には直接的な繋がりはほとんど見られることはないの。まあ、類似点や相違点みたいに世界を構築する上で生じるものはもちろんあるんだけれどね。だって、それらが合わさりあうことで外史は形をなすわけなのだから」
 外史は正史より産まれいずるもIF≠フ世界である……そんなことをかつての外史――貂蝉が言うところの無印――において知ったのを一刀は思い起こす。
「それでも、その外史に存在を埋め込まれた者たちは同じ自分であっても、別の外史に存在する以上、その別の自分とは互いに認知し合うことはできないわ。そうでなければ外史ができる度に記憶が増えて非常にややこしいことになっちゃうでしょ?」
 僅かにおどけた表情で問いかけてくる貂蝉に一刀はうんうんと何度も頷く。
「そらそうだ。それに、何十回分の人生を覚えているなんて耐え切れそうにないな」
 実際に無印という外史の記憶を持ちながらもこの真という外史にやってきただけでも一刀には多くの心労があった。それを思い出すと、一刀は組んでいた腕を組み治しながら唸り声をあげずにはいられない。
「ご主人様の言う通りね。複数の外史を渡り歩けてしまうことがどういうことか、わたしたちのような存在以外で知るのはよくないわけなのよ。だから、一度リセットがかかるはずなのよ。そうすることで、それぞれが抱いた感情や手にした記憶の同期は行われず消えていくことになるわ」
 貂蝉の言葉には妙な重みがあると一刀は感じる。そして、それが一刀の耳を通して中へと入りこみ、胸の中へとのしかかってくる。
 その重みに顔をしかめながらも一刀は耳を貂蝉へと傾け続ける。
「でもね、例外としては、世界を超える想いや気持ちによって記憶の同期に誓いものが起こりうることもごく稀にはあることにはあるのよ。多分、ご主人様はこの外史で過ごすうちに少しずつ、その可能性について薄々考え始めていたはずよ。なにせ、ご主人様自身がそれに非常に酷似した状態なんですものね」
「まったくもって、その通りだな」
 貂蝉の言うことに間違いは見受けられない。一刀も、自分の状態、そして、先の関羽のことなども含めて彼女たちの中に一刀との記憶があるのではないかと疑わずにはいられず悶々とし続けていたのだ。
「でもね、今ご主人様がお持ちになっている認識はちょっとばかし間違ったものなのよ。あ、でもね、ちょっとと言っても違いとしては大きいわよ」
「なんなんだよ。……その違いってのは?」
 まさか、否定されるとは思わなかった一刀は息を呑む。
「この外史は今言った例外とも異なる概念を持っているの。それを解き明かす鍵は、さっきも言ったこの外史の誕生……いえ、産まれ方にあるのよ」
「よくわからないな?」
 理解が追いつかず、一刀は首を捻る。
「そうね、いまご主人様が存在しているこの外史は、大元の基軸だけをもとに作られたわけではないの。通常、外史の誕生は世界を作り上げようとする意思を基軸にほとんど無の状態から作り出されることが前提となっているわ。基本となる正史のような存在があったとしても新たに世界を造ろうとする意思がなければうまれないの」
「なるほどな。つまり、料理で新しいメニューを造り出すようなもんだな。元となる料理があっても作り手が新しいメニューを創造しようという意思がなければ何も起こらない」
 話が長く複雑になってきたところで、一刀は自分なりの解釈をもとに貂蝉に訊き返す。すると、貂蝉は首を縦に振って答える。
「ええ。その通りよ。それでね、さっき述べたような、記憶の持ち越しや同期なんかもあくまで新たに産まれた外史への持ち込みでしかないのよ」
「つまりは急須から湯飲みへとお茶を注ぐようなものか。無論、持ち越されるものがお茶というわけだな」
 急須という外史から湯飲みという外史へと持ち込まれるお茶という存在。それを頭の中で描いていた一刀はなんだかお茶が飲みたくなったがこの場ではそれを堪えることにした。
「でも、今ご主人様がいる外史はそれとは別の形で彼女たちへ影響を与えているの。それはね、とても単純でありながら非常に大きな深さを持っているものよ」
「それって、一体?」
「実は、この外史は、無ではなく、特殊な下地を持って産まれてしまったのよ。しかも、それはね、ご主人様の意思が介入の結果によるものだったりするのよ」
「はあっ!?」
 貂蝉の説明が段々とおかしな方へと進み始めている気がしていたが、これほどとは一刀は予期していなかった。
 そんな困惑を覚えずにはいられない一刀を余所に貂蝉の説明は淡々と続いていく。
「もっと正確に、具体的に説明するべきね。まず、あの外史……そう、無印と称した外史が終焉を迎えるとき、ご主人様はあの娘たちのことを想ったのではないかしら?」
「ああ、そうだけど?」
「やっぱりそうなのね。実は、あの時、無印の外史を終結させようとする意向を内包した世界の意思……もとい、外史の誕生と死に携わる者の意思があったわ」
「あ、ああ……」
 やはり外史うんぬんの内容になると完全に話について行くというのは無理だった。それでも一刀は理解しようと真剣に聞き入る。もう既にお茶のことは忘れていた。
 貂蝉の言葉を一言一句聞き漏らすことのないように一刀は耳を伸びる餅のように広げる。
「そして、そんな世界の意思とあの世界≠フ彼女たちと共にもっと生きていきたいと願うご主人様の強すぎる意思がぶつかりあった。そして、あの後、新たに無から誕生することになっていた世界の意思と外史は影響を受けたわ。その結果、この外史は非常に不完全で不安定な形で産み落とされることになったの」
 貂蝉はそこまでを一気に言い切ると、一気に空気を吐き出した。一刀はそれを見つめたまま、ただじっと続きを待っている。
 そして、貂蝉は一度瞼を閉じて全身の力を抜くように肩をがくりと落とすと、大きく息を吸い込み、そして、不覚吐き出した。
 そうして一段落すると、貂蝉は再び言葉を紡ぎ始める。
「そう、ご主人様の意思が介入したことで世界は無からでなく……無印という外史を下地に産まれてしまったのよ。……そうね、適した言葉で言うならば再誕≠オた、といったところね」
「つまり、生まれ変わったということなのか」
 見開いた眼で問いかける一刀に貂蝉が頷く。
「えぇ、その通り。簡単に言えば生まれ変わったということね。つまり、無印でありながらも真でもあるのよ、この外史は。そう、ただそれだけなの。でもね、本来ならご主人様の記憶も経験も初期値に戻り、あの娘たちにしても全てを失い初めからの状態となって新たな物語を紡いでいくことになるはずだったわ」
 それを聞いて一刀は思う。仮にそうなっていた自分と今の自分、どちらのほうが楽で幸せだったのだろうかと。
 そもそも、今の一刀にはかつてのことを覚えているために有利な点もあっが、その代償とでもいわんばかりに周囲の者たちとの距離がいまいち把握しきれない。近づきすぎることを恐れてしまうのだ。
 そして、恐らく記憶も何もかもを初期化された場合は少女たちとの関係に悩むことはないだろう。だが、逆に苦難を乗り越えることが今よりも一層大変だろう。
 すこまで考えると、どちらも特徴があるのだから比べること自体には意味などないのだろうと顔を振って一刀はその考えをすぐに霧散させた。
 そうやって考え込むのを止めた一刀は、貂蝉が説明の続きを始めると完全に余計な思考を打ち切って貂蝉の話へと意識を向けていくことにした。
「でもね、再誕という形をとって存在が定義されてしまったためにこの外史に送り込まれたご主人様は以前の記憶も経験も残していたの。そして、それはあの娘たちもまた同じなのよ」
「同じ? でも、みんな再会した時俺のことまったくわかってなかったぞ?」
「それはどうかしら。事の中心であるご主人様ほど明確ではなくてもあの娘たちにはご主人様や無印という外史のことを記憶しているはずよ」
「例えば、ご主人様に対して好感を抱きやすい。以前、ご主人様自身が気にしていたそれだって、記憶の影響もあるのよ。どう? 身に覚えがあると思うのだけど」
「愛紗。それに……星、恋。あと、詠もだな。初対面ならば慎重さがあるはずの彼女たちと打ち解けることが割と簡単だったな」
 今思えば確かにおかしかった。趙雲と初めて会ったとき、彼女は割と早々と一刀が公孫賛の元に身を預かられることを認めていた。
 公孫賛の元へと訪れるときの関羽だってそうだった。堅物といっても過言ではない彼女が自身からすれば初対面の相手であるはずの一刀にいやに親しげだった。
 反董卓連合のときだってそうだった。突然、助けに来た≠ネんて胡散臭い人物が現れたのにもかかわらず賈駆は身を委ねることをよしとした。
(あと、忘れがちだけど、白蓮があの時言おうとしてたことにもきっと関係しているんだろうな……)
 一刀は様々な過去の出来事からついには始まりの頃、自分が拾われて公孫賛の城へと赴いた時のことを思い起こした。
 なぜか、胸の奥底から妙な苦さが滲み出てくるような気がした。
「やっぱり、あるようね。つまり、かつての記憶や想いはこの外史で新たに誕生した時に彼女たちを構成する要素として……、そう、つまりはあの娘たちの一部として世界に……この外史に存在しているのよ」
 既に貂蝉の瞳は哀れみの色で染め上げられていた。
 だが、一刀はそれ以上に貂蝉が述べた言葉からようやく貂蝉が記憶の話をしたときに表出≠ニいう単語をつかった意味を理解した。
 内包しているのだから表に出てくるということであっているのだろう。そこまで、考えたところで一刀の脳裏にふと疑問が過ぎる。
「そういえばさ、記憶が表出してるっていったがみんながみんなそうってわけでもないようなんだが?」
「そうね。さすがにそこには疑問を覚えるわよね。でも、それにも訳があるの……、想いの強さ、深さ、大きさ、それに本人たちの本能の部分。そういった要因によって無印という外史から受け継いだ要素に対する認識の度合いが左右されたのよ。おそらくね」
「えっと、つまりは……」
「まぁ、要するに個人差ってやつよ。それによってご主人様に対して何かを感じたり、好意的に接したりとするかの是非や強弱が変わってくるわ。それに、ご主人様が気付いていないだけで内心では認識している娘だっているかもしれないわよん」
「…………」
「ふう。ここまでの説明、ちょっと長かったかしらね。まだ話すべき事はあるのだけれど、今日はこの辺りでやめておくわね」
 そういうやいなや、貂蝉は足音一つ立てず消えるようにして部屋を後にした。もっとも、正確には一刀の聴覚や視覚が曖昧になっていただけだった。
 貂蝉が告げたことを頭の中で反芻するだけでいっぱいいっぱいだったのだ。
「みんなの中にある記憶か」
 一刀は椅子に腰掛けたまま頭の後ろで手を組むと、天井を見上げる。
 長らく封印されていた記憶。それはもしかしたら長くつけ込んだ漬け物のようにその存在を一層高めているのかもしれないと一刀はなんとなく思う。
 もし、そんなものが表出してきたとき少女たちはどうなってしまうのか、それだけが今の一刀の中にある懸念だった。
 そう考える一刀の脳裏にはさきに見た関羽の姿が過ぎるのだった。
(みんなも、ああなってしまうのか?)

 [戻る] [←前頁] [次頁→] [上へ]