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416 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2010/06/19(土) 22:43:40 ID:yfHsDxsC0
無じる真√N-43話を専用板にUPしましたので告知させていただきます。

(この物語について及び注意点)
・展開などのため、原作と呼称が異なる場合あり。
・恋姫†無双(真ではありません)のED前からの派生の話。
・時折18禁の混じる話あり。
・複数の資料を参考としてます。ただし薄味程度。
上記が苦手な方にはおすすめできません。

(その他)
・話の都合上、原作プレイ経験ありを推奨。
・URL欄はメールフォームです。(必須項目は設けていません)
※意見、感想などはそちらでも構いません。
また、メールフォームから以前頂いた質問と解答へのリンクがあります。

URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0539

よろしければどうぞ。


 「無じる真√N43」




 公孫賛軍は冀州の拠点鄴を出発し、青州を通り、北方より徐州入りを果たした。
 前衛には華雄。そして、その補佐に文醜、顔良がついていた。
 もっとも、これは華雄が二人のお目付役として付随しているにすぎない。
 袁紹の内情を察してなのだろう。顔良と文醜が徐州侵攻への参加を志願してきたのだ。
 そんな二人を中軍より見守りながら一刀は隣を進む公孫賛へと声をかける。
「それにしても、兵力に関しては俺たちともそう変わらないんだろ?」
「まぁな。なにせあの麗羽の妹だからな。名家の現当主なんだぞ。だから、名前だけでも結構な兵士は集まってる。私たちが併合した袁紹軍の兵たちと数ではそう変わらないだろうな」
「なら、やっぱり星たちも連れてくるべきだったんじゃ……」
 留守を頼むことになった趙雲の戦力を考えつつ、一刀はそう訊ねる。だが、公孫賛は首を横に振って答える。
「いや、ねねと星の二人くらいは残しとかないと守りがな」
「あの二人で大丈夫なのか?」
 そう、内務をねね……もとい音々音こと陳宮、軍事を趙雲に任せてきたのだ。
 そのことについての疑問を投げかけるも公孫賛は口元に軽く笑みを湛えつつ一刀の方を見つめたままだ。
「まぁ、ねねのみだと詠と比較すると多少の不安はある。だが、星がいればよく支えてくれるだろう。だから恐らくは大丈夫だと思うぞ」
「それもそうだな」
 星こと趙雲は普段でこそ仕事に対する姿勢がそこまで良いとは言えない。だが、やるときはやる。
 それに、彼女は割と面倒見が良い方だとも一刀は思っている。だから、よくよく考えてみれば趙雲に任せたのもまた間違いではないのだろう。
「それと」
「え?」
 話に続きがあることに首を傾げつつ一刀は公孫賛を見る。彼女は何故か口元を歪ませてあくどい笑みを浮かべている。なんというか、小悪党のようだ。
「ねねとの組み合わせなら、星もおいおい酒やらメンマやらにばかりうつつを抜かすことはできんだろうからな」
「はっはぁん、なるほど。確かにそれは言い得て妙だな」
 実に正鵠を射た考えだと一刀は思う。賈駆と比べれば生真面目さと固さが感じられる陳宮、彼女ならば趙雲に対してあれこれ注意をするだろう。しかも、今の陳宮は国の守りにおいては要だ。趙雲もさすがに普段のようにその必死さをあれこれ言うことはできない。
 むしろ、あぶなっかしさもあり、補佐せざるを得ないに違いない。
「しかし、白蓮も悪いやつだな」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。少なくともお前にはいわれたくない」
「どういう意味だよ?」
「自分の胸に手を当てて考えてみるんだな」
 そう言うと、公孫賛は僅かに馬の歩を早めて先へとすすんでしまった。その束ねた紅色の後ろ髪を左右にゆらしながら距離が遠のいていく公孫賛の後ろ姿から視線を逸らすと、一刀はそっと胸に手を当ててみた。
 そして、考えてみるる。思い当たる節は……結構あった。

 †

 徐州、下邳郡……下邳城。その玉座の間にいつになく真剣な表情をした鳳統が玉座の間へと戻ってきた。その手に複数の書簡を持って……。
 その鬼気迫る想いが顔に……いや、全体からでていたからだろうか、袁術が玉座から身を乗り出している。
「どうしたのじゃ? 雛里」
「……今すぐに、対策を練ろうと思って」
「対策じゃと?」
「そうだよ。美羽ちゃん」
 駆け込んできたばかりの鳳統と対等の目線になるように玉座から降り立った袁術が訝しむような瞳をして歩み寄ってくる。
「やつらごとき、適当にあしらってやれば十分じゃろ」
「そうもいかないよ。既に曹操軍は国境まで迫ってる。迅速な行動、判断……甘く見ていいような相手じゃないよ」
「む、むぅ……」
「お嬢さま。ここは雛里ちゃんの言う通りにしましょう」
 未だ納得がいかないらしく唸っている袁術に張勲がそっと口添えする。
 今は一時でも無駄にはできない。早く袁術を説得し、行動に出なくてはならない。
「仕方ないのう。では、雛里よ。妾たちに現状についての説明をするのじゃ」
 袁術のそのことばに頷いてみせると、鳳統は既に間者よりてにした情報をもとに解説していく。
「まず、曹操軍。あの軍はさすが曹操さんの軍だけあって、規律の徹底、新たな制度を利用しての軍の増強などを行っています。また、それによって質の良い兵士を多く抱えています」
「そうですね。あの人頭良さそうですもんね。お嬢さまと違って」
「む? 七乃?」
 袁術がぐりんと妖怪のように尋常な速度で張勲の方へと顔を向ける。
 それに対して、張勲は笑みを湛えたまま両手を祈るように組んで腰を捻るようにして左右に振っている。
「でも、曹操さんよりもお嬢さまの方が可愛さでは勝るのは間違いありません」
「うむ、そうか。愛らしい妾には敵う者などおらぬか。あっはっはっは!」
「バカでもかわいければそれでいいんです。お嬢さま」
 高笑いをする袁術と褒めてるのだが褒めてないだんだか微妙な発言をする七乃をまえに鳳統はいつの間にか握りしめていた拳を揮わせる。
「ふ、二人とも、事態の深刻さがわかってるんですか!」
「なにも、そんな怒らなくても」
 まぁまぁと宥めるように両手を軽く振る張勲に対して鳳統は強い視線で射貫きかえす。
「時間が無いんです。すこしでも……対処を施さないと」
「わ、わかったのじゃ。だから……そんな顔しないでたも」
 半身を引いて小刻みに身体を震わせる袁術がその声までも振動させながら鳳統に語りかけてくる。気のせいか、瞳の端に一筋の雫が煌めいている。
 その姿を見て、鳳統も冷静さを取り戻す。
「少々取り乱しましてしまいました、ごめんなさい。それでですね、今後の状況変化の予想についてですが」
 咳払いして、一度気分を切り替え、説明を再開していく。
「恐らくは冀州の公孫賛軍も動くことになると思います」
「でしょうね」
 腕組みした張勲が何度も首を上下に振る。
「勝負を仕掛けた袁紹さんを返り討ちにしたうえ、青州までも手に入れて領土の拡大及び勢力の増強に成功した今、曹操軍とは違う意味で危険な相手です」
「あ、そういえば、袁紹さんって公孫賛軍に捕虜としてつかまったって話ですよね?」
 張勲が人差し指をぴんと立て、思い出したようにそのことを口にした瞬間。
 どこからともなく、かちかちかちかちかちかちかちかち……という何か硬いものがぶつかり合うような音が部屋中へと鳴り渡っている。
「な、なななな、なんじゃと! れ、れれれれ、麗羽が、麗羽がおるじゃとぉぉぉぉおお!」
 よく見ると、音の発信源は袁術の口だった。がちがちというのは歯が何度もかみ合っていることで生じている音だったらしい。
 そして、その音を大きくさせながら先ほど、鳳統が怒ったとき同様に……いや、その何倍もの速さで震えている。
「い、いやなのじゃ……あのぐるぐるがぁ……ぐるぐるがぁ……」
「美羽ちゃん?」
 あまりの代わり様に鳳統は首を傾げずにいられない。そこに補足するように張勲が袁術の隣で代わりに答える。
「お嬢さまは袁紹さんが苦手なんです。でもぉ、ここまでの反応をするのも変ですねぇ……てっきり、捕まった袁紹さんのことをこれでもかとばかりに笑って見下すとおもったんですけど……」
「一体、どうしたんだろう?」
 以前より、袁術の傍にいる張勲でさえも不思議そうにしている。よく考えれば、反董卓連合の時には普通だったように思える。
 そのことに疑問を抱いていると、袁術がようやく震える唇を動かしてゆっくりと言葉を発し始めた。
「あ、あやつは……あのくるくる女は、こういう妾の身に不快なことが起こるときに現れては余計によくないことを引き起こすのじゃ……うぅ」
「それって、ただ単に思い込んでるだけなんじゃ……」
「ですよねぇ」
 袁術の物言いに鳳統は張勲と顔を見合わせ首を傾げる。
「そんなことあるものか! 妾が大切な玩具を落っことしたのを踏みつけて破壊したり、ハチミツを茶にいれるときに声をかけてこぼさせたり、それはもう酷いやつなのじゃ!」
「…………」
 張勲も鳳統も言葉が出ない。どう考えても被害妄想だ。
「む、信じておらぬじゃろ! 偶然じゃない、最早必然としか思えんのじゃ!」
「そ、そうなの?」
 あまりにも真剣に語るため、鳳統もさすがに袁術の話を少しだけ信用しそうになる。
「……そ、それに、あやつは……うぅ」
 そこまで言うと、限界を迎えたのか袁術は頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまった。
「ありゃ、すっかり怯えてしまって……かわいいですねぇ」
「え? そ、そうですか?」
 瞳をきらきらと夏が痩せながらほんのりと頬を紅く染める張勲に、鳳統は頬を引き攣らせる。
「いや、そうじゃなくて。この先のこと……はぁ、しょうがないかな。あの七乃さん」
「はい、なんですか?」
「ここに、私が考えた策が書いてあるので実行してください」
「え? 雛里ちゃんはどうするんです?」
「私は他にすることがありますので、すみませんが、美羽ちゃんのこと……お願いします」
 深く、それはもう精一杯の礼をすると鳳統はその場を後にした。自分のなすべきことを実行するために……。

 †

 夏侯淵は国境付近に敷いた陣の中で指揮を執っていた。
「軍糧はこれまでに調達してきたものの中から適量のみ食料庫へと運び入れろ」
 曹操軍の兵士たちが右往左往をしている。あちらこちらから声が飛び交い、その場に立ち止まっている者など一人としていないといえるほどだ。
「ほらほら、もたもたせずに走り回るの!」
「なまけてるやつは鈴々がおしおきなのだー!」
 共に行動していた于禁、張飛もいまは指示出しに取り組んでいる。
 二人にせき立てられている兵士たちはてんてこ舞いといった様子で陣内を駆け回っているが特に抜かりもなく、準備は滞りなく進んでいる。
 本来なら急に決まったことであるというのも兵士たちへの負担の増量へと繋がっているために影響が出てもおかしくはない。
 それがないのも情報を得た曹操の素早い対応、そして彼女の考えを夏侯淵が察しある程度の予測も交えて臨機応変に動いたことが、大して時間をかけず目的を達することへと繋がり、それが軍の動きに余裕を持たせていた。
「もっとも、この夏侯妙才にとってはこれしきのことなど当たり前なのだがな」
 額の一部へと垂れ下がる前髪を書き上げならそう呟くと、夏侯淵は戦場へと変わりつつあり緊迫していく中、ふふと含み笑いをした。
 夏侯淵には曹操の事に関しては大抵の者たちよりも大分理解していると自負しているのだ。
「こらー! 笑ってないで手伝うのだ!」
「ふふ、済まぬ」
 ご立腹といわんばかりの表情で抗議する張飛の元へと向かいながら夏侯淵は再び指揮を執り始める。
「いつ開戦となるかはわからぬぞ! 準備は手早く済ませろ」
「は!」
 夏侯淵の言葉に応答すると兵士たちは一層機敏に動き始める。
 着々と陣形が出来上がっていく。
「しかし、まさかこのような形で調達していた糧秣が役に立つとは」
 それも徐州と隣接している豫州に夏侯淵がいるときにである。皮肉と取るべきか幸いなことだと取るべきか……。
 なんにせよ袁術の動きに即座に反応できたことは良かったのだろうと思えるのは確かだった。
 もし、袁術の偽帝僭称後の行動に一手遅れれば曹操軍にもそれなりの被害が出ていたかもしれない。帝になりきった袁術が攻め込んできたかもしれない。
 そうなったとき、例え対策をすぐに講じたとしてもそれまでの被害は食い止められなかっただろう。
 つくづく、自分が軍量調達に出ていたのは運が良かったと夏侯淵は思った。
「袁術がどう対応してこようとも我が主、曹孟徳には敵わぬだろうな。偽りの帝よ、今回は運が悪かったと思うのだな……ふ」
 夏侯淵の天色の髪をさらさらと流していくそよ風を全身に浴びながら彼女は徐州の方角をじっと見つめるのだった。
 ――それから、数日後。
 陣における兵士たちの仕事も落ち着きをみせ、夏侯淵が戦へ向けて身体を動かすように命じたころ、後続としてやってきた郭嘉、程cの隊と合流してきた。
 到着するやいなや夏侯淵の元へとやってくる軍師組に彼女もまた歩み寄る。
「ご苦労だな。それによくこれだけ早く来れたものだな」
「いえ、特に感心していただくようなことではありません」
「華琳さまからの連絡を受けた後、秋蘭ちゃんたちの位置などを考慮すればここを目的地とすべきと判断できたのですよ〜」
 そこへ帰結できる思考能力に対して感心したつもりなのだが、二人とも特に意に介してはいないようで当たり前といった顔をしている。
 まぁ、彼女たちにはそれが出来て当然なのだろう、そう推断して夏侯淵は先ほどから気になっていたことを問う。
「それで、姉者たちは……」
「間に合いそうもありませんねぇ」
「そうか、相手も意外と粘っているのだな」
 僅かに残念な気持ちを抱きながら夏侯淵はそう答える。
 夏侯淵が軍量調達にでるのと同じ頃から姉の夏侯惇は、領土にはびこる賊軍の討伐などをした後に、荊州でなにやらこそこそとした動きがあると報告のあった張繍の制圧へと向かっていた。
 その張繍が踏ん張りをみせているのだろう、心の半分に否定の考えを抱きながらも強引にそう結論づける夏侯淵に郭嘉がさらなる補足説明をする。
「どうも、春蘭さまが暴れ回って敵味方ともに混乱状態に陥ったようで」
「はぁ……姉者はやはり姉者か」
 どうやら夏侯淵の中にある否定の考えが正しかったらしい。
 そもそも夏侯淵も荊州へと向かった姉の隊に副将として付随した軍師が彼女を制御できるか不安ではあったのだ。そして、案の定"猛将"もとい"猪将"、夏侯惇を御しきれなかったらしい。
「しかし、それでこそ姉者なのだろう。ふふ」
「姉バカここに極まれりってかんじだな」
「ふ、そう言うな」
 程cの頭部でやれやれと肩を竦めている……と思しき仕草をする宝ャに夏侯淵は苦笑する。
「さて、それよりもどうする? 華琳さまの到着を待つか?」
「いえ、それには及ばないでしょう。幸い、秋蘭様の部隊が軍量調達の任についていたのが僥倖でした。輜重の編成に十分な糧秣は確保できたのですから」
「もっとも、既にそれも済んでいるようですし……兵士の方たちも大分身体が暖まっているようですからね。早めに出ても構わないでしょう」
「そうか、で? 袁術への宣戦布告はしたのだろうな?」
「それは、無論です。袁術へは既に討伐の趣意について伝える手紙を出しております。ですから、こちらから攻めること自体には何ら問題はありません」
「そうそう、ばっちりなのですよ〜」
 手紙を出したと思われる郭嘉に次いで程cがのほほんとした声で同調している。夏侯淵は一瞬、二人で用意したのかと思ったが、それにしては郭嘉の様子がおかしい。
 妙に眼鏡に影がさしている。気のせいか、その縁……いや、眼鏡全体がぷるぷると噴火寸前の火山のごとく震えているような気がする。
「ふ、風? 貴女、まさかあの手紙に何かしたのですか?」
「いえいえ、ちょっとしたことを書き加えただけですから、お気になさらずに」
「そんなことを言われても、気になるものはなるわよ!」
 あくまで、答える素振りをみせない程cに郭嘉が詰め寄らんばかりに鼻息荒く問いただしている。
 夏侯淵は、二人の間に入り、郭嘉をなだめる。
「今は、それよりも軍議だ。隊の編成、そして、お主の策も訊かせてもらわねばならぬのだ。頼むぞ、稟」
「はっ!? ……は! 申し訳ありません」
「わからばいい。それより、一刻を争うのだ、行くぞ三人とも」
 そう言うと、夏侯淵は郭嘉と程c……そして、三人のやり取りをじっと眺めていた諸葛亮を幕舎へと連れて行く。
 夏侯淵たちが幕舎の中へ姿を見せるやいなや、集まった諸将の内の一人、張飛が駆け寄ってくる。
「あ、朱里!」
「鈴々ちゃん!」
 やはり、元々仲間同士であるほうが気心も知れているぶん、表情も柔らかくなるようだ。笑顔で見つめあう張飛と諸葛亮を見ながら夏侯淵は思う。
「さ、それよりも軍の編成についてはなしますよ〜」
 再開に頬を綻ばす二人を促しながら程cが夏侯淵の方へと視線を向ける。それに頷くと、夏侯惇はすぐに地図を広げた。
「これが、徐州の地理だ。そして、我らがいるのが、この豫州との国境だ」
「そうなると、進行する道取りはここから国境を越えましょう。どうやら敵軍は国境付近の警備には余り兵力を回していないようですしね」
「と、なれば、まずは定石通りに正攻法といくべきか」
「ただ、兵の総数においては袁術軍の方が我々を上まっているのは覆しがたい事実。ここは、袁術のいる下邳へと向かう道中は敵の攪乱を計りつつ進むべきでしょう」
「そうして、敵軍の兵力分散を図る……か」
「えぇ、幸い、弓弩において最も信頼の置ける秋蘭様の隊がおります。これを有効に使わない手はないでしょう。それに、河北四州のうち、三州を既に治めている公孫賛の元へ朝廷の遣いが訪れたという話も間者より入っています。おそらく彼女も動いていることでしょう」
「なるほど。袁術がいまいる徐州との距離がそう近くもない別の諸侯ならばまだしも隣接した土地を領地とする公孫賛に動きがないわけがない。ということか」
「ええ、そうなれば袁術軍の兵力はまず二分されるでしょう。恐らくは公孫賛軍もそれを狙うでしょうから、これは間違いないかと」
 郭嘉の言葉に夏侯淵も頷く。今や袁術に追いつかんとする巨大勢力となった公孫賛。彼女の率いる勢力が動けば袁術討伐における曹操軍の負担が大いに減るのは確かだ。
「更に、我ら自身も敵の戦力を分散させて各個撃破していけば華琳さまが到着する頃には戦局は大いにこちらへと傾いていることでしょう」
「それはそうだが、分散させても相当な兵力だと思うが……その辺りは大丈夫なのだろうな?」
「えぇ、平気でしょう。何しろ、相手は袁術。これといって優れた参謀や智将が存在するとは聞いたことがありません」
「まぁ、数だけの軍と言っても過言ではないからな」
 郭嘉の説明に夏侯淵も納得がいったと言わんばかりに首を縦に振る。そして、諸将を見渡してもう一度頷いて見せる。
「では、于禁隊。張飛隊は遊軍として相手の注意を惹きつけよ。その間に、私と稟で敵の弱部を突き、全体を崩す。一斉攻撃はその時だ」
「はいなの!」
「おう!」
 夏侯淵の采配にはじめに返事をしたのは于禁、そして張飛。二人とも元気よく返答をし、やる気が満ちあふれている様子を見せている。
「風と諸葛亮殿には後方で華琳さまが合流するのを待って貰う」
「わかりました。後方はお任せください」
「は、はい」
 程cは普段と変わらず緊張感の感じられない様子で、諸葛亮は逆に驚きを最大限出したかのようにわたわたしながら応答した。
「よし! では、各自編成した隊を率いて動くぞ」
 その夏侯淵の号令を元にそれぞれが幕舎から飛び出ていく。そして、全員が持ち場へと向かうために立ち去ったのを見送ると、夏侯淵もゆっくりとした、それでいて確かな足取りで幕舎の出入り口へと歩みを進めた。



 軍議を終えてから、曹操軍の将、于禁は張飛とともに袁術軍の注意を惹きつけるため主立った攻撃をしつつ、状況に応じて動く遊撃隊として国境付近の拠点を制圧しつつ徐州進行を続けていた。
「やけにすんなりと通してくれるけど。これは……いくら袁術が率いているとはいっても明らかに変なの」
 妙に手応えがないのだ。攻め込むたびに抵抗は見せるものの、敵軍はすぐに後退していってしまう。
 もし仮に、ここにいるのが夏侯惇将軍や許緒ならば、「そんなもの、碌な相手がいなからだ」と断言してしまうところだろう。
 だが、于禁にはそうは思えない。いや、于禁からすれば一体どういう状況に陥っているのかわからないのだ。
 仮にここに夏侯淵なり、軍師の誰かがいればもう少しなんとでもなりそうではあるのだろうが……。
「えっと、敵の狙いは……消耗? ううん、それにしては……変なの」
 確かに、無駄に頻繁におこる戦闘によって徐々に武器や装備が減ってはいる。だが、その代わりに兵士たちの緊張は高まっており、常に臨戦態勢といってよい状態を維持できている。
 これならば、いつ敵軍とかち合って戦闘に入っても問題はないだろう。
「斥候より連絡! また敵部隊です。二十里ほどさきに陣を敷いている模様」
「わかったの。よぉし、歩兵部隊は大盾を持って敵の気をひくのに専念して。その間に別働隊が敵の編成をよく観察するの。必ず打ち破れるはずなの」
「さーいえっさー!」
 于禁直々に精練した兵士たちがざっざっと音を立てながら大盾にかくれつつ前進していく。敵はそれに反応を見せ、弓弩による射撃が襲い来る。
 于禁はその様子を後方で窺っていた。
「よぉし、敵の射撃が止んだところでこちらが逆にこちらから射ってやるの!」
「いえす、まむ!」
「ただし、横に回り込んでからなの! お前らのような虫ケラなら草むらの中だろうお厠の床だろうと這いずり回るくらい楽勝のはず、違うか?」
「いえす、さーーー!」
 そう返答すると、別働隊として弓弩隊が草にまぎれながら移動を開始する。
「張飛ちゃん!」
「おう!」
「敵が、別働隊の攻撃に意識を向けたところで歩兵、騎兵、両方を引き連れて一気に突っ込むの!」
「わかったのだ!」
 そう叫ぶと張飛は一隊を纏め始める。
 その後の流れは一方的だった。
 甲羅に籠もる亀のごとくじっと動かない大盾の影にかくれた歩兵にたいしてしびれと集中をきらした敵が一瞬の油断を見せる。
 そこを敵軍の隙を待っていた別働隊が一斉射撃の餌食にした。
 横合いからの一斉射撃を受けた敵の注意が歩兵隊から別働隊へと向かった。その瞬間、于禁、張飛らは歩、騎、両兵を率いて総攻撃を仕掛ける。
「いくのー! やっちまうの!」
「突撃なのだ!」
 そして、于禁隊および張飛隊は敵部隊を散々に打ちのめすことにせいこうするのだった。
 一方の敵部隊といえば、押し寄せる騎兵と歩兵、更に降り注ぐ矢の雨に堪らんとばかりに一人残らず撤退の様相を取った。
 もちろん、それに対して追撃をかけ、張飛と于禁は蹴散らしてみせる。
「逃がさないの!」
「うりゃうりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」
 まさに獅子奮迅の活躍といえよう二人の猛攻に敵部隊はもはや散り散りになって蜘蛛の子を散らすように消えていった。
 結果は敵陣を後退させることの成功及び自軍の士気高揚というものとなった。
「なんだか、拍子抜けする戦いなのだ」
「いまいち、倒しがいのない相手だったの」
 于禁も張飛同様肩を落とす、ただ、その感想は違う。于禁には敵軍の動きが妙に気持ち悪く感じられて仕方なかった。
 どこに目的があるのかがわからないのだ。
 それからも同じような戦いの繰り返しとなる。
 敵部隊を撃破、そして残存兵が撤退し敷き直した陣と向かい合う。
 再度戦闘……それは何度にも渡る戦い。
 それでも于禁、張飛の二人が率いる遊撃隊の連勝が続くが、それはあまりにも図にはまりすぎている感のある勝利で、奇妙さすら覚えさせるほどだった。

 †

 遊撃隊が好調に進行している一方、別働隊として動いている夏侯淵と郭嘉は、主力を率いて遊撃隊の真っ直ぐな軌道とは別に迂回しつつ、敵の隙をついて戦力をけずることを目的として敵を狙いやすい位置を探りながら移動していた。
 地図を片手に辺りを見渡していた郭嘉が、全体に停止の号令を出した。夏侯淵もそれに従い、その場に留まる。
「秋蘭さま。我が隊が分散した敵をこの谷間に誘い込みます。貴君の隊には機を逃さずに一斉掃射をかけていただきます」
「ふむ。悪くはないが上手くいくかどうか……いや、相手はあの袁術だったな」
 無駄に慎重になりかけて夏侯淵はふっと息をはいて肩の力を抜く。敵の兵数のことを考えて気持ちを昂ぶらせていたが、その総大将は袁術。
 袁術と言えば、袁紹と並ぶ大馬鹿君主と言われても可笑しくないほどの愚者だ。そこまで頭は回らない。
 ならば、あまり複雑な手を打つ必要もないだろう。むしろ、練りすぎれば袁家特有のわけのわからない行動によっていらぬ損害を被りかねない。
 そう、なんとなくだが、凝った策を講じれば逆に奇跡的な一手をまぐれで打たれこちらが危機に追い込まれかねない気がするのだ。
「まぁ、そういうわけですので。」
「うむ。わかった。夏侯妙才の腕前、存分に発揮させて貰おう」
 そう言うと、夏侯淵は自ら弓弩隊を率い、予定地である渓谷へと駆けだした。

 †

 夏侯淵隊と別れた後、郭嘉と彼女の率いる隊は、おそらく谷を抜けた先で待ち構えているであろう敵軍を引き寄せるため、静かにそれでいて確かな足取りで進軍していた。
「それにしても、視界が悪い」
 郭嘉は辺りを見渡してみる。詳細なところまではよく見えない。どうやら太陽の向きもあってか陽射しが全くと言って良いほど差し込んでおらず、薄暗く少し先ですら様子を窺い知ることができない。
「このようなところしかなかったとはいえ……偶然にしても辛い環境ですね」
 そう、配置にちょうど良い地形がここしかなかったのだ。
「よいですか、この先は慎重に進みます」
 郭嘉は淡々と歩を進めていく中で隊の兵士たちへとそう告げて一度仕切り直した。
 そして、郭嘉隊は一歩一歩、周囲に気を配りながら全身を始めることにした。
 それからしばらくは真っ直ぐ、確実な重い歩みで谷間を進んでいた。すると、なにやら一層黒く染まった影が見えてきた。
「……伏兵? いや、その割には動きがない。それに周囲の自然に変化もない……?」
 影の付近にいる動物、鳥などは特に動かない。また、谷間の入り口から吹き込んでくる強めの風にも動じていない。
「これは……一体?」
 疑問に思い、郭嘉は矢を放たせる。
 ぴゅっと風を切り裂くようにして飛びつく矢。
 その鏃が影に触れるが、がきんという妙な音を立ててはじき飛ばされる。
「大盾……ではなさそうですが。うぅむ……はっ、これは!」
 じりじりと近づいた郭嘉の瞳に飛び込んできたのは……巨大な岩がいくつも重なり合って道をふさいでい姿だった。
「しまった、これは……罠!」
 その光景だけですぐに察した。この薄暗く前進するにも慎重さを求められる道筋、そして、あと少しで出口というところでの道をふさぐ大岩の山。しかも、その隙間からは谷間の出口が見える。
 つまり、郭嘉たちはかなり奥まで進んでいたのだ。
 こんなことをする目的はただ一つ、郭嘉隊を足止めし、その隙に伏する予定だった夏侯淵隊を孤立させるということ。
 つまり、敵は既にもう片方の隊に狙いを定めていたのだ。
「まずい、戻ります。後退! 後退!」
 慌てて郭嘉は隊を下げさせる。いち早く夏侯淵隊と合流しなくてはならない。
 こちらが無駄に時間をかけてしまった分、夏侯淵隊に危機が近づいているのだから……。

 †

 郭嘉隊が谷間を突き進んでいた頃、夏侯淵隊は谷間からは見えず、上方からは見えるという絶好の位置に待機し、郭嘉の隊が敵を引き寄せるのを待っていた。
 だが、その背後から襲い来る袁術軍の将が一人、紀霊の率いる騎兵の俊敏な動きに反応することはできなかった。
 気がつけば、隊の後方をごっそりと削り取られていた。強引に押し込まれ、谷底へと落下していく兵、馬の下敷きとなる者など阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「くそっ、退け! 弓弩隊、射撃にて牽制しつつ下がるのだ!」
 自らも的確に一人、一人の兵を射貫きながら後退を始める夏侯淵。自分がこうも裏をつかれたことによって郭嘉の方にも何かがあったかもしれないと、即座に思考を巡らせたのだ。
「素早く、引いて郭嘉隊と合流するのだ! くそっ、これでは対抗しきれぬか」
 さすがに数の多さ、そして、奇襲をかけようとしているところへのまさかの奇襲による混乱、どう考えても持ち直すので精一杯だ。
 そう判断し、夏侯淵は側近の弓弩隊を含め迅速に敵の包囲の薄いところを突き抜けていった。
 背後から追ってくる馬蹄の音が聞こえる。
 夏侯淵はすっと静かに振り返る。
 弦を弾き、きりきりと音を立てさせる。
 ゆっくりと、先頭を走る紀霊へと狙いを合わせる。
 一層、矢を引く力を込める。
 狙い澄ます、ただじっと。
 馬の振動を感じながらも敵を捕らえてはなさい。
 そして、矢を解き放つ。
 矢はびゅうっと空気を切り裂く音をさせながら飛んでいく。
 そして、どすっと紀霊の馬に刺さる。
 紀霊が落馬し、それにまきこまれた他の騎兵が次々と倒れていく。
「よし、いまだ! 全速前進! 敵を振り切るぞ」
 そう言って夏侯淵は更にその速さを増していった。

 †

 戦があちこちで起こり始める徐州、その北部。
 鳳統が一隊を率いて一心不乱に北上していた。向かうは青州。おそらく公孫賛軍がやってくるであろう方向。
「はやく……はやく行かないと」
 滴る汗を気にも留めず彼女は進み続ける。前へ前へ、と。
(曹操軍に対する足止めもそう長くはもたいないはず。曹操さん自身が来たらそれで終わり……なら、それまでに)
 敵の裏をかく策を張勲に託し、彼女は別働隊を率いて出てきたのだ。そう、たった一つの目的のために。
 そして、鳳統が託した策こそ、世間の認知する袁術との差別化を図る方法だった。
 袁術ならばしないであろうことをする。兵法において本来なら基礎過ぎて逆手に取られてもおかしくはない。
 だが、今回は場合が異なる。袁術に対して練られる策こそ兵法の基礎に基づいた作戦になるはずなのだ。
 だから、鳳統はその裏をかく。相手が、守りの薄いであろう部分を叩くならばその地点を目標として弓弩隊を付近の森林に配置する。
 もし、相手が自軍を誘い込み罠にかけるつもりならそれを行う上で絶好の地形のある場所を先に抑えておき、油断したところに奇襲をかける。
 そうして、相手が普通に裏をいくのにたいして、鳳統もまた愚直に裏をいく。そうすることで、防衛網を突破して進撃してくるであろう敵の主力を何割かずつ削ることができる。
 そうすれば、敵の侵攻は停滞し、袁術のいる下邳城へ辿り着くまでの時間はのびることになる。l
「……でも、鈴々ちゃんには悪いことしちゃったかな」
 仲間の……今でも彼女にとって大切な仲間のことを想い、鳳統はほおっとため息を吐く。
 おそらく陽動を担うであろう張飛の隊に対しても、鳳統はちょっとした策を仕掛けさせていたのだ。
 小刻みに仕掛けさせ、敵兵の精神を常に昂ぶらせ、疲労を誘うのだ。そうすれば、途中までは快進撃をするも、そちらもまた進軍を停止せざるをえなくなるだろう。
「でも、しょうがない……よね」
 誰に出もなく一人呟いた鳳統の言葉はただただ風に乗ってどこかへとながされていくのだった。

 †

 なんとか、逃げ帰ってきた夏侯淵隊と合流した郭嘉は、そこで隊の編成をし直し、更なる迂回をしながら進軍していた。
 そして、気がつけば日もすっかり勢いをなくしている。
 そんな中、目の前に河川が広がっている地へと出たところで郭嘉は、河川を迂回せずに日が落ちるのを待ち、渡河せる方法をとることにした。
 筏、浮き船を用いて大方の兵士を対岸へと送り込む。だが、半分以上の将兵が向こう岸へと辿り着かんとしたところで闇夜から複数の矢がいなごの羽音のごとくぶぅぅううんという音を立てて飛び交ってきた。
「まずい! 退くのです、はやく!」
「ちぃ、待ち伏せか!」
 撤退の報せを出させる郭嘉の横で夏侯淵が舌打ちをする。その言葉の通り、袁術軍の待ち伏せを食ったことになる。
「まさか、また読まれていたというのか……」
 郭嘉は思わず歯がみする。
 なにしろ、この作戦もまた郭嘉の考えたものだったのだ。程度の良い大きさの河川……その辺りならば普通は手薄になっていてもおかしくない箇所のはずだった。
 それも相手はバカと名高い袁術軍。攻め処をもろに晒すに決まっている……郭嘉はそう考えていたのだ。
「なのに、これは一体……」
 河川を再び渡る兵士たちの何人かが矢に貫かれていくドスっという音を耳にしながらも郭嘉は判然とした気持ちのまま対岸の闇から目を離すことが出来なかった。
「これで何度目だ。やつらに裏をかかれたのは!」
 地面を思い切り踏みつけながら夏侯淵が吐き捨てるように叫ぶ。
 これまでも敵の裏をかこうとすればそこに敵の多くが配置され、ならば裏の裏をといけばそこに敵軍が配備されていた。
 そして、今回のこのありさまだ。完全にしてやれらたとしか言いようがない。
「なんたること……この私が手玉にとられるなんて……華琳さまに顔向けできません」
「いや、ここまで来てようやく確信が持てたといっていいだろう。敵の中にお前たちと変わらぬ才を持つ軍師が紛れている」
「……一体、何者なのでしょうか」
「さぁな。だが、一つだけ言えることはある。相手の戦力を改めるべきだ」
「えぇ、これ以上被害を出すわけにはいきませんからね」
 夏侯淵と郭嘉が頷き会うところへ、伝令がやってくる。
「報告! 于禁、張飛、両隊が敵軍を蹴散らし、さらなる進行に成功したそうです」
「わかった。下がれ」
「は!」
 夏侯淵の言葉に芯の通った声で返答すると、兵士は矢のごとく颯爽と立ち去ろうとする。郭嘉は慌ててその兵士を呼び止める。
「あ、待ちなさい」
「まだ、何かあるのですか?」
 急な制止を受けたためか微妙に体勢を崩しかけながら兵士が郭嘉の方へと振り返る。
「于禁、張飛らには敵を深追いせず、こちらが合流するのを待つよう伝えてください」
「は! かしこまりました」
 そう勢いよく返事をすると。兵士は今度こそ、立ち去った。
「やはり、敵は兵の配置に関しては主力であるこちらを抑えることに専念しているようだな」
 兵士の報告にあったことを吟味するように夏侯淵が言った言葉に郭嘉も同意だというように深々と頷く。
「えぇ、それどころか。沙和たち……いわゆる正面攻撃を基とさせている遊撃隊の方を調子づかせ、あわよくばそちらだけを吊り上げようとしている。もう片方の敵の動きからはそのような狙いが見え隠れしているように思えます」
 そこで一息吐いて、郭嘉はさらに続ける。
「恐らくは主力であるこちらの消耗。そして、分隊である遊撃隊に深追いをさせる。この二つを同時に狙った策を張られたのは否めません」
「二重の策か。なかなかやるな。だが、我らとて、私とともに稟が、そして後方には風が……二人の良質な軍師がいる。なんら恐れることはあるまい」
「そのお言葉はありがたいのですが、敵とこちらにおける唯一の差があります」
「それは?」
「地理に関しての把握度です」
「……なるほど、敵の中に徐州についてよく知っている者がいるわけか」
 夏侯淵が納得したように重々しく頷く。
「そのために、こちらがどの点を狙うかあらかじめ予測を立てていたと思われます」
 そうでなければ、何度も郭嘉が裏をかかれるはずがないのだ。そう簡単に自分の策が見破られるなど、ありえない……それは郭嘉の誇りにかけてあってはならないことなのだ。
 だから、相手はこちらにはない何かを持っているとしか思えないのだ。
「……少々侮っていたか」
 夏侯淵が呟く。それを耳にして郭嘉ははっとする。確かに相手を袁術だからという理由だけである程度やり込めることのできる存在だと思い込んでいた節があった。
(まだまだ、私も未熟ということですか)
 よく考えれば奢っている部分もあったのだろう。曹操に召され、数々の献策によって彼女を支えてきたという自負が郭嘉に自信以上のものを持たせていたのだろう。
 だから、慎重に行動することもせず敵の策にまんまとはまってしまった。そうとしか考えられない。
(もしや、私が袁術を侮ると読んだ上で……だとすると、恐ろしい相手だ)
 徐州をよく知り、袁術という君主に対する周囲の評価を冷静に分析している軍師……その人物に郭嘉はそこはかとなく脅威を抱かざるをえなかった。
(この戦、どう転ぶかわかりませんね……)
 既に先へと進んでしまった別働隊と合流するために動きながら郭嘉は一抹の不安を胸に抱えるのだった。

 †

 この戦に関わる者たちが様々な想いを錯綜させる中、袁術の元へ曹操軍からの手紙が届いていた。
 それを受け取った張勲が持ってきた兵士を下がらせる。
 そして、軽々しくひょいと広げる。その手紙には――、
『袁公路に告ぐ。即刻、帝の位を僭称するのを止めよ。さもなくば、この曹操をはじめとした各国の諸侯が反逆の徒を野放しにはせぬ』
 きっちりとした文字でそう綴られていた。
「どういう意味じゃ?」
「つまり、帝を名乗ったお嬢さま打倒するつもりみたいですね」
「ぬぅ、曹操ごときがうぬぼれおってぇ」
「あら? まだ続きがありますねぇ……なになに、追伸――むむぅ」
 そう言って、張勲が続きを読もうとするが、眉間にしわを寄せて袁術へと手渡す。
「あのぉ、お嬢さま。ちょっと、七乃には難しくて読めません」
「まったく、情けないのう。どれ、妾が読んでしんぜようぞ」
 大仰に宣言すると、袁術は手紙を開いた。そこには、
『追伸――伝国の玉璽を手に入れたからといって帝を名乗るなんて、まるでお猿さんですねぇ〜うきき、うき、うきき? うき、うきい! うききき、う――』
 明らかに袁術をおちょくった内容が記されていた。しかも後半は猿語……らしき言葉で埋め尽くされている。
「二つの言語が混ざって追っては最後まで読むのが一苦労ではないか〜!」
「さすが、お嬢さる。観点が常人とは違いますねぇ。お嬢さるは人じゃありませんね」
「…………今、途中途中でなにか変ではなかったかのう?」
「なんのことですか?」
 何か、違和感があったが張勲は首を傾げるだけ。袁術は違和感の正体がわからずやきもきしつつも、手紙の送り主……その大元である曹操に対して怒りを爆発させる。
「許すまじ、曹操!」
「おぉ、お嬢さるが本気で怒りました」
「……なんか知らぬがやはり腹が立ってしょうがないのう?」
 気のせいか、主に張勲に声をかけられることで……のような気がするが、きっと思い違いに決まっている。そう考え、袁術は曹操を如何にしてやりこめてやろうかと思案を巡らす。
「うぅむ、曹操軍は豫州から来る……雛里はそれに対して足止めさえすれば後はなんとかすると言っておったが……」
「それじゃあ、いっそのこと揚州にいる孫策さんを呼び寄せて南から油断してたるんでいる横っ腹を攻撃してもらうっていうのはどうでしょう?」
「おぉ、それじゃ! よし、すぐに伝令を放つのじゃ!」
 袁術がそういうやいなや張勲は一人の兵士に今の内容を伝え、間者を放たせた。
「これで、お嬢さるの怒りも発散ですかね?」
「あったりまえなのじゃ! 曹操なんぞけっちょんけっちょんにしてくれるわ〜! あーっはっはっは!」
 胸をそらし、袁術は声高らかに笑う。打ちのめされた曹操の姿を想像するだけで気分が良くなる。
 もう既に袁術の中では自らの勝利を半ば確信するように自信に満ちあふれていた。

 †

 都から舞い戻ってきた曹操は、ついに豫州との国境の先に敷かれた曹操軍の本陣へと辿り着いた。
 曹操が姿を見せるやいなや、陣内に緊張感が走るのが感じられる。と、そこへ一人の人物がゆっくりと歩み寄ってくる。
 それは、軍師である程cだった。曹操は軽く笑みを造ると彼女に声をかける。
「風、お迎えご苦労さま」
「いえいえ、することがたいしてないので暇でしたので、とくに大変なことなどはありませんでした〜」
「ふふ、そう。それで? 他の者たちは?」
「は。孔明ちゃんは風とともに残っていますが、後は既に侵攻を開始しておりますよ。張飛ちゃんと沙和ちゃんは遊撃隊の任を全うしつつ、進軍中、稟ちゃんと秋蘭ちゃんは遊撃隊が囮となる隙に敵の手薄なところより侵攻して、敵軍の攪乱および、大幅な消耗を企てて行動しています」
「そう。特に問題は……ないようね」
 程cの言葉に納得し、頷きつつも曹操の視線は余所へと向いていた。彼女の瞳に映っているのは劉備だった。
 何やら諸葛亮と話し込んでいる彼女の様子が気になるのだ。長安を発ったときからずっとおかしい。
 とはいえ、今はそれよりも袁術だと考え直し、曹操はすぐに程cへと指示を出す。
「それじゃあ、私たちも出るわよ。風」
「はいはい、了解なのですよ。準備は出来てますのですぐにでも向かうとしましょう」
「えぇ、劉備。貴女たちもよ」
「は、はい。すぐにでも」
 多少の慌てぶりを見せながらも劉備は即座に動いている。諸葛亮の意見も聞きつつ、隊を編成について話しているようだ。
(ふぅん、少しはそういう面にも真剣に取り組むようになったようね)
 戦いを余り好まなそうなきらいのある劉備が軍備に対して真剣な表情をするというのも一つの変化なのだろうと曹操は思う。
「これも、あの一言が原因なのかしらね」
 そう呟くと、曹操は劉備に伝えた事を思い出す。
 それは、臣下である夏侯淵や程c、郭嘉らが曹操の意を組んで動くことを予測し、この地へと向かってきていたときのこと。
 実は輜重を最低限の量にして軍を走らせていたのだ。もちろん、劉備にはそのことについてどう思うか訊いてみた。
 すると、彼女は「輜重を少なくすれば早く着けるとは思いますけど、これじゃあ 」
 そして、それにたいして告げた曹操の答えは――
「甘いわね」
 だった。劉備は非常に目を丸くしていた。
「貴女のいったことは兵法に照らし合わせるとあっているとも言えるわ。でも、そうじゃないのよ。実践というものはね」
 その時の劉備の顔は今でも印象に残っている。真剣な眼差しで曹操の言葉へと耳を傾けていた。
 まるで、少しでも曹孟徳という人物を知ろうとするかのように。
「常に状況は変わっている。そして、必ずしも同じ条件でことは始まらない。要は応用を利かせなくてはならない。臨機応変よ」
 曹操はそれからも真面目に説明を続けていくが、劉備もまた真剣に聞き入っていた。
「今回は、秋蘭の部隊が軍糧調達のために動いていた。だからこそ、こちらで輜重隊を大仰にする必要は無い。それよりはむしろ、向こうと素早く合流するためにも軽くしなくてはならないのよ」
「つまり、今回の場合は速さが重要だということですか?」
「その通りよ」
「戦の作法って難しいですね」
 それまで硬い表情を貫き通していた劉備が初めて崩した。といっても冷や汗混じりの苦い顔だ。
 そんな劉備に思わず曹操が吹き出しかけたところで思いも寄らぬ所からも反応が返ってきた。
 そこまで思い出したところで、程c及び劉備たちの準備が整ったようだ。程cが代表して近づいてくる。
「華琳さま。全軍、出陣可能です」
「そう、それじゃあ、すぐにでも行きましょ」
 そう言って、馬を進ませ始めると、程cとともに準備に取りかかっていた荀ケがすっと寄ってくる。
「それにしても、華琳さま。関羽は今どうしているのでしょう?」
「さぁね。案外、もう下邳郡辺りまで行ってたりしてね」
「まさか!」
「冗談よ」
 表情を強張らせる荀ケに曹操は肩を竦める。もっとも、内心ではもしかすると冗談ですまない可能性もあると付け加えながら……。
 そう、関羽は既にこの場にいない。
 劉備に戦というものについて語ったときのことだ、あのとき劉備とは別に関羽が反応をしめしたのだ。
 彼女は曹操にたいして「速さをとうような自体ならば、この関羽、騎馬隊を率いて先に袁術を攻めに行きたいのだが?」と申し出てきたのだ。
 確かに、関羽には彼女自身が育て鍛えた騎馬隊がついていた。関羽の隊のみで先行させれば更に早く戦場への影響を与えることが出来る。
 とはいってもそれがどう影響するかはわからない。ゆえに曹操は考えたが、結局は行かせた。
 そう、関羽は既にこの徐州内で袁術を目指し駆けているのだ。
「だけど、気になるのは……」
 隣にいる荀ケが視線だけで聞き返してくるが曹操は答えない。別に彼女に言ったつもりではないからだ。
 ただ、少しだけ申し出てきたときの関羽の様子がひっかかっていただけなのだ。
 そう、あの時の彼女は……、
(異常なまでに眼が据わっていた。血走っていないのが不思議なほどに)
 まさに鬼気迫るような気迫をしていたのだ。
 一体、関羽の内情に何があるのか……さすがの曹操にもそれは読むことができなかった。
 ただ何かが起こる、そんな予感だけが曹操の中にはあった……。

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