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948 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2010/05/30(日) 00:38:23 ID:iV8N2Hz80
無じる真√N-41話を専用板にUPしましたので告知をしておきます。

※増えてきてたので前書き削りました。

(この物語について及び注意点)
・展開などのため、原作と呼称が異なる場合あり。
・恋姫†無双(真ではありません)のED前からの派生の話。
・時折18禁あり。
・複数の資料を参考としてます。ただし薄味程度。
上記が苦手な方にはおすすめできません。

(その他)
・話の都合上、原作プレイ経験ありを推奨。
・URL欄はメールフォームです。(必須項目は設けていません)
※意見、感想などはそちらでも構いません。
また、メールフォームから以前頂いた質問と解答へのリンクがあります。


URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0532

よかったらお読みください。


 「無じる真√N42」





 その日も郭嘉は、程cと共に諸葛亮の元を訊ね、彼女と角突き合わせるがごとく激しい禅問答を繰り広げていた。
「――ふむ、ですが、これですと――」
「いえ、ですから。そこは、ですね――」
「ふむふむ、なるほど。そこは気付かなかったのですよ〜」
 主に内政についての話だった。
 軍糧などに関しては現在は夏侯淵たちに調達をまかせているため何とも言えないが、おおよその予想は出来ている。そして、それを元に次なる政や策を練ることも可能だった。
 また、一層自勢力を強くしていくには富国強兵……民、それも農民から見つめ直していかなければならないことにも着目していた。
 考えなければならないことが今は山積みだった。
 ただ、それも致し方ないこと。何しろ、いまや河北の三州を領土としてしまった公孫賛が隣り合わせで存在するのだ。
 いつ互いにぶつかることになるかわからない。ならば一刻も早く国力増強を進めなければならない。
 その為ならば、元々は別の勢力の軍師であろうと使い切ってみせようとすら考える程に郭嘉は意気込んでいた。
「あ、そこはもっとこうしたほうが……」
 再び諸葛亮の口から問題点と改善方法が告げられる。諸葛亮の政に関する知識、考えはかなりのものがあった。
 それなりに知識、知恵や策謀など様々な者を頭に詰め込んであると自負している郭嘉ですら参考になる事もあったほどだった。
 そう思いながら郭嘉は改めて感心しながら諸葛亮へと目をやる。
「それにしても……未だ幼いのによくそれだけ優れた知恵をお持ちだ」
「はわ! むぅぅぅ」
 何気なく言った郭嘉の賞賛の言葉に諸葛亮が不満の色を露わにする。何か失言でもあっただろうかと首を捻り始めようとしたところで頬を膨らませた諸葛亮がぶつぶつと愚痴り始めた。
「私、子供じゃありません。みんなして、子供子供って……人を見た目で判断しないでほしいものですよ! って、誰がぺたんこですか!」
「そんなこと、私は言ってませんよ!」
 何故か怒り出した諸葛亮に郭嘉は慌てて弁明の言葉を並べていく。
「確かに、見た目から幼いと思ったことは申し訳ありませんが、別に胸のことをとやかく言うつもりはありません」
「稟ちゃん……」
「風、なんです。その眼は?」
 複雑な表情で見つめてくる程cに郭嘉はじろりとにらみ返す。
「いえ、なんでもありませんよ〜」
「しかしですね」
「そんなことよりよぉ、確かに嬢ちゃんの胸……無いよな」
「なっ! し、失礼なこと言わないでください!」
 宝ャのいらぬ一言で諸葛亮に再び火が付く。
「大体、それを行ったら程cさんだってぺったんこのないないじゃないですか!」
「おやおや、風にそう言われましても〜。別に気にしてませんから。ホントですよ?」
「…………」
 程cの言葉に郭嘉と諸葛亮の視線が合わさる。じっと程cを見つめる。まったくもって真意がわからない。同盟の同志となるだけの素質は秘めているのだが、今一程cの立ち位置ははっきりしていない。
「なんにしても、大きければよいというものではありません!」
「今、諸葛亮殿が良いことを言いました! 大きい胸が正義であるものか!」
「大体、愛紗さんも桃香様も肩が凝りやすいだのなんだのと、あてつけのように!」
 諸葛亮の言葉に含まれる怒りの感情がまるで他人事には思えない、それどころか自らがその場面にでくわしたかのような怒りが燃えさかる。
「なんという暴挙! 巨乳許すまじ!」
「巨乳は敵! 巨乳なんか偉くも何ともありません!」
 拳を握り声高らかに叫ぶ。その声は諸葛亮と一つになっていく。郭嘉はそんな気がし始めていた。
「おやおや、勢力を超えてここに新たな同盟結成のようですねぇ〜」
 程cのその一言に諸葛亮がぴたりと動きを止める。そして、ゆっくりと時間をかけるようにして郭嘉の方へと眼を向ける。
 よく見ると、その瞳は希望と期待によって素晴らしい輝きをしていた。郭嘉は奇妙な緊張感に包まれ、ごくりと唾を飲み込む。そして、一切の音を立てないよう気をつけて諸葛亮の言葉を待つ。
「新たな同盟ですか……ということは既に?」
「えぇ……もしや、そちらも?」
 確認を取るように訊き返す。眼と眼を合わせただけでわかる。諸葛亮も既に得ているのだ、郭嘉のように同士を……そう、郭嘉には既に同士がいる。
 同じ曹操軍の許都、典韋、荀ケがそうだった。
 おそらく、諸葛亮にもそのような同士がいるに違いない。向こうも同じ事を想ったのだろう。不思議なことに示し合わせたように二人同時に頷き会うことができた。そして、
「仲間!」
「同志!」
 気がつけば、郭嘉は立ち上がり諸葛亮と熱い握手を交わしていた。
 丁度その時だった、部屋の外をどかどかと駆ける足音が聞こえてきたのは。郭嘉がそれに気が付いた矢先、扉が勢いよく開かれ一人の兵士が転がり込むようにして入ってくる。
「こ、こちらにおいででしたか。お二方」
「おや、どうしました〜?」
 汗を滴らせ、息を整えるまもなくやってきたらしい兵士に間延びした……それこそ、やってきた兵士とは真逆なほどのんびりとした声と態度で程cが問いかける。
「は。実は、袁術が自らを帝と名乗り、仲という国を立ち上げると宣言したそうです」
「それは、知っていますよ」
 郭嘉は特に動揺することもなく冷静に返す。それに対して兵士が目を丸くしている。袁術の帝位僭称に関しての情報は既に郭嘉の耳に入っていたのだ。少し考えればわかることだ。
 今、曹操がいる長安よりもこの?城の方が徐州に近いのだから。
 そして、兵士が驚きを露わにしている理由であろう、対応策を講じずこうして諸葛亮相手にのんびりと話し合いをしているのにも訳はあった……そう、郭嘉たちの行動は君主たる曹操の判断次第としていたのだ。もっとも――
「準備は整っています。すぐにでも向かう用意しましょう」
「そうですねぇ〜。おそらく、秋蘭さんたちも向かっているでしょうから合流するとしましょうか」
 程cの言葉に郭嘉は力強く頷く。恐らくは夏侯淵の元にも既に伝令は伝わっている頃だろう。ならば、自分たちに求められるのは今から夏侯淵に連絡を取るのではなく、向こうの動きを予測し、それに合わせた行動をとることなのだ。
「華琳さまならば、間違いなくあちらへも伝令を放っていましょう」
 そうなのだ。曹操は必ず、最適な判断を下し、決行する。
 郭嘉はそう信じている。まるで目の前で行われるそれを見ているかのごとく想像することだって出来てしま
うほどだ。
 それは曹操への絶対的な信頼である。郭嘉はそのことでは誰にも撒けない自身があった。それこそ、となりでのほほんとした表情をしながらもその内面には様々な思考を張り巡らせている付き合いの長い少女……程cを相手としてもだ。
「華琳さまのことです。既にあちらにも早馬を放っておいででしょう」
「おそらく、多少の差はあれ、すぐに伝わるでしょうねぇ」
「えぇ、そうなると……大体、合流する場所は――」
 郭嘉の返答から始まり、程cが続く。更に諸葛亮も自然とそれに加わってきた。やはり、劉備軍を上手くまとめている軍師なのだ。
 状況の把握も、そして、おおよその流れ、郭嘉たちの考えも読めているのだろう。
「えっと……あれ?」
 その場では、ただ一人、伝令の兵士だけが首を何度も傾げている。おそらくは展開に追いついていないのだろう。
「お疲れ様でした。少し身体を休めて良いですよ」
 そう言うと、郭嘉を先頭として三人の軍師は部屋を後にする。
「――好機かも――」
「む?」
「…………」
 一瞬、諸葛亮が何かを呟いた気がしたが郭嘉がそちらを見た時には口をつぐんでいた。
 今は些細なことを気にしている場合でもない。そう考え、郭嘉はそれをすぐに忘れることにした。
 ただ、その時、諸葛亮の瞳に宿っていた輝きだけが彼女の心に残ってはいたのだが……。

 †

 朝廷より頼まれた"偽帝"討伐。そのために曹操軍は袁術のいる国との国境へと向かって進んでいた。
 曹操曰く、そこが夏侯淵を中心とした軍量調達の任を負っている隊と曹操軍の本拠より出た隊とが合流する地点だと思われるかららしい。
 正直、どうしてそんなにも自信を持って言えるのかが劉備には不思議に思えたが、よく考えればそれが曹操なのだというふうに納得することも出来てしまった。
 そんな劉備が行軍において座する場所は、曹操の隣だった。
 それは都へとやって来た時と同じ位置である。それにも関わらず劉備の心持ちは全く違うものとなっていた。
 曹操の方をしっかりと見ることが出来なくなっている。
 本当は変に反応してはならないと分かっている……それでも劉備は曹操の一挙手一投足に身体を跳ね上がらせてしまう。
 身体がそわそわと動いて止まらない。
 心臓の鼓動が普段以上に気にとまる。
 どうしても居心地が悪い。妙な汗まで吹き出してきそうだ。
(ダメダメ! これじゃあ、曹操さんに怪しまれちゃう)
 劉備が、頭を小さく左右に振りながら内心で自分に渇を入れて落ち着こうとしていると、
「劉備」
「ひゃ、ひゃい! な、なんですか?」
 曹操から声をかけられ、劉備は心内の決意もむなしく、結局は素っ頓狂な声で反応してしまった。
 そんな劉備を曹操が訝しげに見つめてくる。
「どうしたの? 何か変よ、貴女」
「そんなことは……ないと思います」
 声が尻つぼみとなってしまう。どうしても緊張を隠すことが出来ない。もともと劉備はそこまで器用な人間ではないのだ。
 いや、それだけじゃない。曹操と比較してしまえば足りない所などいくらでも出てくる。
 そう考えるだけで、劉備には目の前の曹操が大きく見えるような気がした。
 対する曹操は劉備をただじっと見つめているだけだ。それだけなはずなのに、まるで自分の奥底までのぞき込まれているような感覚に襲われ、劉備は思わず目をそらしてしまう。
「いや、やはり変ね。この曹操に対して何か思うところでもあるのかしら?」
「いえ……色々と考えたいことがあるだけで、別に曹操さんになにか、というわけではありません」
 正直に答えるわけにも行かず、劉備は誤魔化すようにぎこちない笑みを浮かべることしか出来なかった。
 実際には、都に来るまでに見た自分が信じ、目指してきた……いや、今も目指しているものとは少々違う形で平和を望む民をはじめとした人々の声、顔を知った。
 そして、そんな彼らを先導するために道を切り開く曹操という存在をここにきてようやく今までよりも深く認識することとなった。
 また、朝廷という国の根幹にあるべき部分が既に腐り始めていたことをその瞳の中へ捉えた。
 それだけではない、曹操の宣戦布告。帝の失踪、袁術の帝位僭称、あの夜のこと……などなど様々なことが一時の間に起こりすぎたのだ。
 それらを処理しきれるほど劉備の頭も回転力が凄くはない。ゆえに彼女の頭は混乱したままで正常には戻っていない。そう、今の劉備には考えねばならぬ事が多すぎるのだ。
(元々、出来が言い訳じゃないわたしの頭じゃもう一杯一杯だよぉ……助けてぇ、朱里ちゃん!)
 今はいない参謀を思い、劉備はため息を漏らすことしか出来なかった。
「大丈夫ですか? 桃香様」
「あ、愛紗ちゃん……うん。大丈夫、大丈夫だよ」
 心配そうに寄り添ってくる関羽にぎこちないのだろうなと内心で思いながら劉備は再び笑顔を作った。今度はさっきよりは上手く出来ているような気がした。きっと、相手が違うからなのだろう。
 劉備の笑顔による効果の程は不明だが、関羽は作り笑いをしている劉備を真剣な表情で見つめてくる。
「……もしも」
「え?」
「もしも、桃香様の前に障害として立ちふさがるものがあるのなら……この関羽が打ち払って見せます」
「……愛紗ちゃん?」
 目が据わっている。なによりも最初に劉備が感じたのはそれだった。
 そして、それは関羽の中でそのことが既に決まっていることであるということを表している。劉備はそれを察し、その胸に不安を覚える。
 そんな劉備に対して関羽がふっと表情を緩めて口元に笑みを浮かべた。
「いえ、あくまで心構えの話ですよ。私がいるから元気を出してください。そう言いたかっただけです。そんなに深く考えないでください」
「そう、ありがとう。愛紗ちゃん」
 本当はそれだけではないのだろうと思いながらも今の劉備にそれをたずねる勇気は無かった。

 †

 軍議を行う公孫賛陣営の面々、その中心は君主の公孫賛、そして袁紹だった。
「……美羽さんが討たれるのは別にわたくしとしては構いませんけど。その後は一体どうなるんですの?」
「まぁ、まがりなりにも帝位を僭称したからな。ただでは済むまい」
 ようやく落ち着いた袁紹に公孫賛が重々しい表情で説明をする。その様子を眺めながら一刀はホッと一息吐いた。
(ようやく落ち着いて話ができるな……)
 当初は自分よりも目立つ行動に出た袁術に対して嫉妬の念を燃やしていたらしい袁紹も次第に状況の重大さが分かってきたのだろう。
 比較的まともに話を聞くことにしているようで公孫賛の言葉一つ一つに頷いたり質問したりしている。
「あの娘……どうにかなりませんの?」
「そう言われてもな……そもそもだな、どちらかと言えば私らも袁術討伐に行かなきゃならない立場なんだぞ」
「それは……そうですけれど」
 苦虫を噛みつぶしたような表情で俯いた袁紹が弱々しくそう呟くのと合わせるようにして、一人の兵士が中へと入ってくる。
「殿! 朝廷より遣いの者が来ております!」
「わかった。通せ」
 公孫賛がそう言うと、公孫賛軍のものとは異なる兵士に囲まれた一人の文官が入ってきた。
「公孫賛殿。本来ならば礼節に則りたいところですが、今はそれどころではありませぬゆえ、省かせていただきます」
「あぁ、それでかまわない」
 公孫賛の前へと進み出ながら落ち着かない様子で捲し立てるような早口で喋る文官に対して公孫賛が重々しく頷く。
 その返答に対して頷き返すと、
「では……」
 そう言って文官は懐から一通の手紙を取り出した。
 それが朝廷の意思を表明し、そして袁術の運命に多分に影響を与えることになるのだろう……うやうやしく広げられていく手紙を見ながら一刀はそう思った。
 そして、文官の口から朝廷の遣いとしてやってきた本分でもある朝廷の意向が伝えられる。
「袁術が伝国の玉璽を手にしたことを機に自らを帝と名乗り、治める地にて独立を計り、仲などという国を立ち上げたという。彼の者はもはや、不敬の徒。公孫賛殿は国のためにも逆賊袁術の討伐に出よ。以上が、これが朝廷からの言伝となる」
 そして、手紙が公孫賛の元へと移る。彼女はその手紙をゆっくりと手の中へ治めると、遣いの者に了承の意を伝え、お帰り願った。
 そして、朝廷の者がいなくなったところで公孫賛が卓の上に朝廷からの手紙を置き、同時に袁紹の方へと視線を向けた。
 袁紹がその手紙を穴が空くほどじっと見つめながら口を開いた。
「やはり、こうなりましたわね」
「あぁ、私たちは……袁術を討つ。いや、討たねばならない」
 それしかないのだ。そう、今はそれしか。そういうことなのだ。
 その言葉を訊いた袁紹の瞳が僅かに揺れる。そこに今の彼女の想いが現れているような気がして声をかけたくなった一刀は近づこうとする。だが、その瞬間、先日の貂蝉との話が頭を掠め躊躇して足を止めてしまう。
「あっ……れ、麗――」
「……姫」
「麗羽様」
 一刀は戸惑いの間を超えた後に歩み寄ろうとしたが、僅かな差で袁紹といつも共にいる二人……顔良と文醜がそっと左右から袁紹の肩に手を乗せ、声をかけてしまった。
 ただ、やはり普段から行動を共にしているだけアリ、それはとても気遣うように優しい仕草だった。
 そして、その二人……いや、ここにいる誰もが袁紹に対してなんと声をかければいいのかわからないというような表情を浮かべている。
 そんな視線に対して、袁紹は微笑みを浮かべていつもの高笑いを始める。
「おーっほっほっほ! わたくしは別に気になどしてなどいませんわよ。いい気味ではありませんの。調子に乗るからこんなことになるんですわよ」
 いかにもわざとらしいとしか思えないような声色で言うだけ言うと袁紹は、ついと顔を逸らした。 おそらくそちらには誰もいないと思っていたのだろう。だが、あいにくなことに今は中途半端に歩み寄った状態のまま立ち止まっていた一刀がいる。
 そのおかげで、一刀は見てしまった。袁紹の瞳が酷く揺れているのを、まるで街の裏路地で地に伏せて立ち上がれないほどに体力が低下した子犬のように弱々しく震えていたのを。
「っ!?」
「麗羽……?」
「そ、それよりも! どういう編成でいくのか、どれ程の兵力を投入するのかなど話すことなど腐るほどあるのではありませんの?」
 一刀と眼があったことには驚いたようだが、すぐに一同の方を見て、眉を吊り上げてそう訊ねた。
 そんな袁紹の態度にたじろぎながらも公孫賛が首を縦に振る。
「あ、あぁ……そうだな」
「うむ。袁術討伐軍の一員として参加せねばならんのだからな。色々と話を進めねばならぬのは間違いないな」
 もっともらしく頷く華雄の言葉を皮切りに軍議は再開されていく。
「まず、どう動くかだが……我々のいるこの冀州から他の軍と合流すべきかどうかだな」
「それなら、ボクたちは合流はせずに別の方向から攻めるべきじゃないかしら?」
「ふむ、そうすべきなのか?」
「まぁね。他の軍がどう動くのかも考えながら布陣をするべきでしょうね」
 そうして交わされる軍議を遠巻きに聞きながら一刀はずっと袁紹を見ていた。普段のような騒がしさもなく、どこか元気のない姿を……。
(麗羽……)
 心配はするが、彼女に何かをしてあげたいとは思うが、何も考えることが出来ない。今までの一刀ならきっと内容がなかろうと行動に出ていたはずだった。
 だが、一刀自身も問題を抱えている今ではその余裕がない。
 複雑な想いの中、一刀は袁紹の姿をずっと見つめていた。
 そうして、一刀や一刀がずっと眼を留めていた対象である袁紹が特に何か言うこともなく他の者たちが意見を出し合うだけで軍議は滞りなく進み、そのまま終わりを迎えることとなった。

 †

 袁術のもとに届いたの情報は彼女たちを驚かせた。
「なんじゃと! 曹操の軍がこちらへ来ようとしておるじゃと!」
「は! どうやら、我らに対して確固たる敵意を持っていることは間違いなさそうです」
「ふぅん、一体どういうつもりなんでしょうねぇ?」
 人差し指を顎に添えながら不思議そうに首を傾げる張勲を横目に袁術は息巻く。
「ふん! なんにしても我が袁術軍の精鋭が返り討ちにしてくれるわ!」
「気合い入りまくりですね。お嬢さま」
「だいたい、この帝たる妾に刃向かおうなどというのがちゃんちゃらおかしいのじゃ!」
「一ひねりにしちゃいましょう」
「うむ! けちょんけちょんにのしてやるわ!」
 胸の前で手を組んで見つめてくる張勲に袁術は胸を反らして答えて見せた。
「そ、それで、あの……」
「あぁ、もう、もどってよいぞ」
「はぁ……」
 戸惑った様子の兵士に気がついた袁術はもう用無しだとばかりに手をひらひらと振る。それに対して首を傾げながら兵士は出て行った。
「さて、それでじゃ」
「はい、次はどうするんです?」
 何気なく張勲の顔を見て袁術は思案を巡らせる。そして、一つの案を思いつく。
「うむ、そうじゃ! せっかく妾が帝となったのじゃから、七乃は大将軍に任じるとしよう」
「ありがたき幸せです。お嬢さま」
「それで、雛里は……できれば、七乃の補佐及び三公の仕事をどれも担って欲しいからのう……一応、太尉としておいて実質は三公全ての役目を任せるとするとしようかのう」
「いいですねえ。以前は、太尉といえば丞相、御史大夫とも並ぶ官位ですからね。きっと、雛里ちゃん喜びますよぉ〜」
 本来は、張勲を大将軍の官位に付けたらあとは彼女に全て任せようと思っていた。だが、鳳統に関してはどうしても袁術自身で決めたかった。
 そんな思いを表に出すことなく、袁術は目の前で満面の笑みを浮かべている張勲に負けないくらい明るい表情で高らかに笑ってみせる。
「なっはっはっは! そうであろう! 名采配というものじゃろう!」
 袁術の笑い声が室内を埋め尽くさんばかりに響きわったったころ、小さな影が一つ、袁術の前へと駆け出してきた。
「……あ、あの! 美羽ちゃん!」
 それは、賊軍討伐に出ていた鳳統が息を切らした姿だった。おそらく、帰ってきていの一番、袁術の元へとやってきたのだろう肩が上下している。
「おぉ、雛里〜! よくぞ丁度良い時期に戻ってきた!」
「え? な、なにかあったんですか?」
 そう言って見てくる鳳統に張勲が事のあらまし――曹操軍が袁術たちの元へ向かって動き始めたことや官位のこと――を説明していく。すると、みるみるうちに鳳統の顔が青ざめていく。
「……そ、そんな、これじゃあ、もう間に合わない……」
「どうしたのじゃ?」
 ガックリと項垂れて鳳統がため息を漏らした。
「どうしたのじゃ? 雛里」
「もしかして体調が優れないんですか」
 心配になり袁術は鳳統の顔をジット見つめる
「……いえ、なんでもないです」
 力なくそう返すと鳳統は部屋を出て行ってしまった。
「ホント、どうしたんでしょうねぇ?」
「さぁのう? あっ!」
 鳳統が退室した後にようやく袁術は肝心なことを思い出した。
「どうしました、お嬢さま?」
「雛里に印を刻むのを忘れてしまったのじゃ!」
「あぁ、でも、あんな雛里ちゃんにっていうのも、どうですかねぇ?」
「うむ、今回は仕方がないじゃろうな」
 張勲の声から鳳統のことを労る気持ちを感じ取り、同意見である旨を伝え袁術はただ頷いた。

 †

 雛里は、自室に戻るとすぐに棚を漁り出す。いろいろと出てくるが全て横にどけていく。
 本来はあまり散らかすべきではないが、今はそれどころではない。大体、片付けなど後でどうとでもなる……それよりももっと大事なことがあるのだ。
「確かこの辺りに……あった!」
 そして、ちょっとした山を積み上げたところで鳳統は棚の奥から徐州及び周辺一帯の地図を取り出し、机の上で広げた。
「……はやく、少しでも早く考えなきゃ」
 そう自分を捲し立てるようにして鳳統は眼を走らせていく。地図を……そう、鳳統自身特製の地図を。
 元々、劉備の家臣としてこの地へとやってきたときに間者などを使って周辺の地形などの情報を集め造っていたのだ。
(こういった軍事関連のことは朱里ちゃんよりもわたし向きだったもんね……)
 本来は、袁術軍のために使うことはないと思っていた地図。
 それを見ながら鳳統はしばらく会っていない姉妹のように仲の良かった親友のことを思い出す。
 政においてその才能を大いに発揮していた諸葛亮、そして、それと対を成すように軍事においての仕事を全うしていた自分……その頃の姿が鳳統の脳裏に次々と過ぎっていく。
「いけない。そうじゃない。今は……今、わたしが考えるべきことは……するべき事は……」
 そこまで口にして地図に描かれている地理、地形を追っていた鳳統の目がとまる。
「わたしがするべきことって……何?」
 ふと、そんな疑問を覚えてしまった。その瞬間に鳳統の思考は完全に止まった。いや、別の方向へと向かってしまった。
(桃香様やみんなと合流する? でも、そしたら美羽ちゃんや七乃さんは……)
 先程まで眼にしていた二人の笑顔が浮かび上がる。自分に向けられた暖かな眼差し、信用のこもった声、護ろうとしてくれたときの真剣な表情……そのどれもが鳳統の心に楔のように打ち込まれている。
 自分の取るべき道が定まらない、これが一番、軍師たる者としてあってはならないことのはずだった。
 なのに、鳳統は決断することが出来ない。どうするのか、かつての仲間の元に戻るため、今親しくしてくれていた者を見捨てるのか……それとも?
 鳳統は深く息を吐き出し、考えに集中する……そう、自らの今後を決めるために――

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