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41 名前:風鈴 ◆VOACf8e.7. [sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:01:00 ID:zA4CJx0M0
──真√──

真・恋姫†無双 外史
北郷新勢力ルート:第七章 魏呉激突


賭けるは夢。賭けるは誇り。賭けるは、目指すべき未来。


・オリジナルルートの為、登場人物同士の呼び合い方が、原作とは異なるものがあります。
  例)風→一刀=原作:お兄さん・本作:ご主人様
    ※独自の呼び方は作者の勝手なイメージです。
・当作品では、『天の御遣い』と言う名の持つ影響力は、原作より強くなっています。
・戦略・戦術等に突っ込まれると困ります。


それではしばし、お付き合いくださいませ。
42 名前:真√:第七章 魏呉激突 1/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:02:13 ID:zA4CJx0M0
──魏・許昌──

 眼下に居並ぶ将兵を見下ろしながら、曹操は声を張り上げた。
「聴けぃ、皆の者!我等はこれより南進を開始する!
 これにより呉を降し、しかる後に蜀を、そして先に我等に煮え湯を飲ませた、彼の陽を降す!
これが!この遠征こそが、この大陸を統一に導く為の、魏の国として最初にして最後の大遠征になると思え!!
 全軍、出陣せよ!!」
 こうして、魏の国を挙げての一大遠征が始まった。
 多少急ぎ足ではあったが兵力は整い、それでいて士気はなお高い。時を置けば、他国もまた国力を充実させてしまう。
 彼女にとって、攻めの瞬間は今まさにこの時に他ならなかった。なればこそ。狙うは唯一つ、大陸の統一のみ。

 それに対し、最初に魏軍に攻められる事になる劉表軍は、迎撃する事を選択した。
 劉表自身は現在病床に臥せっており、魏軍と戦争状態に入る事に不安はあるものの、魏軍は涼州における戦で大敗しており、
魏軍四十万に対して劉表軍は二十万と戦力差はあるものの、敵先鋒を叩いて勢いを殺し、篭城により時間を稼ぐ事が出来れば、
魏軍を追い返す──あわよくば逆に攻め入る事すら出来るのでは無いかと判断した為である。
 魏軍に対して交戦を選択すると言う判断自体は、決して間違っているものではない。
 事実、確かに戦力差はあるが、ここで劉表軍が南の呉軍と手を結ぶ等の選択肢をとっていれば、
ほぼ確実に魏軍を撃退できたであろう。
 だが、残念な事に劉表軍は己等のみでの開戦に踏み切ってしまったのだ。

──北荊州・新野近郊。
 遠方に劉表軍先鋒五万を認めた、魏軍先鋒三万を率いる夏侯惇は軍を停止させ、声を張り上げる。
「皆の者、聞くがいい!敵、劉表は愚かにも我等に相対する事を選び、我等に対し、打って出る等と言う愚挙まで犯した!
 敵兵は五万と言えど、所詮は劉表が如き弱兵!精兵たる我等にとっては、たかが二万の差など無きが如し!
 さあ、曹孟徳が誇る強兵達よ!誉れ高き虎豹騎の強さを見せ付けてやれ!!
 全軍!突撃ぃぃぃぃぃいいい!!!!!」

 そして、劉表軍先鋒五万と、魏軍先鋒三万が激突した。
43 名前:真√:第七章 魏呉激突 2/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:06:56 ID:zA4CJx0M0
──呉・建業──

「魏が南進を開始した。その兵力は四十万だ」
 集められた幕臣達へと軍師の周瑜が告げると、辺りはざわりとざわめいた。
 それに対して彼女はわずかに眉を顰めた。彼女がそこに感じた雰囲気は『ついに来たか』と言う不安を孕んだ緊張と同時に、
『その程度の兵力か』と言う──
「……油断」
 その呟きは、後ろから聞こえた。他でもない、彼女の斜め後ろにある玉座に座る、孫策が洩らしたものだ。
 当初、魏軍の総数は約百万にも上ると噂されていた。だが、実際に攻めてくる敵の数は、その半分以下であった。
そのあまりの落差に、安堵してしまったのだろう。
 その気持ちは、周瑜とて解らないでもない。呉軍三十万に対し、魏軍百万もの軍勢が攻めてくる……などと言われるのは、
例え噂といえどかなりの重圧となるのだ。
 それが、蓋を開けてみれば四十万。当初七十万と思われていた兵力差が、十万にまで縮まったのだ。
思わず安堵の声が漏れるのも理解はできる。
 だが。
 それでもやはり、十万もの兵力差があるのだ。これは決して楽観視して良い差では無いのである。
 これは、雪蓮の喝が入るか……と周瑜が思い、事実孫策がその口を開きかけた時であった。
「貴様等!何を浮ついて居るか!!」
 凛とした声が響いた。
 その声の主は孫策ではなく──
「……蓮華様」
 その妹、孫権のものであった。
 孫権の一喝で、ざわついていた場は静けさを取り戻し、彼女はそこに言葉を続ける。
「我等にはこの孫呉の地を守る義務があり、その為には敵を恐れるなど、もっての他だ。
 だが、決して侮ってもならない。不本意ではあるが、奴等の数は、それでも我等よりも多い事は事実なのだから。
 なればこそ我らは、敵が如何程の兵力であろうと、これに全力で当たらねばならん!そこに兵力の過多など関係ない!
 ……もう一度言う。敵を恐れるな!侮るな!
 この孫呉の地を、民を護るは我らの使命である!!」
 孫権の言葉に、幕臣たちの顔つきもまた、真剣な面持ちへと変わっていた。
 そんな彼らの様子を満足げに見ていた周瑜は、孫権に続けるように言葉を発する。
「孫権様のおっしゃる通りである。
 そしてその為にも、皆には存分に働いてもらわねばならない。……では、これからの方針を伝える。
45 名前:真√:第七章 魏呉激突 3/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:11:45 ID:zA4CJx0M0
 我らはこれより全軍を率い、赤壁東岸の陸口へと布陣する。
 恐らく曹操は、劉表を降した後はそのまま南下し、南荊州を手中に収めようとするであろう。
 我らはそれの頭を抑え、赤壁にて我らの得意とする水上戦にて勝負をつける」
 淡々とした、だがよく通る周瑜の声に、それを聴く者達もまた、否がおうにも気が高ぶって行く。
「では、皆の奮闘を期待する。準備にかかれ!!」
『応っ!!!』


                           ◇◆◇


 数日後、軍備を整え、陸口へと進軍する軍中の周瑜の下に、放っていた細作よりの報告が入った。
 その内容は、周瑜の予想通りであったと同時に、予想以上の物でもあった。それは──
「劉表軍が全面降伏だと……!」
 予想外だと言わんばかりに瞠目する周瑜。
 彼女としても、劉表軍が魏軍に敗れることは予測していた。だが、さすがに全面降伏するとは思い至らなかったのである。
 細作の仔細によると、初戦において、魏軍先鋒三万は劉表軍先鋒五万を、まるで蟻を踏み潰すが如く蹂躙したという。
 その差は、劉表軍の生き残りが僅か二千に満たぬ程であったのに対し、魏軍はその逆──二千に満たぬ被害であったそうだ。
 その圧倒的な力の差に劉表軍の重鎮たちは戦々恐々とし、さらに間の悪い事に、追い討ちをかける様、
長らく病に臥せっていた劉表がついに没したのだ。
 結果──
 戦の混乱を利用して、弟の劉jがその後を継ぐ。……最も劉j自身はまだ幼く、その母である蔡夫人が暗躍していたのであるが。
 兎も角、後を継いだ劉jおよび、その後見たる蔡夫人は、あろうことか矛を交える事無く降伏を選択した。
そこに己の保身が多分に含まれている事は想像に難くはない。
 その結果、魏軍はその降伏を受け入れ、残った劉表軍十五万を吸収。それにより荊州水軍十万を手に入れる事に成功したのだ。
 それにより、魏軍は当初の四十万より五十五万へと兵力を伸ばしたのである。それに対し呉軍は、
蜀へと急遽援軍の要請を行った。だが、その時蜀では断続的に起きる南部の反乱の対応に追われており、
呉からの援軍要請の使者が着いた時には、とうに蜀軍は南蛮へ向けて遠征に出た後であったのだった。
47 名前:真√:第七章 魏呉激突 4/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:15:31 ID:zA4CJx0M0
──赤壁沿岸・烏林──

「どうだった、桂花?」
 魏軍を迎え撃つために赤壁東岸の陸口へ先んじて軍を展開した呉軍に対する為、対岸の烏林に陣を構築した曹操は、
今後の策の為に周囲を調査していた荀ケを迎え、声をかけた。
「はっ。地元の漁師の話しによりますと、この時期、この辺りでは北西の風しか吹く事は無いそうです。
 この分であれば、多少時間をかけて準備をした場合でも、我らの策の成功は硬いかと」
「…………」
「華琳様?」
 荀ケの報告を聴いた曹操は、厳しい顔で荀ケを見やる。
 そんな主の様子に、荀ケは不安げに声を掛けた。そんな彼女へ返って来たのは、
「……ねえ桂花、果たして風が人の意図通りに吹き続ける事などあるのかしらね?」
 と言う言葉。そしてその一言で、荀ケは曹操の言いたい事を察した。
「それは……いえ、華琳様のおっしゃる通りです」
「先の見えぬ未来を過信して、今の好機を逃すなど愚の骨頂よ」
「はっ!すぐに準備に取り掛かります!」
「そうして頂戴。じきに春蘭からの連絡もあるでしょう。それに合わせ直に出陣出来るように、入念に、手早く行いなさい」
「はっ!」
 自らの指示に従い、軍中へと歩いていく荀ケの背中を見やりながら、曹操はぽつりとつぶやく。
「……孫策……悪いけど、さっさと決めさせてもらうわよ」
50 名前:真√:第七章 魏呉激突 5/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:19:57 ID:zA4CJx0M0
──陽・長安──

 当初、百万とも言われていた魏南征軍の兵力がその予想の半分以下であった理由、それが今、ここ長安の目と鼻の先にあった。

「……何と言うか、うちへの牽制の為だけに遠征軍と同等の兵力を配するなんて……過大評価もいい所だよなぁ……」
 長安の城壁から洛陽がある東を眺めながら、一刀はぽつりと呟く。
 そう、曹操は南征を行うに当たり、西の陽への対処として、洛陽およびその近郊、そして洛陽の西に位置する函谷関に、
合わせて四十万の兵を配した。
 そうなった以上、陽軍とて黙って見ているわけにはいかず、長安及びその東、函谷関と面するように設けられている潼関に、
合わせて同数の約四十万を配せざるを得なかった。
 この数は陽が自国の最低限の守備兵を除いた、動員できる兵数のほぼ最大数であり、呉軍への援軍を送る事もできずに居た。
「……にしても、二つに分けた兵力のそれぞれが、うちが動員できる総兵力と同等ってんだから……
中原の恐ろしさを改めて見せ付けられた気分だよなぁ……」
 そして思う。これほどの『力』があるのならば、戦火を広げずとも進む道はあるだろうに、と。
 と、その時、
「こらっ」
 はぁっと嘆息する一刀の頭を、誰かが小突き、振り返ったそこには仁王立ちする詠の姿。
「こんなところでボヤいてたって、事態は好転しないわよ?
 ほら、これから軍議なんだから、シャンとするっ!」
 そう言って、気合を入れろと言わんばかりにバシッと叩き、こちらを振り返る事なくズンズンと進んでいく詠を見る一刀は、
「まったく……適わないな」
 微苦笑を浮かべながら、その後ろを着いていった。


                           ◇◆◇


「軍議の前に、みんなに聴いてほしい事がある」
 席につき、集まった主要な面々の顔をみやりながら、一刀は他の者に先んじて口を開いた。
 皆はそんな彼の事を真剣な面持ちで見つめ、次の言葉を待つ。そんな様子に一刀は苦笑しつつ、再び口を開く。
51 名前:真√:第七章 魏呉激突 6/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:23:56 ID:zA4CJx0M0
「そんな大した事じゃないんだ。ただ、『これから』に対して、俺の考えを言っておこうと思ってね。
 ……俺は自分の勢力がここまで大きくなるなんて思ってなかった。
 旅を始めた当初から乱を何とかしたいって思っていたのは確かだし、困っている人たちを何とか助けたいって思っていた。
 それにしても、結局はきっと誰か、大きな勢力の所にその時居たみんなと一緒に参加するんだろう……
そんな程度の考えだったのも確かなんだ。
 けど……黄巾の乱を駆け抜けた時、気がつけば独立した勢力になっていて、俺自身ここはもう『家』の様な気がしていた。
 ……月たちを向かえ入れた時も、涼州の人たちに請われた時も、その想いは強くなっていった。
 そして、国を建てる時に皆の想いを聴いて、国に『名』をつけた時に、決定的になったよ。
 ……乱を終わらせて、苦しむ人たちを助けたいって想いは変わらない。
 正直言えば、今残っている勢力はどこも民を蔑ろにする様なところは無くて……どこか一国に他がすべて降ってしまえば、
戦いに苦しむ人を出さずに、大陸を平和にすることができる……それも大陸を平和にする為の、一つの答えなんだろうし、
それでもいいんじゃないか、何て思った事もあるんだ。
 けど、今はもうダメだ。
 俺にとって、『ここ』は『家』……いや、もう『第二の故郷』と言っていいぐらいだ。それを失うなんて、考えられない。
 だから、ここを守る為に力を貸してほしい」
 そこまで言い切って、一刀は静かに頭を下げた。
 『戦争だから』……そんな言葉でごまかし切れない程に、悩んできた。
 例え直接手を掛けなくても、自分は『人殺し』なのだと、思い続けていた。
 ここを失いたくないから。故郷だから。……そんな言葉を免罪符にして、戦をし、民を苦しめ、兵を死地に向かわせる。
 彼は思う。自分はきっと、地獄に堕ちるだろうと。
 だけど……それでも思ってしまっている。
 ゆっくりと顔を上げ、皆の眼を見つめ、
「俺は、みんなと一緒に創る、平和な世が見たい」
 一つ一つ区切る様、ハッキリと言い切った。
 きっと叶わないだろう。そんな予感がするけれど。そんな予感は押し隠して。
 それは、『北郷一刀』の我侭。
 『北郷一刀』の、小さな願い。
54 名前:真√:第七章 魏呉激突 7/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:28:14 ID:zA4CJx0M0
──赤壁──

 赤壁会戦において、初戦にして決戦となったそれは、両軍が各々本陣を構築してから、約十日が経った時に行われた。
 魏軍、出兵す。
 その先駆けの報告を聞き、迎撃に出んと準備を進める呉軍に動揺が走った。その原因は追加で入った魏軍の情報である。
 陣容から推測される出陣兵力は、約四十五万。
 それは実に、ここ赤壁に攻めて来ている魏軍の、呉軍が把握しているほぼ全軍に他ならないからだ。
 さすがに初戦は互いに様子見になるであろうと推測していた呉軍にとって、正に裏をかかれた形であり、
魏軍に引きずられる様に、呉軍もまたほぼ全軍である三十万を出陣される形となった。

「まずい事になったな」
 魏軍と向かい合う呉水軍。その旗艦にて誰ともなしに呟いた周瑜は、視界の端で申し訳なさそうな顔をする呂蒙に気が付く。
 この初戦において、呉軍の出陣準備の一切を担ったのは、この呂蒙であったのだ。
「そんな顔をするな、亞莎。別に責めている訳ではない」
「はい……。ですがまさか、互いの水戦能力を把握していない初戦から、あちらがこの様な暴挙に出るとは思いませんでした」
「……暴挙。……果たしてこれは、本当に暴挙なのか?」
「……?」
 返ってきた周瑜の言葉に、呂蒙は訝しげな顔をした。
 魏軍にしてみれば、慣れぬ水戦、しかもこちらの水戦能力も解らないと言う状況である以上、呂蒙にしてみれば、
魏軍の行動は暴挙にしか映らなかった。そうでなければ──
「私はこれが暴挙とは思えない。現に我等はこうして、本陣たる陸口近くでの開戦を余儀なくされている。
 確かに一見すれば、何も考えずに、もしくは勝負を焦って総力戦を掛けて来た様にも取れる。
 だが私は、あの曹操がその様な理由でいきなり全軍近い兵力を……いくら十万は陣に残すとは言え、
出してくるとは思えないのだ」
 何か必勝と考えるに足る策か罠、もしくはその両方があるはずだ、と周瑜は続けた。
「事、水戦においては、我らは誰にも負けぬと言う自負はある。だが、決して油断はするな?」
「はいっ!」

 魏軍が動いたのは、日も中天に差しかかろうかと言う時であった。
 魏船団は、陸口より現れた呉軍を半ば包囲するような形で軍を展開していく。
「舐めるな!包囲を突き破り、背後から襲ってやれ!!」
56 名前:真√:第七章 魏呉激突 8/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:32:16 ID:zA4CJx0M0
 それを見て、呉軍の黄蓋が叫び、その言葉に各所から「応!」と言う威勢の良い答えが返ってくる。
 と、その時であった。次々と、魏軍の船団から小型快速船である走舸と、小型突撃艇である艨衝が突出し、呉船団へと向かってくる。
 それを迎え撃たんとする呉軍であったが、その走舸と艨衝の『異質さ』に気付いたのは、右翼を指揮していた甘寧であった。
「…………なんだ?………………っ!そうか、上流からとはいえ、船足が“速すぎる”!!
 お前達…………!」
 たかが小型艇と侮るな。……そう言おうとしたその時である。
 魏軍の各走舸の先頭に居た者がその船の頭を蹴飛ばすと、擬装が外れ、その中から大きな、刺さったら抜けない様、
反しの付いた銛が出てきたのだ。
 そして、艨衝に元よりついている木の杭の先端にも、同じような銛が見て取れる。
「あれは…………まずい!!」
 それの狙いに、前線において最初に気が付いたのもまた、甘寧であった。
 彼女はすぐにその指示を、「船を近付けるな」に変えるのであるが、時既に遅く──。
 船団の各所から激突音が聞こえ、直後轟くは、爆発音。
「火計か……っ!船を離せーー!」
 甘寧の指示に、各所から応答の声が上がる。
 風は北西の強風。呉軍は魏軍の包囲を一点突破する為に固まっており、このままでは延焼するのが目に見えている。
直ぐに無事な船を離す様指示を出した辺りは流石と言えよう。だが。
「何っ!?」
 彼女に相対するは、曹孟徳。その程度の対応は当然とばかりに、その甘寧が開けた船の隙間に、小型の楼船……言うなれば、
中型船とでも言おうか、それを突っ込ませたのである。無論、狙いは一つ。
 走舸や艨衝と同じく抜けぬ様な銛が付けられたその中型船は、正に呉軍艦隊のど真ん中へと突っ込んだ後に火の手を上げる。
 そしてふと見れば、本陣である陸口あたりからも上がる黒煙。
 恐らくそちらの方にも魏の船が向かっていたのだろう。
 ……もしもこの光景を、正史を知るものが見たであればこう言うであろうか。
 「まるで攻めと守りを逆にしただけの、正史の焼き直しだ」と。
 この時期、ある一時を除いて風は東南に向けて吹いている。
58 名前:真√:第七章 魏呉激突 9/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:36:57 ID:zA4CJx0M0
 魏軍と呉軍、その兵力差は十五万であるとはいえ、水戦に長ける呉軍を相手にする以上楽観視できる兵力差ではない。
 である以上、この魏軍にとっての好条件──追い風の強風──を生かさない手はあるまい。
 一方の呉軍にとって、この魏軍の計略は完全な不意打ちとなっていた。
 曹孟徳と言う人物は『覇道』を謳い、己が武力を持って敵を破るを良しとする性格である。
 だが、元来『覇道』とは、武力のみならず術数権謀、己の持ちうる様々な『力』を持って覇を目指す道であり、
それを謳う曹操もまた、謀を用いる事に躊躇いを覚える事も無い。
 実際、徐州、そして河北四州を巡る戦いにおいては、袁紹の虚を突き先んじて徐州を落とし、その背後を突いている。
 だが、
 「曹孟徳は、正面からのぶつかり合いを好む」
 それが呉軍軍師が……いや、第三者が見た、彼女に対する共通認識であり、そして事ここにおいて、
曹操はそんな“実態と印象のずれ”すらも利用した。
 そして、この火計に魏軍が使用した船は実にその総数の半分にも及ぶ程の、思いきり様であった。
 それ故に、『開戦頭に行う大規模な火計』は二重の不意打ちとなり、その効果は抜群であったのだ。
 そして、混乱する呉軍に、さらなる追い討ちがかかる。

「も、申し上げます!!!」
 息せき切った伝令が、呉軍旗艦に居る孫策と周瑜の元へ飛び込んできた。
「何があった?」
 その余りにも只事ではない様子に周瑜が先を促すと、伝令は彼女ですら予想もし得なかった言葉を発した。

「は、はっ!首都建業が……突如現れた魏軍に襲われ、陥落致しました!!」

 それは正に奇襲であった。
 曹操は北荊州を占領後、夏侯惇に兵十万を持たせて密かに建業へと向かわせた。
 そう、周瑜が本陣に残っていると思っていた十万は、その実そこには存在していなかったのである。
 いくら曹操が、そこに十万の軍勢がいる様に周到に振舞っていたとはいえ、周瑜達がそれに気づかなかった一番の原因は、
やはり前述にもある『頭に抱いていた曹操像』のせいであろう。
 そして曹操は、建業に向かわせた夏侯惇からの報告を受け、その建業への攻撃に合わせる様に本隊を動かしたのである。
60 名前:真√:第七章 魏呉激突 10/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:40:56 ID:zA4CJx0M0
                           ◇◆◇


 それは、ほんの僅かな一時の邂逅。
 南蛮を征し、急ぎ援軍へと駆け付けた蜀軍と共に、彼の地へと退く孫策は、江南の地を平定せんと進む曹操と睨み合う。
「天下に名を轟かす曹孟徳ともあろう者が、人の留守を狙うなんて情けない事してくれるじゃない?」
 それに対し曹操は、皮肉気に笑みを浮かべた。
「あら?江東の虎の娘ともあろう者が、随分と甘い事を言うのね?戦の最中に本拠を空ける方がどうかしてるのよ」
 言葉と言う名の武器を振りかざす二人の間に、静かな火花が散る。
 二人の雰囲気に押される様に、周囲の者達もまた緊張感を高めていく。
「…………さすが、涼州攻めに夢中になる余りに、空き家を取られた人の言う事には説得力があるわね?」
「…………ええ。その礼をしないといけないから、残念だけど貴方達の様な“前座”にかまけている暇は無いのよ」
「!!……この私を前座呼ばわりとは……言ってくれるわね?」
「だって今現在、実際にあっさり負けそうになってるじゃない?私にとっての最大の敵は、あなたでも劉備でもなく、
あの男……北郷一刀唯一人よ」
「……あらあら、曹孟徳ともあろうものが、一人の男に随分とご執心じゃない。もしかして惚れた?」
「馬鹿を言わないで。……でもそうね、『あなたと違って』一度でもこの私に土を付けたのだから、
滅ぼした後は私の側に置いてあげても良いかもしれないわね?」
 そう言った曹操へ対し、孫策は一瞬ムッとしつつも、直ぐに我が意を得たりとばかりにニヤリと笑い、
「あら。別にそんな事しなくても、貴女から側に居させてくれって頼めば、きっと置いてくれるわよ?
 ……ああでも、彼の周りにはもう魅力的な娘が多く居るから『あなた程度の背と胸』じゃ、すぐ飽きられちゃうかもねぇ?」
 その瞬間、曹操の周囲の空気が凍った。
62 名前:真√:第七章 魏呉激突 11/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:44:52 ID:zA4CJx0M0
「では御機嫌よう、曹孟徳?
 今は江南の地は預けておいてあげる。私が取りに戻るまで、丁重に扱いなさい?」
「……………………」
 幾分すっとした様子の孫策を乗せ、呉の船は蜀勢と共に去っていき、魏軍はその様子を呆然とした様に見送っていた。
 ……何も彼女らとて、追撃をかけようとしなかった訳ではない。だが、追撃をかけようにもかけられなかったのだ。
 なぜならば。
 本来であればその指示を出すはずの曹操が、うつむき加減で固まって動かなかったからだ。
だが、ここで蜀・呉連中を少しでも叩いておく事は、後々にとっても決して無駄にはならない。
 それを良く解っている曹操の腹心たる荀ケは、意を決した様に頷くと、主の下へとそっと近づき恐る恐る声をかけた。
「…………あの……華琳様?」
「…………………………」
「………………華琳……様?」
 うつむく曹操の顔を見てしまった荀ケの二度目の呼びかけに、若干怯えの色が混じっていたのは気のせいではあるまい。
 そして、呼びかける為に彼女へと顔を寄せていた荀ケは、その後の曹操の呟きを聴いてしまった。耳元で。

「……………………………………殺すっ」

「ひぃっ!」
 決して自分に向けられた言葉ではないのであるが、荀ケが声にならない悲鳴を上げてしまったのも……まぁ無理もあるまい。
65 名前:真√:第七章 魏呉激突 12/12[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:49:04 ID:zA4CJx0M0
                           ◇◆◇


 魏船団から離れ、蜀へと進路を向ける呉船団。
 その旗艦にて、先ほど曹操へと痛烈な言葉をぶつけ、幾分すっきりとした面持ちの孫策を眺める孫権は今、
ものすごく、冷や汗をかいていた。

「──蓮華様」
「────!!
 な、ななな何、明命!?」

 その冷や汗の原因とも言える、甘寧と共に己を警護してくれているもう一人に、ぽつり、と洩らす様に呼ばれた孫権は、
返事をしつつも己が酷く動揺している事を自覚する。
 決して自分が何かをしたと言うわけではないのは解っている。
 だがしかし、己の横に控える彼女の雰囲気に、冷や汗が止まらない。

 ──だって怖いんだもん。

 そんな主の様子を知ってか知らずか、彼女──周泰は言った。
       マンハント
「──次の『野外特別訓練』には、雪蓮様には最優先で参加していただきたいと思います。絶対」

 ……先ほどの孫策の言葉は、曹操のみならず周泰にも痛烈な一撃を与えていた様である。
 とりあえず、やり過ぎないように一言ぐらい言っておかねば。そう意を決した孫権であったが──

「その……明命?」
「何ですか?」
「……………がんばってね」

 姉を売った。

 ──だって怖いんだもん。
68 名前:風鈴 ◆VOACf8e.7. [sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:54:12 ID:zA4CJx0M0
以上、お眼汚し失礼しました。


>>64
書き込みボタン押した直後にあって思いましたorz
他にも誤字がちらほら。


以前あと2回と言ってましたが、今回切のいい長さになったので分けちゃいました。
……というか、もともと分かれていたものを一つにしようとして失敗して戻したんですがw
と言うわけで(拠点とかがなければ)、真√はあと2回、
第八章と終章にて終わりになります。
細々と続けてきた本作ですが、なにとぞ最後まで、気楽にお付き合いくださいませ。

では、またいずれ。
70 名前:真√:第七章 魏呉激突 おまけ[sage] 投稿日:2010/02/11(木) 22:57:09 ID:zA4CJx0M0
 孫策と曹操が言い争っている丁度そのころ、某所にて。

「……おおっ」
「どうした、風?まだ起こしてないのに起きるなんて」
「……いえ、今聞き捨てならない事を言われた気がしましてー」
「……風も?ボクもなのよね」
「……へぅ……私も、です。絶対に同意してはいけない事を言われた気がします……」

 そんな会話が成されたとか成されなかったとか。

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