[戻る] [←前頁] [次頁→] []

364 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2009/11/28(土) 22:06:24 ID:xRjL9Jw70
どうやら、他の方の投下の邪魔にならないようなので告知をさせていただきます。

無じる真√N-27話を専用板にUPしました。
(この物語について)
・原作と呼称が異なるキャラが存在します。
・一刀は外史を既に一周しています。
上記が苦手な方にはおすすめできません。

(注意)
・過度な期待などはせずに見てやって下さい。
・未熟故、多少変なところがあるかもしれません。

URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0447
よろしければお付き合いください。



改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。
ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。



 「無じる真√N27」




「せ、青州を拠点とする黄巾党の一部が冀州と我が兗州へと侵攻してきたそうです!」
 それは、州の境付近へと配備している部隊から送られてきた伝令の兵による言葉である。曹操は、それを玉座に腰掛けたまま聞いていた。
「そう、わかったわ。あなたはすぐに各将へ召集の連絡をしてちょうだい」
 曹操がそう告げると、兵は勢いよく返事をして玉座の間を出て行った。それを見送りながら曹操は口を開く。
「青州黄巾党……残党……生き残りの集まり……未だ残る負の遺産ね」
 その呟きからそう経たないうちに玉座の間に曹操の臣下が集まった。
「それで、黄巾党に対して我々はどうするのですか?」
 そう訊ねたのは夏侯淵。姉の夏侯惇と違い冷静さのある彼女らしい落ち着いた声、視線が曹操へと向けられている。それに一度頷くと、曹操は自らの考えを口にする。
「対処には、秋蘭に流琉……それに于禁、李典、楽進を向かわせるわ。ちなみに指揮を取るために私もね」
「そんな! 華琳さまが出られる必要などはありません」
「秋蘭の言う通りです! たかが雑兵ごとき、なんならこの私が行って圧倒してみせます!」
 秋蘭――夏侯淵の真名である――を口にしたのは姉の夏侯惇、彼女の武力を曹操は頼りにしているがいかんせんそちらに重点を置きすぎているきらいがある。
 今の発言にしてもそうだ。報告を受けてから、この兗州へと進み行ってくるのはそう遠いことではない。そして、それは報告通りならばかなりの数である。にもかかわらず夏侯惇は自らの武力のみでなんとか出来ると思っている……実際出来そうにも思えるのが夏侯惇たり得るわけでもあるが、それを差し引いても先程の発言はないと曹操は思う。
 そして、同じ感想を抱いたのだろう荀ケが呆れた表情で夏侯惇を見ながら口を開く。
「ほんっとに、あんたって馬鹿ね」
「なにぃ!」
 荀ケ、夏侯惇、この二人は頭脳的、武力的と両極端でありながら気が強いという点で似ているためか口論することがよくある。そして、今回も荀ケの言葉に夏侯惇がけんか腰になっている。
「だって、そうじゃない。あんた一人で相手しきれるわけないでしょ」
「そんなものやってみなければわからん!」
「わかるわよ!」
「いいや、わからん!」
「むぅ〜!」
「ふーっ!」
「やれやれ……」
 猫の喧嘩のように呻き合う二人に傍に控える夏侯淵が額を押さえている。曹操も正直なところ同じ気分ではある、だが、そうもいかないわけでため息を吐くと曹操はにらみ合う二人へと視線を向ける。
「いい加減になさい!」
「華琳さま」二人が同時に曹操へと顔を向ける。
「まったく……いまはあなたたちの言い争いを見てる暇なんてないの」
「姉者がお手間を取らせ申し訳ありません華琳さま」
「いいわよ秋蘭。あなたのせいじゃないのだから。それよりも、進行中の青州黄巾党に最も近い拠点には誰がいるのかしら?」
「は、郭嘉と程cの二名と二千ほどの守備兵がいます。また、周辺より計四千ほどの援軍がすでに向かっているとのことです。ですが、それでも青州黄巾党を相手取るのは難しいと思われます」
「そう、わかったわ。ところでその二人……郭嘉と程cと言ったわね……使えそうなの?」
「おそらくは……あくまで聞いた限りですが」
「そう、まぁいいわ。あとで自分の目で見極めることにするとしましょう」
 そう言うと、曹操は解散を告げ、準備に移させることにした。
「あ、そうそう……春蘭と桂花」
「な、なんでしょうか華琳さま」二人が声を揃えるようにして振り返る。
 その様子に苦笑しそうになるのを抑えて責めるような視線を向ける。
「二人には留守を任せることになるわけだけど……くれぐれも、さっきのようなことにはならないように。いいわね?」
「は、はい!」
「もちろんですとも!」
「そ。よい返事ね……まぁ、信じるとしましょう」
 曹操は振り返ると、その場を後にした。


 兗州で曹操軍が話していたように現在は冀州すらも領土とした公孫賛軍もまた、軍議を開き黄巾党の対処を話し合っていた。
「しかし……現在の青州は孔融が一人でなんとか踏ん張っているらしいからな……」
 腕組みしながら、そう漏らす公孫賛に場に集まった諸将の視線が集まる。そんな中、一刀はかつてこなした政務の中で眼にしたことを口にする。
「確か、元々は白蓮も誰か派遣してたんだよな?」
「そうだ……だが、どっかの馬鹿によって……追い出された」
「あ、あぁ……そういえばそうだったか……」
 拳をわなわなと震わせている公孫賛に一刀はただ引き攣った笑みを浮かべるだけだった。公孫賛の言う"馬鹿"は易京の戦いで一刀たちにうち破られ、今は公孫賛軍の手元に置いている……いるわけなのだが、相も変わらずわがまま放題、一刀も何かと被害を被っていた。そのため、一刀は何も言えなかった。
「ま、まぁ、過去のことはこれくらいにしておいて……それよりも、青州黄巾党に対することを話そうぜ」
「そうだな……さて、場所が場所だからな……おそらくは曹操にも話は伝わっているだろう」
 公孫賛が一つの竹簡へと視線を向ける。それは孔融から送られてきたものだった。以前から黄巾党の残党が各地に広がっており、公孫賛軍も度々その対処に追われていた。
 だが、最近になり青州にてかなりの勢力を誇る一団が結成されてしまったのだ。
 そして、そのいわゆる"青州黄巾党"に孔融も対処を施そうとしたが失敗、ついには孔融のみでは押さえきれず青州の多くを青州黄巾党に奪われる自体にまで陥った。
 その勢いに乗れとばかりに青州黄巾党は隣接する中で既に黄巾党の分派が存在する徐州を除いた兗州、冀州の境へと進んでいるというのだ。
 そして、それを理由に救援の依頼が公孫賛軍の元へと届いた。そして、それは似た立場にある曹操軍にもだろうということは想像に難くなかった。
「とは言っても……青州に集まっている黄巾党の数は尋常じゃないらしいからな……」
「なに、この私が行けば奴らなどものの数ではないわ!」
「うっさい華雄」
 公孫賛の唸るような一言に大声で叫ぶ華雄を賈駆がじろりと睨み付ける。
「え、詠! うるさいとはんだ! うるさいとは!」
「だから、あんたのバカ丸出しの意見をバカみたいに大きな声で言われんのがうるさいって言ってるのよ!」
「な、人をバカバカ言うんじゃない!」
「ふん!」
「くぅ、なんと小憎たらしいぃぃいい!」
「あぁ、もう喧嘩しない」
 ぷいと顔を背ける賈駆に華雄が顔を真っ赤に染めるのを見て一刀が慌てて間に入る。
「い、いまはそれより大事なことがあるだろ?」
「……くっ、今回は一刀に免じて流しといてやる」
「…………で、どうするつもりなの?」
「ぐっ、無視だとぉ!」
「どうどう」
「馬じゃない!」
 一刀の仲裁によって華雄が引き下がりつつ捨て台詞を吐いたが、賈駆は一切相手にする様子など無い。その態度に再び暴れ出しそうな華雄を羽交い締めにしつつ一刀は公孫賛へと視線を向ける。
「うむ、やはり早急に向かうべきなのだろうとは思うが……いかんせんこちらとしても問題が山積みだからな……」
「あぁ、確かにそうだな」
 苦い顔をする公孫賛の言葉に一刀も深く肯く。なんとか袁紹軍を破り冀州制覇を成し遂げたが、未だ戦いの影響を引きずっており、冀州は荒れている……そして、その対処に追われているのが公孫賛軍の現状でもある。
 そのため、場にいる誰しもが……いや、華雄を除いた面々がその表情を暗いものとしているのである。
「どうしたものか……」
「今だって星や霞が賊軍の討伐に出てるわけだしな」
 袁紹が適当な政治を行い色々と穴だらけになっていた冀州、そこには数々の賊軍が誕生してしまっていた。現在、趙雲、張遼はそれぞれ小規模ではあるが見過ごせない程度まで害となる賊軍を殲滅しに向かっていた。
「うぅむ……」
「ん? 待てよ……もしかしたら」
 そこで、一刀は一つの名案を思いつき手を打つ。
「そうだ! なぁ、いいかな」
「どうした、何か思いついたか?」
「あぁ、ちょっとね。俺と俺が指定する四人、それと警護にいくつかの兵を出す許可をくれないか?」
「はい?」
 いきなりすぎたのか、公孫賛が首を思い切り捻る。
 それでも、告げた一刀自身にはうまくいく確信があったため、強気に出る。
「そうすれば、おそらくは青州黄巾党をなんとかできるはずなんだ」
「おいおい……それはまたどんな妖術でも使う気なんだ?」
 そんな冗談を言う公孫賛だが、その眼は笑っていない。それよりもむしろ訝っている。そして、それは場にいる全ての者たちが同じだった。
「このボクですら対処が思いつかないのにあんたに思いつくわけ無いじゃない」
「いや、むしろ俺だからこそわかることがあるんだ」
 そう、一刀だからこそ、それをすぐに思いついたのだ。ただ、元董卓軍の面子である詠や華雄、ここにはいないが霞や月、それに恋でも思いつく可能性があったであろうとも一刀は思う。
 だが、華雄はそこまで頭が回る方でもない、詠は色々と忙しくてそのことをあまり考えに入れていないように見える、霞と月に関してはこの場ににいないのでなんとも言えない。また、恋に関しては判断不能……それが、一刀内における彼女たちに関する判断だった。
 それ故に、恐らくすぐに思いつくことはないだろうと一刀は思う。そんな一刀に場にいる全員の何とも言い難いが何かを言いたいという意思の籠もった視線が集まっている。
「……何言ってるの?」
「はは……まぁ、それはちゃんと説明するさ」
 呆気にとられたような表情で訊ねる賈駆をそのままに、一刀は公孫賛の方へと視線を戻す。
「で、どうなんだ白蓮?」
「どうって……許可するわけにもいかな――」
「俺を信じられないのか?」
 そう言って、一刀は自身の出来うる限り真剣な表情を浮かべる。それによって公孫賛が言いかけた言葉を飲み込んだ。
「んぐっ!? お前……そ、それは卑怯だぞ!」
「なぁ、信用ならないか?」
「ぐぅ……わかったよ。好きにしろ」
「ありがとな、白蓮」
「そのかわり、警護には……そうだな、華雄をつけるぞ」
「いや、警護にぴったりなヤツを連れてくつもりだから大丈夫だよ」
「……?」
「それは今から、ちゃんと言うから」
 未だ納得出来ない様子の公孫賛や諸将を見ながら、自分の考えを知ったときに彼女たちがどんな反応を示してくれるだろうかと内心で思いつつ、一刀は詳細を告げるために口を開いた。


 州境にある曹操軍の砦、その城壁に二つの影がある。
「しかし、黄巾党とは……未だなお、生きるその力はある意味驚異……とも言えそうね」
 そう言って少女は吹いてくる風にずらされそうになった眼鏡の縁に手を添える。同時に少女の上着、その長めの裾が風にはためく。
「…………」
「風?」
 少女は自分の言葉になんの反応を返してこない隣にいる頭に人形のような者を乗せている人形のような少女の真名を呼びながら視線を向ける。
 突風によって、その波打つ栗色をした長めの髪が風によって大きくうねりを上げているのだが、それにすら反応がない……そのことに少女が訝っていると。
「…………ぐう」
「寝るな!」
「おぉ! 黄巾党も援軍も未だ来なくて暇なのでつい寝てしまったのです」
 瞳をぱちりと真開いた少女が目覚めた反動でぴくりと動くが、頭の上に乗った人形は彼女の揺れなど関係ないようにどっしりと座してその位置を守っている。
「はぁ、まったく……」
「いやぁ……それにしても暇ですねー」
「あのねぇ……む、あれは」
 余りにのんびりとした発言に少女がため息を吐こうとした途中で、遠くから砂塵が近づいてくるのが二人の目に映る。
「どうやら、やってきたようですね」
「残念だけど、どうやら増援は間に合わなかったようね」
 迫り来る青州黄巾党の群れを睨みつつ、二人はすぐに気持ちを切り替えて動き出す。
「これより、籠城戦に入ります。皆、それぞれの配置につくように!」
「援軍が来るまでの辛抱なのですよー」
 二人の言葉に返事をすると、兵たちはきびきびと動き出した。
「見た限りでは青州黄巾党全部というわけではなさそうね」
「斥候の話では冀州にも侵攻をはじめてるそうですから、きっとそちらにも向かっているのですよ」
「そうね……それに青州の本拠も捨てるわけにはいかないでしょうし、本来の三分の一といったところかしら?」
「そうですねぇ……稟ちゃんの言う通り……と言いたいところですけど、おそらくあれはあくまでこちらの反応を見るための様子見でしょうから……もっと少ないと思いますよー」
 相変わらず間延びした調子の声で告げられた言葉に少女は、改めて頭の中で計算を立てる。
「そうなると……援軍が来るまでなら十分持ちこたえられそうね」
「そういうことですねー」
「さて、それじゃあ私たちも動くわよ、風」
「…………ぐぅ」
「………………」
 そのとき、二人の間に一陣の風が吹いた。眼鏡をずり落とした少女――真名を稟という――は自分の心にもその風が吹き抜けていった気がした。


 それから、少し経った頃……曹操軍が州境に建てた拠点……もとい、城に足取りのおぼつかない男が立ち寄る。
 それを門番である曹操軍の兵の一人が咎めるような口調で声をかける。
「む、何だお前は!」
「あ、あっしはただの流れ者でさぁ……ですが、道に迷いやして……もう、三日前から飲まず食わずで……すいやせんがこちらへ入れてもらえませんかねぇ?」
 男はすがるように門番に尋ねる。対する門番はもう一人の門番と顔を見合わせてぼそぼそと何かを言い、その後、咳払いと共に口を開いた。
「まぁ、困っている者を見過ごすわけにもいかぬからな……いいだろう。ただし、今は非常事態ゆえ、警戒のために我が軍の兵が付き添うことになるぞ」
「えぇ、かまいませんです……へへ」
 男は数多を掻きながら苦笑を浮かべる。そして、そのままやってきた一人の兵と共に中へと入っていった。
 門をくぐった男が見たのは妙に殺気立つ兵たちの姿だった。誰しもがぴりぴりとしており、緊張が辺りを支配しているのが男にも感じられる。
「こ、こりゃあ、いったいなにごとですかい?」
「うむ、実は青州黄巾党という輩がこちらへ向かっているらしくてな。みなその警戒にあたっておるのだ」
 呆然と呟いた男に隣を歩く兵がそう答えた。
「こ、黄巾党っ!?」
「まぁ、驚かれるでない。黄巾党といっても所詮はひっそりと生きてきたどうしようもないやつらなのだからな」
「はぁ、そんなもんなんですか?」
「あぁ、少々数が膨れあがっているそうだが。何、問題など無い。安心するがいい」
「そうですか……そう言っていただけるとあっしもあんしんできやすぜ」
 兵が男を安心させるためにウソをついている……男は直感でそう感じたがあえてそれは表にださなかった。
 それから男は、取りあえずの食事を済ませ眠りについた。
 見張りの兵は男が寝ている部屋の外に陣取っているようだが、とくに何か語りかけてくるようなこともなく、部屋は静かになった。
 そして日も沈み、兵たちも後退して眠りについたころ床についていた男の身体が闇と沈黙の中もぞもぞと動き出す。
「さて……」
 足音や床を軋ませないように男は細心の注意を払う。床の軋む部分は既に昼のうちに調査していた。その箇所を避けるように足を一歩二歩と進め、扉へ耳をそっとつける。
「よし、寝てやがるな」
 男は昼間兵たちの前で見せていたクセのある訛りなどなく、荒々しい言葉遣いに変えていた。
 扉の向こう側から居眠りをはじめた兵の寝息が聞こえてくると、男は口元を歪ませて後退する。
 そして、男は人一人なら通れそうな窓を通って外へと飛び出た。
 そのまま、夜警の兵たちを警戒しつつ男は曹操軍の重要物資があると思われる倉庫の近くへとやってきていた。
「へへへ……上手くいったぜ」
 先程兵に見せたものとはことなる、意地汚さの漂う笑みを男は浮かべる。その懐からひらりと布が落ちる。
「おっと、いけねぇ」
 男は地面にふわりと着地した"黄色い布"を拾い上げた。そう、男は黄巾党の偵察としてこの城へと忍び込んだのだ。
「ここか……やつらの兵糧があるのは」
 男が別の倉庫の壁越しに除き見る先に警戒が厳重な蔵がある。見張りの兵が二人。さらに周囲の歩き回る警備の兵が二人。
 その様子を物陰から物陰へと移動しながら眺めながらどうしたものかと考えていると、遠くから更に兵がやってきた。
「やべっ」
 男が慌てて身を屈めるのとほぼ同時に、転がり込むようにやって来た兵が狼狽した様子で声を張り上げた。
「し、侵入者だ!」
「な、なんだと!」
 矢が放たれたがごとくあっという間に、兵たちは慌ただしくなる。そして、それぞれが松明を持つと、呼びに来た兵がいた方へと駆けていく。
「もしかして、これは絶好の機会ってやつか」
 気がつけば誰もいなくなっていた。侵入者というのが自分のことなのか気にはなるものの、男はそろりそろりと忍び足で蔵へと近づき、その扉を開く。
「おぉ……こりゃすげぇ」
 そこには山のように積まれた米俵らしきものがその存在をみせしめるようにどっしりと座していた。
「ほう、こいつをどうにか俺らのものに出来りゃあ……」
 男がそう零したところで足音が近づいてくる。
「誰だ!?」
「ちぃっ、しくじったか!」
 松明によって照らすことで蔵内の様子を窺おうとする兵を押しのけ男は蔵から飛び出した。
「ち、ちくしょう……だが、取りあえず情報としちゃあ上々だぜ」
 男は駆ける。ただひたすらに、背後にせまりくる赤々とした明かりに捕捉されないように。気のせいか、男の後を追う足音がいっこうに増える気配がない。
「どうなって……そうか、例の侵入者か」
 男は一瞬、訝るがすぐにその意味に気付いた。先程、兵たちを騒がせた"侵入者"……それはおそらく男とは別の話なのだろう。
 つまり、もう一人……もしくは複数の侵入者を追うために兵が分散しているということなのだ。そう、結論づけ男はその口元に笑みを浮かべ、「今こそ、虎口を逃れる機だな」と呟いた。
 それからのことは男はあまりよく覚えていない。ひたすら駆け回り、運良く城壁の一部が崩れているのを見つけ、その瞬間、そこへと身を投げたのだ。
 そして、そのまま夜の闇に紛れつつ迎えに来た仲間と合流した。そのくらい大体のことしか覚えていなかった。
「……な、なんとか……逃げ切れたな」
 息を切らしながら男は仲間を見る。
「そうっすねぇ……いやぁ、さすがですぜ」
「よ、よく逃げ切れたんだな」
「なぁに、俺さまにかかればちょろいもんよ」
 そう言って、男はニヤリと口角を吊り上げてみせた。


「あれでよろしかったでしょうか? 郭嘉殿」
「えぇ、結構です」
 眼鏡越しに去りゆく青州黄巾党の男たちを見つめながら稟という真名を持つ少女――姓名を郭嘉――字を奉孝という――が肯く。
「しかし、これではこちらの情報がやつらに漏れてしまうのでは?」
「大丈夫なのですよー」
「え? 程c殿」
 声に不安が隠しきれていない兵に答えたのは真名を風――姓名を程c――字を仲徳という――だった。
「あの人たちが来ればわかることなのですよー」
 そう、先程出て行った黄巾の男とその仲間たちが――青州黄巾党が攻め込んでくればこれから訪れる戦いの流れが決まるのだ。もちろん、郭嘉たちの思惑通りという方向へと……。
 そもそも、今宵青州黄巾党の男がこの城の内情を探り、その上逃走に成功したというのもまた郭嘉と程cの策の内のことだった。
 それこそ、まさにあの青州黄巾党の男は二人の手の内で踊らされていたに過ぎなかった、というわけである。
 もちろんそれがわかるはずのない兵は釈然としていない様子を露わにすることしかできないわけだが。
「は、はぁ……」
「まぁ、そういうことですから、あなたは持ち場に戻って待機を」
「え……は!」
 戸惑いの表情を残したままではあったが、兵は直立して返事をするとすぐに駆け足で場を後にした。
「しかし、風もなかなかえぐいことを思いつくわね」
「稟ちゃんだって乗り気だったでわないですかー」
「まぁ、そうではあるわね……さぁ、まだやらなきゃならないことがあったはず。行きましょ、風」
 黄巾の男たちが去り、何も見えなくなった闇から目をそらすと、郭嘉は程cへと視線を向ける。
「…………ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ! 夜はやっぱり寝るにべきだと思うのですよー」
「何を言っているのだか……はぁ」
 いまだ頭を左右に揺らせている程cを見て、「あぁ、これは寝ぼけているな」郭嘉はそう確信して今一度程cの眠りを掻き消すため息を吸い込んだ。


 兗州で青州黄巾党対策に曹操軍の二人の軍師が動いている頃、冀州ではとある街で一刀が宿の一室で休んでいた。
 その部屋の周囲には屈強な身体をして、基本無表情な男たちが直立不動で一刀の部屋へ何者も侵入させまいと警戒している。
「……なんというか息が詰まるな」
 誰に言うとでも無く呟き一刀はため息を吐く。現在、街には一刀を主とした一軍が滞在している。
 この原因は、一刀が碌な護衛も付けずに出陣するのを白蓮が認めなかったことにあった。一度は華雄を護衛に付けると言った話を退けることができたが、その後、一刀が頼みとしていた人物との合流に時間が掛かることが発覚することとなり、その時に「何が何でもお前には護衛を付ける……せめて有事に対応できるくらいにはつけさせろ」と言われ結局はそこそこの規模を率いることとなった。
 とはいえ、親しい少女たちの誰かがいるわけでもなく、ただむさ苦しい男たちと静かに過ごしているだけ……それが一刀には息苦しく感じられた。
「はやく来ないかな……」
 そう、この街で一刀がゆっくりと過ごす理由となったのが目的の人物たちとの"合流"だった。
 丁度良く、一刀たちと青州黄巾党の侵入予測箇所の間にあるこの街が"目的の人物たち"との合流に適していた。
「ふぁ……なんだか眠くなってきたな……」
 することもなくなった一刀がこれまでの経緯に想いを馳せていると、外から兵の悲鳴のようなものが聞こえた。
「ひ、ひぃぃいい」
 その悲鳴に混じって何やら地を蠢く怨霊のような笑い声が聞こえる。
「お、どうやら来たようだな」
 その悲鳴と奇声の混じり合った混沌が来訪の合図だった。ついに合流を果たし、青州黄巾党への対策を実行に移すときがきたということだ。
 そう思いながらも、それよりもいち早く再会の言葉をかけたくて一刀は部屋を勢いよく出て行った。


 青州黄巾党、兗州侵攻軍が砂埃を巻き上げながらせまっていく。
「しっかし……砂嵐がひでぇな」
「なぁに、もうすぐ壁あり屋根ありの城が手に入るんだ。いいじゃねぇか」
「そ、そうなんだな」
 黄巾党の先頭で男たちは他愛ない会話を交わしては笑い会う。
「お、よく見えねぇがあれだな」
 砂嵐に紛れぼんやりとしか見えていないが何かの建物の影が確かに男たちの眼に入る。
「おぉ……ようやくか……あ?」
「ど、どうなってるんだな?」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
 眼にした影に男たちは声を荒げずには居られなかった。
「なんで、こんなで、でけぇんだよ!」
 そう、目の前にある建物は男が潜入したときに比べ壁は倍近くの高さになっており、その様相に青州黄巾党の者たちが気圧される。
「そ、そんなバカな……俺が見た時は確かにもっと低かったはずだ……」
「ど、どうなってるんだ!?」
「こ、これは攻略が難しそうなんだな」
 唖然としたままぼんやりと目の前に高くそびえる城壁を眺める男に、仲間たちが困惑の表情を向ける。
「そ、そうだ! 確か、これを見ろ」
 慌てて男は懐から布を取り出す。そこには目の前の城のおおまかな構図が描かれていた。それを仲間たちも見やる。
「地図ですかい?」
「あぁ。それでこの地点だ……ここから俺は出てきたんだが、この辺りは塀がくずれていやがった。だから、そこをつくことにするぞ!」
「わ、わかった」
 示されて地点へと一隊がまず出向く。迎撃の可能性も考え、その後ろに弓弩兵を忍ばせておくことも忘れない。
 が、ものの数分でその一周してきた隊が戻ってくる。
「なにやってんだ?」
「そ、それが……どこも塀が崩れてねぇんですよ!」
「はぁ!?」
 男は手下の言葉に耳を疑う。確かに、男は脱出を計る際に見たのだ、一日二日では到底直しきれないほどあちこちが崩れ落ちてぼろぼろな状態となっていた塀を……。
「わ、わけがわからねぇ……」
「ば、場所を間違えたんじゃあ」
「そんなわけあるか! た、確かにここなんだよ」
 高鳴る鼓動を押さえ込むように胸元に拳を打ち込みながら男は再度目の前の城を見る。
 確かにどこにも欠点が見あたらない……攻略など容易い――それこそ、様子見にやってきた自分たちでも制圧できるとすら考えていた。
 だが、これではそんなわけにもいかない……異常な高さを誇る壁、その壁の修復もありえない速度で行われている、そんな化け物じみた城を相手取っては数がそれなりにいても叶わない。男はそう判断する。
「くそ、こりゃ本隊の奴らと合流するほうがよさそうだな……」
 そう呟いたとき、城門が開かれ敵の一隊が飛び出してきた。防壁の容姿に気圧され士気が低下していた青州黄巾党分隊の前衛はあっというまに蹴散らされてしまう。
 男たちも未だ動揺から脱しきれてはいないが、すくなくとも危険な情況であることだけは理解できた。
 男は、すぐさま号令を発する。
「退くぞ、応戦しつつも下がるぞ!」
「くそぉ、なんなんだよ、あいつら!」
「き、危険なんだなぁ」
 殿軍として一部を残しつつ、男たちは一気に下がる。あわよくば曹操軍をつって返り討ちにあわせようという狙いもあった。
 その狙いにはまるように曹操軍は殿軍を追いながら突き進んでくる。その様子に男が口元を歪ませようと頬の筋肉に力を込める瞬間、追撃をしていたはずの曹操軍の動きがぴたりと止む。
「な!? 今度は城に戻っていく……だと!?」
 もう少しというところで曹操軍は反転し、一気に城へと帰って行ってしまった。その突然の攻撃と後退があまりに滞りなく行われたため、男には歯がみする精神的余裕すらなかった。
「な、なんなんだあいつらは!」
「お、落ち着いてくれよ!」
「くそぉ……なめやがって」
「お、おい……」
「ゆるさねぇ!」
 男は薄々、先程の曹操軍の行為に含まれる意味を理解していた。あれは挑発なのだ……「青州黄巾党など恐るるに足らず」ということを言わんとしているのだ。
 数では圧倒している青州黄巾党に向かって意表を突いたとは言え、正面から攻撃をしかけてきたのだ……それも防戦一方になると思われていた相手がだ、それは男には到底許せないことだった。
 それ以前に、男は――いや、青州黄巾党の面々は少なからぬ怒りをその胸に内包していた。
「だいたい、あいつらはいや……官軍を始め董卓、曹操……その他の諸侯共もだ。やつらは俺らの生き甲斐を奪いやがったんだぞ、そんなやつらに喧嘩を売られて引き下がれるかよぉ!」
「……そ、そうなんだな」
「あぁ、そうだ。董卓は倒れた……だが、まだ曹操がいる……他の諸侯共もまだまだ健在だ。俺たちはそいつらへの復讐を誓った! だから、今ここで逃げるわけにはいかない、そうだろう?」
 男は仲間たちを見渡す。だれ一人として口を開こうとはしない、だが、その眼は物語っている……男と同じ思いをもっていることを。
「よし、体勢を整えたら今度は徹底的に攻城戦に入るぞ! 糧食のことはそこまで気にする必要はねぇ! 俺はあの城に兵糧が大量に蓄えられているのをこの目で見たんだからなぁ、つまり、さっさとあの城制圧して奪っちまうぞぉ!」
 男の言葉に仲間たちが怒声を上げる。思わぬ奇襲を受けて離れ駆けたそれぞれの心が再び一つになる。
 それを感じ、男は口元を緩めた。
 それから、青州黄巾党分隊は城への攻撃を始めた。
 前衛の兵たちが城壁へと取り付こうとするが、助壁を越えて跳んでくる矢に討たれその半数以上が脱落した。
 前衛だけでは足りなくなると、次々と後続の兵を取り付かせた。それでも削られていく。

 ろくに城壁も攻略できず、無情にも時は過ぎていった。さすがに何日も成果を得られていないこともあり兵たちの中には疲労を表に出してしまっているものもいた。
 それでも、多くの兵はその勢いを衰えさせてはいない。打ち破れると信じているのだ。
 そんな手下たちを仲間と見守りながら男は呟く。
「ちくしょう……なんで破れねぇ」
「やっぱ、あの壁の高さがやっかいなんだって」
 やはり、異常な高さとなった壁が青州黄巾党分隊に大きく立ちはだかっていた。
 城門を破壊するような大層な兵器など数える程すらもなく、あまり効果を得られていない……そうなれば城壁を攻略して中へと兵を突入させ、中から手引きさせるべきだが肝心の城壁攻略がうまくいかないためそれすらもかなわないのだ。
「そもそも、なんであんなもんが出来上がったんだ……」
 男は頭を捻るが答えには辿り着かない。短時間で元の倍近く壁を高くすることなど常識的には無理なはずなのだ……にもかかわらず壁は実際に男の目の前に存在している。
「そういや、手下の一人が壁の上の方が何かおかしいって言ってたやしたぜ」
「おかしい?」
「へぇ、なんでも時折砂が溢れおち――」
 仲間の一人の言葉はそこで中断された。何故なら、遠くから地響きをたてながらやって来る集団の影がせまってきたからだ。
「お、おい!? ありゃ、もしかして……」
「曹操軍の援軍だぁ!」
 旗を見たかぎり、少なくとも夏侯淵がいることはわかった。
「う、ウソだろ……」
 さらに、男は見つけてしまった。曹の時が掲げられた旗が上がっているのを。つまりは、曹孟徳自身が出向いてきたと言うことになる。
 つまりは、本格的に自分たちの殲滅を考えていると言うこと……男は顔から血の気が引くのを感じた。
「く、くそぉ……少なくとも今の弱った状態じゃどうしようもねぇ。引くぞ!」
 そう言うと、男を中心とした隊が引き始める。そに続くようにぞろぞろと手下たちがあつまり一匹の虫のようにのそのそと逃げていく。
「あの愚者たちを逃がすな!」
 曹操軍の方からそんな声が聞こえ、馬の馬蹄が近づいてこようとしているのを男は聴覚を通して認識し、背に冷たいものが流れ落ちる。
 結局、青州黄巾党分隊は青州にいる本隊の元へと逃げ延びたが、曹操軍の追撃によって甚大な被害を受けてしまった。


「華琳さま。申し訳ありません、やつらを取り逃してしまいました」
 追撃から戻ってきた夏侯淵が頭を下げる。そのあとに続いて楽進、于禁、李典の三人がやってきた。
「いやぁ、もう少しやったんやけどなぁ」
「残念なのー」
「ふ、二人とも、華琳さまの前で何を!」
 夏侯淵と比べ、楽進はともかく残りの二人はどちらかというと取り逃したことを悔しがっている程度のようだった。
 それを嗜める楽進を見て曹操は口元を綻ばす。
「まぁ、いいわ。少なくとも、それなりに打撃を与えることはできたのだからね」
「華琳さま……」
「これで、当分はこの曹孟徳の領土に侵攻しようなどという気は起こさないでしょ」
 そう言うと、曹操は城門をくぐり、中にいる二人の軍師と先に入って中の情況を確認していた典韋の元へと向かった。
「どうだったの、流琉?」
「あ、華琳さま。えぇと、兵糧も必要最低限使われただけですし……兵もほとんど残っていますね。おそらくは問題なしかと」
「そう、それで……あなたたちが郭嘉と程cね」
 典韋とのやり取りをただ黙って見守っていた二人の少女の方を曹操は向いた。
「はじめまして、郭嘉、字は奉孝と申します」
「………………」
 郭嘉はすぐに自己紹介をしたが、もう一人の少女は黙り込んでいる。
「どうしたの?」
「何故名乗らない?」
 共に来ていた夏侯淵が訝るように程cと思しき少女を見る。曹操も何も言葉を発しないことを不思議に思いよく顔を見る。
「…………ぐぅ」
 少女は眠っていた。その瞬間、郭嘉の拳が少女の頭を捉えた。
「寝るんじゃない!」
「むぅ……痛いのです、稟ちゃん」
「自業自得です!」
 その妙なやり取りに曹操は僅かに頬を綻ばしかけるが表情は崩さない。
「それで……あなたが程cでいいのね?」
「はいー程c、字を仲徳と言います」
 どこか飄々とした雰囲気を漂わせながら、これまたのべっとした口調で程cが自己紹介をした。
「それで、上手くやつらをここに引き留めてくれたようだけど、あれは誰の立案なのかしら?」
「それは、この程cです」
 郭嘉に促されるように程cが一歩前へ出る。
「そうなのですよーでも稟ちゃんにも協力してもらいましたー」
「そう、要するに二人の共同ということね」
 郭嘉と程cがそれに肯いたところで曹操は次の話を始める。
「それで、詳しく説明してもらいましょうか……一体どういう策を講じたのかを」
「は、恐れながら説明をさせていただきます。まず、はじめに青州黄巾党の男を利用することからこの策は始まりました」
「ほぅ……」
 夏侯淵が興味深そうに説明をする郭嘉を見つめる。正直、曹操としても彼女の説明に興味はある。
「まず、黄巾党の男が間者としてやってきました。なんでも流れ者を装っていたそうです。そして、その男にわざと内情を見られました……もちろん、それは偽りの内情ですが」
 郭嘉がそこまで言うと、今度は程cが口を開く。
「その内情というのが、蔵に積まれた大量の兵糧、そして……本来の役割を果たさない城壁だったわけです。まぁ、あらかじめ崩しておいたわけなんですけどねー」
「……なるほど」
 相手の間者に虚偽の情報を持ち帰らせ、判断を狂わせることによって逆に利用した……つまりは、反間の計のようなものであるということなのだろう。
 曹操は予想通りながらも上手く敵を利用したその手際に内心では感心していた。もちろん表には一切ださないが。
 その間に、程cから再び郭嘉へと説明役が移る。
「そうすることによって、青州黄巾党は制圧しやすいのに糧食の確保は十二分に行える拠点なのだと判断するわけです」
「そして、敵さんが来るまでに兵糧に見せかけていた土嚢を使用して壁の補強さらには城壁の上に高々と積み上げて錯覚を起こさせたのです」
 妙に興奮しながら話す郭嘉と必要以上に自然体で語る程c、まさに正反対な様子の二人を面白いと思いつつ曹操は黙って聞き役に徹する。
「ちょうど強めの砂嵐が舞いそうでしたのでそれを利用しました。何も無い状態では土嚢であることなどすぐにわかってしまったと思います。ですが、砂嵐に紛れてしまえばそれは一つの曖昧な影となり青州黄巾党の者たちからすれば急激に高さを増した城壁にしか見えず、それにより士気の低下を誘うことができたわけです」
「そしたら、そのまま逃げ腰になったので、ちょっとつついたのですよー」
 そこで、二人の説明は終わった。曹操は瞼を降ろし、その内容をよく頭の中で噛みしめてから二人を見た。
「そう。秋蘭はどう思った?」
「は。良い策だったかと」
 その言葉に二人が頭を下げる。
「有り難うございます」
「そう言ってもらえて良かったのです」
 郭嘉が安堵の息を吐く、一方の程cは相変わらずのほほんとした顔をしている。
「秋蘭のお眼鏡にもかなったようだし、郭嘉、程c」
「は!」
「何でしょうかー?」
「二人とも私と共に来なさい。その頭脳存分に使い尽くして上げるわ」
 曹操はそれだけ言うと返事も待たずに踵を返した。
(聞かなくてもわかるわ……あの娘たち自身ももっと活躍出来る場が欲しいはずだもの)
 それになによりも、曹孟徳がそう決めたのだからそうなるべきだとも思っていた。
「ありがたきしあわ――ぶはっ!」
「な、何事だ!?」
「おぉっ! 稟ちゃん、やっぱり無理していたのですねー」
 曹操はその言葉を背に受けながら一つの想いを抱いた。
(この曹孟徳の率いる軍はさらに強くなる……更なる先を目指せるほどに――って、え?)
 予想と異なる状況が背後で起こっているのを察知した曹操は何事かと振り返る。
「…………あぁ、曹操さま……」
 そこは、真っ赤な世界だった。辺り一面に赤い雨が降っていた。
「はい、とんとんしましょーね」
「程c、これは一体なんなの?」
 訳がわからず固まっている夏侯淵の横を通り、曹操は内心困惑したままではあるものの、郭嘉の首筋をとんとんと叩いている程cの方へと視線を向けた。
「そのですねぇ。稟ちゃんは曹操さまのところで働くのが夢でしたので……興ふ――ではなくて緊張のしすぎで鼻血ぶーしてしまったようですねー」
「う、うぅ……曹操さまぁ……」
 血溜まりの上に寝そべりながら郭嘉は曹操の名を呟いた。
「ふふ、可愛い娘じゃない」
 自分を想うが余りにここまでの状態になる。曹操はならば、よしと内心で呟いた。
 だが、同時に曹操の中に一つの不安が生じた。
(この娘……閨に連れ込んでも大丈夫かしら?)
 それは曹操にとって、とてもとても重大な心配事だった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――


整形版はここからです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「無じる真√N27」




「せ、青州を拠点とする黄巾党の一部が冀州と我が兗州へと侵攻してきたそうです!」
 それは、州の境付近へと配備している部隊から送られてきた伝令の兵による言葉
である。曹操は、それを玉座に腰掛けたまま聞いていた。
「そう、わかったわ。あなたはすぐに各将へ召集の連絡をしてちょうだい」
 曹操がそう告げると、兵は勢いよく返事をして玉座の間を出て行った。それを見送
りながら曹操は口を開く。
「青州黄巾党……残党……生き残りの集まり……未だ残る負の遺産ね」
 その呟きからそう経たないうちに玉座の間に曹操の臣下が集まった。
「それで、黄巾党に対して我々はどうするのですか?」
 そう訊ねたのは夏侯淵。姉の夏侯惇と違い冷静さのある彼女らしい落ち着いた声、
視線が曹操へと向けられている。それに一度頷くと、曹操は自らの考えを口にする。
「対処には、秋蘭に流琉……それに于禁、李典、楽進を向かわせるわ。ちなみに指
揮を取るために私もね」
「そんな! 華琳さまが出られる必要などはありません」
「秋蘭の言う通りです! たかが雑兵ごとき、なんならこの私が行って圧倒してみせま
す!」
 秋蘭――夏侯淵の真名である――を口にしたのは姉の夏侯惇、彼女の武力を曹
操は頼りにしているがいかんせんそちらに重点を置きすぎているきらいがある。
 今の発言にしてもそうだ。報告を受けてから、この兗州へと進み行ってくるのはそう
遠いことではない。そして、それは報告通りならばかなりの数である。にもかかわらず
夏侯惇は自らの武力のみでなんとか出来ると思っている……実際出来そうにも思え
るのが夏侯惇たり得るわけでもあるが、それを差し引いても先程の発言はないと曹操
は思う。
 そして、同じ感想を抱いたのだろう荀ケが呆れた表情で夏侯惇を見ながら口を開く。
「ほんっとに、あんたって馬鹿ね」
「なにぃ!」
 荀ケ、夏侯惇、この二人は頭脳的、武力的と両極端でありながら気が強いという点
で似ているためか口論することがよくある。そして、今回も荀ケの言葉に夏侯惇がけ
んか腰になっている。
「だって、そうじゃない。あんた一人で相手しきれるわけないでしょ」
「そんなものやってみなければわからん!」
「わかるわよ!」
「いいや、わからん!」
「むぅ〜!」
「ふーっ!」
「やれやれ……」
 猫の喧嘩のように呻き合う二人に傍に控える夏侯淵が額を押さえている。曹操も正
直なところ同じ気分ではある、だが、そうもいかないわけでため息を吐くと曹操はにら
み合う二人へと視線を向ける。
「いい加減になさい!」
「華琳さま」二人が同時に曹操へと顔を向ける。
「まったく……いまはあなたたちの言い争いを見てる暇なんてないの」
「姉者がお手間を取らせ申し訳ありません華琳さま」
「いいわよ秋蘭。あなたのせいじゃないのだから。それよりも、進行中の青州黄巾党
に最も近い拠点には誰がいるのかしら?」
「は、郭嘉と程cの二名と二千ほどの守備兵がいます。また、周辺より計四千ほどの
援軍がすでに向かっているとのことです。ですが、それでも青州黄巾党を相手取る
のは難しいと思われます」
「そう、わかったわ。ところでその二人……郭嘉と程cと言ったわね……使えそうなの?」
「おそらくは……あくまで聞いた限りですが」
「そう、まぁいいわ。あとで自分の目で見極めることにするとしましょう」
 そう言うと、曹操は解散を告げ、準備に移させることにした。
「あ、そうそう……春蘭と桂花」
「な、なんでしょうか華琳さま」二人が声を揃えるようにして振り返る。
 その様子に苦笑しそうになるのを抑えて責めるような視線を向ける。
「二人には留守を任せることになるわけだけど……くれぐれも、さっきのようなことに
はならないように。いいわね?」
「は、はい!」
「もちろんですとも!」
「そ。よい返事ね……まぁ、信じるとしましょう」
 曹操は振り返ると、その場を後にした。


 兗州で曹操軍が話していたように現在は冀州すらも領土とした公孫賛軍もまた、軍
議を開き黄巾党の対処を話し合っていた。
「しかし……現在の青州は孔融が一人でなんとか踏ん張っているらしいからな……」
 腕組みしながら、そう漏らす公孫賛に場に集まった諸将の視線が集まる。そんな中、
一刀はかつてこなした政務の中で眼にしたことを口にする。
「確か、元々は白蓮も誰か派遣してたんだよな?」
「そうだ……だが、どっかの馬鹿によって……追い出された」
「あ、あぁ……そういえばそうだったか……」
 拳をわなわなと震わせている公孫賛に一刀はただ引き攣った笑みを浮かべるだけ
だった。公孫賛の言う"馬鹿"は易京の戦いで一刀たちにうち破られ、今は公孫賛軍
の手元に置いている……いるわけなのだが、相も変わらずわがまま放題、一刀も何
かと被害を被っていた。そのため、一刀は何も言えなかった。
「ま、まぁ、過去のことはこれくらいにしておいて……それよりも、青州黄巾党に対す
ることを話そうぜ」
「そうだな……さて、場所が場所だからな……おそらくは曹操にも話は伝わっている
だろう」
 公孫賛が一つの竹簡へと視線を向ける。それは孔融から送られてきたものだった。
以前から黄巾党の残党が各地に広がっており、公孫賛軍も度々その対処に追われ
ていた。
 だが、最近になり青州にてかなりの勢力を誇る一団が結成されてしまったのだ。
 そして、そのいわゆる"青州黄巾党"に孔融も対処を施そうとしたが失敗、ついには
孔融のみでは押さえきれず青州の多くを青州黄巾党に奪われる自体にまで陥った。
 その勢いに乗れとばかりに青州黄巾党は隣接する中で既に黄巾党の分派が存在
する徐州を除いた兗州、冀州の境へと進んでいるというのだ。
 そして、それを理由に救援の依頼が公孫賛軍の元へと届いた。そして、それは似
た立場にある曹操軍にもだろうということは想像に難くなかった。
「とは言っても……青州に集まっている黄巾党の数は尋常じゃないらしいからな……」
「なに、この私が行けば奴らなどものの数ではないわ!」
「うっさい華雄」
 公孫賛の唸るような一言に大声で叫ぶ華雄を賈駆がじろりと睨み付ける。
「え、詠! うるさいとはんだ! うるさいとは!」
「だから、あんたのバカ丸出しの意見をバカみたいに大きな声で言われんのがうるさ
いって言ってるのよ!」
「な、人をバカバカ言うんじゃない!」
「ふん!」
「くぅ、なんと小憎たらしいぃぃいい!」
「あぁ、もう喧嘩しない」
 ぷいと顔を背ける賈駆に華雄が顔を真っ赤に染めるのを見て一刀が慌てて間に入
る。
「い、いまはそれより大事なことがあるだろ?」
「……くっ、今回は一刀に免じて流しといてやる」
「…………で、どうするつもりなの?」
「ぐっ、無視だとぉ!」
「どうどう」
「馬じゃない!」
 一刀の仲裁によって華雄が引き下がりつつ捨て台詞を吐いたが、賈駆は一切相手
にする様子など無い。その態度に再び暴れ出しそうな華雄を羽交い締めにしつつ
一刀は公孫賛へと視線を向ける。
「うむ、やはり早急に向かうべきなのだろうとは思うが……いかんせんこちらとしても
問題が山積みだからな……」
「あぁ、確かにそうだな」
 苦い顔をする公孫賛の言葉に一刀も深く肯く。なんとか袁紹軍を破り冀州制覇を
成し遂げたが、未だ戦いの影響を引きずっており、冀州は荒れている……そして、そ
の対処に追われているのが公孫賛軍の現状でもある。
 そのため、場にいる誰しもが……いや、華雄を除いた面々がその表情を暗いもの
としているのである。
「どうしたものか……」
「今だって星や霞が賊軍の討伐に出てるわけだしな」
 袁紹が適当な政治を行い色々と穴だらけになっていた冀州、そこには数々の賊軍
が誕生してしまっていた。現在、趙雲、張遼はそれぞれ小規模ではあるが見過ごせ
ない程度まで害となる賊軍を殲滅しに向かっていた。
「うぅむ……」
「ん? 待てよ……もしかしたら」
 そこで、一刀は一つの名案を思いつき手を打つ。
「そうだ! なぁ、いいかな」
「どうした、何か思いついたか?」
「あぁ、ちょっとね。俺と俺が指定する四人、それと警護にいくつかの兵を出す許可を
くれないか?」
「はい?」
 いきなりすぎたのか、公孫賛が首を思い切り捻る。
 それでも、告げた一刀自身にはうまくいく確信があったため、強気に出る。
「そうすれば、おそらくは青州黄巾党をなんとかできるはずなんだ」
「おいおい……それはまたどんな妖術でも使う気なんだ?」
 そんな冗談を言う公孫賛だが、その眼は笑っていない。それよりもむしろ訝ってい
る。そして、それは場にいる全ての者たちが同じだった。
「このボクですら対処が思いつかないのにあんたに思いつくわけ無いじゃない」
「いや、むしろ俺だからこそわかることがあるんだ」
 そう、一刀だからこそ、それをすぐに思いついたのだ。ただ、元董卓軍の面子であ
る詠や華雄、ここにはいないが霞や月、それに恋でも思いつく可能性があったであ
ろうとも一刀は思う。
 だが、華雄はそこまで頭が回る方でもない、詠は色々と忙しくてそのことをあまり考
えに入れていないように見える、霞と月に関してはこの場ににいないのでなんとも言
えない。また、恋に関しては判断不能……それが、一刀内における彼女たちに関す
る判断だった。
 それ故に、恐らくすぐに思いつくことはないだろうと一刀は思う。そんな一刀に場に
いる全員の何とも言い難いが何かを言いたいという意思の籠もった視線が集まって
いる。
「……何言ってるの?」
「はは……まぁ、それはちゃんと説明するさ」
 呆気にとられたような表情で訊ねる賈駆をそのままに、一刀は公孫賛の方へと視
線を戻す。
「で、どうなんだ白蓮?」
「どうって……許可するわけにもいかな――」
「俺を信じられないのか?」
 そう言って、一刀は自身の出来うる限り真剣な表情を浮かべる。それによって公孫
賛が言いかけた言葉を飲み込んだ。
「んぐっ!? お前……そ、それは卑怯だぞ!」
「なぁ、信用ならないか?」
「ぐぅ……わかったよ。好きにしろ」
「ありがとな、白蓮」
「そのかわり、警護には……そうだな、華雄をつけるぞ」
「いや、警護にぴったりなヤツを連れてくつもりだから大丈夫だよ」
「……?」
「それは今から、ちゃんと言うから」
 未だ納得出来ない様子の公孫賛や諸将を見ながら、自分の考えを知ったときに彼
女たちがどんな反応を示してくれるだろうかと内心で思いつつ、一刀は詳細を告げる
ために口を開いた。


 州境にある曹操軍の砦、その城壁に二つの影がある。
「しかし、黄巾党とは……未だなお、生きるその力はある意味驚異……とも言えそう
ね」
 そう言って少女は吹いてくる風にずらされそうになった眼鏡の縁に手を添える。同
時に少女の上着、その長めの裾が風にはためく。
「…………」
「風?」
 少女は自分の言葉になんの反応を返してこない隣にいる頭に人形のような者を乗
せている人形のような少女の真名を呼びながら視線を向ける。
 突風によって、その波打つ栗色をした長めの髪が風によって大きくうねりを上げて
いるのだが、それにすら反応がない……そのことに少女が訝っていると。
「…………ぐう」
「寝るな!」
「おぉ! 黄巾党も援軍も未だ来なくて暇なのでつい寝てしまったのです」
 瞳をぱちりと真開いた少女が目覚めた反動でぴくりと動くが、頭の上に乗った人形
は彼女の揺れなど関係ないようにどっしりと座してその位置を守っている。
「はぁ、まったく……」
「いやぁ……それにしても暇ですねー」
「あのねぇ……む、あれは」
 余りにのんびりとした発言に少女がため息を吐こうとした途中で、遠くから砂塵が近
づいてくるのが二人の目に映る。
「どうやら、やってきたようですね」
「残念だけど、どうやら増援は間に合わなかったようね」
 迫り来る青州黄巾党の群れを睨みつつ、二人はすぐに気持ちを切り替えて動き出
す。
「これより、籠城戦に入ります。皆、それぞれの配置につくように!」
「援軍が来るまでの辛抱なのですよー」
 二人の言葉に返事をすると、兵たちはきびきびと動き出した。
「見た限りでは青州黄巾党全部というわけではなさそうね」
「斥候の話では冀州にも侵攻をはじめてるそうですから、きっとそちらにも向かってい
るのですよ」
「そうね……それに青州の本拠も捨てるわけにはいかないでしょうし、本来の三分の
一といったところかしら?」
「そうですねぇ……稟ちゃんの言う通り……と言いたいところですけど、おそらくあれ
はあくまでこちらの反応を見るための様子見でしょうから……もっと少ないと思います
よー」
 相変わらず間延びした調子の声で告げられた言葉に少女は、改めて頭の中で計
算を立てる。
「そうなると……援軍が来るまでなら十分持ちこたえられそうね」
「そういうことですねー」
「さて、それじゃあ私たちも動くわよ、風」
「…………ぐぅ」
「………………」
 そのとき、二人の間に一陣の風が吹いた。眼鏡をずり落とした少女――真名を稟と
いう――は自分の心にもその風が吹き抜けていった気がした。


 それから、少し経った頃……曹操軍が州境に建てた拠点……もとい、城に足取り
のおぼつかない男が立ち寄る。
 それを門番である曹操軍の兵の一人が咎めるような口調で声をかける。
「む、何だお前は!」
「あ、あっしはただの流れ者でさぁ……ですが、道に迷いやして……もう、三日前か
ら飲まず食わずで……すいやせんがこちらへ入れてもらえませんかねぇ?」
 男はすがるように門番に尋ねる。対する門番はもう一人の門番と顔を見合わせてぼ
そぼそと何かを言い、その後、咳払いと共に口を開いた。
「まぁ、困っている者を見過ごすわけにもいかぬからな……いいだろう。ただし、今は
非常事態ゆえ、警戒のために我が軍の兵が付き添うことになるぞ」
「えぇ、かまいませんです……へへ」
 男は数多を掻きながら苦笑を浮かべる。そして、そのままやってきた一人の兵と共
に中へと入っていった。
 門をくぐった男が見たのは妙に殺気立つ兵たちの姿だった。誰しもがぴりぴりとし
ており、緊張が辺りを支配しているのが男にも感じられる。
「こ、こりゃあ、いったいなにごとですかい?」
「うむ、実は青州黄巾党という輩がこちらへ向かっているらしくてな。みなその警戒に
あたっておるのだ」
 呆然と呟いた男に隣を歩く兵がそう答えた。
「こ、黄巾党っ!?」
「まぁ、驚かれるでない。黄巾党といっても所詮はひっそりと生きてきたどうしようもな
いやつらなのだからな」
「はぁ、そんなもんなんですか?」
「あぁ、少々数が膨れあがっているそうだが。何、問題など無い。安心するがいい」
「そうですか……そう言っていただけるとあっしもあんしんできやすぜ」
 兵が男を安心させるためにウソをついている……男は直感でそう感じたがあえてそ
れは表にださなかった。
 それから男は、取りあえずの食事を済ませ眠りについた。
 見張りの兵は男が寝ている部屋の外に陣取っているようだが、とくに何か語りかけ
てくるようなこともなく、部屋は静かになった。
 そして日も沈み、兵たちも後退して眠りについたころ床についていた男の身体が闇
と沈黙の中もぞもぞと動き出す。
「さて……」
 足音や床を軋ませないように男は細心の注意を払う。床の軋む部分は既に昼のう
ちに調査していた。その箇所を避けるように足を一歩二歩と進め、扉へ耳をそっとつ
ける。
「よし、寝てやがるな」
 男は昼間兵たちの前で見せていたクセのある訛りなどなく、荒々しい言葉遣いに変
えていた。
 扉の向こう側から居眠りをはじめた兵の寝息が聞こえてくると、男は口元を歪ませて
後退する。
 そして、男は人一人なら通れそうな窓を通って外へと飛び出た。
 そのまま、夜警の兵たちを警戒しつつ男は曹操軍の重要物資があると思われる倉
庫の近くへとやってきていた。
「へへへ……上手くいったぜ」
 先程兵に見せたものとはことなる、意地汚さの漂う笑みを男は浮かべる。その懐か
らひらりと布が落ちる。
「おっと、いけねぇ」
 男は地面にふわりと着地した"黄色い布"を拾い上げた。そう、男は黄巾党の偵察
としてこの城へと忍び込んだのだ。
「ここか……やつらの兵糧があるのは」
 男が別の倉庫の壁越しに除き見る先に警戒が厳重な蔵がある。見張りの兵が二人。
さらに周囲の歩き回る警備の兵が二人。
 その様子を物陰から物陰へと移動しながら眺めながらどうしたものかと考えている
と、遠くから更に兵がやってきた。
「やべっ」
 男が慌てて身を屈めるのとほぼ同時に、転がり込むようにやって来た兵が狼狽した
様子で声を張り上げた。
「し、侵入者だ!」
「な、なんだと!」
 矢が放たれたがごとくあっという間に、兵たちは慌ただしくなる。そして、それぞれ
が松明を持つと、呼びに来た兵がいた方へと駆けていく。
「もしかして、これは絶好の機会ってやつか」
 気がつけば誰もいなくなっていた。侵入者というのが自分のことなのか気にはなる
ものの、男はそろりそろりと忍び足で蔵へと近づき、その扉を開く。
「おぉ……こりゃすげぇ」
 そこには山のように積まれた米俵らしきものがその存在をみせしめるようにどっしり
と座していた。
「ほう、こいつをどうにか俺らのものに出来りゃあ……」
 男がそう零したところで足音が近づいてくる。
「誰だ!?」
「ちぃっ、しくじったか!」
 松明によって照らすことで蔵内の様子を窺おうとする兵を押しのけ男は蔵から飛び
出した。
「ち、ちくしょう……だが、取りあえず情報としちゃあ上々だぜ」
 男は駆ける。ただひたすらに、背後にせまりくる赤々とした明かりに捕捉されないよ
うに。気のせいか、男の後を追う足音がいっこうに増える気配がない。
「どうなって……そうか、例の侵入者か」
 男は一瞬、訝るがすぐにその意味に気付いた。先程、兵たちを騒がせた"侵入者"
……それはおそらく男とは別の話なのだろう。
 つまり、もう一人……もしくは複数の侵入者を追うために兵が分散しているというこ
となのだ。そう、結論づけ男はその口元に笑みを浮かべ、「今こそ、虎口を逃れる機
だな」と呟いた。
 それからのことは男はあまりよく覚えていない。ひたすら駆け回り、運良く城壁の一
部が崩れているのを見つけ、その瞬間、そこへと身を投げたのだ。
 そして、そのまま夜の闇に紛れつつ迎えに来た仲間と合流した。そのくらい大体の
ことしか覚えていなかった。
「……な、なんとか……逃げ切れたな」
 息を切らしながら男は仲間を見る。
「そうっすねぇ……いやぁ、さすがですぜ」
「よ、よく逃げ切れたんだな」
「なぁに、俺さまにかかればちょろいもんよ」
 そう言って、男はニヤリと口角を吊り上げてみせた。


「あれでよろしかったでしょうか? 郭嘉殿」
「えぇ、結構です」
 眼鏡越しに去りゆく青州黄巾党の男たちを見つめながら稟という真名を持つ少女
――姓名を郭嘉――字を奉孝という――が肯く。
「しかし、これではこちらの情報がやつらに漏れてしまうのでは?」
「大丈夫なのですよー」
「え? 程c殿」
 声に不安が隠しきれていない兵に答えたのは真名を風――姓名を程c――字を
仲徳という――だった。
「あの人たちが来ればわかることなのですよー」
 そう、先程出て行った黄巾の男とその仲間たちが――青州黄巾党が攻め込んでく
ればこれから訪れる戦いの流れが決まるのだ。もちろん、郭嘉たちの思惑通りという
方向へと……。
 そもそも、今宵青州黄巾党の男がこの城の内情を探り、その上逃走に成功したとい
うのもまた郭嘉と程cの策の内のことだった。
 それこそ、まさにあの青州黄巾党の男は二人の手の内で踊らされていたに過ぎな
かった、というわけである。
 もちろんそれがわかるはずのない兵は釈然としていない様子を露わにすることしか
できないわけだが。
「は、はぁ……」
「まぁ、そういうことですから、あなたは持ち場に戻って待機を」
「え……は!」
 戸惑いの表情を残したままではあったが、兵は直立して返事をするとすぐに駆け足
で場を後にした。
「しかし、風もなかなかえぐいことを思いつくわね」
「稟ちゃんだって乗り気だったでわないですかー」
「まぁ、そうではあるわね……さぁ、まだやらなきゃならないことがあったはず。行きま
しょ、風」
 黄巾の男たちが去り、何も見えなくなった闇から目をそらすと、郭嘉は程cへと視
線を向ける。
「…………ぐぅ」
「寝るな!」
「おぉ! 夜はやっぱり寝るにべきだと思うのですよー」
「何を言っているのだか……はぁ」
 いまだ頭を左右に揺らせている程cを見て、「あぁ、これは寝ぼけているな」郭嘉は
そう確信して今一度程cの眠りを掻き消すため息を吸い込んだ。


 兗州で青州黄巾党対策に曹操軍の二人の軍師が動いている頃、冀州ではとある
街で一刀が宿の一室で休んでいた。
 その部屋の周囲には屈強な身体をして、基本無表情な男たちが直立不動で一刀
の部屋へ何者も侵入させまいと警戒している。
「……なんというか息が詰まるな」
 誰に言うとでも無く呟き一刀はため息を吐く。現在、街には一刀を主とした一軍が
滞在している。
 この原因は、一刀が碌な護衛も付けずに出陣するのを白蓮が認めなかったことに
あった。一度は華雄を護衛に付けると言った話を退けることができたが、その後、一
刀が頼みとしていた人物との合流に時間が掛かることが発覚することとなり、その時
に「何が何でもお前には護衛を付ける……せめて有事に対応できるくらいにはつけ
させろ」と言われ結局はそこそこの規模を率いることとなった。
 とはいえ、親しい少女たちの誰かがいるわけでもなく、ただむさ苦しい男たちと静か
に過ごしているだけ……それが一刀には息苦しく感じられた。
「はやく来ないかな……」
 そう、この街で一刀がゆっくりと過ごす理由となったのが目的の人物たちとの"合流
"だった。
 丁度良く、一刀たちと青州黄巾党の侵入予測箇所の間にあるこの街が"目的の人
物たち"との合流に適していた。
「ふぁ……なんだか眠くなってきたな……」
 することもなくなった一刀がこれまでの経緯に想いを馳せていると、外から兵の悲
鳴のようなものが聞こえた。
「ひ、ひぃぃいい」
 その悲鳴に混じって何やら地を蠢く怨霊のような笑い声が聞こえる。
「お、どうやら来たようだな」
 その悲鳴と奇声の混じり合った混沌が来訪の合図だった。ついに合流を果たし、
青州黄巾党への対策を実行に移すときがきたということだ。
 そう思いながらも、それよりもいち早く再会の言葉をかけたくて一刀は部屋を勢いよ
く出て行った。


 青州黄巾党、兗州侵攻軍が砂埃を巻き上げながらせまっていく。
「しっかし……砂嵐がひでぇな」
「なぁに、もうすぐ壁あり屋根ありの城が手に入るんだ。いいじゃねぇか」
「そ、そうなんだな」
 黄巾党の先頭で男たちは他愛ない会話を交わしては笑い会う。
「お、よく見えねぇがあれだな」
 砂嵐に紛れぼんやりとしか見えていないが何かの建物の影が確かに男たちの眼
に入る。
「おぉ……ようやくか……あ?」
「ど、どうなってるんだな?」
「な、なんじゃこりゃあ!?」
 眼にした影に男たちは声を荒げずには居られなかった。
「なんで、こんなで、でけぇんだよ!」
 そう、目の前にある建物は男が潜入したときに比べ壁は倍近くの高さになっており、
その様相に青州黄巾党の者たちが気圧される。
「そ、そんなバカな……俺が見た時は確かにもっと低かったはずだ……」
「ど、どうなってるんだ!?」
「こ、これは攻略が難しそうなんだな」
 唖然としたままぼんやりと目の前に高くそびえる城壁を眺める男に、仲間たちが困
惑の表情を向ける。
「そ、そうだ! 確か、これを見ろ」
 慌てて男は懐から布を取り出す。そこには目の前の城のおおまかな構図が描かれ
ていた。それを仲間たちも見やる。
「地図ですかい?」
「あぁ。それでこの地点だ……ここから俺は出てきたんだが、この辺りは塀がくずれて
いやがった。だから、そこをつくことにするぞ!」
「わ、わかった」
 示されて地点へと一隊がまず出向く。迎撃の可能性も考え、その後ろに弓弩兵を
忍ばせておくことも忘れない。
 が、ものの数分でその一周してきた隊が戻ってくる。
「なにやってんだ?」
「そ、それが……どこも塀が崩れてねぇんですよ!」
「はぁ!?」
 男は手下の言葉に耳を疑う。確かに、男は脱出を計る際に見たのだ、一日二日で
は到底直しきれないほどあちこちが崩れ落ちてぼろぼろな状態となっていた塀を…
…。
「わ、わけがわからねぇ……」
「ば、場所を間違えたんじゃあ」
「そんなわけあるか! た、確かにここなんだよ」
 高鳴る鼓動を押さえ込むように胸元に拳を打ち込みながら男は再度目の前の城を
見る。
 確かにどこにも欠点が見あたらない……攻略など容易い――それこそ、様子見に
やってきた自分たちでも制圧できるとすら考えていた。
 だが、これではそんなわけにもいかない……異常な高さを誇る壁、その壁の修復も
ありえない速度で行われている、そんな化け物じみた城を相手取っては数がそれな
りにいても叶わない。男はそう判断する。
「くそ、こりゃ本隊の奴らと合流するほうがよさそうだな……」
 そう呟いたとき、城門が開かれ敵の一隊が飛び出してきた。防壁の容姿に気圧さ
れ士気が低下していた青州黄巾党分隊の前衛はあっというまに蹴散らされてしまう。
 男たちも未だ動揺から脱しきれてはいないが、すくなくとも危険な情況であることだ
けは理解できた。
 男は、すぐさま号令を発する。
「退くぞ、応戦しつつも下がるぞ!」
「くそぉ、なんなんだよ、あいつら!」
「き、危険なんだなぁ」
 殿軍として一部を残しつつ、男たちは一気に下がる。あわよくば曹操軍をつって返
り討ちにあわせようという狙いもあった。
 その狙いにはまるように曹操軍は殿軍を追いながら突き進んでくる。その様子に男
が口元を歪ませようと頬の筋肉に力を込める瞬間、追撃をしていたはずの曹操軍の
動きがぴたりと止む。
「な!? 今度は城に戻っていく……だと!?」
 もう少しというところで曹操軍は反転し、一気に城へと帰って行ってしまった。その
突然の攻撃と後退があまりに滞りなく行われたため、男には歯がみする精神的余裕
すらなかった。
「な、なんなんだあいつらは!」
「お、落ち着いてくれよ!」
「くそぉ……なめやがって」
「お、おい……」
「ゆるさねぇ!」
 男は薄々、先程の曹操軍の行為に含まれる意味を理解していた。あれは挑発なの
だ……「青州黄巾党など恐るるに足らず」ということを言わんとしているのだ。
 数では圧倒している青州黄巾党に向かって意表を突いたとは言え、正面から攻撃
をしかけてきたのだ……それも防戦一方になると思われていた相手がだ、それは男
には到底許せないことだった。
 それ以前に、男は――いや、青州黄巾党の面々は少なからぬ怒りをその胸に内
包していた。
「だいたい、あいつらはいや……官軍を始め董卓、曹操……その他の諸侯共もだ。
やつらは俺らの生き甲斐を奪いやがったんだぞ、そんなやつらに喧嘩を売られて引
き下がれるかよぉ!」
「……そ、そうなんだな」
「あぁ、そうだ。董卓は倒れた……だが、まだ曹操がいる……他の諸侯共もまだまだ
健在だ。俺たちはそいつらへの復讐を誓った! だから、今ここで逃げるわけにはい
かない、そうだろう?」
 男は仲間たちを見渡す。だれ一人として口を開こうとはしない、だが、その眼は物
語っている……男と同じ思いをもっていることを。
「よし、体勢を整えたら今度は徹底的に攻城戦に入るぞ! 糧食のことはそこまで気
にする必要はねぇ! 俺はあの城に兵糧が大量に蓄えられているのをこの目で見た
んだからなぁ、つまり、さっさとあの城制圧して奪っちまうぞぉ!」
 男の言葉に仲間たちが怒声を上げる。思わぬ奇襲を受けて離れ駆けたそれぞれ
の心が再び一つになる。
 それを感じ、男は口元を緩めた。
 それから、青州黄巾党分隊は城への攻撃を始めた。
 前衛の兵たちが城壁へと取り付こうとするが、助壁を越えて跳んでくる矢に討たれ
その半数以上が脱落した。
 前衛だけでは足りなくなると、次々と後続の兵を取り付かせた。それでも削られてい
く。

 ろくに城壁も攻略できず、無情にも時は過ぎていった。さすがに何日も成果を得ら
れていないこともあり兵たちの中には疲労を表に出してしまっているものもいた。
 それでも、多くの兵はその勢いを衰えさせてはいない。打ち破れると信じているの
だ。
 そんな手下たちを仲間と見守りながら男は呟く。
「ちくしょう……なんで破れねぇ」
「やっぱ、あの壁の高さがやっかいなんだって」
 やはり、異常な高さとなった壁が青州黄巾党分隊に大きく立ちはだかっていた。
 城門を破壊するような大層な兵器など数える程すらもなく、あまり効果を得られてい
ない……そうなれば城壁を攻略して中へと兵を突入させ、中から手引きさせるべきだ
が肝心の城壁攻略がうまくいかないためそれすらもかなわないのだ。
「そもそも、なんであんなもんが出来上がったんだ……」
 男は頭を捻るが答えには辿り着かない。短時間で元の倍近く壁を高くすることなど
常識的には無理なはずなのだ……にもかかわらず壁は実際に男の目の前に存在し
ている。
「そういや、手下の一人が壁の上の方が何かおかしいって言ってたやしたぜ」
「おかしい?」
「へぇ、なんでも時折砂が溢れおち――」
 仲間の一人の言葉はそこで中断された。何故なら、遠くから地響きをたてながらや
って来る集団の影がせまってきたからだ。
「お、おい!? ありゃ、もしかして……」
「曹操軍の援軍だぁ!」
 旗を見たかぎり、少なくとも夏侯淵がいることはわかった。
「う、ウソだろ……」
 さらに、男は見つけてしまった。曹の時が掲げられた旗が上がっているのを。つまり
は、曹孟徳自身が出向いてきたと言うことになる。
 つまりは、本格的に自分たちの殲滅を考えていると言うこと……男は顔から血の気
が引くのを感じた。
「く、くそぉ……少なくとも今の弱った状態じゃどうしようもねぇ。引くぞ!」
 そう言うと、男を中心とした隊が引き始める。そに続くようにぞろぞろと手下たちがあ
つまり一匹の虫のようにのそのそと逃げていく。
「あの愚者たちを逃がすな!」
 曹操軍の方からそんな声が聞こえ、馬の馬蹄が近づいてこようとしているのを男は
聴覚を通して認識し、背に冷たいものが流れ落ちる。
 結局、青州黄巾党分隊は青州にいる本隊の元へと逃げ延びたが、曹操軍の追撃
によって甚大な被害を受けてしまった。


「華琳さま。申し訳ありません、やつらを取り逃してしまいました」
 追撃から戻ってきた夏侯淵が頭を下げる。そのあとに続いて楽進、于禁、李典の
三人がやってきた。
「いやぁ、もう少しやったんやけどなぁ」
「残念なのー」
「ふ、二人とも、華琳さまの前で何を!」
 夏侯淵と比べ、楽進はともかく残りの二人はどちらかというと取り逃したことを悔しが
っている程度のようだった。
 それを嗜める楽進を見て曹操は口元を綻ばす。
「まぁ、いいわ。少なくとも、それなりに打撃を与えることはできたのだからね」
「華琳さま……」
「これで、当分はこの曹孟徳の領土に侵攻しようなどという気は起こさないでしょ」
 そう言うと、曹操は城門をくぐり、中にいる二人の軍師と先に入って中の情況を確
認していた典韋の元へと向かった。
「どうだったの、流琉?」
「あ、華琳さま。えぇと、兵糧も必要最低限使われただけですし……兵もほとんど残っ
ていますね。おそらくは問題なしかと」
「そう、それで……あなたたちが郭嘉と程cね」
 典韋とのやり取りをただ黙って見守っていた二人の少女の方を曹操は向いた。
「はじめまして、郭嘉、字は奉孝と申します」
「………………」
 郭嘉はすぐに自己紹介をしたが、もう一人の少女は黙り込んでいる。
「どうしたの?」
「何故名乗らない?」
 共に来ていた夏侯淵が訝るように程cと思しき少女を見る。曹操も何も言葉を発し
ないことを不思議に思いよく顔を見る。
「…………ぐぅ」
 少女は眠っていた。その瞬間、郭嘉の拳が少女の頭を捉えた。
「寝るんじゃない!」
「むぅ……痛いのです、稟ちゃん」
「自業自得です!」
 その妙なやり取りに曹操は僅かに頬を綻ばしかけるが表情は崩さない。
「それで……あなたが程cでいいのね?」
「はいー程c、字を仲徳と言います」
 どこか飄々とした雰囲気を漂わせながら、これまたのべっとした口調で程cが自己
紹介をした。
「それで、上手くやつらをここに引き留めてくれたようだけど、あれは誰の立案なのか
しら?」
「それは、この程cです」
 郭嘉に促されるように程cが一歩前へ出る。
「そうなのですよーでも稟ちゃんにも協力してもらいましたー」
「そう、要するに二人の共同ということね」
 郭嘉と程cがそれに肯いたところで曹操は次の話を始める。
「それで、詳しく説明してもらいましょうか……一体どういう策を講じたのかを」
「は、恐れながら説明をさせていただきます。まず、はじめに青州黄巾党の男を利用
することからこの策は始まりました」
「ほぅ……」
 夏侯淵が興味深そうに説明をする郭嘉を見つめる。正直、曹操としても彼女の説
明に興味はある。
「まず、黄巾党の男が間者としてやってきました。なんでも流れ者を装っていたそうで
す。そして、その男にわざと内情を見られました……もちろん、それは偽りの内情で
すが」
 郭嘉がそこまで言うと、今度は程cが口を開く。
「その内情というのが、蔵に積まれた大量の兵糧、そして……本来の役割を果たさな
い城壁だったわけです。まぁ、あらかじめ崩しておいたわけなんですけどねー」
「……なるほど」
 相手の間者に虚偽の情報を持ち帰らせ、判断を狂わせることによって逆に利用し
た……つまりは、反間の計のようなものであるということなのだろう。
 曹操は予想通りながらも上手く敵を利用したその手際に内心では感心していた。も
ちろん表には一切ださないが。
 その間に、程cから再び郭嘉へと説明役が移る。
「そうすることによって、青州黄巾党は制圧しやすいのに糧食の確保は十二分に行
える拠点なのだと判断するわけです」
「そして、敵さんが来るまでに兵糧に見せかけていた土嚢を使用して壁の補強さらに
は城壁の上に高々と積み上げて錯覚を起こさせたのです」
 妙に興奮しながら話す郭嘉と必要以上に自然体で語る程c、まさに正反対な様子
の二人を面白いと思いつつ曹操は黙って聞き役に徹する。
「ちょうど強めの砂嵐が舞いそうでしたのでそれを利用しました。何も無い状態では
土嚢であることなどすぐにわかってしまったと思います。ですが、砂嵐に紛れてしま
えばそれは一つの曖昧な影となり青州黄巾党の者たちからすれば急激に高さを増
した城壁にしか見えず、それにより士気の低下を誘うことができたわけです」
「そしたら、そのまま逃げ腰になったので、ちょっとつついたのですよー」
 そこで、二人の説明は終わった。曹操は瞼を降ろし、その内容をよく頭の中で噛み
しめてから二人を見た。
「そう。秋蘭はどう思った?」
「は。良い策だったかと」
 その言葉に二人が頭を下げる。
「有り難うございます」
「そう言ってもらえて良かったのです」
 郭嘉が安堵の息を吐く、一方の程cは相変わらずのほほんとした顔をしている。
「秋蘭のお眼鏡にもかなったようだし、郭嘉、程c」
「は!」
「何でしょうかー?」
「二人とも私と共に来なさい。その頭脳存分に使い尽くして上げるわ」
 曹操はそれだけ言うと返事も待たずに踵を返した。
(聞かなくてもわかるわ……あの娘たち自身ももっと活躍出来る場が欲しいはずだも
の)
 それになによりも、曹孟徳がそう決めたのだからそうなるべきだとも思っていた。
「ありがたきしあわ――ぶはっ!」
「な、何事だ!?」
「おぉっ! 稟ちゃん、やっぱり無理していたのですねー」
 曹操はその言葉を背に受けながら一つの想いを抱いた。
(この曹孟徳の率いる軍はさらに強くなる……更なる先を目指せるほどに――って、
え?)
 予想と異なる状況が背後で起こっているのを察知した曹操は何事かと振り返る。
「…………あぁ、曹操さま……」
 そこは、真っ赤な世界だった。辺り一面に赤い雨が降っていた。
「はい、とんとんしましょーね」
「程c、これは一体なんなの?」
 訳がわからず固まっている夏侯淵の横を通り、曹操は内心困惑したままではあるも
のの、郭嘉の首筋をとんとんと叩いている程cの方へと視線を向けた。
「そのですねぇ。稟ちゃんは曹操さまのところで働くのが夢でしたので……興ふ――
ではなくて緊張のしすぎで鼻血ぶーしてしまったようですねー」
「う、うぅ……曹操さまぁ……」
 血溜まりの上に寝そべりながら郭嘉は曹操の名を呟いた。
「ふふ、可愛い娘じゃない」
 自分を想うが余りにここまでの状態になる。曹操はならば、よしと内心で呟いた。
 だが、同時に曹操の中に一つの不安が生じた。
(この娘……閨に連れ込んでも大丈夫かしら?)
 それは曹操にとって、とてもとても重大な心配事だった。

 [戻る] [←前頁] [次頁→] [上へ]