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336 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:23:04 ID:joG4JVAA0
わたしの名はメーテル……投下する女。
なにやら物議を醸してしまったようね、お詫びするわ。
思うところがあってアップローダーを使うのは意図的に避けているのよ。
かといって100レス以上を一度に投下もどうかと思って、こういう形になったのよ。

今日の分は午後9時30分からよ、鉄郎……

>>304の鉄郎
たぬきね……しっかり「た」が抜けているわね……
まとめさん、>>233の3行目
「 本陣』であっ。」
の部分を
「 本陣』であった。」
に修正してくださると嬉しいわ……
338 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(1/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:31:15 ID:joG4JVAA0
「――かず、と?」
 立ちはだかった者の姿を認めた霞の瞳、その片方から黄金の輝きが失せる。
 それを見た一刀は、まだ手遅れになっていないことを確信した。
 ならばとるべき行動は一つ。
「霞! 話を―――!」
 今すぐ彼女を止めなくてはならない。

 だがその言葉の途中で、霞の視線が引き寄せられるように、一刀の頭の少し上へ向けられた。
 そしてまた、両の眼が金色に燃え上がる。
 一刀がなぜと凍り付いた直後、その答えは舞い降りた。
 頭上をよぎった黒い影。そしてギィン、という耳をつんざく金属同士がぶつかり合った音。
 振り降ろされた剣を受け止めた飛龍偃月刀から、派手に火花が舞って散る。
「小蓮さまには指一本触れさせん!」
 何者かが一刀と小蓮、二人の頭上を飛び越えて躍りかかり、張遼に打ち下ろしの一撃を叩き
付けたのである。
 金属をぶつけ合った音に続いて、今度はドンッという音が響く。
 以前にも猪々子と関羽との戦いで聞いたことのある音である。激突に伴う強烈な衝撃波が、
周囲をなぎ倒す波紋と化して広がろうとしているのだ。
「危ないっ!」
 一刀は咄嗟に振り返り、小蓮の華奢な体が吹き飛ばされないように、彼女をしっかりと抱き
しめた。
 だがそうされる直前、小蓮は現れた者の名を叫んだ。
「思春!」
340 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(2/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:33:48 ID:joG4JVAA0
 そう、張遼と干戈を交えて、火花を散らしているのは他でもない、勇猛でならす呉の将甘興
覇であった。

「はっ、たああああっ! てぇいっ! せやあああ!」
「ちぃっ! こいつ、一々鋭いっ!」
 思春と霞、二人は互いに電光石火の剣速で、容易に相手を絶命させうる一撃をぶつけ合う。
 斬撃の速さ、重さ、技巧の深み、これらすべてにおいて張遼が勝っている。だというのに、
後先を考えていない思春の激しい攻勢によって、二人の戦いは一時的な膠着状態に陥っていた。
「せやけど……っ!」
 そんな猛攻は長く続けられない。
 消耗によって少しでも斬撃の手を緩めれば、流れは即座に張遼のものとなるのは明らかだっ
た。
 だからこそ、この膠着も時間限定のものに過ぎない。
「そらそらそらそら! 息が上がってきたで!」
「く、そっ……!」
 二人ともそのことはわかっている。
 そして、あと少しで流れが一方的なものになる、そんなときにこの膠着を崩す新たな声が割
り込んだ。

「はああああああ!」

 人海を切り裂いて風が吹く。
 いや、それは風ではなく、駆ける人だ。
 その風体は一見して理知的な服装や片眼鏡といった文官の装い。
 普段着ている長袖の上着はいまはない、纏っているのは露出の多いインナーだけである。
 そして、いまその手を長袖の代わりに覆っているのは、無骨すぎる鉄甲『人解』。
 呉軍軍師、呂子明。彼女は知謀の士にあるまじき猪突猛進を発揮して、張遼に単独突貫を敢
行する。
342 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(3/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:36:27 ID:joG4JVAA0
「これ以上――っ!」
 亞莎は気≠足裏で収束・爆発させて即席のブースターにし、横合いから流星の速さで、
切り結ぶ二人の暴風圏深くに飛び込んだ。
 そしてすくい上げる豪烈な一撃を繰り出しながら叫ぶ。

「好きには――っ!」 
 それに合わせて思春も叫ぶ。
 目立ちすぎる亞莎の突撃に、嫌が応にも張遼の意識が裂かれたその隙を逃さず、逆に『鈴音』
の剣速を上げて斬りかかる。
「ちぃっ」
 けれども、いまの霞ならこの程度の同時攻撃、捌けぬ程でもない。
 足を動かし半身をずらし、左手を飛龍偃月刀から離して握り固める。
 拳による迎撃を試みようというのだ。
 が、そうやって張遼が二人同時に対応しようとしたところで、更にまた影。 

「させませんっ!」
 最後の人影は、突如として張遼の背後から音もなく現れた。
 長すぎる抜き身の長尺刀を手に、背後から鋭く袈裟に斬りかかったのは周幼平。
 手にしているのは魂すらも切り裂くといわれる名刀『魂切』。

「「「はああああああああーっ!!!」」」
344 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(4/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:39:22 ID:joG4JVAA0
 全身全霊、それぞれ渾身の力を込めた徒手、曲刀、長尺刀が走る、奔る、趨る。
 事前に打ち合わせたわけでもないだろうに、それでも三人の攻撃は、完璧にタイミングを合
わせた三種三様三方の連係攻撃となった。
 並の将なら、そもそも同時に走る剣筋を知覚できない。
 一騎当千の将であっても、まずもってすべては避けられない。

 しかし、
「くっ……」
 張遼は、それらの攻撃のことごとくを、歯を食いしばるだけで凌いでみせた。

 逆に、攻撃を仕掛けた呉将三者が、
「あぐっ」
「きゃっ」
「ぐうっ」
 短な苦悶をそれぞれ漏らした。

 背後から襲いかかった明命は、勢いよく引かれ突き出された石突きで鳩尾を突かれて撃墜さ
れた。
 右方からアッパーカットを見舞おうと踏み込んだ亞莎は、タイミングを見計らった張遼の左
拳によるカウンターをまともに食らって派手に吹っ飛んだ。
 左方から斬りかかった思春は、斬撃の隙間を縫って放たれた神速ので突きを受け流すので精
一杯だった。

 そうして三人それぞれ、強制的に距離を離される。
 結果として、彼女たちの攻撃は失敗した。
 のみならず、ダメージを受けた亞莎と明命に至っては、攻撃を受けた場所を押さえて呻いて
いる。
347 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(5/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:42:15 ID:joG4JVAA0
 だが、負けてはいない。

 彼女たちはこの難敵を前に、誰一人欠けることなく最初の衝突を生き残った。
 ここまでの道、立ちはだかるものすべてをなぎ倒して殺戮で切り開いてきた張遼を相手に、
後退するだけで済ませたのである。

 それは思春たちからすれば、馬鹿げた強さである張遼の『底』を見たと言うことだった。
「確かに聞いたとおり尋常ならざる強さだ……。だが、足止めに専念すれば止められぬほどで
はない!」
 思春が再びその目に闘志を燃やし、敵に向かって走った。
 彼女だけではない、あとの二人もそれに続く。



「霞!」
 嵐の勢いで猛然と戦い始めた霞と呉の三人。
 まばたきの間に、彼女たちの戦いは一刀の知覚できない領域に突入してしまう。
 もう一刀の目では、どんな戦いをしているのかさえわからなかった。

 歯痒い。
 自分の無力さを痛感する。
 戦場でなにもできないことが、これほどまでに恨めしく思えたことはこれまでなかったかも
しれない。
 一方で思いのままに今すぐ彼女たちの間に飛び込んで、止めろと叫びたい衝動に駆られる。
 だが、そんな一刀を思い止まらせたのは、小賢しい理性と、一刀の制服を強く掴んで離さな
い少女の存在であった。
348 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(6/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:45:27 ID:joG4JVAA0
 彼女もまた、一刀の腕の中、泣きそうな顔をしながら戦いを見つめていた。
 北郷一刀という人間の中には、そんな少女を見捨てる選択肢はない。
 それでもしばし逡巡して、
「……くそっ、まずはここから離れないと」
 そう口にした。

 四人が戦っている場所から、一刀たちがいる場所までの距離は、目算で二十メートル程度。
 こんな距離、英傑たちの戦いを考えれば決して安全とは言い難い。
 一刀はとりあえず、少女の手を引いて、安全な場所へ移動することにした。
 『助ける』と言ったこの少女を守るためにも、ひとまず安全場所に連れて行くのが最善と思
われたのだ。
 何より霞にこの少女を殺させてはならない、そう思ったのだ。

 そうして今後の方針を決めて、一刀の行動を起こそうとしたときだった。
 彼は首筋に突然、ひやりとした金属の冷たさを感じた。
「小蓮から離れろ……」
 そこでようやく、一刀は自分の首に鈍く光る剣が押し当てられていることに気が付いた。
 そして、その怒気を孕んだ声に小蓮が反応した。
「蓮華姉さま!」
 声をした方をゆっくりと振り返ると、そこには剣を手にした赤髪の少女が立っていた。
 鋭い目つきに、厳しい口調。
 決して友好的な雰囲気ではない。
 しかし一刀には、目の前の娘に、腕に抱えた少女や、以前出会った孫策に共通する雰囲気を
感じ取ったことの方が重要だった。
「まさか、君……」
351 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(7/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:48:19 ID:joG4JVAA0
 口を開こうとした一刀だったが、蓮華はそれを途中で遮った。
「貴様、その妖しい出で立ち……一体何者だ。小蓮になにをするつもりだった!?」
 放たれた激しい言葉に、一刀は自分の腕の中にいる小蓮を見る。
 小さな彼女は自分の腕の中にすっぽりと収まっている。
 なるほど、これは確かに――
「ち、違うの姉さま!」
 と、蓮華に慌てて抗弁しようとした小蓮の言葉。その末尾を一刀は聞きとがめた。
「姉さま? っていうことはやっぱり……」
「姉さま聞いて、この人はシャオを救ってくれたの!」
「君は、君はもしかして孫権? 孫権仲謀?」
「シャオのことを助けてくれた命の恩人なの!」
「だったら孫権さん! お願いだから話を聞いてくれ。俺は『天の御使い』北郷一刀。なんだ
ったら孫策さんには会ったことがあるから、あとで確認したって良い!」
「かずと……一刀って名前なのねっ! じゃあじゃあ、これからは一刀って呼ぶから、シャオ
のことはシャオって呼んで!」
「このままじゃ取り返しのつかない、大変なことが起こるかもしれない! だから俺の言うこ
とに従って欲しいんだ!」
「姉さまお願い! 一刀はなにも悪くないの! 一刀はシャオを一生守ってくれるって言って
くれたのっ!」
「一刻も早くこの戦場から兵を引きあげて欲しい!」
「運命の人なのっ!」
356 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(8/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:51:50 ID:joG4JVAA0
 途切れることなく矢継ぎ早に言葉をたたみ掛ける二人。蓮華は逆に両者に詰め寄られる形と
なって後ずさった。
 しかし、すぐなぜ自分が押されているのだと思い至り、顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「ええいっ! 二人とも、黙りなさい!」
 その思わぬ大声に思わず二人は、
『は、はい』
 声を揃えて頷くことしかできなかった。
 
「そう……なるほど。ではあなたには礼を言わないといけなかったようね」
「いや、別にお礼なんて……」
 小蓮と蓮華は、お互い簡潔に状況を説明し合い、その結果として蓮華は剣を引いてくれた。
 それを見て、一刀は心底ほっとする。
 何度経験しても、真剣を向けられるというのに慣れない一刀である。
「小蓮がいないことに亞莎が気付いて、それで胸騒ぎがして戻ってきた明命たちにも手伝って
もらったんだけど……間に合って良かったわ」
「……ごめんなさい」
「で、あなたがあの噂の、管輅の占いに出てきた、『天の御遣い』というのは?」
「え? あ、ああ。どんな噂だか知らないけど、多分俺がその『天の御遣い』だよ」
 蓮華はそれを聞いて一度目を閉じた。
「……だったら、最初に剣を突きつけたのは正解だったようね」
 そして彼女は、再度その剣を、一刀の首に突きつけたのである。
「な、なんで!?」
 一刀が驚きの声を上げる。
359 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(9/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:54:59 ID:joG4JVAA0
「袁術に拾われ、そして短期間で袁家の血族に迎えられるまでなったという『天の御使い』。
姉からは、あなたこそが最も危険な男だと聞かされている。だから、妹を助けてもらったこと
は感謝しているが、その上で……おまえを拘束させてもらう」
「そ、そんな! 俺は霞を、張遼を止めなくちゃいけないんだ!」
「……わかって欲しいなんて言わない。でも、こちらもなりふり構っていられないのだ。おま
えを……盾にさせてもらう」
 勝手な言い分に、一刀は言い返そうとした。
 だが、蓮華の綺麗な目に苦悩が滲んでいるのを見て、思わずそれを呑み込んだ。
 それほどまでに、彼女は思いつめた目をしていたのだ。

 そんな風に押し黙った一刀を見て、蓮華は一瞬だけすまなそうな表情を浮かべて言った。
「こんなことを話す必要はないけれど、煩わしさにかまける一時が惜しいから教えてあげるわ」
「え?」
「我が軍は既に撤退することを決定している。あとはこの場から素早く退くだけだ」
「て、え、えぇ!? あの雪蓮姉さまを説得できたの!?」
「説得したんじゃないわ。形の上だけで納得してもらったのよ」
「でもそれなら、別に俺を拘束する必要なんて……」
「その撤退を、あの張遼が大人しく見ていてくれると思う?」
「う……」
 『思う』とは言い切れなかった。
362 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(10/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 21:57:28 ID:joG4JVAA0
 一刀はいまも戦っている霞たちの方へと目を向けた。
 侵攻してきた呉軍を撤退させることができれば、一刀たち本来の目的は達せられる。
 だがいまの霞を見る限り、彼女が逃げる呉軍を追いかけて孫策たちの命を狙わないとは断言
できなかった。
「私だって本当はこんな真似は本意ではない……だが、軍が撤退を完了するまで、おまえを人
質にさせてもらう。幸い、おまえと張遼は知らぬ仲でもないようだしな」
「なんでそのことを……って、そっか真名か。でも霞が、俺の安全よりも、使命の方を優先す
る可能性は?」
「それはそれで仕方がない。おまえはただの保険だ」
「……それは、参ったなぁ」
 そう言って、一刀は両手を頭の上に上げて恭順を示した。
 霞を救わねばならない、そのためにはこの戦いを終わらせなくてはならない。
 だが、目の前の蓮華は本気だ。
 一刀は自分の腕前では、到底目の前の孫権に敵わないであろうことを承知していた。
 それに、彼女もまた仲間を救うために最善を尽くそうとしているのだとわかってしまう一刀
には、これ以上どうすることもできなかった。
「君たちの目的は、あくまで無事に退くことであって、張遼を討ち取ることじゃない。これは
間違ってない?」
「ええそうよ。いまの張遼を討ち取ることで出る被害は見過ごせない」
「それを聞いて安心したよ……。わかった、君の言うとおりにするよ」
 あるいはその言葉には、自分が人質に取られたことで、あわよくば霞が戦いをやめるかもし
れないという、期待が含まれていたのかもしれない。 
 けれど、あとで思い返せば、一刀はこのとき何が何でも逃げ出せば良かったと思うのだ。
368 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(11/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:00:44 ID:joG4JVAA0
 張遼の動きが、突如として鈍った。
 その目が驚愕に大きく見開かれている。
 それがこちらの隙を誘い込もうとする罠であることも考え、思春は張遼から目を離さなかっ
た。
 しかし、動きが鈍り、剣筋に迷いが生じたのも確か。
 巻き返すには、これ以上ない絶好の機会であった。
「亞莎! 明命! 少しの間相手を頼む! 死ぬなよ!」
 合図となる思春の声に、二人は黙して応えない。
 ただ、手数を増やすという行動でのみ意思を示すだけだ。
 それを見て思春は二人の理解に感謝し、大きく後ろに跳躍した。

 思春が降り立ったのは、混乱する兵たちが固まる一角であった。
「聞けぇ! そして見よ! 孫呉の兵たちよ!」
 そして思春は高らかにそう宣言しながら、その身を翻す。
 同時、手にした刃が、水平に流れる。
 合わせて、鮮やかな赤が飛び散った。
 喉を切り裂かれて仰け反ったのは、逃げ出そうとしていた兵士の一人であった。
「甘寧将軍!?」
 血迷ったかのような彼女の行動に、周囲の兵たちから困惑の声が上げる。
 だが思春は、それをかき消す大声で叫んだ。

「貴様らそれでも栄えある孫呉の兵か! 恥を知れ! 怯える兵は孫呉の兵に非ず! 敵に背
を向けた臆病者は即刻、この私が冥土に送ってやろう!」
 リィンと鈴の音が響く。その鈴の音と怒号に、誰もが息を飲んだ。
 するとそれでそれまでの騒ぎが嘘のように、潮が退くようにして周囲が静まりかえる。
 そしてそのことを確認して、この機を逃さず思春は言葉を続ける。
369 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(12/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:03:35 ID:joG4JVAA0
「なにをやってる楽隊! さっさと楽をならせ!」
 従わなければ斬り捨てる。そう言外に言ってのける甘寧に、近くに控えていた楽隊が震え上
がった。
 がなり立てるように奏でられ始める勇ましい楽の調べ。それに乗せて思春は更に叫ぶ。
「隊列を整えろ! 武器を構えろ! 訓練を思い出せ! 奮い立て孫呉の勇士たちよ!」

 恐怖を制するには恐怖。
 思春の行動によって、崩壊状態だった兵士たちの動きに歯止めがかかった。
 本来のまとまりからすると目も当てられない惨状だが、いまはそれでいい。
 戦いは流れだ、その流れを引き戻す一助になれば……最悪でも、蓮華たちが逃げのびる邪魔
にならなければ、それでいいのだ。

 強引に統率を回復させた思春が再び張遼との死闘の場に戻ると、ちょうど三者が睨み合う形
で動きを止めているところであった。
 亞莎と明命は二人とも肩で息をして、小さな手傷が増えているいるものの、きちんと健在で
ある。
「大丈夫か二人ともっ!」
 その声に、

「私はまだやれます!」
「問題ありません!」

 亞莎と明命は即座に応えて、戦闘継続の意志を構えで示した。
 三人とも、既に数え切れないほどの刃を交えて、いやと言うほどにわかっている。
 この敵は、これまで相手にしてきたどんな敵よりも強い。
 その強さはどんな尺度で測っても桁外れだ。犠牲抜きに倒すことはまず不可能だろう。
372 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(13/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:06:33 ID:joG4JVAA0
 だが、
「ならばよしっ! 蓮華さまは小蓮さまと合流なされた、あとは我々が時間を稼ぐだけだ! 
覚悟を決めろ! 例えここで命果てようとも、絶対に蓮華さまたちをお守りするぞ!」
『はいっ!』
 三者とも、難敵を前にかつてないほど気力が漲っていた。
 自分たちが最後の守りだという事実が、実力以上の力を引き出しているのだ。
 負けられない、譲れない。
 守りたい人がいる。
 そんな想いや願いが彼女たちの原動力になっていた。

 だがしかし、
 想いの強さが力になるというのなら、

「邪魔や……」

 願う心が力になるというなら、

「邪魔や邪魔や邪魔やああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 いまこの戦場で、彼女に勝るものなど誰一人としていなかった。
 視界の先で喉元に刃を突きつけられ、連れ去られようとしている愛しい人を、守りたいと思
う気持ちは誰よりも強かった。
378 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(14/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:09:20 ID:joG4JVAA0
 絶叫と同時、電光が走った。

 叫びに呼応するようにして、空から稲妻が彼女の体に吸い込まれるように流れ落ちたのであ
る。
 閃光、そして轟音。
 たがうことなく霞の体に落撃する、晴天の雷。
 だが、異常はそれだけで留まらない。
「なんだと!?」
 驚く思春の声をかき消して、更に雷鳴。強烈な音と衝撃が、なおも周囲を襲った。
 先ほどの雷と同じものが。立て続けて五つ六つと連続して落ちる。
 しかもそれらすべてが、仁王立ちする張遼を直撃する。

 幾度もまばたく電光の、あまりに強烈すぎる輝き。
 瞼を閉じていてなお、網膜に像が焼き付けられるほどの光。
 それはまさに、天が地に降り人の身に宿った瞬間であった。



 しばらく続いた光と音の狂騒が静まり、視力が回復した人々が目にしたのは、一つの怪異で
あった。
 体に稲妻を纏い、ほどけた髪を生き物のようにくねらせて、全身から黄金の光を放つ張遼。
 あれだけの落雷を身に受けたというのに、当然とばかりにその身には火傷の跡一つない。
 もうそれはいっそ、神と呼んで差し支えない、人間本来の枠組みを超えた存在であった。
382 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(15/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:12:53 ID:joG4JVAA0
『………』
 呆然とする思春たちを前、張遼は足を広げ、だらりと下げいた飛龍偃月刀を、掲げるように
頭上に構えた。
 すると飛龍偃月刀がバチバチという音を立てて、一層強烈な光を放った。
 異変はそれだけではない、周囲の空気が恐ろしい勢いで張遼の持つ槍へと引き込まれていく。
 それはまるで、巨大な龍が大きく息を吸い込んでいるかのようであった。

 不意に、蓮華は強烈な悪寒に襲われた。
 最悪の光景、血の海の既視感。
 彼女は即座に一刀と小蓮の頭を抑えた。
 そして彼女は叫んだ、わけもわからず、ただ力の限りに。

「みんな、伏せ―――――」
 しかし、

 直後、ためを解放して、人智を越えた神速で飛龍偃月刀が水平に振るわれた。
 薙ぐようにして刃が走り、光が、奔る。

 結局、蓮華はこの世に地獄が生まれ落ちるのを止められなかった。



 霞を中心として、太刀筋が光の輪となって広がる。
 衝撃と共に広がる光の輪。
 斬光の同心円。
 それがどこまでも広がっていく。
390 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(16/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:15:37 ID:joG4JVAA0
 そして、斬撃が風を切って過ぎ去ったあと、追いかけるように無数のなにかが空を舞った。

 それも、一つではない。

 無数の
 それはもう無数の
 首が、

 首が、首が、首が、首が、首が、首が、首が、首が、首が、首が、
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が
 首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が首が

 血の尾を引いて、空に舞う。
 理不尽すぎる力の前に、無慈悲にも万単位の命がに失われた瞬間であった。
397 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(17/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:18:49 ID:joG4JVAA0
「そ、んな……」
 二人を地面に引き倒して自らも難を逃れた蓮華が、顔を上げて呆然と呟きを漏らした。
 視界に入る範囲、いたるところで頭部を失って案山子が立っていた。
 立ち尽くした無数の亡骸が首から勢いよく血を噴出させている。
 それが、一つ、また一つと倒れていく。
 その光景はあまりにシュールすぎて、まるで悪い冗談のようで、蓮華にはそれらがつい先ほ
どまで皆生きていた人間たちの、なれの果てだとは信じられなかった。


 そうして蓮華が絶句する中、張遼の方でも変化が起こっていた。
 彼女が握っていた飛龍偃月刀。それが突然、硝子の割れるような澄んだ音を立てて、木っ端
微塵に砕け散ったのである。
 柄も、刃も、すべてが破砕して、輝く粒子となって崩壊して風に流れて消えていく。
 人為を尽くした最高の業物であったそれも、いまの彼女が振るうにはあまりに脆弱であった
のだ。

 得物を失った張遼であったが、彼女が右腕を天に掲げると、たちまち天から新たな稲妻が走
った。

 だが、今回のそれは張遼の身に落ちたわけではない。
 雷光の中、張遼は信じ難いことに、その手に落雷を掴んでみせたのだ。
 掴まれた稲妻が、まるで苦しみに身をよじるようにして暴れ回る。
「――――――っ!!」
 暴れる雷に、張遼が声にならない叫びを上げた。
 するとどうだろう、それまでのことが嘘のように雷が静まっていく。
 そうして雷が収まったとき、張遼の手の中には黄金色に輝く飛龍偃月刀が握られていた。
 稲妻を統べ、龍を使役する。
 それはまるで神仙の御業のようであった。
403 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(18/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:21:22 ID:joG4JVAA0
 しかし、そんな光景を目にしても、なおも奮い立つ者たちがいた。
「くそっ……化け物めっ! 行くぞ二人とも! 我らの血のたぎりにかけて、なんとしても絶
対にこれ以上好きにさせるな!」
「は、はいっ!」
「仕留めますっ!」
 蓮華の叫びで咄嗟に伏せることができたため、災禍を逃れた三人である。

 呼吸を合わせ、一斉飛びかかる思春、亞莎、明命。
 先ほどと同じ、三対一の戦いが始まった。
 まとめて幾十、打ち鳴らす剣撃の音が、血の海の地獄に響く。
 けれども、そうして対峙する黄金色の張遼は、これまでとはまったくと言って良いほどに、
力も、速さも何もかも違っていた。
 明らかに、強さが増している。
 それでも三人は、完璧な連携で攻撃をし続ける。
 取り囲んだ三方からの、間断ない超速の連続攻撃。
 突き、断ち、斬り、穿ち、弾き、裂き、砕き、刺し、薙ぎ、崩し、殴り、蹴り、返し、衝す。
 持てる技のすべてをぶつける、出し惜しみなどしない。
 ただ一人の敵を倒すために、全力で挑む。
 そうする彼女たちは確かに強かった。
 けれども、それは人という枠組みの中の話である。
408 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(19/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:24:16 ID:joG4JVAA0
 最初に崩れたのは、亞莎の担う一角であった。
 彼女の武器は他の二人と違い、圧倒的にリーチが短い。
 鉄甲という武装は、究極的にはインファイト以外の選択肢が存在しない武装なのである。
 しかしそれでも、本来なら長柄武器を持つ相手に対して、鉄甲による打撃域に踏み込めたの
なら、そこが最も安全な距離となるはずだった。
 だが、こと今回の戦い、この相手に限って言えばその原則が当てはまらない。
 張遼が振るうあまりの暴力、あまりの破壊力、それは余波と呼ぶにはあまりに大きな力のう
ねりを発生させていた。
 荒れ狂う嵐のようなその動きは、巻き込んだ人間の体など、あっさりと圧壊しかねない。そ
れだけの恐怖を張遼の動き一つ一つが秘めていた。
 そして、常に敵の眼前に居続けることで、最もそのプレッシャーに晒されるのも亞莎であっ
た。
 そんな彼女の消耗の速さは、他の二人の比ではない。
 加えて、亞莎は純粋武官である他の二人に比べてスタミナが足りていない。
 あるいは昔のまま、武将として蓮華に仕えていたなら違ったかもしれないが、軍師に転向し
た彼女が、最初に耐えられなくなるのは自明の理であった。

「くううぅっ!!」

 摺り足、踏み込み、体捌き、足捌き。
 亞莎は踊るようにして、最前線で果敢に接近戦を挑み続ける。
 だが、衰えを知らずに攻め立てる二人に対して、徐々にだが彼女の動きだけが遅れだしてい
た。

「大丈夫か!」
「まだ、やれま……きゃっ」
「亞莎!?」
412 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(20/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:27:25 ID:joG4JVAA0
 明命を攻撃した飛龍偃月刀の余波で発生した、のたうつ蛇のような放電現象を受けて、生理
現象として亞莎の足の筋肉が痙攣を起こす。
 そしてそのわずかな隙を見逃さず、すかさず張遼の鞭のようにしなる強烈な蹴りが入った。
「うああっ!?」
 咄嗟の防御、左腕をたたんで張遼の足との間に人解を滑り込ませた亞莎だったが、それでも
その衝撃は彼女の腕と内蔵の一部に、看過できないダメージを残すに十分な一撃だった。
 防御した姿勢のまま、その軽い体が威力を吸収しきれずに吹き飛ばされそうになるのを、彼
女はすんでのところで踏ん張って堪えた。
 そして、

「ぅ」

 亞莎は踏ん張った姿勢のまま腰を沈ませ、そしてこれまで行った中で、最大最圧の震脚を踏
んだ。

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

 音を立てて地面が抉れる。
 そこから生まれる圧倒的な速さと破壊力を持った、彼女そのもののような愚直なまでの拳撃。
 亞莎はそれをまっすぐに、放つ。
 避けられても、まっすぐに。
 受けられても、まっすぐに。
 放つ、放つ、放つ、

 放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ!!
418 名前:美羽と七乃スピンオフ「遼来来4」(21/21)[sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:31:32 ID:joG4JVAA0
 防御に使った左腕は、折れてこそいないが動かすだけで尋常ではない痛みが走る。
 一方肋骨の方は、数本まとめて駄目になっているだろう。
 体を動かす度に、これら負傷箇所から気絶するほどの激痛が走る。
 痛めた内臓からの出血が逆流し、口の端から血が溢れて地面を点々と汚すけれども、そんな
ことには構っていられない。
 亞莎は命を燃やして怒濤の連打を繰り出し続ける。

「亞莎!!」
「亞莎っ!?」
 フォローに入ろうとしていた思春と明命から悲鳴のような声が飛ぶが、それでも亞莎の動き
は止まらない。
「あああああああああああああああああああああ!!」
 幾十幾百、唸りを上げて間断なく打ち付けられる拳打の嵐。
 鬼気迫る表情で、亞莎は渾身の一撃を放ち続けた。
(持って十秒! どうかっ!)

 そのとき、衝撃と音で気を失っていた一刀が目を覚ました。
 彼が頭を起こし、そして真っ先に目に飛び込んできたのは、激しく拳を振るう亞莎の姿であ
った。
 それを見て一刀は、

 ああ、まるで、燃え尽きる寸前の線香花火のようだ

 と、思い。
 そしてそんな彼女のことを、心の底から綺麗だと思った。
425 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/10/24(土) 22:38:36 ID:joG4JVAA0
わたしの名はメーテル……投下終了を告げる女。
思いの外派手になっているけど、多分これから先、ここまで派手なものは多分もう書かないと思うわ。

それでは、最後は明日の午後9時30分からよ、鉄郎……

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