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545 名前:清涼剤 ◆q5O/xhpHR2 [sage] 投稿日:2009/10/04(日) 23:09:57 ID:rNPXg0uB0

無じる真√N-23話 ワカレミチ編その八を専用板にUPしましたので
告知させていただきます。

(この物語について)
・原作と呼称が異なるキャラが存在します。
・一刀は外史を既に一周しています。
上記が苦手な方にはおすすめできません。

(注意)
・過度な期待などはせずに見てやって下さい。
・未熟故、多少変なところがあるかもしれません。

URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0420

暇つぶしになれば幸いです。



改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。
ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでください。



 「無じる真√N23」




 易京の防壁へと攻め寄せる袁紹軍。その兵たちの隙を縫うように一つの影が猛烈な速力で駆け抜けている。
 そのまま謎の影が呂布軍の中へと溶け込んでいったところで顔良はその姿を見失ってしまった。それからすぐのことだった異変が起きたのは。
 前衛を務めていた呂布軍の様子ががらりと変わったのだ。皮肉にもそれは顔良が影のことに首を傾げた瞬間のことだった。
 一斉に反転した呂布軍が突如、袁紹軍へと攻撃を仕掛けてきたのだ。唐突なことであるが故に、兵たちは混乱状態に陥り、呂布軍への対処が遅れてしまっている。
 それは、軍を指揮する立場の顔良や袁紹すらもだった。
「な、何!? 何なの〜! 何で呂布さんの軍が!?」
「な、何事ですの! 何であの方たちはこちらに攻撃を仕掛けてきてるんですの!」
 顔良には訳がわからなかった。
 呂布軍の裏切り、その理由は一体……。そんなことを顔良が考えている間にも兵たちの中から一人、また一人と相次いで大地へ伏していく者が続出している。
 数少ない呂布軍によって袁紹軍の被害は絶えず広がり続けている。だが、それも致し方ないことではあった。
 兵糧で追い詰められつつあった袁紹軍は、軍の中枢である袁紹や顔良などを覗いた兵卒たちには節食させていたのだから。
 さすがに、哀れと思った顔良が自分に割り振れられた食糧の中から僅かながらも兵卒へ配給する分へと回したのだが、そんなものは焼け石に水だった。
 兵たちの腹を満足させることなど出来ていなかった。
 それ故に、兵たちは持ちうる力の全てが出せない状態だったのだ。
「……やっぱり、呂布さんたちはちゃんと食べてたんだ」
 そして、呂布軍の健康な肌を見れば糧秣の管理がしっかりしていたことが伺えた。
 それはそうなのだ。なにせ、顔良が兵糧を都合して貰えないかと申し出たときもきっぱりと断れれたのだから。
 そんなときだった。
 混乱する兵たちへ向けて激励の声が飛んだのは。
「お前らぁ、しっかりしやがれ! いいか、ここで踏ん張って呂布軍を返り討ちにすることが出来れば、少なくともやつらの兵糧はあたいらのもんになるんだぞ! そうすりゃあ腹一杯喰えるんだ! わかったらとっとと抗戦しろぉ!」
 声の主は文醜だった。兵たちに向かい、大音声に呼びかけ鼓舞している。
 その言葉に応えるように呂布軍にいいようにされていた兵たちが持ちこたえ始める。
 その光景を目にし、顔良はまだ持ち直せる。そう感じた。
「文ちゃん……よし、私も頑張んなきゃ。麗羽さま、行ってきますね」
「が、顔良さん……必ず戻ってくるのですわよ!」
「はいっ!」
 自分の得物である金光鉄槌を力強く握りしめ顔良は呂布軍へと向かった。




「一体どういことよ? なんで仲間割れなんか……」
 突発的に発生した呂布軍と袁紹軍の戦い。それを易京の防壁から見ている詠は、きつねにつままれたようにきょとんとしていた。
 そんな時、袁紹軍へ向かって前進する呂布軍の人垣から抜け出た一つの影が詠の視界に、飛び込んで来た。
 それは、呂布の愛犬であるセキトだった。
 易京の城門へと向かってまっしぐらに大地を駆け進んでいる。
「ちょ、ちょっと、セキトじゃない! 一体どうして? それ以前に、なんでこんなとこにいるのよ!?」
「おや? 何やら城門前で吠えているようだぞ」
 目を凝らしてセキトを見ている詠の横で彼女と同じように伺っていた星がそう漏らす。
 詠は、星が触れたセキトの行動に首を傾げる。
「もしかして、入れろって事かしら?」
「恐らくはそうだろう。幸いなことに、こちらへ攻めてくる者は今のところいなくなっている……この現状ならば、城門を開け迎え入れることくらいならば、至って可能ではないか?」
 呂布軍と袁紹軍の争いを瞥見した詠は、それに頷いて返す。
「それもそうね。きっと何か理由があるはずだろうし。ボクとしてもそれを知らずに終わらせるなんて嫌だもの。セキトを入れさせるわ」
「うむ、それがよいだろう」
 星の同意の言葉を耳にしながら詠は城門前に待機している兵へと開門を申し付けた。
「城門を開いてさっきから城門前で吠えてる犬を中に入れなさい」
 詠は、指示に従って開かれる城門から目線を逸らし下へと向かっていった。
 慌てた様子で、城門前へとたどり着いた詠は、そこにいる一匹の犬へ駆け寄った。
「やっぱりセキトだったのね! あんた一体どうしたのよ?」
「わんわん」
 セキトの方も詠の存在に気づいたらしく、不思議そうにしている兵たちの元を離れ、彼女の元へ寄りついて来る。
「それにしても随分懐かしいわね……って、何それ?」
 近寄ってきたセキトに視線を合わせるように身を屈めたところで詠はその首にぶら下げられた竹簡の存在に気づいた。
 すると、まるでそれを取れと言うかのようにセキトが首を突き出してきた。
「成る程、これを届けるために来たのねセキト?」
「わんっ!」
 自分の考えを肯定するかのような威勢のよいセキトの鳴き声に、詠は竹簡へと手を伸ばし、セキトの首から外す。
「一体、なんなのよ――って、これは!?」
 訝りながらも竹簡を開いた詠の目に飛び込んできたのは見覚えのある筆跡による文だった。内政の手伝いをさせられたときに見た一刀のものとうり二つだった。
「まさか、これって……」
 期せずして届いた一刀からと思しき竹簡。詠はそれを多少どぎまぎしつつも、黙々と読み進めていく。
 竹簡には、恋の説得に成功したこと。そして、呂布軍が公孫賛軍に味方してくれることになったという旨が記載されていた。
「へぇ……なるほどね。やるじゃない」
 竹簡を読んだ詠は気づかぬうちに相好を崩していた。
 彼女がそうなったのは、最後に書かれていた一文に原因があった。
 ――袁紹軍と共にいる呂布軍の兵たちにも竹簡が届いてるはずだから、詠の判断で上手く立ち回ってくれ。名采配を期待してるぞ、我が誇れる軍師殿。
 今一度その部分に目を通すと、詠は一刀の指示に従うように竹簡から目を離し、未だ困惑の表情を浮かべる兵たちへと号令を掛けた。
「もう一人の我らが主から呂布軍引き入れの報を受けたわ。これより呂布軍との共同戦線を張ることにするわ! 趙雲隊、華雄隊はすぐに、彼らの援護の準備を。それと、手の空いてる者は炊き出しを行いなさい。釜戸はあるだけ使うこと!」
 そして、丁度その時、星が歩み寄ってきた。
「ほぅ、さすがは主。口説くのはお得意のようだ。ふふ」
 とても、愉快そうに笑う星。だが、その瞳はどこか安堵の想いを内包している。詠にはそう感じられた。
「一応、星にも見せておこうかしらね」
「では、お言葉に甘えさせていただくとしよう」
 竹簡を星に手渡したところで詠は違和感を感じた。
「……ねぇ、華雄は?」
 そう、居るべき人物が居ないのだ。
 何故かこの場に現れたのは星だけで一緒にいたはずの華雄の姿がない。
「あぁ、華雄ならそこに……おや、これは」
「うわぁ……」
 星の指す先に華雄は確かにいた……だが、その姿を見た詠は僅かに顔を引き攣らせ、何とも言えない気分になる。
「ひぃっ、セキト、やめっ、久しぶりの再会に喜ぶのは――うぅ、わかるが頼む、今は舐めんでく――あっ」
「わんわんわん〜わんっ!」
 華雄は、地面に横たわっていた。というより、縛られたまま芋虫のように寝そべっている。どうやら、星は華雄の拘束を解かずそのまま連れてきたようだ。
「うっく……縄が苦痛に感じなくなる……どころ、かぁっ! むしろ……だから、なめっ舐めるなぁ! おい、二人とも見てないで助け、助けぇ……ひんっ、ざらざらが、ざらざらがぁーっ!」
 セキトに舐められ華雄らしくない可愛らしい悲鳴をあげ、体を二つ折りにするように縮み込んだ。かと思えば、縄が後ろに引っ張られてどうのこうのと言って仰け反り、体が伸びきると今度は嬌声をあげ、吐息を漏らす。
 そして、初めの横たわった姿へと戻る。そんな華雄をセキトが再び舐めれば、彼女はまた体を丸め込む。そんな動きを彼女は繰り返している。
 その動きは、まさに芋虫。
 その姿が、余りに哀れだったため、詠は華雄の救出を促そうと星へ声を掛ける。
「ちょ、ちょっと星! 使い物にならなくなる前に速く助けなさいよ!」
「成る程……ん? すまぬ、聞き逃してしまった。もう一度行っては貰えぬか?」
 いつの間にか竹簡に意識を集中させていたらしく、星は聞いていなかったようだ。
「あ、あんたねぇ……というか、アレ見て何も思わないの?」
「いや、私としても縛ったままというのはどうだろうか、とは思ったぞ……だが、そもそも華雄を動けなくするよう言われてやったことなのでな。どうしたものかと」
 そこで、詠は思い出す。先程、セキトを迎え入れる際に何も言わずに城壁から降りてきたことを……。
「何も言わなかったのは悪かったから、速く解きなさいって!」
 先程から、二人のやり取りの後ろで切なげな声を華雄が上げ始めているのが耳に届いているため、詠は一層捲し立てる。
「よし、では縄を解くとしよう」
 星が、華雄を締め付けている縄へ腕を伸ばしていく。
「お、おぉ、星。は、速く。ひゃん、な、縄をぉぉ! 解いてくれぇ! ひぃっ」
「そう慌てるな、今解いておるではないか」
 星が腕を動かすに合わせ、あれよあれよと華雄を束縛していた縄が解けていく。それはまるで奇術のようであった。
「よし、これで終わりだ」
「……はぁっ、はぁっ……うぅ……」
 体の自由を取り戻したものの、華雄は未だぐったりと横たわっている。
「まだ、時間がかかりそうね……星、先に趙雲隊だけ出る準備をして」
「うむ、まかされよ!」
 星がさきに命じた兵の呼びかけに応じて集まりつつある趙雲隊の元へと駆けていくのを見送りながら、詠は華雄の元へと歩み寄りしゃがみこんだ。
「大丈夫なの? これから、あんたの好きな戦闘になるんだけど……」
「はぁっ、ふぅ……んっ……んんっ――何!?」
 詠の言葉が華雄の耳朶に触れた瞬間、華雄が上半身をむくりと起こす。
「ほ、本当だな!? 戦えるのだな? よし、すぐに準備にかかろうではないか!」
 つい今し方まで息も絶え絶えだったとは思えない程、しっかりとした足取りで場を離れていった華雄を詠は呆然と眺めていた。
「…………戦バカもあそこまでいくと感心せざるを得ないわね」
 未だ苦笑いを浮かべたままの詠の足下に寄り添っているセキトが、華雄を見送るように快活に吠えていた。




「えぇーい!」
 鈍い音をさせながら叩きつけられた獲物が大地を砕き、へこませる。
 周辺にいた敵兵がその衝撃により、砕かれた地の破片と共に吹き飛んでいく。
「あーん、キリがないよう〜」
「今だぁ――ぐっ」
 顔良が悲嘆に暮れる間も与えずに次々と襲いかかってくる呂布軍兵。顔良は、それを金光鉄槌を振り回すことでなぎ払う。
 先程の文醜が発破を掛けた効果もあり、袁紹軍は十分に応戦出来ていた。
 だが、袁紹軍の兵たちは空腹状態なのだ。それに、いかんせん呂布軍とは兵の質が異なる。実際、呂布軍兵一人に対し、袁紹軍の兵が数人で対応するといった情況だった。
 呂布軍の兵たちが少数ながらもよく鍛えられているという話は、顔良も何度か耳にしたことはあった。だが、これほどのものだったとは予想だにしていなかった。
 とはいえ、数だけは多い袁紹軍。突然の呂布軍の裏切りによる損害は、まだ問題視する必要のないものである。
「まだ、こっちに余裕があるといっても……この機に乗じて公孫賛軍まで出てきたら」
 そう、顔良の中では呂布軍が裏切ったのにあわせ、公孫賛軍が即座に攻撃してくるものだと考えていた。しかし、まだ姿を見かけない。そのことに顔良は不安を覚えていた。
 まさにその懸念を肯定するかのような兵のざわめきが左翼から聞こえてきた。
 驚いた顔良がそちらへ視線を向けた早々、一人の兵が顔良の方へと駆けてきた。
「な、何事ですか」
「ど、どうやら左翼側へいつの間にか回り込んでいた公孫賛軍が現れたようです!」
「えぇ! 向こうの様子はどうなんですか?」
「は、どうやら、敵将華雄の率いる隊のみなようですので、文醜将軍の隊が即座に応戦なされました」
 その報告を聞き、しばし考える顔良。そして、
「わかりました。それでは、私たちも応戦の準備をするべきなのかも……」
 言葉の意味を察しきれず兵が、えっ、と声を漏らした。
「いいですか、向こうに華雄さんの隊が奇襲をかけてきたのなら、おそらく右翼側へも奇襲があるはずです。ですから、顔良隊はそちらへ向かうことにします。姫にそのことを伝えておいてくださいね」
 自分の考えを述べると、顔良は後方にいる袁紹への伝令を兵に託し、隊を連れて右翼へと向かった。




 袁紹軍、左翼。その先頭では袁紹軍の文醜隊と公孫賛軍の華雄隊が交戦中だった。
 風に煽られ宙を泳ぐ双方の旗が見守る中、両隊はぶつかり合う。
 兵たちの威勢のよい声が辺りを包む。
 馬蹄の音が四方で響き渡る。
 刃がぶつかり合う音や、兵たちが大地を駆けると音が聞こえている。
 そんな中、武勇を誇る二人の猛者が向かい合い不適な笑みを浮かべている。
「へへ、ようやく出てきたな。華雄」
「ふん、正直滑稽な姿だったぞ、文醜」
 華雄は口元には笑みを浮かべているが瞳は真剣そのもの。恐らくそれは自分もなのだろう……文醜はそう思った。
 そして、文醜を貫かんとばかりの視線を向ける華雄に負けじと文醜も鋭利な刃物のような視線を送りつける。
「ま、そんな話、今は関係ねぇよな」
「あぁ、そうだな。それより」
「さっきの決着つけようぜ!」
「無論、私が勝つがなぁ!」

 互いに、前へ前へと一直線に駆ける。
 正面からぶつかり合う二人。
 文醜の斬山刀と華雄の金剛爆斧がその刃をこすり合わせる。
 互いの刃が火花を散らす。
 互いに持つは大味の武器。
 空振りによって抉られた地面がその破壊力のすごさを物語る。
 華雄の上段からの一撃が襲い来る。
 文醜は、最大限の跳躍で後方へ飛び退く。

「ひゅー、すげぇ威力じゃんか」
 汗を前腕で拭いながら、華雄を睨み付ける。
「ふん、貴様の大剣とてかわらんだろ……」
 斧を構え直しながら、華雄もまた鋭い目つきになる。
 文醜は、じりと脚を踏み込む。華雄のどこを攻めるか考える。
 周りを飛び交う金属音、馬の嘶き、兵の怒声に悲鳴。それらを遮断し、ただ目の前にのみ集中する。おそらく目の前にいるこの武人もまた同じだ……文醜はそれを悟ると斬山刀を握る手に力を込めた。




 顔良が右翼の側面へと到着するとそこはすでに混戦状態だった。
「うわぁぁ、敵襲! 敵しぅ――ぐぁっ!」
「旗には趙の文字、趙雲だ、趙雲の隊だ!」
「応戦せよ! 応戦せよぉ!」
 横撃を受けた動揺から兵たちが態勢を崩しかけている。それを察した顔良は声を張る。
「落ち着いてください! 私たち顔良隊、右翼の援護に来ました。みなさん、私たちに合わせて動いてください」
 顔良の号令に、右翼を担当していた隊が落ち着きを取り戻す。そして、徐々に顔良隊と足並みを揃えるようにその形を変えていく。
「これで、なんとか抑えられるかな。さぁて、これからどうしよう……はぁ」
 ため息混じりに向けた視線の先に白を基調とした服装の青髪の女性がいた。
「おや? この趙子龍の相手をしてくれるのではないのか?」
「……やっぱり、そうなりますよねぇ」
 顔良は、肩をすくめながら目の前にいる人物へ金光鉄槌を構える。
「ふ、そうこなくてはな。いざ!」
「勝負です!」

 先手必勝、顔良は向かってくる星へ金光鉄槌を振り下ろす。
 それでも、さらに一歩踏み込む星。
 龍牙の柄が金光鉄槌の柄に当たる。
 顔良の手に押し返される感覚はなかった。
 金光鉄槌を振り下ろす勢いに逆らうことなく龍牙も乗っている。
 龍牙の柄が金光鉄槌の柄に沿うように動く。
 顔良が気がついた時には、星によって捌かれていた。

「いけない!」
 龍牙が襲い来る。それを察知した顔良は金光鉄槌から手を離し前へと転がり込む。
「ほぅ、今のをよけたか」
 転がりきる際に金光鉄槌の柄を掴み、起き上がる勢いに任せ体勢を立て直す。
「ま、まぐれですよ。えへへ」
「謙遜は良くないぞ。まぁ、次は逃がさぬがな」
 そう告げる星の瞳がきらりと輝く。それに顔良が体をぶるりと震わせる。
「できれば相手にしたくない……でも、負けられない!」
「ほぅ、いい目だ。中々良き相手に巡り会えたものだな、ふふ」
 嬉しそうに笑みをこぼす星を見つめたまま、顔良がじりじりと間合いを計っていると遠くから声が聞こえてきた。
「袁紹軍に告ぐ! ボクの名は賈文和。公孫賛軍の軍師。袁紹軍の中で、もし降るという者がいるなら申し出なさい。こちらにはその者たちを迎え入れる用意ができているわ」
 その降伏勧告は易京の城壁付近で交戦中の呂布軍の辺りから発せられている。
 それに反応した兵たちがざわめいている。
「よく見なさい。易京から立ち上るあの煙を! あれは炊き出しをしているものよ。今降った者には思う存分、食べさせて上げるわ!」
 その言葉が決定的だった。
 兵たちの喧騒が一層大きなものになっている。いままでは混乱しているのが伺える声だったが、今は歓声が上がっている。
「そ、そんな……」
「どうする? 兵たちと共に投降するか?」
 公孫賛軍に降る兵たちを見ながら呆然とする顔良に星が語りかけてくる。
「いえ、私は最後の最後まで姫と一緒なんです……ですから、申し訳ありませんが辞退させてもらいますね」
「……そうか」
 笑顔でそう告げると、星はなぜか口元に微笑を浮かべた。が、すぐに引き締められた。
「では、我らの戦いの決着をつけようではないか」
「……私としては姫のところに行きたいんですけどね」
 正直、袁紹が心配でならないが目の前の人物を振りきれるとは思っていない。
 主君の元へはせ参じるため、顔良は巨大な敵を倒すことを決意する。
「顔良将軍、我らもいます。頑張りましょう」
「みんな……」
 投降する兵が何人も出る中、顔良隊からは脱落者がいなかった。
「やっぱり、負ける訳にはいかないみたいです」
 そう宣言する顔良の顔は晴れやかなものだった。




 どうも前衛を務めていた兵たちの間で動きがあったようだ。
 文醜がそのことに気づいたのは、華雄と何合か打ち合った頃だった。
「ん? なんだ、何が起こってるんだ?」
「ふん、大方投降する者でも出てきたのだろう」
 そう吐き捨てる華雄。どうも興味がないらしい。
「なっ!? そりゃマジかよ?」
 文醜は、事態の把握が出来ているらしい華雄に聞き返す。
「らしい。易京を出るときにそう聞かされていただけなのでな。よくは知らん」
「そうか……投降する気配がしなかったから、あたい気づかなかったぜ」
 そもそも、この事態に気づかなかったのは目の前の敵に集中していたから、ということもあったが、それ以前に周囲の文醜隊の兵が投降するような素振りを見せていなかったからなのだ。
 つまり、文醜の部下からは投降する者は居なかったのだろう。
 それに気づいた文醜は不思議と嬉しくなった。
 同時に、華雄の言葉の一部が引っかかった。
「……って、あれ? らしい? なぁ、らしいってことは、もしかして華雄も動きに気づかなかったのか!?」
「無論だ。武人たるもの一度戦いに集中したら周りなど気にするものではなかろう」
 胸を張り、自信満々にそう言ってのける華雄。
「そうか、あんた中々わかってるじゃんか」
「ふ、そちらこそ、気づかなかったのだろう。良い心がけをしているではないか」
 文醜は、華雄に対して何故か好感が持てた。華雄のような人種は嫌いではなかった。
 華雄と一緒に博打をすると、きっと楽しいだろうな、などと場違いなことが文醜の頭を過ぎったがすぐに打ち消した。
「せっかく話の分かる奴に会えたのにな」
「残念か?」
「いんや、そんな奴と戦えて嬉しい限りだぜ!」
「奇遇だな、私もそう思うぞ!」
 再度、二人だけの世界へと入る。
 二人同時に得物を振るう。
 あまりに動作の機が合いすぎているため。文醜は、本当に気の合う人間なのだろうと思い、戦闘の最中であるにも関わらず、笑みを零した。




 襲い来る龍牙による一撃をよける。更に顔良を居ってくる一撃を躱す。
 顔良は、先程から星の攻撃を凌ぐことだけに専念していた。
「どうした顔良。先程から逃げてばかりではないか」
 左から襲い来る龍牙。顔良はそれをよけながら星の言葉に返事をする。
「こ、こっちにも色々と考えが、あ、あるんですよ」
 嘘だった。考えなど無い。ただの強がりだ。
 ただ顔良の得物である金光鉄槌は比較的一撃必殺を狙うか大勢の敵を相手取ったときに最も効果を発揮する。そのことを理解しているからこそ彼女は先程のように不用意な一撃を放つことを避けているだけなのだ。
 下手に打ち込み、躱されることがあれば顔良の負け色が濃くなる。それだけは避けたかった。君主である袁紹を護るためにも。
「や、やっぱりこの人……強い」
「む? 今更気がついたのか……のんきなことだな」
 呆れ口調でため息混じりにそう口にした星に顔良はただ苦笑を浮かべる。
「知ってるつもりではいたんですけどね……予想以上でした。あはは」
「そうか……しかし、よいのか?」
 星が突きを放ってくる。
「何がです――かっ」
 顔良は、横へ跳ぶことで避ける。
「ふ、袁紹をいつまでも放っておいてだ」
「なら、私を逃がしてくださいよ」
「そうもいかぬさ。それより、我が趙雲隊と華雄隊を抑えておけば大丈夫だとでも思っているのか?」
「え? どういう意味ですか!?」
 意外な言葉に顔良の脚が止まる。
「隙あり!」
「うわっ、ちょ、ちょっとは考えさせてくださいよぉ〜」
 容赦なく襲い来る星の攻撃を躱しながら顔良は考えようと頭を働かせ始める。
 その時だった。一人の兵が慌てて近くまでやってきたのは。
「が、顔良将軍! たったいま報告が入り、呂布軍の本隊が袁紹さまのいる後衛に向かって進んできているとのことです!」
「えぇー!?」
 それだった。顔良が忘れていたことは。張遼と天の御使いの部隊を追いかけた呂布の隊が未だ行方知れずのままだったのだ。
「ま、まずいよ……麗羽さま……」
 前衛の呂布軍が裏切ったのだ。本隊が自分たちの味方をするはずがない。顔良にでもそれくらいは分かる。
 そして、呂布軍の本隊は袁紹軍の後方から向かってきている。
「は、挟まれた……んだ……」
 それを悟るやいなや、顔良の顔から血の気が引いた。顔良の体中から力が抜け、顔面蒼白になる。
「どうしたのだ、顔良? 私を倒さねば袁紹の援護に行くことも出来ぬぞ」
 その言葉に、顔良はハッとなる。
 そう、自分が行かなければ誰が護るのか。
 無茶苦茶だが、いつも自分や文醜を想い大事にしてくれる――あの人を。
「そうですね。私がいかなきゃ、きっと姫は墓穴を掘っちゃいますから」
 金光鉄槌を握る指に力がこもる。不思議と気分が高揚する。
「だから、あなたを倒して姫の元へ急いで駆けつけさせてもらいます!」
「ほぅ……また、良い面構えになったな。やはり、それくらいの気概がなくてはな」
 そう告げた星の顔は何故か嬉しそうだった。
 顔良は、思った。もしかしたら、この人は実は文醜に近い者を心に抱いているのではないかと。そう、戦闘を楽しむ心を……。
「いや、そんなこと関係ないよね。例えそうだったとしても、おかげで私は立ち直れた。それで十分だもん」
 そう呟くと、顔良は金光鉄槌をしっかりと構え、両脚で大地を踏みしめ踏ん張る。
 次の一撃で決める。その決意を心に秘めて――。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


整形版はここからです。


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改行による2パターンとなっています。最初は整形なしの素です。
ブラウザでご覧の方は、『ctrlキー+F』を押して出た検索窓に整形と入力して飛んでく
ださい。



 「無じる真√N23」




 易京の防壁へと攻め寄せる袁紹軍。その兵たちの隙を縫うように一つの影が猛烈な速力
で駆け抜けている。
 そのまま謎の影が呂布軍の中へと溶け込んでいったところで顔良はその姿を見失ってし
まった。それからすぐのことだった異変が起きたのは。
 前衛を務めていた呂布軍の様子ががらりと変わったのだ。皮肉にもそれは顔良が影のこ
とに首を傾げた瞬間のことだった。
 一斉に反転した呂布軍が突如、袁紹軍へと攻撃を仕掛けてきたのだ。唐突なことである
が故に、兵たちは混乱状態に陥り、呂布軍への対処が遅れてしまっている。
 それは、軍を指揮する立場の顔良や袁紹すらもだった。
「な、何!? 何なの〜! 何で呂布さんの軍が!?」
「な、何事ですの! 何であの方たちはこちらに攻撃を仕掛けてきてるんですの!」
 顔良には訳がわからなかった。
 呂布軍の裏切り、その理由は一体……。そんなことを顔良が考えている間にも兵たちの
中から一人、また一人と相次いで大地へ伏していく者が続出している。
 数少ない呂布軍によって袁紹軍の被害は絶えず広がり続けている。だが、それも致し方
ないことではあった。
 兵糧で追い詰められつつあった袁紹軍は、軍の中枢である袁紹や顔良などを覗いた兵卒
たちには節食させていたのだから。
 さすがに、哀れと思った顔良が自分に割り振れられた食糧の中から僅かながらも兵卒へ
配給する分へと回したのだが、そんなものは焼け石に水だった。
 兵たちの腹を満足させることなど出来ていなかった。
 それ故に、兵たちは持ちうる力の全てが出せない状態だったのだ。
「……やっぱり、呂布さんたちはちゃんと食べてたんだ」
 そして、呂布軍の健康な肌を見れば糧秣の管理がしっかりしていたことが伺えた。
 それはそうなのだ。なにせ、顔良が兵糧を都合して貰えないかと申し出たときもきっぱ
りと断れれたのだから。
 そんなときだった。
 混乱する兵たちへ向けて激励の声が飛んだのは。
「お前らぁ、しっかりしやがれ! いいか、ここで踏ん張って呂布軍を返り討ちにするこ
とが出来れば、少なくともやつらの兵糧はあたいらのもんになるんだぞ! そうすりゃあ
腹一杯喰えるんだ! わかったらとっとと抗戦しろぉ!」
 声の主は文醜だった。兵たちに向かい、大音声に呼びかけ鼓舞している。
 その言葉に応えるように呂布軍にいいようにされていた兵たちが持ちこたえ始める。
 その光景を目にし、顔良はまだ持ち直せる。そう感じた。
「文ちゃん……よし、私も頑張んなきゃ。麗羽さま、行ってきますね」
「が、顔良さん……必ず戻ってくるのですわよ!」
「はいっ!」
 自分の得物である金光鉄槌を力強く握りしめ顔良は呂布軍へと向かった。




「一体どういことよ? なんで仲間割れなんか……」
 突発的に発生した呂布軍と袁紹軍の戦い。それを易京の防壁から見ている詠は、きつね
につままれたようにきょとんとしていた。
 そんな時、袁紹軍へ向かって前進する呂布軍の人垣から抜け出た一つの影が詠の視界に、
飛び込んで来た。
 それは、呂布の愛犬であるセキトだった。
 易京の城門へと向かってまっしぐらに大地を駆け進んでいる。
「ちょ、ちょっと、セキトじゃない! 一体どうして? それ以前に、なんでこんなとこ
にいるのよ!?」
「おや? 何やら城門前で吠えているようだぞ」
 目を凝らしてセキトを見ている詠の横で彼女と同じように伺っていた星がそう漏らす。
 詠は、星が触れたセキトの行動に首を傾げる。
「もしかして、入れろって事かしら?」
「恐らくはそうだろう。幸いなことに、こちらへ攻めてくる者は今のところいなくなって
いる……この現状ならば、城門を開け迎え入れることくらいならば、至って可能ではない
か?」
 呂布軍と袁紹軍の争いを瞥見した詠は、それに頷いて返す。
「それもそうね。きっと何か理由があるはずだろうし。ボクとしてもそれを知らずに終わ
らせるなんて嫌だもの。セキトを入れさせるわ」
「うむ、それがよいだろう」
 星の同意の言葉を耳にしながら詠は城門前に待機している兵へと開門を申し付けた。
「城門を開いてさっきから城門前で吠えてる犬を中に入れなさい」
 詠は、指示に従って開かれる城門から目線を逸らし下へと向かっていった。
 慌てた様子で、城門前へとたどり着いた詠は、そこにいる一匹の犬へ駆け寄った。
「やっぱりセキトだったのね! あんた一体どうしたのよ?」
「わんわん」
 セキトの方も詠の存在に気づいたらしく、不思議そうにしている兵たちの元を離れ、彼
女の元へ寄りついて来る。
「それにしても随分懐かしいわね……って、何それ?」
 近寄ってきたセキトに視線を合わせるように身を屈めたところで詠はその首にぶら下げ
られた竹簡の存在に気づいた。
 すると、まるでそれを取れと言うかのようにセキトが首を突き出してきた。
「成る程、これを届けるために来たのねセキト?」
「わんっ!」
 自分の考えを肯定するかのような威勢のよいセキトの鳴き声に、詠は竹簡へと手を伸ば
し、セキトの首から外す。
「一体、なんなのよ――って、これは!?」
 訝りながらも竹簡を開いた詠の目に飛び込んできたのは見覚えのある筆跡による文だっ
た。内政の手伝いをさせられたときに見た一刀のものとうり二つだった。
「まさか、これって……」
 期せずして届いた一刀からと思しき竹簡。詠はそれを多少どぎまぎしつつも、黙々と読
み進めていく。
 竹簡には、恋の説得に成功したこと。そして、呂布軍が公孫賛軍に味方してくれること
になったという旨が記載されていた。
「へぇ……なるほどね。やるじゃない」
 竹簡を読んだ詠は気づかぬうちに相好を崩していた。
 彼女がそうなったのは、最後に書かれていた一文に原因があった。
 ――袁紹軍と共にいる呂布軍の兵たちにも竹簡が届いてるはずだから、詠の判断で上手
く立ち回ってくれ。名采配を期待してるぞ、我が誇れる軍師殿。
 今一度その部分に目を通すと、詠は一刀の指示に従うように竹簡から目を離し、未だ困
惑の表情を浮かべる兵たちへと号令を掛けた。
「もう一人の我らが主から呂布軍引き入れの報を受けたわ。これより呂布軍との共同戦線
を張ることにするわ! 趙雲隊、華雄隊はすぐに、彼らの援護の準備を。それと、手の空
いてる者は炊き出しを行いなさい。釜戸はあるだけ使うこと!」
 そして、丁度その時、星が歩み寄ってきた。
「ほぅ、さすがは主。口説くのはお得意のようだ。ふふ」
 とても、愉快そうに笑う星。だが、その瞳はどこか安堵の想いを内包している。詠には
そう感じられた。
「一応、星にも見せておこうかしらね」
「では、お言葉に甘えさせていただくとしよう」
 竹簡を星に手渡したところで詠は違和感を感じた。
「……ねぇ、華雄は?」
 そう、居るべき人物が居ないのだ。
 何故かこの場に現れたのは星だけで一緒にいたはずの華雄の姿がない。
「あぁ、華雄ならそこに……おや、これは」
「うわぁ……」
 星の指す先に華雄は確かにいた……だが、その姿を見た詠は僅かに顔を引き攣らせ、何
とも言えない気分になる。
「ひぃっ、セキト、やめっ、久しぶりの再会に喜ぶのは――うぅ、わかるが頼む、今は舐
めんでく――あっ」
「わんわんわん〜わんっ!」
 華雄は、地面に横たわっていた。というより、縛られたまま芋虫のように寝そべってい
る。どうやら、星は華雄の拘束を解かずそのまま連れてきたようだ。
「うっく……縄が苦痛に感じなくなる……どころ、かぁっ! むしろ……だから、なめっ
舐めるなぁ! おい、二人とも見てないで助け、助けぇ……ひんっ、ざらざらが、ざらざ
らがぁーっ!」
 セキトに舐められ華雄らしくない可愛らしい悲鳴をあげ、体を二つ折りにするように縮
み込んだ。かと思えば、縄が後ろに引っ張られてどうのこうのと言って仰け反り、体が伸
びきると今度は嬌声をあげ、吐息を漏らす。
 そして、初めの横たわった姿へと戻る。そんな華雄をセキトが再び舐めれば、彼女はま
た体を丸め込む。そんな動きを彼女は繰り返している。
 その動きは、まさに芋虫。
 その姿が、余りに哀れだったため、詠は華雄の救出を促そうと星へ声を掛ける。
「ちょ、ちょっと星! 使い物にならなくなる前に速く助けなさいよ!」
「成る程……ん? すまぬ、聞き逃してしまった。もう一度行っては貰えぬか?」
 いつの間にか竹簡に意識を集中させていたらしく、星は聞いていなかったようだ。
「あ、あんたねぇ……というか、アレ見て何も思わないの?」
「いや、私としても縛ったままというのはどうだろうか、とは思ったぞ……だが、そもそ
も華雄を動けなくするよう言われてやったことなのでな。どうしたものかと」
 そこで、詠は思い出す。先程、セキトを迎え入れる際に何も言わずに城壁から降りてき
たことを……。
「何も言わなかったのは悪かったから、速く解きなさいって!」
 先程から、二人のやり取りの後ろで切なげな声を華雄が上げ始めているのが耳に届いて
いるため、詠は一層捲し立てる。
「よし、では縄を解くとしよう」
 星が、華雄を締め付けている縄へ腕を伸ばしていく。
「お、おぉ、星。は、速く。ひゃん、な、縄をぉぉ! 解いてくれぇ! ひぃっ」
「そう慌てるな、今解いておるではないか」
 星が腕を動かすに合わせ、あれよあれよと華雄を束縛していた縄が解けていく。それは
まるで奇術のようであった。
「よし、これで終わりだ」
「……はぁっ、はぁっ……うぅ……」
 体の自由を取り戻したものの、華雄は未だぐったりと横たわっている。
「まだ、時間がかかりそうね……星、先に趙雲隊だけ出る準備をして」
「うむ、まかされよ!」
 星がさきに命じた兵の呼びかけに応じて集まりつつある趙雲隊の元へと駆けていくのを
見送りながら、詠は華雄の元へと歩み寄りしゃがみこんだ。
「大丈夫なの? これから、あんたの好きな戦闘になるんだけど……」
「はぁっ、ふぅ……んっ……んんっ――何!?」
 詠の言葉が華雄の耳朶に触れた瞬間、華雄が上半身をむくりと起こす。
「ほ、本当だな!? 戦えるのだな? よし、すぐに準備にかかろうではないか!」
 つい今し方まで息も絶え絶えだったとは思えない程、しっかりとした足取りで場を離れ
ていった華雄を詠は呆然と眺めていた。
「…………戦バカもあそこまでいくと感心せざるを得ないわね」
 未だ苦笑いを浮かべたままの詠の足下に寄り添っているセキトが、華雄を見送るように
快活に吠えていた。




「えぇーい!」
 鈍い音をさせながら叩きつけられた獲物が大地を砕き、へこませる。
 周辺にいた敵兵がその衝撃により、砕かれた地の破片と共に吹き飛んでいく。
「あーん、キリがないよう〜」
「今だぁ――ぐっ」
 顔良が悲嘆に暮れる間も与えずに次々と襲いかかってくる呂布軍兵。顔良は、それを金
光鉄槌を振り回すことでなぎ払う。
 先程の文醜が発破を掛けた効果もあり、袁紹軍は十分に応戦出来ていた。
 だが、袁紹軍の兵たちは空腹状態なのだ。それに、いかんせん呂布軍とは兵の質が異な
る。実際、呂布軍兵一人に対し、袁紹軍の兵が数人で対応するといった情況だった。
 呂布軍の兵たちが少数ながらもよく鍛えられているという話は、顔良も何度か耳にした
ことはあった。だが、これほどのものだったとは予想だにしていなかった。
 とはいえ、数だけは多い袁紹軍。突然の呂布軍の裏切りによる損害は、まだ問題視する
必要のないものである。
「まだ、こっちに余裕があるといっても……この機に乗じて公孫賛軍まで出てきたら」
 そう、顔良の中では呂布軍が裏切ったのにあわせ、公孫賛軍が即座に攻撃してくるもの
だと考えていた。しかし、まだ姿を見かけない。そのことに顔良は不安を覚えていた。
 まさにその懸念を肯定するかのような兵のざわめきが左翼から聞こえてきた。
 驚いた顔良がそちらへ視線を向けた早々、一人の兵が顔良の方へと駆けてきた。
「な、何事ですか」
「ど、どうやら左翼側へいつの間にか回り込んでいた公孫賛軍が現れたようです!」
「えぇ! 向こうの様子はどうなんですか?」
「は、どうやら、敵将華雄の率いる隊のみなようですので、文醜将軍の隊が即座に応戦な
されました」
 その報告を聞き、しばし考える顔良。そして、
「わかりました。それでは、私たちも応戦の準備をするべきなのかも……」
 言葉の意味を察しきれず兵が、えっ、と声を漏らした。
「いいですか、向こうに華雄さんの隊が奇襲をかけてきたのなら、おそらく右翼側へも奇
襲があるはずです。ですから、顔良隊はそちらへ向かうことにします。姫にそのことを伝
えておいてくださいね」
 自分の考えを述べると、顔良は後方にいる袁紹への伝令を兵に託し、隊を連れて右翼へ
と向かった。




 袁紹軍、左翼。その先頭では袁紹軍の文醜隊と公孫賛軍の華雄隊が交戦中だった。
 風に煽られ宙を泳ぐ双方の旗が見守る中、両隊はぶつかり合う。
 兵たちの威勢のよい声が辺りを包む。
 馬蹄の音が四方で響き渡る。
 刃がぶつかり合う音や、兵たちが大地を駆けると音が聞こえている。
 そんな中、武勇を誇る二人の猛者が向かい合い不適な笑みを浮かべている。
「へへ、ようやく出てきたな。華雄」
「ふん、正直滑稽な姿だったぞ、文醜」
 華雄は口元には笑みを浮かべているが瞳は真剣そのもの。恐らくそれは自分もなのだろ
う……文醜はそう思った。
 そして、文醜を貫かんとばかりの視線を向ける華雄に負けじと文醜も鋭利な刃物のよう
な視線を送りつける。
「ま、そんな話、今は関係ねぇよな」
「あぁ、そうだな。それより」
「さっきの決着つけようぜ!」
「無論、私が勝つがなぁ!」

 互いに、前へ前へと一直線に駆ける。
 正面からぶつかり合う二人。
 文醜の斬山刀と華雄の金剛爆斧がその刃をこすり合わせる。
 互いの刃が火花を散らす。
 互いに持つは大味の武器。
 空振りによって抉られた地面がその破壊力のすごさを物語る。
 華雄の上段からの一撃が襲い来る。
 文醜は、最大限の跳躍で後方へ飛び退く。

「ひゅー、すげぇ威力じゃんか」
 汗を前腕で拭いながら、華雄を睨み付ける。
「ふん、貴様の大剣とてかわらんだろ……」
 斧を構え直しながら、華雄もまた鋭い目つきになる。
 文醜は、じりと脚を踏み込む。華雄のどこを攻めるか考える。
 周りを飛び交う金属音、馬の嘶き、兵の怒声に悲鳴。それらを遮断し、ただ目の前にの
み集中する。おそらく目の前にいるこの武人もまた同じだ……文醜はそれを悟ると斬山刀
を握る手に力を込めた。




 顔良が右翼の側面へと到着するとそこはすでに混戦状態だった。
「うわぁぁ、敵襲! 敵しぅ――ぐぁっ!」
「旗には趙の文字、趙雲だ、趙雲の隊だ!」
「応戦せよ! 応戦せよぉ!」
 横撃を受けた動揺から兵たちが態勢を崩しかけている。それを察した顔良は声を張る。
「落ち着いてください! 私たち顔良隊、右翼の援護に来ました。みなさん、私たちに合
わせて動いてください」
 顔良の号令に、右翼を担当していた隊が落ち着きを取り戻す。そして、徐々に顔良隊と
足並みを揃えるようにその形を変えていく。
「これで、なんとか抑えられるかな。さぁて、これからどうしよう……はぁ」
 ため息混じりに向けた視線の先に白を基調とした服装の青髪の女性がいた。
「おや? この趙子龍の相手をしてくれるのではないのか?」
「……やっぱり、そうなりますよねぇ」
 顔良は、肩をすくめながら目の前にいる人物へ金光鉄槌を構える。
「ふ、そうこなくてはな。いざ!」
「勝負です!」

 先手必勝、顔良は向かってくる星へ金光鉄槌を振り下ろす。
 それでも、さらに一歩踏み込む星。
 龍牙の柄が金光鉄槌の柄に当たる。
 顔良の手に押し返される感覚はなかった。
 金光鉄槌を振り下ろす勢いに逆らうことなく龍牙も乗っている。
 龍牙の柄が金光鉄槌の柄に沿うように動く。
 顔良が気がついた時には、星によって捌かれていた。

「いけない!」
 龍牙が襲い来る。それを察知した顔良は金光鉄槌から手を離し前へと転がり込む。
「ほぅ、今のをよけたか」
 転がりきる際に金光鉄槌の柄を掴み、起き上がる勢いに任せ体勢を立て直す。
「ま、まぐれですよ。えへへ」
「謙遜は良くないぞ。まぁ、次は逃がさぬがな」
 そう告げる星の瞳がきらりと輝く。それに顔良が体をぶるりと震わせる。
「できれば相手にしたくない……でも、負けられない!」
「ほぅ、いい目だ。中々良き相手に巡り会えたものだな、ふふ」
 嬉しそうに笑みをこぼす星を見つめたまま、顔良がじりじりと間合いを計っていると遠
くから声が聞こえてきた。
「袁紹軍に告ぐ! ボクの名は賈文和。公孫賛軍の軍師。袁紹軍の中で、もし降るという
者がいるなら申し出なさい。こちらにはその者たちを迎え入れる用意ができているわ」
 その降伏勧告は易京の城壁付近で交戦中の呂布軍の辺りから発せられている。
 それに反応した兵たちがざわめいている。
「よく見なさい。易京から立ち上るあの煙を! あれは炊き出しをしているものよ。今降
った者には思う存分、食べさせて上げるわ!」
 その言葉が決定的だった。
 兵たちの喧騒が一層大きなものになっている。いままでは混乱しているのが伺える声だ
ったが、今は歓声が上がっている。
「そ、そんな……」
「どうする? 兵たちと共に投降するか?」
 公孫賛軍に降る兵たちを見ながら呆然とする顔良に星が語りかけてくる。
「いえ、私は最後の最後まで姫と一緒なんです……ですから、申し訳ありませんが辞退さ
せてもらいますね」
「……そうか」
 笑顔でそう告げると、星はなぜか口元に微笑を浮かべた。が、すぐに引き締められた。
「では、我らの戦いの決着をつけようではないか」
「……私としては姫のところに行きたいんですけどね」
 正直、袁紹が心配でならないが目の前の人物を振りきれるとは思っていない。
 主君の元へはせ参じるため、顔良は巨大な敵を倒すことを決意する。
「顔良将軍、我らもいます。頑張りましょう」
「みんな……」
 投降する兵が何人も出る中、顔良隊からは脱落者がいなかった。
「やっぱり、負ける訳にはいかないみたいです」
 そう宣言する顔良の顔は晴れやかなものだった。




 どうも前衛を務めていた兵たちの間で動きがあったようだ。
 文醜がそのことに気づいたのは、華雄と何合か打ち合った頃だった。
「ん? なんだ、何が起こってるんだ?」
「ふん、大方投降する者でも出てきたのだろう」
 そう吐き捨てる華雄。どうも興味がないらしい。
「なっ!? そりゃマジかよ?」
 文醜は、事態の把握が出来ているらしい華雄に聞き返す。
「らしい。易京を出るときにそう聞かされていただけなのでな。よくは知らん」
「そうか……投降する気配がしなかったから、あたい気づかなかったぜ」
 そもそも、この事態に気づかなかったのは目の前の敵に集中していたから、ということ
もあったが、それ以前に周囲の文醜隊の兵が投降するような素振りを見せていなかったか
らなのだ。
 つまり、文醜の部下からは投降する者は居なかったのだろう。
 それに気づいた文醜は不思議と嬉しくなった。
 同時に、華雄の言葉の一部が引っかかった。
「……って、あれ? らしい? なぁ、らしいってことは、もしかして華雄も動きに気づ
かなかったのか!?」
「無論だ。武人たるもの一度戦いに集中したら周りなど気にするものではなかろう」
 胸を張り、自信満々にそう言ってのける華雄。
「そうか、あんた中々わかってるじゃんか」
「ふ、そちらこそ、気づかなかったのだろう。良い心がけをしているではないか」
 文醜は、華雄に対して何故か好感が持てた。華雄のような人種は嫌いではなかった。
 華雄と一緒に博打をすると、きっと楽しいだろうな、などと場違いなことが文醜の頭を
過ぎったがすぐに打ち消した。
「せっかく話の分かる奴に会えたのにな」
「残念か?」
「いんや、そんな奴と戦えて嬉しい限りだぜ!」
「奇遇だな、私もそう思うぞ!」
 再度、二人だけの世界へと入る。
 二人同時に得物を振るう。
 あまりに動作の機が合いすぎているため。文醜は、本当に気の合う人間なのだろうと思
い、戦闘の最中であるにも関わらず、笑みを零した。




 襲い来る龍牙による一撃をよける。更に顔良を居ってくる一撃を躱す。
 顔良は、先程から星の攻撃を凌ぐことだけに専念していた。
「どうした顔良。先程から逃げてばかりではないか」
 左から襲い来る龍牙。顔良はそれをよけながら星の言葉に返事をする。
「こ、こっちにも色々と考えが、あ、あるんですよ」
 嘘だった。考えなど無い。ただの強がりだ。
 ただ顔良の得物である金光鉄槌は比較的一撃必殺を狙うか大勢の敵を相手取ったときに
最も効果を発揮する。そのことを理解しているからこそ彼女は先程のように不用意な一撃
を放つことを避けているだけなのだ。
 下手に打ち込み、躱されることがあれば顔良の負け色が濃くなる。それだけは避けたか
った。君主である袁紹を護るためにも。
「や、やっぱりこの人……強い」
「む? 今更気がついたのか……のんきなことだな」
 呆れ口調でため息混じりにそう口にした星に顔良はただ苦笑を浮かべる。
「知ってるつもりではいたんですけどね……予想以上でした。あはは」
「そうか……しかし、よいのか?」
 星が突きを放ってくる。
「何がです――かっ」
 顔良は、横へ跳ぶことで避ける。
「ふ、袁紹をいつまでも放っておいてだ」
「なら、私を逃がしてくださいよ」
「そうもいかぬさ。それより、我が趙雲隊と華雄隊を抑えておけば大丈夫だとでも思って
いるのか?」
「え? どういう意味ですか!?」
 意外な言葉に顔良の脚が止まる。
「隙あり!」
「うわっ、ちょ、ちょっとは考えさせてくださいよぉ〜」
 容赦なく襲い来る星の攻撃を躱しながら顔良は考えようと頭を働かせ始める。
 その時だった。一人の兵が慌てて近くまでやってきたのは。
「が、顔良将軍! たったいま報告が入り、呂布軍の本隊が袁紹さまのいる後衛に向かっ
て進んできているとのことです!」
「えぇー!?」
 それだった。顔良が忘れていたことは。張遼と天の御使いの部隊を追いかけた呂布の隊
が未だ行方知れずのままだったのだ。
「ま、まずいよ……麗羽さま……」
 前衛の呂布軍が裏切ったのだ。本隊が自分たちの味方をするはずがない。顔良にでもそ
れくらいは分かる。
 そして、呂布軍の本隊は袁紹軍の後方から向かってきている。
「は、挟まれた……んだ……」
 それを悟るやいなや、顔良の顔から血の気が引いた。顔良の体中から力が抜け、顔面蒼
白になる。
「どうしたのだ、顔良? 私を倒さねば袁紹の援護に行くことも出来ぬぞ」
 その言葉に、顔良はハッとなる。
 そう、自分が行かなければ誰が護るのか。
 無茶苦茶だが、いつも自分や文醜を想い大事にしてくれる――あの人を。
「そうですね。私がいかなきゃ、きっと姫は墓穴を掘っちゃいますから」
 金光鉄槌を握る指に力がこもる。不思議と気分が高揚する。
「だから、あなたを倒して姫の元へ急いで駆けつけさせてもらいます!」
「ほぅ……また、良い面構えになったな。やはり、それくらいの気概がなくてはな」
 そう告げた星の顔は何故か嬉しそうだった。
 顔良は、思った。もしかしたら、この人は実は文醜に近い者を心に抱いているのではな
いかと。そう、戦闘を楽しむ心を……。
「いや、そんなこと関係ないよね。例えそうだったとしても、おかげで私は立ち直れた。
それで十分だもん」
 そう呟くと、顔良は金光鉄槌をしっかりと構え、両脚で大地を踏みしめ踏ん張る。
 次の一撃で決める。その決意を心に秘めて――。

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