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613 名前:一壷酒 ◆1KOsYU0skY [sage] 投稿日:2009/08/29(土) 21:29:57 ID:Oj8M/ZB70
いけいけぼくらの北郷帝第二部北伐の巻第三回をお送りします。
蜀以降、傍観者的な立場の一刀さんですが、次回以降は、彼自身が関わる政治と軍事の話が増えて
いきます。どちらかというとのんびりなのは今回まで。次回には北伐の話が出る……かな。

☆★☆注意事項☆★☆
・魏ルートアフターの設定です。また、その後、変遷を経ていますので読まれる前に、第一部及び
第二部江東の巻をご覧いただけると幸いです。
・エロあり
・魏軍以外の人物への呼び方・呼ばれ方は、知り合うシチュエーション等が異なるため、ゲーム中と
相違があります。
・史実とゲーム内情勢に関する独自解釈があります。五斗米道等。
・(現状では)恋姫キャラ以外の歴史上の人物等の名前は出るものの、セリフはありません。
・物語の進行上、一刀の性的アグレッシブさは、真より上になっています。これでも無印ほどでは
ないと思います。
・『北郷朝五十皇家列伝』は読まなくても本編を読む上ではなんら支障がありません。また、妄想
(暴走)成分が過多です。お気をつけください。

いつも通り、本編はtxtで専用UP板にアップしましたのでご覧ください。
URL → http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0401


五十皇家列伝、道家の抜粋は「その三」までありますが、少々調べないといけない事が発生したので、
「その二」以降はまた適当な機会に。今回は劉家です。
それではまた来週。



いけいけぼくらの北郷帝 第二部 北伐の巻 第三回



 時が止まったかのような沈黙の中、美羽の瞳も俺の瞳を見つめ続けて一瞬たりとも離れようとしない。その碧の瞳に彼女を覗き込む俺が映っている。おそらくは、彼女も同じように自分の像と対面しているだろう。
「そう言うことの意味、わかって言っているんだよな」
「当たり前じゃろ。妾をなんと心得る」
 彼女は自分は大人だと言っている。
 そして、この場面でのそれは……。
「本気なんだな」
「くどいのじゃ」
 そう言い放った後で、不意にうつむく顔。
「興味がないと言うのなら……」
「いや、そうじゃない」
 膝の上の体を、ぎゅうと抱きしめる。その腕に伝わる彼女の体の感触が、やはりもう子供ではないことを伝えていて、一抹の寂しさを覚える。
「そ、そうか」
 小さくごにょごにょと呟いた後で、自分の体を抱きしめている俺の腕に、指で触れてくる彼女。そのおずおずとした、けれど触れずにはいられない、といった動きが、なんだか面白いものを見つけた時の子供のようで。
 なぜだろう、その仕種を見て、俺は心を決めた。
「全部俺に任せてくれるか?」
「当たり前じゃろ。妾は何も知らんのじゃ。佳い男は、女をうまく導き誘うものじゃと七乃が言うておった。だから、一刀、良きにはからえ」
「はは。さすが七乃さんだな」
 俺は彼女を膝から下ろす。美羽はおとなしくそのまま立っていてくれたので、改めて抱え上げる。これまでしたことのない、膝と背中を支える抱き上げ方──いわゆるお姫様抱っこで。軽く促して、彼女の腕を俺の首に回させ、姿勢を安定させる。
「むぅ、寝台に行くくらい、歩いていってもよいじゃろ」
「こうしてくっついて行くのがいいものなのさ」
「ほー……そういうものかや」
 美羽は知らないこととて、本当に素直だ。実際のところ、美羽は不意に思いついたわがままを言う時以外、基本的に素直に言うことを聞く。ただし、本当に聞いているだけで、実行が伴わないことや、次の日には忘れていることも多いけれど。
 寝台にはすぐに着く。なにしろ、洛陽の部屋でもないし、南鄭の城内の一室を借りているだけだから、仕事机と食事をする卓、寝台くらいしかない部屋なのだ。
 寝台の端までくると、向きを変え、彼女を抱えたまま腰掛ける。再び膝の上に乗る形になった美羽は、じっと俺のすることを見つめている。
「緊張していたりする?」
「なんでじゃ?」
 きょとんとした顔で訊ね返される。
「初めてのことだからね」
「そんなもの、いくらでもあるじゃろ。城を追われて以来、毎日毎日新しいことばかりじゃ。かえって退屈せんでいいぞ?」
 それから、そっぽを向いて小さな声で続ける。その顔が少し赤らんでいるのが見えた。
「さっき一刀に……を言うた時のほうがよほどどきどきしておったのじゃ」
 あまりに小声で一部聞き取れなかったけれど、先程の告白のことだろう。たしかに、そこまで冷静でいられたらびっくりしてしまう。しかし、頬を染めてそう呟く美羽は、あまりに可愛らしかった。
「こっち、向いて」
「ん」
 顔を戻すところで、彼女を引き寄せ、唇を重ねる。目を丸くして、一瞬体を固くする美羽だったが、なにをされているか理解したらしく、首に回した腕を俺の肩と腕にかけなおし、目を閉じる。
 唇をただ重ねるだけのキス。
 だが、その触れる口唇の柔らかさはなによりも俺に、美羽が──これまで小さな妹のように思っていた少女が、一人の肉を持つ女だということを伝えてくれる。
 なんだかぷるぷる震えだしたので、一度口を離すと、ぷはああっ、大きく息を吐き、急いで息を吸い込む美羽。
「鼻で息していいんだよ?」
「そ、そういうものかや」
 美羽は素直だが、これからなにが行われるかうまく想像できずに、どう動いていいかわからないらしい。緊張してがちがちの状態や、暴走されてしまうよりはましだが、少々やりにくい。
 うまく彼女を誘導する方法はないかと考えて、すぐに思い当たる。彼女を膝の上から下ろし、寝台に座らせた。
「少し待っててな」
「うむ……?」
 食事や雑務用の卓に七乃さんが置いていった蜂蜜壷を手に取り、封を開ける。指をつっこんで蜂蜜を一掬いし、口に含む。
 甘い。甘みが舌の上から広がっていくようだ。
「ずるいのじゃ。妾も舐めたいのじゃ」
 腕を振り上げて抗議する美羽。普段は美羽のご相伴に与ることはあっても、俺から蜂蜜を舐めたりしないだけに、かなり驚いて、裏切られたかのように目を見開いていた。
「うん、だから、とってごらん」
 舌の上に蜂蜜を溜め、口の中を見せつけながら、そう言う。とっれこらんとなっているのは、まあ、ご愛嬌だ。
 寝台に近づいていく俺を見ながら、美羽は何事か考えていたようだ。寝台脇の台に俺が蜂蜜壷を置くと、何事か悟ったように、ぽんと手を打ち合わせる。
「うむ、悪逆非道の一刀から蜂蜜を奪い返してやるのじゃ!」
 ふざけた調子で言って、自分で笑い転げ、その後、隣に座った俺の頬に手を伸ばす美羽。その碧の瞳が潤み、灯火に煌めいて、そのことに俺はどきどきしてしまう。
 引き寄せる小さな手に合わせて体を寄せる。まず、鴇色の舌が突き出て、口の周りをぺろぺろと舐め回された。少しくすぐったいが、美羽の舌が触れる感触は気持ちがいい。
 次いで、さらにぐっと引き寄せられ、唇が重なり、その間から、舌が侵入してくる。俺の舌の上の蜂蜜を舐め取ろうとするので、こすりつけるようにしてやる。美羽の舌は、俺の舌と絡み合い、たまに自分の口の中に戻って、ごっくんと口の中のものを呑み込んでいる。
 部屋の中には、俺と美羽の立てる息の音、そして、二人の口の中のくちゅくちゅという水音だけが響く。
 もはや蜂蜜などなくなっているというのに、美羽は俺の口内を舐め回すのをやめない。その胸が大きく動き、荒い息が口の端から漏れるのも気にならないように。俺は口の中に唾をいっぱい溜めると、美羽の中に流し込んだ。
「はふぅ……」
 少し開いた口の端からそんな溜め息のような声を上げながら、彼女は俺の唾をそのまま喉に落としていく。
「……一刀の口の中は甘いのぉ」
 美羽は口を離すと、息を整えながら呟いた。なぜ、自分の息が荒くなっているのか、いま一つわかっていないようでもあった。
「体の中に蜂蜜でも隠しておるのではないか?」
「どんな体質だ。でも、俺も美羽の舌は甘く感じるよ」
「そ、そうなのかや?」
 びっくりする美羽の耳元に口を近づけ、囁く。
「大好きな娘の体はどこも甘く感じるものさ」

「そ、それで次はどうするのじゃ」
 蜂蜜を使って何度か口づけを交わした後、焦れたように美羽が叫んだ。美羽の体も赤く染まって、息もずっと早いままだし、彼女の言う通り、そろそろ次に行ってもいいかもしれないな。
「まずは服を脱いで……」
「ん、そうか」
 言うなり、彼女はさっさと立ち上がり、服を脱ぎ始めてしまう。ああ、そのひらひらの服って、だいぶ簡単に分解できるんですね。
 やはり、姉の麗羽と同じく、多くの人間にかしずかれ、着替えも多くの人間の手で行われていたせいか、その手の羞恥心はないのだろうな。ただ、美羽には、脱がせるのも楽しみなのだということをいつか教えてやらないといけないだろう。
 そんなことを思いつつ、早々とすっぽんぽんになってしまう美羽を見ていると、こちらも脱がないわけにもいかない。
 お互いに服を脱ぎ向き合うと、半ば立ち上がりかけた俺の男性器を見て、美羽が声を上げる。
「おぉ、それが男のものか」
「うん。びっくりしないでくれよな?」
 知識のない娘、ということで、詠との初めての時の記憶が蘇る。あれは、痛かった。
 本当に。
「うん? じゃが、本物を見るのは初めてじゃのぅ」
「本物?」
 その口ぶりに疑問を抱き訊いてみると、身振り手振りを交えつつ説明してくれる美羽。
 彼女の話によれば、不思議な蜂蜜を舐めたせいで、美羽自身と七乃さんに男性器が生えたことがあったそうだ。いい加減この世界にも慣れたと思っていたが、さてさて、まだまだ不思議が隠れているものだな。
 ともかく、生えてしまったものをなんとかせねばならない、と色々した結果、精を放てばなくなるのではないかということで、美羽のために七乃さんが処女を捧げる結果になったらしい。七乃さんからすれば、ある意味千載一遇の機会だったのかもしれないけど。
「それで、なくなったんだ?」
 美羽の体を見ても、そんなものは生えていない。まだまだ成長途中ながら、綺麗な女性の体をしている。
「うむ、妾はの」
 頷く美羽。でも、何度も抱いたけど、七乃さんにもそんなのなかったけどな。
「七乃の時はのぅ、なにしろ妾が舐めたあとじゃったからな。量が少なかったのであろ。妾が手でしてやったら、すぐにのうなってしもうた」
 ああ、そういうことか。美羽と七乃さんの体の大きさも違うから、効きも違ったのだろう。
 しかし、精を放てる男性器が生える蜂蜜なんて便利なもの、華琳が知ったら、山狩りしてでも手に入れそうだな。いや、蜂蜜だからそうなったというより、そういう不思議な蜜を作り出す花かなにかがあると考えるべきか。
「じゃから、生来の男のものを見るのは一刀が初めてなのじゃ」
 美羽はじーっと俺のものに釘付けだ。怖いとかそういう感覚はなく、ただ珍しいものを見て興奮しているように見える。
「触ってみる?」
「う、いいのかや?」
「強く握ると痛いからね」
 美羽を寝台に跪かせ、俺は寝台脇に立つ。
「うむ……」
 おずおずと指で触れてくる美羽。その刺激に反応して、少し大きくなり、持ち上がる逸物。
「おぉ?」
「興奮すると、大きくなるからね。いまはまだ大きくなりきってない状態だよ」
「こ、これ以上? 妾の時は、いまのこれより小さかったように思うのじゃが……」
 本物はすごいのお、などと言いながら、また触れてくる美羽。そのたどたどしい指の刺激が、俺の興奮を募らせる。とはいえ、あまり一気に大きくすると驚かせてしまうだろうと、なんとか我慢したりもしている。
「ちょ、ちょっと待ちやれ。ということは、これが妾に入るということかや?」
「あー、うん、そういうことになるね」
 段々と大きくなっていくものを見ていてようやく思い当たったのか、急に顔を青ざめさせた美羽が叫ぶように訊ねてくる。
「こ、こ、こ、壊れたり?」
 声がうわずって、言葉も途中で切れてしまっているが、言いたいことはわかる。
 驚きながらも言われた通り、力を入れずに指を絡めている美羽の頭をゆっくりとなでる。
「ちゃんとほぐしてから入れるから大丈夫だよ。本当に無理そうならすぐやめるって約束する」
 破瓜の痛みはしかたないにしても、それ以上のものを与えるつもりはないからな。美羽の体は小さめだし、受け入れられない可能性もある。その場合は当然取りやめるつもりだった。
「そ、そうか。ならばよいのじゃ」
 その後で、可愛らしく首をかしげる。
「しかし、実際、どれほどになるのかの?」
「ん、見てみる?」
 こくりと頷くのに応えて、腰に力を込める。みるみるうちに太さと長さ、それに硬度を増して、腹にくっついていく俺のものを凝視し続ける美羽。
「ひぅっ」
 彼女はそう小さく叫んで硬直した。


 固まってしまった美羽を再び解きほぐすのはなかなか骨が折れた。しかし、ずっと抱きしめて、いろんなことを話し、キスを体中に続けていると、ようやく落ち着いたのか、俺の愛撫に応えて身をよじるようになった。
「ふみゅう、なんだか、体が、あつい、の、じゃー」
「それでいいんだよ。そうして、体が俺を受け入れる用意をしてくれてるんだ」
「おまたがなんだか変なのも?」
「うん、そう」
 お腹をさするようにしてから、金色の毛がうっすらと生えたその場所に手を進めていく。知識がまるでない分、忌避感や羞恥心がなく、ただ、あるがままに受け入れてくれているのがありがたい。
「ふみゅ、はふ、なぁう……」
 なんだか猫のような喘ぎを漏らしながら、俺の動きに応える美羽。秘裂に触れると、すでに潤んでいた。快楽は花開いていなくとも、体のほうは準備を整えてくれているってことか。
 ゆっくりと入り口を開くように、陰唇をなぞる。美羽自身の液を塗りつけて、滑るようになであげていく。
「そこ、いじられると、なんだか、変、なの、じゃあ……」
「そうしているからね」
 言いながら、おでこにキスをする。美羽も俺の肩に唇をあて、すがりつくように腕を回してくる。
 そのまま、その場所を愛撫する。恥丘から陰唇全体を包み込むようにして、温めるようにゆっくりと。
「どれ、くらいっ、にゃあっ、する、のじゃ……?」
 自分の中に生じている初めての感覚に不安を覚えているのか、小声で訊ねてくる美羽。
「そろそろ大丈夫かな」
 美羽の性感の発達具合から考えて、初めての挿入でなんらかの快感を得るのは難しいだろう。ならば、まずは慣れるためにも、不安を払拭するためにも一度終わらせてしまうのがいいだろう。
「少し痛むかもしれないよ」
 体を起こし、逸物を彼女の桃色の秘肉にあてながら言う。だが、彼女は笑顔を浮かべて見せる。
「でも、しかたないであろ。一刀に……妾をあげたいのじゃ」
 その言葉に耐えきれず、俺は腰を進めた。抵抗を感じながら、狭い肉の隧道を押し広げるのを止められない。
「いたっ、痛いのじゃあっ、一刀ぉっ」
 美羽は体をよじり、けれど、俺が彼女の体を押さえるのには抵抗せず、声を上げる。その声に胸が痛みながら、亀頭を包み込む肉の温かさと快楽にも抵抗できない。さすがに全部は入れず、半ばまでいったあたりで少し抜き出し見下ろせば、俺のものに絡む美羽の液に、じわりと赤い色が混じっているのが見えた。
「入ったよ、美羽」
「うん、一刀、一刀ぉ」
 手を開いて呼んでくるので、体を倒し、抱きしめる。その目の端に溜まった涙を舌で舐めとってやる。
 少し、塩辛かった。
「嬉しいよ、美羽」
 謝るのはなにか違うだろう。そう思って、そんな言葉を発する。
「いたい、いたいけどっ」
 わめきながら、美羽は泣き笑いのような表情を浮かべる。
「妾も嬉しいのじゃ!」
 彼女はそう誇るように言い放った。
 痛みを与える俺を責めていいのか、喜んでいいのか、よくわからないといった表情で。


 俺と美羽は繋がったままで、寝台の上でぽつぽつと言葉を交わしあっていた。
「むぅ? 二度も出したのに、妾の中で、まだ大きいのう?」
 腹をなでるようにしながら、美羽が意地悪な笑顔を浮かべる。
「はは。美羽が気持ちよすぎてね。まあ、さすがに今晩はこれ以上するのは美羽がきついだろうけど」
「うむ、ちょっとお腹が変な感じなのじゃ。二度目はなんとなくふわふわして気持ちよかったのじゃが」
「それがもっと気持ちよくなるようになるよ。慣れていけばね」
「うむ、頼んだのじゃ」
 楽しそうに笑う美羽を見ていると、こちらも自然と笑顔になる。つい、その美しい金髪の頭をなでてしまう。
「で、今日のところは、妾が手や口ですればよいかの?」
 俺のものが入っている自分の下半身を覗き込むようにして訊ねてくる仕種も可愛らしい。
「いやいや、美羽はもう充分がんばったから。ちょっと、抜くよ?」
「んっ、くふぅ……」
 猫が喉を鳴らすような鼻にかかった声。俺は、彼女の中から完全にそれを抜き出すと、立ち上がり、出口の扉に向けて早足で向かった。
 なんじゃ? と寝台の上で上半身を起こす美羽をよそに扉を開け、その陰にいた人物を見下ろす。
 彼女は大きな目をさらに見開き、驚きと羞恥の入り交じった顔で俺を見上げていた。股間に入り込んでいた指を急に引き抜いたせいで、妙に大きく水音が響いた。
「美羽はがんばってたよね。ね、七乃さん?」

「七乃!?」
 美羽の声にはじかれたように立ち上がる七乃さんの手を取り、素早く室内に引き込んで、扉を閉める。
 七乃さんは両手を掴まれたまま、観念したようにうつむいてしまう。本気で抵抗されれば俺一人じゃ押さえることもできないけど、この様子だとそれはないだろう。
「あ、あの、違うんです、その……」
「覗いてたよね」
 両手を持ち上げ、万歳の格好になった七乃さんに詰問する。
「あの、美羽様が遅いな、と思って、その、様子を見に……」
「嘘。七乃さん、美羽が来た直後から潜んでたの知ってるよ」
「え!」
 真っ青になった顔を上げ、俺を見つめる。その瞳に理解の色が浮かんだ。
「恋さんが途中で出ていったのは、お嬢様と一刀さんを二人にするためじゃなくて……」
「そ。七乃さんがいるから護衛は大丈夫だろうと、下がったのさ。なにがあっても、七乃さんは美羽を守るからね」
 小声で言うと、七乃さんの顔が諦めに彩られた。俺は彼女の手を離し自由にする。
「むぅ、七乃に覗かれておったのか」
「お、お嬢様、あの……」
「まあ……一刀と妾が愛しあっておるのを誰に見られても、別に恥じることなぞないが……見られっぱなしというのも業腹じゃのう」
 泰然としている美羽に対して、七乃さんは珍しくうろたえている。このあたり、美羽はさすがの大器だ。
「人の情事を覗いたのじゃ。妾にも七乃の睦むところを見せてくれればおあいこということになろ?」
「おいおい」
 美羽の提案に苦笑する。七乃さんが覗きをしていたのは美羽が心配だからというのが一番先にあったろうし、ただ少しからかって終わりにするつもりだったのだけどな。
「なんじゃ、一刀とはいつもしておるのじゃろ?」
「いや、それは……そうですけど、でも、あの……」
「美羽、無理強いしちゃだめだよ」
 さすがに口を挟む。七乃さんを抱くことそのものは望むところだが、それを他人に見せるかどうかは別の話だ。見られて喜ぶ女性ならそれでもいいのだが……。
「むぅ」
 しょんぼりとする美羽。そんな主と俺の顔の間に視線を二度三度と往復させた後で七乃さんは決然と頷いた。
「美羽様」
「ん?」
「私と一刀さんがしているところ、見たいですか?」
 真剣な問い掛け。それに対して美羽は無邪気に頷いた。
「うむ。妾は七乃のはじめてを貰うたしの。その後、一刀にどう可愛がられておるのか、主として確認せねばなるまい」
 美羽の言葉はまっすぐで、おそらく本当に言葉の通りの責任感もある。だが、七乃さんが彼女を見つめる瞳は主従の絆を超えて、淫蕩に濡れているように思えた。
「じゃあ……しましょ、一刀さん」
 そう言う声も、また、熱くいやらしく響いた。

 七乃さんを愛撫してとろかせる必要はなかった。すでに彼女の体は熱く滾り、秘所からはとろとろと蜜が垂れ落ちていた。
「むぅ、七乃はなんで準備ができておったのじゃ?」
 七乃さんの頭の側に座り、俺と繋がっているところを熱心に見ている美羽が訊く。
「それは……ふわっ、あのっ」
「覗きながら、興奮していたから、だよね、七乃さん」
 彼女を激しく突き上げ、いいわけを封じる。七乃さんは喘ぎ声を上げながらがくがくと頷いた。
「ふーん、そうなのかや、七乃?」
 美羽の目が意地悪く鈍く輝く。あ、これ、見たことあるぞ。桂花を苛める華琳そっくりの目だ。
「麗羽姉さまではあるまいし、妾が見られて喜ぶとでも思うたか?」
 にこにこと美羽は微笑みを絶やさず、辛辣な言葉を連ねる。その言葉が届く度、七乃さんの体にはぞくりと震えが走る。俺はそのかすかな震えに快感を刺激され、腰と指の動きを加速せずにいられない。
「ち、ちが、私は! ああああ、かずと、さ、すこ、すこし、おさえっ」
 ぴんと立った乳首をつまみ、彼女の声を引き出す。七乃さんは押さえろと言いながら、まったく俺の動く邪魔をしようとはしない。
「それとも、妾が一刀に貫かれ、鳴いておるのを、愛されておるのを見て、己の快楽としておったか?」
 囁くように続く美羽の言葉。それほど麗しく響く彼女の言葉を俺はそれまで聞いたことがなかった。あまりに凄艶で妖しいその美羽の言葉が七乃さんの快楽を引き出していることが、触れる場所全てから伝わってきた。
「わた、私は!」
「妾の処女の証を奪った同じ陽根で突かれて、そのように享楽の声を上げることを望んでおったのじゃろ? 違うか、七乃よ」
 もはや、七乃さんの喉からは声も出ない。彼女の瞳はその主だけを写し、体は俺からもたらされる快感をむさぼっている。
「思う存分感じるがよい。妾を女にしてくれた太くて長いものが、いままさに主を貫いておるぞ」
 それが決定打になった。
「あああああああああっ」
 途切れのない嬌声を上げ、七乃さんは絶頂を迎えた。

「美羽」
 意識を失った七乃さんを前に、ちょいちょい、と手を動かして呼ぶ。
「ん」
 俺の横に来た美羽を抱き寄せ、口づける。その途端跳ね上がった俺のものに反応したのか、七乃さんが呻きを上げていた。
「しかし、美羽は七乃さん相手にはすごい意地悪なんだな」
 そう言うと、無邪気な仕種で首をかしげる美羽。
「七乃は、妾の意地悪なところが好きと言うておったのじゃ。じゃから、たっぷり意地悪をしてやるのが優しさというものであろと思うたのじゃが、いけなかったかの?」
「いや、七乃さんは喜んでたけどね」
 ほんの少しだけ、仲間外れにされた気分があったけど。
「次は一刀が意地悪をしてやったらどうじゃ?」
 ふむ、それもいいな。
「じゃあ、二人で七乃さんを苛めちゃおうか」
「おー!」
 元気に腕を振る美羽に笑みを見せながら、俺は、ぼんやりと覚醒し始めた七乃さんに挑みかかるのだった。


「こんなことになるなんて……いえ、薄々予感してたような気もしますね」
 七乃さんは俺にもたれかかり、彼女の膝の上で丸まる美羽の頭をなでながら呟いた。美羽自身はすーすーと規則正しい寝息を立てている。
「最近、お嬢様を政務の場に連れて行く時、華琳さんの真横に並ばせないよう気をつけているんですよ」
「ん?」
「ほら、背のほうが……」
 言いにくそうに口籠もる。魏の勢力圏内で華琳の背の話をするのはたしかに憚られる。
「あー……」
「特に、高い沓を履いているから、下手をすると……。確かめてみたことはありませんけどね」
 それほど大きくなっていたか、とまるで黄金の毛布に包まれているような美羽を見下ろして感慨に耽る。俺などより、七乃さんのそれはもっと深いものだろう。
「一刀さん」
「うん」
 不意の呼びかけ。顔の見えない七乃さんの雰囲気に、背筋が冷たくなった。
「わかってるとは思いますけど、お嬢様を裏切ったりしたら……殺しますよ」
「ああ」
 そんなことになったなら、殺されてもしかたないと思う。だが、そんなことにはならない、と確信を持って言える。だから、俺は、七乃さんにもそんなことにはならないよ、と声に出して答えた。
「俺は美羽も七乃さんも愛しているんだから」
「もうっ」
 腿の肉をきゅっとつねられる。
 結構痛い。
「でも、そういうことなんでしょうねえ……」
「え?」
「一刀さんが、美羽様を裏切るような人だったら、私が手を下すまでもなく、もうとっくに死んでいるだろうってことですよ。政治的にも、文字通りの意味でも」
 真剣な声音。そして、彼女の言うことはとても正しい。
「はは、物騒だな」
「そういう物騒な世界にどっぷりと浸かってるって自覚、あります?」
 少し心配そうな声が、かえってつらい。しかし、彼女にしてみれば、いや、俺を思ってくれている人達、皆がそのことを心配してくれているような気がした。
「……その質問はちょっと痛いな」
「自覚している『つもり』はあるみたいですね」
「ああ、ただ、たまに頭と体がついてこなくなる」
 小さく溜め息をつかれた。
「まあ、いまはそんなところですかねー」
 失望でも、諦めでもなく、まずは安堵の息。
 あくまで、いまのところは。
「そう悪しざまに言うてやるな、七乃」
 不意にかけられた声に、俺も七乃さんも硬直してしまう。当の美羽は半分眠っているのか、瞼を開こうとせず、七乃さんの膝の上でごろごろ動き回りながら言葉を続ける。
「昔、妾がほんの小さな子供じゃった折、城内で、見慣れぬ小生意気な女子に会うたことがあった」
 突然にはじまる昔語りに、俺たちは聞き入るしかない。
「ひとしきり遊んでやった後、そやつはな、自分はいずれ天下を取るとぬかしおった。妾はそこで親切にも言うてやったのじゃ。『妾のような子供一人、友とできぬに、天下など片腹痛い』と」
 くすくすと美羽は体を震わせて笑う。
「ふふん、あれは、いま思えば孫策だったのであろ。いま、あやつがそれを覚えているかどうかもようわからぬがのぅ。……七乃。一刀は三国にたくさんの友がおるのじゃ。まずはそれだけで充分じゃ。そうじゃろ?」
 雪蓮と美羽か……。雪蓮もその頃は若かったのだろうな。小さな美羽に見透かされるくらいに。
 いまは、雪蓮も俺の友で、大事な人の一人。
「そうですね。美羽様」
「うん、そうなのじゃ……一刀は、きっと……あふ……」
 むにゃむにゃと何事か呟きながら、美羽は再び眠りの園へと帰っていく。その満腹の猫のような満足そうな寝顔を見ていると、段々と体の力が抜けていき、七乃さんと俺も、彼女と同じように眠りの国へと誘われていくのだった。


 ついに祭りも最終日。
 目玉中の目玉である、数え役萬☆姉妹による大公演が開かれようとしていた。
 これに先立って、今日の昼を境に、街から芸人が撤収していた。連日、鮮やかな色や派手な動きに彩られていた街路は、呼び込みの商人たちによる掛け声や出店のおかげで静まりかえったりはしなかったものの、この祭りの期間を通じてのにぎやかさは明らかになくなり、それだけに唯一芸が披露され続けているこの特設舞台の華やかさが一層際立っていた。
 この街に集まった旅芸人たちの中でも選りすぐりの芸の持ち主たちが、昼頃から連続で、とっておきの芸を見せ続ける。
 観客席はとっくにいっぱいになり、あふれた観客たちは舞台を囲むようにして人垣をつくる。そんな彼らの興奮も時間が経つに連れ、さらにさらに膨れ上がる。
 そして、数え役萬☆姉妹の登場まで後一つの演目を残すのみとなる。
「皆のものー、妾の歌を聞くのじゃーっ!!」
 その舞台の上では、美羽と七乃さんが、有らん限りの声援を受けていた。
「大丈夫なの、あれ」
 俺は舞台袖から、はらはらしながら、美羽が跳ね回り、蜂蜜の素晴らしさを歌い上げるのを見ている。
 月や詠と言った面々も一緒だ。天和たちは貴賓席を用意してくれたのだが、俺たちは元々彼女たちの公演を間近で観る機会も多いし、混乱の中に巻き込まれると大変ということで、大半が舞台袖に来ている。例外はこういう催しが大好きで特等席で見たいというシャオと、くじ引きで警備の任を引いた翠、沙和、子龍さんの三人くらいだ。
「まあ、どうせちぃたちの前座だし」
 地和はそう言いながらも、美羽の動きをしっかり観察している。美羽の自然な動きがどう観客の反応を引き出すか、理解しようとしている風に見える。
「実際、袁術さんは歌が上手い。鍛えれば、私たちを脅かしかねないくらいに」
 同じく舞台と観衆を観察している人和が鋭い口調で言う。これだけ真剣に言うってことは、よほど実力を認めているのだろう。
 たしかに美羽の歌は可愛らしくて、上手いと思う。ただ、やはり声の張りや声量の面ではどうしても負けている部分がある。そのあたり、真桜開発の拡声器で補っているが、スピーカー単体はともかく、アンプとそこまで信号を持っていく技術がそれほどよくないからな……。いずれにせよ、本来この時代にはありえないものではあるのだが。
「歌もそうだけどー。あの金髪はうらやましいってお姉ちゃん思うな。照明にきらきら光るし、長くて綺麗だから、跳ねて動きが大きく見えるんだよねー」
 一人座ってゆったりと見ている天和の考察もなかなか鋭い。にこにこしているように見えて、たまに目が鋭く光ったりするんだよな。彼女ばかりは天然なのか計算なのかいまだにわからない。
「はあ……袁術が」
「不思議な光景ですな」
 蓮華と思春にとっては、目の前で展開されているのは理解不能なものらしい。自分たちに追放された美羽が、呑気に歌って踊っているという時点で、真面目な気風の呉の人間にはよくわからないという感じかもしれないけど。
「とはいえ、これだけの民の熱狂。下手をすれば戦場より激しいやもしれぬな」
「はい。恐ろしいものです。詳しい分析を、亞莎あたりに依頼すべきでしょうか」
「考えるべきかもしれないわね。市井の民の勢いというものがこれほどだとしたら……」
 あらら、いつの間にか政治談義になってるぞ。根っから真面目なんだなあ。とはいえ、実際、数え役萬☆姉妹を魏軍の士気高揚に使った例もあるので、的外れとも言い切れない。
「璃々もお歌、歌いたいー」
「ええ、もっと大きくなったらね」
 紫苑の娘の璃々ちゃんは、母親に抱えられて、手を振り振り美羽の歌を眺め、たまに後について歌っていたりする。この光景を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。
「そういえば、美羽ちゃんたちは、何曲くらい歌うんですか?」
「えーと、この予定表によると、三曲、かな」
 月の質問に、懐の紙を取り出して確認する。
「それ以上は喉が厳しいからねー。まあ、最終日だから多少疲れても構わないけど、潰しちゃうのはかわいそうだし」
 補足してくれたのは地和。段々と出番が近づいてきたからだろう、喋っている言葉はそう剣呑でもないのに、雰囲気がぴりぴりしてきている。
「この曲で終わりね。でも、全部蜂蜜がらみなのね」
「ま、まあ、甘さとかから恋愛や未来の明るさを連想させるって手もあるわけだし」
「そんなことほんとに考えてると思う?」
 詠のじろりと見上げながらの問いに、思わず答えに詰まる。
「……いや、まあ……」
 それらをほのめかす詩を書いたのは七乃さんだろうが、歌う美羽は本当に蜂蜜の歌だと思って歌っていることは間違いないからな。
「おいしそうな歌」
 恋の感想のほうが、ある意味では正しいのかもしれない。そんな恋に、華雄が竹筒を差し出す。舞台に出る美羽や天和たちのためにつくってきた自家製スポーツドリンクだが、かなり多めにつくってきたので、恋に一本分け与えても問題ない。
「これでも飲んでおけ。多少、蜂蜜も入っているぞ」
「ありがと」
 恋と華雄のそんなやりとりを横目で見ていると、声がかけられた。
「一刀」
 天和が立ち上がり、舞台袖でも、独立した区画になった場所を指さしている。俺が促されるままそちらに向かうと、彼女も動き出す。同じように地和と人和もその場所に入っていく。
 薄暗いその場所にまで、人々の声援は聞こえてくる。いま、ちょうど美羽たちの歌が終わり、歓声がひときわ大きく上げったところだ。
「がんばってくるからね」
 天和が相変わらずの人を惹きつける笑顔で、俺に言う。
「ちょっと熱狂されすぎて、怖いくらいだけどね」
 地和の言葉を裏付けるように、彼女の肌には鳥肌が立っている。俺も、これだけの民の熱気を浴びると、人ごとながら震えが来る。
「一刀さんのため、みんなのため、歌ってくる」
 人和が決意を込めて宣言する。
 俺は三人の手を取り、重ねさせると、自分の掌もそこに重ねた。
「全部見守っているよ。だから、思う存分やって来い!」
「うん!!」
 三人は大きく頷き、顔を見合わせて、一つ笑った。そして、駆けだしていく三人のアイドルたち。
 俺は彼女たちの背中を見つめ、ただただその舞台の成功を祈った。

「おー、一刀。どこにいっておったのじゃ。妾の歌を聞いておらなんだのかや?」
「いやいや。三姉妹と活入れしてたんだよ。美羽は可愛かったよ」
 戻ると、美羽が七乃さんに汗をふいてもらいながら、次々と竹筒から水を飲んでいるところだった。いくら蜂蜜入りとはいえ、普段の蜂蜜水よりは薄いし、汗をかいているから余計に物足りないのだろうな。
「当たり前じゃろ。妾じゃぞ。しかし、まあ、妾の時もすごかったが、えらい勢いよの」
 呆れたように言う美羽の言葉通り、舞台では、おなじみのやりとりをやっているところだが、その勢いはものすごい。
「とっても可愛い?」
「れんほーちゃあああん」
 その大地を震わせるような叫びに、七乃さんは唇をとがらせ、美羽の頭を愛おしそうに抱きかかえる。それに抵抗して、わたわたと暴れる美羽。
「美羽様のほうがこんなに可愛いのにー」
「うわ、七乃。いまは暑いのじゃー」
「まあ、あれは様式美とでもいうべきものだからね」
 とはいえ、今回の観客の勢いはとてつもない。人数だけなら、数え役萬☆姉妹単独でも、もっと大きな公演をやったことがあるだろうが、長期間の祭りと前座で温まりきった観客たちは一人一人の反応がまるで違う。彼女たちもその渦にのせられて、動きや声が一段と素晴らしいものになっているようだった。
 数え役萬☆姉妹の動きにのっていた璃々ちゃんが、不意に不思議そうな顔をした。
「おかーさん、しゃおれんおねーちゃんがいるよー」
「あら、本当」
 どれどれ、と覗き込んでみると、最前列で、ほわああああっ、と腕を振り上げているシャオ。
「……まあ、祭りを楽しむくらいはいいだろう。我々も見物に来ているのだしな」
「護衛の兵は……ああ、いるようですな」
 蓮華たちもシャオを見つけたらしい。思春が呉の護衛を見分けたようだが、そのあたりもちゃんと考えてはいる。会場に変なのが入り込んでいて、天和たちの公演を台無しにするなんて許せないからな。
「うちからも、各所に兵を入れてあるよ。華雄や恋にここに待機してもらっているのも、なんらかの緊急事態に対応してもらうためだしね」
「あら、そうだったの? てっきりみんなを連れてきてるだけかと思ってたわ」
「それもあるさ。これを見逃す手はないだろ?」
 まあね、と詠は首肯する。実際、彼女もずっと舞台を見つめている。照明で煌々と照らしだされた舞台の上では、天女と見紛うばかりの三人が、その体中を使って様々な表現を行い、その喉から美しい歌声を紡ぎだしている。
 衣装が翻り、髪がたなびき、歌が天に広がり、歓喜の声が地を揺らす。
 その中で、詠は小さく呟いた。
「あとは、張魯の託宣とやら……ね」
「ああ」
 その言葉に、俺は、小さく、けれど苦々しく頷くのだった。


 龍が、いるらしい。
 空いっぱいに広がるように黄金の龍がとぐろをまいて大観衆を見下ろしているらしい。
 らしい、というのは俺にはさっぱり見えないからだ。
 すさまじい高揚と熱狂をかきたて、数え役萬☆姉妹の公演は大成功に終わったかに見えた。興奮冷めやらぬ聴衆たちのアンコール──俺が取り入れた風習──に応え、一度舞台袖に戻っていた彼女たちは──ぎゅっと俺を抱きしめた後で──張魯さんと共に再び舞台へ向かった。
 ついに教主様が託宣を我々に授けて下さる、しかも天女様たちと一緒に! と観客の昂りは留まるところを知らなかった。
 その場で、張魯さんは、いま、ここに龍がおりてきている、と宣言したのだった。
 そして、その言葉を受けた観客たちは、天空に飛翔する龍の姿を実際に見ているらしい。俺にはそろそろ星が見え始める夜空しか見えないのだけどな。
「龍……」
「見えますか、蓮華様」
「いや、見えぬ。見えぬが、やはり龍と聞くと……」
「ああ……まだ……」
 よくわからないやりとりをしているのは、蓮華と思春。彼女たちにも見えていないようだ。舞台袖では龍が見えると騒いでいる面々と、なにが起こっているのやら首を捻っている人間と、ふたつに分かれていた。
「おー、龍じゃ。龍じゃ。綺麗じゃのう」
「そうですねー」
 いたって呑気な人たちもいるけど。
 そんな中で、ぶるぶる震える月に取りすがられている詠が声を上げる。
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて。いい? あれがなにに見える?」
「りゅ、龍だよ、詠ちゃん」
「おかーさん、りゅうー、りゅーだよー おっきいよー!」
「あら……そうなの? 璃々」
 紫苑も腕の中でばたばた暴れる璃々ちゃんに不思議そうだ。璃々ちゃんは怖がっているというよりは興奮しているだけみたいだけど。
「月と璃々は龍に見えるわけね。ボクもそう見えるわ。美羽たちも見えるみたいだけど……恋、なにがある?」
 詠の質問に、首をかしげながら、恋が答える。
「……光の……帯?」
「華雄は?」
「膨大な氣が集まっているな。とはいえそれだけだ」
 華雄は特に動じた風もない。どこに焦点を置いているのかよくわからないような視線の取り方で、観客席と空を同時に見ているようだった。華雄や恋がこうして冷静でいてくれるのはありがたい。
「蓮華たちは?」
「うーん、よくわからないわ。皆なにを騒いでいるの? さっきも言った通り、私には見えないもの」
「民たちは氣当たりでも起こしているのか?」
 呉の二人は困惑しているようだ。さっきまで数え役萬☆姉妹に熱狂していた観衆が、急に何もない空を見上げて龍がどうとか騒ぎだしたら、たしかに不思議だよな。
「で、あんたは?」
「俺にも、すさまじい氣があるのはわかるけど、ただの空にしか見えないよ」
 俺の言葉を聞いて、少し不思議そうな顔をしながら、考え込む詠。一つ肩をすくめると、相変わらず震えている月を抱きしめながら、紫苑のほうに顔だけ向ける。
「紫苑、わかる?」
「そうねえ……。たぶん、この十日間のお祭りで狂騒した民の氣が集まって、空を覆っているのだと思うわ。元々この地もそういうのを引き起こしやすい地形だともいうし……。そこに数え役萬☆姉妹への熱狂が加わって、さらには張魯さんの言葉が暗示となって、空に龍を出現させたのでしょう」
「おかーさん、あのりゅー見えないの?」
「ええ、璃々。お母さんには見えないの。残念ね」
 詠は一つ頷くと、改めて俺たちを見回して言う。
「そんなわけで、あんたたち武人の中でも達人級の人間には見えていなくても、民の心の中には、間違いなく龍がいるってことね。まあ、そんなわけだから、実体があるわけじゃないし、怖がらなくて大丈夫よ、月」
「そ、そうなの?」
「うん、氣とやらに映し出された幻でしかないからね。……こいつが見えてないのは少し不思議だけど」
 そう言われると俺も不思議だ。氣を操る術ではそれこそ武の達人たちには敵うはずもない。
「凪で慣れてるからじゃないか?」
 ふと思いついた憶測を言ってみる。氣を直に放つ凪の側に長くいたのだから、慣れているというのは間違いない。
 だが、いまはそんなことを詮索している場合でもない。
「まあ、それよりも、観衆がどう動くか予想がつかない。華雄も恋もいざとなったら動けるよう準備してくれ」
「わかった」
「……ん」
 自らの得物──さすがにこの場でむき身にするのはまずいので、どちらも布にくるまれている──を握りなおし、二人は答えてくれる。詠がその様子を見て、疲れたように溜め息をつく。
「この熱狂を、張魯が御しきれれば問題ないんだけどねー」
「どうやら、その張魯が演説をはじめるようだぞ」
 思春の腕が持ち上がり、舞台上で大きく手をかかげる五斗米道の教主の姿を指さした。


 今こそ私は天啓を受けた。
 あの龍こそ漢水の化身である。
 我ら五斗米道は漢水の流れのごとく、大陸中に広がり、染み渡ろう。いずれは、四海を統べ、天地を包むであろう。
 この漢中は道をたずねる者の唯一の土地ではなくはじまりの土地となるのだ。
 張魯さんの演説の要旨をまとめればそんなところだった。
 要するに、漢中にだけ留まることなく、あらゆるところに広まっていこうというメッセージだ。いずれ、彼の言葉を解釈する、より下級の指導者たちが現実的な道──魏に下り、魏国内の各所に移り住んでいこうという指針を示すことだろう。
 風や俺が事前に予想していたよりは、かなり穏当に事態は収まったとも言える。しかし、それにしても……。
「もう、なにぼーっとしてるの。次はちぃの番だよ」
 不意にかけられた声に意識が現実へと戻る。そこは巨大な寝台の上、美しい裸身をさらした地和がむくれていた。さっきまで俺と睦みあっていた天和は疲れたと少し離れたところで寝ころがり、人和は俺の背にもたれかかるようにしている。地和との一戦がはじまれば、それを手助けするつもりらしい。
「ああ、すまん。まだくらくらするんだよ」
「もう、実際にみんなの歓声を受けてたのはちぃたちだよ。一刀が当てられてどうすんの」
「ちぃ姉さん、一刀さんはもう私たちに一回ずつしている。あんまり急かしても……」
 不機嫌そうに頬を膨らませる地和に、人和が取りなしてくれる。
「ばっかねぇ。一刀がこんなもんで音を上げるわけないでしょ。その証拠に、こーんなに元気だしっ」
 起き上がり、その勢いのまま、俺の男根を握り込む地和。彼女の言う通り、そこには血が集まり、硬く猛っている。
 目の前に自分を愛してくれているアイドルたちが三人もいて、しかもその一人が裸で迫ってきていたら、興奮しない男もいないだろうけどな。
「だいたい、一度してもらったくらいじゃ、火照り収まらないでしょ、人和だって」
 地和の問い掛けに、背中でもぞもぞと人和が動くのがわかる。そうしてこすれる肌がとても熱い。
「それは……そうだけど……」
「それにー、ちぃたちと一刀は会える時間も限られてるわけだし」
 絡んだ指をゆっくりと蠢かしながら地和が言う。その指の動きが俺の中の快感をじわじわと呼び出していく。いつの間にこんなにゆったりとした攻撃を覚えたんだ? 地和は会う度に新しい技を覚えてくるが、今回は焦らし技だろうか。艶本や女性向け瓦版といったものからの受け売りだから、たまに的外れなものもあったりするのだが、今回のそれは悪くない。
「まあまあ、地和も人和も。ぼーっとしてたのは悪かったからさ。今晩はたっぷり相手できるから、みんなで楽しもう」
 俺の言葉に、にっ、と唇の端を持ち上げて笑う地和。
「そうこなっくっちゃ」
 彼女の体を抱き寄せる。抵抗せず、俺の腕の中に収まる地和。
「俺だって、いつだって会いたいと思ってるんだぞ?」
「ちぃもだよ……」
 小さな声で言う地和に口づける。お互いの舌が割り入り、絡み合う。たっぷりと唾液に塗れた舌は、なんとか捕まえようとしてもお互いにすり抜けてしまう。そうして二人で口内で遊びあってから、相手としっかり繋がりあうようにこすりあい、唾液を交換しあう。
 口の中で溜めた唾を流し込むと、地和はためらうことなく嚥下する。
 口を離しても、荒い息で、ぼうっと顔を赤らめている地和。
「まあ、でも、俺の大事な三人が、大陸中で活躍しているって聞くのも嬉しいけどな」
「うん、私たちもそれは同じ。一刀さんの噂を聞いて喜んでる」
 人和が後ろから覆い被さるようにして耳元で囁く。はてさて、どんな噂やら。
「ちぃ姉さん、もうできあがってるみたいよ?」
 声をひそめて囁かれる。たしかに、キスだけだというのに、地和の息のあがりっ振りはおかしいくらいだ。俺のものに絡んでいた指もあまり動いていない。口づけを交わしている間にだいぶ興奮してしまったらしい。
「ああ、でも、まだまださ」
 たっぷり、と言ったからには本当にたっぷり相手してやらないとな。なかなか会えない分、俺という存在を彼女たちの体にも心にも刻み込んでおきたい。
 小振りな胸に手を当てる。それだけで、びくり、と震える小さな体。
 そう、地和の体は小さい。動きの大きさでごまかされがちだが、三姉妹の中でも一番小柄なのが彼女なのだ。この小さい体で、彼女は精一杯大きく動き、ポーズを決め、いかに大胆にいかに颯爽と自分を見せるかを考えて、人々に「みんなの妹」という偶像を提供している。
 その体をすっぽりと俺の腕で包み、存分に触れ合う。人和に促して、彼女を俺の後ろから地和の後ろにまわらせ、肩口や背中にキスの雨をふらせ、指で愛撫させる。俺と人和、二人の指に触れられる地和の肌は熱く燃え上がり、汗でしっとりと濡れ始める。
「うあぁ……ああっ」
 喉が持ち上がり、美しい声がまろび出る。何百人ものファンを喜ばせるその声は、いまは俺一人のものだ。喜びの声を上げ、快楽に表情をとろかせる地和は、みんなのアイドルではなく、俺だけの歌姫だ。
「も、もうだめ。おねがい、一刀……」
 俺と人和に挟まれ、存分に体をいじくられた地和が懇願するように声を漏らす。
「だめって?」
「……意地悪」
 彼女は自分の指でその場所を割り開く。彼女自身の指で押し開かれるそこはすでに潤みきって、薄桃の花びらが開かれると、とろとろと蜜を垂れ流す。
「ちぃのここが、一刀の……欲しがってる」
 そうまでされて、我慢ができるわけがない。人和が退くのを確認してから、俺は地和を寝台の上に押し倒し、そのまま、彼女を貫いた。
「きつっ、いっ。でも、おなかぁ、いっぱいぃいい。くふぅああああっ」
 俺のものが進む度に、鈴が鳴るような可愛らしい喘ぎ声が漏れる。
 相変わらず、地和の中はすごい吸いつきだ。何百もの唇がキスをしているかのように、俺のものをくわえこんでくる。
「はあっ、はいっ、たぁ」
 根元が彼女の中に埋まるまで腰を進めると、彼女はそう言ってにっこりと笑った。その快楽に彩られた顔に、俺はさらに興奮をかきたてられるのだった。

「ふわあっ、はっ、くふ、ふ、一刀、一刀、あああっ」
 俺のものが突き上げる度、彼女はがくがくと体を揺らし、涎を垂らしながら、随喜を歌い上げる。
 おそらく、軽い絶頂はもう何度も来ているだろう。後は、一段大きなところへ持っていってやるだけだ。
「一刀、ちぃ、いっちゃう、いっちゃうよ。熱いのきちゃう!」
 切羽詰まった声に、安心させるように微笑みを見せる。
「ああ、いいよ、存分に感じて」
「うん、いく、ちぃ、一刀に、一刀が、かずと、かずとかずとかずと……」
 彼女の口の端に唾が泡となって溜まる。俺の名前を呼びながら、彼女はぎゅう、と俺の腕にしがみつく。
「あああああああああっっ」
 彼女の体が跳ね、ひときわ大きな絶叫が走る。そして、がくり、と力を失う手足。よく見れば、ぴくりぴくり、とたまにその体を痙攣が襲っているのがわかる。
「んー、すごいねえ」
 寝ていたはずの天和が、地和の叫びに起こされたのか、目をこすりこすり近づいてくる。
「ちぃ姉さん、白目剥いちゃってる……」
 頬を真っ赤にして自分も興奮している人和が、ひくひくと震える地和を観察して呟く。
「それだけ一刀を感じちゃってるんだねー。いいなー」
「天和も、本気でイッちゃってる時はこんなだよ?」
 腰を動かしたい誘惑に耐え、気をそらすため、彼女たちの会話に参加する。いま動いても痙攣し、硬直している地和には何も感じないか、逆に鬱陶しい感覚として捉えられてしまう。快感も度を超すと痛みと変わらないというわけだ。
 そんなわけで、ここは我慢のしどころなのだ。
「えー、それは……そうかもしれないけどぉ……」
 ごにょごにょと言って、彼女は俺から見て右、地和にとっては左側に座り、妹の腕を優しくなでてやる。
「一刀さんは、その、達してないよね……? もしよかったら、次は私に……」
 逆の側に座っている人和がもじもじと膝をこすり合わせながら言ってくれる。その申し出は非常に魅力的だが……。
「あー、ちょっと待って。もう少し地和をかわいがってやるつもりだから」
「え、これ以上?」
 俺の言葉を聞き、目を丸くする二人。
「うん、今日はたっぷりって言ったろ? もちろん、人和の相手も後で……ね」
 言いながら、人和の胸を、乳首をかすめるようにしてなで、揉み上げる。
「う、うん」
 二人といちゃつきながら、地和の意識が回復するのを待つ。といっても、絶頂の間も意識が途切れているというわけではないらしいのだが、女性ではない身では詳しいことはわからない。おそらくあまりに快楽という情報流入がすごすぎて、外部の刺激を全てシャットアウトしてしまうので、失神しているように見えるのだろう。中には本当に失神して、その後寝てしまうようなタイプもいるので、判断が難しいけれど。
「は、ふ……」
 地和が息をつく。体に力が入り、目の焦点が戻り、俺と両横の姉妹を見て、恥ずかしそうに、けれど幸せそうな笑みを浮かべる地和。
 俺はその瞬間、腰の動きを再開させた。
「え、嘘」
 彼女の弱い上側をこすり、圧迫するように男根の先をあてる。途端に、彼女の口から、喘ぎとも懇願ともとれる甘い声が飛び出る。
「ちょ、ちょっと、一刀、だめだって! ま、またきちゃうから!」
「うん、まだまだ何度も味合わせてあげる」
 その宣言に、彼女の顔が幸せそうにとろける。だが、はっと気づいたように引き締まり、声を上げる地和。
「うそ、あふっ、うそでしょ。あんなの、あんなの何度も感じたら、ふうっ、ああ、は、あふぅううっ」、
「いま、見たよね」
 二人の姉妹に目をやると、少しびっくりした顔ながらも首肯してくれる。
「うん、ちーちゃん、すごい期待してたねー」
「二人とも、地和を気持ちよくしてあげて」
 その言葉に二人の指と唇が、地和の肌を這い始める。最初はおずおずと、だが、段々と地和のよがりぶりにつられてか、大胆になっていく二人。
「ちょっと、姉さん、人和!」
 口先の抵抗は無意味だ。そう言いながら、彼女はより深く深く感じようと、俺の腰に足を絡めてきているくらいなのだから。
「ああああっ、また、また、きちゃうよ。すごいの来ちゃうよ、一刀!」
「言ったろ、何度も感じなよ」
 その言葉に、はじかれたようにもはや意味をなさない嬌声を上げる地和。その体が、二度三度と痙攣を繰り返した。

「また、また……もう何度目なの、ちぃわからない。わからないよぉ」
 本当に何度目だろう。彼女の絶頂が途切れ収まる度に、俺たちは彼女を絶頂に押し上げる。彼女を愛する気持ちを込めて、彼女をむさぼりたい欲望を込めて。
「んー? あれ、止めてもいいのかい?」
「やめちゃ、だめ。ああ、でも、おかしくなる。やめてくれないと、もっとだめになる、あああああああっ」
 もはや、地和の表情は鬼気せまる感すらある。
「とめ、とめられないのぉっ。幸せすぎて、もうわけわからないのっ! 舞台の上でみんなに、ふわああああっ」
 頭を掻きむしり、彼女は助けを求めるように甘い叫びを上げる。
「舞台の上で感じてるのが、ずっと続くのぉおおおおぉっ。何千人分も一刀一人でっ」
「一刀さん、ちょっとやりすぎじゃない……?」
 口の端から泡になった唾が垂れるのを拭い取ってやりながら、人和がこちらを見上げてくる。彼女たちはすでに、地和への愛撫をやめている。俺が彼女の奥を一突き二突きするだけで、地和は遥か高みへ到達するようになってしまっているからだ。
「人和ちゃん、大丈夫だよ。一刀がちーちゃんのことどうにかしたりするわけないじゃない」
「それは……もちろん信じてるけど……」
「それにぃ。もし、一刀が本気で私たちを壊したいって思うなら……それでもいいと思うな。ね、一刀」
 妖艶な笑みで見つめる天和のその美しさよ。愛おしいと思うのに、恐ろしいと思うほどの迫力だ。
 美しきもの見し人は、はや死の手にぞわたされつという一節が不意に頭をよぎった。
「そんなことしないよ」
「舞台に……ふひゅっ、立ってない時のちぃたっっ」
「んん?」
「一刀のっ、も、ふわああっ、なにして……ああっ、いいのぉっ」
「舞台に立ってない時の私たちは一刀さんのものだから、どうしてくれてもいい。ちぃ姉さんはそう言いたいんだと思う」
 もはや言葉にならない言葉を、人和が観察して翻訳してくれる。
「そっ、そう! そうなのっ、ああっくうううっ」
 そろそろ俺自身が限界かな、と感じる。俺はラストスパートに向けて腰の動きを強くした。
「ああ、そうして、俺は三人のものだよ」
 その言葉に二人は微笑み、両側から抱きついてくる。一人、もはや焦点のあわない瞳で嬌声を上げ続ける地和の中で、俺はたっぷりと精を放つのだった。


 俺は人和を腕枕しながら、彼女が張魯さんの下で五斗米道のことを学んでいるというような話を聞いていた。天和と地和は既に撃沈して、丸まって寝ている。
「房中術? 俺が?」
 唐突に言い出された言葉に驚くが、俺に抱きついている人和は大まじめな顔だ。房中術という言葉自体は聞いたことがあるが、なんだかよくわからないセックス関連の技法という印象しかない。
「うん。今日観察して確信した」
「観察? もしかして、あんまり積極的じゃなくて、みんなの補助みたいなことしてたのってそのため?」
「だって……自分がされてる時は夢中でわからないもの……」
 真っ赤になって、俺の脇のあたりに顔を埋めようとする彼女を見ていると、とても愛おしく思える。実際、体を重ねることそのものより、こうして静かに話し合うことが大事な場合もあるし、天和たちのように体力が尽きるまで楽しむのがいいのか、人和のように一歩引きつつも余韻を味わうほうがいいのかは人それぞれだろう。
「張魯さんの下で、道術について、少し勉強したのは話した通り」
 しばらくするとなんとか立ち直ったのか、人和がまだ少し赤い顔をあげて説明を続ける。
「その中に、氣という概念がある」
 氣か。あの時も張魯さんが暗示とはいえ氣を利用して龍を現出させていたし、操ることができるかどうかはわからないが、感じ取ることは可能で、その特性も理解しているのだろう。
「もちろん、私も全てを鵜呑みにしているわけではない。ただ、氣という概念を使うと、色々なことが体系づけて説明できるというのは大きいと思う」
「ふうむ」
「たとえば、一般の人は氣を練ったりすることはできないし、しないから、常に氣を天地から取り込まなくてはいけない。これももちろん、達人のように直接に取り込むことができないから、天地で育まれた動植物を口から摂取して取り入れることになる。つまり、滋養を取ることで人は生きていけるということ。単純な経験則だけど、氣で説明することが可能になる」
 人和は非常に理論的に氣という存在に対しているんだな。氣を実際に操るとんでもない武人たちが周囲にごろごろいる俺の場合、理論はよくわからないが、なんだかすごいもの、としか理解していなかったが……。
「これにより、食事を制御することで、氣を制御するという考えに至ったりするわけだけど……。いまはとりあえずおいておくわ」
 ひとまず氣の根本理論はおいておいて、実際の表れ方を説明しようということらしい。
「簡単に言うと、氣には二種類ある。陽と陰。これは、精神と物質とも言い換えられる」
「へぇ。陰陽ってのは知っていたけど、そういうものなんだ」
「あくまで大雑把に言うと、だけどね。もう少し言うと、血液や食物などの物質的なものの流れが陰。形を持たない勢いだとか熱のようなものが陽と言われる」
 つまり、肉体を構成するものが陰、そこから生じるエネルギーが陽か。おそらく細かい概念ではまだまだ違う部分があるのだろうが、とりあえずはそう理解しておく。
「氣の理論では、女性は陰に傾き、男性は陽に傾くと言われる」
 そのあたり、どうしてそういう結論になるのかはわからないが、女性には子を産むための機構の一つとして月経なんてものもあるし、どうしても物質的な側面にひっぱられがちということかな。
「しかし、本来は、陰と陽は均衡を保ちながら、お互いに補いあい、高めあうのが最善。どちらかに偏っているのは、肉体の性質上しかたないとはいえ理想形ではない」
 人和は手を動かし、偏った状況を示したりしながら、俺に説明を続ける。
「そこで、その一つの解決策として考え出されたのが房中術。男女でお互いに偏っている陰と陽の氣を交換し循環させることで、理想的な状態を作り出し、さらなる氣の増強を狙うもの」
「ふーむ。それで、その房中術を使うとなにが起こるんだ? 聞いている限りは良いことみたいだけど、みんなに害とかはないのかな」
 俺の質問に、人和は安心させるように頷き返してくれる。
「大丈夫。一刀さんは、無意識のうちに陽と陰の氣を循環させているけれど、これはいいこと。これの効能は……」
「うん」
 人和の真剣な顔を見ていると、良いことだと言われているのに、なんだかどきどきするな。
「元気になる」
 予想だにしていなかった言葉にぽかんと口をあけてしまう。
「病気は、陰陽の氣が極端に崩れると起きると言われている。実際にはそれだけじゃないと思うけど……。体の中の色々な調節機能が損なわれると病気になったり気落ちしたりするのはよくあることだと思う」
「まあ、それはわかるような気がするな」
 肉体にひっぱられすぎても、精神の働きにひっぱられすぎても、どうしてもうまくまわってくれなくなるものな。
「陰陽の氣を循環させることで、その均衡の調節を行うことになる。男性の陽の氣を一刀さんが放出し、女性の陰の氣を吸い込んでいる。そうして両者が和合し循環することで、お互いに足りない氣を補いあい、もっとも良い状況を作り出している。理論的には、この循環過程でより増幅するはずだけど、実際そうなっているかどうか、私にはそこまではわからない」
 俺は、気づかないうちに陽の氣を相手に注ぎ込み、相手からは陰の氣を吸収しているのか。実際そう言われてもさっぱり実感はないのだけど。
「だから、元気になるわけか。そういえば、不老長生も目指せるんだっけ?」
 仙人はそういう氣のやりとりをして長寿を得た、という話を聞いたことがある気がしたので、訊いてみる。人和は少し苦笑して、答えてくれた。
「寿命が延びて、百年や千年生きられるようになるという話もあるけど、これは誇張だと思う。体に均衡の取れた氣が満ちることで、百年を目指すことは、たしかにできるかもしれないけれど」
「千年はさすがになあ……」
 そんなに生きても正直困るだろう。
 とはいえ、健康になるというなら、それは歓迎すべきことだ。氣の循環とやらがそれ以外──特に武術で扱う氣に影響しているかどうかは、今度凪にでも訊いてみるとしよう。
「あ、そういえば、張魯さんに、俺は龍の卵を宿しているとか言われたよ。氣の話に関係するのかな、それも」
 以前、風たちとの会談が終わった時だったか。呼び止められて、そう言われたんだよな。彼が、幻とはいえ龍を呼び出して見せたことで、なんとなく思い出してしまった。
「龍は水の神。水は流れを掌る。あらゆるものの流れ。一刀さんは、無意識の房中術で、氣の流れを掴みかけてる。たぶん、そのこと……かな。張魯さんほどは詳しくない」
 申し訳なさそうに縮こまる人和。
「そうか。真意は今度、張魯さんに直に訊くとするよ」
 あの御仁がそんなに簡単に、詳しい説明──特に理解しやすい説明をしてくれるかどうかは怪しいものだが。
 そんなことを考えていると、おずおずと彼女が言葉を続ける。
「それから、こちらは主に自分で行っている一刀さんだけだと思うけど……その、氣を循環させればさせるほど、それがうまくなって……元気になる」
「ん?」
 さっきと同じことじゃないのかな?
 うまくなるというのは、何事も続ければ続けるほど慣れて楽になりそうだというのはわかる。ただ、無意識に行っていることならそれも程度問題だろう。
「その、一般的に、ではなく男性機能がより強くなる。純粋に肉体的な疲労は別として、精が衰えない」
「つ、つまり?」
 なんとなくわかってはいたが、問わずにはいられなかった。人和はゆっくりと息を吸い込むと、その単語をはっきりと放つのだった。
「絶倫」
 と。


 漢中から関中、つまり長安を中心とした一帯に出ると、途端に通行が楽になる。地形的にもそうだが、長安、洛陽近辺は街道の整備に力が入れられているためだ。
 ただし、蜀の場合、街道整備をしようにも山と谷ばかりでどうしようもないという事情もある。断崖に穴を穿ち、そこに柱を突きたてた上に敷かれた板を渡る、桟道と言われる道をつくらねば通行できない場所も多くあるくらいなのだから。
 ともあれ張三姉妹に美羽と七乃さん、それに魏の兵を加えた一行は一路長安を目指し、そこで霞たち鎮西府の歓待を受けた。霞に馬岱さん、張遼隊も合流し、俺たちは最終目的地、洛陽を目指す。
 漢の都にして、魏の都。華琳たちの待つ場所へ。
「なんかすごい人数になっちゃったな」
 森の中を馬を進めていると、翠が馬を寄せ、話しかけてくる。
「ああ、武将勢はえらく多いよね」
 連れている兵の数は二千ほどに過ぎないが、名のある武将だけで十人を超える。事情を知らない人間が見れば、一体なんの行列かと首を捻ることだろう。
「南鄭の人間がぞろぞろ着いてきたらどうしようかと思ったぜ」
「ああ、天女様だからか? たしかにそれは大変なことになるな」
 そういえば、そんな可能性もあったのだな、と呑気に考える。実際のところは、張魯さんはいい意味でも悪い意味でもかなりの曲者だと思うので、そんな無謀なことを民にやらせるとは思えないけれど。
「あの、さ」
 声をひそめて翠が呟くように言う。
「蒲公英とも話したんだけどさ、やっぱり、できたら鎮西府に入るのが、あたしとしては……」
 ああ、その件か。彼女としてはわざわざ洛陽まで行くのにどう転ぶかわからない、と心配でたまらないのだろうな。しかし、いまなにか確実に保証できるわけでもないし……。
 そう考えていると、前から騎馬の兵が一人駆けてくる。先行偵察を任せている張遼隊のうちの一人だ。
「悪い、話は後で」
「わかった」
 さすがに事態をすぐに呑み込んでくれる翠を残し、前方の霞と沙和のほうへ馬を寄せる。
「将軍! 煙が上がっております!」
 兵が叫ぶのを聞いて、全身が緊張感に包まれる。
「なに、どこかが襲撃か?」
「いや、待ち。たぶん、信号や」
 霞に制止される。怪訝な顔をしていたのだろう、沙和が彼女の言葉を補足する。
「真桜ちゃんが開発した色付き煙幕なのー。それを組み合わせて色々、信号を送れるんだよ」
 ああ、そういうことか。投石機にのせていた信号弾を使っているんだな。
「まあ、信号の組み合わせが決められて通達されたんは最近やし、一刀は知ってるほうがおかし。で? なんて?」
 先を促す霞に、兵は報告を続ける。
「それが気づいた時には消えかけており、判別できませんでした。しかし、あれは一発目でしょう。二発目、三発目が上がるものかと」
「規定では、三回同じ信号を送ることになってるのー」
「よっしゃ。うちらが直に確認しよ。沙和、一刀、行くで」
「了解」
 絶影を駆る霞に続いて、俺たちは馬を走らせる。
 うっそうと繁っていた木々がまばらになり始め、明らかに人の足が入っているのがわかる森の境界のあたりを抜けると、途端に視界が開けた。
 東の空に、白い煙が三つわだかまっている。見ている間に段々と広がりつつ薄まり消えていった。
「あれが二発目やな。白三連、か」
 霞が絶影の足を緩めながら言う。なにか意味があるのだろうが、符牒を知らない俺にはよくわからない。
「あ、三発目が上がるなの!」
 言われるままに見直すと、紫の煙が上がり、次いで青、それに白が続けて三回上がった。それを見ていた霞がぎりりと歯を鳴らす。
「紫、青、白三連」
 押し出すように言った言葉も、鋭い。
「どういうことだ?」
「紫はね、隊長のことなの」
「青は稟。白三連は、緊急」
 華琳の側近にはそれぞれに色が割り振られているらしい。しかし、聞く限りではあまりよろしい内容とは思えない。
「要はな、緊急事態やっちゅうこっちゃ。そして、一刀、あんたを呼んどる。沙和。戻って呉の面子や蜀の面子に話通してき」
「了解なのー」
 沙和が霞の言葉に従って、森の中に馬を戻す。俺は霞の厳しい顔を見て、聞きたくはないが、聞かずにはいられないことを訊ねた。
「稟に関わることなのか?」
「たぶんな」
 霞はきょろきょろと周囲を見回す。次いで、手をかざして地平の遥か向こうを見やる。
「ここから洛陽までは普通に進軍すれば二日半、一刀の馬の腕やと、華雄か恋あたりを連れて駆けて、一日ちょいってところか……」
「そうだな、霞や翠くらいうまければもっとはやく行けるんだろうけど……」
 もっと馬術を練習すべきだった、と思ってももう遅い。いまなにかが起きていて、俺が必要とされているというのに……。
 霞は俺に向き直ると、値踏みするように俺の全身を眺めまわした。
「……一刀、あんた、荷物になる気はあるか?」
「え、あ、うん。そりゃあ、はやく着けるなら……」
 以前は、文字通り荷物として馬にくくりつけられたことさえあるからな。あの時は意識がなかったが……。
「よっしゃ、うちの後ろに乗り。そんで、ほら、腕を腹に持ってきてっと。そこを予備のさらしで……」
 馬を降り、言われるままに霞の後ろに乗る。きちんと腕を回して掴まると、さらしが俺の体にかかり、彼女の体と俺自身を連結していく。
「え、霞、これって」
「絶影の本気は洒落ならんからな。振り落とされんように念のためや」
 どうやら、彼女は俺を乗せて、本気で絶影を駆るつもりらしい。神速と謳われる霞が本気で天下の名馬を走らせたなら、どんなことになるか俺には想像もつかなかった。
「行ってくれるんだね」
「なにをいまさら。稟と一刀のためや、なんでもしたるわい」
「……ありがと」
 密着して固定されているので、どうしても耳元で話すことになる。霞の甘い香りにふんわりと包まれながら礼を言うと、その横顔が赤くなっているのが少しだけ見えた。
 しばらく待っていると、沙和に連れられて、蓮華と思春、紫苑と翠、それに華雄と詠がやってきた。皆、さらしで固められた俺たち二人を見て、驚いている。
「なにかあったそうだな」
「ああ、緊急事態らしい。すまないが、俺と霞は隊列を離れて、先に行かせてもらう」
 蓮華の問いに答えて頭を下げる。詠がうさんくさそうにこっちを見る。
「……その格好で?」
「こっちのほうがはやい」
 簡潔に答える霞を見て、溜め息をつく詠。霞の馬術は俺より彼女のほうがよほど知っているだろう。
「ま、そうだろうけどね……」
 それから、紫苑さんが困ったように顔をしかめる。
「あらあら大変。わたくしたちも急いだ方がよろしいのかしら?」
「いえ、呼ばれているのは俺みたいなので……。皆は無理をしない程度に進んで下さい。このままの進軍速度でも三日あれば充分着きますし」
「はい、わかりましたわ」
 蓮華と思春も頷いて、呉と蜀の面々が納得してくれたということで、霞が指示を下し始める。
「沙和、うちとこの隊はあんたに任せたで」
「はーい」
「それと、うちらは先行くけど、念のために替え馬を連れて、誰ぞが追って欲しいんや。まあ、万が一っちゅうことで、必要はないかもしれんけどな。華雄、あんたか恋がやってくれるか?」
「おう」
「ちょっと待った」
 華雄が力強く頷いたところに、翠が割って入った。
「華雄でも問題ないだろうけど、あたしのほうがはやいだろ。替え馬も、黄鵬と麒麟を連れて行ける」
 霞と華雄、それに俺は顔を見合わせ、次に紫苑の方を見やる。彼女にも軽く頷かれたので、俺が代表して答える。
「すまない。好意に甘えさえてもらおう」
 しかし、神速張遼に錦馬超の追随か。なんと贅沢な話だ。
「よっしゃ、翠任せたで。ほら、絶影、一刀のため踏ん張りや」
 霞が一声くれると絶影は風のように駆けだす。
 力強く地を蹴るその動きを頼もしく思いながらも、俺の心は不安という名の炎にじりじりと焼け焦がされるようだった。


        (第二部北伐の巻第三回・終 北伐の巻第四回に続く)



北郷朝五十皇家列伝

○劉家の項抜粋

『劉家は、五十皇家の中で唯一、その初代が太祖太帝の皇妃ではないという特殊な成り立ちの皇家である。では、誰が初代であったかといえば後漢朝最後の皇帝、劉協こそ劉家の祖であった。(漢朝最後の皇帝は劉備であるとする説もある)
 しかしながら、史学研究の分野では、そもそも劉協を劉家の祖と認めず、二代劉叙こそがその祖であるとする学派も存在している。このような食い違いは、世間の人間が劉叙をその姓名よりもさらに有名な通り名で知っているからこそ起こることでもある。
 すなわち、「幻の帝にして、最後の皇妃」として。
 北郷朝においては帝位の生前継承が基本であることは、序章にて触れた通りである。これに関わる一連の手続きは実際的なものから純粋に儀礼的なものまで種々様々にあるが、その中に、仮冠の儀と言われる儀式が存在する。
 これは、天意をはかるという名目で、七日間だけ仮に次期皇帝に帝位を譲り、この間、何事も起こらなければ天命は下されたものと判断するという、儀礼的な手続きの象徴ともいえる儀式である。通常は何事も起こるはずがなく、天意は示されたとして、この儀式の後に帝位継承に関わる手続きが本格化していく。そして、後代にはこの儀式から一年後に実際の継承が行われるのが通例となっていった。
 さて、太祖太帝はその即位十五年目に、皇妃の一人である黄忠の娘、黄叙(こうじょ)を次期皇帝に定めた。このこと自体、とてつもない疑念を呼んだが、それもそのはず、これは仕組まれた茶番であった。
 果たして仮冠の儀は、台風到来の季節を選んだように行われ、三日目に、小規模な入植が開始されていた夷州を台風が直撃した。この台風の被害は陸に揚げ損ねていた船の何隻かに浸水が発生するという、深刻とは言い難いものであったが、これを天意が離れた証拠とされ、黄叙は次期皇帝候補を外された。この時から、七選帝皇家を中心とした北郷朝の皇帝候補選別機構が動き出すことになるわけだが……(略)……
 黄叙に対する仮冠の儀は中止されたため、太祖太帝が自ら即位しなおすこととなる。この即位をやりなおすという──通常の仮冠の儀には存在しない──行為があったため、黄叙は仮にも皇帝であったとして、二代少帝と記されることとなる。ただし、少帝を歴代の皇帝に含めない学派、太祖太帝のこの再即位をもって初代、二代ともに太祖太帝その人をあてる学派など……(略)……
 次期皇帝の選抜については改めて行われることに落ち着いたものの、次に、少帝たる叙をいかに遇するかという問題が浮上した。
 元皇帝という立場を考えれば王の位を与えるのが妥当である。しかし、当時既に辺境王制をはじめようとしていた北郷朝において、一代王位とはいえ王が無闇に増えるのは避けるべきであるという論が百官の間では支配的となり、王位を与えることは難しくなった。
 そこで考えられたのが、叙を、現状で一代王位として漢中王の位を持つ劉協の養子とする案である。後漢王朝の最後の皇帝劉協は帝位を退いた後、五十皇家の一つとして不自由のない暮らしを保障されていたものの、先に太子を亡くし、さらに、この前年には孫も死亡しており、他の劉姓の者を養子として招くことを朝廷にはかっていたところであった。
 劉協としては血縁もない叙を受け入れるのに抵抗はあっただろうが、元皇帝同士という誼もあり結局は叙が劉家の太子として迎え入れられる。
 この三年後、劉叙として劉家を継いだ彼女は、太祖太帝と婚姻を結ぶことになる。この時、人々は叙の仮冠の儀からはじまる一連の流れが、五十皇家から太祖太帝の血統以外を排除することにあったことに気づくのであった。
 ちなみにこのような経緯を経た二人であるが、他の皇妃同様夫婦仲は良く、太祖太帝の治世の最後期を支え続け……(後略)』

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