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307 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/08/16(日) 18:42:25 ID:YSfc6Jbm0
>>306
年長組みなのに貧乳な華雄さん、最高じゃないですか

さて
董√の最新話を投下します。
内容はタイトル通りですので、そう言う展開が嫌いな方はスルーして頂いた方が良いかも
まあある程度叩かれるのも覚悟の上ではあるんですけどね
でもあまりフルボッコだと凹むのも確かw

http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0381

では次回9章『英雄会盟』で



「よっ!随分派手にやられたそうやなぁ。曹孟徳、初の敗北ってやつやね」
 屈辱を胸に長安まで辿り着いた曹操を、ケラケラと笑いながら霞が出迎えた。
 楽進と郭嘉も共に控えている。
「あら、もう戻っていたのね」
「霞!華琳様にその言い草はなんだ!」
 隣に付き従う夏侯惇が怒気を露わに霞を睨み付けた。
「やぁん、惇ちゃん。そないに怖い顔せんといてぇな。ちょっとホンマの事言うてもうた
だけやん」
「き、貴様ぁっ!華琳様を愚弄するつもりか!?」
「そないなつもりあらへんよ。ただあいつ等が華琳に勝てるちゅうほど強うなったって事
に感慨深うなっただけや」
「な、何だと!?かつての主が華琳様を打ち負かした事がそんなに面白いのか!貴様が華
琳様に誓った忠誠は偽りだったと言うのか!?」
「だーかーら、そないなつもりやないて言うてるやんか」
「そうとしか聞こえんのだ!」
 激昂する夏侯惇。
 霞の呆れた様な表情が、更に彼女の怒りに油を注いでいた。
 今にも剣を抜きそうな勢いの夏侯惇を止められる人間など、おそらく世界中でも二人く
らいしか居ないであろう。
 だが幸い、この場にはその二人ともが揃っていた。
「良いのよ、春蘭。霞の軽口を一々真面目に受け取っても仕方ないでしょう」
「し、しかし華琳様──」
「春蘭」
「……はい」
 有無を言わさぬ声に、夏侯惇が渋々口を噤む。
 だがその表情には不満の色がありありと浮かんでいた。
「姉者、落ち着け。霞が本当に華琳様を嘲笑するつもりなら、わざわざ軍を率いて長安に
まで来たりするものか。洛陽辺りで飲んだくれながら、面白おかしく吹聴して回っている
だろうよ」
「う、うむぅ……」
「大方華琳様が負けたと聞いていてもたっても居られなくなって飛んで来たのだろうが、
素直にそう口にするのも照れくさくてわざとああいう物言いをしているのだ」
「いや、あの、秋蘭?本人目の前にしてそないな事言われるのもメッチャ恥ずいんやけど」
 霞の頬が微かに赤く染まっていた。
「うむ、よく分かった」
 そんな霞の様子にようやく納得がいったのか、夏侯惇が大きく頷いた。
「それで首尾はどうだったの?まあ、状況が思わしくないのにこんな所まで来るほどあな
たが愚かだとは思っていないけれど」
「アカンアカン、つまらん奴ばっかりや。あない雑魚ばっか相手しとったら、こっちの腕
が鈍るちゅうねん。あ、でも一人だけ手ごたえある奴もおったけどな。審配言うたかな?
線の細い嬢ちゃんて感じやったけど誰かさんみたいに気性の激しい奴やったな。腕もええ
し頭も切れるんやけど袁紹への忠誠度っちゅうんが半端やなかったわ。最期は城郭の上で
腹掻っ捌いて死んでもうたんが惜しかったな」
「ふぅん、まだ麗羽の下にそんな忠烈の士が居たのね。会ってみたかったけれど仕方ない
わね」
「そこやねん。ウチも袁紹っちゅうとしょーもない高笑い馬鹿な印象しかなかってんけど
な、審配は特別にしても意外と民とかにも人気あってんねん」
「迷惑だけど見てるだけなら面白いとか、腹は立つけど放っておけないとか、たまに可愛
く思える時が無いとも言えない気がするとか、そんな評判ばかりでしたけどね」
 郭嘉が横から口を挟んだ。
「何と言うか非常に麗羽らしい評判ね。まあ袁家の旧領については良いわ。それより私が
気になるのはその先よ」
「烏桓、ですね」
「そうよ。噂に聞くところによると、烏桓は昔から北方の頑強な馬を使った馬術を得意と
していると言うわ。彼等を我が軍に組み入れる事が今回の討伐の主な目的なのだから」
「まあ、それは分かっとったからな、単于に恭順を誓わせて六千程の烏桓兵は連れて来て
おいたで。せやけどあんなんおいそれと使いこなせるもんやないで?何しろあいつ等駆け
るっちゅうより飛ぶゆうた方がピッタリって感じやし」
「けれどあなたには出来るでしょう、霞」
「えらい買うてくれとるやん」
「私は大陸最強の騎馬隊は錦馬超の涼州騎馬隊ではなく、驍将張文遠に率いられた紺碧の
騎馬隊だと思っているの。それが単なる買い被りだったなどと、この私をがっかりさせる
様な真似だけはしないで欲しいのだけれど?」
「ったく、相変わらずきっつい大将やなぁ。けど、そこまで言われちゃやらんわけにはい
かんやろな」
 霞の眼がきらりと光った。
「ほな烏桓兵六千、見事使いこなして見せようやないか。そして月──いや、董卓の首を
ウチが奪る!」

「本当に大丈夫なのか、霞?」
 夏侯惇が霞に声を掛けた。
 長安を出発した魏軍は、涼州時代からの霞の部下達五千を中心とした魏で最精鋭の騎馬
隊一万に烏桓族六千と、前回の規模のおよそ一割にも満たない数だった。
 それどころか涼州軍と比較しても半分ほどしかない。
 兵の編成を伝えた霞に対し、当然軍師達は猛反対をした。
 連環馬による曹操旗揚げ以来初とも言える惨敗は、彼女達の脳裏へと鮮烈に刻み込まれ
ていたのだ。
 しかし霞は騎兵には騎兵の戦い方がある、騎馬隊は数よりも質で揃える事が重要と主張、
結局曹操が霞の意見を了する形となったのだった。
「虎牢関での呂布の戦いぶりを見れば霞様の言葉に理があるのは分かります。それに涼州
は霞様にとって庭の様なものでしょうから、下手に数を集めて動きが鈍くなるよりも手足
の様に動かせる寡兵の方が良いのだと思います」
 副官を務める楽進が霞に代わって夏侯惇に答えた。
 長く霞と共に戦っていただけあって、彼女の馬術は飛躍的に上達しており、涼州からの
古参兵にすら引けを取らないまでになっていた。
 本来は霞と楽進のみで涼州攻めを行う予定だったのだが、夏侯惇が自分も連れて行くよ
う言い張った為、已む無く彼女とお目付け役を兼ねた夏侯淵も同行している。
 しかし彼女達の部隊では霞の騎馬隊には付いて行く事が出来ないため、なんと二人は一
兵卒として霞に従う形を取っていた。
 それ故この作戦中は名目上楽進が二人の上官となるのだが、そこは流石に楽進が一歩引
いた接し方をしている。
「しかし涼州軍の奇襲にはかなり痛めつけられたのだぞ?昼夜問わずの攻撃に、我等は西
涼へ辿り着く以前に疲れ果ててしまっていたのだ」
「意外に心配性やなぁ、惇ちゃんは。お前は何にも考えんと、真っ直ぐ突っ込むくらいで
丁度ええねんで。ま、とにかくこの戦いはウチに任しとき」
 やけに自身たっぷりな霞の口調に、夏侯惇と夏侯淵は顔を見合わせたが結局何も言わず
後に従うのだった。

 魏軍再来の報せがもたらされたのはその日の午後だった。
 伝令から報告を受けた詠の呼び掛けで、玉座の間に主だった将達が集められる。
「しかしあれだけの損害を受けておきながら殆ど間を空けずに攻めてくるなんて、流石に
魏は層が厚いな」
「うむ、正直半年は兵の再編成等で時間を取られると思っていたのだがな」
 華雄が頷いた。
「何度来たって恋殿がいれば楽勝なのです」
「そんな楽観視できる状況じゃないわよ」
 詠が不機嫌そうに音々音を嗜めた。
「そんなに凄い編成で来たのか?」
(確かにあれだけの大軍で惨敗すればより大掛かりな攻撃を仕掛けてきてもおかしくない
けどな)
 そんな事を考えながら一刀は月の顔を見た。
 先に報告を聞いていたのか、その顔は青褪めて見える。
 余程の大軍だったのか、と思った直後に詠が重たそうに口を開いた。
「敵の総勢はおよそ二万」
 一瞬場が静まり返った。
 無論危機感からではない。
 月と詠を除けば皆一様にポカンとした表情をしていた。
「に、二万って……それだけなのか?」
 翠が拍子抜けしたように訊き返した。
「前回あれほどの大軍で攻め寄せておきながら今回は我等の半分にも満たない数で来ると
は解せぬな。余程優れた将が率いておると言うのか?」
「しかし前回は曹操自らが兵を率いてきたのだぞ?夏侯惇や夏侯淵など主だった将達も加
わっていたし、それ以上の将となると……?」
「!?」
 桔梗と華雄の会話に一刀がハッと顔を上げた。
(ま、まさか──)
 詠の顔を見る。
 彼女は沈痛そうな表情で頷いた。
「兵数は二万。けれどその編成は全て騎兵。そして掲げられた旗は紺碧の張旗よ」
「…………霞…………!」
 詠の言葉がもたらした残酷な現実に、一刀が呆然と呟いた。
「でもでも本当に霞なのですか?曹操が偽者を寄越してこちらの動揺を誘っていると言う
可能性も考えられるのですぞ」
「斥候の報告によれば敵の騎馬隊は遠目にも動きでそうと分かるほど錬度が高かったそう
よ。それが二万以上。そんな部隊を率いる事が出来るのは大陸広しと言えど翠か霞ぐらい
のものよ」
「けど張遼って月の部下だったんだろ?だったら攻撃を仕掛けてくる様に見せ掛けて帰順
するつもりとか」
「…………いや、霞はそんな事はしない」
 掠れる声で一刀が翠の言葉を否定する。
「ああ。アイツは飄々として適当な性格してるようで妙に律儀な所があるからな。曹操に
降った以上は再びこちらへ寝返るなど考えられぬな」
「霞さんが自ら兵を率いて来たと言う事は、本気で私達と戦うと言う心づもりがある事を
意味しているでしょうね」
「だからこそ信頼できるって意味でもあるんだけどね。けど敵に回るとなったらこれほど
厄介な相手も居ないわね」
 一刀以上に霞との付き合いが長い三人も彼に同意した。
「だがいかに旧知の間柄とは言え、このまま手をこまねいて居る訳にもいくまい?敵が目
前に迫っておるのに何もせずにみすみすここまで呼び込んでは民にも要らぬ不安を与える
事となろう?」
「桔梗の言うとおりだ。かつての戦友とは言え今は敵。ならばこの身を以って打ち破るの
が武人の務めと言うものだ」
「そうね。とにかく迎え撃ちましょう。けれど大陸最強とも謳われる神速の張遼騎馬隊と
まともにぶつかり合うのは得策じゃないわ」
「それじゃまた前みたいにたんぽぽと姉様が奇襲を掛け続けるの?」
「現状ではそれが最善でしょうね。襲撃地点はボクが後で指示するから、翠は出撃部隊の
選抜を行って頂戴」
「了解!」
「華雄と桔梗は主力部隊を二つに分けてそれぞれ率いてもらうつもりだから編成をしてお
いて。華雄は攻撃、桔梗は支援部隊の担当よ。兵の適性を考えて各部隊に振り分けてよ」
「うむ」
「心得た」
「…………恋は?」
「恋は遊撃部隊として戦が始まったら誰よりも働いて貰う事になると思うから、今は沢山
食べてセキトと昼寝でもしてなさい」
「…………(コクッ)」
「ならねねも恋殿と一緒に──」
「アンタは貴重な軍師なんだからボクと作戦会議よ!」
「な、なんですとー!?このねねと恋殿を引き離そうとするとは。……ハッ!?さてはお
前の差し金ですね!?ねねの居ない間に恋殿を誑かそうなどと、お前の魂胆は全てお見通
しなのですぞー!」
「いいからさっさと来る!」
 一刀に向かってちんきゅーきっくを繰り出そうとする音々音の首根っこを掴み、詠がず
るずると引き摺って行った。
 他の面々も各々戦の準備へと向かう。
 後に残されたのは一刀と月だけとなった。
「月」
「……分かってはいました。道を違えた以上、何時かは敵として相見える日が来るかも知
れないとは理解していたつもりなんです。でも……でも……!」
「割り切れる筈なんて無いよな」
 肩を震わす月を抱き寄せ、一刀が耳元に囁く。
 朋友。
 一刀が霞を評して呼ぶのに最も相応しい呼び名だと言える。
 この世界に放り込まれたばかりで不安を抱える一刀にとって、気さくで明るい霞の性格
にはどれほどの救いであったか。
 一介の学生であった一刀が曲がりなりにも戦場に立てるようになるまでには、月は勿論
であるが霞の影響に因るものも非常に大きい。
 彼女の武威と勇姿は一刀に勇気を与え続けていた。
 特に馬に跨り戦場を駆け回る霞の美しさは、天下無双の武を誇る恋を以ってしても及ぶ
べくも無いものだった。
 ましてや付き合いの長い月の心中は察して余りある。
「でも、負ける訳にはいかない。俺達にだって捨てられない理想がある。背負ってきた想
いがある。逃げ出す事は許されないんだ。だけど──」
 一刀が月を抱く腕の力を僅かに強めた。
「今だけは許して貰おうぜ。この部屋から出たら、その時からお前は王様に戻らなくちゃ
ならない。だから、今この一時だけ、ただの月として古い友達に別れを告げる時間を」
 やがて押し殺したような、微かな嗚咽が漏れ聞こえてきた。
 一刀はただそのか細い身体を抱きしめ続ける。
 暫くの間そうしていると、何時しか嗚咽が止んでいた。
「もう、大丈夫か?」
「…………(コクッ)」。
 一刀の胸に顔を埋めたまま月が頷いた。
「なら、行こう」
「…………はい!」
 力強く答える月の眼に、もう涙は無かった。
 
 長安を出発して数日後。
 前回の戦で涼州軍の奇襲に悩まされた隘路に差し掛かっていた。
「そろそろ来る頃だな」
「うむ」
 辺りを見回しながら夏侯姉妹が頷きあう。
「凪、五百を連れて北西からの襲撃に備えや。特にあの馬鹿でかい岩の辺りからは目を離
すんやないで」
「はいっ!」
 楽進が霞の指示に従い先行する。
「霞?」
「隘路っちゅうんは確かに攻めるに易い地形やけどな、攻める方かて攻められる場所は決
まってんよ。どっから攻められるか分かっとったら天険の要塞の中を進むんと変わらへん
ちゅう事やな」
 涼州の地形を知り尽くす霞ならではの言葉だった。
 果たして待ち伏せを受けた翠の奇襲部隊は、散々に打ち破られて撤退したのだった。
 その後も幾度か奇襲・夜襲を試みるも、霞の適切な備えの前に被害を増やし、やがて襲
撃そのものが取り止めとなった。
 前回あれほどまでに悩まされた奇襲が止んだ事で魏軍の進軍速度は上がり、いよいよ隘
路を抜けて西涼の地に差し掛かろうかと言う頃だった。
「全軍、止まれぇっ!」
 霞が号令を掛け、全員が足を止めた。
「どうしたのだ、霞?」
「うむ。ここを抜ければ西涼までは目と鼻の先ではないか。それともまた待ち伏せがある
と見ているのか?」
 確かにこの先には広大な平野がある。
 そして連環馬によって魏軍が甚大な損害を被った場所だった。
「だがあの策なら勝てると豪語していたではないか」
「ああ、ちゃうちゃう。別に待ち伏せを怖がって止まったんやないよ。けどウチらは長安
出てから殆ど休み無しでここまで来たやろ?っちゅう事はやな、万が一にも負けた時には
また長安まで逃げ帰らんとならん言う事やねん。無論負けるつもりは無いけどな、備えっ
ちゅうもんはあって困るもんやないやろ」
「つまりいざと言う時の拠点を確保すると言う事か」
「その通りや」
「…………なるほど」
「姉者、本当に分かっているか?」
「おう!後で秋蘭に訊けば良い話だと言う事はよく分かった」
「…………」
「…………」
「…………」
「な、何だ、凪までその冷たい視線は!?」
「ハッ!い、いえ、申し訳──」
「凪が呆れるのも当然だ。まあ、良い。姉者には私から説明しておくから、具体的に何を
するつもりか言ってくれ」
「大変やな、秋蘭。──っと、それよりや、実はここから南に少し戻った所にな、狄道っ
ちゅう城があってな──」
「ちょ、ちょっと待て、霞!」
 夏侯淵が顔色を変えて霞の言葉を遮った。
「狄道と言えば山間に囲まれた難攻不落の要衝と聞くぞ!?前回も西涼の前に狄道を奪っ
て足場を固めるべきとの意見はあったが、そこで時間を費やせば西涼からの軍に挟撃を受
ける可能性が高いとして退けられたのだ。ましてや騎馬隊のみで二万程度の兵で陥とせる
ような城ではあるまい」
「ま、まともに攻めたらそうやけどな。論より証拠や。付いて来ぃ」
 言うと霞は馬腹を蹴って走り出した。
 楽進が後に続く。
「お、おい、霞!凪!」
「已むを得ん。我等も行くぞ」
 そうして全員で霞の後を追う事数刻、魏軍は獣道同然の狭い道を抜け、ようやく開けた
場所に出た。
「こ、ここは……!」
 その場所に夏侯淵が絶句する。
 そこは切り立った斜面を眼下に望む、断崖の上だった。
「おい、霞!これは何の真似だ!?華琳様の威光を示すこの大事な遠征にふざけていると
ただではおかんぞ!?」
 夏侯惇も激昂して霞に掴みかかった。
「落ち着き、二人とも。別にふざけてなんかあらへんって。ほれ、よう下を見てみぃ」
 霞に言われ、夏侯惇が目も眩む様な高さの崖下を覗き込む。
「何だ?精々真下に城が見えるくらいだぞ」
 夏侯淵がハッと顔を上げた。
「霞、まさかお前──」
「せや。ここから攻める」
「何だとぉ!?」
 夏侯惇が声を荒げて振り向いた。
「霞、貴様ふざけるのも大概にしろ!ここから攻めるなど何の冗談だ!?」
「今回ばかりは私も姉者の意見に賛成だな。よしんば綱などを使って降りれるとしても、
下の敵に見つかれば矢の的にされるだけだ」
「そないな不っ細工な真似するかい。ウチらは騎馬隊やで?攻める言うたら馬で駆けるに
決まってるやろ」
「それこそ悪い冗談にしか聞こえん!こんな崖を馬などで降りられるものか!──おい、
凪!貴様も何とか言わんか!」
「……私は霞様の指示に従います」
「凪!?」
「お前、正気か?」
「私は霞様と烏桓の国へ行った際に、彼の地の者達がこの様な崖をいとも容易く駆け下り
ているのを何度も目にしました。烏桓の者に出来る事が、大陸最強を誇る曹魏の騎馬隊に
出来ないとは思いません」
「よう言うたな、凪。──お前等も何時までもグダグだ言っとらんと、覚悟決めぇや!別
に難しい事はあらへん。全部馬に任せたったらええねん。ビビッて下手に自分で手綱取ろ
う思たら却って危ないくらいや」
 そう言って霞は崖の縁まで馬を進め振り返った。
「張遼隊、前へ!」
『ハッ!』
 霞の号令に従って、董卓軍時代からの霞の部下達が前に出た。
「ええか、お前等!敵は涼州兵、ひょっとしたらお前等のダチや親兄弟もおるかも知れん。
けどな、ここまでウチに付いて来たお前等ならそないなしがらみとっくに振り切っとると
思うとる。せやから遠慮なんていらん。ウチらが最強やちゅう事を存分に見せたったれ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉ────っ!!』
 沸き起こった喚声が空気を震わせる。
「烏桓兵!」
『応ッ!』
 続いて烏桓族の兵士達が気勢を上げた。
「先陣はお前等や!ホンマの人馬一体がどんなもんか、たっぷりと見せつけたれぃっ!」
『うおおおぉぉぉぉ────っ!!』
「曹魏の騎馬隊!』
 残りの兵達が緊張した面持ちで姿勢を正した。
「お前等は城の正面で攻めかかるふりをせぇ!敵の目を引き付けとくんや。無理に戦う必
要は無い。ウチ等が中に入り込んだら一気に外から攻め寄せや!──宋憲!魏続!」
 霞が二人の兵士に声を掛けた。
 涼州時代からの古参の部下である。
「お前等なら麓までの近道も知ってるやろ。先導したり」
「了解であります!」
「張将軍もご武運を!──よし、往くぞ!」
 二人が部隊を纏めて来た道を駆け下りて行く。
「よし、今から半刻後に突撃開始や。気合入れとけよ!」
 空気が張り詰める。
 刻限はすぐに訪れた。
「よっしゃあ!ほな、行くで!全軍、進めぇぇぇぇぇ────っ!!」
『わあああぁぁぁぁぁ────っ!!』
 号令と共に霞が馬腹を蹴って崖下へと身を躍らせた。
 すかさず楽進がその背を追う。
 その後も烏桓が、張遼隊が後へと続いた。
「お、おい、霞!──チィッ、已むを得ん。秋蘭!」
「うむ。姉者、抜かるなよ!」
「フン、霞はともかく他の者が出来るのに私が出来ない道理は無い!」
 夏侯姉妹が崖に向かって飛び込んだ時、先頭の霞達は既に敵城内へと雪崩れ込むところ
だった。
「な、何だ!?こいつ等何処から現れた!?」
「み、見ろ!奴等崖を駆け下りて来るぞ!」
「バカな!あの崖を馬でだと!?」
 予想もし得ない場所からの攻撃に、城兵達は大混乱に陥っていた。
 城には五千を超える守備兵が駐屯していた筈だったが、殆ど抵抗らしい抵抗も出来ない
まま狄道の城は陥ちた。
 守備兵の被害は三千に達していたが、一方の魏軍は二百にも満たない損失だった。。
 堅城を最小限の被害で、しかも僅か数刻で陥とすと言う大勝利に魏軍は沸いた。
 この日は戦勝の祝いも兼ねて祝宴が開かれた。
 将兵が入り混じっての無礼講である。
「霞!どうら、呑んでるか?」
 既にかなり出来上がっているのか呂律も怪しい夏侯惇が上機嫌で霞の肩を叩いた。
「ああ。心配せんでもちゃんと呑んどるって」
「おおぅ、そうか!わはははは!──おお、秋蘭!わらいもうろよ!わはははは!」
 意味も無く馬鹿笑いを上げて夏侯惇は妹の方へと歩いて行った。
「ご機嫌やなぁ、惇ちゃん」
 その後姿を呆れた様に見送る。
 霞が周りを見回した。
 他の者達も思い思いに楽しんで見えた。
 そんな魏の兵士達を暫く眺めていた霞だったが、おもむろに腰を上げると酒徳利を一つ
ぶら下げてぶらりと会場を後にした。

 城壁の上に築かれた見張り櫓の上で霞は一人飲んでいた。
 銀月が杯を満たす酒に映り込む。
「月を呑む、か」
 独り呟き杯を呷った。
 グビグビと一気に酒を胃に流し込む。
「んぐっ……んぐっ……んぐっ……。ぷはぁっ!──ん?」
 櫓の下に人の気配を感じて霞が視線を投げた。
「なんや、凪かい」
「こんな所にいらしたのですね」
 梯子に足を掛けながら楽進が言葉を返す。
「ん、まあ、ちぃと酔い覚ましにな」
「そう仰る割りには全然酔われていない様に見えます」
「そう見えるか?」
「やはり旧知の相手と戦うのは辛いですか?」
「見くびるなや。部下にあないな事言うといて、後から自分がウジウジ悩む様な益体無し
に見えるんか?」
 杯に口を付けながら、霞がジロリと楽進を睨んだ。
 尤も本気で腹を立てているわけではないのは目を見れば分かる。
「こんな時代や。好きに生きられる奴なんて殆どおらん。望むと望まんとに関わらず力を
持つもんは責任を求められるもんや。ウチの知り合いにも、ホンマは花でも育てて穏やか
暮らすんが似合うような優しい性格やけど、乱世に苦しむ人々が見過ごせんちゅうて戦い
続けとる奴もおるしな」
「それはもしかして──」
「ウチは元々戦いの中でしか生きとるんを実感出来んような女やからな。他の奴に比べた
らまだまだ幸せな方やなって思う」
「かつての仲間と戦う事になってもですか?」
「前は仲間でも今は敵。そんな事、この時代じゃ珍しい事でもない。華琳と袁紹かて、元
は幼馴染の間柄やろ?」
「ですが私は沙和や真桜が敵になったとして、そんな風に割り切って戦える自身がありま
せん」
「割り切っとる訳やない。ウチはウチのせんとならん事をしとるだけや。この世界に生き
るもん皆が笑って旨い酒を呑める時代を作る。国や立場が変わっても絶対に変わらんウチ
の信念や。──んぐ、んぐ、ん、ぷはぁ。お前もやるか?」
「い、いえ、私はお酒はあまり……」
 差し出された杯を楽進が申し訳なさそうな顔で断る。
 その表情がおかしかったのか霞がくつくつと笑った。
「凪は酒より食いもんの方が空きか。けど今日の料理はお前には物足りないんちゃうか?」
「はい。唐辛子ビタビタがありませんでしたから」
「あはは、そないなもん食えるんはお前ぐらいやしな」
 カラカラとひとしきり笑った霞だったが、つと空を見上げた。
 先程までは煌々と輝いていた銀月を、今は薄雲が覆っていた。
 だが雲の流れが速いのか、またすぐに月が顔を出して辺りを照らす。
 月明かりを受けた霞の横顔は同性である楽進ですらハッとするほどの美しさだった。
「ウチかて好きに生きたいと思う事はある。あの流れる雲の様に何処までも自由に流れて
行きたいってな。せやかて目の前で泣いてるもんがおるのに、気付かんふりしてウチだけ
愉しく生きるっちゅうんも寝覚め悪いやん」
「……そうですね。自分もそう思います」
「せやろ?ほな、そろそろ休みぃ。明日の出発は早いで」
「はい。おやすみなさい、霞様」
「ああ、おやすー」
 楽進の背を見送っていた霞が、不意に遠い目で地平を眺めた。
「どこまでも、か。アイツとやったら或いは……」
 小さな呟き。
 その目に微かな感傷の色が浮かんでいた。
「ああ、アカン。ちぃと呑みすぎたわ」
 振り切るように首を振る。
 顔を上げた霞の目には何時もの強い光が戻っていた。
 
「狄道が陥ちたですって!?」
 伝令のもたらした報告に、詠だけでなくその場に居た全員が耳を疑った。
「信じられん。あの城は水関にも引けを取らぬ程の堅固さを誇るのだぞ?それが僅か一
日で陥ちたと言うのか」
「たった二万でどうやったらそんな事出来るって言うの?」
 華雄と蒲公英の疑問に対して伝令が返した答えは更に驚愕すべきものだった。
「あ、あの崖を逆落としに駆け下りただって!?そ、そんな真似出来る奴なんて──」
「居るから城が陥ちたのであろうよ」
 絶句する翠に比較的冷静な桔梗が言葉を返した。
「とにかく狄道が陥ちたのが事実なら、この城とは目と鼻の先よ。そこに曹操が大軍を引
き連れてきたら挽回は難しくなるわ。多少の犠牲は覚悟しても今の内に取り戻しておかな
きゃならないわね」
「うむ。詠の言葉は尤も。なればわしらも部隊の編成を急がねばならぬな」
 と、そこで新たな伝令が駆け込んできた。
「注進──っ!南方二十里に曹魏の軍が現れたとの事です!」
「早過ぎる!チィッ、流石は張遼の騎馬隊だな」
「感心してる場合ではないのですぞ!こちらも早く迎え撃つのです!」
「そうね。それじゃ翠と華雄はそれぞれ前曲の両翼を、中央は恋が率いて頂戴。桔梗は弓
隊を率いて中曲からの支援を。蒲公英には二千を預けるから遊撃を掛けて敵の陣形を乱し
て。後曲は月を中心としてボクとねねが補佐に付くわ。けれど戦況によってはねねにも独
立して采配を取って貰う可能性もあるから気を引き締めてよ」
「ま、任せるのです!」
「俺は?」
「アンタは月の傍に付いてる以外で何をするって言うのよ?」
「了解」
「なら行くわよ!ボク達は負けられないんだからね!」
『応ッ!』
 各将が戦いに赴く為、玉座の間を飛び出していく。
 同じように駆け出す一刀に、詠が並んだ。
「どうした?」
「嫌な予感、するのよ」
 詠の瞳が不安に揺れていた。
「もしもの時には月の事、頼んだわよ」
「ああ。月も詠も、俺が守って見せるさ」
「守るって、アンタに何が出来るのよ?ま、期待はしないけど頼りにしてるわ」
「任せろ」
「……バカ」

 涼州軍が城門前に陣形を展開し終えた頃、魏軍が姿を現した。
「ギリギリ間に合ったな」
 一刀が一息つく。
 と、魏軍の中から一人の騎馬武者が前へと出て来た。
 その姿に一刀が思わず息を呑んだ。
「霞……」
 それは一刀達が再会を熱望し、そして今は敵味方に分かれた霞その人だった。
「我は涼州征伐軍総大将張文遠や!涼州牧にして漢帝国相国董仲穎、姿を現し!」
「あ、アイツ……!」
「大丈夫だよ、詠ちゃん」
 歯噛みする詠を宥めると、月は霞の下へ進み出た。
「霞、さん……」
「おう、月っち。元気しとったか?」
 霞が以前と全く変わりないような気さくな口調で語り掛けた。
「はい。霞さんが庇ってくれたお陰です」
「……礼なら郭に言い。ウチはアイツの意を汲んだだけや」
「私の身代わりになったのは郭さんだったんですね」
「ああ。アイツの最期の演技は凄かったで。周りに居た連合軍の兵士共、誰一人アイツが
董卓やって信じて疑っとらんかったわ。そやからこそ、ウチがアイツの頸を華琳──曹操
に捧げた時もすんなり要望が通ったんやけどな」
 霞が曹操を真名で呼んだ時、一瞬月の表情に複雑な色が浮かんだ。
 霞もそれに気付いたのか、やや寂しげな微笑を浮かべる。
「すまんな、月。こない形でしか会えんで」
「謝らないで下さい。霞さんが自分の利益の為に曹操さんの下に降ったなんて誰も思って
なんかいません。信じる道は今でも私達と同じ。ただやり方が違ってしまっただけ。そう
ですよね?」
「……ああ、そうや。せやから手加減はせえへん。お前等全員の頸を挙げてでも、ウチは
ウチの道を往くつもりや」
「私も……私達も負けるつもりはありません」
「ええ答えや。強うなったな、月」
「皆が、居てくれたから」
「そか。ほな、始めよか」
「はい。──霞さん」
「ん?」
「さようなら」
「ああ」
 それが、二人の間に交わされた別れの言葉だった。
 
「凪、お前に烏桓兵を預ける。ウチは五千で敵の主だった将を引き付ける。お前はその間
敵の横に回りこんで董卓を討て」
「えっ!?じ、自分がですか!?」
「やれるな?」
「は、はい!」
「よし、ほな春蘭と秋蘭は密かに部隊を率いて凪を助けたってくれ」
「それは構わんが……。良いのか、董卓を他の者に討たせて?」
 夏侯惇が戸惑ったように尋ねた。
「ウチらは総勢二万。対して向こうは三万余や。その上将は飛将軍呂布や錦馬超を始めと
した名将揃い、兵は音に聞こえた涼州騎馬隊。この状況で正面からぶつかって勝てると思
うほどの猪やないで」
「しかしそれなら我等が陽動を務めれば良いのではないか?」
「阿呆。何の為にここまで夏侯の旗を立てずに来たと思うとるん?お前等はギリギリまで
姿を現さんから効果があるんやないか。ウチが大将、凪が副将と思うとったら当然董卓軍
の奴等もウチが主軸と思うやろ」
「そこまで考えていると言う事は、良いのだな?」
 夏侯淵が確認するように問うた。
「ああ。この戦いの目的は董卓を討って涼州を制圧する事。ウチの感傷にけじめを付ける
事やない。それに、別れならもう済ませた」
「分かった。凪の事なら私達が全力で補佐しよう」
「応さ。私と秋蘭に任せておけ。共に華琳様へ勝利を捧げようではないか」
「頼むで、二人とも。──凪!」
「は、はい!?」
 呼び止められた楽進の表情は、未だ緊張の色で強張っていた。
 霞はそんな楽進の様子に苦笑すると、偃月刀の飾り布を引き千切って手渡した。
「これは?」
「ウチが武の師匠からもろた物や。気休めかも知れへんけど、お守り代わりに持って行き」
「そ、その様な物を自分が頂くわけには……」
「なぁに、この戦が終わったらきっちり返してもらうわ。せやからしっかり働き」
「……はい!」
 楽進の返事に、霞が満足そうに頷く。
 そして兵士達に向き直ると高々と偃月刀を掲げた。
「さて、と。お前等も気合入れぇよ!狙うは敵将董卓の頸ただ一つや!友も家族も愛する
者も、全ての屍を踏み越える覚悟で前へ進め!死ぬ時は隣の仲間に遺志を託せ!託された
奴は一歩でも多く先へ往け!己の想いを刃に変えて、未来を切り拓け!」
 霞の檄に部下達の士気が昂ぶる。
 兵士達の士気が最高潮に高まったのを見計らうと、霞は偃月刀を振って叫んだ。
「張遼隊、突撃ぃぃぃ────っ!!」
『おおおおおぉぉぉぉぉ────っ!!』
 霞の号令を受け、紺碧の張旗に率いられた五千の騎兵が縦一文字に駆け出した。
「うおらぁっ!あたしが相手だぁぁ──っ!!」
 先頭を切って疾る翠が槍を突き出した。
 しかし霞は馬上で大きく身体を傾け、その鋭い突きを難なく買わす。
「随分温い突きやないか!それが大陸にその名を轟かす錦馬超の力なんか!?」
「クッ、言ってくれるじゃねぇか!ならこれを受けてみろぉっ!!」
 銀光が一閃した、そう思った時には既に三度の突きが繰り出されていた。
 その全てを躱した霞だったが、裁ききれなかった一撃が頬を掠めて浅い傷を作る。
「やるやないか。そうでないと──おもろないもんな!」
 今度は霞の偃月刀が唸りを上げた。
 咄嗟に受け止めた翠の槍との間に火花が散る。
「ッ痛ぅ〜!なんつー馬鹿力だよ」
「退け、馬超!今度は私が行く!」
「あっ、ちょ、おい、華雄!あたしの獲物を勝手に──」
 しかし翠の抗議にも聞く耳持たず、華雄が大きく振り上げた大斧を霞目掛けて打ち下ろ
した。
「華雄か。久しぶりやな。生きとったとは驚きや」
「ああ。取り返しのつかぬ失態を犯しておきながら、無様にも生き残ってしまった。だが、
だからこそ私はもう、大切なものを失わせはせん!長年に渡るお前との勝負、今ここで決
着をつけて私はこの地を守る!」
「ほな、お前の覚悟、ウチに見せてみぃ!」
 かつては董卓軍随一を競った二将が激しく打ち合う。
 膂力・技量共に互角。
 後は背負った想いの強さが勝負を決める。
「張遼、かつての我が友よ!せめて我が手で眠らせてやる!」
「お前のそう言うとこ、嫌いやないけどな。が、そない甘っちょろい考えでウチを討てる
思うなよ!」
 霞の攻撃が一段激しさを増した。
「こやつまだこれほど──」
 徐々に華雄が押され始めた。
「まだまだこんなもんやないでぇ!そらそらそらそらぁぁぁ──っ!!」
「うおおっ!?」
 華雄とて天下に名高い一流の武人である。
 だがこの戦いに全てを懸けたかのような霞の気迫が彼女のそれを上回っていた。
「これで終わりや!でやあああぁぁぁぁぁ────っ!!」
 渾身の一撃が華雄を捕らえた。
 華雄が死を覚悟し、思わず目を瞑る。
 次の瞬間、身を砕くべき衝撃は訪れず、代わりにガキンと重い金属音が響いた。
「!?」
 華雄が目を開ける。
 そこには眼前で方天画戟によって止められた偃月刀の刃があった。
「呂布!?」
 恋が二人の間に割り込んでいた。
「随分と水を差してくれるやないか、恋?」
 霞が半眼で恋を睨み付けた。
「……霞」
「なんや、次はお前が相手や言うんか?」
「…………(コクッ)」
 恋が小さく頷く。
「りょ、呂布!貴様武人の戦いに何と無粋な!」
「……でも止めないと、かゆ死んでた」
「死を恐れて戦が出来るか!」
「……死ぬ、ダメ。それ、前と同じ」
「うぐっ……」
 水関の話を持ち出されて華雄が言葉に詰まる。
「……すまぬ。一騎打ちに熱くなって同じ過ちを繰り返すところだった」
「……ん。かゆ、代わりにあっち。おかしな動きしてる奴いる」
 恋が指差す方向を見ると、楽進が回り込んで本陣を狙おうとしているところだった」
「うおっ、あれは!──承知した。任せるぞ、呂布!」
「…………(コクッ)」
「させるかい!」
「……ダメ。霞の相手は恋」
 華雄を追おうとする霞の前に恋が立ち塞がった。
「チィッ、今はお前の相手しとる場合やないんや。けど──通してくれそうな雰囲気やな
さそうやな」
 霞が向き直って得物を構える。
 恋も無言でそれに応じた。
「行くで。天下無双と言われたその腕前、ウチがしっかり見極めてやろうやないかっ!」

 皆の目が霞の戦いに引き付けられている頃、楽進は涼州軍に横撃を仕掛けるべく敵陣形
の後方左翼に回り込んでいた。
 正面には『陳』の旗が掲げられている。
 音々音の率いる部隊だった。
(霞様が陳宮はまだ経験が浅いと言っていた。知将の誉れ高い賈駆と戦うよりも勝てる可
能性が高い筈)
 霞が今でも月の事が好きなのは楽進にも分かっていた。
 生かす事が叶わぬなら、せめて自分の手でと言う気持ちなのだろう。
 しかし霞は敢えてそれを抑え、魏の勝利の為に彼女へ託した。
 だから楽進も勝つ事だけを考えた。
(今は自分の武を誇る時ではない)
 そう考えてひたすら敵の一番弱い所を狙った。
 彼女の動きに気付いた音々音が陣形を整える。
 しかし既に楽進は音々音の目前まで切迫していた。
「まずは陳宮、お前の頸を貰い受けるぞ!」
「させないよ!」
 そこへいち早く蒲公英が割り込み、翠譲りの槍撃を繰り出した。
「余計な真似を!」
「へへんだ!張遼は無理だけど、アンタ程度の相手ならたんぽぽで充分なんだから」
 拳を武器とする楽進は、馬上の戦いでは不利を否めない。
 已む無く一旦距離を取る。
「こらぁっ!逃げないでよ!」
 その背を蒲公英が追った。
 しかし今度はその前に立ち塞がる者が居た。
「威勢が良いな、ちびっ子。ならば私の相手をして貰おうではないか」
 巨大な剣を携えたその出で立ちも只者ならざるものであるが、何より特徴的なのはその
隻眼だった。
「嘘っ、夏侯惇!?聞いてないって!」
 蒲公英が慌てふためく。
 尤も今の彼女では到底敵う相手ではないのだから無理も無い。
「手始めに貴様の頸でも頂こうか!」
「きゃあっ!?」
 夏侯惇の斬撃を咄嗟に受け止めた蒲公英だったが、力を流しきれずその小さな身体が吹
き飛んだ。
 馬上から地面に叩き付けられ、激しい衝撃が彼女の身体を襲う。
「大丈夫か、たんぽぽ!?」
 そこへ翠が懸け付けた。
「いたた……。な、何とか生きてるよ」
 蒲公英がよろよろと身体を起こしながら返事をすると、翠がホッと安堵の息を吐いた。
 そして夏侯惇をキッと睨み付ける。
「夏侯惇、貴様よくもたんぽぽを!たんぽぽの仇はあたしが討つ!」
「ちょっと、生きてるってば」
「錦馬超か。フッ、面白い。少しは手ごたえのある相手が欲しかったところだ。さっきの
ちびっ子同様、我が大剣の錆にしてくれる!」
「だから勝手に殺さないでよぉ。もう、いい!」
 蒲公英が拗ねて頬を膨らませている間に、翠と夏侯惇の間では激しい戦いが繰り広げら
れていた。
「やるな、錦馬超!そうでなくてはつまらん。──てやああぁぁぁっ!」
「ヘッ、そいつはこっちの台詞だぜ!この前の決着をつけてやる!──っしゃおらあっ!」
 どちらも一歩も引く事無く切り結ぶ。
 その隙に再び音々音の下へ向かおうとする楽進だったが、またも彼女の前に立ち塞がる
者が居た。
「我が名は華雄!楽進、尋常に勝負しろ!」
「そうはさせん!」
 華雄が振り下ろそうとした斧は、一本の矢によって弾かれた。
「何っ!?」
「姉者だけと思ったか?悪いが凪の邪魔はさせぬよ」
「ならば弓使い同士、わしの相手をしてもらおうかい」
「……厳顔か。出てきて欲しくはなかったが、已むを得ぬな。──凪、一人で行けるか?」
「はい!」
「良い返事だ。──と言う訳だ。夏侯妙才、お相手仕ろう」
「くははっ、ヒヨッコがどれほどやれるものかな?精々愉しませてもらおうぞ」
「ならばやはりお前の相手は私だな」
 大斧を振りかざして華雄が楽進へと迫る。
「霞様の言われたとおりだな」
「何?」
「華雄と言う将は武勇には優れるが思慮の足りない猪武者だと。──往け!」
 楽進が後ろに続く兵達に合図を送る。
 と、兵達が次々と騎乗したまま跳び上がった。
 そのまま華雄隊の頭上を越えて本陣へと向かう。
「後は私がお前を止めて、その間に烏桓の兵達が董卓の頸を奪る!」
 そして楽進は拳を固め、裂帛の気合と共に氣弾を放った。
「若僧と思っていたが、やるな楽進。だが、お前こそ我等の軍師を舐めてはいないか?」
 氣弾を弾き、華雄がニヤリと嗤った。
『わああぁぁぁぁ────っ!!』
 兵士達の怒声が響き渡る。
「お前達!?」
 楽進が思わず部下達に視線を送る。
 そこには通常の倍はあろうかと言う長槍に貫かれる無数の烏桓兵の姿があった。
「敵が騎馬隊主体との報告は入っているのです。だったらそれに合わせて準備を整えるの
は当然なのです!」
 音々音が得意気に胸を張る。
 倒した兵士は最前列の数十人程だが、突っ込めば槍に刺さりに行く様なものとあっては
勇猛果敢な烏桓兵といえど二の足を踏むのは当然である。
 中には先ほどの様に前衛を飛び越え、本陣を直接狙わんとする者達もいたが、その者達
は真上を向けて構えられた後衛の槍の的にされるだけだった。
 それだけではなく、右に左に巧みに兵を動かし、烏桓兵をそれ以上一歩も本陣に近寄ら
せずに彼等を釘付けとしていた。
「ねねだって……ねねだって恋殿に頼るばかりではないのです!守るべきものは自分の力
で守らないと、恋殿の軍師を名乗る資格は無いのです!」
 小さな身体を必死に動かし、懸命に采配を取る。
 かつて虎牢関が陥とされた時に、一番自分を責めたのは誰あろう、この音々音だった。
 若くして俊英と呼ばれ、己の才覚に自信を持っていた彼女が、虎牢関では自分より何倍
も知識と経験を備えた各国の軍師達に手玉に取られむざむざと要害を奪われた。
 そこに至って音々音は、如何に自分の立てる策や兵士の采配が恋の武勇に頼りきった物
であるかを悟ったのだった。
 それ以来、音々音は必死で勉強をし、兵士達とも積極的に交わって信頼を掴み、今ここ
に一人前の軍師として立っていた。
「クッ、ならば自分が──」
「おっと、お前は私の相手をしてくれるのだろう?」
「邪魔だ、退けぇっ!」
 渾身の拳撃が幾度も華雄に打ち込まれる。
 しかし彼女はその全てを躱しきっていた。
「筋は良し。だが私の相手とするにはまだまだ不足だな」
 華雄の攻撃に楽進が翻弄される。
 辛うじて防いでいるものの、浅い傷は至る所に刻まれていた。
「そろそろ止めを刺させてもらうぞ!」
 それまで以上に鋭い一撃が楽進を襲った。
「うわぁっ!」
 流石に躱しきれず、先程の蒲公英の様に馬上から弾き飛ばされてしまった。
 勢い良く地面に叩き付けられた身体はそれだけで止まらず、二度三度と跳ねる。
 激しく咳き込み、全身が痙攣していた。
 フラフラと立ち上がるものの、すぐにガックリと膝を突いてしまう。
「凪っ!」
 夏侯惇が叫んだ。
 たまらず駆け寄ろうとするも翠に阻まれ身動きが取れない。
 それは桔梗と向かい合う夏侯淵も同様だった。
「貰ったぞ!」
 必殺の一撃が楽進を捉える。
 そう思われた瞬間だった。
『うおおおぉぉぉ──っ!!』
 雄叫びを上げながら数人の兵士が華雄へと飛び掛ってきた。
 指揮官の不利を見て取った烏桓兵の幾人かが引き返していたのだ。
「チィッ、邪魔をするな!」
 華雄が横薙ぎに大きく斧を振るった。
 たちまち三人が胴を両断された。
 しかしその内の一人が上半身だけとなりながらも華雄の斧にしがみ付いた。
「ぬっ!?は、離せ!」
 ようやくその兵士を振り解いた華雄だったが、その時には別の兵士が楽進を馬に乗せて
後方に下がらせているところだった。
「……討ちもらしたか」
 そう呟くと、華雄は先程振り解いた亡骸を見下ろした。
「敵ながら見事」
 勇者に対する礼を取る。
 そして音々音の救援へと懸け付けたのだった。
 
「あかんなぁ、見通しが甘かったようや。ウチもまだまだやな」
 戦況の悪化に霞が顔を顰めた。
「まさか恋に目論見読まれるとは思わんかったわ」
「…………負けたくないから。ご主人様、居なくなる、嫌」
「おうおう、天下の飛将軍をここまでメロメロにするんやから、大した色男っぷりやな、
一刀も。せやけど、負けるつもりが無いんはウチも同じ事や。──せめてお前等の大将の
頸、冥途の土産に貰い受けんとな!」
「!?」
 霞が突然羽織を脱ぐと、恋へと投げつけた。
 広がった羽織に瞬間恋の視界が遮られる。
 その隙に霞は月の立つ本陣へと駆け出していた。
 立ち塞がる兵は自ら斬り伏せ道を拓く。
 更にその道を保つために張遼隊の兵士達が突き進んだ。
 かつて共に轡を並べた者同士が死力を尽くして戦い合う。
「兄者、許せ!」
「フフッ……お前は……自分の、信じた道を……往けば良い……」
 或いは兄弟が。
「国を……捨てた、俺が……頼める義理では、ないが……母と妻子を……頼む……」
「心配するな。約束する」
 或いは親友同士が。
 そこには我欲も憎しみもなく、ただ志の為に命を懸ける。
 そして一度は主君と仰いだ者を討つ為に、霞はひたすら駆けた。
 詠が懸命な采配で霞の突撃を防ごうとするも、その勢いは止まらない。
「見えた!」
 遂に月に手が届く所まで到達した。
「許せ、とは言わんで、月!後であの世で詫びたるから、少しだけ先に逝って待っとって
くれ!」
「ダメだ、霞!!」
「!」
 今にも月へ斬りかかろうとする霞の前に躍り出たのは、一刀だった。
「一刀……?」
 霞が目を丸くする。
 まさか一刀が自分に立ち向かってくるとは予想外だったのだ。
 無論彼女と一刀ではまともに打ち合って勝負になる訳が無い。
 事実一刀は剣こそ構えているものの、その身体は小刻みに震え、構えも隙だらけで全く
なっていない。
「一刀、退き」
 しかし一刀は首を横に振る。
「お前がウチに勝てる思とるんか?」
「思ってないさ。けど、月を守るって約束したからな」
「お前……」
 そこで霞は気付いた。
 一刀の身体こそ震えているものの、その目は決して怯えていない事に。
 それは覚悟を持った男の目だった。
「そっか。せやな。お前も討たんとならん敵、やったな」
 霞が寂しげに微笑み、そして眼つきが変わった。
「ほな、手加減無しで本気で行くで!」
 霞が構え、振りかぶり、振り下ろす。
 その流麗な動きを、一刀は全神経を集中させて見つめる。
 身体が反応したのは奇跡に近かった。
 垂直に振り下ろされた一撃は途中で軌跡を変え、一刀の頸を狙って真横に振り抜かれた。
 その刃を咄嗟に差し出した剣が受け止めた。
 しかし横殴りの衝撃がそのまま一刀の身体を吹き飛ばし、荒地を三間程も転がっていく。
 全身がバラバラになるような衝撃に息も出来ない。
 衣服は一瞬でズタボロになり、無数の擦り傷に身体のあちらこちらが赤く染まる。
 特に首は痛みで全く動かせない。
「ひゅー、ひゅー」
 肺から息が漏れるも吸う事が出来ないため酸欠で意識が遠くなった。
 次の一撃は確実に止めとなる。
 だが一刀の最期が訪れる事は無かった。
「……間に合った」
 一刀が死力を振り絞って耐えた一撃。
 それは恋が駆けつける時間を稼ぐのに充分だった。
「案外しつこいなぁ、自分?」
「……霞、恋の友達」
「ん?」
「でも恋、ご主人様守る。月も守る。皆を守る。だから──霞に、勝つ」
 恋が構えた。
 それはこの戦いで初めて見せた、本気の構えだった。
「にゃはは、嬉しいなぁ」
「……?」
「だってそやろ?天下無双を謳われた、あの呂奉先がホンマの本気で戦うてくれる言うん
やで?武人としてこれ以上の誉れも無いやろ。ほな、ウチも、その期待に答えなあかんよ
なぁ?行くでぇぇぇっ!でやあああぁぁぁぁぁ────っ!!」
 最強を誇る者と、最強を目指す者。
 二人の戦いが始まった。
 恋の技は天賦の才が為せるもの。
 野生の獣にも劣らぬ勘で予想もつかない場所から爪牙が襲い掛かる。
 片や霞の技は長年の修練で身につけた努力の賜物だった。
 一振り一振りが敵を打ち倒すために研ぎ澄まされた精巧な刃の鋭さである。
 両雄一歩も譲る事無く、数合が十合、十合が二十合三十合と打ち合っていく。
 五十合を超えても二人の技は一向に衰えるようは無い。
 何時しか戦場に立つ全員が二人の戦いを固唾を呑んで見守っていた。
 遂に戦いは百合に達した。
「霞さん……恋さん……!」
 月が祈るように呟く。
 そして二人が大きく動いた。
「うおらああああぁぁぁぁぁ──────っ!!」
「ううううあああああぁぁぁ────っ!!」
 霞が咆哮を上げ、普段物静かな恋もが吼えた。
 最後の力を振り絞った、二人の最高の一撃が互いを襲う。
 それは霞の刃が一瞬速く、そして──霞は見てしまった。
 恋の後ろに立ち上がった一刀の姿を。
 抑え付けていた想いが刹那溢れ、決定的な隙となった。
 我に返った時、恋の振るう方天画戟は目前に迫っていた。
「しもた!」
 咄嗟に身体を引いて偃月刀の柄で受けたのはまさに神業と言える。
 しかし最強の武人が繰り出した最高の攻撃は鋼の柄を断ち切り、そのまま霞の胴を横薙
ぎに薙ぎ払っていた。
 時が止まる。
 やがて霞の白い腹に赤い点が浮き出した。
 それはぷつぷつと広がり、終いには一本の線となる。
 次の瞬間にそれが大きく開いた。
 鮮血が噴出し腸が零れる。
「し、し、霞様ぁぁぁぁ────っ!!」
 楽進が絶叫した。
「霞様!霞様!霞様っ!!」
「来るなぁっ!」
 駆け出す楽進を霞が止めた。
「戦は負けや!お前は速やかに兵を退きや!」
「で、ですがっ!」
「ド阿呆!お前は何や!?この軍の副将やろうが!ならウチに何かあった時はお前が兵を
纏めんでどないするんや!」
「嫌です!嫌ですっ!!」
「ええぃ、春蘭、秋蘭!早うその阿呆を連れて行け!」
「し、霞……」
「く……」
 夏侯姉妹が已む無く楽進を取り押さえる。
「気持ちは分かるが、もう霞は助からん。諦めろ」
「嫌です!離して下さい!離せぇっ!!──霞様!霞様っ!霞様ぁぁぁっ!!」
「……許せ」
「うぐっ!?」
 夏侯惇の当身を受け、楽進が失神する。
 夏侯惇はその身体を背負い上げると、そのまま馬に跨った。
「貴様等……貴様等決して許さんぞ!覚えておけよ。必ず我等が貴様等全員皆殺しにして
やる!」
 夏侯惇が怒りに隻眼を燃やす。
「我等の怒りと悲しみ、必ずやお前達にも思い知らせてやろう」
 夏侯淵は凍りつくような視線で静かな怒りを表していた。
「退くぞ!」
 そして夏侯淵の指示で魏軍が退いて行った。
 後には一刀達涼州の面々と、霞だけが残された。
「ったく、手間掛けさせんなや……」
 呟いた瞬間、視界が歪んだ。
 次に気付いた時、視界には青空が広がっていた。
 それで霞は自分が仰向けに倒れている事に気付いた。
「霞────っ!!」
 一刀が駆け寄る。
「霞さん!」
「霞!」
「張遼!」
「霞」
「霞殿!」
 かつての仲間達が次々と駆けつけ彼女を取り囲んだ。
「霞……霞……!」
 一刀が溢れる涙を拭おうともせず霞を抱き起こす。
「ハハッ……負けて……もうた……」
「ああ……ああ!そうだよ。俺達の勝ちだ。だから……帰って来いよ……」
「無茶……言うなや……」
「何でだよ?負けたら……勝った奴の、言う事……聞くもんだろ……?」
「そやなぁ。でも、ウチ……もう、逝かんと……」
「ダメだ!ダメだよ、霞。約束、まだ果たしてないだろ?羅馬、二人で行くって……言っ
たじゃないかよ……」
 霞の顔が一瞬キョトンとなり、そして心から嬉しそうに微笑んだ。
「何や……一刀、まだ覚えとってくれたんか……それ……」
「覚えてるさ!忘れるわけ、無いだろ?だから……だか……ら……」
「あは……嬉しい……なぁ……」
 既に言葉にならない一刀の頬に手を当てると、霞が優しくその涙を拭う。
「何時までも……そないな、顔……せんとき……」
 そして霞は他の者達にも視線を送った。
「月……すまん……なぁ……」
「いいえ……いいえ……っ!!」
 月はそれきり言葉も出せず、ただ霞の手を握り締めて泣き崩れた。
「詠……月の事、しっかり……支えたれよ……」
「言われなくても分かってるわよ!だから、アンタも……手伝いなさいよ!」
 怒ったような詠の泣き顔に、霞が困った様に微笑む。
「華雄、決着……付けれんで……」
「そんな事を謝るな!傷を治せば幾らでも出来る事だ!」
「それ……無理、やなぁ……」
「馬鹿……者ぉ……!」
「霞」
「恋か……。やっぱお前、強いなぁ……。すっかり負けてもうた……」
「……霞、最後ご主人様、見た。それ無かったら、恋、負けてた」
「戦いの最中に……他の事に気ぃ取られたんが……悪かったんや……。やっぱり、ウチの
負け……や……」
 恋が俯きふるふると首を振った。
 その表情は見えないが、頬を伝う一筋の水滴だけははっきりと見えた。
「ねね……」
「ばい!」
 音々音の顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、声も酷い鼻声となっていた。
「成長……したや、ないか……。見違えたで……?」
「でぼ……でぼ……!」
「泣く、なや……。軍師ちゅうんは……何時だって冷静、やないと……あかん……」
「じあどのぉ……!」
「一刀……月……。お前等……分かっとったんやろ……?華琳の……曹操のやり方、やと、
平和が長くは……続かんこと……」
「気付いて、たのか?」
「ああ。一人の天才が……築いた、平和なんて……後に続く者が、おらんと……簡単に崩
れてまうもんなぁ……。けどな、曹操の方が、手っ取り早いんは確か……なんや。百年先
を見据える、なら……月の方が……正しい……。けど……その為に今、目の前で泣いとる
奴を……見過ごす事は、ウチ……には、出来なかってん……」
「分かる。分かるよ、霞」
「そっかぁ……。あはっ、一刀に分かって……もろうて……ウチ、めっちゃ……嬉しい、
わぁ……」
「霞ぁ……!」
「あんな、一刀──」
 それから霞は滔々と想い出を語り出した。
 一刀と出会う前の事、出会ってからの事、別れてからの事。
 苦しげに時折息を詰まらせながらも、ひたすら言葉を紡ぎ出していた。
 一刀も月も、誰もそれを止めようとはしない。
 それが霞の最期の言葉だと分かっていたから、彼らはただその声を言葉を心に刻み付け
ていた。
 そして──不意に言葉が止んだ。
「霞!?」
 ハッとして一刀が霞の顔を覗き込む。
 その瞳は既に光を映していなかった。
「霞……。霞……!霞ぁぁぁぁぁ──────っ!!」
 一刀の声が天に響き渡った。
 その時一陣の風が舞った。
 爽やかで気まぐれで、そして優しい霞の様な風だった。

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