[戻る] [次頁→] []

625 名前:□ボ ◆JypZpjo0ig [sage] 投稿日:2009/07/26(日) 11:22:13 ID:j8wNwjs00
つたない文章ですがUp板に投下しました
読んでくれると嬉しい限りです

タイトルは『W.E.S.209』で
エンディングテーマはMay'nさんのノーザンクロスだと良い感じかもしれません

以下注意事項
・妄想エンジン全開の為、色々マズい箇所があるかも
・全員のテンションにややアッパー気味に修正あり
・もれなく下品というか哀れというか

http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0360
http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?dl=0363



 かつん、と硬質な音が響いた。
 閉じていた目を開き、音の出所に視線を向けると、予想と同じ光景が広がっている。
 彼女の背後、控える将の並びまでもが思い描いていたのと同じということで少し嬉しく
なるが、それを表情に出さずに玉座から立ち上がる。背後から支えようとしてくれた亞莎
や紫苑に視線で制止をかけ、まずは一歩を踏み出した。
 は、と吐息し、笑みを浮かべて眼前の少女を見据え、これまでのことを思い出す。
 本当に、様々なことがあった。
 始まりは、彼女に拾われたこと。
 終わりは、寂しがりな彼女の精一杯の強がり。
 そして終わりの始まりは……。
 後悔でもなく、未練でもないこれは、きっと男の意地のようなものだ。
 今度もきっと、彼女の泣き顔を見ることは無いと思うけれど、泣かせてしまうだろうと
いうことは分かっている。きっと彼女は皆の前では余裕そうな表情を浮かべて、その後で
一人になったとき、泣いてしまうだろう。
 だが、それでも構わない。
 二歩目を踏み出すと、背後からも揃って足を踏み出す音が聞こえてきた。
 皆にもかなり迷惑をかけたが、それもここで終わりだ。
「風」
「はーい」
 振り向かず名前を呼ぶと、一歩前に出る気配がある。
「凪、霞、流琉、季衣、霞、亞莎、明命、詠、華雄、雛里、紫苑、翠、愛紗」
 それぞれの返答と共に進み出る気配があり、それに押されるようにして、俺は更に一歩
前進した。これで合計三歩、彼女との距離は確実に近付いている。
 それは戦の始まりが近付いているのと同じ意味だ。
 少女の、少女達の足音はこちらに向かって近付いてくるし、俺の足も止まらない。
 互いに足並みを揃えている訳でもないが全ての足音が同時に鳴り響き、一歩という単位
の中で二歩分が縮まっていく。倍の速度で進んでいるのは、きっと会いたいと思っている
からだろう。初めての逢瀬のときのように逸る気持ちは、鼓動の倍鳴りも合わせて四倍の
速度で、意思を体を前へ前へと駆り立てる。
 それを快いと思い、この感情をいつまでも続けていたいという思いも抱くが、それこそ
終わってしまえ、という気持ちの方が強い。これが終わるということは、愛しい彼女が俺
の手の届く場所に来るのだから、と。
「お兄さんお兄さん、言うまでもないことですが、揺らいでは駄目ですよ」
「分かってるよ」
 進む、足を踏み出す、もはや駆け足とも言えるような速度での前進だ。
 やがて止まり、そこに見えたのは、各国の武将だ。
 近い、という表現では納まらない。
 目測で十歩程、一瞬で手を伸ばせる距離にまで対峙する。
通常の戦では考えられない程の至近距離だ。
僅かな眉の動き一つですら見える距離は今までも数少ないと言うのに、それに加え殺気
というものまで付いてくる。彼女はこんな経験を何度も繰り返したのだろうが、それでも
余裕を持てなかったというのだから、普通なら俺には過ぎたものだ。
 先走る意思を代弁するように、無意識の内に手が腰元に伸びていた。南海覇王の柄尻の
硬い感触が掌に当たり、金属に吸われる体温が心の熱を僅かに冷ます。
「あら、もう始めるつもり? まだ舌戦もしていないと言うのに」
 言葉自体は疑問形だが、そこに含まれているのは僅かな否定の感情だ。
 それに苦笑を返し、柄尻から手を離した。
「そうだな、すまない」
 改めて、と言うように俺は更に一歩を踏み出し、
「久しぶりだな」
 眼線の少女に向ける笑みを強くした。
 金の髪を特徴的な巻き型にし、青の衣装に身を包んでいる少女、かつて大陸の覇者だと
謳われた彼女は、更に強い笑みを返してくる。
 そうだ、これで良い。寧ろこうでなくてはいけない、俺が望むことを叶える為に。
「しばらく見ない間に、更に美人になった」
「三日で久しぶりとは、帝様も随分とせっかちなものね。人の上に立つ者は余裕を持たな
いと駄目よ。あなたは今まで、私の何を見ていたのかしら?」
 それとも私に会えないのがそんなに寂しかったのかしら、と唇の端を歪めてみせる。
「ねぇ、一刀?」
「そうだな、これからのことを考えると尚更。でも止めるつもりは無いんだろう?」
 なぁ、華琳、と言うと返ってくるのは強い頷きだ。
「そうね、貴方を生かしておく訳にはいかないもの」
 始まる、と思った直後、それは来た。
「帝とは何か!! 答えよ、北郷一刀!!」
 華琳は控えていた桂花から絶を受け取ると空気を切る音を響かせ、スナップに近い腕の
動き一つでこちらに先端を向けてくる。
「帝とは全ての民の進むべきを見て、そして導く者!! 過ちを正し、足りぬものを補い、
民を整えることは官の役目ならば、それが進むべき道を先導することこそ帝の役目なり!!
なればこそ、私は問いたい!! 貴殿はそれを間違いなく行ってきたのかを!!」
 華琳は声を張り上げ、石突きで床を穿ち、
「人が泣かぬ世は道の先にあるか!!」
 桃香がこちらに目を向けた。
「民が愛する王が、帝が有るのか!!」
 雪蓮が、蓮華が、小蓮がこちらを見た。
「全ての民が正しく生きていける世は存在するのか!!」
 華琳は叫び、一歩前に出る。
「この戦こそが人が生きる歴史の境目ならば、己の大義を正しく答えてみせよ!! 我らが
民の矛、民の盾、そして力だと言うならば」
 一瞬目を伏せ、
「それが何所に向かい、何に辿り着くのかを!! 返答は如何に!!」
「俺は帝だ」
 華琳の背後、恋が動く気配がしたが、桃香の指先の動き一つで制された。以前に会った
時も感じたが、人の成長というものの凄さを感じる。二年前の最終決戦時、華琳と戦った
時に見せた意志の強さは王の自覚というものに昇華されている。素晴らしい、と思うのは
上から目線で考えているからなのだろうか。その辺り、やや高慢になっていたらしいこと
に驚きの感情を覚えた。
「帝こそ国そのものなれば、思うが儘に進むが道理」
 だから、
「先にあるものも、帝の世界だ」
「帝も人よ」
「人であり、しかし国だ」
「国とは民と大地」
「それを持つ者こそ帝だ」
「帝は死ぬけれど、それだけでは国は死なないわ」
「ならば国とは何だ?」
「人の意志よ」
「人の意志は一つではない」
「様々な意思が集う場所よ」
「それの上に立ち、意志となるのが帝だ」
「ならばそれは、きっと揺らぐわ」
「民の感情には揺らぎが無いと?」
「それを抱えて生きていき、意志の代弁をしながらも、己の意志と違えずに出さぬが帝!!」
「もしも、それが滅びだと言えば?」
「民はそれを望んでいないと言うわ」
「滅ぶべきが道だと言うならば?」
「それは道とは言わないわよ」
「ならばどうする?」
「それを殴り倒し、そして言うのよ」
 だん、と床を踏み鳴らし、
「私達は間違っていない、と」
 眼尻に涙を浮かべ、
「滅びたくない、と」
 それを袖で乱暴に拭い、
「生きていたい、と!!」
「さあ、それじゃあ始めよう」
「ええ、そうね。始めましょう」
 突き出した南海覇王に、華琳の絶が触れ、鈴の音にも似た音が小さく響く。
「世界を滅ぼす為の戦いを」
「世界を護る為の戦いを」
「全てを終わらせる為の戦争を」
「全てを始める為の戦争を」
「俺と」
「私と」
「「全ての意志の名のもとに」」
 そして、全てが始まった。

 ―――― 話は一年前に遡る。



 ――― また会おうと言わなかった
 ――― だから自分はここに来た

01「戻ってきたよ」

 帰って来た、まず思ったことはそれだった。
 この大陸に着いたときにも思ったことだが洛陽の中、華琳の城下町に入ると、まずその
一言が頭の中に思い浮かんだ。視線を上げると他の建物よりも一際高く巨大な城が見え、
一年前よりも人が増えたような気がする雑踏の中を歩いて行けば、見知った顔や店が軒を
連ねている。まだ僅かな勢力との小競り合いも残ってはいるのだろうが、戦が殆ど消えた
こともあり、街自体の改築や整備が急速に進められたのだろう。以前の雰囲気を残しては
いるし、立ち並ぶ店などのバリエーションも殆ど変っていないが、昔に比べて遙かに歩き
やすくなっているし、どことなく洗練された印象も受ける。
 確かに変わってはいるが、名残というものが随所に見えて、だから思ったのだ。
 帰って来た、と。
 馴染みだった点心の屋台が見えて、思わずポケットの中を探った。
幸いなことに、手持ちはそれなりにある。こちらに来てから稼いだものではなく、蜀と
呉の連合軍を相手にした最終決戦時、負けるとは思っていなかったが、感情と理性は別の
ものだ。見るからに嫌そうな表情ではあったが、桂花に忠告され、万が一敵に敗れたとき
のことも考えて敗走後の為の資金として持っていたものの一部がフランチェスカの制服の
中に残っていたからだ。
 改めて財布の中身を確認してポケットに入れると、食べたいという気持ちからか自然と
速度が高まる。人混みの中を進んでいき、屋台に辿り着くと店主が驚いたような表情で俺
の顔を見つめてきた。少し考えて、成程、と納得する。凪や霞たちともよく来ていたが、
彼女達が俺も帰った後でも利用していたならば俺が来なくなったことの理由も問うだろう。
俺のことを、死んだ、とは言わないだろうが、帰ったとか何とか言うだろう。そんな男が
一年振りに顔を出したら、それは驚こうかというものだ。
 よもや化けて出たとも思われないだろうが、安心させるように笑みを浮かべ、
「久し振り」
 言うと、店主は絶叫した。
「ほ、北郷様!? 申し訳ございません、命ばかりは取らないでください!! せっかく美人で
巨乳な嫁も出来て腹の中には子供も居るんです!! 李典様を連れて来られる度に巨乳武官
連れかと殺意を抱いたり、呈c様と連れ添っている度に変態野郎と心の中で暴言吐いたの
は心の底から謝りますので!!」
 この外道店主、そんなことを思っていたのか。
 しかし俺は笑みを固定したままで、
「いや、まず俺死んでないからね」
「ですが楽進様に問うたところ、寂しそうな顔をされて、「あの方は、天に帰られた」と。
それに三日に一度は誰かが北郷様に供えるのだと大量に買い込みされていきますが」
 意味が違う、と言うか犯人は凪か。
 十分程かけて説得し、肉まんを何個か包んでくれるように頼んだ。そして代金を払おう
とポケットの中に手を伸ばし、違和感に気が付いた。携帯は有るし、手回し式の充電器も
無くなっていないし、色々メモしてきた手帳も消えていない。
 いや、違う。
「すられた?」
 見れば店主は既に生地をセイロの中に並べていて、笑みを浮かべて「今までで一番美味
く出来そうですよ!!」とのサービス発言までくれた。心なしか昔頼んでいた時よりも大きく
見えるし、食材調達に出ていたらしい奥さんが戻って来たのを見ると、俺のことを色々と
話し始めた。奥さんも俺の方を見ると、笑みを浮かべて何度も頭を下げてくる。
不味い、と背中に脂汗が滲み、これからどうしようかと考えた。
金が無いと正直に話し注文をキャンセルする → 金も無いのに調子に乗った馬鹿扱い
ツケにしてくれと頼む → 帰ってさっそくヒモと言うか誰がその後金を出すのか
働いて返す → 皿洗いをしている姿を凪達に見られ、気不味い空気に
 どちらにしろ華琳達に白い目で見られそうだし、魏の種馬扱いの他に不名誉な称号まで
付けられてしまうだろう。せっかくこっちに戻って来たと言うのに、しょっぱなから嫌な
空気になっている。
 どうしようか、と考えていると、店主が笑みを浮かべて寄ってきた。
「それではお代の方は」
 来た。
「いやまぁ、その」
「これで良いですかー?」
 答えあぐねていると、奇妙に間延びした声と共に横から細い手が差し出された。
 驚き、視線を声の出所に向けると、そこに立っていたのは金の長髪を持ち、その頂点に
太陽の塔のような奇妙なオブジェを乗せた少女だ。飴に付いた棒を口の動きで動かして、
こちらを無表情に見上げてくる姿は、かつて何度も見たものだ。
 人間というものは、感情が昂り過ぎると何も言えなくなるものらしい。こちらの世界に
着いたときにも、この街に入った時にも思った言葉が、頭の中で何度も反復される。
 しかし何か言おうと唇を何度か動かし、それでも何も言えずに金魚か何かのように開閉
するだけとなる。ただいま、と言うのか、それとも金を出してくれたことにありがとうと
言うのか、少し恰好を付けて帰って来たよとでも言えば良いのか。感情にまかせ問答無用
で抱きしめたいという気持ちもある。感情は激しく荒れ狂っているというのに、そのこと
を上手く表現する方法が見当たらない。
「その、さ」
 直後、少女は無作為に目を閉じ、
「寝るな!!」
 俺は風の額にデコピンをした。
「すみません、再会した嬉しさのあまり寝てしまいました」
 再会した最初の行動がこれか、と思うが、風らしいとも思う。
「因みにお兄さんの財布をすった人には警邏の人を向かわせたので、じきに戻ってくると
思います、安心して下さいね」
 流石だと思ったが、そこで幾つか疑問が湧いてくる。街に来たのは今日がたまたま休み
だったからか、警邏の人が一緒だったのは視察も兼ねたものだったのかもしれないが、
「よく俺だと分かったな。他人の空似だと思ったりとかしなかったのか? だとしたら金
を出す義理なんて無いだろ」
 俺の今の服装はフランチェスカの制服ではなく、普通の町人のものだ。俺をこの世界に
連れて来てくれた漢女が目立たないようにと用意してくれたものを着ているし、若干では
あるが髪型も変わっている。没個性という表現はあるが正にその通りで、遠目では確認を
出来ないだろう。
 それに金に関してもそうだ。後で返して貰うからとも考えられるがスリが捕まるという
保証も無いし、その場でスリが引き戻されてくるのを待つという選択肢もある。風評が上
がるというメリットは有るが大したものではないだろうし、下手をすれば金だけ損をする
かもしれないものだ。金額を見れば微々たるものだが、微妙に納得出来ないのは俺が現代
日本で汚れた思考に染まったからだろうか。
 しかし風はいやいやと首を振り、
「風がお兄さんを見間違う訳ないのです」
 それだけ言って、店主から肉まんの入った包みを受け取った。
 そして中から一つを取り出すとかぶりつき、
「やっぱり出来たてが最高ですねー」
 とこちらを見上げてくる。
 その姿があまりにも可愛くて、
「ただいまー!!!!」
「おお!?」
 思わず抱き締めて持ち上げ、頬擦りしながら頭を何度も撫でた。間違いない、一年前と
全く変わっていない、記憶の中そのままの風が居て衝動が完全に抑えきれなくなっていた。
頬だって緩みまくっているだろう、傍目から見ればみっともないだろう、だがそんなこと
など気にならない。言いたい奴には言わせてやれば良い、そんな下らないことよりも昔の
仲間に、愛しい少女に再会出来たことを喜ぶのが大事だ。
 周囲が騒がしくなってきたのを聞きながらもハグに回転まで加え、三回転して口付けを
しようと頬擦りしていた顔を離し、
「賊め、覚悟!!」
 直後、眼前を赤い何かが通過した。
見れば鋭利な金属板で、数本宙に舞っているのは俺の髪の毛だろうか。
驚きながらも金属の付け根から伸びた長い柄の先を見ると、そこに立っていたのは特徴
的な白い衣装を着た武人と、緑の衣装と眼鏡が特徴的な女性だ。
 この組み合わせなのは天の采配なのか偶然なのか、どちらにしても面白いことだと考え
ていると、武人は驚きの表情から一転、眉根を寄せてこちらに向ける視線を強くした。
「この趙子龍の槍を避けるとは、次は本気で行かせて貰う」
 風が何か言おうとするより早く槍が引かれ、その後、素早い連続の突きが来た。
 それを俺は必死にかわす。風を持ち上げ、引きずり降ろし、腰を左右に振り、飛び跳ね、
時にはサイドステップを組み合わせ、風の手拍子に合わせてポージングをキめる。外交的
な問題もあるのだろう、恐らく本気ではないのだろうが、ここまで出来る自分に驚いた。
最終的に風と締めのスタイルに行ったところで突きが止んだ。
 何故か周囲から拍手か沸き起こる中、趙雲さんは深く一礼し、
「お見事」
「ボケ倒しか!! 風も途中で止めろよ!! 後、凛は途中で絶対に気付いていただろう!!」
 三人にまとめて突っ込むと、趙雲さんは真顔になり、
「いやいや。避けられるようだし、このまま行こうかな、と」
 まだボケるつもりなのか、恐ろしい。以前に会った時はこんな人には見えなかったが、
よく考えるとこちらが素の彼女なのかもしれない。最終決戦後の宴会でしか会ったことの
ない人が多いので他の国のことは良く分からないが、思い返してみれば魏の有名武将達は
一部を除いてアレな感じの人が多かった。パターン的に恐らく、他の国の人もアレな感じ
の人が多いのだろう。
 納得しつつ風を下ろすと、凛が笑みを浮かべてこちらを見た。
「御久し振りです、一刀殿。再開していきなり風に迫るなど、種馬ぶりは健在なようで。
もし星が止めなかったら公衆の面前で乱暴に風の衣服を剥ぎ取り、その未成熟な肢体を」
 言うなり、凛は鼻血を吹いて倒れた。
「はーい、凛ちゃーん。とんとんしますよー、とんとんー」
「おお、どこかで見た顔だと思ったら御遣い殿か。これは失礼をした」
 気付いてなくてさっきの対応か。
 しかし何ともカオスな状態だ、こんな調子で外交などは大丈夫なんだろうか。どの武将
も本当に大事な時は真面目になるというのは経験上理解はしているが、若干不安になった。

? ? ?

 その後、スリが戻って来るまでは何も出来ないので屋台の椅子に腰かけて待っていると
数分後、やっと凛が復活した。顔色が若干悪いが、鼻血を噴出した後は毎回のことなので
気にしない。むしろ懐かしくもあり、
「相変わらずだなぁ」
 言うと、風は笑みを浮かべて首を振った。
「いえいえ、凛ちゃんが鼻血を出したのは本当に久し振りのことなのですよー。半年前位
からは華琳様の閨でも堪えていることが出来るらしく、政務も捗って何よりです」
 そうか、と納得しかけ、おめでとうと言おうとして、一つ気が付いた。俺に会って鼻血
を出したということは、興味無しと言われていた時に比べて、凛の中で随分と俺の評価が
上がったということだ。居なくなってから上がるというのも妙な気分だが、純粋に好感を
持ってくれたということが嬉しくなる。好きの反対は嫌いではなく無関心だ、という言葉
が存在するが、その言葉の意味を実感する。
 しかし凛が変わったなら他の皆の変化も気になるというものだ。特に季衣や琉流という
成長途中だった面子や、直属の部下ということもあり自分にべったりだった沙和、真桜や
凪のことも気になる。元々は俺が居ない状態で組んでいた三人組だが、その状態に戻った
だけではないだろう、と考えるのは自惚れではないだろう。俺への供え物を買ってくれる
のも、義務感や義理などではなく、きっとその感情の一端だ、と思いたい。
 霞辺りはきっと恨んでいるだろう。結局、ローマまで旅をするという約束を守ることが
出来なかったし、嘘吐きだと罵られても仕方がないと思う。桂花や春蘭、秋蘭辺りはどう
思っているのか想像しにくい。
 そして風は、と目を向けると、忘れていたと言うように掌を打ち合わせ、
「言い忘れていましたが、風は子を産みましたよー」
 物凄い変化だ、と思いながらも、手放しで喜ぶことが出来なかった。
 視界が急に暗くなる、何だこれは。
 よくそんな体格で産めたな、もう出歩いているけど平気なのか、今度見せてくれよ、と
返すべき言葉が何個か思い浮かんだ。いや、それよりも前におめでとうと言うべきか、と
冷静な部分が言っているが、何も言うことが出来ない。
 喉が渇く。
 すぐ隣、膝が触れ合うような距離に座っているというのに、急に離れてしまったような
感覚だ。彼女に誰よりも近い場所に居る、と思っていた訳ではないが、それでも何か俺に
対して思ってくれているのではないか、と心の底では思ってはいたのだろう。醜い独占欲
のようなものは鼓動を加速させ、腹を、臓腑を、喉をからからと焼いてくる。
 考えてみれば当然のことだ。
 戦は終わり、殆どを治世に勤める時代だ。風も外見こそ幼い少女だが十八歳以上だし、
居なくなった俺を見続けるよりも呈家の存続の為に子を産む必要性が出てくるだろう。
 上手く出来ているかは分からないが、俺は無理矢理に笑みを浮かべ、
「へぇ、父親は誰だ?」
 おめでとうと言うべきだったかとぼんやりと考えながら答えを待つと、小さく吹き出す
声がした。袖口で口元を覆い隠し、細い背を震わせるようにして、声を殺して笑っている。
「冗談です。それに産むとしても、お兄さんの子供以外には有り得ないのですよー」
 微笑を浮かべてこちらを見上げ、
「だから、そんな泣きそうな顔をしないで下さい」
 手を延ばされ、袖口で目尻を拭われた。
「一年間も風を放っておいた罰なのですよ」
 日の光を反射するのは、俺の涙だろうか。
「それに最初に言ったではないですか、お兄さんを見間違う筈がない、と。一年間、毎日
毎日、居なくなってもお兄さんのことをずっと見てきました。そんな風が見間違いも浮気
もする筈がありません」
 あまりにも直球な告白に、風も照れているのだろう。その顔は珍しく赤く染まっている。
俺もそうだろう、顔が熱いし、先程とは別の意味で鼓動が高鳴っている。
「ありがとう、俺も風のことを愛している」
 言って抱きしめると、不意に背後から、
「ええ話やなー、それでこそ隊長や」
「羨ましい話なのー」
「全くです」
「こら貴女達、空気を読みなさい。ここから一刀殿が良い感じにエロく……!!」
 いや、天下の往来でそれはない。
 それよりも懐かしい感覚に振り替えると、そこには趙雲さんと凛に加えて、新しく三人
の少女が立っていた。
 一人は無数の傷跡がある褐色の肌と三つ編みにした銀の長髪が特徴的な少女。
 二人目は虎縞ビキニとホットパンツという露出の多いスタイルの巨乳の少女。
三人目はサイドの三つ編みと丸眼鏡、そばかすが特徴的な少女だ。
凛は未だにスイッチが入ったままだが古い付き合いの趙雲さんに任せ、改めて三人の顔
を見ると、笑みを浮かべ、
「ただいま。……それと、どこから見てた?」
「うわ酷ッ、何やその淡白な反応!!」
「隊長ってば何だか外道レベルが上がってる気がするの」
「お帰りなさい、隊長」
 まともな返事をしたのは凪だけか、相変わらずな三人組だ。
 しかし一年も会わなかったのに変わらない、ということに安堵する。三人の中でも俺が
ずっと生きていたということだろう。
信用か信頼か、他の何かか。俺を見捨てるという選択肢が無かった事に安堵し、俺は更
に安堵を得るために沙和と真桜の手を握ると、
「で、いつから見てた?」
 二人の顔に大粒の汗が浮かんだ。
 凪の方に視線を向けると高速で顔を背けられるが、小声で、
「ただいまー、の辺りでしょうか」
 全部か。
「いや、助けろよ!! こっちに来て速攻で本物の天の国に向かうところだったわ!!」
 こいつら良いを根性している、と言うか風が子供が出来たと言った辺りは本気で悲しく
なったので、瞬時にフォローを入れて欲しかった。
「まぁ、仕方ないでしょうね。一年も私達を放置していたのですから、その位の仕返しで
済んで良かったと考えるべきでしょう」
 復活した凛の言葉に風も頷き、
「それにお兄さんの種馬行動は皆にこんな思いをさせていたのですから、少しは仕返しを
されても何も文句は言えないのですよ。風の気持ち、少しは分かりましたか?」
 本気で身に染みた。
「まぁ、外道ゲージも三本分は使いましたし、しばらくは安心して下さい」
 あれは超必殺技扱いだったのか、一撃必殺技扱いだと思った。
「ところでお前ら、三人揃って今日は警羅か?」
「いや、ウチだけ休み。今日はこれを買いに来てたんや」
 そう言って真桜が取り出したのは、
「超絶からくり変形合体覇王『曹操』完全版。鎧の着脱はモチロン、夜型戦闘状態にする
為の胸部と股間の強化部品付きや。凄いやろ」
「股間のは必要無いだろ!!」
 変形合体ってそういうことか。
「因みに隊長のもあるで、からくり種馬『北郷・一刀』。尻穴から牛乳を入れて腹を押すと、
何と股間の付属部品から大放出でな」
 何でそんな頭の悪い商品が発売されているんだ、本気で魏は大丈夫なのだろうか。
「しかし」
 と真桜は包みの中に華琳のフィギュアを戻すと笑みを浮かべ、
「よう、帰ってきてくれはった。本当、ありがとう」
「沙和も同じ気持ちなの。でも、おかえりなさい」
 そうだ、とこちらの手首を掴み、
「隊長が意匠した服が、結構市場に出回ってるの。一緒に見に行こー」
「あ、隊長。ちゃんとした食事がまだでしたら、ご案内しますが」
 お前ら仕事中だろ、と言おうとしたが、こんなに嬉しそうな彼女達の姿を見ては止める
ことが出来ない。再会した喜びもあるし、一年前だったらいざ知らず、今の俺は客観的に
見ると無職な一般人だ。二人を止める権利など有りはしない。北郷隊の隊長をしていた時
も見回りついでに色んな場所に立ち寄っていた記憶もあるし、仕方ないと苦笑する。
 ただ意趣返しされたこともあるし、風の方を横目で見ると、
「いや、寝るなよ」
「おぉ。せっかく良い雰囲気になっていたのに、流れを無視してお兄さんが他の女の人と
仲良くしだしたのでつい寝てしまいました」
 いつもより長く具体的だ。
「……ごめん」
「いえいえ、ゲージ一本ですので気にしないで下さい」
 何本ストックがあるんだ。
「行ってきて良いですよ、風はもう少ししたらお城に戻って軍議ですのでー」
 もう一度謝ると、風の頭を撫でて立ち上がる。
 早く早くとせかす真桜と沙和にせっつかれるようにして歩き出し、一瞬だけ背後を見る。
 風は見事に眠っていた。

? ? ?

数分後、風は用事があると別行動になった凛と趙雲を見送ると、軽く目を伏せ、
「そろそろ出てきても良いんじゃないでしょうかー?」
 袋の中に残っていた肉まんを取り出し、かぶりついた。
 そのまま視線は足元に向けたまま二口目、三口目と続け、残りが三分の一程度になり、
一気にそれを頬張ろうとした時だ。
「いや、お主にそれは無理じゃろう」
 言葉と共に、全身を隠す長衣の人影が風の隣に腰掛けた。
 風はそちらに視線を向けず、しかし肉まんが残り三個となった包みを無造作に横に突き
出し、食えとでも言うように軽く揺する。
「やっと出てきましたねー。このまま出てこなかったら、風は只のイタい娘になっていた
のですよー。その辺の責任はきちんと持って下さいねー」
「み、見ず知らずの者に対していきなり直球じゃのう」
 その言葉に吐息で返事をし、
「それで、貴方の目的は何ですか?」
「厳しいのう。先程の者に見せたら何と言うかの」
 長衣の者が言うと、風は僅かに視線を鋭くした。
 考えることは一つで、何の目的を持っているか、だ。
 警戒するべき点は幾つか有った。
 目立つ格好のくせに誰も注意していなかったということが一つと、一刀を尾行していた
ことが一つ、そして自分の発言を受けて律儀に出て来たということが一つだ。最後のもの
は殆んど賭けに近いものだったが、応えたということにはそれなりに意味がある。
 一つ目の点で、軍人だろうということは予想できる。しかも一刀に会って浮かれていた
とは言え、元・北郷隊の三人に全く気付かれていなかったということは、相当のものだ。
自分も発見できたのは偶然のようなものだったし、後半の発言が少なかった星は気付いて
いたのだろうが、それが発言という余裕を見せずにいたのは、つまりそういうことだ。
 次に二つ目の点だが、それが一番の疑問だ。北郷・一刀という存在は、かなり位置付け
が特殊な存在だ。『天の御遣い』という者の存在は黄巾の乱を起点に知られてはいるが、
実在していたと言える存在は非常に限られている。三国の有力な武官や文官は最終決戦後
の宴会で顔を見たので分かるだろうが、それに出席していたような者ならば変装してまで
付け回す必要など無い立場に在る筈だし、天の国に帰ったということも聞かされている。
そもそも帰って来たということは誰も聞かされていないし、自分が再会したもの偶然だ。
そこらの町人ならば一刀の顔を知っているが、それは曹操の客将であり警邏の隊長である
一個人、という情報を持ってのものだ。それに普通の町人の格好をしていたので物取りと
いう観点から見ても、確率は恐ろしく低い。
 そこから導き出される結論は、
「お兄さんを、知っているんですか?」
 知っているのならばどのような関係があるのか、という新たな疑問が生まれてくるし、
天の国というものに属している者ならば自分の想像できる範囲の外側ということになる。
 更に三つ目の意見が加われば、
「何故、直接会おうとしなかったのですか?」
 それなのに特に臆することも無く自分の隣に座り、自分が思考をする間も何も誤魔化す
ような発言をすることも無く、まるで答えを出すのを待つかのようにじっとしている。
 いや、待つかのようにではなく、実際に待っているのだろう、と思う。
 本人に決して会うことなく、しかし周囲の者には平然と近付き、その存在を知らせると
いうことには何か意味があるのだろうか。それも存在を確認していたのは自分だけでなく
星もだが、そちらに近付かずに自分と接触してきたということにも恐らく意味があるのだ。
星では戦闘になるかもしれず、そうなれば誰の目にも着いて今まで姿を隠してきたことが
無駄になるかもしれない、という可能性もあるが、これは無いだろうと判断する。実際に
会わずに何かを伝えることは可能だし、消去法で考えると接触してきたということ自体に
意味を持たせているということに行き着く。
 思考を走らせ、論理を組み立て、知恵と知識を開いて出る結論は意外と単純なもので、
「風が魏の軍師だからですか?」
 軍師に直接会うことが目的ならば、という考えを起点に思考は更に走る。
 長衣の者は一刀を知っている。
 帰ってきたばかりの一刀を尾行していた。
 魏の軍師の内、星が居ない方に接触してきた。
 それはつまり、
「お兄さんは何か目的を持って戻ってきて、その起点となる行動には軍師が必要で、更に
言うなら起点となる行動には出来るだけ他所の国に関わって欲しくないのですね。ですが
貴方は何か理由があって、今はそれの直接的な助力が出来ない、というところでしょうか?」
 若干飛躍が過ぎるが、間違ってはいないだろう、という思いがある。
 数秒。
 無言の状態が続き、続けて何か補足を言おうとしたところで、笑い声が響いた。
「儂がここに居る、というだけで良く分かったの。大体は正解じゃ」
 大体、という部分に引っかかりを覚えたが、無言で続きを促すと、
「厳密に言えば、表と裏の役割分担というところじゃな。北郷が表の進行役で、儂が裏の
進行役といった感じじゃ。因みに北郷本人はそのことを知らん」
「だから、その伝達役が欲しいと?」
 はは、と長衣は笑い、
「そう急くな、娘っ子よ。今はまだ、役目と分担を認識している者が欲しいだけじゃよ。
何かしてもらおうとは思わん、強いて言うなら北郷を最後まで信じて欲しい、位じゃの」
「貴方、ではなくお兄さんをですか?」
「儂の方は程々で構わんよ。北郷の仲間ではなく、たまたま北郷の目的と儂の目的が合致
したから、こうして動いておるだけのことよ。北郷自身、儂の存在を知らんしの」
 少し考え、風は頷きを一つ、
「風の真名は風と申します」
「良いのか? 儂は真名は言えんぞ?」
 良いのです、と風は笑みを浮かべ、包みから肉まんを取り出した。残りは二個、思って
いたよりも時間が経過していたらしく若干冷めつつあるが、まだ十分美味く食える温度だ。
やや大きめにかぶりつき、咀嚼し、嚥下すると、
「自分が出したからと言って、相手に同じことを要求するのは卑怯なのです」
 湯気が出なくなった断面に再びかぶりつく。
「……なら、儂からは一つヒントをやろう」
「ヒント? 天の国の言葉ですかね、確か以前お兄さんが言っていましたが。治世関係に
ついての軍議と警羅強化週間の関係で四日程徹夜した翌日の朝に「もう無理だ無理無理、
俺の脳内GODヒントプリィーズ!!」と」
 あの時は気付け用に全員で食べた凪手作りの肉まんの中、一刀用の肉まんだけが傷んで
いたのかと懸念されたが、一日睡眠を与えた翌日には元気に華琳とまぐわっていたので、
まぁ大丈夫だろうとの判断が成された。
「その妙な気力の理由を知る為にと言って桂花ちゃんが華陀さんを呼んで解剖させようと
してましたねー。天の国の人間の生態を知る為と、華陀さんもノリノリで」
「お主ら揃いも揃って最悪じゃな」
 そうだろうか、と風は首を傾げた。
 もしかしたら国による違いが若干あるのかもしれないが、魏では比較的日常に見られる
光景だ。このような国ごとの風土の違いをまとめてみても面白いかもしれない、と思う。
「ヒントというのはじゃな、答えに行き着く為の助言のようなものじゃ」
 そう言うと長衣の者は、包みにようやく手を伸ばした。
 袖口から伸びた手首から先は肌を全て覆い隠すように包帯が巻かれていた。そして包帯
越しでも何となく分かる体の線は男性のようにごつく骨ばったものではなく、武人という
予想を含めて考えてみると細く、女性独特の曲線を持ったものだ。
「儂は北郷とは殆んど関係のない訳が有ってこのような格好をすることになったが、この
恰好をする理由のお陰で世界の仕組みを理解することが出来た」
 意味が分からなかったが、何か言おうとするよりも早く長衣は立ち上がる。
 これで言いたいことは全て伝えたのだろう、とだけは理解し、風も立ち上がった。
 一刀に出会ったことは言わない方が面白いだろうか、と考えながら歩きだす。

? ? ?

 ただいま、と言おうとして、直後に見えたのは青い空だった。
 続いて宙を舞っているという感覚が来て、一秒後には背中に強い衝撃が来た。
 投げられた、という理解が得られたのは三秒後だ。
「こんのアホウ、どっこをほっつき回っとったんや!!」
 馬乗りになられ、胸倉を掴まれて、大声で叫ばれる。
「ま、待て。話せば分かる」
 本当に待って欲しい。霞に出会ったら何か言われたり、最悪殴られるだろうなと予想は
していたが、ここまで追い詰められるのは予想外だ。マウントを取られるのなんて不利な
状況に加えて、ここまで感情を高ぶらせているとなると、流石に身の安全が怪しくなる。
眉根を寄せ、限界まで目を見開き、眼球は血走っている。こんな表情を浮かべている霞は
戦場でも見たことが無かった。
 しかし霞は歯を剥き出し、
「うるさい、気の済むまで殴らせるくらい言わんかい!!」
 そう言い、どこからか取り出したものは飛龍偃月刀だ。
「ちょっと待てー!! それを使うのは殴るとは言わん!!」
 大丈夫、と霞は笑みを見せると、次の瞬間には一切の表情を消し、
「一回で終わる」
 大丈夫じゃない、主に霞の頭が。
 そして凶刃は振り下され、頭の中に高速で流れるのは今までの記憶だ。
 及川、今までありがとう。最後に笑顔で見送ってくれたのはお前だけだ。
 父さんも母さんも祖父ちゃんも、先立つ俺を許してくれるだろうか。
 俺の墓には毎年金髪巨乳おっとり幼馴染みジャンルのエロゲを供えると言ったクラスの
友人達は今頃、何をしているのだろうか。
「隊長!!」
 最後に華琳の顔が思い浮かび、
「いや駄目だろ!!」
 火事場の馬鹿力とは言ったものだ。
 戻ってきて二度目の命を狙う刃に手が伸び、眼前数ミリの地点で白羽取りに成功した。
「落ちつけ!!」
 鈍い音が響き、腹の上の重量が消え去った。視界に踊るのは銀の三つ編み、と言うこと
は助けてくれたのは凪か。一緒に行動していて、こんなにも頼もしいと思ったことはない。
それに下から見上げる形だとはっきり分かる尻の肉の形が全く変わっていないし、よほど
焦っていたのだろう。呼吸を整えるように僅かに揺れる褐色の肌に浮かんでいる汗が奇麗
な太もものラインを滑り落ちていて、結果的に言えば実に素晴しい眺めだ。
 だが緊張の糸が途切れたのか膝が急激に曲がり、尻が弩アップで顔に迫ってきて、回避
する間もなく顔面が圧迫される。しかも股間部分が丁度鼻と口を覆い隠すような状態だ。
息苦しさに酸素を求めて深く息を吸い込むと、
「や、か、嗅がないで下さい」
 顔の上で腰がくねり、尻が跳ね、太腿で固定された顔が急激に左右に揺られ。
 鈍い音がした。

? ? ?

「いやー、スマンなー。一刀、久しぶり」
「申し訳ありません、隊長」
 痛む首を押さえながら、ただいま、と言うか考える。
 ほっつき回るという言葉や、久し振り、という言葉の通り、霞にとって俺は帰った存在
ではなく、少し離れていた程度の存在なのだろう。だから俺も笑みを浮かべ、ただいま、
ではなく久し振りと返した。
「しかし何で武器を持って歩いてたんだ、物騒な」
「いや、違う違う。ほら、今日は一刀が居なくなって丁度一周年やから、間に合うように
遠征先からうち一人だけ先に帰って来たんや。で、城に戻る前に」
 俺に会ったという訳か。
 しかし俺の方の暦では一年と少しだったが、その辺りのラグは上手いこと調節でもして
くれたのだろうか。あの漢女には幾らお礼を言っても言い足りない。
「多分他の皆も何やかんや理由を付けて街に出とると思うで?」
 通りで皆とよく会う筈だ。桂花は俺を嫌っていたし、華琳は人前では弱い面を出さない
ようにしていたから会わないとは思わないが、春蘭や秋蘭、季衣や琉流の四人には早めに
会えるかもしれないということか。そう考えると、楽しみになってくる。少なくとも四人
は殺しにかかってこないような気もするし、再会を楽しもう。
「それで、帰ってくるならくるで連絡の一つも寄こせば良かったのに」
「どうやって送るんだよ」
 その手段が無いから素の状態でここまで来たというのに。
 だが、歓迎の気持ちが有るというだけで嬉しくなり、笑い声が漏れた。
「よっしゃ、今から一刀の歓迎会や、?みに行くで!! お前らも来い!!」
「待て、報告はどうすんだよ」
 そんなもん後や後と豪快に笑う姿を見て、変わってない、と思う。
「あの、歓迎会なら正式に城で行われると思いますが」
「そんな堅苦しいもんは要らん」
「うちも霞はんに賛成や、大将の前だと緊張するしなー」
「沙和も以下同文なの」
 お前らは違うだろうが、と思ったが、この突っ込みは野暮と言うものだろう。

? ? ?

「なんや、先客が居ったか」
 酒を買い込み、馴染みの料理屋に入ると他にも誰か居たらしい。
 パターンで言うと季衣と琉流辺りかと見当を付けてテーブルの方を向くと、春蘭と秋蘭
まで座っていた。と言うことは、華琳と桂花を除いて全員と会ったことになる。
「あれ、霞さま。この方はどなたですか?」
「嘘、もしかして」
「ほう」
 珍しく驚いたように目を丸くした秋蘭に続き、季衣と琉流も俺に気付いたようで、目を
丸くしてこちらを見た。驚かれるのも慣れてきたので、俺は静かに笑みを浮かべて片手を
上げて再開の挨拶でもしようかと思ったが、それは出来なかった。
 左側から強い殺気が飛んでくる。
 見ればテーブルに着いて炒飯を食っていた筈の春蘭の姿が消えていて、殺気の飛ぶ方向
に慌てて視線を向けると、そこには武器を構えた春蘭が立っていた。
「一刀、貴様今までどこをほっつき回っていた!!」
「ま、待て。それは二度ネタだ!!」
 しかし春蘭は得意気に胸を張ると、
「ふん、天丼は基本だろう。という訳で死ね!!」
 間を吹っ飛ばして結果を先に出すな、霞でももう少し婉曲的に言ってきたというのに。
 だが現実として春蘭の刃は既に大上段からの振り降ろしを開始されており、魏武の大刀
の一撃は確実に俺の命を刈り取ろうと向かってきている。
 金属音。
 見ると、偃月刀の刃が、噛み合うようにして七星餓狼の刃を受け止めていた。
 そのまま霞は腰の捻りを中心に弾き、柄を肩に担うようにして吐息を一つ、
「春蘭。天丼は間を置いたり他人がしたりするのは邪道やで」
「そっちかー!!」
「北郷、きちんと霞に礼を言わんか」
「お前が言うな!!」
 畜生、俺が居ない間に春蘭も色々とパワーアップしてやがる。
 だがひとしきりやったことで満足したのだろう。春蘭は笑みを浮かべると、
「よく戻ってきたな」
 ただいま、と言うと笑みを強くする。
「秋蘭も季衣も琉流も、ただいま」
 それぞれが思い思いの言葉を返してくれて、安堵の吐息をする。
 やっと落ち着けたと思ったのは、
「今まで風とか凛とか癖の強いのばっかりだったからかな」
「大変でしたねー」
 言ってから琉流ははっとした顔になると皆の方を向いて顔を振り、
「お、思ってませんよ? 別に常識人とか突っ込みが居ないせいでボケ倒しとか!!」
 ね、と強引な笑みを浮かべている顔に大粒の汗が浮かんでいるのは、見なかったことに
した方が良いだろう。しかし数少ない常識人なのに親衛隊のメンバーとしてあの軍師達や
春蘭の近くに居たのだから、大変だったに違いない。客将扱いだった俺と違って立場など
考えなければいけないから、それは尚更だろう。
 テーブルを十人掛けの物に移動して乾杯すると、何か思い出したように春蘭は俺の方を
向いて、掌を打ち合わせた。この続きは何となく予想出来るが、黙って先を促すと、
「私は子を産んだぞ」
「それも二度ネタだからな?」
 全員が哀れなものを見るような視線を春蘭に向けた。
「変わってないな、色々」
「そ、そんなこと無いですよ」
「そうだよ兄ちゃん。これでも胸が少しだけ……琉流、どうしたの?」
 今度は全員が季衣に憐みの視線を向けた。
「春蘭に似てきたな」
「お兄様、流石にそれをいうのは残酷ですよ」
 琉流も何だか秋蘭に似てきた。その完成系の二人を見て、続いて霞達に視線を向けると
全員が露骨に採譜に視線を下ろしている。
試しに沙和に声を掛けてみると引き攣った笑みで、
「あ、見て見て凪ちゃん。新商品が出来てるの」
「ほ、ほう。これは食べてみないとな」
 次に真桜に声を掛けると、
「あ、そうや。今日の買い物やけど、隊長の墓に供えよ思ってだったんよ」
「ほう、うちにも見せて見せて」
 霞と二人で魔フィギュアで遊び始めた。偽華琳と偽俺が物凄い勢いで絡み出して、この
時代には存在しない筈の寝技を始めるが、俺の関節はそんなに自在に曲がらないし偽俺の
尻穴にフルカスタム状態の華琳棒を入れないで欲しい。
 逃げ場がないと悟り、覚悟を決めた時、不意に横から赤い飛沫付きで声が来た。
「騒がしいので見てみれば、やはり一刀殿でしたか。さっきぶりです」
「うん、さっきぶり。それと凛の顔面も今凄く騒がしいぞ?」
 鼻を押さえて目を細めた凛は空いた席に座ると、咳払いをして、
「ところで話を戻しますが、そんなに悪い変化ばかりではありませんよ」
 凛はそう言いながら、硬直している琉流から採譜を取り、
「例えば、春蘭様や季衣は書類仕事をするようになりました」
 それは凄い進歩だ、と思うが凛はこちらを半目で見て、
「大きな戦が終わって治世の時代になった矢先に、誰かが消えてしまったので。只でさえ
文官の仕事が急激に増えてしまったというのに、今まで消えた誰かが行っていた書類仕事
が他に回ってきてしまい、それはもう酷い状態になったのです。そして結果、必然的に」
 いきなり厳しい話を振られた。
 今日何度目か分からない脂汗が滲んでくるのが分かる、と言うか戻ってきてから殆んど
貶められてばかりだったり殺されそうになったりした記憶ばかりだ。全員に恨まれている
のは愛情の裏返しだからと前向きに脳内補完できるし、そういった冗談が言えるのは国や
人に余裕があるからだということでもあるが、流石にキツくなってくる。
「まぁ、一刀殿がそれだけのことをしていた、ということですよ。実際、天の国の知識を
取り入れようとしたので仕事時間が増え、しかし確かに良くなりました」
 それだけのこと、か。
 考えてみれば、一般学生だった俺がこっちに着いてからは文字の読み書きを始めとした
文化をゼロから学んだり、警邏の隊長したり軍師まがいのことをしたり現代の知識を持つ
故の相談役の真似事をしたり皆の突っ込み役をやったり皆の股間に棒を突っ込んだり、
「俺ってよく生きてたな」
 しかもこれが一年間でやったことの一端だから自分でも驚きだ。
 凛が不思議そうな表情を浮かべるが、気にせず続きを促すと、
「それに季衣も琉流も、軍師の私が見ても分かるくらいに強くなりました。春蘭達と訓練
していても少しずつではありますが勝てるようになってきていますし、庭園もそれはもう
酷くて修復用の予算が馬鹿にならなくて、ええ」
 二人は無言で採譜に目を落とした。
 一年前は純粋そのものだったのに、少しずつ染まってきている。
 ですがまぁ、と凛は笑みを浮かべて、
「一刀殿が居ない間に変わってきていている部分があり、しかし平和だというならきっと、
結果的にはどれも良い変化なんだと言いたい訳です」
 そう、上手い具合に締めてくれた。

 ? ? ?

 予想通り桂花や華琳には会わない状態で宴会を続け、気が付けば夜になっていた。
 泊まる場所を考えていない訳ではなかったが、城の中に俺の邸宅が残っていると聞いて
せっかくだからと向かうと、一つ妙なことが起きていた。
「灯りが点いてる?」
 俺の帰還を聞いた誰かか、軍議だと城に戻った風辺りが気を利かせてくれたのだろうか
と思い、懐かしい構造に心躍らせながら自室に入ると、ある意味最悪の光景があった。
 掃除もしっかりしてくれていたようで中は埃一つ無い状態だが、部屋の奥、簡素な机の
上に何冊かの本が奇麗に積まれた状態で置いてあった。冊数で言えば三冊分で、頭の中に
蘇るタイトルは『乳で考える三国の違い―たゆんに至る道―』『曹孟徳の危機―乙女を狙う
戦場の危険な罠―』『乳姫?無双―巨乳繚乱☆三国演技―』だ。エロ本の類は最終決戦前に
殆んど処分をしたが、どうしても捨てきれずに残したものだ。
 数歩机に寄ってみるとタイトルが見え、よりにもよって華琳メインの本が一番上だった。
もしこれを見られていたら、と思うと肝が冷える。幸い部屋の中に他の人影が見えないの
でどこかに隠そうと思った直後、
「一刀?」
 足元から声が聞こえた。
 机の上に置いてあった明かりを持ち、下を見れば幅1m程の深い穴が空いており、その
中に居たのは金の髪を特殊なロール状に巻いた少女だ。
「華琳?」
 どういう状況だろうか、と思い、頭の中で整理してみた。
 目の前にエロ本がわざと見えるように置いてある。
 それを手に取れるような位置に落とし穴があった。
 その中には曹魏の王が居た。
 なんとなく経過が予想でき、それを裏付けるように背後で扉が開き、
「かかったわね、北郷・一刀!! 帰ってきて早々、無様な姿を……って何でアンタ無事な
状態でそんな所に立ってるのよ!?」
 相変わらずテンションが高いなぁ、と思っていると、足元で思い切り深く息を吸う音が
聞こえてきた。
「桂花!!」
 一年振りに会った華琳の怒声は、記憶の中にあるものと寸分変わらない。
 覇王の声は部屋全体を震わせるように響き、猫耳の頭巾を被った少女は顔を青くした。
「罠は禁止と言ったでしょう!!」
「も、申し訳ありません。北郷、何してるのよ!! 早く華琳様を助けなさい!!」
 助けろと言っても、深いことは深いが出られない程ではない。一般人よりは強い程度の
俺ならともかく、華琳程になればジャンプ一つで脱出出来るような高さだ。
 だが桂花は視線を鋭くし、
「馬鹿ね、簡単に脱出出来ないようにトリモチを仕掛けてあるのよ」
「馬鹿は貴女よ桂花、どんな罰を望んでいるのかしら?」
 底冷えのする声に、無関係である筈の俺まで恐ろしくなってくる。
 声は意志の最も分かりやすい具現であり、あらゆる生物に共通する力だ。
 そして力を発する者が大陸の覇者であるならば、その声は大陸で最大の力になる。
 姿は情けない状態でも、それは変わらない。
 しかし幾ら強いと言っても落とし穴に落ちた状態のままだというのも事実だ。このまま
の状態では余りにもアレなので引き上げようとすると、途端に華琳は焦ったような表情に
なった。こんなに焦ったような表情の華琳を見るのは初めてで、
「どうした?」
「少しは状況を考えなさい」
 状況も何も、まずは引き上げるのが最優先だろう。
 桂花は本気でビビっているが、それは気にするようなことでもないし、魏の王が間抜け
な罠にかかっている状況を継続することは好ましくないだろう。
 正しく現状を理解し、少々強引に引き上げると、布が擦れるような音がして、
「……ごめん」
 華琳の服の構造を失念していた。
 上半身はそのままだが、下半身が問題だ。スカートと下着、ブーツが強力なトリモチに
引かれ脱がされる状態となって、目の前の華琳の腰から下はニーソックスのみという目に
優しい状態になっていた。一年前と全くラインが変わっていないのは流石と言うべきか。
 脇に手を差し込まれた状態で持ち上げられたままの華琳は俺と視線を合わせると、奇麗
な笑みを浮かべ、下半身を大きく後ろに振り、
「一刀」
 振り子の要領で加速を得た脚は、見事に俺の股間を撃ち抜いた。

? ? ?

 罰は後で、ということで桂花は追い返され、今は二人きり。
「久しぶりね、一刀」
 ベッドに腰掛けた華琳は前髪を掻き上げ、笑みを浮かべて再会の挨拶をした。
 見慣れた余裕の表情は、さっきの失態を無かったことにするつもりだからだろうか。
 因みに俺は股間のダメージが抜けず、両手を股間に当てての変形土下座状態だ。
「どうしたの、そんな無様な姿勢で? せっかく再会したんだからしゃんとしなさいよ」
「お前のせいだ!!」
 正直、今日の中で一番死を覚悟した。
 数分かけて無理矢理立ち上がると、華琳の隣に腰を下ろす。
「相変わらず無様な姿が似合うわね」
 俺は何の為に帰ってきたのだろうか、と一瞬本気で考えた。
 言うまでも無いことだが、
「そう言わないでくれよ。せっかく帰って来たんだからさ」
 華琳の為に、と言いながら仰向けに倒れ込む。
 そうすると視界に入るのは見慣れた天井と、華琳の後ろ姿だ。当然表情は見えないが、
こうするのが一番だ、と思う。結局、最後の最後まで俺に泣き顔を見せなかった少女は、
ぐずりだしている今の表情を見せたがらないだろう。それを見せるのは華琳自身の判断で、
自分から見ようとするまで顔を覗き込むのはマナー違反だ。
 数秒。
 無言の状態が続き、それを破ったのは俺の言葉だ。
 色々と言おうと思っていたことがあったが、最初に出てきたのは、
「ただいま」
 というシンプルな一言だ。
「今日一日、街を見て回った」
 返事はないが、構わず俺は言葉を続ける。
「活気も満ちて、人は皆楽しそうで、一年前よりも更に良くなってた。こんな風にするの
本当に楽しそうで、それに協力出来なかったのが悔しいよ。誰も傷付けず、殺さず、ただ
ひたすらに良い生活を作り上げていくなんて、最高だろうね」
 それを味わえなかったのが、本当に悔しい。
「馬鹿ね」
 かすれた声が聞こえた。
「大変だったわよ」
 ぎしり、とベッドが軋み、華琳の顔が見えた。
「誰かさんが勝手に居なくなったから」
 凛にも似たようなことを言われたが、きっとニュアンスが違う。
 月光に照らされた華琳の頬には涙の跡があるが、しかし浮かべている表情は笑みだ。
 華琳はそのまま体を捻って四つん這いになると、俺に覆い被さってくる。
 金の髪が薄く光を反射し、虎のようだ、となんとなく思う。気高く美しい姿を見たとき、
全ての生物は抗うのを止め、平伏し、餌となることを誇りにすら思う。実際の自然界では
有り得ないが、そんなイメージを抱かせる。
 は、という吐息はどちらのものか。
「馬鹿」
 馬鹿だっただろう。
「無責任」
 無責任だっただろう。
「何で」
 ひ、と息を吸う音が聞こえ、華琳の目尻に滴が浮かんだ。
「何で、勝手に帰っちゃったのよ」
 不味い、と感じたが、遅かった。
「寂しかったんだから」
 涙が決壊し、大粒の滴が頬を伝った。
「ずっと、一人で」
 拳が胸に打ち付けられた。
「皆が居たけど、でも一人で」
 反対の拳も打ち付けられ、
「一刀が隣に居なくて」
 額が胸に乗り、マーキングでもするように擦り付けられる。
 幼い子供をあやすように軽く頭を撫でてやると、ひぁ、と少し情けない声が漏れた。
その声すらも愛おしいと思う。
「さびしくて、くるしくて、つらくて……」
 続くのはアともオとも区別がつかない声の連続だ。
 幼い子供どころか赤子のように泣き叫ぶ彼女を、力一杯抱き締める。
「大丈夫」
「何がよ?」
 更に腕に力を込める。
 華奢で、ともすれば簡単に折れてしまいそうな背中を撫でるようにしながら、
「俺はここに居る」
 だから大丈夫だ、と言葉を重ねると、不意の感触が来た。
 勢い重視で唇が重ねられ、ぶつかった歯が硬質な音をたてる。
 そのまま何度も啄まれるようにされ、舐められ、甘噛みをされて、それがしばらく続き、
息が続かなくなったのか解放されたのは数分経ってからのことだ。華琳らしくもない技術
など関係なしの、本能に任せたような口付けは更に続き、それが何度行われたのだろうか。
 泣き止むまで続けられたそれは華琳が上体を起こすという形でひとまずの区切りとなり、
「安心したか?」
 問いかけると、意地の悪い笑みで首を横に振られた。
「貴方は魏の種馬だもの。こんな口付けぐらいで繋ぎ止めておけるなんて思わないわ」
 落ち着くことは落ち着いたらしい。若干声に張りが無いように思えるが、少しずつ余裕
が戻ってきているように思える。
 華琳は先程の姿勢に戻ると、再び唇を重ねてきた。しかも今度は顔を固定するように、
両の掌で顔を挟むようにして、だ。
 何度か軽い口付けを交わし、は、と吐息をすると唇にぬめるような感触が来た。それは
俺の唇を何度か往復すると、割り開くようにして侵入してくる。口内全体を舐めると言う
よりも貪るように舌が這い回り、荒くなった吐息は俺の顎をくすぐってくる。
 舌をすぼめて流し込まれる唾液を呑み下して息をつくと、甘い、と感じた。
 俺も華琳の行動に応えるように舌を伸ばし、互いのそれを絡ませ合う。
 粘着質な音が響き、盛り上げるためにわざと一端唇を離すと、銀の橋がかかった。
「さっきはあんなに苦しんでたのに」
 俺の頬に添えられていた右手が下半身に伸びてきて、
「もうこんなになってる」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、小さく笑うのと同時、股間に強い快感が来た。
 屹立しているのは自覚していた。久方ぶりの行為なのだから口付けだけでも十分な愛撫
となっているし、歴戦の武将にして大陸の覇王、そんな言葉からは想像も出来ないような、
しなやかな体の弾力と甘い香りは、理性を崩す魔性の毒だ。それだけでも我慢が出来なく
なりそうだというのに、柔らかですべすべとした掌が、手指が、俺の肉棒を弄んでいる。
昔に何度も肌を重ねた経験が、俺の弱い部分を的確に、しかし快楽を与え過ぎない程度に
責めてきているのは、終わらせたくないという感情の表れだろうか。
 そうだとしたら終わらせたくないのは俺と同じだが、俺からも触れたい、という感情の
方が強い。一度目が終わったら二度目、二度目が終わったら三度目を行えば良いだけだ。
男である俺と違って女である華琳は回数制限も無ければ、回復に要する時間も無い。
 だから精一杯愛してやろう、と頭を抱き寄せて唇を重ね、反対の手を上着の裾へと滑り
込ませた。
 腹を数度、軽く撫でるようにして、脇腹、肋骨を経由して胸まで掌を滑らせていくと、
くすぐったそうな声が漏れてくる。決して大きい訳ではないのだが、華琳の胸は指を軽く
押し込むようにすると反発力で形を自在に変えるし、指先を押し返す弾力は魅力的だ。
 揉みほぐすようにしていると、華琳はふと気付いたようにテーブルを見て、続けて俺の
顔を真剣な表情で見つめてくる。若干の険しさが見えるのは真剣な話だからか、それとも
賊か何かが侵入したのを感知したのか。
 俺も空気を読んで手を止めると、華琳は目を細め、
「あの本の選択にはどんな意味があるのかしら?」
「そっちか!?」
 しかも今更な話だが、俺も真剣に答えた方が良いと少し思考し、
「巨乳は男の性だが、ま、待った!! その球を潰されたら俺は多分死ぬ!!」
 外見が幾ら少女でも、この時代の武将の身体能力で握られたら俺の器官はひとたまりも
無いだろう。二個あるからといって一個を簡単に差し出せるような豪快な男ではないし、
想像しただけで下半身に集まった血液が減っていくのが分かる。血の気が引く、とは正に
このことだろう。物理的な意味で。
「それが二冊あるにも関わらず残りの一冊が貧乳で、しかも華琳中心であることに注目を
しても良いんじゃないだろううかと思う所存で、論理的に言えば俺が本能的に華琳を渇望
しているんじゃないかと思うんだがどうでしょうか奥さん!!」
 数秒。
 華琳は色々考えたようだが、判定はセーフだったらしい。
 馬鹿、という発言と共に唇が重ねられ、止まっていた華琳の手指が動きだす。
 俺も胸への愛撫を続けて、その先端が硬度を持ち始めた。上着の裾をたくし上げると、
蝋燭も燃え尽きて明かりと言えば月光のみだというのに、そんな状況でもはっきりと視認
出来る程に隆起している。久し振りの俺の愛撫でもきちんと気持ち良くなってくれている
という事実が目に見える状態で表れ、嬉しさと安堵が胸に満ちる。俺は幸せ者だ。愛しい
少女に対しての嬉しさを短い時間に何度も体験出来るなんて、こんな機会はそうそう無い。
 充血した先端の突起を口に含み、唇で甘噛みすると、片腕で抱き締めた細い体が僅かに
跳ねた。股間に伸びていた手指の動きが止まり、身をよじるようにして逃れようとするの
は抵抗心ではなく肉体的な反射だということは分かっている。なので俺は構わず甘噛みを
続け、唾液をまぶし、滑りが良くなった肌の上に更に舌を滑らせていく。
 右の胸を中心に責めていると、切なそうな吐息が漏れ、
「手が止まってるけど?」
 わざと意地が悪い言い方をすると、分かってるわよ、と拗ねたような返事が来た。
 手指の動きが再開されたのを合図に、今度は左の胸に移る。
 頬を擦り付けるようにしながら舐め、そして感じるのは、
「鼓動が」
 早鐘のように打つ胸の震動は、今のテンションを確実に俺へと伝えてくる。
 汗が浮き、それを舐め取り、乳首に軽く歯を立てると華琳の身が小さく痙攣した。今の
もので軽く達してしまったらしい。良い流れだ、と思う。久し振りに肌を重ねるのだから、
今回くらいは主導権を握りたいと思うのは俺の小さな意地だ。何しろ華琳に一度主導権を
握られると、最後までそのような流れになってしまう。華琳の頭脳ならば、『男を奴隷に
する房中術』の中身を無駄に昇華させているのは想像に難くない。
 このままの流れで行こうと下半身に手を伸ばすと、そこは既に濡れていて、ぬめる肉の
感触があり、そう言えば下半身は何も着ていなかったのだということを思い出す。先程の
シーンでも下半身が素っ裸だった、と考えれば、いや止めておこう。思い出は出来るだけ
奇麗なまま残しておきたいと思う。
 スリムではあるがしっかりとした肉付きの尻を撫で、唇を奪いながら濡れそぼった秘所
へと手指を伸ばし、軽く割り開く。それだけで小さな水音がして、十分に受け入れる姿勢
が出来ていることを確認するが、すぐに入れるのも情緒が無い。
 上部の突起を親指の腹で撫で擦り、入口の浅い部分を中指で掻き回すと、粘着質な水音
が強くなり、溢れてくる蜜の量が一気に増した。
「ねぇ、一刀」
 うん、と返事を返す。
「お願い」
 肉棒を弄んでいた手指の動きが止まり、割れ目へ導くように角度を変えた。個人的には
もう少し前儀の時間を重ねていても良いかと思ったが、華琳の望みなら仕方ない。
 両手で華琳の尻を抱えると、ゆっくり腰を突き出した。
 は、と華琳の長い吐息が耳にかかり、肉棒の先端には熱くぬめった感触が纏わり付いて
きた。月並みな感想だが、火傷しそうだ。一年振りの華琳の膣内は相変わらず狭く、すぐ
にでも出してしまいそうだ。
「一刀、昔よりも大きく、ない?」
 少し苦しそうに、驚きの表情も見せて問うてくるが、どうだろうか。一年振りに俺の物
を迎え入れているだということもあってそう感じるのかもしれないが、それだけでは色気
が無いし、他にある心当たりとしては、
「こういうことをするのは一年振りだから、かな」
 言うと、そう、と顔を赤らめた。
「貴方のことだから、向こうでも見境なく手を出しているのだろうと思ったけれど」
「浮気はしないよ」
 俺は華琳のものだから、と付け加えると、そ、そうよねとたどたどしい返事が来た。
 では魏の人達に手を出しているのはどうか、という話にもなるが、それはそれだ。
 余所に向きそうになる思考を正し、突き上げると、腕の中の身が跳ねた。
 もう達してしまったのか膣内が強く収縮し、
「ご、ごめん」
 俺も達してしまった。
「え、早くない?」
「こういうことをするのは一年振りだから、かな」
 慌てて言うが、華琳はこちらに半目を向け、
「さっきの台詞が急に陳腐になった気がするわ」
 仕方ないだろう。本当に一年振りだし、挿入する前にもずっと華琳の手で弄ばれていた。
それだけでも出してしまいそうなのをずっと我慢し続けていたのだから、むしろ頑張った
と褒めても良いくらいだ。
 それに体は正直で、先程の汚名を返上するように再び硬度を持ち始めている。
「随分と頭の悪い下半身ね」
「あ、愛だよ愛」
「性欲と直結する愛はどうかと思うのだけど?」
 毎晩毎晩とっかえひっかえ閨に呼ぶ華琳の台詞かと思ったが、俺の視線に気付いたのか
華琳は余裕の笑みを浮かべると、
「私は違うわよ? 愛を確信した上で思考を重ね、その上で呼んでるもの。相手の意志は
しっかりと尊重しているつもりだし、季衣や流琉は呼んでないもの。あんな子供相手でも
構わず手を出す外道な誰かさんと違って」
 俺も同じ意見なのに、反論出来ない気がするのは何故だろうか。
 しかしこれだけは言わなければいけないと思い、
「季衣も流琉も」
「えぇ、十八歳以上ね。どこからどう見ても立派な成人女性よ」
 お約束だが、分かっているなら良い。
 互いに頷きを返し、華琳が上体を起こした。
 当たる角度もどうだが、小柄な華琳としては自由に動けるこちらの姿勢の方が好みだと
いうことは分かっている。俺も一度出して余裕も出てきているし、大丈夫だろうと判断を
したが、急に締め付けが強くなり、敏感な部分を擦られた。
 俺のその表情が気に入ったのか華琳は余裕の笑みを浮かべ、
「あら、どうしたの?」
 どうしたも何も、これは反則だ。一年前は突っ込んでいる間は殆んど有利で、騎乗位の
状態でも比較的俺にアドバンテージが有った筈だが、これはどういうことだろうか。練習
しようにも他の者には生えていないし、近隣の山地の中にフタナリになるという不思議な
蜂蜜が存在するという噂を聞いたことがあるが、所詮噂だろう。
「上手く、なったな?」
「フフフ、練習したのよ。一刀が居ない寂しさを紛らわそうとしたらしい春蘭制作の一刀
人形を真桜制作の張り方で魔改造してね!! 今の私にもはや一切の弱点は無いわ!!」
「馬鹿かお前は!!」
 昔から私生活においては若干危うい感じはあったが、大きな戦乱が終結を迎えたことで
安心出来るようになったのか、それとも仕事の忙しさで何かが加速して限界突破したのか
分からないが、何かが変わったようだ。他の男を相手にしていなかったということに安堵
するが、非常に言葉にしにくい気持ちになってくる。
 だが華琳は構わず腰を動かし始め、水音が響き始める。
 ずるり、と抜けたかと思えば、全体を締めつけながら腰を下ろし、更には捻りを加えて
敏感な裏の部分も丹念に擦ってくる。強く握られている程の締め付けなのに潤沢な愛液の
ぬめりによってスムーズに動き、単調ではない動きが一定ではない刺激を与えてくるので
耐えて集中するということも難しくなってくる。一定に保とうとする思考がピストンの度
に乱され、理性が一突きごとに削られていく。
 だが優位を保ち、余裕を持とうとするのは、そうしなければ危ういということの裏返し
なのだろう。しかしいつまでも負けっぱなしだというのも面白くないし、目の前で跳ねる
腰を掴むと、思いっきり引き、俺自身の腰を全力で跳ね上げた。乱暴とも言える動作で、
少女の細い体躯を壊してしまいそうな勢いで何度も突くと、途端に悲鳴にも近い声が耳に
飛び込んできた。華琳は背をのけ反らせ、口の端から垂れた唾液が月光を鈍く反射する。
もともと敏感で感じやすい華琳の体だ、膣内の弱い部分に連続で強い刺激を与えてやれば
簡単に快楽に飲み込まれてしまうのは分かっている。幾ら人形を相手に練習したところで
体質自体を変えられる訳ではないし、こんなアクションはしてこない。むしろ人形が相手
とはいえ、開発されてきた膣は俺からの刺激をより受け入れやすくなっているだろう。
「や、ちょっと、一旦……」
「ん? 弱点は克服したんじゃなかったのか?」
 言いつつ奥をこじると、一際高い声が漏れた。きちんと開発されたなら膣内の最奥部分、
子宮の入口が最も感じるようになる、というのは向こうのエロゲで学んだ知識だが、あな
がち嘘でも無いらしい。その証拠に、華琳の乱れ方は今までで一番のものだ。ピストンを
長いものから奥を短い間隔で突くものに変え、更に掻き回すようにすると、喘ぎ声が言葉
ではなく、あ、という単語の連続したものに変わってくる。
 膣内の締め付けは断続的なものから継続的なものになり、髪を振り乱しながら半狂乱に
なる姿は、普段の華琳からは決して想像出来ないものだ。
 のけ反らせている背を抱き寄せ、
「可愛いよ、華琳」
 耳元で囁くと、唾液と涙でぐしゃぐしゃになった顔が、とろんと歪んだ。
「俺の、華琳」
 その言葉がどんな変化を起こしたのか、表情は緩んだままなのに、痛いくらいに背中に
爪を立ててくる。背が引き裂かれそうな感覚だが、これも華琳が与えてくれるものだ、と
思うとそれすらもが性行為を引き立てる要素になり果てる。
「俺だけの、華琳だ」
「一刀、か、ず……一刀ッ!!」
 何度も俺を呼ぶ少女は、果たして今、何を思っているのだろうか。
 迷子になり泣いている幼女のようにも、恋人の死を嘆く少女のようにも、世界の果てを
求めながらも得られないと理解した賢者のようにも見える。そんな不思議な表情をして、
ひたすらに俺を求めてくる。
 だから俺は唇を貪り、笑みを浮かべ、
「連れて行ってやる」
 どんな立場でもなく目的地を言う訳でもなく、ただ約束をすると、首筋に噛みつかれた。
「連れて、行って」
 あぁ、と頷き、華琳の中に二度目の性を解き放つ。
 しかし俺のものは硬度を失わないままで、
「もっと、もっと」
 華琳の言葉に、再び腰の動きを開始した。

? ? ?

 四度目の放出を終えて、胸の中で呼吸を整えている華琳の頭を撫でていると、ねぇ、と
小さな声で呼びかけられた。
「もう、消えたりしないわよね」
「大丈夫、消えたりなんかしないさ」
 少なくとも、こちらに来た目的を達成するまでは。
 自分に言い聞かせるように、しかし華琳には聞かせないように言ったつもりだったが、
形の良い眉が僅かに動いた。どうも気が緩んでいたらしい。失言だった、と後悔するが後
の祭りだ。言ってしまったものは仕方ない、と割り切ることにした。
「何をするつもりなの?」
 本当はもう少し落ち着いてから伝えるつもりだったが、と前置きをして、
「うん、華琳にまた会いたかったってのも当然あるんだけどさ、こっちに戻ってきた一番
の理由はそれなんだ。いや、すごく言いにくいんだけどさ」
 一泊。
 外が曇り始めていたのには気付いていたが、本格的に天気が崩れ始めたらしい。
 雨が屋根を打ち始める音を聞きながら、俺は目を閉じ、
「世界を滅ぼしに来たんだよ」

 [戻る] [次頁→] [上へ]