[戻る] [←前頁] [次頁→] []

147 名前:清涼剤[sage] 投稿日:2009/07/12(日) 02:49:24 ID:dBDFYJlK0

無じる真√N-拠点17
------------------------------------------------------------
(あらすじ)
――――北郷一刀は、決意する。彼女に変化を与えようと。武の道の
みが生きる道と決めている彼女の考えを……そして、その先にある
ものとは――――

(拠点17話収録)
------------------------------------------------------------
(この物語について)
・原作と呼称が異なるキャラが存在します。
・一刀は外史を既に一周しています。
・話の都合上、オリジナルな設定が入ります。
※上記が苦手な方にはおすすめできません。

(注意)
・過度な期待などはせずに見てやって下さい。
・未熟故、多少変なところがあるかもしれません。
------------------------------------------------------------
URL:http://koihime.x0.com/bbs/ecobbs.cgi?Res=0343

暇つぶしにでもお読みください。



 「無じる真√N」拠点17




 一刀は、渋る白蓮から半ば無理矢理に受け取ってきた書簡を仕上げ、一通り目を通し、
しっかりと処理できているかの最終確認をしていた。

 そして、確認作業を終えたとき、一刀はふと、先日の華雄の発言を思い出した。
「この間のあれは一体どういう意味なんだ……」
 少なくとも一刀が耳にしたかぎりでは華雄には真名が存在する。
 しかし、彼女はそれを使用することを放棄している。一刀にはそうに思えた。
 では、何故彼女は真名の事をひたすら隠しているのだろうか?
 それも、彼女がもっとも大切にしているはずの月にさえ……。
「そういえば、あの時何か言っていたな」
 洛陽で月たちを保護した後、華雄から何やら事情があり、真名がないといった趣の発言
を聞かされていた事を一刀は思い出した。
「てことは、その事情次第では華雄の真名を何とか出来るかも」
 一刀は、そう結論づけると華雄に会いに行くことにした。
 
 華雄を捜し、城内をぶらぶらと歩いていると、どこからか声がかかる。
「お、一刀やん。どないしたん?」
「ん? どこだ、声はすれども姿はなし……」
「こっちや、こっち」
 一刀が首を傾げていると再び声がかかる。今度は聞き逃さず、聞こえてきた方向を定め
、そちらへ視線を向ける。
 視線の先は外だった。そこには茂みがあり、声はそこから聞こえてくる。
「ん? ここか……っと、霞じゃないか」
「そや、ウチや! で? 一刀は何しとったん?」
 茂みをかき分け奥へと入ると、そこには霞がいた。胡座をかいて、手には杯、傍らには
徳利……どうやらお楽しみのところらしい。
「はぁ、真っ昼間から酒かよ」
「へへへ、えぇやろ〜。今日、ウチ休みやさかい、こうやって飲んどるんや」
 既にできあがっているのかやたらとニヤニヤとしている。
 そのいかにもご機嫌な表情にため息をはきつつ、一刀は説明をする。
「いや、ちょっと華雄を捜しててさ」
「華雄? あいつがどうかしたんか?」
「ん? そうだな……先に霞にも聞いておこうかな」
 興味深そうに身を乗り出してくる霞を抑えつつ、一刀は何か知っているか尋ねることに
した。
「なんやなんや? ウチにわかることなら教えたるで」
「そうか、それじゃあ、聞かせてもらおうかな。あのさ、霞は、華雄の真名に関する話っ
て何か知ってるか?」
 相変わらずご機嫌な霞に、一刀も気軽に聞いてみた。
 が、その瞬間、霞の表情が一変する。寸前まで酔っていたとは思えないほど引き締まっ
た表情を浮かべる。
「……どうしてそんなことが聞きたいんや」
「あ、あぁ、この間、華雄が真名がどうのって言ってたんだ。それで、どういうことなの
か気になってね。華雄に本当はどうなっているのか聞こうと思ったんだ」
「ふ〜ん」
 急変した霞の様子に戸惑いつつ一刀は答える。そんな一刀をまるで見定めるようにじろ
じろと霞が見る。
「霞?」
「まぁ、一刀にならえぇんかな……」
「いや、聞いちゃまずいならやめておくけど? 触れちゃいけない話っていうのもあるだ
ろうし」
 あまりに真剣な表情を浮かべる霞を前にして一刀は考え直す。自分がやろうとすること
が華雄にとってどのような意味をなすのか、そして、その結果が良い方へ向かえばいいが
、もし悪い方向へ向かったら……。
 そんな思考に一刀がとらわれ、うんうん唸っていると、突然霞が笑い出す。
「はは、……せやった、あんたは一刀やった。ウチらが認める男やったな……よし! ウ
チの口から言える範囲でなら教えたる」
「い、いいのか?」
「もちろん。ただし、誰にも言うたらあかん」
「もちろん、承知してるさ」
 本来なら触れるべきでない話題、それが他言無用な事であることなど一刀は百も承知だ
った。
 今回、霞に聞いたのもただ華雄に近しい人物だったが故。さすがに一刀も、あまり関係
のない人間には"それ"関連の話をふるようなまねはしない。
「ほな、話そか。あ、その前に……ほれ、一刀」
「……その突き出した杯はなんだ?」
「えぇから、立ったままというわけにもいかんやろ。座りぃ」
 一刀が差し出された杯を受け取ると、霞が自分の横に座るように促す。
 やむをえず、隣に座る。すると、いつの間にか霞の手にある徳利から酒がそそがれる。
「お、おい!? 俺は別に飲む気は」
「えぇから。黙って聞いててもつまらんやろ。やから酒や!」
 杯に注がれた溢れんばかりの酒を睨みつつ、一刀は霞に抗議をしようとする。
 しかし、訳の分からぬ飲兵衛理論で流されてしまい、諦める。
「はぁ、まぁいいか……それじゃあ、聞かせてくれよ」
「よしよし、それでこそ一刀や。ほんじゃ、始めよか」
 そう言うと霞は、勢いをつけるためなのかぐぐっと、酒をあおる。
「はぁ、そうやな……ウチが知っとるのは華雄には真名があったってことやな」
「やっぱり……」
「ただ、華雄は自分の真名を知らない……いや、覚えとらんのや」
「覚えてない?」
 霞の言葉に一刀は驚きを隠せなかった。
 真名というものはとても大事なものであり、常にその人と共にある。一刀は、そう思っ
ていたのだ。だが、霞は華雄に関しては違うという。
 そのことに驚きつつも、一刀は納得していた。これまでに華雄が言った真逆の言葉がそ
の事実につながると思えたから。
(そうか……華雄が真名が無いって言ったのも、真名を捨てたって言ってたのもそこに関
係してるんだな)
「でや、詳しく言うとな……華雄は物心ついたときには月の親父さんの元におったらしい
。なんでも保護されたんやて。そこんとこウチは詳しく知らへんのやけどな……そして、
その時にはもう華雄という名前しかなかったそうや……つまり、それまでの記憶がほとん
どなかったんやて」
「そんなことが……」
 霞の告げる華雄の過去に、気後れしそうになる自分を戒めるため、一刀は酒を勢いよく
喉に流し込む。
「月の親父さんもそのことを気に病んどった。そして、なんとかしようとしたんや……や
けど、華雄はそれを望まんかった。月の親父さんへの恩を返すため、武の道のみを進み、
月の一家を護る。だから、記憶、まして真名なんて女々しいものはいらんってな」
「華雄らしいな」
「なはは、まぁ、らしいって言えばらしいとは思うわ。ただ、あいつは心のどこかでは真
名がないことを気にしとるんやろうな。親父さんと別れることになった月に、忠誠を誓う
ことにした際にも、真名を預けられないことを謝っとったからな」
 霞の言葉に、一刀は口元へ運んだ杯を止める。そして、思ったことを霞に告げる。
「俺は、華雄に少しで何かを思い出してほしい。そして、武以外の道も歩んでもらいたい
と思う」
「一刀ならそう言うと思ったで」
 一刀の言葉に霞はからからと笑う。
 それに対し、そうかな、と首を傾げつつ、霞の杯へと徳利を近づける。
「む? 何か声が聞こえると思えば、お前らは真っ昼間から何をしてるんだ……」
「うぉ!?」
「うわっ、一刀! 何してくれんねん!!」
 突然現れた華雄に驚いた一刀は、先程から霞の杯に注いでいた酒を地面へと垂れ流して
しまう。更には徳利を手から滑り落とす。
 どばどばとこぼれていった酒を霞が物惜しげ見つめる。
「わ、悪い。というか、突然出てこないでくれ吃驚するだろ」
「ふん、酒など飲んで感覚が鈍っていたのだろう。まったく」
「ウチの酒が……」
 霞に謝りつつ、華雄に文句を言う一刀。
 それに対して、華雄は正論で返してくる。
 その間、霞は一人、大量に失った酒に涙を流している。
「そ、そうだ。華雄、今時間あるか?」
「む? まぁ、この後は休みだが……なんだ?」
 急に話題を変えたことを訝る華雄に一刀が畳みかけるように提案を挙げる。
「なら、これらから街にでよう!」
「なに? 街だと。悪いが私は鍛錬をだな」
「ふっふっふ……あかん、あかんで華雄」
「ちょ、張遼?」
 顔に影の差した霞が、どこか虚ろな目を華雄に向けふらふらと近づく。
「ウチの……ウチの大事な酒をこんなにも台無しにしおってからに……さっさと街にいっ
て酒買ってこんかい!」
「お、落ち着け、張遼!」
「やっかましぃわ! それにいいかげんウチのことを真名で呼ばんかい! あんたこの間
も同じ事で月に怒られとったやないかい」
「ぐ、ぐぅ」
 霞にもの凄い剣幕で迫られ、うろたえる華雄に一刀は耳打ちをする。
「か、華雄……酒を買いに行こう」
「致し方ないな」
「何、ごちゃごちゃ言っとるんにゃあ!」
 一刀の言葉に頷く華雄を見て霞が両腕を振り上げ叫ぶ。酒のせいか、はたまた怒りのた
めか、呂律が回っていない。
「わかった、行ってくるから」
「そうだ。北郷と共に買いに行ってくる。だから、落ち着け、し、霞」
 言い慣れていないためか、多少口ごもりながら華雄が霞を真名で呼ぶ。すると、霞はむ
ふー、と満足そうに笑みを浮かべた。
「よし、ウチを真名で呼んだな。ほなら猶予を与えたる。夜まで待っとるさかい、後でウ
チの部屋にもってくるんや」
「わ、わかった……夜に持って行く」
「そ、それでは行くか……北郷」
 そして、一刀は華雄と共にその場を去るため駆けだそうとするが、その前に振り返り霞
の方を見る。
「霞、ありがとな」
「なはは、ウチはここまでや。後は一刀次第やで」
 霞の言葉に頷いて返すと、一刀は先に行った華雄を追いかけ始めた。




「まったく、霞には困ったものだな」
「はは、まぁ、台無しにしたのは事実だからしょうがないだろ」
 霞に買って帰らなければならない酒を売っている店へとすぐに向かった二人。
 そこで、店主に目的の酒を確保して貰い、一刀たちは店を後にした。
 夜まで、時間があるため酒を店に預けたまま街を見てまわることにしたのだ。
「そういえば、華雄は街には来るのか?」
「あぁ、良い鍛冶屋があるか探したりするな。城で頼むのも良いのだが時折、街にも良い
腕の持ち主がいるからな」
「へぇ、じゃあ、そのうち白蓮に紹介してみるか。他には何をしてるんだ?」
「そうだな、後は飯店で食事だな。それと、とう……月様の買い物を手伝っているな」
「はは、何というか、いかにもって感じだな」
 あまりにも予想通りの内容に一刀の口からは、空笑いしか出てこない。
 それと同時に、一つの考えが浮かぶ。ならば、もっと違うことをさせようと。
「それじゃあ、今日は俺に付き合ってもらおうかな」
「ふむ、たまにはそれもいいだろう」
 その言葉にニヤリと笑うと一刀は華雄の手を取り駆けだした。
 一刀に引っ張られながら華雄が何度も何事かと尋ねてきたが、一刀はそれに、ついてく
ればわかる、とだけ返した。

 そして、到着したのは一件の店だった。店外に机と椅子が並んでいる。その所々に女の
子が数人で座り、楽しそうに談笑をしている。また、他の席では、恋仲と思われる男女が
仲むつまじくしている。
「ま、まさか、この茶屋に寄るというのか?」
「あぁ、そうだよ。いかんせん一人じゃ来づらくてね」
 華雄に気を遣わせないように適当な理由を述べる。
 それでも、華雄は乗り気にならない。
「し、しかしだな……その、私などと来る場所ではないだろ」
「いやいや、華雄とならむしろ光栄だよ」
「お、お前はやっぱり変人だ!」
「失礼な! 俺のどこが変人だというんだ。まったく……いいだろう、ならこの茶屋で俺
がいかにまともか教えてやるよ」
 一刀はそう言うと、逃げようとする華雄の腕を掴み、店へと向かってつかつかと歩き出
した。


 席についた一刀は、華雄が何を頼むか決めるとすぐに店員を呼び注文を告げた。
「さて、注文は以上で良いかな」
「……あ、あぁ」
 華雄は、先程から一刀の横で縮こまったまま俯いていた。
 彼女は、一刀がいくら話しかけても普段の堂々とした口調からは想像出来ないほどに消
え入りそうな声でぼそぼそと答えるのみだった。
 一刀は、そんな珍しい姿を見ている内に、ただ黙って見つめことにしたのだが、俯いて
いる華雄は気づいていない。
「こうやって見ると華雄って可愛くもあるな」
「!?」
 見ている内に一刀は感想を漏らす。それを聞いた華雄はさらに体を縮こませる。
 そんな華雄を見た一刀が笑いをかみ殺していると、店員が頼んだ品を持ってくる。
「お、きたきた。ほら、華雄も俯いてないで」
 店員からお茶とお茶菓子を受け取り、華雄に渡す。
「あ、あぁ……そのだな、私自信、茶屋自体は、と……月様の付き添いできたことはある
んだが、こういった洒落たところには入ったことがなくてな」
「なるほど、まぁ、いいじゃないか。これから慣れていけば」
「慣れる……か」
「あぁ、俺も付き合うからさ」
 その言葉に、そうか、とだけ応え華雄は、お茶を飲み一息ついた。
「ま、どれだけその機会があるかはわからないがな」
「大丈夫だよ。また俺が無理にでも引っ張ってくるから」
 一刀が微笑みながらそう告げると、華雄がお茶を吹き出し、むせかえる。
「けほっ、けほっ、お前はまたこんなことをするつもりなのか」
「あぁ、華雄が慣れるまで何度だって連れ回すぞ」
 胸を張って自信満々に告げる一刀に、華雄はため息をつく。
「やっぱり、こういうところに来るなら一人より、華雄みたいな綺麗な、それでいて可愛
いところもある魅力的な女の人ときたいからな」
「ごほっごほ、お、お前は何を言ってるんだ……」
 一刀がさも当然といった口調で告げた言葉によって、落ち着いてお茶をすすりはじめた
華雄は再び吹き出してしまう。
「いや、ほら良く回りを観察してみなって。結構華雄を見てる男の人がいるだろ。みんな
見とれてるんだよ」
「〜!?」
 一刀の言葉に従い、華雄がちらちらと周囲を伺う。
 一刀も改めて見る。そこには通りかかる男の人や、茶屋の男性客、その多くが華雄に視
線を向けている。
 ただ、その中に女性の視線も少数だが混ざっているのには、一刀も苦笑を浮かべざるを
得なかった。
「た、確かに、見ているようだが、それは私がこの店に似合っていないからだろう」
「そんなことない、だってみんな頬が赤いだろ」
 まだ、否定的な華雄に一刀はだめ押しをする。
 それでも納得しない華雄を見て、説得を諦めた一刀は、話題を変え、華雄に自分がいか
に普通かを説いた。
 結局、それも華雄に否定されて終わり、二人して釈然としないまま店を後にした。




 茶屋をでた後、二人は一件の店に入った。
 沢山の服が並ぶ店の奥から一人の中年男性が駆け寄ってくる。

「これは、御使い様。本日はどういった用件で?」
「あぁ、彼女の服を見に来たんだ」
「…………」
 店主は出迎えてくれはしたのだが、一刀の背に隠れる華雄の姿を見て固まる。
 そんな店主に苦笑しつつ、一刀は華雄を前に押し出す。
「お、おい、北郷!」
「それじゃ、服を見せて貰うよ」
「へ、へぇ……」
 そして、姿見の前に華雄を連れて行くやいなや、一刀は彼女の身体に服を当てる。
「う〜ん、これも似合うことは似合うが……」
「お、おい!」
「それよりは、こっちかな」
「……聞いているのか!」
「こら! 動くんじゃない。うぅむ……やっぱこれよりはあれかな、あ、悪いんだけど取
ってくれない?」
「へい、かしこまりやした。これも試してはいかがですかい?」
「お、それもいいかもな。どれどれ」
「ほ、北郷〜」
 姿見に視線を移すと顔を真っ赤にした自分をにらみつける華雄がいた。
 しかし、一刀はそんな彼女を見て、絶対に似合う服を見つけようと強く決意した。
「う〜ん、こうグッとくるものがないな……」
「あの、もし何かご希望がありやしたら、こちらで用意させていただきやすが?」
「本当かい? なら、頼むよ。あ、そこ! 勝手に店の外に出ようとしない」
 一刀は、店主の申し出に興味を示しつつも、そんな彼らをよそに華雄がそろりそろりと
店の入り口へと歩み寄っているのを制止した。
「さて、それじゃあ、肩の部分がこう、それで、丈をこのくらいにして……で、色がこれ
に近い色かな。こんな感じなんだけど、できるかな?」
「えぇ、それならこれくらいでできますよ」
「そうか、うん、それじゃあお願いするよ」
 店主の示した時間に納得した一刀は頼むことに決めた。そして、その時間を潰すため華
雄の手を持ち、店外へと出る。

「さて、それじゃあ、ちょうど良い時間だし食事に行こうか」
「…………」
「はぁ、そろそろ落ち着いたらどうだ?」
 一刀は苦笑しつつ、赤くなり俯いている華雄の頭を優しく撫でる。まるで、父親が引っ
込み思案の娘を宥めるように――。
「っ!?」
 瞬間、華雄が顔を上げる。その顔はどこか呆然としている。
 目を見開き、口がわなわなと震えている。まるであり得ないものを見たかのような表情
だった。
 さすがに一刀も、その表情を見ると焦ってしまう。
「ど、どうしたんだ?」
「え? あぁ……ふふ、なんでもない」
「それならいいけど、じゃあ、今度こそ行こうぜ」
 そう言って、先程まで華雄の頭を撫でていた手を一刀は差し出す。
 華雄は先程までの疲れた表情でなく、柔らかな笑顔を浮かべ、その手を取った。
 一刀はここで思った、華雄は何かが吹っ切れたのかもしれないと。

 そして、それからの華雄は普段と似ているが僅かに違う様子だった。
 普段のように凛々しいが、それが少し和らいでいる。
 さらに、普段常に発している鋭いものではなく穏やかな雰囲気を纏っている。
 そんな変化に、今度は一刀が戸惑ってしまった。
 店につき、食事を始めてからも動揺が収まらず、何度となく箸で摘んだ料理を落として
しまっていた。
 更に、完全に動揺を露わにしている一刀を微笑を浮かべ見つめる華雄の視線で一層動揺
してしまうこととなった。。
 それでも、無事に食事が終わり、店を出る頃には一刀も落ち着きを取り戻していた。

 それから、二人は服屋へと向かい、仕上がった服を受け取った。
 その際、支払いを一人で済ませた一刀が、服を華雄へ贈り、彼女を戸惑わせるといった
一幕もあった。
 そんなやりとりの後、二人はまったりとしながら城への帰り道を歩いていた。霞への土
産となる酒の包みを二人で持ちながら。




 城に戻ると、霞との約束の時間まで余裕があった。
 そこで、一刀たちは酒を一度、貯蔵庫へとしまった。

 その帰り道、華雄が一刀を呼び止め、質問を投げかけてくる。
「それにしても、一体どうしたんだ?」
「え?」
「今日のお前は、なんだか普段より行動的だったように思えたぞ」
「いや、それは、ほら俺が華雄を一人の女性と思っている。それを前に言ったろ? だか
ら、たまには女性として扱うのもいいかなってさ」
「くくっ……そうだったな。そんなことを言っていたなお前は」
 しどろもどろになる一刀を見て華雄が口元を抑えながら、言葉を発するが、言い終える
やいなや華雄が突然吹き出した。
 その様子を一刀が訝っていると、
「くくく、無理をするな。実はお前と霞が交わしていた会話の一部を聞いていたのだ」
「え!?」
 華雄から意外な事実を聞かされ、一刀は思わず声を上げてしまう。
「だから、わかっているぞ。お前が私の過去を知ったこと」
「そ、そうか……すまない」
「謝るな。今日は、私自身、これまで体験したことのないことをした……そして、それは
思っていたよりも意外と楽しかったのだ」
 そう告げると、華雄は苦笑を浮かべる。
「ただ……結局、記憶は曖昧なままなのだ。すまぬ」
「そうか……」
「だが、何故だろうな……お前と過ごしたことで重要なことは思い出せた」
「それって?」
「ふふ、ようやくお前に預けることが出来る――我が真名を」
 そして、華雄は頬を染めながら凛々しさを残しつつも優しく、そして可愛らしい笑みを
浮かべる。
「本当なのか!」
「あぁ、だが、決して口には出さないでもらいたい」
「え? 何でだよ、折角思い出したってのに……」
 一刀は、華雄の願いに戸惑い、その真意をくみ取ろうと、彼女の顔をまじまじと見つめ
た。
 そんな一刀の行動に微笑を浮かべるも、すぐに華雄は表情を僅かに引き締めた。
「まぁ、慌てるな……女としてもやっていくつもりではある。だが、今は武人としての私
に重点を置いていたい。だから、この大陸が平穏を迎えるまではお前の心に預けたままに
させてくれ」
「あぁ、わかったよ……それと、俺も華雄に受け取ってほしい。真名はないけど、代わり
に俺の名前である一刀を」
「!? そうか、感謝するぞ……か、一刀」
 華雄は、一刀の返答と申し出を聞くと、驚いた表情をし、すぐに嬉しそうな笑みを浮か
べる。そして、彼女は、再び表情を引き締める。
 一刀は、真剣な色に染まる華雄の瞳に映る自分の姿を見つめる。
「さぁ、一刀……お前の心に刻んでくれ」
 真剣な表情をする華雄に見つめられ、一刀はつばをごくりと飲み込む。そして、次の言
葉を逃すまいと、華雄の顔を凝視する。
「我が真名は――――」
 その時、一刀は見た。
 正確には"初めて"見たのだ。華雄が浮かべた"その"表情を。
 それは、まるで街にいる少女のような――いや、それ以上に魅力的なものだった。
 そんな彼女の表情を目にして、一刀は返事をすることすらも忘れ、見惚れてしまってい
た。そんな一刀を見た華雄の可笑しそうな笑い声を耳にしながら……。

 それからしばらく惚けて動けずにいた一刀は、本格的に笑い出した華雄の笑い声で、正
気に戻った。そして、慌てて返事の言葉を口にした。
 その慌てぶりによって一刀は、華雄に一層可笑しそうに笑われるはめになるのだった。




 その後、一刀は心に決める。いつかきっと、何時でも何処でも彼女の真名を気軽に呼べ
る世にしようと……そして、それまでは彼女の真名を、先程見た表情と共に自分の中に刻
みつけておこうと――。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おまけ

 大切なもう一人の"主"、彼との新たな契りを結んだその夜、華雄は一刀と共に霞の部屋
へ酒を届けた。

 そして、無事許しを得たところで一刀と共に霞の部屋を後にしようとする。
「それじゃあ、これで」
「すまなかったな、霞。それでは」
「あぁ、ほんじゃ……っと、華雄はちぃーっとばかし残って貰うで」
「何?」
 何故か自分だけ呼び止められ華雄は立ち止まる。その間に一刀は、二人ともおやあすみ
、とだけ告げてさっさと立ち去った。
「それで……一体何なのだ?」
「まぁまぁ、えぇから中に入りぃ」
 華雄は釈然としないものの、霞に促されるまま部屋へと入った。

「で? 実際のとこ、どやったん?」
 華雄が部屋で机を挟んで霞と向かい合うように座った途端、彼女から酒と共に掛けられ
た言葉がこれだった。
「どう、とは?」
 主語がなく意味するところがわからない華雄は酒をつつっと口に含みつつ霞へ問いかけ
るように視線を送る。
 すると、霞がにやにやと厭らしい笑みを浮かべた顔を華雄の方へ近づける。
「せやから、一刀との逢い引きや。あ、い、び、き」
 霞が発した言葉の中にあった単語を耳にした瞬間、華雄は盛大に酒を吹き出した。
「けほっ、な、なにを……」
「だって、一刀と二人でゆぅ〜っくり街を回ってきたのやろ?」
「そ、それはお前が言うから……はっ! ま、まさか」
 霞の態度を見ている内に嫌な考えが頭を過ぎる。自分は目の前に座る人物に嵌められた
のではないかという考えが……。
「なはは、まぁ、えぇやないか細かいことは」
「いや、聞かせて貰おうか……どういうつもりだ」
「ちょ、待ちぃな。何にせよ、あんた楽しんできたんやろ?」
 霞に詰めよるが、彼女は苦笑いをしつつ話題を先程のものへと戻す。
 その話題は華雄にとっては痛いところである。
「だ、だから……それは後だ。それよりお前がどういうつもりで――」
「まぁまぁ、どんな感じだったか教えてくれへん?」
 抗議の声を上げようとする華雄を霞が遮る。
 妙に強引な霞の態度に華雄が訝りつつ、彼女の顔を注意深く伺ってみる。すると、彼女
の頬が微妙に赤いことに気づく。
「……お前、既に酔っているな」
「ん? まぁ、華雄たちが来る前に一杯やっとったよ」
「道理で言動が無茶苦茶なのか……気づくべきだったな」
「えぇい、めんどくさい! 華雄も飲めぃ!」
「んぐっ!」
 突然華雄の口に酒がどぶどぶと注がれていく。
 逃げる箇所を失った酒が華雄の喉を勢いよく通過していく。
「いよしっ! いい飲みっぷりや」
「…………」
 大量に酒を摂取した華雄は徐々に頭がぼぅっとしていく。
 更に、何だか気分が良い。まるで心が広くなったかのような感覚が華雄に訪れる。
「さぁ、勢いもついたし話してもらおか?」
「……ふふふ、そんなに聞きたいか、なら仕方ない教えてやろう」
 霞に先程と同じように尋ねられる。
 しかし、華雄は、今度は話しても良いような気がした。




 その後、霞はすっかり酒に飲まれた華雄から、その日の話とその際の彼女の本音を聞き
出したのだった。

 そして、霞がしばらくの間、華雄をからかい続けたのだが、それはまた、別の話。

 [戻る] [←前頁] [次頁→] [上へ]