- 143 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/05/30(土) 20:52:31 ID:WoUKkjpi0
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わたしの名はメーテル……投下予告をする女。
何事も無ければ10分後から、「久遠花〜詩歌侘〜」の中編を投下するわ……。
なお、校正や区切りを考えた結果、27分割から30分割に変更になったのよ、鉄郎……
- 145 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編1/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:02:32 ID:WoUKkjpi0
-
秋蘭が危惧したとおり、前線での将たちの活躍とは裏腹に、戦況は徐々に魏軍の不利に傾き
はじめていた。
その原因は先に秋蘭が分析通りに敵の異常な『数』によるものである。
ある程度敵を減らす度、城壁からあらわる敵の補充兵。曹操軍はその動員力に対して、徐々
に形勢を盛り返されつつあるのだ。
一刀はそんな戦いの行方を本陣で目にしながら、何もできない無力さに憤っていた。
「くそっ! どうにかならないのかよ!」
「うるっさいわね! どうにかなるものならとっくにどうにかしてるわよこの総身粘液男!」
言い返したのは、いつも通りの猫耳軍師である。
「いったいどこにこんなに兵士がいたって言うのよっ! 明らかにおかしいじゃないっ!」
仮設された簡易机の上に広げられた戦況図を前に、桂花が頭をかきむしる。
一刀の目で見て一目瞭然、桂花からは余裕が失われていた。
「奇策の類ならどうとでもしてみせるわ! でもこんなふうにがっちり組み合った状況で『数
』に頼られたら、どうしようもないのよ!」
勢い余って机をどんと叩く。その拍子に駒がいくつか倒れた。
この状況に焦っているのは一刀だけではないのである。
その証左のように、桂花の横では稟と風が普段より頻繁に兵士たちに指示を飛ばしている。
後方に陣取って戦場を俯瞰している彼女たちには、この戦いの全体像が見え過ぎるほどに見
えていた。
それ故に、彼女たちは前線で実際に戦う春蘭たち以上に、現状に危機感をつのらせているの
である。
- 147 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編2/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:05:21 ID:WoUKkjpi0
-
「でも、何か方法が……」
「……ええ、そうよ。方法はあるわよ」
その言葉に、桂花は一刀を睨み付けてすぅっと息を吸った。
そして怒鳴りつけるように一刀に叫ぶ。
「定石に則るなら今は味方の増援を待つのが最上! でもね、そんなの都合の良い味方がいっ
たいどこにいるって言うのよ!?」
他の者からすればただの八つ当たりにしか見えないそれ。けれど一刀は目ざとく、桂花の目
尻にうっすら浮かんだ涙を見つけてしまった。
一刀はそこに、焦りと苦悩、そして精一杯を尽くしても不可能とわかってしまっている自分
への、抑えられない怒りを垣間見た気がした。
押し黙る一刀。そんな姿を見せられては、何も言えなくなってしまう。
――そんなときだった。
「ここにいるぞー!」
「あーん、たんぽぽちゃんひどーい! 名乗りは私がするって言ったのにー!」
その場にいるはずのない者たちの声が上がった。
追いかけいななきと共に陣中に飛び込んできたのは、二頭の軍馬。
その背には見覚えのある女性の姿。
「と、桃香さん!?」
「はいはーい! 一刀さんこんにちはー」
「たんぽぽもいるよー!」
馬に跨っていたのは蜀王劉備と馬岱の二人。
更に、二人に遅れてもう一頭……
「ま、待ってくださーい!」
『はわわ軍師』こと、諸葛亮である。
- 149 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編3/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:08:39 ID:WoUKkjpi0
-
「あ、あなたたち……!」
予想外な闖入者たちの登場に、桂花たちも目を丸くしている。
それは一刀とて同じだ。
「な、なんで三人がここにいるんだよ!? 桃香さんたちは今回の戦いに参加しない。華琳が
そう決定してたはずじゃ……」
呆気にとられている桂花に代わって一刀が問う。
そして、
「――そのとおりよ。劉備、説明なさい」
凍り付くような、冷たい声があとを続けた。
「!?」
驚いて一刀が振り返ると、そこにはいつの間にやら険しい表情をした華琳が立っていた。
「か、華琳まで!? 確か前に出ていたんじゃ……」
「ええそうよ。でも陣中深くに突っ込んでくる正体不明の騎兵ありって報告を聞いたものだか
ら、飛んで戻ってきたのよ」
そう言った彼女の手には抜き身の大鎌。服には戦いの激しさを物語るように、所々黒い染み
が散っていた。
「さて劉備」
「は、はいぃ」
華琳は全員の視線が集まる中、そう静かに言って、手の鎌を劉備に向けた。
「私がどうしてあなたたちに来ないように言ったのか、わかっているわよね?」
刺々しい華琳の言葉。
その声色は、彼女らしからぬほどに苛ついたものであった。
「う、うん……」
「じゃあわかっているはずよね。あなたと孫権が後ろに控えていることに戦略的な重要性があ
るってことを」
彼女が言う重要性。それは彼女たちに与えられた役割。万が一に備えた『保険』としての役
目である。
- 151 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編4/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:11:43 ID:WoUKkjpi0
-
華琳は自分が敗れるという最悪の未来を想定し、その場合に大陸を行く末を託せる人間とし
て、桃香と蓮華を指名したのだ。
そして、もしものときには孫呉による共同軍で白装束を一掃し、二人が大陸を統治するを、
予備のプランとしたのである。
だがその計画も、桃香がこの場にあらわた今となっては、水泡に帰したと言って良い。
「………」
「答えなさい! 劉備!」
叫んで華琳は、大鎌の刃の部分を桃香の首筋に押し当てた。
あと少し動かせば、ただでは済まない。
堅い刃物の感触で彼女自身にもそれは伝わっているだろう。
『止めなくては』
今の華琳はいつになく苛ついている。あの華琳が激情に駆られて大局を見失うとは思えない。
だが、万が一と言うこともある。
一刀がそう感じて動こうとする直前、先に桃香の手が動いていた。
「私はまだ折れてないからだよ、華琳さん」
桃香の手は、大鎌の柄を力強く掴んでいた。
その目は、先ほどのような気弱なものではない。
力強い、光が宿っていた。
「私の信念は、確かに華琳さんの信念の前に敗れたよ。それは覆すことのできない事実。でも、
だからって私の信念は折れてない。例えどれだけ華琳さんに打ち負かされたって、私の分が
泰山の頂程度だって言われたって、私はそんなことで自分の信念を折ったりなんかしないの。
だから、私は私の理想を実現するために、みんなを助けるために、みんなが幸せになるために、
ここまで来たんだよ!」
「………」
一歩も退かない桃香の言葉。
奇をてらわない、真っ向勝負。
- 154 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編5/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:15:12 ID:WoUKkjpi0
-
かつての舌戦の焼き直し。
以前言葉を詰まらせたのは桃香。けれど今度沈黙したのは華琳。
「私は、私も、愛紗ちゃんも、鈴々ちゃんも、星さんも、朱里ちゃんも、雛里ちゃんも、翠ち
ゃんも、たんぽぽちゃんも、焔耶ちゃんも、桔梗さんも、紫苑さんも、璃々ちゃんも、美以ち
ゃんも、白蓮ちゃんも、それに蓮華さんと華琳さんもっ! みんなみんな笑っていられる未来
を掴むために、ここに来たのっ! それが甘いって言われたって、私は何度だって立ち向かう
よ! そして何度負けたって、絶対最後まで折れたりしないっ!」
桃香が叫ぶ。
高らかに、彼女は己の矜恃を天に向かって示してみせる。
「華琳さんだってわかっているはずだよっ! 今回の戦いは華琳さんたちだけの戦いじゃない、
この世界みんなの戦いだってっ! 難しいことなんて捨てて、今できる最善を尽くさなくち
ゃ駄目だって!」
桃香の純粋な想いが、一刀には痛いほどに伝わってきた。
まっすぐに語る彼女は強い。
そして、強いだけでない。
一刀が目にしたその姿は、とても貴く、何より気高く、そして優しく美しかった。
大器の人、劉備元徳。
もしも彼女に最初に出会っていたならば、あるいは自分はその横に立っていたかもしれない。
一刀はそんなことを思った。
「……どうですか、華琳さん。これでもまだ、私を試しますか」
試す。
静かに告げられた桃香の言葉に、押しつけられていた刃がすっと引かれた。
そして、
「あは、」
上げる声。
「あははっ、あはははははははははははははははははははははっ!!」
- 156 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編6/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:18:17 ID:WoUKkjpi0
-
空を仰いで笑う、華琳の声。
そこにはもう、先ほどまでのような苛ついた様子は微塵も伺えない。
「そう、そうよね。それでこそ劉備元徳。どうしようもなく甘くて、どうしようもなく理想主
義で、どうしようもないくらい人を酔わせて、どうしようもないくらい人に夢を見せてしまう
天下の美酒よ!」
心底おかしそうに、笑い声を上げる華琳の顔は、空を映すように晴れ渡っていた。
その声を聞いて、一刀もやっと合点がいった。華琳の不機嫌は最初からすべて演技であった
のだ。
彼女はそうやって、桃香がこの戦場に真に並び立つ者として相応しいかを試したのだ。
意地が悪いと言ってしまえばそれまでだが、実に彼女らしいやり方であった。
「ええ、良いでしょう、あなたの策に乗って上げる。さあ説明なさい」
「はいっ!」
華琳と桃香は互いに笑い合う。
その光景を目にした一刀はほっと胸をなで下ろした。
「では、作戦については朱里ちゃんの方から……」
「はい! 私が説明しますっ」
華琳の言葉に応えるべく、脇に控えていた朱里が元気良く手を挙げた。
その姿を確認すると、華琳は彼女ににっこりと花のような笑みを向けた。
「ええ、お願いするわ。赤壁であなたたちがやったことの二番煎じ、敵に情報が漏洩すること
を避けるため、私たちにも内緒で軍を動かしてここまで駆けつけたという説明、是非とも天下
の諸葛亮の口から聞いてみたいわ」
「は? ぇ? はわ、はわわわ! どうしてそれを……というか華琳さん、その説明台詞は私
の……」
- 158 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編7/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:21:32 ID:WoUKkjpi0
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「さあ教えてちょうだい、神算鬼謀と恐れられる名軍師殿。きっと思わぬ裏があるんでしょう
ねぇ。何せ先日、あなたがうちの一刀にちょっかいを出した手管も素晴らしかったものね。確
か、ここをこんな感じにまくり上げて『天下とは例えばこのようなもの……』だったかしらね
ぇ? 風」
「違いますよ、華琳さまー。前をこうぺらーんとめくってですねぇ」
「あらあら流石は伏竜先生。変態的な手管ねぇ。私の持ち物になんてことしてくれるのかしら
」
「わ、わー!わー!わー! なんでそんなこと知ってるんですかー!?」
「しゅ、朱里ちゃん落ち着いてっ!? でもそれはちょっと私でも引くかも……」
「ち、違います! 違うんです! 信じてください! あれは寝ぼけてただけなんです!」
「へぇ、寝ぼけていたら穿いてないものなのね」
「あれはたまたま! たまたまなんですぅ!」
手を振り回して半泣きで抗議の声を上げる朱里を、桃香が羽交い締めにして押さえつける。
極力聞こえないふりをしていた一刀だったが、横で『ぶはっ』という音が聞こえたので、そ
ちらの方を見てみると、稟が血の海の中で倒れていた。
そして風がそれを介抱しながら「とんとんしますよー、とんとーん」とやっている。
もう彼女たちの周りに、先ほどまでの重苦しい空気はない。
桃香の登場で、確かになにかが変わったのだ。
- 160 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編8/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:24:42 ID:WoUKkjpi0
-
「申し上げます!」
伝令の兵士が駆け込んできたのは、朱里が『はわわはわわ』言っているそんなときだった。
「山間から正体不明の一軍が出現! 雪崩をうって戦場へ突っ込んできます!」
「は、はわっ!」
謎の一軍。
その正体は明らかだ。
それは桃香たちが事情を伝える頃に動き出すように打ち合わせていた、蜀軍に違い無い。
だが、そうだとしてもその進軍は拙速に過ぎた。
「愛紗さん、早すぎますよぅっ!? 華琳さん、その軍は敵じゃありませんっ、彼らは味方で
す! このままじゃ同士討ちになってしまいます! すぐに前線に使いを送ってください!」
朱里の言うことは的確だ。正体不明の一軍が突然乱入してきたとなれば、連携どころの話で
はない。むしろ、最悪両軍による殺し合いがはじまってしまうかもしれない。
一度状況が混乱してしまえば、再び統制を取り戻すには時間がかかる。
その間、敵が見逃してくれる保証はどこにもない。
だが、的を射た朱里の言葉に、華琳はふんと鼻をなした。
「……諸葛亮。あなたこそ見くびり過ぎているわよ」
「ほへ、あの……?」
「この曹操の部下に、敵と味方をはき違えるような愚か者がいるわけないじゃない」
そう言って彼女は、悠然と笑うのだった。
- 163 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編9/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:27:33 ID:WoUKkjpi0
-
果たして、戦場では華琳の言ったことの正しさが証明されていた。
「でええええいっ! 敵が多い! 鈴々! まとめてなぎ倒すぞ!」
「でも姉者、戦いは数だよ!」
「なにを生ぬるいことを言っている! 出てきたら出てきただけ片っ端から叩き斬ってやれば
いいだけだろう!」
一人の少女が迫り来る白装束の軍団を、怒濤の勢いで次から次へとなぎ倒していく。
手にするは青龍偃月刀。踊るポニーテールは、墨を流したかのような見事な黒。
彼女こそは蜀の守護神と謡われる武人、関雲長である。
「……ふっ」
「!? なにがおかしい夏侯淵!?」
愛紗が忍び笑いを漏らした秋蘭を目ざとく見つけて、周囲の敵をまとめて吹き飛ばしながら
怒鳴った。
「いやなに、関羽が姉者と同じことを言っているなと思ってな」
「なんだと!?」
それを聞いて激昂する関羽。一方、手の中の青龍偃月刀はそのキレを一段と増したようであ
る。
そしてまた、反応して激昂したのは関羽だけではない。
「なにおぅ!? 秋蘭、今のは聞き捨てならん、聞き捨てならんぞっ! 私はそんな馬鹿っぽ
いことは言ってはおらんっ!」
今度は秋蘭から見て、愛紗の対面で敵をなぎ倒していた春蘭が怒鳴る。
怒鳴った勢いで、敵が二十人ばかりまとめて宙を舞った。
「なんだと!? 貴様のような猪武者に馬鹿と言われる謂われは無いっ!」
「い、猪だとぅ!? 言わせておけば……、許さんっ!」
言い合う度に、愛紗と春蘭の動きはますます熱く、鋭く、激しくなり、敵を倒す速度もどん
どん加速していく。
早く、速く、どこまでも逸く!
まさに天災の如き力で敵を圧倒する!
- 165 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編10/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:30:48 ID:WoUKkjpi0
-
と、そんな様子を、少し離れた場所で見守る者たちの姿があった。
合流した魏呉蜀の武将たちである。
「うわぁ、今日の愛紗姉さま、気合い入ってるぅ」
「うっわ、すっげっ。見ろよたんぽぽ、敵があんな高さまでぶっ飛ばされてるぞ。ひゃ〜」
半ば以上呆れて、ぽかーんと口を開けて蒲公英と翠。
その横には霞。
「いやぁ、ええなぁ、ああいうの……。どうや錦馬超、あないなもん見せられたら、うちらも
こう、滾ってきぃへん?」
「む、『神速の張遼』か。確かに、あれだけのものを見せられて何もしないのは芸がないよな。
……よし、あんたなら相手にとって不足無しだ」
呼吸を合わせたように、顔を見合わせた霞と翠がニカッと笑う。
そして、笑う二人の横には、
「どうして魏と蜀の者たちはこう……」
ため息をつく呉王孫権がいた。
先だって桃香が華琳に事情を知らせ、蓮華が実際に軍を動かすという割り振りである。
まあ、当初の予定より早く攻撃をはじまってしまったことからもわかるとおり、彼女をして、
蜀の面々を完全に御しきれていないというのが現実なわけなのだが。
加えて……
「燃える、燃えるのぅっ! よし、我らも負けてはいられぬ! 者ども、ついてまいれ! 今
は亡き堅殿と策殿の分まで、我らが呉の武勇を示してくれようぞ!」
そう言って、辛抱堪らずと言った様子で部隊を率いて突出していく黄蓋の姿が視界の片隅に
うつる。
「そ、孫策さま、お亡くなりになったんですか!?」
黄蓋の言葉を聞いて驚きの声を上げる流琉に、蓮華は慌てて訂正した。
「ああ、違うのよ流琉。雪蓮姉さまはちゃんと健在。『この場にいない』が抜けてるだけよ」
そう、別に雪蓮は亡くなってなどいない。
三国同盟締結後は蓮華に王座を譲り、最近は楽隠居を決め込んで日々を怠惰に過ごしている
だけだ。
付け加えるなら、この戦いで華琳、桃香、蓮華になにかがあった場合には雪蓮が立ち上がる
手はずになっている。
- 167 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編11/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:33:20 ID:WoUKkjpi0
-
『らいじょーぶらいじょーぶ。わたひに、ひっく、まかせらしゃいよ、ひっく。めいりん、も
っと、おしゃけ、ちょうだ、ぅゎ、はきそ』
とは、あとを任せてきた姉が蓮華に語って聞かせた言葉である。
蓮華がこめかみを押さえていると、どおんという大きな音が聞こえた。
そちらを見やれば、人が無数に打ち上げられ、水柱ならぬ人柱が立っていた。
「行くぞ春蘭!」
「おうさ愛紗!」
その中心には、結局は意気投合したらしい愛紗と春蘭の姿。
「とおぅ!」
叫んだ春蘭が、大剣を手に高く高く跳躍する。
「はあああああ!!」
そして体を丸めながらくるくると回転してくる春蘭にタイミングを合わせて、愛紗が青龍偃
月刀を振りかぶる。
『おおおおおおおお!』
声を重ねて、心重ねて、魂を呼応させる。
「我が名は関羽!」
刃を返して、ぴたりと動きを止めた青龍偃月刀。
春蘭が、羽毛のような軽やかな足取りで、その背に足をつける。
「我が名は夏侯惇!」
そして愛紗は、春蘭が乗ったままの青龍偃月刀を、力の限り振り抜く。
『天よ! この名を胸に刻め!』
瞬間、春蘭が強弓の矢の勢いで放たれた。
- 171 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編12/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:36:42 ID:WoUKkjpi0
-
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
人間ロケットと化した春蘭が敵陣を一気に貫通し、その陣容を引き裂いていく。
むろん、それだけでは終わらない。
「続け!」
そして敵陣を真っ二つに割り開いてできた血路目掛けて、曹蜀きっての俊足である張遼と馬
超が、部隊を引き連れて敵を蹴散らしながら走り込んでいく。
それを契機に、白装束の陣形が大きく崩れはじめた。
武が、数を圧倒した瞬間であった。
◇◇◇
「……劉蜀に孫呉。二大勢力が北郷に肩入れか」
諦めたように、疲れたように城壁の上にいる干吉が息を吐いた。
今や数の優位は覆された。
だが、干吉のため息はそんなことで漏れたものではない。
あまりに予想通りの展開に、徒労を覚えずにはいられなかったのだ。
「まあ良いでしょう。時間はたっぷり稼げました。あとは鍵を導くだけ……ここいらが頃合い
でしょう。左慈に合流するとしますか」
そう呟いて、彼は顔に乾いた笑いを浮かべた。
「ふふ……これでようやく私の仕事が終わる」
そう、すべてが終わるのだ……。
外史が、世界が。
その幕を引くのは、この度も彼の役目である。
- 173 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編13/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:39:23 ID:WoUKkjpi0
-
◇◇◇
「よしっ、敵の抵抗が少なくなってきた!」
「遂に動員力が尽きたということでしょうか」
一刀の上げた声に、稟がそう答えた。
確かに蜀呉の援軍が到着して、戦況は確実に盛り返してきている。
このままならこちらの勝利は確実だ。
だと言うのに、一刀が振り返った先にいる馬上の華琳は、その顔に渋面を浮かべていた。
「ん? どうしたんだ華琳?」
「……敵の抵抗が止む。ということは、敵の指揮官がいなくなったということよね」
戦場を見つめたまま、華琳が呟いた。
それを聞いて一刀はきょとんとする。
だが、その横にいた桂花は一刀よりも聡明であった。
「……ということは、敵の指揮官はっ!?」
「儀式を完成させるために、戦線から退いたということでしょうね」
冷静に判断して、華琳が言う。
「なんだって!? 早く追いかけないと!」
理解が追いついた一刀が叫ぶのとほぼ同時、華琳の馬が駆け出していた。
「一刀、桂花、風、稟、ついてきなさい! そして他の者たちにも伝えなさい! 残敵の掃討
は部隊の者に任せ、我々は泰山へと突入する!」
「は、はいっ!」
慌てて桂花がその後ろを追いかけるべく近くに待機させていた馬に駆け寄る。そして一刀、
風、稟もおのおのそれにならう。
終局の突端が開かれようとしていた。
- 175 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編14/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:42:41 ID:WoUKkjpi0
-
関内にて戦線に散らばっていた他の魏将たちと合流した一刀たちは、焦る心を押し殺しなが
ら、泰山頂上部を目指していた。
道中敵の妨害などは一切なく、一同は静まりかえる薄暗い廊下を進む。
戦場の喧噪など嘘のように、静まりかえった廊下。
そこを暫く進むと、一刀たちの視界が、突然ぱっと明るくなった。
廊下が終わり、目的地についたのだ。
頂上部には、荘厳な霊廟が建てられていた。
至る所に朱と金をあしらった見事な霊廟。
本来ならば思いがけぬ美しさに心奪われるであろうその姿にも、今はどこ重苦しさが漂って
いる。
そして正面の扉は……まるで一刀たちを迎え入れるようにして、開け放たれていた。
「ここが泰山の頂上……やつらの本拠地か」
油断なく大剣を構えて、春蘭が言う。
先ほどまで戦場を縦横無尽に走り回っていたはずなのだが、彼女に疲れた様子はまったく見
られなかった。
「ああ……ここで行われてる儀式を止めれば、それでおしまいだ」
言った確認のような一刀の声に、周囲に控えた他の者たちもそれぞれ頷く。
「では行くわよ……最後の戦いに!」
そう言って歩き出した華琳を先頭にして、一同は霊廟へ向かって歩みはじめた。
- 177 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編15/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:45:11 ID:WoUKkjpi0
-
「ふむ……来たようですね」
「そのようだな。……これでようやく終わる。北郷一刀を基点として作られた、つまらない物
語がな」
「そしてこの世界の終焉によって、私たちの仕事も終わる……」
世界の終焉。
その言葉と同時に、華琳たち、そして北郷一刀が霊廟の中に駆け込んできた。
「そんなことはさせないっ!」
その声に、宿命の敵の声に、左慈が向き直る。
「来たか北郷……っ」
どこか冷ややかに見つめる左慈の視線、それを真っ向から見返して一刀が言う。
「この世界を終わらせるなんてこと、俺が絶対にさせやしないっ!」
互いを睨み付ける左慈と一刀。
互いに譲れない、二人。
そこに割って入ったのは、干吉の声だった。
「ふっ……しかしあなたがここに辿り着いたことで、すでに物語は終焉に向かっている。……
避けられない事象なのですよ、これは」
不穏な空気を孕んだ干吉の言葉に、一刀はゆっくりと干吉へと視線をずらした。
「……どういうことだ?」
「簡単なことですよ。外史であれ、正史であれ、物語には突端があって終端がある。そして今、
この物語は終端へと差し掛かっている。……これはもはや止めることはできないのです」
終わりが決定づけられたと言う干吉。
その先を、左慈が続ける。
「止まらなければ、延々と垂れ流されることになる。……はじまればいつか終わりが来るのだ」
「だが人は弱いものです。終端を認めず、物語を捏造して自らの欲望を満たしている。……私
たちはそれを否定するために世界を壊すのです」
- 179 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編16/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:48:38 ID:WoUKkjpi0
-
その言葉に、一刀が黙った。
はっきりと事情がわかっていない華琳たちも沈黙している。
そんな中、あえて声を放つ者がいた。
「だけどそれを肯定する者も居る。……例えば私のようにね」
そう言って歩み出たのは、自称踊り子の貂蝉だった。
「来ましたか、貂蝉……」
その姿を見た左慈の顔が、苦虫を噛みつぶしたようになる。
「そりゃあ来るわよ。……この物語もいよいよクライマックスなんだから」
「相変わらず俺たちとは対極にその身を置くのか」
「ええ。あなたたちがこの外史を壊したいという願いが具現化した存在ならば、私はこの外史
を存続させたいという願いが具現化した者なんだからね」
一刀の仲間たちは、その貂蝉の物言いに、なにがなんだかわからないという顔をした。
一方で一刀も、貂蝉の言ったことに驚いていた。
左慈たちの目的や、この世界の正体を知っていたことからも、貂蝉がただ者ではないと思っ
ていても、貂蝉の言ったような左慈たちと対極する存在だとは思ってもいなかったからである。
だがそんな一刀の驚きをよそに、貂蝉は厳かに続ける。
「終端ははじまってしまった。あとは象徴である鏡を取り返すのみ、よ」
鏡。
事前に貂蝉から軽い説明は受けている。
自分がこの世界に渡り来る原因になったのだという、鏡。
すべてのはじまりなのだという鏡。
左慈と干吉が立ちはだかる赤絨毯、その先にある玉座。
その座上に、一枚の鏡が立てかけられているのが見えた。
「あの鏡を取り返せば、この世界は終わらなくても良くなるんだな?」
その一刀の言葉を受けて、貂蝉は一瞬躊躇するように言葉を掴んだ。
そしてそれから、
「……終わらなくても良くなるんじゃないわ。……新たな外史として新生するの」
そう口にした。
- 181 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編17/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:51:43 ID:WoUKkjpi0
-
「え……」
予想外の言葉。
だが貂蝉の言ったことが、時間をかけて頭の中に染みこんできて、一刀はようやく気づくこ
とができた。
貂蝉の言ったことはつまり、物語の再生。
みんなとの物語がありつつも、更に別の物語が新しく生まれるということ。
そしてこの世界は、もはや終わりしか迎えられないということ。
いつか、出会ったばかりの頃に華琳が口にした言葉を思い出す。
『胡蝶の夢』
この世界が、誰かの夢見ていた世界だとしたら、物語の再生とは即ち、新たな夢のはじまり
ということ。
新たな夢が生まれる。
そこにいる北郷一刀は、自分ではない新しい別の北郷一刀だ。
すでにここは運命の袋小路。
もう、どうやっても終わりからは逃れられない。
「だけど……、それでもっ!」
そのことに絶望なんてしない、している暇はない。
この物語がもう終わりしか迎えられない……終わりと決定づけられているのだとしても、何
もせずに終わることなんてできやしない。それが予め決められていた行動だとしても……。
この世界の北郷一刀は、この世界を終わらせたくないと、そう強く思っているのだから!
- 183 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編18/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:54:16 ID:WoUKkjpi0
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「左慈!」
叫んで一刀は思いのままに行動を起こす。
一刀は腰間の得物を鞘走り、勢いよく地面を蹴った。
「良かろう、ここで決着をつけよう。……貴様という存在と共に『想造』されたこの世界、貴
様の死と共に消滅させてやろう!」
そう言って、今度は左慈が地を蹴る。
一瞬にして肉薄する両者。
だが、それは一刀の間合いではない。徒手である左慈の絶対的な間合いだ。
一刀が目を見開く。
動きを追うこともできなかった。当然体は意識に追いついていない。
まるでお互いに流れている時間が違う。
「ふんっ」
――余裕。
左慈はその顔をにやりと歪め、
『ダンッ』
刹那、世界が減速した。
一刀が見ている前で、恐ろしいほどの大音量を伴って、死に神の鎌のような震脚が踏み落と
される。
続いて足、腰、腕、伝わる力、流れる力点移動。
素人剣道を囓った程度の一刀でも見惚れてしまう、芸術的な領域にまで昇華された達人の手
による殺人技巧。
そうして繰り出されるは、寸剄。
避けられない。
そう思った一刀が思わず目を瞑ってしまう。
だが、次の瞬間一刀を襲ったのは、予想していたような体を貫く衝撃ではなく、むしろ体が
突然軽くなったような浮遊感だった。
- 185 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編19/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 21:57:22 ID:WoUKkjpi0
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恐る恐る一刀が目を開く。
そうして感じたのは、『天井が、低い』ということ。
いやに天井が近いのだ。榛の細部まではっきりと見てとれるほどに。
と、今度はそれが唐突に遠ざかっていく。
そこでようやく一刀も状況を理解した。
自分の体は今、宙に浮き上げ――
「げふぅっ!」
背中から衝撃。
今度こそ、全身がばらばらになりそうな痛みが走った。
「あだ、あだだだだだ……」
幸い頭は打たなかったが、それでもかなり痛い。
一応、それでもすぐさま身を起こして周囲を見渡したのは、多少なりとも乱世で過ごしたお
かげであろうか。
一刀の目に、左慈が少し離れたところに綺麗に両の足で着地するのがうつった。
そして一刀と左慈の、ちょうど中間にあたる場所。
そこに、衝突の瞬間に間に割って入って、手にした大鎌で器用に両者を投げ飛ばすという離
れ技を披露してみせた華琳が立っていた。
絶好の機会を潰された左慈が、燃えるような瞳で華琳を見た。
「おのれ……傀儡の分際で、出しゃばってくれる……っ!」
対して華琳は、
「私たちを傀儡と言う……か。しかしそれはあなたも同じことでしょう?」
涼やかな視線をかえして、そんなことを言った。
- 188 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編20/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:00:22 ID:WoUKkjpi0
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「華琳……?」
疑問が一刀の口を衝いて出た、けれど華琳はまるでそんなものは聞こえないというふうに先
を続ける。
「私たちは誰かが見たうたかたの存在。そして左慈、それはあなたにしても同じこと」
「知って……いたのか?」
「あなたが気づける程度のこと、この私が気づけかないはずがないでしょう」
息を飲んだ一刀に、華琳はさも当然という顔で言った。
「この世界のこと、一刀のいた世界のこと、そして更にもう一つ、すべての外史の基盤となる
正史という世界があるということ。そして私も、この世界も、すべては作られた存在というこ
と」
仲間たちにもわかるように、言葉を選んで華琳は言う。
一刀が優しさで覆い隠した真実を、白日の下に晒け出す。
そのことは、控えた者たちにも波紋となって広がっていく。
「……どういうことや?」
「……言葉のままなのだろう」
「この世界が、え? 作られた? え?」
元からして世界がどうこうと言われても、彼女たちには話が大き過ぎたのだ。敵の目的が、
世界を終わらせることだと聞いてはいても、彼女たちはその意味を正しく理解していなかった。
そこでもって突きつけられた真実が、身に降りかかるものであったのだ。
動揺するのも無理はない。
「………」
「………」
他方、予め知っていた風と稟だけは沈黙を守っていた。
- 190 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編21/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:04:04 ID:WoUKkjpi0
-
そして、更に追い打ちをかけるように左慈が残酷に言を放つ。
「そう、貴様たちも所詮はこの、北郷一刀を元に作られた外史という物語の中で役割を演じて
いる登場人物に過ぎない! これを傀儡と呼ばずになんと呼ぶ!」
左慈の言葉が、先ほどの華琳の発した言葉以上の衝撃を伴って、皆の間を伝播していく。
そんな中、一同を代表するように声を上げたのは桂花だった。
「だったら……私のこの華琳さまへの想いも、すべては作られたものだと言うのですか!?」
すべては役割のままに決められたこと。ならばこの感情も作り物であるというのか。
華琳と左慈の言葉を、ありのままに真実と受け止めてしまえる桂花。
他の者以上の聡明さを持つ彼女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていった。
桂花の涙は、少なからぬ動揺を他の者たちにも生み出した。
己はいったい何者であるのか。
一度考えはじめれば終わりがない、そのような疑念が鎌首をもたげる。
だが、それに呑まれる前に一同の耳朶を打つ声が上がった。
「静まりなさい!」
鋭く飛ばされた沈静の声。
それは、優しさと厳しさを備えた、まぎれもない彼女たちの王の言葉であった。
一瞬で浮き足立ちかけたものがぴたりと静まる。
皆が魏王の声に反応し、己が主を見やる。
その様子を確認した華琳は、不安そうにしている少女たちに、見るものに安心感を与える軽
やかな微笑みを浮かべた。
「桂花。あなたのは間違っていない、あなたの言うとおりよ……けれど、それでもいいじゃな
い」
「……え?」
- 192 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編22/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:08:31 ID:WoUKkjpi0
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まるで子供のような、綺麗な笑顔をした華琳。
「私たちは造られたことによって、こうして誰かを好きになることができたのだから、それで
いいじゃない。例えそれが最初から決められていた物語をなぞっただけだとしても、私が北郷
一刀を愛したのは事実。……例えこの外史が終端に到達したとしても、私はそのことに胸を張
って消えることができるわ」
どこまでも広がる蒼天のような笑顔で、曹操孟徳、華琳は言った。
そしてそれから彼女は、まるで脳裏に焼き付けるように自分の大切な仲間たちの顔を一人一
人見て、そして一刀を見て、それから左慈の方を向いた。
「でもね、だからってあなたたちの思惑の上にのせられるのは気に入らないわ。だから、この
外史の最後は、私たちの手でつけさせてもらう」
そう言って彼女は手の中の大鎌を構える。
「ほう。自らの手で決着させるか。面白い」
黙ってことの推移を見守っていた左慈も、再び構えをとった。
激突の緊張が高まる。いつ打ち合いがはじまってもおかしくない。
そんな中、一刀に背を向けた華琳が口を開いた。
「一刀。ここは私たちに任せて、先に行きなさい」
「で、でもそれじゃ……」
「為すべきことを為すべし≠アの私の薫陶を受けた北郷一刀は、そんなこともわからない輩
だったかしら」
左慈と対峙しながら、先を行けという華琳の言葉。
それは暗に、自分がこの場で左慈を惹き付けると言っているようであった。
と、その言葉に、その背中に、一刀は気づけくものがあった。
いつだって先を行って、背中で道を示してくれた華琳。
その彼女が、初めて先を進めと言ったのだ。
自分の先を歩めと言ったのだ。
それは華琳が一刀を、一人前の男と認めてくれたからではないのか。
- 194 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編23/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:11:26 ID:WoUKkjpi0
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――もし、そうならば――
今が、旅立ちの刻だ。
華琳という大樹から、華琳という巣から、華琳というたくさんのことを教えてくれた女性か
ら、自立する刻なのだ。
世界のすべてを賭けたこのときに、そのすべてを託すと彼女は言ってくれたのだ。
それは最高の……最高の餞別ではないか。
そんな彼女の思いを、北郷一刀は無碍にできるのか。
考えるまでもない。答えは決まりきっていた。
「わかった……華琳、みんな、ここは任せる!」
飾り気なくそれだけを言って、一刀は駆け出した。
迷いはない。
目指すは鏡。
そこまでの最短距離を駆けていく。
途中、腕を組んだ左慈の脇を通り抜けていったが、結局左慈はちらりと見るだけで、微動だ
にしなかった。
「……ばか」
振り返らずに走っていく北郷一刀。
その姿を見つめながら、華琳は誰にも聞こえないように小さく呟いた。
一刀を見送った彼女の顔は、どこにでもいる少女のものであった。
それを見せまいと、背中を向けて先を行けと言ったのであったが、結局一刀はそのことに
気づいてはくれなかった。
――本当に、鈍感なやつ。
本当に鈍感で、単純で、いつも一番大事なことだけ気づいてくれない、馬鹿な男。
けれど、それが彼女の愛した北郷一刀であった。
- 196 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編24/30[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:14:33 ID:WoUKkjpi0
-
「………」
胸に挿したセンチメンタルを閉じ込めて、華琳は左慈を睨んだ。
これが自分の役割だと言い聞かせて。
そう信じて。
一方左慈は戦う様子を見せる華琳を前に、冷めたようなつまらなそうな顔を浮かべていた。
彼からすれば、それすらも予定調和。退屈な、本当に退屈な茶番であった。
そして、失意がそうさせたのか、彼は意識せずに口にしていた。
「ふん……残念だったな。俺の役目はもう終わっている。儀式は最後の段階にまで進んだ。あ
とは北郷が象徴である鏡に触れれば、すべてが終わるんだよ」
事実である。それこそが左慈たちが仕掛けた、この物語の終幕の形だった。
そして彼はわかっている。
自信が今漏らした言葉すらも、予定調和であることを。
「……そう」
「ああ、お前のやったことはすべて無駄だった。だが助けになど行かせんさ。お前たちにはこ
こで俺と一緒に踊ってもらう」
左慈の言葉を聞いても、華琳はすぐには応えなかった。
瞳を閉じて、呼吸を落ち着け、心に十分間合いをとってから唇をつり上げる。左慈に、周り
に真意を気取られないように注意して、努めてふてぶてしく華琳は笑った。
「助けに行くですって? ふふっ、あなたこそ北郷一刀を見くびっているようね。……この曹
操孟徳の背中を見てきた北郷一刀なら、たった一人でもすべてに決着をつけることができる。
それが私の、この世界の北郷一刀よ」
そう言った華琳は、いつもと変わらない自信に溢れた覇王の顔をしていた。
鎌を斜に構える。
右足を一歩下げる、半身をずらす。
刃は下に、いつでも振り抜けるようにして。
握る手は柔らかく、どのような動きにも対処できるように。
- 198 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編25/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:18:07 ID:WoUKkjpi0
-
かかってこい。
私は全身全霊をかけて迎え撃つ。
彼女の姿は無言でそう物語っているようであった。
それを見ても左慈は表情を崩さない。
ただただ冷めた目で見るだけ。
かかってこないなら、こちらから……
焦れた華琳が一歩を踏み出そうとしたそのときだった。
「華琳さま」
動き出そうとするその腕を、掴む手があった。
「……華琳さまは、北郷を追いかけてください」
そう言って止めたのは、春蘭であった。
「……その手を離しなさい」
「こやつは我らが相手をします……。ですから、華琳さまは北郷を追ってください」
その言葉に、華琳は心に仮面を被せて平坦な声で言う。
「なにを言っているの。さっき私が言ったことが聞こえなかったの? 一刀なら一人でも大丈
夫。だから、私の役目はここでこいつを食い止めることなのよ」
「……それでも! それでも、華琳さまは北郷を追ってください。そして、すべてが終わる前
に北郷に、言ってください。……最後なのでしょう!?」
そう叫ぶ春蘭は、なにかを堪えるような顔をしていた。
それを見て、華琳は心にかけた頑丈だったはずの錠前が、軋んだ音を立てたのを感じた。
「私には、華琳さまのためにこんなことしかできません。……ですから、どうかお願いです。
華琳さまは前へとお進みください!」
泣き出しそうな春蘭の顔を見ていられない。
華琳は助けを求めるように他の者たちの顔を見た。
- 199 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編26/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:22:26 ID:WoUKkjpi0
-
そこにはみんながいた。
秋蘭、季衣、流琉、凪、真桜、沙和、風、稟、霞。
みんなが笑っていた。
みんなが笑って、その目が、先を行けと言っていた。
想いを託すと、言っていた。
その想いが、痛いほどに華琳の心に刺さった。
誰もが本当は最後は一刀の元で終わりを迎えたいのだ。
そして、それは華琳も同じこと。
いくら知らん顔をしようとしても、華琳自身、気がついてしまっていた。本当は自分だって
そうしたいと願っていることに。
終わりを迎えようとしている今、一刀の横にいない自分が、こんなにも辛いのだ。
「わかったわ」
このとき華琳は、初めて自分の感情を優先させた。
「ごめんなさい……春蘭、みんな……」
詫びの言葉を呟いて。覇王曹操ではない、少女華琳が走る。
大きな感謝と、小さな悲しみを抱いて。
「ふふ……姉者はいい女だな」
「だ、だにがだ……」
一刀を追いかけて走っていく華琳の背中。愛おしいそれを見送って、涙と鼻水で顔をぐじゅ
ぐじゅにさせた春蘭が言う。
「大好きな北郷と華琳さまのためにと、華琳さまを送り出せる姉者は、最高にいい女だ」
「そ、そうか……?」
「ああ、私が保証する」
秋蘭のその言葉に、しゃくりあげていた春蘭が、しびびと大きく鼻水を吸い込んだ。
そして、両の手でその頬をぱんぱんと張る。
「おおっ!」
気合いを張った顔は、まだ涙に濡れている。
だが、その目は闘志に燃えていた。
- 202 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編27/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:25:55 ID:WoUKkjpi0
-
今このときは、泣くのに相応しくない。
闘いのために涙を拭うことができる、それが夏侯元譲、春蘭という娘であった。
そして、意識を切り替えたのは彼女だけではない。
二人のやりとりを契機にして、残った者たちも思い思いに武器を構えた。
「いいのか? 誰も助けになどいかせんのではなかったか?」
秋蘭が、言う。
「……ふん。良いのさ。すでにときは止まらず、終端は刻々と近づいてきている。どうせなに
をしようと、終幕からは逃れられんさ」
絶望の中に、小さな希望を見いだした左慈が言う。
「ちゃうなぁ。それはちゃう」
霞が、言う。
「我々は逃れようなどとは思っていない!」
春蘭が、言う
「ただ私たちは、胸を張って消えたいって、そう願ってるだけです!」
流琉が、言う。
「最後の最後。みんなに沙和たちの姿を見せつけて、笑いながら終わりたいだけなの!」
沙和が、言う。
「そして我々は、華琳さまに悔いがないよう、想いに殉じていただきたかっただけだ」
凪が、言う。
「そしてうちらの相手はあんたや……」
真桜が、言う。
「お前はボクたちの引き立て役だよ!」
季衣が、言う。
「ふん……良いだろう。それが俺の役目として決定されていることならば、全力を持って引き
立ててやろうじゃないか。……来い。傀儡ども! 我らという造られた存在の憐れさを、高ら
かと歌い上げようじゃないかっ!」
左慈が叫んで地を蹴って、最後にして最も壮絶な戦いがはじまった。
- 204 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編28/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:28:29 ID:WoUKkjpi0
-
一刀が玉座のある壇上の下まで到着すると、頃合いを見計らうようにして袖口から干吉があ
らわれた。
「ふむ……ようやく来られましたね、北郷殿。待ちかねていましたよ」
追い詰められているにも関わらず、干吉の顔にも声にも、焦った様子はない。
そのことが余計に一刀の心から余裕を奪う。
「……その鏡をこっちに渡してもらおうか」
右手を差し出して、そう口にする。それはまるで、逆に一刀が追い詰められているかのよう
な性急さであった。
「これはまた単刀直入な言葉ですな。この鏡……あなたが所持しても意味はないのですが」
「だけどその鏡が、この世界を壊す鍵になっているんだろうっ!?」
「……貂蝉からそう聞いたのですか」
そう言って、ふむ、と干吉は考え込んだ。
だが一刀にはその言葉の意味を考えるほどの余裕はない。
「そうだ。だからその鏡を渡してくれ。早く!」
今にもこの世界が終わるかもしれない。その焦りが、必要以上に北郷一刀を急き立てていた。
だから一刀は、干吉が次に発した言葉の意味を、一瞬掴みそこねた。
「そう焦る必要はありません。誰も渡さないとは言っていないのですから」
「え……?」
「あなたがここまで来た以上、終端はすでに確定してしまった。そうでしょう。貂蝉」
「……そうね」
思いの外近くから聞こえた声に驚いて、一刀は咄嗟にその身を翻した。
そこには、半裸の巨漢……貂蝉が立っていた。
- 205 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編29/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:31:29 ID:WoUKkjpi0
-
「どういうことだ貂蝉!?」
「落ち着いて、ご主人様。よく聞いてちょうだい……この外史はすでに終幕を待つ状態なの…
…。あとはいかに終わりを迎えるか……それだけの問題」
「そう。そしてあとは――」
言いながら、干吉は一刀に銅鏡を投げてよこした。
「うわっ!?」
一刀は投げられた鏡を思わず受け取ってしまう。
「物語の発端にして象徴。そして終幕の象徴として作られた銅鏡。あなたがそれに触れたこと
で、終劇の幕が上げる」
「なんだよ、それ! いったいどういう――――」
干吉と貂蝉に真意を問いただそうと声を上げたとき、手の内にあった銅鏡が音を発しはじめ
た。
途端、頭の奥がうずいた。
その音は、その光景は、どこか見覚えがあるもののように一刀は感じた。
「な、なんだこれ……っ!?」
「終幕のはじまり……。決められたプロットが遂行されてはじまる。物語の終端」
「ここから新生がはじまるのか、それとも無に帰することになるのか……我らはただ提示し、
受け入れるのみ」
- 207 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編30/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:35:24 ID:3vYEcwL30
-
「すべては正史での剪定次第、廃れるか……はたまた受け入れられるのか」
「……願わくば否定を」
「……願わくば肯定を」
「この世界は終わる……」
「だけど、あなたには新しい外史を作ることができる」
「その新しい外史の萌芽を……心に描きなさい」
「心に描いたその想念が、正史のそれとリンクすれば……私たちではない誰かが、新たな外史
を作り出してくれるわ。だから……描きなさい。あなたの想念を」
捨てることもできぬまま、淡く光を発しはじめた銅鏡を見つめながら、一刀は貂蝉の言葉に
導かれるように、一人の少女を思い描いた。
それは――
- 209 名前:真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」 中編31/31[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:38:49 ID:3vYEcwL30
-
『
華琳のことを思い描いた
春蘭のことを思い描いた
秋蘭のことを思い描いた
桂花のことを思い描いた
季衣のことを思い描いた
流琉のことを思い描いた
凪のことを思い描いた
真桜のことを思い描いた
沙和のことを思い描いた
風のことを思い描いた
稟のことを思い描いた
霞のことを思い描いた
天和・地和・人和のことを思い描いた
』
- 213 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/05/30(土) 22:45:29 ID:3vYEcwL30
-
わたしの名はメーテル……ようやく前振りを終えた女。
GW明けと予告しておきながら、遅刻に遅刻を重ねてこんな時期になってしまってごめんなさい……
次回で最終回は、もうちょっと早く投下したいわね、鉄郎……。
なお、誤字脱字の修正依頼は後でまとめて避難所に投下させて貰うわね……