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133 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/04/26(日) 20:53:16 ID:FSIIgNif0
わたしの名はメーテル……10分後の投下を予告する女。
昨日の段階では20レス分だったのだけど、不要な文章を削っていったら19レスに収まったわ、鉄郎……
135 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 1/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:03:47 ID:FSIIgNif0
「……願わくば否定を」
「……願わくば肯定を」

「この世界は終わる……」
「だけど、あなたには新しい外史を作ることが出来る」

「その新しい外史の萌芽を……心に描きなさい」

「そう……心に描いたその想念が、正史のそれとリンクすれば……私達ではない誰かが、新た
な外史を作り出してくれるわ。だから……描きなさい。あなたの想念を」

 捨てることも出来ぬまま、淡く光りを発っし始めた銅鏡を見つめながら、俺は貂蝉の言葉に
導かれるように、一人の少女の姿を思い描いた。

 それは――


 真・恋姫無双 外史 「久遠花〜詩歌侘〜」

136 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 2/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:06:42 ID:FSIIgNif0
 荒野を進む数万からなる軍勢。
 彼らの纏う鎧の色は一様に紫。掲げたるその軍旗には曹の一文字。
 それは大陸に平穏をもたらした三国、その盟主たる魏王曹操の軍であった。

 そしてその中心、牙門旗の下に彼女はいた。
「敵は泰山にあり……ね」
 そう言ったのは馬に乗って戦装束を身に纏った少女。
 彼女の名は曹操。魏王曹孟徳である。
 軍の目的地は五大山が一つ、霊峰泰山。
 悠久の昔から大陸を見下ろしてきたであろうその巨雄が、進む先で待ち受けているのが見え
た。
「貂蝉の言うことが正しいなら、この戦いに勝たねばこの世界に未来はない。そして一刀、あ
なたは消えてしまう」
 華琳は花のような唇を動かして、横を見る。
 視線の先には、華琳と同じように馬に乗った一人の青年の姿。
「っていうことだと思う。俺も何から何まで分かってる訳じゃないけどさ」
 彼の名前は北郷一刀。
 占いに予言された、乱世を納める為に遣わされたと言われる『天の御使い』の青年である。
 そして、別の見方をすれば、この外史世界の中心となる人間でもある。

 一瞬の沈黙。
「……そう、そういうことならいいわ。あなたの口から聞いておきたかっただけだから」
 華琳はそれだけを言うと、手綱を捌いて前に出てしまう。
 しかし、その行動で一刀には華琳が今どんな顔をしているのかが分かってしまった。
 彼女も自分と同じように、一つの予感を胸に秘めているに違いない。
 それは別離の予感。
 身を焦がすような激しさはない。ふいに吹き込む秋風のような切なさが一刀の心を苛むのだ。
 陳腐な感傷だと分かってはいる。それでも一刀は彼女の姿を見ないようにと、視線を落とす。
 と、そこで前を進む華琳から声がかけられた。

138 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 3/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:10:33 ID:FSIIgNif0
「あなたは魏に……いえ、この大陸に必要な人間よ。だからあなたは何処にも行かない。何処
にも行かせない。この曹操、欲しいものは全て手に入れてきたわ。だから、今回もそう。あな
たは何処にも行かせない」
 はっとした顔で一刀が面を上げると、そこには依然背を見せたままの華琳の姿。
 誰よりも強く、誇り高い、鮮烈なる彼女。
 その生き様で、いつだって迷う一刀を導いてきてくれた、力強い少女の背中があった。
 一刀は知っている。彼女はいつもそうやって一刀の一歩前を歩いていてくれるのだ。
 そしていたずらに言葉を重ねるのでは無く、ただその背で語るのだ。

「そう、だよな。俺は華琳の持ち物だもんな」
「ええ、そうよ。だから勝手にいなくなるなんて、許さないんだから」

 一刀はそれを聞いてようやっと荒野の先を見据える勇気が出た。
 このまま進めば、やがて目的地である泰山の麓に到着する。
 そこで自分達は、この世界の全てを賭けて戦うのだ。
 その後……どうなるのか、正直なところ一刀には分からない。
 こびりついた不安は、拭えない。
 だが、一刀はもうそこから目を逸らしたりしない。
 それこそが、曹操孟徳と出会った、北郷一刀の誇るべき生き方なのだ。
140 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 4/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:13:47 ID:FSIIgNif0
 そうして荒野の先を見ていた一刀は、不意に懐かしい想いにかられた。
 脳裏に浮かんだそれは、最初にこの世界にやってきたときに見た、あの荒野の光景だった。
 ある日目を覚ますと、荒野で一人寝ていたあの時のこと。
 野盗に襲われ、そこを風達に助けられ、最終的には華琳達に助けられた日のことは、今でも
鮮明に覚えている。

 思えば、華琳とはそれからはずっと一緒だった。
 黄巾の乱、反董卓連合、西伐、呉との戦い、蜀呉大連合との決戦。
 振り返ればいろいろなことがあった。
 最初は華琳と春蘭、秋蘭、一刀だけだった仲間達も、桂花、季衣、凪、沙和、真桜、風、稟、
流琉、霞と、次第に増えていった。
 彼女達は今ではみんな例外なく、一刀にとっては大切な仲間だ
 そして、誰一人としてかけてはいけない、今の北郷一刀を形作る掛け替えのない人達だ。
 彼女らのことを思い浮かべるだけで、心に勇気が溢れていくのを感じる。
 そして仲間達から分けて貰った勇気を胸に、一刀は全てを無に帰そうとする敵の姿を思い浮
かべた。

 干吉、そして左慈。
 それが今の一刀達に立ちはだかる、最後の敵の名である。



141 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 5/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:17:12 ID:FSIIgNif0
 蜀呉大連合を打ち破り、三国同盟を打ち立てて暫くの頃のことだ。
 多くの血と命が捧げられて、ようやっと訪れた平穏が、突如として崩されたのである。
 それは凪いだ海が荒れ出したかのような突然の出来事。
 北、西、南。三方から進入してきた、五胡の大侵攻である。

 これに対して曹魏はその初動こそ出遅れたものの、体勢を整えてからは華琳自らが先頭に立
ち、反撃にうって出た。
 そして彼女は徹底抗戦を他の二国にも呼びかけ、蜀の劉備、呉の孫権に三国同盟の盟主とし
て協調作戦を提言したのである。
 結果として三国は見事に連携を果たし、激しい戦いの末にこれを撃退することに成功した。

 しかし、戦いはそれで終わりではなかった。
 次に現れたのは、五胡の撃退と時を同じくして、各地に姿を見せ始めた謎の白装束集団であった。
 略奪をするでもなく、天下に不服を示すでもなく、ただ各国の重要拠点や都市を攻撃してく
る、神出鬼没にして正体不明の軍。
 せめて目論見だけでも分かれば対処のしようもあるが、それすらも一切不明。
 そんな中、不気味な消耗戦を強いられ、戦いが長期化の様相を呈してきたことで焦り始めた
一刀達の前に現れたのが、左慈と干吉であった。
 自分達こそが白装束を束ねる者だと名乗った二人。彼らは先の五胡の侵攻も自分達の手引
きであったことを告白し、そしてまた、真の目的をも一刀達に告げた。
 それは――

『全てはこの世界を終わらせるために』

 その左慈達の語った目的を阻むために、一刀達は泰山へと向かっているのだ。

142 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 6/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:20:38 ID:FSIIgNif0
「あらぁん、ご主人様。憂いを帯びた顔しちゃってぇっ♪ 普段と違う魅力を見せてこの私の
ハートを奪っちゃうつもりなのねんっ。でもでも安心して、そんなことしなくても私はいつだ
ってご主人様一筋 ヒ・ト・ス・ジ よん」
 と、物思いに耽っていた一刀の耳元に、一度聞いたら忘れられない男らしいオカマ声が響い
た。
 一刀が驚いて振り返ると、一歩間違えたらやばいことになる距離に、貂蝉の顔があった。
「ちょ、貂蝉!?」
「そう、あなたのオンナ、貂蝉ちゃんよぉん」
「近い! 近い近い近いっ! 悪い! もうちょっと距離を離して!」
「んもぅ、ご主人様ったら相変わらずウブなんだからぁ。でもそこがかわいい(はぁと」

 そう言って距離を離す貂蝉に、一刀は深くため息を吐いた。
「貂蝉、いろいろ教えてくれたことには感謝するけど、あんまり華琳のいるところに近づかな
いでくれると助かるな……その、前みたいに華琳が一目見て気絶したら困るし」
 そう言って一刀が華琳の方を見てみると、幸いというか、何というか、今はそれなりに距離
が離されてしまっていた。
 どうやら思索に耽っている間に、周りに置いて行かれたようである。
「うふふっ、ご主人様ったら♪ 私の美しさが罪だなんて、このオンナゴロシ♪」

 世界を終わらせる。
 結局その真意を一刀達に教えたのは、突如として現れた謎のオカマ、貂蝉であった。
 一刀を『ご主人さま』と呼ぶこの怪人は、左慈と干吉の存在理由、そしてこの世界の真実を
一刀達に教えたのである。

 曰く、この世界は正史と呼ばれる現実世界の外に無数に存在する外史と呼ばれる世界の一つ。
 曰く、この外史は北郷一刀という一人の人間を中心に想造された夢物語。
 曰く、始まりがあれば終わりが存在する。左慈達の目的は物語を終焉に導くこと。

144 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 7/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:24:18 ID:FSIIgNif0
 それらの意味するところは、残酷な真実であった。
 一刀以外の殆どはその理解していないようだったが、むしろそれは良いことのように一刀に
は思えた。
 己が物語の中の人物であり、書き割りの存在だということ、己の行いが全て定められたもの
であったという真実など、知る必要はないと考えたからである。
 だから、貂蝉の姿を一目見て華琳と桂花が気絶していたのは幸運だったと感じた。
 そんな一刀の意を汲んでくれたのか、貂蝉の話を理解したであろう風と稟も、このことにつ
いて口を閉ざしていてくれた。

 そうして今、華琳達は軍を引き連れて泰山へと向かっている。
 一刀は彼女に真実を伝えていない。


 更に一刻ほど軍を進ませると、一刀の目にも小さく何かが見えてきた。
 正体は事前の説明によって明らか。それこそが白装束達の本拠地と思われる城塞である。

「見えてきたわね」
「……ああ、あそこに最後の敵がいる」
 華琳と一刀、二人は前を見て言った。
 そこには旗も出ていない不気味な城塞があるのみだ。

146 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 8/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:27:41 ID:FSIIgNif0
「報告の通りです、華琳さま。泰山頂上へと続く道は、あの城塞の向こうから伸びています」
 華琳は春蘭に言って軍の足を止めさせると軍議を開いた。
 その軍議の場で最初に状況の報告をしたのは、曹魏一の猫耳頭巾と(一刀の中で)名高い桂
花である。

「やっぱりあの城塞を突破する以外に道はないってことか」
「……ちょっと、私は華琳さまに報告してるのっ! 犬猫についてる蚤以下の価値しかない脳
精男は黙ってなさいよっ!」
 とまあ、相変わらず一刀は彼女に毛嫌いされている。
 だがこれはこれで可愛いし、自分を気にかけてくれているに違いない、そんなことを稟に言
ってみたところ、真顔で心配された過去のある北郷一刀である。
「では、我々は当初の予定通りに城塞に駐留する敵軍を撃破、その後再び泰山頂上を目指すこ
ととする」
 桂花の報告を受けての華琳の言葉。これが今後の計画の大枠となるのである。
「はっ。華琳さまの仰せのままに」
「……俺が言ったことと何が違うんだ?」
「あんたの発言と華琳様のお言葉、どこに対等に扱わなくちゃいけない理由があるのよ」
「はいはい、仲が良いのはいいけど、そこまでにして頂戴。何か意見のある者は?」
 桂花が「そんなっ! 華琳様!」と悲鳴じみた抗議の声をあげたが、軍議に集まった者達に
はいつものことと、構わず口を開き始めた。
 華琳のこういうところは、まるで学校の先生みたいだと一刀は桂花の横で苦笑する。

「正面から堂々と突破すれば良いではないか。敵がどのような輩か知らんが、我々の敵ではな
い」
「待て姉者、敵がどのようなものか分からぬうちに、無策で仕掛けるのは危険だ」
「何を言うか秋蘭。敵の正体が分からんからこそ、反撃する間も与えぬよう、全力で攻撃をし
かけるのだ!」
 これは春蘭と秋蘭。

150 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編 9/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:30:26 ID:FSIIgNif0
「ボクも春蘭さまの意見に賛成ー! 正面からばーんとやっちゃえばいいんですよ!」
「だから、それはダメだって秋蘭さまが言ったじゃない」
 これは季衣と流琉だ。

「どっかに迂回路は無いんか?」
「ありませんねー。あの城塞を打ち破るほか、道はなさそうです」
 これは霞と風。

「敵軍の規模はどの程度でしょうか」
「簡単ですが、こちらの資料に纏めてあります」
 これは凪と稟。

「早く帰って阿蘇阿蘇の最新号読みたーい」
「早う終わらして、作りかけのからくり夏侯惇組みたーい」
 ……これは沙和と真桜。

 それぞれ好き勝手、思ったことを口にする。
 それを全て聞きながら、華琳が重要そうなものだけを掻い摘んで纏めていく。いつも通りの
流れだ。

 一刀が頬を緩ませてそんな光景を眺めていた時だった。
 突然、予兆めいた何かが電流のように彼の背中を駆け抜けた。
 そしてそれに示し合わせたかのように、『声』がその場に響き渡った。

『ようこそおいでくださいました。北郷一刀殿』

 風に乗ってきたような、遠い声。
 高いところから降ってきたかのような、その声。
 一刀には覚えがある。いや、忘れられるはずがない。

153 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編10/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:33:37 ID:FSIIgNif0
「干吉!?」
『ご名答』

 答えたそれは、敵の首魁が片割れ、干吉のものだった。


 その場の全員が警戒し、周囲に目を配らせる。
 だが、干吉は声の通りに離れた場所にいるのか、頓着せず先を続けた。
『この仕組まれた物語もいよいよクライマックス! 最後はやはり我らとの戦い。……陳腐で
あり、定番ではあるが、これが無いと物語は終わらない。そういうことでしょうな』
 舞台に立った役者のように、必要以上に抑揚を付けた干吉のその声。
 それが途切れる隙間に、一刀は思わず叫んだ。
「誰が……終わらせるものかよっ!」
 一刀は世界に生きるものを代表するように、その足を一歩踏み出す。
 ここが自分自身の正念場、そう一刀は直感していた。
『ふふっ、その意気や良し! しかし、これはすでに決められたプロット。投げられた賽。変
えることは出来ないのですよ』
 その声に込められた力によって、ビリビリと北郷一刀の心身が震えた。
 全ては決められた事柄。そのように与えられた役割。
 語る干吉の声には、ねっとりとした暗いものがこびりついているように感じられる。
 あえて形容するなら、熟成された絶望とでも表現すべきか。

 左慈と干吉、二人はこの世界を終わらせると言った。
 つまり、口にした彼らこそはその「役割」を割り振られた存在に他ならない。
 そのような自己の存在意義を肯定しなくてはならない絶望は、いかほどのものであろうか。
 おそらく彼らは、存在を始めた時から、ずっと全てを憎みながらここまで来たのだ。
 一刀には彼ら二人の心中が全く分からないでもない。
 その心中を想像することくらいは出来る。
 けれども、北郷一刀はここで声を張り上げなければならない。

「それがどうした!」

156 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編11/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:37:07 ID:FSIIgNif0
 左慈と干吉が世界を終わらせる役割を与えられた役者だとするなら、北郷一刀はこの世界そ
のもの。この世界全ての代弁者だ。
 だからこそ、彼はここで戦わねばならない。
 この世界で生きている全てを肯定するために。
「俺達はおまえ達を倒す! そしてこの世界を守ってみせる!」
 二元論の対決、それこそがこの物語のラストには相応しい。

「例え終わりがあるのだとしても、その終わりはおまえ達なんかに委ねて良いものじゃない!
俺達は、俺達が選んだ、俺達の終わりを見つける! それが相対するおまえ達への答
えだ!」
 張り裂けんばかりの一刀の叫び。
「よくぞ言った!」
 それに呼応するように声が上がる。
「何が暗いまっ暗だ、何が玄人だ!」
 奔放に猛る言葉。
 それは夏侯元譲、春蘭のものである。
「貴様が何を考えているのかはどうでも良いっ! 貴様が華琳さまの邪魔となるというのなら、
この夏侯元譲が切り捨てるのみ!」
 分かっているのかいないのか、春蘭は大剣を抜いて空に構える。
 そして、そんな春蘭に続けと、仲間達から次々声が上がる。
 その中には、勿論彼女も。
「ええ、春蘭の言っていることにも一理あるわね。……干吉、あなたが何を知っているのか。
何を目指しているのか。私はそんなことに興味はないわ」
 華琳はそう言って、得物である大鎌を天に抜き放った。

「ただ私はこの世界を終わらさないため、誰も欠けない未来のため、あなた達を倒すわ。そ
れ以上でもそれ以下でもない」

160 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編12/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:41:29 ID:FSIIgNif0
 大鎌が陽光を反射してまばゆく輝く。
 背筋を伸ばして太陽の光を浴びる彼女の姿は美しく、それこそ一枚の名画から抜け出してき
たかのようだった。

『……乱世の奸雄¢vミ徳。傀儡として存在するとはいえ、やはり北郷一刀というファクタ
ーに付随するあなたは、結局はそういう行動を取るということですか』
 ふと、これまで慇懃無礼を絵にかいたようだった干吉の声に、失望の色が宿る。
 だがそれも一瞬のこと。続いた言葉は歌い上げるような、詠み上げるような、それまでのも
のに戻っていた。
『それでこそ終幕を飾るに相応しいと言える! ……ふふっ、ではそろそろ始めましょう。終
幕を迎えるための作られた儀式を!』
 その言葉を最後に、干吉の言葉は最初と同じように唐突に終わりを迎えた。

 一通りのやりとりを終え、周囲を包み込んだのは重苦しいまでの沈黙。
 干吉と一刀という二人から端を発したこの舌戦。
 勝者などいない。ただお互いの主張をぶつけ合い、平行線のまま終わっただけだ。

 誰も言葉を発さない。
 まるで誰も彼も呼吸を忘れてしまったような雰囲気。
 しかし、それは臆した故のものではない。
 むしろ煮えたぎる内なる闘志を逃さぬように閉じ込めた、戦いの前の緊張によってもたらさ
れたものだ。
 息が詰まるような緊迫感。呼気と一緒に闘気が漏れ出ているような、そんな錯覚すら覚えて
しまう。
 その場にいる誰も彼もが、心の底から滾っていた。

 そんな中、陣中に伝令の兵士が一人、飛び込んでくる。
 そして兵は稟に近づくと一言二言、小声で報告した。

162 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編13/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:44:54 ID:FSIIgNif0
「敵軍突出。どうやら決戦を挑んでくるようです」
 彼女の言葉、それは敵が砦を守る戦略を捨て、攻めの姿勢を見せたと言うことを意味してい
た。

「そう、決戦ということね。……良いわ、受けて立ちましょう」
 華琳はそれだけをその場で口にすると、他に交わす言葉も無く、無言で陣の外へと歩いてい
った。
 他の者達もそれに倣う。
 背を向けた曹孟徳に続く。

 そうして外に出た先。
 ――喧噪。
 華琳の前には、曹魏全軍という途轍もないものが広がっていた。
 個である曹操孟徳とは次元が違う。だが何よりも彼女を映し出す鏡であるその群を見て、彼
女は不敵に微笑を浮かべた。
 その微笑みは何より雄弁で、何よりも王者の証に相応しい。
 笑う曹操。

 そして次の瞬間、彼女の口から出たのは、小さな体のどこからそんな音が出るのかという大
号令だった。

『聞け! 曹魏の精兵達よ! 我々はついに敵を追い詰めた! 我らが、我らの友が、命を
賭けて掴み取ったものを乱し、汚し、その誇りを傷つけた愚か者達に、代償を支払わせる時が
来た! これより我らがのぞむは最後の戦いである! 存分に戦い、存分に死ね! しかし案
ずるな! おまえ達の後には続く者がある! 例えおまえが死のうとも、我々がその魂を受け
継ごう! 皆の者! 剣を掲げよ! 堂々と戦い、堂々と死に、我々の偉大さを天に見せつけ
よ! これより我々は死地に入る!』

164 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編14/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:47:29 ID:FSIIgNif0
 まるで雷。
 轟くように響いた大号令。
 それが終わった時、曹魏の軍は潮が引いたかのような、恐ろしいまでの静けさに包まれて
いた。
 何万という人間が、一様に口を閉ざしている光景は一種異様。
 だが、一刀には分かる。
 今、彼ら一人一人の体の中には、龍が渦巻いているのだ。
 華琳という一個人から吐き出された龍が、周囲を埋め尽くす兵一人一人に宿ったのだ。
 一刀には分かる。
 彼らの中で、こみ上げる激情が、その出口を求めて駆け巡っているのが分かる。

 衝動に突き動かされ、一刀は無我夢中で腕を振り上げた。
 そして叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 己の中に宿った龍を、解放する咆吼をあげる。
 その魂の叫びが、その場に集った男達の激情に火をつける!
『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』』』』
 一刀の叫びで端を発した豪咆は、みるみる全体を飲み込み広がっていく。
 その様は、まるで生ける炎のようだった。

166 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編15/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:50:20 ID:FSIIgNif0
 この最高の刻を逃してはならない。
 曹魏の将達は、迅速に動いた。

「全軍! 戦闘準備!」
 春蘭が叫ぶ。
「前曲は夏侯惇、許緒! 鋭い矛となって敵を打ち破りなさい! デカイ口叩いた分踏ん張んな
さいよっ!」
 桂花。
「右翼は夏侯淵隊、典韋隊! 距離を離して援護してくださーい。みなさーん、決戦ですよー」
 風。
「左翼は張遼、楽進! 機を見て横撃せよ! あなた達の働きが、この戦いを左右します!」
 稟。

『『『応!!』』』
 他の仲間達も叫ぶ。

 そして勿論、締めくくるのは彼女しかいない。

「殲滅せよ!」
 曹操はただ曹操のままに。

 戦いが始まった。

168 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編16/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:53:46 ID:FSIIgNif0
 斬る。斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る
斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬
斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬。
「でりゃあああああああああああ!!!!」
 一騎当千。
 春蘭は黒い暴風となって、並み居る敵を片っ端から叩き斬る。

「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁらぁら羅羅羅羅羅
羅っー!」

 力ませに斬る、流れるように斬る、数人まとめて斬る、怒濤の勢いで滅多斬る。
 そこかしこにいる白装束を、白い布が見えた先から斬り倒す。

 取り囲んで一斉に槍を突き出してくる兵士達を、
「せいりゃあああああああっ!!!」
 横薙ぎの一閃でまとめてなぎ倒し。

 勢いをつけて突撃を仕掛けてくる騎兵隊も
「とおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 跳躍して振るった一太刀で葬り去り。

 何を思ったか春蘭個人に向けられた攻城兵器も、
「おりゃああああああああああああああ!!!」
 圧倒的な暴力で吹き飛ばす。

「さあ次だ! どんどんかかって来い!」

169 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編17/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 21:56:33 ID:FSIIgNif0
 という出鱈目な有様を、秋蘭と季衣は少し離れた場所から見守っていた。
「はー……今日の春蘭さま、いつにもましてすっごいですねぇ。あ、見てください! 乱舞
ですよ乱舞!」
「ああそうだな。今日の姉者はいつにもまして凄まじい」
「うわっ、すご……人間って空も飛べるんですねー。うわ、うわぁ……」
 春蘭の桁外れの強さに、流石の季衣も呆気に取られている様子である。
「……一刀の啖呵と華琳さまの号令。それに最もあてられたのは、あるいは姉者かもしれんな」
「えーと、あてられた、ですか?」
「うむ。二人の猛りを頭ではなく、ここで理解したということさ」
 そう言って秋蘭は、拳で自分の胸をとんとんと叩いて見せた。
「あっ、それなら何となく分かります。胸の奥がこう、カッとなる感じですよね」

 実際、戦いが始まってからここまで、春蘭の活躍は尋常ならざるものがある。
 激突から一刻。その間、殆ど休みを取らず、既にどれほどの敵を倒したかも分からぬ身であ
りながら、未だ衰えるところを知らずに戦い続けている。
 秋蘭の視線の先で、途絶えることなく無骨な大剣が振るわれ続けている。

 しかし、
「……不味いな」
 だからこそ彼女には、その光景が現状の危うさを浮き彫りにしているよう思えて仕方なかった。

「不味いって、どうしてですか秋蘭さま? 春蘭さまはあんなに元気だし、敵はばったばった
と倒れていってますよ」
 季衣の言う通り、春蘭が戦っている周辺には、倒れた白装束が重なり合って山と積み上げら
れつつある。
 だが、季衣のそんな言葉にかぶりを振って、秋蘭は周りを見渡しながら言った。
「よく見ろ。姉者があれだけ圧倒的な勢いで敵を倒しているというのに、それに見合うだけ数
が減った様子はあるか?」
「あ……」
173 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編18/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:00:58 ID:FSIIgNif0
「それに、ここまで圧倒的な力を見せつければ、普通の雑兵程度であれば雪崩をうって総崩れ
になっていてもおかしくない。だというのに、奴らは一切乱れる様子を見せていない。むしろ
最初から今まで、ずっと変わらぬ攻勢で戦いを続けている」
 淡々とした秋蘭の言葉。
 それを聞いて初めて、季衣にも目の前の状況がどれだけおかしいかに気がついた。
 仲間が倒れるのを気にも留めず、自分が死ぬのも気にも留めず。
 ただただ襲ってくる白装束達。その姿は明らかに異常だ。
 秋蘭の言わんとしていることを理解した季衣の体が、ブルリと震える。

 と、そこで、話し込む二人の前に突然春蘭が現れた。
「どうした秋蘭! 季衣! 二人とも口を動かしていないで手を動かせ手を!」
「む、姉者か。流石にそろそろ疲れたか?」
「何を言っている! この辺の敵はあらかた倒してしまったからな、次へ向かうのだ!」
「……なんと」
 確かに先ほどまで百人単位で敵兵士がいたはずだったのだが、いつの間にかそれらは春蘭の
手で一掃されていた。
「さあ行くぞ二人とも! 敵はまだまだいるのだ! ぐずぐずしている暇はない!」
 驚き半分呆れ半分で見ている二人の前で、春蘭は胸を張ってそう言った。
 一方、喜色満面の姉に対して、妹はどこまでも冷静だ。
「……姉者、どうにも妙だと思わんか? 私には少々敵の数が多すぎるように思えるのだが」
「ぼやくな秋蘭! 千にあっては千を斬り、万にあっては万を斬る。それは曹孟徳の剣という
ものだろう!」
「だが姉者。戦いは数だ。このままで我が方の被害が増すばかりだぞ。それに倒しても減らぬ
兵士、どうにも臭いと思わんか?」
「ふむ? 言われてみれば……案外どこかから湧いてきているのかもしれんな」
 言って、春蘭ははっはっはと笑う。
 彼女自身、その言葉が事の核心を突いているとも知らずに。

176 名前:真・恋姫無双 外史「久遠花〜詩歌侘〜」(前編19/19)[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:03:33 ID:FSIIgNif0
 ◇◇◇

 男は城壁の上から氷の眼差しでもって戦場を見下ろしていた。
「ふむ……作られたとはいえ、流石に英傑、といったところですか」
 怒濤の勢いで襲いかかってきた曹操軍は、ほぼ同数であるはずの白装束の集団を、いとも簡
単に駆逐して、蹴散らしてみせている。
 三国志という枠組みであることを差し引いてみても、彼らは強かった。いや、埒外に強すぎ
た。
「……呉を破り蜀を破り、果ては五胡まで破り捨て、考え得る限り最大の試練を打ち破り、そ
れでもなお北郷一刀という存在を保ってきた外史。そこに在る者達の強さは、賞賛に値する」
 完璧すぎる外史。
 故に――

「度し難い」

 否定する役割を与えられた身にして、この外史だけは決して認めることが出来ない。
 それを認めてしまえば、容易に自己の否定に繋がってしまうからだ。
 だからこそ、彼らは否定し続ける。

「確かにあなた達は強い。しかし、所詮は個人。数の暴力には勝てませんよ」
 眼下に広がる戦いの坩堝を見ながら干吉は言った。
 そして続けて目をつぶり、彼は厳かに呟く。
 
「増」

179 名前:メーテル ◆999HUU8SEE [sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:08:19 ID:FSIIgNif0
わたしの名はメーテル……投下終了を告げる女。
今回の外史は最近流行りらしい魏エンドアフターよ。
背景説明や、無印をなぞる部分が多いためにちょっと駆け足になったけれど、次からはもう少し腰を据えた感じになるわ。

次は黄金週間中に投下したいわね、と呟いてさよならよ、鉄郎……。

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