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110 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:12:12 ID:umoQTe790
今から董√桃香したいと思います
かなり長いのですが(40レス超)お付き合い頂けたらありがたいですね
ちなみに多少オリキャラがいますので嫌いな方は回避でヨロ
111 名前:董√ 4章 洛陽炎上 1/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:13:32 ID:umoQTe790
 一刀はのんびりと洛陽の街を歩いていた。
 市場では活気のある声が飛び交い、広場では走り回る子供達の声が聞こえる。
 賑やかで穏やかな人々の営みを見ていると、一刀自身も心が暖かいもので満たされるの
を感じていた。
「おーい!一刀やないか!」
 後ろから特徴的な関西弁に呼び掛けられた。
 振り返ると予想通り華雄と連れ立った霞の姿があった。
「あれ、二人揃って何処かへ行くのか?」
「うむ。先ほどまで張遼と手合わせをしていたのだがな、腹が減ったので飯でも食いに行
こうかと言う話になったのだ」
「そや、一刀も一緒に行かへん?」
 言われてみれば自分も空腹を感じている事に気づく。
「でも、良いのか?」
「一刀なら大歓迎やて。──なぁ?」
「ああ。食事は大勢で摂ってこそだ」
 笑顔でそう言う華雄の顔を見た。
(そう言えば俺って華雄とはあまり話した事無いんだよな)
 月や詠、霞とは西涼時代からよく話をしていた。
 洛陽に来てからは、恋──と一緒にくっ付いてくる音々音──と共に過ごす時間も多く
なってきている。
 その他の将兵達とも気さくに言葉を交わす一刀だったが、華雄とだけは殆ど話をした事
が無かったのだ。
 無論、嫌っているわけではない。
 正々堂々とした勝負を好み、卑怯な行いを嫌う真っ直ぐな性格は、薩摩隼人の血を引く
一刀にとって好ましいものに見えたし、何より美人である。
 しかし常に戦の事を頭に置く生粋の武人然とした立ち居振る舞いが、近寄り難い雰囲気
を纏わせているのも確かだった。
 それだけに今のような屈託の無い笑顔を見せられると、改めて彼女の女性としての魅力
に気づかされ、どぎまぎしてしまう。
「ん?どうした、私の顔などジッと見て?」
「え?あ、い、いや、何でもないよ」
 訝しげな表情の華雄の隣では、霞がニヤニヤと笑いながらその様子を見ていた。
115 名前:董√ 4章 洛陽炎上 2/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:19:55 ID:umoQTe790
「それにしてもこの街も治安が良くなったものだな」
 食事を終えて一息吐きながら、華雄がそんな事を言った。
「あの、街の所々に建っている小さな小屋が効いている様だな。常に警備兵が詰めている
から、何か事件があっても速やかに対応できる。近頃では酔っ払い同士の喧嘩すら減って
きたと言うぞ」
「そういやアレ、一刀の発案やったんやろ?」
「ああ、俺の世界にある交番制度って奴なんだ。数を多くして狭い地域を重点的に護る様
になってるから、警備の際に眼が届きやすいし、兵士も自分の受け持ち地域に愛着が沸い
て仕事に力が入るだろ?それに付近の住民にも親しまれるから、相談や協力を受けやすく
なるって言う利点もあるんだ」
 現在は一つの詰め所に二人一組で三組が常駐、それを三交代制にして24時間体制で事
件に対応できるよう体制がとられていた。
「なるほど、天の知識という奴か」
 華雄が感心したように肯く。
「せやけど、これだけの制度やったら必要な経費も相当なもんやったんちゃうん?」
「確かにな。けど、そこはほら、この前詠が官の大粛清を行っただろ?それでかなりの額
が予算に回せたんだよ」
 不正を行い私腹を肥やしていた役人・将官を詠が大量解雇したのは、袁紹たちによる武
力蜂起を抑えてすぐの事だった。
 特に悪質な輩からは資産没収もした上で追放処分を下している。
 とりわけ文官たちにそういった者達が多く、一時は役人が足りないという状況に陥りそ
うなほどだったが、そこは下級役人から優秀な者を取り立てる事で補った。
 それでも当初に居た人数の半分にも満たないが、詠曰く普通に政務を行うためならそれ
くらいの人数で充分だとの事だった。
 ちなみにその詠だが、文官補充の際に候補者全員を自ら面接して決めた為、数日間は不
眠不休で働き尽くし、その後丸二日ほど寝込んだりしている。
「詠も大変やったなぁ」
 言いながら霞がケラケラ笑う。
「ところで初めて会った時から気になってたんだけどさ、霞のその喋り方……」
「ん?ウチの関西弁がどうかしたん?」
「か、関西弁!?」
「せや。ウチの故郷、関中の西の街やねん」
119 名前:董√ 4章 洛陽炎上 3/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:27:10 ID:umoQTe790
「お前は并州の生まれでは無かったのか?」
「生まれはな。せやけど子供の頃から関西で育ってん。身も心も関西人や」
「そ、そうなんだ」
「そう言う華雄は何処の出身なん?」
「私は涼州と雍州の州境にある小さな邑だ。ちなみに李鶴達も同郷でな。しかし私の邑も
関西に程近いが、周りには張遼の様な話し方をする人間はいなかったぞ?」
「ほえ?そうなん?ウチの住んでた街では皆こうやで?」
「ふむ。地域によって色んな風習があるものだとは思っていたが」
「華雄の邑でも何か変わった風習とかあったのか?」
「変わっているかどうかは知らんが、私の邑では他人から真名を許されても人前では呼ん
ではならない、と言うのがあったな」
「へぇ?そう言えば華雄って月や霞を呼ぶ時も必ず名前で呼んでたよな。華雄なら真名を
許されてないはずないのにって思ってたよ」
「私の邑は真名を特に神聖視していてな。自分の真名も心底認めた相手、それこそ自分の
命すら託す事が出来る相手でなくば呼ばせないし、それ以外の者には真名を知られる事す
ら禁忌とされているんだ」
「せやからウチらも他人が近くにいる場では、コイツの真名を呼ばんようにしてんねや」
(つまり俺はそこまで認めて貰えてないってことか)
 一刀の内心の想いが顔に出ていたのか、華雄がニヤッと笑った。
「フッ、そんな顔をするな。私もお前の事はそこそこに認めている。もう少し男っぷりが
上がれば、家族以外で私の真名を知る初めての男になるやも知れんぞ?」
 そう言う華雄の顔は、普段の無骨な様子からは想像も付かない艶やかなものだった。
 
 午後の調練に向かう華雄と別れ、一刀は霞と二人で市場を覗いていた。
 霞がこれから献帝の元に向かうため、その手土産の見繕いを一刀に頼んだのだ。
 結局一刀は、子供でも扱えるような軽めの木刀を選んだ。
 形が日本刀に似ていたのが理由だった。
 柄に『洞爺湖』と謎の文字が刻まれてたのは気づかなかったことにした。
「これなら俺が元の世界で習ってた剣道も教えられるかも知れないし」
「けんどー?」
「俺の国では武術の練習に強さを求めるだけじゃなく、精神修養も兼ねた『道』と呼ばれ
る考え方が定着してるんだよ。本当に強い人間を目指すなら、武勇だけじゃダメで、精神
121 名前:董√ 4章 洛陽炎上 4/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:35:04 ID:umoQTe790
も強くないとならないってね」
「へ〜、そらおもろい考え方やな。けどウチも外っ面だけやのうて、中身もちゃんとしと
らん奴はアカンと思う。ウチもその『道』ってのをよう知りたいわ」
「ハハッ、霞はもう『道』を知ってると思うよ」
「どゆこと?」
「霞は敵と戦う時でも卑怯な真似は嫌いだろ?」
「そらそうや。正々堂々と戦わんで何が武人や」
「じゃあ自分より強い相手を見たら?」
「尊敬するし、戦ってみたいと思うなぁ」
「戦って打ち負かした相手に対しては?」
「堂々と戦った相手やったら敬意を払って心に刻み付ける」
「ほら、分かってる」
「ん〜?よう分からん」
「霞は戦ってる姿も綺麗だけど、中身も綺麗だって事だよ」
「!」
 霞の顔がボッと火が点いたように赤くなる。
「あ、あ、あ、アホ!一刀のドアホ!いきなり何言うねん!」
 怒ったふりをして、必死でテレを誤魔化す霞。
 そんな様子が可愛らしく思えて一刀は口元を綻ばせた。
「な、何がおかしいんや、ったく。──そ、それにしてもそないな考え方があるやなんて、
やっぱ天下は広いなぁ」
 あからさまな話題のすり替えだったが、そこは追及せずに一刀は霞の話に乗った。
「そうだな。全く違う世界に近い俺の国は別としても、この大陸だって漢の外にも世界は
広がってるんだからな」
「ウチ聞いた事がある!この国の東の海を越えたら蓬莱、北の烏丸の地を越えたら一年中
雪と氷に覆われた凍土の国、南はめっちゃ暑うてみんな裸で暮らしてるんやて。それに西
に行ったら天竺があって、その先には羅馬や!ええなぁ。ウチも色んな所へ行って色んな
物をこの目で見てみたい。広い天下を何処までも旅してみたい」
 霞は子供のように表情を輝かせて遠い空を見つめた。
「行ってみようか?」
 そんな霞の横顔を見ている内に、思わずそんな言葉が口から漏れた。
「え?」
125 名前:董√ 4章 洛陽炎上 5/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:42:56 ID:umoQTe790
「俺と一緒に旅をしないかって言ったんだ」
「一刀……?」
「このまま月や詠が洛陽を立て直したら、きっとこの国も平和になる。中央に賄賂が効か
なくなったら地方でも無闇に権勢を振りかざす役人も減るだろうしね。そりゃあ私腹を肥
やすような奴らはそうそういなくはならないだろうけど、各地の太守や州牧に優秀な人材
を派遣すれば、そう言った事も減っていくだろ。そうやって天下が治まれば軍人の仕事は
無くなる。小さな叛乱や盗賊の討伐、異民族に対する辺境の警備なんかで完全には無くな
りはしないけど、今よりもずっと少ない人数でよくなるだろうから、霞が旅に出る余裕く
らいはあるよ。そうなったら俺の天の御遣いって名も必要なくなるだろうし、二人で居な
くなっても大丈夫だと思うんだ」
「……それ、本気で言うてんの?」
「冗談でこんな事……」
 俯いた霞の様子に、言葉が途切れる。
 よく見ると霞の肩は小刻みに震えていた。
(いきなり二人で旅に出ようなんて拙かったかな?考えてみれば国を放り出してどっかへ
行っちゃおうって言ってるようなもんだもんな。霞はこう見えて結構責任感とか強いから
怒らせちゃったかも)
 などと心配していると、霞が顔を上げた。
 しかしその顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
「一刀、それ最高やっ!ウチ行きたい!一刀と一緒に色んな所、旅してみたい!」
 今にも抱きつかんばかりの勢いで迫る。
「最初はやっぱ羅馬やな!一刀、知っとる?羅馬の人間って肌は真っ白で髪が金色で眼が
碧いんやて!ホントかどうかは知らんけど、ウチその話を聞いてからいっぺん羅馬の人間
に会うてみたい思うてたんや!」
 喜びのあまり霞がその辺をくるくると回る。
 そんな子供っぽい彼女を見るのが初めての一刀は呆気にとられたが、やがてそんな霞と
二人で旅をしたらどれほど楽しいだろう、そう思い始めていた。
「一刀、約束やで!嘘吐いたらアカンよ!」
「ああ、約束だ。必ず二人で羅馬に行こうな」
「よっしゃあ!ほな、一日でも早くこの国を平和にしよな!ウチめっちゃやる気出てきた
わ。一刀も気合入れや!」
「うわ!痛っ、痛いって、霞!──ゲホゲホッ」
132 名前:董√ 4章 洛陽炎上 6/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:50:58 ID:umoQTe790
 バンバンと背中を叩かれ、一刀が咽た。
 しかし霞は『にゃははは〜』と笑うだけで叩くのを止めない。
 霞の楽しそうな笑顔に、一刀も怒る気にならず、咽ながら一緒に笑った。
 その時ほど嬉しそうな霞の顔を見たことが無い、一刀は後に他の人間にそう話している。
 それは──果たされる事の無い約束だった。
 
 反董卓連合軍結成。
 その報せが届いた時、一刀は自分の迂闊さを呪った。
 彼の知る史実では実際に起こった出来事である。
 当然念頭に置いておくべき事だった。
 しかし──
(俺の世界での董卓は悪人だった。暴政を行って民を苦しめたから諸侯が起ち上がったん
だ。けど月が何をしたって言うんだ?寧ろ圧政に喘ぐ民衆を救ったじゃないか!)
「帝を擁しての専横、文武百官の大粛清とその後の不公平な登用、街中に兵を常駐させて
の軍権政治。よくもまあ、これだけ事実を捻じ曲げたものよね」
 詠の言葉によると、先の戦に敗れた袁紹が事実を歪曲して各地の諸侯に檄文を飛ばし、
今回の連合を結成させたのだと言う。
 漢王朝きっての名門である袁家の声望と、急激に成り上がった地方の一軍閥に対しての
やっかみとが諸侯に連合軍参加を決めさせた要因だろうとも言った。
「そんなつまらない権力抗争の為に月を悪者に仕立て上げたってのか?そんな奴らが多い
から、この国は腐ってたんじゃないのかよ!?」
 一刀の身体が憤りに震える。
「落ち着き、一刀。お前がここで怒ったかてどうにもならん。──腸煮えくり返っとるん
はウチも同じやけどな」
「……すまん」
 霞に抑えられ、一刀も幾分冷静さを取り戻した。
「それでどうするんだ?」
「幸い連合軍が来ると思われる進行路には水関・虎牢関と言う二つの関があるわ。どち
らも難攻不落と呼ばれる要塞よ。ここに拠って守りを固めれば、どれほどの大軍が相手で
もそう易々と抜けられるものではないわ。そうやって時間を稼げば、大軍を擁する連合軍
は兵糧や物資の不足に悩まされて自然分解される筈よ」
「何を消極的な事を言っている!連合軍など所詮は各地から寄せ集めた烏合の衆。全軍で
135 名前:董√ 4章 洛陽炎上 7/42[sage] 投稿日:2009/04/07(火) 23:58:21 ID:umoQTe790
もって正面から叩き潰してやればよかろう」
 詠の策に華雄が反論した。
「バカな事言わないでよ!ボク達の軍勢は精々二十万よ?対して連合軍は総数およそ六十
万余。それだけの差があれば、鼠だって虎を食い殺すわよ」
「うぐっ……。な、ならせめて先にぶつかる水関の守りは私に任せてもらうぞ」
「アンタ、何勝手なことばかり──」
「まあええんちゃう?水関に篭ってそうそう陥とされるとは思えんし、万が一のことが
あったとしても、ウチと恋が虎牢関を守っとったら大丈夫やろ」
 抗議しようとする詠を霞が抑える。
「ああ、もう!なら好きにしなさいよ!」
 詠が自棄になったように吐き捨てた。
 軍師から一応の了解を受け、華雄は満足そうに肯く。
「では私は早速出陣の準備に取り掛からせてもらおう」
「待って!」
 玉座の間を出ようとする華雄の背中を、一刀が呼び止めた。
「何だ、北郷?」
「華雄は水関に出ちゃダメだ!俺の知る歴史の中で、華雄は水関で──」
「黙れ、北郷!」
 一刀の中で華雄と水関、この二つは不吉な符号を現していた。
 しかしそれを告げる前に華雄が一喝した。
「貴様の言う天界の知識とやらは買っているが、だからと言って武人の誇りを傷付ける事
は許さん」
「け、けど……」
「貴様の知る歴史がどうあれ、私の運命がその通りであるとは言えまい。それとも、これ
までの我らの歩みは貴様の知る通りだった言うのか?」
「いや、それは……」
 一刀が言葉に詰まる。
 確かに一刀の知る歴史と今の現実には大きな差異があった。
 三国志で知る武将達が女性であった事もそうなら、董卓が心優しい仁君であることもそ
である。
 そもそも自分がこの場に居ること自体、歴史の流れを大きく違えている出来事なのだ。
「案ずるな。袁紹の首を持って洛陽に帰還してみせるさ」
137 名前:董√ 4章 洛陽炎上 8/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:04:56 ID:o7wnd1N80
 一刀に小さく笑みを投げ掛けると、華雄はその場を後にした。
「心配せんでもええって。ああ見えてそれなりに頭も働くし、武勇についちゃ言うまでも
ないやろ。そう簡単に討たれるような奴やない」
(ただ気が短いんと誇りが高すぎるんが心配っちゃ心配なんやけどな)
 その後は霞・恋・音々音が虎牢関を、詠と李鶴たち三将が洛陽の守備に決まった。
「あの、俺は?」
 名前の挙がらなかった一刀が英に尋ねる。
「アンタは戦で役には立てないでしょ?月の傍に居て、しっかり支えてあげててよ」
「……了解」
 戦力外通告は悔しかったが、詠の言う事ももっともである。
(皆、無事に戻ってきてくれよ)
 今の一刀に出来るのは、祈ることだけだった。
 
 霞たちが虎牢関に入って十日後、その報せは届いた。
「水関が陥ちたやて!?」
 身体中に傷を負った伝令が息も絶え絶えに報告した内容によると、華雄は緒戦で連合軍
の武将数人を討ち取るなどして快勝したと言う。
 しかし後に公孫賛の客将であった劉備の配下関羽と戦い、敢え無く討たれてしまったと
言う事だった。
「あの阿呆ぅ、調子にのりよってからに……」
 やはり自分も一緒に行くべきだったか、などと後悔の念がよぎる。
 しかし華雄の性格からして霞が居れば兵の指揮は霞に任せ、自分は武人としての本能に
従い結局は強者と戦う事を選んだだろう。
 当初に予定では最低でも一月、水関で連合軍を足止めし、必要とあらば調略も仕掛け
て連合軍内部の連携を乱す。
 頃合いを見計らって霞と恋が密かに虎牢関を出発、華雄の軍と合流して一気に攻勢を掛
けて連合軍を撃滅させると言うのが、詠の立てた策だった。
 水関の堅牢さと寄せ集めである連合軍の連携の悪さを考えれば、およそ現在取れ得る
最良の選択と言えた筈だった。
 だがそれも早すぎる水関の陥落で全てが水泡に帰した。
「いくら強うても、所詮は一武官としての枠を破れんかったか」
 長年共に戦った仲間の死だったが、今は感傷を置いておく。
139 名前:董√ 4章 洛陽炎上 9/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:10:52 ID:8UZUmp9s0
 個人の武勇はともかく、こと用兵に関しては董軍随一との自負がある。
 ならば虎牢関を守り抜くには自分が他の事に気を取られている訳にはいかないとの思い
があった。
「恋、ねね、作戦の立て直しや。ついて来ぃ!」
(絶対にここは守って見せるで。月や一刀には指一本触れさせたらん!)
 霞の眼には固い決意が宿っていた。
 その更に数日後、連合軍は虎牢関まで迫ってきていた。
「こらまた壮観やなぁ」
「よくもこれだけ集めたものなのです」
 霞と音々音が感心とも呆れとも付かないような声を漏らす。
「んで、どうするん?予定通り籠城するんか?」
「基本はそうですな。しかしここは一度出撃するのも手ですぞ」
「アレに討って出る言うんか?」
「あの大軍に押し寄せられて初めから篭っていては、味方の士気に関わるのです」
「確かにあの数を前にしてジッとしてる言うんも、精神的にきっついなぁ」
「そうなのです。だからまず初めに恋殿が精鋭を率いて出撃し、天下無双と謳われたその
武を敵味方双方に見せつけるのです。そうする事で敵は迂闊に攻める事が出来なくなりま
すし、味方も安心するのです」
「まあ一理あるなぁ。せやけど恋一人でええんか?ウチは?」
「恋殿一人の方が強く印象付けられるのですよ。それに霞殿は万が一に備えて、砦の指揮
をお願いしたいのです」
「んー、ウチも野戦の方が得意やねんけどなぁ。ま、ねねの策に従う言うんは最初に決め
てあった事やし、言うとおりにしとくわ」
 そう応えると、霞は兵の指揮に戻った。
 てきぱきと的確な指示を与えている姿に、音々音は満足そうに肯いた。
「なんだかんだ言っても霞殿は用兵の才に非凡なものがあるのです。──それでは恋殿、
準備は宜しいですかな?」
「……(コク)」
 恋が小さく肯く。
 そして顔を上げると、そこには何時もの茫洋とした雰囲気は無く、一人の武人としての
姿があった。
「……じゃ、行く」
145 名前:董√ 4章 洛陽炎上 10/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:18:19 ID:8UZUmp9s0
 これより連合軍は、天下無双の二つ名の意味を知る事になる。
 
「城門が開きました!敵が討って出てくるようです!」
 伝令の報告に、曹操は耳を疑った。
「これほどの要害を擁しておいて、野戦ですって?先の水関の守将もそうだったけれど、
敵は籠城戦と言う言葉を知らないのかしら?」
 しかし次の言葉が曹操を驚愕させた。
「敵が掲げるは深紅の呂旗!その数はおよそ三百!」
「三百ですって!?数十万の軍勢に、たった三百で出てきたと言うの!?」
 普通なら在り得ない行動である。
 それを敢えて行った意味を曹操は考えた。
「負けを悟って自棄になった……。これは無いわね。まだ戦いは始まったばかりなのだし、
砦にはかなりの兵が居るはず。この要害に篭ってそう簡単にこちらが勝てるとはお互いに
思っていないでしょう。ならば──」
「あの数で我らに打撃を与えられるという自信があっての事でしょうな」
 夏侯淵が言葉を継ぐと、曹操は肯いた。
「凪!」
「ハッ!」
「全軍に通達なさい!迂闊な攻撃は控えよと!緒戦で下手に痛撃を受けては、全体の士気
に関わるわ!」
「御意!」
 しかしこの曹操の判断も僅かに遅かった。
「袁紹軍が動き出しました!」
「何ですって!?──あの馬鹿、功を焦ったわね」
「あんな馬鹿は見殺しにしておきたいところだけれど、仮にも総大将が討たれてしまって
は拙いでしょう。已むを得ないわ。春蘭、秋蘭はそれぞれ真桜と沙和を副将として一隊を
率い、袁紹軍の援護をなさい!凪は遊撃隊として崩れそうな所があったら支えなさい!季
衣と流琉は私と本陣で待機!くれぐれも無理はしないように!いいわね?戦いは始まった
ばかり。こんな所で無用な損耗を受けている場合ではないのだから。麗羽さえ討ち取らせ
なければ、後の損害は袁家に任せましょう。では総員各位、奮励努力せよ!」
『御意!』

154 名前:董√ 4章 洛陽炎上 11/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:25:11 ID:8UZUmp9s0
「おーほっほっほっほ!おーほっほっほっほ!たったあれしきの数でこのわたくし袁本初
が率いる連合軍に勝とうだなんて、どう言うおバカさんなのかしらね?それとも、この壮
麗で気高く聡明なこのわたくし、連合軍総大将袁本初の威光に恐れをなして、降伏でも願
い出ようとでも言うのかしら?おーほっほっほっほ!おーほっほっほっほ!」
 高笑いを続ける袁紹の下、金色の具足を身に纏った軍団が恋目掛けて殺到する。
 袁紹は端から勝ちを確信しているのか、子飼いの猛将である顔良・文醜の二人すら向か
わせる事無く、高みの見物に興じていた。
 そして最初の一団がぶつかる瞬間、恋が動いた。
「…………弱い」
 一言呟き、手にした方天画戟を無造作に振り回す。
 数十の頸が宙に跳んだ。
「…………かゆの仇、取る」
 疾る。
 紅の軍団もそれに続いた。
 三百の兵が文字通り一丸となって戦場を駆け巡る。
 それはまるで紅の虎が狩りを行うかのようだった。
 虎が疾るたび、その後には屍が残り、紅の具足は返り血を浴びて更に紅く染まる。
 数千の兵士が只の骸として横たわるまで、瞬きをするほどの時間だった。
 そしてその八割以上が恋一人によるものなのだ。
「な……なんですの?あの化け物は……!」
 袁紹が声を震わす。
 次の瞬間、その恋と袁紹の眼が合った。
「ヒッ!?」
 来る、そう思った途端、袁紹の全身が凍りついた。
 未だ両者の間には数万の兵が居るにも関わらず、恋は袁紹目掛けて一直線に駆け出す。
 実った稲穂の刈り取りでもするように袁家の兵を次々薙ぎ倒していく恋。
 兵達の間に恐怖が広がる。
 遂に耐え切れなくなった一団が逃げ出し、他の兵もそれに続く。
 袁紹との間に道が開いた。
「…………死ね」
 大きく振りかぶった方天画戟が袁紹の頭上に振り下ろされた。
 しかしそれは袁紹に届く寸前で止められる。
163 名前:董√ 4章 洛陽炎上 12/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:33:54 ID:8UZUmp9s0
「……!?」
 袁家の誇る二枚看板、顔良と文醜が互いの得物を交差させて恋の攻撃を受け止めたのだ。
「大丈夫ですか、麗羽様!?」
「え、ええ……」
「ならとっとと逃げてくださいよ。正直あたい達じゃ受け止めているだけでも厳しいんで
すから」
「で、でもあなた達……」
「良いから早く!」
「わ、分かりましたわ」
 顔良に急かされ、袁紹が渋々肯く。
「でもあなた達はこのわたくしの物なんですからね!勝手に死ぬ事は許しませんわよ!」
「はいはい、分かってますって」
 袁紹が退いたのを確認すると、二人は視線を交わした。
「文ちゃんったらあんな安請け合いしてぇ。約束、守れないかも知れないよ?」
「ま、その時はその時っしょ。姫をやらせるわけにはいかないし。あたいは斗詩と一緒な
らここで討たれても悔いはないぜ」
「もうしょうがないなぁ。──それじゃあ呂布さん、いきますよ!」
「うりゃあああ────っ!!」
「…………無駄」
「なっ!?」
「ええっ!?」
 しかし二人の渾身の攻撃も、恋は容易く弾き返した。
 返す刀で二人同時に斬撃を繰り出す。
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」
 二人とも辛うじて致命傷は避けたものの、あまりの衝撃に完全に体勢を崩していた。
「…………終わり」
「待てぃ、呂布!」
「……!?」
 止めを刺そうとした恋を呼び止め、馬群が両脇から迫ってきた。
 それぞれ先頭を夏侯惇・夏侯淵が率いている。
「今度は我らが相手になるぞ!」
170 名前:董√ 4章 洛陽炎上 13/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:42:03 ID:8UZUmp9s0
「姉者、気をつけろ。呂布の強さは本物だぞ!」
「だからこそ戦い甲斐がある!」
 背負った大剣を引き抜くと、すれ違いざまに振り下ろす。
「…………無駄」
「うあっ!」
 山をも断ち割りそうなその斬撃を事も無げにいなすと、恋は逆に夏侯惇を打ち払う。
 堪らず落馬する夏侯惇だったが、流石に曹魏随一の武を誇るだけあって地に着いた時に
は既に体勢を整えていた。
「大丈夫か、姉者!?」
 夏侯淵が駆け寄る。
「案ずるな!だが流石呂布と言った所だな」
「うむ。直接対峙して見て初めてその強さを肌で感じたぞ」
 そこへ李典が割って入った。
「今度はウチが行くでぇぇ──っ!」
「待て真桜!お前にどうにか出来る相手ではない!」
 しかし夏侯惇の制止が届く間も無く、恋は槍ごと李典を弾き飛ばした。
「ふぎゅうぅ!」
 吹き飛ばされた李典は一声上げてそれっきり動かなくなる。
「真桜ちゃん!」
 慌てて于禁が駆け寄った。
「沙和!」
「……大丈夫!失神してるだけなのー!」
「そうか……」
 夏侯淵が安堵の吐息を漏らす。
「貴っ様ぁ──っ!」
 怒りに燃えた夏侯惇が突撃した。
「待て、姉者!一人では無理だ!」
 夏侯淵が隣に並ぶ。
「私たちも行くよぅ、文ちゃん!」
「おうさ!やられたままなんてあたいの誇りが許さねぇ!」
 顔良と文醜もそれに加わる。
 だが恋の強さは四将の更に上を行っていた。
177 名前:董√ 4章 洛陽炎上 14/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:50:43 ID:8UZUmp9s0
「…………まとめて来ても、無駄」
 夏侯惇の斬撃を、夏侯淵の射撃を、文醜と顔良の激しい連続攻撃も物ともせず、その全
てを躱し、逆にそれぞれに打ち込みを入れていく。
 そのうえ時折四人から離れてはその先に居る兵たちを薙ぎ倒し、再び四人の下に向かっ
て行くのだった。
 連合軍数十万は、今や恋一人の為に恐慌状態に陥っていると言ってよかった。
 やがて恐怖に耐えられなくなった兵士が暴走を始めた。
「死ねぇ、化け物!」
 五人が切り結ぶ中に、一人の兵士が矢を射掛けた。
 恋を狙った矢は、しかし狙いを逸れ、
「うあああぁぁぁぁっ!!」
「……あ……姉者ぁ────っ!!」
 夏侯惇の左目に突き立っていた。
 突然の出来事に、恋も含めた全員が動きを止める。
「貴様……どう言うつもりだ!?」
 普段の冷静さなど何処へ行ったのか、凄まじい形相で夏侯淵が愚かな兵士を睨みつけた。
「ち、違う!お、俺は呂布を──うぎゃあっ!」
 弁解する間も与えず、夏侯淵の矢が兵士の喉を貫いていた。
「姉者、姉者ぁっ!」
「来るな、秋蘭!」
 駆け寄ろうとする妹を、夏侯惇の声が押し留めた。
「ぐぅぅぅ、ああぁぁぁ────っ!!」
 そして雄叫びと共に目に突き刺さった矢を引き抜く。
 その鏃には彼女の眼球が射抜かれていた。
 四人がかりでやっと恋を止めている今の状況で、夏侯惇が下がれば残りの三人では持ち
堪えられない。
 彼女達が討たれれば連合軍の士気は崩壊するであろう。
 そうすれば数十万の軍勢が一気に瓦解する恐れもあった。
 だが次の瞬間、夏侯惇が取った行動には恋さえもが眼を見張った。
「聞けぃ!我が精は父より、我が血肉は母より授かりしもの!だが今この我が身我が魂魄
の全ては曹孟徳のものである!なれば主に断りなく失くす事はまかりならん!天よ、見よ!
我が眼、永久に我と共に在らん事を!──あぐ、ん、んぐ……ん!」
183 名前:董√ 4章 洛陽炎上 15/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 00:57:18 ID:8UZUmp9s0
「姉者……!」
「すげぇ……すっげぇ──っ!」
「みんな、夏侯惇さんの意気に負けないで!」
『おおおおおぉぉぉ────っ!!』
 自らの眼球を飲み込むという行為に、崩れかけていた連合軍の士気が一気に高まった。
「さあ、呂布よ、待たせたな!改めて我が剣を受けるが良い!」
 左目に当てるように手早く布を巻くと、夏侯惇が剣を構えた。
「…………お前、面白い」
 言うと恋は夏侯惇に背を向けた。
「なっ!?どういうつもりだ、呂布!」
「…………傷、治せ。そしたら、次は斃す」
「ふ、ふざけるな!情けをかけたつもりか!貴様など今の私で充分だ!」
「待て、姉者!ここは呂布の言うとおりに一旦退いて傷の治療を!」
 砦に退いて行く恋の背中を追おうとする夏侯惇を、夏侯淵が引き止めた。
 最愛の妹に抑えられ、夏侯惇は已む無く剣を収める。
「忘れるなよ、呂布!貴様の頸は、この夏侯元譲が必ず獲ってやるからな!」
 
「三万……だと……?」
 翌日、劉備と共に軍議から戻った諸葛亮より、恋のもたらした被害についての報告を受
けた関羽は、掠れる声で問い返した。
「あくまで死者の数が、です。負傷者も併せたら連合軍の被害はおそらく五万を超えるも
のと思われます」
 諸葛亮が淡々とした口調で補足する。
「何かの間違いではないのか?相手はたった三百だったのだろう?」
「各陣営がそれぞれに自軍の損害を調べて報告した上で算出した数ですから、ほぼ間違い
は無いかと」
「敵の損害は!?いくら呂布が人間離れした強さを持っているにしても、部下までそうと
言うわけではないのだろう?」
「あの……敵兵のものと思われる死体が……八体ほどあったそうです」
 後を継いだ鳳統の言葉に軽い眩暈を感じる。
「こちらの三万に対して八人とはな。呂布の部隊は兵士まで一騎当千なのか?」
「確かに精兵とは思いますが……おそらくは呂布さんの持つ天性の戦才が、兵隊さんたち
190 名前:董√ 4章 洛陽炎上 16/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:04:54 ID:8UZUmp9s0
の力を何十倍にもしてるのだと思います」
「飛将軍呂布の名は聞いていたがこれほどどは……」
「あのお姉ちゃん、化け物なのだ」
「我らが三人で掛かっても勝てるかどうか、と言ったところだな」
 関羽・張飛・趙雲がそれぞれ感嘆の声を漏らす。
 各々が自らを一騎当千と自負する彼女達ですら、恋の強さを認めざるを得なかった。
「だがそれほどの相手、武人として手合わせしてみたいと言う気持ちはある」
「うむ。何しろ曹操軍の夏侯惇・夏侯淵、袁紹軍の顔良・文醜と錚々たる顔ぶれを一度に
相手しながら手玉に取ったと言うからな」
「鈴々も戦いたかったけど、袁紹軍が邪魔で呂布まで行けなかったのだ」
「あの大軍に前に出られたのでは仕方ありません。むしろあの状態で前線に回りこんだ、
曹操さんの軍の動きが素晴らしかったのだと言えます。もしあそこで夏侯惇さんたちが間
に合わなかったら、袁紹さんの首も取られていたかもしれません。そうなったら総大将を
失った連合軍は完全に瓦解していたでしょう。それがたとえ名ばかりの総大将だったとし
てもです」
「朱里も結構キツイのだ」
「はわわ、わ、私としたことが……」
「あはは、朱里ちゃんは私と一緒に軍議に出てるから、袁紹さんの言動をよく見てるもの
ねぇ。──ところで私は皆が呂布さんと戦えなくて良かったと思ってるよ。だってそんな
強い人と戦ったりしたら、誰かが傷ついていたかも知れないもの。たとえ呂布さんを倒せ
たとしても、誰かが欠けてたりしたら、それは私にとって負けと同じだよ」
 そう言って劉備がにっこりと微笑んだ。
 つられて自然に皆も笑顔になる。
 確かに戦乱の世を率いていこうとする者として甘い考えであるのは否めないが、同時に
何より仲間を大切にするその姿勢が、どうしようもなく関羽たちを惹き付けて止まないの
であった。
「しかし次に我々の軍が当たる事になる可能性も有り得ます。いえ、寧ろ袁紹さん辺りは
積極的に私たちに呂布さんの相手を押し付けてくるでしょう。ここはどうやって呂布さん
を撃退するか、策を練っておくべきだと思います。そこで──」
 諸葛亮が声を潜めて策を語ると、関羽たちが一様に複雑な表情を浮かべた。
「それは流石に……」
「軍師殿は可愛らしい顔をして、中々にえげつない作戦を練られる」
198 名前:董√ 4章 洛陽炎上 17/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:10:43 ID:8UZUmp9s0
「あんましずっこいのは鈴々嫌なのだー」
「で、でも私たちの戦力で呂布さんとまともにぶつかるわけには……」
「私も朱里ちゃんの策に賛成だよ。ここはやっぱり被害を最小限に抑える事を考えるべき
だと思うから」
 シュンと項垂れた諸葛亮を庇うように劉備が賛意を唱えた。
「我らも桃香様や朱里の言いたいことは理解しているつもりです」
「呂布と戦ってみたいと言うのは、所詮我々の武人としての我侭ですからな」
「鈴々なら勝てると思うんだけどなー」
「鈴々ちゃんの気持ちは分かるけど、私は出来れば呂布さんも傷付けたくないの」
「呂布もですか?」
 関羽が怪訝な表情で問い返す。
「まだ私たちは董卓さんが本当に暴政を布いていたのか確かめてないよ?もし董卓さんが
何も悪い事をしていないのに、その部下の呂布さんを死なせちゃったら取り返しのつかな
い事になっちゃうよ」
「しかし呂布は連合軍の将兵を大勢殺しておりますぞ?たとえ我らが許したとしても、他
の諸侯──特に損害の多かった袁紹などは黙っておりますまい」
「そこは私が何とか説得してみるつもり。だから、みんなも出来るだけ双方に損害が少な
い方法を取ることに全力を注いで」
「桃香様がそこまで仰るのならば、我らに異存はありません。──朱里、お前の立てた策、
見事にやり遂げて見せようではないか」
 関羽の言葉に、張飛と趙雲も肯いたのだった。
 
 しかし連合軍側の思惑に反して、その後虎牢関からの出撃は全く無かった。
 城に篭りひたすら防御に徹している。
 自然と人の手の両方が合わさって築き上げられたこの要害に篭られては、一年の歳月を
擁しても陥とせるかどうか分からなかった。
 大軍であるが故に物資や兵糧の消費も早い。
 元々結束の弱さが泣き所である連合軍だったが、思うように攻め切れない焦りからか小
さな諍いがそこかしこで起きる様になってきていた。
「何なんですの、あの人たちは!?」
 袁紹が卓に拳を叩き付けて怒鳴った。
「毎日亀のように砦に引き篭もって、美しくないったらありませんわ!」
202 名前:董√ 4章 洛陽炎上 18/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:15:28 ID:8UZUmp9s0
「しかし呂布が出てきたらまた兵が沢山減ってしまうのじゃ。妾は呂布と戦うのは嫌じゃ
ぞ?呂布が相手では流石の孫策でも敵わぬであろうしの」
 袁術がそっぽを向いて言った。
「何を弱気なことを言っているのです、美羽さん?この間は油断していただけですわ。こ
のわたくしが本気を出せば、あんな山猿さんなどケチョンケチョンにして差し上げますわ。
そして今度こそわたくし袁本初が虎牢関に一番乗りを果たすのです。ですから美羽さんも
袁家の地に連なる者として、わたくしに力をお貸しなさいな」
 今この場にいるのは袁紹と袁術、それに二人の腹心である顔良・文醜・張勲の五人であ
るが、専ら口を開いているのは恋に煮え湯を飲まされた形の袁紹だった。
 連合軍でも最大兵力を擁しながら寡兵に無様な惨敗を喫した失点を取り返そうと、虎牢
関に対する強攻策を主張している。
 一方兵力の温存に成功している袁術は、自らが先頭に立っての戦いには消極的だった。
「あんな化け物さんは劉備さんあたりにお相手させておけば良いんですわ。水関にいた
華なんとかさんを斃した関羽さんとかなら何とかしてくれんじゃありませんの?それより、
どうにかして野戦に持ち込ませませんと、こちらの損害が増えるだけですわ」
「虎牢関の皆さんを外に引き摺り出せば良いんですかー?」
 張勲が口を挟んだ。
「それならまず呂布さんを引っ張り出すのが先決ですよねー。あれだけ損害を受けたこち
らが呂布さんを出させようとするって事は当然罠がある。張遼さんならそう考えるでしょ
うから、呂布さんが出たら自分も出ざるを得なくなるでしょうねー」
「おお!流石は七乃なのじゃ!──で、どうするのじゃ?」
「はいー、こうするのですー。……ごにょごにょー」

「ちょ、張遼将軍!大変です!」
 翌日一人の兵士が慌しく霞の所へ駆けつけた。
「何や、朝っぱらから騒がしいなぁ」
「と、とにかく城壁へ出てください!」
 兵士の様子から尋常ならざる事態である事を察し、霞の顔が将軍のそれとなる。
 急いで城壁へ駆け上り、砦の前を見渡した霞が絶句した。
「な、何やこれは……!」
 砦の正面には八つの首が串刺しにされた状態で無残に晒されていた。
 数日前の戦いで死んだ恋の部下だった。
206 名前:董√ 4章 洛陽炎上 19/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:21:46 ID:8UZUmp9s0
「アイツ等なんちゅう真似を……!」
 霞の瞳が怒りに燃える。
 だが当然ながらもっと怒っている者が居た。
「…………全員、殺す」
「ちょい待てぃ!あんなんどう見たって罠に決まってるやろ!あないな真似されて怒るの
は当然やけど、ちぃと頭冷やしぃ!」
「……(フルフルッ)」
 しかし霞の制止も聞き入れず、恋は出撃準備に向かってしまった。
「……どうしますか、将軍?」
「どうもこうもないやろ!恋を死なす訳にもいかんし、ウチらも出撃や!ねね、砦の指揮
は頼んだで!」
「こっちは任せるのです!それより霞殿には恋殿の事、宜しくお願いするのです!」
「応、そっちこそ任しとき!」
 そう応える霞の口元には笑みが零れていた。
 已む無くの出撃では在るが、戦を前に自分の身体がどうしようもなく悦びに打ち震えて
居るのを感じる。
 脳裏には先日片目を射抜かれながらそれを喰らって軍の士気を保った夏侯惇の姿が思い
浮かんでいた。
「恋には悪いが、アイツはウチが頂くで」
 武に生きる者が持つ、抑えようも無い性だった。
 
「どう言う事なの、アレは!?」
 袁紹の陣営に曹操が怒鳴り込んだ。
「な、何事ですの、いきなり!?」
「外に並んでる首の事に決まっているでしょう!?よくもあんな恥知らずな真似が出来た
ものね!?あなたが本当に民の事を考えてこの連合を呼び掛けたなんて思っていなかった
けれど、大義を掲げている以上はもう少し常識を弁えていると思っていたわ!」
 この暴挙は連合軍の将兵達にも動揺を与えていた。
「み、見損なわないで下さいます!?わたくしがあの様な悪趣味な作戦を考える筈ありま
せんわ!」
「なら誰がやったと言うの!?」
「ちょ、張勲さんですわ!」
212 名前:董√ 4章 洛陽炎上 20/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:27:39 ID:8UZUmp9s0
「張勲?袁術の部下の?」
「そうですわ。ああすれば呂布さんが出てくるに違いない。張遼さんの方は罠だと気づく
でしょうけど、それだけに呂布さんが出たら自分も出ざるを得ないと、そう言うんですも
の。わたくしは悪くありませんわ」
 袁紹がプイとそっぽを向く。
「やはりあなたが許可をしたのではないの!」
「で、でも今のままではこちらに損害が増えるだけでしたもの!華琳さんだって打開策を
必要としていたではありませんの!」
「それはそうだけれど、やり方というものがあるでしょう!?
 と、そこへ一人の兵士が駆け込んできた。
「董卓軍が動き出しました!先頭の数百騎には深紅の呂旗!更にその後ろに紺碧の張旗を
掲げた二万程の兵が続いていると言う事です!」
「チッ!──こんな無様な戦をさせられるのは初めてだわ!この屈辱忘れないわよ!」
 曹操は吐き捨てる様に言うと自陣に戻っていった。
「な、なんですの、あのくるくる小娘は!?このわたくしにあのような暴言を吐いて、い
つか絶対にあのくるくる髪を両側から馬に引っ張らせてピーピー泣かせてやりますわ!」
「麗羽様ぁ、そんな事言ってないで私たちも出陣の準備をしないとぉ」
「フン、それもそうですわね。ならわたくしたちはすぐに虎牢関へ向かいますわよ!」
「へっ?呂布や張遼はどうすんですか?」
「そんな人たちなんてあの小生意気なくるくる小娘や薄ぼんやり乳娘にでも任せておけば
いいんですわ。それよりもわたくしたちは今度こそ一番に関を陥としてみせるのですわ!」
「おおっ!麗羽様たまには頭良いんすね!」
「……何か引っ掛かる言い方ですけれど、まあ良いですわ。それよりさっくりと虎牢関を
陥として、このわたくしの威光を天下に知らしめますわよ!」
「おーっ!」
「いいのかなぁ……」

「クッ……これほどとは……!」
 自慢の青龍偃月刀を易々と弾かれた関羽が後退りながら呟いた。
「あのお姉ちゃん、本気で怒ってるみたいなのだ」
 そう言う張飛も先ほどから軽くあしらわれている。
「その気持ちも分からんではないがな」
220 名前:董√ 4章 洛陽炎上 21/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:34:55 ID:8UZUmp9s0
 並んだ首の方をちらりと見ながら趙雲が忌々しげに応えた。
「袁紹に袁術か。全く無粋な真似をしてくれる」
「今はそんな事言ってる場合じゃないのだ」
「鈴々の言うとおりだ。星、今は呂布を止める事に専念するぞ」
「分かっている」
 とは言え本気の恋を止めるのは容易なことではない。
 三人掛かりですら押されていると言う事実に、勇武を誇る彼女達は少なからず衝撃を受
けていた。
 また恋の部下達も精鋭揃いで数の上での不利を物ともしていない。
 恋が関羽たちに掛かり切りと言う状態でも、自分達には殆ど損害も出さず、逆に劉備軍
の被害は増えていった。
 一方で恋は、三人掛かりとは言え本気の自分と渡り合える人間が居た事に驚きを感じて
いた。
「…………お前達、強い」
「貴様に言われても、皮肉にしか聞こえんな」
「まったくだ。──さて愛紗、あと二十間ほど奴を引き付けるぞ」
 趙雲が関羽に囁いた。
 肯いた関羽が数歩退く。
 すかさずそこへ恋が間合いを詰めた。
 両側から張飛と趙雲が牽制を掛けながら、少しずつ退いて行く関羽の方へと誘導する。
 また恋の部下達も公孫賛と鳳統の指揮する一軍により、同じ場所へと誘い込まれていた。
 そして、不意に関羽たちが恋から離れた。
「今だ!」
 関羽の合図で地面が盛り上がった。
 それは土砂を巻き上げながら恋と部下達を呑み込んで行く。
「…………!?」
 辺りを覆う土煙が収まった時、恋は自分の身体が思うように動かないことに気づいた。
 巨大な網が恋たちを捕らえていた。
 恋がもがいてもより絡み付いていくだけで全く切れない。
 諸葛亮が恋に勝つ為に用意させた特別製の網で、鋼糸で編まれているのだ。
「…………卑怯者」
 恋が怒りを込めた視線で睨むと、関羽たちが悔しそうに顔を歪めた。
226 名前:董√ 4章 洛陽炎上 22/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:39:28 ID:8UZUmp9s0
「我らとて本意ではないが、これも主君桃香様の為だ」
「左様。ここは我らの武を競う場ではない。戦場なれば策を用いて敵を倒す事もある」
 関羽が自分に言い聞かせるように言うと、趙雲も同意を示した。
 張飛は無言で視線を逸らしていた。
「これ以上の抵抗は無用だ。大人しく矛を収めて我らの主君に降れ、呂布。桃香様ならば
きっと悪いようにはしない」
「…………恋のご主人様は、一刀、だけ」
 関羽の勧告をきっぱりと拒絶する。
「降らぬのであれば討たねばならんのだぞ?桃香様は出来ればお前を殺したくないと──」
「…………こんな物、無駄」
 恋が方天画戟を投げ捨て、直接網に手を掛ける。
 思い切り引っ張ると、鋼糸が手に食い込み血が滲んだ。
「止せ!いくらお前でも無理だ!指が千切れるぞ!」
「…………無駄!」
 恋の氣が膨れ上がる。
 鋼で出来た網がビキビキと悲鳴を上げ始めた。
「クッ!星、鈴々、呂布を止めろ!」
 しかし次の瞬間、
「────────!!」
 恋が声にならない咆哮を上げ、同時に彼女達を捕らえていた網は引き千切られて辺りに
四散していた。
「な、何と言う奴だ!だが、抵抗もそこまでだぞ、呂布!その両手では自慢の方天画戟も
振るえまい!」
 関羽の言うとおり、鋼糸が食い込んだ両手は血で真っ赤に染まっていた。
「なんか愛紗が悪役みたいなのだー」
「煩いぞ、鈴々!私だって好きでこの様な役を──」
「愛紗、鈴々にツッコミを入れてる場合ではないぞ!呂布が、来る!」
「何っ、馬鹿なっ!?」
 趙雲の言葉に振り向くと血塗れの手で方天画戟を握る恋の姿があった。
 だが打ち込むその動きは鈍く、振り下ろした刃も容易く打ち払われてしまう。
「やはりその手で戦うのは無理だ。ここはひとまず我らに降れ。そうすればその傷の手当
もしてやれる。桃香様に会ってみてくれ」
234 名前:董√ 4章 洛陽炎上 23/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:45:11 ID:8UZUmp9s0
「…………(ふるふるっ)」
「……説得は通じぬか。ならば少々痛い目を見てもらわねばならんな」
 再び関羽が青龍偃月刀を構えた。
 その両脇に張飛と趙雲。
 今の恋が勝てる相手ではなかった、が──
「恋殿────っ!!」
 馬を駆って音々音が戦場に割り込んできた。
「…………ねね?」
 砦の守備を任されていたはずの音々音が何故この場にいるのか、そんな気持ちを込めて
恋が見つめた。
「申し訳ありません、恋殿!虎牢関は既に陥ちましたのですー!」
 そう叫ぶ音々音の両目には悔し涙が溢れていた。
「恋殿、ここはひとまず落ち延びるのです!」
 音々音が恋に向かって手を伸ばす。
 しかし恋はその手を取るのを躊躇った。
 後ろを振り向くと、そこには網に囚われたままの彼女の部下達がいた。
 三分の一ほどは彼女が網を破った時に共に抜け出したのだが、巨大な網は未だ二百人近
の兵を包み込んでいた。
 中には恋の破った穴から抜け出そうとする者も居たが、網の端は劉備の兵達が抑えてい
るため思うようにいかないで居る。
「れ、恋殿、お気持ちは分かるのですが、彼らを助けていては恋殿まで……」
「……ダメ。仲間、見捨てない」
 そう言うと傷だらけの両手で再度方天画戟を構えた。
 一歩踏み出した時だった。
「呂将軍、俺達に構わずお逃げください!」
 囚われた兵士の一人が叫んだ。
「一刻も早く董大師や北郷様の下へ!」
「陳宮様、呂将軍をお願いします!」
 口々に部下達が声を上げ、
「皆、呂将軍の足枷にはなるな!将軍、ご武運を!」
 一人がそう叫び自刎した。
「俺達も続け!」
244 名前:董√ 4章 洛陽炎上 24/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:50:46 ID:8UZUmp9s0
『応っ!』
 次々と剣を自らの身体に突き立てる兵士達。
「なっ、待て!」
「早まるな、お主たち!」
 関羽や趙雲の制止も聞かず、二百名の恋の部下達は悉く骸と化していた。
 その光景に恋の表情が泣きそうに歪み、そして激しい怒気が噴き出した。
「なりませんですぞ、恋殿!」
 怒れる恋に音々音がしがみ付く。
「……ねね、放す」
「ダメなのです!いかに恋殿と言えどその傷でアイツ等に勝つのは難しいのです。ここで
恋殿が捕らえられては彼らの最期が無駄になってしまうのですぞ!それに恋殿は生きてい
る者たちの事も考えなくてはならないのです!ですからねねは決して放さないのですぞ!」
 音々音の必死の説得を受けた恋は、一度兵たちの亡骸に眼をやり、苦しそうな表情を浮
かべたがすぐに音々音をしがみ付かせたまま馬に跨り駆け出した。
 生き残った部下も後に続いて走り出す。
「待て、呂布!」
「追っちゃダメ!」
「桃香様!?」
 何時の間にか前線まで来ていた劉備が、追撃しようとする関羽を引き止めた。
「もういいよ。行かせてあげよう?」
「し、しかし桃香様……」
 劉備は恋の部下たちの亡骸の前へ進むと跪いた。
「こんな……こんなつもりじゃなかったのに……。ごめんなさい、あなた達にこんな死に
方をさせてしまって……。自分自身を殺させてしまって、本当に……ごめん……なさ……」
 詫びる言葉は途中から嗚咽に変わっていた。
 味方に多大な損害を与えた敵である。
 その者たちの為に涙を流す劉備を見て、関羽は複雑な思いを抱いたが、不思議とその気
持ちを理解できる自分も居ることに気付いていた。
 彼らは尊敬すべき敵だったのだから、と。
 そして恋たちは姿を消した。
 
252 名前:董√ 4章 洛陽炎上 25/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 01:56:22 ID:8UZUmp9s0
「あーあ、ここも陥ちてもうたか……」
 孫家の旗が立ち並ぶ虎牢関を見て霞が呟いた。
 袁紹軍の猛攻に対しては上手く応戦していた音々音だったが、その袁紹が一時退いた隙
を突いて攻め寄せた孫策軍の巧妙な攻めに経験で劣る彼女は翻弄され、時を置かずして関
の内部に孫呉の兵が突入していった。
 音々音が単騎砦を脱出したのは見えたが、他の兵たちが無事に逃げたか降伏したか、或
いは皆殺しにされたのかは分からなかった。
「こうなってもうたらしゃあないなぁ。ウチらもすぐに退却して月たちの所へ──」
 と、霞の前に立ち塞がった者が居た。
「お前は……」
「張遼だな?我が名は夏侯惇だ。一手手合わせ願おうか」
「スマンけど今は一騎打ち締め切り中やねん。また今度にしてんか」
「随分とつれないではないか。だが、身体はそうは言っておらんようだぞ。気付いていな
い等と思ってはおらんだろう?お前の身体から立ち昇る闘気に。それほどに漲らせられて
は、私も本気を出したくなってしまうではないか」
 夏侯惇が大剣を引き抜き構えを取る。
「なるほど。確かに本気みたいやな。剣の切っ先にまで気が漲っているんが見えるわ」
「これでもまだ自分を誤魔化そうなどとはせんだろうな?」
「あははははは!確かにアンタの言うとおりや。ウチはアンタと戦いたがってる」
 霞もまた、得物の偃月刀を振り翳した。
「見取ったで、アンタが自分の目玉を食った時。あの時からウチは、ある意味アンタに惚
れてもうたんかも知れん」
「な、何だと!?い、いや、その……お前の気持ちは嬉しいが、私には華琳様がいるので
お前の気持ちには応えられないと言うか……」
「ドアホ!そういう意味ちゃうわ!」
「そ、そうか?それなら良いのだ」
「アンタと話しとると何か調子狂うなぁ。まあ、ええ。それよりさっさと始めよやないか。
ウチはアンタの首手土産にして洛陽まで帰らなアカンねんから」
「そうだな。私もお前を生け捕りにして華琳様に褒めて頂くのだからな」
「言うやないか。ほな──やってみんかいっ!」
「ふんっ!」
 裂帛の気合と共に振り下ろした偃月刀の一撃を、しかし夏侯惇は容易く受け止めた。
262 名前:董√ 4章 洛陽炎上 25/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 02:03:12 ID:8UZUmp9s0
「その程度なのか?なら次は──こちらの番だーっ!」
「はんっ!」
 唸りを上げる横薙ぎの大剣を、今度は霞が打ち弾いた。
「さっきのはホンの様子見や。けど、こっからは本気でいくで!でりゃあああ──っ!!」
「なんの!うるぁあああ──っ!!」
 流石は天下に名だたる猛将同士の戦いである。
 互いに一歩も退かず激しい斬撃を繰り出している。
 夏侯惇の髪が一房宙に舞い、霞の頬からは一筋の鮮血が流れていた。
「やるなぁ、夏侯惇。流石ウチが認めた相手や」
「フッ、お前こそ中々のものではないか。この私とこれほど遣り合える者など、我が曹魏
にもおらんぞ」
 二人の戦いは既に六十合を越えていたが、全く勝負の付く気配は無かった。
 彼女達の体からは流れ出た汗が湯気となって立ち昇っている。
 両者共に全身全霊を出し尽くし、あと一撃を繰り出すのがやっとの状態だった。
 どちらともなく次が最後の攻撃になると悟る。
「楽しかったで」
「ああ、楽しかった」
 己の全てを懸けた一刀の為に構える。
 二人の戦いに終止符が打たれる、そう思われた瞬間の事だった。
「そこまでよ!」
 横から割り込んだ声が二人の動きを止めた。
 それは一人の小柄な少女だった。
 だがその愛らしい外見からは想像も付かない覇気や威圧感は、彼女が並々ならぬ英傑で
ある事を現していた。
「華琳様!?」
 夏侯惇が慌ててその場に跪く。
「ほぉ、アンタが曹操か」
「そうよ。お初にお目にかかるわね、張文遠」
「んで?その曹魏の大将が、ウチらの一騎打ちを邪魔しくさって何の用やねん?」
「張遼、貴様華琳様に何と言う口の利き方を!」
「ウチは曹操の部下やない。ましてや今は敵同士や。礼儀を尽くす道理も無い」
 霞は一世一代の勝負に水を差した曹操に対し腹を立てていた。
271 名前:董√ 4章 洛陽炎上 27/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 02:09:02 ID:8UZUmp9s0
「確かにあなたの言う通りね。だから言うわ。張遼、私の下に降りなさい」
「ハァ!?何ボケた事抜かしとんねん!ウチは董卓の部下や。曹魏に降る理由なんて無い」
「そう。ではあなたの部下達はどうするつもり?」
 その言葉にハッとして辺りを見回す。
(やられた……!)
 何時の間にか霞と彼女が率いる兵士達は曹操の軍によって完全に包囲されていた。
「天下に名高い曹孟徳が随分と無粋な真似をするやないかい」
 霞の声が怒気を孕んだ。
「無粋は承知の上、よ。あなたほどの人材をこのような場所で死なせるなど、国家の損失
だわ。後の天下の為となるならば、多少の謗りは甘んじて受けましょう」
「また随分と買うてくれたもんやな。けど、二君に仕える気は無い。ウチの武運もここま
でや言うんなら、せめてアンタの首級を上げてパッと死に花咲かせたるわい!」
 曹操に向け偃月刀を構える。
 先ほどの夏侯惇との一騎打ちで体力は限界に近付いていた。
 あと一太刀振るうのがやっとだろう。
 そして曹操の脇に控える二人の少女を見れば、その一太刀すら届かず果てるだろう事は
自明の理だった。
 それでも霞は武人としての意地を通そうと思っているのだ。
 霞が足を一歩踏み出す。
 曹操の顔に怒りが浮かんだ。
「お前は何の為に戦っている、張遼!!」
「!?」
 霹靂火を思わせる声に、霞が思わず動きを止める。
「圧制に苦しみ、泥水を啜る様にして生きている人々に当たり前の生活を与えたい。私は
その想いを胸に起っている。お前は何を思って戦っているの?その胸に志は無いの?己の
ちっぽけな我を通すために命を捨てるほどの軽い想いしか持っていないと言うの?ならば
私に人を見る目が無かったと言う事のようね。何処へでも行きなさい。ここで首を取る価
値も無いわ」
 曹操の言葉は霞の胸に突き刺さった。
(ウチの武人としての誇りや意地は、ちっぽけな我侭や言うんか)
「はは……ははは……」
 不意におかしくなった。
281 名前:董√ 4章 洛陽炎上 28/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 02:14:59 ID:8UZUmp9s0
「ははは……あはははは!」
 元々無頼の徒に近い自分に志を植え付けたのは、戦いなどおよそ似合わない儚げな少女
だった。
 辺境の一武将として賊徒や異民族との戦いに明け暮れ、名も無きまま死んで逝くだろう
と思えた人生に意味を持たせてくれた彼女にはどれだけ感謝してもし足りない。
 だからこそ今、より大きな志を指し示そうとしている人間を前に、安易な死を選ぶなど
月を最も裏切る行為だと思った。
 それがたとえ互いの道を違える事になっても、決して失ってはならない物があるのだ。
「分かった、降る。ウチの命、アンタの好きにせぇ」
「よくぞ決意してくれた。ではあなたに私の真名、華琳を呼ぶ事を許しましょう」
「ほなウチも改めて。姓は張、名は遼、字は文遠、真名は霞や」
「では霞、戦時ゆえこのような場所ではあるけれど、敢えて言わせてもらうわ。ようこそ
曹魏へ。──凪!」
「ハッ!」
 曹操の呼び掛けに一人の少女が進み出た。
 全身に刻まれた傷痕を見るまでもなく、霞には彼女がかなりの修羅場をくぐってきてい
ると分かった。
「あなたに霞の世話役を命じるわ。──霞、何か要望などがあればこの子に言いなさい」
「分かった。えーと……」
「楽進と申します。以後宜しくお願いします、張遼様」
「霞でええよ」
「なら私の事も凪とお呼びください」
「ああ。よろしゅうな、凪」
 互いの真名を許し合う。
 その事が霞に曹軍の一人となった事を改めて実感させた。
 霞が洛陽のある西の空を見上げた。
(スマン、月、一刀。ウチは今からアンタらの敵や)
 
 虎牢関、陥落──
 その報は洛陽を震撼させた。
 特に恋が行方不明となり霞が魏に降ったとの報告は、一般の将兵のみならず一刀たちに
も大きな衝撃を与えていた。
287 名前:董√ 4章 洛陽炎上 29/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 02:20:29 ID:8UZUmp9s0
「まさか霞が……」
 流石の詠も動揺を隠せないで居る。
 月の顔も青ざめていた。
 二人が霞に対して如何に大きな信頼を寄せていたかを物語っていた。
「もしかして兵士さんたちを人質に取られて仕方なく降伏したとかじゃ……」
「霞の性格でそれは無いわね。そんな真似するような相手に諾々と従うくらいなら、刺し
違えて曹操の首を取るくらいするわよ」
 詠が月の言葉を一言の下に否定する。
「つまり霞は納得ずくで曹操に降ったと言う事か」
(確かに張遼と言えば魏の名将として知られているけど、それは董卓や呂布が死んだ後の
話だったはずだよな)
 主君が生きている間に張遼が己が主を替えたと言う話を、一刀は聞いた事がなかった
 一刀の中にある張遼像とは、知勇を兼ね備え信義に篤い名将と言うものである。
 そして一刀の知る霞は、多少享楽的ではあるものの、まさにその通りの人物なのだった。
「霞も認めるだけの器量が、曹操には備わっていたって話だよな」
「アンタは何を他人事みたいに言ってんのよ!」
 一刀の言葉に、詠が眦を吊り上げた。
「べ、別に他人事なんて思ってないだろ!俺はただ現状を認識しようとしてただけだよ。
お前こそ軍師なんだからこんな時には落ち着けよ」
「落ち着いていられる状況なら落ち着いてるわよ!所詮アンタなんて余所者だから──」
「詠ちゃん!」
 月の強い声に、詠も自分の失言に気付いた。
 気まずそうに俯く。
「……ゴメン、言い過ぎたわ」
「いや、気にしてないから」
 詠の言葉が本心でないと分かるくらいには、彼女の事を理解していると一刀は自負して
いた。
 一方でその言葉が真実を突いている事も。
(けど俺が月や詠を大切に想う気持ちは本物なんだ。余所者とか、そうじゃないとか関係
無いさ)
「なあ、こう考えないか?確かに霞が敵に回ったってのは辛い事だけどさ、死んだ訳じゃ
ないんだって。俺は霞が戦死したって報告受けるよりは、たとえこの先敵だとしても、生
294 名前:董√ 4章 洛陽炎上 30/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 02:27:26 ID:8UZUmp9s0
きていてくれる方が嬉しいよ」
 武勇や軍略で役に立たないのは分かっていた。
 だからせめて二人の気持ちだけでも軽くしてあげたい、そう思った。
「……そう、ですね。私も霞さんが死ぬのは嫌です」
「ま、殺して死ぬような奴じゃないけどね。それよりこの先どうするか考えなきゃ。洛陽
はもうボク達の街なんだから、ボク達の手で守らないと」
 月が肯き、詠は既に軍師の顔へ戻っていた。
「とにかく城門をしっかりと閉じて守りに徹するわ。連合軍の弱点が兵站にあるのは間違
いないんだから、時間が経てば経つほどボク達に有利になるのよ」
 数日後、連合軍が洛陽に到着するも、堅い守りに阻まれ攻めあぐねていた。
 詠の読みどおり、補給に不安を抱える連合軍に焦りが見え始める。
 焦りが強引で雑な攻撃となって表れ、その都度詠の巧みな戦術に手痛い反撃を受けた。
 このまま一月も持ち堪えれば、詠は戦況をそう読んだ。
 しかし思いもよらない場所に敵が居た。
「内応!?」
 その日の定例朝議を行っている時に、その報せは届いた。
「どう言う事なの!?詳しく説明して!」
「ハッ!そ、それが以前免職された文官や将校たちが手勢を引き連れ南門を襲撃、守備隊
の徐栄将軍は討たれ、城門も開かれたそうです」
「チッ、免職程度で済ませたボクが甘かったわ……!」
 詠が歯噛みする。
「目下他の守備隊が懸命に敵を抑えていますが、何分にも多勢に無勢。打ち破られ、敵が
城下に雪崩れ込んでくるのも時間の問題かと!」
「どうする!?このままじゃ……!」
 幸い南門はこの宮城から最も遠い場所にある。
 しかしそれでも一刻ほどで辿り着かれるであろう距離だった。
 もしここまで敵が来れば、一刀たちに逃れる術は無い。
 まして月は天下の大逆人と言うのが連合軍の触れ込みである。
 捕まればただ殺されるだけでは済まない可能性が高かった。
(そんな事、させるもんか!何があっても月は守らないと)
「詠、何とか月を助ける方法は無いか!?」
「……一つだけ、あるわ」
324 名前:董√ 4章 洛陽炎上 31/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:11:15 ID:8UZUmp9s0
「ほ、本当か!?流石、詠──」
「李鶴、郭・樊稠!アンタ達には死んでもらう事になるわ」
「……え?」
 一刀がポカンと口を開ける。
 詠の言葉が頭に沁み込むまで、数瞬を擁した。
「え?ちょ、え!?ど、ど、どう言う事だよ、それ!?」
「そうだよ、詠ちゃん!説明して!」
 一刀だけではなく、月も色をなして詰め寄った。
「三人が董の旗を掲げ、それぞれ別の場所で騒ぎを起こす。その間にボク達が月を連れて
逃げるのよ」
 詠が淡々と述べた。
「お、おい、それって李鶴たちを身代わりにして、俺達だけ逃げ出すって事か!?」
「そうよ」
「そ、そんな……」
 月が言葉を失う。
「詠、お前こんな時に冗談言ってる場合じゃ──」
「冗談でこんな事、言えるはずないでしょ!ボクは月の為なら何でもするわ。月が助かる
なら、どれだけ泥を被ろうが、卑怯者の烙印を押されようが構わない」
「ダメだよ、詠ちゃん!そんなの絶対にダメ!ね、もっと他に考えよう?霞さんも、華雄
さんも、恋さんもねねちゃんも居なくなっちゃったんだよ?これ以上誰かが居なくなるの
なんて、私嫌だよぅ」
「月、聞いて。どうやっても全員が助かる方法なんて無いの。逃げても必ず追い付かれる。
それに禁軍の兵達にもボク達に反感を持ってる奴らが居ると見ていいわ。そいつ等が敵に
寝返ったりしたら、どんな酷い目に遭わされるか分からないのよ?ボクはそんなの嫌。月
の居ない世界にボクが生きてる意味なんてないもの」
「ま、まあ待てよ。そもそも囮なんて言っても、月の姿が無い事なんてすぐに分かるだろ
うし、効果は薄いんじゃないか?それよりもっと建設的な案をだな──」
「月が居るかどうかなんて分かんないわよ」
「え?」
「ボクが何の為に月を表舞台に出さないようにしてきたと思ってるの?あいつ等には誰が
董卓か、なんて分からないんだから、旗を掲げている以上は全員を捕らえなくちゃならな
いのよ」
327 名前:董√ 4章 洛陽炎上 32/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:17:38 ID:8UZUmp9s0
「お前、初めからそこまで考えてたのか?」
「当然でしょ。政を変えていくって事は、それまでの既得権益で甘い汁を吸っていた奴ら
からは大きな恨みを買う。地位を得れば、その座を狙ってた奴らから妬みを持たれるのよ。
ならそいつ等からいかにして主君を守るかってのが軍師の役目でしょ」
「詠、お前……」
 月を隠す以上、必然的に政治の表舞台には詠が立つ事になる。
 今まで一刀が窺い知れないほどの恨みや嫉みをぶつけられて来たのだろう。
 月の為にそれほどの覚悟を持って一人戦ってきた詠に、最早一刀は何も言えなかった。
 だが月はまだ納得できていなかった。
「やっぱり私そんなの嫌だよ。他のみんなを犠牲にしてまで生きたいなんて思わない!」
「お願いだからボクの言う事を聞いて。月は生きてもう一度この国の為に起ち上がらない
とダメなんだから!」
「嫌!みんなが居なくなるくらいなら私も──へぅっ!?」
 突然月が小さく声を上げたかと思うと、クタッとくず折れた。
「月!?」
 慌てて一刀がその身体を抱きとめる。
「悪いな、ご主君」
 樊稠が月に当身を食らわせたのだ。
「さてとー、時間無いからちゃっちゃと準備しないとねー」
「北郷殿、董卓様の身は任せましたよ」
「え?いや、お前等……」
「賈駆、アタシらがダメだった時は、お前が命を捨てる番だからな」
「言われなくても分かってるわよ」
「ほらー、さっさと行くよー」
「おい、ちょっと待てって!そんなちょっと出掛けるみたいな言い方──」
「芳春(ほうしゅん)」
 一刀の言葉を李鶴が遮った。
「蛍(けい)」
「鬼燐(きりん)──アタシらの真名だ」
「えっ!?」
「華雄から聞いてるんでしょー?アタシ達の真名の意味ー」
「つまり私たちの想いを一刀殿に託したと言う事ですよ」
334 名前:董√ 4章 洛陽炎上 33/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:24:24 ID:8UZUmp9s0
「だから死んでも護れよ、董卓様に身は」
「…………分かった、必ず」
 三人の想いを受け、一刀が肯いた。
「それではあなた達は先にお逃げください」
「け、けど逃げるっても何処から……」
 確かにまともに城を出ても、敵兵に見つかる可能性が高かった。
「こっち!」
『え!?』
 不意に呼びかけられ、一同が驚いたように声の方を向く。
 そこには高貴な装いに身を包んだ、幼い男の子の姿が在った。
「協!?」
 以前に霞が助けた献帝劉協だった。
 一刀に亡き異母兄を重ねる劉協は、一刀には名で呼ばれる事を好んでいた。
「こっちに宮城の外へ出る抜け道があるんだ。北門の外に出られる筈だから、急いで!」
 劉協が一刀の手を引いた。
「わ、分かった!」
「じゃーねー、一刀ー。董卓様の事ー、頼んだよー」
 李鶴に声を掛けられ、一刀は一度振り返ると、三人に向かってしっかりと肯いた。
 月を背負い、詠と共に劉協の後へ続く。
 少し走った所で劉協が足を止めた。
 目の前には宮城内で最も太い柱があった。
「ここ」
 言いながら劉協が何やら柱の装飾を弄ると、柱の一部が開いて扉となった。
 中には階段が下へ続いている。
「ここから降りて少し行けば出られるから」
「よし。──詠、お前先に行け」
 詠が肯いて中へ入る。
 続いて一刀が中へ足を踏み入れた直後、後ろから指していた光が細くなっていった。
「協!」
 見ると劉協が扉を閉じている所だった。
「この扉、外からしか閉じれないんだ」
「で、でもお前は!?」
339 名前:董√ 4章 洛陽炎上 34/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:30:55 ID:8UZUmp9s0
「朕は残った方が良いから。朕が一緒に居ると、きっと連合軍は必死で月や一刀を探すと
思うから。大丈夫、朕はこれでも皇帝だから、酷いことはされないと思う」
 確かに劉協の言う事は一理ある。
 しかし逆賊董卓の擁立した皇帝を廃立し、新たな劉氏を新帝として立てる人間が連合軍
の中に居ないとも限らない。
 もしそうなった場合、廃帝の身の安全など何処にも保障は無いのだ。
 おそらく劉協もそれを覚悟しての行動だった。
(でも俺は月を護らなくちゃならないんだよな)
 詠は泥を被る覚悟をしていた。
 李鶴達も命を賭していた。
 今、幼い皇帝も危険を承知で自分達を逃がした。
(俺が迷ってる場合じゃないんだ)
 そう自分に言い聞かせると、一刀は一言「すまん」と劉協に詫びて階段を駆け下りたの
だった。

「……うーん、とても暴政に苦しんでいる様には見えないよな。──おい、蒲公英、お前
はどう思う?」
 馬超は傍らを歩く従妹に声を掛けた。
「どうもこうも……お姉様の思ったまんまじゃない?ホントに董卓って人が悪い奴だった
ら、こんなに綺麗な町並みはしてないと思うよ」
 馬岱の言うとおり、整然とした街の通りは少し前まで穏やかな営みが送られていた事を
現しており、時々窓や扉の隙間から感じる視線は怯えた物に思えた。
 少なくとも圧政から開放されて喜ぶ民衆の眼ではない。
「こりゃあ母様の考えが正しかったかな?」
 と、その時だった。
「きゃああああ────っ!!」
 若い女性の悲鳴が上がった。
「!?──来い、蒲公英!」
「うん!」
 二人が駆けつけると、街の娘が一人、兵士達に襲われているところだった。
「お前ら、何してるんだ!」
 馬超が槍を突きつけると、兵士達が下卑た笑みを浮かべた。
344 名前:董√ 4章 洛陽炎上 35/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:36:32 ID:8UZUmp9s0
「おい、女が増えたぜ」
「まだガキっぽい感じもするが、どっちも上玉じゃねぇか」
「へへっ、徐州くんだりからこんな所まで引っ張って来られたんだ、このぐらいの役得が
無いとな」
 兵士達の言葉から推察するに、彼らは徐州牧の陶謙の部下らしい。
 馬超の顔が怒りで紅く染まった。
「お前等!この連合軍は董卓の暴政から洛陽の民を救うのが目的なんだぞ!その連合軍の
兵士が狼藉を働くなんてどういうつもりなんだ!」
「俺らにゃ関係ねぇよ、そんな事」
「大体ウチの大将も洛陽の人間なんかに興味無いしな」
「そうそう。あの爺は袁紹辺りに媚びて少しでも見返りを貰おうとしてるだけだもんな」
 兵士達がげらげらと下品に笑う。
「お・ま・え・ら〜!」
「お姉様、こんな奴らに何言っても無駄だよ。それよりとっととやっちゃおうよ」
「犯られちゃおうの間違いじゃねぇのか?ヒャハハ──ふぃぎっ!?」
 いやらしく笑う兵士の胸を馬超の槍が貫いた。
「お前らの様な屑はこのあたしが許さねぇ!馬孟起の槍にかかって死ぬ事を、せめてもの
誇りに思いやがれぇっ!」
「せ、西涼の錦馬超だと!?」
 天下に名高い猛将の名に兵士達の顔色が変わった。
 しかし時既に遅し。
 十数人ほどの兵士達が物言わぬ骸に成り果てるまでほんの一時の事だった。
「蒲公英」
 襲われていた娘を近くの家まで送り届けてきた馬岱に向かって、馬超が呼びかけた。
「何、お姉様?」
「あたしは決めた。あたしはあたしの感じた正義に従って動く」
「うん、分かった!たんぽぽはお姉様の考えに付いて行くよ!」
「よし、行くぞ──」
 馬超は愛馬に跨ると、西に向かって駆け出した。
 涼州連合が反董卓連合を離脱した瞬間だった。
350 名前:董√ 4章 洛陽炎上 36/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:43:30 ID:8UZUmp9s0
「月────っ!」
 霞は宮城までの道をひた走りに駆けていた。
 誰よりも早く月の身柄を手に入れる、それが唯一彼女の身を護る為だと思った。
(月はこないな所で死んでええ奴とちゃうんや!)
 曹操の下に降ったとはいえ、霞が月を好きなのは変わらなかった。
 せめて命だけは助けたいと願った。
 しかし霞が宮城に着いたとき、既に月の姿も一刀や詠の姿もそこには無かった。
(間に合わんかったんか?)
 最悪の可能性が頭をよぎった時だった。
「霞……?」
「誰や!?」
 霞は自分の真名を呼ばれて振り向いた。
「協!無事やったんか!?」
 霞が劉協に駆け寄った。
「月は!?一刀や詠は無事なんか!?」
 劉協がこくりと肯く。
「そっかぁ……。良かったぁ……」
 思わず安堵の吐息が漏れた。
「で?アイツ等は何処や?」
「……もう、此処には居ない」
「居ない!?逃げたっちゅう事か?」
 再び劉協が肯いた。
「そっか。で、お前は一緒に行かへんかったんか?」
「朕は皇帝だから、一緒に行ったら足手まといになる」
「……せやな。でも安心しぃ。お前の身はウチが護ったるから」
「一刀から言伝された」
 霞の言葉に再び肯くと、劉協は口を開いた。
「約束、守れなかったけど、忘れないからって」
「あのドアホ……自分が大変な時に何気にしとんねん」
 霞は目頭が熱くなるのを感じた。
 と、そこに楽進が飛び込んできた。
「霞様!董卓が発見されたとの報せが入りました!」
355 名前:董√ 4章 洛陽炎上 37/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:50:18 ID:8UZUmp9s0
「何やて!?何処や!?」
「西門に近い広場とのことです!」
「分かった!ウチはすぐにそっちへ向かう!凪、お前はその子を頼む!」
「え!?あ、あのこの子は……?」
「漢王朝の皇帝や!しっかり守ったってくれよ!」
「は、はいっ!」
 楽進が返事をした時、既に霞は部屋を飛び出していた。
 
「樊稠将軍討死!孫策軍の将、黄蓋との一騎打ちに敗れたとの事です!」
「ご苦労様。──とうとう私だけになってしまいましたか」
 伝令の兵に労うと、郭がひとりごちた。
 李鶴は先刻袁紹麾下の文醜に首を取られたとの報が入っていた。
「董卓様は無事に逃げおおせたでしょうかね?」
 薄っすらと笑みを浮かべて呟く。
 左肩と右腿には深々と矢が突き刺さっていた。
 背中にも二本。
 切り傷の類は身体中至る所に刻まれていた。
 既に痛みは無い。
 ただ全身が熱かった。
「では、私の役目を果たすとしましょう」
 最後まで生き残った者がその役目を負うと、三人で決めた事だった。
 血に濡れた黒髪をかき上げ、目の前に殺到する敵兵を見据える。
 吼えた。
「都を侵せし暴虐の輩共よ!我が首が欲しくば命を捨てる覚悟で掛かって来い!我が名は、
董仲穎なり!!」
 戦場に声が響き渡った。
「董卓だと?」
「アイツの首を取れば大手柄だ!」
「俺だ!俺が首を貰う!恩賞は俺の物だ!」
「馬鹿いうな!アイツは俺達の獲物だ!」
(フッ、これが大義を掲げた連合の姿。醜いものです)
 自分の首を取る為に同士討ちさえ始めかねない将兵の姿に、郭は侮蔑の目を向けた。
367 名前:董√ 4章 洛陽炎上 38/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 22:55:44 ID:8UZUmp9s0
 と、その中から一人、見知った顔が駆け寄ってくるのが見えた。
「張……遼……?」
「お、お前……!?」
 何か言いかけた霞だったが、郭の眼を見て言葉を飲み込んだ。
 その視線だけで、郭の意思を悟ったのだ。
 ここでその通りにするのは、降ったばかりの曹操に対する裏切りなのかも知れない。
 しかし戦友だった。
 共に董の旗の下を駆けた戦友だったのだ。
 その戦友の最期の想いを無為にする事もまた、霞には出来なかった。
 先の戦いから飛龍偃月刀と名付けた得物を構え、振りかぶる。
「お、おい!いきなり出てきて横取りする気か!?」
 一人の武将が文句を口にした。
 何人かの将兵がそれに賛同する。
「黙りぃ」
「ヒッ!?」
 しかし霞の眼光に怯み、それっきり誰も口を開かずただ成り行きを見守っていた。
「ほな、いくで」
「フフッ、あなたに討たれるなら悔いはありませんね」
 郭が眼を閉じた。
「さらば」
 短い別れの言葉と共に郭の首が落ちた。
 その首を胸に抱き、霞は偃月刀を高々と掲げた。
「敵将董卓、曹操が家臣張文遠が討ち取ったりや────っ!!」
 この戦いの終結を告げる、苦い勝ち鬨だった。
 
「ふぅ……やっと出れたわ」
 石壁を崩して身体を抜け出させた詠が、ホッと一息吐いた。
 抜け道の出口は外から見えないように偽装してあったが、中から石を一つ抜き取るだけ
で簡単に穴が開くように仕掛けが施されていたのだ。
 続いて故の手を引いた一刀が外に出る。
 途中で目を覚ました月は、もう何も言わずただ一刀に手を引かれるまま付いて来ていた。
「おい、詠。何やってんだよ、早く行け……って、何かあったのか?」
374 名前:董√ 4章 洛陽炎上 39/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:02:35 ID:8UZUmp9s0
 立ちすくむ詠の表情は、眼を見開いたまま強張っていた。
 一刀たちも思わず振り返った。
「な、なんだよ、あれっ!?」
「…………!」
 一刀が声をあげ、月は息を飲み込んだ。
 洛陽が燃えていた。
 街の至る所から黒煙が上がり、幾つもの壮麗な建造物が炎に包まれている。
「なんで……誰がこんな事したんだよ!?」
「連合軍の兵士だ」
「えっ!?」
 突然掛けられた声に驚き、そちらを見ると見覚えのある姿が立っていた。
「か、関羽!?」
「憶えていて貰えたとは光栄だな」
 艶やかな黒髪を靡かせた精悍な美貌と、精緻な意匠を凝らし芸術品とも呼べる大振りの
青龍偃月刀を携えたその姿は忘れようも無く脳裏に焼きついていた。
 その関羽の後ろから、彼女よりも更に鮮烈な印象を一刀たちに植え付けていた少女が前
に進み出た。
「お久しぶりです、北郷さんに賈駆さん。そして、董卓さん。黄巾討伐以来ですね」
「お兄ちゃんたちも元気だったかー?」
 横から幼い容姿の少女も顔を出す。
「劉備に張飛……」
 更には一刀たちの知らない少女たちも何人かいる。
 彼女たちはジッと見定めるような目で一刀たちを見ていた。
「董卓さん、無事だったんですね。曹操さんの部下の人に討ち取られたって聞いてたんで
すけど、何かの間違いみたいで安心しました」
(しまった!彼女たちは月の顔を知ってるんだ!)
 咄嗟に月を背中に庇う。
 もっとも関羽や張飛を前に、それが毛ほどの意味も持たないと分かってはいたが。
 しかし劉備はゆっくりと首を横に振った。
「安心してください。私たちはあなた方をどうこうしようとは思ってません」
「どう言う事なんだ?」
「反董卓連合軍に大義なんて無いと分かったからです」
382 名前:董√ 4章 洛陽炎上 40/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:09:38 ID:8UZUmp9s0
 劉備は微笑んでいたが、その笑顔はとても悲しいものに一刀は感じた。
「そう言えばさっき関羽があの火事は連合軍がやったって……」
「連合軍に参加した諸侯の全てが、高い志を持って集ったわけではない。ただ己が権欲を
満たす為に加わった輩も多いと言う事だ」
「そいつ等が思うように利益を手に出来なかったから、腹いせにやったって事か?」
 口にしながら一刀の胸に激しい怒りが湧き上がっていた。
 月や詠の顔を見れば、彼女たちも同じ気持ちなのが分かる。
「直接命令などはしていないだろうが、そう言った奴らの軍は総じて規律が甘い。兵卒と
もなれば最早賊徒と変わらぬような所もある。上は自らの権勢を高める為だけに動き、下
は略奪・狼藉の限りを尽くす。何が暴政から民を解放する為の戦いだ」
 関羽が吐き捨てた。
「勿論全員がそんな人達ではありません。曹操さんや孫策さんの軍は規律もしっかりして
ますし、寧ろ無秩序な人達を積極的に取り締まってます。それに袁紹さんや袁術さんの軍
も豊富な資金や人材を使って街の消火や復興に取り組んでくれています」
「あ、アイツ等がぁ?」
 詠が信じられないというように口を挟んだ。
「曹操さんが街の為に色々手を尽くしているので、自分も負けられないと思ってるみたい
ですね」
「袁紹はバカだから何にでも張り合うのだ」
「今回はそれが良い方向へ働いたと言う事だな」
「私たちは炊き出しをする為に近隣の村へ食べ物を買いに行く所だったんです。糧食を放
出しようにも、連合軍もかなり厳しい状況なので」
「まあ、これだけの人数だもんな」
 つまり詠の読みは正しかったと言う事だ。
 内応者さえ現れなければ洛陽を守りきる事も出来ただろう。
 それが悔しかったのか詠が唇を噛んでいた。
「我々は貴殿らに会わなかった。既に董卓は死んだと言われているし、他の者が貴殿らを
追う事も無いだろう」
「曹操さんの下に降った張遼さんが董卓さんの首を奪ったと触れ回ったらしいです。その
首を奪られた人が誰かは知りませんが、確かに自分で董卓だと名乗ったそうですね」
 李鶴たちの顔が脳裏に浮かんだ。
 月の瞳から堪えていた涙が零れる。
390 名前:董√ 4章 洛陽炎上 41/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:14:59 ID:8UZUmp9s0
「その張遼さんがその褒賞として、洛陽から脱出する董卓軍の残党は見逃してくれるよう
お願いしたそうです」
「董卓の悪行などでっち上げだったとは殆どの諸侯が知ってしまっているからな。さほど
揉める事もなく認められたらしい」
「だからもう、あなた達を狙う人はいません」
「けど本物の董卓を捕らえたと言えば、君たちの名が上がるんじゃないのか?」
「無論そうだろうがな、我が軍の将は全員がその事には反対した」
「鈴々たちもお姉ちゃんが危ないと思ったら、きっと同じようにしたのだ」
「霞たちの想いを汲んでくれたって事か」
「ところでこれからどうするんですか?良かったら私たちと──」
「気持ちは嬉しいけど、それは出来ないよ。俺たちにとっての王は月しかいないし、どこ
までも月と一緒に居るつもりだから。そうだろ、詠?」
「フン、当然でしょ」
「でも……」
「関羽や張飛はさっき霞たちの気持ちが分かると言ってくれた。なら今の俺達の気持ちも
理解してくれるだろ?」
「ああ。──桃香様、ここは彼らの思う道を往かせてやりましょう」
「……うん、そうだね。──董卓さん、良い仲間をお持ちですね」
 劉備が月に笑い掛けた。
「はい。私には勿体無いくらいの人達です。──ありがとう、詠ちゃん、一刀さん」
 今、月の眼に滲んでいる涙は、先ほどとは意味の違うものだった。
 犠牲の多い戦いだった。
 小人の妬みから始まった戦いは、国にも民にも一刀たちの心にも大きな傷を残した。
 だが志はまだ生きている。
 それを貫こうとする限り、一刀はどこまでも月を支えていく、改めてそう誓っのだった。
 
 一刀たちが洛陽を離れたのとほぼ同じ頃、連合軍とは別の方向から洛陽を目指す一軍が
あった。
 物々しい武装とは裏腹に、のんびりとした行軍はどこか牧歌的ですらある。
「こんなにのんびりとしてて良いんですか?もっと急がないと戦が終わっちゃいますよ?」
 副官らしい少女が幾度目かになる進言をした。
397 名前:董√ 4章 洛陽炎上 42/42[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:20:53 ID:8UZUmp9s0
「ふん、構うものか。呂布も張遼も敗れたと言うではないか。儂が戦いたいと思うような
相手が残っているとも思えん。下手をすれば洛陽すら既に陥ちているかも知れんわ」
 軍の指揮を取る美女が、いかにもつまらなそうに答えた。
 襟元から豊かな胸の谷間が覗くほどに着崩した洒脱な装いと、色香が漂う艶やかな立ち
居振る舞いは、一晩を千金と引き換えるような極上の遊妓の様でもある。
「ですが何も戦果が無いとなれば劉璋が黙っていないのでは?」
「あんな小僧に何が出来る。そもそも初めに連合参加の檄文が届いた時には国内の安定を
口実に断ったくせに、連合軍が虎牢関を抜けたと情報が入った途端に兵を出して漁夫の利
を狙おう等と浅ましいにも程があるわ。おまけに自ら軍勢を率いる気概も無いときた」
「まあ桔梗様が憤慨するのももっともですけど──」
「ん?待て、焔耶。あそこを見よ」
 桔梗と呼ばれた美女が前方を指差す。
「あれは……?」
 人が倒れていた。
「行くぞ、焔耶」
「ハッ!」
 二人が駆けつける。
「ふむぅ。何処かの軍の将か?──おい、しっかりせい!」
 抱き起こして声を掛けるが意識が戻る様子は無い。
 しかしそれ程の深手を負っている訳ではなく、命に別状も無さそうだった。
「この者、如何なさいますか?」
「このまま放って置くわけにもいかんじゃろう。今日はここで陣を敷き野営とする。お主
はこやつを天幕に運んでやれ」
 と、その怪我人が何事か呟いた。
「気付いたのか?何じゃ、何か言いたい事があるのか?」
「いえ、どうやらうわ言のようですね」
「…………様…………し訳…………ん……」
「ん?」
 桔梗が耳を寄せる。
400 名前:董√ 4章 洛陽炎上 ちょっと余ったorz[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:21:58 ID:8UZUmp9s0
「……董卓……様……申し訳……あり……ません……」
「董卓!?こいつ、董卓の臣なのか!?」
「ふふん、何やら面白い事になってきたのう」
 眼を細め嫣然と微笑む。
「さてこの巡り合わせ、儂を楽しませてくれるものや、否や──」
406 名前:名無しさん@初回限定[sage] 投稿日:2009/04/08(水) 23:25:29 ID:8UZUmp9s0
以上です
支援の方々ありがとうございました
次からは長くても20レス程度に抑えて、分けて投下したいと思います
あと次回以降はこれまで空気っぽかったメインヒロインが動き始める予定

それでは5章『錦将疾駆』でノシ

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