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420 名前:無じる真√N[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 21:13:21 ID:Fq6sLvv10



 「無じる真√N」拠点03



 趙雲は賑わいに包まれる街を歩いていた。客引きをする者、何気ない日常会話を交わす者、駆け回る子供たち……いろいろな人間がいる。
 そんな光景を眺め頷きながら趙雲は隣を歩く一刀に声をかける。
「うむ、今日も街は平和のようですな」
「……まったくだな」
 趙雲の言葉に首を振っているが、一刀の視線は露店へと向けられている。
(まぁ、外出の許可をいただいたばかりなのだからそれも致し方ないか)
 そう思い趙雲はふっと表情を緩めた。そして、一刀に感想を訊ねることにした。
「如何ですかな? なにか気になるものはありましたか?」
「うぅん、いや興味は引かれるんだけどな……いまいちピンときてないんだよ」
「ふふ……まだ時間はありますゆえ、じっくり見て回るのもよいでしょう」
 そう、今日は時間に関してはたっぷりあるのだ。
(北郷殿が外出を許可するのに合わせ休暇を与えるとは、伯珪殿も気を利かせているようで……)
 その割に、公孫賛は自分の休暇はとっていない。彼女とて本当は一刀と一緒に来たかったはずなのに、そう思い趙雲は苦笑を浮かべその時のことを思い出す。
 公孫賛が玉座の間に一刀を呼び、外出許可と休暇について伝えたときに一刀が「休暇か……そうだな、街にでも行くか。そうだ、公孫賛も一緒にどう?」などと訊ねたのに対して「監視役である趙雲がついていけばいいだろ……私は忙しいんだ!」と顔真っ赤にしてそっぽを向きながら言って一刀を意気消沈させ「べ、別に嫌じゃないんだ」とかなんとか言って慌てていた。
 趙雲はそれをただ黙って眺めていたが、公孫賛の本心だけは察していた。
(無理に我慢をなさって……まったくもって初心ですな……伯珪殿は)
 と、そんなことを趙雲が思っている間に一刀の姿が隣か消えていた。どこに行ったのかと思ったら露店の前に座り込んで蒋斌を物色していた。
「うーむ、これは!? いやいや、それだったらさっきの……」
「ふふ……」
 一生懸命色々と見ては腕を組んで考え込む一刀を趙雲は笑みを零しながら眺めていた。
 と、そんな趙雲に一刀が顔を向けて口を開く。
「なぁ、趙雲も助言してくれよ」
「ふむ、そうですなぁ。あの方も武人であったり君主であったりする前に"女"であるわけですからなぁ……なにか装飾品にしてみては如何ですかな?」
「なるほどな……装飾品か……」
 そう呟くと一刀は再び考え込みながら露店を見はじめる。
 何故一刀が露店を覗いては考え込み唸っているのか、それは彼が初めて街に出たからというのだけが理由ではない。公孫賛に普段の礼という意味合いも込めて贈り物をしようと考え、街に出る許可が出たのを良い機会として何か買おうと決めたからなのだ。
 その話を聞かされたときは趙雲も驚いたものだ。
(まさか、街に初めて訪れる用事が女性への贈り物を買うこととは……いやはや)
 そう思い趙雲は肩を竦めた。そして未だ露店を見続けている一刀の姿を眺める。
(さて、ここで如何なる贈り物をするかで男としての魅力がわかるもの。いったい、どうなさるのか見せて頂くとしよう)
「おじさん、これって――」
「あぁ、それは――で――だよ」
「へぇ、なるほどなぁ。じゃあ、これは――」
 先程から眺めている限り、一刀は商品の中で見ただけではわかりにくいものに関して店主に聞いている。その様子は、とても馴染んでおりとても今日初めて街に出たとは……いや、それ以前に天の世界より降りてきたばかりとは趙雲には思えなかった。
「いったい、北郷一刀という人物は何者なのだろうか」何故か趙雲の頭にそんな疑問が浮かんだ。
 店主と一刀の会話を見ながら趙雲が考えを巡らせていると……。
 どこからともなく、『ぐぅ……』という音が聞こえる。音の元へ視線を辿らせると、一刀の腹だった。
「おや、そろそろ昼食時でしたな」
「ははっ、恥ずかしいな」
「いえ、生理現象ゆえ仕方ありませぬよ」
「ありがと。へへ……実はさっきから腹減っちゃっててさ」
 そう言って、頭を掻きながら笑みを浮かべる一刀。それを見ながら趙雲は笑い返す。
(まったく……よい笑顔をする御仁だ……)
 不思議とこちらの心まで穏やかにしてくれる。趙雲自身、その理由はわからない。ただ心に染み渡る気がするのだ。
(まるで……懐かしさのような……それでいて――)
「取りあえずさ、どこかで食べようぜ」
 趙雲の思考が最後まで巡りきる前に一刀の声で中断された。
「……そうですな。どこにいたそうか」
「う〜ん、俺は初めてだからな。趙雲のおすすめの店でも教えてくれよ」
「ふむ、まぁ構いませぬが」
「それじゃあ、よろしくな」
「えぇ、では参りましょうか」
 そう言うと趙雲は一刀と並んで歩き始めた。
 そうして趙雲が連れてきたのは彼女がこの街で現在最も認めている店だ。なんといっても、ここの"アレ"はまさに、至高の一品なのだ。
 その至高の一品がある店を見ながら一刀が簡単の声を漏らす。
「へぇ、なかなか美味そうな屋台だな」
「えぇ、そうでしょう。私が敬意を表す料理人がやっておりますゆえ、味は保障済みですぞ」
「それは、楽しみだな」
 そんな会話をしつつ、二人は席へとつく。すると店主がすぐに声をかけてきた。
「へい、らっしゃい。おや、趙雲様ではありませんか」
「久しいな、店主」
 趙雲に気がついた店主は営業用の笑顔から親しい間柄用の笑顔に切り替わる。
「えぇ、ご無沙汰です。あれからさらに研究は続けていますよ」
「ほぅ、それは期待させていただこう」
「ふふん、まぁ、楽しみにしててください。それで注文は?」
「私は"いつもの"で頼もう」
「俺は、ラーメンで」
「へい、かしこまりました」
 そう言って店主が厨房へ消えていくと一刀が口を開く。鼻をひくひくとさせて厨房から漂う香りを吸い込んでいる。
「うおぉ、いい匂いだ。この香りだけで空腹状態が増すぞ、俺は!」
「ふふっ、すぐ来ますゆえ、ご安心なされよ」
「う〜ん、楽しみだ」
 そう言うと一刀は子供のように目を輝かせた。
(この御仁は……時折尊い考えを大人びた表情で語ると思えば、今のように少年のような顔をなさる……つかめぬ御方だ)
 その一つ一つの表情や言動が趙雲の興味を惹きつけていることなど、きっと一刀本人は理解してはいないだろう。
 そう思い、複雑な表情を浮かべため息を吐くと、隣で純粋な少年のような顔をしている一刀を横目で見る。
 その顔を見て頬を綻ばせながら、先に出されたメンマを摘む趙雲。
 その間も一刀は料理への期待を口にし続ける。よく見れば腹を押さえて空腹の程を躰で表している。その様子に趙雲は一層笑みを強める。
 そんなこんなでしばらく話をしていると、店主が注文した料理を運んでくる。
「へい、お待ち」
「お〜来た来た」
 そう言いながら、一刀は目を輝かせながら店主が持ってきたラーメンを受け取った。その反応を見て笑いながら店主が趙雲の方にも料理を渡す。
「趙雲様もどうぞ」
「うむ、いただこう」
「うぉぉ、美味そうだ。いただきます」
「ふふっ、慌てなくとも逃げはしませぬよ」
「いや、出来立ての美味さは逃げる!」
「なるほど……それも一理ありますな。では、私も」
 そうして、趙雲も料理へと箸を進める。隣では一刀がもの凄い勢いで麺を啜っている。
 メンマを口に含んだときに感じる歯ごたえ、口腔内へと広がるこの店独自の味わい、やはりこの店は素晴らしい。趙雲はそう思いながらよく味わって食べる。
 それか二人は互いに話しかけることもなく黙々と料理を味わっていた。ある程度まで食べたところで一刀が一息つく。
「はぁ〜美味い! 中でもこのメンマが絶妙な味わいだな」
「ふふ、そうでしょう。この趙子龍の目にとまった店なのですからな、メンマの味に曇りなしなのは当たり前というもの」
「あぁ、その目に狂いなしだな……ところでそれはなんだ?」
「なにとは?」
「食べてるやつだよ」
 そう言って一刀は趙雲が食べている"料理"を指した。
「あぁ、これはですな。"特性メンマラーメン、メンマ大盛りの大盛りメンマつきのメンマ定食"ですよ」
「え、え〜と」
「通称『メンマ尽くし』ともいいます」
「なるほど……趙雲の目にとまるわけだ」
 何故か一刀は疲れた表情でがっくりと肩を落とした。趙雲は内心でその反応に首を傾げながらも笑みを浮かべる。
「ふふふ……ですが、美味でしょう?」
「あぁ、それは間違いない」
「うむ、そうでしょうな。ここの店主に勝る者はそうはおらぬでしょうな。ところで、北郷殿」
「ん?」
「北郷殿の知るメンマ料理はいつお教え願えるのですかな?」
「あぁ、それか。ごめん、なかなか時間がなくてさ」
「ふむ、ならばここの店主に作り方をお教え願えますかな?」
「なるほど、今度来る時作ってもらえばいいってわけか」
「えぇ、そのとおりです」
「なら、レシピのメモを作るか……」
「れしぴのめもとは?」
「あぁ、作り方を紙に書いた物のことさ。レシピっていうのが俺のいた世界で言う料理の作り方のことで、メモが紙かなにかに記述することを言うんだ」
「なるほど、わかりました。店主!」
 一刀の言葉に頷くと、趙雲は店主を呼びつけた。何事だろうかと店主が慌てた様子でやってくる。
「近いうちにこの御方が店主にれしぴなるものを授けるそうだ」
「はぁ……?」
「それを見れば天の世界にあるメンマ料理が再現できるそうだ」
「そ、そうなんですか?」
 驚愕の表情で店主が一刀の方を見る。それに頷きながら一刀が口を開く。
「あぁ、そのとおりだよ。それじゃあ、親父さんには今度渡すから」
「えぇ、しっかり天の料理を再現してみせますよ」
「私も楽しみにしておりますぞ」
 想像するだけで胸が躍った趙雲は思わず強めに断言した。
(天のメンマ料理とは一体いかなるものなのだろうか……速く味わってみたいものだ)
 そんな趙雲を微笑ましげに見つめながら一刀が何かを思いついた表情をする。
「ははは……そういえばさ」
「なんでしょう?」
「趙雲は街のことを把握してるようだけどさ。ここに来てから長いのか?」
「そうですな、大分経っておりますよ」
「ならさ、趙雲は公孫賛に真名を預けたりはしないのか?互いにかなり信頼し合ってる気がするんだけど」
 真名とは、自分の認めた相手や心を許した相手にだけ呼ぶ事を許す特別な名前である。ある程度親しい仲になれば真名で呼び合うこともざらではない。
 なのに趙雲と公孫賛はそんなことは無い。一刀には以前からそれが気になっていた。
 そんな一刀を可笑しそうに見つめながら趙雲が口を開いた。
「ふふ……それには実は理由があるのですよ」
「理由?」
「えぇ、ちょうどよい機会なのでお話ししましょう」
「ぜひ、聞かせてもらうよ」
「それでは……」
 箸をおくと趙雲は理由を語りはじめる。

 それは一刀がやってくる少し前のこと。
 その日、趙雲は城の廊下を歩いていた。公孫賛に呼ばれ玉座の間へと向かっていたのである。
 そして、玉座の間へと訪れると、公孫賛の方から用件を話し始めた。
「わざわざ来てもらって悪いな。趙雲」
「いえ、今は貴公に仕える身であるゆえ、そのような事などお気になされなくて結構」
「いや、仕えるって言っても客将だろうが、いくら私だって気にはするぞ」
「まぁ、確かに伯珪殿ならそう思うでしょうな」
「わかってるなら。いちいち言わないでくれ」
「ふふ……」
 不適に笑みを浮かべる趙雲。その笑顔を見た公孫賛が驚愕の表情を浮かべる。
「おまっ、まさか、また私を試そうとしたのか?」
「さぁ、どうでしょうな?」
 実は正解なのだが、趙雲はあえてとぼけることにした。そんな趙雲に公孫賛がため息を吐いた。
「はぁ……まぁそれは後にするとして……話がある」
 そう告げて、公孫賛が趙雲へ向ける視線を真面目なものへと切り替えた。
「趙雲、お前は私の元で客将を始めて結構経った。それに色々と相談にも乗ってくれたりと何かと手助けしてくれたりと大いに助けとなってくれた」
「ふむ……」
 急に真面目な話をする公孫賛を趙雲は訝りじっと見つめる。その視線を受ける公孫賛がわずかに目を逸らす。
「それでなんだが……その……私としてもお前を大いに信頼してるんだ。だからな、お前に私のま……」
「失礼します! 大変です!!」
 公孫賛の言葉をまるで狙ったかのように肝心であろう部分を遮るようにして兵が入室しながら公孫賛へと大声で呼びかける。
 兵の慌てた様子から、どうやら緊急の報せであることがわかる。公孫賛は話を邪魔されたことに怒りを感じているようでそこに気づいていない。
「何事だ! 私は今、趙雲と話しているんだが……」
 怒鳴りつけるような公孫賛の声に怯むことなく兵は自分が来たのは至急、公孫賛の判断を仰ぐ必要があるものだと必死に伝えている。
 それに対して公孫賛はため息を吐きつつ趙雲を見やる。
「はぁ……しかたない、すまんな。趙雲」
「いえ、それよりも報告の方を」
「そうだな、報告を頼む」
 公孫賛がそう促すと、兵が話を始めていく。
 近隣の農村よりの報せで、現在野党による襲撃を受け、もう村の守備だけでは堪えきれなくなり、守りが打ち破られるのも時間の問題となっているらしい。そして、それ故に急いで支援を送って欲しいということだった。
 その話が終わると、途中から躰を震わせていた公孫賛がばっと顔を上げて口を開いた。
「野党どもめ、性懲りもなくまた……よし、すぐに部隊の編成をしろ! 一刻も早く、救援に向かうぞ!」
 報告を終えた兵は、公孫賛の指示に返事をするとすぐに下がる。それと行き違いになるようにして騒ぎを聞きつけた公孫賛の臣下たちが集まってきた。
 そして、彼らに指示を出しながら公孫賛は玉座の間の出入り口へと向かっていく。
「今すぐに支援要請を受領し、斥候を放ち、詳しい情況を調べさせろ! それと斥候にはすぐに救援に向かうという趣の言伝を村へ伝えに行かせろ。それで守備隊の士気も少しは上がるだろう。それと、今回は時間との戦となる、白馬隊を出させろ! 私とともに最速で駆けつけるぞ!」
 その言葉に臣下の一人から声が上がる。なにせ白馬隊と言えばこの公孫賛軍随一の力を持ついわば主力部隊なのだ。そして、主力がいなくなっては城の守備が薄くなりかねない。
 それらのことを考えれば臣下の言葉も間違いではないと趙雲が思っていると公孫賛が視線を向けてきた。
「それなら大丈夫だろう。趙雲がいるんだからな。そうだろう?」
「えぇ、守りをまかせるとおっしゃられるならば護ってみせましょう」
 公孫賛の問いに不敵に笑うことで答える趙雲。それを見て頷くと公孫賛は臣下たちへと視線を戻した。
「そういうわけだ」
 そう言われても納得がいかないらしく臣下からは「趙雲殿は、客将ですぞ」や「客将に城をまかせるとおっしゃるのですか?」などの言葉が返ってくる。
 それに対して公孫賛は眉を吊り上げる。恐らく臣下の言葉が意味する君主と主力が城を開けている間に客将に奪われてしまうのではということを察したのだろう。
「おい、お前は趙雲を疑っているのか!?」
 そう怒鳴りつけられて躰を縮こまらせながらもまだ口を開く臣下。趙雲のことを疑ってはいないが主力である白馬隊を動かすことには懸念を抱いているらしい。
 それを聞いて公孫賛は非常に厳しい表情で臣下を睨みつける。
「お前は馬鹿か! 白馬隊ならば、かなり時間を短縮して駆けつけられる。今はなにより村の者たちの救出が先決だ! 城の方は趙雲がいる以上大丈夫なんだ。お前ならわかるだろう?」
 時間が惜しいのか早口でそう捲し立てる公孫賛。途中で冷静になったのか言い聞かせるような優しい口調で臣下に訊ねた。
 それに対して、臣下は頭を下げ、至急準備に取りかかる旨を述べて退出した。それを見送りながら公孫賛は声をかけた。
「あぁ、頼むぞ。私のほうも準備できしだい、すぐに城門へ向かう」
 そう言うと公孫賛は趙雲の方へと視線を向けた。
「趙雲、城を頼むぞ」
「えぇ、引き受けましょう。本来なら、私が行くべきなのでしょうが伯珪殿の方が速く駆けつけられるでしょう。ならば城を守ることこそ我が使命なのでしょう」
「ふっ、お前がいてくれて本当に助かる。ありがとう」
「いえいえ。では、くれぐれも油断なされぬよう気をつけてくだされ」
「あぁ、それじゃあ行ってくる。それと、私が戦から戻ってきたら、話の続きを……」
「それ以上は、言うべきではないかと」
 趙雲は、公孫賛の言葉を途中で遮った。
 何故か公孫賛の言葉に不吉な気配を感じたからだ……正確には、青空に浮かぶ公孫賛の顔という光景が趙雲の頭に思い浮かんだからである。
 妙な杞憂に趙雲が内心で首を傾げていると公孫賛が不思議そうな顔をしたまま口を開いた。
「ん?……まぁ、よくわからないが趙雲がそう言うならやめておくとしよう。それじゃあ、今度こそ行ってくる」
「えぇ、では……」
 別れの挨拶を告げると公孫賛は準備に向かった。それを見送った趙雲は自室へと戻るのだった。

 一頻り過去にあった出来事を趙雲が話し終えると、一刀は感慨深げに言葉を漏らした。
「へぇ、そんなことがあったのか……というかその話は関係あるのか?」
「えぇ、玉座の間で伯珪殿が告げようとしていたのが真名を預けるといったことだからですよ」
「なんで、わかるんだ?」
「まぁ、伯珪殿の性格と言動を見ていれば自ずとわかりますよ」
 そう言って趙雲は不適に笑った。一刀は張禹の言葉を感心した様に聞いている。
「へぇー。でもまぁ、それもするどい趙雲だからわかるんだろうな」
「ふふっ、お褒め頂き光栄です。しかし……どうでしょうなぁ、北郷殿が私の立場だったとしてもおわかりになったのではないかと思いますよ」
「そうかぁ?」
「えぇ、わかったでしょうな」
 趙雲には不思議と断言できた。ただ、この目の前の人の良い少年ならばきっとわかっただろうと思えてしょうがないのだ。
 だが、当の一刀は何故か引き攣った笑顔を浮かべている。
「そ、そうか……でもさ、今の話の後にだって機会あったんだろ?」
「ふふ……実は今話した出来事よりも前にも似たような事が何度もありましてな……くくっ」
「な、何度も……ま、まさか、毎回、中断せざるをえなくなった……とか?」
 半笑いのまま一刀が趙雲に訊ねる。その言葉に弱々しく付け加えられた「まさかな……」という言葉が自分の予想が外れていてほしいと一刀が思っていることを教えていた。
 それが可笑しくて趙雲は口角を上げてにやりと笑った。そして、彼のささやかな希望を打ち砕く言葉を口にした。
「えぇ、そのとおりですよ」
「は、はは……さらに、今の話の後も別件で潰れたとかあったりしてな! あっははは……」
「ふふふ……実はその野党討伐からの帰還途中で伯珪殿が不思議な拾いものをしましてな……その"拾いもの"が元で伯珪殿は忙しくなり、結局機会が作れなくなったままなのですよ」
 半ばやけ気味に笑う一刀に趙雲は、彼に話した出来事以降の機会を潰した理由を語る。それに対して、まともな表情に戻った一刀が聞き返してくる。
「拾いもの?」
「えぇ、なんでも野党の残党に襲われていたのを救ったとか……」
「お、おい、それって……」
 どうやら、それが"誰"の事を指しているのかわかったようで一刀の目が見開かれた。
「もう、おわかりのようですな」
「あぁ。だけど……その"拾いもの"のせいで忙しくなったのか……」
「そうお気になさる必要などありませぬよ。それも本人が選んだことなのですから」
「そうだな、くよくよしてもしょうがない。大変ならその分俺が補佐すればいいんだよな」
 拳を握りしめながらそう告げる一刀を趙雲は微笑まし気に見つめた。不思議と応援したい気持ちになりわずかに気持ちを口にした。
「ふふ……その意気ですよ」
「しかし、公孫賛もついてないというか……結構な回数だったんだろ? 真名の話をする機会を設けたのはさ」
「えぇ……まぁ、ことごとく潰れましたが」
「ははは……」
 趙雲の答えを聞いた一刀は苦笑混じりに空を仰ぐ。趙雲には彼の視線の先――果てしなく広がる青空に公孫賛の顔が浮かんでいるように見えているのではないかと思えた。そして、空に浮かぶ公孫賛に向けてなのだろう……あの哀れみ満ちあふれた視線は。
(伯珪殿もまさか、このような形で想われるとは予想していないであろうな。ただ、このような形でも北郷殿のような殿方に想われるというのは……少し……っ!)
 一刀が想い馳せる対象になった公孫賛に対して、ほんの少しとはいえ羨ましいという感情を持ったことが自分自身信じられず、趙雲は内心驚愕でいっぱいとなる。
(よもや、ほんの少しとはいえ、私にこのような感情を抱かせるとは……北郷殿は本当に不思議な御方だ……)
 趙雲が自分の感情にわずかな戸惑いを覚えていると、一刀が口を開いた。
「さて、飯も食ったわけだし、買い物の続きといこうか?」
「え、えぇ、そうしましょう」
 内心、動揺したままだったが、趙雲はそれを悟られないように普段通りの表情を作り頷いた。
「それじゃあ、親父さん。美味かったよ。それと、今度レシピを渡しにくるから」
「店主、これからも精進してくだされ」
「えぇ、またのご来店をおまちしておりやす」
 店を出るまで見送ってくれた店主に別れを告げると、二人は再び街を散策し始めた。
 昼食を終えてから、二人は日が暮れ始めるまで探し続けた。その結果、どうやら一刀は満足のいくものを買うことが出来たらしくご機嫌な様子だった。
「いやー、趙雲のおかげで満足いったよ。ありがとう」
「お役に立てたようで、なによりですよ」
 笑顔で礼を述べる一刀の顔は子供じみていて少しかわいらしかった。趙雲はそのことに頬を綻ばす。
「あっ!? いけね、忘れ物してきちゃったよ」
「では、取りに行きましょうか?」
「いや、俺一人で行ってくるから趙雲はここで待っててくれ」
 駆け出そうとした趙雲をそう言って制すると一刀は、人混みの中へ向かって走っていった。趙雲にはその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
 それから少し経った頃、趙雲は、数分経ったところで走って来た一刀と共に城への帰り道を並んで歩いていた。
「それで、それはいつお渡しになるのですかな?」
「さぁな、公孫賛がいつ暇かわからないからな……どうなることやら」
「確かに、忙しい身ですからな」
 最近の公孫賛はあまり休みがないようにも見えた。だからこそ一刀のように彼女の心を和らげる存在が必要かもしれないのだ。
 そんなことを趙雲が考えてると一刀が話を続ける。
「まぁ、太守だって休みくらいはあるだろうから、その時にでも渡すさ」
「まぁ、それがよいでしょうな」
 その後は、何気ない会話をしながら帰った。

 城へ戻ると、趙雲に自室へと送ってもらうことになった。その際に一刀は途中で中庭を通ろうと提案した、趙雲がそれを了承してくれたので二人連れだって中庭を歩き出した。
 そして、中庭の敷地ももう終えようとしたところで一刀はその場に立ち止まる。わずかに数歩前へと進んでしまったものの一刀の方を振り返り、不思議そうに見つめてくる趙雲を見つめ返しながら一刀は真剣な表情で口を開いた。
「趙雲」
「おや、どうかしましたか、北郷殿?」
「実は、趙雲に話があってさ……」
「話……ですか?」
「あぁ、今日は、その……一日付き合ってもらったり助言してもらったりしただろ?」
「まぁ、そうですな」
「そこで、だ……えっと……」
 趙雲の返答を聞きながら一刀は、その特徴的な輝きを放つ白い服から一つの包みを取り出した。 
「これを趙雲に貰ってほしくて」
「私にですか?」
 趙雲が口をぽかんと開けたまま一刀を見つめてくる。それに対して、一刀は微笑んでみせることで肯定の意を伝える。
「あぁ、よかったら受け取ってくれ」
「よろしいのですか?」
「もちろん、趙雲には今日だけじゃなくて、ここに来てからかなりずっと世話になってるからな」
 そう言って一刀は熱くなった頬を掻きながら笑顔を浮かべた。そんな一刀をぼうっと見つめる趙雲がしばらくしてはっと我に返り手を差し出したのでその上に包みを乗せた。
「では、受け取らせていいただきしょう」
「あぁ、気に入ってくれるといいんだが……」
「開けてもよろしいですかな?」
「もちろんだよ」
 その返事を聞くと趙雲は包みをとき中身である箱を開ける。そして、中身を取り出した。
「指輪……ですか」
 昇り龍の姿が彫られている指輪が紐に繋がれているものだ。露店を巡っているときに見かけ、常山の昇り龍の異名を持つ趙雲にぴったりだと思った一刀は、先程帰り際に趙雲の元を離れたときに買ってきたのだった。
 趙雲はそれを親指と人差し指で挟みじっと見つめている。
「どんな時でも邪魔にはならないと思ってな。ただ、指の寸法がわからなかったからな……首から掛けられるようにしたんだけど、どうかな?」
「ふふ……気に入りましたよ。感謝致します」
「喜んでもらえるだけで、俺も満足だよ」
「では、さっそく着けさせて頂きますぞ……どうでしょう、似合いますかな?」
 そう言って趙雲が手の甲を見せる。何故なら趙雲は首に掛けたのではなく、その細くしなやかな指……その中でも寸法的に会う"薬指"にはめていたからだ。
 趙雲のその行動にどぎまぎしながらも、一刀は真意を探る。
「え、えーと……何故に"左"の"薬指"にはめておられるのでしょうか?」
「いえ、薬指にぴったりだったからですよ。それに右より左の方がしっくりきましたので。首に掛けず指にはめることにしたほうがよいのですかな?」
「いや、やっぱり首に掛けておいてもらえるかな?」
「そうですか……なにか理由でもおありですかな?」
「いや、実は俺の居た世界だと左の薬指に指輪っていうのはちょっと意味合いが異なるんだよ」
 そう、薬指にはめる指輪は特別な人と一生を共に過ごすことを誓うことを意味する。だから目の前の女性に自覚が無いとはいえはめるのは止めてほしかった……。
 妙に動揺した一刀を趙雲が訝るように見つめている。
「それで、はめるなと?」
「あぁ、悪いんだけどそうしてほしい」
「わかりました。そうおっしゃるのなら首に掛けましょう」
 表情を暗くしながら指輪を外す趙雲を眺める。それを見ながら一刀の心は落ち込んでいく。
(そうさ……俺には薬指に指輪をはめるような相手が出来ちゃいけないんだ……)
 そして、趙雲は再び指輪を紐に繋げ、首に掛けた。
「どうですかな?」
「あぁ、とてもよく似合っているよ」
「ふふ……ありがとうございます。ではそろそろ」
 趙雲のその言葉に一刀は頷く。そして、二人は再び歩き始めた。
「しかし本当に似合っておりますかな? 北郷殿は意外と気を遣う御方ですからな、お世辞と言うこと主ありうる……」
「いやいや……本当に似合ってるよ。そうそう、そういえば今日俺が店主に渡すって言ったレシピに書く料理なんだけどな"メンマ丼"って言うんだ」
「ふむ……それは一体どのような?」
「それは実物を見てからのお楽しみってことで」
 趙雲へ贈りものを渡すことに成功した一刀は多少、心を乱されることもあったが平常心をなんとか取り戻し、その後はまた何気ない会話をしながら部屋へと向かった。
 一刀の部屋の前に着いたところで趙雲が頭を下げる。
「それでは、これにて失礼させて頂きます」
「あぁ、本当にいろいろありがとうな。それじゃあ」
 そう告げて一刀は扉に手を掛けるが、趙雲に伝えておきたいことがあったのを思い出しすぐに彼女の方を振り返った。
「あ、そうそう。一つだけちゃんと言葉にしておきたかった礼があったんだ」
「なんですかな?」
 歩き出そうとしてた趙雲が一刀の方を向きながら首を傾げる。
 そんな彼女を見つめながら一刀は笑顔で口を開いた。
「今日は、美女と一日過ごすことができて最高だった。ありがとう、趙雲」
「え、えぇ……」
「それじゃ、今度こそ失礼させてもらうよ」
 呆然とした表情を浮かべまま空返事をする趙雲へそう告げると、一刀は部屋へと入っていった。
 自室へと戻った一刀は、去り際に自分の視界に入った趙雲の頬がわずかに赤くなっているような気がした。
 あれは、夕日のせいなのだろうか? それとも……。

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