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468 名前:無じる真√N-拠点02[sage] 投稿日:2009/03/07(土) 02:04:14 ID:Ym6YfLH40



 「無じる真√N」拠点02



 日も落ち、すっかり辺りが暗くなった中、一刀は城の廊下を走っていた。
「くそっ、こっちじゃないか……あっちか」
 走りながら一刀は自分の生活を振り返る。
 公孫賛に拾われ、一刀が彼女の元で働き始めてそれなりに時間は経った。始めの頃は何か仕事はないかと城中を駆け回っていた。
 それから幾日も過ぎていくうちに一刀を取り巻く環境も大分変わり、今ではいろんな人から仕事を頼まれるようになっていた。
 荷物運びだったり、食材集めの手伝いだったり、馬の手入れだったりと主に雑用だらけではあるものの、それでも声を掛けてもらえるようになったのはありがたいことだった。
「ようやく、俺も慣れてきたんだろうなぁ」
 こないだにいたっては、雑用を終えた一刀を一人の文官が彼らの話し合いの場に呼び入れられ、驚かされるということがあった。
「そういえば……みんな、俺の話がためになったって言ってくれてたっけな」
 風をその肌に受けながら一刀は感慨深げにそう呟いた。
 そう、前の"外史"で蓄えた知識がそこで役に立ったのだ。もちろん、一刀の中にある所謂"天の世界"における思想や考えなども十分価値のあるものだった。
「とはいっても、俺の方がためになってたんだよなぁ……」
 やはり文官を務めるだけあるのだろう、話し合いの場にいた者たちは皆一刀よりも賢い人だった。そんな人たちの会話を端から聞いてるだけでも一刀には勉強になった。
 ときには一刀がまだ知らないこの世界のことも知ることができたこともあった。
 素直に文官たちの頭の良さに感銘を受けたと感想を述べたときの彼らの反応がどこか変だったのは気になった。なにやら、「自覚……」やら「我々よりむしろ……」やら、なにか言葉の端々は聞こえたものの内容を知ることは出来なかったのだが……。
 そういった様々な出来事を通して、一刀は少しずつではあるものの自分が認められ始めている、というのを実感していた。
 そして、一刀は知ることとなった。それらの切欠を作ってくれたのが趙雲であったという真実を。趙雲が気を回して上手く立ち回ってくれたというのだ。
 それを知った一刀は、すぐに礼を言わなければと、すぐに趙雲に会いに行くことにしたのである。
「あれ? こっちでもないのか。趙雲はどこに居るんだろう……」
 そう,探してはいるものの未だ見つからないのである。さっきから城内を駆け続け彼女の姿を探し回ってはいるものの、見つからないのである。
「部屋にもいなかったしな……一体どこに……」
 そう漏らしながらも一刀は再び走り出す。一刻も早く趙雲を捜し出すために。
 その後も趙雲を捜して廊下を歩き続けるが彼女の姿は見つからない。
「趙雲ー? どこだー!」
 名前を呼んでも返事が返ってくることはない。どうしたものかと一刀が悩み始めると。
 夜警の兵と出会い「どうしましたか」と声をかけられ、一刀は趙雲を捜していると自分の目的を伝えるが兵は首を横に振るだけだった。
 申し訳なさそうにする兵に礼を言うと一刀は行動を再会した。
「いったい、どこに居るんだ?」
 これだけ探して見つからないってことは街にでも出ているのだろうか、そんな考えが頭を掠めるが、すぐに頭を振ってそんなことはないだろうと否定する。
(いや、今日は城にいるって趙雲自身が言ってから外じゃないはずだ……)
 そこで、脚を止めて考える城のあちこちを探したが、まだ見に行っていないところがあるはずだと。
「あと、見てない場所……あぁ、城壁だ!」
 そして、目的地を城壁にした。おそらく趙雲はそこにいるのだろうと思いながら。
(そういえば、今日は月が綺麗だからな……一人で酒でも呑んでるんだろうな)
 そう思うと、一刀は趙雲がいるであろう場所へ向かう前に別の場所へと立ち寄ることにした。

 趙雲は城壁の上で酒を呑んでいた。
「おーい、趙雲いるかー? ……あれ、いないのか?」
城壁の方から声が聞こえる。自分のいる場所から声の主を見る。"天の御使い"と称されている北郷一刀という少年だった。
 一人で酒を呑んでいて、そろそろ何かないかと思っていた頃だったため、これはちょうど良いと思い声をかける。
「呼びましたかな?」
「ん? もしかしてそっちか?」
 一瞬、驚いたように躰をびくりとさせて一刀が振り返る。そして自分のいる鐘楼の屋根へと顔を上げた。
 それに対して趙雲はわずかに頬を綻ばせながら顔を覗かせる。
「えぇ、今夜は月が綺麗でしたのでこちらを少々」
 そう言いながら趙雲は、徳利を振って一刀に見せつける。
「なるほどな、ちょっと俺もそっち行っていいかな?」
「えぇ、構いませぬよ」
「それじゃあ、失礼して……よっと」
 そう言うと、一刀は屋根の上へと登る。相変わらず苦労しながらであるその姿に趙雲から笑みがこぼれる。
 登り終えて一息ついている一刀に質問を投げかける。
「それで、なにか御用ですかな?」
「ん?あぁ、その前にほらっ」
 そう言うと、一刀は徳利の追加分を趙雲へ手渡した。趙雲は受け取った徳利を二人の間に置きつつ、一刀の方を見る。
「おや、これは?」
「あぁ、きっと呑んでるんだろうと思って先に厨房で貰ってきたんだよ」
「これはこれは、かたじけない」
「いいって、俺が呑むために持ってきたんだから。どうだ、付き合ってくれるか?」
「ふふ、ではご相伴に預かるとしましょう」
 わざとらしくそうとぼける一刀にくすりと笑いながら趙雲は頷いた。それを満足したように見ながら一刀が笑顔を浮かべ頷く。
「あぁ、呑もう」
 互いの杯に酒を注ぐと趙雲は口を開いた。
「それで、北郷殿は如何なる用事でいらしたのですかな?」
「実は、趙雲に言いたいことがあってさ」
「ほぉ、なんですかな」
「その……ありがとうな。俺がこの城に馴染めるようにしてくれて」
 頭を掻きながらそう告げる一刀。そのあからさまなまでに照れと感謝の混じっている様子が可笑しくて趙雲はわずかに笑いを漏らす。
「ふむ……どうやらお聞きになられたようですな」
「あぁ、さっき公孫賛に聞いたんだ。それで、礼が言いたくてな」
「なるほど、しかし、北郷殿は勘違いなされておりますぞ」
「え?」
 趙雲の言葉に思い当たる節がないのだろう不思議そうな顔をしている。あぁ、この人は余程自分に関することには自覚がないのだろう。
 そう思いやれやれと肩を竦めると趙雲は説明をはじめるために口を開いた。
「確かに、多少の手助けはいたしました。ですが、それも北郷殿の努力があればこそのことなのですよ」
「……そりゃ、俺もいろいろとやったさ。でもな、決め手になったのはやっぱり趙雲なんだと俺は思うんだ」
「私ですか?」
「あぁ、この城で信用をかなり得ている趙雲が行動してくれたからこそ、こんなにも早く認めてもらえるようになり始めてるんだ。だから……本当にありがとうな」
 そう言って笑顔を浮かべる一刀。その表情は趙雲にとっても嫌いなものではなかった。
「ふふ……そこまで言われては礼の言葉を受け取らないわけにはいきませぬな」
「あぁ、受け取ってくれ」
「えぇ、受け取らせていただきましょう」
 そういって、微笑みを浮かべながら趙雲は一杯呑む。だが、対する一刀は趙雲が呑むのを見ているだけで、まったく口をつけていない。
 それどころか口をつけようとする素振りすらない一刀を訝り、趙雲は訊ねる。
「おや、口をつけておりませぬな、呑みに来たのでは?」
「あぁ、呑むのはもう一つの話をしてからにするよ」
「ふむ……で、その話とは?」
 急に肩を落として伏し目がちになった一刀に何があったのだろうかと趙雲は首を傾げたくなったが、取りあえずは事情を探ることにした。
「あぁ、取りあえずは、まず一言だけ告げさせてくれ」
「えぇ、構いませぬよ」
 一刀の申し出を趙雲は了承する。瞬間、一刀が頭を地――とはいっても屋根ではあるが――につけた。そして、彼の態度に趙雲が驚きを見せるまもなく一刀がしゃべり出す。
「趙雲! 本当に申し訳なかった!」
「何故、謝られておられるのですか?」
「あぁ、俺は趙雲の誇りに傷をつけるような真似をしてしまった……」
「……詳しく、お聞かせ願えるか?」
 趙雲は一刀が何を言いたいのかわずかながらも予想がついた。だが、ひとまず彼の言い分を聞くことに決めた。
 そして、一刀は頭を下げたまま事情を語り出した。
「あぁ。俺は以前、趙雲に自分の案を託して手柄も渡すといったよな……」
「えぇ」
 趙雲は頷きながら、一刀が公孫賛に拾われてすぐの頃にそんな話をしたことがあったのを思い出していた。
「だけど、手柄を渡すなんてことは武人の誇りを傷つけるような行為だったんだ……」
「……それに、気づいたゆえの謝罪というわけですか」
「そのとおりだ。だけど、それだけじゃない」
「まだあると?」
「あぁ、俺は、このことに自分で気づけなかったんだ……さっき公孫賛に注意されたんだよ。『お前はわかってない』ってさ」
 頭を上げる様子もなくただひたすら謝罪の言葉を述べている一刀を趙雲はただ黙って見つめていた。まだ一刀の独白は続く。
「すごい衝撃的だった。自分が趙雲の誇りを傷つけようとしたこと、それに気づけなかったこと。そして、そのことを他の人が気づいていたということ。だから……こんな情けない男で申し訳ないという意味を含めて……すまないと思う」
 そういって、一刀は一層頭を地にめり込ませるように強く強く擦りつける。
「…………」
 あまりに馬鹿正直なその態度に怒るというよりも呆れのほうが大きい、いや、それよりも妙な感動のようなものが趙雲の心を覆っていた。
(このような人間がいるのか……ここまで愚直で、それでいて真摯に当たってくる者が……おや?)
 そこで趙雲は気づいた、一刀の躰が小刻みに震えている。恐らく、自分が無言でいることで不安を抱いているのだろうと思い趙雲は可笑しくなってくる。
「……ぷっ」
 空気が漏れるような音が趙雲の口からした、その瞬間、堪えきれず著運は笑いを思い切り吹き出した。
「あっははははは!」
 夜の闇の中、趙雲と一刀以外誰もいない鐘楼の上に趙雲の笑い声が響き渡る。それから一頻り笑うと、趙雲は一刀に声をかけた。
「ははは……ふぅ、顔を上げてくだされ北郷殿」
「え?い、いいのか」
 趙雲の笑いの意味がわからないのか未だ呆然としている一刀が顔を上げて趙雲を見つめてくる。その反応にまた笑いが込み上げるが今度は堪え、趙雲は自分の心情を語ることにする。
「えぇ、私は怒っておりませぬから」
「本当に?」
「本当ですとも」
「そ、そっか……ありがとうな」
 普通ならそこで良かったと安堵するだけでよいのにまた礼を述べる一刀。それが趙雲の瞳には不思議な人間として映る。
「ふふっ……いえいえ」
「でも、誇りを傷つけただろ?」
「まぁ、普通なら傷つけられたと怒るやもしれませんな」
「なら、なんで?」
 聞き返す一刀の顔を見ながら趙雲は思う、確かに自分の誇りを傷つけるような真似をされたら怒るだろう。だが、目の前にいる人物がそんなことを考えるとは趙雲には思えなかったのだ。だからこそ趙雲の胸に怒りが湧くことはなかった。
 その旨を伝えるために趙雲は口を開いた。
「北郷殿が一生懸命考えて行った結果がそうなってしまっただけなのでしょう? それならば、私には怒りようなどありますまい」
「そ、そうか?」
「えぇ、それに北郷殿を見ていれば誇りを傷つけるような御仁ではないとわかりますしな」
「そうかなぁ……?」
 いまいち実感は無いのだろう、首を捻って一人で考え込んでいる。その様子を見ながら趙雲は微笑を浮かべたまま、腕を組んで唸っている彼に声をかける。
「まぁ、本人にはわからないことでしょうな」
「……うぅん、そういうものなのか?」
「えぇ。それに、今の一連の話を聞いて私はむしろ嬉しく思いましたよ」
「嬉しい?」
「えぇ、北郷殿が私の思った以上の……」
「思った以上の?」
「ふふ、秘密です」
「な、なんだよそりゃ〜」
 酒が回ってきたのだろうか必要以上に饒舌になったせいで思わず漏らしかけた本音。趙雲が考えていた以上に一刀の器が大きかった……それが嬉しかった。
 そして、もしかしたらこのような者こそが、乱れた世を救う英雄たり得る資質を持ち合わせているのかも知れないとも内心で思ったが、それを隠すように表情を普段のものにすると不適な笑みを浮かべて一刀に注意する。
「よいですかな、女というものは秘密を……」
「わかったよ。今のは無粋だったな」
 一刀が方を竦めるようにして苦笑混じりにそう答えた。それに対して笑みを浮かべたまま酒の入った杯を口元へと運ぶ。
「えぇ、そうですよ……ふふっ」
 そして、一口呑む。目の前に座る少年の喉がごくりと鳴った気がした。
「なんだか、緊張してたから喉がかわいちゃったよ」
「では、一杯呑まれてはいかがですかな」
「あぁ、そうするよ」
 そう答えると、一刀は手元に置きっぱなしにしていた酒をくいっと呑んだ。それを見ながら思ったことを趙雲は口にする。
「それにしても……」
「ん?」
「こんなに、美味な酒が呑めるとは思いませんでしたぞ」
「別に普通の酒だろ?」
「ふふ……酒というのはそれ自体意外の理由でも美味となるものなのですよ」
「確かにな。趙雲が何を切欠に美味い酒となったと言ってるのかはわからないけど。言いたいことは、わかるな。俺も、いい月を見ながら、こんな美人と酒が飲れば美味くかんじるもんなぁ」
「まったく、北郷殿は口が旨いですな。ふふっ」
 そう言いつつも、趙雲は大方同意だなとも思った。美麗な月となかなか魅力的な部分を持つ異性と共に呑む酒は美味なのだ。
 そんなことを思う趙雲を一刀が笑顔で見つめる。酒が入っているからわずかに赤くなっているその顔は普段以上に柔らかな表情になっている。
「俺は、正直に言ってるつもりだよ。本当に趙雲と呑めることが嬉しいんだよ」
「そうですか……」
「あぁ、そうだよ」
 一瞬、呆気にとられたがすぐに我に返り趙雲は笑い出した。
 何の恥じらいもなく臭い言葉を口にした一刀に、そして、彼の言葉にわずかながらも動揺した自分が可笑しく思えたから笑ってしまう。
「ふふふふふ」
「ははははは」
 気がつけば、ご機嫌になったのだろう、一刀も笑っていた。そして、趙雲は一刀と共にしばらく呑み明かすことにした……。
 翌日出会った一刀はとても苦しそうだった。頭と腹……というより胃の辺りを手で押さえている。
「ぐぅ……あ、頭が痛い……うぷっ、ぎぼぢわりぃ……」
「ふふ……だらしがないですな。北郷殿は」
 そんな彼を見ながら趙雲は笑った。そんなことでは先が思いやられると。
(まったく、これからも共に呑んでいただくというのですからもっと酒に強くなってもらわねばな……ふふ)
 一人笑みを浮かべる趙雲を一刀が首を傾げながら見つめていた。
「なんで、趙雲はケロッとしてるんだよ……っていうか、一緒に呑んだのにこの差はなんなんだよぉ……うぇっぷ」

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